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2017/06/17
少し日本を離れていてから帰国すると、日本の空気が違ってきているな、と感じることがあります。

それを強烈に感じたのは、1990年代に入った頃でした。日本で滞在するのは東京なので、日本が変わったというより、東京が変わったと言うべきかもしれません。

なんだか日本人がヒステリックになってきた、と感じて、日本が危ないような予感を感じたのです。戦前を知っている世代の日本人に、戦争が勃発する前にはこんな雰囲気なのではなかったかと聞いてみました。

もっと暗かった、と返事されて、なんとなく安心しました。でも、それから3年もたたないうちに、地下鉄サリン事件をフランスで知ったのでした。やはり何か不穏な空気が流れていたよな、と思ったのです。あれは1955年でしたか...。


当時は、今のように外国にいてもインターネットでニュースを見ることはできない時代だったので、余計に帰国したときに変化を感じたのだろうと思います。今はもう、空気が変わったなどという漠然とした感覚は味わわなくなりました。

あの時、戦争に突入する前の日本がどんなだったか聞いた人は、もう亡くなりました。いま聞いたら、何と答えられたかな?... 最近の日本は戦争にまっしぐらで突進しているようにしか私には見えないのですけれど...。平成の治安維持法と呼ぶ人もいるような法律も強行採決で通ってしまいました。


独仏共同出資のArteというテレビ局は、時々とても良い番組を作っています。先日は、「Tokyo, cataclysmes et renaissances」と題したドキュメンタリー番組があったので眺めました。「東京、破局と再生」とでも訳したら良いですか?

関東大震災(1923年)と、東京大空襲(1945年)で焼け野原となった東京が、現在の巨大都市になる過程を記録映像で見せていました。

空襲で、真っ黒に焼けただれた死体にあふれた東京。一緒にテレビを見ていた友人が、アメリカは日本に2回も原爆を落としたのだし、戦勝国になっていなかったら、史上最大の戦争犯罪をしたとして断罪されていただろうと言いました。

イギリス軍などは、軍事施設などを標的にして狙いうちするので安心だったけれど、アメリカは狙いを定めずに何処でも攻撃するので、フランス人たちは怖がったのだそう。

でも、東京大空襲も、全く無差別でもなかったと思えるのです。焼け野原に天皇陛下が見えていたので、皇居は空爆されなかったということでしょう? 本郷に住んでいた友人は、飛行機から爆弾が落ちてくるのを眺めていると、そこでは爆発せずに、少し先にある上野のあたりで破裂するとこになっていると分かっていた母親は自宅で呑気にしていたそうだ、と話していました。アメリカ軍は、戦争が終わったら東京大学を利用する目的のために、本郷は破壊するのを避けたらしい、とのこと。余裕ですかね。

ナチスは未だに卑劣な行為をしたと責められていますが、無差別殺人をしたアメリカはナチスより残忍だったと言うべきかもしれない...。


フランスでは広島の原爆がいかに残忍だったかをテレビで報道することが多いので、原爆投下に関する映像はよく見るのですが、関東大震災と東京大空襲の映像は、日本でも見たことがなかったように思います。それで、この番組は私にとって貴重なドキュメンタリーでした。

映画が発明されて、東京で一番初めに撮影されたのは1898年(明治31年)だったのだそう。


日本人は、逆境にもめげずに頑張る! という姿が痛々しいほど見えるドキュメンタリーでした。こんなに頑張って平和な社会を築こうとしてきた日本。それなのに、どうして戦前に戻ろうとしているの?...

太平洋戦争には負けたけど、次の戦争では勝つぞ ♪、という機運が最近の日本に生まれているのでしょうか?...

日本はキリスト教とイスラム教の憎悪問題からは外れているという恵まれた立場だったのに、イスラム教徒のテロリストを逆なですることもやってしてしまった。そこまでしてまで戦争をしたいの?... 戦争をすると儲かるという図式はありますが、収益を得るのはごく一部の人たちなのだから、皆で賛成するというのは理解できない...。 


この記録映像を見て気になったのは、ひと昔前の日本人の顔が今とはかなり違うということ。顔だちも、表情も、身のこなし方も違う。一場面を切り抜いて「これは何人でしょう?」というクイズを出したら、日本人だという回答は出ないのではないかという場面もありました。

栄養の関係もあったでしょうが、自我を無くして、お国のために生きることを強要されていた時代だったからなのでは?...


1時間半のドキュメンタリーで、フランス語のナレーションなのですけれど、ひと昔前の日本人がどう生きていたのかを見せる貴重な映像だと思うので動画を入れておきます。


Tokyo, cataclysmes et renaissances - ARTE

YouTubeのリンク切れになったら、こちらでは残っているかもしれません:
☆ ARTE+7: Tokyo, cataclysmes et renaissances


日本人が優れているというのは、誰が何を言おうと、確固とした事実だと思っています。優れた頭脳の国民だといううだけではなくて、私欲を無くしてまで尽くし、なにしろ頑張る! さらに、昔から中国の文化を受け入れた歴史があるので、外国の良いところは吸収して、さらに優れたものに改善する原動力が日本にはあった。これがスゴイ日本の力だと思っていました。

フランス人は、文句ばかり言っている。身をこにして働かないでいたら、国際競争には負けて経済が落ち込むわけですが、それでも国がつぶれないでいるし、最低限の生活保障は日本の比ではないほどできているのだから不思議...。

日本が、日本人の素晴らしさを伸ばさないで、最近は行き止まりがあるような方向に走っているのが残念でなりません。日本を離れてみると、日本だけにいたら持たなかっただろうと思う祖国に対する愛情が生まれるのです。でも、外国に足を突っ込んでいる日本人は、最近の日本では「反日」とされてしまうのですよね...。

日本の政治家は、国際的な駆引きをする能力に欠けている。お金をばらまくけれど、どうせ日本はお金持ちだから出すのだろうという程度にしか外国では扱われない。戦争中に日本軍がしたことの収集だって、いまだに引きずっていている。あれほど国際的に批判されるほど残虐なことをしたドイツが、あればナチスの仕業だったということで政治t機に収集したのを見ると、上手くやったと感心してしまいます。


映像を提供した男性がいました。東京大空襲で住む家を失った当時2歳だった姿の映像です。家族でガレキをかき回して、何かお金に換えることができるものが見つかるかを探すのが、その人の遊びだったのだそう。痛ましいと思う光景でしょうが、男の科は無邪気で、お兄ちゃんに手を引かれて楽しそうに歩いている...。感動的な画面でした。

日本人は我慢強くて、逆境にも負けずに立ち上がれる国民なのだ、と見せたドキュメンタリー番組。淡々とした語り口で、日本を褒めて、見習わなければならないというのでもなく、ましてや日本人は異常だと貶したりはしていない。優れた報道番組で、日本人の私には感銘を与えてくれた内容でした。


日本の異常なほどの頑張りが間違った方向に向かってしまったのは、1964年の東京オリンピックからだった、と言っていた原子力発電に反対する先生がいました。それまでの東京は、のどかで住みやすかったけれど、殺伐としてしまったと感じたのだそう。

そうかもしれないな...。
でも、平和ボケしている私。

なぜか、命の危険を感じるような大事件のときには、現場にはいないのです。地下鉄サリン事件のときも、東日本大震災のとき、福島第一原子力発電所事故のときも、私はフランスにいました。さらに子ども時代にさかのぼっても、学生運動が荒れ狂った60年代末には、父親が地方に転勤していたのに同行していたので、東京で何がおこったのかは全く実感しませんでした。

最近にパリで大きなテロ事件があったときには、音信が途絶えていた日本の友人たちからも「大丈夫?」という連絡をもらったのですが、その2度とも、私は東京にいたのでした。なんなのだろう?!

日本の友だちに、危険を避けたかったら私と一緒に移動していたら良いのだ、なんて、悪い冗談を言ってしまう私。でも、戦争が始まったら、そんなことは言っていられません。戦争はなくて、生き地獄は見ないで済む幸運な人生を過ごしてきたのだから、長生きはしたくない、と思っているこの頃です。 

ブログ内リンク:
★ 目次: 文学者・哲学者、映画・ドキュメンタリー
★ シリーズ記事目次: フランスとドイツの友好関係を考える 2010/11/08
ちょっと怖いな... 最近の日本礼賛ブーム 2015/03/01
最近の東京は怖い...  2014/02/13

外部リンク:
Loi contre la conspiration et si le Japon renouait avec son passé le moins glorieux... 15 Juin 2017
「共謀罪」を何と訳すのか?
追悼…野際陽子が語った戦争を知らない政治家へのメッセージ「戦争の真実を知ってほしい」


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カテゴリー: 日本 | Comment (1) | Top
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2017/06/01
フランスにいて面倒だなと思う風習に、手を握り合う握手と、相手を抱いてキスの挨拶があります。

私が苦手なのは、何十人も集まっている場に行ったときの挨拶。全員に向かってお辞儀をしたり、「こんにちわ♪」と手を振ったりして挨拶するわけにはいきません。一人一人に挨拶して回らなければならない! しかも、相手によって、握手にするかハグにするかを即断しなければならないので複雑です。

友人たちと例によって数時間も続く食事をしていたとき、彼らの知人についてうわさ話が出たとき、彼は自分に握手をしなかったことを理由に嫌っている人がいました。その男性と会った時、ご主人とは握手をしていたのに、その隣にいた彼女には挨拶をしてくれなかったのだそう。

数年前の出来事で、その話しは前にも聞いていたと思うのですが、そんなに挨拶されなかったことに恨みを持つものかと思ってしまいました。

このブログでは既にフランス式の挨拶について色々と書いているのですが、最近気になったのは握手の仕方でした。


握手の仕方で意思表示をしたマクロン新大統領

北大西洋条約機構(NATO)首脳会議の報道をテレビで見ていたら、フランス大統領に就任したばかりのマクロン氏が握手する場面が映し出されたのですが、それがとても奇妙だったのです。

マクロン氏が、待ち構えている皆さんにご挨拶するという場面です。

青い絨毯の真ん中から少し左にずれて歩いて行く。そのまま歩いていけばアメリカ大統領のトランプにぶつかるはずなのに、方向転換をして、まずドイツのメルケル首相と抱き合って挨拶。マクロン氏はEU存続を主張して大統領に当選しているので、この画面は自然。相手は女性だからレディーファーストを見せたとも受け取れる。

次に、メルケルさんの隣にいたNATO事務総長と握手の挨拶。普通なら、その隣にいるトランプ氏と挨拶になるはずなのに、また方向転換して、メルケルさんを挟んで反対側にいたベルギーの首相に挨拶。

トランプ氏は、「俺様に挨拶しろ」とでも言うかのように手を差し出してくる。マクロン氏が握手すると、トランプ氏は握手した相手を引っ張るといつものやり方をしますが、マクロン氏は左手でトランプ氏の腕に静止をかけます。

さらに、トランプ氏がよくやる動作で、相手の肩をマクロン氏が叩いている。間をおいて、トランプ氏もマクロン氏の肩を叩く。ところが、そうした挨拶が終わった後、トランプ氏は口をあけて「やられた~」という顔をしたのでした。

動画で見るとスローモーションにできるので、再び眺めてみます。


Macron appears to swerve away from Trump at NATO summit

マクロン氏は、アメリカには負けないで、ヨーロッパでやっていくのだという意志表示をするために、計算づくでやったのだろうと思いました。


雌雄(しゆう)を決するトランプ・シェイク?

マクロン氏がアメリカには負けないのだという強気を見せた行動が面白いと思ったのは、我が安倍首相がトランプ氏と会って握手をした画面でした。ヘラヘラ笑わないで頑張れ! と言いたくなりました。

「お前は俺様の子分なんだぞ。言いなりになれよな」
「はい、そういたしますよ~♪」
「よし、いい子だ」
... としか見えなかった映像。


Trump shakes Japanese PM's hand for 19 seconds

握手が終わったら、安倍首相はのけぞって口を大きく開けて「参った~!」という表情をしています。

とは言え、口を開けて笑顔でいるのは恍惚状態のようにも見えるので薄気味悪い。道を歩いていた日本人が転んで起き上がる時に笑顔を見せるのと同じかな?... 外国人には奇妙に見えると聞いたとき、確かに変だと私も思って、そういう笑顔は見せないよう気をつけていますけれど。

ともかく、マクロン vs トランプの時と同じで、勝負は決まったという2人の勝敗を見せる表情が面白いと思いました。



トランプ氏の握手の仕方には特徴があります。アメリカが優位を持っているのだ、と見せる映像にするテクニックに見えます。

日本語でカードゲームを意味するトランプは、ポルトガル語の「切り札」から来ているのだそう。とすると、トランプのトランプは握手?

各国のトップに立つ政治家たちは、トランプ氏と握手する時にはどうするか対策を練っているのではないでしょうか?
Justin Trudeau
カナダのトルドー首相も、マクロン氏(38歳)より少し年上ですが、45歳と若い。

首相になりたてのときは、外国の要人と会ったときの握手にぎこちなさがあったようなのですが、トランプ氏との握手では、見事に負けてはいなかった、と評価されていました。


マクロン氏が別の場面でトランプ氏と握手している映像もありました。


トランプ氏の「握手外交」 マクロン氏は放さず

トランプ氏がやりたいままにグイグイと好きなだけ引っ張らせてしまったのは、日本の首相だけでもなかっただろうと思うのですが、日本人としては残念...。


マクロントランプ氏との握手バトルで、完全に勝っていたのはオバマ氏ではないでしょうか?


Smiles and a handshake; Trump meets Obama at White House

普通の握手の仕方をトランプ氏がしたのは、戦いの前から自分が負けている本人が思っていたからではないかと感じました。


国のトップに相応しい気迫

日本に隠し財産や愛人も作るほどの親日家だったシラク氏が大統領だった時代、こんなことを言っているフランスの友人がいました。

フランス人は、外国に行ったときなどに、フランス人は偉いんだと思わせるような風格のある人を大統領に選ぶ。

シラク氏は、テレビで見ていると愛嬌があってお人よしのように見えますが、目の前に立たれると、かなり威圧感がありました。背が高いし、体格が立派。こちらがタジタジになるほど怖い感じに見えました。

友人が言ったことも、そうかな... と思ったのです。ドゴール将軍も巨人と言えるくらい背が高かった。ミッテランは背は低いけれど、頭の回転はよく、威圧感がある。

でも、その後に大統領になったサルコジ氏とオランド氏は、ドジをやったりしていたので、友人の言葉には全く反した人でした。マクロン氏は、久しぶりに現れたフランス大統領のタイプかな?...

いまだにお笑い草になっているサルコジ大統領の失態の1つには、こんなのがあります。


Pourquoi Sarkozy était-il en situation de malaise après avoir rencontré Poutine?

プーチン大統領との話し合いを終えて、記者会見の会場に登場したサルコジ氏が、「ご質問はありますか?」と言っているのですが、どうにも変。ウオッカでも飲まされて、アルコール飲料は一滴も飲めない彼は酔っていたのだろうと言われたのですが、最近は、2人は酒は飲んでおらず、サルコジ氏がプーチン氏に威圧されて精神的に動揺し、異常な状態になっていたのだ、と言う人がいます。

マクロン大統領は38歳と若いし、政治経験にも乏しいのですが、かなり堂々としていて頼もしく見えます。プーチン大統領と会ったときも、相手にへつらわないで、真っすぐに主張していたようです。

大統領選挙の決勝戦の前に対立候補だったル・ペン氏との討論会を見るまでは、私にとってのマクロン氏は全く魅力を感じていない男性だったのですが、この人は、もしかしたらフランスを立て直すことができる人物なのかもしれないと思えてきています。


日本にも、外国の政治家を打ち負かすほどの風格があって、まともな議論もできる政治家がトップに立って欲しい。今回のG7の様子を見せるテレビのニュースでは、誰からも相手にされない孤立した姿の首相が映っていたので面白くない。記念撮影では笑顔を振りまいていましたが、日本人に受けることが欧米社会では通用しないことも多いので、私たちは不利なのだろうな...。

冷たい握手

変な握手には、トランプ氏とは逆に、やたらに味気ないやり方をする人がいます。

握手は相手の手を適度な強さで「握る」ものだと思うのですが、手を出すだけで、全く握らない人がいるのです。少し前にアキード事件を話題にしていたとき、その首相夫人と握手をしたら、余りにも味気ないので、「この人は、なんだ?!」と不快に思ったと言う日本の友人がいました。

私が経験したのは、若いフランス人女性との握手。誰だったかは忘れましたが、ずいぶん前のことなのに、あの時の異様な感覚は未だに残っています。

それから、手がやたらに冷たいのも奇妙でしょうね。

ミッテラン大統領の内閣のポストに就いていたことがある友人は、ミッテラン氏と握手すると、いつも手が異常に冷たかったと言っていました。後にミッテラン氏は癌を患っていたのに大統領の2期目に立候補したと批判されたので、冷たい手だったのは病気のせいだったのだろうと思いました。

冷たい手ということで好きなフレーズは、Pierre Alexis de Ponson du Terrailが書いた文章。

こんな感じだったと思います:
Sa main était aussi froide que celle d'un serpent.

その手は蛇の手のように冷たかった。

フランス語では「蛇のそれ」と言っているので、そのまま意味をとってしまうのだけれど、日本語では言葉遊びができないですね。


それにしても、トランプ氏の握手は面白い。というか、少し薄気味悪い。

こんなフェイク動画を作りたくなるでしょうね:
「ローマ教皇がトランプ大統領との握手を拒否したって本当?」決定的瞬間の真偽は…

トランプ氏が大統領選挙に出馬して発言していたことについて、ローマ教皇は、彼は本当のクリスチャンではない、と言っていましたっけね。

ブログ内リンク:
★ 目次: フランス式挨拶、親しさの表現

外部リンク:
☆ CNN: もはや代名詞? トランプ氏の印象深い「握手」集
☆ CNN: マクロン仏大統領、トランプ氏との握手は「決定的瞬間」
トランプ大統領の「変な握手」をボディランゲージの専門家が分析
ガーディアンの動画が暴いた「トランプ大統領の異常な握手マナー」、トランプ・ノーマルを許してはならない
トランプ氏との握手合戦は意図的と仏大統領 あれは「真実の瞬間」
トランプ大統領の凄すぎる握手 安倍首相は餌食になったが、あのイケメン首相は…
トランプ氏との握手「無邪気なものではなかった」 マクロン仏大統領の外交デビュー「合格」 米露首脳に「妥協せず」
安倍首相がサミットデマ吹聴!“G7が共謀罪後押し”“国連事務総長「共謀罪批判は国連の総意でない」”は全部嘘だった!
insolite あるいは ridicule ?


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カテゴリー: 日仏の比較 | Comment (6) | Top
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2017/05/30
むかし日本でフランス語を勉強していた頃は、日本語で書かれたフランス語の学習書や、フランス社会を紹介した本は、全部と言えるほど買っていました。それだけ、フランス関係の本が少なかったということですけれど。

最近は、いくらでも本が出版されているのできりがないのと、勉強心がなくなっているので、ちっとも読んでいません。私が見ているフランスは一面だけですから、素直な気持ちで学ばないといけないとは思うのでしょうが、そうも言えるかな?... と考え込んでしまうことがタイトルになっていることもある...。

前回に書いた「フランスにはシャッター通りがない?」の続きです。

こちらは現実とは正反対ではないかと思ってしまった ↓

フランス女性は太らない
― 好きなものを食べ、人生を楽しむ秘訣


ミレイユ・ジュリアーノ (著)


極端なダイエットはしない。頭を使って毎日3食、栄養あるものを適量、心から味わう。そして、歩くことや階段を上ることなどのちょっとした運動を生活にとりいれる。フランスの田舎の四季と食べ物の思い出話とともにカラフルに語られる優雅で健康的な生き方。世界300万部のベストセラーを簡単なレシピ付きで文庫化。

フランスにはスマートな女性もいますが、日常生活で出会う人たちや、テレビに映し出されるフランス女性を見ていると、「太らない」とは絶対に言えないと思うのだけれどな...。少なくとも、太った人が少ない日本人に、フランス女性はスリムです、とは言えないですよ...。

パリのような大都会にはスマートな人たちがいる。それから、生活レベルが高い階層だと、フランス女性はカッコイなと思う体形の人がかなり多いと言えるかもしれない。それと、子どもや若い人たちは、余り食べないからだと感じますが、痩せている場合が多い。

でも、フランスの田舎で見かける女性たちは、30歳過ぎれば太っている方が普通に感じます。

こんな感じ ↓



別のテーマでブログを書くために、先日行ったレストランで撮影していました。こちらに背を向けているのはの利用客らしく、それ以外の2人はレストラン経営者の家族としてお給仕をしていた女性たちです。

私がフランスで付き合っている中年女性は、ほぼ全員が痩せたいと言っています。

無理してダイエットしたり、毎日その辺を散歩をするという努力までしないで良いのではないの... と思いながら観察してしまったら、彼女たちはお尻が大きくなってしまうのだ、と気がつきました。



フランス人が言うには、女性はお尻が大きくなり、男性はお腹が膨らむ、というのが普通の太り方なのだそうです。「私が太ったらお腹が出る」と言ったら、「あなたは変だ」と言われてしまった! でも、日本人の場合はそうではないですか?...

「私のお尻の肉を少しあげたいけどね...」なんて私に言う友達もいました。痩せているのもまた、良いイメージはないのです。

「痩せる」をフランス語に訳すとmaigrir。それから作った単語らしい「maigre」という形容詞があります。それで、若い女性に「あなたはスリムだ」と言うつもりでmaigreを使ったら、「そんなことないわよ~!」と不快な顔をされてしまったことがありました。傍にいた別の友だちが、貶すつもりはないのなら「mince」を使うべきなのだと教えてくれました。


太っていても、痩せていても、ご不満なフランス女性たち...。

ここに写真を入れた女性たちは、理想的な体重を少しオーバーしている、というレベルだと思います。

肥満体とは?...

フランスで「肥満体」と呼ばれる太り方は、このくらいでないといけません ↓

http://www.20minutes.fr/sante/2073071-20170522-video-obesite-efficacite-ballon-gastrique-prouvee-scientifiques-italiens

このレベルになった人たちを見ると、何とかした方が良いのに... と思ってしまいます。歩くのさえ、とても辛そうなので。


太っているかどうかを判断するには、日本でもフランスでもBMI(ボディマス指数)というのを使っていました。

BMI = 体重(Kg) ÷ 身長の2乗(m)

フランスなど欧米諸国では、BMIが25を超えると過体重、30以上は肥満。
日本の厚生労働省は、25を超えたら「肥満」としているそうです。

つまり、身長160cmで体重が65Kgの場合、フランスでは過体重で要注意レベルですが、日本では肥満とされてしまう。この人の体重が78Kgまで増えれば、フランスでも肥満とされる、という違いがありました。


30歳~69歳のフランス人を対象にした最近の調査では、2人に1人が体重オーバーだったのだそう。

フランス人男性の41%が、BMIが25を超える過体重で、そのうち16%がBMI 30を超える肥満体とされたとのこと。女性の場合は、体重オーバーは25%だけですが、その中で肥満体とされたのは男性と同じに16%でした。

女性の方がスマートな人が多いとは言えますが、日本の基準でいったら、フランス女性の4人に1人は肥満体なわけです。

なぜ「フランス女性は太らない」などという断定的な言い方にできたのか不思議だったのですが、この本を書いたのはアメリカ人なのでした。

アメリカ人は太った人が多くて、日本の基準では「肥満」とされるBMI 25以上は7割近いらしい。

OECDが行った成人の肥満率調査(2015年)を見たら、アメリカの肥満率は38.2%でトップですが、フランスは15.3%でした。それからいくと、アメリカ人がフランス人のように太らない方法を知りたがるのは分かります。

でも、日本の肥満率は3.7%と、調査対象とした国々の中で最も肥満率が低くなっていたのです。こちらのPDFの5ページ目に各国の肥満率比較のグラフが入っています。

日本人がこの本を読んで学んだら、太れる方法になってしまうかもしれないではないですか?!...

この本の英語版のタイトルは『French Women Don't Get Fat』 でした。フランスでも翻訳が出ていましたが、フランス人はタイトルをそのまま訳すには気が引けたのではないでしょうか? あるいは、そのまま訳したら、皮肉を言っている、と反感を持たれてしまうと翻訳者は心配した?

フランス語版のタイトルは『Ces Françaises qui ne grossissent pas : Comment font-elles ?』となっていました。「フランス女性」に「Ces(これらの)」を付け、太っていないフランス女性たちのことを書いていると受け取れるようにしたのではないかな?....





もう1つ、こんな言い方ができてしまうの? と思った本もありました。

フランス人は年をとるほど美しい

ドラ・トーザン (著)

年をとることは成熟すること。わがままに生きる、自由に生きる、細かいことは気にしないのが若返りの秘訣。東京在住のフランス人が教える最高にHAPPYな年のとり方。

成熟することで女性は磨かれる。もっとわがままに生きていい。東京在住パリジェンヌの“美”の教科書。

フランスでは、日本のように女性が年をとったことに対する軽蔑的な見方はないので、このタイトルは間違ってはいないと思います。

悲しみよこんにちは』の著者として日本でも知られているフランソワーズ・サガンが来日したときには、インタビューされると必ず年齢のことを言われると怒っていました。彼女は日本人が描くような素敵なフランス女性ということで、美しく年をとることについて日本の記者は聞きたかったのではないかと想像したのですが、彼女には侮辱だったらしい。

歌手のリアーヌ・フォリーに電話インタビューするのを手伝ったときも、質問文の中には年齢に関するものがありました。30歳になった彼女は、もう若い女の子という魅力だけではやっていけなくなったわけだけれど、それをどう考えているか、という質問でした。そういえば、日本には「三十路(みそじ)」というのがあった。でも、30歳になった程度で、もう若くはないのだ、なんてフランス人に言ったら怒りだされてしまうだろうと思って、婉曲な言い方に変えるのに苦労しました!

日本では、女性が年をとったら女ではなくなるような目で見る傾向がある...。東京都知事だった石原慎太郎が言った「女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で、罪です」などというババア発言を、もしもパリ市長がやったら、政治家としての道は完全に閉ざされただろうと思います。


でも、「フランス人は年をとるほど美しい」とまで言えてしまうかな?.. 「美しい」と感じる人になるかどうかは、人によって大きな差がありますよ~。


★ フランス人って、どうしてこんなに食べられるのだろう?...【2】 2006/05/28


高齢になっても、フランスの女性たちが美しくあろうと努力する度合いが強いのは確か。でも、派手な服装やアクセサリーを身につけるのは平気だし、厚化粧もするので、それを下手にやられると化け物だと感じてしまいます!

役場の多目的ホールではよく食事会が開かれて、食事が終わる頃にはダンスを楽しむ時間になります。こういう集まりに来るのは、熟年以上の高齢者たちばかりです。先日も終戦記念日に開かれた集まりに行って、私は踊らないので、高齢者たちが踊っていまるのを眺めていました。フランス女性はセンスが良いというイメージを持っている日本人に見せたら、これがフランス?! と言われてしまうだろうな... と思ったのでした。


ひところの日本では、オバタリアンという言葉が流行りました。1989年に流行語大賞で金賞を取っているので、30年近くも前でしたか。知らない方もあるかもしれないので説明すると、図々しくて、羞恥心がないのがオバサンの特徴だとして、中年女性を貶す言葉です。

でも、フランスの高齢女性たちの図々しさに比べたら、日本のオバタリアンなんて可愛いものですよ~!

フランス女性を京都の案内したとき、お寺の庭でモンペ姿の年取った小柄な女性が掃除をしていたのを見て、「可愛い! なんて可愛らしいのでしょう!」と感激していたのを覚えています。

そう言われたら、フランスの高齢女性には、こういう風に愛らしいと感じる可愛らしさはないはないな、と思いました。威張っていて、憎らしく見える人の方が多いのです。

1970年代に女性解放が進む前に生きたフランス女性たちは、徹底的なレディーファーストを受けて育ってきたので、自分は偉いのだという思いが強いから図々しいのが1つ。さらに、年をとったら大切にされるものだ、と思っているから図々しいのが2つ目の理由。

フランス女性は「わがままに生きている」と言えるかもしれないけれど、それが美しいこととイコールにできるのだろうか? 美しい姿を保っていて、上流階級にいれば、いくらでもチヤホヤしてはもらえるでしょうが、ごく一部のはず。自分勝手で憎らしい高齢女性は、やはりフランス人の男性からは嫌われています。

著者はフランス人らしいので、フランス人向けにはどういう風に言っているのか知りたかったのですが、フランスのアマゾンサイトでDora Tauzinを検索したら、日本語の本しか出していらっしゃらないようでした。


もしも太らなかったり、実際の年齢よりも若く見えるということなら、フランス人の方が日本女性から学ぶことの方が多いはず。... と思ったら、そういう本がフランスでは出版されていました。

日本女性たちはなぜ年をとらず、太らないのか、ということを書いているらしい本 ↓


Pourquoi les Japonaises ne vieillissent pas et ne grossissent pas : L'art de vivre japonais au service de la santé et de la minceur 

他にも、日本人が健康的に痩せていられる秘密は何かという感じで、『Secrets santé et minceur du Japon』という題名の本など、数冊が見つかりました。

最近のフランスで日本食が流行っているのは、健康に良いし、太らない料理だ、ということが大きな魅力になっているからです。タイトルにはしないでも、内容としては日本人を見習おうという本はもっとあるだろうと想像します。


フランス女性は年をとっても美しいと言うよりは、男性たちが高齢でも女性として扱うから、彼女たちは生き生きしていると強調するのなら納得します。でも、それを前面に出したタイトルにすると日本の男性たちには不快感を与えてしまいそう。

最近の日本礼賛ブームの中で、日本に住んでいるフランス人がそんなことを言ったら「反日」とか言われて袋叩きにされるから避けたのかもしれない。もっとも、書籍の批判コメントを見ると、反日扱いしている人たちがいますね。



↓ こちらも、同じようなテーマ?


セクシーに生きる
- 年を重ねるほどに、フランス女性が輝きを増す秘密
ジェイミー・キャット・キャラン(著)

フランス女性はファーストフードを好みません。同じように、即席のセックスも好みません。もちろんアバンチュールに身をやつす瞬間はありますが、その際はすべてが秘密のまま終わるよう、細心の注意をはらいます。愛に関するほとんどすべてにおいて、フランス女性は時間をかけ、ふざけ合いや誘惑、相手を惹きつけるプロセスを愉しむのです。


そういうフランス女性もいる、という程度だと思いますけどね...。





ついでに、不思議に思ってしまった本のタイトルを、もう1つ挙げておきます。

フランス人は10着しか服を持たない
~パリで学んだ“暮らしの質"を高める秘訣~


ジェニファー・L・スコット (著)

間食はせず、食事を存分に楽しむ。上質な物を少しだけ持ち、大切に使う。日常のなかに、ささやかな喜びを見つける。典型的なカリフォルニアガールだった著者は、フランスの貴族の家にホームステイすることになる。その家を取り仕切るマダム・シックから学んだ、毎日を“特別な日”のように生きること。

服をたくさん持つか否かは、人によりますけれどね...。頻繁に会う中なのに、会うたびに違う服を来ている友人も多いです。男性でも、女性でも。

フランスはファッションの国と言われますが、素敵だと感心するようなファッションでいる人は例外的だと思う。生活費の中で最も重きを置いているように見えるのは「住」の部分で、経済的に余裕がなかったら、まず衣服費から節約するかもしれない。

服をたくさん持たないことにしているフランス人もいるでしょう。フランスには四季がありますが、真夏でも真冬の服装を着るほど寒い日もあるし、ジメジメと暑い日はほとんどないので、真夏用の服を持たなくても生活できるかもしれない。

でも、10着というのは余りにも少なすぎるではないですか?!

フランス式のかっぽう着のようなものがあって、ひと昔前の田舎では高齢女性たちのユニフォームのように見えるほどでした。


★ フランスのエプロン 2009/02/10


これで毎日を過ごせば10着で足りるかもしれない。でも、そういう話しではないですよね? フランス人は洗濯をほとんどしない、という話しでもないでしょう?...

突拍子もないことを書いたタイトルにすると読んでみたい気にさせるから、というのが狙いではないのかな?...



ところで、ここに並べた書籍の著者は、全て日本人ではないのでした。

特にアメリカではフランスに対する憧れが強いようです。フランス女性は美しいし、子どもの躾けも良いのだという本が最近はたくさん出版されているのだそう。そうなると、アメリカに住んでいるフランス人たちは、イメージを破ってしまわないようにしなければいけないわけで、居心地が悪くて困っているのではないか、なんて書いているフランス人もいました!

いずれにしても、日本でもアメリカでもフランス女性が素晴らしいという主張は、パリなどの大都会で生活するセレブたちに代表させているイメージだと感じます。私はそうではないフランス人たちの方が好きなのだけれどな...。


ブログ内リンク:
スリミ・ダイエットをしている友達 2013/07/08
カフェで「ボクの愛しい人」と呼ばれてしまったのには理由がある 2006/08/14
フランスのイメージは良すぎるのでは? 2013/08/02
ちょっと怖いな... 最近の日本礼賛ブーム 2015/03/01

外部リンク:
La femme française, un rêve toujours américain
Le surpoids gagne du terrain, l'obésité stagne en France  26-10-2016
Obésité En France, 15% des adultes sont concernés et la tendance va s'aggraver 19.05.2017
☆ Marie Claire: Les Françaises ne grossissent pas : notre silhouette vue par les Américaines
☆ OECD: Obesity Update 2017
☆ Wikipedia: ボディマス指数(BMI) » Indice de masse corporelle(IMC)
☆ PRESIDENT Online: なぜフランス女性は「年を取ること」を恐れないのか?


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2017/05/21
フランスの地方都市で閉店している商店が軒を連ねている風景には慣れていたのですが、先日行ったディジョンにも同じ状態になっている商店街があったので驚きました。

ディジョンはブルゴーニュ=フランシュ=コンテ地域圏で最大の都市で、コート・ドール県に住む人たちの約半分がこの都市圏に住んでいます。つまり、ブルゴーニュでは最もにぎわっているはずの町なのに、あれほど賑わっていた通りに閉まった店がたくさん並んでいたのでした。しかも、ディジョンの中心地にある商店街といったら、ここは2番目くらいに代表的なところだったのに...。



この通りでは買い物しなくなってから何年もたっていたように思います。歩行者天国になったので、車で通り抜けることもなくなっていました。



日本には「シャッター通り」という言葉がありますが、フランスでは同じような言い方を聞かない気がします。シャッターは閉めないものかなと思って眺めてみると、あることはあるのでした。



でも、シャッターは下さないで閉店している方が多いかな... と、つまらないことを観察。



この通りで、何割くらいが閉店していたり、閉店セールをしているか知りたいとは思ったのですが、そこまでは計算してはみませんでした。

営業している店を見ると、昔とはかなり変わっているのに気がつきました。以前は洒落たものを売っている衣料品店などが多かった商店街だったのに、今では安物を扱ったりしていて、魅力がない店が目立つのです。不況からの生き残り作戦かな?...


いくらフランスの経済が滞っているといっても、こんな大きな町で商売ができなくなっているほどではないと思うので、フランスが深刻な不況だからというだけの理由ではないかもしれない。

ディジョンの町はずれに大きなショッピングセンターが出来たとき(1990年)、そこに入ったのは町の中心部にある商店でした。2カ所に店舗を構えるのは不経済なので、町中の方は徐々に閉店していったのかも知れません。

 

フランスでは夫婦共働きが普通で、日曜日は商店が営業しないので、買い物をするとなったら土曜日しかない。となると、何でもそろっていて広い駐車場があるショッピングセンターや巨大スーパーに行って買い物する方が便利なのです。


私がフランス語を勉強するためにたまたま選んだのがディジョンだったので、一番初めに住んだのはこの町でした。下宿先の家庭と親しくなったので、東京で就職してからも毎年遊びに通っていました。何年たっても何の変化のない美しい古都という感じで、町の目抜き通りにある一番美味しいケーキ屋さんが閉店して、マクドナルドになるらしい、なんていうのが大ニュースになっていた程度でした。

ところが、21世紀になってから、ディジョンの街並みはずいぶん変わりました。

歩行者天国が増え、道路や広場は美しく整備され、若者の姿も目立つようになって活気づいたのです。昔は、日が暮れると人影もまばらになり、商店が休みの日曜日にはゴーストタウンになるような記憶が残っているのですけれど。

歩行者天国が増えた見返りに、駐車場は激減したので、車で買い物に行くには非常に不便になりました。ディジョンの中心部で大きな朝市が開かれるので時々行くのですが、駐車スペースを見つけるまでに、いつも1時間くらい町の中をグルグル回っているように思います。


ディジョンの町が大きく姿を変えたのは、社会党の市長さんになってからでした。この日、その市長さんが歩いているのを見かけたので、観光客が街並みの写真を撮っているような顔をしてカメラに収めてしまいました。



ブルゴーニュ公国時代の宮殿の裏にある小さな公園。ここも見違えるほど美しく整備されたので、それをご視察なさっていたのかな?...

私はディジョンの町が美しくなったのは良いことだと思っているのですが、この市長さんがすることに反対意見を持っている人もかなりいると聞いています。

パリのような大都会に住むのでない限り、車がないと動きがとれないフランスなので、車立ち入り禁止にされた通りに面した商店などは客が減ったと文句をつけるだろうと思います。フランスで誰が極右政党に投票するかというと、1つのパターンは飲食店や商店を営んでいる人たちだと言えるのです。


この日、ブルゴーニュ最大都市でさえも閉まった店がたくさんあることが目についてしまったのは、こういう本が出ていると知ったからでした。

フランスの地方都市には
なぜシャッター通りがないのか:
交通・商業・都市政策を読み解く


ヴァンソン藤井由実 (著)

日本と同じくクルマ社会で、郊外には巨大なショッピングモールがあるのに、なぜフランスの地方都市の中心市街地は活気に溢れ、魅力的なのか。「駐車場と化した広場」から「歩いて楽しいまちなか」への変化の背景にある、歩行者優先の交通政策、中心市街地と郊外を共存させる商業政策、スプロールを防ぐ都市政策を読み解く。


読んだわけではないので何も言えません。フランスの地方都市が美しく整備されてきているのは確か。でも、シャッター通りは増え続けていると私は感じるのだけれど...。

著者によると、人口10万から80万を地方都市と呼んでいるのだそうです。ブルゴーニュ=フランシュ=コンテ地域圏では、その定義に当てはまる都市はディジョン市(15万人)とブザンソン市(12万人)しかなく、県庁所在地レベルでも人口は5万人を超えません。

フランス全体でみると、パリとマルセイユを除いた40の大都市を対象としているということになります。そのくらい飛びぬけて大きな町々についてのことだったら、「シャッター通りはない」と言い切れるかもしれない...。

でも、パリのシャッター通りについて報告がありました。ルーブル博物館の横にあるアンティークモールは、2割位くらいしか店が開いていないらしい。博物館のように骨董品を眺められるのが好きで、何度も行ったことがあるところなので、あそこがそうなったのかと驚きます。やはり不況の影響かな...。


他にも、そう言えるかなと不思議に思った書籍のタイトルがあったので書きました:
フランス女性は誰でも美しい? 2017/05/30

ブログ内リンク:
★ 目次: ブルゴーニュの古都ディジョンの観光スポットや特産品など
★ シリーズ記事目次: フランスの市町村について 2008/11/19

外部リンク:
☆ AFP: 大都市びいきに怒る「忘れられた」地方部、仏大統領選
☆ 現代ビジネス: 極右マリーヌ・ルペンが握る「EU崩壊」の引き金
☆ 教えて!goo: 欧米の都市にシャッター通りはありますか?
☆ Wikipedia: フランスの都市の一覧


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2017/03/12
ル・モンド紙のサイトに、歴史に痕跡を遺した10人の女性を選んだ記事がありました。日付が今年の3月8日になっているので、国際女性デー関連として作った記事のようです。

動画が入って、日本人らしき女性の姿が見える。誰を取り上げたのかなと興味を持ちました。


10 femmes qui ont marqué l’histoire


中野 竹子

10人の中に選ばれていたのは、幕末におこった会津戦争のときに婦女隊(じょうしたい)として武器を持って戦い、二十歳そこそこで命を落とした中野竹子(1847~68年)という人でした。

死後に描かれたという肖像画(法界寺蔵)がWikipediaに入っていました。



聡明で、かなりの美人でもあったようです。日本では、2013年に放映された大河ドラマの『八重の桜』にも登場していたそうですが、私は見ていません。

ル・モンドの動画では、主観的に10人の女性を選んだそうです。フランスだったら、まずジャンヌ・ダルクを入れるべきだと思ったのに入っていません。


中野竹子は、フランスでも知られた人物だったのでしょうか?

Wikipediaでもフランス語ページが出来ていたし、他にもフランス語の記事が幾つか出てきました。
☆ Wikipedia: 中野竹子 » Nakano Takeko


彼女にスポットを当てたドラマ仕立てのドキュメンタリー『Samurai Warrior Queens』が2015年に作られていました。


Samurai Warrior Queens TRAILER



Women Were Some of the Fiercest Samurai Warriors Ever


西洋人は「女サムライ」とか言って、気にいるお話しだろうな、と思いました。フランスでも、このドラマドキュメンタリーは『Takeko et les guerrières samuraï』という題名で放映されたようです。

50分の動画があったのですが、最近の私は「お国のために死ね」という言葉を聞くのにうんざりしているので見る気にはならなりませんでした。

12. 一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ

でも、全編が入っている動画なので埋め込んでおきます。


Takeko Et Les Guerrières Samurai

追記:
見たくないと言いながら、やはり気になったので視聴しました。日本ではこうなのだと紹介しているだけで、中野竹子の心理などについての掘り下げはなく、私には全くつまらない作品でした...。



女武芸者

Wikipediaでは、「Onna-bugeisha(女武芸者)」という項目が、英語でもフランス語でも出来ていました。もちろん、江戸時代の例として中野竹子に触れています。

こんな絵が添えられています。

Onna bugeisha
Une onna-bugeisha armée d'une naginata, l'arme de prédilection de ces femmes combattantes
Peinture de Kuniyoshi Utagawa
『誠忠義士傳』より「大星良雄内室 石女」(歌川国芳作)


女性が戦うとなったら、やはり薙刀(なぎなた)ですか...。

日本語の記事はWikipediaに作られていないようなので、日本では「女武芸者」をどう定義しているのか調べてみました。

江戸時代には「別式女(べっしきめ)」と呼ばれる女性のプロ剣術家がいた。大小(二刀)まで差し、眉を剃り、眉墨もせず、青く眉の跡が残っており、着物も対ツ丈に着て、引き摺っていない勇ましい格好をしていたらしい。

そして、武芸をたしなむ女性は「女武芸者」と呼ばれた。

Googleフランスで「onna-bugeisha」をキーワードにして画像検索すると、漫画風の絵もたくさん入っていました。フランスでは日本の漫画やアニメに人気があるそうなので、女武芸者はその当たりからも入って知られているのかな?...


中野竹子の写真として使われているのは、武芸者ではなくて、芸者?

他のサイトでも、歴史の流れを変えた女性の写真を並べていたので眺めてみました:
21 portraits de ces femmes, parfois méconnues, qui ont changé le monde

21人を選んだリストですが、11番目に大正・昭和期のフェミニスト木村駒子が入っていました。

もう一人、4番目に女武芸者として鎧兜姿の美しい日本女性の写真が入っていますが、名前は書かれてありません。

フランスの記事では、これを中野竹子の写真として入れているものもありました。でも、戊辰戦争のときにこんな記念写真を撮っていたとは奇妙ではないですか?

例えば、こちらは合気道クラブのブログらしきサイトに入っている女武芸者に関するPDFなのですが、スクロールして4ページ目に行くと、中野竹子として、同じ写真を入れています:
Onna Bugeisha ou femme Samuraï

この記事では、彼女は1868年に死亡とあるのですが、タイトルでは明治時代の女性サムライとされています。この写真が撮影されたのは明治時代のようなのですけれど、彼女はそこまでは生きていない!

つまり、フランス人が日本のことを書くといい加減になる? とすると、始めに入れたル・モンドの記事で使っていた写真も別人のもの?



Wikipediaに入っていた中野竹子の肖像画は、きつい性格の女性に見えるのですが、なまめかしい女性の写真もあったので奇妙だったのです。

Googleフランスで「takeko nakano」をキーワードにして画像検索すると、美しい女性の凛々しい姿が色々でてくきます。よく眺めて比較すると、眉毛や口元がかなり違うので、同じ人物には見えません。

どうやら、フランスのサイトで使っている中野竹子の写真は、芸者さんなどがポーズをとった写真のようなのでした:
☆ 写真で見る昔の日本: 鎧と女性

絵葉書らしき書き込みがある写真も多いので、日本にやって来た外国人たちのために作成していたのではないでしょうか?

絵葉書という習慣ができてからの写真だったら、江戸時代ということはありえないでしょうね。

絵葉書が好まれていたことを書いた過去の記事:☆ 洞窟で隠者のような生活した、ヨーヌ県の伝説的な男性の話し 2013/06/30


さすがに、日本で中野竹子について書いている記事では、フランスのサイトで使っているような女武芸者の写真は使っていませんでした。フランスの記事でも、下に情報リンクとして入れる真面目そうな記事ではイラストには使っていませんね。

なぜフランス人が中野竹子のことを知っているのかと思って、フランスのサイトを眺めてしまった私が悪かった! 日本のことなのだから、日本の情報だけを読めば良かったのだ...。

外部リンク:
☆ 会津物語: 戦場に咲き誇った一輪の花 中野竹子
中野竹子(なかのたけこ)と娘子隊(じょうしたい)
☆ 剣客商売の時代の剣術: 女武芸者
☆ 教えて!goo: 女性の“サムライ”は実在した?
Samurai Warrior Queens (TV Movie 2015)
☆ Le Monde: Dix femmes qui ont marqué l’histoire
Nakano Takeko, cheffe de l’ « armée des femmes «L'Histoire par les femmes
Nakano Takeko, femme samouraï
Nakano Takeko et le Jōshitai le mystère des ‘femmes samurai’

内部リンク:
★ 目次: 文学者・哲学者、映画・テレビ番組


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2017/03/03

フランスでは4人に1人は、祖父母の代にまで遡れば外国人の血が入っていると聞きましたが、そうだろうなと感じます。

私がいるような田舎にも移民の子孫はたくさんいますが、ヨーロッパ諸国から来た白人系ばかり。それ以外の出身者と出会うのは、県庁所在地のような大きな町。でも、フランスには色々な肌の人たちがいるのだと実感するのはパリですね。


絆創膏の色

だいぶ前のことですが、フランス人と話していて、想像してみたこともないことを言われました。どこかの会社が肌の色によって選べるバンソウコウを発売したのだそうで、すごいアイディアだ! と褒めていたのでした。

当時はインターネットは普及していなかったので、どんな絆創膏なのか想像してみただけだったのですが、今なら画像を探せました。なるほど...、こんなバラエティがありますか...。



色付きだと、こんなにも違うというのが、こちらの画像で効果を見ることができます。

日本では、いわゆる「肌色」以外のバンソウコウは売っていないのではないでしょうか? 探してみたら... そうそう、子ども用のキャラクター付きのがあった。面白いので、日本で買ってフランスの子どもにプレゼントしたことがあります。
  
それはお遊びで良いのだけれど、子ども用でもなさそうなのに、青やピンクの絆創膏もある!



何かと思ったら、工場内での作業に使うための目立つ絆創膏なのですって。剥がれて何かに紛れ込んでも見つけ出しやすいし、金属探知機で検知もできるようになっているのだそう。

便利になりすぎると、不便になることもあるのですよね。自動車が音もなく走ると、近寄ってきても分からないから轢かれてしまう。だから、ある程度は音を出して走るようにする。


肌の色は何色に分ける?

少し前に聞いたトランプ大統領の就任演説で、1つ気になる部分がありました。

Whether we are black or brown or white, we all bleed the same red blood of patriots.

肌の色に係わらず、人間なら誰でも赤い血が流れている。うまいことを言いますね。でも、彼は国籍で差別したのだから、良い演説だったとは思わないけれど。

こういう場合、血の色を持ち出さないとしたら、他に何が人間に共通と言えるだろうか思いました。

そうしたら、先日書いたフランスのチーズに関するドキュメンタリーの中で、人間が初めて体験する味覚はミルクの味だから、我々はみなミルクの兄弟なのだ、という発言がありました。なるほど...。でも、考えてみれば、それが「哺乳類」と言われる所以なのですから、うまい表現を見つけたと感心することはない...。

ところで、トランプさんが出していた肌の色は、黒、褐色、白でした。アメリカにはたくさんいるはずのアジア系の人たちは無視しているのか、この3つの中の何処かに入るからそれで良いのだろうか?...

フランス語のページでは、肌色の3色をこう表現している人がいました:
peaux mates, noires ou métissées

黒は出しているけれど、白を避けているのは良いかもしれない。

絆創膏の色は5色だったのに、単純に分けると肌の色は3色かな?...

そうすると、日本人としては、黒でも白でもないけれど、褐色と表現するには抵抗があるではないですか? ヨーロッパで子どもを育てている日本人が書いていることを読んだら、私たち黄色人種は褐色に入れられるということのようでした。

20世紀半ばに調査された肌の色の分布図がありました。



8種類に分けていますね。私に意外だったのはオーストリア。アメリカと同様に白人に占領されているようなイメージだったのですけれど...。

もっと細かく分けたのは、こちら ↓


Échelle chromatique de Von Luschan

これだけ並べるなら、濃いピンク色も入れたら良かったのに...。

アメリカに留学した韓国人の友達は、自分よりずっと色黒のインド人たちはホワイトとされていたのだ、と不満をもらしていました。インド人はコーカソイドだから白人なのでした。


フランスで家に来た人が小さな子どもを連れて来たとき、その子は私を見るなり驚いたようで、ママを突っついてこう言いました。

「彼女、黄色くない...」

アジア系の人間を見たのが初めてだったのでしょうね。それはそうですよ。レモンのように黄色い顔をしていたら病気です! ママの方は子どもが失礼なことを言ってしまったと慌てていましたが、私も含めて、全員が大笑いしました。

肌の色は何色に分類するかを調べていたら、あの時の子が思い浮かべたのは、こういうのだったのではないか、と思える漫画風の顔の絵が出てきました。


アップル iOSの絵文字で使っている肌の色

アップルの絵文字は、一部のユーザーが「絵文字は白人偏重、人種的多様性を反映していない」などと抗議していたので、肌の色を選べるようにした、という2年前のニュースでした。



左端は、極端な黄色。黄色人種をこんな色にするなんて、酷いではないですか?!

この黄色は人種差別だと言って、アップルにとっては大事な顧客の中国から反発が出たのだそう。アップル側では、濃い黄色の顔はいわゆる「黄色人種」ではなく、デフォルトの肌色だと説明していたとのこと。

確かに、左端のは位置が少し離れているし、黄色を入れるなら白と褐色の間にすべきなので、アップルの説明はこじつけではなかったような気はしました。

それで、自分のiPhoneで確認してみることにしました。

私は殆ど絵文字を使っていません。iPhoneでは、予定表に書き込むときに分かりやすくするために、クローバーやワイングラスや国旗のマークを入れている程度。それで、顔のマークは気にしたことがなかったし、肌の色でバリエーションまで出来ているとは知らなかったのです。

本当に色分けがあるのでした。黄色は確かにデフォルト用ですね。初めには黄色が出ていて、その色を変えたければ選択肢がある、という風になっていました。



デフォルトは、目立つように金色にしたつもりなのではないかな。色のチョイスが出来なかったら、これが黄色だということは全く意識しなかったと思う。

iOSが肌の色を選べるようにしたのは2015年だったようです。それ以前はどうしていたのだろう? 一番薄い色にしていたのかな。

ともかく、現在のところ、黄色はデフォルト・カラーとして、残りの5つの色が肌の色ということになります。やはり、絆創膏と同じように、肌の種類は5色ですか。

欧米系の人なら、1ダースの半分で6が基本数かと思っていました。
でも、指も5本だった...。


肌色って、どんな色?

私たちには「肌色」という便利な呼び名があります。そうフランス人に言ったら、どんな色と聞かれて、はたと困った。日本人だって、肌の色には違いがありますから。

肌色のカラーコードを確認して、それに近い色をフランス語では何と呼べば良いのか調べてみました。

和色名フランスの色名
肌色
#FCE2C4

Bisque
#FFE4C4


ビスク

Jaune nankin
#F7E269


南京イエロー


の南京色は、さっきのアップルのデフォルト色のような派手さがあるのでびっくりしました。でも、これは南京で作られていたNankinと呼ばれる木綿の布地の色か、中国の皇帝の色ということから来た命名のようです。

のビスクという色が、最も肌色に近いように見えました。でも、フランスではファッションや塗料の色として存在しているものの、普通の色彩図鑑などには入っていない名前のようです。私の仏和辞典でも、bisqueに色関係の訳語はありませんでした。

ビスクはファンデーションの色にもなっていたので、肌色と呼べますね。

☆ ファンデーションとしての
  Bisque色のバリエーション
ところで、ビスク(bisque)という言葉は、ビスケット(フランス語でbiscuit)から来ている? でも、甲殻類で作るスープのビスクと同じ綴りなので、それから来ているという記述もありました。

Lobster Bisque
Bisque de homard

スープの方は色が濃すぎますよ。肌色は、ビスケット色と呼びたいな。

ところで、大発見!


◆ 文房具では「肌色」という言葉を使わなくなっていた

2000年前後から、大手文具メーカーが協議の結果として「肌色」という呼称の使用を取りやめるようになり、2005年から2006年頃には、全てのクレヨンからこの呼称が撤廃されていたのでした。

ぺんてるでは「ペールオレンジ」、サクラクレパスは「うすだいだい」と呼んでいるそうです。

サクラクレパス NO.7 うすだいだい

何色をしていても「自分の顔の色が肌色」だと言えば良いわけですが、「肌色はこれ」と決めておいたら明らかに差別ですね...。


ブログ内リンク:
★ 目次: 色について書いた記事

外部リンク:
☆ Wikipedia: 肌色 » Couleur de la peau humaine
☆ 日本人の肌色カラーイメージ
クレヨンから「はだ色」が消滅 理由は「人種差別に繋がるから」
あなたの肌の色は何色ですか? ~ 日本人が人種差別意識を持っていない証拠
人種差別・英国式「肌の色」分類
アップル、絵文字に人種と肌の色の違いを導入。iOS 8.3 - OS Xベータから
アップル「黄色い顔文字」に中国で批判噴出 「あんな黄色い奴みたことない」「アジア人への偏見だ!」
黄色は皇帝の色?黄色と中国伝統文化はどういう関係?
トランプ新大統領誕生! 就任演説全文(英語)|ロイター発


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2017/01/11


地域圏(région)をどう再編成するかが議論さていたのですが、ようやく2016年の始めに、これになったという新しい行政区分が出てきました。その時点では新しくできた地域圏の名称が何になるか分からなかったのですが、秋になって全てがはっきりしたようです。

2015年末には地域圏は22あったのですが、合併して数が減りました。でも、「フランス本土には幾つの地域圏になったのでしょう?」と質問されたら、幾つと答えるのが正解になるのでしょうか?

コルシカ島は、特別地方公共団体(collectivités territoriales)となり、地域圏(région)という呼称は与えられていないのです。だから、フランス本土にある地域圏の数は12あるというべき? でも、コルシカ島も地域圏と同じ機能を果たす行政区分になっています。

地域圏がどうなっているかという以外に、フランスの行政区分は、ひと言では語れないほど複雑な構造になっています。在日フランス大使館のサイトでは、本土の地域圏の数は13だと書いてあるので、それで良いのだろうと思います。


新しい地域圏の地図(2016年以降)

こうなりました。



以前と同じ地域がそのまま残った地域圏もありますが、以前は2つだたり、3つだった地域圏が1つの地域圏を作ったところもあります。その場合、以前の名称を並べて新しい地域圏の名称にしてくれれば分かりやすかったのですが、全く新たな名称を作ったところもあります。

Grand Est(大東部)、Nouvelle-Aquitaine( 新アキテーヌ)なんていう名前は、西部劇を連想してしまう! 広い地域になった「新アキテーヌ」は「大西部」にすれば完璧だったのに...。

Hauts-de-France(フランス上部)は、もっとマシな命名ができなかったのかなと思うけれど、地図で見れば確かに一番上にありますね。私は方向音痴なので「上の方」と言ってしまうのですが、「北」と言えと言われるのですけど。

Occitanieというのはオック地方。オック語が話されるオクシタニアのことなのでしょうが、ちょっと問題がありますよ。この地域圏には、スペインと跨ってカタルーニャ語の言語圏も入っているのですから。地元では問題になったみたい。

大東部(Grand Est)は、アルザス地方とシャンパーニュ地方という、結びつかない地域が一緒になっているので違和感を感じます。その行政中心地はストラスブールになりましたが、この町は最も外れにあります。

シャンパーニュ地方に住む友人は、新しい首府のストラスブールまで来いと呼び出しがかかったら、片道300キロもあるのだと言っていました。フランスのことですから、電車に乗れば行けるというものではないので不便すぎる。この人などは良い方で、シャンパンのメッカのようなのランス市からストラスブール市に行くには400キロ近いのでした。

地域圏が合併して新しい地域圏が誕生しても、私にはどうでも良いのではありますが、困ったことがおこりました。


アルバムソフトで写真を整理するのが不便になった


デジカメで写真を撮るようになってからは、パソコンにアルバムソフトを入れて整理しているのですが、もう長いこと気に入っているのは「Adobe Photoshop Lightroom」です。

キーワードも入れられし、撮影した場所も登録できるので、後で写真を探すときに非常に重宝します。

GPS機能付きのカメラは持っていないので、よく知らない土地を旅行したときには移動先でまずiPhoneで1枚写真を撮って、それをアルバムに入れることにしています。

Adobe Photoshop Lightroomというソフトには、iPhoneのGPS情報が入って、そこをクリックするとGoogleマップが開くのでいたって便利なのです。

それで市町村と県がアルバムに登録し、それに対応する地域圏を探して分類します。私と地域圏名の関係はそこにあります。

フランス本土には96の県があるので、自分がよく知っている県以外は覚えていません。でも、地域圏で言われれば、だいたいどの辺にあるかは分かっていました。

ノルマンディー地方が2つに分かれていたのが1つになったのは大歓迎。もともと、私の写真アルバムでは2つに分けていませんでした。アルザス地方とロレーヌ地方も一緒になったのは、歴史的に運命を同じにした地域なので抵抗がありません。

ところが、合併してして面積が広くなって地域では、地域圏の名前を見ても、どの辺で、どの文化がある地域なのかが私には結びつかないものもあるのです。

例えば、シャンパンの産地のシャンパーニュ地方と、ドイツと国境を接するアルザス地方が合併しました。

アルザス地方に行くと、ドイツに来たかと思うような街並みなのです。そこにいるのはフランス人なのに、「フランス語で話しても良いですか?」と聞きたくなってしまいたくなるほど。

家々の窓辺にはゼラニウムがあり、玄関先にはドイツ人がいる、と冗談を言われる地方なので、他とは全く違う雰囲気があります。

アルザスの街

こういうアルザスらしい風景写真を探し出そうとしたら、やはりシャンパーニュ地方とアルザス・ロレーヌ地方は一緒に整理しない方が好ましい。

迷ったあげく、アルバムに入れる地域圏は、以前のままの名前で登録し続けることにしました。

ところが、地名の辞書代わりに使っているWikipediaでは、もう新しい地域圏名しか教えてくれないのです。日本語ページでは更新が遅れるので助かっていたのですが、だんだん訂正されてきてしまいました。

地域圏名の新旧対照表を誰かが作るはずだと思って、1年前から探していたのですが見つけることができませんでした。写真をアルバムで整理するときに、いちいち複雑に調べるのは面倒なので、あきらめて自分で対象表を作りました。インターネットに載せておけば、いつでも自分でアクセスして参照できるので。


古い地域圏の地図(2015年まで)

県名が入った 旧地域圏区分地図
Départements+régions (France)
Départements+régions (France).svg
県コードが入った 旧地域圏区分地図
Départements et régions de France
Départements et régions de France,svge


県が属する地域圏の新旧対照表

地域圏名
県(県コード)
Auvergne-Rhône-Alpes
オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ

圏都:
Lyon
リヨン
Rhône-Alpes
ローヌ=アルプ

圏都: Lyon
Ain (01)
Ardèche (07)
Drôme (26)
Isère (38)
Loire (42)
Rhône (69)
Mètropole de Lyon (69)
Savoie (73)
Haute-Savoie (74)
Auvergne
オーヴェルニュ

圏都:Clermont-Ferrand
Allier (03)
Cantal (15)
Haute-Loire (43)
Puy-de-Dôme (63)
Bourgogne-Franche-Comté
ブルゴーニュ=フランシュ=コンテ

圏都:
Dijon
ディジョン
Bourgogne
ブルゴーニュ

圏都: Dijon
Côte-d'Or (21)
Nièvre (58)
Saône-et-Loire (71)
Yonne (89)
Franche-Comté
フランシュ・コンテ

圏都: Besançon
Doubs (25)
Haute-Saône (70)
Jura (39)
Territoire de Belfort (90)
Bretagne
ブルターニュ

圏都:
Rennes
レンヌ
Côtes-d'Armor (22)
Finistère (29)
Ille-et-Vilaine (35)
Morbihan (56)
Centre-Val de Loire
サントル=ヴァル・ド・ロワール

圏都:
Orléans
オルレアン

※2015年以前はCentre(サントル)という地域圏名だった
Cher (18)
Eure-et-Loir (28)
Indre (36)
Indre-et-Loire (37)
Loir-et-Cher (41)
Loiret (45)
Grand Est
グラン・テスト

圏都:
Strasbourg
ストラスブール
Alsace
アルザス

圏都:Strasbourg
Bas-Rhin (67)
Haut-Rhin (68)
Lorraine
ロレーヌ

圏都: Metz
Meurthe-et-Moselle (54)
Meuse (55)
Moselle (57)
Vosges (88)
Champagne-Ardenne
シャンパーニュ=アルデンヌ

圏都:Châlons-en-Champagne
Ardennes (08)
Aube (10)
Marne (51)
Haute-Marne (52)
Hauts-de-France
オー=ド=フランス

圏都:
Lille
リール
Nord-Pas-de-Calais
ノール=パ=ド=カレ

圏都:Lille
Nord (59)
Pas-de-Calais (62)
Picardie
ピカルディー

圏都: Amiens
Aisne (02)
Oise (60)
Somme (80)
Île-de-France
イール=ド=フランス

圏都:
Paris
パリ
Paris (75)
Seine-et-Marne (77)
Yvelines (78)
Essonne (91)
Hauts-de-Seine (92)
Seine-Saint-Denis (93)
Val-de-Marne (94)
Val-d'Oise (95)
Normandie
ノルマンディー

圏都:
Rouen
ルーアン
Haute-Normandie
オート=ノルマンディー

圏都:Rouen
Eure (27)
Seine-Maritime (76)
Basse-Normandie
バス=ノルマンディー

圏都: Caen
Calvados (14)
Manche (50)
Orne (61)
Nouvelle-Aquitaine
ヌーヴェル=アキテーヌ

圏都:
Bordeaux
ボルドー
Aquitaine
アキテーヌ

圏都:Bordeaux
Dordogne (24)
Gironde (33)
Landes (40)
Lot-et-Garonne (47)
Pyrenees-Atlantiques (64)
Poitou-Charentes
ポワトゥー=シャラント

圏都: Poitiers
Charente (16)
Charente-Maritime (17)
Deux-Sèvres (79)
Vienne (86)
Limousin
リムーザン

圏都:Limoges
Corrèze (19)
Creuse (23)
Haute-Vienne (87)
Occitanie
オクシタニー

圏都:
Toulouse
トゥールーズ
Midi-Pyrénées
ミディ=ピレネー

圏都:Toulouse
Ariège (09)
Aveyron (12)
Haute-Garonne (31)
Gers (32)
Lot (46)
Hautes-Pyrénées (65)
Tarn (81)
Tarn-et-Garonne (82)
Languedoc-Roussillon
ラングドック=ルシヨン

圏都:Montpellier
Aude (11)
Gard (30)
Hérault (34)
Lozère (48)
Pyrénées-Orientales (66)
Pays de la Loire
ペイ・ド・ラ・ロワール

圏都:
Nantes
ナント
Loire-Atlantique (44)
Maine-et-Loire (49)
Mayenne (53)
Sarthe (72)
Vendée (85)
Provence-Alpes-Côte d'Azur
プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール

圏都:
Marseille
マルセイユ
Alpes-de-Haute-Provence (04)
Hautes-Alpes (05)
Alpes-Maritimes (06)
Bouches-du-Rhône (13)
Var (83)
Vaucluse (84)

Corse
コルス(コルシカ島)
Collectivité de Corse

圏都:
Ajaccio
アジャクシオ
Corse-du-Sud (2A)
Haute-Corse (2B)
※ 日本語は在日フランス大使館のサイトにある表記に合わせています。



A quoi servent les régions ?





ブログ内リンク:
★ シリーズ記事目次: フランスの市町村について
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ

外部リンク:
☆ L'Obs: AVANT-APRES. Découvrez les 13 noms des nouvelles régions de France 02/07/2016
☆ Wikipédia: Région française » フランスの地域圏
☆ 在日フランス大使館: フランスの地方制度改革
フランス地域圏の行方 2015年3月
☆ OVNI: 22の地域圏が13に。 2014/12/15


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2017/01/03
シリーズ記事目次 【栗のマロンには不思議がいっぱい!
その14


長らく栗について書いてきたのですが、最後に「栗色」に触れてみます。


◆ 「栗色と訳されるフランスの色

栗が育たない国では「栗色」というのはなくて、「茶色」とか何とかいうのではないでしょうか? フランスでは中世には栗の栽培が始まったそうなので、当然ながら栗を想起させる名前の色があります。

拾ってみたところ、3つ見つかりました。

栗の木「シャテニエ(châtaignier)」の実を意味する「シャテーニュ(châtaigne)」からできた、シャテーニュ(châtaigne)という色、châtain(シャタン)という色。

それから、栗の木でもマロニエでも果実をマロンと呼ぶのでややっこしい「マロン(marron)」という色。

色の違いをフランスのカラーコードで出したものを並べてみます。


châtaigne
シャテーニュ
(明るい栗色)
châtain
シャタン
(栗色)
marron
マロン
(栗色)
#806D5A
灰色がかった明るいブラウン
#8B6C42
ブラウンと金色の中間
#582900
赤味がかったブラウン
栗 栗 マロニエ

それぞれの色の名前に仏和辞典に入っている訳語をカッコの中に加えたのですが、みんな「栗色」とされているのですね。私は栗色といったらマロン色を思い浮かべますけれど。

「シャテーニュ」という色の名前は、それほど使わない感じがします。コードで出した色は栗の皮の色でもないし、渋皮の色とも違うし、何なのだろう?.

英語情報では、シャテーニュはDonkey Brownに近いとありました。
Donkey Brown(#816E5C)
なるほど、ロバはこういう色が多いですね。

「シャタン」には馴染みがあります。フランス人の多くは「シャタン」と呼ぶ髪の毛の色だからです。金髪を濃くしたような色で、brun(ブラウン)とblond(ブロンド)の中間にある色、と定義されていました。

シャタンは髪の色と密接な関係があります。ヘアーカラーでも、濃いシャタン色、明るいシャタン色、灰色がかったシャタンなど、色々なニュアンスを出して売られています。「マロン」と呼ぶ色合いよりも使われていることが多いように感じます。

右に入れたのは濃いシャタン色(châtain foncé)と表現されていた髪の毛。こうなると、マロンの色と違いが余り見えなくなります。

目が茶色の場合には、シャテーニュ色とマロン色は使いますが、シャタン色とは言わないですね。


発音も綴りも全く違う3つの色を全て「栗色」と訳すのは面白くないので、栗に関係した和色の名前を探してみました。


日本の色には、栗がたくさん登場する

フランスより日本の方が多いだろうなとは予測したのですが、こんなに出てくるとは思わなかった! そんなに栗は日本人には思い入れがある果実だったのでしょうか。

拾った色コードで色を出したのですが、なんだか全く違って見える色も並んでしまいました。間違っているのかもしれませんが、拾い出したものを並べてみます。色の名前に対応する色コードはもっと存在していたのですが、収拾がつかないので全部を並べるのは止めています。

和色: 一般的な栗色
栗色
(くりいろ)
#762F07
(日本の伝統色)
栗の皮のような赤みのある焦茶色。

別名: 落栗色、栗皮色、栗皮茶


《実りの色2》落栗色(おちぐりいろ)
#800000
#704B38
#5D2917
#522C1E
#591C12

栗皮色
(くりかわいろ)
#6A4028栗の皮の色で、黒みがかった赤褐色。

現代では、一般的に「栗色」と呼ばれる。

江戸時代には女帯によく使われていた色らしい。

栗皮茶
(くりかわちゃ)
#6D3C32
栗の実の皮のような黒みがかった赤褐色。

別名: 栗色、栗皮色

栗の樹皮と灰汁で茶に染める「栗皮染」がある。
#824522


和色: 特殊な栗色
栗梅
(くりうめ)
#852E19栗色を帯びた濃い赤茶色。あるいは、少し赤みの明るい茶色。

「栗色の梅染」が略されたもので、江戸時代の流行色。
梅がつく色は「紅梅色(こうばいいろ)」に代表される赤み(#E86B79)を表現している。
#6C1912
#58271E
#88503E

栗梅茶
くりうめちゃ
#CC5959赤みから黒みを帯びた茶色。
「くりむめ」ともいう。

栗金茶
(くりかねちゃ)
#B14329

蒸栗色
(むしくりいろ)
#EBE1A9蒸した栗の皮を向いた実のような、緑みがかった淡い黄色。

中国の古代書の『爾雅』にこの染色が登場している「蒸栗」の色は、日本で一般的に思われている色とは違うという説もある。

#EFEACC
#EEE2C2

小栗色
(こぐりいろ)
#72A46A未熟の小栗の色を表したものと思われる。

柴染
(ふしぞめ)
#B28C6Eタンニン物質を含んだ樹皮や柴木(山野に生する栗、楢、樫、櫟など小さい雑木)の煎汁で染めた色で、暗い灰みの黄赤。

どこででも採れる染料であるため、下位の人間の服の色とされた。
朽葉色(くちばいろ)
#796040


外国から入った色
マルーン
maroon
#501818明るい赤みの茶色
大粒の栗の名前が英語化したもので、暗い赤茶色に用いられる。
#800000
#6A1917

チェスナットブラウン#5C3E2Dマルーンより小型の栗で、色も赤みが少ない。
#68412F

フランス語: marron
#582900
英語: chestnut
#954535
イタリア語: castano
#6D351A



フランスのブラウン系の色

フランスでもブラウン系は色々あります。ただ、栗を持ち出さないだけなのでしょうね。

ブラウン系の一覧:
Code couleurs html - Les brun.

Wikipediaのフランス語に入っているブラウン系は少ないですがカテゴリーが出来ていました:
Catégorie:Brun


フランスで使われている色の名前は、和色の名前に比べると、全くつまらないですね。



栗の木とマロニエについて長々書いてきてしまったので、今回でシリーズは終わりにするつもりだったのですが、「栗色」と訳される「シャタン」という色が気になるので、まだ続けます。

続き:
 亜麻色の髪とは、淡い栗色ではなかった 2017/01/08


 シリーズ記事目次: 栗のマロンには不思議がいっぱい!

ブログ内リンク:
★ 目次: 色について書いた記事

外部リンク:
【茶色】
☆ Wikipedia: Palette Teintes de brun
☆ Wikipedia: Châtain
☆ Wikipédia: Marron (couleur)
☆ Au domicile des mots dits et écrits: Le marronnier | La châtaigne
Marron symbolisme, histoire et expressions… notre série des couleurs

【髪の毛の色】
☆ Wikipedia: Palette Teintes de cheveux
☆ Wiipedia: Couleur des cheveux
☆ 髪の毛の色表現:  | (ヘアーカラー) | (ヘアーカラー)
Le vocabulaire du coiffeur, se faire mieux comprendre!

【目の色】
☆ Wiipedia: Couleur des yeux
☆ Wikimedia Commons: categoryEyes by color

【色】
[CODE COULEUR] Dictionnaire des couleurs
☆ Wiktionnaire: Thésaurus couleur-français


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カテゴリー: 日仏の比較 | Comment (2) | Top
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2016/12/19
日本から友達が来たときには、フランスの友人に観光案内を手伝ってもらうことにしています。

私とだけ付き合っていないで、フランス人とおしゃべりする方がフランスという国がよく見えるだろうし、友達から何か聞かれたらフランス人に答えてもらえるので、私にとっても利点があるからです。

ところが、困ったときがありました。


日本人は冗談を真に受ける?

フランス人はジョークを連発するのですが、私の友達は冗談を言って笑わせようとしているとは思わない。自分が知らなかったことを教えてくれていると思って感心してしまうのです。

そのうち、フランス人の方は彼女が何でも信じてしまうことを面白がって、あること、ないこと、全部ジョークにして遊んでしまうようになったのでした。

英語は流暢ではない人だったので、洗練したジョークは言えない。それで、黒い馬がいるのを指さして、「あれはアフリカの馬です♪」なんてバカなことまで言い出すのでした...。

彼女が「ほうとうに?」と言いながら感心しているので、フランス人は「ほんとうに」という日本語まで覚えてしまった! イントネーションで少し疑っているというのが分かると、頷きながら語尾を下げて「おんとに~」と言葉を返して(Hを発音できないため)、「本当にそうなんですよ」という感じまで出してしまうのでした。知り合いにアントニーという名の男の子がいるので、ホントニーは覚えやすかったらしい。

フランスの友人には、私の友達は素直な人なのだから、そういう悪ふざけはしないで欲しい、ときつく叱りました。

日本の友達には、相手は冗談で言っているのだから真に受けないで、と言いました。

でも彼女は、何か言われると、まず信じてしまうのです。とても良い性格の人なので、相手が言ったことに感心してみせるのが礼儀だと思っていたのかもしれない...。

参りました! 彼女が日本に帰ってから、教えてもらったことを他の人達に話したらマズイではないですか?!

ジョークの分かる日本人もいらっしゃいます。フランス人から何か言われると、真っ先にアッハハと笑う。そういうタイプの人は、フランス人から一目置かれます。そもそも、フランスの政治家の場合でも、何か貶されたら、怒ったりりはせずに、機知のきいたジョークを言って相手をやり込める能力が評価されています。

でも、日本人でジョークが分かる人はかなり少ないと感じています。真面目な席で通訳するときには、フランス人が何か冗談を言った後には、「これは冗談でけど♪」と私は勝手に付け加えてしまうことがあります。

誰も笑わないと、フランス人は私が下手に訳したからだろうと思ってしまうわけなので、そういう濡れ衣をかぶされないためです。訳す前に「それは冗談で言っているのでしょう?」と、ちらっと相手に確認したりもできますので。


日本人の鵜呑み度は70%

マスコミ報道の「鵜呑度」を国際比較した数値がありました。

アンケート調査はやり方によってどうにでもなってしまうけれど、これはかなり当たっているのではないか、と私の個人的な経験から思いました。

イギリスが最も疑い深くて、14%の人しか信じていない。

その後にはアメリカ、ロシア、イタリアと続き、フランスは第5位で35%。

日本人は、先進国の中では飛びぬけて信じやすい国民で、70%となっているのです!


パーセンテージはともかく、言われたことを疑わずに信じる日本人が多いのは確かだと感じています。

それで、その特性に気がついたフランス人は面白がって遊んでしまう?



シリーズ記事目次 【栗のマロンには不思議がいっぱい!目次へ
その7

栗の木シャテニエの果実
 ・シャテーニュ(châtaigne)
 ・マロン(marron)
マロニエの果実
 ・マロン(marron)


フランス的な冗談を真に受けてしまったのでは?

そう思ったのは、日本ではこう言われていると聞いたときでした。

かつてマロニエの実を使ってマロングラッセを作っていたが、
後にクリの実で代用するようになった。


こんな場面を思い描きました。

パリたくさんあるマロニエ並木を、フランス人男性と、日本人の女の子が歩いている。落ちているマロンを拾って、フランス人はこう言う。

- マロングラッセ、知っているでしょう? 昔は、このマロニエの実で作っていたんだよ。

- マロニエの実は食べられないって聞いたけど...。

- そうなんだ。マロニエの実はあく抜きが大変だから、栗で代用してマロングラッセが作られるようになったんだ。

- 本当に...。知らなかった~! わぁ~、みんなに教えてあげよう~♪

- 教えてあげなよ。フランスでも知っている人は少ないんだよ♪


パリっ子たちは偉そうな口をきくので、男性の口調と表情まで浮かんでしまいました。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

フランス マルキーズ・ド・セヴィニエ マロングラッセ
価格:4536円(税込、送料別) (2016/12/9時点)



まず、毒があるマロニエの実を食べていたはずはないではないですか? 飢饉のときに食べていたというのならまだしも、手間がかかるマロングラッセを作っていたというのは信じられません。

マロングラッセは、フランスではクリスマスのときにしか食べないような高価なスイーツです。

大変な手間をかけて作らないから高い値段で売るのでしょうが、それを作るのにわざわざマロニエの実(マロン)を材料にするはずはないと思うのです。

本来は食べられないものを苦労して食品に仕上げるのは、日本の食文化ではないですか? 

致死性が高いフグの卵巣をぬか漬けにしたという珍味をお土産でいただいたことがありますが、美味しいわけでもないので持て余したことがあります。


日本では定着していた!

誰か、私の友達のようにナイーブな人が、パリで聞いたといってブログにでも書いていたのだろう、と思いました。

ところが、「マロニエの実を使ってマロングラッセを作っていた」をキーワードにして検索すると、たくさんヒットするのでした。今では消えているのですが、かってはWikipediaにそう書いてあったようです。

同じ文章を使っていると感じるものには、次のようなものがありました。これをコピーしてキーワード検索をすると、たくさんヒットします。
  • かつてマロニエの実を使ってマロングラッセを作っていたが、後にクリの実で代用するようになった。

  • マロングラッセに使うマロニエの実をクリで代用したことから、 クリのこともマロンと呼ぶようになった。

  • フランス語のマロン=marronは元来このマロニエの実に由来するが、食用においてはヨーロッパグリの方が適していたことから後者を指すのが一般的になった。


そういうのは奇妙だと思うのは私だけではなくて、間違っていると指摘なさっていらっしゃる方がありました:
マロングラッセはかつて本当にセイヨウトチノキ(マロニエ)の実が使用されていたのか

この記事を読んで分かったのですが、「平凡社 世界大百科事典」の「セイヨウトチノキ」のところに、こう記載されているのだそうです:
  • マロニエという名称はマロン(クリ)に由来し、マロングラッセも古くはマロニエの実が使われたという。
百科事典に書いてあれば、信じますよね。

まして、先日に書いたように(辞書が頼りにできないと困る...)、仏和辞典のシャテーニュ(栗の実)のところには、「ふつうは食用にしない」と書いてあるのですから、裏付けられてしまうではないですか?

Yahoo!知恵袋には、「本物のマロングラッセを食べてみたい」というのまで入っていました。本物のマロングラッセはマロニエの実で作ったものだと信じていらして、それを売っている店を教えて欲しいというのです。

マロングラッセは栗の実のマロンで作るのだと回答していらっしゃる方があったのですが、ベストアンサーには選ばれてはいませんでした。ちょっと怖いではないですか? 質問された方が諦めきれなくて、ご自分でレシピを探して、セイヨウトチノキの実でマロングラッセを作って食べてしまったら危ないですよ。

毒性を利用するのか、マロニエの実から薬は作られるそうですが、人によっては食べたらかなり危険なことにもなるそうです。

フランスの情報も探してみましたが、マロニエの実でマロングラッセを作っていたというのは1つも見つかりませんでした。冗談で言いたくなる人はいそうですが、それさえもない。そんなことを書いて真に受けた人がいたら、被害者から告訴されることだってあり得るので避けるのではないでしょうか?

ここのところ、栗とマロニエの実のマロンについて書きながらフランス情報をたくさん読んでいますが、マロニエの実は有毒だから、栗のマロンと間違えないようにと、必ずと言って良いほど強調していました。


マロニエはヨーロッパに昔からあったわけではなく、それが入る前から、どこの国でもしていたように、フランスでも栗を食べていました。マロニエの実を食べる必要はなかったと思うのです。

マロニエと呼ぶことにした樹木がフランスにが入ったとき、すでにマロングラッセなるお菓子が存在していたのだとしたら、昔はマロニエの実(マロン)でマロングラッセを作っていたというのは成り立たないことになります。

また、栗をマロンと呼ぶことが、マロニエが入る前からあったら、マロングラッセを栗で作るようになったから栗をマロンと呼ぶようになったわけではないのは立証できます。

それを調べたので書こうとしたのですが、前置きが長くなってしまったので別の記事にします。


少し寄り道をした続き:
マロングラッセを作るのには20日間もかかる


★ シリーズ記事目次: 栗のマロンには不思議がいっぱい!
今回は、その7でした。




ブログ内リンク:
★ 目次: フランス人のジョークについて書いた記事
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
検証:世界で最も「情報民度」が低いのが日本人である!
☆ 国立健康・栄養研究所: セイヨウトチノキ(マロニエ) - 「健康食品」の安全性・有効性情報
Centre Antipoison Animal et Environnemental de l'Ouest: Le marronnier


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カテゴリー: 日仏の比較 | Comment (4) | Top
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2016/11/15
アンティークを集めるのを夫婦で趣味にしている友人がいるのですが、家に遊びに行くと博物館のよう。ありったけは飾らないで、戸棚の中に入れているものもたくさんある。

それで眺めていると、色々なものをくれてしまうのです。


昔の洗面台

つい最近も、色々いただいています。

例えば、水道がなかった時代のフランスで使っていた陶器の洗面セット。


⇒ 画像をクリックすると、一部の拡大写真が出ます。

こういうのを何と呼ぶのかと調べたら、nécessaire de toilette、service de toiletteというようです。水差しはbroc。その下に置いた洗面器はcuvette。

左に置いたものは髭剃り用の道具だ、と言われました。

家の中に水道があるようになってからは必要がなくなったわけですが、飾りにしているのはよく見かけます。



ネットオークションでも色々なのを売っていました:
ebayで検索

いただいたセットは寝室の暖炉の上に置きましたが、これを置く洗面台のようなものもあったのですよね:
家具の画像を検索


この友人夫妻が好きなのは、ジアンの陶器。ジアン焼きの食器をたくさんいただいたときのことはブログで書いていました:


ジアン焼きのテーブルウェアをプレゼントされて... 2012/10/27

いただいてから何年もたっていますが、これを使って食事したことは一度もなかった...。食器洗い機には入れない方が良いとのことなので、割ってしまいそうで怖いのですもの。


コレクターは、手に入れる段階が楽しいのかな?...

コレクションが趣味の友人夫妻は、何でもくれてしまう。何か見せてもらったときには褒めたりしないように気をつけています。でも、おしゃべりの中で私が好きなもの、必要なものを察して、お土産に持ってきてくれてしまう。

彼らが食事に来たときに、フォークとナイフを取り換えようとしたら数が足りなかったことがあったら、その次に食事に来たときには銀メッキのカトラリーのセットを持って来てくれてしまった。その他、花瓶、籐で編んだカゴを数個、等々。

余りにももらってしまうと置き場所にも困る。断ると遠慮しているのかと思われて押し付けられちゃう。彼らの家に行ったときには持ち帰らなければ良いのだけれど、持ってきてくれてしまったときには困るのですよね...。

私が好きだと言うと、なんでもくれちゃうわけですが、他の友人にもプレゼントしています。博物館にコレクションを寄付したこともあるのだそう。

コレクションが趣味だったら、持っていることが楽しいのだろうと思うのだけれど、惜しげなくあげてしまうという感覚が不思議でなりません。


私の方も何かプレゼントしたいと思うわけなのですが、日本から持ってきた年代ものといったら、幾つもないのです。少し前、彼らに喜ばれそうなものがあったのを思い出してプレゼントしたものについて続きで書きます。

この話しはだいぶ前に書き始めていたのですが、「下書き」に入れて放置していたままで日がたってしまいました。ブログの更新をしばらくしていなかったのでご心配してくださった方、どうもありがとうございます。ブログを書いていると癖になって頻繁に書いてしまうのですが、少し休んでいると書かないのが癖になってしまう...。

続き:
簪(かんざし)の思い出

ブログ内リンク:
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事
★ 目次: プレゼントや土産物に関して書いた記事

外部リンク:
☆ Wikipédia: Service de toilette
☆ Wikipédia: Meuble de toilette
☆ Wikipédia: Nécessaire de voyage
Gien France  ジアン日本公式サイト
ジアンを楽天市場で検索


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カテゴリー: フランス人 | Comment (6) | Top
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2016/09/20
フランス語を勉強するために行って初めて出会ったのは、ブルゴーニュで最も大きい町ディジョン。家族同然に親しくなった家に休みの度に通っていたのですが、全く変化が見えない美しい古都でした。大騒ぎされたのは、目抜き通りにあったケーキ屋さんがマクドナルドになった程度。「十年一日のごとし」という表現はこういうケースで使うのだろうと思っていました。

ところが、21世紀に新しい市長さんになってからは、目覚ましい変化! 

Panoramique palais duc de Bourgogne

このブルゴーニュ公国時代の宮殿の前にある空間は醜い駐車場だったのに、すっきりした広場になりました。歩行者天国もたくさんでき、日が落ちたら死んだような静けさの町だったのに活気づいてきました。

同じような予算を使っていながら、こうも変われるものなのかと驚きました。首都パリも同様に、良い発展をしたと感じています。私が日本で生まれ育ったのは東京都ですが、都知事が変わったら東京が変わったというのは一度も味わったことはありません。


フランスの珍風景?

前回にディジョンに行った日も、町の一角で工事が行われていました。

珍しい光景のサンプルだと思って撮影したのが、こちら ↓



久しくクイズを出していなかったので、「私は何に驚いたのでしょうか?」というクイズにしようかと思ったのですが、止めました。真面目に考えてしまっていただいたら申し訳ないので!


何が珍しいのか、ご想像がつきますでしょうか?

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カテゴリー: フランス人 | Comment (8) | Top
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2016/09/12
前回の日記(ツバメの出発も近い?)の最後に書いた病院に行った友人は、高血圧と血管に詰まっている場所があるという程度で、薬だけで乗り越えられると判断され、翌日にはもう戻ってきました。フランス人の友情は強いものがあるので、友人仲間では大騒ぎしていたのですけど。

大したことはないと言われて退院したのですが、やはり具合は悪そう。病気だと言われると、病人の気分になるものだと思う。


病院の食事が酷かったのですって

1泊だけで退院した友人は、その夜に予定されていた夕食会に参加し、主人公になった感じで病院生活がどうだったかを話していました。

話すことの大半は、食事が酷かった、という報告! 何が出たかを詳細に語っていました。

塩味が全くなかったので、塩がないとどんなに不味いかを認識した、なんて言っていました。心臓の欠陥がある人に出したのだから仕方ないでしょうに。

退院する前の昼食のメニューを見せてもらいました。



7行になっていますけれど、食欲がそそられるメニューではないですね...。

前菜らしきものは、キュウリの生クリームあえ。キュウリは消化できないから食べないというフランス人が多いのに、病院で出しちゃうの?

フランスの大きなキュウリは生クリームであえると食べられると思ってブログに書いていましたけど、これだけで前菜だったら余りにも寂しいですよ~:
フランスのキュウリは生クリームで食べるのが一番? 2013/08/23


デザートとしてフレッシュ・フルーツなんて書いてあったけど、小さなバナナ1本だったのだ! と怒っている。確かに、バナナでデザートというのは余りにもお粗末。

最後に「パン」と書いてあるのが面白いと思いました。日本に来たフランス人とフレンチレストランに入ったとき、メニューにパンと書いてあるので彼は大笑いしていたのです。でも、フランスの病院でもパンと書いてしまっているではないですか!


私がレストランで出される料理の写真を撮っているので、真似してスマホで写真を撮ったと言って、その夕食を見せてくれました。



確かに、これは酷くお粗末な食事です! 飛行機のエコノミークラスの食事より味気ない。こんな食事がフランスで出るとは信じられないけど、証拠写真なのだから信じるしかない!

メイン料理は、「牛肉のブドウ栽培者風煮込み」というようなしゃれた名前が付いていますが、恐ろしく不味い挽肉だったのだそう。赤ワインで煮たから「ブドウ栽培者風」としたのでしょうね。肉が加熱し過ぎていたので最悪だったと言うのに対して、「最近の病院では肉をレアに出せないらしいよ」と言う人がいました。

チーズは極端にい小さかったというのは、写真を見て納得。バナナの下にある四角いパッケージです。

ニンニクとハーブ入りというチーズは、下の商品ですね ↓

日本の店で売っているフランス産チーズを見ると、フランスでは流通していないと思われる小さなサイズのがあるので面白がっていたのですが、外国向けだけに小さいサイズを作っていたわけではないと分かりました。


入院した日は、検査のために朝から何も食べていなかったのでお腹はペコペコ。食前酒やワインを要求したけれど、美人の看護婦さんたちはジョークに笑っているだけで、水さえも飲ませてもらえなかったのだそう。

やっと食べ物にありつけたのは夜。ところが、そのとき出てきた食事は量も少なくて哀れだったので、写真を撮る気などにはならなかったとのこと。夕食と昼食は同じパスタだったので、残り物を使ったのではないか、ジャガイモを何で使わないのだ! などと言って怒っている。もちろん、朝食も哀れなものだったそう。

1泊だけで帰って良いと判断された友人は、健康保険で支払われる救急車兼タクシーをチャーターして帰宅したのですが、車に乗ったら、運転手さんから真っ先に、こう挨拶されたのだそう。

Vous avez bien mangé ?

食べ物はおいしかったですか? お腹がいっぱいになったですか? という感じの質問です。

こう言われて、行ってしまった病院は、地元の医療関係者の中では不味い食事を出す病院だという定評があるのだろう、と思ったそうです。

長く入院していたらどうなったのだろう? 食事制限をする病気だから、友人仲間で食べ物の差し入れをしてあげるわけにもいかないでしょうし。


フランスでも、病院食は不味いと決まっている?

1泊の病院生活をした友人は、1日3食の食事代が18ユーロだと話していました。国民年金保険の他に相互扶助保険に入っていれば自己負担はないけれど、入っていなかったら食事代は自分で払う。

こんな料理は3ユーロの価値しかないと言ったのですが、深夜まで続いた食事会で病院で食べたものの話しに戻ったときには、「1ユーロの価値しかない!」になっていました。いくらお粗末な食事でも原価が120円なんてあり得ないけれど、食べた人にしてみたら、その価値しかないということなのでしょうね。

私はフランスの病院に6週間滞在した経験があるのですが、見せられた写真のような料理を毎日出されたら泣きだしてしまったと思う。

私がフランスで入院したときは食事に満足したので、病気になるならフランスで、と思っていると話しました。でも、夕食会に参加したフランス人たちの中で入院経験がある人たちは、口をそろえて病院の食事は不味いのだと言っていました。

心臓や内臓の病気で入った人は食事制限があるだろうけど、私の場合は骨折だったからなと思ったのですが、そうでもないらしい。つい最近、膨らんでしまった足の手術で入院した友人も、食事がまずかったと言うのでした。

少し前にいただいたコメントで、フランスの病院食は不味いと言われたので、そんなことはないですよと答えてしまった手前、気になる。

私が骨折してフランスの病院に入ったのは、もう20年くらい前のことです。日本から年に2回くらい行くという時代だったので、私はフランス料理にはうるさくなかったのかも知れない...。でも、友人が見せた写真のような食事ではなかったことは確かです。

病院側が経費節減で質を落とすようになったのではないか、と私に言う人がいました。そうかな?... 20年前と比べると、美味しい家庭料理を作る人も減ったし、自分では作らない料理を出すレストランも多くなったので、フランスの食の乱れの現れではないかとも私は思うのですけど。


私がフランスの病院に入院したときに食べたもの

寝たきりの状態でいた整形外科ではプレートに乗って出てきたので味気ない食事でしたが、チーズが美味しかったのを思い出します。友人の病院食では、小さなパッケージに入ったチーズでしたが、私が入院したときに、こんなのが出たことはなかったはず。少なくとも、私はチーズとパンとサラダを食べれば十分と思うほどチーズは大きかったような気がします。

ブルゴーニュの公立病院の整形外科から出て、小さな私立リハビリ専門病院に入ったときの食事は絶品でした。

車椅子で食堂に降りると、ニンニクの良い香りがしてきたのが記憶に残っているので、大きな病院にいたときには、レストランのような食事はできていなかったのだろうと思います。初めての食事のメイン料理は、ウサギ肉のハンター風だったのも覚えています。木々が茂る庭に面した食堂で食事するようになったので、バカンス気分さえ味わえました。

見舞客も予約しておけば食堂で患者と一緒に食事できたので、頻繁に来る友人もいました。美味しいし、普通のレストランで食べるよりずっと安いからです。かなり食べ物にうるさい人だったのに食べに来ていたということは、病院のシェフが作る料理の質は高かったのだろうと思う。

フランスの場合、市立病院が公立病院より高いということはないようなのです。この時はクレジットカードに付帯していた海外旅行者保険で入院費がカバーされたのですが、保険会社の担当者は、そんなに安い病院だと心配だから、パリの有名な病院に移るようにと勧めてくれました。でも、私の場合は高度な医療が必要なわけではなく、骨が固まるのを待てば良いだけだったので、友人たちが気軽に見舞いに来てくれるブルゴーニュにいたかったのでした。


毎週配られれていた食事のメニューの印刷物を1週間分だけ記念にとっていたので、それを眺めてみました。

前菜、メイン、チーズ、デザートがあり、パンなんて書いてありません。料理にはバラエティがあるし、チーズも毎回違うものが出ていました。

公立病院でも市立病院でも、前菜とメインは、たいてい2つの選択肢から選ぶようになっていました。それで、週の始まりだったか終わりだったかに、1週間分の料理の選択を聞きに来る係りの人が病室にやって来ていました。これが楽しい。1泊入院した友人は、何も聞いてくれなかったと言っていました。緊急で入ったのだから、仕方ないとも思う。

記念に残していたメニューの印刷物を見たら、メイン料理としては魅力的な料理の名前が並んでいたので、今の私が選ぶメイン料理をピックアップしておきます。デジカメを使う前だったので、病院の料理などの写真は撮っていなかったのが残念。

メイン料理イメージ写真
Poulet Gaston Gérard
(鶏肉のガストン・ジェラール風)

付け合わせのチョイスは、
グラタン・ドーフィノワか、カリフラワー。

このメニューの他の料理(夕食):
・前菜: セロリかニンジンのサラダ
・チーズ: ブルサン
・デザート: フラン・パティシエ


ブルゴーニュの郷土料理。ディジョン名物のマスタードを使った鶏肉料理で、ちょっとしたご馳走です。

日本語情報:
ディジョンの代表的料理のひとつ「ガストン・ジェラール」とは?
鶏のクリームソース:ブルゴーニュ風

内部リンク:
名前がない私の得意料理: ジャガイモのグラタン 2013/08/13
Poulet Gaston Gérard
Langue de boeuf sauce piquante Cordon Bleu
(ピカント・ソースの牛タン コルドン・ブルー)

付け合わせのチョイスは、
パスタか、ラタトゥイユ

このメニューの他の料理(夕食):
・前菜: シェフのポタージュ
・チーズ: コンテ
・デザート: 赤ワイン煮の洋梨

ブログ内リンク:
フランスの代表的な牛タン料理はピカント・ソース 2010/11/19
ディジョンらしいデザート 2008/03/31‎


Rosbeef
(ローストビーフ)


付け合わせは、
ポム・ノワゼット(ジャガイモ)。

このメニューの他の料理(昼食):
・前菜: ビーツのサラダ、卵黄のミモザ
・チーズ:シャヴルー(山羊チーズ)
・デザート: チョコレートムース
Roast beef
Jambon braisé
(ジャンボン・ブレゼ  - 豚肉のハム

付け合わせは、
盛り合わせサラダ。

このメニューの他の料理(夕食):
・前菜: リーキのスープ
・ヨーグルト
・デザート: シロップ漬けのミラベル

ジャンボン・ブレゼが美味しかったことを書いた記事:
まともに雨が降らない今年の異常気象 2014/07/05

Pintade rôtie
(ほろほろ鳥のロースト)

付け合わせは、
サヤインゲン。

このメニューの他の料理(昼食):
・前菜: 小エビ入りアボガド
・チーズ盛り合わせ
・デザート: ラズベリーのシャルロット


小エビ入りアボガドの画像

ラズベリーのシャルロットの画像

改めて眺めてみると、そんなに感動する料理ではない。やはり病人食であって、美味しいものを食べたいと思ってレストランの前でお品書きを眺めたら、入るのを躊躇するかな?...

この病院のサイトで確認したら、見舞客が支払う食事代は1食10ユーロとなっていました。千円ちょっと。やっぱり安い。その値段で食べさせてくれるなら文句は言わないと思う。


この回復期で入った病院の食事で唯一の不満は、ワインが付いてこなかったこと。

運が悪いことに、私が入院した直前に飲み過ぎでトラブルをおこした患者がいたので、アルコール度が低いシードル(りんご酒)しか出さないことになったのだと説明されました。

曲芸のように車椅子を操っている両足を失った元気で陽気な若者たちがいましたけれど、落ち込む人もいるでしょうからアルコール中毒になる人がいても不思議はない...。

食事で出てきたのは、とても美味しいシードルなのでたくさん飲みましたけれど、やっぱり物足りない。おかげで、それからはシードルに恨みを持ってしまった...。


ブルゴーニュの巨大な公立病院の整形外科に入っていたときは、寝たきり状態から回復しても、自分の病室から歩いて出られない状態でした。それで、他の患者さんたちとのコンタクトは全くないので、病院生活のサバイバル情報交換は全くできませんでした。

ある日、やたらにボリュームがある料理がのったプレートが届いたので不思議に思ったら、「Petit(プチ)」と書いた紙が付いている。「小さい」という意味なので、??? よく見ると、プチの前にムッシューとある。後で分かったのですが、ムッシュー・プチは隣りの部屋にいる患者で、彼は魚料理か肉料理かというようなチョイスで両方とも注文していたらしいのでした。そんなこともできるの?! と驚いたのでした。

しかも、プレートには機内食で出るようなワインの小さなボトルが付いていたので、ワインを注文すればもらえるのだと分かったのでした。私は見舞客が持ってきてくれるワインが病室のクロークにストックされていたので必要ないのだけれど、フランスの公立病院が出すワインはどんなのか知りたくて注文してみました。

飛行機のエコノミークラスで出されるようなワインとは全く違って、充分に満足して飲めるブルゴーニュワインなので、それを知ってからは毎回ワインを付けてもらうことにしました。

その後のフランスはアルコール飲料の飲み過ぎを制御するようになったので、今の病院ではワインは出さないことになっているのかもしれないですね...。でも、患者が病院を出て車を運転するわけではないから、やはり出しているのかな?... でも、上で紹介した友人の場合は、水しか出なかったと言っていました。


私が始めに入った巨大な公立病院でどのように食事を作っているか見せる動画がありました。


Les repas à l'hôpital - Les cuisines centrales du CHU de Dijon

病院ではフレッシュな食材を使うことを心がけていると話していて、見た限りでは、私が入っていた時代より質を落としているようには感じなかったのですが、どうなのでしょう?

この病院の事務部門で管理職だった友人が話していたのですが、彼の病院の大きな問題は、他の医療機関では引き受けない人たち(国民保険に加入していないから医療費を支払えない人たち)の受け皿になってしまっていることなのだそう。つまり、医療費を払えなくても見捨てられはしない体制になっているのがフランスらしい。

そういう福祉施設的な公立病院で私は始めの3週間で滞在をしたわけなのですが、スタッフの数も多くて、最高水準の医療を受けていると感じました。食事の方も、いまだに心くばりがあるように思えたのですけど...。


日本では、どうなのかな?...

丈夫なだけがとりえの私なので、日本では入院したことがありません。でも、知人のお見舞いに行ったときか何かで、日本の病院の食事は味気ないという印象を持っています。

Wikipediaの「病院食」の項目には、こんな写真が入っていました。



日本の病院で出される食事として私がイメージしているのは、こういう風に、健康には良いのでしょうけれど、なんとも食欲が減退してしまうような料理です。

日本でも、多額の費用を払ったら、懐石料理だろうが、フレンチだろうが、食欲をそそる料理を出してくれる病院はあるのでしょうけれど、貧しい私には無縁です。


フランスの病院はスタッフが親切で、居心地が良い

友人が1泊したのは、ブルゴーニュ地方の中で最大規模の町の中にある病院とはいえ、緑が多くて良い環境だったと言っていました。サニタリー付きの個室。なんだかんだ検査されたのが大変だったそうですけど。

病室からの眺めです ↓



食事会に集まった人たちは病院の食事は不味いものだと言っていたのですが、医師も看護婦さんたちも親切で感じが良かったというのでも意見が一致していました。

本当に、私もそれは痛感しました。「みんな穏やかで優しくて...」と言って、「フランス人じゃないみたいに」と付け加えたら、友人たちが苦笑していた!

骨折で猛烈な痛みを味わったので、同じ痛さは感じない死に方をしたいと思うようになりましたが、6週間の入院体験は楽しい思い出となっています。

ブログ外リンク:
おいしい入院食が食べられる病院(東京都限定)病院食
あなたも入院したくなる 世界の豪華な病院食をウォッチング!
外国人「世界14ヵ国17種類の『病院食』のメニューを比較してみた」
ドッグフードと見間違ったという声も・・・イギリスの悲惨な病院食

内部リンク:
医師の報酬では、麻酔科医がトップ 2012/11/24


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2016/08/17
たまたま見たテレビのドキュメンタリー番組のタイトルが不思議でした。

「世界で最も幸せな人」と題されていたのです。

私が人から「幸せね」と言われたら、バカにされたと思います。人から助らることが多いので運が良いとは感じますが、自分が幸福な星のもとに生まれたとは全く思っていません。この世に生まれて良かったとか、まして生んでくれた親に感謝するなんてことを思ったことはありません。

そんな捻くれた思いは抱かずに、自分が幸せだと感じている人はいるとは思います。でも、地球上に70誰人もいる中で、誰が最も幸せかなんて決められるものではないのですから、奇妙ではないですか?


世界で最も幸せな人だと言われるマチウ・リカールとは?

ドキュメンタリーで取材されていたのは、チベット仏教僧となったフランス人、Matthieu Ricard(マチウ・リカール)でした。

その番組のビデオは、インターネットでも見ることができます:
Matthieu Ricard, l’homme le plus heureux du monde 14/08/2016

Matthieu Ricard 2008彼は1946年生まれなので、今年70歳。

父親は哲学者のJean-François Revel(ジャン=フランソワ・ルヴェル)で、母親は画家のYahne Le Toumelin。

パストゥール研究所のフランソワ・ジャコブ教授(ノーベル医学賞受賞者)の指導のもとに分子生物学で博士号を取得後、チベット語を学び、仏教修行の道に入ったのだそう。

番組に映し出されていた彼は、元気で、本当に幸せそう。

笑顔が印象的でした。地震の被災地を訪れた場面でも、彼は笑顔でいるのでした。

でも、偽善的な印象は全く与えません。

日本で田舎に行けば、同じような笑顔を見せる人はたくさんいます。でも、こういう、くったくのない笑顔をするフランス人は非常に稀なのです! フランス人たちは文句を言ってばかりいるので、おしゃべりをしていてウンザリすることが多いのです。

番組を見ていて、彼は幸せなんだろうなと思いました。

僧侶となって、本もたくさん出版し、そういうところにいるのを利用して写真家でもあり、マスコミからも引っ張りだこ。つまり、選んだ道で、ちゃんと生計の道もたてているわけで、好きなことをしながらの生き方を実践できるわけです。映像を見ていて、非常に頭脳明晰な方なのだろうなと感じました。

マチウ・リカールが「世界一幸せな人」と言われるかというと、彼がフランス人だから、フランスでそう言っているだけなのだろうと思ったのですが、そうではなかった。

彼の脳波を測定したら、幸せや肯定的情緒を表すとして知られている左前頭葉が非常に活発だった。他のチベットの修道僧たちも似たような数値だったけれど、マチウ・リカールが最初の実験対象であったために世界初で最も幸せな人と公認されたようです。


幸福学?

マチウ・リカールは、日本でもかなり知られている方のようでした。著書の日本語訳が何冊も出ているのでした。

マチウ・リカールの著書を検索


マチウ・リカールは「幸福学の研究者」だという紹介もありました。

そんな学問があるとは知らなかった。不穏な空気が広がっている21世紀なので、幸福だと感じようとするのが最近は流行っているのでしょうか?


「幸せ」について知っておきたい5つのこと NHK「幸福学」白熱教室


私は「幸せだ」と感じるのは錯覚を持つことだと思っているので、どうやったら幸せになるかなんて勉強したいとは思いませんけど...。

マチウ・リカール氏が英語でした講演に、日本語字幕が入っている動画も見つかりました:
マチュー リシャール 幸せの習慣


同じ講演を文字での解説を入れているページもあります ↓


幸福とは何かについてマチュー・リシャール氏が語る


こういうのを先に見ていたら、彼がどんな生活をしているかを紹介するドキュメンタリーを見る気にはならなかったと思います。

それにしても、彼は流暢に英語を話しますね。と言えるほど私には英語能力がありませんが、少なくともフランス人が英語をしゃべっていると分かるフランス訛りが全く感じられません。

例えば、世界的に活躍している経済学者のトマ・ピケティの英語はフランス人が喋っているというのが丸だしで可愛いのですけど、それとは全然違う。

ところで、上にリンクした日本語字幕入りの講演を紹介する記事では、「マチュー・リシャール」という名前の表記になっていました。インターネットで検索すると、「マチウ・リカール」と「マチュー・リシャール」の両方でヒットしました。

Matthieu Ricardの「Matthieu」というファーストネームをカタカナ表記するなら、「マチウ」よりは「「マチュー」の方が近いと私は思います。

でも、 Ricardを「リシャール」にしたのはなぜなのかな?

フランス人の名前として「リシャール」は存在していて、「Richard」と綴ります。

Ricardはフランスの有名な酒造メーカーの名前でもあり、こちらは日本でもフランス語の発音通りに「リール」となっています。

哲学者として知られているマチウ・リカールの父親の苗字はルヴェルなのですが、もともとの名前はリカールだったのだそう。

お酒のリカールと言えばパスティス。パスティスといえばマルセイユなのですが、リカール氏の父親はマルセイユ生まれでした。そんなことで面白がってはいけない!

「リカール」を「リシャール」にしたのには何か理由があったのかな?...

でも、そんなことは大きな問題ではないと思う。理由を探してみる気にはならないので放置。

気になったのは、こちらです。


フランス人にとっての仏教とはチベット仏教なのだろうか?

ダライ・ラマ14世(2012年10月)マチウ・リカールはダライ・ラマ14世の通訳者なのだそう。

ダライ・ラマはフランスではよく知られた人で、彼はパリの名誉市民にもなっています。

フランス人たちには判官びいきの傾向があるので、中国から弾圧されているチベットの肩を持つのかなとも思いました。

でも、ダライ・ラマのフランスでの人気は、マチウ・リカールによるところが大きいのかも知れない。

ダライ・ラマ14世のお顔は、私には人間くさ過ぎるように見えてしまいます。なんとなく麻原彰晃を思い出させるとまではいわないけれど。

右の写真をWikipediaからお借りしながら記事を読んだら、嘘か本当かは知らないけれど、この二人には関係があるという記述がありました。なんとなく、ありえそうな気もする...。

ー ダライ・ラマ14世は、オウム真理教から布施の名目で1億円にのぼる巨額の寄付金を受領しており、1989年にオウム真理教が東京都で宗教法人格を取得した際には、ダライ・ラマ14世は東京都に推薦状を提出してオウム真理教を支援した。


それはともかく、フランスには仏教徒がかなりいるのだそうです。

フランス仏教徒連合(Union bouddhiste de France)の発表では、フランスにいる仏教徒の数は約80万人(1986年)。フランスの人口は日本の半分くらいなので、この数からいくと、人口の1%が仏教徒というので意外でした。私の知人の中に仏教徒は一人もいないので。

人口の1%といえば、フランスのユダヤ教信者の割合になります。ユダヤ教の方は、パリではよく見かけるし、テロで狙われたりするニュースを聞くので、かなり目立つのですけれど。

仏教に好感を持っているフランス人は500万人くらいいる、と言った社会学区者もあったそうです。

これはあり得るかな。Zenはフランス語になっていて、禅に好意をもっているフランス人はとても多いと感じますので。Taisen Deshimaru

フランスに禅を広めたのは曹洞宗の僧侶Taisen Deshimaru(弟子丸泰仙 1914~1982年)で、彼は1967年に渡仏して布教していました。


フランス人にとっての「禅」は、宗教というより、精神のあり方としてとらえているのではないかという気がします。フランス語のZenは、座禅を離れて、「冷静」という感じの意味でも使われていますので。

禅は日本の文化として捉えられ、仏教といえば、フランス人にはチベット仏教のイメージが大きいのではないかな?...

ブルゴーニュ南部にも、仏教の施設があります。近くを通ったときに友達が立ち寄ろうと言いました。

私を喜ばせようと思って連れていってくれたわけですが、懐かしくなるような気にはなりませんでした。むしろ、違和感でいっぱい...。

私が日本で見慣れているお寺とは全く違う。ともかく、カラフルなのです!


Temple des mille Bouddhas / Dashang Kagyu Ling

Googleマップで見ると、こちら

ここには2回立ち寄っていますが、中に入ったことはありません。名前が「千の仏陀の寺院」となっているので、そんなにたくさん仏様の像があるということなのかな?...

このお寺の動画があったので入れておきます。


Dashang Kagyu Ling -Temple des Mille Bouddhas - Plaige La Boulaye 71 - GMP


ネパールに行ったときの仏教建築物は、この雰囲気だったかな?... でも、こんなにケバケバしい色は使っていなかったように記憶しているのですけど。


不思議な魅力があったネパール

マチウ・リカール氏は、ネパールにある修道院で生活しているとのこと。そこで生活していると言っても、マスコミに頻繁に登場するくらいですから、頻繁にフランスには帰ってきているだろうし、世界中を旅行しているのではないかと思います。

ネパールは日本からの団体旅行で1週間ほど滞在しただけですが、不思議な魅力を感じました。ヒマラヤ山脈が、ヨーロッパのアルプス山脈にはない神々しさを感じたのです。

それに、西洋とアジアの文化の接点になっているような雰囲気も感じられるので興味深い。

リカール僧侶が瞑想しながら心の平安が得られるというのも、ヒッピーが集まったのも理解できる気がします。

発展途上国に行くと、金持ちは先進国より裕福な生活をしているのが目についてしまうのですが、ネパールは誰もが貧しいという感じで、貧富の差が目立たないことにも好感を持ちました。

王様さえお金持ちではないように感じて、平和な国というイメージを持ったのでした。旅行から何年もたったとき、ネパールで王族の殺人事件があったとニュースで聞き、短い旅行しかしなかった私は甘ちょろい感想を持ったのだろうなと思いました。


ネパールで私の目に付いたのは、洗濯物を干すようにあちちこちにあった旗でした。これは祈祷旗で、タルチョーと呼ぶのですね。

 

フランスの友達の娘さん夫婦がヒマラヤに行ったとき、旗をお土産に買ってきて家に飾っていました。



娘さんは仏教が気に入ったそうで、文字が特に気に入ったと言う。日本から筆で書いた文字がある額でも買ってきてプレゼンントしてあげようかと思ったのですが、日本的で地味な白黒の書画をイメージしているのではないような気がしたので止めました。



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外部リンク:
☆ Wikipédia: Matthieu Ricard
Matthieu Ricard : halte au “zoocide” !
慈悲の瞑想の神経科学15~慈悲の修行を積めば自分で悩まず相手の苦に対処できる
Matthieu Ricard: How to let altruism be your guide マチウ・リカール: 愛他性に導かれる生き方
☆ NAVER まとめ: 幸福学のまとめ
☆ Wikipédia: Bouddhisme en France
Trouver un centre bouddhiste en France.
チベット仏教の歴史と特色
行く前にこれだけは知っておきたい「チベット仏教」
色と思想について
フランス人がzenというときの意味


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カテゴリー: フランス人 | Comment (8) | Top
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2016/08/06
この冬に、たまたま通りかかった教会で珍しいものを見ていました。教会そのものは、よく田舎にある建物ですが、文句のつけようはない美しさ。




教会でミサをあげるときの料金

目に止まったのは、入り口にあった張り紙です。



めったに出会わないのですが、この教会ではミサのお値段が書いてあったのです。




ミサ:    17ユーロ   (約   2,000円)
結婚ミサ: 140ユーロ   (約 16,000円)
葬儀ミサ:  140ユーロ
※ 1ユーロ=115円で計算

140ユーロの内訳は、62ユーロが小教区へ、61ユーロが司教区へ、17ユーロがミサへの奉献。つまり、この教会で結婚式や葬儀のミサをした場合、教会そのものに入るのは78ユーロ(9,000円)しかないということですか。普通のミサと同じに、賽銭カゴのようなものにお金を入れる習慣はありますけれど。

でも、市町村にあるéglise(教会)は市町村が維持費を負担していますので(大聖堂cathédraleは国の管轄)、建物の修復費用や電気代などは教会がある市町村の住民税で賄われますので、教会自体がお金を集めなくても存続できます。

結婚は役場であげてくれるのが正式な儀式なので、教会で結婚する人はそう多くはないように思います。でも葬儀の方は信者でなくても教会でするのが普通で、ミサをあげずに埋葬だけする人は非常に少ないと思います。

住民が少ない村では教会の維持のためのお金がかかるわけで、美しくない教会などは閉鎖してしまえば良いのだと言っていた友人もありました。彼の村では、敬虔な信者の人が村長になったときに教会に暖房装置をつけたので、暖房費がかなりかかるのだそう。最近は司祭も足りないし、信者も多くないので、小さな村々では回り持ちで日曜ミサをするのですが、暖房が入ってからは冬には頻繁にミサが行われるようになりました。近郊の人たちのために住民税を使われるのはたまらない、というわけ。

普通のフランス人の場合、葬儀でお世話になるのですから、村に教会が1つあるのは悪くない、と私は思います。何しろ、公共施設なので、墓地も日本のように法外な費用がかかるわけではないのですから。

でも、イスラム教とかユダヤ教の人たちは教会がある恩恵は何もないのに住民税が使われるわけですよね。不満に思わないのだろうか? フランスは政教分離の国ですが、こういうところを見ると、カトリックの国ではないかと言いたくなる。もっとも、宗教が違っても墓地を利用したいと申し出たら、拒否されることはないはずですが。


ところで、以前にもミサの料金が書かれているのを教会で見かけたときにブログに記録していました:
教会でミサをあげてもらうお値段 2008/06/2

8年前のことでした。その間に15%くらい値上がりした、という感じ。円に換算すると、今は円高になっているのでで、かえって値下がりしていますね。


葬式にはお金がかかる?

フランス人たちは葬儀にはお金がかかると言います。そう言われると、私は日本はもっとずっと高いのだと答えたくなる。

少し前に近所に住んでいる親しい人の母親が亡くなったので、葬儀の費用について聞いていました。教会でのミサ、土葬の費用、花束、参列者にふるまうカクテルパーティーなど、全部の費用を含めて2,500ユーロという感じだったとのこと。兄弟で葬儀保険のようなものをかけていたので(毎月50ユーロくらい)、それで費用は全て賄われたので、葬儀での出費はゼロでした。墓地は、先に入っている父親の場所なので問題なし。


フランスでは平均どのくらい葬儀費用がかかっているかの統計がありました。
  • 火葬の場合: 地方で2,670~4,190ユーロ。パリ首都圏では2,340~6,270ユーロ
  • 土葬の場合: 地方で1,980~16,090ユーロ、パリ首都圏では4,950~7,530ユーロ

為替レートの変動がありますが、フランスと日本の物価を比較すると1ユーロ=130円と感じています。それで計算した場合、26万円から99万円ですね。

この費用には棺代も入っていますが、墓地や墓石の料金は含まれていません。墓地の委譲権を確保する料金は、期間と市町村によって差があります。最低限に2平方メートルのスペースを確保することが条件なのだそう。

例えば、人口5万人という中程度の規模の町ベルフォールの場合は、こうなっていました(2014年):
  • 30年の期限付き: 277.76ユーロ
  • 永久権:     3,785.28ユーロ

3万円か、44万円のチョイスというところですね。


パリには14カ所の墓地がありますが、飛びぬけて過密地域なので2㎡の墓地委譲権はもっとずっと高いのは当然かもしれない。ただし、200万円近くもするの?!  と驚く永久権を確保できる墓地は稀な存在なのだそうです。
  • 10年の期限付き:    785 ユーロ
  • 30年の期限付き: 2,663 ユーロ
  • 永久権:      14,682 ユーロ

地方なら永久権を確保して、パリなら30年の契約にしたとして、墓地の確保は50万円弱というところですね。高いといえば、高い?...

契約期限が切れると、役場から立ち退きを要求されます。それについて、以前にブログで書いていました:
クイズ解答: 画家ルノワールの墓地 2006/08/19


気取らない墓石が好き

もともと墓地は怖いので嫌いだったのですが、フランスでは教会を見学するのが趣味なの、お墓を歩き回るのには慣れました。教会の外観を見ようとしたら、墓地を歩くしかありませんから。たまには、教会の建物と墓地が分離しいるところもありますが。

大理石なのかどうか知りませんが、ピカピカの墓石が好きではありません。特に、立派なのを見せつけているような黒い石のが嫌い。

こういうのが好きだな、と思う墓石がありました。



ここはブルゴーニュ地方のコート・ドール県の北部。
森には侵食した石灰岩があるのですが、それを墓石にしていました。



社会人類学者クロード・レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss 1908~2009年)のお墓です。ここは彼が持っていた城がある、人口50人の静かなリニュロル村(Lignerolles)にある教会の墓地です。


墓地にある遺灰を撒くスペース

フランス人が葬儀にはお金がかかると話すときには、墓石が高いと言っていました。幾らくらいするのか調べてみたら、1,000~3,500ユーロという値段を目安にしている情報がありました。

今の為替レートだと、12万円から40万円。フランスと日本の物価の感覚で1ユーロ=130円として計算しても15~45万円。日本の場合は、墓石代の平均は142万円なのだそうです(東日本:152万円、西日本:132万円)。フランスの方がずっと安いですね。


フランスの場合は、火葬して墓地に遺灰を撒くだけという手もあります。墓地にJardin du souvenir (思い出の庭)というスペースがあるのです。この場合は、墓地の場所代は無料。

人口200人足らずの村にあった教会を見学したとき、墓地の一角にあった「思い出の庭」のスペースの写真を撮っていました ↓



味気ないといえば、味気ない。でも、無料で場所を提供していただければ満足ではないですか?

こういうスペースは最近になって目につくようになりました。上の写真は「思い出の庭」が珍しくて写真を撮ったもので、2010年に撮影していました。そのころから出来始めたのかなという気がします。

Wikipediaには「Jardin du souvenir」 の項目が出来ていなかったのですが、画像は幾つか入っていました。下は人口30万人の大都市ナントの墓地にある「思い出の庭」スペースなので、田舎の墓地で見るのよりずっと広いようです。

Nantes - Cimetière Parc - Jardin du souvenir

だいたいにおいてシンプルなスペースでしょうね。どんなのがあるかを知るために画像検索すると、こちら

私は墓石が嫌いなので、こういう埋葬の仕方が私には好ましいと思うのですが、日本だと無料というわけにはいかないのだろうな
と思って調べてみたら、日本では海に遺灰をまくというシステムがありました。

日にちは指定しないで、適当に海にばらまいてくださいという感じなら5万円程度なのだそう。遺族が船をチャーターしてやると25万円。そこまでやってくれなくて良いです。その予算があるなら、居酒屋さんで友人たちが集まる会を開いて、「フランスなんかに行ったりして、勝手なことをやっていたヤツだったよな...」とか話しながら楽しくやってもらいたい。


カトリック信者に火葬が認められたのは1963年

フランスでは、伝統的に土葬の国です。カトリックでは火葬が禁止されていましたが、1963年の第2バチカン公会議で、火葬は「復活」や「魂の不滅」などのカトリックの教義に違反しないと判断されて許可されたのだそう。

第2バチカン公会議という名前は、現在のフランスではラテン語でミサをあげないということを調べたときにも出てきていました。現代のカトリック教会では節目になる決まり事をつくった出来事だったのですね。

昔ながらにラテン語でミサが行われるパリの教会 2015/11/02

フランスの「生活条件調査研究センター(CREDOC)」のアンケート調査結果によると、1975年にはわずか1%だった火葬は年々増加して、1998年には15%、現在は26%となっていました。2030年には約半数の50%が火葬になると見込まれているとのこと。

フランスで現在4人に1人が火葬というのは信じられない。私がフランスで身近な人では火葬は例外的だと感じているのです。でも、パリでは3人に1人が火葬という高い比率なのだそう。地方部での火葬率は8%以下。パリ首都圏には、フランス人の2割くらいが集中して住んでいるので、全国平均にすればそうなるか...。

火葬がフランスで増加したのは、ローマ法王庁による解禁よりは、むしろ経済的な理由が大きいだろうと思います。火葬にすると3割から4割安上りだという記述もありました。そう言われると、田舎で火葬にするのは豊かでない人たちに多いとも感じます。

ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事 » 墓地
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化

外部リンク:
Le budget à prévoir pour l’enterrement d’un proche
Mutac - Combien coûtent les obsèques
☆ Dossier Familial: Prévoir le coût des obsèques 
☆ Cimetières de France et d'ailleurs: LÉVI-STRAUSS Claude (1908-2009)
Qu’est-ce qu’un jardin du souvenir ?
Jardin du souvenir principe et coût du jardin du souvenir
Le jardin du souvenir un espace où disperser les cendres
☆ フランスニュースダイジェスト: フランスのお葬式&母国に眠るための豆知識
☆ AFP: カトリック国でも火葬が急増、フランスの法令では「骨つぼは暖炉の上へ」
☆ OVNI: フランスでも火葬が増えている。 2014/10/16
☆ All About: 死んだら遺骨は海にまいて……と言われたら
Mystère autour de Lévi-Strauss
アマゾン「お坊さん便」問題、お布施は寄付なのか対価なのか


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2016/06/18
最近、『Le Petit Poucet(おやゆびこぞう)』を思い出していました。

シャルル・ペロー(Charles Perrault)が17世紀末に出版した『Les Contes de ma mère l'Oye』に、眠れる森の美女や、赤ずきん、シンデレラの話しなどと一緒に入っている童話で、フランス人なら誰でも知っているはずの童話です。





ペローのLe Petit Poucetおやゆびこぞう)』のストーリー

『おやゆぎこぞう』の主人公は、Petit poucet(プチ・プーセ)と呼ばれている7歳男の子

poucetはpouce(親指)を縮めた単語で、プチ・プーセは年齢も体も小さな子どもにつけるあだ名のようです。それで、日本語の題名は「親指小僧」にしたのでしょうね。

プチ・プーセは7人兄弟の末っ子でした。お金がなくなった両親は、これ以上は子どもたちを養うことはできないと話し合い、彼らを森に捨てることにします。


« Tu vois bien que nous ne pouvons plus nourrir nos enfants. »
【Illustration de Gustave Doré de 1867】


子どもたちはオオカミも出る森に連れて行かれて置き去りにされます。

前の晩に親たちの話しを聞いていたプチ・プーセは、森に連れて行かれるときに白い小石をまいていたので、子どもたちは無事に家に帰ることができました。


« ...en marchant, il avait laissé tomber le long du chemin les petits cailloux blancs qu'il avait dans ses poches. »


プチ・プーセたちは、再び森に捨てられす。

このときもプチ・プーセは親から捨てられると分かっていたのですが、小石を拾えなかった。それで、パン屑を撒きながら歩いたので、小鳥に食べられてしまい、家に帰る道がわからない。

森の中に家があったので入りますが、そこはOgre(人食い鬼)の家だったのでした。しかし、プチ・プーセは人食い鬼から魔法のブーツを奪います。


Le Petit Poucet subtilisant les bottes de sept lieues à l'Ogre.

ひと足で7里を飛べるブーツを履いたプチ・プーセは、人食い鬼の家に行って嘘をつき、財宝を手に入れてしまう。それを持って家に戻り、その後の家族は幸せに過ごしたというハッピーエンド。



したたかな7歳の男の子のお話し。親に怖い森に連れていかれて置き去りにされる。1回目は親元に戻れたけれど、また捨てらる。子どもたちは見つけた家に逃げ込む...。


日本語訳を紹介しているサイトがありました:
☆ お話歳時記: おやゆびこぞう。


子ども向けのフランス語の漫画もインターネットには入っていました:


Le petit poucet - Conte de notre enfance


グリム童話のおやゆびこぞう

同じ話しは、ドイツのグリム兄弟も書いていました。

フランス版のように親に捨てられた話しではありません。最近に北海道で起きた子ども置き去り事件には全く類似点は見えませんでした。

グリム童話では、こういうストーリーなのだそうです。
  • 子供に恵まれない夫婦に男の子が生まれ、可愛がって育てる。
  • その子は親指ほどの大きさだったために、見世物小屋の主人が買いたいと言ってくる。その子は、すぐに戻ってくるのだから、お金儲けのために自分を売るように、と親に言う。
  • 子どもは売られたが、うまく逃げ出し、無事に親元に戻る。


『おやゆびこぞう』という同じ名前が付いているので、これがグリム童話のバージョンなのだろうと思ったのですが、グリム童話では『ヘンゼルとグレーテル』がプチ・プーセのお話しに酷似していました。

こちらでは兄弟は2人。お父さんは同じように木こり。貧しさのゆえに子どもを捨てることを提案したのは母親ですが、父親も協力しています。

森に置き去りにされると2人は知っていましたので、兄のヘンゼルはプチ・プーセと同じ対策をしています。1回目は小石を落として行ったので、無事に家に帰っていますが、2回目に捨てられたときはパン屑を落としていったので失敗。

二人は見つけた家に行きますが、これは魔法使いが住むお菓子の家。

結局、妹のグレーテルは魔法使いをかまどにつき飛ばして殺し、彼らは家から財宝を手に入れて両親のもとに帰る。家族4人は幸せに暮らすというハッピーエンド。

お話しは、こちらに出ていました:
☆ 青空文庫: ヘンゼルとグレーテル グリム兄弟


子どもを追い出す親の行為

シャルル・ペローがプチ・プーセの話しを書いた17世紀には、フランスでは頻繁に飢饉に見舞われていたそうです。ハッピーエンドなしの実話はたくさんあったのでしょうね。

私が気になるのは、プチ・プーセたちは2度も両親に捨てられているのに家に戻り、親孝行までしていること。どこの国でも、子どもは自分の所有物みたいに自分勝手に扱う親がいて、どんなに親に酷いことをされても、子どもは親を慕うものなのかな?...

ところで、日本の親が子どものお仕置きをするときには、「出て行きなさい」というのは普通にやるのではないかと思います。私も、叱られて家に入れてもらえなかった経験があります。闇が迫ってきている夕方。ガンガンとドアを叩いて「入れて~!」とやるのですが、近所の人というのは助けてくれないものなのですよね。「煩くてたまらないから、やめさせろ」とでも言いに来てくれても良いのに!

学校でも、先生は生徒のお仕置きとして教室から出るように言うのでした。小学校の始めの3年間は少し田舎が残っているところにいたのですが、先生が教室を出なさいと言われた生徒は謝って、出ていかなくても良い許可をもらうというパターンでした。ところが、その後に東京の小学校に移ったら、みんな、さっさと教室を出ていくので驚きました。さすが、東京の子はすれているな、と感心した思い出です。

でも、あれは、田舎の子と東京の子の違いではなくて、先生の違いだったかもしれない。

小学校低学年のときの担任は女性で、とても良い先生でした。私が白紙答案なんかを出したときには、放課後に家に飛んできて、何か問題があるのではないかと母親に聞いていたし。葉はの方は「印刷がよく見えなかったそうで」などとでっちあげの返事をしていましたけれど。

学年の途中から入った東京の小学校では、男性の先生でした。変な先生。一人の男の子を目の敵にして虐めていたのです。何かあると、彼がやったことにして、教壇に呼んで、どつきまわす。私たちは彼がやったのではないと知っていた時でも、怖くて震え上がっていたので何も言いませんでした。自分たちは卑怯だったな... と、いまだに忘れられません。何だか知らないけれど、先生が嫌っていただけで、仲間をいじめたりするような不良では全くなくて、とても良い子だったのです...。


フランスの親が子どもにお仕置きをするときには、ご飯を食べさせないか、部屋に閉じ込めるものなのだそうです。子どもを叱ったときに外に出したら、友達の家に行ったりして遊んでしまうので、全くお仕置きにならないから、と友人は説明していました。

でも、私が家から閉め出されたときには、友達の家に遊びに行くなんていう気持ちの余裕はなかったように思います。そもそも、親に折檻されているなんていう恥は他人には見せたくないですから。


むかし、アメリカでおきた事件も思い出しました。日本人の母親が親子心中をしようとしたら、子どもだけ死んで、彼女は生き残ってしまった、という事件。

アメリカの法律によって、この日本人女性は殺人罪として判決されたので、日本人たちが反対運動をおこしたのでした。子どもの私は殺人以外の何物でもないと思いました。でも、日本人にとって、親が生きていきたくなくなったら子どもを殺す権利があると考えるものらしい、と感じたのでした。

このとき、日本には普通の殺人より罪が尊属殺人罪があるというのがあると知ったように思います。弁護士の人たちは、親を殺すような子どもの状況には悲惨な例が多いのだとして反対していました。異常な状況というのは想像できます。親は子どもを簡単に殺せますが、子どもの方が親を殺すというのは、よほどのことがないと実行できないと思う。

ようやく1995年、尊属殺人罪をはじめとする尊属加重規定は、日本の刑法から削除されたそうですね。






ブログ内リンク:
謎が多い『赤ずきんちゃん』のお話し 2015/02/12
★ 目次: 文学者・哲学者、映画・テレビ番組
★ 目次: フランスに結婚に関する風習、夫婦・家族関係、生き方

外部リンク:
☆ 仏語テキスト: Le Petit Poucet de Charles Perrault
☆ お話歳時記: おやゆびこぞう。 (ペロー版テキスト)
☆ Wikipédia: Le Petit Poucet
 ☆ Analyse du "Petit poucet"
☆ グリム童話: おやゆびこぞう - グリム兄弟
☆ Wikipedia: おやゆびこぞう(グリム童話)
「出ていきなさい!」と叱る日本人の親と欧米人教育の違い
男児置き去り、なぜ日本人は「置いて帰るよ」と言って叱るのか?
その時歴史が動いた~昭和48年4月4日、尊属殺人罪が消えた日
☆ Wikipedia: 尊属殺法定刑違憲事件
【閲覧注意】尊属殺人罪(刑法200条・親殺し)が消えた理由
☆ L'Obs: JAPON. Comment l'enfant puni par ses parents a survécu 6 jours en forêt
☆ Le Monde: De l’abandon comme technique éducative au Japon
Japon abandonné en forêt, Yamato pardonne à son bon papa


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