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2016/11/18
子どもの時には触覚が敏感なものなのでしょうか。幼い頃の思い出の中には、触ったときの感覚が残っているものが幾つもあります。

住んでいた家の外壁にはめ込まれた小さなタイルの手触りは、まだ幼稚園にも入っていなかった頃だったはず。小学生のときに初めて田んぼに足を踏み入れたとき、足の指の間にヌルヌルとした土が入ってきた感覚もあります。

それから、母が持っていたべっ甲の髪飾りを持ったときの触感も鮮明に残っています。


簪(かんざし)、櫛(くし)

母の髪飾りは、下のアイテムと同じ感で、美味しそうな飴色をしていて、かなり厚みがあるものだったのを覚えています。ただし、彫刻は浮彫で、色はついていなかったような気がします。



実は、こういうのは「簪」と呼ぶと思ったのですが、簪は髪に指すタイプで、こういうのは「櫛」と呼ぶのが正しいというコメントをいただいたので、この記事は書き直したり、書き足したりしています。

(かんざし)    (くし)


「かんざし」と聞くと髪飾りをイメージしますけれど、「クシ」という発音を聞いたら髪をとかすときの味気ないクシを思い浮かべてしまう。

上のタイプは、「前櫛(まえくし)」と呼べば良いようです。

ところが、上に入れた商品の説明では、こんな風に書いてありました:
両面上部に螺鈿が入れられたとても希少な逸品です。歯間が狭いので櫛よりも簪(髪留め)仕様かと思われます。

となると、簪なのか櫛なのか分からなくなる...。商品名は、賢く「櫛簪」とされていますね。

混乱してしまいますが、本来「かんざし」と呼ばれる髪飾りは、下のように髪に指す形が正しいのは確かなようです。


「くし」は「苦死」と同じ発音なので、贈り物にするときには「櫛(くし)」を「簪(かんざし)」と呼んだりするのだそう。売る方でも、飾り物の櫛は「かんざし」と呼んでしまうことがあるように感じました。


前櫛

母が大切そうに持っていた髪飾りは、引っ越ししているうちに無くなってしまいました。それが懐かしかったのか、名古屋に旅行したときに入ったアンティークショップで、同じようにカマボコ型の櫛を売っていたので買ってしまっていました。

これです ↓



美味しそうな飴色はしていません。母が持っていたものは、触ったときのツルツルした感じに温かみがあって、いかにもベッコウという感じがありました。

買った前櫛は、昭和の貧しい時代に作られた安物という感じがしていました。それに私は天性の風来坊なので、必要のない物を持つのは好きではない。でも、これを見たときに思い出話しを店の人にしたら、うまく乗せられてしまったようです。値引きまでしてくれる。連れて行ってくれた人が親しい店だったので、何か買わないと悪いような気もしていました。

それで、大して気に入ったわけでもないのに、買ってしまったのです。

この櫛をフランスに持ってきていたのに、すっかり忘れていました。いつもはめったに入らない部屋に飾ってあったのを見つけて思い出し、その翌日にアンティークショップを開いていたこともある友人が食事に来たので、これを見せて本物の鼈甲かどうか聞いてみようと思いつきました。

気に入られるようだったら、どうせ誰も眺めないままに放置されているだけなので、プレゼントしようという魂胆。

前回の日記「なんでもプレゼントしてくれてしまう友人」で書いた友人なのです。私の方も何かあげたくなるわけなのですが、日本からは古いものをほとんど持ってくることがないのでした。これは、いちおうアンティークショップで買ったのだから、かっこうのお返しになるではないですか?

私の方が頻繁にこの友人夫妻を食事に招待しているだろうし、ワインの買い付けなどに行ったときは彼らの分も買ってお土産にしています。こうなるとプレゼント合戦になってしまって、切りがないのだけど...。


友人は櫛を電灯の光にかざし、歯の切り込みなどをしばらく眺め、「本物のべっ甲だと思う」と言いました。歯の切り込み方が、型で作ったプラスチック製とは違うのですって。

「値打ちものだ」とも言う。
「興味がある?」と聞いたら、「ウイ」と答える。

それで「あなたに、あげる」と言ったら、目がキラキラ。少し遠慮したけれど、あっさりともらってくれました。

彼はやわら友人は立ち上がり、テーブルの向こう側から私の方に歩いてくるので驚く。プレゼントされたらキスのお礼をするものなのですよね。何年たっても習慣が身につかない私...。


おめでたい飾り

櫛を眺めながら、友人は「結婚式の時に付けたのだろう」と言いました。

古いものを集めているので、日本や中国のものも彼らのコレクションに入っているので、ある程度の知識はあるらしい。ご主人の方は、若いときに空手をやっていたし、盆栽の作り方にも知識があるので、私などより日本のことを知っていると感じることがあります。

あらためて眺めてみたら、おめでたいものが飾りのモチーフになっていたのでした。店でも何か説明してくれたと思うのですが、すっかり忘れています。



松竹梅、鶴、亀。全部並んでいる。結婚式に使った髪飾りだというのも本当らしく思えてきました。

縁起担ぎが日本にあるというのは、フランス人の友達は知らなかった様子。それで、鶴は千年、亀は万年生きると言われるのだ、などと言いながら、本当にそうだったけかな?... などと思ったのでした。

松竹梅がおめでたいという理由は知らなかったので、説明しなかったのですが、なぜかとは聞かれませんでした。

これを書きながら調べてみたら、「松竹梅」は中国の「歳寒三友」から来ているのだそう。松と竹は寒中にも色褪せず、梅は寒中に花開く、ということのようです。フランス語では、中国語をそのまま訳して「Les Trois Amis de l'hiver」と呼んでいました。覚えておこうっと。


派手に松竹梅をあしらった簪の画像がWikipediaに入っていました。

Shochikubai kanzashi

画像のタイトルは「一月の舞妓(年少芸者)の松竹梅簪」となっている。結婚式だから松竹梅の飾りにするというわけでもないかな?...

でも、花嫁さんの飾りとして「松竹梅に鶴かんざし」というアイテムが見つかりました。

松竹梅は二人が困難にもめげずに生きていくことを表し、鶴は生涯夫婦で添い遂げる鳥というシンボルだからなのだそう。

私の櫛には亀もあったのだけれど、上の飾りには亀はないようです。亀といったら、海辺で涙を流しながら出産する姿を思い浮かべるので、結婚式に亀は持ち出したくないと私は思う。

母が大切にしまっていて、時々見せてくれていたべっ甲の髪飾りも、結婚式の思い出の品だったからだったのかな?... あるいは18歳で死に別れた母親の形見だったか?... 年がほとんど違わない後妻さんから邪魔者扱いされた母は、実家には遊びに行けなくなっていたので、余計に懐かしい思い出だったのかもしれない。

ともかく、友人にプレゼントした櫛にどんな意味があっても私には関係ないので、結婚式の髪飾りだったと思うことにしました。


本物のべっ甲なのかな?...

友人は「peigne(クシ)」と呼んでいました。その単語で話していたので、「カンザシ」という呼び名が存在していたのを私が思い出したのは、友人たちが帰った後でした。

インターネットで調べてあげると言って写真を撮ったのをここに入れました。丁寧に写真をとっていると、あげたことを後悔しているように見られてしまうかと思って、いい加減に撮影したのでピントが合っていないのですけど。

裏側は、こうなっています ↓



彫刻にしては凝り過ぎているのですが、この部分は張り付けたのでしょうね。

これと似たようなものがあるかとインターネットで画像検索したのですが、飾りが同じものは見つかりませんでした。

クシの部分を光で照らしたらギザギザが見えるので本物のべっ甲だ、と友人は言っていたのですが、偽物ではないかな?... 子どもの時に触った時のような柔らかい食感がないのです。それに、数年前に買ったときに払ったのは8,000円だったと思う。本物のべっ甲だったら、そんな値段では売らないのでは?



ところで、偽物のべっ甲を「プラスチック製」と私は呼んだのですが、「セルロイド」と言うべきなようです。

べっ甲が本物と偽物かの判断は、専門家でさえも難しいのだそう:
鼈甲(べっこう)と鼈甲の偽物(擬甲)の簡易鑑別法(見分け方) その2

この見分け方を読んでも判断できなかったのですが、私が名古屋で買った櫛はべっ甲ではないだろうと結論しました。でも、プレゼントした友人には言わないでおきます。
記事更新: 2016/11/24

ブログ内リンク:
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事
★ 目次: プレゼントや土産物に関して書いた記事

外部リンク:
櫛かんざし美術館(Kushikanzashi Museum): 所蔵品
かんざしの種類
☆ Des choses: Kanzashi
Creative-museum


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2014/01/24
日本のある港町に行ったとき、何枚も写真を撮っていました。



こういうところが故郷の人だったら、外国から帰ったときに眺めて、帰ってきたな... なんて感慨にひたるのだろうな...。

東京が故郷だと、そういう風景がないからつまらない。日本で地方を旅行したときには、よくそう思うことがあります。

フランスにいるとき、日本が懐かしいと思いながら目に浮かんでくる風景がない私...。東京って、そういうところだと思う。



日本中どこに行っても見れる、とても日本らしい風景もありました。




下のような、ゴッチャゴチャというのも、珍しくない日本の風景。でも、ここは魚を乾したりしているので風情もあるかな...。




スルメって、こんな風に作るの... と感心した装置。



回転させて、遠心力でイカの皮が引っ張られた状態で乾いていく、というシステムなのでしょうね。
 
おいしそ~ と思ってしまいました。自然に、伝統的に、作ったものが好きです。私が東京で買うスルメなんて、工場の中に並べて乾燥させているもののはず。こんな風につくったスルメは美味しいのだろうな...。誰もいなかったので、これは何処で買えるのかと聞いてみることができませんでした...。

こういう風に食品を作って市販するのは、フランスだったら認可されないのではないかという気もしました。ヨーロッパ連合(EU)ができてからは、やたらに衛生基準がうるさいので、私などは食文化を消滅させようという意図があるのかと反感を持ってしまっています。

フランスの小規模生産チーズは不衛生だから禁止するというのがあったけれど、なんとか生き延びました。その次の槍玉にあがったのは、イタリアで薪を燃してピザを焼くのは不衛生だから禁止するなんていう、とんでもない主張。幸いにも、手作りチーズもピザも禁止にはならなかったけれど...。


◆ 「奴隷のように働く」という言い方

もう2年も前の旅行でした。写真を眺めてみたのは、探し出したい1枚があったからです。あの場面は撮っていなかったらしい。悪いと思って遠慮したのだと思う。

港から少し入ったところにある路地で、開け放った玄関から中が見えたのでした。玄関先に年配の女性がしゃがみこんでいて、魚を干物にする下ごしらえらしき作業をしていたのです。

1月で寒いというのに...。

なんだか、とても日本らしい光景に見えました。写真家だったら、白黒で芸術作品になるような捉え方ができたと思う。

こんな風に、発展途上国にあるような働く姿が経済大国日本にあるなんて、フランス人たちは想像もつかないだろうな、とも思ったのでした。


その場面の写真を探し出したかったのは、「奴隷のように働く」という表現をフランス人たちがよく使うからです。 「奴隷」なんて言葉を持ち出すのはオーバーすぎる、と思ってしまう場面でも使っています。

例えば、ディズニーランドやファーストフード店の従業員の働かせ方。「いらっしゃいませ~♪」なんて笑顔で言わせたりするのは人権を侵害している、と怒って、従業員たちがストをしたりする。

そういうのが嫌いだったら、そういう仕事にはつかなければ良いと思うのだけれど...。それなのに仕事についてしまって、みんなで抗議行動ができるというのはスゴイと思う。

それで、「奴隷のように働かせる」という話しがでると、フランスの友人たちは、みんな、「そうだ、そうだ」と同感しています。

フランスは働く権利が守られている国だと、常々思います。いや、日本が、労働時間とか、労働条件とかにかけては先進国とは言えない状況にあると言うべきでしょうね。日本がこれだけ経済大国になれたのも、文句を言わずに働く人たちがたくさんいるからだ、と私は確信しています。

寒い玄関先で作業をしていた高齢の女性の姿が目に浮かんだのですが、ああいうのは奴隷のような労働条件の例としては相応しくないと思います。

日本での派遣社員の働かせ方とか、「お客様は神様」として働かされる店員とか、会社の中で屈辱的な立場になっているとかいうのに比べたら、ずっと精神衛生上は良い仕事ですから。

 シリーズ記事: 「奴隷のように働く」という例え


外部リンク:
美しい国 日本の景観 - 景観法 電線類地中化 蜘蛛の巣大賞 などを考える



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2013/01/27

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その5


前回の日記(日本アルプスを望む美しい村)に書いた役場前広場では、郷土資料館を案内してくださる方の到着を待っていました。

北アルプスの山々が屏風のように広がっているので、いつまで待たされても構わない。

こういう見晴らしの良いところだと、フランスでは中世に城が建てられた城が残っていることが多いです。攻めてくる敵があったときには、遠くにいるうちに見えてしまうので。

ここでも、反射的に、どこかに城の廃墟が残っているのではないかと思ってしまいました。

日本では古城を残していないだけで、やはり、ここにも城はあったようです。役場前広場からもう少し上がったところに、 小松尾城という城があったらしい。


すごい名言?

役場前広場に立って風景に見とれていたら、地元の人に話しかけられました。

どこから来たのかと聞きます。フランスに住んでいるなどと言ったら混乱するので、ただ「東京から来ました」と答えました。

「こんな美しい景色を見て暮らしていらっしゃるのですか? いいですね...」、と言ってみる。

場所は違うのですけれど、北アルプスの風景を望む美しい映像があったので入れてみます。



こんな風景を毎日見ながら暮らしていたら、どんな気持ちだろうか、と思いますよね?

すると、この男性から返ってきた言葉に唖然としてしました。

こう答えられたのです。
「山が美しくたって、おかずにはならないからね」

年配の男性なので、日本人的謙遜かなと思いました。
でも、そうでもないみたい...。

「こんな景色を眺めて食事をしたら、どんなに不味いものを食べてもおいしいじゃないですか~!」、と私。

それでも相手は納得しない様子。

美しい山並みを毎日見ていると、どうということはないと思うようになるのでしょうか?

あるいは、よそから来た人たちから美しい景色だとばかり言われるのにうんざりしている? それで、厳しい気候の中で生活するのは大変なのだ、と反発したくなる?…

でも、その場にいたもう一人の男性は、山の風景は天気によって異なるので面白いのだと教えてくれました。

山は、天気が悪いと遠くに見えて、天気が良いと近くに見える。なるほど、その日は後者の例でした。


山の生活は厳しい...

泊めていただいた家に「姨捨」などという飛んでもない名前がついたお酒の瓶があるので驚いていたら、近くに姨捨山という名の山があるのだと教えられました。

ちょうだいできる画像を探したら、私のような人を意識したらしくて「オバステ」と書いてあるのしか見つからなかったのですが、右に入れました。

でも、私が見た日本酒は「姨捨」と漢字で書いてありました。

怖くなるような名前の日本酒。

そういう厳しさがあった土地なのでしょうね...。

ところで、この姨捨伝説は、フランス人によく知られているので気になっていました。書きながら調べてみたら、やはり映画があったのですね。古い日本映画が好きなフランス人は多いので、そこから広まったのだと思う。

さらに調べてみたら、その姨捨山が楢山節考の舞台とは言えないような...。少なくとも、その土地の人にとっては、結び付けられるのは嬉しくないでしょうね。

でも、長生きしすぎる人に早く旅立ってもらわなければならないような貧しい土地といったら、山岳地帯を思い浮かべます。

「山はおかずにならない」なんておっしゃるから、そんなことを思ってしまったのですよ~!

あちらは、観光客は山が美しいなんてノンキなことを言っていると思われたのでしょうが、こちらにしてみたら、毎日美しい山に見惚れないで暮らしているなんて... と思ってしまいます。

山に憧れる人は多くて、憑かれたように住みついてしまう人たちもたくさんいるのに...。フランスのアルプスでは、ご主人を捨ててシャモニーに近い山の中の村に引っ越してしまって、元気に一人暮らしをしている高齢の女性にも会っていました!


生まれ故郷を捨てるバカ

そうこうしているうちに、郷土資料館を案内してくださる先生が到着しました。私が地元の人とどんな話しをしたか分からないはずなのに、自己紹介した後、こんなことをおっしゃいました。

「こんなところで生まれながら、都会に出てしまう馬鹿がいるのですよね」

バカと言う言葉に力を入れて、2度くり返しました。

「本当に!」と、私は笑顔を見せました。

ご自分に言っているのが分かったからです。この先生は都会に出て働いていて、定年になってから故郷に戻ってきた方だと聞いていましたから。

「でも、いつでも帰ってこれるのだから良いではないですか?」と付け加えました。私が帰ってこれるのは東京しかありません...。


景色じゃ飯は食えねえ、と言う人もあったわけですが、長野県の人たちは故郷に対する思い入れが強いのではないかという気もします。

美しい山々がある郷土。自然の厳しさに耐えている故郷だから、よけいに愛おしくなる?...

この長野旅行シリーズを書きながら、そう思うことに東京で出くわしました。

- 続きへ: 郷土を賛美する歌 - 長野とブルゴーニュの比較 -


外部リンク:
小松尾城(長野市(旧大岡村)、大岡城と天宗寺館(長野市大岡)
☆ 千曲市: 姨捨山
「さらしなの里」に伝わる伝説
La Ballade de Narayama (film, 1983)
☆ Wikipédia: La Ballade de Narayama (film, 1958)

ブログ内リンク:
雲海? 霧の海? 2011/02/04



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2013/01/25

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その3


戸隠の自然に詳しい方が、戸隠神社に連れていってくださいました。

朝から素晴らしい快晴の日♪


パワースポット?

戸隠神社の奥社まで続く杉並木の参道は、吉永小百合が立ってパワースポットを浴びるという場面があってから爆発的に有名になったのだそう。この画面のことだろうと思います。



パワースポット」という言葉を聞いたことがあったかどうかは分からないのですが、何となくその意味は想像できました。

Wikipediaの記述を信じれば、パワースポットという言葉が使われるようになったのは、1990年代初めだそうです。

power spotなんて和製英語。それでも、なんとなく意味が分かるということは、日本人は自然にそういうものがある、と感じているからでしょうね。

パワースポットをそのままフランス語にしても、フランス人には何のことだかわからないはず。そこに立つと、神秘な力がエネルギーと幸運と癒しを与えられる場所、などと説明する以外に方法はないでしょうね。

それでも、意味が通じるだろうか? でも、何か「パワースポット」というのに対応するフランス語があるような気もする...。

そう思うのは、下の日記に書いた出来事があったから:
フランス人って...: ドルメンの上で演じられた寸劇 2009/09/17

ともかく、「体に良い食べ物」などと言われると、とたんに不味そうに感じてしまう、へそ曲がりな私。何かの宣伝にのるのが嫌いなのです。戸隠の参道も、パワースポットだと聞いていなかったら、もっと神秘的な気持ちで歩けたと思う...。


奥社までの長い道のり

戸隠のパワースポット・ブームは少し下火になったそう。しかも雪が積もっている冬なので、参道はそれほど人がいないのが嬉しかったです。

かろうじて歩けるくらいの踏み鳴らした道ができているだけなので、人とすれ違うときには道を譲らなければなりません。ゾロゾロと人が歩いていたら、ちっとも前に進めなかったでしょうね。



木々の説明などをしてもらいながら歩きました。

ひたすら、歩く。かなり長い道のりです。

車で行けるところまで行って降りてから、奥社まで2キロというところでしょうか。雪道は足元がおぼつかないし、滑るのでかなりゆっくり歩きました。

ようやく、奥社に到着!



奥社は地形的にも雪なだれがおきやすい場所にあるそうで、近年に何度も流されているのだそうです。それでコンクリート製になっていました。

なんとも味気ない奥社...。



長々と歩いてきたのに...。

流されていてはどうしようもないからコンクリート製にしたとしても、もう少し風情があるように見えるつくりにできなかったのだろうか? 建物の表面に木を張るとか、立派な入口になる木の扉をつくるとか...。

お賽銭を入れるためにドアが少し開いていますが、まるでアルミサッシの玄関みたい...。

調べてみたら、コンクリートになったのは1979年の再建のときだったそうです。

オイルショックの時期だったから、こんなになった? ここまで車が入れないから、たいそうな建物を建てることができなかった? 建てた人たちは、これが味気ないとは感じなかった?

なんとも不思議です。


防寒靴って、そんなに効果があるの?

この日、パワースポットの威力よりも驚いたものがありました。

雪道を1時間以上歩くからと、友達が貸してくれたソレルのスノーブーツ。



左が私のブーツ。右は、それを貸してくれた友達のブーツ。

結局、往復2時間くらい歩いたと思います。このブーツを履いていたら、足はポカポカでした。

足が濡れないというだけではなくて、あたたかいのです。すごい防寒ブーツなのですね。

雪道を歩くという機会はめったにないので、買うとは思わないけれど、これだったのだろうというものを記憶しておくために探してみました。


私は足がちっとも寒くないので意識していなかったのですが、ブーツを貸してくれた友達の方はものすごく足が冷たくなってしまったようです。帰り道で急な坂がなくなったとき、彼女は「もう限界!」と言って走り出しました。

ごめん! せっかく、こんな時のためにソレルのブーツを買っていたのに~!

このブーツの欠点は、少し重いこと。それから、やはり雪の上を歩いていると滑ることでした。

北海道に行くときに買った、簡単に取り付けられるカンジキを持ってきたらパーフェクトだったのではないかな?...

普通、山を下りるときは早く歩けるのに、滑りそうなので大変だったのでした。

あのゴム製のカンジキは、どこに行ってしまったのだろう? トルコ旅行のときに思い出したので探してみたのですが、見つかりませんでした。

トルコは暖かいと思って行ったのだけれど、寒かった! 2012/03/09

でも、多少滑るのなんてどうということはないので、足が冷たくならない防寒ブーツがあったのは助かりました。


美しい神社を見て満足

奥社は余りにも味気ない建物だったのですが、降りてきてから立ち寄った中社は神社らしい建物でした。



これの小さいのが奥社にあったら良かったのに...。

この後は、おいしい戸隠蕎麦を食べて、それから温泉にも行って... と、素晴らしく充実した1日のプログラムでした♪




今回は雪が深くて足をのばせなかった鏡池の動画もありました:




緑の季節も、また趣があるでしょうね...。



また行きたいな...。

外部リンク:
☆ オフィシャルサイト: 戸隠神社
戸隠神社の地図
 ☆ 戸隠神社7 〜奥社、九頭龍社 雪崩で倒壊 コンクリ製に
パワースポット戸隠神社
☆ Wikipédia: Togakushi-jinja
☆ JR東日本:大人の休日倶楽部|CM情報:長野県「戸隠篇」
吉永小百合がゆく戸隠古道「JR東日本 旅どきnet」CM動画



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2013/01/23

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その2


前回の日記(芦ノ尻道祖神)に書いた道祖神と資料館を見た後、この地区の伝統を見せる博物館(大岡歴史民俗資料館)の見学もしました。

この土地で育った民族学に詳しい方が案内してくださったので、展示物が生き返ったように感じてとても興味深かったです。

村の生活を感じさせる数々の展示物の中で、妙に気になったのが、こちらの雛段飾りでした。



下に棒が付いているので、バリ島の影絵芝居ワヤン・クリを連想しました。

聞いてみると、この棒を持って何かやっていたわけではないとのこと。

近い親族は、この雛段の上段にある普通の雛飾りを贈るのだけれど、それ以外の人たちは倹約するために、こういう平たい人形をプレゼントしたのだそうです。

どこかで見たことがあるような...。

日がたってから、ようやく気がつきました。これは羽子板の押絵と同じではないですか?!

【送料無料】羽子板 初正月 正月飾り ケース飾り

羽子板というのは高価だという感覚が私にはあるのですが、昔はそうではなかったのでしょうね。


押絵雛

この平べったい雛様飾りを何と呼ぶのか聞きそこなってしまったので、調べてみました。

日本国中にあるようですが、私が見たのと同じ長野県にある松本の情報が多く出てきました。「押絵雛」と呼んでいます。

下に棒がついているのが気になったのですが、これは薄べったい人形の背中を支えている棒が下に出ている、というもののようでした。

馬場家住宅 松本押絵雛(長野県松本市)


眺めていると、見慣れている雛人形より、この押絵雛の方が珍しくて価値があるように思えてきます。

人形に仕立てる必要がないからなのか、絵画のように人の動作が自由です。

それに、雛段に飾らないで、掛け軸や壁に人形を配置したら、家の中のスペース稼ぎになるではないですか?

都市住宅に向いていますよ~♪

でも、田舎の昔の家では、ひな壇は場所をとりすぎると問題になるこということはなかったでしょうね...。



数年前、ひな祭りの時期に九州の温泉に入ったら、湯上りの休憩室に雛壇が飾ってあって喜んだことがありました。

私はこんな風に飾ってもらったことがなかったので...。

 
この写真を入れた日記:
日本滞在記 : 温泉 2007/11/14


あと1か月ちょっとで雛祭り。
もうすぐ春なのですね...。



外部リンク:
雛人形の歴史

【押絵雛について】
押絵雛展
松本押絵雛を守り伝える(ベラミ人形店)
松本押絵雛



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2013/01/21

シリーズ記事目次【2013年1月: 長野旅行記】 目次へ
その1


偶然ってあるものなのですね。

少し前に「ブルゴーニュにあるメンヒル 」と題して日記を書いたら、長野にある道祖神のことをコメントで入れていただいて、どんなものか見てみたいな... と思っていたら、本当に見ることができたのです♪

しかも、少し変わった道祖神でした。


芦ノ尻の道祖神



ワラでできた大きな顔。

1998年に長野で開催された冬季オリンピックでは、開会式のパフォーマンスにこの道祖神が登場して有名になったようです。

当時のビデオを見たら、記憶が戻ってきました。



フランスの友達に「長野に行く」と言うと、「冬季オリンピックが開かれたところね」という返事が返ってくるのです。オープニング・セレモニーにインパクトがあったから記憶に残っているのかな?...


気になったのは目と鼻と口の形

お正月の松飾りに使われた注連縄(しめなわ、って、こんな感じを書くのですね)を1月7日に持ち寄り、それで1.5メートルの高さがある石碑を芯にして顔を作るのだそうです。

次の年まで飾っておくので、目鼻が歪んでしまったら整えたりして1年間飾り、新しい年になったら、また作り直す。前の年のを取り外してから出来上がるまで、2時間くらいとのこと。

正月飾りを小正月に燃す伝統が各地にあり、九州でそれを見たことがありました。ここのは1年飾っておいて、それから燃すのですね。

この風習が始まったのは明治の初めとのこと。誰かが、いたずら心でアイディアを思いついたのではないでしょうか? なんとも愛嬌のあるお顔です。



右手にある四角いものは酒樽なのだそう。

眉毛や髭は、正月の飾りものを使ったと分かるのですが、丸い部分が気になりました。

地元の人に聞いてみたら、飾り物に器があるので、それを使っているとのこと。頭の部分は、それをほぐして広げているとの説明。

目や鼻の部分を広げれば帽子の形になるというのは分かるのですが、お正月の飾りに丸い器にしたものがあるというのが、私にはピンときません。

気になったので、「正月 飾り しめ縄」をキーワードにして検索したのですが、それらしき物が出てこない。

それで、キーワードを「しめ縄」から「藁」に代えてみたら、しめ、しめ!、出てきました♪

この道祖神がある集落の農家が、わら細工名人のおじいさんたちに作り方を教えてもらったという報告のブログ。それなら、本物です♪
☆ 農楽里ファーム: わら細工

コヤスというものと、オオヤスというものがあるのだそう。

オオヤスと呼ばれるものの形を見ると、これが道祖神で利用されているように見えました。この形だと、丸くしたまま使ったり、伸ばしたりして道祖神の顔ができますね。

気になってしまったので調べまくったのですが、努力の甲斐がありました♪ 名称が分かったら、あとは調べられます!

正月の飾りとしてお供えを入れる器で、今でも信州では各地で使われているもののようでした。飛騨高山の記録にもあったけれど、今は消滅しているような感じがある。


道祖神たちが見ていた景色

道祖神の裏側に回って、彼らが眺めている景色がどんななのかを見てみました。



山並みは北アルプス?
村人たちは、こんな眺めの良いところに道祖神を並べてあげたのですね...。なんだか、しんみりしてしまいます。


気に入ったので、もう2つ動画を入れておきます。







情報(外部リンク):
芦ノ尻の道祖神祭り ユニークな顔をしたムラの守護神
芦ノ尻の道祖神
☆ 民俗語彙データベース: オヤス
☆ 松本市立博物館 オヤス
オヤス
☆ Wikipédia: Dōsojin
☆ Wikipedia: 左義長



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2012/07/17
信州に行ったのですが、あいにく曇天。雪をいただく高い山は見ることができませんでしたが、東京の蒸し暑さが身につまされてきたところだったので、息がつけた思いしました。

蓼科高原にとった宿で、雨が降らないときに近くを散歩してみたら、色々な花を見つけました。

まだ山に花が咲くシーズンではないかったらしく、お花畑というほどには咲いていませんでした。でも、どこを旅行しても野生の花を見るのが好きな私は大満足。

子どものころ植物採集をしていて覚えた花に久しぶりに出会いました♪



ホタルブクロですね。
よく似た花はフランスにもあるのですが、これと同じのは咲いていないのです。

フランスで見慣れている雑草と同じのもたくさんありました。でも、違う! ここのは大きくて立派なのです。土が良いのだろうな...。雨もたくさん降るのだろうし...。

下は、珍しいので喜んだオダマキの花。



フランスでも森の道に沿ってどっさりと咲いている花なのですが、フランスで見るのは、少し紫がかった青い花ばかりなのです。この淡~いクリーム色が、何ともいえなく美しいと思いました。

庭で毎年生えてくるオダマキが交配して、色々な形や色になったのを、昨年は日記にしていました。

西洋オダマキは尻軽花だった 2011/05/19



でも、これだけ異なった色ができていながら、黄色いのがないのは寂しいと気がつきました。園芸店ではこういう色のを売っていたように思います。

それで探してみたのですが、同じのは見つからなかった...。
オダマキを楽天市場で検索

それにしても不思議だったのは、このオダマキの淡い色。フランスのアルプスで見た高山植物は、驚くほど鮮やかな色をしているのが印象的だったからです。

日の光をけなげなほどに浴びようと頑張っているのだろうな、と思ったのですが、そうとも限らないのかな?... あるいは、もっと高いところまで登ったところに咲く高山植物がそうなのかな?...

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2012/07/13

シリーズ記事 【わらぶき屋根のアイリスの花を見て】 目次へ
その10


先日、信州に行ったとき、復元した竪穴式住居を見ました。


大庭遺跡

竪穴式住居というのは名前では聞いていましたが、こんな立派な家屋は想像していませんでした。

茅葺き屋根の美しいこと...。
縄文時代に、すでにこんな立派な家を建てられたのですか...。

入口から入って中も見ることができたのですが、座敷(?)には少し降りていくのでした。だから、「たて穴」と呼ぶわけですか。

でも、雨が降ったら、家の中に水が入ってきてしまうだろうと心配になりますよね?

そういう疑問は誰でも持つらしくて、インターネットでは解答が書かれていました。

穴を掘った土で作った土手が家の周りにあるし、屋根は土手の外側に伸びていたので大丈夫らしい。さらに、水抜きの溝も設けられていたようです。

分かりやすく説明してくれているサイトがありました:
☆ 群馬県埋蔵文化財調査事業団: たて穴式住居ってどんな家?

私が見た竪穴式住居には盛り土は見えなかったのですが、遺跡を復興したときにそれをしなかっただけなのかもしれない...。

屋根のお話しはここで終わりにしようと思ったのですが、コメントをいただいて屋根の謎が解けていくのが面白くて、さらにつづけました。

続き: フランスの伝統的な屋根は、簡単な下地づくりだった

情報(外部リンク):
大庭遺跡 (立科町公式サイト)
大庭(おおば)遺跡
大庭遺跡に行ってきました!  ★立科町
竪穴式住居
竪穴式住居のナゾ



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2010/02/27

国を統治する者の任務は、国民のお腹を満たすことを保障すること? その1


日本に帰ったときは、神社やお寺に行くのが好き。何でもないのでも良いのです。その土地の人だけのものというところの方が雰囲気があったりします。東京にある神社仏閣は、戦後に新しくされているせいか、余り雰囲気は感じません...。


高千穂の天岩戸神社

高千穂に行ったのは3年前ですが、鮮烈な印象を受けました。仕事だったのでさっと行くこともできたのですが、せっかくの機会なので滞在を伸ばしました。

あれだけ感激した滞在になったので、ブログに書いているはずだと思ったのですが、何も書かなかったようです。メモしておかないと、場所の名前などは忘れてしまうのに…。間違ったことを書いていたら、教えてくださったら嬉しいです。

最近は、フランスやヨーロッパの近隣諸国を旅行したときより、日本の地方を旅行した方が異国を味わう感動が強いです。結局、東京育ちで、それ以外のところはほとんど知らなかったのですね...。それと、日本にどっぷりつかって生活していたときは、日本の良さが全く見えなかった...。

日本文化って、なんと美しいのだろう… と涙ぐんでしまうのは、こんな風景です ↓

天岩戸神社の境内

今日書きたいと思ったのは、この天岩戸神社。高千穂滞在の最後に訪れました。
天岩戸神社|高千穂

ガイドブックに、天岩戸を祀る西本宮の方は立ち入り禁止だけれど、社務所にお願いすれば見学できる、とありました。

でも、社務所にはそれらしき表示が見当たりません。土産物を売っているところで聞いてみると、向こうでお掃除をしている人を指さして、その人に声をかければ案内してくれると返事されました。

本当にお願いしてしまっても良いの?!…
でも、生きているうちに二度と来れない可能性が強いのですから、庭を履いていた男性に厚かましく声をかけてみてしまいました。

気持ちよく承諾してくださいました。でも、「○○分かかりますが、よろしいですか?」とおっしゃる。40分と言われたように思います。ここで、大半の観光客は「そんな時間はないのでやめます」と答えるのではないでしょうか? だから、お掃除は続けられる...。

でも、私は大丈夫なのです。そう答えたら嫌な顔をされるかと思ったのですが、「それでは」と、さっそく見学することになりました。ある程度の人数が集まったら見学ということになるのかと思ったのに! こんな有名な神社で、そんなことをしてくださるのは信じられないです...。

聖域に入るためのお祓いをしていただいたところで、若い女性2人が近づいてきて、一緒に見学できるかと聞いてきました。一人で案内していただいては申し訳ない気分が和らぐので、私は大歓迎♪

彼女たちもお祓いしてもらうので、撮影させていただきました。

天岩戸神社でのお祓い

神道って、おおらかなのですね。こんなものだけで(そんなこと言うのは不謹慎ですよ~!)お祓いになって、彼らの神域に入れてくださる。例えば、イスラム教文化圏に行くと、信者でなければモスケには立ち入り禁止が原則なのです。

この見学では、天照大神がこもったという天岩戸を遠くからみました。ここもまた、神秘的な空間...。

高千穂は日本文化の原点を彷彿とさせるものがあちこちにあるので、すっかり虜になりました。天照大神伝説の舞台は高千穂ではないという説もあるそうですが、私は「ここに間違いない!」と思ってしまいました。


天皇様と皇后様のお話し

観光客を案内するマニュアルのようなものができているのだと思います。案内はとてもお上手でした。しっかりと、神道の教義の説明も埋めこんであります。

そのお話しの中で、とても心に染みるものがありました。

天皇様は、皇居の田んぼでお米を作っていらっしゃる。皇后様はカイコを飼って布を織っていらっしゃる。それで私たちは食べ物と衣服が与えられ、安心して生活できるのです。

文章は正確ではないですが、こんなお言葉でした。

神道には全く無知な私。東京のど真ん中にあんな広大な皇居を確保しているの間違っている、なぜ天皇が第二次世界大戦の責任をとななかったのか、とか、色々考えていたのです。

天皇陛下が国賓を迎える公式行事で着物を着ないのも気に入らなかったのですが、それは物知りの友人が答えを教えてくれました。明治時代に近代化させるために天皇みずから洋服を着るという法律ができて、それが未だに残っているとのこと。法律を改正していただいたいですけど...。

お米とカイコの話しに、なるほど~と、私は感心してしまいました。

皇居の中に田んぼがあるとは聞いていましたが、それは単なる伝統だと思っていました。こういう風に解釈するものなのでしたか?…

天皇陛下は国民が食べ物に不自由しないように守っているのだ、という説明に、神道の真髄が見えました。というか、そういうことになっているなら、天皇を崇拝する人たちの気持ちも分かる気がしました。

私が感心したのには二重の意味がありました。それを、次の日記で書きます。

続き: パリの農業国際見本市: 今年の話題は?

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2009/08/02

日本滞在記: 2009年夏 – その12


夕食を一緒にする予定だった友達から電話が入り、「来る前に阿波踊りを見に行ったら?」と勧めてくれました。約束していた場所にはそこから歩いて来れるから、とのこと。

せっかくだから東京の夏を満喫なさいな、という優しい申し出。さっそく見に行くことにしました。

場所は神楽坂。東京でも、こんなお祭りがあるのですね。



阿波踊りって、底抜けに陽気! とても楽しく見物しました。後で聞いたら、この坂道を踊り歩くのは大変なのだそうでしたけれど。

日本の夏も良いな… と楽しめたお祭りでした。

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2009/08/01

日本滞在記: 2009年夏 - その11


真夏の日本にいたのは20年ぶりくらい。東京の蒸し暑さが耐えがたくて、どうしてこんなときに帰ってしまったのかと泣きたくなるくらいだったのですが、少したつうちに、日本の夏には独特の魅力があることを思い出しました。

日本の夏は、お祭りのシーズンだったのでした!


隅田川の花火大会に行きたい...

「隅田川の花火大会に行きたい」と言ったら、屋形船などにはもう予約できない時期に花火を見る手段を、東京通の友人たちが探してくれました。

花火が見える住宅街の道路に陣取ってお酒を飲もうなどという提案もでてきて喜んだのですが、そこには高層ビルが立ったので、もう穴場ではないという情報が出てきて中止。

どうやら、余りにも有名な隅田川の花火大会に行くと、ひとごみに圧倒されて地獄の思いをするだけのよう。

神宮外苑の花火は席を買って見るので良いと勧める友達があったので、インターネットで検索してみました。でも、私がフランスに帰ってしまってから開催されるので行けない。

でも、東京には花火大会がたくさんあって、隅田川だけではないのを発見しました。
☆ Walkerplus: 東京都の花火大会2009 花火カレンダー関東編


足立の花火大会が穴場

インターネットに出てきた東京の花火大会の中で、足立の花火大会は平日の夜に行われるのと、広い河原の草むらに座れるのですいているらしいと突き止めました。

その日は用事があったので行けるかどうか分からないので、友達を誘うことはできません。行けるようだったら行ってみようと、会場案内図をプリントして持って出ました。

予定が早く終わったので、花火大会に向かいました。

隅田川の花火大会のことで色々な情報をもらっていたのが幸いしました。駅を降りたら浴衣姿の人たちの後をついて行けば良いとのことだったのですが、本当にその通り! もう電車に乗っている段階から、どこの駅で降りれば良いのかも分かりました。



気がつけば、花火大会に一人で来る人なんていないみたい。浴衣姿で花火大会に行くというのはデートコースのようだと発見。若いカップがとても多かったのです。浴衣姿は圧倒的に若い女性が多かったのですが、着物姿の若い男性もチラホラといました。

屋台がたくさん出ていたので、少し食べ物と飲み物を仕入れて、花火会場らしい方向に人の波にのって歩きました。

どこで花火を見れば一番良く見えるのか分からなかったので、とりあえず河原に出てすぐのところに座りました。



空間には余裕があって、時間ぎりぎりに来たとしても座れたようです。

いよいよ、開始♪



日本の花火って、やはりスゴイです!

だいぶ前、日本の花火をフランスに持ち込んで打ち上げるというイベントがあったとき、フランスの消防法にひっかかって、持っていった花火の多くが使えなかったということを聞いていました。そうだろうな…。フランスで見る花火はこんなに素晴らしくはありません。

ただし、フランスで見た花火の方が良かった点もありました。

第一に、東京の空は真っ暗にならない。第二に、フランスで見る花火はお城がバックになっていたりして、花火以外で美しい風景がある。

でも、日本のはスゴイ。フランスの花火だと、ブーケ・フィナル(最後の花束)というのがあります。ありったけの花火をあげたような華やかな瞬間があって、それで花火が終わるのです。日本の花火は初めから最後までブーケ・フィナル。従って、「もう終わるぞ~」という予告がないので、「あれ、もう終わっちゃったの?」という終わり方でした!

後で気がつけば、私が座った場所には浴衣姿の人はほとんどいませんでした。ですから、たぶん、良く見える場所ではなかったらしい。でも、すいていたし、花火もよく見えたので大満足しました。

また7月に東京にいることがあったら、絶対に行きたいです。

「隅田川の花火大会は、テレビの12チャンネルで見れるから」と教えてもらったのに、テレビを見る習慣が全くないので忘れてしまったのが残念…。

別の花火大会にも行きたくなったのですが、何万人の人出という数字を見ると怖くなって行けませんでした。


フランスの花火大会

足立の花火大会が素晴らしかった話しはフランスの友達へのメールでも自慢しました。

足立のは12,000発で、隅田川のは21,500発などと書いたのですが、何発打ち上げられるという表現がおもしろいと言われました。フランスでは花火の本数を数えることなんかないそうです。フランスのが何発と言ってくれていたら、日本のがいかにたくさんあげられるのかが比較できて便利だったのに...。

フランスの花火大会と言えば、7月14日の革命記念日にあげられるものです。私はいつも田舎で見るので小規模なのですが、最大はパリ市のもの。

今年のパリの花火は、こんなものだったようです ↓




私がフランスで見た花火大会の中で、ヴェルサイユ宮殿のも好きですが、もっと大規模なのはシャンティイ城の花火コンクール「Les Nuits de Feu」だったかも知れません。

☆ 写真アルバム: Galerie des photos officielles des Nuits de Feu

シャンティイ城の庭園は工事中なので、この花火大会は2011年まで開催されないようです。


- 東京の夏滞在記の続きへ -


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2009/07/31

日本滞在記: 2009年夏 - その10


前回の日記で書いた宿に泊まったのは一晩だけで、その翌日はもう福岡から飛行機で東京に戻らなければなりませんでした。

でも、飛行機に乗る前に昼食をとりに行ったレストランが、また日本の素晴らしさを味あわせてくれました。

フランス的に、ゆったりした食事ができたのです。

私は昔からそうだったのか記憶がないのですが、少なくともフランスに慣れてからは、セカセカ食べるのが嫌いです。

少し前から、東京のレストランでは2時間たったら出て行ってください、というのが出てきたのでショックを受けています。回転することを前提にして料金を設定しているのでしょうけれど、私はこれが耐えがたいと思ってしまいます。

ついでに言うと、もう一つ嫌いなのは、食券を買って食べるレストラン。

日本には簡単に短時間で食べられるレストランがあるのは便利ですが、「飯をかきこむ」という食事は惨めにさせます。


優雅な農家レストランで昼食

連れていっていただいたのは、古民家のレストランでした。

リフォームした土間は居心地の良いダイニングになっていました。


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2009/07/30

日本滞在記: 2009年夏 – その9


前回の日記で書いた星野村に行ったのは2回目だったのですが、今回は新たな魅力も発見することができました。

まず、古民家に泊まったのが嬉しかったです。


農家民宿

私が泊めていただいたお家です。農家です。

農家民宿

写真に写っているのは、全部そのお家。

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2009/07/29

日本滞在記: 2009年夏 - その8


日本にずっといたときよりも、こうして時々帰ってくるようになってからの方が日本国内を旅行するようになりました。

むかしはフランス人を日本で案内することが多かったのですが、自分が旅行していないので、どこに連れて行って良いか分かなくて困りました。どうせなら、穴場に連れていってあげたいのに、そういうところを知らなかったのです。

そもそも、東京から電車で旅行すると、昔ながらの日本の姿が見えるところまで出るのに苦労します。

東京から京都まで行っても、新幹線の中からは田舎の風景が全く見えない、とフランス人たちはがっかりします。日光に行ったときも、フランスだったら市街地のような風景の中をずっと通って行かなければなりません。

人がいっぱいいて、お土産屋さんがいっぱいあるという有名観光地はあまり魅力がありません。京都も、市内を観光するより、嵯峨野を案内したときの方がフランス人たちに喜ばれました。雰囲気にひたりながら、のんびり散歩できるのが楽しいのです。


そんな時期があったので、未だに日本を旅行すると、こういうところにフランス人を連れてきたら喜ぶだろうか? と考えてしまう癖が残っています。

私自身がフランスに慣れてきたので、外国人の目で見るような傾向もできてしまっているかも知れません。フランスは精力的に隅々まで旅行しましたが、日本はまだまだ行ったことがないところがたくさんあります。最近では、日本の地方を旅行するときの方がヨーロッパを旅行するより異国情緒を味わえて感激するように感じています。


福岡県 星の村

昨年の秋、福岡県の星野村というところに行ったとき、日本にもこんな美しい姿が残っている村があるのかと驚きました。山間の村なので、棚田だらけなのです。それにお茶の産地なので、お茶畑もある。

そして、今回の帰国でも再び星野村に行くことができました。

この間は紅葉を満喫したのですが、今回は夏。あの棚田に青々と稲が生えていました。

星野村の棚田

手前が茶畑。その向こうに棚田が広がっています。

フランス人が見たいという日本の田舎のイメージそのものではないでしょうか? 田んぼと茶畑はフランスにはない風景です。もっとも、田んぼの方はフランスにも少しはあります。でも、だんだん畑なんかではない。

この村に来ると、フランス人に見せてあげたいな... と思ってしまいます。

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2009/07/27

日本滞在記: 2009年夏 - その7


前回の日記に書いた神社には、敷地の一角に土俵があるのに気がつきました。

土俵を遠くから見る

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