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2017/04/27
サラマンダーと呼ぶ伝説の動物がいます。
イモリかトカゲかという薄気味悪い姿。大きく描けばドラゴンにも見える。


14世紀に描かれたサラマンダー 『Bestiaire(動物寓意譚)』より



日本ではサンショウウオとも呼ばれるそうです。

でも、山椒魚は、ヨーロッパ大陸に生息しているファイアサラマンダー(Salamandra salamandra)とは異なる動物でした。


フランス語ではsalamandre(サラマンドル)で、聞いたことがある動物の名前なのですが、本当にフランスに生息しているのだとは思っていなかった。

分布図からして、奇妙な姿に見えてしまう...。



実際のサラマンダーはもっと薄気味悪いのですが、地図をクリックすると画像が入ったWikipediaのページが開きます。


火の精とされるサラマンダー

地、水、風、火を自然の力として四大精霊あるいは四大元素とすると、サラマンダーは火の精とされていました。

不思議な動物のようなのです。危険が迫ればサマンダリン (Samandarin)という毒を出すことができる。それから、 野原が火事になったときには湿った地面に潜り、粘液で火傷を防ぐことができるようで、火が収まった時には地面から這い出てくるのを人間が見ると驚くらしい。


François Ier vers 1530 par Jean Clouetサラマンダーと言えば、フランソワ1世

この動物を知ったのは、16世紀全般のフランスを統治したフランソワ1世(François Ier de France 在位 1515年~47年)のエンブレムだからです。

彼の治世には美術や文芸が発展し、フランス・ルネサンス期を代表する国王とみなされています。

レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519年)は、1516年にフランソワ1世に招かれ、アンボワーズ城近くのクルーの館が邸宅として与えられて晩年を過ごしました。

歴代の国王の中で、フランス人には人気がある王様なのだと聞いたことがあります。


このフランソワ1世の紋章がサラマンダーなのです。

CoA François Ier de Valois Salamandre galerie françois premier chateau fontainebleau


サラマンダーは、古代ヨーロッパでは火の中で生きることができる生物だと考えられていたそうです。体温があまりに冷たいために火を寄せ付けず、火を消し去ってしまう。

そのサラマンダーをエンブレムにしているフランソワ1世の金言は、ラテン語でNutrisco et extinguo

フランス語にすると、こうなるのだそう:
Je nourris (le bon feu) et j'éteins le mauvais.

私は(良き火を)養い、悪を消す。

王様のモットーとしては正義の味方のようで良いですね。


フランソワ1世のサラマンダーは、どっちを向いている?

例によって、私はつまらないことが気になりました。

サラマンダーが振り返っているような姿なのは、自分の体に水なり粘液なりをかけているという姿なのでしょうか? それは調べないことにしたのですが、振り返っている方向が気になりました。

フランソワ1世が生きていた時代にまつわる城などにはサラマンダーの彫刻がたくさんあるのですが、だいたいにおいてサラマンダーの頭は左側にあり、右の方を振り返っています。

ロワール川の城めぐりで有名な地方に、彼の城だった美しいアゼ=ル=リドー城(Château d'Azay-le-Rideau 建築 1518年~)がありますが、そこの壁にもサラマンダーの彫刻が残っています。

Nutrisco et extinguo Salamandre de François I
La salamandre de François Ier et sa devise : « Nutrisco et extinguo » (Château d'Azay-le-Rideau)


同じ地域にあるシャンボール城(Château de Chambord)にも、天井には頭文字のFと、サラマンダーの彫刻がたくさん施されています。

Salamandre de François Ier

このシャンボール城の格天井にある彫刻をもっと多く写している画像がこちらにあるのですが、みな同じ方向に頭を向けています。つまり、向かって右側。


探してみたら、左側に顔を向けているサラマンダーがないわけではありませんでした。

下はパリ市に近いところにある教会Église Saint-Georges de Belloy-en-Franceの壁面にあるサラマンダーの彫刻。

Belloy-en-France (95), église Saint-Georges, portail occidental, écoinçon de droite - salamandre
Belloy-en-France (95), église Saint-Georges, portail occidental, écoinçon de droite - salamandre


これは西側にある扉口で、半円形のティンパヌムの右側にある三角小間の部分にサラマンダーの彫刻があります。


左側の部分にもサラマンダーがいて、対になっていたのだとしたら自然な構図。左側の部分の画像はこちらなのですが、彫刻が消えてしまっていて見えない...。たぶん「F」なのではないかと想像するのですけれど。


先ほどのフランソワ1世のラテン語の金言を入れた画像があるので眺めてみたら、こちらは逆の方向を見ていました。でも、フランソワ1世が亡くなってから出版された本のようなので、これは例外には数えられないかな...。


Paolo Giovio, Dialogo dell'imprese militari e amorose (1556)



ディジョンのサラマンダーは何をしようとしているのか?

サラマンダーはどちらを向くものなのかと気になったのは、ブルゴーニュ地方のディジョン市にある古い教会の外壁に彫られているサラマンダーは、向かって左側に顔を向けているからです。



この教会が建てられた頃のブルゴーニュはフランス王国にはなっていなかったので、これはフランソワ1世とは無関係なはず。

でも、この小さなサラマンダーが悪さをすると言い伝えられているので、首をどちらに向いているかが私は気になるのです。

ディジョンの観光スポットの中心地域にありながら、存在を知っている人が少ないこのサラマンダーについて続きで書きます。

ブログ内リンク:
★ 目次: 右と左の違いが気になる

外部リンク:
【Wikipedia】
☆ ファイアサラマンダー > 人間との関係
四大精霊 | サラマンダー (妖精) 
Salamandre (animal légendaire) | Category:Salamanders in art

☆ BnF: La tempérante salamandre aux origines de la devise de François Ier
La marque de la Salamandre à la bibliothèque de droit d’Aix
☆ Wikipedia: category / Portail occidental de l'église Saint-Georges de Belloy-en-France
ルネサンスのセレブたち: トカゲと公爵
Top 10 des personnages français historiques préférés des Français


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2017/04/24
大統領選挙が4月23日(日)に行われ、その日の夜8時からテレビでは結果の発表を始めました。

2017年大統領選挙の第1回投票結果

過半数の獲得者はいなかったので、5月7日(日)に決選投票が行われることになりました。上位の2人となった中道・無所属(En Marche !)のエマニュエル・マクロン氏と、極右政党の国民戦線(FN)の党首マリー・ル・ペン氏のいずれかが大統領になります。

いつ順番が入れ替わってもおかしくない接戦となった上位4位の候補者の名前は、全部「ン」で終わっています。
  1. マルロン (Macron)
  2. ル・ペン (Le Pen)
  3. フィヨン (Fillon)
  4. メランション (Mélenchon)
3人は「on」で終わっているれど、ル・ペンは「en」で終わっているので、フランス人の感覚では同列にはできないらしいのですけれど。

なんだが、「ン...」と首を傾げてしまう投票結果。

フランスの2大政党だった共和党(右派)と社会党(左派)は、いずれも決戦投票に候補者を出すことができなかったのです。これは、第五共和政の歴史上初めてのことなのだそう。

上位4人の得票率は19~24%という接戦だったのですが、その後とは大きな差が開いていました。社会党からの候補者だったアモン氏は、6%で第5位という惨敗。5年の任期を終える大統領のオランド氏は社会党らしからぬ政治をしたし、余りにも無能だったので、昔からいた社会党支持者たちは政党そのものに愛想をつかしてしまったようです。


第1回投票で、誰に投票した人が最も多かったかを県別に示した地図がありました。

Emmanuel Macron par Claude Truong-Ngoc avril 2015.jpgEmmanuel Macron
(EM)
24,01 %
Le Pen, Marine-9586 (cropped).jpgMarine Le Pen
(FN)
21,30 %
François Fillon 2010.jpgFrançois Fillon
(LR)
20,01 %
Jean-Luc Mélenchon 2017.jpgJean-Luc Mélenchon
(FI)
19,58 %
☆ 日本語バージョン:【図解】仏大統領選、県別の首位候補者 (AFP)


得票のパーセンテージではマクロン氏(黄色)がトップだったのですが、色分けした地図を眺めると、ル・ペン氏(灰色)の方が多そうに見えてしまいませんか?


誰に投票したかが見えるフランスの制度

大統領選挙になる度に、面白いと思うことがあります。上に入れた地図は県単位で分析したものですが、コミューン(市町村)ごとに、どの候補者に何人が投票したかを公表する政府のサイトがあるのです。

フランスには人口が50人にも満たないような村がたくさんあります。投票者が10人以下だったら、ほとんど名前を明かしてしまうような感じになってしまうではないですか?

人口が非常に少ない村として、マジャストルという山の中にある過疎村の場合を見てみます。
この村の今回の投票結果は、こちら

僻地では極右政党の支持者が多いのが普通なのですが、この村こは急進的な考え方をする人が多いらしい。メランションに投票した人が最も多くて、5人。フィヨンに4人、マクロンに3人と続いています。極右のル・ペンに投票した人が、たった1人いました。村の住民だったら、極右政党に投票したのはアイツだろう、なんて分かってしまうのでは?...


フランスはどうなるのか...

大統領選挙で盛り上がっているフランス。国のトップを国民が選べるのは羨ましい気がします。世論調査が出す政治家の支持率などはいくらでも数字を操作できるでしょうが、国民投票数を大幅にごまかすのはかなり難しいはずなので。

決選となれば誰でも慎重になって極右政権に投票する人は少ないでしょうから、中道派のマクロン氏が圧勝するだろうとみられています。私は二人とも好きではないのですが、やはり極右政党が大統領になるのだけは裂けてもらいたい...。

もっとも、たとえル・ペン氏が大統領になったとしても、どこかの国のように「お国のために命を捧げるのが美徳だ」などとまでは言い出さないはずです。国民の権利をはく奪し、国の在り方を180度も変えてしまうようなことを言いだしたら、フランス人たちは黙っていないでしょうから。

決選投票に残った2人のいずれにも私は好感を感じません...。

世界中が狂っているのだとしたら、余りにも酷い状態にならないように祈るしかないのかな?... ともかく、フランスでは政治に関して、あ~だ、こ~だ、と国民が自由に批判したり、不正を行う政治家を断罪したりできる余地が残っているのだから、まだ救われるレベルなのかもしれない...。

外部リンク:
フランス大統領選、マクロンとルペンの決選投票へ 2017/04/24
フランス大統領選の第1回投票は、政界に激震をもたらした  2017/04/25
Présidentielle 2017  où les candidats du premier tour ont-ils fait leurs meilleurs scores
Wikipedia: 2017年フランス大統領選挙 » Élection présidentielle française de 2017
Election présidentielle 2017
Top 10 des communes les moins peuplées de France, celles où on connait tout le monde
マクロン夫妻の“やってはいけなかった”こと


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2016/12/27
セイヨウトチノキが何であるかを、こう記載していた日本の大百科事典があるそうです:

マロニエという名称はマロン(クリ)に由来し、
マロングラッセも古くはマロニエの実が使われたという。

フランスでは街路樹になっていたりするマロニエを見かけます。その樹木の命名が栗のマロンに由来する、というのはあり得そうな気がする。

でも、その実(マロン)でマロングラッセを作っていたというのは、信じがたい思いがします。フランスでは、有毒だから食べてはいけないとしか言われませんので!

シリーズ記事目次 【栗のマロンには不思議がいっぱい!目次へ
その11


ニワトリが先か、卵が先か、の続き

マロングラッセについて以下の記事を書いたのですが、今回はその続きです。


いつマロングラッセが誕生したたかには諸説あるのですが、16世紀であろうというのが、フランスやイタリアでは定説になっているようでした。発祥地としては、フランスのリヨンと、イタリアのクーネオが登場しているのですが、現在の国境線が引かれた18世紀までは同じ文化圏だった地域と言えると思います。

栗を砂糖菓子にするレシピは、1667年に刊行された料理の本で初めて紹介されました。マロングラッセが大衆化したのは、工場生産に成功したフランスの企業が創設された1882年

マロニエの木がヨーロッパに入ったのが、これらの時期の後であれば、マロングラッセをマロニエの実で作っていたというのは辻褄が合わないことになります。ヨーロッパでは、中世にはすでには大切な食料となっていましたので。

以下に拾った情報を書きますが、私がたどり着いた結論から先に言っておきます。

マロングラッセが生まれたのは16世紀とすると、セイヨウトチノキで作っていたという話しあり得ない。17世紀以降だとすると、あり得ないこともない...。

とは言え、で作っても非常に手間がかかるマロングラッセを、毒性があり、皮をはがすのも容易ではないマロンで作っていたとは信じられないという先入観で私は染まっています...。


Paradoxe de l'œuf et de la poule


マロニエの木は、いつヨーロッパに入ったのか?

マロニエが入る前から、イタリアやフランスでは栗をマロンと呼んでいたのは確かだと思います。

ここまでに書いたことも含めて、まとめてみます。

栗の木: シャテニエ(châtaignier)

ヨーロッパグリの学名はCastanea sativa。sativaは「栽培された」の意味。

栗の実はシャテーニュ(châtaigne)だが、品質が優れている栗の実はマロン(marron)、そのような実がなる栗の木をマロニエ(marronnier)とも呼ばれる。


マロン
と呼ぶ栗は、植物学的にはイガの中で1つだけ果実が成長したものを言う。

今日のフランスの栗業界では、栗の中の仕切り率が12%以下の実がなる品種の栗の木からとれるものをマロンとしているが、栗に関係する食品名の使い分けはかなりいい加減である。

野生の栗の木には良い栗が実らないが、木材としては優れている。

※ イタリアで栗はcastagnaだが、フランスと同じように品質の良い栗はmarrone(複数形はmarroni)と呼ばれる。


 
栗の実は、フランスでも太古から食されていた。ギリシャのテッサリアは、古代から質の良いとして定評があった。

栗の品質を良くするためにフランスで栽培が始まったのは中世。シャルルマーニュ(カール大帝)は、ワインを飲みながら焼きを食べていた、という伝説がある。

秋に収穫された栗はクリスマスまでも保存できない。そのまま調理しても美味しくない栗や、長期保存するためのは、乾燥して粉にして小麦粉の代わりに使われることが多かった。また、栗は家畜の餌にもされたりしていた。

小麦が育たない地域ではが小麦の代用となっており、栗の木は穀物の代わりになることから、シャテニエは「パンの木」、栗は「貧者のパン」などと呼ばれていた。家畜の餌になることから、「ソーセージの木」、「肉の木」とも呼ばれていた。

16世紀、大きくて風味もある上質の栗は「marron(マロン)」という"カテゴリー"で販売された。イタリアからも上質の栗はフランスに入ってきた。

17世紀には、リヨンの市場で扱われる栗が「marron de Lyon(リヨンのマロン)」として高い評価を受けていることが定着していた。

※ 栗と同様に食糧難から人間を救う食料となるジャガイモは、フランスには1770年に入った。

19世紀ではフランスには栗林が非常に多かったが、20世紀になってからの農村から都市への人口移動、栗の木の病気によって栽培される栗の生産量はかなり減少した。

2006年、アルデッシュ県で生産される栗が「アルデッシュのシャテーニュ(Châtaigne d'Ardèche)」として、高品質保証のAOC(原産地統制呼称)を獲得した。


セイヨウトチノキ: マロニエ(marronnier)
実はマロン(marron)と呼ばれ、食用にはならない。

栗でなくトチノキであることを強調するためには、樹木はマロニエ・ダンド(marronnier d'Inde)、果実はマロン・ダンド(marron d'Inde)と呼ぶ。「ダンド」は「インドの」の意味だが、東インド会社から入ったものや、珍しいものには「インドの」と付けることがよくあった。

マロニエの学名Aesculus hippocastanumAesculusは、食用になる殻斗果のコナラの意味。ippocastanumの方は、馬 (hippos) とシャテーニュ(châtaigne ギリシャ語で(kastanon)に関係している。馬が名前に入っているのは、馬には少量なら与えても大丈夫なことから。

※ 英語圏ではマロニエをhorse-chestnut、hippocastanumと、学名のままで呼ばれているようだ。イタリアでの名称はippocastanoないしcastagno d'Indiaで、マロニエはイタリア全土にある(特に多いのは中央北部)。

現在ではマロニエの葉や果実からは薬も作られている。マロンを馬に与えるにしても、薬にするにしても、毒性を抜く作業が必要である。


原産地は小アジア。氷河期の終わりころには生育していたとみられる。1557年に、バルカン半島にあったものがコンスタンチノープルに入ったと言われる。

1576年(あるいは1591年)、ウィーンにマロニエが入ったのがヨーロッパで初めてであると一般的に言われる。しかし最近では、考古学者と古生物学者が、もっとずっと前からヨーロッパに存在していたことを発見している。

フランスに入ったのは1615年というのが定説(ルイ13世の時代)。植えられたのは、パリのスービーズ館(Hôtel de Soubise)だと言われる。

マロニエが初めに植えられたのはパリの庭園であり、ヴェルサイユ宮殿でも庭園を飾ったことから、マロニエは緑陰樹として適していることからだったと思われる。

1718年、marronnier d'Inde(マロニエ・ダンド)という名称が文献に登場する。

18世紀になると、慢性気管支炎などを治療するために、マロニエの果実から薬を作るようになった。


フランスでは、いつから栗を「マロン」と呼んでいたのか?


 ラ・フォンテーヌの『寓話』に登場する「火中の栗を拾う」という表現

日本語で「火中のを拾う」という名訳ができている「tirer les marrons du feu」という表現がフランスにあります。

ラ・フォンテーヌ『寓話(Fables de La Fontaine)』の第9巻 第17話「猿と猫(Le Singe et le Chat)」に出ているために有名になった表現です。


ギュスターヴ・ドレの挿絵

この寓話が発表されたのは1678年

でも、「tirer les marrons du feu(火中の栗を拾う)」はラ・フォンテーヌが考え出した表現ではなくて、その前から使われていた表現なのだそうです。

古い文献に現れた栗としてのマロンを挙げてみます。
  • 1526年: Claude Grugetの『Les Diverses leçons de Pierre Messie』で、「fruit du marronnierマロニエの果実)」として(P. 888)。

  • 1640年: Antoine Oudinの『Curiosités françoises(フランス奇言集)』で、「tirer les Marrons du feu avec la patte du chat(猫の脚で火中のマロンを取り出す」として。

  • 1655年: モリエールの喜劇『L'Étourdi ou les Contretemps(粗忽者)』で、「tirer les marrons de la patte du chat(猫の脚でマロンを取り出す)」として(第5幕)。

少なくとも、17世紀にはマロンと呼ぶ栗が身近な存在だったと言えると思います。


 マロングラッセのレシピが初めて文献に登場したのも17世紀

マロングラッセとマロンの関係。鶏が先か? 卵が先か?(シリーズ記事 その9)」に書いたように、フランソワ・ピエール・ラ・ヴァレンヌが1667年に刊行した『Traité de confiture ou Le nouveau et parfait confiturier』にマロングラッセのレシピが紹介されていました。

このレシピでも、栗はマロン(marron)という単語を使っています。

17世紀には、「Marron de Lyon(リヨンのマロン)」という栗が美味しいという定評が出来上がっていたそうですので、それを使ったレシピなのかもしれません。

リヨンのマロンといっても、リヨン市で栗が取れたわけではなくて、大都市なので周辺から栗が集まったためです。フランスの栗の産地であるアルデッシュ県にも近いし、イタリアにも遠くはない。少なくとも、パリよりはずっと栗が集まりやすい場所でした。

マロングラッセは、16世紀にリヨンで誕生したという説は、それをもとにしていると思われます。

16世紀には、大きくて美味しい栗を「マロン」と呼んでいたそうなのですが、イタリアから入った栗も、アルデッシュ産のものも、販売する価値があるような美しい栗はマロンと呼んでいたのではないでしょうか。

栗は小麦の代わりになるために「貧者のパン」とも呼ばれていたし、家畜の飼料にもされていたのですから、ただ栗の実であることを示す「シャテーニュ」ではなくて、「マロン」と呼びたかった気持ちは理解できる気がします。


 マロンの語原はイタリア語

marron(マロン)には色々な意味があるので複雑です。

フランス語の「マロン(marron)」という単語は、ラテン語のmaroに語源があると言われています。リヨン周辺地域で昔にあった言葉では、そのラテン語を受けて「marr-」という接頭語が「小石」の意味で使われていたのだそう。

フランスの植物情報では、マロニエ(marronnier)という名前が付いたのは、この実が小石(マロン)のように丸かったからという説明もありましたが、仏仏辞典には記載がなかったので、真偽のほどは分かりませんでした。

ともかく、イタリア語から入ったマロン(古いフランス語ではmaronと綴った)という単語は、10世紀のフランスでは使われていたようです。



マロニエの実(マロン)でマロングラッセを作っていたというのは信じられないので、おかしいと言いたくて背景を調べて書いてしまいました。

同じように疑問を持たれた方が記事を書かれています。こちらの方がスッキリしていて良いですね:
マロングラッセはかつて本当にセイヨウトチノキ(マロニエ)の実が使用されていたのか

そこに書かれている情報によると、飢饉のときにマロニエの実を食べていたという記載があるそうなのですが、私が調べたフランス語情報では1つも出てきませんでした。マロンを食べるためのあく抜きをする方法も全くなし。

フランスは昔から食料には恵まれていたので、マロンまで食べなくても切り抜けられたのだろうと思いますけれど...。

飢饉も乗り越えられるジャガイモを普及させるために、フランス王家はかなり苦労していました(ジャガイモの花で書いています) 。日本のドイツ文学者とおしゃべりをしたとき、ドイツでは南米からジャガイモが入ったときには人々が簡単に飛びついていたと言われたので違いを感じて興味深かったのでした。


マロニエの実を食べていたはずはない、と少し違った角度からも立証してみたいと思って私も書いたわけなのですが、日本の百科事典に書かれていたことは本当なのだろうか? と調べる必要もなかった、と思っているのが正直な気持ちです...。


以下のことは分からなかったのですが、保留にしておきます:

栗の「マロン」は、植物学の定義ではイガの中に実が1つだけ大きく成長したものを指すのだそうですが、その定義がいつ出来たのかは分かりませんでした。

16世紀に「マロン」と呼んでフランスで販売されていた栗が、イガの中に実が1つだけの栗を指していたのかどうかの情報は見つけることができませんでした。植物学的定義がこの時代にはできていなかったとしたら、市場では栽培して大きな実になって美味しい栗を「マロン」と呼んでいた可能性は大きいと思います。


まだマロンには不思議が残っているので、もう少し(!)続けます。

続き:
 マロン・クリームはマロングラッセから生まれた


★ シリーズ記事目次: 栗のマロンには不思議がいっぱい!




ブログ内リンク:
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
【研究機関の情報、辞典】
☆ Cairn: Classer et nommer les fruits du châtaignier ou la construction d'un lien à la nature
☆ CNRTL: Définition de MARRON |  Etymologie de MARRON
☆ Bibliothèque municipale de Lyon: Marrons et châtaignes
☆ Larousse:  Définitions  marron
☆ Littré: marron (définition, citations, étymologie)
☆ Tela Botanica: Le chataîgnier l'arbre à pain, providence de nos ancêtres

【その他のソース】
☆ Doctissimo: Marronier d'Inde (Aesculus hippocastanum)
Introduction du marronnier en France
☆ Le Rendez-vous des Arts Culinaires: Histoire de la châtaigne
☆ Grand Paris: Caractéristiques du marronnier d'Inde
La Châtaigne  un peu de botanique
☆ L'atelier des Chefs: Tirer les marrons du feu… (avec la patte du chat)
☆ ルネサンスのセレブたち: 庶民の腹を満たした栗の話 イタリア情報

【火中の栗を拾う】
☆ 北鎌フランス語講座 - ことわざ編 成句 tirer les marrons du feu
☆ 故事ことわざ辞典: 火中の栗を拾う
☆ Wikipedia: The Monkey and the Cat
Fable Jean de La Fontaine  le singe et le chat
能楽さんぽ  火中の栗を拾う

【焼き売り屋(Marchand de marrons)】
☆ France pittoresque: Marchand de marrons d'autrefois
☆ Google Livres: Le Castoiement ou Instruction du perè à son fils
☆ Wikisource: Les rues de Paris-Les Vieilles Rues (Le Vieux Paris)


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2016/12/02

シリーズ記事目次 【栗のマロンには不思議がいっぱい! 目次へ
その2



マロニエの木がよく目につくのは、パリです。どうしてパリにはあれほどマロニエの並木があるのかと気になっていたのですが、19世紀後半に意図的に植えたのだそう。

春になると、他の木々に先駆けて葉をだしていきます。それに対して、プラタナスの並木は枯れてしまっているのかと思ってしまうほど遅い。

マロニエは、きれいな花も咲かせます。



パリに住む友人は、マロニエ並木のおかげで春先に花粉症で苦しむ人が出るのだと言っていましたけれど。

マロニエ(marronnier)は、「インドの」というのを付けて「marronnier d'Inde」とも言われます。この木がフランスに入った当時はエキゾチックなものに「インドの」という名前がよく付けられたそうです。フランスの園芸店に行くと、「日本の」と付けられた植物が非常に多いのが目に付いていました。

1790年に、イギリス人の地質学者がマロニエの原産地はギリシャのマケドニアとブルガリアだと特定したそうです。なお、フランスにマロニエが入ったのは1615年だった、というのが定説になっています。


マロニエの実「マロン」は食べることができない

マロニエの学名はAesculus hippocastanumで、日本ではセイヨウトチノキと呼ばれます。

マロニエの実は「マロン(marron)」と呼びます。

Aesculus hippocastanum

実を取り出せば栗に見えるのですが、毬(いが)が違います。

マロンと呼ばれる実ではありますが、これでマロングラッセ(Marron glacé)を作るわけではありません。マロングラッセは、栗の実を砂糖漬けにしたお菓子ですので。

マロニエの実は、食べることができないのです。

日本のトチノキの実は食用になりますが、これは学名がAesculus turbinata。同じトチノキ属とはいっても、フランスのマロニエとは品種が異なるのです。

日本では栃の実を食べるのだから、マロニエの実もあく抜きをすれば食べられるのではないか、とフランス人に言ったら、絶対に誰も食べないと断言されました。マロニエの実は不味いだけではなくて、多少の毒性もあるようなのです。



マロニエの根っこ

ひところ、マロニエの木の写真をたくさん撮っていた頃がありました。カメラを向けるのは根元の部分。



なぜマロニエの足元が気になったかと言えば、サルトルの『嘔吐(La Nausée)』で重要な役割を果たしていたからです。推理小説のように読み進んでいると、突如としてマロニエの根っこが登場しました。

この小説を読んだ頃は、実際のマロニエは見たことがありませんでした。それで、マロニエの根っこは吐き気を催すほど気持ち悪いものなのかと知りたかったわけです。

フランスでマロニエの前を通ると根っこの部分を眺めていたわけですが、別に普通の樹木と比べて変わっているようには思えませんでした。

サルトルは、蟹が大嫌いだったので、マロニエの根っこはそれを連想させるから嘔吐を催したのだという解説があったので、根が薄気味悪いほど這いまわっている木を私は探したのでした。

根っこが露出している木があると、これか~!♪ と喜んだりしたのですが、そういうのはめったにはありませんでした。



このくらいでは蟹を連想したりはしないですよね?

書きながら画像検索したら、下の写真がWikipediaに入っていたので驚きました。

Rouveroy AR1aJPG.jpg
Arbre remarquable par le marcottage de ses branches.

ベルギーのRouveroy村にあるマロニエで、日本でいえば天然記念物のような指定も受けているマロニエです。

枝が地面におりて、そこから根を張ってしまっているのです。サルトルがこんな木を見たのかもしれないけれど、ただパリにはマロニエがたくさんあるので登場させただけではないかな...。

『嘔吐』にあった問題の箇所を読み直してみました。

いましがた私は公園にいたのである。マロニエの根は、ちょうど私の腰掛けていたベンチの真下の大地に、深くつき刺さっていた。それが根であるということが、私にはもう思い出せなかった。ことばは消え失せ、ことばとともに事物の意味もその使用法も、また事物の上に人間が記した弱い符号もみな消え去った。いくらか背を丸め、頭を低く垂れ、たったひとりで私は、その黒い節くれだった、生地そのままの塊と向かいあって動かなかった。その塊は私に恐怖を与えた。それから、私はあの啓示を得たのである。 [ P.146 ]

Donc j’étais tout à l’heure au Jardin public. La racine du marronnier s’enfonçait dans la terre, juste audessous de mon banc. Je ne me rappelais plus que c’était une racine. Les mots s’étaient évanouis et, avec eux, la signification des choses, leurs modes d’emploi, les faibles repères que les hommes ont tracés à leur surface. J’étais assis, un peu voûté, la tête basse, seul en face de cette masse noire et noueuse, entièrement brute et qui me faisait peur. Et puis j’ai eu cette illumination.


根は「深くつき刺さっていた」というだけの表現だったのですね。しかも「根(racine)」は単数形。蟹に見えなくても良いのではないですか?! いい加減な記憶を持って無駄なことをしていた私...。


「マロン」には2通りある

マロニエ(marronnier)と呼ばれる木の実は「マロン(marron)」で、人間の食用にはなりません。

昔のフランスではマロニエの実の毒性が非常に強いと思われていたようです。でも、馬には少量なら与えても大丈夫らしく、マロニエの学名にあるhippocastanumは「馬の栗」という意味があるラテン語なのだそう。英語圏ではそういう呼び方もよくするようですが、フランスでもあるというchâtaignier des chevauxという呼び名を私は聞いたことがありません。

食べる栗はシャテニエ(châtaignier)という栗の木の実。この栗の木の実はシャテーニュ(châtaigne)なのですが、マロン(marron)と呼ばれます。

栗を取り出してみればそっくりに見えるのですが、この2つは、花も全く違うし、毬(いが)も違うので、取り出した実だけ見るのでなければ、2つを取り違えることはありません。

木の名前

(学名)
シャテニエ
Châtaignier

(Castanea)
ブナ科 クリ属
ヨーロッパグリ (Castanea_sativa)
マロニエ
Marronnier

Marronnier d'Inde
Aesculus hippocastanum
トチノキ科 トチノキ属
実の呼び名châtaigne / marronmarron


Castanea sativa
栗の実に独特なトーチ(たいまつ)を連想される部分を取ってしまうと、寄生虫が入ってくるので
保存時には注意する。
Marronnier-capsule ouverte




Différencier Châtaignier et Marronnier


日本で定着している「マロン」の説明が不思議...

道端に転がっているマロニエの実を見たら、フランス人は「マロンだ」と言います。栗の木の実を見たら、例外なく「シャテーニュ」。栗の実が落ちているのを見て「マロンだ」と言ったら、「違う、シャテーニュだ」と直してきます。

普通に「マロン」と言えばマロニエの実、つまり食べられない実のことなのです。それなのに、食べる栗に、綴りも同じ「マロン」という言葉を使うのは不自然ではないですか?

マロングラッセという名のお菓子があるから、栗を「マロン」と呼ぶこともあるのかな程度に私は思って、気にしないでいました。

ところが、下にリンクする記事に入ったコメントを読んで、再び栗の実をマロンと呼ぶこともある理由を知りたくなって調べました:
フランス人が栗を嫌う理由 2012/11/06

「ひとつのイガに、ひとつの栗が入っているものがマロンだ」と教えてくださったのです。

そのコメントをいただいたのは1年近く前でした。そのときに見たWikipediaの「マロングラッセ」の記事は現在の記述とは同じではなかったかもしれませんが、今でもこう記載されています:
  • フランス語でマロン(Marron)とは、イガの中に一つだけ入っている大きくて丸い栗のことである。

マロニエの実のマロンはそうですけれど、実が1つしか入っていない栗というのが存在するのでしょうか?

イガの中に1つしか入っていなかったら、イガはマロニエの実のように小さくなる。あるいは、普通の大きさの栗のイガの中に1つしか入っていなかったら、巨大な栗でなければいけないはず。

八百屋さんでマロンとして売っている栗は普通のより大粒ですけれど、そんなに特別に巨大なわけではありません。



この写真しか持っていなかったので入れましたが、これは普通のマロン。AOC/AOP(原産地呼称)を持っている栗は、高くても仕方ないなとは思うほど実がふっくらしていますけれど、これの2倍あるというほどではありません。

Wikipediaの説明を初めて読んだとき、イガに1つしか実が入っていない栗が存在しているのかも知れないけれど、そういうのがたくさんあるとは信じがたい思いがしました。

マロングラッセは高価なお菓子だから良いけれど、秋から冬にかけてのフランスでは、焼き栗を「マロン・ショー(marrons chauds)」として道端の屋台で売られるのです。ごく庶民的なおやつに、そんなに特別な栗は使えるはずはないでしょう?


Strasbourg, marchand de marrons chauds devant la Cathédrale


コメントでは簡単にお返事して、後で写真なども入れて記事にしようと思ったのですが、下書きを書きかけたまま、すっかり忘れていました。栗のシーズンになったら思い出して、再び調べながら栗シリーズを書き始めたわけです。

栗なのになぜ「マロン」と呼ばれるのか、ようやく明確に理解することができました。イガに実が1つしか入っていないのがマロンだとする他に、日本では奇妙なことが定説になっているのにも気がつきました。

もしかしたら、日本では全く語られることがない大発見をしたのかもしれない♪ 私のブログくらいで定説が覆されるはずはないけれど、書いておくことにします。

今回はイントロとしてマロニエの話しから始めました。フランスでは何を栗のマロンと呼ぶかなどについて書けるまでに、あと3つくらい記事を書く必要があるかな...。

⇒ 続き:  イガの中に実が1つだけの栗がマロンって、本当なの?

★ シリーズ記事目次:  栗のマロンには不思議がいっぱい!




ブログ内リンク:
★ 目次: 文学者・哲学者、映画・テレビ番組

外部リンク:
☆ Faculté de Biologie: Le Marron, fruit du marronnier
☆ ENS de Lyon: Châtaigne ou marron Le regard du botaniste
Quelle est la différence entre une châtaigne et un marron ?


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2016/11/29
前回の日記「クイズ: どんな意味がある漢字なのでしょう?」で、持っている書に書いてある文字の読み方をお聞きしてみたら、さっそく教えてくださるコメントをいただきました。

見るたびに何だろうかと首をかしげて何年も過ごしていたのですが、やっとすっきりしました♪ どうもありがとうございます!

問題の文字は、これです ↓



立て続けに入ったコメント3つのお答えは同じもの。つまり、書が分かる方がご覧になると、考えこむ必要もなく文字を特定できるようです。

この記事をアップロードするのと同時に、いただいかコメントすべてを公開しまう。唯一、私と同じようにお酒呑みの発想をなさった方もあったので、それも嬉しかったのですが、非公開コメントでした。

有徳
なのだそうです。

これなら額に入れて飾っておく価値がある言葉ですよね。

私には「肴」と「徳」に見えていました。「徳」は合っていました♪ 

「肴」と見えたので、オツマミを前にして徳利でお酌する場面を思い抱いていたのです。この額は、来客があったときに食前酒を飲む部屋にあるのが先入観を植え付けていた...。それと、「徳があったら何の感じが結びつくかという発想がなかった。つまり、私には徳なんかはないので、「有」は思い浮かばなかった。

私が「有」と読めなかったのは、上に大きく書かれている「又」に引っかかってしまったからでした。

「徳」の方は、目のように見える部分と、「心」の部分に特徴がありますね。

書体が何であるかまで教えてくださったコメントがあったので、Wikipediaに入っている文字を取りだすことができます。


目-bronze.svg

心-bronze.svg

 
「有徳」の意味は[何となく意味がとれたのですが、確認してみました。
「うとく」ないし「ゆうとく」と読むそうです。
  1. 徳行のすぐれていること。また、そのさま。
  2. 富み栄えること。また、そのさま。富裕。

ただし、「有徳人(うとくにん)」という裕福な人を意味する言葉は、鎌倉時代から江戸時代まで用いられた言葉だそうなので、この書の意味としては1番目の徳がそなわっていること、の方だろうと思いました。

ちなみに、この額を何年も飾っていますが、このうちの片方でも私が持つようになった、というご利益は、全く現れてはいません。意味が分かった今後も、徳を身につけようなんて務めることはないでしょう。何となく、「徳」という言葉は好きではないのです。


古代中国の文字

この文字は、甲骨文字に次いで古い「金文(きんぶん)」という書体なのだそうです。今から3,50 年前に亀の甲羅や動物の骨に刻まれた甲骨文字が登場し、その後に青銅器に記された文字が「金文」という書体ということのようです。

Wikipediaの「金文」に文字のサンプル画像が入っているので眺めてみたのですが、文字から元にされたものが連想できるものが多いし、どこかユーモラスな書体なので非常に面白い♪


「有徳」と書いてあること、さらに書体は「金文」だと分かると、インターネットで検索できました。私の額に入ったものとそっくりの書の画像もある。

全く同じ書き方で、同じ2文字を縦に書いてあるものは、こちらです


こちらの書には「有」と「徳」の文字が入っていて、同じ書体に見えます:
篆書孔子論語句:「徳不孤、必有隣」

「徳不孤 必有隣」は論語に入っているフレーズで、本当に徳があれば人が集まってくる、という意味なのだそうです:
☆ 禅語に親しむ: 徳不孤 必有隣(論語)  徳は孤ならず 必ず隣有り

有隣堂書店は知っていたのですが、この言葉から作っていたのですね。商売繁盛にも繋がるし、良い命名でしたね。

ところで、「徳不孤 必有隣」と筆で書かれたものを入れていたサイトでは、これが篆書体(てんしょたい)だと説明されていました。篆書体は「金文」から発生しているそうなので、似ていても当然なのでしょうね。


金文と篆書体を比べてみる

似たように見えた金文と篆書体の「有」と「徳」の文字。私が持っている文字はどっちなのだろう? Wikipediaの書体のサンプルが入っているので、この2つの文字を比べてみました。

では、あらためてお宝を拝見しましょう。テレビ番組「なんでも鑑定団」では、こんな台詞を言っているのではなかったでしたっけ?



金文(きんぶん)
Chinese bronze inscriptions
篆書体(てんしょたい)
Seal script
有-bronze.svg有-seal.svg
月-seal.svg
德-bronze.svg画像検索で見つかった文字
目-bronze.svgCharacter Eye Seal.svg
心-bronze.svg心-seal.svg

Inscription on the Song ding, c. 800 BC

Small seal script epigraph on the standard weight prototype of Qin dynasty.
金文(きんぶん):

青銅器の表面に鋳込まれた、あるいは刻まれた文字のこと。この場合の「金」は青銅の意味。

中国の殷・周のものが有名。年代的には甲骨文字の後にあたる。

※ 現代日本には、和文フォントとして用いられる「金文体」がある。
篆書体(てんしょたい):

篆書、篆文ともいう。

広義には秦代より前に使用されていた書体全てを指すが、一般的には周末の金文を起源として、戦国時代に発達して整理され、公式書体とされた小篆とそれに関係する書体を指す。

公式書体としての歴史は極めて短かったが、現在でも印章などに用いられることが多く、「古代文字」に分類される書体の中では最も息が長い。



「月」に「又」が乗っている「有」

コメントでいただいた説明は、こうでした:

有は 又 と 肉月 の組み合わせ
又は 右手の形で 祭肉を手にとって
神に供えるの 意味


何となくわかったような、分からないような...。それで情報を検索してみました。

絵が入っているので、こちらの説明が分かりやすかったです。


「有」という漢字の意味・成り立ち・読み方・画数・部首
 ⇒ 「肉」という漢字の意味・成り立ち・読み方・画数・部首
 ⇒ 「又」という漢字の意味・成り立ち・読み方・画数・部首


まず、「又」は「ゆう」と読むのでした。

」右手の形だと言われれば、そうも見えますね。指が5本ではなくて3本なのが気になりますけれど。


その下にある「」は、お月さまではなくて、切り身の肉のイメージ。

漢字で月偏と言われますが、2通りあるわけですか。肝、肥、胸、肌などの月偏は、肉の意味を持っている「肉月」の方の意味で使われている・

☆ 象形字典: 肉族
☆ コトバンク: 肉月(ニクヅキ)とは

私は「有」を「肴(さかな)」と見てしまっていたのですが、この漢字の月も肉の方の意味。とすると、私が勘違いしたのも、そうは離れていなかった♪

「肴」という漢字の意味・成り立ち・読み方・画数・部首


右手に肉を持っているのなら「俺には、あるぞ~!」という雰囲気が伝わってきます。でも...。

左手に肉を持ったら「有る」ことにならないの?

明解な説明がありました:
第17回 人の形から生まれた文字〔4〕 体の部分~手と足(1)

右手は祝詞(のりと)を入れる器(さい)を持つ手で、左手は呪具の「工(神に仕える人が持つまじないの道具)」をもつ手とされているのだそう。

キリスト教でも右が良くて、左は良くないという区別がありましたけれど、中国でも同じだったのですね:
ロマネスク教会 (4) : 右は天国、左は地獄 2008/05/03

祝詞を入れる器を「口(さい)」とするのが、漢文学者 白川静の文字学の根底にあるようです。
祝詞を入れる器を表す「さい」は
右のような文字で、
これが「口」とう文字になった。
口-oracle.svg
第5回 口-oracle.svg(さい)(載書(さいしょ))について(1) 

「又(ゆう)」から変化した「ナ」のような文字に、祝詞を入れる容器の「口」を入れれば「右」。まじないの道具の「工(こう)」を入れれば「左」。

それで、「口」や「工」の代わりに「月(肉)」と組ませれば「有」になる。

いただいたコメントで引用されていた白川静の『常用字解』の説明では、「右手の形で祭肉をとって神に供える」のが「有」になる、となっていたそうです。つまり、「俺には食べ物があるぞ~♪」ではないらしい。


「口」を「さい」としていただけでは漢字の解釈で矛盾が生じる、という白川静氏の説に疑問を投げかける見解も出てきました。私自身も、ワトソンのS-R理論のように、何か1つのことで全てが解明されるという学説には懐疑心が先だってしまいます。でも、何かあるのではないかと探すのは楽しいだろうとは思うし、それではおかしいと反論するのも面白いはず。

漢字は奥深くて面白いのですね。子どもの頃、こういう風に漢字を眺めることができるのだと教えてもらえていたら、丸暗記しなければならないものだとしか受け取っていなかった漢字が好きになっていたかもしれないのに...。


「心」という文字が面白い

金文の書体の「徳」の中にある目に見える形は良いのですけれど、「心」の文字は鼻に見えてしまう...。

心臓はこんな形をしているというわけでもないですよね?

改めて心臓の形を眺めてみました。

心臓
Heart anterior exterior view.jpg
金文
心-bronze.svg
篆書体
心-seal.svg

 
似てないと思ったのですが、心臓の形から「心」の文字が出来たという記述がありました:
「心」という漢字


でも、象形文字が出来たのは紀元前何百年前という時代でしょう? そんな時代に解剖するはずがありませんから、人間には心臓があって、どんな形をしていいるかなんて把握していたのだろうか?

... と思ったのですが、狩猟民族なら、食べている動物を見て心臓が生命力の根源だと分かっていたそうです:
第16回 人の形から生まれた文字〔3〕 体の部分~顔を中心に(2)

そうか、牛肉にも「ハツ」という部位があった。ハツは漢字でどう書くのだろうかと思ったのですが、英語のheartsから作られているだけのことなのでした。


「徳」という文字を分解したものの説明もありました:
【文字】「徳」の心。


それにしても、篆書体の「心」には、金文にはなかったヒゲが付いたのは何を意味するのだろう? 心臓には血管がつながっていないと機能しないと分かったから、というわけでもないでしょう?

考えているときりがない。ここまでだけでも多くのことを学んだので、私の額縁に入っている文字は「有徳」だと分かったところで止めておきます。

でも、時間があるときに読んで勉強したいと思ったサイトと出会ったので、外部リンクに並べておきます。


 白川 静 『字通』  字通 [普及版]

ブログ内リンク
★ 目次: クイズを出した記事一覧
★ 目次: 右と左の違いが気になる
フランス人が顔を見たときに注目する部分 【シリーズ記事目次】 2005/03/02

)外部リンク:
OK辞典・漢和辞典 (漢字の意味-成り立ち-読み方-画数-部首を検索)
親子で学ぼう!漢字の成り立ち
禅語に親しむ
古啓念慮 ~文字・書のはなし~: 文字のはなし
Wikipedia: 中国の筆跡一覧
青銅器をはじめとする中国美術を解説~殷王朝から周王朝まで



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2016/11/27
いつ、どなたからいただいたのかも思い出しません。中国のお土産だったのではないかという気がします。自分で買ったはずはない、というのは確か。

たった2文字の漢字です。あるいは1文字なのかな?...



これが入った額縁のシンプルさが現代的だけれど悪くないし、ユーモラスな絵のようにも見える文字なので、まあ気に入っております。

だいぶ前に日本から持って来て、フランスで住む家の壁に額をかけているのですが、座る位置によって目に飛び込んでくるのです。見るたびに、何と書いてあるのかと考えてしまう...。


右半分は、酒の「」と見える。でも、上の部分が違う?...

そこから連想してしまうわけですが、左半分は「徳利」の「」。


そうなると、オツマミを前にして日本酒を飲むのを連想。

それで何か意味がありそうにもない。ただ漢字を並べただけなのかな?...

Googleで画像検索したら、こちらのページが出てきました。白黒で文字が出てくるのですが、同じような漢字は入っていない...。

写真をアップロードして画像検索すると、ピタリのものが出てきたリして驚くことがあるのですが、これはダメでした。ひょっとして、これは漢字ではないということもない、とは思うのだけれど...。


読める方があって教えてくださったら、長年のモヤモヤが解消するので嬉しいです。

ここのところ「書」にお詳しいお2人からコメントをいただいていて、だいぶ前にもブログでもヴェトナムのものらしい腕輪に書かれていた漢字を入れたら、みごとに解読をしてくださった方があったので、甘えた考えをしてしまった次第です。

期待してしまっているのですけれど、よろしくお願いします!

追記:

さっそく解答を教えていただきました。どうもありがとうございます!

教えていただいたことから少し調べてみました:
有徳: Youは右手だった




蛇足:

以前のクイズにした道具は部品が欠けていたのですが、それがある状態のものを見たので写真を追加しました:

クイズ: 城のダイニングルームにあったものは何でしょう? 2015/09/25

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★ 目次: クイズを出した記事一覧


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2016/10/12
友人仲間でブルゴーニュ南部の1泊旅行をしました。ワインと山羊のチーズを買って、ついでに観光もするというスケジュール。

宿泊することにしたのは中世のお城のB&B民宿でした。よく利用している人が電話で予約を入れてくれたのですが、民宿の経営者から、もしも自分がいなかったら、よく知っているのだから予約した部屋に入っていてください、と言われたのだそう。


中世の城が私好み

この城のB&B民宿を私が利用するのは3回目かな。写真アルバムで確認したら、前回に行ったのは、もう10年くらい前だったようです。

その時に撮っていた、城の全景写真です ↓



中世の要塞として建てられて、18世紀に大きな窓にしたりする改造をして住み心地を良くしたというタイプのお城です。

到着すると、誰もいない...。



入り口のドアは、どこも鍵がかかっていませんでした。この民宿をよく知っている友人が予約した部屋に案内して、どの部屋を選ぶかと添乗員役をしていました。

方向音痴の私などは、ずっと住んでいても迷子になりそうな広い建物。どこのドアから入ったら、その部屋に行ける階段があるかなど、複雑なのです。

泊まる部屋を割り当てて荷物を運び込んでから、城の中をみんなで見学しました。

民宿のキッチンを使わせてくれるということだったので、夕食は民宿ですることにしていました。お昼は素晴らしく美味しいレストランでとったので、私は食前酒とおつまみくらいでたくさんだと思っていたのですが、ここに来る前に観光した町で、友人たちは食べ物を調達していました。

城主はいないのだから、どこで食べて良いのか分からない。宿泊客がプライベートで使えるダイニングキッチンがあったのですが、狭い部屋なので、朝食のためのミニキッチン付きのダイニングキッチンで夕食をとることにしました。翌朝の朝食のためのテーブルがしつらえてありましたが、その横に大きなテーブルがあったので。

何時に集合ということに決めてから、それぞれの部屋に入り、ほんの少し休憩。


中世の帽子を友達にかぶせてしまう

少し前にいただいたコメントで、私は中世風の帽子を持っていたことを思い出したので、それを夕食のときにかぶろうかと思って持っていっていました。そんなものを持ち出す機会はめったにないので、中世のお城で夕食するなら相応しいかと思ったからです。

その帽子を買ったときに書いた日記は、こちら ↓

帽子
カーニバルで買った帽子 2010/03/17

この帽子は、本来は男性用なのです。私は変装するのは気恥ずかしいと思うタチなので、誰かにかぶせてしまおうと思っていました。

それでも、この帽子をかぶってもおかしくない色合いの服を着て、帽子をかぶってダイニングルームに登場♪

褒めてもらったら、ただちに帽子をぬいで、「ブルゴーニュ公になって」と言って一人の男性を選んで帽子を勧めました。

抵抗なく、かぶってくれました。よく似合っている。やっぱり男性用の帽子だったのだな...。

記念写真を撮ろうと言って窓際に立たせると、中世風のポーズまでしてくれました。



腕組みして、真面目な表情をするのが中世風なの? 全身の写真をとったのですが、下はジーンズだったので、上半身だけ切り出しました。

この目付きは、Philippe le Bon(善良公フィリップ)と呼ばれるブルゴーニュ公の真似だったのかな?...


Philippe le Bon et son fils Charles reçoivent l'hommage de l'auteur des Chroniques du Hainault


帽子をかぶってくれた彼がとった部屋は、下の写真で向かいに見える四角い塔の最上階。



だだっぴろい部屋で、寝室には大きな窓が3つあり、彼ら好みの18世紀風。宿泊料金は安いので、豪華なシャトーではありませんが、なかなか雰囲気がある。



それで、夜は夫婦でおふざけをするのではないかと思って、帽子は翌朝に返してくれれば良いからと言いました。気に入ったのか、夕食の間ずっとかぶっていました。私を喜ばせるためにかぶっていたのかもしれないけど。

似合っていると褒めたら、自分はメガネをかけていないから、と言う。「中世風に変装して、メガネをかけて、携帯電話を持っていたら最悪だよ」と笑う。

最近のフランスは中世祭りブームなので、中世の恰好をした人をよく見るのですが、彼が言ったように不釣り合いな人もいるのですよね。写真アルバムで「愉快」のカテゴリーに入れていたのに、こんな写真が入っていました。

アルザスの中世祭り

クリスマスシーズンにアルザス地方に行ったとき、美しい町で中世風の衣装を来た地元の人たちがいて盛大なお祭りで撮った写真です。メガネと携帯電話が雰囲気をだいなしにする、と感じるのは私だけではなかったのだ...。


お城を乗っ取って夕食

まずシャンパンで乾杯して、おつまみを食べる。食器洗い機はなかったので、お皿を洗う手間をはぶくために、肉屋さんが包んでくれた包装紙のままで並べてしまいました。




そのうち、民宿の経営者が挨拶に現れるだろうと思っていたのですが、全く来ない!

いてくれなくて困ることもないので、私たちは大いにリラックスして騒ぎました。これだけ広いスペースの建物なのに、他には誰もいないのですから楽しい♪

夜も9時ころだったか、中庭に車が入って来た気配。この民宿をよく知っている人が部屋を出ていって応対していました。

なかなか戻ってこない。シャンパンを飲んでいたと言ったら「あら、ま~!♪」という反応をされたのだけれど、「ちょうど飲み終えてしまたところだ」と言ったのだそう。その人たちが到着するのがもう少し早かったら、あがってきて乾杯になっていたのだろうな。とても感じが良い人たちで、おしゃべりが弾んでいたらしい。彼らは南フランスから来た常連で、行くべき部屋は知っていたとのこと。


城には私たちだけではなくなったわけですけれど、彼らはかなり離れた部屋に入ったので、気配は全く感じない。私たちはお城を占領している気分を続けました。

メインディッシュは、肉屋さんで買ったブッフ・ブルギニョンを温めました。牛肉の赤ワイン煮というブルゴーニュの郷土料理です。白ワインも飲み終えたので、赤ワインにチェンジ。



ブルゴーニュ公のポーズをとっていた彼も、鍋を持っている姿はしまらないな...。

こういうピクニック風の食事をするときは、張り切って色々持って行くのが普通な私なのですが、今回は横着。持っていったのは、残り物のチーズ、シャンパンとワインと食後酒、日本の百円ショップで買ったよく切れるナイフだけでした。

でも、買った3種類のパンも、お惣菜も美味しかったので、楽しい食事になりました。なにしろ、広い部屋で気兼ねなく食事できたのが嬉しい。夏だったら、中庭のテラスか最上階にあるテラスにあるテーブルで、野外の食事をするのも楽しかっただろうと思うけれど。


盗難にあわないのだろうか?

デザートが終わっておしゃべりしながら、部屋にあるものを眺めたりしました。シンプルだけれで趣味が良いし、掃除もいきとどいているということで全員の意見が一致。

ここの現在の城主は、よくあるパターンで、フランス革命の後に貴族から没収した城を買った一族の子孫です。それから200年くらい同じ家系なので、古いものがゴロゴロある。骨董品に詳しい友人が、色々と説明してくれました。

この家具はシンプルだけれど、田舎風の家具として価値があるのだというのを開けてみたら、手作りジャムがぎっしりとストックされていました。



1つ2ついただいたって、民宿の経営者は気がつかないだろうと思う。家具の方は、車にトレーラーを付けて来なかったから持ち帰りはできないね、なんて冗談を言う私たち。

結局、最後まで城主は現れませんでした。

こんな風に宿泊客に開放していて、何か持っていかれることはないのかな?... それに、私たちが夜明け前に出発してしまったら、無賃で泊まれたことになるではないですか?...


翌朝...

庭に出て散歩していたとき、自転車でやって来た男性が城主さま。城の敷地の外、ほんの少し離れたところにある家に住んでいらっしゃるのでした。

こんなお城を持っていたら、私なら普通の民家には住まないですけれど。でも、狭い家なら暖房もしやすいし、階段を登ったり下りたりしないで済むので、住むには快適なのかもしれない。

以前に来たときには肉牛を飼育している農家だったのですが、最近は、ブドウ栽培をしてワインをつくるのに切り替えたのだそう。肉牛飼育は収入が少ないし、ここはブルゴーニュワインのAOC/AOP(原産地呼称)を取れる産地でしょうから賢い選択だったと思う。でも、ワインを作っているという話しぶりでは、そんなに美味しいのができていないのだろうと感じました。たぶん、自分では醸造せずに、ワイン農協に任せているのではないかな...。

昨夜に夕食をしたのは、下の写真で手前に写っているテーブル。この部屋で朝食をとりました。



前日に到着したときには、宿泊客が自由に出入りして良い部屋を見学したのですが、夕方で薄暗くなっていたのでよく見えませんでした。それで、朝食の後に再び見学。



屋根裏部屋にはミニ博物館があったのを覚えていたのですが、がらんとした大きな部屋に出ました。その小さな部屋の方に先祖代々持っていたらしき農作業の道具などが並べられていました。




レセプションのために城を貸し切る料金は?

このお城では結婚披露宴などで使えるホールも持っています。宿泊料金が安いので、貸しホールも安いのだろうと思って調べてみたら、お城ごと週末に1晩借りると30万くらいのお値段でした。フランスの結婚披露宴といったら明け方まで続くので、2日間独占する感じになるのですが、質素なお城を借りるのにそんなに高いとは思っていなかった。

お金がない若い友人カップルがお城を借り切った披露宴に行ったとき、彼らが払った料金は10万円くらいなのだろうと思っていたのです。今回泊まったところよりも小さくて、もっと質素な城ではありましたが。

ブルゴーニュで、プレゼントしてくれると言われたら躊躇なく喜ぶお城が幾つかあります。「プレゼントしてくれたら」というのは、自分で買えるはずがないからの発想。なにしろ維持費が膨大なので、いくら安く売っていても買おうなんて思いません。

今回宿泊したところから遠くない場所に、理想的と思える城があります(ピエールクロ城)。こちらは歴史的建造物に認定されていて、国宝級のステータスがある城です。

Château de Pierreclos

丘の上にあって、見渡すかぎりブドウ畑。敷地内にはチャペルの建物の一部も残っています。

今回泊まった城は建物としては好きですが、大きな町に近いので、外に入れば騒音は聞こえてくるし、周りの風景は美しくはないのです。つまり、城としての価値には雲泥の差がある。

このピエールクロ城に初めて見学したとき、今は亡き女性のオーナーとおしゃべりしていたら売りたがっていて、日本で買い手がいないかなどと言われたのですけど、私が手を挙げるわけにはいかなかった!

遺産相続をする娘さんが事故で亡くなってしまったので城を手放したいという話しだったと思うのですが、譲り受けた人がいたらしくて、最近は観光に力を入れている様子。B&B民宿もできましたが、今回私たちが泊まった城のB&B料金の4倍近いお値段でした。二人で一部屋に泊まったとして、部屋代は朝食付きで3万円近い。いくら気に入った城でも、そんな宿泊料金は私は払いません。

先代のオーナーだった時代ですが、日本人のグループを受け入れて、この城で夕食をしたことがありました。ケータリングで料理を出してもらって、大広間で食事。レストランで食べるのと全く変わらない料金だったのでアレンジしたのでした。日本ではできないことだから喜ばれるだろうと思ってやったわけですが、日本人の方はだだっ広さに物怖じしてしまったのか、お城を占領したことに感激している様子は余り見えませんでした。変わったことをしたという思い出は残してくれていたら嬉しいけど...。

いまピエールクロ城でレセプションをするために貸切る料金はどのくらいなのかと調べたら、45万円くらいでした。私たちが泊まった素朴な城の料金との差が少なすぎるので奇妙。なんかかんかでプラス料金が加わるのかもしれませんけれど。私たちが泊まった城でその料金を付けているということは、それでも利用者はいるということなのでしょうね。

ブログ内リンク:
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ
★ 目次: ピクニック、飲食店での軽食
億万長者がフランスですること・・・ 2006/02/07 城での結婚披露宴
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事


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2016/09/09
ブルゴーニュの夏に雷がなると、神様が空の上で樽を転がしていると言われます。
C'est le Bon Dieu qui roule ses tonneaux.

雷が鳴ったとき、怖がる子どもに「あれは神様が樽を転がしているのよ」と、昔はなだめていたようです。

ブドウの収穫が近づくと新酒を入れる樽を洗うので、雷がなる時期と同じということなのでしょうね。

雷がなる夕立になりそうなときには、モデムのスイッチを切って対処します。モデムが壊れたら、なかなか修理してもらえなくてインターネットが使えなくなるからです。最近は、プロバイダーがSMSで雷に注意のメッセージを送ってくるようになりましたけれど、そんなことをするより雷で壊れないモデムを開発して欲しい。

でも、今年は雷をほとんど聞かなかったように思います。雷が鳴らないのは私には嬉しいのですが、ないと、また物足りない...。

伝統的にはブルゴーニュでのブドウ収穫は9月末なのですが、地球の温暖化で早くなってきています。今年のブドウ収穫は、ブルゴーニュでは9月15日から20日ころに始まるようです。

ここのところ良いお天気が続いているので、ブドウ栽培者は喜んでいるのかと思ったら、雨が足りないと嘆いているのだそう。

先日会ったシャブリのワイン農家の人は、ブドウの収穫は10月始めだと言うので驚きました。今年は悪天候だったので、ブドウの収穫量はかなり減ると見られています。それで、最大限にブドウを膨らませて収穫したいというわけでしょうか? 


点呼をとるツバメ

毎年、夏が終わりなる時期になると、ツバメが電線の上に整列しているのが目に付きます。出発前の点呼をとっているのかなと思って少し寂しくなる。つまり、もう寒くなってくるということですから。

8月25日に、ツバメがたくさん見えたので写真をとってました。



ものすごい数のツバメだったのです。



これが最高に集まった瞬間という写真ではありません。連続シャッターで写真をとっておくべきだった...。


EUでは、電線を全部地中の埋めようとしているそうで、私の村でも何年か前に工事がありました。でも、全体ではなかった。当時の村長だった農家から、村役場を結んで、その少し先まで電線が埋められたのですが、私の家の少し前で終わってしまった。

その先の工事は、また補助金が出たときにすると言われていたのですが、いっこうに工事は再開されていません。

ツバメが電線に止まっているのを見ると、電線がなくなってしまったら彼らはどうするのかと気になってくる。フランスでは電線が全くない町や村が多いのですが、そういうところにはツバメたちは行かないのだろうか? あるいは、何か変わりのものを見つけている?




フランスでは、3月中頃からツバメがやって来るようになり、9月にアフリカ大陸か東の温かい地方に向かうようです。とすると、もうそろそろご出発なのでしょうね。心なしか、9月に入ってから見かけるツバメの数が少し減ったような気がします。

いなくなったと思っても、数日後にはたくさん飛んでいたりするので、いつ去っていくのか分からない。しばらくいないな、と思うと、すっかりいなくなっていた、と後から分かるわけなので。


昨日、ツバメの巣が納屋に11個できていると言っていた近所の人に、ツバメたちの様子を聞いてみました。子どもも含めて、全員が飛び立っていって巣の中は空っぽなのだそう。

でも、まだツバメたちは旅立ってはいないと言っていました。そうかな...。私は大勢のツバメが電線に並んでいるところは見かけなくなっているのですけれど。


ブルゴーニュにいるのは、どの種類のツバメ?

フランスには5種類のツバメが来るようですが、ブルゴーニュで見られるのは、次の4種類だそうです:

ブルゴーニュで最も多いのはHirondelle de fenêtreのようです。そのまま訳せば「窓のツバメ」という名前なのですが、日本語で「イワツバメ」らしい。学名は Delichon urbica。



ツバメが止まっているところを間近で観察したことはないのですが、私のところに来るのは、こんな感じの鳥に見えます。



今年は滅多に家に来ることがなかったカササギが庭の木に巣を作ったほか、こんなところに来るはずはないと思っていたナイチンゲールコウノトリまでやって来て、なんだか不思議な年でした...。


今朝起きて机に向かうと、置いてある時計に「9/9」の文字。こういう風に奇数が並ぶ日付って、なんだか嫌い。9.11、3.11...。またテロでも起きるのではないかと思ってしまった。

昼前に、親しい友達が心臓が危険状態だと発覚したので緊急入院することになったという連絡が入りました。その人は、明日に予定されていた食事会は出席しないとのこと。

少し前から、寝ていると息ができなくて夜中に起きてテレビを見ているのだと聞いていました。寝ていないというのはこちらには分からないし、普通の生活をしているように見えていたので、肺の具合が少し悪いのかと思って大事には考えていませんでした。

もっと心配してあげれば良かったと反省。なんでも悪いことを先に考える私なので、また一人のお友達とお別れか... などと思って感傷的になりました。

まともに寝られないのがたまらなくなってホームドクターにかかったら、翌日に血液検査と心臓の専門医で検査するように言われ、その検査の翌日の朝、ただちに専門病院に入院せよ、という連絡があったのだそう。

指定された専門病院のうち近い方を選んだら、ただちに先方に予約してくれて、正午前に入れということになった。フランスの商売的なサービスは日本と比べて想像を絶するくらい悪いのですが、医療に関しては非常に真面目にやっているのです。

でも、病院までは片道100キロ余りある。もう車を運転するのはドクターストップ。誰かに車で連れていってもらうかどうか迷ったけれど、救急車の機能を持ったタクシーがあるので(その費用は健康保険が負担する)、それを利用して病院に向かったようです。

日本で辺鄙な田舎に住む人たちの場合、救急車や救急ヘリコプターで運ばれるほどの状態ではない場合にはどうするのでしょうね?...

フランスでは心臓病が多いと感じます。親しい友人の中には、発作をおこして救急車や救急ヘリコプターで運ばれて行った人が何人もいるので、そう思ってしまうだけなのではありますが。でも、癌と聞くのより多い。フランス人の食事が心臓に悪いのではないかな?...

夕方になって、また連絡が入りました。体に液体を流して血管が詰まっているかの検査をしたらしいのですが、大した問題はないので、血液の循環をよくするための薬を飲む程度で十分だと判断されたので、翌日には救急車兼タクシーで自宅に帰ることになったのだそう。

つまり、明日に予定されていた食事会には参加できるとのこと。美味しいものを食べることに生きがいがあるような人なので、食事制限されたら可哀想だと思ったのですが、大丈夫らしい。

フランスの友人たちから病気になったときの話しを聞くと、フランスの医療体制は整っていることを痛感します。特に、低所得の人たちが、お金の心配は全くしないで長期医療を受けた、受け続けているという話し。

心臓発作をおこしてドクターヘリで病院に搬送された経験がある近所に住む貧しい友達は、死ぬまで非常に高価な薬を飲み続けなければならないのだけれど、薬代は100%健康保険でカバーされているからできるのだ、と語っていました。

心臓病って、お金がかかる病気なのかな? 別の、心臓発作で死ななかったのが不思議なくらいの友達も、ドクターヘリが来たときに、自己負担したら何十万円もするとかいう注射をうってもらったので助かったのだ、と話していたのを思い出します。

フランスの社会保障制度で健康保険部門は大きな赤字を出していますが、それでも国がつぶれないのだから良いではないかと思ってしまう。

ブログ内リンク:
8月になったばかりなのに、もうツバメが旅立ってしまうの?... 2014/08/11
★ 目次: 今年のミレジムは? (ブルゴーニュ・ワイン)
★ 目次: 空や天気に関する記事(虹、太陽、月、空、雪など)
空飛ぶ救急車 ドクターヘリ 2006/11/07

外部リンク:
EPOB - étude et protection des oiseaux en Bourgogne » Enquête Hirondelle 2011
Ma grand'mère disait...


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2016/09/07
朝焼けが見事だった日曜日、朝焼けだと雨になるというのが本当かどうかを一日中観察してみようと思ったのですが、この朝焼けの後、すぐに曇り空になってしまいました。


朝焼けが見えると雨になる? 2016/09/05

撮影した空の写真をパソコンに取り込んで眺めていると電話がなって、「みんな集まっているから出ておいでよ」と言われました。この日は、ガラクタ市とグルメ市が一緒になったイベントがあったのです。

今にも雨が降りそうな天気になったので外出したくないのだけど、断れない雰囲気。

「早く来ないと、飲み物も食べ物もなくなくなっちゃうよ」と言う。周りからは賑やかな声がしているので、友人たちは「できあがっている」らしい。

フランスではいつもタケノコ生活。何枚も重ねて、暑かったら脱ぐ、寒かったら全部着ているという手段です。半袖のTシャツに、長袖のコットンのセーター、それにコットンのコートを着ていく。

こんな雨が降りそうなときには人が来ないでしょうから、イベント会場で食事を提供する役割をしている人たちを応援もしないといけないとも思って出かけたのですが、さにあらず。たくさんの人が集まっていました。ブルゴーニュの人たち、飲んで食べられるイベントには集まるのですよね。


飲み物と食べ物があるイベントは賑わう

電話してきた友人たちを探したら、ワイン農家のところにあるベンチに座っていました。

ボトル売りの値段で冷たく冷えたシャブリのワインが買えるので便利な場所とのこと。他のところで売っている食べ物を持って来てお裾分けしてくれる人たちが次々に登場。




電話で「パンがない」と言われていたので、台所にあったパンと、日本の100円ショップで買ったよく切れるピクニック用のナイフと、グリッシーニを持って行っていました。

みんなは朝からだいぶ飲んでいたようで、そこ抜けに陽気。シャブリは昔に比べると値上がりしすぎている、シャブリをボトル1本 11ユーロで売るなんて高すぎる、などと文句まで付けている。

ワインを売っていたマダムは愛想良くお相手していました。次から次へとボトルを買って飲んでいるのだから、悪い冗談も耐えなきゃならない?


昼時、つまり食前酒タイムなので、みんなはグルメ市の会場に集まっていて、ガラクタ市の方では閑古鳥が鳴いていました。



最近の田舎では、どこでもやっているガレージセール。フランスでは、屋根裏部屋を空っぽにする市という言葉で呼ばれています。タダでくれると言われたって断りたいようなものを持ち出してきて売っています。


色々なものをつまみながらシャブリを飲んでいたので、お昼はいらなかったのだけれど、みんなと一緒に仮設レストランで食事をすることにしました。

村のボランティアたちが用意した食事。



食前酒付きで8ユーロのランチ。日本では1,000円くらいで食事を済ませてしまうというのは珍しくはないけれど、フランスでは格別に安いという感覚です。

でも、食前酒は甘ったるしくて美味しくないので、みんな飲まないでいました。ここでまた、別注文のクレマン・ド・ブルゴーニュ(発泡酒)やワインを飲む。


午後の2時を過ぎると雨がぱらつきだしたので、ガラクタ市の店を張っていた人たちは片付け始めていました。

やっぱり、朝焼けのときには天気が崩れるのだな...。

おしゃべりは楽しかったけれど、疲れてきたし、家でしなければならないこともあるので、午後5時ころに私は引き上げました。みんなはまだ飲み続けている。

家に帰ってからはアイスクリームづくり。朝市で酪農家が直売している殺菌していない生乳は日持ちしないので、買った2リットルを早く加工しなければならないのです。

この日に作る予定だったアイスクリームができあがって冷凍庫に入れてホッとしていると、イベント帰りの友人たちがやって来ました。

ちょっと挨拶するだけで長居はしないと断っていたのだけれど、飲み始めると長くなるはず。台所にあるものでオツマミを作る。飲み過ぎている人たちには食べさせないといけないと思うので。

いつも思います。フランス人って、飲んで、食べて、おしゃべりをしているだけで、12時間くらいは簡単に過ごしてしまう...。

みんなが引き上げるのを見送るために庭に出た真夜中ころ、外は土砂降りに近いような雨でした。

ブログ内リンク:
最近のフランスはガラクタ市で村おこし? 2006/07/12
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事
★ 目次: ピクニック、飲食店での軽食


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2016/09/05
朝焼けと霧が見えた景色について書いたら前回の日記(幻想的な風景になった朝の日差し)に入れてくださったコメントに、「日本では朝焼けは お天気がくずれる前兆」という言葉がありました。

夕焼けを見るときには、翌日は天気が良いのだろうと思うことはよくあるのですが、朝焼けはその逆でしたっけ? 私はずっと、朝焼けを見ても今日は天気が良いのだろうと思っていました。

コメントを開いたのは、ちょうど夜明けの時間。外を見ると、見事な朝焼けなのでした。


午前6時53分に撮影


みるみるうちに赤い部分は広がってきて、上の写真を撮った3分後には、こんなになりました。


午前6時56分に撮影

そのうち西の空まで赤くなりました。どの方向の窓から見ても、もう空全体が真っ赤! 見事、みごと、とはしゃぎました。

朝焼け。焼けるという表現がぴったりですね。フランス語でもembrasementで、火が燃える状態に例えます。

こんな空になっていたら、お天気が悪い日になるとは思えないではないですか? 本当に朝焼けは天気が悪くなる前兆なのかを確かめるために、一日中、天気を観察していようと決心。

ところが、根気よく観察している必要はありませんでした。赤い色が消えると、曇り空が残ったのです。

午前11時ころ、やはり曇り空も写真にとっておこうと思ってシャッターを切りました。



太陽がうっすらと見えて、冬の空みたい...。

この曇り空を見たら、今日は雨が降りそうだと思えてきました。寒いのだろうと思って冬のセーターを着たのですが、そこまで寒くはない。少ししてから、コットンの長袖のセーターに着替える。

この日は晴れ間が見えることは全くない日になりました。昼頃から雨がぱらついて、夜遅くには本格的な雨。翌日も、曇り時々雨という天気でした。


朝焼けと夕焼けのメカニズム

朝焼けを見たあとは、日本でなぜそう言われるのか気になってインターネットでざっと調べたのですが、本当に雨が降ったので、改めてちゃんと読みました。

日本で「朝焼けは雨、夕焼けは晴れ」と言われるのは、西から東へと天気が変わっていくから。
朝焼けが見えるときには、東の空が晴れているということで、西から雨になる可能性が高い。

夕焼けが見えるときには、西の空が晴れていて、翌日も晴れる可能性が高い。
これが必ずしも当たるというわけではなくて、その通りになるのは高気圧と低気圧が交互に通過する春と秋に多いのだそうです。


朝焼けで晴れるように見えるのに雨が降るときは、東の空に巻雲(筋雲)などが広がっていて赤く染まるとき、と書いてありました。

こんな雲 ↓

巻雲 Cirrus (nuage)

確かに、この日に私が見た朝焼けには雲があった...。

晴れる日の朝焼けは、空はピンク色からオレンジ色、そして黄色へと、順に明るい色に変わっていくそうです。なるほど、最後まで真っ赤で、その後に突然消えていた...。


では、夕焼けは?

晴れになる夕焼けは、大気が澄んでいて、空は黄色からオレンジ色、さらにピンク色へと徐々に変わっていく。

雨になる夕焼けは、極端な赤色、不気味な赤色となることが多い。

この「不気味な赤色」と表現されているのは、私がこの日に見たピンク色がかった色のことのように思えました。極端な赤色というのは、見事だと喜んでしまって、翌日にそんなに天気は良くないかどうかは気にしていなかった...。

書いたから覚えたつもりなので、今後は気をつけてみます。


フランスにも、朝焼けと夕焼けの諺があった

朝焼けだと天気が悪くなるというのは、フランスでは言わないのではないかと思いました。少なくとも私は聞いたことがありません。

まず一人を捕まえて聞いてみたら、「ない」と答える。朝焼けだったら、その日は天気が良いはずだ、と言う。

こういうことは田舎に住んでいるお年寄りに聞くのが一番なのです。なので、存在しないというのは信じない。

日本の情報には「西から東へと天気が変わっていくから」とあったのですが、フランスでも同じなのだろうか? 

こういうのを考えるのは私は苦手。日本とフランスは地球儀の裏と表にあるのですから、天気が変わるのも逆であっても良いような気がする。

そもそも、フランスで天気予報を見ていると、たいていはイギリスで雲が発生して、それがフランスに動いてくるのが見えるのです。狂牛病がイギリスで発生してからフランスにやって来たかという図と同じだし、天気予報の地図を見るたびに、悪いことはイギリスから来るような気になってしまう。で、イギリスはフランスの北にあるではないですか?

でも、フランスでも卓越風は西から東に吹く、と言われるのでした。

Map prevailing winds on earth


ところで、フランスでも天気に関する諺は色々あります。○○聖人の祭日に天気が良かったら、雨ばかりの夏になるなどというような、迷信というか占いのようなものまであるので、ひょっとしたら日本より多いかもしれない。

朝焼けや夕焼けに関してもありそうな気がしました。逆だったら面白いではないですか? でも、朝焼けに関する諺は知らないと言った人も、夕焼けが見えれば翌日は天気が良くなるものだ、と答えていました。


この日は大勢の友人たちに会ったので、別の人にも聞いてみたら、朝焼けがあったら雨になると言われている、と答えた人がいました。

あると言う人がいるのだから、あるのだろうと思ってインターネットで調べたら出てきました。色々な言い方がありましたが、朝焼けと夕焼けを並べている諺としては、例えば、こちら:

Rouge le matin chagrin, rouge le soir espoir.

「朝に赤いと悲しみ、夕方に赤いと希望」という感じの表現です。

韻を踏ませているわけで、「悲しみ」というのは雨を表し、「希望」というのは天気が良くなる嬉しい期待、ということだそうです。この言い方は中世からあったとのこと。

朝焼けと夕焼けに関する諺は、他の国でも日本と同じように言うようで、Wiipediaのフランス語ページでは紹介していました:

イギリス:
Red sky at night, sailor's delight. Red sky in the morning, sailor's warning.

アメリカ:
Red sky in the morning, sailors take warning. Red sky at night, sailor's delight.

雨ごいというのがあるし、雨が降って嬉しい人だってあるのだから、水夫が喜ぶかどうかで表現する方が理に適っているかも知れない。


「悲しみ」と「希望」を使った似たようなフランスの諺として、次のものを知っていました:

Araignée du matin, chagrin, araignée du midi, souci, araignée du soir, espoir.
朝の蜘蛛は悲しみ、昼の蜘蛛は心配事、夕方の蜘蛛は希望。

朝にクモを見ると縁起が悪くて、夕方に見ると縁起が良い、ということなのだと思っていたのですが、この諺も天気のことを言っているのだと知りました。

蜘蛛が巣を張るのが1日のうちで何時かというのが天気予報になるという昔の言い伝えなのだそうです。この諺が出来たのは17世紀だろうと考えられているとのこと。

昼の心配事というのは、夕方に雷雨があるかもしれないという危険性のことでした。クモは普通は夕方に巣を張るので、早めにすませてしまえと考えるから。

今度は、クモが出てきたときの天気がどうなるのか気にしてみようっと。


朝焼けに関しては、こんな諺もフランスにありました:

Ciel rouge le matin, pluie en chemin.
赤い空の朝、雨が歩いてきている。

Quand rouge est la matinée, Pluie ou vent dans la journée.
朝が赤けりゃ、日中には雨か風。

みんな韻を踏ませるために無理した表現なので、こんなのは私にはうまく訳せないのでお許しください。

ブログ内リンク:
★ 目次: 空や天気に関する記事(虹、太陽、月、空、雪など)

外部リンク:
☆ au天気: 朝焼け・夕焼け
朝焼けと夕焼けの違い!仕組みと天気との関係を徹底解説!
☆ Wikipedia: Dictons météorologiques » 観天望気
83 proverbes sur le thème météo
Les dictons météo au fil de l'année
おもしろ気象エコ教室: 天気のことわざ集


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カテゴリー: 四季、自然 | Comment (6) | Top
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2016/09/04
このブログに入れている記事の数は、現在2,247らしい。そのうち、容量オーバーですと拒否されるのではないかと気になるのではありますが、今のところはOK。

それでも、色々好き勝手に書いているので、できるだけ同じことを何度も書かないように目次を作って整理しています

先日見た朝の景色が少し変わっていて面白かったので、過去に何を書いたか眺めてみました:
★ 目次: 空や天気に関する記事(虹、太陽、月、空、雪など)

すると、虹や夕焼けについてはかなり書いているのに、朝焼けについてはちっとも書いていないことに気がつきました。

つい最近だけでも家の窓から見事な朝焼けを何度も眺めていたのですが、写真を撮ることもあまりない。

朝焼けというのは、虹や夕焼けほど感動を与えないのではないかという気がしました。朝日が昇って空が真っ赤になるのを見ると、ただスゴイと驚いたり、美しいと見とれたりするだけ。虹や夕焼けは、感傷にふけったりして、何か別の力を感じるように思うのです。


朝でボケているからカメラなど出してくる気にならないのかな?...もともと低血圧なので、朝は苦手なのです。「午前中の私は死んでいます」と言っています。

最近はまともなリズムで朝に目が覚めるようになりましたが、以前は、朝日が昇る時間に寝て、日が沈むときに起きだすのが私の体には最も自然なのだと思っていました。

朝5時に起きて旅行に出る必要があるときなどは、寝ないで朝を迎えることにしていました。その方が体調が良いのです。

徹夜も、4日や5日の連続くらいなら何でもない。いくらでも徹夜は続けられそうなくらいに元気なのですが、それ以上続けると頭が働くなくなるのは自覚するので、徹夜を続ける意味はないと思って、全く眠くもないのに無理して寝ることにしていました。

最近は、年のせいか、2日の徹夜もきつくなりました。寝ないでも普通に生活できるのは、仕事のデッドラインがあってもへいっちゃらで非常に便利だったのに...。

徹夜できなくなったら、まともに朝に目が覚めるようになって、起きたときに朝焼けも見るようになりました。フランス人は日本のことを「pays du Soleil-Levant(日いづる国)」と言うので、私も日本人としての名誉回復した気分。

でも、今のフランスは夏時間で、太陽時間と2時間ずれている。朝7時に起きて朝日を見ても、実際には9時なわけなので、「早起きしています! 」と自慢するわけにはいかないか...。


ご来光

いや、富士山のご来光を拝むというのがあった!
とすると、私の感覚がおかしいだけ?...

フランスの旅行代理店のエジプト旅行に参加したときには、2泊したシャルム・エル・シェイクからシナイ山に登って朝日を見るというオプショナルツアーがありました。モーセが十戒を授けられたという山なので、登ってみようと思ってリュックや靴も用意して旅行に参加していました。

でも、現地で話しを聞いたら、真夜中に出発するので寒いから冬用のコートを着込み、日が昇ってくると暑いからコートは背負う必要があると聞いてめげてしまった。それに登山はかなり厳しそう。私には体力がなさそうに思って参加するのは止めました。

モーセに関しては、聖カタリナ修道院の見学だけで十分に満足していたので、これ以上の感激はしないだろうと思ってしまったのでした。

でも、シナイ山に登って帰って来た人たちが「素晴らしかった」と言って感激しているのを見て、私ってバカ... と思ってしまった。あの時を逃したら、絶対に行けなかったのに...。

Mont sinai Rembrandt

でも、フランス人たちが感激したのは、彼らがクリスチャンだからであって、私はそこまで感激しなかっただろうと思って諦めました。朝日は、どこで見ても美しいでないですか?

ご来光を見るための富士登山などは、間違ってもする気にはなりません。どんな様子なのかをテレビで見たら、行列を作って登って行き、頂上につくと、ぞっとするような観光地なのですもの。

もしも江戸時代に生きていたら、行ったと思う。

 Welcome to the top of Mount Fuji


幻想的に見えた我が家の朝日

朝早く起きたとき、天気が良ければ、自分の部屋の窓から東の空を覗きこみます。朝焼けが見えていたら、東向きの部屋に行って窓を開ける。

空が赤く燃え上がる朝焼けに驚くことはよくあるのですが、先日は、ちょっと変わっていました。


写真に写っているのは、誰も住んでいないお隣にある家の敷地です。東京ドームに例えたら、8個分という広さの庭。でも、持ち主が夏の間にも来なくなってから久しいので、庭は荒れ放題。なので、景色は全く美しくないのですが、虹や空を眺めるのには重宝させていただいている空間。

この日の朝焼けが幻想的で美しいと思ったのは、庭を流れている川か池から上がってきていた霧でした。



おとぎ話の挿絵になりそうな景色ではないですか?


追記:

ちょうど1週間後の朝、空全体が赤く染まったので、朝焼けについて調べて記事を書きました。
朝焼けが見えると雨になる?  2016/09/05

ブログ内リンク:
★ 目次: 空や天気に関する記事(虹、太陽、月、空、雪など)

外部リンク:
All About:  聖カトリーナ修道院地域/エジプト [世界遺産]
エジプトで登山!モーセが十戒を授かった、シナイ山でご来光を拝む


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2016/08/29
清々しい天気の日の午後、庭に出ていたらカササギらしき鳥の声を聞き、それから林の方に飛んで行くカササギを1羽見かけました。

私の庭から巣立っていったカササギのことが気になってしまっているのです:
巣から落ちたカササギ 2016/08/19

尻尾が長くて、もう立派な鳥。私のカササギ兄弟は両親と再会したらしいと聞いていたので、この時に見たのは親の方だったかもしれない。でも、このあたりにはカササギはほとんどいないので、私のカサとサギの一家なのは間違いないだろうと思いました。

その日の夜、夕食を食べ始めようと食卓に座ったら電話がなる。

お隣さんの声。まだ頼りなげなのに飛び立っていったカササギの雛がサバイバルしているかどうかを観察してくれている人なので、カササギが死んじゃっているとかいう報告かと思ってギクリとしました。

ところが、教会の屋根にコウノトリがいるよ~♪ と教えてきたのです。

ドイツ国境のアルザス地方に旅行すれば、シーズンにはコウノトリの姿をたくさん見るのですが、こんなところにいるはずがないですよ~!

冗談かと思ったのですが、わざわざ電話してきたので本当らしい。


コウノトリが来ていた!

庭に出てみると、教会の屋根に大きな鳥がとまっていました。
ありえへん、信じられない光景!



どの角度からが一番見やすいかと庭の中を歩いていると、鳥は飛び立ちました。

やはり、すぐに行ってしまうか...。
と思ったら、道路を渡っただけで、向かいにある私の家の煙突の上に止まるではないですか!



この家にコウノトリが来るとは夢にも思っていなかった...。

人間がいるのを警戒している様子がないので、見やすいように門をくぐって外に出ました。お隣さんも道路に立って屋根を見上げている。



しばらく眺めました。鳥は手づくろいなどして寛いでいます。どこかの保護区域で生活していて人間には慣れているのかな?...

それにしても、コウノトリが移動するときには群れでするはずなのに、なぜこの鳥は1羽でいるのだろう?...


30分くらい見とれていたのですが、いっこうに飛び立たない。始めのうち、私たちはヒソヒソ話しをしていたのですが、鳥の方はいっこうに平気らしいので声が大きくなる。

それで私たちは、鳥に気兼ねなく普通の声で冗談を言い始める。

白と黒の羽なので、私のカササギが変身したのではないか? そろそろツバメが飛び立つ時期なので、この大きな鳥が先導役になるのではないか?

コウノトリは食べられるのだろうか?

卵は大きいから目玉焼きにしたら1個でたりるかもしれない...。この間、お腹がすいていないので目玉焼きにして、2個食べ終わったら、まだお腹がすいているので、また2個焼いた。

もっと凄い人もいるよ。外食を済ませて帰宅した友達がお腹がすいていると言うので、奥さんは12個の目玉焼きを出した!...


コウノトリは、こちらにはおかまいなし。あるいは、せっかく田舎なのだから静かにしろと言いたかったのかもしれない。こちらを眺めたりしていました。



飛び立つときに羽を広げるのを見たくて待っていたのですが、いっこうに動きません。ここで夜を明かそうと言うつもりなのだろうと思って、私たちは引き上げることにしました。

食べようとしていたおかずは、すっかり冷めてしまっていたので温めなおして食べる。


夕食からしばらくたって、夜寝る前に庭に出て屋根の上を見に行ってみましたが、まだ鳥は煙突の上にいました。

少し裏手にまで飛んでいけば、誰も住んでいない森のような庭があるお屋敷があって、そこには煙突が16個もあるのですけどね。我が家には煙突は5つしかありません。しかも、とまった煙突の上には三角になった屋根が付いているので、そこに足を踏ん張っているのも心地が悪いだろうに、と思ったのだけど...。

ひょっとして、この鳥はクリスチャンで、宿泊先は宗教建築物に限っているのではないかな...。私のところは、40年くらい前までは司祭さんが住んでいた家なのです。


翌朝、お隣さんの報告によれば、鳥は教会の7時の鐘が鳴ったときに飛び立っていったのだそう。賑やかに奏でられる6時半のアンジェラスの鐘で飛び立つ決心した方が自然だと思ったのですけど、おしきせではない自分の時間感覚があるのでしょうね。

可愛いというのは大きすぎる鳥だったのですが、優しい表情が印象的でした。コウノトリは赤ちゃんを運んで来ると言われるのが納得できます。




コウノトリだと思っていたのだけれど、フランスで見るのはシュバシコウだった

家に来たのは、フランスでは「cigogne(シゴーニュ)」と呼ぶ鳥でした。日本語ではコウノトリだと思っていたのですが、いちおう確認のために調べてみると、違っていた!

フランスで見るのは、日本では「シュバシコウ」と呼ぶ鳥で、フランス語ではCigogne blanche(白いシゴーニュ)。日本でいうコウノトリは、フランス語ではCigogne orientale(東洋のシゴーニュ)なのでした。

Wikipediaに入っている画像を見ると、この2つの鳥は大きさは同じで同じような鳥に見えるのですが、お顔がかなり違うのでした。写真をクリックすると拡大写真が開きます。

シュバシコウ(朱嘴鸛)
仏語語: Cigogne blanche
学名: Ciconia ciconia
  • 全長: 100 ~ 115 cm
  • 翼開長: 155 ~ 215 cm
  • 体重: 2 ~ 4.5 Kg


学名:Ciconia boyciana
  • 全長: 110 ~ 115 cm
  • 翼開長: 160 ~ 200 cm
  • 体重: 4 ~ 6 Kg
Oriental Stork 2 marugame kagawa.jpg



目付きが全く違うでしょう?

少し前に書いたブログで「三白眼」という表現を教えていただいたのですが、日本のコウノトリは四白眼ではないですか? すごく意地悪そうな顔に見えます。こんな顔をした鳥に赤ちゃんを預ける気にはならないですよ~!

日本の動物園にはコウノトリがいるのだろうと思いますが、それを見て「ああ、赤ちゃんを運ぶコウノトリだ~♪」なんて思えるのでしょうか? 例えば私が動物園などで生活させられていたら、もともとは普通の四白眼だったとしても、ストレスがつもって目付きがもっと悪くなっていそうな気がする...。


「シュバシコウ」という名前は聞いたことがなかったように思います。子ども向けのお話しで「赤ちゃんを運んでくるシュバシコウ」なんて言い方をするのかな?...

おもちゃを検索してみたら、やはりフランスでも見る鳥をコウノトリとして売っている感じがしました。ドイツ製が多いせいもあって、みな口ばしは赤くて、日本のコウノトリの姿では売っていないような...。




日本語に漢字がなかったら、どうなるのだろう?

コウノトリとシュバシコウ。文字を見たら全く違う鳥だと思ってしまうではないですか?

日本語名も、漢字で書いてあれば「鸛」が両方とも入っているので同じような鳥だと分かります。シュバシコウは「朱嘴鸛」で、口ばしが朱色の鸛(コウノトリ)ということでしょう?

ところで、シュバシコウという名は朱色で特徴を出しているわけですが、フランス名は「Cigogne blance(白いシゴーニュ)」で、白を特徴とした命名になっています。

「Cigogne noire(黒いシゴーニュ」というのがいるからではないかと思います。

普通、シゴーニュというと白い鳥ですが、「黒いシゴーニュ」という名前は私も知っているくらいなので、そう珍しいわけではないと思います。生息地はアフリカ大陸とユーラシア大陸ですが、フランスにも夏には一部の地域に渡って来るようです(地図)。



この鳥を日本では何と呼ぶのか気になって調べたら、「ナベコウ(鍋鸛)」でした。

この品種も口ばしが赤いのだから「朱嘴鸛(シュバシコウ)」、あるいは体の色から「黒鸛(クロコウ」としたって良かったではないですか? この鳥の学名はCiconia nigraで、黒で特徴を出しています。鍋の底は汚れて黒いものだから、ナベコウという名前にしたというわけでもないのでしょうけど...。

コウノトリ、シュバシコウ、ナベコウ。
全部がコウノトリ科コウノトリ属の仲間。

「コウ」と読んだら短いすぎて収まりがつかないから「コウの鳥」にしたのかな? でも、「サギ」という名前の鳥もいるのだから、コウノトリを「コウ」でも良かったのではないかと思うけど...。

でも、耳慣れているせいか、「シゴーニュ」という呼び方の方が私は好きです。

ブログ内リンク:
赤ちゃんを運んでくるコウノトリ 2009/03/01

外部リンク:
☆ 知泉Wiki: コウノトリ
コウノトリ物語第5話|世界各地に伝わるコウノトリ伝説


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2016/08/28
今年の夏は雨ばかり降っているので蚊が大量発生しました。いつもなら、気温が上がってからりとした暑さになればすぐに消えるのですが、雨ばかり降っているので蚊は元気。

フランスで蚊の問題といえば南仏の湿原地帯。蚊を退治するために外来種の蚊を天敵として導入したら、その外来種が猛威を振るってしまって、さらに問題が大きくなったという話しを聞きました。薬を使わないで環境保護しようというのは、一歩間違えると逆効果なのでしょうね...。

ブルゴーニュでは6月半ばから1カ月くらいがピークだったと思います。友人たちとも、よく蚊がたまらないと話しました。

友達の一人は、とてもよく効く虫刺されの薬を見つけたと話していました。でも、その薬は50ユーロなのだそう。たかが虫刺されの薬に6,000円も払うつもりは全くないので、薬の名前は聞きませんでした。彼女の家では本格的な家庭菜園をしているので、畑に出ることは多いから、そのくらいの投資をする気になるだろうけど。

それにしても今年の蚊は異常に多かったです。ちょっと庭の外れにあるレタスを取りに行くと、蚊の大群が群がっている感じ。刺されないのではないかと楽観しているわけですが、耳のそばでブンブンされるのは煩い。

もともと、私はフランス人よりも肌が柔らかいせいか、夏にはかなり虫刺されになります。かゆいからとひっかいていると、手足は傷だらけ。みっともないけれど、気にしない!


レモンバーム

フランスでよく庭に生えている植物で、蚊よけになると言われる植物があります。citronnelle(シトロネル)。今年は雨が多かったので、ミントど同様に元気に生えていました。

雑草扱いにしているので写真を撮ったことがありませんが、こういう草です ↓



繁殖力が強くて、庭のあちこちに生い茂ってしまうのです。ただし、レモンの香りがあり、不愉快な植物ではありません。フランス語ではレモンは「シトロン」なので、この草を「シトロネル」と呼ぶのでしょうね。

日本でも「レモンバーム」と呼ぶようです。

フランス人たちは蚊をよける草だと言うのですが、本当に効果があるとは思えないので奇妙。食事をしているときに花瓶に活けて飾ったり、切った草をウチワのようにして蚊を追い払ったりしたことがあるのですが、蚊の方は全く平気なのです。

レモンバームの葉をもみ潰して腕に塗ったりしましたが、蚊がいなくなる感じは全くありませんでした。


魔女になる

私は、考えるより、試してみてから判断する方が好き。

レモンバームを煎じてみることにしました。除去しないとどうしようもないほど群生しているレモンバームですから、失敗しても惜しくはありません。

家にある一番大きな鍋に水を入れる。庭でひっこ抜いてきたレモンバームの根の部分を捨て、ざっと洗ってから鍋に突っ込む。



沸騰して10分くらいすると液は茶色になってきて、これ以上は煮る必要はないというところで火をとめる。

冷めたところで草は取り出し、飲み終わったミネラルウオーターのペットボトルに漏斗で入れて出来上がり。

1回目に作ったときは、1リットル入りと1.5リットル入りのボトルで3本できました。

魔女が大鍋をかき回して毒薬を作っている気分になったので、なんとなく効くのではないかという気がしてきました。


レモンバーム液を古いオシボリにたっぷりとしみ込ませて、腕や足に塗ってからレタスを取りに行ってみました。

蚊が近寄ってこない!♪ 煩かった飛び交う音も、少しすると聞こえなくなりました。

翌日、ちょっと野菜畑に行くだけだからと液を塗らないでいったら、さっそく蚊に刺されたので、液を置いている納屋に行って私の薬を塗る。すると、虫刺されで赤く腫れたところが、少したつと消えていたのでした。

さらに、ラズベリーの畑に入って、トゲで傷ついた肌に塗っても腫れが収まるように感じました。

いい加減に作っ液だけれど、もしかしたら、効果があるのではないか?...


レモンバームとレモングラスは違う

インターネットで調べてみたら、虫刺されの薬に使っているらしいシトロネルは、日本語ではレモングラスという植物で、私の家の庭に生えているシトロネルとは全く違うのでした。

レモングラスもレモンの香りがあるそうですが、こういう植物らしい ↓

Description de cette image, également commentée ci-après 

私の草は、フランス人はシトロネルと呼ぶけれど、正式のフランス語名はMélisse officinaleで、学名はMelissa officinalis。日本語ならレモンバーム、ないしメリッサ。

でも、レモンバームも薬効効果はあるらしい。ハーブティーにもできるそうですが、なんとなく毛嫌いして飲んでみたことはありません。

レモンバーム(メリッサ)から作ったEau de mélisse(メリッサ水)というのもあり、昔には流行っていたようです。不死身の薬?




レモンバームに蚊よけ効果があることを、釣り人が証明してくれた

家にやって来た一家の若い男性が、蚊に困っている話しをしました。彼は釣りに凝っていて、川のほとりでキャンプして夜を明かすことが多いのだそうですが、夜には蚊に襲われて大変なのだそう。

この人も蚊対策に50ユーロも出す人ではない。それで、ストックしていた私の液を1本と、それに使うオシボリ1つをプレゼントしました。たっぷり塗るように、と言って。

川のほとりにいる蚊といったら、すごいでしょうから、何も効果がなかったと言われると思っていたのですが、それを持っていった日は蚊に悩まされることなく夜を過ごせた、と報告されました。

そんなに効果があるかな... と、信じられないけど。

お気に召したので、一緒にあげたレモンバームの草でせんじ薬を作ったのだそう。どのくらい煮るのか分からないので、30分煮たら、液体が真っ黒になってしまったと言っていました。そんなに長く煮る必要はないのですよ~。といって、私だってレシピを見て作ったわけではないので、どのくらいが良いのか分からないのですけど。

ともかく彼は、近いうちに一軒家に引っ越すので、レモンバームを植えると言っていました。

効果があったと言われたので気を良くして、また追加で作りました。

そのうち、庭に殺虫剤をまく小型のスプレーがあったので、それに入れて手足に撒くようにしました。オシボリに浸すより、この方が足に撒くには便利。ペットボトルは納屋に置いているので、そこで裸足になってスプレーをかける。

さらに、日差しが強い日には、バケツに水を入れてレモンバームの枝をたくさん入れて、食事をするテーブルのそばに置いてみました。水が温められるので煎じたのと同じ効果があるはず。でも、肌につけるほどには効果はないみたい。つまり、遠くまでは効果を及ぼさないのではないかな。

もう一人、近所の友達仲間では、レモンバームで薬を作ったという女性がいて、「私も魔女になっちゃったわよ」と報告していた。彼女の家でも、レモンバームはどうしようもないほど生えているそうなのです。


こんなのを毎日肌に付けていたら、皮膚がおかしくなってしまうかもしれないと思ったのですが、大丈夫そう。

ただし、服につくとシミになります! 使っているオシボリは、みごとに薄茶色に染まりました。

皮膚も染まるのでしょうけれど、入浴すれば消えてしまうのではないかな。

いづれにしても、私は色素不足コンプレックスなので、日焼けは嬉しいくらいなので気にしていませんでした。子どもの頃は、海水浴に連れていってもらったくらいでは日焼けしないのがみっともなくて、午後3時に外に出てしばらく散歩するという苦労をしていたのです。当時は茶髪なんて流行っていなかったので、母親から髪の毛が黒くなるように海苔をたくさん食べろと強制されました。海苔を食べたら髪の毛が黒くなるなんて信じられなかったけれど...。


さすがに、8月になると蚊はほとんど姿を消していました。
たくさん液体を作ったので残ってしまった...。


レモンバームを利用することに関しては、フランス情報ではほとんど出てこなかったので、思いつきでやってみただけでした。でも、日本では注目されている植物なのかもしれない。これを書きながら見つけた情報へのリンクを入れておきます。雑草扱いしている草なのですが、何か他の使い方もありそう...。




外部リンク:
メリッサ(レモンバーム)の効能
人気のハーブティー レモンバーム(メリッサ)の効能がすごい!
レモンバーム/メリッサ
フランス 3 メリッサ


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2016/08/19
余りにも夕焼けが美しいかったとき、庭にあるイスに座って空を眺めました。オレンジ色に輝く雲が刻々と変わる...。餌になる虫がたくさんいる日だったのでしょうか、おびただしい数のツバメが飛び交っていました。このあたりにいる数は300羽とか500羽とかなのかな?...

春になるとツバメがやって来たと喜ぶわけですが、こんなにたくさんは見かけません。ここに滞在してたくさん子どもを作って、やがて北の国に旅立つわけですが、またもどって来るときには大半がいなくなっているということなのだろうか?...

少し前、近所に住む友達が、もうツバメたちが旅立ちの準備をしているので、早すぎるのではないかと言っていました。確かに、この頃は出発前の点呼をとるように電線に並んでいる姿が見えます。今年は寒くて、わざわざやって来た意味がないような天気でしたが、ツバメたちが出発するには未だ早すぎると思うのだけどな...。

夕焼けが消えると、満月が輝きだしました。ほんの少し前には三日月だったのに...。

空を見上げていたのには理由もありました。少し前まで面倒を見ていたカササギが旅立って行ったので、元気でいるかを見届けたかったからです。


巣から落ちてきたカササギ

先月、近所の家に行って庭で食前酒を振る舞われていたとき、ツバメがブンブン飛んでいる。道路を挟んで向こう側にある私の家ではこんなに庭を旋回していないので不思議に思ったら、この家の納屋には幾つもツバメの巣ができていたからなのです。そこにいる赤ちゃんたたちのために、ツバメの親たちがせっせと餌を運んでいたのでした。

そこからは、私が住んでいる家の大きな木に作られたカササギが巣が見えるので眺めました。大きな巣が出来ているとは言われていたのですが、木の高いところにあるので私の家からは見えなかったのです。

巣には何羽の赤ちゃんがいるのだろうかなどと話しをしていて帰宅すると、門を入ったところでカササギの赤ちゃんが地面に落ちていて、死んでいる...。

それだけでも驚いたのですが、翌朝になると、さらにカササギの赤ちゃん2羽が落ちている! 猫3匹が近くにいたのですが、誰かが捕まえてきたネズミに気をとられていて、鳥の赤ちゃんは無視されていたために無事。

カササギの雛は巣から落ちてしまうことがよくあるらしく、インターネットで調べたらどうやって助けたかを語っているフォーラムがありました。

キャットフードで大丈夫という情報があったので、それを与えることにしました。

巣から落ちたときは縮こまって哀れな姿だったのですが、翌朝は元気。「お腹がすいた~!」と元気にやりました。



巣の近くに赤ちゃんを置いておくと、親が探し出して世話をすると書いてあったので、巣があったモミの木のすぐ近くにある納屋の2階にある窓に二人を入れた段ボール箱を置きました。巣の位置からは5メートルくらいのはず。

でも、彼らの親は薄情なのでした。親らしきカササギの姿は全く現れません。ひょっとして、子育てが嫌になって子どもたちを巣から突き落としたのではないかと疑いました。人間にだって育児放棄する親がいるのだから、鳥がやらないこともないと思う。

雄か雌か分からないけれど、2羽に名前を付けていました。フランスではpie(ピー)と呼ぶ野鳥で、体が大きいのでよく目につきます。

日本では見たことがない気がしますが、日本語ではカササギ。それで、この2羽は「カサ」と「サギ」という名前にしました。成長が早くて少し大き目だった方がカサ。

カササギは光る物が好きらしくて、スプーンなどを盗んでしまうのだと言われています。そう言われると、ロッシーニのオペラに『泥棒かささぎ(フランス語でLa Pie voleuse)』というのがあった。


キャットフードで育ったカサとサギ

納屋に梯子をかけて餌を与えるのは大変なので、カサとサギには家の3階の部屋に引っ越してもらいました。巣があった場所からは遠くなったとはいえ、親が来たら見つけられるように庭に面しとた窓があります。窓はいつも開けてくので、赤ちゃんが餌をねだっている鳴き声は十分聞こえるはず。でも、親は姿を現さない!

新聞紙を丸めて入れた巣らしきものを作りました。糞で汚れるので、1日に2回か3回、新聞紙を取り換える。

赤ちゃんと言っても、カササギの口は大きい。キー、キー言って食べ物を欲しがる口にキャットフードを入れるのは難なくできました。鳥の親は長い口ばしで入れるから良いのでしょうけど、こちらは指を使うので、一緒にグイグイ吸い込まれるので血豆ができたりもしてしまいましたけど。

カササギは雑食なのだそう。栄養バランスを考えて色々あげたかったけれど、消化できなかったらしいものを食べさせたら死んでしまったという体験談もあったので、メインはキャットフードにして、ゆで卵をつぶしたものも与えました。鶏肉は虫の味がするらしくて喜ぶという報告もあったので、ローストチキンを食べたときには細かく切って与えました。

食欲旺盛で、猫にも負けないくらいキャットフードをムシャムシャと食べる。そのうち、産毛がなかった部分にも羽が生えてきて、羽を広げるとカササギ独特の美しい濃紺の羽も見えてきました。

となると、彼らのママとしては飛び方を教えなければいけないのではないか? 何をして良いのか分からないながら、手に乗せて急降下し、羽をバタバタさせる運動をしました。50センチくらい飛んだりすると、親バカよろしく喜ぶ。


動けるようになると自由が欲しくなる。カサとサギは巣があったモミの木とは別のモミの木がお気に召したようで、そこで暮らし始めました。口に食べものを入れてあげなくても、自分の口ばしで餌を食べられるようになったので、猫が登れない位置に餌箱を設置。




糞だらけで汚かったのでティシュを濡らして拭いていたのですが、自分で毛づくろいするようになりました。羽の白い部分は真っ白になる。

雨が降った日があって、私は慌てました。木の中に傘を差し込もうかと思ったのですが、ふたりがパニックになりそうなので思いとどまる。

眺めていると、羽には防水効果があるのが大丈夫そう。寒さをしのごうとしているのか、体は丸く膨らんでいます。でも、さすがに夕方になると、水で濡れて体が小さくなっている。でも、けなげに耐えて、翌朝には普通の様子で餌を要求していました。

家にいる猫たちの獲物になるのを一番心配したのですが、追いかけた猫がいたのは1回だけ。ある程度は飛んで逃げられるし、口ばしが大きいので猫には手出しができないのだろうと思いました。


私のカサとサギは肥満体? 友達の家の庭で食事をしていたとき、すぐ近くに成長したカササギのスマートな姿を見て心配になりました。カサとサギは、お腹が大きすぎて飛び立てないのではないか?...

そのうち、カサとサギは庭の外れにあるリンゴの木に移動していました。つまり、その距離を移動できるくらい飛べるようになったらしい。



地面に降りて歩いるので、地面にいる虫を探したりして餌を自分で探せるようになってきたようす。でも、まだ自立して餌を食べたり、自由に飛んだりする体にはなっていない。

成鳥は、下の写真のように尾が長くなるはずなのです。

 
Pie bavarde(Pica pica)

でも、もう口を大きく開けて「食べさせて~!」とはやらなくなりました。食べ物を置くとき「ご飯ですよ~」という私のフランス語は猫に言うのと同じフレーズ。それで、猫がやって来て食べてしまうことも多々あったのですが、カサとサギは猫と私がいなくなってから食べ始めるという賢さがありました。


サヨナラも言わない旅立ち...

まだしばらくは餌をあげ続ける必要があると思っていたのに、リンゴの木に移住してからまもなく、ふたりは旅立っていきました。朝、飛ぶのがまだ上手にできなかったらしいサギの方が菩提樹の木にいて、すぐに飛び立っていったのを目撃したのが最後...。

30度近い晴天が続くという天気予報が出た日でした。彼らは旅立つなら今だ、と分かって決断したのだろうか?...

旅立って行くなら、「さようなら。私たちは大丈夫ですから心配しないで」と挨拶して欲しかったけど...。

その翌朝、毎日のように「カササギは元気?」と様子を見に来ていたお隣さんが、2羽が教会の屋根の上で身を寄り添っていると報告に来ました。教会は、私の家から道路を隔てた向かい側にあるのです。

教会の屋根を見上げたときには姿が見えませんでした。午後になると、カササギが餌をねだる鳴き声が聞こえてきたのですが、どこにいるのか分からないので、いたたまれない思いをしました。お腹がすいているなら戻っておいでよ~!


インターネット情報によると、カササギは生まれてから25~29日で自立できるようになるのだそう。計算してみたら、私がカササギのママをしたのは24日間でした。キャットフードで育てたので成長が少し遅れたのかも知れないですが、カサとサギは旅立つ時期だったのですね。

でも、カササギの子どもは、秋までは親に守られながら家族で一緒に生活するのだそう。私の2羽の赤ちゃんは親に見捨てられてしまったわけです。でも、なんとか、兄弟ふたりで助け合って生きのびて欲しい...。


カサとサギがモミの木の中に作られた巣にいたときの姿は、高い木の上にあったので全く見ていなかったのですが、普通に育っていたら、こんな感じだったのだろうと思う動画を入れておきます。


La pie bavarde 1ère partie » La pie bavarde seconde partie


自然に生きられるということ

まだ羽が十分に伸びていなかったカサとサギなので、お腹がすいたら戻ってくると楽観していたのに、ちっとも姿を見せません。

わたしのところにいれば、キャットフードとはいえ、食べるものには不自由しない生活ができたのに。でも、そんな人間がするような損得なんか考えないで、彼らは自然に生きる道を選んだのだと思う。

乳離れしていないのは私の方。彼らが旅立ってから1週間くらいは、庭の木の枝が揺れていたり、鳥の鳴き声が聞こえると、カサとサギではないかと姿を探してしまっていました...。

カササギは人懐っこい鳥だと聞いたのですが、ペットのように手なづけようとはしたくありませんでした。何年か前に見たチンパンジーのドキュメンタリー映画が記憶に焼き付いてしまっているのです。

アメリカでのお話しだったと思う。飼い主から手話を教えられたチンパンジーが、見事に手話をマスターして、人間と意思疎通できるようになった。飼い主の女性は(図に乗ったと私は言いたいけれど)、チンパンジーを大学に入学させました。ところが、ある日、チンパンジーは女生徒に抱きついてしまった。

それでチンパンジーは凶暴性があるとされて、動物園のようなところに入れられてしまいました。ドキュメンタリーの最後は、飼い主の女性がチンパンジーに会いに行く場面。隔離されているので抱いてあげるほどの距離にも近づくことができない。チンパンジーは、遠くから、お菓子をちょうだいと手話で訴える。身につまされました...。

フランスで見たテレビ番組でしたが、日本でも報道されているかと思って「チンパンジー 手話」をキーワードにして検索したら、似たような悲劇的なお話しは他にもあるようです。つまり、チンパンジーは手話を使えば人間のような意志表現ができるらしい。

人間でいてもジェノサイドがあるくらいなのだから、動物が人間として認められるのは不可能です。自然に生きられるようにしてあげるのが一番だと思う。



カサとサギのことを書き初めてから日がたっています。今日の夕方は見事な半円を描いて、しかも少しは2重になっている虹が庭の南側にできました。



虹が出たと気づいたほんの少し前、大人になりかけているようなカササギの強い鳴き声が聞こえてきました。納屋の向こう側にいたらしくて姿は見えない。強く鳴いているので、どこかに足を挟んで助けを求めているのかと心配したのですが、少しすると鳴き声が遠ざかっていったので安心しました。

もう、カサとサギのことは心配しないようにしないと...。
彼らが巣から落ちているのを見つけた日から、今日はちょうど1カ月。



追記 (2016/08/21):

カサとサギのことを気にかけてくれちたお隣さんに会ったら、旅立ったカサとサギを何度も見かけていると教えてくれました。ふたりで身を寄り添っていたりして可愛いとのこと。生まれた巣があったモミの木に住み着こうとしているのではないか、と話していました。

私が聞いたカサとサギだと思う声が聞こえてきたのも、お隣さんの方角でした。私の家には背の高い木があって上空が見えにくいのですが、お隣さんの庭はすっきりしているのでよく見えるようです。そもそも、この人は暇さえあれば庭に出てあたりを見回している人なのです。

本当を言って、巣立ちしたカササギが生き延びられる確率は30%に過ぎないと書いてあったので心配していたのです。キャットフードなんかで育ったら自然に打ち勝つ抵抗力は弱いはず。でも、孤児になったふたりが力を合わせて生きているらしいというニュースは嬉しかったです。

彼らの親やしきカササギは、最後まで1度も見かけませんでした。人間だったら、一生、親から見捨てられたとか、虐待されたという心の痛手を背負ってしまうと思う。カサとサギは、そんなことに恨みを抱いたり、自分たちが不幸を背負ったなんていうことも考えないで生きるのだろうな...。


追記 (2016/08/28):

赤ちゃんのときはピー、ピー鳴いているカササギですが、大人になると、さえずっているとか鳴いているというような声ではなくなります。その声が聞こえてくるようになりました。庭に出たり、2階の窓辺に立ったするのですが、木立に隠れているので姿を見ることはめったにありません。

今日、空を眺めたり、身に行く人たしに声をかけるのが趣味(?)のような独身男性のお隣さんの報告がありました。今まではカササギ兄弟はふたりで寄り添っていて哀れな姿だったのだけれど、今朝は屋根の上に4羽いたとのこと。

つまり、私のカササギは両親と一緒になったのだろう、と言うのです。

少し前に書いたフランス人なら誰でも知っている童話のカササギ・バージョンだと思ってしまいまいましたが(その日記: ペローの童話『Le Petit Poucet(おやゆびこぞう)』)、厳しい冬を迎えるまで親の保護を必要とする幼児たちが両親と一緒に生活できるようになったらしいと分かったので嬉しいニュースでした。

つまり、彼らはサバイバルできるだろうかと私が心配することはない♪



ブログ内リンク:
8月になったばかりなのに、もうツバメが旅立ってしまうの?... 2014/08/11
★ 目次: 空や天気に関する記事(虹、太陽、月、空、雪など)

外部リンク:
傷ついたカササギフエガラスのヒナを保護したら、やることなすこと人間じみてきた。誰よりも家族を思いやる愛情深い鳥人間となった。(オーストラリア)
カササギの(01)霜と七夕の組み合わせは、変でしょ
伊藤美誠、白井健三、池江璃花子…五輪選手の親はみんな“毒親”なのか? 感動物語の裏で虐待スレスレの英才教育
☆ 消えがてのうた part 2: ソロ


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2016/08/09
欲しいなと思っていたものに出会って買った日本らしい道具があります。

出会ったのには、後にも先にも1回だけ。しかも名古屋に旅行したときに立ち寄った洒落たお店でした。それで貴重品だと思っていたのですが、写真を撮ってブログにのせる必要もなかった。

自慢したかったのは、これと同じ商品だと思います ↓

商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。お買い物される際には、必ず商品ページの情報を確認いただきますようお願いいたします。また商品ページが削除された場合は、「最新の情報が表示できませんでした」と表示されます。

【飛騨の匠】からくり楊枝とり:白地オーク
価格:3240円(税込、送料別) (2016/8/8時点)



ネットショップで探せば、いくらでも売っていたのでした。ちょっとガッカリ...。

「からくり 楊枝」で検索したら、たくさん出てくるのです:
 ☆ 楽天市場で検索
 ☆ アマゾンで検索


フランスに持ってきたのですが、フランス人たちに非常に受けます。たいてい「日本のハイテクだ♪」と言われます。日本は精密機械などの高度な技術で知られているので、こういうのもあるというコントラストを面白がるようです。

この楊枝とり、とてもよく出来ているのです。



鳥が楊枝を取り出すだけではなくて、鳥の目は動くし、鳴いているような音まで出る。

日本人は色々なアイディアを生み出します。それはフランスでも有名らしい。そんなことは以前にブログで書いていました:
フランスで紹介された日本の「珍道具」 2013/05/02


フランスでも楊枝はよく使います。食前酒のときに出すオリーブなどのおつまみを突っつくときに出てきます。ですので、楊枝鳥をお土産にしたらしたら喜ばれると思います。

楊枝鳥を検索したついでに、もっと凝った作りとか、アンティークが出てくるのを期待したのですが、見つかりませんでした。江戸時代くらいにはあったのではないかと思うのですけど。

同じシステムのプラスチックで作ったのとか、箱が家になっているのは出てきたのですが、何だか美しくない。日本のを真似したのではないでしょうか?

下はフランスで売られているもの ↓


Distributeur de Cure-dents en forme d'oiseau



日本らしいデザインとしては、箱根寄木細工のがありました。

商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。お買い物される際には、必ず商品ページの情報を確認いただきますようお願いいたします。また商品ページが削除された場合は、「最新の情報が表示できませんでした」と表示されます。

からくり楊枝鳥 箱根 寄木細工 箱根寄木細工
価格:3200円(税込、送料別) (2016/8/8時点)


このデザインの方が外国人にお土産にするには良いかな。


私の楊枝鳥をスマホで動画をとってFacebookにのせた友人もいました。日本のハイテクはスゴイ! とか何とか題名を付けたのだろうと思う。

その後、3歳の男の子が来たのにおもちゃがないので楊枝鳥をあずけたら、喜んでやっていました。でも、これは失敗。入っていた楊枝を全部ばらまかれてしまった! 近いうちにまた遊びに来ることになっているのですが、隠しておかないと...。

というのも、日本の楊枝の方が美しいので、わざわざ日本から持ってきているので、ばらまかれたらたまらないのです。


楊枝の形、日本とフランスの違い

フランスで売っている楊枝の形は味気ないです:
 ☆ フランスのアマゾンで楊枝を検索


Ibili 794100 Cure-Dent

KINGSO Lot De 50 Pcs Mini Cure-dents En Bois Avec Drapeau Pr Décor Fête Partie Fruits Pâtisserie-France


普通は両端が尖っています。探せば、飾りが付いたものもありますけれど、日本の楊枝のようにシンプルな美しさはありません。

Cure-dents en bois
☆ Wikipédia: Cure-dent

フランス語のWikipediaの楊枝の項目には、日本式の楊枝という画像も入っていました。

日本のは、こんな風な形ですよね ↓


☆ Wikipedia: 爪楊枝

よく見ると、こんな使い捨てのものなのに美しいデザインですよね?

「片方に筋が入っているのは何のため?」とクイズにすることがあります。

くびれているところで折って、箸置きにすると、使った楊枝の先がテーブルに触れないので衛生的なのだ、と教えます。すると、また日本はスゴイ!、となる。

箸置きにするとは教えてもらったことなのですが、本当なのかな?... 教えてくれたのは、日本の企業で研修に来ていたフランス人の若者。貴族さんで、日本でも財界のお偉い方と付きあっていて、大企業の社長さんから教えられたのだと言っていました。

でも、私は楊枝を箸置きにして使っている人と出会ったことはないのです。日本人でもやんごとなきお方はしていらっしゃるのかな?...

書き出したことなので調べてみました。まんざら嘘でもないみたいな情報:
ねぇ、知ってる?(爪楊枝編)

でも、やはり嘘かなと思わせる情報:
☆ つまようじ(爪楊枝)のとがってない方の溝は何のためについているか?

箸置きにしないまでも、この方が楊枝が滑らなくて持ちやすいと思います。


楊枝でフランス人にもっと美しいと唸らせるのは黒文字です。



しっかりしているので、おつまみを指すには最適。でも、使い捨てにするにはもったいないので、めったに私は出さないのですけど。

レストランのシェフをしているフランスの知人が来たときに出したら、使い終わった黒文字を持ち帰って良いかと聞かれました。プロの料理関係者しか入れない店があるので、そこで見つけようと思ったようでした。でも、同じものをフランスで手に入れようとしたら売っているのかな?...


私が持っている楊枝入れ

記念撮影しておきました。



集合させたら7つもあった。

手前にある小さな楊枝入れ3つは、東京の瀬戸物屋さんが店じまいするとき、フランスにもっていらっしゃいと言ってプレゼントしてくれたものです。誰かにあげようと思ったのですが、可愛いので使い始めてしまった。そんなにはいらないので、洗面所で綿棒入れにしたものもあります。

右に写っている2つは日本製ではありません。銀色のは、サンティアゴ・デ・コンポステーラに行ったときに買ったお土産。頭にそれぞれ大聖堂や巡礼に関するものが付いていて、とても良くできています。ワイン樽のは、どこで買ったか思い出さない。頭にはブドウの房が付いていて、入れ物は樽というのが気に入ったのでした。

こういうステンレス製のピックは先端が小さなフォークのようになっていて、しっかりと突き刺せるので便利。

こんな感じです ↓

スペイン製 ピック 6Pセット

でも、小さいから無しやすい。6本セットだったはずですが、それぞれ5本しか残っていませんでした。


 

ブログ内リンク:
★ 目次: プレゼントや土産物に関して書いた記事
★ 目次: レシピ、調理法、テーブルウエアについて書いた記事
ちょっと怖いな... 最近の日本礼賛ブーム 2015/03/01


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