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2016/11/18
子どもの時には触覚が敏感なものなのでしょうか。幼い頃の思い出の中には、触ったときの感覚が残っているものが幾つもあります。

住んでいた家の外壁にはめ込まれた小さなタイルの手触りは、まだ幼稚園にも入っていなかった頃だったはず。小学生のときに初めて田んぼに足を踏み入れたとき、足の指の間にヌルヌルとした土が入ってきた感覚もあります。

それから、母が持っていたべっ甲の髪飾りを持ったときの触感も鮮明に残っています。


簪(かんざし)、櫛(くし)

母の髪飾りは、下のアイテムと同じ感で、美味しそうな飴色をしていて、かなり厚みがあるものだったのを覚えています。ただし、彫刻は浮彫で、色はついていなかったような気がします。



実は、こういうのは「簪」と呼ぶと思ったのですが、簪は髪に指すタイプで、こういうのは「櫛」と呼ぶのが正しいというコメントをいただいたので、この記事は書き直したり、書き足したりしています。

(かんざし)    (くし)


「かんざし」と聞くと髪飾りをイメージしますけれど、「クシ」という発音を聞いたら髪をとかすときの味気ないクシを思い浮かべてしまう。

上のタイプは、「前櫛(まえくし)」と呼べば良いようです。

ところが、上に入れた商品の説明では、こんな風に書いてありました:
両面上部に螺鈿が入れられたとても希少な逸品です。歯間が狭いので櫛よりも簪(髪留め)仕様かと思われます。

となると、簪なのか櫛なのか分からなくなる...。商品名は、賢く「櫛簪」とされていますね。

混乱してしまいますが、本来「かんざし」と呼ばれる髪飾りは、下のように髪に指す形が正しいのは確かなようです。


「くし」は「苦死」と同じ発音なので、贈り物にするときには「櫛(くし)」を「簪(かんざし)」と呼んだりするのだそう。売る方でも、飾り物の櫛は「かんざし」と呼んでしまうことがあるように感じました。


前櫛

母が大切そうに持っていた髪飾りは、引っ越ししているうちに無くなってしまいました。それが懐かしかったのか、名古屋に旅行したときに入ったアンティークショップで、同じようにカマボコ型の櫛を売っていたので買ってしまっていました。

これです ↓



美味しそうな飴色はしていません。母が持っていたものは、触ったときのツルツルした感じに温かみがあって、いかにもベッコウという感じがありました。

買った前櫛は、昭和の貧しい時代に作られた安物という感じがしていました。それに私は天性の風来坊なので、必要のない物を持つのは好きではない。でも、これを見たときに思い出話しを店の人にしたら、うまく乗せられてしまったようです。値引きまでしてくれる。連れて行ってくれた人が親しい店だったので、何か買わないと悪いような気もしていました。

それで、大して気に入ったわけでもないのに、買ってしまったのです。

この櫛をフランスに持ってきていたのに、すっかり忘れていました。いつもはめったに入らない部屋に飾ってあったのを見つけて思い出し、その翌日にアンティークショップを開いていたこともある友人が食事に来たので、これを見せて本物の鼈甲かどうか聞いてみようと思いつきました。

気に入られるようだったら、どうせ誰も眺めないままに放置されているだけなので、プレゼントしようという魂胆。

前回の日記「なんでもプレゼントしてくれてしまう友人」で書いた友人なのです。私の方も何かあげたくなるわけなのですが、日本からは古いものをほとんど持ってくることがないのでした。これは、いちおうアンティークショップで買ったのだから、かっこうのお返しになるではないですか?

私の方が頻繁にこの友人夫妻を食事に招待しているだろうし、ワインの買い付けなどに行ったときは彼らの分も買ってお土産にしています。こうなるとプレゼント合戦になってしまって、切りがないのだけど...。


友人は櫛を電灯の光にかざし、歯の切り込みなどをしばらく眺め、「本物のべっ甲だと思う」と言いました。歯の切り込み方が、型で作ったプラスチック製とは違うのですって。

「値打ちものだ」とも言う。
「興味がある?」と聞いたら、「ウイ」と答える。

それで「あなたに、あげる」と言ったら、目がキラキラ。少し遠慮したけれど、あっさりともらってくれました。

彼はやわら友人は立ち上がり、テーブルの向こう側から私の方に歩いてくるので驚く。プレゼントされたらキスのお礼をするものなのですよね。何年たっても習慣が身につかない私...。


おめでたい飾り

櫛を眺めながら、友人は「結婚式の時に付けたのだろう」と言いました。

古いものを集めているので、日本や中国のものも彼らのコレクションに入っているので、ある程度の知識はあるらしい。ご主人の方は、若いときに空手をやっていたし、盆栽の作り方にも知識があるので、私などより日本のことを知っていると感じることがあります。

あらためて眺めてみたら、おめでたいものが飾りのモチーフになっていたのでした。店でも何か説明してくれたと思うのですが、すっかり忘れています。



松竹梅、鶴、亀。全部並んでいる。結婚式に使った髪飾りだというのも本当らしく思えてきました。

縁起担ぎが日本にあるというのは、フランス人の友達は知らなかった様子。それで、鶴は千年、亀は万年生きると言われるのだ、などと言いながら、本当にそうだったけかな?... などと思ったのでした。

松竹梅がおめでたいという理由は知らなかったので、説明しなかったのですが、なぜかとは聞かれませんでした。

これを書きながら調べてみたら、「松竹梅」は中国の「歳寒三友」から来ているのだそう。松と竹は寒中にも色褪せず、梅は寒中に花開く、ということのようです。フランス語では、中国語をそのまま訳して「Les Trois Amis de l'hiver」と呼んでいました。覚えておこうっと。


派手に松竹梅をあしらった簪の画像がWikipediaに入っていました。

Shochikubai kanzashi

画像のタイトルは「一月の舞妓(年少芸者)の松竹梅簪」となっている。結婚式だから松竹梅の飾りにするというわけでもないかな?...

でも、花嫁さんの飾りとして「松竹梅に鶴かんざし」というアイテムが見つかりました。

松竹梅は二人が困難にもめげずに生きていくことを表し、鶴は生涯夫婦で添い遂げる鳥というシンボルだからなのだそう。

私の櫛には亀もあったのだけれど、上の飾りには亀はないようです。亀といったら、海辺で涙を流しながら出産する姿を思い浮かべるので、結婚式に亀は持ち出したくないと私は思う。

母が大切にしまっていて、時々見せてくれていたべっ甲の髪飾りも、結婚式の思い出の品だったからだったのかな?... あるいは18歳で死に別れた母親の形見だったか?... 年がほとんど違わない後妻さんから邪魔者扱いされた母は、実家には遊びに行けなくなっていたので、余計に懐かしい思い出だったのかもしれない。

ともかく、友人にプレゼントした櫛にどんな意味があっても私には関係ないので、結婚式の髪飾りだったと思うことにしました。


本物のべっ甲なのかな?...

友人は「peigne(クシ)」と呼んでいました。その単語で話していたので、「カンザシ」という呼び名が存在していたのを私が思い出したのは、友人たちが帰った後でした。

インターネットで調べてあげると言って写真を撮ったのをここに入れました。丁寧に写真をとっていると、あげたことを後悔しているように見られてしまうかと思って、いい加減に撮影したのでピントが合っていないのですけど。

裏側は、こうなっています ↓



彫刻にしては凝り過ぎているのですが、この部分は張り付けたのでしょうね。

これと似たようなものがあるかとインターネットで画像検索したのですが、飾りが同じものは見つかりませんでした。

クシの部分を光で照らしたらギザギザが見えるので本物のべっ甲だ、と友人は言っていたのですが、偽物ではないかな?... 子どもの時に触った時のような柔らかい食感がないのです。それに、数年前に買ったときに払ったのは8,000円だったと思う。本物のべっ甲だったら、そんな値段では売らないのでは?



ところで、偽物のべっ甲を「プラスチック製」と私は呼んだのですが、「セルロイド」と言うべきなようです。

べっ甲が本物と偽物かの判断は、専門家でさえも難しいのだそう:
鼈甲(べっこう)と鼈甲の偽物(擬甲)の簡易鑑別法(見分け方) その2

この見分け方を読んでも判断できなかったのですが、私が名古屋で買った櫛はべっ甲ではないだろうと結論しました。でも、プレゼントした友人には言わないでおきます。
記事更新: 2016/11/24

ブログ内リンク:
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事
★ 目次: プレゼントや土産物に関して書いた記事

外部リンク:
櫛かんざし美術館(Kushikanzashi Museum): 所蔵品
かんざしの種類
☆ Des choses: Kanzashi
Creative-museum


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2014/01/24
日本のある港町に行ったとき、何枚も写真を撮っていました。



こういうところが故郷の人だったら、外国から帰ったときに眺めて、帰ってきたな... なんて感慨にひたるのだろうな...。

東京が故郷だと、そういう風景がないからつまらない。日本で地方を旅行したときには、よくそう思うことがあります。

フランスにいるとき、日本が懐かしいと思いながら目に浮かんでくる風景がない私...。東京って、そういうところだと思う。



日本中どこに行っても見れる、とても日本らしい風景もありました。




下のような、ゴッチャゴチャというのも、珍しくない日本の風景。でも、ここは魚を乾したりしているので風情もあるかな...。




スルメって、こんな風に作るの... と感心した装置。



回転させて、遠心力でイカの皮が引っ張られた状態で乾いていく、というシステムなのでしょうね。
 
おいしそ~ と思ってしまいました。自然に、伝統的に、作ったものが好きです。私が東京で買うスルメなんて、工場の中に並べて乾燥させているもののはず。こんな風につくったスルメは美味しいのだろうな...。誰もいなかったので、これは何処で買えるのかと聞いてみることができませんでした...。

こういう風に食品を作って市販するのは、フランスだったら認可されないのではないかという気もしました。ヨーロッパ連合(EU)ができてからは、やたらに衛生基準がうるさいので、私などは食文化を消滅させようという意図があるのかと反感を持ってしまっています。

フランスの小規模生産チーズは不衛生だから禁止するというのがあったけれど、なんとか生き延びました。その次の槍玉にあがったのは、イタリアで薪を燃してピザを焼くのは不衛生だから禁止するなんていう、とんでもない主張。幸いにも、手作りチーズもピザも禁止にはならなかったけれど...。


◆ 「奴隷のように働く」という言い方

もう2年も前の旅行でした。写真を眺めてみたのは、探し出したい1枚があったからです。あの場面は撮っていなかったらしい。悪いと思って遠慮したのだと思う。

港から少し入ったところにある路地で、開け放った玄関から中が見えたのでした。玄関先に年配の女性がしゃがみこんでいて、魚を干物にする下ごしらえらしき作業をしていたのです。

1月で寒いというのに...。

なんだか、とても日本らしい光景に見えました。写真家だったら、白黒で芸術作品になるような捉え方ができたと思う。

こんな風に、発展途上国にあるような働く姿が経済大国日本にあるなんて、フランス人たちは想像もつかないだろうな、とも思ったのでした。


その場面の写真を探し出したかったのは、「奴隷のように働く」という表現をフランス人たちがよく使うからです。 「奴隷」なんて言葉を持ち出すのはオーバーすぎる、と思ってしまう場面でも使っています。

例えば、ディズニーランドやファーストフード店の従業員の働かせ方。「いらっしゃいませ~♪」なんて笑顔で言わせたりするのは人権を侵害している、と怒って、従業員たちがストをしたりする。

そういうのが嫌いだったら、そういう仕事にはつかなければ良いと思うのだけれど...。それなのに仕事についてしまって、みんなで抗議行動ができるというのはスゴイと思う。

それで、「奴隷のように働かせる」という話しがでると、フランスの友人たちは、みんな、「そうだ、そうだ」と同感しています。

フランスは働く権利が守られている国だと、常々思います。いや、日本が、労働時間とか、労働条件とかにかけては先進国とは言えない状況にあると言うべきでしょうね。日本がこれだけ経済大国になれたのも、文句を言わずに働く人たちがたくさんいるからだ、と私は確信しています。

寒い玄関先で作業をしていた高齢の女性の姿が目に浮かんだのですが、ああいうのは奴隷のような労働条件の例としては相応しくないと思います。

日本での派遣社員の働かせ方とか、「お客様は神様」として働かされる店員とか、会社の中で屈辱的な立場になっているとかいうのに比べたら、ずっと精神衛生上は良い仕事ですから。

 シリーズ記事: 「奴隷のように働く」という例え


外部リンク:
美しい国 日本の景観 - 景観法 電線類地中化 蜘蛛の巣大賞 などを考える



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2013/01/27

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その5


前回の日記(日本アルプスを望む美しい村)に書いた役場前広場では、郷土資料館を案内してくださる方の到着を待っていました。

北アルプスの山々が屏風のように広がっているので、いつまで待たされても構わない。

こういう見晴らしの良いところだと、フランスでは中世に城が建てられた城が残っていることが多いです。攻めてくる敵があったときには、遠くにいるうちに見えてしまうので。

ここでも、反射的に、どこかに城の廃墟が残っているのではないかと思ってしまいました。

日本では古城を残していないだけで、やはり、ここにも城はあったようです。役場前広場からもう少し上がったところに、 小松尾城という城があったらしい。


すごい名言?

役場前広場に立って風景に見とれていたら、地元の人に話しかけられました。

どこから来たのかと聞きます。フランスに住んでいるなどと言ったら混乱するので、ただ「東京から来ました」と答えました。

「こんな美しい景色を見て暮らしていらっしゃるのですか? いいですね...」、と言ってみる。

場所は違うのですけれど、北アルプスの風景を望む美しい映像があったので入れてみます。



こんな風景を毎日見ながら暮らしていたら、どんな気持ちだろうか、と思いますよね?

すると、この男性から返ってきた言葉に唖然としてしました。

こう答えられたのです。
「山が美しくたって、おかずにはならないからね」

年配の男性なので、日本人的謙遜かなと思いました。
でも、そうでもないみたい...。

「こんな景色を眺めて食事をしたら、どんなに不味いものを食べてもおいしいじゃないですか~!」、と私。

それでも相手は納得しない様子。

美しい山並みを毎日見ていると、どうということはないと思うようになるのでしょうか?

あるいは、よそから来た人たちから美しい景色だとばかり言われるのにうんざりしている? それで、厳しい気候の中で生活するのは大変なのだ、と反発したくなる?…

でも、その場にいたもう一人の男性は、山の風景は天気によって異なるので面白いのだと教えてくれました。

山は、天気が悪いと遠くに見えて、天気が良いと近くに見える。なるほど、その日は後者の例でした。


山の生活は厳しい...

泊めていただいた家に「姨捨」などという飛んでもない名前がついたお酒の瓶があるので驚いていたら、近くに姨捨山という名の山があるのだと教えられました。

ちょうだいできる画像を探したら、私のような人を意識したらしくて「オバステ」と書いてあるのしか見つからなかったのですが、右に入れました。

でも、私が見た日本酒は「姨捨」と漢字で書いてありました。

怖くなるような名前の日本酒。

そういう厳しさがあった土地なのでしょうね...。

ところで、この姨捨伝説は、フランス人によく知られているので気になっていました。書きながら調べてみたら、やはり映画があったのですね。古い日本映画が好きなフランス人は多いので、そこから広まったのだと思う。

さらに調べてみたら、その姨捨山が楢山節考の舞台とは言えないような...。少なくとも、その土地の人にとっては、結び付けられるのは嬉しくないでしょうね。

でも、長生きしすぎる人に早く旅立ってもらわなければならないような貧しい土地といったら、山岳地帯を思い浮かべます。

「山はおかずにならない」なんておっしゃるから、そんなことを思ってしまったのですよ~!

あちらは、観光客は山が美しいなんてノンキなことを言っていると思われたのでしょうが、こちらにしてみたら、毎日美しい山に見惚れないで暮らしているなんて... と思ってしまいます。

山に憧れる人は多くて、憑かれたように住みついてしまう人たちもたくさんいるのに...。フランスのアルプスでは、ご主人を捨ててシャモニーに近い山の中の村に引っ越してしまって、元気に一人暮らしをしている高齢の女性にも会っていました!


生まれ故郷を捨てるバカ

そうこうしているうちに、郷土資料館を案内してくださる先生が到着しました。私が地元の人とどんな話しをしたか分からないはずなのに、自己紹介した後、こんなことをおっしゃいました。

「こんなところで生まれながら、都会に出てしまう馬鹿がいるのですよね」

バカと言う言葉に力を入れて、2度くり返しました。

「本当に!」と、私は笑顔を見せました。

ご自分に言っているのが分かったからです。この先生は都会に出て働いていて、定年になってから故郷に戻ってきた方だと聞いていましたから。

「でも、いつでも帰ってこれるのだから良いではないですか?」と付け加えました。私が帰ってこれるのは東京しかありません...。


景色じゃ飯は食えねえ、と言う人もあったわけですが、長野県の人たちは故郷に対する思い入れが強いのではないかという気もします。

美しい山々がある郷土。自然の厳しさに耐えている故郷だから、よけいに愛おしくなる?...

この長野旅行シリーズを書きながら、そう思うことに東京で出くわしました。

- 続きへ: 郷土を賛美する歌 - 長野とブルゴーニュの比較 -


外部リンク:
小松尾城(長野市(旧大岡村)、大岡城と天宗寺館(長野市大岡)
☆ 千曲市: 姨捨山
「さらしなの里」に伝わる伝説
La Ballade de Narayama (film, 1983)
☆ Wikipédia: La Ballade de Narayama (film, 1958)

ブログ内リンク:
雲海? 霧の海? 2011/02/04



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2013/01/25

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その3


戸隠の自然に詳しい方が、戸隠神社に連れていってくださいました。

朝から素晴らしい快晴の日♪


パワースポット?

戸隠神社の奥社まで続く杉並木の参道は、吉永小百合が立ってパワースポットを浴びるという場面があってから爆発的に有名になったのだそう。この画面のことだろうと思います。



パワースポット」という言葉を聞いたことがあったかどうかは分からないのですが、何となくその意味は想像できました。

Wikipediaの記述を信じれば、パワースポットという言葉が使われるようになったのは、1990年代初めだそうです。

power spotなんて和製英語。それでも、なんとなく意味が分かるということは、日本人は自然にそういうものがある、と感じているからでしょうね。

パワースポットをそのままフランス語にしても、フランス人には何のことだかわからないはず。そこに立つと、神秘な力がエネルギーと幸運と癒しを与えられる場所、などと説明する以外に方法はないでしょうね。

それでも、意味が通じるだろうか? でも、何か「パワースポット」というのに対応するフランス語があるような気もする...。

そう思うのは、下の日記に書いた出来事があったから:
フランス人って...: ドルメンの上で演じられた寸劇 2009/09/17

ともかく、「体に良い食べ物」などと言われると、とたんに不味そうに感じてしまう、へそ曲がりな私。何かの宣伝にのるのが嫌いなのです。戸隠の参道も、パワースポットだと聞いていなかったら、もっと神秘的な気持ちで歩けたと思う...。


奥社までの長い道のり

戸隠のパワースポット・ブームは少し下火になったそう。しかも雪が積もっている冬なので、参道はそれほど人がいないのが嬉しかったです。

かろうじて歩けるくらいの踏み鳴らした道ができているだけなので、人とすれ違うときには道を譲らなければなりません。ゾロゾロと人が歩いていたら、ちっとも前に進めなかったでしょうね。



木々の説明などをしてもらいながら歩きました。

ひたすら、歩く。かなり長い道のりです。

車で行けるところまで行って降りてから、奥社まで2キロというところでしょうか。雪道は足元がおぼつかないし、滑るのでかなりゆっくり歩きました。

ようやく、奥社に到着!



奥社は地形的にも雪なだれがおきやすい場所にあるそうで、近年に何度も流されているのだそうです。それでコンクリート製になっていました。

なんとも味気ない奥社...。



長々と歩いてきたのに...。

流されていてはどうしようもないからコンクリート製にしたとしても、もう少し風情があるように見えるつくりにできなかったのだろうか? 建物の表面に木を張るとか、立派な入口になる木の扉をつくるとか...。

お賽銭を入れるためにドアが少し開いていますが、まるでアルミサッシの玄関みたい...。

調べてみたら、コンクリートになったのは1979年の再建のときだったそうです。

オイルショックの時期だったから、こんなになった? ここまで車が入れないから、たいそうな建物を建てることができなかった? 建てた人たちは、これが味気ないとは感じなかった?

なんとも不思議です。


防寒靴って、そんなに効果があるの?

この日、パワースポットの威力よりも驚いたものがありました。

雪道を1時間以上歩くからと、友達が貸してくれたソレルのスノーブーツ。



左が私のブーツ。右は、それを貸してくれた友達のブーツ。

結局、往復2時間くらい歩いたと思います。このブーツを履いていたら、足はポカポカでした。

足が濡れないというだけではなくて、あたたかいのです。すごい防寒ブーツなのですね。

雪道を歩くという機会はめったにないので、買うとは思わないけれど、これだったのだろうというものを記憶しておくために探してみました。


私は足がちっとも寒くないので意識していなかったのですが、ブーツを貸してくれた友達の方はものすごく足が冷たくなってしまったようです。帰り道で急な坂がなくなったとき、彼女は「もう限界!」と言って走り出しました。

ごめん! せっかく、こんな時のためにソレルのブーツを買っていたのに~!

このブーツの欠点は、少し重いこと。それから、やはり雪の上を歩いていると滑ることでした。

北海道に行くときに買った、簡単に取り付けられるカンジキを持ってきたらパーフェクトだったのではないかな?...

普通、山を下りるときは早く歩けるのに、滑りそうなので大変だったのでした。

あのゴム製のカンジキは、どこに行ってしまったのだろう? トルコ旅行のときに思い出したので探してみたのですが、見つかりませんでした。

トルコは暖かいと思って行ったのだけれど、寒かった! 2012/03/09

でも、多少滑るのなんてどうということはないので、足が冷たくならない防寒ブーツがあったのは助かりました。


美しい神社を見て満足

奥社は余りにも味気ない建物だったのですが、降りてきてから立ち寄った中社は神社らしい建物でした。



これの小さいのが奥社にあったら良かったのに...。

この後は、おいしい戸隠蕎麦を食べて、それから温泉にも行って... と、素晴らしく充実した1日のプログラムでした♪




今回は雪が深くて足をのばせなかった鏡池の動画もありました:




緑の季節も、また趣があるでしょうね...。



また行きたいな...。

外部リンク:
☆ オフィシャルサイト: 戸隠神社
戸隠神社の地図
 ☆ 戸隠神社7 〜奥社、九頭龍社 雪崩で倒壊 コンクリ製に
パワースポット戸隠神社
☆ Wikipédia: Togakushi-jinja
☆ JR東日本:大人の休日倶楽部|CM情報:長野県「戸隠篇」
吉永小百合がゆく戸隠古道「JR東日本 旅どきnet」CM動画



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2013/01/23

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その2


前回の日記(芦ノ尻道祖神)に書いた道祖神と資料館を見た後、この地区の伝統を見せる博物館(大岡歴史民俗資料館)の見学もしました。

この土地で育った民族学に詳しい方が案内してくださったので、展示物が生き返ったように感じてとても興味深かったです。

村の生活を感じさせる数々の展示物の中で、妙に気になったのが、こちらの雛段飾りでした。



下に棒が付いているので、バリ島の影絵芝居ワヤン・クリを連想しました。

聞いてみると、この棒を持って何かやっていたわけではないとのこと。

近い親族は、この雛段の上段にある普通の雛飾りを贈るのだけれど、それ以外の人たちは倹約するために、こういう平たい人形をプレゼントしたのだそうです。

どこかで見たことがあるような...。

日がたってから、ようやく気がつきました。これは羽子板の押絵と同じではないですか?!

【送料無料】羽子板 初正月 正月飾り ケース飾り

羽子板というのは高価だという感覚が私にはあるのですが、昔はそうではなかったのでしょうね。


押絵雛

この平べったい雛様飾りを何と呼ぶのか聞きそこなってしまったので、調べてみました。

日本国中にあるようですが、私が見たのと同じ長野県にある松本の情報が多く出てきました。「押絵雛」と呼んでいます。

下に棒がついているのが気になったのですが、これは薄べったい人形の背中を支えている棒が下に出ている、というもののようでした。

馬場家住宅 松本押絵雛(長野県松本市)


眺めていると、見慣れている雛人形より、この押絵雛の方が珍しくて価値があるように思えてきます。

人形に仕立てる必要がないからなのか、絵画のように人の動作が自由です。

それに、雛段に飾らないで、掛け軸や壁に人形を配置したら、家の中のスペース稼ぎになるではないですか?

都市住宅に向いていますよ~♪

でも、田舎の昔の家では、ひな壇は場所をとりすぎると問題になるこということはなかったでしょうね...。



数年前、ひな祭りの時期に九州の温泉に入ったら、湯上りの休憩室に雛壇が飾ってあって喜んだことがありました。

私はこんな風に飾ってもらったことがなかったので...。

 
この写真を入れた日記:
日本滞在記 : 温泉 2007/11/14


あと1か月ちょっとで雛祭り。
もうすぐ春なのですね...。



外部リンク:
雛人形の歴史

【押絵雛について】
押絵雛展
松本押絵雛を守り伝える(ベラミ人形店)
松本押絵雛



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2013/01/21

シリーズ記事目次【2013年1月: 長野旅行記】 目次へ
その1


偶然ってあるものなのですね。

少し前に「ブルゴーニュにあるメンヒル 」と題して日記を書いたら、長野にある道祖神のことをコメントで入れていただいて、どんなものか見てみたいな... と思っていたら、本当に見ることができたのです♪

しかも、少し変わった道祖神でした。


芦ノ尻の道祖神



ワラでできた大きな顔。

1998年に長野で開催された冬季オリンピックでは、開会式のパフォーマンスにこの道祖神が登場して有名になったようです。

当時のビデオを見たら、記憶が戻ってきました。



フランスの友達に「長野に行く」と言うと、「冬季オリンピックが開かれたところね」という返事が返ってくるのです。オープニング・セレモニーにインパクトがあったから記憶に残っているのかな?...


気になったのは目と鼻と口の形

お正月の松飾りに使われた注連縄(しめなわ、って、こんな感じを書くのですね)を1月7日に持ち寄り、それで1.5メートルの高さがある石碑を芯にして顔を作るのだそうです。

次の年まで飾っておくので、目鼻が歪んでしまったら整えたりして1年間飾り、新しい年になったら、また作り直す。前の年のを取り外してから出来上がるまで、2時間くらいとのこと。

正月飾りを小正月に燃す伝統が各地にあり、九州でそれを見たことがありました。ここのは1年飾っておいて、それから燃すのですね。

この風習が始まったのは明治の初めとのこと。誰かが、いたずら心でアイディアを思いついたのではないでしょうか? なんとも愛嬌のあるお顔です。



右手にある四角いものは酒樽なのだそう。

眉毛や髭は、正月の飾りものを使ったと分かるのですが、丸い部分が気になりました。

地元の人に聞いてみたら、飾り物に器があるので、それを使っているとのこと。頭の部分は、それをほぐして広げているとの説明。

目や鼻の部分を広げれば帽子の形になるというのは分かるのですが、お正月の飾りに丸い器にしたものがあるというのが、私にはピンときません。

気になったので、「正月 飾り しめ縄」をキーワードにして検索したのですが、それらしき物が出てこない。

それで、キーワードを「しめ縄」から「藁」に代えてみたら、しめ、しめ!、出てきました♪

この道祖神がある集落の農家が、わら細工名人のおじいさんたちに作り方を教えてもらったという報告のブログ。それなら、本物です♪
☆ 農楽里ファーム: わら細工

コヤスというものと、オオヤスというものがあるのだそう。

オオヤスと呼ばれるものの形を見ると、これが道祖神で利用されているように見えました。この形だと、丸くしたまま使ったり、伸ばしたりして道祖神の顔ができますね。

気になってしまったので調べまくったのですが、努力の甲斐がありました♪ 名称が分かったら、あとは調べられます!

正月の飾りとしてお供えを入れる器で、今でも信州では各地で使われているもののようでした。飛騨高山の記録にもあったけれど、今は消滅しているような感じがある。


道祖神たちが見ていた景色

道祖神の裏側に回って、彼らが眺めている景色がどんななのかを見てみました。



山並みは北アルプス?
村人たちは、こんな眺めの良いところに道祖神を並べてあげたのですね...。なんだか、しんみりしてしまいます。


気に入ったので、もう2つ動画を入れておきます。







情報(外部リンク):
芦ノ尻の道祖神祭り ユニークな顔をしたムラの守護神
芦ノ尻の道祖神
☆ 民俗語彙データベース: オヤス
☆ 松本市立博物館 オヤス
オヤス
☆ Wikipédia: Dōsojin
☆ Wikipedia: 左義長



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2012/07/17
信州に行ったのですが、あいにく曇天。雪をいただく高い山は見ることができませんでしたが、東京の蒸し暑さが身につまされてきたところだったので、息がつけた思いしました。

蓼科高原にとった宿で、雨が降らないときに近くを散歩してみたら、色々な花を見つけました。

まだ山に花が咲くシーズンではないかったらしく、お花畑というほどには咲いていませんでした。でも、どこを旅行しても野生の花を見るのが好きな私は大満足。

子どものころ植物採集をしていて覚えた花に久しぶりに出会いました♪



ホタルブクロですね。
よく似た花はフランスにもあるのですが、これと同じのは咲いていないのです。

フランスで見慣れている雑草と同じのもたくさんありました。でも、違う! ここのは大きくて立派なのです。土が良いのだろうな...。雨もたくさん降るのだろうし...。

下は、珍しいので喜んだオダマキの花。



フランスでも森の道に沿ってどっさりと咲いている花なのですが、フランスで見るのは、少し紫がかった青い花ばかりなのです。この淡~いクリーム色が、何ともいえなく美しいと思いました。

庭で毎年生えてくるオダマキが交配して、色々な形や色になったのを、昨年は日記にしていました。

西洋オダマキは尻軽花だった 2011/05/19



でも、これだけ異なった色ができていながら、黄色いのがないのは寂しいと気がつきました。園芸店ではこういう色のを売っていたように思います。

それで探してみたのですが、同じのは見つからなかった...。
オダマキを楽天市場で検索

それにしても不思議だったのは、このオダマキの淡い色。フランスのアルプスで見た高山植物は、驚くほど鮮やかな色をしているのが印象的だったからです。

日の光をけなげなほどに浴びようと頑張っているのだろうな、と思ったのですが、そうとも限らないのかな?... あるいは、もっと高いところまで登ったところに咲く高山植物がそうなのかな?...

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2012/07/13

シリーズ記事 【わらぶき屋根のアイリスの花を見て】 目次へ
その10


先日、信州に行ったとき、復元した竪穴式住居を見ました。


大庭遺跡

竪穴式住居というのは名前では聞いていましたが、こんな立派な家屋は想像していませんでした。

茅葺き屋根の美しいこと...。
縄文時代に、すでにこんな立派な家を建てられたのですか...。

入口から入って中も見ることができたのですが、座敷(?)には少し降りていくのでした。だから、「たて穴」と呼ぶわけですか。

でも、雨が降ったら、家の中に水が入ってきてしまうだろうと心配になりますよね?

そういう疑問は誰でも持つらしくて、インターネットでは解答が書かれていました。

穴を掘った土で作った土手が家の周りにあるし、屋根は土手の外側に伸びていたので大丈夫らしい。さらに、水抜きの溝も設けられていたようです。

分かりやすく説明してくれているサイトがありました:
☆ 群馬県埋蔵文化財調査事業団: たて穴式住居ってどんな家?

私が見た竪穴式住居には盛り土は見えなかったのですが、遺跡を復興したときにそれをしなかっただけなのかもしれない...。

屋根のお話しはここで終わりにしようと思ったのですが、コメントをいただいて屋根の謎が解けていくのが面白くて、さらにつづけました。

続き: フランスの伝統的な屋根は、簡単な下地づくりだった

情報(外部リンク):
大庭遺跡 (立科町公式サイト)
大庭(おおば)遺跡
大庭遺跡に行ってきました!  ★立科町
竪穴式住居
竪穴式住居のナゾ



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2012/04/20

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その31: スペイン


カルモナのパラドールがスペイン最後の宿でした。出発の朝は曇天。夜中にたくさん雨が降ったのですが、荷物を車に入れるときは雨に降られないですみました。スペインの明るい日差しが名残惜しいなんて思わなくて良いから、幸いだったかもしれない。

スペイン語がゴチャゴチャになった友人が、ホテルのフロントの人に別れを告げるとき、「ブエナス ノーチェス」なんて挨拶するので大笑い。でも、外は薄暗かったので、「おやすみなさい」と挨拶したいような朝だったのです。


スペインでのお買い物

フランスに比べて、スペインの物価は安い。それで、スペインからフランスに入る前には買い物をすることになっていました。

高速道路を降りてすぐのところに、そういうフランス人のために大きなスーパーマーケットがあります。



スペインに限ったことではなくて、関税が安い国など、フランスの国境近くにこんな店があるのをヨーロッパの他の国でも見たことがありました。欲しいものが品切れなどということはないのだろうと思う、みごとな品ぞろえです。

というか、フランス人が買いたがるものを置いています。ここでは、関税が高いものやスペイン特産品だけではなくて、普通の洗剤、日常的な食品、調理道具までありました。徹底している!

友人たちは、フランスの半額でアルコール飲料やタバコが買えるのだと言っていましたが、半額はオーバーではないかな...。でも、何でも2割や3割は安いのは確実。

店内で聞こえてくるのはフランス語ばかり。みんなカートいっぱいの買い物をしていました。



来客が多い友人夫妻は、おびただしいほどアルコール飲料を買っていました。ただし、ワインはブルゴーニュで買えるので皆無。

車のトランクにギューギューに詰め込むと、さすがに大型車なので入ってしまったので感心しました。でも、バックの窓はすっかり隠れてしまって、そこから食べ物が色々見えるので、何とも美しくない! みんなで大笑いしました。

少し心配になった私。国境で税関チェックを受けるはめにならないように、布でも広げてアルコール飲料は隠した方が良いのではないの、と言いました。でも、大量にフランスに運ぶ密輸入をするトラックでもない限り、検査を受けることになるはずはないとの返事。

フランスの関税が高いのがいけないのであって、税関で何か言われたら、僕は喧嘩するよ、と友人が言います。

国境ではチェックされることもなく、何事もなく通過しました。思い出せば、EU圏内での物資の流通は自由というのが規定だった...。


旅行も楽しいけれど、住み慣れた家に帰れるのは嬉しい

車を運転する人が疲れたらフランスに入ったところで1泊しよう、ということになっていたのですが、一気にブルゴーニュに戻ってしまうことになりました。走行距離は1,000キロくらいになるはずでしたが。

馬小屋に近づくと、馬は早足になる、という表現がフランス語にはあります。

運転していた友人は、まさに、その姿。お家に帰れるというのが励みになったらしく、スペインを出てからブルゴーニュまで元気に運転していました。

アンダルシアに向かうときは、走行距離が同じように1,000キロくらいになる日があり、心配する奥さんが度々「大丈夫?」と声をかけると、「今のところは大丈夫」などと頼りない返事をしていたのとは大違い!

ブルゴーニュには夕方に到着したのですが、「このままパリまで行けるくらい元気だよ♪」などと言っていました。

友人宅に事情があって居候生活をしていた長男が、私たちのためにご馳走を用意してくれていました。 車に乗っていただけでも疲れていたので、何も食べないで寝てしまうところだったのですが、せっかくの心遣いを断るのは失礼になるので、お呼ばれしました。

車を運転してくれた友人は、数年前に心臓発作で命を落としそうになったこともあったので、アンダルシアに行くまでの行程が厳しかったときには心配したりもしたのですが、無事に旅行を終えることができて良かった。

10日間という短い旅行で5,500キロを走破してくれた友人に感謝!

長々とスペイン旅行記を書いてしまいましたが、今回で終わりにします。

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2012/04/19

シリーズ記事 【スペイン、パラドール巡り旅行】 目次へ
その29: Baeza


前回の日記「謎解きを続けながらした春のスペイン旅行」に書いたように、今回のスペイン旅行では、開始当初から、これは何だろう? というものに出会いました。

謎のほとんどが解けたのは(全部は解けていません)、ミサを見たウベダを後にして次の目的地に向かう途中でバエサという小さな町に立ち寄ってみたときです。

バエサ(Baeza)は 「ルネサンス様式の記念碑的建造物群」として、ウベダとともに世界遺産に登録されているそうなので、観光する価値がある町らしい。しかもウベダからは近いので、遠回りで時間のロスをしてしまうほどにはならない。

それなら、ちょっとバエサに寄ってみよう、ということだけで行ったのです。

車を駐車できる場所を探していたら、町が賑やかなのに気がつきました。

お祭りをしているらしい! ♪

ウベダの町で行われていた教会のミサで、この日は復活祭(イースター)の1週間前の日曜日で、聖枝祭だったことに気がついていました。

ですから、バエサで行われているのも、この祭りに違いない!
 
車を飛び下りて、人だかりのする方に早足で向かいました。


◆ バエサの町で聖枝祭の行列に出会う

追いつくことができました♪

フランス語では procession と呼ばれる、宗教上の行列です。
礼拝行進と訳せばよいのか?... 結婚や葬式の行列は cortège と呼ぶので区別しなければいけない。


クイズに入れた写真 No.7

切ない気分にさせられる音楽が流れていて、お香が薫っています。その雰囲気だけで動揺してしまって、むせび泣きしたい気分になりました...。 

盛装して杖をついている4人の女性の役割は何だか分かりません。お分かりになる方がいらしたら教えていただきたいのですが、スペイン旅行記を書き始める前に出したクイズにも解答が出てきていないので無理かな...。

祭りに参加して行進している人たちは、先日の日記「クイズにした写真 No.2、No.3、No.6 : ウベダで見たもの」に書いた教会のミサで、みんなが持っていた棒を持っています。 子ども用のものは、大人用のより小さくできています。

子どもたちが参加しているだけではなく、乳母車を押した人たちまで参加しての行列でした。

本物のお祭りが好き。こういう、地域住民が自分たちのためにする祭りは本物だと思います。フランスでは殆ど消滅してしまった伝統です...。



棒は、揺らぐとシュロかヤシの葉のように見えてきます。


悔悛者たちのパレード

三角の帽子で、目しか出していない人たちが行進していました。

ゆっくり、ゆっくり進みます。



西洋のお化けって、こんな姿ではなかったでしたっけ?...

「どうして、こういう服装なの?」と聞いたら、フランス語で pénitent(悔悛者)、つまり贖罪のために苦行をする人の服装がこうと決まっているのだ、と友人が説明してくれました。

教会の中でもないのに、お香がただよっている... と感じたのですが、お香を巻いている子どもがいたのでした。



大事な役割を担ったからでしょう。喜んで振りまいていました。ときどき役割は交代するのかな? そうでないと、この子はむせてしまうはず...。


伝統的な山車

キリスト教の祭りの場合は「だし」とは呼ばないかもしれませんが...。

これが、あちこちで訪れた教会の中に幾つも飾られているのを見てきていました。聖週間の間、毎日、違う山車を出してパレードするそうなので、一つの教会に幾つもあったのでした。

バエサの山車の数々...


キリスト教に関係する色々な場面が山車になっていました。

この日のパレードに出てきたのは2つ。飾り立てられたマリア像。それから、ロバに乗ったキリストに従って旅をしている聖母子や弟子たちの場面。

アルハンブラ宮殿の敷地内にあるホテルに戻った夜中に、人だかりがあるのに出会ったのですが、これは山車を動かす予行練習をした後だったのだろうと思いました。

山車は2トンくらいの重さがあって、それを数十人で担いでいるのだそう。
 
それで行進は、ほとんど足踏みしているかに見えるリズムで進むのでした。


クイズに入れた写真 No.8

はだしで担ぐのが本当の悔悛者なのだそうです。昔は全員がはだしだったのでしょうが、さすが現代なので、はだしの人は「混じっている」という程度でした。

山車を担ぐ人たちの顔の部分は網になっているので外が見えるはずですが、それでは十分ではないらしく、誘導する係りの人もいました。下手にやったら大怪我をしてしまうからでしょうね...。

勾配になっているところを上りきったときには、集まっていた人たちから拍手がおこり、見ている人たちが山車を担ぐ人たちを応援しているのが分かります。

楽団の方は何組もいて、色々な音楽を流していました。 キリストの苦痛を思わせるような切ない音楽。それから、山車を担ぐ人たちを勇気づけるような音楽...。

音楽に合わせて山車はパレードします。ついつい足に注目してしまう私。うまく呼吸があっていて、足踏みをしたり、時にはバックしたりもしていました。

担ぎ手たちの力が尽きてしまいような場面では、休憩もありました。



この山車が聖枝祭の場面の山車なのでしょうね。 ロバに乗ったキリスト、その後ろにキリストを抱いたマリア、そして弟子たち。聖枝祭は、イエス・キリストがロバに乗ってエルサレムに入城したのを記念する日なのだそうです。

それをエルサレムの人々は、ヤシの葉か何かを振って歓迎したのだそう。それで、枝をミサで清めるという風習になっていてる。キリストが人々から歓迎されずに無視されたら、やっかみから処刑されることがなかっただろうにと思ってしまいますが、これが歩む道だったのでしょうね...。

山車は、坂道を上がる小高い場所にある教会まで運びあげていきました。ここの教会に入るには階段があるので、 入口でストップとなりました。

役割を終えて出てきた人たちを見ると、全員がラグビー選手のように頑丈な体の男性ばかり。腹巻をして腰を支えています。大変な重さを担うのでしょうね...。


セヴィリアの町では特に盛大なパレードが行われるので、大変な混雑になるのだそうです。小さな町で見られて良かった。ゆっくりと進むパレードを追い越したり、ゆっくりと進む行進の合間をぬって教会の中を見学したりもできました。

集まっていたのは近くの住民のたちだろうと思える人たちばかりだったので、人々が聖週間を祝う雰囲気を味わうこともできました。

聖週間のイベントの雰囲気を見せる動画を入れようと思って探したら、大規模なセヴィリアの行列がたくさんでてきました。でも、人ごみでよく見えません。

それで、やはりバルサのものを入れておきます。今年2012年の撮影のようです。




バエサは世界遺産に指定されている町なので立ち寄ったわけですが、聖枝祭のパレードに出会うことができたので大満足。礼拝行進の途中からだったのですが、2時間余り見学しました。

スペイン旅行は今回で4回目。友人たちが行きたいというのでパラドールと呼ばれるホテルに泊まることを目的にした旅行でした。でも、私が最高に感激したのは、聖週間の祭りを見ることができたことだったと思います。

― スペイン旅行記の続きへ ―

ブログ内の関連記事:
目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記

情報リンク
スペイン・セビリアの聖週間
セマナ・サンタ スペインの聖週間、Semana santa
☆ Wikipedia: 聖枝祭


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2012/04/19

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その28: スペイン


スペインで2泊目に泊まったホテル(マラガ・ヒブラルファロのパラドール)の部屋で休んでいたら、丘の下にある町から鼓笛隊の音楽が聞こえてきました。

これが、この時期のスペインではイベントが行われることを思い出した発端でした。鼓笛隊の音楽は、そのイベントの準備なのだろうと想像したのです。

その後に立ち寄った町々では、普通では見られないと思えるものを見ました。フランスでも存在するイベントのはずなのですが、見かけるものがフランスのとは全く違う。 あのイベントに関係するのだろうか、と思いながら、気になってしかたありませんでした。

気になったものを写真に収めながら旅をしたので、その中から選んで、スペイン旅行記を書き始める前にクイズとして入れていました。
クイズ: スペインで見たもの 2012/04/03

クイズとしては8枚の写真を入れただけにしました。でも、私にとっては、なぜ?...、これは...?というものを色々と見る旅行となったのです。


これは祭りに関係するの?

まず、イスラム教とキリスト教が融合したコルドバの大聖堂に行ったとき、片隅の床に置いてあったものが気になりました。


コルドバの観光 2012/04/09

イベントに使うものの準備だろうかと思って眺めていたら、一緒にいた友人から「工事に使うのだろう」と、そっけなく言われました。

そうなのかな?...
私の謎解きは、このときから始まりました。

これが何であったのかという謎は解けていません。でも、後で見ることになった棒を作る材料ではないかと思うのです。そう考えると、長いものと、短いものがある理由も納得できます。

皆が持っていた棒は、木を裂いたもので、それが開くとヤシかソテツの葉のように見えるようになっていました。

でも、もしもコルドバで見たものが棒の材料なのだとしたら、細いものを集めて棒のようにしていたのかもしれない。また、これは板を裂いた薄い板ではなくて、本物ヤシの葉だったのかもしれない...。この謎は最後まで解けませんでした。


コルドバの教会で不思議なものを見たあと、これが祭りには何も関係しないとしても、あちこちの町の窓には布の飾りがあるのが気になりました。

何かやっていますよ...!


クイズにした写真No.4 : これは何の飾り? 2012/04/10

この町で泊まったホテルで見た飾りも、イベントに関係しているように見えました。


クイズにした写真 No.2とNo.4 : これは何の飾り? 2012/04/10

こういうのをフランスでは見たことがなかったのですが、コルドバの大聖堂の片隅に積んであったものを編んだら、こんな風になるのではないかとも思ったのです。

旅を続けているうちに、だんだんと謎が解けてきました...。


謎が解けた♪

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2012/04/17

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その25: Alcañiz (1)


この日の宿は、小高い丘にそびえるアルカニスの城。



12世紀、レコンキスタ(国土回復運動)の時代に城塞兼修道院として建設され、カルトラバ騎士団に与えられた建物なのだそうです。

ガイドブックに客室数は12室と書いてあったので、こんな大きな建物なのに何と贅沢なこと... と驚いていました。ホテルに到着してレセプションで聞いてみると、それは少し前の話しで、現在は30室余りあると言われました。それはそうでしょうね...。

☆ ホテル情報: Parador de Alcañiz



敷地内に小さな教会があるので見学しました。

そこにあるからと行っただけなのですが、素朴な壁画が気にいりました。普通の教会にある壁画とは違って、宗教画ではない場面も多く描かれているのが興味深かった。






パラドールでの夕食

スペイン語を話せる友人が、ホテルの支配人とすっかり意気投合してしまいました。ホテルで売っているはずの本までプレゼントしていただいてしまった♪

夕食前の食前酒をカフェテリアで飲んでいたら、そこではタパスの軽食を食べられるらしい。それでは、簡単に食事しようということになったのですが、友達が親しくなった支配人から、このホテルのレストランは素晴らしいので、ぜひ行くようにとの推薦されたとのこと。

それで、レストランの方に行くことにしました。

なるほど、見るだけでも価値のある美しい食堂でした。



しかも、メニューを見ると、料理も美味しそう。

全員がちゃんと食事することになりました。旅の疲れがあるから「軽く食事しよう」というときが多かったのに、本格的に食事してしまった私たち...。

私は、フランス語でcabri(カブリ)と呼ぶ肉の料理をとりました。コルシカ島では郷土料理になっているので食べたことがあったのですが、なぜかフランスではめったに出会うことがない食材なのです。



カブリとは子ヤギの肉。山羊チーズが好きなので、山羊の子どもを食べてしまうのは残酷なのですけれど...。

でも、素晴らしくおいしかった。この独特の風味はどう表現したら良いのだろう?...

レストランの奥の方で、お給仕の人が生ハムを切っていました。前菜で食べて美味しいと思った、この地方の山岳地帯で生産される生ハムです。



近くまで行って見学してしまいました。見事に薄くスライスします。

パラドールの食事はおいしくない、という結論に達していた私たちでしたが、ここでの夕食は楽しめました。

翌朝は、ホテルの支配人に美味しい生ハムを売っている店を教えてもらって、買いに行きました。

― アルカニス滞在の続きへ ―


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2012/04/16

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その24


旅も終わりに近づき、フランスに戻るために1日の走行距離が長い行程になりました。

長い距離を走ることも多い今回の旅行でしたが、スペインでは車窓から見る景色が変化に富んでいるのに驚きました。何百キロも続くオレンジ畑は少し閉口しましたが、それ以外は次々に景色が変わるので退屈しません。

フランスも、パリからマルセイユまで駆け抜ければ風景は色々に変わりますが、スペインはもっとすごいです。農地が広がっているかと思うと、荒涼とした風景にもなったりする。山の上に古城が見えることも多い。

運転手役の友達は写真ストップを全くしないので、車の中から写真を撮るようになったのですが、全てピンボケ。色々な景観のコレクションを作りたかったな...。

ドンキホーテの世界は残念ながら通過し、遠くの丘に風車が並んでいるのが見えた程度でした。


前回に来たときには、風車が地元の生産物を売る店になっていたので入り、「レストランが見つからない」と言うと、風車の中にテーブルをしつらえてくれたのが楽しい思い出でした。チーズ、ワイン、パンだけの食事だったのですが、風車の2階を独占できてしまったのです。


昔懐かしいレストランに出会う

1日中車を走らせることになった日、ともかく朝食をしなければということで、道路沿いにある全く味気ないレストランに入りました。



前菜、メイン料理、デザートに飲み物がついた定食メニューを取ることにしました。

長時間車に乗るので軽い食事をということだったのですが、フルコースで9.5ユーロなのですから、メインとデザートだけとるのも意味がないと思ったのです。

私は飲み物にはビールを選び(安いメニューなのでワインは不味いだろうと踏んだので)、最も軽そうな料理を選びました。

まず、前菜のガスパッチョ。



冷たいスープはのど越しが良くて、かなりおいしい♪ トマトの質が良いのです。これだったら胃の弱い私も大丈夫。あっても入れないことも多いクルトンも美味しい出来だったので、しっかり入れて食べました。 パラドールで出された気取ったスープなんかよりも美味しかった...。

他の人たちはとえいば、かなりのボリュームの前菜なのに参っていましたが、美味しかったようです。

メインに選んだのは、小さいので良いと選んだウズラ。ところが、2羽も出てきてしまった!



ウズラの素朴な料理なのですが、レモンとオリーブのさっぱりソース。全部は食べきれないので、4本の脚だけとう贅沢な食べ方をしました。

ウズラというのは、フランスでは安い食材ではありません。

1,000円などという定食メニューに入ってくるなどは考えませんし、高い料理として注文しても、2羽も出てきたことはなかったと思う。

デザートは、ありきたりのプリンにしましたが、これも自家製と分かる美味しさがありました。

フランスでも、昔はroutiers(ルーチエ)と呼ばれるレストランがあって、そういうところでこんな風に安い料理が食べられたっけな、という話しになりました。

長距離トラック運転者たち(ルーチエ)が行きつけにする、ボリュームがあって、美味しい家庭料理が食べられるというレストランです。

ルーチエのレストランの特徴は、まず、交通量の多い道路沿いにあること。そして、大型トラックが何十台もとまれるような広い駐車場があること。それで、安くて美味しい料理を出すと常連客で賑わう、というシステムです。

最近のフランスでは、この手のレストランがなくなってしまったのではないかな。トラック運転手たちが行けるような大きな駐車場のレストランは時々見かけますが、昔のようなに普通の人たちにも人気がある料理を出すルーチエの話しは聞きません。

スペインには顕在らしい。私たちが行ったときには、子どもたちや、スポーツ関係者らしい団体さんたちが入って賑わっていました。

イタリアも、安く食べられるので外食する人が多いと感じていました。フランスだけが異常なんですよね。せっかく素晴らしい料理を出す店でも、不況の影響も受けているらしく、閑古鳥がないているのが目につくのです。

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2012/04/15

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その23: Almagro (2)

アルマグロに泊まった翌朝は、お天気が余り良くはなかったのですが、いつものように散歩に出ました。

まず、宿泊した修道院の外を1周してみる。中にいると複雑で、どうなっているのか分からなかったので外観を見ようというわけです。

ところが、高い塀で覆われていて、なんにも見えない。気がつけば当然! 修道院の敷地内というのは外からは覗きこめないようになっていたのでした。

町の中心にでてみました。


アルマグロのマヨール広場

とても変わった広場があります。

 
Plaza Mayor

石畳のアーケードがあり、そのうえに張り出して家ができています。それが全部つながってしまっているのが面白い。家と呼んでよいのかどうか?...

眺めていたら窓が開いたので、人が住んでいるのだろうと思いました。



先日のクイズで、窓に飾られている布の写真を入れましたが、アルマグロの飾りはこんな風になっていました。


アルマグロの劇場

この広場の建物の中に、17世紀に建てられた野外劇場があり、博物館のように入場できるはずなので開聞時間をチェック。朝食後に出発する前、みんなと一緒にまた町に出て見学しました。


Corral de comedias de Almagro

300人収容できるのだそう。今でもフェスティバルで利用されています。

野外劇場と言っても、客席の部分は屋根があり、中央の部分はテントで覆えるようになっていました。雨や寒さを避けるというより、アンダルシアのことなので、日よけの目的の方が大きいのかな...。

昔は、舞台の前の部分には安い入場料で入る人たちが立って見物したのだそう。それと、ここでは食べ物を食べることはOKだったけれど、お酒を飲むのは禁止だったそうです。

食べながら観劇するというのは抵抗がありません。歌舞伎もそうだし、イタリアのオペラも昔はそうだったようなので。でも、なぜアルコール飲料が禁止だったのだろう? スペインはイスラム世界に征服されていた時代があったとしても、この劇場が建てられた17世紀はレコンキスタ(国土回復運動)が終わってからだいぶたっていますよね...。


そろそろ旅も終わりに近づいてきたので、広場の近くにある店でオリーブオイルなどを買い込みました。

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2012/04/15

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その22: Almagro (1)


スペイン滞在7泊目は、アルマグロ(Almagro)にある修道院。16世紀に建設された聖フランシスコ修道会の建物です。



☆ 利用したホテルの情報: Parador de Almagro

このホテルを利用するのは3回目。パラドールが好きにさせた宿の一つだったと思います。

昔の修道僧が住んでいた部屋というのは色々あって、中には庭付きで2フロアーあったりする豪華なものもあるのですが、ここは小さな窓しかないので、少し圧迫感のある部屋ではあります。

でも、見覚えがある部屋に入るのは嬉しい。

客室のドアを入ったところの壁は、こんな風になっています。



聖水を入れる器でしょうか? 修道僧が自分の部屋に入るときにもお浄めするのかな?... ともかく、ドアのキーを入れるには便利なので、今回もそれ用として使いました。

パラドールの城は、全く新しく建設した部分をホテルにしている場合も多いのですが、ここは昔のままの姿を感じさせて重厚な雰囲気です。



客室のナンバーを示す表示に天使の絵などを描いているのが可愛い♪



修道院だったこのホテルには、中庭が14カ所あるのだそうです。全部を見つけ出してみたかったけれど、広すぎてわからないのであきらめました。

入り組んだ廊下を歩いてホテルの中を一人で探訪していたら、従業員の人から「トイレをお探しですか?」
などと親切に声をかけていただいてしまった!

藤の葉がまだ出ていないので少し味気ない中庭がカフェテリアとして使われていました。私たちは、そこで白ワインを飲む。



ウエートレスの人が「ワインを飲みきるまでは雨が降り出さないでしょう」と言っていたのですが、本当にそうでした。

夕食は、いかにも修道院の食堂という雰囲気のところでいただきました。




キリスト教関係の用語はフランス語で知っているものの方が圧倒的に多いのですが、こういう食堂はréfectoireと呼びます。日本語でそんな風に特定する単語があるのかどうか知りません。

昨年パリにある修道院を観光したとき、テーブルセッティングが住んでいる食堂を見て、こんなところで食事がしてみたいと思っていました。それがスペインで実現できたので満足。

そのときの日記:
パリでこんな空間を持てるのかと驚く修道院と豪華マンションを見学 2011/11/13

でも、修道院のホテルという点では、少し前に泊まったイタリアの方が気に入りました。

窓が小さい寝室というのは息苦しくて好きではないのです。イタリアのサルッツォで泊まった修道院を改修したホテルの私の部屋には、回廊の屋根の部分を使った広いテラスにしてあって、夜中にそこに出て目の前の教会の尖塔などを眺めていることができたのでした。

そのときの日記:
サルッツォで気に入ったホテルは修道院  2011/12/22

― アルマグロ滞在の続きへ ―


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