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2017/01/08
前回の記事「栗色といったら、どんな色?」に書いたように、日本では栗に関係した色の名前がたくさんあって、栗がどういう状態のときの色なのかということから色の名前が作られていました。

フランスの色の名前で栗から出来たものを3つ見つけたのですが、シャタンもマロンも「栗色」、シャテーニュは「明るい栗色」という訳語しかないのが面白くない。

マロン
marron
#582900
シャタン
châtain

#8B6C42
シャテーニュchâtaigne
#806D5A


シリーズ記事目次 【栗のマロンには不思議がいっぱい!
その15


シャタン色が気になる

シャタンは、栗の実を意味するシャテーニュ(châtaigne)から出来た言葉で、フランス人の多くがこの色の髪の毛の色だと言われます。茶色に少し金髪を混ぜたような色。

マロン色は栗の鬼皮の色で、シャタン色を見ても私は栗を連想していなかったように思います。

シャタン色はフランス人の髪の毛の色として覚えた単語なのですが、動物の毛の色でも違和感がないらしい。

シャタン色の牛というのが出てきました(左)。人間の髪の毛で濃いシャタン色(châtain foncé)と呼ばれる色合い(右)と同じように見えました。

 

この牛の品種名はAure et St Gironsなのですが、原産地の人たちは「Casta」と呼んでいるのだそう。スペイン国境に近い地域で、この地方で使われていたオック語では、栗のことをcastagneと言うので、この牛の呼び名もそこから来ているのでした。

châtain(シャタン)を仏英辞典でひいたら、brownとありました。栗とは関係がないわけですか? としてら、シャタンを「栗色」と訳さなくても良いではないですか?


亜麻色の髪の乙女

フランスの作曲家ドビュッシーの作品に、「亜麻色の髪の乙女」という曲がありました。私は、なんとなくシャタン色の髪の女の子を連想していたように思います。

マルーン
(日本、英語)
#800000
マロン
(フランス)
#582900
シャテーニュ
(フランス)
#806D5A
シャタン
(フランス)
#8B6C42
亜麻色
(日本)
#C7B897

シャタンという色は、亜麻色に近いではないですか? シャタン色の髪は、人によって濃かったり、薄かったりします。薄いシャタン色だったら亜麻色になりそう。

曲の題名を「栗色の髪の乙女」と訳すと美しくないから亜麻色にしたのかと思って調べてみたら、ドビュッシーの原題は「La Fille aux cheveux de lin」で、「lin(亜麻色)」という単語を使っていたのでした。


La Fille aux cheveux de lin (MP3) 

上は、フランスで販売している音楽「亜麻色の髪の乙女」についていた絵です。ルノワールの作品だし、私もこういう女の子を連想していたかもしれない。

拡大した画像を見ると、この子の髪の毛の色は少し褐色を帯びているので、シャタンとは言わないかもしれませんね。でも、少なくとも、上にカラーコードで出した「亜麻色」には見えません。

☆ この絵の拡大画像: Portrait d'Irène Cahen d'Anvers


亜麻色の髪とは、金髪?

Wikipediaにある「亜麻色の髪の乙女」からのリンクで英語ページに飛んでみたら、英語の題名は「The Girl with the Flaxen Hair」だと分かりました。フランス語の題名をそのまま英語にしていますね。

そこに英語に訳された詩が書いてあるのでちらりと眺めると、「ゴールデン・ヘアー」という文字が目に飛び込んできました。

亜麻色の髪って、金髪なのですか?!

曲はフランスの詩人Leconte de Lisle(ルコント・ド・リール 1818~1894年)の詩からインスピレーションを得たとのことなので、フランス語の詩の原文を探して比較してみました。


Sur la luzerne en fleur assise,
Qui chante dès le frais matin ?
C'est la fille aux cheveux de lin,
La belle aux lèvres de cerise.

.....
Baiser le lin de tes cheveux,

On the lucerne midst flowers in bloom,
Who sings praises to morning?
It is the girl with golden hair,
The beauty with lips of cherry.

.......
To stroke the gold of your tresses

「lin」は亜麻ですから、フランス語の「cheveux de lin」を日本語では「亜麻色の髪」としたのは自然。英語でも題名はフランス語のままの訳なのですが、詩の中では金髪に置き換えているわけです。

この詩の日本語訳はどうなっているのか探したら、下のフレーズを大勢の方が使っていました。

夏の明るい陽をあびて
ひばりとともに愛を歌う
桜桃の実のくちびるをした美少女

luzerneという植物が消えてますね。

でも、日本語にしたらウマゴヤシなんていう変な名前ですから、訳された方が消したかった気持ちは分かる! ウマゴヤシのお花畑に少女が座っているなどと言ったら、全くロマンチックな光景ではありませんから。

ウマゴヤシはどうでも良いのですが、亜麻色の髪が消えている...。上にフランス語と英語で並べた部分の訳ではなくて、要約なのだろうと思います。

フランス語と英語は近いですから、英訳をした人はフランス語が分かっていて、原文に忠実だったはず。

亜麻色というのは、金髪だったのかな...。


亜麻色って、どんな色?

そもそも、リネンと呼ぶ布になる亜麻という植物の、何を持って色にしているのでしょう?...

亜麻の花
亜麻の繊維
Lin teillé (= fibres longues) extrait des pailles
Lin teillé (= fibres longues)
extrait des pailles
.
亜麻の種
Flax seeds
Golden flax seeds


フランスの色にlin(亜麻)があったのですが、金髪とは無縁の色になっていました。亜麻を英語にした「flax」という色の説明を見たら、これは亜麻の種の色から来ているのだと分かりました。

とすると、金髪ですね。

フランスの色名和色英語の色名
châtain
シャタン
#8B6C42
lin *注
(亜麻)
#FAF0E6
亜麻色
#C7B897
Flax / Flaxen
(亜麻)
#EEDC82
Gris de lin
(亜麻の灰色)
#D2CAEC
*blanc de lin(亜麻の白)とも呼ぶ

ここに入れたフランスの色名にある「lin(亜麻)」は、ペンキやインテリアなどで使う色の名前で、髪の色に使うのとは関係がないのだろうと思いました。

仏仏辞典でみると、cheveux de lin(亜麻色の髪)は「Cheveux d'un blond très clair(非常に明るいブロンド)」となっていました。

gris de lin(亜麻のグレー)は「亜麻の長繊維のような灰色」と書いてあります。別の情報によると、この色は布とは無関係で、紫色っぽい青なことに特徴がある亜麻の花の色だとありました。初めて登場したのは1616年というのまで書いてあるので本当らしく感じます。第一、カラーコードで出した色からは、花の色だと言われた方が納得できます。

ともかく、亜麻色の髪というのは金髪の一種であることは間違いなさそう。

詩を書いたルコント・ド・リールは、詩に登場している美少女をスコットランドの女の子としているそうなのです。生まれながらに非常に明るいブロンドの髪のフランスには余りいませんが、ヨーロッパも北の方に行けば多いのですよね。


亜麻色の髪の実例を探してみる

「亜麻色の髪」あるいはフランス語で「cheveux de lin」を検索すると、ドビュッシーの曲ばかりが出てしまう。フランスで普通に使われる表現なのかと疑いたくなるほどでした。

カツラを探しても様々な色が出てきてしまうし、ヘアーカラーの商品では亜麻色として売っているものが見つからない。それで、辞書にあった定義で探してみることにしました。つまり「非常に明るいブロンド」。

ヘアーカラーのブロンドでは、「非常に明るい」にも形容詞が付いて色々なニュアンスを出して販売されていたのですが、上から2つの段階のナチュラルカラーは、こちらでした ↓

非常に明るいブロンド
非常に非常に明るいブロンド


結局のところ、亜麻色の髪というのは、麻のロープをほぐしたみたいな感じではないのでしょうかね?...

つまり、フランスのサイトに入っていた、こんな髪の毛!:
2010 – La fille aux cheveux de lin


フランスのサイトで、ドビッシーの『亜麻色の髪の乙女』を語るときに挿絵としてよく使われていたのは、下に入れる動画にも入っているニンフの絵でした。


Debussy - La fille aux cheveux de lin (Orch)


その他、「亜麻色の髪の乙女」の挿絵にしているのは、明るい金髪の若い女性の絵が目立ちます。こちらとか、こちらとか、こちらとか。


フランスでは、「亜麻色の髪という表現はあまりしないのでは?

「cheveux de lin」をキーワードにして検索すると、ドビュッシーの曲に関したページばかりがヒットしてしまいます。フランスの辞書関係は充実しているので、普通の単語なら、語源は何か、いつ文献に現れたかが分かるのに、何も出てこない。

私自身も、ドビュッシーの有名な曲の名前だから知っているという程度で、知り合いの人が「亜麻色の髪だ」と言われているのは聞いたことがないように思います。

でも、私が知らないフランス語というのは無限にあるのは自覚しているので、「聞いたことがない = 存在しない」にはなりません!

一人で調べてみようと思ったのですが、さじを投げて、語彙が豊富なフランス人に聞いてみました。

そうしたら、ドビュッシーの作品の名前だけれど、自分は使ったことはなく、どんな色の髪なのかも全く想像できない、と言われてしまいました。

やはり、フランス人なら誰でも知っている表現ではないのは確かなようです。

詩ではスコットランドが舞台ということもあるので、「亜麻色の髪」というのは英語をフランス語にしたのではないかと思えてきました。

バルザックの小説『Le lys dans la vallée(谷間の百合 1836年)』も、英語の呼び名をフランス語にしたというしゃれた題名なのです。フランス語でmuguetと呼ぶスズランは、英語ではLily of the valley。

バルザックの『谷間の百合』が1836年、ルコント・ド・リールの『亜麻色の髪の乙女』が1852年の作品。この頃のフランスでは、英語をフランス語にするのが流行っていたのでは?

日本のサイトでは亜麻色の髪とはどんな色なのかについてたくさんのページが出てきたのですが、フランス人は興味を持たないらしくて、何も情報が出てこないので、自分勝手に想像してしまったわけです。

「亜麻色の髪」に対応する英語の「flaxen hair」で調べたら、どんな色なのか出てくるのではないか、と思って英語Googleで画像検索してみました

始めから、英語で情報を探せば良かった! ドビュッシー以外でも、色々なページがヒットしたのです。つまり、フランスと違って、英語圏ではよく使われるらしい。

ちなみに、仏語Googleで「cheveux de lin」を画像検索した結果は、こちらです。ドビュッシーは除外せよと指定しても、髪の色が何なのか見えてきません。英語圏との違いが大きすぎるでしょう?

英語で「flaxen hair」と呼ぶ髪の色についても、詳しい説明が出てきました。

金髪の中では淡い色だが、白っぽくはなく、赤や金や茶色がかってもいない。

英語で画像検索したら、ずばり「Beautiful Flaxen Hair」と題された画像が販売されていました(左)。


Beautiful Flaxen Hair Lock
英語の色名


Flax / Flaxen
(亜麻)
#EEDC82



シュジー・ソリドールが、典型的な亜麻色の髪の女性?

フランスでも「亜麻色の髪」という表現を全く使わないはずもない。実際のフランス人で、典型的な亜麻色の髪と言われる人の写真が見たいと探したら、やっと出てきました。

歌手Suzy Solidor(シュジー・ソリドール 1900~1983年)について、「短くカットした亜麻色の髪のシレーヌ(人魚姫)」という表現で書いているフランスの記事がありました。

この女性の名前をキーワードにして検索すると、彼女の髪の毛が「亜麻色の髪」と呼ばれるらしいと分かりました。彼女のアルバムにそう題されたものがあったせいもあります。

どんな髪の毛だったのかよく見えるカラー写真はなかったのですが、たくさんの画家が彼女を描いていました。

下は、アール・デコの画家タマラ・ド・レンピッカが描いたシュジー・ソリドール。


Portrait of Suzy Solidor de Tamara de Lempicka


かなり個性的な女性だったようで、フランスで「années folles(狂乱の時代)」と言われる1920年代に流行した「garçonne」を象徴する女性だったと書いてありました。

また脇道にそれる。garçonne(ギャルソンヌ)って、なに?

男の子、つまり英語のボーイに相当するのがgarçon(ギャルソン)で、その女性形です。男性に生まれたかった女性のことなのだろうと思って無視しようと思ったのですが、ギャルソンヌはこの時代の流行に対する言葉なのでした。

辞書では「自由奔放な生活をする男のような娘」とか「ショートカットをする女性」くらいしか出てこなかったのですが、Wikipediaのフランス語ページには「Garçonne (mode)」があって、モード用語とされていました。

そこからは、日本語ページでは「フラッパー(flapper)」にリンクしていました。Wikipediaは信頼できないと思っているのですが、よく説明してくれているな♪ と感心してしまうこともある!

1920年代の女性解放運動でしたか。世界第一次大戦中には、女性たちも専業主婦をやっていられないで社会進出をしたから、私たちだって! という機運が高まったのでしょうね。

ファッション史のことは何も知らないのですが、この時代のモデルさんたちの写真を、やたらに髪を短くした女性たちが多いので、異様には感じていたのです。

仏和辞典と仏仏辞典では、garçonneという言葉がフランスで流行して定着させたのは、Victor Margueritteの小説『La Garçonne(1922年)』だと書いてありました。

この歴史は面白そうなのですが、シュジー・ソリドールの髪の毛の話しに戻します。
Revenons à nos moutons !


彼女の肖像画が色々入った動画を入れておきます。


Lili Marleen - Suzy Solidor

辞書にあったように、淡い金髪の色ですよね。

シュジー・ソリドールは、ブルターニュ地方からパリに出てモデルとしてスタートしていました。生まれた場所は、英仏海峡でイギリスと向かい合う地域。先祖はケルト民族という、フランスでもかなり異質の特徴がある地方。このあたりだと、こういう目立つ金髪の女性がいても不思議はないな...。


こういうのが亜麻色の髪だったか、とイメージが落ち着いたので、今回の長々続いてしまった栗シリーズは終わりにします。とはいえ、色が気になってしまったので、そちらの方はもう少し続けますが。


★ シリーズ記事目次: 栗のマロンには不思議がいっぱい!

ブログ内リンク:
フランスの美しい女の子 2013/08/06
★ 目次: 色について書いた記事
★ 目次: クラシック音楽
★ 目次: 文学者・哲学者、映画・テレビ番組
★ 目次: フランスで耳にする歌 (シャンソン、童謡など)

外部リンク:
☆ Wikisource: Vianey - Les Sources de Leconte de Lisle, 1907
☆ CNERL: Définition de LIN
☆ L'Internaute: Couleur gris de lin
スコットランドの美少女
☆ 日本の色: 亜麻色(あまいろ)とは?

☆ Wikipédia: Suzy Solidor
 ☆ SUZY SOLIDOR LA FILLE AUX CHEVEUX DE LIN
1919/1939 : Des années vraiment folles par Martin Pénet
☆ BSジャパン: 世界で最も描かれた女 シュジー・ソリドール 226人の画家はなぜ彼女を描いたのか?
La France des années 1920
Qu'étaient les années folles à Paris
☆ Le Point: Au secours, les années 30 sont de retour !


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2014/12/29
旅行していると、たまらなく好きな音楽を聞きたくなることがあります。でも、最近は便利。禁断症状になる前に、iPhoneに入れた音楽が聞けますから。

昔は、旅先でつけたラジオからクラシック音楽が流れてくると、涙を浮かべてしまうほど感激したものでした。雑音だらけなのに、それでも嬉しい。

不思議に思います。ほんの少しでも調子が外れて歌われたり、演奏されたりすると、たまらなく耐え難い私なのに、ああいう悪条件の音楽には耐えられるのですから。

音楽というのは、第一にリズム、全体として調和がとれていることが大事なのかな...。それさえしっかりしていれば、頭の中で音楽を再構成して、実際に聞いている曲をおぎなって鑑賞できる。

ところで、無人島に何を持っていくかと聞かれたり、音楽を聞くのは1曲だけにせよと言われたりしたら、私には迷わず選ぶ曲があります。

無人島で音楽を聞くとなったら、手で回す蓄音機とレコードが必要なのではないかな?... 無人島に何を持って行くかの質問はどうなったかと思って、前回の日記「もしも無人島に住むとしたら、何を持っていく? 」を書きながら調べてみたのでした。

どうせ「もしも」という仮定で考えることなので、電気が通っているかどうかなんて気にしなくて良いみたいですね。だとしたら、私が無人島に持っていく曲に変わりがありません。

無人島に行くことになるまでもなく、音楽を聞きたい衝動にかられたときは、まず、その曲から聞きます。


聞ける曲が1つに制限されたら...

私は、迷わず、ブラームスの『ピアノ協奏曲第2番』を選びます。

好きなのはクラシック音楽で、特に大編成のオーケストラが好きです。楽器としてはピアノが最も好きなのですが、このピアノ協奏曲はピアノ入りの交響曲という感じの作品なので、私には理想的な音楽。

しかも、録音は、これが最高に気に入っています ↓


ブラームス:ピアノ協奏曲第2番
Brahms: Piano Concerto No. 2
& Grieg: Piano Concerto - ゲザ・アンダ



ピアニストはゲザ・アンダ、ヘルベルト・フォン・カラヤン 指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で、録音は1967年。

テンポが非常によくて、ピアノの美しい響きとオーケストラが見事にクライマックスを盛り上げているので、何回聞きなおしても、余りの美しさにゾクゾクしてしまいます。

音楽に飢えているときに聞けば、その曲と初めて出会ったときのように感動して涙ぐんでしまいます。天国にいるような気分。頭の中から嫌なことを一掃してくれる音楽...。

上にリンクしたアマゾンのサイトでは、ほんの少し視聴ができますが、全部入っているサイトもありました:
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番 Op.83

無人島にインターネットにつなげるパソコンだけを持っていったとしても、私が一番好きな音楽を聞けてしまうのですね...。すごい時代です。

この曲にほれ込んだときには、片っぱしから色々なレコードを買って聞き比べました。東京にいるときだったので、世界的に有名なピアニストが演奏するコンサートは頻繁にあったので、ブラームスのピアノ協奏曲が演奏されると知れば行っていました。でも、やはり、このピアノ・コンチェルトはゲザ・アンダとカラヤンの共演が最も魂を揺さぶると感じることは揺るぎませんでした。

もちろん、この曲には名盤と言われるものがあったので聞いたのですが、不思議なことに、私がこれだけ気に入っているレコーディングは特に名盤とは呼ばれないでした。ともするとブラームスは重々しくなりすぎてしまうのに、ゲザ・アンダとカラヤンの共演は限りなくロマンチックなので素晴らしいと思うのですけれど...。


14年先立つカラヤンとの共演を発見

ブラームスのピアノ交響曲第2番とゲザ・アンダについてインターネットで検索していたら、私が好きなレコードの14年も前に、ゲザ・アンダとカラヤンの共演のレコーディングがYouTubeに入っていました。

ただし、オーケストラはベルリンフィルではなくて、RAIローマ交響楽団。


Anda & von Karajan - Brahms Concerto No. 2 in B flat Op. 83

ゲザ・アンダは33歳の演奏でしょうか。

YouTubeだから音が悪いということだけではなくて、1954年の録音では繊細な音には録音できなかっただろうと思います。それでも、なかなか美しくて引き込まれました。ただし、私が恍惚状態になってしまう第2楽章の官能的なメロディーは、かなり物足りない...。

YouTubeに入っていたのは、このレコードの演奏だろうと思います ↓


Brahms - Piano Concerto No. 2 op. 83/Mozart - Symphony No. 40 KV 550 (UK Import)

このレコードについての情報

力強くて優しいゲザ・アンダの演奏は同じように美しく感じるのですが、歌い上げるようなロマンチックさに欠けます。やはり、オーケストラがベルリンフィルでない、という違いでしょうか?

ベルリンフィルの演奏を聞いたのは1回だけ。地方都市ディジョンなどに来るのは後にも先にもないから、と音楽好きの友人が強く誘うので、演奏曲目は私が好きではなかったにも係らず行ったのでした。

驚きました。オーケストラのメンバーは、それぞれがソリストのように酔いしれて勝手に演奏しているように見えるのに、それでいて呼吸がぴったりとあっている。東京にいた頃に、カラヤンが指揮するベルリンフィルの演奏を聞きにいってみなかったことを公開しました。みんなが「素晴らしい」というと、なんとなく反発を感じてしまうヘソ曲りの私がいけなかった...。

カラヤンの死を知ったのはギリシャの野外劇場でした。コンサートが始まる前、訃報が告げられて、観客が黙とうをささげるように促されたのです。あれから、もう四半世紀もたってしまっているとは信じられない...。


ゲザ・アンダというピアニスト

一番好きな曲はゲザ・アンダが演奏した録音と決めているわりには、このピアニストにこだわってはいませんでした。

調べてみると、Wikipediaには「アンダ・ゲーザ」として項目ができていました。

あれ、あれ、私は名前を間違って覚えていた?...

でも、そこからのリンクは、英語もフランス語もGéza Anda

彼はハンガリア人で、ハンガリアの名前の書き方だと、姓が先にきてAnda Gézaなのだそうです。つまり、やはりアンダが苗字。

1921年、ブタペスト生まれ。二十歳になったばかりの頃にスイスに亡命し(1943年)、スイス国籍を獲得していました。1976年にチューリッヒで亡くなったとのこと。まだまだ演奏を続けられる年齢だったのに...。



私がゲザ・アンダを発見した当時は、演奏家はレコードのジャケットで顔を見る程度の時代。それで、彼が演奏するところを映像を探してみました。

パリのシャンゼリゼ劇場でのリサイタルの前に、フランス語のインタビューに答えている映像が見つかりました。

▶ リンク切れ: Géza Anda (1966) - Interview & Schubert Sonata

すごいヘビースモーカーなのですね。ピアノを弾きながら煙草をふかしているので、鍵盤やズボンに灰を落としてしまうことがないのだろうか、と心配してしまいました。

極度に神経を集中して演奏をするにはストレスが大きくて、それでタバコを吸っていないといられなかったのでしょう。でも、公共の場での喫煙が禁止されている現代に彼が生きていたら、どうしたのだろう?...

演奏している映像も見つかりました。

▶ リンク切れ: Geza Anda - Schumann Kreisleriana 1964

さすがに、本番ではタバコをふかさないのですね。つまらないことに感心してしまった私...。


追記:

入れた動画が削除されてしまっていました。ゲザ・アンダがタバコを吸いながらピアノを演奏する姿をお見せしたいので、別の動画を入れておきます。


Géza Anda Documentary: Pianist, Conductor, Teacher



ブログ内リンク:
徹底した禁煙運動: 死者にもタバコは吸わせない! 2005/06/22
★ 目次: クラシック音楽

外部リンク:
ゲザ・アンダの記録映画
☆ YouTube: Geza Anda - 記録映画『Geza Anda, Pianist - Dirigent - Paedagoge(ゲザ・アンダ、ピアニスト-指揮者-教育者)』ほか
☆ Ina: Récital Geza ANDA - Audio (09 oct. 1960)
ブラームス ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調op.83 名盤
ゲザ・アンダ――現代でこそ浮上してくる感覚の冴え
☆ YouTube: Popular Piano Concerto No. 2 & Johannes Brahms videos (リンク動画数 200)
The 25th memorial of Herbert von Karajan
「細雪」文庫版解説



2014/10/21
前回の日記「フランスの声楽家」に書いたテレビで見たコンサートに、ナタリー・デセイ(Natalie Dessay)が出ていたはずなのに番組を途中から見たために聞きそこなっていた私。


次に見たクラシック音楽番組は、たまたま彼女が演じていたオペラだったので見ることにしました。

見たことがなかった思われるオペラでした。


オペラ・コミック『連隊の娘』

ドニゼッティのオペラです。

イタリアの作曲家なのですが、題名は『La Fille du régiment連隊の娘)』とフランス語になっていて、歌っているのもフランス語。

外国人歌手もいるからフランス語をうまく発音できないという配慮なのか、フランス語の字幕がついている。こういうのは、フランス語が母国語ではない私には非常に助かります。

主人公のマリーを演じるナタリー・デセイはフランス人で、他にもフランスの歌手がいましたが、明らかにフランス人でない人たちも、申し分ないほどお上手にフランス語を発音していました。でも、字幕もあるは非常に鑑賞しやすい♪


テレビで見たのはニューヨークで上演されたオペラだったので、下の動画と同じときのものだと思います。


Natalie Dessay - La Fille Du Regiment

Metropolitan Opera, New York April 26, 2008
Marie - Natalie Dessay
Tonio - Juan Diego Flórez
Sulpice Pingot - Alessandro Corbelli
La Marquise de Berkenfield - Felicity Palmer
Hortensius - Donals Maxwell
La Duchesse de Crackentorp - Marian Seldes


ナタリー・デセイの演技力がすごい!
歌手をやめて俳優になっても十分に通用するでしょうね。

俳優になった私の友達に、どこか似ていると思いました。こういうおどけた役をするのが得意なのです。でもナタリー・デセイの演技力には足元にも及ばない。その友達が声楽のレッスンを受け始めたというときにベルリオーズの歌曲を歌ってくれたのですが、あれは酷かった...。


テレビで見たオペラは2008年に上演されたものでした。ナタリー・デセイ声帯の外科手術を受けたあとですが、申し分なく歌い上げていました。

クラシック音楽通の友達によると、ドニゼッティのオペラは歌うのが非常に難しいのだそう。 確かに、モーツアルトのナイチンゲールのアリアを思わせるものもありました。


ドニゼッティという作曲家の名前はよく知っていて、何か有名な曲があったけど、あれは何だったか?... と思いながらオペラを見始めました。このオペラの中にもよく知られている旋律が出てきました。


マリーのお相手のトニオを演じたペルー出身のテノール歌手Juan Diego Florez(ファン・ディエゴ・フローレス) も見事に歌っていました。


Juan Diego Florez - La Fille du Regiment - Ah mes amis

この曲をパバロッティが歌ったらどうなるかを聞いてみたら、やはり声量が桁外れにすごい! 比べてはいけないのでしょうね...。
Pavarotti's Legendary High C 's


最近のオペラの演出は嫌いなのだけれど...

知人のドイツ文学者によると、オペラが現代風のシンプルな舞台装置になってきているのはヨーロッパ全土の傾向なのだそう。ところが、アメリカではオペラはこういうものだという意識があるので、昔風にやっているのと教えられました。彼がよく行くウィーンでも、オペラが本当に好きな人はアメリカに見に行ってしまうのだとか。

今回見た『連隊の娘』もナポレオン1世時代の話しのはずなのに、登場するフランス人兵士が第一次世界大戦の兵士姿で登場するのが気に入らない。

でも、それなりに舞台装置や演出には工夫があって、最近嫌いになっている超現代風のオペラ演出ではないので気になりません。衣装にはお金をかけている感じがするし、19世紀風の服装の彩もきれいにできていました。やはり、アメリカはお金をかけられるから違うのかな?...

最後の場面で戦車が登場してしまったのには驚いたけれど...。


Dessay, Flórez, Corbelli & others - La Fille du Régiment: Final Scene - LIVE in HD Met 2008


ところで、ナタリー・デセイは昨年にオペラ界を引退したそうですが、歌い続けてはいるようで、この4月には日本でもコンサートをしたようでした。


オペラ・コミックとは?

楽しい演出のオペラでした。

歌わないで話す部分は、原作から離れたことをしゃべっていたのだそうです。英語を入れてしまったりして、会場を笑わせていました。オリンピック、ボブスレーとかが出てきたのは、モナコのアルベール2世をちゃかしていたのかな?...

Opéra-comique(オペラ・コミック)なので笑う場面があって当然と思いながら見ていたのですが、終わってから、ふと思いました。オペラ・コミックって、本当にコミカルなオペラという意味なのだろうか? ビゼーの『カルメン』は悲劇ですが、あれもオペラコミックですよね?

確認したら、レチタティーヴォではなくて、普通にしゃべる台詞があるオペラをオペラ・コミックと呼ぶそうなのでした。

内部リンク:
オペラを見に行かなくなった理由 2005/07/30
パリの聴衆が怒ったオペラの演出 2006/01/31
★ 目次: クラシック音楽

外部リンク:
☆ オペラストーリーA4版: 歌劇「連隊の娘」
☆ Wikipedia: 連隊の娘
オペラ対訳プロジェクト: ドニゼッティ 《連隊の娘》 対訳完成
「Natalie Dessay」と「La Fille du Regiment」をキーワードにしてYouTubeの動画を検索
Natlaie Dessay - Lesson Scene - La Fille du Regiment
Counting Juan Diego Flórez’s High C’s in ‘La Fille du Régiment’ at the Met 2008/04/23
☆ Wikipédia: Le Metropolitan Opera en direct et en HD
☆ YouTube: La Fille du Régiment LIVE in HD Met 2008
☆ フランスオペラの楽しみ: ナタリー・デセイ
☆ フランスオペラの楽しみ: フランス語のイタリアオペラ
☆ コトバンク: オペラ・コミック とは
オペラに関する用語集


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2014/10/19
テレビは余り見ないのですが、夕食の後などに何となく見たくときもあります。でも、テレビをつけると、つまらなそうな番組ばかり。そんなときに便利なのがクラシック音楽専門チャンネルです。

そういうチャンネルは、私のテレビでは3つキャッチできます。

Mezzoという昔からあるチャンネルは私が好きではないジャズも流すのですが、2007年に開設されたBrava hdはクラシック音楽のみを扱っています。しかも、ハイヴィジョンで、おしゃべりやコマーシャルも全くなしに音楽だけ。 ただし、演奏中の曲の情報はインターネットで見ないと分からないのが難点。それと、間を置くこともなく次々に演奏が切り替わるので、息をつく暇もない。

日本にいるときも見れるクラシック音楽専門チャンネルがないのかなと思ったら、クラシカ・ジャパン を見つけて喜びました。知らなかったな... と思ったら無料で見れるキャンペーン中だったのでした。でも、著作権確保の問題があるのか、フランスのチャンネルに比べると内容が貧弱だと思ってしまいました。

フランスのチャンネルは、歴史に残るような名演奏がいくらでも見れてしまうのです。そのためにホームシネマを設置してしまいました。フランスは東京ほどには有名な演奏家や歌手が出演するコンサートがないので、テレビで見るのが一番ださえと思ってしまいます。


テレビで聞いた好きなフランスの歌手

少し前になりますが、パリで行われたチャリティーコンサートがテレビに映し出されていました。クラシック音楽が好きなのですが、オーケストラの演奏を聞くことが多いので、歌手についてはあまり知りません。

もともと名前をしっかり覚えない私なので、この日に聞いた素晴らしいフランスの歌手の名前の綴りをメモしました。ついでに、彼らが変わった演奏会場で歌っている動画も入れておきます。


 Sandrine Piau  サンドリーヌ・ピオー / ソプラノ

ボーヌのフェスティバル(練習中の風景も入っていま):

YouTube: Vivaldi: Motets and concertos with Sandrine Piau | Heloise Gaillard


Philippe Jaroussky  フィリップ・ジャルスキー /カウンターテナー

この人の声はすごいと思う。

映画『カストラート(Farinelli)』のファリネッリでカウンターテナーの声が好きになり、その後でフィリップ・ジャルスキーを発見したように思いますが、何がきっかけだったかの記憶は定かではありません。

ヴェルサイユ宮殿でのコンサート(1999年):

Philippe Jaroussky " The most beautiful baroque Arias"


番組は途中から見たので、すぐに終わってしまいました。なかなか楽しチャリティーコンサートで、最後は出演した歌手たちが観客席に下りて、聴衆と一緒に合唱。

やはり、コンサートはパリまで行かないと価値があるものはないな... パリに住んでいると、やはり良いな... などと思っていると、ナタリー・デセイ) の姿が見える。彼女も出演していたの?!

 Natalie Dessay  ナタリー・デセイ /ソプラノ

彼女が歌うのを聞けなかったのを残念に思った後、チャンネルを切り替えたかどうかは忘れましたが、偶然にも彼女が主役を演じるオペラが始まるところでした。

続く

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2014/01/15
前回の日記「七面鳥が気になった」を書きながら、フランスの友人たちがクリスマスに食べた七面鳥料理を貶しているのは特殊な例でなかったかどうかをインターネットで検証していたら、 友人たちと同じような表現を見つけました。

フランスの歌手Renaud(ルノー)が歌った『Hexagone』という曲の中に、次のフレーズがあるのだそう:
« Moi j'voudrais tous les voir crever, étouffés de dinde aux marrons. »

皆が七面鳥の栗詰めで窒息してしまうのを見たいもんだ、と受けとれます。クリスマス料理のことでしょうね。友人たちも、パサパサの七面鳥に、お腹がたまる栗を添えられた料理を食べると窒息しそうだ、と言っていたのです。

この歌を知っていたからなのだろうか?...
あるいは、フランス人たちに共通した料理に対する評価なのだろうか?...

それにしても、どうしてそんな変なことを言っているの? どんな歌なのか探してみました。


Renaud - Hexagone

文字にした歌詞は、こちら

何を歌っているのかをイメージで見せた動画もあります。これは若い頃の声をバックに入れています。

曲の題名になっている「hexagone」は六角形のことですが、フランス本土の形がそうなので、フランスの代わりにも使われる単語です。この歌は、1月から始まって12月まで、その月ごとにあるフランスの風習を持ち出しながら歌っていて、12月のところに、七面鳥に栗を詰めたクリスマス料理「dinde aux marrons」が登場していました。 フランスに生まれるのはラッキーなことではない、などという風にフランスを皮肉った歌詞になっていました。

流行歌手や俳優に関しては、全く一般レベルの知識もない私。 でも、どこかで聞いたことがある声のように感じました。

むかし日本でフランス語を勉強していたころは、今のようにインターネットでいくらでもフランス語を聞ける環境になかったので、フランス政府がバックアップしている語学学校でレコードやカセットを片っ端から借りて聞いていたのです。その中に、歌手の名前がRenaudとだけあるのが奇妙に思ったレコードのジャケットがあったような気がする...。

ポップスは好きではないのですが、歌詞が面白くて、深いな音ではなければ興味を持ちます。


ルノーって、誰?

フランスを風刺して歌ったルノーという歌手について調べてみました。

1952年にパリで生まれたシンガーソングライター。Renaud Séchan というフルネームもあるのですが、Renaud(ルノー)だけで呼ばれる。

人権擁護、環境保護、反軍事主義などをテーマにして歌う反体制派の歌手。フランスでは、アルバムの売り上げではトップランクに入る人気歌手なのだそうです。

日本では、ほとんど知られていない感じがしました。そもそも、「ルノー」や「ルノー フランス」で検索すると、フランスの車メーカーのルノー社(こちらの綴りはRenault と違うのですが)が出てきてしまう。

「歌手」というキーワードを加えたら、リーヌ・ルノー(Line Renaud)という歌手の方が前面に出てきました。『パリの空の下』などを歌っているのを聞くと、この声はリーヌ・ルノーという名前の女性だったの? と思ってしまうくらいに馴染みがある。

さて、ルノーという男性歌手の方。上に入れたYouTubeのライブ録音は、1975年にリリースされた曲を、2007年のカムバック公演ツアー「Tournée Rouge Sang」で歌ったときのものだそうなので、彼が50代半ばのときに歌っていることになります。

2007年といえば、フランスでは大統領選挙があった年。内務大臣として治安強化を図ったサルコジが大統領になった後にこの曲を聞いたら、その当時のフランスを描いているように聞こえてしまう歌詞でした。歌ではバカ者が王座についているなどと繰り返しているのですから。サルコジ大統領の時代、フランスの友人たちの何人もが「フランス人であることが恥ずかしい。フランス人とは呼ばないでくれ」などと言っていました。

歌手としてカムバックしたツアーでこの歌を歌ったら、聴衆は絶賛しただろうと想像しました。その当時の世情に合わせた歌詞にしていたのかと思ったのですが、少し手を加えただけだそうです。
 

若者の感性を持ち続けた人?

1968年の5月革命では、ルノーは高校生だったのに運動に参加しています。このときの警察の横暴を目の当たりにして、権力主義への反感が根付いたのでしょう。革命が終わると、世の中に絶望した多くの若者たちが、フランス中部の荒野で理想郷を築こうとしたのですが、ルノーも仲間たちと移住してコミュニティーを作ったのですが、ただちに警察から立ち退きを強制されていまったそうです。

ルノーは世代的には若すぎるので適当ではないでしょうが、「Soixante-huitard」と呼べるかもしれない。これは、5月革命を経験した世代に対する呼び名で、日本で「団塊の世代」と呼ばれる世代と重なりますが、かなり違ったイメージがあります。 ルノーには、この時の体験が心に刻み込まれ、そのときの熱気がずっと消えなかった人、というイメージを持ちました。

親に入れられたブルジョワ色の強い高校を中退して働き出したルノー。とりあえずの仕事として、演劇をしたり、街頭で自作の曲を歌ったりします。可愛らしいルックスだし、才能も際立つ人だったようで、街頭やメトロで歌うとかなりの収入を得たし、芸能界の大物から目をかけられて仕事を与えられたりもしています。

シンガーソングライターとしてデビューしますが、歌詞が過激すぎるので降ろされてしまう。 それでも彼は頭角を現していきますが、成功を手噺で喜ぶということでもなかった様子。

街頭に立ってアコーデオンの演奏をした仲間は、ルノーは稼いだ金をその日のうちに使い切ってしまわないと気がおさまらなかった、と言っていましたが、それの延長だったらしい。歌手として成功してからも、社会の弱者の味方をする歌を歌っているのに、高級車に乗っているところをガソリンスタンドで見破られたら不味いとかなり気にしていたのだそう。

人との出会いに恵まれた人だと思いました。早くから、彼とは波長がぴったりだったろうと思えるコメディアンのコルーシュ(Coluche)と親しくなっています。リハーサルをお忍びで見に来た故ミッテラン大統領とは、父親にも打ち明けないような話をするほど仲良くなって文通していたとのこと。

でも、順風ばかりの人生ではなかったようです。

絶頂期だった1985年、ソビエト連邦に招待されてモスクワでコンサートをしますが、『Déserteur(脱走兵)』を歌い始めると、ライトは観客席を照らし出し、彼は会場から次々に去っていく3,000人を見せつけられることになりました。始めからのシナリオに乗せられてしまったのでしょう。共産主義には同感していた彼には耐え切れない苦痛だったようです。

その後に発表されたとすると、不思議な気持ちになってしまう曲がありました。自ら作詞作曲して大ヒットになった『Mistral gagnant』。1985年に発売された同名のアルバムに入っていた曲ですが、そのライブ録音です。


Renaud - Mistral Gagnant

子ども時代のことを、彼が愛妻との間にもうけた幼い娘に語るという設定でしょう。美しいメロディーですね。 曲を探したら、ピアノの練習をするための動画がたくさん出てきました。

題名になっているMistral Gagnantというのは、昔に存在したクジ付きのお菓子。この名前を付けた会が出来ていると書いてあったので、懐かしいお菓子を復活させようという会かと思ったら、そうではなかった!

1992年、ベルギーに設立されたAssociation Mistral Gagnantで、重度の病気を患っている子どもたちが持っている夢をかなえてあげよう、という活動でした。なんと私の発想は貧弱なこと...。

彼は妻にも立ち去られてしまい、アルコールにおぼれ、鬱を患います。麻薬もあるのではないかな...。消えてしまったあと、カムバックしたりもしますが、長続きはしない。61歳になった今は南仏でひっそり暮らしているようで、今年に入ってから、彼が亡くなったという誤報がツイーターで駆け巡ったとのこと。


エミール・ゾラ(Émile Zola)の小説『ジェルミナール』が映画が製作されたときには(1993年公開)、ルノーは主人公となって名演技をしていました。

彼は父親も兄弟も作家という家系。高校を中退したときに本屋でアルバイトをしながら文学作品を読み漁ったという書籍のリストの中に、この作品の名も入っていました。

炭坑が舞台ですから、かなり厳しい環境での仕事だったと思いますが、撮影中の彼はエキスとランの人たちとの交流を楽しんだように見えました。彼らが文句を言ったわけではないのに、ルノーは監督に彼らの賃金を値上げしろと詰め寄ったりもしたのだそう。

Youtubeに2時間半の動画が入っているので喜んだのですが、スペイン語に吹きかえられたバージョンなのでどうしようもない...。
Germinal

ルノーの人生を語るテレビ番組が出てきました。ルノー自身は記録映像でしか見れませんが、彼の兄弟や友人たちが語っています。色々な人生があるものなのだと興味深くて、1時間半の長い番組だったのに、最後まで見てしまいました。


Renaud - Un jour,un destin - Les raisons de la colère - 26/09/2012


 シリーズ記事: ご馳走料理 vs 日常の食事


ブログ内リンク:
★ 目次: フランスで耳にする歌 (シャンソン、童謡など)
5月革命から40年 2008/05/05
★ 目次: 文学者・哲学者、映画・テレビドラマに関する記事

外部リンク:
【フランス語サイト】
☆ Wikipédia: Renaud
☆ Wikipédia: Hexagone (chanson)
Association Mistral Gagnant

【日本語サイト】
挑発するロック歌手、ルノー
「マンハッタン=カブール」 ルノー (不定期連載「世界の反戦歌・反戦詩から」)
”Mistral Gagnant”
☆ 映画.com: ジェルミナル 作品情報
☆ ピピのシネマな日々: ジェルミナル


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2013/08/20
前回の日記「破壊への道をたどった修道院を見学」で書き始めたイベントでは、昔の修道院を見学したあと、野外で無料コンサートが開かれることになっていました。


野外コンサートの会場になった庭園

野外コンサートの会場は、村の中にある庭園で行われることになっていました。 中央に白く見えるのは、観客席を作るために設置されたイス。



この庭は「ジャルダン・クールドロワ」という名前だと言われました。それを聞いた私は、全く別のことイメージしてしまいました。

カタカナ表記はできない単語ですが、発音から「Cœur de roi(王様のハート)」と受け取ったのです。Jardin à la françaiseがフランス式庭園ですから、「王様のハート」なんて名前の形式のガーデン(jardin)があってもおかしくないではないですか?

あちこちに門があり、人工的に作られた洞窟もあるし、果樹も植えられていて、少し変わった庭園です。こういうのが「王様の心臓」と呼ばれる形式の庭園なの?...

こういう遊び心を満喫させる庭園にある「ファブリック」という言葉も覚えたので、それの一種かと思いました。
ラ・モット・ティイー城のファブリック 2012/10/30

でも、完全なる私の誤解!

この庭園の名前はJardin Cœurderoyと綴るのでした。Cœurderoyというのは人の名前で、その人の館につくられた庭園なので、そういう名前になっていたのでした。この館と庭園がつくられたのは17世紀後半。

その館は、道路の向こう側にありました。庭園の門の1つのようなところが館に続く道で、トンネルが道路の向こう側にある館に通じていました。館は個人の住宅になっているので、トンネルの突き当りには鍵がかかっている門があるのが見えました。トンネルなんかに入る気にはならないので、突き当りまで行ったら何が見えるのかは突き止めませんでした。

それにしても、どうということのない小さな村なのに、大きな修道院や、こんな庭園があるのは羨ましい。村で何かイベントをしようとしたら、会場には困らないではないですか。


リハーサル

コンサートが始まるまで時間があるので、庭園の芝生で寝っころがっていたりしたのですが、少し村の中をウロウロとしてみました。

村の教会に近づくと音楽が聞こえます。夕方に野外コンサート(無料)、夜には教会の中でコンサート(有料)がある予定になっていました。演奏者たちがリハーサルをしているのだろうな...。

音楽が漏れ聞こえた教会の入口のドアには鍵がかかっていないので、中に入ってみました。 思ったとおり、リハーサル中。しばし演奏を聞かせてもらいました。本番ほどには力を入れていないのでしょうが、観客がいないところで演奏を聞くのは好きなのです。フランスではよく出会う機会。

祭壇のところで演奏していたのですが、彼らは歩き出しました。どうやら演奏会では歩く場面があるので、歩調を練習しているらしい。 「これでは演奏が終わらないうちに行きついてしまう」などと言っています。



バイオリンくらいなら持ちながら演奏できるでしょうけれど、右手の男性が持っているような大型の弦楽器(楽器が見慣れているものとは違うので、これはヴィオラ・ダ・ガンバなのか分らない...)を肩からたすき掛けにして演奏するのを見たのは初めてのような...。

昔の音楽は心地良い。ブルゴーニュの美しい村で中世祭りが行われたときのコンサートを思い出しました。中世の衣装を着た人たちが教会で演奏してくれて、とても良いコンサートだったのです。

そのことを書いた日記:
小さな教会の楽しいコンサート 2006/09/30

音楽は衣装によるものではないけれど、あれは楽しかったな...。今回のコンサートをする人たちは、あんな服装はしないでしょうから、ちょっと物足りない。


ルネサンス音楽の野外コンサート

イベントがあった村は人口250人くらいなのですが、そう不便でもない場所にあるせいか、イベントには大勢の人が来ていました。

早めに会場に行って、最前列を確保。近くに座っていた人に挨拶をしている人の言葉が聞こえてきました。今回は予想以上の参加者があったのだそう。

定刻の午後7時になっても、コンサートが始まる気配はない。ガヤガヤとおしゃべりをする人たちの声が聞こえていたのですが、誰かが「シーッ」と言う。教会の方向から、演奏者たちが歩いてきたようなのです。

楽器を演奏する人たちが庭園に入る門を通って、少し高台になっている道に入ってきました。



ケープをまとって、ルネサンス音楽を演奏する雰囲気を出しているではありませんか。ありがとう♪

最前列のイスを確保していたのですが、演奏者が並ぶところまではかなりの距離があります。そこで、たった5人が弦楽器を演奏してくれたって、ろくに聞こえないのではないかと思っていました。

ところが、驚くほどよく聞こえる! 音量が足りないなどということは全く感じませんでした。石垣が音響効果を出しているのかな?...

イス席は数が足りなくて、地面に座っている人たちもたくさんいました。



とても楽しいコンサートでした。演奏者たちは全員、歌も歌うのです。それが、とても美しい...。

このグループが演奏している動画は、次のページに幾つか入っていました:
☆ Vimeo: Les Sonadori

聞いている人たちも、すっかり満足している様子。1曲終わるごとに拍手がわきます。

この野外コンサートは無料。午後9時から、彼らの正式のコンサートが教会で開かれることになっていました。ここでいつまでも演奏していたら疲れてしまうでしょうに...。いくらみんなが喜んでいるといっても、アンコールが出るのだろうかと気になってしまいました。

無料コンサートなので、ほんの少し演奏を聞かせてくれるのかと思ったら、かなり長く続きました。1時間近くたったとき、楽団の1人が、ひょうきんに言いました。

これから、みなさんにはお食事を召し上がっていただきますから、私たちの後について来てくださいね♪

演奏者たちは庭園の門から出て、食事会場ができている教会前まで歩きながら演奏を続けました。



楽しい♪ こういう演出は大好きです!

みんながいなくなった庭園では、トラックが来てイスを片付けていました。夜になる前に仕事を終えたいから?...


この後は、教会前に設置されたテーブルで簡単な食事をすることになっていました。
ところが...

続き: 見た目がなんとも味気ない、フランスの使い捨て弁当箱

情報リンク:
Les Jardins Coeurderoy
☆ Wikipédia: Les jardins et l'hôtel Cœurderoy


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2013/08/10
ここのところ何回も行っている城で行われるイベントがあったので、また行ってしまいました。ブルゴーニュ地方にあるビュッシー・ラビュタン城(Château de Bussy Rabutin)です。

この城について書いた前回の日記:
ビュッシー・ラビュタン城にある17世紀の風刺画 2013/06/01

夏のフランスでは、色々なイベントが開催されます。個人が所有する歴史的建造物も、夏の間だけは見学できたりもします。行きたいと思うところに行っていたら、きりがないので選ばなければなりません。

今回ビュッシー・ラビュタン城に行ったのは、ショパンのコンサートのあと、城の中庭でピクニックをするという珍しい企画だったからでした。昔のピアノを使うという以外にはコンサートは珍しくはありません。最近のフランスは、古典楽器を使う演奏が流行っているような気もします。かなり頻繁に古典楽器を使った演奏会があるのです。確かに、うずもれさせてはもったいない音色があります。

最も惹かれたのは、城でピクニックをするという企画。自分で食べ物を持って行くのだから美味しいに決まっている。ロウソクで照らし出した城でピクニックとは、愉快で楽しいではないですか♪

そんなわけで、オマケのつもりだったコンサートなのですが、予想以上に素晴らしいものでした。少し前に、修道院で行われたコンサートに幻滅したのが覚めないでいたところなので(そのときの日記)、余計に嬉しくて感動してしまったのかもしれません。


ショパンの時代のピアノで演奏するショパンを聞く

ショパンの作品に限っての演奏会でした。始めに、演奏者が、使用するピアノについて簡単に説明してくれました。 実を言って、この人がピアニスト? という不安を感じたのですけど...。



演奏者はDaniel Rassinier という人。肩書きはピアニスト、作曲家、ビデオグラファー、音楽学校の教師だそうです。

古典ピアノのコレクターでもあり、所有するピアノの中から2台持ち込んで、ショパンの作品を演奏してくれました。

両方ともプレイエルのピアノ。左側のピアノはスクエア型ピアノ(piano carré)で1843年製で、右のグランドピアノ型(piano à queue)は1836年製。

このようなスクエアピアノは、裕福な家庭でピアノのレッスンをするために使われたのだそう。その後、これはアップライト・ピアノPiano droit)に発展して消えていきます。

19世紀のピアノの進歩は目覚ましく、7年の違いでも相当違うというのを両方を演奏して聞かせてくれました。

調べてみたら、ショパン(Frédéric Chopin: 1810~1849年)は晩年に、プレイエル、ブロードウッド、エラールの3台のピアノを持っていると語っていた、と書いているサイトがありました。1807年に創設されたプレイエルのピアノの素晴らしさを広める役割も果たしていたらしい。彼が所有していたプレイエルのピアノは1839年製で、現在も保存されているとのこと。


19世紀のピアノの音色は感動的

下は1936年製のピアノの鍵盤。写真を眺めてみると、黒い鍵盤のところで線が入っているような...。



グランドピアノの方が音が良いという先入観を持っていたのですが、7年の進歩の差が大きいらしく、スクエア・ピアノの方がまろやかで美しい音色でした。

スクエアピアノの鍵盤です。



始めはスクエア・ピアノの演奏からで、音色が響いてきたときには、ぞくっとするくらい優しく、美しい音でした。

この時代のピアノのフレームは木製だったでしょうから、そこからくる違いでしょうか? チェンバロを触らせたもたったときにも感じましたが、ただキーを叩いたときに出てくる音からして、温かみがある心地良い音なのでした。

それに比べると、7年前に作られたグランドピアノの方は音には尖っていて、深みがないと感じました。でも、何曲も聞いているうちに慣れてきたのか、その音も魅力的だと魅了されました。

現代のピアノは繊細な音を出す演奏ができますが、19世紀半ばのピアノも、また違った魅力があるのでした。

今回は演奏者から10メートルも離れていない席に座ったので、ピアノを演奏する指の動きがしっかりと見えたのが嬉しかったです。ショパンの演奏って、指の動きがすごいので見事! 迫力がある演奏でした。

2年前にも、パリで、古典ピアノを使ってショパンを演奏するコンサートに行っていたのですが、そのときより感動は大きかったです。

そのときのことを書いた日記:
美しいチャペルでのピアノリサイタル (サント・シャペル) 2011/11/02

やはり、昔のピアノというのは、大きなホールで聞くより、間近で聞くのに適しているのではないでしょうか?

それと、今回のピアニストは古典ピアノのコレクターだけあって、特殊なピアノに慣れているというのもあったのではないかと思います。パリで演奏した人は、鍵盤の感覚が現代のピアノとは少し違うので演奏しにくいと言っていましたので。

古典ピアノは、鍵盤の幅が狭いだけではなくて、鍵盤を叩いたときの深さが浅く、弦の張力も弱いので、弾きこなすには相当な技術が必要なようなのです。

ピアノ写真は休憩時間に何枚も撮ったのですが、入れるのは省略。

ピアニストの別の演奏会を紹介したサイトに、同じと思われるピアノの写真が入っていますので。
- Pleyel n° 5507 de 1836
- Pleyel n° 10524 de 1843

入っている写真をクリックすると拡大します。プレイエルの制作年が同じなのですが、私が見たものとは少し違っている感じもします。サイトの写真を撮影した後、修復したのかもしれないとも思います。今回のコンサートでは、古典ピアノの修復専門家も来ていて、幕間には質問をしている人たちがいました。


ピアニストとは思えない風貌だったのですが、素晴らしい演奏を聞かせてくれました。2台のピアノの音色が全く異なるのを聞き比べるのも非常に興味深かったです。

主催者の予想以上に観客が多く、用意した小さな会場には座れない人もいたようです。

コンサートが終わると、熱狂的な拍手。アンコールとして、ショパンの本格的な曲を2つも演奏してくれました。もちろん、両方のピアノで1回ずつ!


ショパンが現代のピアノで自分の作品が演奏されるのを聞いたら、どう思うのだろうか?...

もちろん下手に演奏されたら死んでも死にきれないでしょうけど、そういうのではなくて、私たちが素晴らしいショパンだとうなる演奏を聞いたときのこと。

繊細な、強弱もはっきり出る音も出て、こんな風にもなるのだ、と喜ぶだろうか? あるいは、自分が表現したかった音とは違う、と腹をたてるか?...


すっかり満足した演奏会の後は、お城の中庭でピクニックをするイベントが待っていました。午後9時を過ぎていたので、少し寒くなってきたけれど、お天気は大丈夫そう♪

続きへ:
ブルゴーニュのお城でキャンドル・ピクニック

ブログ内リンク:
★ 目次: クラシック音楽
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ
ショパンの葬儀ミサを再現したコンサート (マドレーヌ寺院) 2011/11/10

外部リンク:
むかしむかしの素敵なピアノ展 - 展示楽器のご紹介 [動画入り]
ピアノの19世紀
☆ ヤマハ株式会社: ピアノ音楽の隆盛 - 19世紀の音楽
ショパンの時代のプレイエル ピアノとスティマーザール所蔵ピアノ
ピアノの歴史
ショパンの時代のピアノ
Chopin, ambassadeur de la marque Pleyel


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2013/08/05
前回の日記「見学したのはシトー会修道院だったのだけれど...」で書いたように、オーナーが変わってから見学できるようになったのは良いけれど、歴史を感じさせてくれない修道院にがっかりした私。

でも、ここに来たのはコンサートが目的でした。

最近、あまりコンサートに行かなくなりました。理由は以下の通り:
  • フランスでは、やはりパリのような大都市でないと、素晴らしい演奏家は来ない。ディジョンでベルリンフィルの演奏を聴けたときは感激しましたが、音響効果が優れたホールだと褒めてもらったそうなのに、その後は2度と来てくれていません。
ブルゴーニュで大きなコンサートがあるのは行政中心地のディジョン市なのですが、メインの音楽家が来なかったということが3回続いたので、がっかりした。
  • オペラは現代的な演出ばかりになってしまったので、全く行く気にはならない。
  • テレビにクラシック音楽専門チャンネルが2つあって、そこでは毎日、歴史に残るような名演奏を流している。
それを聞くためにホームシアター用の7台くらいのセットのスピーカーを設置したので、かなり良い音でコンサートが見れるようになった。


修道院のチャペル

今回は、やはり生演奏を聞きたいと思って行くことにしたのでした。田舎のコンサートには懲りたことがありますが、今回のは60人くらいで編成された楽団なのだそう。

会場は修道院のチャペル。プロの演奏ではないので、音楽は大したことがなさそうですが、雰囲気があるコンサートだろうと期待していました。

でも、チャペルとは名ばかりの建物だったのです。 鐘楼もなくて、どこにでもある納屋のような建物。



それもそのはず。ここは修道院を刑務所として使っていた時代、囚人たちのために建てたチャペルだったのです。礼拝堂の役割だけではなくて、食堂としても利用していた、という変な施設...。

オーケストラはオランダから来ていると聞いていました。チャペルの横には、オランダナンバーの乗用車がずらり。

普通、こういうときはバスで来るのじゃないの?...

一緒に行った友人は、彼らは演奏旅行に来たのを利用して、フランスでヴァカンスを過ごすのだろうと言っていました。何カ所かで演奏するようなのですが、それが終わってから各人が行きたいところにに行って休暇を過ごすとしてら、自分の車で来ていた方が便利ではあります。

チャペルの門を開けるために立っていた人とおしゃべりしたら、オランダ人たちはキャンプ場に滞在しているのだと知りました。キャンプしていると聞いて、「やっぱり~!」と笑ってしまいました。

なぜだか知らないけれど、オランダ人はキャンプが大好きなようなのです。フランスのキャンプ場は、オランダ人たちにボイコットされたら経営していけなくなるのは確実だと思う。

夏にフランスの高速道路を走っていると、オランダのキャンピングカーをやたらに見かけます。車の後ろにつけるキャンピングカーをつけるというトレー型。

フランスやドイツ人は、一体型のキャンピングカーです。

なので、オランダのキャンパーは目立つ。オランダでは大半の人がこれを持っているのではないか、という気もしています。


素人の演奏...

囚人たちのために建てられたチャペルなので、内部も質素でした。でも、かなり広いので、ちょっとしたコンサートには適している。でも、オーケストラが演奏するには無理ですね。



素人の楽団だとは聞いていたのですが、ここまで酷いとは思わなかった...。間違った音がやたらに飛び出してくるのです。リズムも、音の構成も悪い。

1曲目の『エグモント序曲』が終わって拍手があがったとき、私は隣にいた友達と顔を見合わせて、む、む、む~、口と肩をすくめて苦笑いをしました。

なんじゃ、これは~???...


音響効果が悪いにもほどがある...

他の曲も聞いている間に、そもそも、この会場の音響効果の悪さったらない、と耐え難くなってきました。コンサートホールの音響効果の良しあしはあるけれど、こんなに悪いところもあるのだな... と、感心してしまう。

音が響いてこない、というのではないのです。変に混ざり合ってしまっている。生演奏なのに、昔の質の悪いモノラルのラジオで聞いているみたい...。

自分の音楽を持って旅行できなかった昔は、ザーザーと雑音が入ったラジオでクラシック音楽を聞いても、涙ぐむくらいに感動したりしたのだけれど... と思い出す。

昔に建てられた教会は、何でもない小さなところでも素晴らしい音響効果に驚くことがあります。お説教がよく聞こえるように、歌えば天使の声に聞こえるように、という工夫があったのだと思う。

このチャペルは新しくて、建てられたのは19世紀。しかも、囚人たちのチャペルなので、いい加減な建築物だったのかもしれない。でも、19世紀の石造建築物はコンクリート造りではないのだから、そのままでコンサートに耐える教会もあります。

ここは屋根がなくて壁だけになっていた建築物で、それをいい加減に修復したのが原因ではないかな?... そう思いながら天井を眺めると、鉄柱が支えていて、確かに奇妙...。 モルタルなんだろうか?...

でも、この修道院のアクティビティーとして定期的にコンサートを開くのですから、壁に何か工夫して音響効果を整えたって良いではないですか? それをしないなら、コンサートなんか開かない方が良いと思う、と腹がたってくる。

生の演奏が好きなのは、特に弦楽器の音がステレオなんかでは聞けない音だからです。ビロードの立った毛の1本1本が音を出しているような響き...。それが、全く聞こえない。

そもそも、置く場所がなかったからなのか、ティンパニが前の方にあるのでした。なので、一番聞こえてくるのはティンパニ。それから、吹奏楽器の音。最前列にいる弦楽器の音は、それらに消されてしまっていました。

指揮者は、予行練習をしたときに、こんな具合になってしまっているのには気がつかなかったのだろうか?...  あるいは、フランスに来たのはヴァカンスで、報酬なんかももらっていないからいい加減にやっていたのか?...



演奏された曲目のうち、2つは知らない曲でした。これは救われる。間違った音を出されても、よほど突拍子もない音でない限りは気がつかないですから。

ベートーヴェンとかメンデルスゾーンとかを演奏するのは無茶だったと思う。バロックかモーツアルトだったら、心地良い音楽ということで、耳障りではなかったはずです。どうして大それたことをやってしまったのかな?...

昔だったら、こういう演奏ではブーイングになったのではないかと思います。ロマン派の作曲家たちが新作を発表したとき、聴衆から非難されたという話しをたくさん聞いていますので。

でも、その当時の演奏というのは、今のように質は良くないものが多かったはず。こんな感じの演奏にされてしまっていたのかもしれない、と思いをはせることができました。

モーツアルトは子どものときにディジョンに来て演奏しているのですが、そのとき彼の父親は、「ディジョンの楽員はみんなロバだ!」と憤ったという逸話が残っています。 フランスの作曲家ベルリオーズも、お金がなくて、楽譜の写譜をさせる費用がなかったり、質の高い演奏者を集められなくて苦労したそうだし...。

でも、みなさん、ちゃんと拍手していました。熱狂的にというのではないけれど、パラパラの拍手ではない。

家族と旅行してきた楽員も多かっただろうし、彼らがキャンプ場に滞在して親しくなったオランダ人たちも来ていたかもしれない。もしかしたら、こんな僻地で開催されたコンサートに来ていた人たちの半分はオランダ人だったかもしれない、という気もしました。


文句たらたら...

帰り道、車の中でCDをかけました。 良い演奏を聞いたコンサートの帰りには、余韻を残したくて、おしゃべりをする気にもならないのですが、このときは耳に残っている音を消したいという思いだけ!

この日に聞いたメンデルスゾーンの『スコットランド』を聞きました。クラウディオ・アバド指揮、ロンドンフィルの演奏。同じ曲だとは思えない! やはり、これは、弦楽器がロマンチックに、感動的に響く曲だったではないですか...。

あのレベルで演奏会を開くのは無茶だ、あんな音響効果が悪い場所でコンサートなんか開くべきではない、と文句たらたらの私たち。

そもそも、と友人が言います。
フランスでは、素人のオーケストラがコンサートを開いたりしない。

いや、素人のコンサート、フランスで聞いたことがありますけどね。

でも、修道院なんかを使って、本物のコンサートのように開くことはない、と友人は断言する。確かに、思い出してみれば、そうですね...。仲間うちの、和気藹々としたコンサートだし、60人も集まってオーケストラなんかはやらない。

思い出せば、世界遺産に指定されているフォントネー修道院のコンサートは素晴らしかったな...。 今はもうやっていないらしいのですが。

ブルゴーニュの美しい街ソミュール・アン・オーソワで毎年行われていたオペラも良かった。ヨーロッパで最も小さいオペラ座があって、東欧から演奏家を招いて、町の人々がボランティアで家に泊めて開くというもの。

演奏は大したことはないのだけれど、アットホームな雰囲気でモーツアルトのオペラが聞けるのが楽しかったので、毎年のように行っていました。町長さんが変わってからだったかな、このイベントをやめてしまったのは本当に残念。

あの時は、コンサートが終わると、外でワインを並べて待っていてくれたのでした。ブルゴーニュではよくある習慣だけれど、今回行ったシャンパーニュ地方では思いつきもしないことかな。下手な演奏でも、最後に1杯なんてやったら、気持ちよく帰れたのに。

でも、この日のコンサートは15ユーロ。疲れるために2,000円払うのは高い? でも、文句は言えない価格ではあります。

そもそも... と、友人はまだ文句を続けてる。
オランダ人は音楽が苦手なんだ。オランダ人の作曲家、知ってる?

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団があるじゃない、と私。昔は素晴らしかったけれど、今はレベルがガタ落ちした、と返事されました。そうですかね?...

でも、オランダは、音楽より絵画に優れた国かもしれない...。

ともかく、この日の演奏は酷かった。音楽学校の生徒の発表会だって、もっとマシだったと思う。

でも、そういうのを聞くのも興味深いです。素晴らしい演奏ばかり聞いていると、難なくあんな風に演奏できるのだと思ってしまうもの!


余計なことまで思い出してしまった

何年も前、友人たちとミニコンサートを開いたことがありました。ピアノを弾ける人、ヴァイオリンが弾ける人などがいたからです。

歌を習いだしたという友達が、とんでもない声でベルリオーズの歌曲を歌う。ベルリオーズの歌曲は、プロでも歌える人が少ないと言うのに。私も勇気を出してピアノに向かい、モーツアルトのソナタを弾いてしまった..。

皆の演奏が終わると、さぁ~、食前酒を始めようや、ということになりました。結局、みんなで食事をするためのアトラクションだったミニコンサートなのでした。

あのときに比べたら、今回のオランダ人のオーケストラは遥かにまともでした。 友人たちと集まって楽しくやったのですが、その後、誰ひとりとして「また、やろうよ」とは言いません! 身のほどをわきまえるのは大切なことだと思う...。

続きへ: フランスの美しい女の子

ブログ内リンク:
フォントネー修道院のコンサート (2)  2008/07/13
★ 目次: 宗教建築物に関する記事

外部リンク:
☆ Weblio辞書: オランダの作曲家の一覧


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2012/12/27
1カ月前のことなのですが、友人に誘われてカラオケに行きました。カラオケ専門のバーではなくて、週に1回だけカラオケをやっているカフェですが。

友人の家で食前酒を済ませてから車に乗り、30キロくらいを走って町に到着。

よく通る町なのですが、真っ暗になってから向かって行くと妙な気分。必要以上に遠く感じました。

盛り場が好きな若者たちは、こんな思いをして出かけて、それでお酒に酔って帰ってくるわけですか。大変なんですね。橋から落ちちゃったとか、木にぶつかって即死したとか、事故が多いのも理解できました。

フランスでは、こういう夜に賑わうところに行くことがないのです。私にとっては珍しい体験なので、写真などとったりして観察してしまいました。


ひざまずくポーズって...

まず驚いたのは、注文をとりに来たお兄さんのポーズでした。ソファーに座っているこちらに合わせて、床に跪くということをフランスでもするんですね…。



こんな場面を写真に撮るなんて不自然なので、「ハンサムな青年だから」と言い訳をしました。 好きなタイプではないけど、おだてなきゃ!

「ほらね」と言って、この写真を彼に見せました。

実は、フランス人が跪く姿は、私にはとても不自然に見えるのです。

これを始めて見たのは、パリの日本航空のVIPラウンジ。フランス人女性が、こうやって飲み物を出してくれたので仰天しました。

ホステスさんでもないのに...。それに、スチュワーデスとして働くには歳を取ってしまったから配置転換されたのだろうな、と思える人だったので、余計に同情して、身につまされました。

イスに座る文化の人が床に膝をつく、というのは非常に屈辱的に感じるのではないかでしょうか? 日本航空にクレームを送ってあげようと真剣に思ったのですが、余計なお世話なので思いとどまりました。変に受け取られたら、彼女はその仕事からも外されてしまうかもしれないから。
 
でも、そのあとは、日本航航空のラウンジでそうやる人を見たことがありません。

カフェのお兄さんは、気にしないで役をこなしているように見えました。

でも、愛想が悪いフランス人に慣れているので、こういうのを見ると、やっぱり奇妙な気分になります。フランス人としての人格が歪められてしまったのではないか、と心配になる!


さすがブルゴーニュのバー♪

2番目に驚いたのは、ワインがおいしかったこと。



こういう場所で出るアルコール飲料は、おいしくないのに高いだけ、という先入観を持っていたのです。

ここはブルゴーニュだからというせいもあったのだろうな...。
かなり美味しかった♪

ちなみに、この日に注文したのは、次のブルゴーニュワイン2種類でした:
  • シャブリ 1級 (白ワイン)
  • ジヴリー 1級 (赤ワイン)
常連さんが、その2本が美味しいのだと選んでくれたので。


ちょっと簡素すぎるカラオケ装置だけど...

行ったのは田舎町にあるバーなので、カラオケの装置は日本で見るものよりかなり劣るだろうな、と思っていました。

みごとに予想が的中!

プレゼンで使うようなスクリーンが設置されていました。

週に1回カラオケをするための装置だから、しまうのも簡単なようにしているのでしょうね。でも、全く暗くなっているわけではないので、安物のスクリーンに映る画像は見にくい。

歌詞は大きく出てくるので、それは歌っている人がよく読めるはずですが、そのバックにある画面なんか何も見えない!



スクリーンの前にはテーブルが設置されていて、カラオケを操作するパソコンが置いてありました。

そこにDJが座っています。

日本でも、DJがいるところがありますか? カラオケは好きではないので、日本でもめったに行かない私は見たことがありません。

フランスでは、食事会の後にはダンスパーティーになることが多いのですが、人間が歌うのが好きみたいです。予算がある食事会なら、何人ものプロを呼んで歌わせます。だから、カラオケでも、機械だけにやらせるのは避けるのではないかな?...

歌いたい人がカタログを眺めて選ぶのは、日本と同じ。紙に書いたリクエスト曲をDJに渡して、曲を流してもらう、というシステムでした。

DJの彼は、パソコンを操作して音量調査もできる人というだけではなくて、かなり上手に歌える人なのでした。ルックスも悪くない。

リクエストが途切れた時間に歌ったり、音痴が登場すると一緒に歌ったりしていました。

こういう人がいるのは良いですね。

声量がよすぎる人が歌うと、音が割れて頭が痛くなる。音痴が歌っていると、気が狂いそうになる。なので、DJが歌ってくれるのは息抜きになりました。

彼は声をどのくらい出せばスピーカーに通りが良いかも分かっているので、聞いていて気持ちが良い。他の人が歌うのをやめて、彼だけが歌えばよいのに... とさえ思ってしまいました!
 
むかしフランスで初めてカラオケに出合ったのは、友人の結婚披露パーティーでした。

写真を探してみたら、9年前のこの場面 ↓



右手に映っているピンクのクロスの上にのっているのがパソコンで、画面は歌詞が動いて流れるだけのものでした。

それからいくと、今回のカラオケバーは進歩していた!

フランス人は人前に出ても、ものおじしないで俳優よろしく劇をやってしまうので、カラオケなんかも喜ばれるだろうと思ったのですが、日本のレベルまでには行っていないですね。

でも、これは田舎のお話しなので、パリなどには立派なのがあるだろうと想像はします。


これって、どうしたの?!

みんなはビーフステーキなどの一皿料理をとっていましたが、私はチーズの盛り合わせにしました。食べきれなかったら、皆が食べてくれるだろうと思ったので。

ここに来る前には、合流して一緒に車に乗って行く人の家に行っていました。そこで食前酒とおつまみを食べていたので、バーに到着したときにはお腹がいっぱいだったのです。

出てきたのは、これ。



これが出てきたときには、フランス人たちもびっくりしていました。すごい量なのです。

一番上に入れた写真で確認すると、これは13ユーロですね。
 
安いチーズばかりなので美味しくもない。
良いチーズを少し出してほしかった...。

私は当然ながら、ほとんど手を付けなかったのですが、みんなもちっとも食べてくれない。ほとんど残ってしまいました。

食べやすいように小さく切っているところを見ると、みんなでつまむための一皿だったのでしょうね?...

なんだか、日本でやりそうな出し方。フランスでも、ナイトクラブみたいなところではこんな出し方をするのか... と、感心しました。


またカラオケに行く機会はないだろうと思うので、忘れないようにメモしてみました。

誘ってくれた人に「また行きたい」と言ったら喜んで連れて行ってくれるだろうけど、1回体験しただけで十分です...。

ブログ内リンク:
カラオケがフランスに定着してきたのかな?… 2012/11/17
★ 目次: ワインなどアルコール飲料に関するテーマ
★ 目次: 乳製品(チーズ、バター)に関して書いた日記


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2012/11/17
もう少ししたら私が日本に戻るので、その前に、と、友人が夕食会を開いてくれました。

ねんじゅう行ったり来たりしているのだから、送別会を開いてくれなくても良いのだけれど、地球の裏側に行くとなると特別な思いになるらしい…。

食前酒の後に食事が始まって、と、いつものパターン。

ところが、チーズを食べ終わったあと、食事をしていた部屋の片隅で、パーティーを開いた友達がカラオケを始めました。



へぇ~、カラオケを始めたの?!

フランスの家は広いので、どこでも大きな画面のテレビを入れ、ホームシネマにしています。

だから、カラオケをしようと思えば、マイクとCDを買えばできてしまうわけなのでした。

ひと昔前、日本の田舎では、どこの家にもあるのではないかと思ってしまったカラオケ装置なんかはいらないわけなのですよね。

歌い始めた友達は、優しい声で歌うので良いのですけど、その後に、声楽を習ったという男性がデュエットで加わりました。

オペラ歌手よろしく、すご~い声量! もちろんマイクは使わないのですけど、コンサートホールでも声が響き渡るような声。

音程も良いから、お上手。

でも、まずいのは、このお家の構造。天井が低いのです!

息子さんが日曜大工が得意なので、断熱効果が良いように、と天井を低くする工事をしてしまったのです。

この日は10人くらいが集まっただけなのですが、声が反響してしまっている。それなのに、ボリュームいっぱいで歌われたら、たまりません。

頭がガンガンしてくる!


テーブルに残っていた招待客の私たち...。

ひとりが、パーティーを開いた奥さんの名前を呼んで、「2分あったら、デザートを出してくれるかな~?」なんて声をかけるので大笑い。

ありがとう~!

カラオケって、好きな人は大好きだけれど、好きじゃない人は、好きじゃないのですよね...。

私は、好きじゃない組。

それなのに、少し後の週末に、カラオケ装置があるカフェに行くことになってしまっていたのでした。

「Karaokéには意味があると聞いたけど、どういう意味?」と、聞かれました。

わぁ、たまたま私が知っていることは、どんどん聞いてくださ~い♪!

「空のオーケストラ、という意味よ」と、嬉しそうに答えた私。

それで、カラオケに行くのも私は喜ぶと思われてしまって、カラオケが楽しめるというカフェに予約を入れられてしまったのでした...。

日本ではカラオケは珍しくないのだし、東京で集まったときに行かないようにするのに苦労しているのに...。それに、フランスの田舎にあるカフェのカラオケ装置の音響なんて、酷いレベルだろうから怖い。

せっかく企画してくれたって、行くのは嬉しくないです...。
でも、始めからはっきり意思表示していなかった私が悪かった!...


カフェのカラオケに行かなきゃならないと気が重くなっていたのに、その前に、友人の家でフランス式カラオケの洗礼を受けさせられてしまったのでした...。

フランス人は、人前で笑い話の寸劇をするのも得意なくらいなので、ジェスチャーたっぷりに歌うのもやってしまう。これからは、もっとカラオケがフランスで流行るのかもしれないな...。

でも、この日にビデオで流していたカラオケは、日本のに比べると、かなりレベルが低いと思いました。画像が安上がりに作られていて、どの曲でも変化がない。曲によって、歌詞の文字しか流れていない、など...。

でも、何年か前に、友人たちの結婚披露宴で見たカラオケよりは、ずっとマシ。あの時は、コンピュータに字幕が流れる、という、驚くべきものだったので。

日本の最近のカラオケ装置は、どんな音痴が歌っても、いっぱしに聞こえる音響と音量調整があると感心したのだけれど、テレビにマイクをつないだくらいでは、そんなのはない。

連れて行ってくれることになっているカフェだって、日本のカラオケに比べたら、笑いたくなってしまうようなものではないかな?...

- 続く -


ブログ内リンク:
フランスのカラオケバーに行って驚いたこと 2012/12/27
後日、カラオケバーに行ったときの日記


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2012/04/18

シリーズ記事 【スペイン、パラドール巡り旅行】 目次へ
その27: Cardona


フランスとの国境から遠くないところにあるカルドナの古城が、私たちのスペイン旅行の最後に泊まる宿となりました。



建築は9世紀。いかにも要塞のための城という姿。私が最も好きな城のタイプです。





とても広いホテルです。チェックインすると、城の内部を示した地図をくれました。これがないと、自分のいるところからレストランに行くにも、どの階に行って良いのか分からなくなってしまうからでしょう。

☆ ホテル情報: Parador de Cardona


前回の旅行で、一番気に入っていたパラドールだった

このホテルをパラドール巡りの最後に利用したい、と言ったのは私でした。

以前に泊まったことがあるパラドールの中で、ここが一番気に入っていました。初めに利用してしまったら、その後に泊まるパラドールで幻滅してしまうのではないかと思ったのです。

今回行ってみると、私が一番好きと思ったのは、ここにある教会で思い出があったことが最も大きな理由だったのかも知れないと思いました。今回利用した9つのパラドールの中には、ここカルドナと甲乙つけがたいホテルもあったからです。

カルドナの城は山の上にあるので、歩いて町に出て散歩することができません。城の敷地の中を歩いてみるしかできないのがつまらない。しかも、雨も降る天気なのでした...。




思い出の教会が、こんな姿に?...

カルドナのパラドールには、小さなロマネスク教会があります。

この教会はNPOだろうと思う組織が管理しているので、入場料を払って見学します。その前に泊まったアルカニスのパラドールにある教会も同じ仕組みでした。

今回も、前回も、夕方に到着したので、教会の開館時間を過ぎていました。翌朝を待たなければなりません。

でも、前回に行ったときには、あたりが暗くなったころ、教会から光が漏れているのが見えました。

もしかして、入れるのかな?...

ドアを開けることができたので中に入ってみると、誰もいません。ロマネスク教会が大好きなのです。それで静かな教会を見てまわりました。

祭壇の向かい側にある2階の部分にあがって教会内を眺めていたとき、誰か人が入って来たのが分かりました。



こちらには気がつかない様子。

入ってきた男性は、入口近くの柱の前に置いてあったイスに座り、ヴィオラ・ダ・ガンバを引き始めました。

チューイングもほとんどなしで、いきなり素晴らしい演奏が始まりました。夜のロマネスク教会に響く音が余りにも美しい...。



コンサートのように祭壇のところで演奏しているのではありませんでした。上の写真の右端のあたりです。

それにしても、何と美しい響きでしょう...。

そっと覗きこんで姿を見ると、中世音楽を得意とするジョルディ・サバール (Jordi Savall )に似ています。

このころ、テレビで見た映画『Tous les matins du monde(めぐり逢う朝)』 で音楽を担当していたのがジョルディ・サヴァールだったので、興味を持ち始めていた演奏家だったと思います。

『めぐり逢う朝』の原作を書いたのは、現在生きているフランスの作家の中では最も知的レベルが高いと言われるパスカル・キニャール(Pascal Quignard)。

ストーリーは、右に入れたDVDの説明をご覧ください。


Tous les matins du monde
(映画・めぐり逢う朝:サウンドトラック)

ストーリーも心にずっしりと響くお話しで良かったのですが、なにしろ音楽が素晴らしいのです。

サウンドトラックのCDを買って、落ち込んだときなど、心の安らぎが欲しいときに聞く音楽の一つにしています。

このCDに履いている曲のさわりは、フランスのアマゾンのこのページで聞くことができます。

※曲の題名リストの上にある「Tout écouter (全部聞く)」のボタンを押すか、曲ごとに一番左にあるマークをクリック(別のボタンを押すと買い物カゴに行ってしまいます!)。

映画『めぐり逢う朝』でも使われていた曲:


お邪魔をしては悪い。2階席にいたので、その壁の後ろにうずくまって、ヴィオラ・ダ・ガンバの切ない音色に聞き惚れました。

帰国してから、持っているジョルディ・サヴァールのCDで確認してみると、カルドナのロマネスク教会で録音したものがかなりありました。彼はカルドナがあるカタルーニャの人でもあるので、ここを録音スタジオとして使うのがお気に入りのようです。

ホテルのフロントの横にあるショーケースには、彼のCDが幾つも並べて売られていました。従業員に聞いてみると、サヴァールは年に4回来るとのこと。前回にホテルを利用したときに演奏を聴くことができたのは、本当に幸運だった、ということでしょうね。

今回も教会に入ってみたのですが、ジョルディ・サヴァールがいないので物足りませんでした。

旅行仲間には美しいソプラノで歌う友人がいたので、彼女にアヴェマリアを歌ってもらいました。他には誰もいないので、そんなおふざけができたわけですが。

気がついたのは、この教会はそんなに反響が良いわけではないこと。

エコーがすごくて、私の名前を呼んでもらうと、天井から天使の声で呼ばれているようにこだまが聞こえるところも小さな教会もあるのですが、ここはそうではない。演奏するには適度な音響効果なのでしょうね。

それにしても、思い出のロマネスク教会は哀れな姿になっていました。

落石があったらしく、天井の部分はすっかりネットで覆われていました。2階席の部分も立ち入り禁止。それでも、思い出の場所なので、チェーンをよけて入ってしまいました。

ジョルディ・サヴァールの奥様(ソプラノ歌手)は昨年に亡くなってしまったそうですが、元気に演奏活動を続けて欲しい。そして、彼にとっても大切なカルドナの小さな教会を早く修復して欲しい...。


パラドール、大丈夫なのかな?...

帰ってきてからニュースでちらりと知ったのですが、パラドールは経営難に苦しんでいるらしい。

カルドナのパラドールも、せっかくのロマネスク教会が修復もされないで放置されていた。そこに行く庭にあるアーチも、お金をかけないで修復してしまったと思わせるものでした。



パラドールは国営ホテルと思っていたのですが、1991年から大半は会社組織が収益性を考えて経営になっているようです。今年2012年の初めには、政府がパラドールを民営化することを検討すると発表し、手始めに最も収益性が低いパラドールを民間の投資家に譲るとか。

スペインも財政難なのですね...。
今回の旅行では、ゼネストにもぶつかってしまっていました...

― スペイン旅行の続きへ ―


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2012/01/15

シリーズ記事 【イタリア経由 クロアチアへの旅】 目次へ
その37
コート・ダジュール (1-2) サン・ジャン・カップ・フェラ


私がフランス語を勉強していた時代は、今のようにインターネットでいくらでもフランス語を耳にするようなことはできませんでした。それで、興味がなくてもフランス映画なら見に行ったり、家ではシャンソンを片っ端から聞くようにしていました。

通っていた東京日仏学院の図書室では、レコードやテープを貸してくれました。聞いていたシャンソンの中で、好きな歌手の一人にジャン・フェラがいました。

前回の日記からサン・ジャン・カップ・フェラ(Saint-Jean-Cap-Ferrat)という町に行ったことを書いているのですが、そこに泊まってみようと思ったのは、ジャン・フェラ(Jean Ferrat)の名前に似ていたからでもありました。


ジャン・フェラという名のシャンソン歌手

フランス語を耳にすると、全く関係ないものも結び付けてしまうので、フランスの友人たちに面白がられることがよくある私です。

でも、この町の名と歌手のジャン・フェラは無縁ではなかったようです。

本当なのかどうかは確かめていませんが、フランス地図にあったサン・ジャン・カップ・フェラという名を見た彼は、芸名をジャン・フェラにしたとのこと。本名はJean Tenenbaumでした。

フェラ(Ferrat)という音は響きが良い、と私は感じます。フランス語独特の発音をする「R」が入っている名前が好きなのです。

フランス人にジャン・フェラが好きだと言ったら、「あなた、コミュニストなの?」と茶化されたので驚いたことがありました。ジャン・フェラは共産党支持者として知られている歌手なのだそう。

でも、シャンソンを聞いていた当時の私は、そんなことを歌からくみ取ることはできませんでした!

歌の中で知っている単語を聞き分けていた程度。「アラゴン」という単語は、ギリシャ神話かなにかに出てくる人物かと思っていたのです。それがジャン・フェラと親交が深かった詩人ルイ・アラゴン(Louis Aragon)のことだと、私を茶化した人から教えてもらって初めて知ったのでした。

歌詞の深い意味までは分からないで聞いていたのではありますが、ジャン・フェラの歌には何か訴えかけるものがありました。それで私は彼の歌が好きだったのだろうと思います。



ジャン・フェラは1930年生まれ。11歳のとき、ユダヤ人だった父親はナチスに捉えられ、アウシュビッツに送られていました。

歌手として成功した彼はショービジネスに嫌気がさして、早々に引退してしまいました。それでも彼のフランスでの人気は根強かったらしく、2010年に亡くなったときには大きなニュースになっていました。コミュニストだったというのとは全く関係のない人気だっただろうと思います。

歌手生活は長くはなかったとしても、ジャン・フェラは200曲を残したそうです。
ジャン・フェラのアルバムを検索



Jean Ferrat - Ma France par cantalou7301


ところで、サン・ジャン・カップ・フェラ(Saint-Jean-Cap-Ferrat)という名前。「サン・ジャン」は聖ヨハネ。「カップ」は岬。「フェラ」の語源はラテン語にあって、ferrus(野生の)あるいはferratus(草の生い茂った)なのだそうです。

今では風光明媚なことと温暖な気候があるために、お金持ちが家を構えていることで知られているサン・ジャン・カップ・フェラなのですが、昔は何もない岬だったのでしょうね...。



― 続く ―


ブログ内の関連記事:
★ このシリーズ記事の目次: イタリア経由 クロアチアへの旅
★ 目次: フランスで耳にする歌 (シャンソン、童謡など)
目次: 旅行したときに書いたシリーズ日記のピックアップ

情報リンク
Jean Ferrat
INA(フランス国立視聴覚研究所)サイトでJean Ferratのビデオを検索
Site Jean Ferrat
ルイ・アラゴン
Saint-Jean-Cap-Ferrat


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2011/11/10

»シリーズ記事 【パリとピカルディー地方の旅行】 目次へ
その11: パリ観光 (11) 音楽/マドレーヌ寺院


マドレーヌ寺院について前置きが長くなりましたが、無事に夕飯の食材を仕入れることもできてコンサート会場に入りました。 

やはり、この教会は奇妙です。柱などで区切らずに広々とした空間を作ったという感じ。


ショパンの葬儀ミサの再現

今回の旅行で行ったもう1つのサント・シャペルのコンサートは場所から選んだのですが、こちらは演奏の内容から選びました。

フレデリック・ショパンの葬儀を再現するという企画だったのです。ショパンの葬儀が行われたのは、ここマドレーヌ寺院だったようです。

教会に行ったらパイプオルガンを聞きたいと思う私。この日もパイプオルガンから始まりました。これが葬儀の参列者を迎えるための演奏だったのでしょうね。

背後にあったパイプオルガン


教会でパイプオルガンを聞きたいと思うのは、コンサートホールにあるパイプオルガンの響きとは全くことなっているからです。普通の大きな教会では、祭壇を挟んで左右に「シャペル(チャペルのこと)」と呼ばれるプライベートな礼拝堂のくぼみがあるので、パイプオルガンの響きがそこに入ってまた出てくるという不思議な効果があるのです。

でも、教会内部がドデ~ンと広い空間になっているマドレーヌ寺院ではその複雑な響きがでません。でも、パイプオルガンを聞けたので満足。

ショパンのプレリュードと葬送行進曲、それからモーツアルトの「レクイエム」というプログラムでした。このコンサートに行こうと決めたのはレクイエムにひかれたからでした。

宗教音楽は教会や修道院で聞くのが一番。それに、モーツアルトの作品の中では「レクイエム」が一番好きなのです。ご本人が完成させた曲ではないけれど、他のモーツアルトの曲は無理に明るくしている部分が必ずあるので、聞いていると胸がつまっていたたまれなくなるのです。その点「レクイエム」はどっぷりと悲しみにひたることができるのでフラストレーションが全くありません。



私は葬式も墓も欲しくないと思っているのですが、こういうミサの演奏会ができたら嬉しいなと思ってしまいました。日本には美しい歴史的建造物である教会がないから無理でしょうが、フランスではお金さえあれば可能です。

葬儀ミサと呼ぶには司祭さんに登場してもらわなければならないわけですが、私はコンサートだけで良いのです。

入場料は無料にして、演奏を聞きたい人たちに自由に入ってもらう。できるはずはないけれど、そういうことができたらな…。

レクイエムの中で、もう一つ好きなのはヴェルディ―のレクイエム。これは威勢がよくて良い。無料の葬儀コンサートを企画するなら、ヴェルディ―を選びます。来てくれる人は悲しい気持ちになる必要は全くないのですから!




コンサートのハプニング

オーケストラに太鼓が見えないので、モーツアルトのレクイエムでは太鼓を使うのではなかったっけ? と気になっていました。途中からドラムの響きが聞こえてきました。あれ? 見えなかっただけで、ちゃんといたんだ…。

演奏が終わってから、指揮者が挨拶したときに謎が解けました。



「ショパンの葬儀とは違う点が1つだけありました」

ドラム奏者が渋滞に巻き込まれて遅刻したので、始めの方ではドラムの音が入らなかったのだそうです。

この時の指揮者Paul KUENTZは、ちょっと面白い人です。パリで行ったコンサートで何回か指揮をしているのに出会ったのですが、おもしろいことをおっしゃる。

「孫が生まれたときなので今日は嬉しいんです」なんていうのは序の口。ある時は、「演奏中には咳をしないようにお願いします」と始めたのですが、すぐに咳をする人がいました。「するな」と言われると出てしまうものなのですよ! すると、演奏はストップ。すぐに再開しましたが、そこまでしなくても~!

この日も、ドラムがないことを言うまえに、「ご静粛に演奏を聞いてくださって、どうもありがとうございます」というひと言がありました。途中で子どもが泣く声が聞こえたのですが、指揮者には聞こえなかったのか、あるいは皮肉で言ったのか?…

ドラムがないけれど始めてしまおうというのは、指揮者の判断なのでしょうね。目立つ曲、例えば、太鼓の連打から始めるブラームスの『交響曲第1番』などだったら、ドラムなしで始めてしまうことはできないのではないかな?…



ドラムがないくらいは許せるかもしれない。フランスの友達の中に、コンサートに行ったら楽器がそろうまで1時間くらい待たされた経験を持っている人がいます。

ロンドンから来たオーケストラだったのですが、団員は無事到着したものの、荷物、つまり楽器の方が行方不明になってしまったのだそう。それで急きょ、フランス中から楽器を取り寄せたのですが、開演ぎりぎりになっても届かない楽器があって、到着を待つはめになったのだそうです。

日本だったら、こういう場合でも即座に対応して観客には何も分からない状態でスタートするだろうと思うのですが、何をやっても遅いフランス!


コンサートが終わってから、遅刻した問題の太鼓の写真をとりました。




パリで見落としてはならない教会はどこだろうか?…

サント・シャペルが美しかったのに比べて、マドレーヌ寺院はフランス帝政期の香りがプンプンで美しいとは思いませんでした。

それで、歴史や美術に関心が深い友人に「パリに初めて来た人が見るべき教会って何処だろう?」と聞いてみました。

ノートルダム大聖堂は有名だけれど大きすぎて、教会見学の感動が薄れるというのには友人も賛成。美しいステンドグラスも高いところにありすぎて、よく見えない。

聖堂が大きすぎるというだけのせいではないと思うのですよね。ローマのサンピエトロ大聖堂などは、いつまでも歩き回りたくなるくらい美しいです。こんな立派なのを作ってしまったら宗教革命がおこるのも理解できるな… とも思ってしまう。

友人に「私はサント・シャペル」と言ったら、「あれはチャペルであって、教会ではない」と言われえてしまいました。私にとっては、チャペルも教会の一種なのですけど。

友人は、少し迷ってからサン・ロック教会(Eglise Saint-Roch)をあげました。自分にとって大切な何か(何だったか忘れた)があるせいだけれど、という注釈つきで。

Eglise Saint-Roch

サント・シャペルを除くと、パリで絶対に見る価値がある教会は何処だろう?… やはり、パリではミュージアムが最も行く価値があるのではないかな?...

フランスの教会にあった見事な芸術作品というのは博物館入りすることが多いのです。その点、イタリアの教会に行ったときには感激します。教科書に出てくるような有名な絵画が飾られているのですから。

だから私がフランスで見学するのが好きなのはロマネスク教会なのかもしれない。内装にあった壁画はほとんど消えてしまっているのですが、石の彫刻は残っているので。



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★ 目次: 教会など宗教建築物に関する記事ピックアップ »  教会や修道院でのコンサート
★ 目次: クラシック音楽
★ このシリーズ記事の目次: パリとピカルディー地方の旅行
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ

コンサート情報(samedi 29 octobre 2011 20:30 Eglise de la Madeleine):
FUNERAILLES DE CHOPIN (comme en 1849)
MOZART : Requiem et Ode funèbre
CHOPIN : 2 préludes et Marche funèbre.
Solistes : Yoann TARDIVEL, orgue - Erminie BLONDEL, soprano - Yété QUEIROZ, alto - Hervé LAMY, ténor - Jean-Louis SERRE, basse. Chœur, Orchestre et direction Paul KUENTZ


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2011/11/02

シリーズ記事 【パリとピカルディー地方の旅行】 目次へ
その5: パリ観光 (5)


パリに行ったとき、いつも行きたいと思うのはコンサート。今回のパリ滞在でも、2つのコンサートのチケットをインターネットで入手していました。

1回目のコンサート会場はサント・シャペルSainte-Chapelle)。13世紀半ばに建築された非常に美しいチャペルです。


チャペルの入口は裁判所!

サント・シャペルに行くための方法は少し奇妙です。チャペルに隣接している裁判所から入るので、検問所のチェックを受けなければなりません!

空港のセキュリティーチェックに比べたらずっと簡単。裁判所の建物に入って階段を登りました。中庭を横切っても良かったのかな?...



サント・シャペル(聖なるチャペルの意味)は裁判所のチャペルなわけではありません。

もともとはフランス王の宮殿Palais de la Citéの中にあったチャペルで、宮殿だった建物の一部が今では裁判所として使われているというだけのことです。

マリー・アントワネットが処刑される前に入れられていた牢獄として知られる観光名所コンシェルジュリーも、この宮殿の一部でした。

階段を上がったあと、広い廊下を横切りました。



実は、私はフランスでは裁判所を訪問するのが好きです。そうフランスの友達に言うと変な顔をされるのですが、「Palais de justice(裁判所)」は見事な建物であることが多いので見学する価値があるのです。

このパリのPalais de justiceも、昔の宮殿だった建物ですから立派なのも当然。裁判所だと思って眺めると、なんだか厳かで良いな… と感じてしまいます。 ここで裁判を受けてみたいとまでは思いませんが!


美しいステンドグラスで名高いサント・シャペル

このチャペルには2つのフロアーがあり、両方ともステンドグラスが非常に美しいです。初めて行ったときには、余りの見事さに唖然としたのを覚えています。

この日のコンサート会場は上の階でした。一面がステンドグラスで、高い天井を支えているのは細い柱しかありません。今日でもどうやって可能なのかと不思議なのだそう。



チャペルの外から入れなかったのが残念でした。夜なので、中に入るとステンドグラスは真っ黒にしか見えないのです。教会に明かりがつけられているときには、外から眺めらるとステンドグラスがよく見えるはずなのに…。

パリのサント・シャペル3Dビデオ予告版:



ピアノフォルテでのショパンの演奏

席に座って開演を待ちます。



ステンドグラスは黒いものの、彩色を施された彫刻が美しいので見とれました。

ピアニストが登場すると観客席の方の明かりが落とされ、正面の天蓋がライトを浴びました。

金箔が光って美しい。

城などの内装に金箔を使ったのも、ロウソクの光でも室内が明るく感じられるようにという意図があったとガイドさんから聞いたことがあります。

演奏されたのはショパンの作品がメインでした。
 
演奏中も美しい教会を眺めながらも聞けるのが嬉しいです。古い教会でおこなわれるコンサートは、椅子の座り心地はひどく悪いのですが、雰囲気があって大好き。

広すぎない会場はピアノコンサートにはぴったり。でも、少しロマンチックなショパンの繊細さに欠けるピアノの演奏に聞こえました。

後でわかったのですが、使われていたのは、ショパンの時代のピアノフォルテだったのです。



演奏が終わってから、ピアニスト(ピンク色のジャケット姿の女性)に質問している人たちの話しからピアノフォルテであると知りました。鍵盤が小さいので、ピアノになれているため鍵盤の位置を間違えそうで難しいのだそうです。

ちなみに、この日のピアニストはアルメニア出身のVarduhi Yeritsyan(ヴァルドゥイ・イェリツィアン)でした。日本でも演奏活動をしている女性のようです。

ピアノの弦の部分を覗いてみたり、チャペルの中を歩いて見学して、ゆっくりサント・シャペルを後にしました。





ブログ内の関連記事:
★ このシリーズ記事の目次: パリとピカルディー地方の旅行
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
19世紀半ばのピアノで演奏されたショパンを聞く 2013/08/10
目次: 旅行したときに書いたシリーズ日記のピックアップ

情報リンク
コンシエルジュリーとサント=シャペル
☆ 観光ガイド: サント・シャペル
サント・シャペルの写真アルバム: Photos de la Sainte Chapelle à Paris
☆ 動画: La Sainte Chapelle (1248), Paris, Ile de la Cité


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2011/08/20
フランスのテレビチャンネルの中で好きなのは音楽チャンネル「Mezzo」。歴史的記録が残るようなコンサートを毎日見ることができるので、クラシック音楽ファンには感激的なチャンネルです。この番組を見たいがためにホームシネマのシステムを設置してしまったのですが、その価値がありました。

もっとも、クラシック音楽ファンに限定していたら経営が成り立たないせいか、私には苦手なジャズも組んでいます。でも、日本にはこんなチャンネルは有料でも存在していないのではないでしょうか?

東京にいて、経済的に余裕があったら、パリなどに住んでいるより著名なアーティストのコンサートに行けるのは確実だとは思います。でも、フランスの、しかも田舎にいて、一生思い出に残るようなコンサートに行くのは容易ではないのです。

下手なコンサートに行ってがっかりするより、Mezzoの映像を見ながらホームシネマのスピーカーで流れる迫力ある音楽を聞く方が良いのではないかと思ってしまいます。生演奏には捨てがたい魅力はあるのですが、万難を排しても行きたいと思うほどのコンサートがめったにないのですから仕方ない…。


テレビでベルリンのコンサートを見る

そのMezzoで、今日はベルリンで毎年行われるピクニックコンサートの、昨年の映像を見ました。ワルトビューネ(Waldbühne)野外音楽堂で行われた大規模なコンサート(実況中継されたときのプログラムはこちら)。 

音楽の国ドイツならではのイベント。ドイツに住みたかったな… と思ってしまう瞬間です。

でも、実際にその場にいたら、テレビで見るほどの音響効果もないし、遠くの席だったら演奏者たちの姿も望遠鏡で見ないとみえないという状況なので、その場にいられなかったのは残念ではないのだそ、と自分に言い聞かせました。

聴衆が音楽に酔いしれる森のコンサート会場の雰囲気が素晴らしい!
しかも、ベルリンフィルの演奏という贅沢さ、…。

ベルリンフィルの演奏を聞くにはどこまで行ったら良いのだろう?… 一度だけブルゴーニュでコンサートが行われたときに演奏を聞いて虜になってしまいました。

そのとき演奏されたのは全く私が好きでない曲ばかりだったのですが、ベルリンフィルがブルゴーニュなんかに来る機会は一生に一度だと友人たちに誘われて行ったのです。

素晴らしかった(ため息)…。

個々の団員がソリストという感じで酔いしれて演奏しているのに、全体としてぴったりと息があっているのです。生演奏を聴く迫力でしょうね。噂には聞いていたけれど、ベルリンフィルがこんなにすごいものだとは想像できていませんでした。

東京にいたころ、カラヤン指揮のコンサートが話題になって、チケットを買おうかと思ったことがあったのを思い出します。

今となると、逃したのを後悔…。1カ月分の給料を叩けば席が確保できたでしょうから。カラヤンの指揮は大好きだったのですが、東京でコンサートをすると大騒ぎされたのがいけなかった。「有名」とか「ブランドもの」とか言われると、拒絶反応が出てしまうへそ曲がりな私なのです…。
 
カラヤンの氏を知ったのはギリシャ旅行をしていたときでした。アテネの野外劇場でコンサートが始まろうとしていたときに告げられ、みんなで1分間の黙とうをしたのでした。


テレビで視聴したルネ・フレミングの美しい声... :



この日のアンコールの愉快な演奏:


おどけて吹いているラッパは、あのブブゼラではないかと思ったのですが、そうだったようです。サッカーの応援道具で一躍有名になり、これを持ってきて吹いていた友人がいた食事会もあったほどフランスでも流行りました。
 
指揮者Ion Marinはルーマニア出身なので、アンコール曲はルーマニアの曲だったのでしょうか? ニューイヤーコンサートの雰囲気を出してくれるような楽しい曲で気に入りました。

こんなコンサートに行ってみたい...。


気取らないで楽しむのが好き

働くようになってコンサートのチケットを買えるようになったころ、手当たり次第にコンサートに行った時期がありました。今思うと、すごい演奏家のコンサートに行けたのです。東京というのは、そういう魅力があるところだと思う。

でも、なんだかいたたまれなかったのは、独特の雰囲気があることでした。

別にクラシック音楽ファンでもないけれど、トップクラスの演奏家が来るコンサートだから行く、という感じの人たちが多かったのではないかな?… 高いお金を払っているのだから… というギクシャクした雰囲気が嫌いでした。

日本人って、教養を身につけることに非常に熱心な国だと思う。音楽や美術に興味を持っているわけではなくても、有名な音楽家が来たり、有名な絵画が展示される機会があると、誰もが行くのですよね。そういうのはお金がかかるものでもあるので、フランス人は愛好家でなければ行きません。そういう日本人の、何でも勉強しようという態度が日本を発展させたでしょうから評価すべきだとは思います。

東京で通いつめていたクラシック音楽のコンサートに違和感を感じたのは、日本の気取ったフレンチレストランと同じ感じでした。おいしい食事を楽しもうというより、こんな凄いところに来るのだから、それなりの気取ったマナーで緊張して食事すべきなんだ… という感じかな?…

ある夏、ロンドンに駐在していた兄の家に遊びに行ったとき、兄が湖の畔で開かれるコンサートに連れて行ってくれました。

夏とは言っても夜のコンサートなので寒いだろうと、私は(兄に言わせると)乞食のようにみすぼらしい身なり。兄の方は背広姿にネクタイ。でも、会場に行ったら、イギリス人たちは寝袋なんかにくるまって音楽鑑賞している人たちも多かったのです。だって、イギリスって寒いのですよ。しかも、湖から夜風が吹いてくるのは想像できるではないですか?! 気取った兄は、コンサートの間中、寒い、寒いと震えていました。

私とは性格が正反対の兄にとって、イギリスは礼儀正しくマナーを守る国。すでにフランスの影響を受け始めていた私は自分のしたいようにして良いのだという性格を助長していました。でも、そんなイギリスでさえ、野外コンサートに寝袋姿で参加するというのを見て、やたらに嬉しかったのでした。


趣味に合った外国に住むのが幸運

それにしても思うのです。外国に住むことを満喫できるには、その国の長所を最大限に利用できる趣味を持っていることでないでしょうか?

ドイツなら、クラシック音楽が好きな人。
イタリアなら、歴史的建造物や絵画が好きな人。

それがなかったら、せっかくその国に住んでも8割くらいの幸運を逃してしまうことになるのではないでしょうか?

フランスだったら、何かな?…

私は広々とした田舎で、お金をかけなくても楽しめる人、と挙げたくなります。ヨーロッパ諸国の人たちは賛同してくれる人が多いと思うけれど、日本人にとっては「おフランス」的な要素が好きということになるような気がします。

でも、日本人がイメージする「おフランス」的な部分をフランスから摂取しようとしたら、実際のフランスの1%にもならないのではないかな?… そういう思いでパリに行ってしまうと、パリ症候群になってしまうケースもある…。


情報リンク:

私がテレビで見た昨年のワルトビューネの詳しい報告をしてくださっているサイトがあったのでリンクを入れさせていただきます。
2010 ベルリンフィル ワルトビューネ ピクニックコンサート 【4】

ベルリンも夜にコンサートをしたら寒いだろうにと思ったのですが、過ごしやすい夏の夜の雰囲気なので驚きました。でも、例年になく良い天候に恵まれた年だったようです。




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