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2017/10/16
この春、不思議な感覚を味わう体験をしました。

朝起きたときの調子がおかしい。もともと私は低血圧で貧血なので、朝にはフラフラのことがよくあるのですが、いつもと少し様子が違う元気のなさでした。

体がしんどいとか、不快感があるとか、体調が悪いという感覚は全くなくて、ただ力がないというだけ。あの世とこの世の境目にいるような、フワーっとした感覚。息が細くて消え入りそうな感じだけれど、息苦しいというのではない...。

こういう感じで息を引き取れるのは理想だな、と思いました。このままでいたら、す~っと消えていく感じ。むしろ、心地良いのでした。落馬して骨盤骨折をしたときには猛烈な痛さだったので、死ぬときに同じ痛さだけは味わいたくないと願っている私なので、こんな風に静かに息を引き取れるのは幸せです。


このまま息が絶えるか... と思ったのですが、そうは問屋が卸さなかった。

この朝、友人と朝市に行く約束をしていました。なんだか元気がないのだと告げたら、外出は止めようかと言われたのですが、別に病気という感じはないので出かけました。

車の助手席に座って、ぼ~っとしている。でれ~っとした体形...。こういう感覚は、ペルーでチチカカ湖に行く電車に乗ったとき、標高3,000メートル以上という当たりで感じた感覚と似ていたかもしれない。

フラフラと歩きながら買い物をして、昼近くなったら、いつものように元気になってしまいました。いい加減な私...。

でも、こんな風に、蝋燭の火が静かに燃え尽きたように死ねたら幸せだな、という体験が刻まれました。


修道院でシスターから聞いた聖ブリュノーの生涯

古い建築物(フランスで言えば革命前の時代)が好きなので、旅行しているときに城や宗教建築物があると、たいてい見学しています。

20世紀後半だったはずですが、見学するために修道院に入ったら、つまらない建築物。それで、こんなところで時間を失いたくないと思ったのですが、修道女の人が案内をしてくださって、記憶に残る見学になりました。

記憶に残ったといっても、覚えているのは四角い回廊を歩きながら、壁にかかっていた絵の説明だけ。いつのことだったか、どこだったかも思い出しません。

修道院の回廊というのは、こういうところ。僧侶たちはグルグルあるいて瞑想をしたのでしょうか。

 Cloitre prieure Saint-Michel de Grandmont

思い出した修道院の回廊に掲げられていた絵画も、これまた芸術的価値はないと見えるものでした。19世紀に描かれた絵だったかな?...

修道女は、Saint Bruno(聖ブリュノー)の一生を描いた絵画だと説明してくれました。

聖ブリュノーが宗教界に入ったとき、心から尊敬する僧侶がいた。ところが、その人は死を間際にしたときに取り乱してあがいたので、ブリュノーは驚いてしまった。それで彼は、心安らかに死を迎えることができる心を持とう、と決心して修行の道を歩み出した、というところからシリーズ画は始まっていました。

仏教の僧侶でもありそうなお話し。仏教だったら「悟り」とか言うのではないでしょうか?

回廊を回って、ブリュノーの一生を描いた絵画を1つ1つ説明してもらいました。彼は良い行いを色々として、尊敬される僧侶となる。そして、最後に見た絵では、安らかな死を迎えたブリュノーの姿でした。

私もそんな風に心安らかに永眠したい...。


どのブリュノー?

カトリックの聖人では、同じ名前の人が何人もいます。修道女が言っていた聖ブリュノーとは、誰のことなのだろう?

シリーズ画は、師匠の死に立ちあったブリュノーの絵から解説がありました。そういう逸話がある聖人がいるかとインターネットで検索したのですが、何も出てきませんした。

Saint Bruno(聖ブリュノー)で検索したら、修道会カルトジオ会の創設者「Bruno le Chartreux(ケルンのブルーノ)」が出てきました。この人のことだったのかな?... カルトジオ会と聞くと、私が行ったのも、その修道会に属している修道院だったような気もしてきます。


ケルンのブルーノに関しては、彼の死の場面が描かれた「聖ブリュノーの死」と題された絵画がありました。彼の絵はたくさんあるのですが、死の場面が重視されているように感じました。

下は、フランスの古典主義期の画家 Eustache Le Sueur(ウスターシュ・ル・シュウール 1617~1655年)が聖ブリュノーの一生を描いた22枚のシリーズ画の最後の絵。

Le sueur mort de saint bruno.jpg
Mort de Saint Bruno, Eustache Lesueur, Musée du Louvre


この作品が描かれる少し前、イタリア出身でスペインで活躍した画家Vincenzo Carducci(ヴィンチェンツォ・カルドゥッチ 1576~1638年)が同じ題名でケルンのブルーノの死の場面を描いていました。


La Mort de Saint Bruno, Vicente Carducho, 1626, Monastère d'El Paular

こちらはスペインのマドリッドから北に100キロくらいの所にある修道院Monastère d'El Paular(スペイン語でReal Monasterio de Santa María de El Paular)にある絵画だそうです。


Monastère d'El Paular, L'intérieur rénové du cloître avec les peintures de Vicente Carducho.

この修道院のアーケードに、ケルンのブルーノの一生を描いた絵画が54枚埋め込まれているようです。

私が見た回廊に掲げられた絵も、こんな感じで並んでいたのですが、こんなに高い位置にはなかった。

私に説明をしてくれた修道女はフランス語を話していたと記憶しているので、私が見たのはフランスにある修道院だったと思う。あれは複製画だったのかな?...


いつ、どこで聞いたお話しなのかは問題ない...

書いていたら、私が感銘を受けたのはどこの修道院に行ったときに聞いたお話しだったのかが気になってきました。デジカメを使うようになる前は、フランスで撮る写真はスライドにしていたので、昔の写真を簡単に見ることができないのです。

スライドからスキャンしてパソコンに取り込める装置を買ったのですけれど...。Windowsを上のバージョンにしたら使えなくなったので、2台も買っていました。

こんな風な形の機器 ↓

Plustek OpticFilm 8200iAI + 追加フォルダーセット 赤外線ゴミチェック機能(iSRD)付 高解像度フィルムスキャナー 白色LED採用 7200x7200dpi USB接続 OpticFilm8200iAI

いつかスライドを全部スキャンしようと思いながら、装置は買ったのに放棄してしまっている...。自分ですると、スライドに静電気で埃が付いてしまうので、それを払うのも面倒なのです。いつか業者に頼むべきなのだろうな...。

でも、過去は過去ではないですか? 昔の写真を眺めるしかすることがない、という状況には私はならないと思う...。

ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
★ 目次: フランスに結婚に関する風習、夫婦・家族関係、生き方
『日本人の死に時 ~あなたは、何歳まで生きるつもりですか?』を読んで 2011/11/26

外部リンク:
☆ Wikipedia: ケルンのブルーノ » Bruno le Chartreux
Prénom Bruno signification, origine, fete
☆ Wikipédia: Mort de Saint Bruno ⇒ Eustache Le Sueur
ウスターシュ・ル・シュウール-主要作品の解説と画像・壁紙-
☆ Wikipedia: Vincenzo Carducci ⇒ Monastère d'El Paular
Restitution des toiles de Vicente Carducho à la Chartreuse del Paular


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