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2017/03/12
ル・モンド紙のサイトに、歴史に痕跡を遺した10人の女性を選んだ記事がありました。日付が今年の3月8日になっているので、国際女性デー関連として作った記事のようです。

動画が入って、日本人らしき女性の姿が見える。誰を取り上げたのかなと興味を持ちました。


10 femmes qui ont marqué l’histoire


中野 竹子

10人の中に選ばれていたのは、幕末におこった会津戦争のときに婦女隊(じょうしたい)として武器を持って戦い、二十歳そこそこで命を落とした中野竹子(1847~68年)という人でした。

死後に描かれたという肖像画(法界寺蔵)がWikipediaに入っていました。



聡明で、かなりの美人でもあったようです。日本では、2013年に放映された大河ドラマの『八重の桜』にも登場していたそうですが、私は見ていません。

ル・モンドの動画では、主観的に10人の女性を選んだそうです。フランスだったら、まずジャンヌ・ダルクを入れるべきだと思ったのに入っていません。


中野竹子は、フランスでも知られた人物だったのでしょうか?

Wikipediaでもフランス語ページが出来ていたし、他にもフランス語の記事が幾つか出てきました。
☆ Wikipedia: 中野竹子 » Nakano Takeko


彼女にスポットを当てたドラマ仕立てのドキュメンタリー『Samurai Warrior Queens』が2015年に作られていました。


Samurai Warrior Queens TRAILER



Women Were Some of the Fiercest Samurai Warriors Ever


西洋人は「女サムライ」とか言って、気にいるお話しだろうな、と思いました。フランスでも、このドラマドキュメンタリーは『Takeko et les guerrières samuraï』という題名で放映されたようです。

50分の動画があったのですが、最近の私は「お国のために死ね」という言葉を聞くのにうんざりしているので見る気にはならなりませんでした。

12. 一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ

でも、全編が入っている動画なので埋め込んでおきます。


Takeko Et Les Guerrières Samurai

追記:
見たくないと言いながら、やはり気になったので視聴しました。日本ではこうなのだと紹介しているだけで、中野竹子の心理などについての掘り下げはなく、私には全くつまらない作品でした...。



女武芸者

Wikipediaでは、「Onna-bugeisha(女武芸者)」という項目が、英語でもフランス語でも出来ていました。もちろん、江戸時代の例として中野竹子に触れています。

こんな絵が添えられています。

Onna bugeisha
Une onna-bugeisha armée d'une naginata, l'arme de prédilection de ces femmes combattantes
Peinture de Kuniyoshi Utagawa
『誠忠義士傳』より「大星良雄内室 石女」(歌川国芳作)


女性が戦うとなったら、やはり薙刀(なぎなた)ですか...。

日本語の記事はWikipediaに作られていないようなので、日本では「女武芸者」をどう定義しているのか調べてみました。

江戸時代には「別式女(べっしきめ)」と呼ばれる女性のプロ剣術家がいた。大小(二刀)まで差し、眉を剃り、眉墨もせず、青く眉の跡が残っており、着物も対ツ丈に着て、引き摺っていない勇ましい格好をしていたらしい。

そして、武芸をたしなむ女性は「女武芸者」と呼ばれた。

Googleフランスで「onna-bugeisha」をキーワードにして画像検索すると、漫画風の絵もたくさん入っていました。フランスでは日本の漫画やアニメに人気があるそうなので、女武芸者はその当たりからも入って知られているのかな?...


中野竹子の写真として使われているのは、武芸者ではなくて、芸者?

他のサイトでも、歴史の流れを変えた女性の写真を並べていたので眺めてみました:
21 portraits de ces femmes, parfois méconnues, qui ont changé le monde

21人を選んだリストですが、11番目に大正・昭和期のフェミニスト木村駒子が入っていました。

もう一人、4番目に女武芸者として鎧兜姿の美しい日本女性の写真が入っていますが、名前は書かれてありません。

フランスの記事では、これを中野竹子の写真として入れているものもありました。でも、戊辰戦争のときにこんな記念写真を撮っていたとは奇妙ではないですか?

例えば、こちらは合気道クラブのブログらしきサイトに入っている女武芸者に関するPDFなのですが、スクロールして4ページ目に行くと、中野竹子として、同じ写真を入れています:
Onna Bugeisha ou femme Samuraï

この記事では、彼女は1868年に死亡とあるのですが、タイトルでは明治時代の女性サムライとされています。この写真が撮影されたのは明治時代のようなのですけれど、彼女はそこまでは生きていない!

つまり、フランス人が日本のことを書くといい加減になる? とすると、始めに入れたル・モンドの記事で使っていた写真も別人のもの?



Wikipediaに入っていた中野竹子の肖像画は、きつい性格の女性に見えるのですが、なまめかしい女性の写真もあったので奇妙だったのです。

Googleフランスで「takeko nakano」をキーワードにして画像検索すると、美しい女性の凛々しい姿が色々でてくきます。よく眺めて比較すると、眉毛や口元がかなり違うので、同じ人物には見えません。

どうやら、フランスのサイトで使っている中野竹子の写真は、芸者さんなどがポーズをとった写真のようなのでした:
☆ 写真で見る昔の日本: 鎧と女性

絵葉書らしき書き込みがある写真も多いので、日本にやって来た外国人たちのために作成していたのではないでしょうか?

絵葉書という習慣ができてからの写真だったら、江戸時代ということはありえないでしょうね。

絵葉書が好まれていたことを書いた過去の記事:☆ 洞窟で隠者のような生活した、ヨーヌ県の伝説的な男性の話し 2013/06/30


さすがに、日本で中野竹子について書いている記事では、フランスのサイトで使っているような女武芸者の写真は使っていませんでした。フランスの記事でも、下に情報リンクとして入れる真面目そうな記事ではイラストには使っていませんね。

なぜフランス人が中野竹子のことを知っているのかと思って、フランスのサイトを眺めてしまった私が悪かった! 日本のことなのだから、日本の情報だけを読めば良かったのだ...。

外部リンク:
☆ 会津物語: 戦場に咲き誇った一輪の花 中野竹子
中野竹子(なかのたけこ)と娘子隊(じょうしたい)
☆ 剣客商売の時代の剣術: 女武芸者
☆ 教えて!goo: 女性の“サムライ”は実在した?
Samurai Warrior Queens (TV Movie 2015)
☆ Le Monde: Dix femmes qui ont marqué l’histoire
Nakano Takeko, cheffe de l’ « armée des femmes «L'Histoire par les femmes
Nakano Takeko, femme samouraï
Nakano Takeko et le Jōshitai le mystère des ‘femmes samurai’

内部リンク:
★ 目次: 文学者・哲学者、映画・テレビ番組


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2017/03/03

フランスでは4人に1人は、祖父母の代にまで遡れば外国人の血が入っていると聞きましたが、そうだろうなと感じます。

私がいるような田舎にも移民の子孫はたくさんいますが、ヨーロッパ諸国から来た白人系ばかり。それ以外の出身者と出会うのは、県庁所在地のような大きな町。でも、フランスには色々な肌の人たちがいるのだと実感するのはパリですね。


絆創膏の色

だいぶ前のことですが、フランス人と話していて、想像してみたこともないことを言われました。どこかの会社が肌の色によって選べるバンソウコウを発売したのだそうで、すごいアイディアだ! と褒めていたのでした。

当時はインターネットは普及していなかったので、どんな絆創膏なのか想像してみただけだったのですが、今なら画像を探せました。なるほど...、こんなバラエティがありますか...。



色付きだと、こんなにも違うというのが、こちらの画像で効果を見ることができます。

日本では、いわゆる「肌色」以外のバンソウコウは売っていないのではないでしょうか? 探してみたら... そうそう、子ども用のキャラクター付きのがあった。面白いので、日本で買ってフランスの子どもにプレゼントしたことがあります。
  
それはお遊びで良いのだけれど、子ども用でもなさそうなのに、青やピンクの絆創膏もある!



何かと思ったら、工場内での作業に使うための目立つ絆創膏なのですって。剥がれて何かに紛れ込んでも見つけ出しやすいし、金属探知機で検知もできるようになっているのだそう。

便利になりすぎると、不便になることもあるのですよね。自動車が音もなく走ると、近寄ってきても分からないから轢かれてしまう。だから、ある程度は音を出して走るようにする。


肌の色は何色に分ける?

少し前に聞いたトランプ大統領の就任演説で、1つ気になる部分がありました。

Whether we are black or brown or white, we all bleed the same red blood of patriots.

肌の色に係わらず、人間なら誰でも赤い血が流れている。うまいことを言いますね。でも、彼は国籍で差別したのだから、良い演説だったとは思わないけれど。

こういう場合、血の色を持ち出さないとしたら、他に何が人間に共通と言えるだろうか思いました。

そうしたら、先日書いたフランスのチーズに関するドキュメンタリーの中で、人間が初めて体験する味覚はミルクの味だから、我々はみなミルクの兄弟なのだ、という発言がありました。なるほど...。でも、考えてみれば、それが「哺乳類」と言われる所以なのですから、うまい表現を見つけたと感心することはない...。

ところで、トランプさんが出していた肌の色は、黒、褐色、白でした。アメリカにはたくさんいるはずのアジア系の人たちは無視しているのか、この3つの中の何処かに入るからそれで良いのだろうか?...

フランス語のページでは、肌色の3色をこう表現している人がいました:
peaux mates, noires ou métissées

黒は出しているけれど、白を避けているのは良いかもしれない。

絆創膏の色は5色だったのに、単純に分けると肌の色は3色かな?...

そうすると、日本人としては、黒でも白でもないけれど、褐色と表現するには抵抗があるではないですか? ヨーロッパで子どもを育てている日本人が書いていることを読んだら、私たち黄色人種は褐色に入れられるということのようでした。

20世紀半ばに調査された肌の色の分布図がありました。



8種類に分けていますね。私に意外だったのはオーストリア。アメリカと同様に白人に占領されているようなイメージだったのですけれど...。

もっと細かく分けたのは、こちら ↓


Échelle chromatique de Von Luschan

これだけ並べるなら、濃いピンク色も入れたら良かったのに...。

アメリカに留学した韓国人の友達は、自分よりずっと色黒のインド人たちはホワイトとされていたのだ、と不満をもらしていました。インド人はコーカソイドだから白人なのでした。


フランスで家に来た人が小さな子どもを連れて来たとき、その子は私を見るなり驚いたようで、ママを突っついてこう言いました。

「彼女、黄色くない...」

アジア系の人間を見たのが初めてだったのでしょうね。それはそうですよ。レモンのように黄色い顔をしていたら病気です! ママの方は子どもが失礼なことを言ってしまったと慌てていましたが、私も含めて、全員が大笑いしました。

肌の色は何色に分類するかを調べていたら、あの時の子が思い浮かべたのは、こういうのだったのではないか、と思える漫画風の顔の絵が出てきました。


アップル iOSの絵文字で使っている肌の色

アップルの絵文字は、一部のユーザーが「絵文字は白人偏重、人種的多様性を反映していない」などと抗議していたので、肌の色を選べるようにした、という2年前のニュースでした。



左端は、極端な黄色。黄色人種をこんな色にするなんて、酷いではないですか?!

この黄色は人種差別だと言って、アップルにとっては大事な顧客の中国から反発が出たのだそう。アップル側では、濃い黄色の顔はいわゆる「黄色人種」ではなく、デフォルトの肌色だと説明していたとのこと。

確かに、左端のは位置が少し離れているし、黄色を入れるなら白と褐色の間にすべきなので、アップルの説明はこじつけではなかったような気はしました。

それで、自分のiPhoneで確認してみることにしました。

私は殆ど絵文字を使っていません。iPhoneでは、予定表に書き込むときに分かりやすくするために、クローバーやワイングラスや国旗のマークを入れている程度。それで、顔のマークは気にしたことがなかったし、肌の色でバリエーションまで出来ているとは知らなかったのです。

本当に色分けがあるのでした。黄色は確かにデフォルト用ですね。初めには黄色が出ていて、その色を変えたければ選択肢がある、という風になっていました。



デフォルトは、目立つように金色にしたつもりなのではないかな。色のチョイスが出来なかったら、これが黄色だということは全く意識しなかったと思う。

iOSが肌の色を選べるようにしたのは2015年だったようです。それ以前はどうしていたのだろう? 一番薄い色にしていたのかな。

ともかく、現在のところ、黄色はデフォルト・カラーとして、残りの5つの色が肌の色ということになります。やはり、絆創膏と同じように、肌の種類は5色ですか。

欧米系の人なら、1ダースの半分で6が基本数かと思っていました。
でも、指も5本だった...。


肌色って、どんな色?

私たちには「肌色」という便利な呼び名があります。そうフランス人に言ったら、どんな色と聞かれて、はたと困った。日本人だって、肌の色には違いがありますから。

肌色のカラーコードを確認して、それに近い色をフランス語では何と呼べば良いのか調べてみました。

和色名フランスの色名
肌色
#FCE2C4

Bisque
#FFE4C4


ビスク

Jaune nankin
#F7E269


南京イエロー


の南京色は、さっきのアップルのデフォルト色のような派手さがあるのでびっくりしました。でも、これは南京で作られていたNankinと呼ばれる木綿の布地の色か、中国の皇帝の色ということから来た命名のようです。

のビスクという色が、最も肌色に近いように見えました。でも、フランスではファッションや塗料の色として存在しているものの、普通の色彩図鑑などには入っていない名前のようです。私の仏和辞典でも、bisqueに色関係の訳語はありませんでした。

ビスクはファンデーションの色にもなっていたので、肌色と呼べますね。

☆ ファンデーションとしての
  Bisque色のバリエーション
ところで、ビスク(bisque)という言葉は、ビスケット(フランス語でbiscuit)から来ている? でも、甲殻類で作るスープのビスクと同じ綴りなので、それから来ているという記述もありました。

Lobster Bisque
Bisque de homard

スープの方は色が濃すぎますよ。肌色は、ビスケット色と呼びたいな。

ところで、大発見!


◆ 文房具では「肌色」という言葉を使わなくなっていた

2000年前後から、大手文具メーカーが協議の結果として「肌色」という呼称の使用を取りやめるようになり、2005年から2006年頃には、全てのクレヨンからこの呼称が撤廃されていたのでした。

ぺんてるでは「ペールオレンジ」、サクラクレパスは「うすだいだい」と呼んでいるそうです。

サクラクレパス NO.7 うすだいだい

何色をしていても「自分の顔の色が肌色」だと言えば良いわけですが、「肌色はこれ」と決めておいたら明らかに差別ですね...。


ブログ内リンク:
★ 目次: 色について書いた記事

外部リンク:
☆ Wikipedia: 肌色 » Couleur de la peau humaine
☆ 日本人の肌色カラーイメージ
クレヨンから「はだ色」が消滅 理由は「人種差別に繋がるから」
あなたの肌の色は何色ですか? ~ 日本人が人種差別意識を持っていない証拠
人種差別・英国式「肌の色」分類
アップル、絵文字に人種と肌の色の違いを導入。iOS 8.3 - OS Xベータから
アップル「黄色い顔文字」に中国で批判噴出 「あんな黄色い奴みたことない」「アジア人への偏見だ!」
黄色は皇帝の色?黄色と中国伝統文化はどういう関係?
トランプ新大統領誕生! 就任演説全文(英語)|ロイター発


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2015/09/22
前回の日記「クイズ: この人たちは何を食べているのでしょう?」で放屁合戦と呼ばれる絵巻物のことを書いたのですが、オナラを面白おかしく捉える文化は平安時代からあったのだそうです。

平賀源内も『放屁論』なるものを書いていたのでした。本編は1774年、後編は1777年。

放屁は絵に描かれただけではなく、江戸時代には、音の高さや長さ、強さを変えながら放屁する「曲屁(きょうべ)」と呼ばれる見世物も流行ったようです。

この芸なら、フランスにも「Le Pétomaneル・ペトマーヌ)」と呼ばれたJoseph Pujol(1857年~1945年)がいました。腹部の筋肉に加える力を調整することにより、意のままに放屁しているかのように見せる芸だそう。

昔のことなので無声の映像しかないようですが、レコードの録音はこちら


LE PETOMANE DU MOULIN ROUGE


何を食べていたのか?

前回の記事では、「屁合戦絵巻(へがっせんえまき)」にある登場人物たちは何を食べているのか教えてくださいというのをクイズにしていました。クイズにしながら私自身は全く解答を用意していません。「

フランスでオナラが出る食べ物といったら、第一に豆。それから、玉ねぎ、ピーナッツ、キャベツなどとなるのですが、日本では芋でしょうね。

お答えをコメントにいただいて、やはり芋を食べたのだろうと思いました。コメントでは、こんにゃく芋、里芋の2種類をいただきました。どちらなのか迷います。

絵巻物の画像では、食べている画面が2回出てきます。戦いを始める前と、一休みした場面。



こうやって運んでいたものを手に入れたようで、それを大鍋に入れて加熱して食べている場面が出てきます。

私はオナラが出る食べ物といったらサツマイモを連想したのですが、それとは全く形が違う...。



鍋に入っているものも、お椀に入っているものも、カゴに入れて運んでいたときと同じように横に線が入っているのが見えます。




つまり、芋だとしたら、皮をむかないで食べているということ? 箸では皮がむきにくいのではないかと思うのです。あるいは、熱々だとツルリと皮が取れる?

これを書きながら絵巻物を再び眺めたら、2番目に食べるときには全く違う食べ方をしているのに気がつきました。



2回目の食事では、ナイフを使って皮をむいているのです。

1番目に食べたときより時間がたっているわけで、鍋から出したものを椀に入れないで、冷めた芋を食べているという場面でしょうか? みな皮をむいているだけで、誰も食べてはいないのではありますが、この後には食べたのだろうと想像します。


コンニャク芋説

これはコンニャク芋だとするコメントでは、「こんにゃくの歴史」の情報リンクをいただきました。ここに入っている桶に入った芋の絵がそっくりに見えます。コンニャクに加工しなくても、灰汁を混ぜてエグみを取り除けば食べられていたのだそうです。

でも、コンニャク芋と聞いた私は、カゴに入れて運ばれていたものは、コンニャクに加工されているものだろうと思いました。丸いコンニャクは、絵巻物に描かれているものとそっくりなのです!


煮込んだときに出汁がしみこみやすいように切れ目を入れていたのだろうと思いました。でも、2番目の食事の場面でナイフを使って皮をむいているのですから、加工したコンニャクでないことは明らかですね...。

とすると、窯に入れていたのは、芋を灰汁で煮ていた場面ということになりますか。

芋が汁に浸っていないくらいにたくさん入れていますが、鍋をかき回している人がいるのでエグイは抜けるでしょうね。

でも、疑問が残ります。

こんにゃく芋を描くのに横線を入れるだろうか?...
こんにゃく芋の画像をGoogleで検索


サトイモ説

里芋の中でも親芋であれば大きさも絵巻の物とあっていること、横に線が入っていることによって見た目も似ている、というご推察のコメントでした。

私も、この横線が非常に気になったのです。



気が付けば、縞模様があるのは里芋の特徴ですね!

コメントでは、親芋ならば絵巻物のように丸い形をしていると教えていただきました。こちらの画像を見ると、本当にそう!

ただし、親芋の写真を見ると、絵巻物のように丸い形をしているのですが、柄はカタツムリのように渦巻きの線でした(画像へのリンク)。でも、昔の品種だと、こういう形をしていたのかも知れないという気もします。あるいは、立体感などは気にしないで、描いていたのかもしれない。


江戸時代の芋は、どんなだった?

絵だと想像するしかない。それで、文章で書かれた情報を探してみました。

この絵巻物は、菱川師信の古図(1680年)を増補して1846年に制作されたものなのだそう。ということで、江戸時代の料理を紹介するサイトに入っている芋に関する記事を読んでみました:

飢饉を救った「薩摩芋(さつまいも)」 江戸っ子のおやつに焼き芋が大ブーム
「蒟蒻」(こんにゃく)は江戸時代、“お腹の砂下ろし”と尊ばれた健康食材
昔はイモといえば「里芋」、薬としても重用された注目の滋養食

3番目に入れた里芋に関する記事で、おならが登場しています! 女性には大好物だが、おならには苦労したとのこと。あれ、あれ、サトイモですか?...

そこで、「屁 里芋 江戸時代」で検索してみると、ゾロゾロと出てきました。

花咲男の話(続)」では、金平という男が里芋をたくさん食べて屁を連発するという話しを紹介しています。

続続・〈屁〉が文化となる一瞬の歴史の光芒」では、恋川春町の『芋太郎屁日記咄(1779年)』を紹介しており、里芋ばかりを食べて成人し、曲屁をする芋太郎の話市が出てきています。

娯楽になり芸になる〈屁〉」では、坂本正夫「放屁の民俗」が紹介されています。明治、大正時代、さらに昭和二十年代頃までの日常食はガス(屁)の源泉となるカライモ(甘藷)やタイモ(里芋)、ジャガイモ、トウキビ(トウモロコシ)などの澱粉質の摂取量が極端に多かったので、その頃の人々は今日の我々よりはるかに放屁活動が活発であったといわれているのだそう。

屁の名人のタイプ」の記事では、明治時代に開かれた放屁大会での一等賞の商品が、草鞋十足、酒一升、里芋五升だったという記述があります。里芋が商品なのですね。ということは、これをもっと食べるようにというジョークでしょう。

「里芋」をキーワードにしたからこれだけ出てきたわけなのですが、「こんにゃく芋」ではこれに対抗するような記事が出てこなかったのでした。

答えを用意していなくてクイズにしてみたので、私自身では判断できません。さらなるコメントを期待します。

このシリーズブログ内リンク
フランス人にとっての日本人のイメージ 2015/09/16
  ⇒ クイズ: この人たちは何を食べているのでしょう? 2015/09/17
  ⇒ 絵巻物に描かれていた人たちが食べていたものの推察 2015/09/22

外部リンク:
中国食文化の研究 -コンニャクの歴史-
「清良記」にみる江戸時代のサトイモ



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2015/09/16
ブログに拍手をいただくと、他の方も閲覧されるかもしれないと思って、その記事が古くなって内容を更新する必要があるかどうかを確認することにしています。たまにしか拍手は入ってこないので、そんなこともできる次第。今日の拍手をいただいた古い記事を開いてみたら、語源に関していれた情報リンクが1つ切れている。それで、代わりに入れられる情報を探しました。

検索キーワードでヒットしただけで、探していたのとは全く関係ないフランスの新聞記事が出てきました。ところが、それに興味をそそられたので、記事の更新はそっちのけで、それに関する情報探しに方向転換しました。


笑いの日本美術史展

日本人と笑いについての分析に関する記事でした。Le Mondeという格調の高い新聞で、記事を書いたのは日本特派員のフィリップ・ポンス氏。私なんかとは比較できないくらい日本のことを知っている方なので、彼が日本について書いているときは読む気になります。

パリ日本文化会館(Maison de la culture du Japon)が、2012年に開いた特別展「Warai. L'humour dans l'art japonais de la préhistoire au XIXe siècle(笑いの日本美術史 縄文から19世紀まで)」を紹介する記事でした。

新聞記事は文字だけだったので、先に展示会の情報を探したのですが、まず目が釘付けになったのは、これでした。



埴輪は死者と一緒に葬るものでしょう? それなのに、どうして笑顔でいるのですか?!


どういうのが日本人に対するステレオタイプのイメージなのか?

ル・モンド紙の記事では、フランス人にとっての日本人に対するステレオタイプのイメージはこういうものだけれど、と切り出して、そうではなくて日本には笑いの文化があると論証しています。

フランス人が日本人と聞くと、まず、よく笑う陽気な(rieur)国民ではない、というイメージが浮かぶのだそう。

日本人に対してフランス人が与えるステレオタイプとして、こんな単語を挙げていました。
  • zen: 禅
  • sérieux: 真面目(サラリーマンは会社に忠実である)
  • conformiste: (体制)順応主義者
  • coincé: (対人関係などで)気詰まり、気後れ

ともかく、日本人には笑顔のイメージではない。さらに、日本人の微笑み(sourire)は、当惑や悲しみを隠しているようで、西洋人には謎めいている。

そう言われれば、そう思うだろうな... と思えます。特に、フランス人が出会う日本人は、ビジネスマンで、彼らがフランス人のように冗談を飛ばして円滑にしながら仕事しているとは思えません。

フランスで通訳をしている日本人女性が、商談の通訳では不快に感じることがよくあるのだと話していました。お金があることを笠に着て、信じられないほど横柄な態度をするのだそう。「私は日本人として恥ずかしいので帰らせていただきます」とタンカを切って仕事を放棄したこともあるのだと言っていました。

私は、通訳は魂を悪魔にあずけるような仕事だと思っているので、自分の口から出したくない言葉でも訳さなければならない責任があると思っていました。でも、その後に、本当に「帰らせていただきます」と言ったのは、こういう人たちだったのだろうなと思う日本人たちに出会って、彼女には職業意識がないと責めるのは間違っていたと思ったのでした。日本では、お金を払う人が威張っていられるのが最大の問題なのだろうと思います。

ポンス氏は、そういうところには触れていません。フランス人が日本人に抱くステレオタイプのイメージは間違っているとして、日本人は笑うのが好きなのだと切り替えています。

日本人はよく笑う。大災害にあった時、3.11の津波や、それに続いておこった原発事故の後だって。

そう言われると悲しくなってしまいますけど、日本人には、泣いて他人を責めたり、怒ったりはしない美徳があると思う。自分のことは自分を受け止めて、せめて笑ってみせるという文化は、どのくらいの範囲の国に広がっているのでしょうか? 日本だけではないかという気がします。

だいたいにおいて、外国の人たちは怒りをぶつけると感じます。アフリカや東欧からやって来る難民の人たちは、受け入れが悪いと言って怒っています。でも、ここのところ連日ニュースで出てくる難民たちはなんだか変。彼らは体格も良くて、生活に困窮して逃げてきたような人たちには見えないのです...。

今夜のニュースでは、障害がある子どもを殺した罪で裁判にかけられていた母親が、無罪釈放ではなくて、5年間の執行猶予になった、と不満をカメラに向かって不満をぶちまいていました。世の中は間違っている! と息巻いている。障害がある子どもの面倒を見るのは辛かったでしょうけれど、人を殺してしまったのですよ。刑務所に入らなくても良い判決が出ただけでも満足すべきではないですか?... 事件を追っていないので何も知りませんが、この女性は殺すほどの惨状ではなかったのに子どもを殺害したのではないか、と思ってしまいました。

脱線しました。


日本人の笑いの文化

ル・モンド紙の記事では、日本には笑いの文化があると例を挙げていました。

お笑いタレントがいて、北野武(ビートたけしですが、フランスでは本名が使われているようです)を挙げています。「おバカタレント(idiot de service)」というのがある。それから、吉本興業には「お笑い帝国」のあだ名がある。さらに、落語、漫才がある。

笑いは日本の日常生活に溶け込んでいるのだとして、本題のパリで行われた展示会の紹介に話しを移しています。

天照大神に糞にまつわる話しがあったなんて、私は知らなかった...。天岩戸といわれる高千穂には行って感激していていたのですけれど...。

鳥獣戯画、これは確かに世界に誇る傑作ですね。

江戸時代に笑いは爆発的な人気になったとしています。東海道中膝栗毛、川柳、狂歌、春画、笑い絵など...。そこに宗教とエロティズムが絡んでいるところに特徴がある。白隠和尚、英一蝶、一休さん...。

なるほど、挙げていただくと、日本の笑いの文化には奥深いものと再認識します。

パリの展示会のタイトルになった「Warai」という言葉に説明がありました。意味深い言葉で、rire(笑い)からsourire(微笑み)への曲用、開花も意味する。そうですか...。

日本人は笑い。自分自身を嘲弄もする。戯言の中にカタルシスの強さも見つけ出す。記事の最後に挙げられていたのは、井上靖のフランス語で出版された『Les 7 roses de Tokyo(2011年)』でした。

この記事の中に、「かの有名なLa Bataille des pets」というのが出ていました。オナラ合戦? 私は知りませんでした。

日本語にすると「放屁合戦」という絵巻物で、これが痛烈に愉快なのでした!

この絵巻物をフランス人に見せたら、答えが思いつかないことを聞かれた場面がありました。その中に出てくる人たちが何を食べているのかという問題です。それをクイズにしてしまおうと思いますので、どうかよろしくお願いします。

クイズ: この人たちは何を食べているのでしょう?

このシリーズ(ブログ内リンク)
★ フランス人にとっての日本人のイメージ 2015/09/16
  ⇒ クイズ: この人たちは何を食べているのでしょう? 2015/09/17
  ⇒ 絵巻物に描かれていた人たちが食べていたものの推察 2015/09/22

外部リンク:
☆ Le Monde: Drôle comme un Japonais (2012/11/01)
☆ パリ日本文化会館:  笑いの日本美術史 縄文から19世紀まで
  ⇒  WARAI - L’humour dans l’art japonais de la préhistoire au XIXe siècle 
     ⇒ 仏語パンフレットのダウンロード
« WARAI » Ça rit, sourit et … pète dans l’art japonais
日本古美術の「笑」がパリで一堂に会すユニークな展覧会「笑いの日本美術史 縄文から19 世紀まで」展
WARAI 笑いの日本美術史〜縄文から19世紀まで
笑う埴輪 本庄市
☆ Wikipedia: 埴輪
フランス人がzenというときの意味
昔は世界的学者が絶賛! 今は世界第2位のマンガ消費国! なぜフランスはずっと「日本びいき」なのか? COURRiER Japon

ブログ内リンク:
★ 目次: フランス人のジョークについて書いた記事


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カテゴリー: 日本 | Comment (5) | Top
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2015/08/31
最近、フランスで久しぶりに会った知人からされる挨拶は、たいていパターンがあります。

元気? それは普通なのですが、その次に決まっているかのように「日本はどう?」と聞いてくるのです。この週末のパーティーでもそうでした。

いつも、こんな風に答えます。
「暗いです。日本がどうなっちゃうのか分からない状態なので落ち込んでいます」

相手は何と返事して良いか分からないという困った表情になってしまう。この返事は止めた方が良いかなとは思うのですが、それ以外に何か言ったら嘘をつくことになるので避けたい...。

福島原発事故の問題は、フランスは日本以上に原発依存率が高いので、科学技術が発達した日本なら解決できるのを期待していると感じるので、それを聞きたいのだろうと思うのです。以前は、「日本はどう?」なんて聞かれたことはありませんでしたから。

新聞を読んでいないようなフランス人たちは、日本には福島原発が収拾できていないことのほかに、戦争をする国になりそうだとまでは知らないらしい。

こういう質問をされたとき、インテリが読む新聞ルモンド紙を購読している友人がそばにいると、「Otiumにそういう質問をしちゃいけない。落ち込んじゃうからね」と言って、私の代わりに日本の事情を説明してくれます。フランスの報道は、日本におべっかを使う必要がないらしくて、日本の情報よりストレートに真実と問題点を伝えているのです。


国会議事堂前に集まった人々

毎朝パソコンを開くと日本のニュースを見るようにしているのですが、こんな写真が入っていたのでびっくりしました。


国民にとって歴史上、最も有害な政権の100万人告別式 | カレイドスコープ

8月30日の「戦争法案反対」デモで国会議事堂の前に集まった人たちなのですって。この人数、警察発表は3万人くらいで、主催者発表では12万人だったようです。SEALDsは35万人と主張。東京新聞では20万人と計算したとか。

全国各地でもデモが行われたので、100万人が反対デモに参加したという記事もありました。


少し前に、パリで行われた革命記念日のイベント(クラシック音楽と花火大会)で、こんなに大勢の人が集まれる広場は東京にはないのではないかと思っていたので、ここがあったかと思いました。

書いた日記を読み直したら、エッフェル塔をバックにしたシャン・デ・マルス広場に集まった人たちは50万人でした:
パリの革命記念日イベントをテレビの生中継で見た 2015/07/15

戦争をする国になることに反対して機動隊に脅かされながら国会議事堂前に集まった人たちと、エッフェル塔の美しさに見とれながら高らかに歌われるフランス国歌を楽しんだ人たちとのコントラストが大きすぎる...。

そんな呑気な比較をしていてはいけない...。


日本人は、よほど切羽詰った気持ちにならないとデモはしないと思う

日本では、少なくとも高度成長期の後は、大規模なデモやストをしたりはしない平和な国になっていました。フランス人たちは何にでも文句をつけるし、文句をつける権利が保証されているので、デモやストは頻繁におこります。

パリでは日常茶飯事なのだ、とバスティーユ広場に近いマレー地区に住む友人が言っていました。あるとき、その地域の美味しいレストランで食事をしていたら、デモから引き揚げてきたらしい人たちが大勢入ってきました。

熱っぽく賑やかにおしゃべりをして、美味しい料理を食べている。そのときのデモは深刻な問題に対するものではなかっただろうとは想像しました。でも彼らを見ていて、フランス人にとってデモは、気持ちを一緒にする人たちと出会える機会として趣味になっているのではないか、とまで思ってしまいました。

ともかくフランス人はデモをするのが好きみたい。少なくとも、デモをする権利が認められている国なのですよね。政治家も国民がおこすときに参加してデモをすることもあります。



東京新聞:8・30デモ 海外でも詳報 「大規模抗議は珍しい」


日本人がデモをすると慣れしていないから下手らしい。SEALDsがツイッターで参加は35万人だと流したのは、素人っぽいやり口だと感じました。そんな人数が集まれる場所ではないというのは検証されてしまっています。東京オリンピックが嘘だらけで開催されようとしているので、それが伝染してしまったのでしょうか?...

ともかく、デモをする人たちの叩くには事欠かないようです。

SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動: シールズ)は、お金をもらってやっている学生アルバイトばかりだとか、これは怪しげな組織で共産党が組織しているのではないかとか、若者は平和ボケしているから「死にたくない」と言っているだけだとか、単に安保法案を誤解して行動をおこしているだけだとか...。

戦争が終わってから70年間。インターネットが普及したなど時代の変化に合わせてた憲法に改正する必要はあると思います。

でも、自国が攻撃されたときだけ防衛をするというのと、他国の関係ない戦争にも軍隊を送れるようにするというのは180度違うと思う。まして、日本が組むのが、イラク戦争のときのようにでっちあげで戦争をするアメリカでしょう? 危なっかしいこと極まりないではないですか? アメリカは軍事産業で国の経済が成り立っているので、無理にでも戦争をしたがっているのは理解できます。でも、なぜ、日本が一緒にやる必要があるの?...

今までは欧米の宗教紛争には無関係でいられた日本なのに、自らイスラム系のテロ組織を刺激して、テロの対象国になってしまったという後なのですから、若者や、子どもを育てる母親たちが立ち上がるのも無理はないと思います。

日本だって、戦争があれば儲かる企業がある。だからといって、関係のない若者を犠牲にする権利はないと思います。

最近の若者たちはとてもお行儀が良くて、年上の私などには丁寧なことを言ってくれても、私がいないところでは嘲笑っているのではないかと思ってしまうこともありました。でも、戦争反対に立ち上がった彼らを見て、ちゃんと気骨があるのだと思い、日本の将来に明るい希望を感じます。彼らの行動を権力でつぶされないと良いのですけど...。

フランスだと、若者たちがデモに参加しだすと、政府は非常に慎重になります。フランス人にとって子どもは神聖なものなので、1人でも若者の怪我人が出たり、死んだりすると、政府の責任は大いので大騒ぎになるからだそうです。


2015年8月30日 国会議事堂前デモ「鉄柵決壊」の瞬間!市民が歩道からあふれて警察を押し切って、車道を占拠するまで

デモには参加したことがないのですが、こんな風に、音頭を取る誰かが何かを言うと、それと同じことを繰り返して言う、という形式になっているのでしょうか? へそ曲がりの私にはできないと思う...。記憶に残る最も古い記憶は幼稚園でのときのことで、こうやれと言われて皆と一緒に繰り返すというのがバカらしくて耐えがたい、というものでした。

デモ隊は穏やかにやっていますね。そんなに鉄柵で押し込めようとしなくても良いと思うけれどな...。


フランス革命とは一緒にして欲しくない

もう1つ見た記事のタイトルで、目がテンになってしまいました。

最近のネットニュースでは、有名サイトでない限りは、どっち寄りなのかを見極めないと、書いてあことは真逆になっています。これは読んだことがないサイトなのですが、極右サイトなのだろうと想像しました。でも、書いてあることは、そんなに偏ってはいないので、全く判断できなかったです...。


「フランス革命に近いことが起ころうとしている」安保反対の市民が国会前を埋め尽くす (弁護士ドットコム) - Yahoo!ニュース


今回の安保法案反対デモと、フランス革命は、全く性格が違います。

フランス革命は、貴族と聖職者から、彼らの権力と財産をブルジョワ階級の手に収めようという革命でした。

経済力を持った人たちが世界を支配する権力を貴族から奪って手中に収めようとしたのは時代の流れとして当然だったと思います。でも、今よりもはるかに信仰心が強かったはずの時代に聖職者を追い払い、キリスト教の施設を占拠して、石をバラバラにして売ってしまったというのは狂気の沙汰としか思えません。

無神論を唱えた啓蒙思想家たちだって、死んだら墓に入れてもらえないし、天国でないとしたらどこに行けるのかと、本心では死を恐れていたそうですから。


ヴァンデの反乱(フランスではヴァンデ戦争と呼ぶ)の舞台となったヴァンデ地方えを旅行したときには唖然としました。

歴史の授業でフクロウ党がいたというのは習っていましたが、その爪痕が今日でも残っていたのかと驚いたのです。ヴァンデ地方は、宗教心が格別に強い地方だったのだそうで、農民と貴族がフランス革命に対するレジスタンス運動をしたのですが惨敗。

フランスで歴史があった土地を観光すれば、フランス革命のときにキリストや聖人の彫刻などが削られていますが、破壊されなかった美しい建物は残っているのですが、この地方には古い宗教建築物が全然ない! 新しく建てられた、つまり歴史的価値がなくてつまらない教会ばかりなのでした。

地元では未だにキリスト教信仰が非常に深いと感じました。弾圧された歴史に思い入れがあるので、あちこちでヴァンデ地方の歴史を語る見学やイベントに出会いました。


« Massacre des Lucs-sur-Boulogne » par Fournier — Chapelle du Petit Luc



今回のデモは、誰かから富を没収したいという下心がある人たちがやっているのではないのではないのは明らかなので、フランス革命を持ち出して欲しくないです。

それに、フランス革命の恐怖政治、さらにナポレオンの登場によって戦争ばかりする国になったので、それまでの豊かな国が崩壊したわけですから。

私が読んで気に入った切り口をしていると思ったのは、ルネ・セディヨ著の 『フランス革命の代償』でした。


日本ではフランス革命やナポレオンを美化することになっているのかもしれないですね。特に、ナポレオンの扱い方が違うと感じます。

気になって仕方ないのは、フランスの食品を売る会社が「ナポレオンが愛した〇〇」と宣伝していること。

あんなに戦争ばかりしていた人がグルメだったら、やっていけないですよ~! フランス革命前の戦争では、貴族が戦陣を張ったとき、戦いが始まる前に互いに敵方の大将を招待してご馳走を振る舞い合うという風習がありましたが、ナポレオンの時代にはそんな優雅な戦争の仕方はできなくなっています。

例えば、こちらのワインはナポレオンが愛したとして宣伝しています ↓



シャンベルタンを出されたら大喜びするワインですが、地元ブルゴーニュでナポレオンが愛したワインだからシャンベルタンは凄いのだという人に出会ったことはありません。

フランス情報でもナポレオン1世が戦場に持っていったと書いてあったのですが、この高級ワインに、なんと同量の水を入れて飲んでいたのだそう。そういう人をワイン通と言えるのかな?..


日本人がナポレオンはヨーロッパ諸国を解放したみたいにも言うのを聞くと、日本がアジア諸国を解放したのと同じと言いたいからなのかなと思ってしまう...。ナポレオンは領土を広げたいと思って失敗しただけなのに。大量の死者を出してフランスの人口危機を引き起こし、農耕馬と若者を大量に調達したので農業も衰退させてしまった。

「フランス革命に近いことが起ころうとしている」と書いた記事が、フランス革命を民衆の蜂起だと受け取っている人が、ただ大きな運動になるかもしれない、と言いたかっただけなのなら問題なし。でも、よく分かっている人が書いたのなら、日本を破壊する危険性があるとして、デモに対する否定的な見かたを示していると思えてしまう...。.

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★ 目次: 戦争に触れて書いた日記

外部リンク
国会議事堂前に反安保デモ35万人! これでも官邸と安倍親衛隊は「大半がバイト」とデマをとばすのか
「SEALDs」が唱えるデモ参加者数「35万人」説に疑問
8月30日のデモの決壊と小熊英二としばき隊 - フローのSEALDsの誤算
「戦争法案反対」12万人の凄まじい熱気と安倍官邸の異常対応
民間企業の新人を戦地に投入 防衛省が画策する「隠れ徴兵制」
ヴァンデ戦争・語られざる惨劇
Le Chambertin le vin préféré de Napoléon 1er !
☆ 内田樹の研究室: 毎日新聞のインタビュー記事 2015.09.22


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2015/08/05
フランスの友人たちは私の国に興味を持つので、テレビで日本についての番組があると「見たよ」と話題にしてきます。ニュースで言っていたと教えてくれるときは、たいてい地震とか事故とかの悪いニュース。

昨日は、こう言われました。
「日本の天皇のイロイトが...」

「えぇ? 亡くなったの?!」
そう反応してしまってから、ご病気だというニュースは皇后陛下の方だと思い出しました。

相手は、すかさず言ってくる。
「イロイトはもう亡き人であって、今の天皇はアキイトだよ」

フランス人以上に日本のことを知らなくて、すみません! フランス人はHを発音しないので、余計にピンとこない。それに、天皇を私は名前で呼ぶことはないので覚えないのです。今上天皇(きんじょうてんのう)とか、昭和天皇とかいう言い方もあるし...。


玉音放送

友だちが私に話したかったのは、朝に洗面所で顔を洗っているときに聞いたラジオのニュースでした。

天皇陛下が、今の政権が戦争に突っ走ろうとしているのにブレーキをかけるために、あえて昭和天皇がポツダム宣言を受諾することにしたスピーチを公開したのだ、と言っていたのだそう。

いちおう日本のニュースは拾うようにしているので、宮内庁が玉音放送の原盤の音声ファイルを初公開していたのは知っていました。

でも、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」という文句しか私は知らない。

それで、今の時期に公開する意味があったのかを知るために、スピーチの内容を読んでみることにしました。

宮内庁のサイトにも入っていましたが(終戦の玉音放送)、音声と原文を見せていただいてもよく分からない。それで、現代語への翻訳を読みました。


昭和天皇は玉音放送で何を語られていたのか

人々が太平洋戦争で天皇のために命を捨てたことに対する責任は大きすぎると思うので、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」という文句は自分勝手ではないかと反感を持っていたのですが、平和を訴えるスピーチだったのですね。原爆がある時代になったので、戦争を続けれていれば日本が滅びるだけではなくて、世界が滅びるという言葉も重いです。

でも、昭和天皇が本当に日本国民の安泰を願っていたのなら、特攻隊などは非人道的だと反対するとか、もっと前に行動を起こして欲しかった...。でも、明治維新以来、天皇は時代を操る人たちに利用されていると思うので、がんじがらめで何もできないようになっていたのでしょう。今も変わっていないであろう体制の中で、今上天皇が日本は平和を貫くべき国なのだだと主張する抵抗を示してくれているのは評価します。

戦後の日本は戦争ができない国にさせられたわけですが、平和な国である方が日本の本来の姿だったと思う。明治維新前の日本では、豊臣秀吉が野心を抱いたのを除けば外国に攻め入ったりはしていなかったし、蒙古襲来以外では外国から攻め入られることもなかったのですから。

スイッチを押すだけで地球を破壊できるようになっている今の時代。敵をでっちあげたり、イスラム教徒たちの問題に首を突っ込んだりなんかしないで、巧みな外交をして戦争や紛争から逃れていた方が賢いと思う...。

日本では平和を訴えて抗議行動をする若者たちが増えてきているようですね(読んだ記事)。フランスのデモが大きくなって若者たちが参加してくると、非常に警戒します。フランス人には子どもが神聖なものなので、そこで死傷者が1人でも出ると大騒ぎになるために神経質になるのです。


広島の原爆投下に関するフランスの番組

夏になると、フランスのテレビでは日本が受けた原爆に関するドキュメンタリーが必ず組まれています。日本の戦時中のことを報道するのも、この時期かな...。

玉音放送の話しをした友だちが、テレビチャンネルARTE(ドイツとフランスが共同で制作している教養チャンネル)で、広島の原爆に関する良い特集があるらしいから見るようにと言っていました。

この手の番組は、外国で作られた映像の方が興味深いです。日本だと政治的な駆け引きがあって報道できないようなことも出してしまいますので。登場する日本人も、外国の取材だから気持ちをぶち明けてしまうので本音が聞けます。

夜に番組を見終わってからARTEのサイトを見たら、そのドキュメンタリーが入っていたので入れておきます。95分の番組。8月12日までオンラインで視聴可能だそうです。タイトルは「Hiroshima, la véritable histoire(広島、本当のストーリー)」と訳したら良いでしょうか。

☆ ARTE: Hiroshima, la véritable histoire


(Documentaire Arte) Hiroshima, la véritable histoire (70 ans plus tard...) - vidéo dailymotion


ARTEの番組を見る前に、過去に報道された番組もインターネットで見ました。題して「La Face cachée de Hiroshima(広島の隠れた側面)」。Kenichi Watanabeという名前から日本人と思われる人が制作していました。


La Face Cachee De Hiroshima Film Documentaire Français Complet 2014


アメリカは大きな投資をして原爆を作ったのだから、なんとしても実験しなければならない。それで、高い費用がかかるウラン型の爆弾を広島に落とし、安くできるプルトニウム型の原爆を長崎に落としてみた。

ドキュメンタリーでは、食糧にも尽きて追い込まれていた日本が終戦するのは時間の問題だったのだから、原爆を落とす必要はなかったと語っていました。

広島の原爆投下の後は研究センター(ABCC: Atomic Bomb Casualty Commission 原爆傷害調査委員会)を作り、被爆者の治療は全くせずに、日本人研究者も協力して原爆が人間にどういう影響を与えるかを分析して膨大な資料を作っていた、という話しは聞いていたのですが、こんなにすごい施設を作ってモルモットを分析していたのですね...。

アメリカ側は、原爆は平和のための兵器というようなことを言っている。放射能による人体への影響は重々知っていたのに、やはり当初は隠そうとしていた。今と全く変わっていないんだな...。

アメリカでは新兵器の威力に大喜びしていて、子どもたちが原爆作りキットで遊んでいたりしたという映像はショッキングでした...。

ドイツはナチスがやったことでしつこいほど断罪されていますが、アメリカは戦争に勝ったから犯罪だとは追及されない。もしも原爆がドイツに落とされていたら、どうなったのだろう? 生き延びた被爆者も苦しむようなことをしたアメリカは、ナチより残酷なことをしたと主張したかもしれない。

もっとも、その想定は成り立たないのですよね。ナチスは原発を開発していて(ヒットラーは原発開発には力を入れていなかったそうですが)、ドイツが降参したためにプルトニュウムをアメリカが押収して、ユダヤ系ドイツ人研究者がアメリカに亡命したから原爆を作れたわけですから。ただし、もしもアメリカが戦争に負けていたら、原爆開発と投下に関係していたひとたちは全員が裁判で死刑にされたのは確実だと思います。

日本に原爆を落とすにあたって、日本人を「ローストしてやる」などと言っている場面は、ローストチキンを連想させるので余りにもショッキングでしたが、戦争というのはそういうものだと思う...。

広島に原爆を投下した米爆撃機B29「エノラ・ゲイ」の搭乗員12人のうち、最後の生存者だったセオドア・バンカーク氏も亡くなったのだそう。生前の発言には重みがありました。そして、任務だとして戦場に赴かされて人々を殺害した後の心の痛みはさぞ大きいだろうと想像します。戦場から帰って精神障害になり、自殺者がたくさんでているのは問題になっています。戦争に行けと指令する上層部は、そんな苦しみは体験しない...。

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO90168730V00C15A8000000/
エノラ・ゲイ元航空士が遺した、原爆の「過ち」と誓い  :日本経済新聞


京都に原爆が落とされるのを防いだのはフランス人?

日本が原爆実験に利用されたとするドキュメンタリーで見て、気になっていたことを思い出したので調べてみました。

アメリカがどこに原爆を落としてみるかで、京都が有力候補にあがっていたのを、フランス側が反対したのだ、とフランス人たちは言うのです。そんなことを知っているのはインテリ階層ですが、かなり定番の話しらしい。友達の中にいる世界的に有名な学者もそう言っていたので、単なるでっちあげでもなさそうなのです。

京都に原爆を落とすのに反対したのは、Serge Elisseeffというロシア系のフランス人。その他にも、新婚旅行で京都に行ったアメリカ人も京都に原爆を落とすのに反対した、とフランスの友人は付け足していました。 

フランス人は文化遺産が好きだし、京都の美しさには特別の思い入れがある。アメリカ人はそんなのは気にしないでしょうから、ありうる話しだと思いました。でも、京都に原爆を落とされなかったのはフランスのお蔭だという話しを、私は日本の報道で聞いたことがありません。

でも、調べてみたら出てきました:
初のロシア人東大生エリセーエフ

ARTEのドキュメンタリーに登場していた広島の生き証人たちは、私などは想像もしていなかった戦後の悲惨な状況を話していたので、京都の文化財が助かって良かったなどとは思えないですけど...。

京都に思い出があったアメリカ人はスチムソン陸軍長官(ヘンリー・スティムソン)という人だったようです。日本では、この人が京都の文化財を救ったというのが定説のように感じました。ドキュメンタリーにも出てきた「原爆投下によって戦争を早く終わらせ、100万人のアメリカ兵の生命が救われた」という原爆使用正当化のスピーチをしたのはこの人でしたか。

当時のフランスはアメリカ側で戦っていたわけですが、フランスの友人たちからは、軍事基地の攻撃ならともかく、一般市民を殺戮した原爆使用は戦争犯罪だという意見しか聞いたことがありません。


広島の思い出

広島は、私にとっては懐かしい町です。子どものときに、父親の転勤で2年間暮らしたことがあるのです。

瀬戸内海の美しさといったら、例えようもありませんでした。宮島には簡単に行けて、美しい厳島神社を眺めながら潮干狩りをしたり...。フグも安く売っているし、海産物が美味しい。中国山地で育てられている美味しい肉も食卓にのりました。瀬戸内海の風景を楽しみ、冬にはスキーも楽しめる。小高い山に登れば、瀬戸内海と日本海が同時に眺められる。

広島は、東京育ちの私には桃源郷に見えました。

でも、ケロイド症状の顔をした人たちがたくさん町を歩いているのは異常な光景でした。結婚はできないのだ、と言う若者の話しには身につまされました。原爆を投下されたことに怒るわけではなく、そういう運命だと彼らが受け止めているのが余計に痛ましい...。

学校の授業で広島に原爆が落とされたというのは教えられていました。でも、戦後20年以上たっているのに、そんなに痛ましい爪痕が残っているとは全く想像もしていませんでした。

今考えれば、市内の中心地にあった私の家は奇妙でした。庭にある夾竹桃が素晴らしい花を咲かせるし、イチジクは食べきれないほどの実をならしていました。でも、庭には雑草が生えないので、草むしりする必要は全くなかったのです。海沿いの地域なので、砂の土地だから、雑草が生えないのだろうと思っていたのですけれど。

広島で食べる食材が東京では味わえなかったほど美味しいのを堪能していたのですが、まだ放射能は残っていたのかもしれない。でも、そんなのは、私の両親は全く(!)心配していませんでした。

ちょっとした怪我をしただけなのに出血が全く止まらなくて困ったので、病院に行ったことがありました。出血止めの処置をしてくれるのを期待していただけなのに、かなりの精密検査をされたので驚きました。白血病ではないかを検査していたのだそう...。


追記:

イギリスのBBC放送でも、原爆投下の正当化について疑問を投げかけていたそうです。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150806-00000015-jij-eurp
原爆投下、正当化に疑問=英BBCの広島70年報道 (時事通信) - Yahoo!ニュース

きれいな戦争なんていうのは存在しない。平和のための戦争なんていうのは口実に過ぎない。恐ろしいと思うのは、日本は原爆の被害を受けた国でありながら、原子力の危険性を否定していることです...。

外部リンク:
☆ コトバンク: 玉音(ギョクイン)とは 
☆ Wikipedia: 玉音放送
終戦の詔勅(玉音放送)口語訳
5分弱の“玉音放送”を現代語訳してみた (1-2)
吉田裕著『昭和天皇の終戦史』を読む - 近衛文麿と昭和天皇の暗闘
NHKスペシャル「戦後70年 ニッポンの肖像 - 日本人と象徴天皇」
戦後70年談話で迷走、安倍首相が怯える「天皇のお言葉」…天皇から憲法軽視と歴史修正主義への批判が?

セルゲイ・エリセーエフ - 日本学の始祖の知られざる人生
☆ Wikipedia: Serge Elisseeff ⇒  セルゲイ・エリセーエフ
Professsor Reichauer and Prime Minister's visit to Bosotn
Ces hommes qui sauvèrent Kyoto de la bombe atomique

Les raisons du bombardement de 1945
HIROSHIMA, première utilisation d'une bombe atomique le 6 août 1945
☆ Wikipedia: 日本への原子爆弾投下
☆ Wikipedia: 広島市への原子爆弾投下
☆ 平和記念資料館(原爆資料館): なぜ広島に原爆が投下されたのか
原爆投下が正しかったと考えるアメリカ人が減少 抵抗権は民主主義の重要なツールです

☆ Télérama: Hiroshima, la véritable histoire (2015)
La Face cachée de Hiroshima
“Dire qu’il n’y a pas de morts à Fukushima est un mensonge”, Kenichi Watanabe, documentariste

☆ BBC News: The 'sanitised narrative' of Hiroshima's atomic bombing
「原爆投下は必要なことだった」という一面的な《語り》を乗り越えようとするBBCの記事

De Hiroshima à Fukushima - Marc Petitjean
HiroshimaからFukushima 肥田舜太郎医師95歳の肖像 内部被曝の告発者
医師が見た被爆者の生と死~原爆被害、隠蔽と放置の12年間~ 肥田舜太郎

ある被曝体験記 - 紹介 - 読者の方からお寄せいただいた予備役兵の手記
エノラ・ゲイ元航空士が遺した、原爆の「過ち」と誓い
広島・長崎原爆で奇形児が少なかった理由のカラクリ
福島第一放出セシウム137 広島原爆168個分
「原爆」と「原発の事故」の違い」小出裕章氏(内容書き出し)8/9
Kenzaburô Oé Il y a eu Hiroshima, il y a Fukushima, une troisième tragédie est envisageable
原子力の「平和利用]という表現に対応するフランス語は?
☆ Le Momde: 「Hiroshima」をキーワードにした検索結果
ドイツが許されて日本が許されない本当の理由
安倍談話の「謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」について

ブログ内リンク:
日本のロボット技術は、本当に必要なところでは使われていなかった?  2011/05/14
ちょっと怖いな... 最近の日本礼賛ブーム 2015/03/01
5月革命を連想してしまう最近のフランス 2010/10/20
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2015/08/02
外国人観光客を案内するためのボランティアチーム「おもてなし東京」のためにできた制服というのを見て、仰天してしまいました。


ダサすぎ? 東京五輪「おもてなし制服」、ネットで酷評:朝日新聞デジタル

普通だったら、余りセンスが良くないデザインだと思うけどな...、と感じる程度だったはず。でも最近の私は、日本はどうかしちゃっているという恐怖感に取りつかれているので、背筋が冷たくなるほどの思いをしたのでした。

福島原発も収拾していないのに、オリンピックの方に力を注ぐなんてことはして欲しくなかったと思っている私です。でも、私が多少の語学力を世の中のお役にたてるためにボランティアガイドをしたくなったとしても、こんな恰好をして町を歩かなければならないのだったら、迷わずに止めますよ~。恥ずかしくて、惨めな気持ちになるですしょうから。

大学生くらいの若い子だったら、何を着ていても若さと美しさの方に目がいくので問題ないです。でも、私なんかがこの姿になったら、みっともなさは頂点に達するはずです。

なんだか不自然なチョッキだなと思ったら、ベストもネクタイもポロシャツに印刷されているだけなのだそう。

デザインしたのは、キャリアがある藤江珠希という若い女性でした。もともと、ファッションショーを見ていると、その服を普通の人が着たら飛んでもない姿になるだろうと思うので、彼女に才能があるのかどうかは全く気になりません。




へぇ、「おもてなし」を標語にしたのですか。

滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」スピーチが東京オリンピックの誘致を導いたというのは、日本国内だけで言われたことだろうと思っています。日仏ハーフの美しい女性がフランス語でスピーチをしたというのは、フランス人の心をくすぐるでしょうからニュースになっても良かったはずなのに、フランスでは全くスピーチのことは聞きませんでした。

あの当時は、福島原発の汚染水漏れのニュースでにぎわっていたので、日本がオリンピックを開催するかどうかというのはどうでも良かったのかもしれません。

フランスも原発大国なので、高度な技術がある日本でさえも原発事故を収拾できないというのは、フランスも危ないという恐怖につながるので、そちらの方に関心が向いています。今でも、福島原発に関しては、日本よりもはるかに詳しい情報がニュースで報道されています。

Omotenashiという文字は長すぎて、外国人は覚えられないと思うのですけどね...。代わりに「Dasai」という単語を覚えてしまうのでは?


東京パクリンピック 2020

おもてなし制服は韓国の王宮守衛の服装とそっくりだ、というのも話題になっていました。



韓国のは完全に民族衣装なので、それなりの美しさがあります。東京の方は、日本らしさもないので、なぜこれにしたの? と思ってしまう...。

確かに、色合いと、奇妙な形の帽子が似ていますね...。

盗作だと騒ぐほどのことはないと思いますが、オリンピック・エンブレムの方が盗作と言われても仕方ないようなデザインだったので、こちらもパクったと言われるのでしょうね。




日本人の誇りを見せて欲しかった

東京法被(はっぴ)という名の人がツイーターに「勝手に東京オリンピックのボランティア法被デザインと着用イメージを作ってみました」と発表したデザインが人気を呼んでいました。

 

私も、この方が比較にならないくらい美しいと思う。ネクタイがなければパーフェクト。華やかだし、江戸っ子らしさを感じます。

目立つでしょうから、外国人にはガイドをしてくれる人たちのユニフォームだとすぐに分かるはず。一緒に記念写真を撮りたいと申し出てくる姿が目に浮かんできます。


帽子がいけない?

選ばれた「おもてなし制服」は、日本人の体形を最大限に醜くするためにしたデザインだったのかと思ってしまいます。

特に私が気になったのは、日本人が八頭身ではなくて、頭でっかちなのを強調する帽子です。

一番上に入れた写真の中央に立っているのは都知事なのだそう。私は渥美清のそっくりさんかと思いました。帽子姿がそっくりに見えせんか?

『男はつらいよ』シリーズは、東京=パリ間の飛行機の中でビデオを見ていました。日本人の情感が出ていて良い映画だったと思います。

風天の寅さんの頭にのったダサい帽子は、彼のキャラクターを表していて、とても似合っていたと感じます。でも、こういう魅力は、誰にでも出せるものではありません。

おもてなし制服を貶す人たちは、誰でも「ダサい」という言葉を使っているようなのが気になりました。

野暮ったい、洗練されていない、田舎っぽいというイメージがある言葉ですよね?

フランス語では何と訳せば良いのだろう?

フランス人にこの話題を話すなら、「日本のネットではmocheだと騒いでいる」と言えば通じるだろうと思います。でも、この単語には「醜い」という意味しかないのですから、「ダサい」のニュアンスは出てこないはず。

「ユニフォームを着ている人たちはpéquenaudみたいに見える」と言えば良いかな? でも、フランス人には、この服装と田舎っぽさとは結び付けないでしょうから、適当ではないと思う。

フランス人がこういう恰好をしている人を見たら、「ridicule(滑稽な)」と言って貶すのではないか、と思いました。

仏和辞典をひいてみると、こんな例文が入っていました:
Avec son chapeau, il est vraiment ridicule.
あの帽子をかぶると彼は全く滑稽だ。

思えば、フランス人は帽子をridiculeと言ってけなすことが多いのです。結婚式で正装する女性たちは帽子をかぶる傾向があるのですが(こういう帽子)、上手にしないと滑稽だとからかわれます。

イギリス王室の女性たちは帽子をかぶるので、エリザベス女王の帽子もよく風刺ニュースでとりあげられます。

最近で大騒ぎされたきわめつきの帽子は、こちらでしたね:
bibi(女性用の小さな帽子)

おもてなし制服を見た私は帽子に目がいってしまったのは、そういうのに影響されてしまっているからなのかな...。

日本美を見せる被り物として最も美しいと私が思うのは 市女笠です。

http://matome.naver.jp/odai/2134331018291996501
【和の服飾文化】中世日本の高貴な女性の外出スタイル「壺装束」がかわいいのでまとめた

でも、これをオリンピックのボランティアに被らせるわけにはいかないでしょうね。女性の衣装だし、こういう被り笠(かぶりがさ)は、フランスではChapeau chinois(中国の帽子)と呼んでしまうのも気に入らない...。


「おもてなし制服」をどう思うか、フランス人に聞いてみた

この制服についてフランス語サイトで何と言っているのか興味を持ったのですが、検索しても何も出てきませんでした。新国立競技場を始めとするオリンピック開催費用の問題や、エンブレムが盗作だったかというのはたくさんでてきるのですが。

ユニフォームがもっと良いものだったら良かったのにと思うのは、自分の国に誇りを持ちたいという日本人だから考えることなのであって、外国からしてみれば些細な問題なのでしょうね。

この制服をフランス人が見たとき、「ダサい」に近い表現をするのかどうかは、誰かに見せて何と言うかを聞けば良いのだ、と思いつきました。

それで、友だちをつかまえて、勢ぞろいしている集合写真を見せてみました。



フランス人の反応サンプルは1つだけなので、それで判断することはできないのですけれど、面白いものでした。

まず、特別の反応は全くなし。

フランスに来ている日本人観光客を見て、服装がチグハグでセンスが悪いと言っていた人なので、日本でユニフォームを作ったら、こんなものだろうと思ったらしい。

それで、日本では悪いデザインだと騒いでいるのだと説明すると、このユニフォームは「ridicule(滑稽な、嘲笑すべき)だ」と反応してきました。その単語を何度も繰り返して、「日本人が馬鹿みたいに見えるユニフォームだ」と、こき下ろしました。

ダサいとか、センスが悪いというだけではなくて、滑稽だ、となりますか...。

中央にいる男性は都知事なのだと説明すると、「まず、このスーツ姿がリディキュルだ」と言いました。写真をひと目見たとき、中央の男性がダサいと思ったのではないかと感じました。サイズに合っていないし、上着の丈が長すぎるのだそう。「背を高く見えるためのスーツなのだろうけど」と、憶測していました。私は、愛嬌がある寅さんに見せるパフォーマンスか、と思ったのですけど。よく見れば、ズボンの丈が余っているし、サイズが合っていない。どうしたのかな?...

舛添さんは、むかし、テレビ局に行ったときに遠くを歩いている姿を見て、テレビによく出ている人はあの人か、と思ったことがありました。オーラが出ているのか、周りから飛びぬけて目立っていて、俺は偉いのだぞという迫力があって、怖い人だなと思った印象が残っています。

ついでに、ハッピのユニフォームの画像も見せました。日本だとすぐに分かるから、こっちの方が良い、と即座に反応。でも、そういうのを作る予算はなかったのだろう、と言う。それもあっただろうな。でも、薄っぺらなチャチなハッピでも明るくて良かっただろうと私は思うけれど。


ネット上では、おもてなし制服を変えようという署名運動をしている人たちまでいました。私も、日本人が馬鹿みたいに見える服装だけは押し付けて欲しくないと思う。

選手はどんなユニフォームでも着なければいけないでしょうけれど、ボランティアに着せる制服でしょう? 誇らしい気分になって張りきれる服装にしてあげなかったら酷いではないですか?...

外部リンク:
藤江珠希おもてなし制服の余波が深刻!?過去の制服を調査してみた
2020年東京五輪エンブレムとリエージュ劇場ロゴの酷似
「ダサい」をフランス語にすると?
合掌のポーズ

内部リンク
【顔や帽子について】
昔のフランス: 劣等生には「ロバの耳」の罰則 2008/05/07
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ちょっと怖いな... 最近の日本礼賛ブーム 2015/03/01
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2015/04/29
ここのところ、フランスで女性の参政権が認められてから70年、というニュースが流れていました。

それで、「日本はいつだったの?」と聞かれたのですが、私は知らない...。スイスが非常に遅かったのは知っているので、日本はそれよりはずっと早かったはずだ、と想像できる程度。

私が答えられないので、質問したフランスの友人がインターネットで調べて、日本で女性に参政権が与えられたのはフランスと同じに1945年だった、と教えてくれました。

これは覚えておこうっと。1945年を忘れたとしても、「フランスと同じ年よ」と返事すれば良いわけですから、いたって便利♪

ちなみに、スイスは1971年でした。ただし、その徹底は遅れて、一部の州では1990年まで女性の投票は実施されなかったのだそう。


そもそも、私は日本のことを知らなさすぎる。それは自分でもわかっているのですけど...。

でも、外国人との付き合いがあるようになった当初の私は前向きでした。外国人が質問しそうなこと、それにどう返事したら良いかを書いた英語やフランス語の本を何冊も買って読んでいましたので。



でも、結局、読んだことはみんな忘れてしまった、ということなのだろうな...。時々フランス人から日本のことを聞かれるのですが、返事に困ることが多いのです...。

その場に口が悪い友人がいると、「Otiumに質問しても無駄だよ。日本のことは何も知らないから」などと口を挟んできます。

でも... と、言い訳したい。フランスのことは知らないことが無限にあるので、そちらの方を調べてしまうのですよ...。普通のフランス人が知らないことだって知っている、ということもあるんだぞ~!

それに、全く知らないことを調べて発見して驚く方が、常識として知っていなければいけないことを学習するのより面白いのですよ...。

もう1つ言い訳すれば、外国人って、返事に困ることを聞くので困る。

しかも、日本のことを少しでも知っている人は、こちらから見れば間違っていると思えることでも平気で主張するので、「そうではありません」と反論する勇気を持つのが難しい...。

例えば、フランス人たちから「日本は大気汚染が酷いからマスクをしている」と断言されるのを気にしたことがあります。これは、フランスの教科書にそう書いてあるからだ、と突き止めました:
知らないうちに受ける教科書の影響 2006/03/21

こう書きだしたのは、女性参政権で思い出したことがあるからです。

フランス人からよく言われるフレーズとして、「日本では女性が虐げられている」というステレオタイプの言い方があることに関連して書こうと思い立ったことが出てきたからです。

これも、フランスの教科書の日本に関する記述で出てくるのでしょうか?...

私のブログは幸運なことに、深い知識をお持ちの方々が読んでくださっていて、ブログに自分の疑問をちらりと書いておくと、コメントで解答を教えてくださることが多々あるので、甘えの構造になってしまっています!

続きへ:
「専業主婦」に相当するフランス語を探してみた

シリーズ記事: フランスの専業主婦の実態 2015年  目次


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2015/04/03
少し前の日記「マスコットの語源はプロヴァンス語だった」にコメントをいただいて、そこに書いた「ゆるキャラ」のことをまたまた考えてしまいました。

ゆるキャラは「フランス人は好きになるかもと思ったのですが...」とあったので、フランス人たちも真似して作っているのかもしれないと思って検索してみたら、フランス語で歌っている「くまモン」の曲が入った動画が出てきました。


ハッピーくまモン ~フランス語 French ver. - HAPPY KUMAMON French ver.【公式】

動画の説明:
くまモンが東京国際フランス学園(Lycée français international de Tokyo)を訪れ、「ハッピーくまモン~フランス語 French ver.」を園児と一緒に踊り、交流を深めました。

東京国際フランス学園と聞いて、むかし日本でフランス語を勉強していたときにアルバイトをしたことがあるリセ・フランコ・ジャポネのことかと懐かしく思ったのですが、東京の北区滝野川にあるとのこと。他にフランス語の学校があったのかと調べてみたら、2012年に学校名も変えて移転したのだそう。

以前は、この学校があった飯田橋にはフランス文化に触れることもできる東京日仏学院もあって便利だったのですが、在日フランス人たちは通学に便利な地域に住むようになったのかな?...

それはともかく、ゆるキャラをフランス人にも好いてもらおうと思ったら、こういう風に子どもを相手にアピールすると思うのですよね...。

なぜ「ゆるキャラ」が、こんなにも日本で人気があるのだろう?...
コメントの返事を書きながら、またまた気になってしまいました。

ところが、それを分析した本が出ていたことを発見♪


ゆるキャラは無表情だから好かれる?

キャラクター・パワー
― ゆるキャラから国家ブランディングまで

(NHK出版新書 426)


2014/2/6
青木 貞茂著

おもしろい指摘がありました。

日本人に好かれるキャラクターは、無表情であることに特徴があるのだそう。

そう言われてみると、ゆるキャラのどこが可愛いのだろうと私が感じたのは、その無表情さにあったかもしれないと思いました。

私が初めて見た「ゆるキャラ」は「くまモン」なのですが、ちっとも可愛くないと思ったのでした。

熊の縫いぐるみと言ったら、私が知っていたのはテディベア。

子どものときに縫いぐるみを可愛がった記憶は私は皆無なのですが(買ってくれなかったのではないかと思う)、テディベアの純真無垢のような表情は幼い子どもが愛着を持ったとしても当然かな... とは思います。

それに比べて、くまモン。
ちょっと理解できないのです...。

くまモンも、動くと、可愛い。でも、動作が愛らしいのであって、あの中に下手な役者、つまり私みたいな人間が入って不器用に動いてみせたら、全然可愛く見えないのではないかな?... あるいは、あの体形だと、ちょっと「こんにちは」とお辞儀しても、可愛く見えるのでしょうか?...


著書の紹介を続けます。

「くまモン」や「バリィさん」など最近ヒットしたキャラクターは、無表情で設定もそれほど精緻ではない。そういうのを「ムヒョキャラ」と呼ぶらしい。

すでに「ハローキティ」にもその傾向があって、キティちゃんには口がない!

気がつかなかった...。

本当にキティちゃんには口がないのですね。

フランスが「ゆるキャラ」を真似したかどうかは知らないのですが、キティちゃんはかなり入ってきていて人気者だと感じます。

フランスのアマゾンで「hello kitty」を検索 (人気アイテム順)

アイテムは33,000余りもヒットしました。玩具に限定しても、5,000を超えます。

考えると不思議。フランス人って、口から先に生まれてきたと思ってしまうくらいおしゃべりなのですから。でも、自分がしゃべりたいから、相手には黙っていて欲しいかな?... あるいは、私のようにキティちゃんには口がないことに気がついてはいないのか?...

日本のアマゾンで「キティ」を検索

さすが日本では81,000余りがヒットしました。でも、フランスでは子ども用グッズばかりなのに、日本では大人向けのもあるという差が見えます。

思えば、しゃべりすぎだと嫌われるのは日本の特徴だから、キティちゃんに口がないのかもしれない。でも、最近はちょっと違ってきたのではないかとも思うのですけど...。


日本人は心の安らぎを求めている?

本の紹介を続けます。

http://ddnavi.com/news/193450/
なぜ日本人は「ゆるキャラ」が好きなのか | ダ・ヴィンチニュース

キャラクター・パワー ―ゆるキャラから国家ブランディングまで』を書いた青木貞茂氏は、ゆるキャラのブームがおきた要因として、こんな風におっしゃっているのだそう。

東日本大震災と地方経済の苦境を挙げている。東日本大震災発生後、人々が感情的・精神的な絆を欲するようになった一方で、地方自治体の経済は困窮した。

このような時代情勢の中で、合理性や機能性を超えたエモーショナルな温かさを持つ戦略を考えた時、最も有効だったのが、「ゆるキャラ」という存在だった。


この本は読んでいなくて、解説を眺めただけ。ですので、どんな風に分析したのかはよく分かりません。でも、少し前にブログで書いたこと(ちょっと怖いな... 最近の日本礼賛ブーム)とも通じるものがあるのではないかと思いました。

苦しいときには、自分を暖かく包んでくれるものに癒してもらって乗り切る?...

強いストレス社会だから、自分のそばで見守ってくれるようなキャラクターが求められる? 確かに、最近の日本人は苛々するようになったと感じています。それが可愛いキャラクターくらいで癒されるなら大歓迎だけれど...。

でも、本当に考えなければいけないことをそらせる流れというのは、怖い気がするのです。

古代ローマ帝国で、なぜ庶民が無料で観戦でいる立派な競技場が各地に作られたのか?... ついつい、それを考えてしまうので。


考えすぎ?

日本の文化は「出る釘は打たれる」。
でも、その先があって、「出すぎた釘は打たれない」というのがあったのではないか?...

フランスは、その反対なのですよね。みんなと同じだと馬鹿みたいに扱われるけれど、出すぎたことをすれば、やっぱり、叩かれる。言論の自由がある国なために、政治家たちはマスコミから批判されるためにいるような感じのニュースばかりです。日本の現首相とすることがやたらに似ている前大統領のサルコジ氏などは、叩かれ方が凄まじくて痛快なほどでした。

もしもサルコジ氏が日本のニュースを追っていたら、「俺にはできなかったのに、あんであいつにはやれるのだ」と地団駄を踏むのではないでしょうか? もっとも、今の彼は、同じように政権に返り咲けるという思いを強めているのでしょうけど。

少し留守にして日本に戻ると、ずっといたら見えないものが目につきます。

強烈な記憶に残っているのは、東京の路地がペットボトルだらけになっているのを見たときでした。

http://matome.naver.jp/odai/2134002038168530201
猫よけペットボトルに群がる猫 - NAVER まとめ

庭がないので家の前に植木鉢をたくさん置いて花などを咲かせている路地など、植木鉢が隠れてしまうくらいペットボトルが並べられていたのです。丸い電信柱の足元に、ぐるりとペットボトルを並べて、それをどうやって縛ったのかと感心するほどしっかり縛ってあったりもしました。

ぞ~っとしました。どこに行ってもあるのですから、だんだん恐ろしくなりました。日本人は狂っちゃった、と思ったのです。

1週間くらいたってから見たテレビで、これが猫のおしっこ除けのためにしているのだと分かったのです。でもね...。植木鉢で花を咲かせているのは、美しいためでしょう? それをペットボトルで台無しにしてしまったら、植木を置く意味もないではないですか?

そういうのがブームになっていたのだとは分かったのですが、やはり日本はおかしくなっているぞ、という気持ちは吹ききれませんでした。

その後にフランスに戻ったわけですが、間もなく地下鉄サリン事件という、とんでもないことが起きたのを知りました。それで、やっぱり日本はおかしくなってきていたのだと思ってしまったわけです。あれは1995年でしたか...。

その後、不気味に感じてしまったのは東京スカイツリーでした。オープンする少し前に帰国したときわけなのですが、みんながやたらに喜んで騒いでいる。

私には美しい建築物だとは思えなかったのですが、そんなことを言ったら叱られそうなので黙っていました。なんだか薄気味悪い建物に見えたのです。イメージが重なるのはバベルの塔以外にはありませんでした。スカイツリーの形をした大きな煎餅をくれた友人もいたのですが、口に入れる気にもならないほど強い拒絶反応があったのは不思議。

そして、その後にフランスに戻ったら仰天するニュース。福島原発事故は、東京で見たバベルの塔と結びついてしまいました...。

小出裕章さんは、日本がおかしくなったのは東京オリンピックの後だと言っていました。1964年ですね。確かに、それまでの東京には空地もあったりして長閑だったのに、あの頃から殺伐としてきた、と言えるかも知れない。

それを思うと、また2020年に東京オリンピックがあるというのも不吉に感じてしまいます。


最近の日本は大きく変わってきている、と感じているこの頃。社会がある方向に向かうとき、どういう兆候が出てくるものなのか、興味を持ってしまっています。

ヒットラーは、クーデターではなくて国民投票で独裁政権を誕生させたというのが理解できなかったのですが、こういうのは案外、簡単にできることなのかも知れないと思えてきました。

Assemblage de quatre photos noir et blanc de 1930, montrant des poses, de face et de profil, d'Adolf Hitler, typiques de sa gestuelle d'orateur survolté.

こんな怖い顔をして腕を振り回さないでも、ほんわかムードの中でも国民は動かせてしまえるのかも知れない...。

外部リンク:
なぜ日本人は「ゆるキャラ」が好きなのか
日本人がキャラクターを好む理由が意外と深かった
「ゆるキャラ」成功の秘訣要因分析
ゆるキャラは、地方創生に役立っているのか - 「地域活性化」という曖昧な言葉に騙されるな
ゆるキャラの経済効果は1000億円!?
外人にゆるキャラは解らない~ゆるキャラブームはオタク文化の成熟?
Le Monde: Le Japon connaît sa plus grave crise morale
伊丹万作: 戦争責任者の問題

ブログ内リンク:
最近の東京は怖い... 2014/02/13
ちょっと怖いな... 最近の日本礼賛ブーム 2015/03/01
マスコットの語源はプロヴァンス語だった 2015/03/24


シリーズ記事: 最近の日本 ~ 「日本礼賛」から「ゆるキャラ」のブーム



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2015/03/01
お正月にNHKが放映する「外国人による日本語弁論大会」を見るのが嫌いでした。日本や日本人のことをボロクソに言っているので、不愉快だったのです。

フランスにもそういう弁論大会があったとしたら、私だってフランスのことを散々けなすスピーチを用意できます。でも、それを聞いたフランス人たちが、「よく言ってくれた。本当にそうなのだよね」なんて言って喜んでくれるはずはありません。ましてフランス人たちは、chauvin(盲目的愛国主義者)だと自ら言うくらいの国民なのですから。

フランスの友人たちと集まっておしゃべりしていたとき、フランスの悪い点を挙げて、日本は優れているのだと話したら、「それなら、どうしてフランスにいるの?」と言われてショックを受けたことがありました。

それで、はたと気がつきました。外国人から難癖をつけられたら不快に思うのは当然ですよね。気に入らないなら、さっさと自分の国に帰れ、と言いたくなる方が正直です。

以後、フランス人に向かってフランスのことをけなす発言は慎むようになりました。同時に、日本にいる外国人にも、日本の悪口を言うのは止めて欲しい、と思うようになったわけです。


世の中は変わった?

あの弁論大会は今でも続いているのか気になってきたので、調べてみました。始まったのは1960年で、今年は第54回の開催だったのだそうです。

まだやっているのですね。サイトが見つかって、そこにスピーチの動画が入っていたので聞いてみました。

昔とは様子が全く違っていました。いかにも「スピーチ」という感じの、わざとらしい話し方は同じなのですが、日本のことをやたらに褒めているのでした。今は、日本のことを貶したスピーチをすると、入選もできなくなっているのかもしれない...。

外国人による弁論大会がどうなったかを調べてみたのは、最近の日本は変わってきたと感じたからでした。

私はフランスと日本のことを比較して考えてしまう癖があります。良いところと悪いところは全く一致しないので、比べてみると非常に面白いからです。

日本の友達と話していても、すぐに「フランスでは...」と口走ってしまう。でも、最近は、ぐっと堪えるようになりました。少し前までは、そういう話しをすると面白がって聞いてくれていたのですが、喜ばれないと感じるようになったからです。

特に、知らない人に「フランスでは...」と話すと、反感を持たれてしまうことがあります。このブログでも、時々、そもそもフランスのことを語っているのが気に入らない、という感じの冷たいコメントをもらうようになってきました。

むかしから多少はありましたけどね。「バナナ」という言い方が面白いと思ったことがあります。外側は黄色いけれど、中身は白い。つまり、日本人のくせに欧米人のように考える人をバナナと呼ぶ。帰国子女に対する悪口として使われていました。

でも、最近は、そういう目で差別する傾向が強まっているのではないかな?...


外国人に日本を礼賛させるテレビ番組

日本のテレビでは、外国人に「日本は素晴らしい!」と言わせる番組が目についてきました。それも不自然に感じる。今までは外国人に日本のことをボロクソに言わせていたから、今度は、日本のことを褒めるのも外国人でないと納得できないのかな?...

この種の番組で、一番初めに出会ったのは「和風総本家」でした。2013年の冬、テレビ大阪から「世界で見つけたMade in Japan」という企画で、フランスのメイド・イン・ジャパンを探しているので教えてくれないか、というメールが届いたのです。

外国から発信しているサイトには、よく情報提供の依頼がきます。一生懸命返事を書いて送っても、ひとことの返事も来ないことがよくあります。それで、誰にでも片っ端から同じ文章を送っているらしい連絡には、原則的に返事しないことにしました。

フランスで愛用されている日本製品といったら包丁かなと思ったのですが、返事は送りませんでした。でも、どんな番組なのだろうかと思って、その後に日本に帰ったときに見てみました。

なかなか良い番組なのでした。



細かなところにまで工夫を凝らす日本の優れた職人芸を見せています。小さな工房で作っている人が、その出来栄えの良さを地球の裏側で評価するのを聞いて感激しています。そういう地道な努力をしている人たちを励ましてくれているのは、見ているこちらとしても嬉しくなります。

ナレーションも良い。麻生美代子さんですか。私が育った東京の言葉が美しい日本語だな、と思わせます。「○○が...」と言うときの鼻濁音の発音が、私が育った東京の発音なので親しみを感じるのです。

番組に登場する「豆助」と呼ばれる犬まで、いかにも日本的で可愛い。

犬の品種に関する私の知識はゼロ。

忠犬ハチ公が秋田犬だから、それかと思ったのですが、柴犬なのですね。

ともかく、この番組で、日本は素晴らしい国なんだと見せてくれるのは、やたらに嬉しい。

涙ぐんでしまうほど、嬉しい...。


その後、日本は素晴らしい国なのだ、と見せるテレビ番組が他にもあることを知りました。

外国にいて日本のことを聞かれると、ろくに答えられない。私は日本のことをちっとも知っていないではないかと痛感するので、極力見るようにしてみました。

テレビ番組名内容放送開始
和風総本家
テレビ大阪
(テレビ東京系)
54分 木曜 21:00 - 21:54
「世界で見つけたMade in Japan」
2011年から日本の職人に関する内容が多くなり、初期の日本独特のマナーや風習の紹介が少なくなった。
オフィシャルサイト
Wikipedia情報
2008年2月
※ 前身は「日本和風検定」(2007年11月開始)。
世界が驚いたニッポン!
スゴ〜イデスネ!!視察団

テレビ朝日系
58分 土曜 18:56 - 19:54
オフィシャルサイト
Wikipedia情報
20014年10月
※ 「これぞ!ニッポン流!(2014年4月~9月)」が改名されてスタート。
所さんのニッポンの出番
TBS
56分 火曜日 19:00 - 19:56
オフィシャルサイト
Wikipedia情報
2014年10月
※ 特別番組(2013年10月、2014年4月)が好評だったのでレギュラー番組となった。
COOL JAPAN
〜発掘!かっこいいニッポン〜
NHK(BS1)
44分 日曜18:00~18:44
オフィシャルサイト
Wikipedia情報
2006年4月
※ NHKワールドでも放送している。
日経スペシャル
未来世紀ジパング
〜沸騰現場の経済学〜
テレビ東京
54分 月曜22:00~22:54
オフィシャルサイト
Wikipedia情報
2011年11月
※ 良い切り口のときもあるのではないかと思うのですが、たまたま見たフランスに関する番組の内容が余りにも酷かった...。

日本の良さを紹介する番組は他にもたくさんありますが、ここに並べたのは、外国人が日本文化を評価するところに特徴があると思われるものです。

なんだか、外国人に日本のことをボロクソに言わせていたのの反動みたい。なにも外国人に褒めてもらわなくたって、日本人自身で評価できるのだけれど...。

「世界が驚いたニッポン! スゴ〜イデスネ!!視察団」と「所さんのニッポンの出番」は、行きすぎているようで、好感を持てませんでした。

世界が驚いたニッポン!スゴ~イデスネ!!視察団」は、海外から毎回テーマに沿った専門家を招き、日本のスゴイところを見せる番組です。どこで見つけてきた外国人なのだろうと思ってしまうほど、日本人におべっかを使わせているみたいなのが気になってしまいます。

そんなに馬鹿みたいに外国のことを褒めちぎる発言をするだろうか?... と思って、よく観察したら、外国人が言っていることは日本語で吹き替えしているのでした。声優さんのしゃべり方で、馬鹿みたいに感嘆している印象を与えているのだろうと思いました。

所さんのニッポンの出番」のサイトは、日本にいる外国人を登場させています。これも、どこで見つけてきたのかと思うような人も登場させている。出演を機会に仕事を見つけたいような人がでてきているのだろうか、と同情したくなってしまうこともある...。

この番組のサイトには「出演外国人大募集」というのがあるので、どういう風に募集しているのかと思って覗いてみました。やはり、日本の良さを探求したり、主張したい人たちを探していますね。

つまり、やらせ? それでは偏った内容になってしまうではないかと思ってしまうけれど、外国人が日本はスゴイ、スゴイと言ってくれなければ番組にならないのだから、仕方ないのでしょうね。

NHKの「COOL JAPAN〜発掘!かっこいいニッポン〜」は、来日間もない外国人の視点を生かして日本の文化を発掘するというもの。これもあったと後で追加するときに1本見てみたのですが、何が良いのか私には全く分からない番組でした。


日本が世界で最も優れているというのには、こじつけもある...

日本礼賛のテレビ番組で気に入らない点は、何でもかんでも外国人に日本を褒めさせるという設定です。次々と番組を作らなければならないから種切れもあるのかもしれない。

商品によっては、日本が優れているからそうしているわけではなくて、日本人の好みに合わせて作っているというのもあります。それを無理に外国人に素晴らしいと言わせるのは無茶です。

例えば、日本のティッシュペーパーが優れているという番組。

日本のティッシュペーパーは薄くて、柔らかなので優れている、と外国人たちに感嘆させていました。確かにそうなのですけれど、日本人がそういうティッシュペーパーが好きだから、そういう製品になっているだけだと思うのです。

日本のポケットティッシュを持っていたので、フランスで友達にあげたことがありました。歩いているといくらでもくれるので、気に入ったなら幾つもあげようと思ったのです。

ところが、鼻をかんだ友達は、これでは鼻があふれてしまってどうしようもない、と不満を言いました。それも正しい。日本のティッシュは何枚か重ねて使うものなのかな... などと考えこんでしまいました。

フランスのポケットティッシュは、こんな形になっています。

 

むかしのフランスでは、鼻はハンカチでかむものだったのだそう。何回も使ったら、汚いじゃないかと思いますけど!

ともかく、その伝統があるので、フランスのポケットティッシュは紙でできたハンカチのようになっているわけです。日本のの何倍くらいの厚さがあるかな?... 厚手のコットンくらいの強度があるとご想像ください。

これも、なかなか便利なのです。使い捨てのハンカチとして使えるし、小さめのナプキンという感じなので、持っていると重宝する場面が多いです。しゃれたポケットティッシュだと、縁取りに型押しの模様が淡いブルーでついてたりして美しい。

日本でも作って売っても良いと思うのですけど、市販はされていないようです。それで、こんなものを持ってくるのは馬鹿みたいとは思うものの、日本に帰ったときに使うようにスーツケースに入れて持ってきています。

日本礼賛番組では、日本のティッシュの高品質に驚く役割で登場していた外国人が、こういうのを出して見せていました。でも、日本製に比べてどうしようもない、という感じで無視されていたのでした。

何にでも、良いところと、悪いところがある。それを片方だけに絶対的な評価を与えるのって、私は好きではないな...。


出版されている日本礼賛本は、もっと凄まじかった!

私はテレビ番組しか気がついていなかったのですが、毎日新聞のサイトの記事で、出版業界の方はもっとスゴイのだと知りました。


日本礼賛本嫌韓・嫌中しのぐ勢い? ブームの理由を探る - 毎日新聞 2015年2月25日

どんな本が出ているのかと探してみました。

アジアの人たちは、実は戦争中に日本人がしたことに感謝しているのですよ風のタイトルになっているのは避けて選んだつもり。合計60冊余りの日本礼賛本の表紙をスライドショーにしてみましたので、ご覧くださいますか?



飛び上がってしまいそうなくらい気恥ずかしいタイトルもありますね...。

よく売れる本というのは、良いタイトルを決めてから書かせるのだと聞いたことがあるのを思い出しました。

川口マーン恵美さんが書いた『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』(16万部)と『住んでみたヨーロッパ 9勝1敗で日本の勝ち』(14万部)は、日本をベタ褒めしているだけではないのだそう。教育面を中心に日本に苦言も書いてあるので、読後の印象はせいぜい「6勝4敗」だ、と毎日新聞の記事には書いてありました。

それはそうだろうと思う。よく知っている日本と外国を比較してみたら、どちらにも良いところと悪いところが見える方が自然だと思います。

この川口マーン恵美さん、ネットで情報発信をしているのを読んでいたころ、文章も読みやすいし、かなり好感を持っていたのですが、極端に原発推進のための情報発信をするようになったので驚きました。ドイツは脱原発にしたけれど、問題だらけで後悔していると書いているのです。フランスはお隣りで、原発反対派も多いので、もしもドイツが脱原発政策で失敗しているとしたら真っ先に取り上げるはずなのですが、そんなのは全く聞いたことがないのです。

日本で
小出裕章さんに会う機会があったので、私はニュースを追っていないので分からないのだけれど、ドイツは脱原発にしてしまったことを後悔しているのでしょうかと聞いてみたら、そんなことは全くないとおっしゃっていました。ドイツでは、原発は危険だと判断したから、お金がかかろうと何だろうと、原発は止めるということでやっているはずだと思います。日本には外国のことは余り伝わらないので、アメリカ以外の国でどうかというのは何とでも言えてしまえるはず。「日本の勝ち」という本は読んではいませんが、日本の体制派を喜ばせるために書いた本なのだろうな、と思いました。


ここで選んでみた60冊余りのタイトルを眺めてみると、やはり、外国人ないし外国に住む日本人が「日本は素晴らしい」と書いている本が目につきました。

入れた本のほとんどは、ここ数年の間に出版されています。面白い♪ と、笑いたくなってきました。最近の日本は、外国人たちから素晴らしい、素晴らしいと言われるようになったみたいに見えるではないですか?

でも、日本はスゴイとか、素晴らしいとか、世界で一番だとか言っているのは、日本人か、日本サイドに立った人たちなわけで、そういう発言が今の日本人に好かれているから出版されているだけではないですか?

別に外国が日本を特に評価し始めたわけではなくて、日本人が評価されるのが好きになったというだけの話し。

確かに最近は、世界中で日本食ブームだし、日本のアニメファンも増えてきているようです。でも、それ以外に何があるだろう? 日本が優れていることが評価されている点(伝統文化、先端技術など)は、以前からも礼賛されていたわけで、最近の日本礼賛本ブームとは関係ないはずです。

むしろ、フランスの報道で「最近の日本は...」というのが出てくるのは、日本は極端に右翼化していて危険だとか、原発事故の後始末をないがしろにしているとかいうネガティブな面が目立っているのです。

日本のおもてなしが素晴らしいということが日本で言われて、それに関する本も何冊も出ていました。それを言っているのも日本人だと思うのですけど...。

「お・も・て・な・し」スピーチが受けたから東京オリンピック開催を勝ち取った、と日本では言われますが、これは本当なのだろうか? このスピーチはフランス語でしたわけだし、フランス系日本人が活躍したならフランスで騒がれて当然だと思ったのですけど、フランスでは報道されていなかったように思います。

フランスの友人にYouTubeに入っていたスピーチを聞かせて、「おもてなし」という日本語の意味が分かるかと聞いたら、全く分かっていませんでした。東京が選ばれたのはお金があるからだ、と冷たく言われてしまいました。

このブエノスアイレスで行われたIOC総会の時期は、福島原発では毎日300トンもの高濃度汚染水の流出を放置していると大きく報道されていた時期でした(福島原発事故に関するフランスでの報道を日本語訳で紹介しているブログの、この時期のページ)。いくら安倍総理が笑顔で「福島はアンダーコントロールされています♪」と言ったって、それを信じたフランス人は誰もいなかっただろうと思います...。

東京でオリンピックが開催されることに歓喜した日本人がどのくらいいたのかは知りませんが、「おもてなし」という言葉は2013年の「新語・流行語大賞」で大賞を獲得していましたね。

その後、ブラジルでサッカーの大きな試合があったとき、ブラジルの「おもてなし(accueillantという言葉でしたが)」は素晴らしい、という感じの報道がフランスのテレビであり、それを見てギャフンとしました。ブラジルのグラマーな女性たちが胸やお尻を振りながら踊っている姿が映し出され、やって来た外国人たちを歓迎していたのです。


日本人による日本礼賛ブームは、いつから?

いつから日本人は、世界で最も優れているのは日本だ、と言い出したのかな?... 右翼系の人たちが自分の国を高く持ち上げるのは、そういうものだと思う。でも、今の日本礼賛ブームというのは、もっと広い層に広がっているように感じるのです。

ここで引用している毎日新聞の記事でも、日本礼賛本が愛国心を動機に読む人だけに買われるのなら数万部止まりで、16万部も売れたりはしない、と書いています。

NHKが行った「日本人の意識」調査が紹介されていました。
質問回答者
2013年2003年
日本人はすぐれた素質をもっている68 %51 %
日本は一流国だ54 %36 %

日本人が母国に誇りを持たない割合が最も高かったのは、ここに比較として出した2003年だったようです。

外国に住む日本人が書く本のテーマの流れは、こんな風だったと分析する出版社の編集者がいました。
  • 2000年代半ばまで: 欧米人と結婚した日本人女性が日本の情けないところを指摘する本が売れていた。
  • 2007年: デュラン・れい子著『一度も植民地になったことがない日本 』が20万部を超えたあたりで潮目が変わった。
  • 2011年の震災が、その傾向に拍車をかけた。

今の日本礼賛本ブームの火付け役の1つは、竹田恒泰著『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか 』だとされていました。

2010年12月に出版され、47万部売れたのだそうです。

担当編集者は、「当時、正面切って自国を褒める本はほとんどなかった。自国を褒めていいというメッセージが読者に待ち望まれていた」と話したとのこと。

東日本大震災が発生したのは、この本の出版から3カ月たったとき。それで一気に人気が出たようです。

シリーズ3冊で、累計約81万部売れたのだそう。


日本に帰国すると、不在だった時期に現れた変化がよく見えるものです。日本は素晴らしいとやたらに日本人が言い出したのは、3.11の後だったな... と思い出します。

鎌倉時代、蒙古襲来のときに日本に神国思想が生まれたのも、太刀打ちできないような困難に立ち向かおうとしたのの現れだと思うのですが、震災後の日本にもその悲壮さが見えたのでした。

私がテレビ番組「和風総本家」を見て、日本は素晴らしい国なんだと見せてもらったときに覚えた心の安堵感もそれだったと思う...。


今がどんな時代なのかが見えてくる?

過去にも、日本や日本人をたたえる風潮が強くなる時代はあったのは確かでしょうね。

「『日本人論』再考」の著者で東大名誉教授(文化人類学)の船曳建夫(ふなびきたけお)さんは、こういうブームが起こるのは「不安」の空気が流れているときだ、と指摘していました。

明治維新以来、国が苦境にある時も右肩上がりの時にも、日本人論は日本人がアイデンティティーに不安を抱えた時代に流行し、不安を癒やす『安定剤』の役目を果たしてきた。

日本人論ブーム
  • 第1期: 日清・日露戦争の富国強兵の時期の「武士道」(新渡戸稲造著)や「代表的日本人」(内村鑑三著)など。西洋の先進国と比較し、日本をポジティブに評価しようとした外向きの時代。
  • 第2期: 1929年世界恐慌から開戦ごろまで。九鬼周造の「『いき』の構造」など「日本は非西洋である」を前提に、日本の伝統に価値を求めた内向的な時代。
  • 第3期: 敗戦から経済復興までの半世紀。『菊と刀』から『ジャパン・アズ・ナンバーワン』まで、右肩上がりでも『これでいいのか』という不安を背景に、長く日本人論が読まれてきた。
船曳教授によれば、今回のブームは第2期に似ているのだそう。

さらに、こう分析していました:

第2期の不安の相手は西洋だったが、今は中国や韓国を意識している点が特徴。人口減など将来に不安を抱えた日本人が未来に明るいものが見えないゆえに、古来の伝統や西洋人からの評価に価値や癒やしを求め、日本人、ひいては自分自身のアイデンティティーを守ろうとしているのでは...。

私もそう感じますね...。このまま暴走したら戦争だろうな... と思えてきているので。

不穏な時代になると、日本の神国思想が鼻をもたげますか...。

フランスでは、伝統や田舎に回帰する傾向になると聞いたことがあります。またフランスと比べてしまった!...

21世紀になったときはフランスにいたのですが、そういう傾向が強い時代が始まったという空気が流れていました。フランス人のルーツは農民だというような本が、お正月早々に何冊も出たのでした。

不穏な時代の始まりか... と思っていたら、9.11、イラク戦争、リーマンショック...。やっぱりね... と思ったのでした。


日本人のすごさは、謙虚に改善しようとする姿勢があったからでは?

ポール・ボネの『不思議の国ニッポン』シリーズのような本は、今だったらベストセラーなんかにはならないだろうと思います。

このシリーズを父が好きで、私にも読むように薦めていたのですけど、こういうのも私は好きではなかったです。フランス人が書いているようには見えないという疑いを持ったので気に入らなかった理由の一つでもあったのですが今では実は日本人作家が書いていたということが公然の事実になっているようですね。日本人が自国を批判しても良いはずなのに、在日フランス人にさせた方が好まれるという設定の本でした。

時代は変わって、日本を礼賛するブーム。

昔の日本人は外国人が日本の批判をするのを聞くのが好きだと感じて、反発を感じていました。でも、あるとき、日本人のそういう前向きの姿勢が日本の経済の発展を招くのだろうな、と良い側面を見た思いがしました。

例えとして、なぜ日本が優れた吹奏楽器を作るようになったか、という話しを聞いたのです。ラッパの類いはフランスのメーカーのものが優れているという定評があったのに、日本のメーカーに追い抜かれてしまったのだそう。

というのも、ヨーロッパの伝統的な楽器メーカーは世界で最も優れたものを作っているという自負があるから、昔からあるものを作り続ける。ところが日本のメーカーは演奏者の声を聞き、どんどん使いやすい楽器に改良していく。演奏家からすれば、良い音がでやすい楽器を使うのは当然なのだそう。

そう言われてみると、管楽器というのは音を出すのが非常に難しいのではないかと思います。下手に吹けば突拍子のない音が飛び出してしまいますから。

交響曲の中には、ホルンのソロが出だしの場合もあります。例えば、シューベルトの交響曲第9番(聞いてみる)。この第1声が調子はずれだと目立ちすぎる。よくコンサートに通っていた昔には、そういうズッコケる演奏に度々出くわしていたのに、それがなくなったのは楽器そのものが進化したからなのだろうか、と思ったのでした。

そんな話しを聞いた私は、日本は外から優れたものを受け入れて、それをさらに良いものにしていく文化がある国だな、と思ったのでした。

日本の強さは謙虚に良いところをどんどん取り入れて行くことだとしたら、最近の日本礼賛ブームは少し危険な側面もあるのでは? 自分が最高だと思ったら、そこでとどまってしまって、もう進歩はないです。

日本礼賛ブームも、これ以上はエスカレートしないで欲しいな...。

スライドショーにした日本礼賛本の表紙を眺めていると、なんだか異常だとも思えてきました。こんなに外国人たちは日本を絶賛しているのですよ!~ と自作自演しているということは、それほどまでしなければならないほど、日本人には劣等感があるのだろうか?... 悲しくなってきてしまう...。

続きへ:
フランスにもあった「Made in France」ブーム

追記(2015年4月):
他の記事に入れてくださったコメントで教えていただいた番組「未来世紀ジパング」は、日本礼賛ブームの意図を持って無理やり作った番組として驚くべき内容でした。知らないことを教えてくれる番組だと、「日本って凄いんだ~♪」と舞い上がります。でも、たまたま知っている分野のことだと、いかにでっちあげの内容であるのかが見えてしまう...。この番組もマークしておくべきだと知ったので、上に作った日本礼賛番組の表に加えました。

外部リンク:
毎日新聞: 日本礼賛本嫌韓・嫌中しのぐ勢い? ブームの理由を探る 2015/02/25
日経ビジネスオンライン: 「ニッポン礼賛バラエティ」への違和感 - 日の丸背負ってラーメン屋に並びたいですか? 2014/12/02
NAVER まとめ: やたらと日本人を持ち上げる番組が急増してるって気づいてた?
もはや愛国ポルノ! 空疎な“日本人はスゴい”論連発で大ブームの日本礼賛本トンデモランキング 2015.08.08
「報道の自由度」ランキング、日本はなぜ61位に後退したのか? 日本大学大学院新聞学研究科教授・福田充
「乱れた日本語を取り戻す!」に潜む排他性 「大和言葉」本ブームを考える
☆ アマゾンサイト: 2014年 Book年間ランキング「歴史・政治」
マツコも苦言...なぜ「日本すごい」がブームになっている?
テレビが日本人をダメにする『世界の日本人妻は見た』出演拒否された友人の話
厚切りジェイソンが“日本スゴい番組”の愛国ポルノを批判し炎上! でも「四季があるのは日本だけじゃない」は正論だ
福島で行われている御用学者による放射能洗脳セミナー
☆ おとぼけマダムのとんちんかん問答 「地震がくるといいながら高層ビルを建てる日本」 デュラン・れい子先輩 2010./03./01
外国人による日本語弁論大会
合掌のポーズ
ケント・ギルバートはなぜ突然ネトウヨになったのか? 背後に右派人脈とビジネスのにおい
極右トンデモ女「川口マーン惠美」の正体

内部リンク:
『畏れ慄いて』は日本を侮辱する作品なのか? 2013/05/26
フランスで紹介された日本の「珍道具」 2013/05/02
「限界集落」という言葉が気に入らない 2014/09/25


シリーズ記事: 最近の日本 ~ 「日本礼賛」から「ゆるキャラ」のブーム



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2014/09/25
日本の出版社で編集長をしている友人に、聞いてみたことがありました。

差別用語

私にはロマンチックなイメージがあって好きな単語が差別用語だと聞いたので、代わりに何と言ったら良いのかを聞いたのです。

そうしたら、「ノマッド」と言えば良い、と答えられました。もう1つ挙げていたのですあ、「ジタン」だったかな?...

フランス語にしただけじゃない! と思いました。書きながら調べたら、片仮名表記は「ノマド」でした。これは昔の話しなので、今なら「ロマ」と言われただろうと思います。

同じ意味を持つ外国語を使えば差別用語でなくなる、というのはフランスでもあります。例えば、黒人のことは「ブラック」と英語で言うべきなのですって。

Les Roulottes, Campement de Bohémiens, Vincent van Gogh, 1888私には幌馬車で移動しながら生活するマンチックなイメージがある言葉。

フランスにいるとよく出会います。

現代ではキャンピングカーなので味気ないのですが、日本で差別用語の「ジ...」はフランスでは使わないので、私にはやはりロマンチックなイメージと結びついているのです。

差別用語にすると、かえって差別する意識を根付かせてしまう場合もあるのではないかという気もします。

普通に使う単語なのに、なぜ差別用語なのかを調べて分かったら、そういう言葉で差別するということ自体が見えて、なんだか差別に加担したような気分になってしまった気分になったこともありました。

編集長の友人に聞いてみました。
何をもって差別用語にするのか?

友人の答えは簡潔でした。

それが差別用語だと反対する単語が差別用語になる。誰も反対する人がいなければ、差別用語にはならない。

なるほどね...。

そういうものなら、これを差別用語にしたら良いのに、と思ってしまうほど嫌いな言葉があります。


限界集落

「限界集落」に対応するフランス語を知りません。そういう風に呼ぶのは日本だけのようです。

限界集落の明確な定義はないそうですが、一般的に言われるのは次のようになっていました。
65 歳以上の高齢者が集落人口の半数を超え、冠婚葬祭をはじめ田役、道役などの社会的共同生活の維持が困難な状態に置かれている集落
(大野晃、2005年)

これに私はひどく抵抗を感じるのです。

第1の理由:
農村で畑仕事をしてきた人たちは、病気持ちでない限り、70歳を過ぎても元気に力仕事をしているだろうと思うのです。それを、65歳過ぎたら何もできない人、あるいは、もうじき死ぬ人のように扱うのは酷くありませんか?  平均寿命だって長くなっているのですから。

ちなみに、フランスで高齢化した市町村というときには、75歳にボーダーラインを引いていました。働けなくて役にたたないと言うためのボーダーラインを引くなら、そのくらいの年齢にしてもらいたい。80歳を過ぎても、こちらがタジタジになってしまうほど元気な人たちはたくさんいますが。

第2の理由:
地域住民の生活が困難な集落だと言ったら、そこに引っ越して住もうかと思った人の足を引っ張ることになるはずです。

村を一度出たけれど、やはり村に戻ろうかと若者が思った場合だって、故郷が限界集落になっているなんて言われたら、Uターンするのに尻込みしてしまうのでは?

それに、限界集落とされている村に魅力を感じても、高齢者が移住するのは遠慮したくなるではないですか? フランスでは、仕事の機会が多い都市に住んでいて、老齢年金生活ができるようになったら田舎に移り住む人が多いです。高齢者は長くは生きられなし、やはり自律できなくなったら都市に引っ越しするケースがありますが、そういう人たちが代わる代わるに入ってくれば、小さな村が消滅することはありません。

第3の理由:
困った集落だという以前に、高齢化した人たちだけでも生活が維持できるように行政が動くべきではないですか?

フランスでは、道路の清掃、共有スペースの植物の手入れ、道路の整備などは自治体がやりますし、高齢者サービスは郡単位、県単位、地方単位で行政が考えます。全員が高齢者の村では、若者がいないのが気分的に寂しいだけで、高齢者しかいない村だから困っているという話しは全く聞きません。

第4の理由:
限界集落の定義では、高齢人口が高い集落には、若者が入り込まないかのように前提しているようなのが気になる。現在は高齢化しているといっても、将来は変わることがあるではないですか?

限界集落の区分では、一番安泰なのは「存続集落」で、55歳未満が人口の半分以上のケースとなっていました(Wikipediaの記述)。住民の年齢をクローズアップした理論なのですから、それは納得。

でも、驚いたのは存続集落の説明! 「跡継ぎが確保されており、共同体の機能を次世代に受け継いでいける状態」、とある。はあ、跡継ぎがない高齢化した集落を問題にしているわけなのですね。つまり、集落が魅力的だからと余所から入ってくる人たちがいるのは問題外にしていらっしゃるわけだ...。 

これで限界集落というのを問題にする焦点が見えた気がしました。つまり、この理論では、集落に住んでいた人たちの「」が存続することに意味があるのであって、集落に人がいなくなって消滅してしまうことを心配しているわけではないのだと発見!

日本の農村というものは、そういうところですか...。東京育ちの私には、住むのは怖い! フランスの農村には、何の抵抗もなく入れましたけど。

第5の理由:
日本では、こういう集落を維持するように住民が努力すべきだと言う外部の人たちがいるのですが(ツーリズム活動やイベントをして人を呼び込めとか、地域の価値を高める特産品を作れとか)、集落は住んでいる人たちのものなのだから、傍から何か言うのは変だと思う。

たとえ集落が消滅することになっても、いま住んでいる人たちには、自分たちが好きなように生きる権利があると思う。収入を増やす必要がないなら、なにも無理して地域活性化のために努力する必要はないと思うのですけど...。

でも、家を守ることがこの世に生を受けた目的だとされるなら、集落を守るために努力しなければいけないということになるのでしょうね。そのために生きなければならないとなると、辛いですね...。


◆ 『幸せに暮らす集落 ― 鹿児島県土喰(つちくれ)集落の人々と共に

「限界集落」という日本独特の表現が気になったのは、友人が最近読んでいるという本の名を知らせてきたからです。

彼女自身、限界集落と呼ばれるような条件の集落に住んでいるのですが、「暮らしてい る人が何か困っている様子や苦しんでいる様子は感じていません」と言っていました。

傍から見るから限界集落といって絶滅する運命にあるように言われるわけで、そんなレッテルを張られることは住んでいる人たちには迷惑なのではないでしょうか?

本の題名から検索してみたら、この本でした。

幸せに暮らす集落―鹿児島県土喰(つちくれ)集落の人々と共に―

アメリカ人ジャーナリストが小さな集落に住みついて、そこの人たちは明るく生きていることを見せる本のようです。

「土喰(つちくれ)」という集落の名前がすごい! でも、鹿児島県にある集落だったら、雪が多くて気候が厳しい地方に比べて住みやすいでしょうから、幸せに生きているのは想像できます。

気になったのは、こういう村に入った人のことを特別扱いすること。それ自体は日本は異常なのを示していると思います。フランスでは、小さな農村に移り住み、廃屋を修復して住むようになったなどという話しはごくありふれていて、美談として取り上げられることはありません。

この土喰集落の人口は27人で、20世帯。そのくらいの規模の村はフランスにはたくさんあるので、どうということはない。なにしろ、フランスの市町村のうち、人口が50人未満は全体の3%近くを占めています。村というのはパリ市などと同列に並ぶ行政区分上の単位のことで、集落は村の中にあるわけですから、20世帯もある集落なんて、フランスの感覚からいったら立派な規模だと思ってしまいます。

でも、山間部に孤立して存在していると推測される土喰集落では、集落の住民が27人もいるのに、平均年齢は80歳近く、高齢化率は84%というから特殊な例ですね。

集落には小組合長というのがあって、著者もその役割をしていたようです。小組合長の役割を担う人の条件は、目がよく見えて耳がはっきり聞こえることだけなのだそうですが、その条件を満たす人は集落に3人しかいないので、1年ごとに交代して勤める、というのもすごい。

日本では、こういうところに移住したら、高齢者たちを助けなければいけないのだろうと想像するから美談になるのも頷けます。

本は手にできないでいるのですが、著者のジェフリー・S・アイリッシュ さんは、集落の人々が最後まで自分らしく生きられることが最も大切なことだとし、村が消滅することも静かに優しくみまもるという姿勢でいるようなので好感を持ちました。

人々が幸せに暮らす土喰集落とはどんなところなのか知りたくなって、映像を探し出しました。


ジェフリー・アイリッシュさん(2013年2月6日放送)

「世の中が大丈夫というのを、ここで感じられる」という言葉に重みがあると思いました。この頃の私は、日本も、フランスも、世界のあちこちも、このままいったら飛んでもないことになるのだろうという気分になっています。

フランスの作家マルグリット・デュラスは、冷戦時代に、「世界が破滅に向かっていると考えると、かえって気が楽になる」と言ったのだそう。そういう諦めに達した安らかさもあるけれど、やは「大丈夫」と感じていたいものです。こういう集落に住んでいたら、、自分と仲間しかいないわけですから、世界が狂っているなんて意識しないで「大丈夫」という境地になるだろうな...。

映し出されているのは美しい農村ですね。登場していらっしゃる集落の方々も、本当に良いお顔をしていらっしゃいます。それに、生活維持が困難な高齢者ばかりだからと、村や家の中がほったらかしにされてはいるようには見えません。

この村で生まれた子どもたちは、どうして出ていってしまったのでしょう?... なんと、もったいないこと...。


限界集落と呼ばれても、実際に消滅するケースは少ない

問題を取り上げて状況を改善するという姿勢には賛成しますが、そこに住む人たちのために、何かもっと前向きな呼び名を付けて欲しかった、と私は思うのですけれど...。

でも、「限界集落」という名のレッテルを張ることに抵抗を感じるのは、私だけではないようです。

総務省、国土交通省、農林水産省の最近の公式文書では、「基礎的条件の厳しい集落」、「維持が困難な集落」といった表現が使われているのだそう。自治体では別の名称も考えているようです。

そもそも、そういう集落に住む高齢の住民たちに、高齢者率が高いから消滅の危機にあるのだと言うのは酷ではありませんか?... 「あなたたちは近い将来死ぬのだから...」と言っているのと同じになってしまうのですから。

逆にして、若年層が少ないことが問題なのだとか、やんわりと表現することもできるのではないかと思うのですが、それでは同じことにはならなくなるのでしょうか?

高齢者が多いからといって、集落が消滅することとイコールではないのだと主張する本も出版されていました。

限界集落の真実―過疎の村は消えるか? (ちくま新書)

「BOOK」データベースより:
高齢化が進み、いずれ消滅に至るとされる「限界集落」。だが危機を煽る報道がなされているのに、実際に消滅したむらはほとんどない。そこには逆に「限界集落」という名付けをしたことによる自己予言成就―ありもしない危機が実際に起きる―という罠すら潜んでいる。カネの次元、ハードをいかに整備するかに問題を矮小化してきた、これまでの過疎対策の責任は重い。ソフトの問題、とりわけ世代間継承や家族の問題を見据え、真に持続可能な豊かな日本の地域社会を構想する。

この本も入手できないので、読んだ方の報告を読みました:
限界集落の真実 「過疎の村は消えない!」


フランスは工業国ではないため、日本以上に農村には仕事がないので都市に住む傾向がありますが、年金生活ができるようになったら農村に移り住む人が多いです。 従って、フランスの小さな村々は、日本なら限界集落と呼ばれてしまうようなところがたくさんあるのではないかと思ってデータを調べてみました。

一概にそうとも言えないような...。過疎地の農村でも、かなり子どもが多いのです。

限界集落の概念では、子育て世代がいるかどうかは無視しているようです。高齢者が多くても、子どもたちが大勢いれば村の将来は変わると思うのですが、日本の若者たちは、全員、村を出ていくものなのでしょうか?...

調べたフランス事情について、次の日記に書いてみます。
フランスの小さな村は高齢化しているわけでもない? 2014/09/27


追記:

『幸せに暮らす集落』という書籍を教えてくれた友人が、この日記を読んでメールを送ってくれたのですが、驚くことを報告してきました。

限界集落と呼ばれるような山の中に住んでいる彼女は、地元の新聞記者にインタビューされたことがあったそうなのです。そのとき言われたのは、それってないだろうと思う発言!

「中山間地を残す意味があるのか?」というニュアンスで、いろいろと聞いてきたのだそうです。それで、合併して大きな市に入った彼女の集落が「お荷物」になっているのだと意識したのだそう。

「限界集落」というレッテルだけでもショックだと私は思っていたのですが、そこで生活している人たちがいる集落をそんな風に捉えるなんて酷いではないですか?! !!!

それを聞いて思い出しました。東京で友人仲間が集まったとき、大手雑誌社で記者をしている人が、限界集落が困窮状態になっていることを記事にするために僻地に取材しに行ったという話しです。

遥々と時間をかけて行ってみたら、事情は全く違っていた。住民たちは助け合って生きていて、暗いイメージは全くない。仕方がないので、限界集落といっても人々は明るく生きている、という内容で彼女は記事を書きました。ところが、その記事は編集長からボツにされたのだそう。

限界集落を未来のない場所とする風潮があった中で、『幸せに暮らす集落』という本が出版されたのは一歩前進だと思いました。

幸せって、なんだろう?...

時代の流れにも身を任せず、我が道を歩いた男性のドキュメンタリー映画についても書きました:
北フランスで昔ながらの農業を続けていたポールさんの生き方

シリーズ記事: 限界集落

   目次:
    1. 「限界集落」という言葉が気に入らない
    2. 
フランスの小さな村は高齢化しているわけでもない?


内部リンク:
ジャン・フェラのシャンソン「ふるさとの山」に見る日仏文化の違い 2014/08/10
北フランスで昔ながらの農業を続けていたポールさんの生き方 2014/09/30
★ 目次: フランスに結婚に関する風習、夫婦・家族関係、生き方

外部リンク:
ジェフリー・S・アイリッシュ  sotokoto interview
幸せってなんなんだろう。滅びゆく集落「土喰集落」と、そこに暮らす一人の外国人。
限界集落論への疑問
☆ Wikipedia: 限界集落
老人は日本の国民か? 武田邦彦 (中部大学)


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2014/02/13
ずっと私は、年をとって自分がしたいようにできなくなってきたら日本で暮らす、と決めていました。

日本には思いやりがある。何も言わなくても、私がどうして欲しいのかを推測して、私が望んでいるようにしてくれる♪

そもそも、日本は性善説の国。初対面で良い人だ、と受け取られることから始まる。悪い人だと相手が思った時点から敬遠されるわけですが、悪いことをしなければ問題なし。

それに対して、フランスは性悪説の国に見えます。付き合っているうちに、私が良い人だと思われて始めて、受け入れてくれる。ただし、私が相手の友人の友人というところから始まれば、初対面からスムーズな関係ができるので楽ではあります。

フランス人は、お金を稼ぐために労働することが耐え難いらしい。それに比べて、日本人は機嫌よく働いている。どうせ働かなければならなにのだから、文句を言いながら働くより、日本人のように働くことを楽む方が懸命だと思っていました。


ところが、十数年前からかな?... 日本は真綿に包まれたような国だという甘い考えは通用しなくなったぞ~! と、感じるようになりました。

ここのところ、日本人は努力家で辛抱強いとブログに書いてきたのですが、実をいうと、最近の日本人は我慢の限界に達してきているのではないかと思えるのです。

それはそうだと思う。特に都会では、人が苛々したって仕方ないような環境になっていると思う。というか、その方が自然だと思う。今まで耐えてきてしまったのが不思議なくらい...。 そんなに我慢してばかりいるわけにいかないもの。


東京で外出するのが怖くなった

私が帰国したときにいるのは東京なのですが、昔には考えられないくらい殺伐としてきました。 どうしてしまったのでしょう?...

いつの頃からだったかな?... 帰国するたびに、日本の友人たちが私に細々と忠告してくれるようになりました。最近の東京は昔と違うのだから、夜に一人で歩いてはいけない、ホームで電車を待つときは線路に近いところに立っていてはいけない、等など...。

始めのころは、オーバーに言っているのだと笑っていました。でも最近は、本当だと実感しています。被害にあったという友人の話しも聞くようになりました。自宅の目の前で、知らない人からいきなり殴られて、地面に叩きつけられてメガネを壊してしまった、とか...。

私自身は、まだやられてはいませんが、その日が来るのは時間の問題だろう、と覚悟しています。

昔から東京は過密でした。でも、みんなあるくときには人にぶつからないように注意していたと思う。ところが最近は「どけ~!」とばかりに蹴散らすように歩く人たちが目につきます。終電間近のターミナル駅などは、殺気立っていて恐ろしいです!  こちらはイザとなったら歩いてでも帰れると呑気にしているせいで、普通に歩いているのが悪いらしいのですが。


ものすごく怖い目つきで睨みつける人たちがいるので驚きます。

私はフランスの田舎で生活しているのに慣れてしまったせいか、東京の人の流れの中でスイスイ歩けなくなってしまったらしい。それで、人のぶつかってしまうことが時々あります。すごい険相で睨みつけられるのです。

これは殴られるぞ~! と確信して、こういう場合はどうすれば良いかと考えたことも何度かあります。

頭を手でおおうか、銃弾を避けるかのように地面にひれふしてしまうか?...

最近やってみたのは、周囲の人に聞こえるような大声で、「わぁ~! ごめんなさ~い! すみませ~ん! ごめんなさ~い!...」と、大声で繰り返してみること。

惨めだし、みっともないですよ。でも、目にアザができて、何週間も恥ずかしい思いをするよりは、マシではないですか?

さすが、そうなると、相手は手を出せないらしい。一生記憶に残ってしまうような怖い顔をされましたが、立ち去ってくれました。

こういうのが効果的かな?... スリだって、誰も見ていないからやるのですよ。回りの注目を集めてしまったら、さすが暴力はふるえないはずではないですか?


私は東京生まれの、東京育ちなのですが、フランスの田舎に慣れてしまったようです。東京の混雑しているところを歩いていると、道路の真ん中に立って泣き出したくなってしまうこともあります。

騒音がすごい。どこからともなく漂ってくる不味そうな食べ物の匂いがたまらない。なにしろ、人の多さが尋常ではない。それなのに、叱られたりすると、もう地獄にいる気分になってしまう。

私がモタモタしているから怒られるのかと思って、インターネットで探してみました。「東京」、「殺伐」、それに加えて提案してきた「電車」を入れて検索すると、色々な怖い事例が出てきました。

そうか。東京にいるときはラッシュアワーには電車に乗らないようにしているので、本当の怖さを私は分かっていないのだ...。


インターネットのコメントも怖い

フランス人が腹がたつと、上手い皮肉を言うと感心してしまうような嫌味を言うのですが、日本人の場合は皮肉を言って鬱憤晴らしができない。それで、行動で示してくるのではないかな?...

でも、インターネット上で皮肉な言葉を並べるのに関しては、日本人も平気みたい。むしろ、フランスのフォーラムやコメントを読んでいても出会わないような痛烈なことが、日本人のコメントには入っています。

少し微妙な主張をしているブログなどでは、必ずと言ってよいほど辛辣なコメントが入ってきている。つまり、面と向かったら絶対言わないであろう侮辱的な言葉。「死んでしまえ」とか、「バカ」とか、「ちゃんと勉強しろ」とか...。

見解が分かれるような問題などについては、ちゃんと勉強しろと言うのは変だと思うのですよ。色々調べたら、どれかを本当のことだと断定するのは難しいと分かってくるものですから。

つまりは、自分と違う意見を持っているヤツが許せない人たちが多くなった、ということなのではないでしょうか? それと、誰にでもやつあたりすることによって鬱憤晴らししている人たちがたくさんいるのではないか、と思えてきます。


日本も何とかしないと...

むかしは、パリの人たちが苛々しているのを見ながら、東京はもっと都会としては居心地が悪いのに、人々は苛々していないと思っていました。

でも、最近は、逆転しているのではないかと感じます。

パリ市は、新市長になってから、ほっとする空間を作るなど、色々な努力をしてきています。そのせいか、最近のパリっ子たちは昔のような苛々が薄れてきたように感じるのです。

ところが、東京は、完全に、全くその逆。むかしにはなかった苛々した雰囲気が、どんどん広がっているような気がする...。加速化したのは、21世紀に入ってからではないかという気もします。

東京は知事が変わりましたけれど、町の雰囲気は何も変わらないのではないかな?... フランスの都市では、市長が変わると、町が住みやすくなったり、雰囲気が格段に明るくなったりすることがあるので、同じ予算の使い方でもこうも変わるかと、180度の変化を見るのが面白いのだけれど。

日本でも、小さな町だったら雰囲気を変化させることも可能でしょうけれど、東京は大きすぎるだろうな...。

ともかく、最近の私は、東京で外出するときは緊張するようになりました。日本は「お・も・て・な・し」の国です、なんて言って欲しくない...。

15年くらい前に東京でオリンピックをすることになったのなら、そうおっしゃって良かったと思うけど。あるいは、日本も田舎で開催するなら、今でも言ってOKです。

もっとも、その言葉につられて東京に来る気になるフランス人はいないでしょうから、安心かもしれない。フランスでは、それがオリンピック誘致の決め手になった、などというニュースはならなかったと思うので。

英語圏ではニュースになったように見えます。でも、フランスの検索エンジンで「Omotenashi」をキーワードにして、フランスのサイトに限定してみると、資生堂フランスの「おもてなしクラブ(Club Omotenashi)」がトップを占めてしまいます。その後に続いて、日本のニュースを追っている人が、これが日本で流行語になったと書いたページが少し出てくる程度です。

 シリーズ記事: 「奴隷のように働く」という例え


ブログ内リンク:
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ » 都市と農村(パリについて)
日本滞在記 <2>: 神秘的な空気を感じた里 2007/11/08

外部リンク:
東京に来てビックリした事は何ですか?


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2014/01/20
日本では、クリスマスにケンタッキーのフライドチキンが人気があると知ったことを書きながら(こちらの日記)、友達が「これが日本人の食生活の姿なのよ」と言ってプレゼントしてくれた本があったのを思い出しました。


日本の食卓って、本当にこんなにお粗末?!

この本です。


家族の勝手でしょ! 写真274枚で見る食卓の喜劇 岩村暢子著 新潮社

本の紹介より:
お菓子だけの朝食、味噌汁回し飲み、具のない素ラーメン・素パスタ・素やきそば。野菜は週に1回、鍋やフライパンの食器化は当たり前、家族が勝手に出入りしてつまんで行く食卓の「餌場」化……。「信じられない!」と叫ぶか、「他人事じゃない」とため息をつくか、「食卓ナマ写真」がリアルに映し出す現代家庭の姿。10年以上の調査から「家族像」の崩壊を伝える前代未聞の衝撃レポート。


調査対象にした家庭に使い捨てカメラを渡して、1週間の食卓を全て写真に記録してもらうという調査方法です。

始めは努力して料理しているのですが、だんだん手抜きになってくる。すごいのですよ。家族そろって、子どももいて、それでいながら、夕食にみんなでインスタントラーメンなんかを食べているのですから。

でも、1週間だけだったら、カッコよくみせようと努力してしまいませんか? でも、それは著者の腕なのでしょうね。ふつ~に食事して、レポートしてください、と説得した?

始めてみたときは、まさか~!、嘘~! と叫んでしまったのですが、本当らしい。

著者の岩村 暢子(いわむら のぶこ)さん自身も、初めて出た調査結果を見て、サンプリングが悪かったと慌てたそうです。でも、調査を続けていると、それが普通の家庭の食卓だと分かってきたとのこと。最近では、子どもたちにコンビニで好きなものを買わせて、家族がてんでんバラバラな食べ物を持ち寄って食事する、なんていうのもあるらしい。

クリスマス料理にファーストフードを食べるのに抵抗がないと聞いて、改めて本を取り出して眺めてみました。でも、写っている食卓の写真は脅威に近いものがある。悪いけど、楽しくないので、パラパラ見ただけでやめてしまった...。


フランスでは?

フランスでも、食が乱れてきていることは問題にされています。フランス人の半分は、親よりも自分の料理は下手だと思っているのだそう。

私が観察していても、パリなどではかなり乱れていると感じています。 ともかく忙しい彼らですから。パリには、料理する手間が省ける総菜屋などもある。そんな店の前を夕方に通りかかったとき、行列ができているので驚いたことがありました。こういうのはパリに行かないと見れないな~、と感心!

アンケート調査によると、フランス人が食事の用意をする時間は少し減ってきているけれど、それと比例して食べている時間は増えているのだそう。

INSEE(フランス国立統計経済研究所)の調査 2010年:
・調理時間: 1日 53分 (1986年から18分減少)
・食事時間: 1日 2時間22分

Ipsosアンケート 2011年:
・調理時間: 1日 1時間22分 (週末を含む)

意外に少ないのだな、と思いました。でも、フランスの家庭料理って、時間をかけなくてもできてしまうのですよね。各人がナイフで切って食べるので、日本のようにお箸で食べられるように小さく切る必要がない。さらに、食事が終わったら食器洗い機に入れれば良いだけだから、さっと後片付けができてしまう。


ファーストフードに関しては、フランンス人、特に大人は根強い反感を持っているとは感じます。アンケート調査では、ファーストフード店に行ったことがないと答えた人が19%というのがありました。そのくらいの割合だろうな、とまわりの人を思い浮かべて思います。

日本はどうなのかを探してみたのですが、ファーストフード店に行く頻度を聞いていて、行ったことがあるかどうかの調査は見つかりませんでした。

どっちみち、日本でファーストフードというときに何を対象とするかの定義から始めないと質問にならないので、数値があっても意味がなかったと思う。「ファーストフード」というとアメリカ系のチェーン店を思い浮かべますが、日本独特のタイプも非常にたくさんあるからです。立ち食いソバ、食券を買って入るラーメン、牛丼とか...。そういうのもファーストフードにしてしまったら、「行ったことがありません」と答えるのは、かなりの高齢者だけではないでしょうか?...

旅の口コミサイトTripAdvisorがフランス人を対象に行ったアンケート調査では、62%はファーストフードには絶対に行かないと答えていました。「絶対に行かない」という強い意志が見えます。

フランスでは、アメリカ系のファーストフード店は、マクドナルドくらいしか進出に成功していない感じがします。他のがあるとしても、パリなどの大都会だけではないでしょうか?

90年代には、子どもたちが珍しがってマクドナルドに行きたがるというのが問題になっていましたが、最近は下火になった感じがします。親が「うちの子はマクドナルドに行ったけれど、美味しくなかったと言っていたんだ♪」なんて自慢するので、それを聞いていた子どもは、カッコつけたくて「ボクは行かない!」などとやるのではないか、という気もしましたけど。

でも、こんな小さな町にもマクドナルドができたの? と、最近も驚いたのでした。つまりは、行く人がいる、ということではないですか?


フランスには、軽く食べられるレストランがない

ファーストフードのフランス進出は、それが原因ではないかという気がします。

旅先で、ちょっと軽く食べたいとき、フランスでは何もないのが辛いと思う。マクドナルドとか、スーパーマーケットのカフェテリアとか、トルコや中華料理の簡単に食事できるところには行きたくない人は非常に困ります。

大きな町にいるときなら、ビストロで1皿食べるという手がありますが、田舎だとそんなのは、全くない! レストランに入ってしまったら、かなりのお金がかかる。1,000円程度で、いちおう椅子に座って食事できる日本は便利だと思う。

だいぶ前に、簡単に食事したいときには、こういう料理が好きというので例を挙げたことがありました。大きな町にあるカフェ・レストランやビストロなどにはSalade composéeと呼ぶ、1皿食べれば十分なサラダがあるけれど、「こんなのが食べたかった~♪」と喜ぶようなのには出会いません。


簡単に食事したいときのお勧め、アシエット・グルマンドという料理 2006/06/30

フランスのレストランに入ったときには、1皿だけとるのは気が引ける。それで、無理して食べる。そうすると、体調がこわれる。なので、旅行中の夕食を抜いてしまうことがよくあります。

冬の旅行では特に困る。夕方5時には暗くなってしまうので、もう観光はできない。それで、ホテルのベッドに寝っころがって、お腹がすいてくるのを待つ。でも、8時にもなると、外に出るのがおっくうになる。そのまま寝てしまうことになるのですけど、これは非常にわびしい...。

日本人が国内旅行したときに食べたものに関するアンケート調査をした場合、フランス人なみに長期休暇を過ごしたら、1回くらいは、お蕎麦などを簡単に食べたりするのではないでしょうか? いや、日本だと、夕方になってもまだ満腹なんていうようなことはないから、問題はないかもしれないな...。

私も若いときには日本でファーストフード店に入ることもあったのですが、久しく行っていません。あれは、慣れないと入る気にもならないものだと感じています。なんだか拒絶反応ができてしまうのです...。

フランスのファーストフード店がどういうところなのか興味はあるのですけど。というのは、フランスの友人たちが、ファーストフードでもかなりの金額を払うことになるので、普通のレストランに行っても同じだ、と言っているのを聞いたことがあるからです。前菜、メイン、デザートをとるからなのですって。

そんなところに行って、フルコースを食べることないでしょ~! これは、フランス式のファーストフード店の話しだったのかな? フランスのマクドナルドでは、そういうフルコースの食事もfrきつようになっていて、チーズなんかも選べるようになっているのだろうか、と気になっています。ご存じの方があったら教えてくださると嬉しいです。


テレビに登場するレポーターの食べる場面について

先日の日記「日本のテレビ番組で気になっていることに関するアンケートのお願い」で、日本のテレビには食べているシーンが多いと感じられているかどうかをお聞きするアンケートを入れてみました。

* クリックして投票してくださった方々、どうもありがとうございます。
まだ、ずっと投票を募集しますので、よろしくお願いします! *

やはり「そう思われますか」という答えや、意外な答えもあるので、
楽しみながら投票結果を眺めております。


私のブログはアクセスが多くはないので、半年くらい待たないとお答えが入ってこないだろうと思っていたのですが、 すでに少しは傾向が見えてきました。

2週間たっての中間的なまとめをしてみます。
何も答えを入れなくても、「投票する」のボタンを押すとお答えがどうだったかのパーセンテージがでるのですが。
  • 質問1: テレビで食べる場面が多いと感じているのは私だけかとも懸念したのですが、「頻度は普通」あるいは「少ないくらいだ」とお答えになったのは少しでした(20%足らず)。
  • 質問2: テレビで食べる姿が出ることをポジティブに捉えていらっしゃる方、気にならない方を合わせると40%くらいを占めています。そうでしょうね。私のように不快だと感じる人が過半数を占めてしまっているのなら、テレビ局だってやらないと思いますから。
  • 質問2: この質問項目で、確かめたかったことがあったのです。こういう風に食べるところをたくさん入れているということは、それを見るのをオカズにしている方々がたくさんいるのではないか、と想定したのです。つまり『家族の勝手でしょ!』に描かれていたような日本の食卓だと、テレビにご馳走を食べている姿が出るのは喜ばしいことじゃないか、と思ったわけです。ところが、少なくとも今までのところでは、「自分が美味しいものを食べている気分になるので嬉しい」というところをクリックされた方は一人もいらっしゃらないのでした。なるほど...。見るだけでは、おかずにはならないですか....。
  • 質問3: とても面白い面が見えました♪ テレビで食べている人が「美味しい」と言ったときの反応です。本当は美味しいと思わなくても「美味しい」と言っているように感じる方が、半分はいらっしゃるのです! ということは、「美味しい」という言葉は「美味しさ」と結びつかないということ?! 私も、日本人はその場が楽しければ「美味しい」と言うのではないかと感じていたのですが、食べたときに「美味しい」と言うのはマナーとして定着しているのかもしれない。

食べる場面が出てくるときにどう思うかは、レポーターによるというコメントも目立ちました。つまり、難しいのですね。ただ「美味しい」と言っただけではダメで、好感をもたれるように「美味しい」と表現しなければいけないのだ...。アンケートを入れた日記に書いたように、フランス語には「美味しい」という表現がたくさんあるので、その言葉の選び方でどのくらい「美味しい」と言いたいか示せるのだけれど、日本語は難しい!

 シリーズ記事: ご馳走料理 vs 日常の食事


外部リンク:
☆ LaDépêche.fr:
Les Français font moins la cuisine mais passent plus de temps à manger
☆ Ipsos: 
Les Français et la cuisine
☆ Kelkoo:
Les Français sont des passionnés de la cuisine, mais 56% estiment qu’ils cuisinent moins bien que
Les Français et la cuisine, un amour grandissant
Les Français et la cuisine en vacances : aventuriers où conservateurs ?
久米宏経済スペシャル新ニッポン人の食卓
料理の楽しさと煩わしさ


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2014/01/09
前回の日記でアンケートを入れて、 その最後に「日本に住み日本を愛する外国人たちが嘆く「日本が最悪にイケてない10のこと」という記事へのリンクを入れました。

どうでも良いと思えることもあったのですが、そこにあったトップ10のうち、1つが気になりました。


これが日本で人気のクリスマス料理?

日本在住の外国人が、ここは良くないと感じる場面をあげている中で、これが2番目にあがっていたのです:



いくらなんでも、クリスマスにケンタッキー・フライドチキンを食べるはずはないでしょう? クリスチャンではないけれどクリスマスを祝いたいと思う人たちは、何かロマンチックな演出を考えるのが普通ではないですか?

2番目にあげているということは、そういう日本人が多いと言いたいの? まさか~!...

でも、私は常識がなくて、さらに流行のことは何も分っていないと自覚しているので、本当なのかを調べてみました。

驚き。彼らは間違っていないらしい!


KFC、クリスマス売上高が過去最高に 予約好調で1.7%増 - MSN産経ニュース

予約したり、行列をつくったりしないと買えないというところに消費者の心をくすぐる力があるでなりたっている商売なのかな?...

店舗を検索したり、注文できたりできるページもできていました。


2013年ケンタッキーフライドチキン クリスマスキャンペーン

ほほぉ~。
「最高のクリスマスを予約しよう」なんて書いてあります!

で、なにを食べるの?

普通のフライドチキンにクリスマスの演出を少ししただけのメニューが並んでいましたが、プレミアムシリーズというのもある。

鶏の丸焼きのローストチキンが5,700円ですって。

お値段の方は、確かに「贅沢」と呼ぶのに相応しいかもしれない。 オーブンに入れて焼くだけの料理にこの値段を払うという点で。


日本ではチキンの丸焼きは珍しいものな...

ケンタッキーのローストチキンは国内産銘柄鶏「五穀味鶏」だ、とアトラクティブなことが書いてあります。五穀味鶏とはどんなニワトリなのかと検索してみたら、ブロイラーメーカーのサイトが出てきてしまった...。 小屋に押し込められている鶏たちを見たらゲンナリ...。

鶏は外を走り回って、虫なども食べないと肉が美味しくならないと思うのだけれど...。

クリスマスにローストチキンが食べたいとしたら、新鮮なチキンを買って、自分でローストしたらご馳走になるのに、と思ったのだけれど...。

でも、思えば、最近の日本では、ニワトリを丸ごと売っているのをめったに見ることがなくなったような気がします。ネットショップならたくさん扱っているのだろうと思ったのですが、それほど出てきません。


左のは、フランスで最高級といわれるブレス産の若鶏。真ん中のは、フランスで手にいれる農家の放し飼いで育てた鶏肉に近いくらい美味しいと思っている名古屋コーチン。でも、かなりお高いですね。

そういう銘柄品にしなければ、自分で焼いた方がケンタッキーより安そうです。でも、日本の家庭では、ローストチキンはほとんど作らないかもしれない。

下に入れるのは、見せるのもお恥ずかしいようなチャチなフランスの電気オーブンですが、ちゃんと鶏肉を串刺しにして、自動的に回転しながら焼く装置がついています。




驚くのは外国人たち

クリスマスにファーストフードを食べることに驚くのは、クリスマスは家族が集まってご馳走を食べる日だ、ということが頭に刻みついている外国人たちだからなのでしょうね。

検索してみると、日本でケンタッキーフライドチキンをクリスマスに食べることは、外国のサイトでかなり話題になっていました。フランス語のページも、ぞろ~っと出てきました。

AFP通信も、フライドチキンが日本人のお気に入りクリスマス料理だというのをニュースにしていました(フランス語):
YouTube: Le poulet frit, plat préféré des Japonais à Noël

噂のクリスマス用チキンを買って報告している英語圏の外国人もいました。


KFC Christmas Japan: A delicious alternate reality

クリスマス用の特製チキンが売り切れだったので、赤ワイン煮を買って電子レンジで温めていました。寂しいクリスマス・ディナーに見えてしまうけど、家族で「これはやっと手に入れたチキンよ♪」などと言いながら食べたら、ご馳走になるのかもしれない...。

今は、日本料理の素晴らしさが外国でクローズアップされている時代。それなのに、肝心な日本人はファーストフードに全く抵抗がないというところに外国人の驚きがあるのではないかな?... でも、日本に憧れる外国人たちを喜ばせるために、日本人はかたくなに日本の食文化を守っておりますと無理してアピールする必要はないわけで、自分が好きなものを食べた方が良いとは思う。


代表的なクリスマス料理が日本にはない

考えてみれば、クリスチャンでない日本人にとってのクリスマスは、何かしら特別な日になってくれれば良いだけなので、予約しないと手に入らないフライドチキンも特別な食事としての価値があるのかもしれない。

日本では、バレンタインデーに女性が男性にチョコレートを贈るなどというのも商売として成功させたのだから、クリスマスにも何かあっておかしくないですね。

クリスマスと言えばデコレーションケーキしかなかったわけなので、メインディッシュを作ったアイディアは賢いと思いました。


フランス人が好きなクリスマス料理というと、前菜はフォアグラや生ガキ。メインはやはり伝統的は料理ということで、家禽類の料理があがっていました。

チーズはもちろんあって、その後のデザートは、迷わずBûche de noëlと呼ばれるフランス式クリスマスケーキ。

フランスで、早くから予約しないと手に入らないクリスマスの食材には「シャポン」という鶏肉があります。

去勢して太らせた雄鶏で、クリスマス用にしか育てないので、時期外れだと入手不可能。

ただし、高価な食材なので、一般的なフランスのクリスマス料理ではありません。

質が良いことで有名なブレス地方で育てたシャポン以外なら、庶民でも手に入れることができますが。


フランスでも同じかな...

お正月明けの今の時期、フランスではガレット・デ・ロワというケーキを食べます。

ケーキ屋さんやパン屋さんの店頭に並ぶのですが、スーパーにも、見るからに不味そうなガレット・デ・ロワが山積みされています。

そういう安価版のガレット・デ・ロワを作っているメーカーに勤めていた友人は、夏に大量に作って冷凍しておくのだ、と言っていました。

ファーストフード店で食べるわけではないけれど、そういう大量生産のケーキを食べたら同じことではないですか?

でも、このケーキはエピファニー(公現祭)のお菓子で、それがクジ当ての楽しみもあるから皆で切り分けて食べるのが楽しいという趣向です。

べつに、ご馳走だと思って食べるわけではないので、気にしない人は多いのかもしれない。あれだけスーパーに並んでいるのを見るからそう思うわけですが。


フランスの代表的なクリスマス料理は何だろうと検索していたら、ある中学校のサイトに、生徒たちにクリスマスの給食に何を出して欲しいかを聞いたアンケート調査の結果がでていました。

Sondage repas de Noël

前菜として圧倒的に希望者が多かったのは、フォアグラ(122票)。

チーズのリクエストは、まちまちでで統一感なし。

デザートはやはり、ビュシュ・ド・ノエルというフランス式クリスマスケーキ(115票)。

で、メイン料理として最も人気があった料理は何だと思われます?

ケバブなのです(116票)!
これって、フランスで最もよく見かけるファーストフードの定番ではないですか?!

ひょっとしてアラブ系が多い学校だったのではないかと生徒たちの写真を眺めたのですが、特にそういうわけでもないように見えました。

家でクリスマス料理を食べるから、学校では違うものを食べたいと思ったのかな? でも、前菜ではフォアグラなんて言っていたくせに!

結局、子どもたちはファーストフードが好きなのでしょうね。ケバブに続くのはハンバーガー(68票)でしたから。前菜の希望でも、第2位はピザだったのです(50票)。

さらに、メイン料理の付け合せとして人気があったのは、フライドポテト(110票)。続くジャガイモグラタン(40票)を大きく抜いています。

フランスの子どもたちだってそうなのだったら、日本人がクリスマスにケンタッキー・フライドチキンを食べるのにフランス人が驚くことはないではないですか?!

 シリーズ記事: ご馳走料理 vs 日常の食事


ブログ内リンク:
フランスで最高のクリスマス料理: シャポン 2005/12/05
クリスマスのご馳走: 白いブーダン (boudin blanc) 2009/01/15
★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記
★ 目次: フランスで食べる鳥肉と卵(鶏、鴨、ウズラ、鳩、卵など)

外部リンク:
Une tradition de Noël japonaise qui perdure : le Kentucky Fried Chicken !
Pourquoi les Japonais mangent chez KFC à Noël
Que faire pour Noël à Tokyo - Un Gaijin au Japon
「クリスマスはKFC」に海外から驚きの声 「ジョークか何かだろ」「本気なのか」


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2013/12/25
半年前に生まれた赤ちゃんがいる家庭に忘年会で集まった日本の友人たち。てんでに赤ちゃんを抱きあげますが、驚いた赤ちゃんは泣きだします。

その中の1人が言いました。

ー こんなことくらいで泣いちゃだめよ。あなたの人生には、もっと大変な苦難が待ち受けているのだから。

冗談を連発する友人ですが、言い当てている!

今生まれてくる日本の子どもたち、そしてその子孫たちには、どんな未来がまっているのだろう? 私たち大人は、彼らが何百年にもわたって背負わなけれならない重荷をしょわせて立ち去ろうとしています...。



少し前に出会った動画を入れます。

1939年、フランスの軍隊のクリスマス風景を見せる報道映像です。

フランスでは絶大な人気があった歌手・俳優のティノ・ロッシ(Tino Rossi: 1907~1983年)が歌うクリスマスソングが流れてきます。

真夜中のクリスマスミサに参列した兵士たち。

クリスマスプレゼントをもらったり、ご馳走を用意して食べたり、食い入るような目で慰問に来た女性歌手を見つめたりしているうちに、現実から逃避した彼らの表情はなごんでいきます。



※ フランスで最も有名なクリスマスソングはティノ・ロッシの「Petit Papa Noël(1946年)」なのですが、この映像に合わせて、1939年11月に彼が出したアルバムから「Minuit, chrétiens(さやかに星はきらめき)」と「Trois anges sont venus(三人の天使は夜来る)」を入れていました。
最後に登場しているのは
ジョセフィン・ベーカー(Joséphine Baker)。

1939年9月3日、アメリカに圧力をかけられたフランスはイギリスとともにドイツに戦線布告しますが、映像は「Drôle de guerre(まやかし戦争)」と呼ばれた時期。ドイツ軍と国境でのにらみ合いをしていただけ。でも、翌5月10日、ドイツはフランスに全面攻撃をかけてきました。

普通の心を持っていたら、誰だって戦争なんかしたくないと思うはずです。それなのに、戦争は絶えず行われてきました...。



久しぶりに日本に帰ったときに、どことなく異様な空気が漂っているので、日本は戦争を始めるのだろうと強く感じたことがありました。

意見が出れば反対する人が必ずいるフランスとは違って、日本人は一丸になりやすいと感じたのです。誰が変な方向に舵を取ったら、簡単に突進してしまう国民なのではないか?... 次に帰国したときに遭遇したのは、地下鉄サリン事件でした。

戦争を経験したことがある父に話したら、「あのときは、もっと、ずっと暗かったよ」と言われて、安心してしまったノンキな私...。

しばらく忘れてしまっていたのですが、最近、またその思いが首をもたげてきました。景気回復を図る政治家が行える最も効果的な手段は、戦争をおこすことですから。


ジャーナリスト辺見庸の言葉:

ー ファシズムっていうのは必ずしも強権的に「上から」だけくるものではなくて、動態としてはマスメディアに煽られて下からもわき上かってくる。政治権力とメディア、人心が相乗して、居丈高になっていく。個人、弱者、少数者、異議申し立て者を押しのけて、「国家」や「ニッポン」という幻想がとめどなく膨張してゆく。


- かつて吉田茂首相は朝鮮戦争が勃発したとき、「天祐」と言いました。天の助けだ、と大喜びしたのです。とんでもない暴言なんだけれども、日本にはそれを恥じいり吉田茂を糾弾する世論はなかった。戦後間もない時期、貧困の淵にあった日本には朝鮮戦争反対の本格的運動はなく、戦争特需で儲けることができる、ビジネスチャンスだと、あの大きな戦争をとらえたのです。


ヒットラーはクーデターで政権にのぼったわけではなくて、国民投票で選ばれていました。第一次世界大戦で負けて窮地に陥っていたドイツ。国民の思いを1つにまとめるには、みんなに共通の敵を与えることが必要です。それがユダヤ人。

日本でも、2つのお膳立てが整ってきているように思えてなりません。救いは、経済不況がまだそれほど深刻にはなっていないこと。でも、不況も原発処理も解決できるという楽観を持たされると、パンドラの箱をプレゼントされたみたいで怖いですが...。



フランスの戦時中の映像を見て物思いにふけっていたら、私の疑問に答えるかような記事のコピーを送ってきてくれた友人がいました。

その新聞記事の内容をインターネットに載せていらっしゃる方もありました:
辺見庸ロング・インタビュー「国策を問う ――沖縄と東北の40年」(沖縄タイムス 2012年5月10日、同11日)を読む

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