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2016/12/23
日本に定着しているらしい「昔はマロニエの実でマロングラッセを作っていた」というのは変だと思って、少し前からマロンについて書いています。

フランスでは、栗のことを「マロン」と呼びますが、セイヨウトチノキのマロニエの実も「マロン」なので、ややっこしい。前回の記事から、この2つをマーカーで識別できるようにしました。

フランスで栗の実マロンと呼ぶようになったのはいつなのか、ももそもマロニエと呼ばれる樹木はいつヨーロッパに入ったのかを調べていたら、またまた奇妙なことに出会いました。


シリーズ記事目次 【栗のマロンには不思議がいっぱい!目次へ
その10


セイヨウトチノキマロニエ)について調べていたら、フランス美術でよく登場していたと書いてありました。

特に、19世紀末から20世紀にかけて開花したアール・ヌーヴォーでは、ナンシー派が好んでマロニエをモチーフにしていたのだそう。

右に入れたのは、ナンシー派美術館で見られる作品。

ウージェーヌ・ヴァラン(Eugène Vallin)がエミール・ガレのために作ったドアで、彫り込まれているのはmarronnier(マロニエ)だという説明がありました。

栗の木マロニエなのかは、花が咲いていたり、実がなったりしていると簡単に見分けがつきます。

でも、このドアの画像を拡大してみると、花や実はないので、余りよく分からない。

でも、葉の形はマロニエに見えます。マロニエという言葉で真っ先に思い浮かべるセイヨウトチノキマロニエを連想するし、ナンシー派がマロニエのモチーフを好んだと聞いた先入観もあるので、マロニエなのだろうと思いました。


英語でもトチノキと栗の木は混乱する?

マロニエの花は、栗の花と違って華々しくて美しいです。

ヨーロッパグリ

シャテニエ
châtaignier
セイヨウトチノキ

マロニエ
marronnier
(marronnier d'Inde)
Feuilles de châtaignier


絵画でもマロニエが描かれているだろうと思って検索して出てきたのが、下のルノワールが描いた作品でした。

Pierre-Auguste Renoir - Chestnut Tree in Bloom.jpg

「Le marronnier en fleurs(花咲くマロニエ)」と題されていました。

検索を続けていると、同じルノワールの作品で「Châtaignier en fleurs(花咲く栗の木)」という文字が目に飛び込んできました。

面白い! 同じ1881年の作品になっているのです。ひょっとして、私のようにマロニエ栗の木の違いをルノワールも気にしていたのだろうか?

興味を持って画像を探してみたら...
同じ絵なのでした!!!

余り有名な作品ではないらしくて、この絵画に関する詳しい情報は出てきませんでした。これを栗の木にしているのは絵画の複製を売っているサイトなので、怪しげ。

Wikipediaに画像が入っているのを見つけたので眺めると(上に入れた画像をクリックすると拡大します)、私にはマロニエに見えます。

ちなみに、使わせていただいた画像のファイル名は「Chestnut Tree in Bloom.jpg」。英語では栗の木としているのかな?...

日本では、フランスの絵画でも英語の題名を訳していることが多いので、日本でも栗の木になっているのでは? やはり、売られているポスターでは「花咲く栗の木」になっていました


フランス語でmarronnier(マロニエ)と言われても、どちらの木なのか特定できないのですが、英語でもそうなのでしょうか? chestnutを使うなら、horse-chestnutと言わないとマロニエにならないと思うのですけど。

でも、絵画を見たら判断できると思うのですけど...。


探していたら、ゴッホは栗の木を何枚も描いていたと知りました。

画像を探すと、Blossoming Chestnut Branchesが出てきました。チェスナットとなっちますが、これもマロニエに見えますけど...。この画像はWikipediaで大きなものは見つけられませんでした。何処かで盗まれて行方不明になっていたけれど、見つかった作品のようです。

このゴッホの作品の正しい題名は「Branches de marronniers en fleurs(1890年)」のはずです。つまり、「花咲くマロニエの枝」。これはパリのルーブル美術館に所蔵されている作品なので、フランス政府のサイトJocondeの作品紹介ページで題名が確認できました。

ゴッホは、幾つもマロニエの絵を描いていたようです。
でも...。

下は、パソコンのマウスパットとして売られているアイテムです ↓

Vincent Van Gogh Tapis De Souris - Châtaignier En Fleurs II, 1890

フランス語で「花咲く栗の木」として売られているのですけど、ショップにある画像を拡大して眺めると、どう見たってマロニエの木なのです..。

こちらも、正式な絵画の題名は「Marronniers en fleurs blanches(白い花が咲いているマロニエ)」で、1890年の作品でした。


絵画は食べないから問題がない!

フランス情報で、栗のマロンとマロニエのマロンの違いを説明しているときには、100%と言えるほど、間違えないようにと書いてありました。毒があるマロンを誤って食べてしまったら問題だからでしょう。

でも、栗の木の絵だと思ってマロニエの木が描いてある絵画の複製を買った人が食べるはずはないのですから、全く問題はないわけです。どうでも良いわけですよね...。マロニエの実のマロンで作るのが本物のマロングラッセだから食べてみたい、と思わせてしまうよりは罪がないです。


このシリーズ記事は、2つか3つ書くつもりだったのに、次々と不思議なことにぶつかるので記事が増えています。このままではマロンを抱えたまた年を超してしまいそう...。

フランスには、落ちてきたばかりマロンを拾って2つか3つをポケットに入れておくと、リューマチや腎臓の痛みを回避できるという昔の迷信を未だに信じる人がいるようですが。マロンから出るエッセンスが効果を出すようで、固くなったら新しいのと取り換える必要があるとのこと。

マロンを紙幣で包んでおくとお金が増えるという迷信もあるのだそう。エキゾチックな樹木なので、何か不思議な力を持っているように思われたのでしょうね。


フランスでは、いつマロニエと呼ぶ樹木が入ったのか、栗をマロンと呼ぶようになったのはいつなのか、という本題を次回に書きます。


続き:
 栗のマロンが先か? マロニエのマロンが先か?

★ シリーズ記事目次: 栗のマロンには不思議がいっぱい!

ブログ内リンク:
★ 目次: 縁起物や迷信について書いた記事 (フランスを中心に)
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
☆ INRA: D'arbre en Art - Les feuillus
D'arbre en art: l'arboretum d'Amance
☆ Grand Paris: Caractéristiques du marronnier d'Inde
☆ Si l'art était conté...: VAN GOGH A AUVERS - 6. Les marronniers
☆ MMM: ナンシー派美術館
☆ Se connaître: Le marronnier d’Inde


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2016/07/27
前回の日記「道端にある十字架を探す」の続きです。

ブルゴーニュ地方に残る十字架を探しているのですが、私が最も気に入ったのは橋のたもとにあった十字架でした。



石を積んでつくった古い橋。欄干もなくて細いので危なっかしいのですが、渡れました。すぐ近くに近代的な大きな橋が出来ています。

「ローマ人の橋」と呼ばれるのですが、そんなに古い時代に作られたわけではないそうです。せいぜい16世紀か18世紀の建築と見られています。

十字架の彫刻はかなり良い保存状態でした。



こういう風に彫刻がある十字架は2面のつくりになっていることが多いです。

磔にされているキリスト、そして反対側には聖母マリア。




右手にブドウの房を持っている

冠を被った聖母マリアが美しいと思いました。



右手に持っているのはブドウの房だと言われています。

ブルゴーニュ地方では、ブドウやエスカルゴのモチーフが教会の彫刻に施されているのはよく見かけます。

従って、聖母マリアがブドウを持っているというのもあるわけです。ブルゴーニュはワインの産地なので、そうするのが好きなのだろうと思っていました。

下は、ブルゴーニュワイン・ビジネスの中心地であるボーヌの市章です。

Blason de Beaune


ボーヌ市には第二次世界大戦期にドイツの占領下にあった町を開放した人々をたたえる聖母マリアの大きな銅像があります。


Une messe à la Montagne de Beaune avec la Vierge Marie

第二次世界大戦で国土の半分がドイツに占領されたフランス。解放されたことを聖母マリアに感謝する銅像を立てたところが数カ所はあり、「Vierge de la Libération(国土解放の聖母マリア)」と呼ばれています。

Wikipediaに入っている画像を見たら、こういう銅像の聖母マリアにブドウを持たせるということではなかったようです。ボーヌの記念碑が立派なブドウの枝を持っているというのは、ここがワインの産地だったからではないでしょうか?


下は、同じくブルゴーニュ地方のコート・ドール県にあるオーソンヌ町のノートルダム教会(Église Notre-Dame)にある美しい聖母マリア像。15世紀の作品で、右手にブドウの房を持っています。

 

ブドウを持った聖母マリアは「Vierge au raisin」と呼ばれていました。それが分かれば画像検索できます


La Vierge aux raisins, Pierre Mignard (パリ ルーブル美術館)


気にしたことがなかったのですが、聖母マリアの親子の図にブドウが登場している場面はかなりあるのですね。イエスがブドウを持っている場合もありました。

ブルゴーニュでは、ブドウを持っていない聖母マリアの銅像に、ブドウ収穫の時期には本物のブドウを持たせてしまう風習がある村もあります。これはブログで書いていました。


9月はブドウ収穫の月! 2006/09/09

でも、聖母子像にブドウがあるのは、ワインの地だからというわけでもないようなのでした。ブドウは生命と復活のシンボル、聖体のシンボルという説明がありました。考えてみれば、ミサでは司祭さんがワインを飲むし、ワインとキリスト教は切っても切れない関係にあるわけなのですね。

日本語情報では、ブドウは受難の象徴とありました。そう書いてあっただけなので、なぜなのかは分からなかった...。


左手には棒を持っている?

仲間たちと十字架を探したわけですが、私は写真撮影とその整理などの役割。十字架の歴史を調べたりするのは別の人たちがするのですが、見ていると気になってしまう。

聖母マリアは幼子を抱いている場合が多いのに、橋のたもとにあった十字架の女性像は赤ちゃんを抱いていないのです。これは聖母マリアなのだろうか?

左手には棒のようなものを持っているように見えます。



逆の側から撮影した写真でも、長い年月がたつうちに赤ちゃんの部分がなくなってしまったようには見えません。指の形も棒を持つ感じです。



としたら、持っている棒のようなものは何なのでしょう?


棒を持っている女性の聖人の画像を探したら、マグダラのマリアの像も出てきました。

左に入れるのは、先ほどのオーソンヌ町のノートルダム教会にある彫像で、マグダラのマリアであろうと書いてありました。右に同じ構図のマグダラのマリアのイコンを並べてみます。


Notre-Dame d'Auxonne
Maria Magdalene icon


両方とも壺を持っていますが、この壺がポイントで、イエスの遺体に塗るために香油を持って墓を訪れたという聖書の記述に由来しているのだそう。


聖母マリアが持つ王杖

マリア像の画像検索してみると、棒を持っているものもかなり出てきたのでした。この棒には何か意味があって、名前もあるのではないか?

ようやく、この棒のようなものが何であるかを説明しているサイトにぶつかりました。マリア像から無くなって右手だけになっていたところに棒を再び持たせる修復をした教会のページです。


Un sceptre pour Notre Dame

これはフランス語では「sceptre(王杖)」と呼ぶのでした。

もともとは、羊飼いが羊たちに対して権力を見せるために持っていた棒。時代を経て、国王の権力のシンボルとなった。そしてマリアもイエスの母親として女王という意味で持たせるアトリビュートとされる。

ところで、マリアが持つ王杖の先には、ユリの花、フランス王家のシンボルとなっている百合の花(Fleur de lys)、アヤメの実などの形が付いているものもありました。

アヤメの実というのが不思議なのですが、こういう形です。
Vierge.cathedrale.Paris


ユリの花とアヤメの花というのが気になったのは、以前にブログで書いたりもしているほど気になっていたからです。


フランス王家の紋章はユリの花 2012/06/11

ともかく、アヤメの花が付いた王杖を持ったマリアの杖の持ち方は、橋のたもとの彫刻と同じ。つまり、下から支えているだけなのです。

マリアが持つ杖がフランスでは王位を示す杖なのに、日本語では「錫杖(しゃくじょう)」と呼んでいるようです。仏像の持ち物に似ているからでしょう。

棒を持ったマリアの画像を探していたら、埼玉県幸手市にあるマリア地蔵が出てきました。隠れキリシタンの信仰の対象だったとみられているとのこと。なんだか不思議なお地蔵さん。


それに、みんな赤ちゃんを抱いているのに、あの橋のたもとの十字架ではなぜ赤ちゃんがいなかったのか気になる...。でも、十字架の裏面にあったのだから、やはり聖母マリア像だと思うことにします。

ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
赤ちゃんは、どちら側に抱くのが自然? 2010/06/24

外部リンク:
Vierge à la grappe
☆ Wikipédia: Sceptre
☆ Wikisource: Dictionnaire raisonné de l’architecture française du XIe au XVIe siècle-Vierge (sainte)
Iconographie de la Vierge
Représentation artistique de la Vierge Marie
☆ Wikipedia: マリア像


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2016/07/24
宗教建築物の小さな郷土遺産を探すという計画があって、友人たちと道端などにある十字架をリストアップすることになりました。広い範囲でするときりがないので、テーマを持たせた道筋の100キロくらいの距離に限定。

カルヴェールとクロワ

北仏のブルターニュ地方には、calvaire(カルヴェール)と呼ばれる、驚くほど見事な十字架があります。キリストの十字架像を中心とした群像。主に教会の敷地にあるのですが、どうしてこんなに立派なものを作ったのかと思ってしまう。

ブルターニュ地方にある立派なカルヴェールの中で、最も古い建築だと言われるのは、こちら ↓


Calvaire et chapelle de Tronoën (Finistère)

チャペルと呼ばれる小さな教会に、立派なカルヴェールが付属しています。建築されたのは15世紀半ばとのこと。ブルターニュ地方は花崗岩の石材で雨風にも負けずに残るので屋外建築物を造るのに適しているのでしょうが、この地方のケルト文化が影響しているのかもしれません。

我がブルゴーニュ地方には、こんなに立派なカルヴェールはありません。道端や墓地などに普通にあるのは、croix(クロワ)と呼ばれる十字架です。

でも、探してみたら、素朴だけれど美しいものもあったのでした。


4本の菩提樹に囲まれた十字架

パリからやって来る友人たちのためにピクニックの昼食を用意して、私たち先発隊はピクニックの場所を探しました。

ここしかないと決めたのは、十字架が立っている木陰にあったピクニック用のテーブルとイスがある場所。



十字架そのものはシンプルで美しいわけではないのですが、菩提樹に4方を囲まれているのが気に入りました。昔に十字架を立てるときには、こうやって木で囲ったそうなのですが、今では4本とも残っているのは少ないのです。

教会はエルサレムの方向、つまり東側に祭壇を設置するという原則があります。十字架も何か決まりがあるのかと思って、方向を調べてみました。でも、この日いくつもの十字架で測定したところ、方向の法則などはないように思いました。



この写真で見えるでしょう? 十字架の台座がずれてしまっているのです。日本だったら地震かと思うところですが、ここでそういうことがあったはずはないのですよね...。

それにしても危なっかしい。こんな石材が倒れたら危険ではないですか?


修道院の十字架

見事な彫刻だと思ったのは、やはり立派な修道院の中に立っていた十字架でした。



12世紀初頭に建てられた修道院の入り口の広場にあります。この十字架が巡礼者を迎えていたのでしょうか。

でも、痛みが激しくて彫刻が良く見えない...。キリストは片足を失ってしまっています。よくあるタイプで、この十字架も裏側にはマリア像が彫られていましたが、これもよく見えない。

世界遺産に登録されている修道院なのだから修復して欲しいな...。そうしたら、さぞかし美しい姿が現れるだろうと思うのですけれど。


棺を置く台がある十字架

墓地の中にあった十字架です。



たまに見かけるのですが、墓地に埋める前に棺を置く台があります。ベンチではありません!

tables des morts(死者のテーブル)、pierre des mort(死者の石)などと呼ばれます。十字架なしに大きな石が地面に置いていたり、教会の壁の横にベンチのようなものがあったら、それが棺を置く台だとは分からないですね。

こういう台を使う風習は19世紀に消えたのだそう。

十字架の前に新しそうな石碑があるのが気になったのですが、書かれている文字を読むと、この教会の司祭さんの墓碑でした。こんな良い場所に建てられたということは、村人たちから好かれていた司祭さんなのだろうと思いました。


牧場に立っていた十字架

十字架は道の交差点などに立っていることが多いのですが、どうしてここに? というのもありました。誰も通りかかりそうもない牧場の前。



しかも、彫刻が見事です。このくらいになるとカルヴェールと呼ぶ人もいました。16世紀の建造物なのだそう。



キリストの両脇に聖人の像があります。始めはキリストの像だけあって、後でどこかにあった2つの彫像を添えたのではないかなという気もしました。台座のようなものが見えるので。

キリストの上には「INRI」の文字が刻まれていました。

Iesus Nazarenus Rex Iudaeorumの略で、「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」という意味。

イエスが十字架に架けられた時、ヘブライ語、ギリシア語、ラテン語での三つで罪状書きが併記されていた。このうちラテン語表記が「Iesvs Nazarenvs Rex Ieudaeorvm」で、その頭文字を示したものが「INRI」。


個人が立てた十字架



こちらは19世紀後半という新しい十字架。

台座のところに亡くなった女性の名前があり、彼女にために祈って欲しいと書いてありました。つまり、墓地にあるような十字架。ここに持ってきたのか、家の前に建てたかったのか?...


井戸の十字架

十字架は道端や墓地で見かけることが多いのですが、これは面白い場所に立っていました。



後ろの建物は井戸なのです。村の大切な井戸。それで感謝の意味で、あるいは水が途絶えないようにという祈りから十字架を立てたのかな?...


大きな手のマリア様

こちらは村の中心にある泉のところにあった十字架。



6体の彫刻があります。キリストと聖母マリアは分かる。1人はSainte Anne(マリアの母のアンナ)なのだそう。

石が侵食されていないので、そんなに古くはないのでしょうね。でも、幼子キリストを抱いたマリア様をよく見ると...



手が大きすぎるではないですか?!


この日眺めた十字架の中で、最も気に入ったのは古い橋のたもとにあった十字架でした。マリア様が素晴らしい。それについては、次回に写真をお見せします。

続き:
古い橋のたもとにあった十字架の彫刻

ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化

外部リンク:
☆ Wikipédia: Calvaire (édifice)
カルヴェール ブルターニュ地方の石造美術


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2016/05/14
日本のようにゴールデンウイークとは言わないのですが、フランスも5月の始めは休日がたくさんあります。今年の場合は、休日が日曜日にぶつかってしまっていたりもしていましたけど。

復活祭が何時になるかによって変わる祭日もあるので、ややっこしいのですが、今年は5月15日がPentecôte(聖霊降臨祭)で、その翌日の月曜日が祭日。

クリスチャンでなければ、ただ学校や会社がお休みと受け取るだけなわけなのですが、聖霊降臨祭は本格的な行楽シーズンを告げる時期です。ところが、今年は寒い!

5月1日のメーデーはスズランを愛する人に贈る日となっているのですが、森のスズランはつぼみが出来た程度で咲いてはいませんでした。中旬になったので、森のスズランが花を開かせたと教えてくれる人がいたのですが、寒くて花摘みに行く気になりません。4月末の旅行で風邪をひいてしまっているのだし。


といって、やはり冬眠から覚めた時期なので、お誘いは多くなってきました。

聖霊降臨祭の前日には、友人の家での昼食に誘われました。その前の日曜日の終戦記念日の食事会では、人が大勢いておしゃべりができなかったので、「大したものはないけど、一緒に食事しようよ」ということなのだろうと思って出かけたのだけれど、昼から始まって、食事が終わっておいとましたのは午後9時ころ。


家に入ったらびっくりしました。つい最近、ダイニングとリビングを兼ねている大きな部屋をリフォームしていたのです。

何年か前に、壁に断熱材を入れて現代風にリフォームしていたのですが、以前の田舎風の方が良かったではないかと思っていたのですです。ところが、壁を塗り替えたら、とても良い雰囲気になってしまったのでした。

真っ白だった壁が淡いクリーム色になり、それにピンクがかった紫色でアクセントを入れているのが良い雰囲気を出していました。それから、ゴチャゴチャあった飾り物を片づけたのでスッキリ。



私はこの家は天井が低いのが気に入らなくて、もっと昔風にインテリアが好きなのだけれど、以前よりははるかに良くなったと思いました。

壁の色を変えるだけで、こんなに変わるものかな?... 工事は1週間かかったそうです。担当したのは、家の内装をする仕事をしている息子さん。普通の業者に頼んだら、仕事が遅いフランスのことだから、1週間ではやってくれなかったのは確実だと思います。


写真の奥の壁にある部分がハイライト。ご主人の両親の家の屋根裏部屋にあった、いわくありげな石の彫刻をはめ込んだのです。



漆喰を削って石の壁を出した中にはめ込んだ彫像。なんだか博物館の陳列みたいだけれど、よく出来ていました。

この彫刻が何を意味するのかは、色々と考えてブログで書いていました:
★ シリーズ日記目次: 屋根裏部屋にあった彫刻の解読  2014/05/01

アンティーク鑑定師によれば、聖グレゴリウスのミサの場面です。

この彫刻を置く場所を考えると友人夫妻は言っていたけれど、こんなに良い場所を作ってあげるとは想像していませんでした。

この家の人たちには信仰心は全くないのですが、やはりフランスはキリスト教文化の国だし、両親の形見なので大切にしたかったようです。といって、そのご両親の方は、屋根裏部屋にこんなものがあったなどとは知らなかったかも知れないのですが。

ブログに書いていたのをリンクして気が付きましたが、屋根裏部屋にあった彫刻を見たときから3年近くもたっているということ? 信じられない...。



ついでに、少し前から気になっていたので、この家の柳の木がどのくらいの大きさに成長したのかも庭に出て確かめました。



貧弱な木だったのですが、かなり大きくなっていました。

写真を見てビックリ。その向こうに見えるお隣さんの庭にある木も柳ではないですか? フランスには柳の木がほとんどないと思っていた私なのに...。私の観察力は全くいい加減なのだと自覚しました。

天気予報によれば、最高気温が20度になるまでには、まだ10日くらい待たなければならないらしい。早く半袖でいられるようになりたい...。

ブログ内リンク:
★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
★ 目次: フランス人の古民家を修復する情熱、建築技術
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事


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2014/05/10

シリーズ記事目次 【屋根裏部屋にあった彫刻の解読】 目次へ
その7

友人が遺産相続した家を掃除していたら、屋根裏部屋で古めかしそうな彫刻があったというので、それを見に行ったことをブログに書いていました。

1年たってコメントが入ってきた日、偶然にもその友人が訪ねてました。彫刻をプロの鑑定士に見てもらったと聞いていたので、どんな意味を持っていると判定されたのかを聞いてみました。

この彫刻は何を現しているのかと、私が勝手に解釈してみたときの日記:
屋根裏部屋にあった古めかしい彫刻の解読を試みる 2013/06/12

屋根裏部屋の石壁にはめ込まれていて、ずっと無視されてきていたらしい彫刻は、これです ↓



この彫刻に書いた記事に入れてくださったコメントで学んだキリスト教関係の美術品の寓意を読み取るポイントが面白くて、ここのところキリスト教と植物の関係について書いてきたのですが、本題の、この彫刻は何を意味するのか、に戻ります。

友人が鑑定を依頼した人は仕事の関係の知り合いで、財産に関する保険の査定額も出している人なので、鑑定結果は信頼できるのだとのことでした。

その道のプロが、この彫刻をどう解釈したのか?...


同じような場面を描いた作品がたくさんある!

鑑定士が「この場面だ」と言ったフランス語をキーワードにして画像検索にかけてみたら、屋根裏部屋の彫刻と共通点がある構図の美術作品がたくさん出てきました!

Bernt Notke Gregorsmesse Arhus.jpg 
バーント・ノトケ(1435-1509)

Gregorsmesse lorenzkirche

Huanitzin.jpg 
1539年、メキシコ

Messe des hl Papstes Gregor Bode-Museum.jpg 
1480年

画像検索の結果で出てきたものの全てには、共通するるところがあります。キリストと、祈りをささげている僧侶の姿が、必ず入っている!


屋根裏部屋の彫刻を改めて眺める

屋根裏部屋にあった彫刻を取り外して自宅に運び込んだという友人は、鑑定士が「○○の場面だ」と判断したとしか言わないので、どこからそう判断したのかを考えました。

屋根裏部屋で見つかった彫刻を見てみましょう。

まず、キリストだろう、と私でさえも想像できた人物がいます。



手を交差しているので、十字架にかけられた後なのだろうと想像しました。 右手には傷の跡らしきシミが見えます。


その頭上に、冠らしきものを持った人がいます。



コメントを入れてくださったaostaさんのコメントは、これは石棺から立ち上がる姿で描かれるキリストの復活の様子で、天使が茨の冠をとりはずしている場面ではないか、と解釈なさっていました。

鑑定士の判断もその通りで、復活したキリストであることが重要な意味を持っていたのでした!


しかし、鑑定士が何の場面なのかを決めたのは、その下の部分のようです。

キリストが入っているのは石棺だとして、その下に、上に向かって手を差し伸べている人がいます。 何か丸いものを持っている。



ここからは、鑑定士の判断を聞いてから見えてきたことを書きます。

中央には、男性が持っている丸いものは、ホスチア(聖体)でしょう。 聖体パンにしては大き過ぎるので奇妙ですが...。

その左手にある、百合を象徴するモチーフが刻まれている四角い部分の上にあるのは、これまた不釣り合いに大きいですが、聖杯に見えてきました。

そうなると、これは僧侶か司祭がミサを挙げている場面に見えます。
その上に復活したキリストがいる、という構図になります。

ここまで分析する前に、キリスト教にお詳しい方は何の場面だと直感がひらめきますか?

[続きを読む  Lire la suite...]


2014/05/03

シリーズ記事目次 【屋根裏部屋にあった彫刻の解読】 目次へ
その2


友人が遺産相続した父親の家があり、とりあえずガラクタを捨てて掃除をしていたら、屋根裏部屋の壁に古めかしそうな彫刻が埋められていました。



この彫刻が何を意味するかを私が勝手に想像して日記にしていました。それから一年近くたった今、キリスト教文化にお詳しいaostaさんがコメントを入れてくださり、色々と知らなかったことを学んだのでメモしておくことにしました。

その記事はこちらです:
屋根裏部屋にあった古めかしい彫刻の解読を試みる 2013/06/12


4つの花弁のモチーフの意味は?

この彫刻が何であるかを解読してみようとしたとき、4つの花弁を持つ花のように見えるものが気になっていました。 手を前に組んだ人の下にある模様です。

これは、世界遺産に登録されているヴェズレー村にあるサント・マドレーヌ大聖堂の壁面にあったデザインと同じように見えます。


ヴェズレー大聖堂: 素晴らしいロマネスクの柱頭彫刻 2013/06/24

ヴェズレーの大聖堂は12世紀に建築されたロマネスク様式。この時代に使われていたということは、何か意味を持っていたはずではないですか?

さらに、良く似た構図の絵が見つかりました。15世紀のフレスコ画で、天使に支えられたキリストです。

Andrea del castagno, Christ in the Sepulchre with Two Angels by Andrea del Castagno 01
Andrea del Castagno - Christ au sépulcre avec deux anges, 1447 - Fresque Florence

屋根裏部屋で見つかった彫刻には両側から支える天使はいないものと酷似しています。フレスコ画では、下にある四角いものが墓として描かれています。しかも、花びらマークが3つあるのも同じ。

フレスコ画の方は、花弁の中央にある部分(柱頭?)が人の顔に見えるし、左右の花弁は丸くないので不思議です...。

これについて、コメントをくださったaostaさんが謎を解読してくださいました!
仏語でも把握しておかないとフランスで観光するときには役に立たないので、それも入れて理解したことをまとめてみます。

キリスト教では、天使には9つの階級がある

archange: 大天使、9階層の天使のうち第8階級の天使。
カトリックの3大天使: 「受胎告知」の画面に現れるガブリエル(Gabriel)、ミカエル(Michel)、ラファエル(Raphaël)

9階級のうち、最上級の天使は、セラフィム(でSéraphin)。熾天使(してんし)とも呼ばれる。
セラフィムは3対6枚の翼を持ち、2枚の翼で頭を、2枚で体を隠す姿で描かれるのだそうです。このような姿ではないでしょうか?

Seraphim - Petites Heures de Jean de Berry
Seraphim - Petites Heures de Jean de Berry

aostaさんの解説によれば、セラフィムは絵画作品では顔から直接羽が生えているような造形で描かれることが多いので、場合によっては羽が花びらのように見えることもあるかもしれないとのこと。

上に入れたフレスコ画で、キリストの墓に描かれた4枚の花弁にしては奇妙なデザインは、セラフィムと説明されれば納得できます。

さらに、セラフィムが持つ6枚の翼は、上と下を閉じればを4枚の花弁で描くことができると見えてきました。 

Giotto - Legend of St Francis - -19- - Stigmatization of St Francis.jpg
『聖痕を受ける聖フランチェスコ』 (フレスコ画; ジョット・ディ・ボンドーネ作)

StFrGiottoLouvre.jpg
François d'Assise recevant les stigmates par Giotto


4つの花弁がある花のモチーフが3つ並んでいる意味は?

aostaさんは、キリスト教における「3」という数字の意味を指摘されました。

「3」という数字は、三位一体に通じる数であり、天を象徴するもの、そしてキリスト教で最高の徳とされている「信仰・希望・愛」を示す数でもあることから神聖な数字とされている。

屋根裏部屋の彫刻でも、フレスコ画の墓でも、3つのモチーフが描かれているのは、そのためではないかという分析です。こちらも納得!

さらに、「天」を象徴する3に、地を象徴する「4」を加えた「7」も完全数といわれるのだそう。


スミレでたとえる意味は?

屋根裏部屋にあったキリストの墓と思われるものに入っていたのは、花びらが4枚のモチーフです。

ロマネスク教会の基本的なモチーフを紹介するフランスのサイトに入っていたデザインにそっくりで、そのモチーフをスミレの花(Les violettes)と呼んでいました。

Violetteフランス語でスミレに相当する単語は、violetteとpenséeがあります。その見分け方は、次のことなのだそう。
  • violette(ヴィオレット): 2枚の花弁が立っており、3枚の花弁が下を向いている。
  • pensée(パンセ): 4枚の花弁が立っており、他より大きな5枚目は頭をもたげている。


いずれにしても、スミレというのは花弁が5枚です。花びらが4枚のモチーフをなぜスミレと呼ぶのか?...  もっとも、その呼び方は他には見つからなかったので、このサイトが使っている名称が正しいのかどうかはわかりません。

aostaさんは、薔薇の花は聖母の純潔やキリストの受難を意味する花であることを教えてくださり、次のページをリンクしてくださいました:
「モンテフェルトロ祭壇画」 (1) 卵をめぐるあれこれ

ここで私は、4枚の花弁のモチーフから、キリスト教と薔薇の関係に興味を持ちました。百合の花が重要な意味を持つのは知っていましたが、バラは気にしたことがなかったのです。

キリスト教とバラの関係を調べてみたら、発見をしたり、また新たな疑問がわいてきました。それについては長くなるので、次回で書きます。

ブログ内リンク
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
★ 目次: クイズを出した記事一覧

外部リンク:
☆ Wikipédia: Angélologie
☆ Wikipédia: Archange
Glossaire 8 : Les frises dans l’art roman (3)


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2014/03/28
前回の日記「日本から故郷に帰ったギュスターヴ・クールベの木」に書いたクールベ美術館では、クールベと親しかった風景画家の作品を展示する特別展をしていました。

この風景画家が気に入ったのでカタログを買おうと思ったのですが、表紙以外は写真の質が悪すぎるので断念。画家の名前を忘れないようにカタログの表紙を撮影しておきました。



画家の名前はHector Hanoteau(1823~1890年)。エクトール・アノトーと表記すれば良いでしょうか? 日本語情報は全く出てこなかったので、日本で定着しているカタカナ表記が分かりませんでした。

正式の名前はやたらに長くて、Hector Charles Auguste Octave Constance Hanoteau。ファーストネームが5つも並んでいます。

彼はブルゴーニュ地方のニエーヴル県の画家、ということでも親しみを覚えたのでした。私が好きなコロー(Jean-Baptiste Camille Corot)を思わせる作風でもありました。ちなみに、コローも父方はブルゴーニュの人。


特別展の名前は「エクトール・アノトー - 風景画家、クールベの友人」。

年も近かった2人はパリ時代に親しく付き合っており、互いに肖像画を描きあっただけではなく、共同で描いた作品も残していました。 それが、この作品「Baigneuses dit aussi Deux femmes nues(1858年)」。オルセー美術館の所蔵品ですが、特別展に出展されていました。

http://www.musees-franchecomte.com/index.php?p=973
Exposition Hector Hanoteau, un paysagiste ami de Courbet - Musée Gustave Courbet à Ornans - Doubs (25) - Franche-Comté

展示の説明では、家の壁に収めるために切り取られてしまったキャンバスだとありました。私有物だからしたのでしょけれど、なんと酷いことを...。

説明がなかったら、ギュスターヴ・クールベの作品に見えてしまいませんか?

気の合った仲間と絵画を仕上げるのも、ピアノの連弾のように楽しいのかも知れない...。

エクトール・アノトーは、余り有名な画家ではないようです。インターネットで検索したら、クールベ美術館での特別展の紹介がずらりとトップに並んでしまいました。他には、競売に出た絵画について。

クールベに引き合いに出されるだけしか名前を残せなかったのだとしたら可愛そう。経歴を見ると、かなり輝かしいし、パリのオルセー美術館にも何点か彼の作品が入っているのに...。

特別展で展示されていたエクトール・アノトーの作品の中に、Wikipediaのフリー画像になっていたものがあったので入れておきます。

Hector Hanoteau, 1874, Les grenouilles
Les grenouilles, Musée d'Orsay (Paris)

「蛙」と題されていて、森の中の池だか沼だかにカエルたちの姿があります。実は、私の今回の旅行は春先だけにしか食べられないこの地方の蛙Grenouille rousse(ヨーロッパアカガエル)を食べるのも目的だったのでした。

この品種の蛙は「森のカエル」 とも呼ばれるので、なんだか不思議な気がしました。このたびの旅行でも、去年は食べそこなったし、来年までは食べられないとばかりに3回の食事で食べてしまった後に美術館にいったのです。ごめん...。

ヨーロッパアカガエルの話しは、すでに書いているので省略:
フランシュ・コンテ地方を旅行して、貴重なカエルを食べる 2012/03/30


他にも、Wikipediaはエクトール・アノトーの作品の画像を提供していましたが、これも、どうして? と思ってしまうほど画質が良くない...。

Hector Hanoteau, Bergère et son troupeau au bord du ruisseau 
Bergère et son troupeau au bord du ruisseau

実物の魅力が見えません。写真にできない作品なのか、有名ではないから質の高い写真をとってもらっていないのか?...

彼の作品は、故郷のニエーヴル県のヌヴェール市営ミュージアム(Musée de la Faïence/ Musée municipal Frédéric Blandin)にも何点か入っているようなので(こちら)、行く機会があったら探そうと思います。

妙に気に入った絵も、このミュージアムの所蔵品になっていました。

http://www.culture.gouv.fr/Wave/image/joconde/0494/m015586_0004618_p.jpg

この絵の題は「La victime du réveillon」。
レヴェイヨン(クリスマスや大晦日の夜食)の犠牲者(いけにえ)、という意味。農家で、家畜がご馳走になろうとしている図です。

 シリーズ記事: フランシュ・コンテ旅行記 (2014年3月)  目次


ブログ内リンク:
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って

外部リンク
☆ Wikipédia: Hector Hanoteau
Hector Hanoteau, un paysagiste ami de Courbet
☆ Joconde ⇒ 「Hector Hanoteau」で検索


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2014/03/27
今回の旅行目的の1つは、日本にあったギュスターヴクールベの作品『フラジェの樫の木』が、クールベの故郷にあるクールベ美術館に戻ったので見に行くことでした。本当は、戻ってすぐの昨年に行こうと思っていたのに機会を逃してしまっていたのです。

目的地は、フランシュ・コンテ地方ドゥー県にあるオルナン町(Ornans)。

県名になっているドゥー川(Doubs)に流れ込む支流のほとりに家々が並ぶ、独特の雰囲気がある町です。



「フランシュ・コンテ地方の小さなヴェネチア」とも呼ばれるオルナン。人口4,000人余りのこじんまりした町なのですが、この町で生まれた画家ギュスターヴ・クールベGustave Courbet: 1819~1877年)の作品を飾るクールベ美術館(Musée Courbet)を最近改築して、所蔵品も充実させてきています。

有名な絵画はパリに行かないと見れない傾向があるので、○○美術館といっても大した作品はないことが多いフランスなのですが、ここは見応えがある作品を上手に展示しています。そこに、また目玉となる作品を入れたのでした。


フラジェの樫の木

八王子にある村内美術館から買い取った『フラジェの樫の木Le Chêne de Flagey)』。ようやく樫の木が故郷に根を張れるようになった、と地元では大きな話題になりました。

地元というとき、我がブルゴーニュ地方も入ってしまいます。テレビの地方放送局は、ブルゴーニュとフランシュ・コンテが一緒になっているので。

フランスの写実主義の画家ギュスターヴ・クールベGustave Courbet: 1819~1877年)が、1864年に描いた作品です。


Le Chêne de Flagey appelé Chêne de Vercingétorix, camp de César près d’Alésia, Franche-Comté

フラジェとは村の名前で、クールベの父方の家があります。大地主だったのを思わせる立派な家が残っており、これも最近になって県が買い取って、展示場として使うほか、クールベの小さな寝室を残しながら、B&B民宿の部屋も作っています。

絵のモデルとなった樫の木はすでに残っていないということもあるし、ただの樹木ではないので、この作品を取り戻したいという地元の人たちの熱意は大変なものでした。

そのことについては、すでに書いているので省略:
画家ギュスターヴ・クールベとアレシアの戦いの関係 2011/08/25 


この絵の存在を知ってから、日本で見に行こうかとも思ったのですが、やはり故郷に帰った姿を見たいと思って待っていたのでした。

ありました♪

小さな絵を想像していたのですが、かなりの大きさ。160 cm × 110 cm のキャンバスなのだそう。



作品の右に台があって、布(だったかな?)でできたノートが置いてある。この絵画を買い取るための寄付に協力した企業や人の名前が書いてありました。

村内美術館の売値は450万ユーロで、その6割は地元企業や民間人の寄付によるものでした(企業メセナが250万ユーロ)。行政機関が出した資金は、残りの130万ユーロ(65万ユーロを国が、県議会と地方圏議会が30万ユーロずつ負担)。

この絵を故郷に戻すことに関して、地元ではかなり盛り上がっていました。オルナン町に近いブザンソン市に住む友人は絶対に寄付しただろうと思う。ページを繰って探してみようかとも思ったのですが、おそらく彼は自分の会社の名前で寄付しただろうし、彼の会社の名前なんか知らないので止めました。

この絵画についての日本での報道記事を検索してみたら、複製画がたくさん出てきたので驚きました:
「フラジェの樫の木」を楽天市場で検索

日本人受けする絵画なのでしょうね。とすると、日本では見れなくなったのを残念に思う人も多いはず...。フランシュ・コンテ地方の人たちには特別な思いがある絵なので、許してあげてください!


この日のクールベ美術館では、Hector Hanoteau(1823~1890年)という名の画家の特別展「エクトール・アノトー - 風景画家、クールベの友人」もしていました。

この風景画家の作品がとても気に入ったので、次回に書きます。

 シリーズ記事: フランシュ・コンテ旅行記 (2014年3月)  目次


ブログ内リンク:
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って

【樹齢400年の巨木】
ハーブティーにする菩提樹の花を命がけで摘む 2013/07/14

外部リンク
Le Chêne de Flagey retrouve ses racines (Le Monde)
YouTube: Le Chêne de Flagey
さようなら クールベ《フラジェの樫の木》 村内美術館


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2014/03/23
モンベリアール市にある民族博物館(Musée d'Art et d'Histoire - Hôtel Beurnier-Rossel)で、変わった帽子を見ました。



美しい刺繍がほどこされた小さな帽子です。

1つ1つ異なる帽子がたくさん陳列されていたのですが、ガラスの向こうなので良く見えない。

この帽子がネットショップで売られており、商品を拡大して眺めることができます。250ユーロで売られているので、骨董品としての価値があるのでしょうね。

☆ eBay: COIFFE ANCIENNE diairi de diaichotte montbeliard


Diaichotte、Diairiと呼ばれる帽子

モンベリアール町の周辺地域で、19世紀に登場したというシニョンを包む帽子でした。

Diaichotte、あるいは、câle à Diairiとも呼ばれるのだそう。
  • câle: (12世紀末から15世紀に用いられた)頭巾、縁なし帽。(17世紀に下女や田舎の娘がかぶった)白月ん。
  • diairi: シニョン(chignon)
刺繍に使われるモチーフは植物なのだそう。

帽子が陳列してある横に、この絵があったので、どんな風にかぶるのかがわかりました。

Diaichotte 
Diaichotte (Montbéliarder Trachtenkostüm)

どこかフランス人的ではないように見えませんか?

この帽子は、プロテスタントのシンボルだったと聞いて納得できました。この時代のモンベリアールは、プロテスタントの町だったのです。

 シリーズ記事: フランシュ・コンテ旅行記 (2014年3月)  目次


外部リンク:
la cale a diairi - Tourisme en Franche-Comte

ブログ内リンク:
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事


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2013/10/25
今回オーヴェール・シュル・オワーズ町(Auvers-sur-Oise)に行ったのは、この町にあるオーヴェール城Château d'Auvers)に行くことが目的でした。

この町に 5年前に来たときには、ゴッホが描いた町の中の場所を歩き回ってしまって、城には行く時間はなかったので、いつか来てみたいと思っていたのです。

レストランで昼食を済ませてから、城に向かいました。


オーヴェール城


Château d'Auvers(Château de Léry)

17世紀にイタリアの銀行家が建築させた城ですが、その後ほかの人の手に渡り、18世紀半ばには大々的に改築されています。

ゴッホは、日没時のオーヴェール城を描いていました:
☆ 画像: Château d'Auvers au coucher du soleil (1890年の作品)
Chateau d'Auvers 188... 
その作品が描かれたほんの少し前、1880年代のオーヴェール城は、右に入れた姿だったのだそう。

今とほとんど変わっていませんね。

色々な人が持ち主になっていましたが、現在は城のあるヴァル・ドワーズ (Val-d'Oise) 県議会が所有しています。

良い保存状態。庭園もきれいになっていました。

惚れぼれするほど美しくはないのですが、昔からある城の姿。中がミュージアムになっているのですが、あんな風に現代的になっているとは、外から見ただけでは全く想像もしていませんでした!


オーヴェール城のミュージアム

城のミュージアムは、「印象派の画家たちの時代の旅(Voyage au temps des Impressionnistes)」という名前がついています。

ミュージアムのテーマに「ボワヤージュ(旅)」と名がついているとおり、城の中を歩くという周遊コースです。当時のパリの生活から始まって、電車に乗って田舎(田園や海辺)まで旅するということになっていました。

改めて気がつくと、印象派の時代19世紀には鉄道が発達し、パリから田舎に出かけられる時代だったのでした。印象派の画家たちが田舎の風景をよく描いたのもうなずけます。

印象派の画家たちが生きた時代を体験できるという趣向。城があるオーヴェール・シュール・オワーズ町は、ゴッホ終焉の地として知られていますが、他の印象派の画家たちともかかわりがありました。パリから30キロくらいなので、簡単に来ることもできたのでしょう。

印象派の先駆者シャルル=フランソワ・ドービニー( Charles-François Daubigny 1817年~78年)はこの町に住み、オワーズ川に浮かべた舟の上で作品を描いています。印象派画家に影響を与えたコロー(Jean-Baptiste Camille Corot 1796年~1875年)もこの町を描きます。

そして、印象派の画家としては、ピサロ(Jacob Camille Pissarro、1830年~1903年)、セザンヌ(Paul Cézanne、1839年~1906年)、ゴッホ(Vincent van Gogh 1853年~90年)

この町に印象派美術館を作りたい、というのは理解できます。でも、このミュージアムには印象派の所蔵作品が1つもない! したがって、ハイテク設備を整えたオーディオ・ヴィジュアルで鑑賞するというアイディアになっていました。


当時の雰囲気が味わえる工夫が色々あります。
例えば、こちらはパリのキャバレー。



この部屋に入ると探知するようになっていて、「まもなくショーが始まります」などというアナウンスが流れます。そして、スクリーンにフレンチカンカンの踊りが始まる、という具合。

これで飲み物のサービスでもあれば最高なのですけどね。 テーブルには当時のボトルなどが置いてあるので、盗まれないのかなと思ったら、しっかりテーブルに固定されていました!

私が行ったときは見学客が数人しかいなかったので、ゆったりと見学できました。団体で入ったら、あちこちに少しある席に座って鑑賞することができないし、人声が邪魔したりして雰囲気は少し違ったかもしれない...。


ハイテクを駆使した展示。印象派の作品500点近くを見ることができるのだそう。スクリーンで見るだけなのですが、大きな画面で作品の細部まで見えるのは興味深いです。



退屈しないように、ということなのでしょう。各ビデオは短く簡潔にできていて、次々と違うスクリーンを見ます。同じ部屋に幾つもスクリーンがある部屋もあったのですが、団体で来た人たちが1カ所にたまって、後ろの人は見えないということがない配慮なのでしょうね。


非常によく出来ています。何にも展示する芸術作品がなくても、お金さえかければ、こんなミュージアムができてしまうのだな... と感心しました。

最後くらい、昔の城の姿を見せる部屋が2つや3つあっても良いと思ったのですが、それは全くなし。内部を歩いていると、城の中にいることは全く忘れてしまいます。つまり、近代的建築で作れたミュージアムなのですが、この大きな城を保存する手段として、こんな風にしたのだろうと思います。

どんな風に城の中を歩くのか、ミュージアムが作ったビデオがあったので入れてみます。




ミュージアムの受付けで

見学が終わって、受付けの人と少し話しました。日本人が大勢来るでしょうから、日本人向けに文字や音声が出るのか知りたかったのです。

いちおう日本語バージョンもあるのだそう。イアフォンで聞く感じかなと思いました。最近のフランスでは、かなり日本語の解説を見かけるようになりました。

話していたら、猫を抱いた女性が入ってきました。庭で見つけたのだそう。もらって帰って良いか、と聞いています。

見事な猫ちゃんなので写真を撮らせて欲しいと言うと、抱いていた猫をカウンターに座らせようとしてくれてしまいました。この女性、とても素敵な洋服を着ていて、大きな猫を抱いているのが図になっていたので、猫にポーズをとらせようとしないで欲しかったのだけれど...。



人懐こくて、フサフサの毛の素晴らしく美しい猫ちゃんでした。

受付けの人は、これは野良猫だろうけれど、いつも城の庭園にいるので、それが幸せなのだろうから連れて帰らないようにと答えていました。

マダム、とてもがっかりした様子。猫はすでに1匹飼っているのだけれど、この見事な猫ちゃんが大そう気に入ったようなのです。

おそらくお金持ちの人でしょうから、猫は不幸にはならなかっただろうけど、住み慣れたところを離れるのは寂しいでしょうね。しかも、これだけ太っていられたら、近所の人たちから可愛がってもらって、食べ物には困らない生活をしていると思う。


こういうミュージアムって、好かれるのだろうか?

このミュージアムの入場料は、大人13.50ユーロ。かなりお高いです。印象派のミュージアムと言ったって、全く本物の作品は1枚もないのを知っていたので、入るときに料金を言われたときには少なからず驚きました。

でも、このハイテクを駆使したミュージアムは維持費がかかるのは理解できます。見学をし終わったときには、入場料にみあう見学ができたと思いました。

見学者数は、年間6万人なのだそう。人口が少ないし、ミュージアムに行く人も少ないフランスだと、悪くない数字です。

ところで、この城にはレストランもありました。どんなところかと覗いてみたら、日本人の団体さんが入っていました。これを書きながらサイトを見たら、ここのレストランのランチと入場料を組ませたプランがあったのでした。33.50ユーロ。 現在は入場料+ランチは30ユーロに割引中でした。

このプランで出される昼食は、前菜とメイン料理、あるいはメイン料理とデザートだけですが、その代金は16.5ユーロとなるので安いですね。この日私が食べたランチ定食の半額だ...。でも、どうせ美味しくないだろうから、と思うことにする。


ともかく、映像だけ見るミュージアム。しかも、かなり高い入場料。みんな満足するのだろうかと気になったので、インターネットの旅のサイトにある書き込みを眺めてみました。

☆ トリップアドバイザー: Chateau d'Auvers

満足した人が多いのですが、高すぎると怒っている人たちもいるので面白い。特に、本物の作品は見れないのだと知らなかったら、ショックでしょうね。

私などはオーヴェール・シュル・オワーズ町には何回も行っているので、こういう変わった趣向も面白いと思いました。でも、はるばるやって来た人が、窓のないミュージアムに閉じこもって時間を費やすというのはどうかな?... という気もします。だって、何もここまで来なくたって、パリにでも作れるミュージアムなのですから。

ミュージアムの見学は、たっぷり2時間かかりました。よほど時間があるなら良いけれど、オーヴェール・シュル・オワーズ町は散策が楽しいで、こういうところに閉じこもる時間はもったいなくないかな?...

この町では、ゴッホが描いた風景がかなり残っています。 有名な画家が描いたフランスの町や村では、どこでもやっていますが、絵画がパネルになって掲示されているので、この風景がこう描けるのだと見比べる面白みがあります。

オーヴェール・シュル・オワーズ町も、歩き回って色々な場面を見ることができます。



今回は立ち寄らなかったですが、有名な教会も当時そのままに残っています。

L'église d'Auvers-sur-Oise

ここは、パリから日帰りで旅行できる場所にあります。ツアーではどうなっているのかと見てみました。パリ発の1日コースだと、ジヴェルニーにあるクロード・モネの家と庭園の見学と組ませて、オーヴェル・シュル・オワーズの見学になっているのが多いようでした。

オーヴェル・シュル・オワーズには鉄道の駅もあるそうなので、個人で来て、のんびり散策するのが楽しいと思うけどな...。 でも、連れていってもらった方が楽なのは確か。私も日本で会社勤めをしていたときには、よく海外旅行ツアーに参加しました。

 パリ近郊の旅: 

  レストランに飾ってあった変な絵旅行記目次新しく見つけたレストランが気に入った 




ブログ内リンク:
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ

外部リンク
☆ オフィシャルサイト: Chateau d Auvers sur Oise
☆ Wikipédia: Château d'Auvers
☆ MMM: 印象派の時代を旅するオーヴェル=シュル=オワーズ城
ゴッホ終焉の地、オーヴェール・シュル・オワーズ~麦畑とラヴー亭
☆ パリ発フランス情報ハヤクー: ゴッホの足跡を追って Auvers-sur-Oise


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2013/10/24
前回の日記で書いたレストランに入って席についたとき、後ろの席にいるらしい女性たちが大きな声で話しているのが耳ざわりでした。

普通、フランス人たちはレストランでは大きな声では話さないのです。耳が遠いらしいお年寄りの団体さんは例外ですが、高級レストランだとヒソヒソ話しになるくらい声を落としています。

イギリス人にはそういうエチケットはないらしくて、あたりかまわず大声でしゃべっていることが多いのですが、聞こえてくるのはイギリス英語ではない。同じくあたりかまわない人たちとして、アメリカ人? でもアメリカンイングリッシュでもない。

何人なのだろう? フランス人が下手に英語をしゃべっているのかな?... 妙に気になる。こんなに大声で話すなんて、お酒に酔っているのだろうか?...

ちらりと振り返って見てしまいました。


なんだ、こりゃ~?!



ワインを飲んでいるようでもないですね。

ついでに目に飛び込んできたのは、壁にある絵でした。 なに、これ?!



レストランに飾るようなものではないですよ。食欲が減退するではないですか?



左のはイチゴだとすぐに分る。右側のは桃でしょうかね?

写真トリックだと思いました。上手くてきている! 私もやってみようかな?...

右に目を転じると、そこにも...。


これは何の果物?



左側はコーヒー豆だろうと思いました。

じゃあ、右側のは、なに? どこかで見たことがある果物のような気もしますけど、何なのか思いつかない。野菜なのかもしれないし...。

「これは何でしょう?」クイズにすると、また教えてくださる方がありそう。でも、ちょっと かなり不真面目な絵なので止めます。

撮った写真を眺めていると、これは写真合成ではなくて、絵を描いたように見えてきました。足がスラリとしすぎていますもの。だとしたら、絵を描ける人には簡単ではないですか? つまらなくなる。


でも、緑色のものが何なのかは気になる。調べてみました。

まず、Google画像検索で、この絵を読み込ませて似た画像を出してもらう。でも、遠からずだけれど、同じものは出てきませんでした。画像を文字処理しているとしたら、このページを開けるのかな? 私の検索結果として出てきたのは、これらの画像でした

それにしても、ロングドレスを着た女性姿もかなりヒットしているのです。賢いな...。

画像で検索するには、誰かがその画像をインターネットに載せていなけば出てこないわけで、こういう有名でなさそうな作品では無理でしょうね。

野菜果物辞典」というサイトを見つけました。色で検索できるのですが、それらしきものは入っていない。

それではと、緑、野菜、果物をフランス語のキーワードにして画像検索してみる。 すると、似たものとして、chayoteという名の野菜がありました。

少しバリエーションがあって、この絵とかなり似た形状のもある:
chayoteを画像検索した結果

これかな?...

chayoteは、日本ではハヤトウリ(隼人瓜)と呼ぶらしい。


眺めてみると、知らない味だなと思いながら食べた奈良漬が、このウリだったのではないかと思えてきました。

 パリ近郊の旅: 

  ゴッホの町、オーヴェル・シュル・オワーズでランチ旅行記目次印象派の時代を体感するマルチメディア・ミュージアム 


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2013/08/04
友人に誘われて、修道院で行われるコンサートに行くことにしました。コンサートには久しく行っていなかったし、このシトー会の修道院は2005年に買い取ったお金持ちが修復を進めているので、どうなったか見に行きたかったのが理由。

Abbaye d'Auberiveという名の修道院で、創設されたのは1135年。シャンパーニュ・アルデンヌ地方の小さな村にあります。



前回に行ったときには、内部はちらりと覗いてみただけだったように思います。戦後に林間学校の施設として使われていたのが放置されている状態で、洗面所が並んでいるなどという姿が記憶に残っています。

どうせ修道院は美しくはないだろうと思ってカメラを持っていかなかったので、携帯電話で写真をとっています。やはり、画質はかなり悪いのだな... と発見。

林間学校の施設だった時代の名残りのものは取り外したらしく、建物はかなりの部分が見学できるようになっていました。

でも、ここは現代アートのセンターに変身していたのでした...。


現代アートと修道院の組み合わせ



私は、こういう美術は好きではないのです...。

シトー会の修道院を見たいと思っているのに、どこもかしこもグロテスクな絵ばかり...。



修道院はかなりの広さなので、コレクションを展示するには便利なのでしょうけれど、こういう作品を飾るなら、現代的な建物を使って欲しかったな...。パリのポンピドーセンターみたいな。

違ったものが展示されているコーナーもありました。

剥製がたくさん飾ってある部屋。



見事はコレクションですが、私は剥製が嫌い...。

さらに奥に進むと、お化け屋敷のような雰囲気にするコレクションが所狭しとおかれた部屋が続きました。 オーナーさんは、よほど見て怖くなるものがお好きなのでしょうね。私は好きではないので、写真をとる気もしないし、はや足で通り抜ける。

出たところの廊下には、ディドロの百科全書のページを開いたものが展示されていました。貴重な書物なのでしょうけれど、お化け屋敷からは離れたいので、ざっと眺めただけ。

なぜディドロがここに? と不思議だったので、書きながら調べてみたら、ディドロの娘婿がこの修道院を紡績工場にしていた時期があったのでした。

私が見たかったのは修道院。それで、修道院らしさが残っている部分を探しました。



この修道院が女子の監獄として使われていた時代の独房が並ぶ廊下です。覗き込んでみると、窓もあるので、そう居心地は悪くなさそう...。ここに入っていた人たちは、広い庭園の散歩もできたでしょうし。



もともとは修道僧の部屋だったところなのかな? 修道院のオーナーは、現代アートにしか興味がないらしくて、修道院時代のことについては何の説明プレートもない...。

コンサートが始まる少し前に、ガイド付きで見学できるというので参加してみました。 コンサートに行く人は無料だというので。

でも、現代アートの見学なのでした...。


現代アート鑑賞の楽しさ?

ガイドさんは「ラファエルの作品...」と言うので、どこかに隠してあるルネサンス期の画家ラファエロ(フランス語でRaphaël)の作品を見せてくれるのかと思ってしまったのですが、それとは全く関係ないことはすぐに分りました。

Raphaëlle Ricol という人の作品を説明してくれるというものだったのでした。

恐怖漫画をどぎつくしたような油絵が並ぶ部屋に入って、ガイドさんの説明を聞く。「この作品は、私は、こういう意味があると思います」などという説明。見学に参加した人たちも口々に、「私はこうだと思う」というのをご披露。

そうか...。現代絵画って、誰でも勝手に色々に解釈できるところが面白いのか?...

作品に近寄って説明を見ると、全部「無題」と書いてある。

何を表現しているかという討議が長々と続くので、そのあいだ怖い絵を眺めていたくない。天井を見たり、壁を見たり、暖炉を見たりして、修道院時代はどんな部屋だったのだろうかと連想してみる。でも、修道院として使われなくなってからの歴史が長いし、美しい部分などは全くないので耐え難くなってくる...。

ガイドさんが別の部屋を案内すると言うので歩きだしたら、建物の出入り口の前を通ったのを幸いに、グループからするりと抜けだしました。

庭を歩いてコンサートが始まるのを待つことにしたのですが、庭のあちこちにも作品がある。修道院の壁に落書きアートのようなものさえある。

歴史的建造物に指定されている建物で、こんなことをやってしまって良いの? でも、現代アートも芸術だとみなされるのだから、問題はないのでしょうね。修道院の雰囲気を壊してしまう企画でも、行政からちゃんと補助金なんかが出ているのかもしれない。

そもそも、あのヴェルサイユ宮殿でだって、現代アートの展示会場になったりしているのだから...。でも、絢爛豪華な宮殿の場合は、目をそむければ美しい調度品を鑑賞することはできたのでした。

放置していれば朽ち果てる運命にある大きな建造物を、修復維持しているオーナーの努力は認めないければ。いけないのは、現代アートが好きではない私のような人間が来たことなんだ...。


美術館の学芸員をしている日本の友達が、フランス語圏の画家を招いたときに私を呼んでくれていました。正方形の白いタイルを何にでも貼って作品を作る人とか、原色の絵の具を使って太い筆で正方形を描く人とか...。

でも、彼らが作品の説明をするのを聞いていると、何でもなさそうに見えた作品に意味があるように思えてきて、それなりに面白いのでした。

みんなが「あーだ、こーだ」と言っていたRaphaëlle Ricolさん自身は、自分の作品についてどう語っているのか興味を持ったので、検索してみたら動画が出てきました。

ご自分の作品の意味を語らない人なのですね。手話でないと対話ができない人だからという意味ではありません。作品の意味を、もっともらしく説明したりはしない人のようです。戦争やミサイルなど残酷なイメージの作品、頭から手が出ているなどという図が多いのはどういうところから来ているのか、と質問されると、「自分でも分らない...」。自然にそういうものを描きたくなるので描いている、ということらしい。

作品をたくさん買っている美術館なのだから、ガイドさんは作者から作品について聞いていることを説明すれば良いのにと不満だったのですが、彼女の作品は、勝手に想像する鑑賞法しかない。というか、そこが良いところなのかもしれない、と理解しました。



ようやくコンサート会場に入れる時間になりました♪

修道院のチャペルが会場だったので、その建物に期待したのだけれど...。

続きへ: こんなに酷い演奏のコンサートって、初めて

ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランス人の古民家を修復する情熱
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って

外部リンク:
Abbaye d'Auberive
Rencontre avec la peintre Raphaëlle Ricol


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2013/06/12

シリーズ記事目次 【屋根裏部屋にあった彫刻の解読】 目次へ
その1


友人のお父さんが住んでいた家の屋根裏部屋の壁に、かなり古い時代のものと思われる彫刻があったことを先日書きました。

その日記:
友人が遺産相続した家で見つけた宝物

どこかで拾った石を持ってきて、屋根裏部屋の壁にはめ込む石として利用したのだろうと思いました。家が建築されたのは17世紀。その少し前に、近くにあった城が解体されています。

19世紀までのフランスでは、廃墟や出土した石を利用するというのは普通に行われていました。私が住んでいる家の塀も、メロヴィング朝の石棺が使われている部分がありますから。

屋根裏部屋にあった彫刻は、右に入れたもの。

私が気にすることはないのですが、気になって仕方ない...。

いつの時代の彫刻なのだろう?

Googleには画像検索という機能があるので、私が撮った写真をアップロードして検索にかけたのですが、それらしきものは何もでてきませんでした。

この検索機能は、全く同一とか、色合いがはっきりしているとかでないと、全く作動しないのではないでしょうか?

下の部分に書かれているゴチック文字の文章がヒントになるのでしょうが、私には全く読めません。

それで、上にある彫刻を眺めました。

キリスト教関係の図であることは確かだろうと思います。

もしそうなら、宗教画には決まりがあるので、何の意味があるか分るはず。


四角い箱に入っているのが気になる

中心人物だと思われる人が、4輪の花のような模様がついた四角いものに人が入っています。



バスタブか、棺を思わせるものに入っている人は、誰なのか?
キリストか、聖人だろうと思いますよね?

もしもキリストだとしたら、次のことが考えられます。

・キリストが洗礼を受けている場面
・十字架にかけられて死んでから、棺に入れられた場面
・復活して、棺から立ち上がった場面


手のポーズが気になる



上に書いた可能性を確かめるために、美術作品を見てみました。

洗礼を受けている場面だったら、敬虔な感じで合掌スタイルが多い。復活場面だったら、神として復活した、と誇らしげに手を上にあげていることが多い。

この彫刻では、首をかしげて、手を前で組んでいる。まるで手錠をはめられたよう...。


よく似た構図が見つかった!

キリスト教の知識はないので、そのうち、たまたま教会を見学したときに似たような構図を見ることがあるだろうか... と思っていました。ところが、偶然にも、解明の糸口がすぐに見つかりました。

フランス文化のルーツが分かるので興味深く読んでいるshinkaiさんのブログ「イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!」で、今回はフランスの絵画「Les Très Riches Heures du duc de Berry(ベリー公のいとも豪華なる時祷書)」を扱っていたのがきっかけ。

 
Tres Riches Heures of Jean, Duke of Berry
そのブログ:
ベリー公のいとも豪華なる時梼書

実は、私のプロフィール写真に使っているのは、この時梼書にある「1月の饗宴」です。

この時梼書は、ブログでも何回も書いているシャンティイ城の所蔵品。

Enluminure(装飾写本)が大好きなのですが、この作品の美しさは群を抜いています。

シャンティイ城が1度だけした特別展で、この「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」の実物を見る機会があったのですが、羊皮紙に付けられた絵には深みがあって、とてつもなく美しい絵でした...。

206ページもある分厚い書物。どんな絵が入っていたかな... と、Wikipediaに入っている絵を眺めてみたら、友人が相続した家の屋根裏部屋にあった彫刻を思わせる絵があったのでした!

Folio 75r - The Man of Sorrows
Le Christ de pitié, Les Heures de la croix, Les Très Riches Heures du duc de Berry

私が気になったところがピッタリ同じではないですか? 箱のようなものに入っていて、首をかしげていて、手を交差している!

この絵の説明は「Le Christ de pitié」となっていました。

Wikipediaのフランス語ページには、その項目ができていたのですが、他の言語へのリンクが全くない。なので、日本語訳も分らないのですが、「嘆きのキリスト」とでも訳せば良いのでしょうか? ともかく、キリストがさげすまれ、惨めさを味わっている図ということらしい。

キリストの受難を示す「Chemin de croix(十字架の道行き)」の1場面です。これは全部で14場面となっていて(日本のキリスト教では「留」と呼ぶらしい)、教会内部にそれが1つ1つ描かれているのは非常によく見かけます。

キリストが死刑の宣告を受け、十字架を背負わされて、さらに侮辱するためにイバラの冠をかぶせられます。その後にある段階が「Le Christ de pitié」。つまり、十字架に張り付けにされる前、キリストが苦しみを味わっている場面。

でも、上に入れた『ベリー公のいとも豪華なる時梼書』の「Le Christ de pitié」の絵は少し奇妙。キリストの手には杭で打たれた痕があり、血が流れています。十字架から降ろされた後ではないですか?

それでも、美術で表現される「Le Christ de pitié」の特徴は、手が縛られた形になっていることなのだそうです。そのために「Christ aux liens」とも呼ばれるのだそう。

「Le Christ de pitié」の画像を検索してみたら、この屋根裏部屋があった家のあたりが多いので、この場面に違いない、と思ってしまいました。そういう風に勝手に決めたら、この家のある地方に残っている「Le Christ de pitié」の像と同じように、16世紀の彫刻ではないかと思えてくる。


ところで、「Le Christ de pitié」の図は、Christ aux plaiesないしChrist ressuscitéEcce homoの図と混同されることが多いのだそうです。

前者は、傷口があるのが見えるキリストの図、ないしキリストの復活。
後者のエッケホモは、ヨハネの福音書に出てくる言葉で、ピラトが言った「この人を見よ」。

キリストの復活場面では、2人の天使にキリストが支えられているという図になっていました。屋根裏部屋にあった彫刻も、下の方に2つの頭があるのが見えます。1人は衣が広がっていて、上に手を差し伸べていて、いかにも天使風。

十字架から降ろされて棺に入る場面なら、手が縄で縛られたような形になっていなくても良いと思うのですが、同じようなポーズのキリストの死を表現した彫刻もありました。

Donatello, cristo morto 
Donatello - Christ mort, c. 1446-1453 - Basilique Saint-Antoine, Padoue


4つの花弁の飾り

2人の天使に支えられて死ぬ場面を描いたキリストの美術作品を見ていたら、びっくりするものに出会いました。

Andrea del castagno, Christ in the Sepulchre with Two Angels by Andrea del Castagno 01 
Andrea del Castagno - Christ au sépulcre avec deux anges, 1447 - Fresque Florence

下にある、棺らしきもの施されている模様です。屋根裏部屋にあった彫刻では、4つの花弁がある花をモチーフにしていると思ったのですが、このフィレンツェにあるというフレスコ画とそっくりではないですか? しかも、棺らしきものに3つ並んでいるというのも同じ!

ただし、こちらは中央部分の模様の中心が天使かなにかの顔に見えるのですけれど、これについては説明を見つけることはできませんでした。

屋根裏部屋の彫刻は、もっと単純なデザインです。これに関しては、ロマネスク教会の基本的なモチーフを紹介するフランスのサイトに入っていたデザインにそっくりで、そのモチーフをスミレの花(Les violettes)と呼んでいました。同じ記述は他ではみつからなかったので、4つの花弁が本当にスミレなのかどうかは確認できませんでした。


【追記】
ロマネスク様式のヴェズレー大聖堂に、4つの花弁の花がたくさん彫刻されていたのに気がついたので日記に書きました:
ヴェズレー大聖堂: 素晴らしいロマネスクの柱頭彫刻 2013/06/24


上にいる人は誰?

屋根裏部屋にあった彫刻は、ゴルゴダの丘を歩いて苦しんだキリスト、あるいは棺に入った死の場面?... いずれにしても、キリストの受難の1場面なのだろうと思いました。

見学して帰ってきてからツラツラ考えていたときには、これは墓石だったのではないかと思ったのですが、こういう1場面を墓石に使うのは奇妙。教会に14の場面があったうちの1つだったのではないかと思いました。

そういう風に想像したとしても、疑問は残ります。

キリストの上で、丸いものをもっている人は何なのだろう?



いばらの冠をキリストにかぶせようとしている人? あるいは、後光を示すためのもの? 天から現れているように見えるので、キリストを祝福しているように私には見えるのですけれど...。

でも、これ以上探究するのはやめようっと! どうせ、私がもらえる彫刻ではないのだし。

でもね...。初めて見せてもらったときは、キリストの洗礼場面だと私は思ったので、「これを取り外して、お家の暖炉の横に置いたら素敵よ」と友人に言ったのですが、苦しんでいるキリストの姿が茶の間にあるのって、楽しくないかもしれない!...

彼らはクリスチャンでもないのだし。でも、歴史的に価値があるから大切にするでしょう。

思い出せば、友人のお父さんは敬虔なクリスチャンのようでした。お葬式の後にお家にいって食前酒をご馳走になったのですが、家の中には宗教画がいっぱい飾ってあったのです。

でも、この彫刻が見つかった屋根裏部屋がガラクタで埋まってい、大掃除をしてみたら出てきたそう。なので、友人夫妻のお父さんが、これを拝んでいたようには思いません。

こんなものがあると知ったら、もっと大切にしていたでしょうに。宝の持ちぐされって、こういうことを言うのかな?...


パッションの意味

今回、調べながら、もう1つ学びました。

パッション・フルーツの花(フランス語でfleur de la passionと呼ばれる)のパッションというのはキリストの受難を表し、つまり、いばらの冠のことなのだそうです。

華やかな花なので、南国の情熱とかいう意味なのだと思っていました。

パッションというの言葉の意味には、情熱、熱中、道楽、恋情などの意味があるのですが、キリストの「受難」もこの単語なのですよね。

結局のところ、何か/誰かに夢中になるというのことは、苦しみでもあるからなのだろうか?...



追記: 2014年5月

復活の場面?

aostaさんがコメントをくださって、この彫刻を屋根裏部屋で見つけた友人が、それを解体して自分の家に運びこんだと話していたのを思い出しました。家は売りにでているのですが、これを残しておいても不動産価値があがるわけではない。他の兄弟は興味を示さないので、彼らが引き取ることにしたのだそうです。

それで、プロ鑑定士に評価してもらったと言うことでした。どのような意味を持った彫刻だと判定されたのか、今度会ったときに聞いてみようと思いました。

aostaさんは、ピエロ・デラ・フランチェスカの「キリストの復活」を連想されたのだそう。

Piero della Francesca - Resurrection

さらに、キリストの頭上に掲げられている輪のようなものは「受難の終わり」という意味で、冠を被せるというより、外された場面ではないかと続けてくださいました。 なるほど...。そうなると、つじつまが合っていると理解できます。


下にいる人物が決め手?

コメントをいただいて、改めてこの彫刻は何だったのだろうと気になってから数時間たったとき、思いがけず、その友人夫妻が家にやってきたので、すかさず聞いてみました。

鑑定士が注目をしたのは、彫像の下にいる人物でした。それが誰であるかを特定して、これは有名な○○の場面としたのです。さらに、この場面に人気があった16世紀の彫刻だろうという判定結果だったそうです。競売にかけるなら、1万ユーロから始められるとのこと。

その部分を大きくした写真を入れます。言われてみると、その場面に見えてきました。



ついでに、上に入れておいた全体像の写真も大きなものに差し替えました。

この部分がよく見えるようになったら、aostaさんも鑑定士と同じ場面を想像なさるのではないかと思うのですが、どうでしょう?

続きを追記に書くには長くなりすぎるので、あらたな記事にしました:
屋根裏部屋にあった彫刻の解読 - 続き 2014/05/03

その後にも色々と学ぶことがあって、幾つもの日記を書いたので、シリーズ記事の目次にしました。鑑定士が何の場面と判断したのかは最後に入れています:
★ シリーズ記事目次: 屋根裏部屋にあった彫刻の解読

ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って

外部リンク
☆ Wikipédia: Représentation de Jésus-Christ dans l'art chrétien
☆ Wikipédia: Chemin de croix
☆ カトリック金沢教会: 十字架の道行き
☆ Wikipédia: Christ de pitié
☆ Wikipédia: Christ aux plaies
☆ Wikipédia: Le Christ mort soutenu par deux anges
☆ Wikipédia: Ecce homo
Christ dans le sépulcre avec Deux Anges
「見よ、この男だ」
Glossaire 8 : Les frises dans l’art roman (3)


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2013/04/28

シリーズ記事目次 【世界遺産ヴェズレーを中心とした旅行記】 目次へ


アヴァロンの町は通り過ぎることはよくあるものの、観光してみたのは何年ぶりかな?... 久しぶりに立ち寄ってみたら、旧市街が魅力的なのを新鮮に感じました。

記憶の中にはアヴァロンは美しい街だと刻み込まれていたのですが、ここまでとは思っていなかった。あるいは、年月がたった間に歴史的建造物の修復が進んだり、アスファルトの道路が石畳になったりしたのかもしれない...。

アヴァロンと言ったら、「あのアヴァロン?」と思われる方があるかも知れません。でも、アーサー王伝説に登場する伝説の島とは関係がありません。
☆ Wikipedia: アヴァロン (映画)

ブルゴーニュ地方のヨーヌ県にあるアヴァロン(Avallon)という町です。

Panorama-Avallon-3

アヴァロン市の人口は約7,000人で、都市圏人口にしたら16,000人くらい。それっぽっちの人口と思われるかも知れませんが、市町村区分が小さいフランスでは立派な規模の町です。

町の入口を通りながら素通りしていたのは、町が大きすぎるから旧市街に入り込む気にならなかったからかな?... と言って、そんなに広いわけではない! ちょっと立ち寄ってみようということになった今回も、あっさり旧市街に行きついてしまいました。


アヴァロンの旧市街

既にフランスがローマ帝国に占領されていた時代から存在していた町なのですが、中世にも栄えた歴史があります。

町の周りを要塞で囲んでいた姿が、今でもかなり残っているのも魅力。


La Tour de l'Horloge

旧市街の中心に入り込むこころで遭遇します。15世紀半ばに建てられた塔ですが、市内では最も高い建物です。

老朽化したし、町の関門としての用途はないので19世紀に取り壊されてしまいそうになったのを、住民たちの反対で計画は中止されたのだそう。

この門から入ると、美しい歴史保存地区が残っていました。



でも、気になったのは、このカエル。

なんで、こんなところに蛙の彫刻物があるの?!
でも、気にしない。


La maison des sires de Domecy

可愛らしい建物。15世紀の建築物だそうです。これが町の道路に面して建っていないで、庭付きの邸宅だったら、こんなお家を持ちたいと思うような建物。

市の所有物になってから修復が進み、2007年から見学できるようになったのだそう。

今回は、近くにあるヴェズレー(Vézelay)に向かう途中でちょっと立ち寄ってみただけなので、長くはいられません。時間があるときにゆっくり観光しなおしたいと思いました。アヴァロンの町は有名な観光地にはなっていないと思うのですが、かなり見どころがある町なのです。

この建物の右手に、観光スポットの教会があります。


Eglise Saint-Lazare

フランス各地の宗教建築物によくある例ですが、フランス革命のときにかなり破壊されてしいまっています。でも、よく眺めればロマネスク様式の部分が残る美しい教会...。




目がおかしいのではないかと思ってしまった...

アヴァロンの町は中世の要塞都市の典型で、周囲を見渡せる山の上にあります。と言っても、標高400メートルにも満たないですが。

青空が広がっていたのですが、恐ろしく寒い日でした! それでも、下界(?)を見下ろしたくて、町を取り囲む塁壁に出てみました。



この写真をご覧になって、なんだか変なものがあるのに気付かれますか?

道端に、目が見える!

石が色々に見えてしまうというのは良くあることで、それを観光地では観光スポットにしていることはよくあります。

でも、よくよく見ると、これは「○○に見える」というより出来すぎていたのでした。

アップにしてみますね。



なんじゃ、これは?

少し先に行ったら、同じようなものがありました!



ストリートアートかな?...

作品を置いているというのはないはず。 さきほどのも、これも、馬車の車輪が壁にぶつかって壁を壊さないように置いてある、昔からあった石に絵を描いたのだと分るのです。

先に進むと、「また、ある!」と気付く石がありました。誰かが悪戯で落書きしたにしては、数が多すぎます。

さらに先に行くと、こんなのもありました。



古い石や壁に溶け込んでしまっている絵。
気になるではありませんか? 調べてみました。


Joackim Stampe

2011年前の夏、アヴァロン市では「道路で現代アート」というフェスティバルが開かれていて、私が見たのはそのときの作品だったのでした。

カエルの彫像も、そのときの作品として残されていたのかも知れません。
でも、そちらには興味なし。

石に顔を描いたのは、Joackim Stampeというストリートアーティストでした。

1959年生まれのスウェーデン人で、ポーランド、フィンランド、フランス、イタリアの現代アートのイベントに参加した経歴を持つのだそうです。

作家の名前を探し出せたので「Joackim Stampe」で画像検索したら、たくさん出てきました。でも、Wikipediaには記述がないところを見ると、有名なストリートアーティストではないという感じを受けました。

古い石や壁の角や形を活かして、人の顔を描くのだそうです。作品は3年から5年で消えてしまうとのこと。 見えるうちに見ておきましょう、ということで、彼の作品はアヴァロンの新名所になっている感じもありました。

ブルゴーニュ地方では、アヴァロン市のほか、中世の姿を残す美しい街スミュール・アン・オーソワ(Semur-en-Auxois)、それからチーズと城で知られているエポワス村(Époisses)、モンヴァール市(Montbard)にも作品を残しているのだそう。

すべてブルゴーニュ北部の地域で、歴史があって、古い石がある町々ばかりですね。

エポワスに残された作品はこちらのサイトで紹介しています:
Des nouvelles têtes au village à Époisses (21)
小さな郷土資産を紹介する良いサイトなのですが、ストリートアートも入れてしまいましたか。

現代アートは嫌いな私なのですが、彼の作品は周りと溶け合っていて、嫌いとは思えませんでした。ロマネスク教会に宗教画を描かせたら、中世にあったものではないかと思ってしませるようなものでも描ける人なのではないかな?...

少なくとも、以前に書いたパリのストリートアーティストの作品よりは気に入りました。
Miss.Tic(ミスティック): パリで人気の落書きアーティスト 2011/11/07


この日記は、「日本とフランスの姉妹都市が誕生するとき」でアヴァロン市に触れたので、続きとして書きました。

ブログ内リンク:
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って
★ 目次: 宗教建築物に関する記事

外部リンク:
【Joakim Stampeについて】
☆ Le Bien Public: L'art contemporain dans la rue
☆ Le Bien Public: L'art s'affiche dans la rue
l'ÉTÉ DES ARTS en Auxois-Morvan 2011
☆ Joakim Stampeの紹介: フランス語 | 英語

【アヴァロン市について】
Avallon市サイト
☆ Wikipédia: Avallon


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2013/03/07
前回の日記「パリ絵画館の特別展に行って - ゴッホと歌川広重」に書いた美術展で広重の作品をたくさん見たあと、私も版画を1枚持っていたことを思い出しました。

ずいぶん前、フランスに浮世絵を1枚持って行きたいと思って、骨董品屋で買っていたのです。お店の人は本物の版画だと言っていたけれど、私が出せるくらいの金額で買ったので、江戸時代に刷られた本物ではないだろうとは思っていました。


広重の「東海道五十三次」のはずなのだけれど...

壁にかけていて忘れていた版画を眺めてみました。



「東海道五拾三次」。そして、「川崎」と読める。
名前の方も「廣重画」と読めるような...。

ちなみに、川崎を選んだのは、単純に、店にあった版画の中で気に入った絵だったからであって、川崎に思い入れがあったわけではありません。

上に和歌が書いてあるのが何だか変...。こんなのって、普通に見る東海道五十三次にはなかったような...。

この際、本物なのかどうか確認してみることにしました。「東海道五十三次」の絵などはインターネットで簡単に見ることができますから。

広重と地図でたどる「東海道五十三次」

川崎の絵を見ると、私のは全く違うではないですか?!

「東海道五十三次」の川崎は、こういう絵だったはずなのです:

検索して出てくるのは、どれも、この「川崎 六郷渡舟」というのばかり...。

やっぱり、私が買った版画はニセモノだったか...。

それでも、古めかしいので、現代に勝手につくったものには見えないのです。

さらに検索してみると、私のと同じ広重の「川崎」が出てきました♪

つまりは、有名な川崎の作品は、広重が37歳のときに制作した「保永堂版」と呼ばれるシリーズの絵なのだそう。その成功の後、20年くらいの間に、広重は色々な東海道五十三次を出していたのでした。その数は20種以上、40種以上とも書かれていました。

保永堂版、狂歌入東海道、行書東海道、隷書東海道、美人東海道、人物東海道、竪絵東海道と名づけられた版がありました。
ANDO HIROSHIGE THE FIFTY-THREE STATIONS OF THE TOKAIDO ROAD
その他の広重「東海道五十三次」

私が持っている1枚は、狂歌が書き込まれている「狂歌入東海道」と呼ばれるシリーズにある版画だ、と判明しました。
ANDO HIROSHIGE TOKAIDO - KYOKA EDITION

「狂歌入東海道」は、広重の中年後期(1840~1842 天保11~13年)の代表作として、最も有名な保永堂版に次ぐ秀作として評価されているらしい。ほっとする♪


何を歌っているの?

なるほど、私が奇妙に思った上に書いてある和歌は狂歌らしい。 狂歌とは、社会風刺、皮肉、滑稽を盛り込りこんだ和歌だそう。

となると、何を歌っている狂歌なのか気になるではありませんか? 不気味なことが書いてあったら嫌だし...。

私の絵は幾つかのサイトに入っているので(こちらとか、こちらとか)、確かに実在した広重の版画だとは分かったのですが、誰も歌の意味を書いていない...。



所々は読める文字がありますが、何のことか、私にはさっぱり分らない...。

ブログで「これは何でしょう?」として書くと、すぐに答えを教えてもらっているので、またやってしまおうかと思いました。でも、少しくらいは自分で調べてみないと申し訳ない...。

検索を続けてみたら、何と書いてあるのかを突き止めることができました。
春霞ともに立出てめをとばしわたりつるみの心のとけし
春園 静枝

でも、悲しいかな。どういう意味なのか、私にはわかりません。木々は濃い緑色だけれど春の景色なのだ、と分かった程度。

誰か現代語訳を出していてくれないかな...。さらに検索する。

でも、「東海道五十三次」と「川崎」をキーワードにして検索してみると、「保永堂版」の川崎の図ばかりが出てきてしまうので、どうしようもありません。


画像検索にかけてみる

ふと、思いだしました!
Googleに「画像検索」というのがあったではないですか?!

画像検索ができるようになったと聞いたのはだいぶ前のこと。でも実験してみたのは、つい最近でした。iPhoneで写真を撮って検索させるブラウザがあったので、やってみていたのです。でも、ずばり出てくるのはWikipediaに入っている画像くらいだったので、こんな検索方法は意味がないと思ったのでした。

それでも、美術作品だったら、これしかない画像なのですから、しっかりした検索結果がでるはずではないですか?

Googleで画像を検索させてみると、見事に出てきました
すごいんですね~。あらためて、インターネットの凄さに感心。

拾い出したのは英語のページ(オスロ大学)だったので、ちゃんと狂歌の意味が書いてありました:

☆ Museum of Cultural History Collections:
 Utagawa Hiroshige 歌川広重 (1797 – 1858) Kawasaki Station

ここに書かれている狂歌は、こんな意味だと説明されています:

Through the springtime haze a husband and wife pass across the Husband-and-Wife Bridges at Tsurumi. Their minds melt together.

英語を読んだら意味が分かったというのは、日本人として恥ずかしいし、何とも悲しいこと...。

そうか...、と気がつく。57577で区切れば良かったのだ!

春霞ともに立出てめをとばしわたりつるみの心のとけし
= 春霞 ともに立出て めをとばし わたりつるみの 心のとけし
= 春霞 ともに立出て 夫婦橋   渡り鶴見の    心の解けし

狂歌とあるので、何か皮肉でも込められている和歌なのかと思っていたのに、どうということのない内容。少し気抜けしました。でも、部屋にかけているのだから、変なことが書いてあるわけではないと分って、ほっとしました。

この橋のことかどうかは分からないけれど、東海道の神奈川宿と川崎宿の間に「夫婦橋」というのがあったのも判明:
☆ 鶴見の史跡と伝説: 市場の「夫婦橋」の橋名板と「二ヶ領用水路地跡」の碑

でも、私の絵には、橋は描かれていないし、夫婦らしい姿も見えないので奇妙...。

狂歌というからには、この歌にも裏があるのだろうか? 夫婦が鶴見の夫婦橋を渡るなら良いけれど、ここで船で川を渡らなければならないのだから、夫婦仲に水が入るとか?...

この歌の意味まで考えたらきりがないので、追求はここまでにします。

どうでも良いことなのに、時間をかけて調べてしまいました...。

前回の日記で書いたことですが、フランスで広重展を開いた美術館が広重を日本のレオナルド・ダ・ヴィンチに例えているのが気になっていました。レオナルド・ダ・ヴィンチには謎めいたところがあるのが広重に似ているかな、とも思ったからです。


歌川広重保永堂版 東海道五拾三次 (謎解き浮世絵叢書)

「東海道五十三次」で名高い広重ですが、彼が本当に東海道をスケッチ旅行したかは非常に疑わしいようです。 他の絵師の作品を真似したと立証している人たちもいる。

☆ 浮世絵ぎゃらりぃ: 広重・東海道五十三次の謎

ともかく、書き込まれている歌の文章まで突き止められたので満足♪

外部リンク:
☆ Wikipedia: 狂歌 
☆ 六郷物語 » 浮世絵「六郷の渡し」 » 六郷を描いた浮世絵師たち » 六郷橋と六郷の渡し
六郷の渡し跡
本学蔵東海道関係浮世絵(4) 川崎宿および神奈川宿界隈
歩いて学ぶ会:川崎駅とその界隈の変遷
☆ Wikipedia: 歌川広重

ブログ内リンク:
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