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2015/08/19
娘さんの二十歳のお祝いパーティーをするのだと誘われています。公民館を借りて開くそうで、その日が少しずれたりしていましたが、8月30日に決まったようです。

招かれた人と話していたとき、パーティーがある8月は30日までだったっけ? 31日までだったっけ? となりました。

やわら友人が左手を出して「1月、2月、3月... 」とやりだし、「8月は31日までだ」と言います。

う~ん、そのジェスチャー、以前にもフランスで見ていましたが、忘れていました!


手で月の大小を知る方法

「もう一回やって」と言うと、何をリクエストしているのか分からない様子。でも、意味が通じたので再びやってもらえました。

手を握り締めて、31日で終わる月なのか、それ以外なのかを知ることができるというものです。

どういうのかをお見せしようと思って動画を探したら、英語で見せているのが出てきました。


Number Of Days In Each Month

指関節を利用して、31日で終わる月かどうかを確かめることができるのです。

Month - Knuckles
☆ Wikipedia: 月の大小

指の骨で盛り上がっている部分が31日ある月で、指と指の間の谷間に数える月は30日ある月(2月は例外)というものです。

この図では両手を使っていますが、片手でやってもできます。左手を握って、右手の人差し指で数えていき、小指まで行ったら人差し指の骨に戻れば良い。指さしながら数えた方がやりやすいので、片手でする方が便利だと思うのですけれどね。

親指をおっていれば、指は4本。それで、31日ある7月と8月が並んでできるから成り立っているのですね。

14まで数えられるわけですが、12月まで数えたら後は無視する。1年が14カ月だったら、もっと完璧だったのに...。


西向く侍

手を使って知る方法を日本ではやらないの? と聞かれたのですが、私は日本で教えてもらったことはありません。

「西向く侍」というのは覚えています。ニ(2月)、シ(4月)、ム(6月)、ク(9月)、サムライ(11月)が小の月(30日以下の月)で、それ以外が大の月(31日の月)となる。

でも、ニシムクサムライなんていうのはフランス人には全く理解できない言葉なので、説明する気にはなりませんでした。

これと似たようなのがフランスの詩にもあるのだそう:
Trente jours ont novembre,
Avril, juin et septembre.
De vingt-huit, il y en a un,
Tous les autres ont trente et un.


英語にも「Thirty days hath September」という歌があるのだそう。

でも、こんなのを間違えないように覚えようとしたら、何度も繰り返さないといけないですよね? 日本語の「西向く侍」は一度聞けば覚えてしまうのですから、優れている!

西向く侍では、唱えてみて小の月を頭においてから、知りたい月がその中に入っているかどうかを考えるわけなので、手を使ってさっさと数えた方が早そうですね。

でも、フランス語でやっているのを聞いたら、「ジャンヴィエ、フェヴリエ、マルス、... セプタンブル、オクトーブル、ノーヴァンブル、デッサンブル」と月の名前を言うので、やたらに長い。日本語だったら「イチ、ニ、サン、シー」と数字でやれるので、ずっと早く数えられますよ~。

「西向く侍」というのはすっかり忘れているのに気がつきました。パソコンやスマートフォンでカレンダーを見る癖がついているのです。


大の月、小の月

フランスの小学校低学年の教材で月が何日かを知る方法がでてきたので、フランスでは誰でも知っている方法なのではないかと思いました。

ところが、この方法は私が知らなかっただけのようです。日本語情報でも、この方法を紹介している記事がたくさん出てきましたので。

ついでに、誰が考え出したのかも知りたかったのですが、それは分かりませんでした。

日本語には「大の月」、「小の月」という呼び名がありますよね。それに対応するフランス語は何なのか聞いてみたのですが、思い浮かばないと返事されました。

辞書で調べても、Wikipediaでもフランス語が出てきませんでした。phalange(指節)で知る方法を紹介しているフランス語の情報でも、31日ある月、30日未満の月などという風にしか表現していません。

暦が何日まであるかというのは、日本人の方が気にするのかな?...

江戸時代には「大小暦」というのが流行っていたのだそう。

例えば、下の浮世絵では、太字になっているのが大の月で、それ以外が小の月というものなのだそう。

Brooklyn Museum - E-Goyomi (Lady Dressing) ☆ Wikipedia: 大小暦

下に犬がいるのは、戌年だということを示している。しゃれていますね~。でも、これを飾っても、私は読めないので、上から順番に数えないと何月なのか分からないけれど...。

ブログ内リンク:
★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記

外部リンク:
NAVER まとめ: 今月は31日があるかないかを一瞬で判断する覚え方
子供に今月が31日まであるかを簡単に覚えてもらう方法(握りこぶし編)
子供に今月が31日まであるかを簡単に覚えてもらう方法(語呂合わせ編)
今月は30日まで?31日まで?片手で判断する方法
Mois de 30 jours, mois de 31 jours
Pour se souvenir de la durée des mois
国立国会図書館 「日本の暦」―大小の謎解き
Pourquoi les mois successifs de juillet et août ont 31 jours
☆ Wikipedia: 月 (暦)
暦に関するウソ/ホント


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2015/02/22

シリーズ記事目次 【赤ずきんちゃんのガレットとは?】 目次へ
その4


赤ずきんちゃんは、昔からフランスなど、ヨーロッパに伝わっていたお話しですが、主人公の女の子を「赤ずきんちゃん」と呼んだのは、ペローの童話だと言われています。

昔、ある村に、それまで誰も見たことがないくらい可愛い女の子がおりました。おかあさんはこの子をたいそう可愛がっていましたが、おばあさんはそれに輪をかけて可愛がりました。おばあさんはこの子のために小さな赤い頭巾をこしらえてやりましたが、これがとてもよく似合ったので、どこへ行っても赤ずきんちゃんと呼ばれておりました。

『完訳ペロー童話集』 シャルル・ペロー著、新倉朗子訳

前回の日記「謎が多い『赤ずきんちゃん』のお話し」で、フランスにある赤ずきんちゃんのバージョンを比較してみたのですが、確かにペロー童話以外の3つの口承版では、赤い頭巾は登場していませんでした。

ところが、Wikipediaの赤ずきんちゃんに関する記述(Le Petit Chaperon rouge)には、不思議な彫刻が入っていたのです。


15世紀の赤ずきんちゃん?

フランス中部のブルージュ市にあるジャック・クール宮殿にある浮き彫りの彫刻の中に、赤ずきんちゃんらしき人物が入っているシーンが見えます。

この宮殿が立てられた当時から赤ずきんちゃんはよく知られていたのだろう、という記述。入っている写真はピンボケなので、少しはっきり見えるように画像を加工してみました。



中央にいるスカートをはいているように見えるのが、赤ずきんちゃんと見える人物。

これは15世紀の建築物にある彫刻なので、後世に彫られたのでないとしたら、ペローの童話(1697年)が発表された前のものとなります。

人物の部分を大きくしてみますね。

 ⇒ 全体の写真は、こちら

髪の毛にしては、顔の輪郭から外れすぎています。フードをかぶっているように見えるではありませんか?

この彫刻について詳しく書いているサイトはありませんでした。ただし、ジャック・クール宮殿の入り口から入ったところにあるギャラリーにある、という記載も別にあったので、Wikipediaの記載がいい加減というわけでもないように思いました。

赤ずきんちゃんについて詳しく調べて書いているサイトでは扱われていないのが不自然なので、ないのかもしれない...。

いつか行って彫刻を探してみないと、本当にあるのかどうか分からないですね....。実は、この宮殿には私もずいぶん以前に行っているはずなのですが、こんな彫刻についての記憶は全くありません。


あの帽子は、なんと呼んでいたっけ?

フランス語で「赤ずきんちゃん」は「petit chaperon rouge」です。つまり、頭巾と訳されているのは「chaperonシャプロン)」。シャプロンなんていう単語は、赤ずきんちゃんのことを呼ぶ以外には聞いたことがないような気もします。

思い出したのは、何年か前にフランスのイベントで売っていた中世風のビロードの帽子。あれを作った人は「シャプロン」と呼んでいなかったかな?...

ブログに写真を入れて書いていたので読み直してみたのですが、帽子の呼び名は書いてありませんでした。何か言われたような気がするのですが、家に帰るまでに忘れてしまっていたのかも知れない...。


カーニバルで買った帽子 2010/03/17


シャプロンって、なに?

chaperon(シャプロン)」を仏和辞典で引いたら、こう書いてありました:

(中世の)垂れ頭巾、詰め物をしたかぶり物で肩までの垂れ布がある

私の帽子も、肩までたれる布がついていました。頭の部分には詰め物が入っていて、ピタっとした帽子ではないところが気に入ったのでした。シャプロンだったのではないかな?...

昔の衣装を作っている人のサイトに、詳しいシャプロンの説明がありました:

Une sorte de capuche, pièce de vêtement jouant le rôle d'une coiffure en protégeant la tête et les épaules de celui qui le porte.

現代でも普通に使われる単語「capuche(フード)」の一種で、被っている人の頭と肩を保護するヘアスタイルの役割を果たしている、と書いてあります。う~ん、肩まで布が垂れていることが特徴ですか。

こういうのがシャプロンなのだそうです。


Les mots du chaperon - Reconstitutions

昔の衣装として、シャプロンの名で販売もされていました:
Amazonフランスの衣料品部門で「chaperon」を検索



Chaperon médiéval, bordeaux

Cape médiévale pour homme intégrant un chaperon


右のは「シャプロン付きマント」として売っています。やはりシャプロンは、肩が隠れる程度の長さのようですね。


Le Petit Chaperon Rouge, Fleury François Richard (1777–1852), Louvre.


シャプロンはボンネットとも呼べる?

シャプロンというと現代人にはイメージできないということもあるのでしょうか? 下のは「bonnet(ボネ)」と名前を付けて売っています。


Chaperon Wulfric Bonnet noir


さっきはシャプロンの説明に「capuche(フード)」が出てきたのですが、こんどは「bonnet」と呼ぶ帽子が出てきました。

bonnet」って、なに? と、またまた混乱してくる...。

私が「ボネ」という単語を使うのは、こういう帽子なのですけど...。

Chapeau Bobble avec câble tricot, bonnet tricoté avec pompon fourrure

「bonnet」を仏和辞典でひくと、こう書いてありました:
縁なし帽、頭巾、キャップ、ボンネット

☆ Wikipedia: ボンネット (帽子)

ともかく、子ども向けの赤ずきんちゃんのお話しの解説でも「bonnet」という言葉を使っているところもあったので、そう言い換えても良いようです。

疑問を持つときりがない...。
英語で何というかも、これまた不思議なのでした。


英語にもシャプロンは存在するのだけれど...

「赤ずきんちゃん」のお話しは、フランス語では『Le Petit Chaperon rouge』。でも、英語では『Little Red Riding Hood』なのでした。

頭巾に相当するのは「hood」という単語ですね。

英語にはかなりフランス語が入っています。調べてみたら、「chaperon」という単語も英語に入っていました。

Jan van Eyck - Portrait of Giovanni Arnolfini - WGA7608.jpg ⇒ Wikipedia: Chaperon (headgear) 

英語のchaperonは帽子以外の意味も持っていますが、原語のフランス語でも同様。社交界などで若い女性に付き添う介添え婦人の意味です。

英語にも同じ単語が存在するのに、なぜ赤ずきんちゃんには「chaperon」を使わなかったのだろう?...


フード? フッド?

ロビン・フッドも「hood」と綴るのではなかったでしたっけ? 『ロビン・フッド』は、子どもの頃の私にはお気に入りのお話しでした。赤ずきんちゃんなどより遥かに親しみがあります。

やはり、Robin Hoodですね。片仮名でどう表記するかの違いでしょうけれど、あのお話しを「ロビン・フード」としたら、しまりがない名前だっただろうな...。フランス語では「Robin des Bois(森のロバン)」なのですけれど、この呼び名も耳障りが間が抜けていると感じて気に入りませんでした。

それはともかく、私にとってのロビン・フッドは、こんなイメージですね。帽子だったか、服の方だったか、緑色というのが記憶に残っています。

"Robin shoots with Sir Guy" by Louis Rhead
Douglas Fairbanks Robin Hood 1922 film poster.jpg
映画ポスター

「hood」は、ロビン・フッドのお話しでは「フッド」。
でも、普通に着る私たちの洋服のときは「フード」となる。



「hood」を英和辞典でひくと、こう書いてありました:
頭巾、(オーバーなどの)フード。

別の辞書の方がピンとくるかな...:
(顔以外の頭と首をおおう)フード,ずきん 《通例外套(がいとう)につけて,不必要の時には後ろへと落としておく》.


ロビン・フッドのフッドは何かと気になったのですが、幸いにも求めていた答えを書いてくれている英語教育のブログがありました。
Hの発音を練習しよう!

つまり、日本語で「フード」と発音すると「フードぉ」となるから間が抜けるのですね。

ところで、さきほどフランス語のシャプロンという帽子は「bonnet」とも呼ばれていると書いたのですが、「bonnet」も英語にあります。

自動車のボンネットのことを、アメリカとカナダでは「hood」と呼び、イギリスをはじめとする英語圏では「bonnet」と呼ぶのだそう。ちなみに、フランス語では「capot」ですね。


どうして「乗馬用」フードなの?

赤ずきんのお話しの英語の題名は『Little Red Riding Hood』。頭巾は「シャプロン」とは呼ばれない。それは良いとしても、どうして、乗馬用のフードと特定しているの?

インターネットで英語圏の赤ずきん情報を探していたら、むかし通っていた学校のサイトがあって、子ども向けのホームページができていました。イギリス英語の発音が懐かしいので眺めました。


Little Red Riding Hood - Kids Stories - LearnEnglish Kids British Council

グリム童話のバージョンですね。
こういうのが乗馬用フードですか...。

英語圏では赤ずきんちゃんをどう描いているのかな?...


Little Red Riding Hood, David Allen & Sons (Belfast), 1895

気のせいかもしれませんが、英語圏での赤ずきんちゃんは、長いコート姿で描かれていることが多いように感じました。

Little Red Riding Hood - J. W. Smith
Little Red Riding Hood by Jessie Willcox Smith, 1911

絵を眺めていても、どうして英語では「riding(乗馬)」の文字がついたのか分かりません。でも、こういうのが乗馬用の服装なんだろうな... と思うべきか?...

もっとも、英語圏での「赤ずきん」のお話しは「Little Red Cap」とも呼ばれるようでした。


ドイツ語圏では、どう描かれている?...
Arpad Schmidhammer - Rotkäppchen-Verlag Josef Scholz, Mainz ca 1910DBP 1960 340 Wohlfahrt Rotkäppchen

ほら、赤ずきんちゃんはケープを着ていないですよ~。

でも、たまたま選び出した画像で判断したら、いい加減な結論しか出てこないのですから止めるべきでしょうね。

赤ずきんちゃんのお話し、考えれば考えるほど分からないことが出てくるので、この辺で終わりにします。私のとりとめもない話しに付き合って読んでくださった方々、どうもありがとうございます!

 シリーズ記事: 赤ずきんちゃんのガレットとは? 【目次




外部リンク:
Les mots du chaperon » l-histoire-du-chaperon.pdf
☆ Jeanne d'Arc, son costume, son armure: Le chaperon
☆ Larousse:: Définitions chaperon
Medieval Headwear
☆ University of Pittsburgh: Little Red Riding Hood
童話「赤ずきんちゃん」に関するリンク集 (シリーズ日記目次内に記載)

ブログ内リンク
★ 目次: 文学、哲学、映画、テレビ番組
★ 目次: 色について書いた記事

【帽子について書いた過去の記事】
モンベリアールの帽子  2014/03/23
フランス式の挨拶がしにくい帽子 2009/02/08  ⇒ クイズ: キシュノットとは? 2009/02/02
昔のフランス: 劣等生には「ロバの耳」の罰則 2008/05/07
ボネ・デヴェック(司教帽)と呼ばれる木 2011/09/30


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2015/02/12

シリーズ記事目次 【赤ずきんちゃんのガレットとは?】 目次へ
その3


赤ずきんちゃんの話しは昔から口伝えてヨーロッパには存在していて、フランスでは11世紀の農民たちに語り伝えたものが記録に残っているのだそうです。

赤ずきんちゃんのお話しは、ペローが1698年に出版した『Les Contes de ma mère l'Oye』という題の童話集に『Le Petit Chaperon rouge』という題名で入っていました。

「ma mère l'Oye」と聞いたら、イギリスの童話「マザー・グース」を連想したので不思議でした。でも、ペローの方が先にこの表現を使っていたようです。

日本語では「ガチョウおばさん」とも訳されていた言葉なのですが、これは乳母のことだという解説がありました。子どもたちに昔話を聞かせる乳母をそう呼んでいたらしい。

Image illustrative de l'article Les Contes de ma mère l'Oye
Contes de ma mère l'Oye, illustration à la gouache d'un manuscrit de la fin du XVIIe siècle

ドイツのグリム兄弟(JacobとWilhelm Grimm)が、赤ずきんちゃんのお話しを『Rotkäppchen』と題して童話集が出版されたのは、初めの版が1812年。19世紀になってから、やっと児童文学のジャンルができたのだそうです。


微妙に異なるストーリー

20世紀半ばに民族学者が集めたフランスに伝わる民話では(Paul Delarue, Catalogue raisonné du conte populaire français, 1951年)、童話『赤ずきんちゃん』のバージョンは30種類を超えていました。そのうち2つがペローの童話の流れを汲むもので、20のお話しは口伝えのストーリー、残りの10ほどは両方をミックスしたお話しだったのだそうです。

文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースも、「赤ずきんちゃんにはバリアントしかない」と言ったのだそう。現代でもお話しが作られているし、将来も新しいバリエーションが生まれていくのでしょうね。

フランス国立図書館(BNF)のサイトには、おとぎ話に関する特別展「Il était une fois… les contes de fées」を開いたときの豊富な資料が入っていて、赤ずきんちゃんのお話しを10つのバージョンで読むことができるようになっていました。

20世紀になる前にフランスで書かれた4つのバージョンを、表にまとめて比較してみました。

ペロー童話
1697年

Conte de la mère-grand
1870年

La Fille et le loup
1874年

Conte tourangeau
1885年
地域  ニヴェルネ地域オーヴェルニュ地方トゥーレーヌ地方
主人公
赤い頭巾をかぶった
美しい少女
少女
(特徴はない)
少女
(他家で働く)
少女
名前はJeannette
悪者役狼男豚を連れた醜い男
手土産ガレット1個、
バターの小瓶
菓子パン1個、
ミルク1瓶
パン1個、
小さなチーズ
なし
目的と
目的地
病気の祖母の家
(病気見舞い)
祖母の家
(おすそ分け)
母親がいる自宅
(帰宅)
祖母の家
(病気見舞い)
道の選び方少女と狼は別々の道を行く縫い針の道か、留針(ピン)の道の選択肢があった少女は左の道、男は右の近道を行く
人食いなし少女は肉と血を食する血で料理し始めたが、結局は食べない
ベッド少女は自分から洋服を脱いでベッドに入る少女は狼に勧められて一つ一つ衣服を脱いでいく少女は狼に勧められて服を脱いでベッドに入る少女は男に勧められて服を脱いでベッドに入る
少女の疑いと機転5回言う6回目の指摘の後、少女は外に出て逃げる4回言う4回目の指摘の後、少女は男をだまして外に出て逃げる
結末狼は少女も食べてしまう狼は少女が家に入ったときに追いついたので遅かった狼は少女も食べてしまう男は豚に跨って少女を追跡するが、川で溺れて死ぬ
誰が死んだか少女の祖母
少女
少女の祖母少女の母親
少女
少女の祖母
醜い男、豚
文章仏語 和訳仏語 和訳仏語仏語

詳しく書いた比較表(PDF)はこちら

比較表は、ざっと目を通してメモしただけです。もしも「赤ずきん」の研究をなさっている方がこのページを開いてしまっていらしたら、私が書いたことは無視するか、ご参考までに止めてくださるようにお願いします。

それでも、この4つのバージョンの比較は面白いと思いました。主人公は少女で、アウトラインは同じストーリー。でも、大きく違っているところもあるのです。
  • 少女の服装: 赤頭巾をかぶっている、かぶっていない
  • 少女が向かったのは: 祖母の家、自宅
  • みやげ物: 2種類の食べ物、何も持たない
  • 悪者: 狼、狼に化けた男(bzou)、醜い男
  • 目的地に行く道: 縫い針の道か留針(ピン)の道かの選択肢があった、それ以外。悪者に先に行かれてしまった理由は、少女が物理的に遠い道を歩いたから、道草をしていて時間がかかったから。
  • 悪者に食べられた人: 少女の祖父母、少女の母親
  • 人間の共食い: 少女は食べる、あやうく食べそうになる、到着したときに人肉はなかったので食べない
  • 少女の結末: 悪者に食べられてしまう、逃亡に成功する
  • 悪者の最後: 成功、少女の機転に負ける、負けただけではなく死んでしまう

これで子どもに聞かせるお話し?..

赤頭巾をかぶった少女として登場するのはペローの童話だけなのですが、主人公は「赤ずきんちゃん」と呼んでおきます。

Gustave Doréの挿絵赤ずきんちゃんのストーリーには、かなり微妙なところがあります。

人間(少女の祖母ないし母親)を食べてベッドにもぐりこんでいた悪者(狼ないし男)は、少女に身に着けているものを脱いでベッドに入れと言います。

バージョンでは、少女が脱いでいったものの名前をあげていって、まるでストリップショーのよう。それを何処に置こうかなどと少女が聞くのですが、もう必要ないから暖炉にくべてしまえ、なんて言われている!

その言葉に従ったのかどうかは書かれていないのですが、このバージョンでは少女は逃げて家に帰るので、もしも服を燃してしまっていたのなら裸で走って逃げたはず。でも、このお話しではお婆さんの家が遠かったわけではなさそうなので、風邪はひかなかったか?...

では、ぴったりと寄り添って寝ることが強調されています。大人が面白がって話すためのストーリーみたい...。あるいは、子どもの脳裏に免疫をつくる教育的な知恵なのかな?...


それはともかく、非常に残酷なお話しです。

悪者が人間を食べるという筋書きだけでも恐ろしいことなのに、主人公の少女に先に殺した人間を食べさせる話しになっているものもあるのです。それが出てこないのはペローの童話だけ。

悪者(狼ないし男)は入り込んだ家で女性(少女の祖母ないし母親)を殺して食べたわけですが、ペロー童話以外では食べ残しておいて、やってきた少女にそれをすすめています。オオカミが獲物をとったときには、全部は食べないで、食べ物がないときのために土の中に残りを埋めておくという習性があるのだと聞いたことがあるのを思い出しました。

では、少女は自分の祖母ないし母親を食べてしまいます。では、少女がお腹がすいたと催促して料理しはじめたのですが、なんとなく変だと気がついて、食べるのをやめています。

ペローの話しでは、狼は獲物にありついていない日が続いていたのでお婆さんをむさぼり食った、とわざわざ語っています。つまり、普通は少女が残りを食べさせられる話しだったので、少女が到着したときには食べるものは何もなかったという設定にしておきたかったのではないか、と私は思いました。


子どもに聞かせる話しとしては相応しくないとも思ってしまいますが、おとぎ話というのは往々にして、考えてみれば残酷な話しが多かったような気もします。

このおとぎ話を子どものときに聞いた私は、微妙なところなどは分かっていなかったはずで、赤ずきんちゃんは馬鹿バカしいお話しだと思っていたような気がします。そもそも、オオカミがお婆さんになりすましていて、それに気がつかないはずはないではないですか? 「どうしてそんなにお耳が大きいの?」なんて質問するはずはないですよ...。

でも、赤ずきんちゃんが繰り返し質問するのにはリズムがあって、最後に食べられそうになるところにスリルがあって、それが子ども心を刺激する効果があったのだと思います。


なぜ? と考えたら、きりがなさそう..

赤ずきんちゃんの話しは、分析してみると非常に興味深いでしょうね。そういうのを卒論のテーマにして研究してみたかった。でも、若いころの私は、何に時間を割いたら面白いかを見つけ出す能力がなかったのでした。

フランス政府給費留学生で東大に来ていたフランス人の男性に会ったとき、何を日本で勉強しているのかと聞いたら、偉い! と脱帽したことが2度ありました。

一人の研究テーマは、フーテンの寅さん。それを研究したら、日本人のメンタリティーが浮き上がるだろうな... と感心。その後に出合ったもう一人のフランス人学生の研究テーマは、一休さんなのでした。彼いわく、一休さんには深い哲学的思考がある。「このはし渡るな」のお話ししか私は知りませんでしたけど、そのモデルになった一休宗純のことらしい。

狼に出会った赤ずきんちゃんですが、二股の道で、縫い針の道を行くか、留針の道を行くかというのが出てくるバージョンがあります。少女が布を縫うとしたら、針で真面目に縫っていくタイプか、横着してピンでとめてしまうタイプかを読み取るということでしょうか? 赤ずきんちゃんの研究家は、この部分に注目するようです。

4つの話しを比べて、異色なのはオーヴェルニュ地方ののバージョンでした。

主人公は他所の家で牛の世話をする仕事をしているので、貧しい家庭の子どもだろうと想像します。フランス中部にあるオーヴェルニュ地方は山岳地帯で、貧しくて出稼ぎが多かったということでも知られています。美味しいチーズがある地方として有名なのですが、主人公にチーズを持たせるのも面白い。

でも、オーヴェルニュ版が決定的に他と違うのは、主人公の少女が帰宅するお話しなのです。つまり、オオカミが食べてしまって、赤ずきんちゃんに残りを食べさせようとするのは、お婆さんではなくて、一緒に暮らしていた母親の肉と血。残酷すぎるではないですか?!...

面白いな、と思ったのは、赤ずきんちゃんが機転をきかせて逃げ出す手段。のお話しがそうなのですが、いずれも「おしっこ~!」という感じで外に出たのでした。紐で縛って外に出せば大丈夫と思った悪者も馬鹿だと思うけれど、子どもにとって、大人に対抗して自由を獲得できる手段は排泄かな?...

実は、私も子どものころ、母親にしかられそうになるとトイレに籠城していました。鍵をかけられるから身を守れる場所だし、敵にとっては必要な場所なので、しばらくすると「出てきてちょうだい」と嘆願してくるので、いつも私の勝になるのでした。


赤ずきんちゃんが持っていたもの、再び...

最も有名なペローの童話の中では、赤ずきんちゃんはgalette(ガレット)を持って出かけたと書いてあります。

ここのところ、そのガレットとはどんな食べ物なのかについて書いてきました。
赤ずきんちゃんが持っていったガレットのレシピ(フランス版)

のオーヴェルニュ地方の民話では、お母さんが焼いたガレットは登場していません。主人公の少女は牛飼いの仕事をしていて、雇用主から報酬代わりにパンとチーズをもらって家に帰るというお話しでした。ここで、パンは「une pompette de pain」となっていました。その単語で検索したら、丸いパンの画像が出てきました

やはり、赤ずきんちゃんは丸いものを持つのかな?...

Wikipediaの「赤ずきん」からリンクされているフランス語ページ「Le Petit Chaperon rouge」には、15世紀の建築物にある浮き彫り模様が入っていました。赤ずきんのモチーフでしょうね。この話しが当時からよく知られていたことを示している、と書かれてありました。

Palais Jacques Coeur
Figurines sculptées du Palais Jacques-Cœur à Bourges, France  - XVe siècle

ピンボケの小さな写真なので、よく見えません。でも、私たちがイメージする赤ずきんちゃんの舞台ですね。中央のスカートをはいているように見える人物が赤ずきんちゃん。左には狼がいて、右にはお婆さんの家がある。

女の子は、左手にバスケットを持って、右に丸いものを持っているように見えます。赤ずきんちゃんが持っていったのは何かというのを調べて書いた日記「赤ずきんちゃんが持っていったガレットとは、どんな食べ物?」に、後世に描かれた挿絵などを幾つか入れたのですが、そこにある丸いお菓子と同じように見えるではないですか?...


もう1つ、気になることがありました。

主人公の女の子に赤い頭巾を被せたのは、フランスの文学者ペロー(Charles Perrault)だったというのは定説のようです。上に並べた4つのバージョンでも、赤ずきんをかぶっていたのはペローのバージョンだけでした。でも、彫刻にある女の子は、頭巾をかぶっているように見えませんか?

ペローのお話しは17世紀末に出版されました。でも、この彫刻があるジャック・クール宮殿が建てられた15世紀半ばなのです。

ジャック・クール宮殿は美しい建物なので写真がたくさんインターネットに入っているのですが、この彫刻に関しての情報は極めて少ない。写真はWikipediaに入っているものしか探し出せませんでした。それで、この彫刻が、すでに15世紀に赤ずきんちゃんの姿ができていたという証拠になるのかどうか、分かりません...。


さらに、もう1つ、気になることがあります。

ペローの童話の題名は『Le Petit Chaperon rouge』。「rouge」は赤で、「Chaperon」が「頭巾」と訳された単語です。

ところが、このお話しの英語の題名は『Little Red Riding Hood』。フランス語の「Chaperon」は、英語では「Riding Hood」の部分に相当します。

Riding? なぜ乗馬が登場するの?...

「Chaperon(シャプロン)」とは何なのかを調べてみました。
続く

 シリーズ記事: 赤ずきんちゃんのガレットとは? 【目次




外部リンク:
BnF: Contes de fées » Petit Chaperon rouge
  Firefoxで見ると文字化けがない。エンコードは中央ヨーロッパ言語(ISO)に設定して読む。
Le Petit Chaperon rouge (chaperon.rouge.online.fr) 
☆ Wikipedia: Le Petit Chaperon rouge » 赤ずきんちゃん » Little Red Riding Hood
Vocabulaire : Le petit chaperon rouge
Vérité, vérité chérie(7~10歳児のための教育マニュアル)
『赤ずきん』 の姿
赤ずきん症候群/おとぎ話のイデオロギー
☆ eBay: RR Medaille Petit Chaperon Rouge

「赤ずきんちゃん」のバージョン:
 赤ずきんちゃん ー 赤ずきんちゃんのあれこれ
フランスの民話と日本の民話
☆ AFP: 民話「赤ずきん」の進化を系統樹で解明、英研究
☆ NAVER まとめ: ほんとうは赤ずきんをかぶらず、死んでしまった赤ずきん
Mise en parallèle des trois versions

内部リンク:
★ 目次: 文学・哲学、映画、テレビ番組
童話「赤ずきんちゃん」に関するリンク集 (シリーズ日記目次内に記載)


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2013/12/12
食料を貯蔵する倉や部屋について長々と書いてきたので(シリーズ日記目次)、最後に、このシリーズで扱わなかった単語も含めて、貯蔵庫にはどんな単語が使われているかを一覧にしてみました。

辞書に書いてあることのほか、私が把握していることも付け加えているので間違いがあるかもしれません。ご了承ください。


食料貯蔵庫に関するフランス語ピックアップ

Wikipedia(フランス語)に写真が入っていることが多いので、該当ページがあるものには単語のところでリンクを入れました。

単語使われ方関連して書いた記事
食料などの貯蔵庫
grenier穀物、塩、秣(まぐさ)などを貯蔵する倉
※grenier à blé、grenier à sel
※別の意味: 屋根裏部屋、農作物の主要生産地
※民家のgrenier(屋根裏部屋)は寝室として使われたり、物置として使われていることが多い。ガレージセールはvide grenierと呼ばれる。
昔のフランスにあった穀物倉って、どんな建物?

charpente/小屋組について:
屋根裏部屋の木組みを何と呼ぶ?
comble[建築]屋根裏、屋根組み
※複数で屋根裏部屋
siloサイロ
※本来の特徴: 地下の貯蔵庫
※地中に野菜を埋めて保存するときにも用いる。
サイロって、なに?
grange納屋穀物倉
※農家の納屋に使われる場合が多い。
 
hangar agricole納屋物置
※農家が近代的で簡素な建物を指す場合が多い。昔はgrangeと呼ばれていた納屋。
 
magasin食料や商品の倉庫、倉
※別の意味: 商店
 
entrepôt倉庫、貨物/商品の集散地 
stockage(商品、資材などの)ストック。
(原料、燃料などの)貯蔵所、保管場所。
※色々なものをストックするスペースだが、entrepôtよりも使用分野が広い。物体でないもの(燃焼など)を貯蔵する場所、コンピュータの記憶装置関係にも使われる。
Stockage des pommes de terre: ジャガイモ貯蔵庫
Stockage des déchets radioactifs: 放射性廃棄物貯蔵施設
Stockage d'information:  電子媒体
 
おもにワイン貯蔵庫の意味で使われるセラー
cellierワインや食料などの貯蔵室/倉
※本来の特徴: 1階にある。
※celierの語源はラテン語のCellarium。これから英語のセラー(cellar)が派生している。
※最近流行のエコロジー重視の住宅街では、温度の低い場所にある貯蔵庫としてcellierを使っている。
フランス語にはセリエと呼ばれる貯蔵倉もあった
cave地下のワイン貯蔵庫。ワインセラーと特定するならcave à vin(ワインセラー)。
※別の意味: 地下室(倉)、物置、地下酒場
※cave coopérative(ワイン農協)
※caveau: 小さな地下の穴倉として、ワインセラーの意味でも使われる。別に、地下埋葬室(所)、地下酒場の意味もある。
 
chai(樽詰めワイン)醸造室、酒倉
※一部ないし全部が地下である点でcellierとは異なる。
※maître de chai (ワイン醸造責任者)
※ブルゴーニュではワインセラーはcaveと呼んで、chaiという呼び方はしない。
 
おもに部屋
fruitier
fruiterie
リンゴや洋梨を貯蔵する部屋・貯蔵所
※別の意味: 果物(野菜)商、果物屋、果樹園
※ スイスおよびスイス寄りのフランスの地域では、チーズ製造者をfruitierと呼ぶ。
食べ物にこだわるフランスならではの伝統?
chambre果物として食べるブドウを貯蔵する部屋
※一般的な意味: 寝室、会議所、議院
※chambre froide [食料]冷蔵室
フルーツとして食べるブドウも長期保存できる方法があった
buanderie洗濯場洗濯室
※英語でLaundry room
※古い家の洗濯室を物置として使っているケースもある。その使い方からすると、ガレージにも物置スペースを持たせていることもある。
 

思いつく単語を書き出しましたが、まだ他にもあるだろうな...。


 シリーズ記事: この建物は、鳩小屋? 穀物倉? 【目次


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2013/11/30
前回の日記「食べ物にこだわるフランスならではの伝統?」で、フランスでおこなわれる果物を何ヵ月も保存する棚について書きました。

ご紹介したのはリンゴや梨を並べて長期保存するために使われた棚で、右の写真のようになっています。

何でもない棚に見えますが、棚板は果物を置く穴があるか、スノコ状に細木を渡してあります。

それを書きながら、パリから35Kmくらいのところにあるブルトイユ城(Château de Breteuil) を見学したときには、もっと珍しい果物保存棚を見ていたことを思い出しました。


ワインではなくて、果物として食べるブドウを貯蔵する棚

リンゴや梨を貯蔵する棚とは違って、ひな壇のような形になっている果物保存棚でした。 これは、ワインにするのではなくて、果物として食べるブドウを保存する棚なのでした。



大きな特徴は、ブドウひと房ごとに花瓶のようなものが付いています。

この棚の説明パネル ↓



リンゴや梨は並べておけば良いのですが、こちらは手がこんでいます。

ブドウを保存するには、枝がついた房をとり、その枝を小さな花瓶のような容器に入れて水を吸わせるという方法をとるのです。瓶の中には、雨水、木炭、ひと摘まみの塩を入れた、と説明されています。

リンゴや梨は、じょうずに保存すれば、収穫後から何ヵ月もたっても食べられるというのは想像できるのですが、ブドウも長期保存できるというのは驚きです。

水を吸わせるのは必要でしょうね。ブドウをただ置いておいたら、干しブドウになってしまうでしょうから!

園芸サイトに入っていた写真 ↓

http://www.rustica.fr/articles-jardin/fruits-et-verger/stocker-fruits-tout-l-hiver,2052.html 
Stocker les fruits tout l’hiver


19世紀に発明されたブドウ貯蔵法

果物を保存する棚はフランス語でfruitierと呼ぶので、その単語から何か情報が出てくるのではないかと調べてみたら、Wikipediaで私がブルトイユ城で見たブドウ貯蔵法が紹介されているので驚きました。

フルーツとして食べるブドウのchasselas de Thomeryという品種についてのページに入っていました。

Chasselas doréこれは、パリ首都圏にあるThomery(トムリー)という町の名が付いた品種。

ここは昔からブドウの産地だったのですが、1730年近くにあるフォンテーヌブロー城のブドウ棚からブドウを移植します。それで、このブドウは「Chasselas doré de Fontainebleau (フォンテーヌブローの黄金のシャスラ)」という名もついていました。

シャスラはワインにもされている品種なのですが、この土地では上質のワインを作れるブドウが育たないので、果実として食べるブドウにされました。さらに、壁につたわせて育てると栽培法も開発されていきます。

収穫したブドウは、シダの葉をしいた棚の上に並べて保存しましたが、せいぜい1ヵ月くらいしかもちません。

19世紀半ば、ブドウを数カ月も新鮮な状態で保管する方法が考えだされ、この地のブドウは脚光を浴び、地元の経済をうるおしました。

それが、 ブドウのrafle(花梗: かこう)に水を吸わせて貯蔵するという方法。

1860年5月にパリで園芸展が行われたときには、この方法で前年の9月に収穫したブドウを保存していたものが新鮮だと驚かせました。

この貯蔵法は、rafles fraîches、rafles vertesと呼ばれていました。

ブドウの貯蔵装置を説明する図です。

Chasselas de Thomery Sarment fiole 
Conservation des raisins à rafle fraîche dans des fioles contenant de l'eau (Rose Charmeux (1863), fig.37, p.80)

※ この図は、ネットで全文が読めるRose Charmeux著『Culture du chasselas a Thomery(1863年)』 に入っています。

手間は非常にかかるでしょうけれど、時期外れのブドウはとても高い値段で売れたので良かったのでしょう。


トムリー町のブドウ貯蔵室

トムリーのシャスラは超高級品としてもてはやされました。ヨーロッパ諸国はもとより、ロシアにまで輸出されていたのだそう。

トムリーの家々では、屋根裏部屋や地下セラーでブドウ貯蔵をしました。通風や光があり、温度は10度くらいが良いなど、環境を整える必要があったようです。花瓶の素材も、始めは亜鉛、炻器(せっき)になり、1865年からは45度傾いた木の棚を使うなど改良がくわえられました。1877年に特許を取得。

この貯蔵方法は他でも使われるようになり、1970年代まで行われたようです。

時代の変化には勝てず、今ではトムリーのブドウ栽培も姿を消してきているようです。貯蔵棚も多くが姿を消してしまったのですが、トムリー町では「Chambre à raisins」と呼ばれる昔のブドウ貯蔵室をガイド付きで見学できるのだそうです。

こういう部屋を見学できるようです ↓

http://fr.topic-topos.com/chambre-a-raisin-thomery 
Chambre à raisin, Thomery

今でも昔の貯蔵室を使ている人もいるそうで、友人の家で見たという報告がありました(こちらのブログ)。1月中旬のことですが、ブドウは甘くておいしかったとのこと。

http://malou77.over-blog.com/article-5306801.html 
Chambre à raisin - Passion Broderie

使われていた昔のガラス瓶は、アンティークとして価値がありそうに見えました(瓶のアップの写真が入ったページ)。

瓶の画像を探していたら、南仏のシャトーホテルでインテリアとしてブドウ保存棚を使っている写真がでてきました。ホテル経営者が骨董品蒐集の趣味があるとのことなので、コレクションのようです。でも、なかなかお見事(こちらのページ)。 ブドウを貯蔵するためのものだったと知らなかったら、化学の実験用の瓶が並んでいるのかと思ってしまう。


20世紀初頭の姿

ありし日のトムリーの様子を見せる動画がありました。1928年の映像なので音声は出ないのですが、ブドウ畑の手入れ、ブドウを貯蔵する場面、カゴ詰め作業を見ることができます。


La production du raisin de table : chasselas de plein air (1928年)

カゴの立派さから見て、相当な高級品だったのだろうと想像がつきます。それにしても、昔のフランス人はよく働いたのですね...。


実験してみようかな...

といっても、ブドウを保存してみようと思ったのではありません。リンゴの保存だって、やってみる気にならなかった私ですから、こちらはもっとむずかしそう。

水に石炭を入れた瓶で保管するという方法なわけですが、これは水が腐らないためでしょう?

としたら、花を花瓶に活けたときにもしたら効果があるかもしれない。

切り花を買ったとき、花瓶の水に加えるようにという小袋を付けてくれたりするのですが、そういうのと同じ原理なのではないかな?...

瓶に入れる水には木炭が必要なのですが、フランスではバーベキュー用として常にストックがあるのですから、材料には事欠きません。


追記

ブドウを保存する風習が南仏にあるとして、ブドウ貯蔵棚の写真を入れたブログが偶然出てきました:
La Saint Blaise à Valbonne

この地方では、ブドウの貯蔵室のことをChambre d'Amourと呼ぶのだそう。「愛を交わす寝室」と受け取ってしまいそうな命名ですが、保存している間には傷んだ実がないか、水がなくなっていないかなどをチェックする必要があり、つまりは愛を傾けないとできないからなのだとのことでした。

プロヴァンスのクリスマスではデザートを13種類食べる風習があり、時期外れのブドウもそれに加わったということでした。ブログは2月3日の祭りのときのもので、貯蔵しているブドウはきれいなものでした。

貯蔵室にchambreという単語を使うのはトムリーと同じで、やはり水の中には木炭を入れていました。



前回の日記「食べ物にこだわるフランスならではの伝統?」で詳しく書いたように、果物を貯蔵室に入れて、何ヵ月も後まで新鮮なものを食べるという方法が考えだされていたわけですが、私は日本でも同じ方法で行われていたのだろうかということにも興味がありました。

探してみたら日本独特の貯蔵方法もあったのですが、面白いことを発見しました。それを続きで書きました:
フランスの果実長期保存へのこだわりが、近代的な存技術を生んだ?

 シリーズ記事: フランスの伝統的な果物貯蔵方法 【目次





外部リンク:
☆ Wikipédia: Chasselas de Thomery
☆ Mairie de thomery:  Lieux à visiter » Une chambre à raisin
ブルトイユ城
☆ YouTube: Le château de breteuil
☆ YouTube: Château de Breteuil - Alain l'enchanteur


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2013/11/29
前回の日記で クイズを出しました。


クイズ: これは何でしょう? - 城の部屋 2013/11/21

これが何なのかを考えてくださった皆さま、どうもありがとうございました!

今まで色々なクイズを出してきましたが、どうして分ってしまうのかと思うことも多かったのに、今回のは意外にも難しかったようです。食べ物関係を連想してくださって、近いところまで行っていたのですが...。

ずばり正解のコメントをくださった方はなかったのですが、これが何だったのかを発表します。

なあんだ~ となるかもしれません。そんなものを保存するために、こんな広い部屋を割り当てていたのでした。でも、今のように便利でない昔の生活では良いシステムだったのだろうと思います。


クイズの答えは、フルイティエでした

ここはブルゴーニュ地方にあるビュッシー・ラビュタン城で、丸い塔の中にある部屋です。台所から奥に入っていくとある、という位置。

[続きを読む  Lire la suite...]


2013/05/11
フランスでは招き猫に人気があるらしいことを知ってから発展して書いた前回の日記「だるま(達磨)は、フランスでは人気がでていないみたい」の続きです。

私には手足がない達磨大師から、いわゆるダルマ型を作っていることがショックだと書いたのですが、ふと考えました。

フランスの歴史に残る美食家ブリア=サヴァラン(Jean Anthelme Brillat-Savarin: 1755~1826年)の言葉の1つに、有名なフレーズがあります:
- チーズのない食事は片目のない美人である

今の世の中だったら差別用語として抹殺されるべき発言! 変に痛々しく思ったら、かえって差別になるのではないか?

私が片方の目がなかった場合、そう言われたら、「その欠点がなかったら絶世の美女なのに」と言われたと思って喜ぶかもしれない。だって、私がフランスでご馳走を食べるときには、チーズかデザートかを選ばないとお腹がパンクしてしまいますから。

第一、世界中の子どもたちは「雪だるま」を作っているではないですか? 何の偏見もなしに...。


雪だるま

「だるま」のイメージがない国では、もちろん別の言葉を使っています。

フランス語ではBonhomme de neige。英語ではSnowman。中国ではどう呼ぶのかと思ったら、「雪人」のようでした。

雪だるまは、雪を転がして丸めて2つ作って重ねる。炭で目を作り、ニンジンで口を作る。頭にバケツを乗せてできあがり。
... などと、遠い昔を思い出しました。

私にとっての雪だるまは、こんなイメージです:




雪だるまには手がある?!

雪だるまのフランス語が間違っていないか確認するためにWikipediaフランス語で雪だるま「Bonhomme de neige」のページを開いてみたら、びっくりしました。

伝統的な雪だるまとして入っている画像が、これだったのです。

MuseumBellerive

腕がある!  どうやって作るの~?...

他に入っている雪だるまの画像にも手があります。簡単に作ったらしいものには、肩の部分に小枝を差しこんでいました。

ダルマという形が存在しない国では、手くらいを付けないとスノーマンのイメージにならないからなのかな?...

フランスでも雪だるまを見たこともあったと思うのですが、どんな姿だったか思い出しません。ブルゴーニュでは雪だるまをつくれるくらいに雪が大量に降ることは稀なので、見かけるのは旅行したときくらいだと思います。


フランスのアマゾンで売られている商品で、雪だるまの絵を入れたものを眺めてみました。



売っているものはデザイン化しているので意味がないかもしれない。それで作った雪だるまの画像を探してみました。

Googleフランスで「雪だるま」の写真を検索

フランスの画像だけがヒットしたはずはありませんが、やはり手が付いている形が主流だと感じました。

日本はどうなのかも見てみました。
雪だるまのおじゃみ(お手玉)♪【和小物 手作り 置物 ちりめん細工 雪だるま クリスマスグッズ...
Google日本で「雪だるま」の写真を検索

やはり多いのは私が知っている雪だるま型。ただし、腕として枝をはめているのもありました。Wikipediaフランス・ページで伝統的とされていた本格的な腕を付けたものがあったのでクリックしてみたら、ドイツで撮影したものでした。

あの肘を曲げた腕はどうやって作るのか? 気になって仕方ないので調べてみたら、大発見!

フランスの伝統的な雪だるまは、ボールを3つ作って重ねているのでした!

なんとなくフランスのと日本のとは違うな... と感じたのは、そこに理由があったようです。 画像を眺めながら書いていたのに、ここまで来る間に全く気がつかなかった!

腕を小枝などで間に合わせないで作るコツは、胴体になるボールを土台のボールと同じ大きにして加工する、ということのようです。

ウエストがくびれている姿は、やたらに人間ぽくって、可愛くない。

「雪だるま」とは呼べないですよね。外国のは、英語でスノーマンでも、フランス語でボンノム・ド・ネージュでも、中国語で雪人でも、何でも良いから、別の名前にすべきでは?


追記 (2015年 冬):

フランスの伝統的な雪だるまはボールを3つ積み重ねていると観察したのですが、そうとは言えないようです。独仏共同出資のテレビ局Arteに、フランスとドイツの雪だるまの作り方が違うことを見せる番組がありました。



フランスでは雪のボールを2つ重ねて雪だるまにするのに、ドイツでは3つ重ねて作るという習慣があるのだそうです。


日本人はダルマが好きなの? 嫌いなの?

それにしても、子どもの遊びに、なぜ日本ではこれだけダルマが登場するのかな?...

だるまさんだるまさん、にらめっこしましょ、笑うと負けよ、あっぷっぷ。

達磨大師の忍耐強さを教えるために、昔の教育で意図的に子どもをダルマに親しませようとしたのでしょうか?

だるま落とし」もありますね。

右に入れたのは、外国人へのお土産と薦めているアイテムなのですが、これをプレゼントして喜ばれるのか、と私は疑問ですけど... 。

それにしても、日本人はダルマに思い入れがあるはずなのに、だるまさんを虐待しすぎていると思われませんか?
 
だるまさんがせっかく立っているのに、胴体を叩いて座禅スタイルまで壊していくわけです。積み木で高さを競うのと逆の行為。

さっきは、忍耐強さを教えるためにダルマに親しませたのだろうかと書いたけれど、逆にも見えてきてしまう。

「だるまさんを見習いなさい」と繰り返されるお小言に反発した昔の子どもたちが、ダルマを虐めたくなったのではないか?...


「だるまさんが転んだ」という遊び

これも、わざわざダルマを登場させなくてもできる遊びです。



考えてみると、「だるまさんが転んだ」というのは残酷な命名だったと思う。手足がない人が転んでしまったら、どうやって起き上がるの?!

子どもの遊びは世界中に類似したものが存在するので、この遊びも各国に存在するようです。

長い歴史を経て世界に広がった遊びが多いのでしょうが、最近になって広まった遊びもあるようです。

フランスの子どもたちがジャンケンを知らないので教えたら、ゲームをするときには便利なので、大いに受けたことがありました。ところが、最近の子どもたちはかなりジャンケンを知っているようです。グー、チョキ、パーに加えて「井戸」があったのですが、フランス人気質に合うように変形したせいなのかどうか...。


「だるまさんが転んだ」の遊びは、外国では違う呼び名になっています。

フランスの「だるまさんが転んだ」は、「Un, deux, trois, soleil」。「1、2、3、太陽!」というわけです。

Wikipediaの記述が正しいとすれば、ヨーロッパ諸国では「1、2、3」の次に何かの単語を加えているのが基本形のようです。フランスでなぜ「太陽」なのかは知りませんが、それぞれの国でゴロが良いとか、長さがちょうど良いとかいう理由で広まったのでしょう。

日本でも地方によって「だるまさんがころんだ」とは言わない地方もあるそうなので、外国でも色々なのでしょうけれど、書いてあったものを拾い出して表にしてみました。正しいのかどうかは分からないので悪しからず!

国名1,2,3の後の言葉「だるまさんが転んだ」に対応するフレーズ
フランス太陽Un, deux, trois, soleil
イタリアUn, due, tre, stella
ベルギー
オランダ
ピアノéén, twee, drie, piano
スペイン小さなイギリスの鳥
イギリスのチョコレート
Un, dos, tres, pajarito inglés
Un, dos, tres, chocolate inglés
ポルトガル小さな中国の猿Um, dois, três, macaquinho do chinês
ポーランド魔女が見ている!Raz, dwa, trzy, babajaga patrzy!
スウェーデン赤信号Ett, två, tre, rött ljus
中国私たちは全て木の人形一、二、三、木头人
英語圏-Red light, Green light
ドイツ-Ochs, Ochs am Berg (牛、山の牛)
韓国-ムグンファ コッチ ピオッスムニダ
 ( ムクゲの花が咲いた)

だるまさんがころんだ」は10文字の文章で、10拍になる。それを言い切る時間がちょうど良いから、そうなったのだと思う。

でも、ヨーロッパの言語の文章を見ると、やたらに長いのもあるのですよね。早く発音する国だからなのか、みんなが動けるようにという配慮がある優しい国民性なのか?...




内部リンク:
だるま(達磨)は、フランスでは人気がでていないみたい 2013/05/10
招き猫をフランスで見ると、違和感を覚えてしまう... 2013/05/03
★ 目次: プレゼントや土産物に関して書いた記事

外部内リンク:
Faire un bonhomme de neige avec ses enfants
Le bonhomme de neige parfait!


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2013/03/16
外国文化のものを日本語にするのは難しい。初めに使った人の訳語が引き継がれることが多いのでしょうが、途中で訳語を直したくなる場合もあるようです。


ローマ法王か、ローマ教皇か?

ローマ法王が誕生したニュースを日本でどう報道しているかを少し見てみたら、法王と教皇の2つの呼び名が入り乱れているのに気がつきました。

私はいつも「法王」を使っていました。 学校でそう教えられたのだと思います。普通には、やはり「ローマ法王」が浸透しているようにも感じます。

日本にあるヴァチカンの施設の正式名称は「ローマ法王庁大使館」。でも、日本のカトリック教会の中央団体であるカトリック中央協議会では、「教皇」という言葉で統一したいと願っているようです。

言われてみれば、宗教上のタイトルとしては「教皇」という方が自然な文字に見えますね。

でも、パソコンでタイプすると、この漢字がでてこない。仕方がないので、「教える」と「天皇」をタイプしてから直していたのですが、なんのことはない。

教皇は「きょうこう」と読むのでした!

それが分かったので、先日から書いている日記では「教皇」を使おうかと思ったのですが、「きょうこう」というのは、余り耳障りが良くないように感じる...。「恐慌」みたいではないですか?

でも、今後は「教皇」を使うことにします。


フランチェスコかフランシスコか?

新しいローマ教皇誕生を報道する日本のニュースでは、「フランチェスコ1世」と言う名前で発表されていると受け止めました。

翌日になったら、同じ名を名乗る教皇が現れない限り「1世」は付けない、ということで統一されたらしいのはフランスでも同じ。もともと、ローマ法王庁が、3月13日、全世界のカトリック教徒12億人に新教皇の名前を発表したときには、その名前に「1世(Primum)」を付けてはいなかったのだそう。

さらに日本では、「フランチェスコ」ではなくて「フランシスコ」と呼び名に統一しようとしているようです。

カトリック中央協議会のサイトを見たら、次のように書かれていました:
新教皇の名称は、教皇庁大使館の通知を受けて、今後は「教皇フランシスコ」と呼ばれます。

イタリア語でFrancesco(フランチェスコ)、スペイン語ならFrancisco(フランシスコ)。

新教皇はアルゼンチン人で、この国の公用語はスペイン語。となれば、スペイン語式に「フランシスコ」とするのが自然かもしれません。

フランスでは、フランチェスコかフランシスコかに係らず、迷うことなく「フランソワ(François)」となるファーストネームです。

でも、ニュースで「Pape François」と聞くと、何だか庶民に近づきすぎているように感じてしまう。それに、Françoisだと、Franceを連想してしまって、フランスの教皇みたいな感じにもなってしまう。

前回の日記に書いたように、フランスではフランソワというのはよくある名前なのです。

もともとフランス人のファーストネームは伝統的に聖人の名前をとっているので、教皇の名前と同じ人は多いわけです。日本語(つまりはイタリア語ですか?)で「ヨハネ・パウロ」と言われれば高貴な名前に聞こえますが、フランスではJean-Paul(ジャン=ポール)。ベネディクトは Benoît(ブノワ)。こういう名前の人は私の友人の中にも何人もいるのでした。

でも、「○世」と、後に数字が付けば教皇の名前らしくなる。ただのフランソワでは、何だか普通の人みたい...。でも、そういう名前なのだから仕方ない!




聖職者のタイトルと敬称

クリスチャンでなくても、フランスにいると宗教関係の言葉を知っていないと困ることがあります。 古い建築物が好きで見学することが多いのですが、そういうときにも出てくるからです。

聖職者の名称とランク付け、聖人の名前とシンボルなど、主なものだけでも覚えておきたいと思いながら、色々ありすぎて把握しきれないでいます。 誰か一覧表にしてくれていないかと時々思い立っては探すのですが、見つかりません。

今回の新教皇誕生を機会に、少しおさらいしてみました。

上位の聖職者たちのランキングは、この順番。
日本語
タイトル名
フランス語
タイトル名敬称
教皇、法王PapeSa/Votre Sainteté
枢機卿CardinalSon/Votre Eminence
大主教ArchevêqueMonseigneur
主教Évêque

普通の人に呼びかけるときには「ムッシュー○○」や「マダム○○」などで良いのですが、貴族、聖職者、尊敬すべき職業についている人たちには、特別な敬称があります。

「教皇に会ったとき、何と呼ぶか知っている?」と友人に言われました。教皇はイタリア語ではパパなのだから「私のお父様(Mon Père)」と答えたら、ハズレ。「それじゃ、司祭(Curé)を呼ぶときになってしまう!」と笑われました。

「教皇のご列席をいただき...」というような場面では、Saintetéの前に「Sa(彼の)」を付ける。教皇様に会って呼びかけるときには「Votre(あなたの)」を付ける。これは王様のときと同じ使い分けですね。

でも、タイトルによって敬称が異なるのですから、ややっこしい! 「Monseigneur」という言葉をよく聞くので覚えてはいたのですが、それは単に、大司教や司教クラスだとテレビなどによく登場するから、ということなのでしょうね。

日本でも皇室では色々あるのでしょうか? 私は、天皇陛下、殿下、閣下、妃殿下くらいしか思い浮かんできません。

書きながら、なぜ「下」などという漢字が使われるのか気になりました。

Wikipediaの記述が正しいとすれば、以下の理由からなのだそう:
高貴な人に直接話しかけることは失礼に当たるとされたことから、高貴な人のいる一定の場所のそばにいる取次ぎの人に間接的に呼びかけることで敬意を表す敬称が発生した。

フランス語で「彼/彼女の」とか「あなたの」と付けるのと同じ感覚なのでしょうね。

日本語にはキリスト教関係で特別な敬称があるのだろうかと調べてみたら、 ローマ教皇に対して使う敬称としては、猊下(げいか)、聖下、台下(日本政府が使用)が出てきました。でも、教皇に次ぐ地位の人たちへの敬称の違いなどは曖昧にしかわかりませんでした。

いずれにしても、私がローマ教皇にお会いして挨拶する機会などはないでしょうから、覚える必要はないのですが。


フランシスコ教皇は主教でもある

聖職者のタイトルをランク付け順に書いてみたのですが、まだ複雑なところがあります。

枢機卿と大主教のタイトルを同時に持っている人がいるのです。例えば、テレビでよく拝見するAndré Vingt-Trois。

「Vingt-Trois」とは「23」なのですから、一度聞けば覚えてしまう名前です。混乱させられるのは、この方のタイトル。パリの大主教なのですが、枢機卿でもあられる。どちらのタイトルで言われても、珍しい名前なので、同一人物だと分かるので救われます。

新教皇となったJorge Mario Bergoglio(ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ)は枢機卿というタイトルが付けられて登場しましたが、初めて民衆の前に現れたときのお話しの中で気になることがありました。

自分のことを言うのに「主教」という言葉を何回も使っていたのです。

前回の日記に入れた動画ではフランス語訳をテロップが入っているので、私の勘違いだったかと聞き直してみました。évêque(主教)の部分をイタリア語で聞き取ると、やはり司教の意味があるVescovoと言っている。

謙遜して「教皇」と言わないまでにも、彼は枢機卿なのです。どうして「主教」という、2つも下のランクを使うのだろう?

フランス人に聞いてみたら、あっさりと答えを教えてくれました。

ローマ教皇は、同時に「Évêque de Rome(ローマ主教)」、「successeur de saint Pierre(聖ペトロの後継者)」となるのだそう。

それでも、フランシスコ教皇が「主教」という言葉を使っていたのは、フランス人たちの耳にも止まったそうで、謙虚さを表すジェスチャーと捉えられたとのことでした。

ローマ教皇であると同時にローマ主教ですか。そういわれてみると、フランシスコ教皇がバルコニーでしたスピーチでは、ローマが美しい街だなどとおっしゃって、ローマ市民に挨拶しているようなな... と感じたのが不思議でなくなりました。


フランシスコ教皇の紋章

フランシスコ教皇の紋章は、こういうものだそうです。

Coat of arms of Jorge Mario Bergoglio
枢機卿の意匠の基本形
COA Cardinal template

上の赤い帽子は枢機卿の帽子。

青い部分の上に入っているIHSのマークは、イエズス会の紋章だそうです。

新しい教皇が誰であるか発表されたとき、イエズス会の人だというのがフランス人には引っかかったようでした。

アルゼンチンから教皇が出たのは初めて、フランシスコという名を使った教皇も初めて、というだけではなく、イエズス会の教皇も初めなのだそうです。

日本に来た宣教師フランシスコ・ザビエルがイエズス会でしたから、私には馴染みがあるし、このイエズス会のマークも歴史の本などでよく見ていたように思います。

でも、フランス人には抵抗があるらしい。

友人から言われたことを確認するために、「jésuite」を仏和辞典でひいてみたら、訳語としては「イエズス会(修道)士」のほかに、「偽善者、陰険な人」と書いてありました。なるほど...。

Wikipediaでは、イエズス会への批判 という項目を設けていて、次のように説明しています:
イエズス会は「より大いなる善」のためならどんなことでもするというイメージをもたれており、そのため教皇や各国元首暗殺、戦争、政府の転覆などあらゆる「陰謀」の犯人とされた。

フランスの作家アレクサンドル・デュマの小説『ダルタニャン物語』でも、陰謀の枢軸がイエズス会にあるとしているので、フランス人には好きではない修道会なのかも知れないですね。

そう聞けば、日本を始めアジアに進出したイエズス会は、宣教活動とともに、植民地を増やす役割も果たしていたと反発も感じてしまう...。でも、今の時代でも、そういう感覚が残っているのだろうか?...

Roma-UdienzaPapa04友人に、「何でも良いけれど、あの車でパレードするのは止めて欲しいなぁ」と言いました。

パパモビル(フランス語でもPapamobile)と呼ばれる教皇の専用車は、強固な弾丸避けが施されているのでしょうけれど、どう見たって滑稽なのですもの。

神様は教皇を守ってくれないの? などと皮肉を言いたくなる。

美しいスイス衛兵のユニホームをデザインしたミケランジェロはいない時代だけれど、もう少し美しいとか、厳かな雰囲気がある車ができなかったのだろうか?...

友達は「フランソワ教皇は、パパモビルには乗らないだろう」と返事しました。

サンピエトロ大聖堂前広場に集まった人たちに祝福を与えるために向かったときも、今までの教皇は専用車で行ったのに、今回は他の人たちと一緒にバスに乗ったのだそうです。

追記:
私のリクエストに応えてくれたような記事に偶然出くわしました。フランシスコ教皇の思いなどは無視した俗物的な内容が気に入れないけれど、リンクを入れておきます。
ローマ法王の豪華な専用車 トラックからリムジンまで CNN.co.jp 2013.03.18


教皇冠

教皇のシンボルであるものとして、「tiare」という言葉を覚えたのでメモしておきます。

教皇紋章
Emblème pontifical
教皇冠 (三重冠)
Tiare papale (Tiare trirègne)
Emblem of the Papacy SE

3段重ねの冠を、フランス語で「Tiare」と呼ぶ。ヴァチカンの国旗にも描かれている教皇の意匠です。

就任式は19日。フランスのテレビでは新教皇に関連したニュースが毎日流れていますが、当分続くのでしょうね。


【追記】
フランシスコ教皇の紋章が、後日Wikipediaにも登場しました。

Insigne Francisci

上にある冠は、三重冠ではなくミトラで、これは先代のベネディクト16世も同様だったのだそうです。

青い盾の部分は枢機卿のときのものと同じですね。

イエズス会のマークの下にあるのは、マリアの象徴としての星、ヨセフの象徴としての甘松(ナルド)だという説明がありました。

右下の果物を、私はブドウかと思ってしまっていました。

Spikenardのことらしいのですが、甘松(かんしょう)の実という人と、花という人があったのですが、どちらなのでしょう?

この植物の根からエッセンシャルオイルが作られ、マグダラのマリアがイエスの足に塗った香油らしい。でも、それがなぜヨセフの象徴となるのか、私には分らないのですけど...。

モットーの「Miserando atque eligendo」の文字は小さくなっています。
「憐れみ、そして選ばれた」という意味なのだ、という解説がありました。

外部リンク:
☆ カトリック中央協議会: 「ローマ法王」と「ローマ教皇」、どちらが正しい?
Héraldique ecclésiastique: Eglise Catholique Romaine
☆ Wikipédia: Héraldique ecclésiastique
☆ Wikipedia: 敬称
☆ Wikipédia: Titre de civilité
教皇フランシスコ1世と『薔薇の名前』
☆ Wikipedia: イエズス会 ⇒ イエズス会への批判
☆ Wikipedia: 教皇冠
パパ様の紋章とモットー、着座式ミサについて
L'origine de la devise du Pape François : "Miserando atque eligendo"
ナード (スパイクナード)

ブログ内リンク:
★ 目次: 教会など宗教建築物に関する記事


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2012/07/31

シリーズ記事 【わらぶき屋根のアイリスの花を見て】 目次へ
その17   スレート (5)


ここのところスレートで葺いた屋根から発展して、アルドワーズと呼ばれる石について書いてきました。ブルゴーニュ地方の伝統的な屋根は茶色なので、アルドワーズの屋根はそれほど見かけるものではありません。

この写真を入れた日記を開くそれでも、アルドワーズには馴染みがあります。
そして、その色にも。

フランス語にはアルドワーズ色というのがあります。
少し青味をおびた濃い灰色。

グレーというより、アルドワーズ色と言った方が美しそうに感じるのではないかな?...

アルドワーズはスレートと訳されるのですが、スレート色と聞いた日本人は同じ色を思い浮かべるでしょうか?

私は、アルドワーズはスレートだというのを抜きにしたら、スレートがどんな色か確信を持てないように思います。


アルドワーズ色は、日本語でどう訳されるのだろう?

フランスから輸入した服に「アルドワーズ色」と書いてあったら、どうするのだろう? 楽天市場を検索してみると、アルドワーズ(ardoise)そのものをキーワードにしてみるとヒットする商品がありました。

「ardoise」をキーワードにして楽天市場で検索した結果

それらが、どう色を表現しているのか?
そのまま「アルドワーズ」と書いてしまっているのは無視。商品の説明にardoiseと書いてあるアイテムは、次のような色の名前をつけていました。

ストレートグレーチャコールグレーダークグリーン

「スレートグレー」というのは、そのままですね。

「チャコールグレー」というのは良いとしても、「ダークグリーン」というのはどうなのかな? グリーンではないのですもの。

でも、商品を手にしたお店の人が、グリーンぽく見えたのでしょうね。製造したメーカーがアルドワーズ色にしようと思いながら、そうなってしまった可能性だってあるのだし。


アルドワーズの色コードは?

色をパソコンで出すにはカラーコードがあるので、調べてみました。
フランス語:
Ardoise (アルドワーズ)
#5A5E6Bアルドワーズ
#686F8Cブルー・アルドワーズ
英語: Slate gray#708090 
イタリア語: Ardesia#708090 

日本語:
スレートグレー(JIS慣用色)#57565f 
スレートグレー(ウエブ基本色)#708090* 英語と同じ色
チャコールグレー#4f4955 
ダークグリーン#006400 

フランス語のアルドワーズには2種類出てきましたが、色が濃い#5A5E6Bの方が一般的なようです。私もアルドワーズ色と聞いたら、この色を思い浮かべます。もう1つの色の方が薄すぎる。

ところが、英語とイタリア語の色が薄くて同じコード番号なのでした。ドイツがどうなっているか知りたかったけれど、分からなかった...。

その国で採取されるスレートの色によるのかな?... フランスだけ逆らっているのかな?... 

上に入れた商品見本は、アルドワーズと明記しているのでアルドワーズ色になっているように見えます。

石をスレートと言うのは良いけれど、色がこれだけ違うと、アルドワーズ色をスレート色とするのは問題ではないかな~?...

さらに気になる!

アルドワーズ色が#5A5E6Bで、スレートグレーが#708090。 だとすると、フランス語では#708090は何という名がついているの?

#5A5E6Bは「Ardoise(アルドワーズ)」で、#708090は「Gris ardoise(アルドワーズの灰色)」と書いてあるサイトもありましたが、一般化しているのかどうか分かりません。

ところで、チャコールグレーという色の名前が存在していたことを思い出したのですが、これは木炭の色から来ているのですね。

ブログ内の関連記事:
★ 目次: 色について書いた記事
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ

情報リンク:
☆ Wikipedia: Liste de couleurs ⇒ List of colors



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2012/02/01

シリーズ記事 【サン・ヴァンサン・トゥルナント 2012】 目次へ
その6


今年のサン・ヴァンサン・トゥルナントは、コート・ドール県内にある3つの町で行われました。

県内人口第1位のディジョン市、第2位のボーヌ市。それから、ニュイ・サン・ジョルジュの人口は6,000人足らずではありますが、それでも県内では11位の人口規模!

人口が2,000人を超えれば「町」となるフランス。しかも、農業が盛んなブルゴーニュでは、人口密度はフランス全土の平均の半分なのです。


ニュイ・サン・ジョルジュは伝統的なサン・ヴァンサンだった

あちこちから聞こえてきたのは、今年のサン・ヴァンサンではニュイ・サン・ジョルジュが一番良かったという声でした。昼食をとったレストランでおしゃべりした人たちも、ニュースでも、そう言っていました。

ニュイ・サン・ジョルジュはディジョンやボーヌのように大きな町ではないので、いつものサン・ヴァンサンの雰囲気になっていたのが良かったのは頷けます。

でも、飾りつけも褒められていたのは少し意外。飾りつけはそんなに大事なのだろうか?...

ニュイ・サン・ジョルジュでは、クリスマスツリーのようなモミの木を立てて、そこに紙で作った花が飾られています。これが典型的なサン・ヴァンサンの飾りつけです。



変わっていたのは、ブルゴーニュのワイン村が持っているサン・ヴァンサンの写真を旗にしていたことでした。

下は地方警察署。警察官の官舎ともなっている建物です。



飲酒運転を取り締まる警察署もワイン祭りの飾りつけにしているのは楽しい。

ニュイ・サン・ジョルジュは小さな町なので、中心部はワイン祭りの雰囲気に染まっているように見えました。メインストリートが賑わっていたのですが、なんだか商店街が張り切って祭りをしているみたい。

スピーカーからは、会場進行係のようなアナウンスが流れる。こういううるさい演出というのは、日本ではよくあることだし、私は好きではありません。商店街の大売り出しみたいに感じてしまう...。

でも、寒空の下での賑やかさは、お祭り気分を盛り上げると好む人もいるのだろうな...。私はそれほど楽しく感じなかったので、この町にはあまり長居はしませんでした。


枯れ木に花がないと、サン・ヴァンサンの雰囲気にならない?

サン・ヴァンサンというブドウ栽培者の守護聖人の祭日は1月22日。そのころにサン・ヴァンサンのワイン祭りが行われます。真冬なので、寂しいばかりの風景。そこで、枯れ木に紙で作った花などを飾ってカラフルにするのが伝統。

紋章の旗をたくさん飾ったディジョン市も華やかだったのですが、フランス人たちにはどうということはなかったようです。中世から近世の建物が並ぶディジョンの旧市街にカラフルな旗がたくさんあるのは、調和がとれていて美しいと思ったのですが。

こういう古都に紙で作った花を飾ったって、私は滑稽なだけだったろうと思ってしまいます。確かに、旧市街を旗で飾るというのは時々していますから、ディジョンっ子には珍しくもないのでしょうけれど...。

紙の花で飾り立てるのが伝統なのですが、それは小さな村で、住民たちが協力して作るから祭り気分を盛り上げるからこそできるものだとも思います。

祭りを開催するという意気に燃えた村で行われるときは、びっくりするほど飾りだらけになります。人口が多い都市では、そういう風に盛り上げるのは無理だろうな...。

ディジョン市でも、少しはワイン祭り独特の飾りつけもしていました。

先日の日記で書いたサン・ヴァンサンのミサが行われた大聖堂の入口です ↓



ブドウの選定をした後の枝が束ねられて、それにリボンを付けた飾りが気に入りました。私はシンプルさが気に入りましたが、このくらいでは足りないらしい...。


ディジョン市の飾りつけが良くなかったかどうかは別として、ここで行われたアトラクションは3つの町の中で最高でした。

その話しを次回に書きます。

ブログ内の関連記事:
目次: フランスのアルコール飲料(ワインなど)関係イベント
目次: ワインなどアルコール飲料に関するテーマ

情報リンク
La Saint Vincent tournante 2012


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2011/10/17

シリーズ記事 【2011年秋: フランシュ・コンテ地方の旅行】 目次へ
その19
気になったもの (4の続き)



フランス東部にあるフランシュ・コンテ地方の旅行について書いた日記で「屋根についている突起物は何のため?」というクイズを出したのですが、正解を出していただいたので説明を書いておきます。

この屋根にある出っ張りは、雪が滑り落ちないようにするためのものでした。

宿泊した宿のマダムからそう教えてもらったのですが、私は全く逆に、雪が滑り落ちるようにするためなのだろうと思っていました。

つまり、屋根に降った雪が早く溶けて滑り落ちて行くために、雪に穴がくようにするためではないかとか…。

ところが、クイズに答えてくださった方々の全員が、雪が滑り落ちないようにするためだろうという答えを出しているので驚きました。 考えてみると、こんなもので雪が滑り落ちないようにする効果はないと考えるのが自然かもしれない…。


雪止めフック

これは「Crochet neige(雪フック)」あるいは「Crochet arrêt de neige(雪止めフック)」などの名前がつけられているフックなのだそうです。

形は色々ありました。画像が入っていたページをリンクしておきます:
例1 | 例2 | 例3 | 例4 

フックは屋根全面に打ち込む必要はないらしく、屋根の下の部分についていました。



この屋根の場合は、屋根の下の部分3分の2くらいにフックがあります。こうすると、確かに屋根の上の方から雪が滑ってきても止まるということでしょうか?

雨や雪の多いフランスの地方は、屋根がやたらに大きいと感じます。この家は特別高い屋根ではありませんが、屋根裏部屋は2フロワーになっている部分があるようです。

フックをけちっている家もあります。 建築業者のサイトには、瓦2枚ごとくらいに取り付けると効果があるという記述があったのですが。



雨どいに近い部分にしかありません。それと、屋根裏部屋の天窓の上にフックを少し入れている。こんな程度で雪がせき止められるのでしょうかね?…

あまり立派なお家ではありませんでした。屋根の梁が頑丈でなかったら、下手に屋根の上に雪を積もらせてしまったら問題だろうと思います。ブルゴーニュ地方には、自然石をスライスして瓦のように使った屋根が存在していますが、これを支える梁の頑丈さといったら、ものすごいものです!

ともかく、雪止めフックだと言われてから屋根を眺めてみると、確かに雪が溶けて流れるためのフックではないというのは分かりました。


それでも疑問は残る…

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2011/05/01

シリーズ記事【フランス人の異常なまでの節電意識(目次】 その5


フランス人に言っても通じない日本語の表現に「湯水のように」というのがあります。フランスは日本のように水資源がありませんから、「湯水のように使う」と「浪費」はイコールにはなりません。

今思うと、電気も湯水のように使うものという意識が私にはあったのかも知れません。フランス人たちに注意されながら、人がいないところでは電気を消すのに慣れるには数年以上かかったと思います。

電気を切るのに慣れたら、帰国したときにつけっぱなしにしている電気があると切りたくなってしまうようになりました。電気の無駄づかいをしているのが気持ち悪いのです。

それにしても、なぜフランス人たちはそんなにまで節電をするのかと不思議に思っていました。

あるとき、電気を切り忘れて注意されたときだったか、その疑問をぶつけてみたことがありました。


省エネのキャンペーンがあって、叩き込まれた

そう言われたのです。

オイルショックのときだったそうです。

テレビなどで、しつこく、しつこく、省エネを訴える政府のコマーシャルなどがあって、それで節電の習慣がついてしまったと言われました。

「オイルショックのときの日本では、トイレットペーパーがなくなった」と言ったら、驚かれました。フランスで「物がなくなる」というデマが流れると、買いだめがおこるのはジャガイモとか砂糖とか、なくてはならない食べ物なのだそうです。

「なぜトイレットペーパー?!」と聞き返されましたが、返事に困りました。トイレにこだわるのは日本独特なのでしょうね…。

福島原発事故の後の日本では、ニュースを見ていると、電気がたりないとか、いや実は足りているとか言われています。「停電するぞ~」というのも、単なる脅しのように聞こえてしまう...。

フランスの省エネ・キャンペーンがどんなものだったのかもっと知りたくなり、また友達に教えてもらいました。


ガスピー君の活躍

フランスで大々的な省エネ・キャンペーンがおこなわれたのは、第二次オイルショック(1979年)のときだったそうです。

キャンペーンの名前は、「Chasse au Gaspi(シャス・オ・ガスピー)」。

gaspi
右の絵が「gaspi(ガスピー)」という名前のキャラクター。

「ガスピー(Gaspi)」とは、「浪費」の意味がある「ガスピヤージュ(gaspillage)」の頭をとった造語です。

この子を撲滅するというのが省エネ・キャンペーン「シャス・オ・ガスピー」。

子ども友達も、憎らしげな顔をしたガスピー君を見つけて射止めるように(シャスとはハンティングのこと)と教育されたのでしょうね。

興味を持ったので、ガスピー君について詳しい背景を知りたかったのですが、ネット情報では何もでてきませんでした。Wikipédiaにも記載がありません。

ただし、歴史的に貴重な映像をネットで見せているINA(フランス国立視聴覚研究所)のサイトでは、省エネ・キャンペーンのテレビ番組が入っていました。ガスピー君が出てきます。


☆ INA: Economies d'énergie(1979年5月21日)

このビデオに出てくる漫画キャラクターがガスピー君です。
アナウンサーは、毎日、色々な角度から省エネできる特集をしていると言っていますね。

なお、このビデオに出てくるガソリン節約のための地図は、ネットオークションで売られているので画像がよく見えます(画像をクリック)。
☆ eBay:
Carte Route France 1979 Chasse aux Gaspi Eco Energie

リンクを入れたビデオはガソリンの節約に関するテレビニュースですが、ガスピー君について話してくれた友達は、当時は子どもで車には関係なかったので、節電などの省エネ対策を叩き込まれる漫画を覚えていると言っていました。

本当に、しつこいほどのキャンペーンだったそうです。

INAのサイトには、第3次オイルショックのときのテレビニュースも入っており、70年代に行われた「シャス・オ・ガスピー」を思い出させようとして当時の映像を入れていました。
☆ INA: Economies d'énergie(2004年10月13日)

アナウンサーが「みんなで一緒に電気を消したら電力会社のメーターがどのくらい下がるかやってみましょう」、などと呼びかけています。いらない電気は消す、車のスピード落としてガソリン代を節約する、家の断熱効果を高める工事をしたりして光熱費を節約するなどが行われたようです。このときの国民の努力により、エネルギーを4.5億フラン節約(1977年)。サマータイムが導入された時期だったので、節電だけでも30万トンの石油が節約できたとのこと(1976年)。


それは洗脳?

ガスピー君を射止めるようにと叩き込まれたのは、いってみれば洗脳。でも、省エネをしようという教育は、悪いことではないですよね?

面白いなと思うのは、このキャンペーンの世代のフランス人たちが省エネを心に叩き込んでしまっただけではなくて、後世にも伝わるということ。

このシリーズで初めに入れた日記は、省エネ・キャンペーンから10年くらいたっている時期でした。その頃にも影響は全く消えていなかったということですね。

省エネしないと気持ち悪い。人が省エネしていないのも、気持ち悪いと感じるようになる。子どもたちには、もちろん、それを叩き込む。私のようなフランスに来た外国人にも叩き込む。

キャンペーンは終わってしまっていても、洗脳教育はいつまでも伝えられる。
すごいものだな… と思いました。

日本では、原子力発電は絶対に危険がないクリーン・エネルギーで、原子力がないと電気がなくなる、と叩き込まれたのが効果をあげたのと同じなのかもしれない…。

続く


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2010/06/24
ゴシック様式と聞くと、パリのノートルダム寺院のような大きな教会を連想してしまうのですが、ブルゴーニュの小じんまりとした教会に美しい聖母子像がありました。


Vierge Allaitant
Église Saint-Genest, Flavigny-sur-Ozerain


12世紀の作品とのことですが、友達の中にこんな顔の女性がいたような気になる美しい姿。やたらにリアルではありませんか?

先日の日記(教会の聖職者席にあった彫刻: フランス的なユーモア?)で書いた、トイレにいるような僧侶たちの彫像がある教会です。


ブルゴーニュの聖母子像は左側に幼子を抱いている

この教会を案内してくれた人が説明してくれました。

この聖母子像はブルゴーニュの典型の例である。ブルゴーニュ地方でつくられた聖母子像は、左側に幼子のキリストを抱いているのが一般的なのである。これは、ブルゴーニュ公国時代からフランス革命以前の作品に関してのこと。

赤ちゃんを抱く人は、それぞれに癖があるのでしょうか? あるいは、そのときの気分や都合で変える?

話しを聞いたとき、左側に赤ちゃんを抱くのは自然ではないかなと思いました。そうすれば赤ちゃんはお母さんの心臓の鼓動を感じられて安心するのではないか、それに、母親は必要なときには右腕を使えるので便利なはず。

どちら側に聖母が幼子イエスを抱いているかなんて気にしたことがなかったので、インターネットで聖母子像の画像を見てみました。
☆ 乳飲み子を抱くマリアの画像を検索: Vierge Allaitant

私の予想に反して、右側に幼児の頭があるマリア様がけっこうあります。利き腕の方が力があるから抱きやすいのかもしれない、とも思えてきました...。


ブルゴーニュの聖母子像がどうなのかも見てみました。確かに優れた作品の聖母子像は左側に抱いている像が多かったです。でも、右に頭があるケースもあったのですが。

ブルゴーニュワインのメッカであるボーヌ市の紋章も、
こんなものになっていました。


幼子とブドウを持ったマリア像で思い出すのは、以前の日記(9月はブドウ収穫の月!)でご紹介したマリア像。
ボーヌ市とは県が違いますが、これもブルゴーニュの村にある像です。




ともかく、この2つの例では、マリアはキリストを左側に抱いています。
抱いているというより、持っているという感じですが!


ブルゴーニュには聖母子像のモデルとなる作風のようなものができたのでしょうから、それを説明しているサイトはないかと検索してみたのですが、見つかりませんでした。

作られた時代別に聖母像を分析したら、何か見えてくるかもしれないとは思ったのですが、そんなことをして遊んでいてはいけない、と自分を戒めました!

右か左かなどと気にするのはやめようと思ったとき、しっかりと検証していらっしゃる日本人のサイトに行きあたりました♪

世界の博物館にある聖母子像のデータをとっていて、ブルゴーニュの伝統には触れていないものだったのですが、左と右の背景がとても興味深かったです。
☆ 左右の理屈 > 聖母は主を左右どちらに抱いたか


ともかく、今後、教会で聖母子像を見たときには、どちら側に幼子を抱いているのか気をつけて眺めてみようと思います。

ブログ内の関連記事:
★ 目次: 右と左の違いが気になる
★ 目次: 教会など宗教建築物に関する記事ピックアップ
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化


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2009/11/11

シリーズ記事目次: 【ノルマンディー旅行(2009年秋)】 その7


カランタンの共同洗濯場を見たあと、役場前広場に行ったら、菊の花がみごとに咲いていました。




菊の鉢植えは墓地に置くものだけれど...

フランスでは11月2日は死者の日で、お墓参りをします。お供えする花としては、この時期の寒さにも耐えられる菊の鉢植えが定番。

需要がたかい菊の鉢植えは大量生産されるらしくて、凝った菊でなければかなり安く手に入ります。安いというのは、ぎっしりと花がたくさん咲いていて華やかなのでそう感じるわけですが。

シクラメンなどにぎやかなので、菊の鉢植えを自分の家にも飾りたくなるのですが、なんとなく家が墓地になるみたいで抵抗を感じます…。

それでも、自治体が飾る花としては、何の抵抗もなく使われています。戦争慰霊碑は花咲かせスポットになるので、適しているというのもあるし。


星条旗がいっぱい!

普通の役場では祭日にしか国旗を掲げないものなのに、ここ第二次世界大戦の戦場となったノルマンディーでは、いたるところに国旗があがっていました。

ところで、上に入れた写真では、フランスの国旗のほかに、左手にはアメリカの星条旗が掲げられているのに気がつかれましたか?

ノルマンディー上陸作戦の舞台になった地域では、あちこちに星条旗が掲げられていました。どこにいるのか分からなくなってしまうほど、すごい数なので驚きました。

フランスを解放してくれたお礼と、ツーリストとして来てくれるアメリカ人が非常に多いので、歓迎マークなのでしょうね。


下は、もっとアメリカ軍とご縁があった役場前です。



こちらはイギリスの国旗も掲げられていますね。

役場の窓にも、一つ一つ、フランスとアメリカとイギリスの国旗があります。

いちおう入口には、大きなフランスの国旗が目立つように掲揚されています。心づいでしょうか? そうでないと、どこの国にいるのか分からなくなってしまいますから!

階段の中央にある戦死者の名前を彫った慰霊碑の前に、白い変なものがあるのが目に止まられましたか?

私は初めて見たものでした。説明してもらえなかったら、何だかわかりません。

アップにしてみますね。



「Km 0」と書いてあります。

船で運ばれてきたオリンピックの聖火が、ここから出発したみたいに見えてしまいますが、そうではないのでした。

これが何だかクイズにしてしまいましょうか?

学校でしっかり歴史をお勉強なさった方だと、何だかお分かりになるのかな?...

- 次回は海辺に到着したお話しです。
ノルマンディー流行の続きへ -


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2009/10/01
9月の始めのこと。庭で食前酒を飲んでいたとき、一人がこう言いました。
「今年は戦争がおきる年だ」

目の前にあったクルミの木を眺めながらの発言です。

なんのことかと思ったら、昔からの言い伝えで、クルミの実がこういう風に3つでなったら、戦争がおきると言われているのだそうです。

そのときに撮った写真です ↓

9月初めに撮影したクルミの木

目の前にあるクルミの木をまじまじと見たら、2つのもあるのですが、3つなっているのがたくさんありました。

普通は2つ実を付けるものでしたっけ? そんなのは観察したことがないので、来年にじっくりと観察することにしてみるしかありません。


迷信?

フランスにも迷信のようなものはあります。昔は、そんなのだらけだったのでしょうね。パンを食べる前に、家長がパンの裏にナイフで十字架を切ってから家族に切り分けたとか...。

今でもパンを裏返しにしてテーブルにおいてはいけない、とか気にする人はあるのかもしれません。でも、普通に生活しているかぎり、日本ほどには迷信は残っていない感じがします。

日本では、結婚式のスピーチで「切る」というような言葉を使ってはいけないとか、場合によって思いだして気にしなければならない迷信がかなりありますよね? ご飯を入れたお茶碗にお箸を立てるなどというのは、私でさえ気持ち良くは見えません。

フランスでも迷信が強く残っている地方もあるらしいのですが、私が生活している限りでは、迷信のようなタブーを守ることを気にする状況にぶつかったことはないように思います。

お年寄りたちは、聖人の祭日に風が吹くとかなんとで、その年の冬は厳しくなるとか言っているのは耳にしますが。


クルミが3個まとまってなると戦争の年というのは、何なのか?

その場にいたもう一人は、「世界のどこかで必ず戦争がおきているのだから」などと言っていました。

確かに、今の時代、「今年は戦争がおきる」なんて考えないですよね。

それでも、長年にわたっての統計結果から編み出した故人の知恵というのは、おろそかにはできないものだと思っています。

「戦争の年だ」と言ったのは、農家出身の50代の人でした。長男ではないので農業を継げずに他の仕事をするようになったのが残念らしくて、家庭菜園は本格的なものを作っています。日本だったら、立派に農家になってしまうほどの規模。

農業をしていた彼のお父さんの時代には、風の吹き方や、クルミの実のなり方を見て農作業の手順を決めていたはず。とすると、クルミが3つなるというのは何かのサインだと受け取られていたのではないでしょうか?

誰かインターネットでその話しを書いていてくれることを期待して探してみたのですが、何も見つかりませんでした。

それで勝手に推察してみました。

1) 昔の人が「戦争の年」というのは、飢饉がおきる年という意味だったのではないか? 食べ物がたりなくなれば戦争になる、というのが昔の図式としてはありうるように思えます。

2) 三角関係があると戦争がおきる、という単純な迷信。

1)についてですが、今年は小麦の収穫量が少なかったとは言われていません。特に食糧危機になる年だとは思えません。

数年前には小麦がたりないと騒がれて(食糧の生産過剰が問題だったフランスなのに!)、小麦やパンの価格があがったことがありました。思えば、それを境にしてフランスの生鮮食料品の価格が急騰してきましたね…。

単なる迷信なのかも知れないですが、今年はクルミの実が3つなっているのが多かったことはマークして、来年から少し気にしてみることにしました。


ときは移り、クルミを拾うシーズンになった

街路樹のように生えている木の実は勝手にとって良いのだそうで、道端でクルミを拾っている人たちを見かけます。

クルミ拾いをしている人たちが持っているスーパーのレジ袋の大きさを見ると、2キロくらいは収穫している様子。

木から落ちたばかりのクルミは、まだ固くなっていなくて、おいしいです。

クルミのタルトもとてもおいしいのですが、作ってみたら失敗して焦がしてしまって以来、二度と挑戦していません。

チーズにクルミを添えるのが好き。

朝市で売っているクルミの値段をみたら1キロ1,000円近いので、せっせと拾う価値があるな… と思いました。でも、日本はもっと高いのかもしれない…。

 北信濃の天然 くるみ

今年の秋は、夏のように暑かったりもして、温暖な秋なのですけれど、今夜はついに集中暖房のスイッチを入れました。

長くて寒い冬が来るのも遠くないですね...。

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