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2017/05/12
少し前から書いている、ディジョン市(ブルゴーニュ地方)にあるノートルダム教会の外壁にある彫刻の続きです。

シリーズ記事目次 【これはサラマンダー? あるいはドラゴン?目次へ
その4


願いごとをしながら左手でフクロウの彫刻を撫でたとき、すぐそばに変なものが待ち構えているというお話し。下の写真で、赤い矢印を付けた部分にある小さな彫刻です。



この小さなモンスターに願いごとを食べられてしまわないように気を付けるというものなのですが、ステンドグラスの窓枠に彫られている小さな動物は何か?...


サラマンダーではなくて、ドラゴン?



私は、ずっとサラマンダー(salamandre)と呼んでいました。サラマンダーなどというのは私には無縁の動物でしたから、自分で連想したはずはありません。日本人にディジョンの町を案内してもらったことはないので、誰かディジョンに住む友達か、ブルゴーニュ大学がオーガナイズした見学のときか何かで教えてくれたのだろうと思います。サラマンドルというフランス語も、そのときに覚えたはず。


伝説上のサラマンダー(salamandra)とは何か?

Wikipediaでは、次のように説明していました:

四大精霊のうち、火を司る精霊・妖精(elementals)。 手に乗る位の小さなトカゲもしくはドラゴンのような姿をしており、燃える炎の中や溶岩の中に住んでいる。
サラマンダー (妖精)


でも、これを書きながら友人に話したら、あれがサラマンダーのはずはない、と断言されたのです。ドラゴン(dragon)だと言うのです。

インターネットでフランス情報を調べていたら、ドラゴンとしている人もいたのですが、サラマンダーとしている人の方が多いように感じたのですけれど...。


実在のサラマンダー

両生類有尾目のサラマンダーは、フランスにも生息しているので、それとは違うということ?

気持ち悪いので小さな画像で入れますが、こういう4つ足の動物。平気な方は画像をクリックして拡大画像をご覧ください。

Salamandra salamandra 

確かに、ノートルダム教会の壁に彫られている小さなモンスターとはかなり違う...。

伝説のサラマンダーならまだしも、本物に似ていたら気持ち悪いと思うのですけれど、好きな方もいらっしゃるのかな?...





フランソワ1世のサラマンダー

サラマンダーと聞いたら、フランソワ1世のシンボルとなっているサラマンダーを私は思い浮かべます。ノートルダム教会の壁に潜んでいるのとは向いている方向が逆なだけで、よく似ているではありませんか?




耳のようなものが付いているのまで同じですよ~。

でも、鼻のところが違う、と言う友達がいました。



サラマンダーの鼻ずらは、ノッペリしているものだと言うのです。

フランソワ1世のサラマンダーの左右を逆転させた画像で検証してみると、違うかな?... 鼻の部分に注目すると、ノートルダム教会のモンスターは竜に見えてくる...。



口から火を噴いているように見えるところが同じでは?... と言ったら、サラマンダーの場合は、口から出ているのは舌で、火は体の回りに描かれている、とのこと。


だんだん、ドラゴンと呼ぶべきかな、と思えてきました。

ノートルダム教会の彫刻はサラマンダーではない、というのには理があるかなと思えたのは、時代的な問題です。

ブルゴーニュ公国(843年 - 1477年)の都だったディジョンにノートルダム教会が建てられたのは13世紀前半でした。モンスターがいる外壁の部分は、14世紀か15世紀に増築された礼拝堂の部分で、そのときに彫られたのだとしても、サラマンダーをエンブレムにしたフランソワ1世より前の時代なのです。

フランソワ1世(François Ier de France 1494~1547)がフランス国王だったのは、1515年から47年まででした。


ドラゴンとは、なに?

小さなモンスターはドラゴン(dragon)だったとして、はて、ドラゴンってどんな動物だったっけ?

フランス国立図書館で行われた中世の動物に関する展示会「Bestiaire du Moyen Âge」のサイトに入っているドラゴンの絵のコーナーを眺めてみました。絵をクリックすると拡大画像と説明が出ます。


聖ゲオルギオスは竜の退治で名高いので、この聖人の絵にはドラゴンが一緒に描かれます。

Paolo Uccello 047b.jpg
Vouivre représentée dans Saint Georges et le dragon de Paolo Ucello, 1450


ドラゴンには背中に羽を付けた形のイメージなのではないか、としつこく思うのだけれど...。


そっくりの動物を見つけた

ディジョンのノートルダム教会が建てられた時代のモンスターの画像を探していたら、目を引くものが見つかりました。

ノルマン・コンクエストを描いた「バイユーのタペストリー」に入っている画面です。



ヘイスティングズの戦い(1066年)でのハロルド2世の死を描いた画面。イングランド軍の軍旗なのですが、アップすると、こちら:


A dragon (known later in heraldry as a wyvern) which appears twice in the death scene of King Harold II on the Bayeux Tapestry depicting the Battle of Hastings in 1066.


よく見ると、背中には羽のようなものが付いているようにも見えますね。イギリスの紋章に「ワイバーン」と呼ばれるドラゴンがあるのですが、それの前身らしい。つまり、この軍旗はサラマンダーのようにも見えますが、ドラゴンなわけなのでした。

ワイバーン
Héraldique meuble Dragon (wyvern)
Dragon héraldique (ou Wyvern)
ウェールズの旗
ウェールズの旗


「ワイバーン」というのは、フランス語ではvouivre。中世にはブルゴーニュでは好んで使われたモチーフのようなのでした。インターネットで出てきた情報の中には、ディジョンのフクロウの傍にいる動物に「vouivre」という単語を使っている人もいました。私も知ったかぶりでそうフランス人に言うことにしようかと思ったのですが、ヴーイヴルなんていう発音はすぐに忘れてしまいそう...。

どっちみち、伝説上の動物。ディジョンのノートルダム教会に潜んでいる小さなモンスターは、サラマンダーでも、ドラゴンでも、どちらでも良いのですが、今後はドラゴンと呼ぼうかと思います。何人かのフランス人の友達に画像を見せて聞いてみたら、みんなドラゴンと呼んでいたので。


シリーズ記事 【これはサラマンダー? あるいはドラゴン? 】目次


ブログ内リンク:
★ 目次: ブルゴーニュの古都ディジョンの観光スポットや特産品など
やっと見ることができた「バイユーのタペストリー」 2009/11/06
★ 目次: 縁起物や迷信について書いた記事 (フランスを中心に)
★ 目次: ブルゴーニュの歴史

外部リンク:
Wikipedia: サラマンダー | ファイアサラマンダー | サラマンダー (妖精)
Wikipédia(仏語): Salamandre (amphibien)| Salamandre (animal légendaire)
Dijon, capitale de la Bourgogne
☆ BnF: La tempérante salamandre aux origines de la devise de François Ier
☆ Wikipedia: ドラゴン » Dragon européen
☆ Wikipedia: ワイバーン »  Wyvern »  Vouivre
la tapisserie de Bayeux, naissance de l’héraldique
L'étrange mort du Roi Harold II
Wikipedia: List of English flags Historical flags / National flags and ensigns
知っておきたい伝説の英雄とモンスター (閲覧回数制限あり)


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2017/05/04
ブルゴーニュ公国の都だったディジョンの町に来た人なら、必ず訪れるはずの観光スポットがあります。


シリーズ記事目次 【これはサラマンダー? あるいはドラゴン?目次へ
その3



ディジョンのノートルダム教会とフクロウ」に書いたように、旧市街の中心部にあるフクロウの彫刻を見に行くのが観光コース。

これを左手で触りながら願いごとをすると、その願いが叶うと言われているのです。

頭に耳のように見える羽があるので、これは本当はフクロウではなくてミミズクだ、と最近になって発見されたのですが、それは重要ではありません。

ともかく、このすり減った彫刻を、左手で触るというのが重要なのです!


このディジョン名物のフクロウは、ノートルダム教会の正面に立って左側にある道を入って少しのところで出会えます。



フクロウはフランス語で「シュエット(chouette)」なので、この通りの名前はRue de la Chouetteシュエット通り)。

教会の祭壇はメッカの方向、つまり東を向いています。ですから、このシュエット通りは教会の北側に回る道となります。


フクロウを左手で撫ぜなければいけない理由

幸運をもたらしてくれるとされるフクロウ。ただし、左手で撫でるということになっています。

右手でするとご利益がないと言われている理由の1つは、フクロウのすぐそばには、変なものが待ち構えているから、とも言われます。

下の写真で、赤い矢印を付けた部分にある小さな彫刻です。



フクロウは左手で撫ぜながら願いごとをしないと、そばに潜んでいる小さなモンスターが願いごとを食べられてしまう、ということなのです。フクロウを右手で触るとモンスターの方を向いてしまいますが、左手をあげれば背を向けることになるので安全、というわけ。


悪さをする小さなモンスターは、サラマンダー? ドラゴン?

願いごとを食べてしまうと言われる彫刻をアップで入れます。



何に見えますか?

ドラゴン(dragon)だと言う地元の人たちもいますが、私はずっとサラマンドル(salamandre)と呼んでいます。想像上の動物だから、どちらでも良いので、とりあえず、ここではサラマンダーとしておきます。

サラマンダーだとしたら、気になることがあるのです。


◆ フランソワ1世のシンボルとなっているサラマンダーは逆を向いている

フランソワ1世のサラマンダーは、どちらを見ている?」で書いたように、火をつかさどるとされている伝説上の動物です。

フランソワ1世のシンボルとなっているサラマンダーは、これ。

Nutrisco et extinguo Salamandre de François I 


ディジョンのノートルダム教会の外壁に彫られているモンスターがサラマンダーだとしたら、フランソワ1世のシンボルのサラマンダーとは逆の方向を向いているのです。

紋章は言葉で全てを言い表せるように決まりがあるのですが、フランソワ1世の紋章にあるサラマンダーは「左を向いている」と表現されていました。紋章学では、盾を持った人から見た左右で表現する法則があるので逆になるわけです。

ディジョンのモンスターは紋章ではないのだから、これは左を向いていることになる?


右か左かを考えると、いつも頭が混乱してくる私...。

日本から来た友人を案内したとき、サラマンダーに願いごとを食べられないように気を付けてと言ったら、今まで私は気にしていなかったことを指摘されました。

「でも、サラマンダーは、そっぽを向いているよ」

確かに、その通りなのでした。サラマンダーだかドラゴンだかの体はフクロウの方を向いていますが、首をひねっていて、頭は全く逆の方を向いているのでした。

右手でフクロウを撫ぜると、サラマンダーと目が合ってしまうからダメだと聞いていたように思うのですが、そっぽを向いているのだから目が合うはずはない!

とすると、フクロウを撫ぜた後にサラマンダーの前を通りすぎると、その時に願い事を食べられてしまうというわけですね。後ろから狙われるというのは薄気味悪い...。

フランソワ1世のシンボルのサラマンダーと同じ方向を向かせておいたら、フクロウと、そこに立って願いごとをしている人を振り返っている姿なので自然なのですけど...。


ところで、ブルゴーニュ公国(843年 - 1477年)の都だったディジョンにノートルダム教会が建てられたのは13世紀前半。フクロウの彫刻がある部分は、ディジョンの裕福な商人だったシャンベラン家の礼拝室の外壁で、それは15世紀に作られたとみられています。

ディジョンのモンスターは、フランソワ1世(在位 1515年~47年)より前の時代なのでしょうから、どちらを向いているかは気にしないことにしました。


◆ 左右どちらの手でフクロウに触るかより、歩く方向がポイントでは?

フクロウに願いごとをするときは、左側の手をあげて、サラマンダーだかドラゴンだか分からない小さなモンスターには世を向けるのがポイントです。

願いごとをするときに左手を使うというのも縁起担ぎなのでしょうが、意地悪なモンスターのことを考えると、シュエット通りを歩く方向の方が大事に思えてきました。

教会の裏側からシュエット通りを進めば、モンスターの前を通り過ぎ、フクロウを左手で撫ぜながら願いごとをし、それから歩みを進めて教会の正面に出ることになります。モンスターはそっぽを向いているわけですから、フクロウに手をかけている人も見ていないわけです。



つまり、教会の入り口がある西側からシュエット通りを歩くのではなくて、地図に入れた赤い矢印の方向から歩く。


ストリートヴューで確認。教会の左手の路地を入ります。



彫刻がどのあたりにあるか分かっていないと見つけにくいですが、フクロウとサラマンダーがいる地点は、こちらです


観光ガイドブックなどでは、たいていはフクロウを左手で撫ぜなければいけないということだけを強調しています。地元の人たちでも、隅っこに小さな彫刻があることを知っているのは少数ではないかという気もします。

ディジョン市では、地面にはフクロウの絵を描いたプレートを埋め込んでいて、それをたどっていけば主な観光スポットを見て回れるようにしています。でも、ノートルダム教会とフクロウを見るコースでは、願い事をした後に小さなモンスターの前を通るという矢印の方向にしていたのに気が付きました。



ディジョン市のツーリストオフィスでは「ふうろうの観光コース(Parcours de la Chouette)」という小冊子を作っていますが、教会の正面からシュエット通りに回り込むコースにしていたはず。

日本語が入っている地図があったので(こちら)見てみましたが、ディジョン駅の方から歩き始めるように番号が振ってあって、ストリートビューに入れたように、ノートルダム教会の左手からシュエット通りに入るようにしていますね。




悪戯をする小さなモンスターの話しをディジョンっ子の友達に話したら、ドラゴンに決まっている、と言われました。

インターネットで情報を検索すると、ドラゴンと呼んでいる人よりも、サラマンダーと呼んでいる人の方が多かったのですけれど...。

サラマンダーが右を向いているか、左を向いているかを気にしていたのですが、新たな疑問が生まれてしまました。

同じく幻獣のドラゴンとは何か?

中世に描かれたドラゴンの画像を眺めて、ノートルダム教会に潜んでいる小さなモンスターはどちらなのかを考えてみたいと思います。


続き:
この小さなモンスターは、サラマンダー? ドラゴン?

シリーズ記事 【これはサラマンダー? あるいはドラゴン? 】目次


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★ 目次: ブルゴーニュの古都ディジョンの観光スポットや特産品など
★ 目次: 右と左の違いが気になる
★ 目次: 縁起物や迷信について書いた記事 (フランスを中心に)


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2016/07/31
先日ドライブしていたら、こんな名前の道路がありました。



ロベスピエール通り。この名前の道路は少ないらしいので記念撮影しておきました。


パリには、「ロベスピエール通り」も「ロベスピエール広場」もない

町や村にある主要道路には、歴史上に名を残した人の名前が付いていることが多いように感じます。ところが、世界中に知れ渡っているロベスピエールの名前が付いた通りや広場は、首都パリに1つもないのだそうです。

それで、パリのどこかに「ロベスピエール通り」を作って、フランス革命をたたどる観光コースをつくろうと働きかけている政治家たちがいるそうです。時々話しがもちあがるらしいのですが、先月、また「ロベスピエール通り」作らないことに決めたというニュースが流れていました。

そのニュースを聞いてからすぐ後に、ブルゴーニュの小さな村にロベスピエール通りがあったので目にとまったのでした。首都パリにはないというだけで、地方には何カ所かあるようです。

パリで地下鉄に乗ったとき「Robespierre」という名前の駅があったのを思い出しました。調べてみたら、ここはパリ市に隣接するMontreuil(モントルイユ)市にある駅なのでした。1936年、共産党の市長だった時期に命名されたのだそう。


マクシミリアン・ロベスピエール(Maximilien de Robespierre 1758~1794年)は、フランス革命期に恐怖政治を行った中心人物です。

テロが多発している最近のフランス。テロリズムの語源と言われるTerreur(恐怖政治)の中心人物を今さら通りの名前にはしない方が無難だと思うのですけどね...。「ロベスピエール通り」を作ろうと働きかけているのは左派の政治家たちのようです。

冷血な顔だちをイメージしていたのですが、画像を探したら、穏やかな笑顔を浮かべているものさえあったのでした(左)。もっとも、さも意地悪そうなお顔のもありました(右)。


Portrait de Maximilien de Robespierre,
peint par Adélaïde Labille-Guiard en 1791

画家に肖像画を描かせるなら、私だって実際より良い風貌にしてくれるように頼みます。

政治家は好感が持てるようなイメージ写真を使うし、逆に、犯罪者の写真をニュースで使うときには、いかにも犯罪者らしい写真を選んで使うのだそう。


フランスのスローガン: Liberté, Égalité, Fraternité

フランス政府のロゴにも書かれているし、役場の正面などにもよく刻まれている文字です。

Le logotype du gouvernement français, adopté en 1999.

このスローガンを初めに使ったのはロベスピエールなのだそうです。となれば、「Rue Robespierre(ロベスピエール通り)」が首都パリに1つくらいあっても不思議はないではない気がしてきます。

「Liberté, Égalité, Fraternité」は、日本語では「自由、平等、友愛」あるいは「自由、平等、博愛」と訳すのが普通のようです。

立派に見えるフランスのスローガンですけれど、フランス革命期の標語なのですから、世界平和や人類愛を求めて作られたとは思えません。先日の日記「田舎の革命記念日」にも、革命期の歌を使っているフランス国歌には人種差別と受け取れるような文句が入っていることを書きましたが、このスローガンも同じ発想だろうと思います。

「fraternité」は日本では「友愛」ないし「博愛」と訳されているのですが、フランス革命でのスローガンの意味を組むなら「同胞愛」ではないでしょうか? つまり、革命派が権利を勝ち取り、邪魔者は消すためのスローガンだったはずなのです。

実際、恐怖政治でのスローガンでは続きがあって、「あるいは... 死」と最後に付いています。

Liberte egalite fraternite ou la Mort
« Liberté, Égalité, Fraternité ou la Mort ». Exemple de devise sous la Terreur.


フランスの住所となっている道路や広場の名前

フランスの住所は、通りや広場の何番地かという形式になっています。道路には通りや広場の名前を書いたプレートが付いているおり、通りのどちら側かによって番地は奇数と偶数によって分かれています。ですので、行きたい場所を探すには便利。

もっとも、広場から道路が放射線状に道路が延びているところでは、道路を間違えたことに気づいて正しい道路に行こうとすると、非常に遠いところまで行ってしまっていた、ということにもなりうるのですが。

歴史上に名を残した道路名が多いと感じていたのですが、どんな名前を付けるかには歴史がありました。

中世のフランスでは、通りや広場の名前は目印になるものを名前に入れていました。「教会広場」、「朝市広場」、「肉屋通り」など。

ようやく1600年になってから、シュリー公爵マクシミリアン・ド・ベチューヌMaximilien de Béthune / duc de Sully)の考えによって、場所とは関係ない名前の住所も登場するようになったのだそう。

フランス革命期には、旧体制を現しているような町の名前を変えたりしましたが、道路や広場も「平等通り」、「国家広場」などという名前にしたりしています。第一帝政期になると、「教会通り」とか、聖人の名前を付けた道路名に戻す。

普仏戦争があった19世紀末には、アルザスとロレーヌ地方がドイツに占領されたことに抵抗する市町村が、アルザス、メス、アルザス=ロレーヌなどという名前を道路に付けた。

20世紀になると、主に男性の有名人の名前、地方や国の名前、動植物など自然にちなんだ名前を付けるのが流行る。

現在のところ、住所名で最も多いのは、Rue de l'Église(教会通り)で、7,965カ所。次にPlace de l'Église(教会広場)、Grande Rue(大通り)、Rue du Moulin(水車/風車通り)、Place de la Mairie(役場広場)と並んでいました。

つまらない名前ばかりですね。

教会や役場を示しているのは、小さな町村などでは中心地にあることが多いので、地名で出して来ているのは便利。でも、どこにでもあるように感じる「Grande Rue(大きな道)」というのは、余りにも工夫がないので見かけると笑いたくなってしまう...。



これはWikipediaに入っていた画像ですが、下に昔の名前らしい「憲法典通り」とあります。フランス革命期に付けられた名前を「大通り」に変えたのでしょうね。


フランスの広場や道路名で、誰の名前が最も使われているのか?

フランス全土にロベスピエール通りが幾つあるのか調べても出てこなかったのですが、住所に人名が付いている場合のランキングがありました(200位までのランキング・グラフはこちら)。

※ 統計の対象としているのは、通り(rue)、広場(place)、大通り(boulevard)、路地(venelle)。

全体として言えるのは、ド・ゴール将軍がだんとつで第1位であること。フランス全土に、彼の名前を付けた通りや広場は3,903カ所。ただし、そのうち1.056は広場の名前なので、道路名としてはパスツールが第1位。

トップ6に入っていた人物名を並べてみます。




シャルル・ド・ゴールCharles de Gaulle
1890~1970年

政治家。第18代大統領
第二次世界大戦でのレジスタンス活動家、フランス解放に寄与した。

※ ちなみに、パリの国際空港の名前にもなっています。
3,903カ所
Portrait de 1942.



ルイ・パスツールLouis Pasteur
1822~95年

生化学者、細菌学者
ワクチンの予防接種を開発した。
3,354カ所
Louis Pasteur



ヴィクトール・ユーゴーVictor Hugo
1802~85年

詩人、小説家、政治家

※ 日本では『レ・ミゼラブル』の著者として知られていますが、ベートーベンは『エリーゼのために』を作曲した音楽家というのと同じかもしれない。フランス人にとっては偉大な人物のようです。
2,555カ所



ジャン・ジョレスJean Jaurès
1859~1914年

政治家、社会主義者
第一次世界大戦に反対するが、狂信的な国家主義者に暗殺された。
2,370カ所
Jean Jaurès



ジャン・ムーランJean Moulin
1899~1943年

政治家
第二次世界大戦中のレジスタンス運動の指導者。
2,215カ所



レオン・ガンベタLéon Gambetta
1838~82年

政治家
共和主義の立場から第二帝政政府を激しく攻撃して異彩を放った。第三共和制では政治的なキーパーソンとなる。
1,501カ所
Léon Gambetta



第4位から6位までの人物は、余りにもあちこちの町で道路の名前として見かけるので、誰なのだ? と思いながら覚えた名前でした。

トップ200の中で、13のカテゴリーに分けていましたが、最も数が多い人物は文学者(70人)、2番目は政治家(38人)、3番目は科学者(22人)、4番目は音楽家(16人)、5番目は軍人・戦争関係(14人)。画家は6番目でした(13人)。

音楽家としては、第1位はシンガーソングライターのジョルジュ・ブラッサンス(Georges Brassens)で、全国に919カ所ある。フランスが世界に誇る作曲家のベルリオーズ、ドビッシー、ラヴェルを凌いでいました。

画家のトップはセザンヌで、676カ所。第2位はルノワール。

セザンヌの名前をかかげているのは、やはりプロヴァンス地方。有名人の故郷では好んで地域からの出身者の名前を付けるので、地方によって命名の傾向が現れています。

日本で人物の名前を付けた住所や道路名は殆どないような気がするのですが、どうなのでしょう? 昔からの藩主の名前ではないという例としては、豊田市くらいしか私には思い浮かびません。

ブログ内リンク:
★ 目次: 戦争、革命、テロ、デモ

外部リンク:
☆ フランス観光開発機構: フランスの住所表記
☆ Wikipedia: マクシミリアン・ロベスピエール
☆ 世界史講義録: フランス革命4: ジャコバン派独裁
Une rue Robespierre à Paris ? Simple prétexte à un débat idéologique au coeur de la gauche  20-06-2016
☆ 語源由来辞典: テロ
☆ Wikipedia: 自由、平等、友愛 » Liberté, Égalité, Fraternité
Ça veut dire quoi Liberté, Egalité, Fraternité ? 
☆ フランス政府: Liberté, Egalité, Fraternité
Ces 20personnalités sont les stars des rues françaises
Quelle personnalité a le plus de rues à son nom dans votre département
☆ Wikipédia: Odonymie en France


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2016/06/03
友人が、こんな画像へのリンクをメールで送ってきました。



なあんだシラクの画像なんか送ってきて、見たくもないわ。
... と思ったら、これが去年あたりからフランスのツイッターで話題になっているらしいのでした。

シラク氏はパリ市長時代の汚職で、大統領の任期を終えてからもニュースで騒がれるなど、話題の多い人です。日本に大量の隠し金を持っていたと言われるのに、なぜか日本では全く報道されなかったのですが、Wikipediaでは記述が入りましたね:
☆ Wikipedia: ジャック・シラク ⇒ 疑惑


この画像をなぜフランス人が話題にしているのかと思ったら、これは日本で18世紀に作られた本物の能面なのでした。トゥールーズ市(Toulouse)のMusée Georges Labit(ジョルジュ・ラビ美術館)に展示されていて、この能面が余りにもシラク氏に似ているので入館者が増加したそうです。


実際のシラク氏からはそれほど連想させないでしょうが、この能面は人形で政治などを風刺するニュースで人気があるテレビ番組「Les Guignols(1990年から2015年までは「Les Guignols de l'info」)」に登場するシラク氏の人形に生き写しなのです。

Jacques Chirac, en septembre 2004.Guignols de l'info

「Les Guignols」は最近は風刺にパンチがなくなって全く面白くなくなったのですが、シラク氏が大統領の頃は優れた切り込み方をしているので毎日のように見ていました。

シラク氏が大統領選に出たときには、この番組でシラク氏には愛嬌があることを強調していて、そのために大統領に当選してしまったのではないかとさえ思ったほど。

シラク氏の人形が出ている番組を入れてみます。


La Sextape Des Guignols - Jacques Chirac et les banques



La Sextape des guignols - Chirac a t-il Alzheimer ?


こういうのを見ていたら、能面はシラク氏をモデルにしたように思ってしまうでしょう?


Quand un masque du XVIIIe siècle ressemble... à la marionnette de Jacques Chirac - 7 mars 2015 - L'Obs


並べてみると顎の張り方が違うのですが、全体としては特徴の捉え方が似すぎている!


Le masque d'un démon japonais, sosie de Jacques Chirac, cartonne sur la Toile



Un masque japonais du XVIIIe siècle ressemble à... par francetvinfo



フランス情報では日本の能で使われる「邪悪な悪魔の面」だと書かれていることが多いのですが、仏法に敵対する天狗の大将「大癋見(おおべしみ)」のようです。真一文字に結んだ口が大きくヘの字に「へしむ」様子から、癋見と名付けられたと言われるのだとのこと。
※ この能面は「大癋見」ではなくて、「武悪(ぶあく)」と呼ばれる面ではないか、というコメントをいただいたので、追記を書きました
 

この能面は、今年の6月21日から10月9日まではパリのMusée du quai Branly(ケ・ブランリ美術館)の特別展「Jacques Chirac ou le dialogue des cultures」で展示されることになっています。

この展示会では、もう1つの能面も展示されるそうですが、こちらは別の人を連想しますね。


Deux masques ressemblant à Chirac bientôt exposés au Quai Branly


このケ・ブランリ美術館の創設に尽力したジャック・シラク氏へのオマージュとして企画された開館10周年記念の展示会で、シラク氏に係わりがあるオブジェなどを通して彼の美術への関心を見せるのだそうで、150点の展示があるとのこと。もともと入館者の多いミュージアムですが、このお面のおかげで行く人も多いのではないでしょうか?

ポスターはシラク氏の顔にお面を重ねたものになっていたのですが、さすがに話題になっている能面は使っていないですね...。






追記(2016/06/13):

シラク氏にそっくりの面は、大癋見ではなくて、武悪?

この面は、「大癋見(おおべしみ)」の影響を受けた「武悪(ぶあく)」面ではないか、というご指摘をコメントでいただきました

「大癋見」は能で使う面で、「武悪」は狂言の面。両方とも鬼の面なのだけれど、「武悪」の方は、目尻の下がった大きな目、下唇をかみしめ、上歯を見せた口などを特徴とする、こっけいな相貌の面でした。

http://museum.city.fukuoka.jp/archives/leaflet/454/
たのしい狂言面入門| アーカイブズ | 福岡市博物館

ジョルジュ・ラビ美術館の学芸員が、能面のÔbeshimiだとしているという記事があったので「大癋見」と書いていたのですが、確かに、シラク氏に似た面は「武悪」の方に似ていますね。

美術館に教えてあげたくなったので念のために検索したら、能の幕間で演じられるBuakuの面だと書いているフランス語のニュースの記載もありました。

武悪はニタリとしたように歯を見せている口もと。シラク氏そっくりの面は、ここに入れた小さな画像では口が開いていないようにも見えてしまうのですが、よく見ると口を開いています。

口を閉じている武悪面もあって、それは「小武悪(こぶあく)」と呼ぶようです。「大癋見をおどけさせると、小武悪の表情になる」という説明もありました。でも、小武悪は子ども用の面で、普通の武悪より小型なのだそう。ちなみに、話題になっているシラク氏にそっくりの面は、20センチの大きさでした。

それに、口を閉じている「小武悪」の面は、シラク氏には全く似てこなくなってしまう!



面は誰かに似るもの?

シラク氏のマリオネットにそっくりの面があるジョルジュ・ラビ美術館は、東洋やエジプトの美術をコレクションしています。ここには、他にもフランスの有名人にそっくりのオブジェがあると話題になっていました。

下は、フランスとモロッコの国籍を持つコメディアンMohamed Benyamna(Booder)にそっくりと話題になった面。これも、やたらに雰囲気が似ていますね。


Musée Georges-Labitさんのツイート


下は、歌手のセルジュ・ゲンスブール(Serge Gainsbourg)にそっくりだと言われた仏陀の石像。


Ça nous rappelle quelqu'un - Le Parisien

何処の国の彫刻なのか分かりませんでしたが、この彫刻を見て私は仏陀を連想しないですけど...。




外部リンク:
Ce drôle de sosie de Jacques Chirac 12/03/2015
フランスのシラク元大統領が国民からいじられまくり!日本との意外な関係とは 2016/01/21
Le masque japonais sosie de Chirac arrive au musée du quai Branly ! 01/06/2016
☆ MMM: ジョルジュ・ラビ美術館
能面一覧表
☆ 工房柿其: 能面
☆ 東京国立博物館: 狂言の面と装束
不悪buaku
☆ 狂言の大和座: 面 武悪
EUジャパンフェスト日本委員会: “狂言” 最高の演目『武悪』がヨーロッパの観客の心を掴む


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2016/05/12
前回の日記で書いた農家では、朝食に出されたジャムも、もちろん手作りでした。

珍しかったのは、Sureau(セイヨウニワトコ)の花で作ったジュレ。




Sureauは、フランスの田舎でよく見かける植物です。昔はよく食べ物に使ったのでしょうね。年配の人たちは、この香りが懐かしいと言います。

出されたジュレは花で作ると言っていたので、こういうのをとったのだろうと思います。



花が咲いていた写真は6月中旬に撮影していました。

秋になると、黒い実になります。



Sureauを食料にすると聞いて、見かけると写真をとった時期があったので、アルバムに入っていたものを取り出しました。でも、下に入れた実の方は、毒性があるというニワトコ属の植物ではないかと思えてきてきたので、下に比較を入れます


セイヨウニワトコのジュレ

探してみると、花から香りをとるという簡単なレシピでした。タンポポの花で作るジュレと似ていますね。つまり、香りと色をとるけれど、つまりは砂糖水を固めただけ。

出てきたセイヨウニワトコのジュレのレシピの材料は、2つともほぼ同じ。
レシピ 1

傘状の花5~6個
熱湯 1.5リットル
レモン1個のしぼり汁
ジャム用の砂糖 2キロ
レシピ 2

花 150グラム
熱湯 1.5リットル
レモン1個のしぼり汁
砂糖 1キロ
寒天 5グラム

作り方:
  1. 花の茎は、緑色の部分も全て除き(入れると苦くなる)、サラダボールに入れる。
  2. 熱湯をかけてラップし、3日間そのままにしておく。
  3. キメの細かいザルでこして鍋に入れ、残りの材料を加えてかき混ぜ、沸騰してから5~7分煮る。
  4. 出来上がったら熱湯消毒した瓶に入れ、逆さまにして冷やす。


シュローの花をワインに漬け込んで作るVin de sureauもあり、花の選び方が書いてありました。
  • 花を摘むときには花粉が落ちないように注意する(花粉に香りがあるため)。
  • 朝早い時間に摘むのが望ましい。
  • よく開いていて、盛りが過ぎてはいないものをとる。
  • 虫が入り込んでいることがあるので注意する。

同じ材料をワインに漬け込んだものを作るレシピの動画を入れておきます。どうしようもなく不味いワインは変身するという利点があると思いますが、私が普通に入手しているブルゴーニュワインを使ったら、もったいなさすぎると思う...。


Recette du vin aux fleurs de sureau



ニワトコ属の植物

レシピを眺めていたら、食用にするニワトコはsureau noirセイヨウニワトコ)で、紛らわしい植物があるので注意するようにと書いてありました。

フランスの野原によくあるニワトコ属の植物は下の2種類。それから、赤い実がなるSambucus racemosaもあるようです。実に毒性が全くないのはセイヨウニワトコだけ。

セイヨウニワトコ
仏語名: Grand Sureau、Sureau noir
英語名: Elder, Black elder

※高さは7メートル位までに育つ。
サンブクス・エビュルス
仏語名: Sureau hièble、Sureau yèble、Petit Sureau、Hièble
英語名: Danewort, Dane weed

※高さは2メートルを超えない。
開花期: 5月~6月




Sambucus nigra0
開花期:7月~8月



花の先が赤い。

Sambucus ebulus1.jpg
実の房は下を向いている。



実の房は上を向いている。



実をつぶすと臭い。実には毒がある。

Sambucus ebulus fruit Georgia.jpg


2つの違いが分かると、食用にできるセイヨウニワトコは見分けられそうです。実は下を向いているのが特徴なのでした。つまり、私が撮影して上に入れたのは間違っていた! そういえば、匂いを嗅いでみて、ちっとも良い匂いではないと感じていたような気がします。

フランスで見かけるニワトコ属には、Sambucus racemosaの方は、実に軽い毒性があるそうです。見分けは付きそうですね。特に実は、鮮やかな赤い色なの間違えようがない。

学名: Sambucus racemosa
仏語名: sureau à grappes、sureau de montagne、sureau rameux、sureau rouge

Sambucus racemosa Sambucus racemosa



ユダのイメージがあるセイヨウニワトコ

セイヨウニワトコの実が吊り下がった形になっているからでしょうか? フランスでは、これをイスカリオテのユダが首つり自殺した木に例えて「arbre de Judasユダの木)」という人もあるようです。

Judas hangs himself. Gelati fresco

Judas hangs himself. A fresco from the Gelati monastery, Georgia
Galleri: Jesu lidlseshistorie


La pendaison de Judas, Gislebert
Cathédrale Saint-Lazare d'Autun


イスカリオテのユダが首吊りに使った木は、セイヨウハナズオウ(Cercis siliquastrum)という樹木だとも言われるようです。この木は、フランスでは「Arbre de Judée(ユダヤの木)」と呼ばれています。



でも、この木の名前に入っている Judée(ユダヤ地方)というのは、ヤコブの子ユダにちなんでいて、キリストを裏切ったイスカリオテのユダとは関係がないようなのです。

セイヨウニワトコの吊り下がった黒い実は不気味で、その方がユダの木と呼ぶのにふさわしいと私は感じますけど。それにしても、そんな謂われもある木を食用にするのって、薄気味悪いいではないですか?..


忘れ去られた食べ物

ニワトコ属について調べてみたのではありますが、これでジャムやワインを作ったりする気にはなっていません。

農家で出されたセイヨウニワトコの花で作ったジュレは、ほのかな香りがあって「興味深かった」のではありますが、果物で作ったジャムに比べたら、やはり「大好き」と言うほど評価はできません。

タンポポの花で作ったジュレに似ているかな、これはハチミツに似たものができるのですが、やはりハチミツの方が美味しいですよ。

ポール・ボキューズが言ったというフレーズを思い出しました。

Les légumes oubliés, on a bien fait de les oublier.
- Paul Bocuse

忘れ去られた野菜。それらを忘れたのは正解だった。

20年前くらいだったでしょうか。有名シェフたちが、食糧難の戦時中に食べて野菜などを使った創作料理をするのが流行りだしました。

忘れられた野菜というのは、たいてい味が薄いように思います。そういう使って、いかに美味しいと唸らせるかというのはシェフたちには面白い挑戦だろうとは思います。でも、私は美味しいとは思いませんでした。せっかくのフォアグラを、なんでこんな風味のない野菜と組み合わせるんだ、などと思ってもしまいましした。

最近はブームが少し下火になった感じがします。忘れ去られた野菜というのは、やはり美味しくないから需要がなくなったからだと思うのですけど...。


Chantilly pharmacological jar with Kakiemon designs 1725 1751
ニワトコの薬用果汁シロップを入れた薬壺(18世紀)
追記 1

コメントで「エルダーフラワー・コーディアル」というのがあると教えていただきました。

実は、フランスのレシピを探していて、セイヨウニワトコで作ったシロップというのが出てきていまして、花粉症に良いというのに気を惹かれたのですが無視していました。

昔の野菜は美味しくないなどと書いてしまったのですが、昔の人たちは自然の中にある、口当たりも良くて、自然な薬効効果もがある植物を口にしていた、というのも忘れてはいけないと反省しました!

自然の万能薬!エルダーフラワーの効能がすごい!


追記 2:

セイヨウニワトコについて調べると、色々出てきてしまって収拾がつきません。

「ユダの木」と呼ぶというのは、Wikipediaに書いてあったのですが(出典を付けろという注釈付き)、普通のフランス人に聞いても、そんな呼び名は知らないと言われるのではないかと思います。

ともかく、丈夫な木。薬用にも使えるなど身近な植物だったので、ヨーロッパ各地で色々な俗信も生まれたようです。

フランス情報では、oreille de Judas(ユダの耳)というのも出てきました。枯れたニワトコ属の植物から奇妙なキノコが生えるのだそう。

Oreille de Judas

oreille du diable(悪魔の耳)とも呼ばれています。確かに不気味なキノコ。でも、調べてみたら、中華料理でよく使うキクラゲのことなのでした!

このキノコをクラゲに例えるか、ユダや悪魔に例えるか...。文化の違いって面白い。そういえば、クラゲもフランス人には薄気味悪い生き物でしょうね。中華料理のクラゲがコリコリしていて美味しいのだと話したら、あんなものは食べたくないと言われました。


なお、ニワトコは幹の芯を抜き出しやすいので、フルート(ミルリトン、ファイフ)やホイッスルにもされていたとのこと。


Le Joueur de fifre, Édouard Manet(1866年)

日本では単に「笛を吹く少年」という訳されていますが、フランス語の作品名では笛が何であるかを特定していて、これがファイフと呼ぶ楽器なのだそうです。

ブログ内リンク:
★ 目次: レシピ、調理法、テーブルウエアについて書いた記事
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化

外部リンク:
L’arbre de Judas et son oreille
【レシピ】
Recette Gelée de fleurs de Sureau
Gelée de fleurs de sureau
Gelée de sureau
Confectionner de la gelée de sureau
Vin de sureau facile
Vin de fleurs Sureau, sirop de fleurs Sureau et gelée de fleurs de Sureau
【忘れられた野菜】
Légumes oubliés
Top 10 des légumes oubliés à redécouvrir en temps de guerre
Pourquoi les légumes oubliés ont-ils été oubliés ?
Les légumes oubliés les exposés de Lucullus Succulus
【ユダの裏切り】
「ユダの接吻・ユダの裏切り」 ジョット
「銀貨30枚を返すユダ」  レンブラント


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2015/11/05
パリでメトロに乗ったとき、一緒に乗っていた友人が、すごく近代的でしょう、と自慢しました。

ドアの上に液晶画面があって、路線のどこにいるかの地図や、次の駅の名前などが出てくるのです。そんなのは、東京の地下鉄は昔からやっているし、ニュースとかコマーシャルなんかも流しているよ、と私。

でも、パリのメトロにしては画期的進歩でしょうね。

始めて利用したときには、どうしてこんなに不便なシステムにしているのだろうと思ったものでした。乗っているとき到着して駅のホームにある大きな駅名を見ると、その駅の名前しか書いていないので、次はどこに止まるのか分からない。電車の中には路線図もない。ホームに降りる前に、しっかり路線図を眺めているか、メトロの地図を持っていないといけないのです。

日本の科学技術は進んでいるから、と友人は苦笑したけれど、本人が感心しているから話しを続ける。

自動運転だし...。

運転手がいないの?!

薄気味悪くなりました。
2015年秋 パリ首都圏旅行シリーズ
その11 
目次



たまたま先頭に乗っていたので前が見えるのでした。かなりスピードを出して走っているのですが、無人運転なの?!...

何か問題がおきた合に運転手を配置できる措置も、空間さえも、ないように見えます。でも、取っ手のようなものが見えるので、そこをピアノの蓋のように開けると操縦ボードが出てくるのかな?... でも、人が立てるようなスペースがあるようには見えない...。

パリのメトロでは、ホームに駅員の姿も見えないのではないでしたっけ? 車掌も見たことがないような気がします。抜き打ちの無賃乗車検査以外では駅員がほとんど目に入らない。

何かあったときには、どうするの?!

電車を降りてから、本当に運転席には誰もいなかったのかを確かめました。



運転手席の部分は、ないですね。
一番前に座っている人が見えますが、乗客です。


こういうのは、日本語では「自動列車運転装置(ATO: Automatic Train Operation)」、フランス語では「Pilotage automatique」と呼ぶらしい。面白い名前は付いていないようです。

もちろん、列車はコントロールセンターのようなところで動かしているわけでした。私が乗ったパリメトロ1号線の制御室は、こんな風になっているのだそう ↓

PCC Ligne 1
 Poste de commande centralisé (PCC) de la ligne 1



パリ地下鉄1号線が無人運転化


La ligne 1 ou la ligne de toutes les innovations


パリ交通公団(RATP: Régie autonome des transports parisiens)が採用しているシステムはSAET(Système d'automatisation de l'exploitation des trains)。現在のところ、1号線と14号線で無人運転を実施していて、4号線の自動化が2022年完成予定で進んでいるようです。

パリの地下鉄も近代化したのですね。20年くらい前、来日したパリ交通公団の社長さんのお世話をしたときに聞いた話しを思い出しました。東京の地下鉄を一緒に見学して、運転手の席にも入れたのが楽しかった思い出。

そのときに挙げていたパリの地下鉄の問題点が興味深かったのでした。
  • 新しく路線をつくろうとして掘ると、必ずと言って良いほど遺跡がでてきてしまうので、工事ストップが入って工事が遅れる。
  • 毎日と言って良いほど線路に飛び込み自殺をする人がいるので、列車ダイヤが乱れる。
東京の地下鉄は、ここに止まるというところで待っていると、そこにぴったり止まることに感心していらっしゃいましたね。

フランス人が日本に来ると、ホームにゴミなどがなくて清潔なのに感心します。でも、今回行ったパリのメトロでは、ずいぶんきれいになったような気がしました。少なくとも、最近はタバコの吸い殻をホームに捨てる人はいなくなったのではないかな...。

ところで、運転する人がいない電車は、日本にもありました。日本の大都市では過密ダイヤルなので、無人運転の電車は多くはないようです。

東京だったら、ゆりかもめ東京臨海新交通臨海線が無人運転をしているそうです(一部の時間は除く)。

そう言われても、乗りに行こうとは思いませんけど。


Y a-t-il un pilote dans la rame ?

運転席に誰もいないのに電車が突っ走っているのって、薄気味悪いものですね...。

トルコのカッパドキアで気球に乗った日本人観光客の体験記を思い出しました。

地上に近づいたあとに気球が空に上がっていったとき、ふと気がつくと操縦していた人がいなかった。

変だと思って下を見ると、グループの1人と操縦していた現地女性が手を振っていた。地面に近くなったところで身を乗り出して記念撮影をしていてカゴから落ちてしまったらしいのです。

体験記を書いていた人は、乗ったときから操縦に興味を持って眺めていたので、なんとか真似をして無事に着陸できたというお話しでした。

私も同じところで気球に乗ったのですが、ああいう乗り物では事故がおきない方が不思議だな、と思って調べたら出てきたのでした。


運転する人がいない地下鉄で事故はおきないのでしょうか?

フランスがそういうことをやるのって信頼できないのですよ...。新しい新幹線の車両を開発して出来上がったら、車両の幅が合わなくて駅を通過できないことが分かったので駅の改修工事をしたなんてことがおこる国なのですから:

フランス鉄道であり得ないミス、総額150億ユーロの費用を投じて発注した新型車両の設計ミスで駅舎を通過できないことに

まして最近はテロもあるのだし...。

今年の春先には、ジャーマンウイングス9525便墜落事故もあったのだし...。でも、あれは、操縦席にパイロットが入れなかったのが問題であって、初めからパイロットが必要ないなら問題ないわけか...。


Journée portes ouvertes dans le métro

パリの地下鉄で事故がおきたことがないはずはない、と思って情報を探したら、こんな動画がでてきました。次の駅に到着するまでの間、ドアが開いたままで走ってしまったのですって!


les portes du métro restent ouvertes entre 2 stations

恐いですよ~! でも、乗っている人は誰も慌てていない。開いたドアの横に腰かけている人さえ動揺していないので不思議...。

最近はやりのトリック映像なのだろうと疑いました。でも、投稿している人がインタビューに答えている記事もあったので、本当に起こったことのようです。次の駅で停車してから動きだしたときには、普通にドアが閉まった、と証言しています。

動画が投稿されたのは今年の3月31日。ドアが開いたままで2つの駅の間を走行した場面を撮影したもので、スマホで撮影した1分13秒間のビデオでした。

このアクシデントが発生したのはパリメトロ10号線。これが投稿されてしばらくしてからツイッターで話題にされて騒がれ、それから地下鉄の会社が調査に乗り出したとのこと。

パリの地下鉄の中でも、この10番線の車両は最も古いのだそうです。それでもブラックボックスも装備されているし、ドアが閉まっていなかったら発車できないシステムになっている、とのこと。なぜ、こんな事態が発生したのかという原因が分かったという報道は見つけることができませんでした。

無人運転車ではなかったようです。どっちにしても起こり得ることでしょうね。危険があるのは、運転者がいようと、いまいと、同じなのだろうと思います。

それにしても、奇妙な動画です。乗客たちはドアが開いていることに全く動揺していない。ビデオを撮った人だけは事の重大さに気がついているのに、緊急ボタンを押してもいない。

この動画の信ぴょう性を疑っている記事もありました。そこで持ち出していたのは、2010年にリヨンで起きたという事故の投稿動画。話題になった下の動画は、トリック映像なのだそうです。


Accident de bus à Lyon

この動画を投稿した人は「インターネットの映像に騙されてはいけない」と言って、どうやって作ったのかも詳しく説明しています。すごく手間をかけて作ったのですね:
☆ YouTube: Accident de bus à Lyon Making of


でも、ドアが開いたままで走ったパリのメトロの動画を投稿したという人にインタビューしたという記事では、その人の名前と職業を入れているので、本当に起こったことだと思うのですけど。

おこりそうなことは、いつかは必ずおこる。100%安全! というのは、絶対にありえないと思います。

動画を探していたら、同じように電車のドアが開いたままで走った事件として、ブラジルのサンパウロの地下鉄、ベルギーの路面列車の映像が出て来ました。

ブログ内リンク:
★ 目次: 乗り物に関して書いた記事(自動車、自転車、トラクター、船など)

外部リンク:
Wikipedia: 自動列車運転装置 » Pilotage automatique (métro)  » Automatic train operation
Wikipédia: Système d'automatisation de l'exploitation des trains (SAET)
Wikipédia: Stations fantômes du métro de Paris

Il filme le métro qui roule portes ouvertes J'ai voulu insister sur la vétusté - francetvinfo 17/04/2015
Métro roulant les portes ouvertes l'incroyable vidéo d'un voyageur - Le Parisien 14/04/ 2015
À Paris, la rame de métro qui roulait les portes ouvertes - Le Figaro 15/04/2015
L'étrange vidéo du métro qui roule portes ouvertes - L'Express 15/04/2015
Wikipedia: フライングハイ(映画) » 英 Airplane! » Y a-t-il un pilote dans l'avion ?
Vidéo fake d'un bus à Lyon: "Aucun accident de ce type"  28/01/2010

OKWave: 完全無人自動運転しない日本の地下鉄
実はすごい「ホームドア」 鉄道の自動運転化には欠かせぬ存在だった
☆ 日本地下鉄協会: フランス パリ
パリの交通情報
パリメトロ車両の解説(総説)
パリのメトロ乗り方ガイド


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2015/11/04
今回行ったパリでは、今まで見たことがなかった乗り物を見ました。

2015年秋 パリ首都圏旅行シリーズ
その10 
目次


自転車のタクシー: ヴェロタクシー(vélo taxi)

こんなのは、今までにパリで見たことがありませんでした。しかも、あちこちで出会ったのです! 薄気味悪くなるほど、たんさんいました。



こんな感じの自転車は、時々はフランスの地方都市で見ていました。広告が付いてあるので(ラッピング広告と呼ぶらしい)、新しい形のサンドイッチマンかと思って眺めていました。変わっているので目立って、つい目が行ってしまう、という宣伝効果?

でも、パリで見たのはお客さんを運ぶタクシーのようなのでした。

東南アジアでよく見るタイプですよね。フランス人は、よく行く低開発国での呼び名でpousse-pousseとかTuk-tuk とか呼ぶ乗り物。つまり、人の力で動かす乗り物タイプ。

フランスは深刻な不況で仕事がない。こういう仕事もできたか... と、複雑な思いがしてくる...。

体力がいるだろうし、パリの町中では車がかなりのスピードを出して走っているので危険もいっぱい。そういう仕事をする人たちが現れたというのは、フランスの不況の深刻さを現しているように見えてしまう...。フランスは労働者の権利が日本とは比べ物にならないくらい保証されているし、変な仕事をするくらいなら失業保険をもらっていた方が良い国だったからです。


まず、何と呼ぶ乗り物なのかを調べました。

vélo taxi、vélo-taxi、triporteur、pedicab、cyclo-taxisなど色々な呼び名が出て来ました。

vélo taxi(ヴェロタクシー)というのが一般的なようです。véloというのは、vélocipède(ベロシペード)の略で、bicycletteのくだけた言い方。つまり、自転車です。

3輪車で、お客さんは2人、無理すれば3人乗れるという形でした。

乗り心地は悪くないのだそう。従って重いらしいのですが、ペダルを踏むのを電気で助ける装置はあるようです。


パリではヴェロタクシーが急速に増えていた

観光シーズンの夏にはたくさんのヴェロタクシーがいると書いてありましたが、私が行った9月でもかなりの量でした。

ここ2、3年で、パリにおびただしく増えてきたのだそう。


Les vélos-taxis envahissent Paris
 France Bleu 2015/07/18

フランスでも、終戦直後の貧しかった時代には自転車タクシーが存在していたそうです。それは自動車の普及とともに消え去っていたのに、21世紀に入ってから復活してきたようです。

このサービスの火付け役は、2003年にフランス中部のリヨン市で始めたCyclopolitain 社。パリにヴェロタクシーが登場したのは2007年。

それが急激に増加したようです。2010年にはパリには10台くらいあっただけなのに、2013年には約200台となった。今年のニュースでは、夏のパリには400台とか500台とかになっているのだと書いています。

ロンドンでは2,000台くらいあるので、それに比べればパリは少ないのだそう。

こういう人力タクシーは、体が不自由なお年寄りも利用するけれど、主な利用者は観光客。それで、観光スポットに行くとやたらにいる、というわけでした。

短距離の移動には余り向かないようですね。料金がタクシーのようにははっきりしていないので交渉するらしいのですが、長時間チャーターすれば割り引いてくれるけれど、短時間だとそれがないようなのです。

それから、ただ移動するというのなら時間がかかりすぎる。オルセー美術館からエッフェル塔に行くには、ヴェロタクシーだと20~25分かかって、タクシーの所要時間の3倍になってしまうとのこと。そのくらいの移動距離だと、タクシーの方が安上がりでもあるようです。


ヴェロタクシーは企業のチャンス?

ヴェロタクシーにはフランチャイズもありました。て、比較的少ない費用で企業することができるというのも、始める人たちを増やしているようです。

この仕事は、フランチャイズにしては収益は少ない。その代わり、始める費用も少なくて済むというのがメリット。登録料に240ユーロ、毎月の支払いが80ユーロ、という情報がありました。確かに、失業者でも始められる金額ですね。「あなたも企業家になろう」という感じで加盟する人を募集しています。

宅配をするのに利用するというのも出来てきたようです。もちろん、ラッピング広告で収入を得る道もある。というわけで、将来的にもっと増えるだろうと見做されていました。

自動車よりもエコロジーとしては良いです。大気汚染はしないし、騒音も出さない。でも、パリの交通事情を考えると、これ以上増えるのは問題になるのではないかという気もします。

新しい商売なので取り締まりも未だはっきりしていない。自動車のようなモーターがないので自転車専用路を走っても大丈夫「らしい」という感じ。でも、タクシー専用の駐車場に止めたら罰金を取られる。環境に優しい乗り物だからといって、パリ市が援助しているようには見えませんでした。

ヴェロタクシーの数は増えすぎたので、すでに客を確保するのが大変になってきたようです。東欧から流れて来た人たちが届け出もしないでやっていたり、ほとんどオートバイのような装置にしているのが見つかったりするトラブルもあるとのこと。

今では、パリやリヨンの他に、リール、マルセイユ、ボルドー、トゥールーズなどの大都市にもヴェロタクシーが走っているそうです。日本でも、2002年にべロタクシーという運営団体が設立されていました。


こんなのもある...



タクシーとしても利用できるし、借りきってしまうこともできるタイプのようです。こちらは「Tuk-Tuk(トュクトュク)」と呼ぶのが一般化しているようです。

私は、ノートルダム大聖堂に近いあたりでみかけました。結婚披露宴のお祭り騒ぎで何台も借りたのではないかと感じました。交差点のところで同じ車が数台あって、たがいにはしゃいだりしていましたので。



エレクトリックカーと書いてありますね。つまり、こちらもエコロジー・ブームで登場したわけですか...。

これと同じ車を探したら、Allo TukTuk Parisと出て来ましたが、他にも会社があるし、個人で車を買って営業している人もいるそうです。

パリにお目見えしたのは2011年。2013年には50台になったという情報がありました。


こういう乗り物は営業タクシーと違うので特別な駐車場がない。原則として予約して利用するということになっていました。その問題点を伝えるニュースに日本語の字幕スーパーがあるものが見つかりました:


パリにやってきたトゥクトゥク、その人気ぶりと問題点 AFPBB News 2013/11/18公開
⇒ フランス語版はこちら: A Paris, les tuk-tuks fleurissent... tout comme les PV


観光地で変わった乗り物に乗って市内見物をするのなら、私は馬車の方が好きですけど...。



パリで見て驚いたものシリーズ。もう1つの乗り物は、地下鉄でした。
パリで見た奇妙な光景: 無人運転のメトロ

ブログ内リンク:
★ 目次: 乗り物に関して書いた記事(自動車、自転車、トラクター、船など)

外部リンク:
ヴェロタクシー:
☆ Wikipedia: 自転車タクシー » Vélotaxi | ベロタクシー
☆ Wikipedia: 三輪タクシー » Tuk-tuk
☆ Wikipedia: Pousse-pousse = 人力車
Les vélos-taxis à la conquête de Paris 19/07/2015
Les vélos-taxis Paris 18 juillet 2015
Les vélos taxis, une autre façon de créer sa boîte 6 mai 2015
Vélos-taxis : HappyMoov va déployer 150 véhicules à Paris en 2015 6 mars 2015
VIDEO. Les vélos-taxis débarquent à Paris 28/12/2014
Vélos-taxis: les clés du succès 11/05/2013
Les services de vélo avec chauffeur
Cyclopolitain

トュクトュク:
Allo TukTuk Paris
Les chauffeurs de tuk-tuk parisiens se plaignent d'une réglementation inadaptée - Le Fogaro 21/08/2013



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2015/10/05
少し前にクイズを出しました:
クイズ: 城のダイニングルームにあったものは何でしょう? 2015/09/25

答えを考えてくださった皆様、どうもありがとうございます! 全てのコメントを非公開にしたままで書き込んでいただいていたのですが、コメントは全て公開したので、正解を発表します。


クイズにしたもの

時々している「これは何でしょう? クイズ」で、今回取り上げたのは、これでした ↓

 

城のダイニングルームにある暖炉の横にあったものです。容器には蓋があったのですが、無くなっていました。


クイズの正解を出していただきました

暖炉と同じ柄の陶器ですし、中は黒くなっているので、炭や薪に関係しているというところでは皆さまの答えは一致していました。

寄せてくださったお答えを並べてみます:
たかゆきさん: オマル(薪を入れて消火した)
をやぢさん: 熾火を入れて、足温器、コタツ、手あぶりとして使う
aostaさん: 灰入れ
徒然わいんさん: 燃えさしを入れて暖をとる、あんか ⇒ 火鉢 ⇒ 消し壷

これには暖炉の薪が燃えた後に残る熾火(おきび)を入れて、暖房器具として使っていたそうです。

最も言い当てている言葉は、コタツだと思いました。というのも、これは両手で持てるように取っ手が付いているので、熾火を入れた後にそれを運んで...

なんと、食卓のテーブルの下に置いたのだそうです!

ここはダイニングルームなので、暖炉の向かい側には当然ながらテーブルとイスが並んでいます。



テーブルの下に入れておくと、そのあたりが暖かくなるというのと、ちょっと足を乗せたら温まりそう。壺の下の方が小さくなっているということは、靴がぶつからないようにという配慮でしょうか?

この部屋には暖炉は1つしかありませんでした。そんなには広い部屋ではありませんでしたが、天井の高さが4メートルあるので、暖炉だけでは寒かったのでしょう。

でも、テーブルは木でできているので危ないですよね。それで、容器には蓋が付いていて、それでも火が消えてしまわないように容器には通風孔が付いていたのでした。

こんな陶器製の重そうなものなら、足がぶつかったくらいでは倒れる心配はなかっただろうと思います。

テーブルの下に置くならコタツだ、と私は思ったのでした。

コタツは布団をかぶせて熱が逃げないようにするわけですが、西洋式のテーブルの下に置いたって、分厚いテーブルクロスが布団の役割を果たしたのではないでしょうか?

というわけで、「コタツ」を正解にしたかったので、「火鉢」とお答えをいただいたとき、もう1歩進んでコタツにしてくださらないかなと期待してしまったのですが、逆に遠ざかって「消壺」が出てきてしまいました。それで申し訳なくなって、今までいただいたコメントを全て開封して公開することにしました。

「火鉢」というお答えも正解ですね。つまりは、火鉢をテーブルの下に入れていた、ということですから!


Chaufferetteと呼ぶ道具

城を案内してくださった方は、この道具を「chaufferette(ショーフレット)」と呼んでいました。

知らない単語として聞いたとしても、なんとなく想像できる名前です。動詞のchaufferは、暖める、熱するの意味がありますので。

熾火を入れるタイプは「chaufferette à braise」と言う方が特定できると思います。braiseは薪を燃して崩れてきた状態になったものを指し、暖炉でバーベキューをするときも、この状態になってから肉を焼くのが普通です。

chaufferetteを仏和辞典で引くと、こんな訳語が出てきます:
足温器(chauffe-pieds)、あんか。炭のおき、熱湯または電気を用いる。

この訳語からは、火鉢とかコタツは連想できないのですが、昔に使っていた熾火を入れるシステムの暖房機は、もっと小さなものが普通だったのです。

Chaufferette à braise


「chaufferette」という言葉が文献に現れたのは13世紀だそうです。フランスにセントラルヒーティングが普及するまでは、つまり高度成長期になって生活水準が上がるまでは、この熾火を入れる道具が使われていたようです。

暖炉から離れた窓辺で縫物をするときに足元に置いていたとか、教会のミサに持っていったという思い出話しがありました。

この道具を持った女性のサントン人形

まだ炭のように燃えている熾火を入れるわけなので、道具は金属製が大半だったように見えました。

この城のように陶器製の火鉢のような形のものは、サイトで画像検索しても出てきませんでした。19世紀にベルギーから取り寄せたと説明されていましたが、その時代はヨーロッパの人々が東洋に出かけた時代。何処かで火鉢を見てアイディアを得たのではないかという気もします。

chaufferetteという単語自体は消えてはおらず、現代的なカイロのようなものもchaufferetteとして売られていました:
「chaufferette」をキーワードにして、フランスのアマゾンで検索

1. クイズ: 城のダイニングルームにあったものは何でしょう? 2015/09/25
2. 答え: 変わった昔の暖房器具
3. クイズ: 熾火を使う暖房器具に穴があるのは、なぜ?


残る疑問: 容器の下には穴がある!

これは、コタツか、テーブルの下に入れてコタツのように使う火鉢と呼びたいと思います。

ところが、そう書いた作っていたら入ってきたコメントで、新たな疑問がわいてきてしまいました。

下の写真で、赤い矢印を入れたのは通気口の穴。それは良いのですが、下にも大きな穴らしきものが開いているのです。



こんなところに穴が開いていたら、小さくなった熾火や灰が、パチンコ台の穴から玉が出てくるようにあふれ出てきてしまうではないですか?!

Stanisław Leszczyński石を敷き詰めた床なので、火事になる心配は少ないでしょうけれど、食卓に座っている人の洋服に火の粉が飛ぶ危険はあるはずです。

ポーランド王とロレーヌ公の称号を持っていたスタニスワフ・レシチニスキは、自分の寝室にある暖炉の熾火を動かして火をおこそうとしていたらガウンに火が移ってしまいました。

2月5日のことだったので、寒かったのでしょうね。

そのガウンは、娘さんがプレゼントしたばかりの豪華な毛皮だったというのも皮肉...。ガウンが燃えだしたのを消そうとした彼は、熾火の中に倒れてしまった。88歳という高齢だったし、ご馳走の食べ過ぎで巨体だったのがいけなかった...。

大変な苦しみ方をして、火傷をしてから17日後、2月23日に亡くなったそうです。

ロレーヌ地方のナンシー市ある彼の名を付けたスタニスラス広場(世界遺産登録)は、最近に修復も済ませ、とてつもなく美しい姿を見せています。


それは置いておいて、私のコタツの穴。

見学したときには、この穴についての説明はありませんでした。

それで、また新たに調べてみると、答えはこれではないかなというのが見えてきました。でも、全く確信はありません。

それで、またクイズにしてしまって、皆さまのお知恵を拝借させてください。

この次は、問題の部分を大きくした写真を入れますので、よろしくお願いします。

続き: クイズ: 熾火を使う暖房器具に穴があるのは、なぜ?

ブログ内リンク
★ 熾火でベッドを温める道具:  クイズの答え 2010/09/16
★ 目次: ロウソク、キャンドルスタンド、暖炉、燃える火
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事
★ 目次: クイズを出した記事一覧
★ 目次: サニタリーに関して (トイレ、浴室、洗濯、衛生)

外部リンク:
☆ Wikipédia: Chaufferette
Collection de Chaufferettes
Ma collection de chaufferettes
SE CHAUFFER EN HIVER


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2015/08/08
通りかかった道路に、こんなのが見えました。



「Plage(ビーチ)」と書いてある。

パリ・プラージュ(Paris Plages)」をもじったのだと思いました。

パリ市が2002年に始めた企画で、セーヌ河の畔に砂をおいて人工的なビーチにしてしまうアイディア。

それが大成功してフランス各地の都市でも行われるようになっているけれど、ここのような小さな村ではそんなことはできない。

それで、この少し先にある川のほとりがビーチだというジョークだろうと思ったのです。

ところが...


段差があることを示す道路標識だった

よく見ると、これは道路に盛り上がった部分があるという標識なのでした。

こんな感じで普通は道路標識がついています。



「ralentisseur(段差舗装)」と呼ばれる標識。少しの盛り上がりがあるところは「dos-d'âne(ロバの背中)」と呼ばれますが、町村が奏功する車の速度を落とすためにわざわざ段差を付けることもあります。

Coussin berlinois en caoutchouc vulcanisé車の速度を落として走っていてもガクン・ガクンとなるので、危なくて仕方がない。

オートバイなどは平行を失って倒れたりするので、かえって事故が増えるとも批判されているシロモノ。

それで、こういう段差舗装の悪口で、「gendarme couché(横たわった地方警察官」とも呼ばれています。警察官のポリスは都市にしかいなくて、交通違反を取り締まるのは地方警察官だからです。

あちこちでそういう道路になった時期があったのですが、その後にかえって危ないと批判がでたので道路を平らにしたりしていたのですが、また最近は段差を付けるところが出てきた感じがします。

入れる画像を探していたら、段差舗装にするのには法律的な制約があるのに、現在ある段差舗装の3分の1は違反しているという調査結果があったのだそう。本当に、危なっかしくて仕方ないほど急に盛り上がっているところがあります。


それにしても、道路標識に悪戯をしてしまったのを村は放置しているのは奇妙。

でも、ヤシの木を立てた島の絵にしてしまったこの村では、その近くには段差がないので奇妙に思ったのですが、道路は平らにしたけれど道路標識の方は残っていたのだそうです。それでユーモアということで大目に見られているのかもしれません。

写真を眺めて気がついたのですが、ヤシの木の周りが白っぽいので、絵を描いたのではなくてシールを張ったのかな、と思いました。それで気になって調べてみました。


道路標識に悪戯してしまう芸術家

この村の誰かが考え出したわけではなくて、話題になっている悪戯アートなのでした。

こんな動画が見つかりました。


EXTERMITENT - CLET


クレ・アブラーム(Clet Abraham)という芸術家があちこちでやっているらしい。イタリアに住んでいるけれど、ブルターニュ地方出身のフランス人なのだそう。


Clet Abraham, lo street artist ridisegna i cartelli a Genova



Meet Clet, A European Street Artist Who Defies Authority By Tweaking Street Signs


彼と一緒に仕事をしている日本人女性が関西で道路標識にステッカー張りをして、今年の始めに警察に逮捕されたそうでした。

クレ アブラーム 標識に落書き!ついに逮捕か!?

イタリアやフランスでやったらユーモアだと見逃してくれるかもしれませんが、真面目一徹の日本でやったら犯罪行為としか受け取られないでしょうね...。

なかなか面白い作品(?)なのではありますが...


道路標識に落書き!フランス人の芸術家クレ・アブラーム


でも、危険を知らせる道路標識だということに気がつかせなかった人が事故がおきてしまったら、「芸術活動です」では済まされないですよね。やはり、こういう悪戯はすべきではないと思うけれどな...。

ところで、リヨンに住んでいらした日本人の方が、奇妙な信号機を見かけていたことをブログに書いていらっして( これは、この為に???)、私も気になっていたのですが、この種のアート(?)だったのかな、と思いました。この記事を読んだのは、もう10年近く前のこと。やっと謎が解けた?

ブログ内リンク:
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って » ストリートアート
★ 目次: フランス人のジョークについて書いた記事

外部リンク:
道路のデコボコを表現するフランス語
Un tiers des dos d'âne seraient non conformes
☆ Wikipedia: クレ・アブラーム(Clet Abraham)
フランス人、落書きしたアーティストが悪いだろ!日本には日本のルールがある! - フランス人の反応をまとめてみた
Ces panneaux de signalisation détournés qui font enrager la police japonaise
Cet artiste qui détourne les panneaux de signalisation
Street Art et Panneaux de Signalisation – Clet Abraham


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2015/06/28
フランスでは、歴史に残る偉人にゆかりがある家屋であることを示す記念碑プレートを付けている建物があります。それを茶化しているようなプレートが付いている建物もある。

フランス人の冗談好きの現れであって、面白がってプレートを付けているのだろうと思っていました。ところが、そこに住んでいる人たちには断りもなく、なんだか変な記念碑プレートが付けられる、ということもあるのだそう。

記念碑プレートについて書きながら調べていたら、特にパリでは、それをやられて当惑しているマンションのニュースが出てきました。面白いからそのままにしておくか、やはり根拠のない記念碑プレートは取り外すべきか?... と、住んでいる人たちは悩むらしい。

つまりは、犯人がいるということ? どうでも良いことなのではありますが、気になったので背景を調べてみました。


何もなかった年月日の記念碑プレート

前回の日記「フランスの建物に付いている記念碑プレート」では、フランスの建物には記念碑プレートが付けられているのを紹介して、こんなのが付いていた家もありました、と書きました。


ここでは、1583年4月17日に、おそらく何もおこらなかった

何もなかったなどという記念碑プレートを付ける必要はないのですから、おふざけだとすぐに分かりますよね?

これはよく見かけるプレートで、文章には多少のバージョンがあります。「全く何もおこらなかった」と書いてあるのは共通していますが、それがいつだったかは統一されていません。それから、「何もおこらなかった」のが、どの程度のことであるかを示す副詞の部分が異なっていたりもします。

下は、「おそらく」の文字がないシンプル・バージョン。


1967年4月17日に、ここでは、何もおこらなかった

私が一番好きなのは、「おそらく(probablement」何もおこらなかったではなくて、「strictement(厳密に、完全に)」何もおこらなかったという文章。その方が愉快ではないですか?

こういうのです ↓


ここでは、1891年4月17日に、厳密に何もおこらなかった

上のプレートは、文房具店で売っているのを見たことがあります。こちらのネットショップでも売っていますね。29.90ユーロですって。エナメル加工した高級品のプレートですが、4,000円を少し超える金額。そんなにお金を出して遊びたくはないですよ~!


ここまで書いて、ふと、気がつきました。

ここで挙げた3つ例では、それぞれ年号は異なっていますが、4月17日(17 avril)ということでは共通しているのです。何か特別な日なのでしょうか?

プレートに書いてある「rien(英語にすればnothing)」の文字で思い出したのは、フランス革命が勃発した1789年7月14日の日記として、ルイ16世が「Rien」とだけ書いていたという有名なエピソード。襲撃を受けていながら「何もなし」はないだろうと言われましたが、実は、彼の日記は趣味にしていた狩猟について書いていたので、「今日は、獲物は何もなかった」というだけの意味しかない文字だったのでした。

その日記の日付は7月14日。今日では革命記念日として祭日になっているので、フランス人には馴染みが深い日付です。その日付の数字を逆に読むと4月17日になりますね。フランス語で「17 avril(4月17日)」と書いてあるのを見たときには何も思わなかったのですが、日本語にすると年月は数字だけになるので見えました。

わざわざ4月17日としているのは、7月14日のアナグラムなのではないか、という気がしてきます。

とはいえ、何もなかったと書いてあると、実は何かがあったのではないか? と気になってくる。偽の記念碑プレートに書いてあった年月日には何か特別なことが起きていたのかもしれない、と調べまくったフランス人のブログも出てきました。

でも、プレートを作ったのはフランスではない可能性もあるのだし、年号や年月には意味がないと思った方が良いのではないか、と結論しました。そうやって、思わせぶりなことをするのが、こういう偽の記念碑プレートの狙いなのでしょうから。


フランス人はジョークが好き

前々回の日記(「お向かいさんより、うちの方が良い」というプレート)で、こんなプレートを買って塀に付けた友人がいたことを書いています。
Plaque
"Ici c'est bien mieux qu'en face"

フランス人は、何か書いたものを張るのが好きなのかもしれない、と思いました。

カフェの中でも、よく見かけます。
こんなのが壁に貼ってあるのを見た、とブログにも書いていました:

 
カフェで飾りたくなるジョーク? 2014/04/15

フランス人から、フランスとイギリスのジョークはかなり違うのだと言われたことがありました。イギリスのジョークというのは、かなりグサリと差すほど辛辣なのだそう。これを見たとき、なるほどね... と思ったので写真を撮っていました。 

ワイン農家で試飲する場所の壁にも、格言風の文句が掲げられていることがよくあります。例えば、「女性とワインは悲しみを忘れさせる」とか...。

友達の家でトイレをかりたとき、壁にユーモラスなことを書いてあるのが貼ってあるのも良く見かけます。

でも、考えてみれば、何か書いてあるのを飾るというのは、日本人もよくやりますね。

こういうのは日本の観光地のお土産屋さんなどで売っているので、好きな人は多いのではないかと思います。私は教訓を家の中に置いたり、壁に張ったりというのは、なぜか好きではないのですけれど...。

日本とフランスを比較してみると、大きな違いがあると感じます。

日本では、生き方を示唆する言葉とか、元気づけになるような言葉ですよね? フランス人が飾るのはジョークばかりのように思います。それが日本のような格言だった、というのは見たことがないような気がする...。

日本人は、反省して前進しようと努力する。フランス人は、笑ってごまかして、前向きに生きる... という違いがある、と言えるのかな?...


本物らしく見える記念碑プレートもある

フランスでは、著名な人物にゆかりがあることなどを示す記念碑プレートが家の外壁などについていることが多いという例を書くために、こんなサイトがあったのでリンクを取っていました:
Liste de plaques commémoratives parisiennes

スルスルとスクロールして入っている写真を眺めて、パリで見かけた記念碑プレートの写真をコレクションしている人なのだろうと思いました。記念碑プレートなんていっぱいあるのだから、そんな写真をコレクションしていたらきりがないではないか、と思いました。

放置してブログを書いていたのですが、リンクを残す価値があるかと思って再び開いて、少し文字も読んでみたら、なんだか変なのでした。

例えば、こんなプレートが入っているのです ↓


公務員のKarima Bentiffaは、このマンションで、1984年から1989年まで生活した

公務員というだけで記念プレートが付けられているのは奇妙。それ以外に何か功績を残した人だったのだろうかと思いませんか?

この名前で検索してみたら、これと全く同じ文章のプレートが、パリ市内でかなり離れた地域の4カ所に付けられていたと出てきました。従って、偽物であるのは確か。

「〇〇年には何もなかった」などというのは、ひと目でジョークだと思わせます。でも、人の名前が書いてあると、私は知らないけれど、何か特別な人がいたのだろうかと思ってしまう。パリの国立古文書図書館まで行って、そのプレートが昔からあったのかと調べていたことを報告している人までいました。

結局、Karima Bentiffaは架空の人物のようです。同じ名前で文章が異なるものもあるのです。

別の名前を使っている偽のプレートもありました。職業などで誰であるかを説明する部分にも色々あって、公務員の他に、セクレタリー、配管工、専業主婦、独身、ルイ15世の情報処理技術者、等など...。

それから、誰それは「ここには住まなかった」、このプレートは何年何月何日に取り付けられた、などというのもありました。


誰が記念碑プレートを付けていたか?

こういうのは、その建物に住んでいる人がおふざけで付けているのだろうと思っていたのですが、そればかりではないのでした。

ある日、マンションの壁に記念碑プレートが取り付けられているのに住人たちが気がついて、書いてある人物は誰なのかなどと不思議に思ったりしている、という話しが出てきました。

もう10年くらい前から、パリではこういう偽の記念碑プレートがたくさん付けられている、とニュースになっていたのです。

自分の家に勝手に何かを付けることを禁止できる法律はないようなのですが、勝手につけられてしまった場合は、住人が取り外して良いのだそう。そんなことがニュースに書いてあるということは、被害(?)を受けた人が多数いるということなのでしょうね。

何なのか気になってきました。しつこく調べていたら、やっと理由が出てきました。

謎めいた偽の記念碑プレートだったのですが、ついに誰がやっているのかも判明したのだそう。あるアーティストが、仲間の手助けも得て、2001年の夏から、ひそかにプレートを付けていた、とマスコミの取材に応じていました。

ちゃんと、悲惨な事件があったような通りは避けているのだそう。目的は、不快感は抱かせずに、通りがかった人が都会では語られることもない無名の人々もいることを考えさせることにあるのだ、と言っていたらしい。

そのアーティストは簡単に持ち運べる折り畳みの梯子も用意していて、プレートを取り付けることで警察に目をつけられることがないようにも注意しているのだそう。

もっとも、本物のプレートに見えるだけで、材料費はそんなにかけていないらしいです。ポリスチレンの板に、浴室用の糊付き壁紙を使っているとか。

そう聞くと、二番煎じかな、と思いました。

パリには、人が気付かないうちに壁に落書きをして有名になった女性アーティスト、Miss. Ticがいるのです。名前を発音すると、英語でもフランス語でも通用する「ミスティック」になる。

そのことを書いた記事:
Miss.Tic(ミスティック): パリで人気の落書きアーティスト 2011/11/07

でも、ミスティックはサインを残していますが、記念碑プレートをとりつけるアーティストはプレートにサインは残していないし、マスコミの取材に応えるときも名前は明かしていません。何のために、そんなことをするのかな?...

ともかく、偽の記念碑プレートも存在するということは、観光しているときに注意しなければいけないかも知れない。ただし、さすがに実在の人物の歴史を歪めるものではなく、読めばジョークだと分かるものばかりにしているようです。そこまでに止めておかないと、犯罪になって逮捕されてしまいますものね。

シリーズ記事: 家の記念碑プレート


ブログ内リンク:
★ 目次: フランス人のジョークについて書いた記事

外部リンク:
☆ Réponse à Tout: Les fausses plaques commémoratives 30/09/2008
☆ Le Monde: Le mystère des fausses plaques commémoratives sur des immeubles parisiens 19.11.2002
☆ Le Parisien: Des fausses plaques commémoratives sur les façades 11/11/2002
Epigraphie immobilière parisienne
Une plaque de rue émaillée bien énigmatique: " Ici le 17 avril 1891 il ne se passa strictement rien !"


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2015/03/09
少し前、フランスのテレビニュースで、中国がコーヒーの生産に乗り出したと報道していました。

中国の緯度でコーヒーの木を育てられるのかな?... そう思って見始めたのですが、特殊なコーヒーを作り始めたことを見せる紹介なのでした。


超高級なコーヒー、Kopi Luwakコピ・ルアク

コーヒーの実を食べるのが好きらしい動物がいる。ところが消化できないので、豆のままで排泄する。糞を洗うと、超高級なコーヒー豆のできあがり、というわけなのでした。

Kopi Luwakコピ・ルアク)と呼ぶコーヒーなのだそうです。

コーヒーを消化できないくせに食べたがるという奇妙な習性がある動物は、フランス語で「civette」と呼ばれていたのですが、ジャコウネコのことでした。

つまり、こんな感じ?...


そんな変なコーヒー豆があるなんて、私は全く知りませんでした!


Wikipediaを見たら、写真が入っていました。ギョギョギョ~ッ!

luwak
Kopi Luwak already digested by Asian Palm Civet
Excréments de civette avant
récolte à Java oriental
Kopi luwak
Graines de kopi luwak après récolte

独特の香りを持つために珍重されているのに産出量が少ないので、とても高価とのこと。煎り過ぎて香りが飛ばないように、浅煎りで飲むのが良いのだそうです。

独特の香りって、ほのかに糞の香りがするということ?!...

一説によると、ジャコウネコ腸内の消化酵素の働きや腸内細菌による発酵によって、コーヒーに独特の香味が加わる、とも書いてありました。


どうやって作られるコーヒーなの?

「Kopi Luwak(コピ・ルアク)」はインドネシア語。「コピ」はコーヒーのこと、「ルアク」はマレージャコウネコの現地での呼び名なのだそう。

つまり、インドネシアの特産品ということらしい。それに中国も目をつけた、というニュースのようでした。

インドネシアのコーヒー農園では、ロブスタ種のコーヒーノキが栽培されており、その熟した果実は、しばしば野生のマレージャコウネコに餌として狙われている。ところが、果肉は栄養源となるけれど、種子であるコーヒー豆は消化されずにそのまま排泄される。

それで、現地の農民はその糞を探して、中からコーヒー豆を取り出して洗浄し、よく乾燥させた後、高温で焙煎する、ということでした。

動画があったので、眺めてみました。


Authentic Wild Kopi Luwak (Civet Coffee) Process - JPW Coffee

手間がかかっているようなので、高価というのもうなずけなくもない...。


コピ・ルアクの日本での販売価格は?

日本での呼び名は, コピー・ルアークコピ・ルアックルアック・コーヒーなどと、色々あるのだそうです。

かなり広く売られているようですね:
コピ・ルアクを楽天市場で検索(値段が高い順)

確かに、間違いではないかと思うくらい高い!

何万円もするのは問題外として、5,000円を切っているのはこちらでした。


50g入った箱なのですって。それで5,000円くらいということは、1グラム100円か...。

コーヒーを1人分つくるには、ドリップ式なら10g、サイフォンなら12gが目安、と書いてありました。これは、カップに120cc入れる日本スタイルの標準。

とすると、コーヒー1杯分が1,000円?

いや、待て、待て。たまたま選んだ商品では値段の判断ができない。

コピ・ルアクが専門らしいネットショップのお値段を見てみます:
野生のLuwakがもたらす森からの贈り物 - 世界で最も希少で高価なコーヒー

コーヒー1杯分が500円、と書いてあります。

1杯飲むだけなら、まあ、出せない金額ではありません。でも、美味しくなかったら怒りますよ。それに、私は午前中などはコーヒーを何杯も飲むので、もしも気に入ってしまったら破産してしまう...。

でも、やっぱり、お尻から出てきた豆で作った飲み物というのには抵抗があるな...。試してみたい気にはなりませんでした。

普通の食べ物なら、私はゲテモノでも気にしないで食べる方なのですけど。カタツムリとか、カエルとか、蜂の子などはおいしいと思う。


野生のジャコウネコでないといけない?

このコーヒーが美味しいというのは、説明を読むと納得できる気もします。


野生のLuwakがもたらす森からの贈り物

野生のジャコウネコは、完熟して美味しいコーヒー豆を選んで口に入れ、その皮の部分を食べて、人間が使う豆の部分は排泄するようです。お腹の中では発酵もするらしい、

動物が食べ物を選ぶ、というのはあり得る気がしますね。庭にある果樹だって、ちょうど食べごろというときに小鳥が来て食べてしまうのを経験していますので。

でも、人間に飼われていて、コーヒー豆を与えられるジャコウネコだったら、何でも口に入れてしまうのではないでしょうか?

フランスのテレビニュースで見せていた中国の新ビジネスでは、飼っているジャコウネコにコーヒー豆を食べさせて、糞を採取するという方法でした。

ケージに入れて飼育している動物なんて不健康そうですから、お腹の中での発酵だってうまくできないのではないかと疑います。ただ、高級コーヒーなんだということに喜んで飲むだけ? あるいは、ある程度は普通のコーヒーとは違うと楽しんで飲めるものなのか?...

少し調べてみたら、野生のジャコウネコが自然に作ったものなのかどうかは、余りはっきり分からないような感じがしました。

でも、野生のホンモノである証明書付きというのもありました。

こちらだと、コーヒー1杯700円くらいですか...。

小屋で育てている様子を見せる動画もあったので入れておきます。でも、食欲を減退させるので、見ない方が良いと思います。


Kopi Luwak: Das Leiden der Schleichkatzen für die Kaffeeproduktion / PETA

ジャコウネコを飼育するのを反対している動物愛護団体があるそうなので、虐待を訴えるビデオではないでしょうか?

こういう動画というのも眉唾ものなのですけどね。フォアグラ飼育が動物虐待だとして動画があったのを見たことがあります。フォアグラを飼育しているフランスの農家を見学したことが何回かありますが、そんな虐待はしていなかったです。

大量生産で安いのを作っていない限りは、動画にあったような飼育を農家がするはずはないと思いました。だって、途中でどんどん死んでしまったら、農家は採算がとれないので、そんなに酷い虐待をしながら育てるはずがないのです。

でもね... 食べ物というのは、どうやって作られるのかは見ない方が美味しく食べられるものもあるな...。日本でブロイラーの工場を見学したのは、はるか昔ですが、いまだに思い出すとゾ~っとします。


もっと高価なコーヒーもあった

コピ・ルアクのお値段に驚いていたら、もっと高いコーヒー豆が出てきました。

同じようにジャコウネコの糞から作るコーヒーなのですが、フィリピンや南インドでも採取される豆。「アラミド・コーヒー(Alamid coffee)」、現地語で「カペ・アラミド(Kape Alamid)」」とも呼ばれるのだそう。

検索してみたら、日本でも買えるようです。

カペ・アラミド 通称アラミドコーヒー 100g 世界一高いコーヒー豆 天然のコピ・ルアク

100グラムで14,800円となっていました。つまり、コーヒー1杯の原価が1,800円近くなるわけですか...。喫茶店で飲んだら、幾ら取られるのだろう?

もう、どうでも良いや、という気分になりました。あぶく銭が入る人だったら、コーヒー1杯に10万円払ったって、どうということがないのでしょうから、高すぎるのかどうかなんて考える気もしません。



ブログ内リンク:
★ 目次: 珍しい植物の食材 (野菜、穀物、ハーブ、山菜など)
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記

外部リンク:
ワインのように熟成させたい高級コーヒー
世界一高級なコーヒー「コピ・ルアク」の本物&野生は、どこで飲めるのか?
☆ Wikipedia: コピ・ルアク



2014/07/23
前回の日記で、久しぶりに「これは何でしょう?」クイズを出しました:
クイズ: これは何のコレクションでしょう?

クイズにしたコレクションとは、これでした ↓



何を並べているのだろうと思って私が見つめていたら、その場にいた友達が何であるかを教えてくれたのですが、そのときに何という名前を使っていたのかを思いだせません。

「電気の...」と言われて、ああ、そうか~! と思ったのではないかと思います。

最も右の縦列にある、上から2つ目と3つ目は、部屋のスイッチを入れるときに使うものとして、私もフランスで見ていたからです。 私が住んでいる家の居間にも、金属製ですが1つ残っています。

それで電気関係のコレクションだと分かったわけですが、こういう色々なものを並べたコレクションを何と呼べば良いのか?...

クイズにする限りは、その答えを用意しておかなければならないと思ったので、少し調べてみました。


配線用差込接続器とは?

こういうものを何と呼ぶのかを調べてみて見つけたのは、「配線用差込接続器」という、聞いたこともない用語でした。

それが何であるかは、次のように説明されていました:

差込プラグプラグ受けに抜き差しすることによって、配線とコード又はコード相互間の電気的接続および(又は)断路を随時容易にできるようにした接続器。

なるほど...。

上に入れたコレクションの写真で、3段目の右から2つ目と3つ目は「差込プラグ」と呼ぶものに見えます。


右側にリンクしたマルチプラグは、私がいつも外国旅行をするときに持って行く全世界対応という便利なプラグ。でも、これを私は「外国に行ったときに、電気器具をコンセントに差し込むためのアダプター」と呼んでいたような気がする...。


こういう電気器具を差し込むのは「プラグ受け」と呼びますか。でも私は、「コンセント」と呼んでいました。

どう呼ぶのが正しいのかを調べてみたのですが、「プラグ受け」と呼んでも、「コンセント」と呼んでも、良いような気がしました...。


ともかく、クイズにしたコレクションには差込プラグとプラグ受け(コンセント?)の部品が陳列されていたので、「配線用差込接続器」を入れていた、と言えるだとうと思いました。

でも...

コレクションの棚に飾ってあったものの中には、プラグでもコンセントでもないように見える物も入っているのです。

これは「○○のコレクションです」という言葉が見つからない! それで、クイズにしてしまえば、どなたかが教えてくださるだろうと思って、解答として出すものが見つからないまま記事をのせてしまったのでした。

期待通り、コメントで解答をいただきました♪


いただいたクイズの答え

まず、なるほど~! こういう風に言えたのだと感心しお答は、こちらでした。
  • インダストリアルデザインコレクション
  • ミニマリズムコレクション

「ミニマリズム」という言葉は意味を調べてみるまで知らなかったので、「インダストリアルデザインコレクション」が気に入りました。こういう風に色々なものが入っている場合には、そう表現できるわけですね... 。 私も発想の転換ができるようになりたい、と思いました。


ずばり言うなら、これのようです:
  • 碍子がいしのコレクション
ところが、その「碍子」というものが、私にはピンとこない...。


碍子がいしとは、なに?

碍子(がいし)と言われてみると、聞いたことがあるような気もしたのですが、どんな物だったか頭に浮かんできませんでした。

Wikipediaに「がいし」の項目があったので、それを眺めてみました。

Insulators and electricity pylon 

この写真には、電線と鉄塔が碍子によって絶縁されていることを示す、と説明がありました。

似ていますけれどね...。
でも、クイズにしたコレクションは家庭で使っていたものを並べていたと思うので、これとは違うように思えるのです...。


Wikipediaの説明にはおかしなことが書いてあることも多々あるので疑って、「碍子」をキーワードにして画像検索をしてみました。

すると、なんと、コレクション棚の左の縦列にある4つの物と全く同じに見える部品が出てきたのでした! ⇒

これが「碍子(がいし)」というものでしたか?!...
驚きました。

見たこともない物だったので、コレクションに入っているのを私は全く無視していたのです。 

それを日本で売っているということは、日本では使われているということですか?! 古めかしそうに見えるのに、今でも商品として売っているのは奇妙...。

調べてみると、レトロが流行っている最近の日本では、ちょっとしたブームになっているようなのでした。

この形の碍子は、日本では昭和30年代まで使われていたそうで(昭和38年頃という記述もあった)、それを設置する技術として、「碍子引き配線」という言葉が出てきました。

陶器製の碍子を使い、梁や柱から浮かせて配線する露出した配線方法だそうです。

「碍子引き配線」という言葉が出てきたので、それをキーワードにして調べてみると、ずばり、それをご専門としていらっしゃる会社のサイトが出てきました:

http://www.gaishibiki.com/index.html
昔ながらのガイシ引き配線専門工事 聖和電工

碍子引き配線がどんなものなのか、詳しく説明してありました。ありがとうございます♪

陶器でできた碍子は、心が休まる雰囲気をかもししだして、しかも木造建築の天井に使うと美しいですね...。

日本の美をあらわす工芸品と呼べる陶器の碍子もありました ⇒

こういうのに比べると、フランスで見たコレクションは味気なかったようにも見えてくる...。

考えてみると、昔風のインテリアにした日本のレストランなどで、こんな風に陶器の碍子を見せる天井を見ていたのに気がつかなかっただけかもしれない、と思いました。
 
フランスの古民家の修復では、近代に塗られたしっくいをはがして石壁が見えるようにしたり、フランス式天井と呼ばれる梁を見せるようにするのが流行っていますが、天井に碍子を付けるというのはしないのではないかいう気がします。

陶製の碍子を日本の建築物で木の天井に付けると、レトロの雰囲気がでて本当に美しい...。
 
フランスの古民家にこれを付けたら、調和しなくて、美しくは見えないのではないかな?...  トーマス・エジソンは19世紀の人。フランスで19世紀に建てられた民家は、「古民家です」と誇れるほどの歴史的価値はないので、家屋の電気設備との調和が美となることはできないのかもしれない。「私の家は古い建築物なのですよ~♪」と自慢するなら、残っているのは16世紀が普通のレベルで、せいぜい18世紀までの建築物なのですが、そんな時代に電気はなかった!

でも、フランスでも19世紀から20世紀全般の建物を博物館にしているところはあるので、そういうところで昔ながらの碍子を雰囲気づくりに使っているのかもしれない。今後は気をつけて見てみようと思いました。


これは何なのだろう?...

これは碍子のコレクションだというコメントを入れてくださった「をやぢ」さんは、次のように説明してくださっていました:
  • 箱の左縦列は配線用の碍子で次の縦列は屋内配線用碍子、一番右の縦列上は良く判りませんが暖房機又はトースターかもしれません。その下の二つはスイッチですね。 

「良く分かりませんが」と前置きされた「一番右の縦列上」は、これのはずです ↓



他のに比べると複雑な形なので、私も何なのかが気になっていました。

碍子が何であるかを画像調べていたら、昔に使われていたヒューズボックスというものがでてきました。 ⇒

似ていませんか?

これはオークションサイトにリンクしていたのですが、クリックして開くページには、これを開けたときの写真が入っています。やはり似ていると思いました。

「ヒューズボックス」と言われれば、家にあるブレーカーを私は思い浮かべるのですが、この形のものを「カットアウトスイッチ」と呼んでいるものもあって(例えば、こちら)、個別の電気器具に付ける場合もあるようです。

現代の日本でもポール照明等の街路灯スイッチとして使われているそうなので、コメントでいただいた「暖房機又はトースター」は、そういうものに付けたスイッチという意味だったのかも知れないと思いました。



何か分からないことがあって少し調べだしてみると、私には知らないことが多すぎるのを再自覚してしまう...。フランス語のボキャブラリーが足りないと嘆いているので、母国語の日本語だって知らない単語が山ほどあるのだからと思うと、慰めにはなりますけれど...。

何でもないものにも疑問を抱いてしまう私。「分からないのですけど...」とブログに書くと、教えてくださる方々があるので、こんなに幸せなことはないと思っています。そんなに甘えながら生きてしまっていても良いのだろうか? と、反省してしまうほど...。

クイズに解答を寄せてくださった方々に、重ねてお礼を申し上げます!♪

ブログ内リンク:
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事
★ 目次: クイズを出した記事一覧
★ 目次: フランス人の古民家を修復する情熱、建築技術

外部リンク:
☆ Wikipedia: 配線用差込接続器
カットアウトスイッチ
コンセントとプラグは、フランス語では両方とも「prise」


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2014/06/18
世界遺産にも登録されている美しいヴェズレーVézelay)村に、住む人たちが作っている村愛好会のようなものがあって、そのイベントに参加しました。

普通では入れない場所を見学したり、講演を聞いたりというものだったのですが、移動時の合間を見て、大好きなサント・マドレーヌ大聖堂も見学。


サント・マドレーヌ大聖堂にできる光の道

6月半ばに行くのですから、どうしても「光の道」を見たかったのです。夏至日はもうすぐやってくる時期。この日の正午に、窓から差し込む光で聖堂に「光の道」ができるのですが、日にちが多少違っていたって、時間がずれれば中央の通りに光がさしこむはず。

お天気が良かったので、みごとに光の道ができていました。


Basilique Sainte-Marie-Madeleine de Vézelay

この写真は、6月14日、午後2時23分に撮影しています。夏時間は無視して、太陽の時計からいけば、12時半ころということになります。 夏至日のちょうど1週間前だったのですが、もうほとんど中央に光が差し込んでいますね。

時間があるたびに教会の中に入ってみたのですが、素晴らしい瞬間を見ました。

教会の中に光が差し込んでいないときがあったので、太陽が雲に隠れているのだろうと思いました。すると、光がさしてきた! ...

祭壇の方から順に光の輪が広がっていったのです。パラパラパラ... と、祭壇からこちらに光の道ができてくる。

奇跡がおこったように感動的でした!

昨年には、この光の道が見たくてヴェズレーに1週間滞在しました。おろかにも、光の道は夏至日にしかできないと思っていたので、毎日見に行くのを怠っていました。しかも、太陽の光線がさしてくるときに光が落ちてくる瞬間があるとは知らなかった。

滞在中に1回でもこの瞬間を見ていたら、朝から晩まで教会に座って待つ時間の余裕があったのに...。

昨年のヴェズレー滞在について書いた日記:
★ シリーズ記事目次: ヴェズレー8日間滞在記 2013/06/21

このときに友人たちと滞在した貸別荘は、その経営を担当していた持ち主の奥さんが亡くなったそうで、売りにでていました。40万ユーロで売りにでて、今では28万ユーロに下がっているとのこと(4,000万円くらい)。庭は広いけれど、一軒家として住むには小さすぎる、非常に質素な家なのですけど...。

やはり観光地プライスでしょうね。村には昔だから建てられた立派な石造りの家がたくさんあります。ああいうところだと、青天井の価格ですか...。地元の人の話しだと、昔は美しいヴェズレー村だからというのはなくて、とても安く家を買えたのだそう。

もう貸別荘ではなくなっていたので、去年に利用しておいたのは幸運だったと思いました。


子どもたちが何かしている

祭壇の前に、シスターと子どもたちがいます。



ミサの時に使う木の椅子に子どもたちが座ったりしているので、不思議...。

シスターが祭壇の前に張ってある立ち入り禁止の綱をはずして、子どもたちを中に招き入れます。男の子たちは左側、女の子たちは右側へ、とシスターが指示しています。

子どもたちが祭壇の部分に入って行くので、私もついて行ってしまうかのように、おどけて足踏みをしました。

付き添いで来ていたお母さんらしき人が、「お気持ち、わかります。わかりますよ~♪」と言って、私に笑顔を向けてきました。



翌日が子どもたちのコミュニオンなので、その予行練習をしているのだそうです。

「この辺りに住んでいる子どもたちですか?」、と私。
「もちろんです」

「こんな美しい教会でコミュニオンができるなんて、なんて幸運な子どもたちなのでしょう...」
「本当ですよね~」と、お母さんもとても嬉しそう。

どこの教区に属していてもコミュニオンができます。でも、例えば私の村の子どもたちの場合、美しくもない教会で、近所のオバサンたちが音程外れで讃美歌を歌ってくれる儀式とは格段の差がある... と思ってしまう。


コミュニオン

子どもたちが本当のキリスト教徒になったことを認める儀式がコミュニオン。

そのときの写真が友人の家にはたいてい飾ってあるので、どんなものなのかは想像できます。



フランスでは、catéchisme (日本ではカテキズムというようです)を終えた12歳くらいの子どもたちがする儀式がコミュニオン。

「communion(コミュニオン)」と呼ばれるのですが、それがどんなものなのかを調べてみたら、もっと幼いときにするコミュニオンの風習がある国もあり、12歳でするのは「communion solennelle(コミュニオン・ソラネル)」と呼ぶようでした。profession de foi、grande communionとも呼ばれるらしい。

つまり、もの心がついて、本当にキリスト教徒となる決心をする儀式。

日本でいえば、七五三みたいなものでしょうか。私も子どものときに祝ってもらった写真があるのですが、ただ年齢になるとする儀式くらいにしか思っていません。

コミュニオンの儀式には参列したことがないので、Wikipediaに入っていた公開写真を入れてみます。

Jour de communion solennelle pour un groupe d'enfants (1969) 
une communion solennelle en France en 1969

1969年に撮影したものなのだそう。この時代に子どもだったフランス人はほとんど全員がコミュニオンを経験していたでしょうが、今ではどのくらい行われているのかな?...


コミュニオンの予行練習

明日まではヴェズレーにいられなかったのが残念。子どもたちが白い衣装を着ての儀式は、さぞ美しいでしょうから...。



少数派の男の子たちはやんちゃで、おふざけをしたりしていましたが、女の子たちは真面目にやっています。

祭壇の上ですることの説明が終わると、子どもたちは歩き出しました。



このサント・マドレーヌ大聖堂は、サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路の出発点。それで、子どもたちは木の棒を持って、巡礼者になったように教会の中を回るというシナリオなのでしょうね。




夕方のミサに参列

ヴェズレーの役場でお酒などをふるまわれて、私が参加した集まりは終了。そのあと、急いで教会に戻りました。vêpresと呼ばれる夕方のミサがあるはずなのです。

始まっていました♪ 美しい祈りの声が聖堂に響いています。

とりあえず、この日にミサに立ち会えたことを記録しようと思って、柱の陰でカメラを構えました。 ミサのお邪魔をしてはいけないのが決まりですが、フラッシュはたかないし、シャッター音も切っているので。

すると、向こうの方で、怖い顔をしながら手を振って、「写真はダメ」の合図をしてきた女性が見えました。

みんな立ち上がってミサに傾倒しているのに、彼女はなぜか椅子に座って聖書を開いていました。ミサを聞いているにしても、それを無視して聖書を読んでいたにしても、遠くの柱の陰にいた私がカメラを構えたのがなぜ見えたのだろう?...

けしからぬ観光客が写真を撮るのを監視する係の人が信者の中にいるのでしょうか?...

意地悪な視線に傷ついてしまいました。その前に出会った敬虔な信者らしきお母様は、私がコミュニオンに感激して、おどけたりしていた私に優しい言葉をかけてくれていたのに...。

フランスで出会うクリスチャンには2通りあると思っています。本当に心の底から優しい人たち。それから、信仰心なんかない方が優しい心を保てると思ってしまうような意地悪をする人たち...。

後からやってきた仲間に、写真をとろうとしたら注意されてしまったと小声で言ったら、「気にすることない」と一言。もっと祭壇に近寄って、誰からも見えない柱の陰から写真を撮るように導いてくれました。

ミサをあげている修道士たちが、振り返って「写真を撮ってはダメ」と言ったりするはずは絶対にないと思う。彼らは、そんな人がいるかどうかなんて全く無視して、無心でミサをあげているはずですから。



写真を1枚撮り終えてから、席に座って、美しい祈りの言葉を聞くことにしました。

傷つけられたのなんか、すぐに忘れました。宗教心があるなしに関わらず、聞こえてくるフランス語の所々の意味が分かる程度なのに、本当に美しい音の響きなので陶酔してしまうのです。 涙があふれてくる...。

感動的に美しいミサがあります。お香の香りが感情を高めるのだろうか?... ヨーロッパの他の国に行ったときも、格別に美しい聖堂のミサに参列したときは、いつも泣いていたように思う...。

途中で、左右に分かれた参列者の中央を進み、祭壇に最も近い位置まで行って写真を撮っている人がいました。隣りにいた人が注意していましたが、全く無視。確かにね。ここまでやる人がいたら、観光客がミサの写真をとるのに神経質になっても無理ないな...。


ミサは終わりを告げるでもなく終了し、祭壇にいた修道士たちは静かに引き上げていきました。

そのあと、誰もいなくなるサント・マドレーヌ大聖堂。この静寂も大好きです。



ブログ内リンク:
教会のミサから出てきた友人に、「神様~!」と言われてしまった  2010/04/04
フランスには宗教戦争があったことを思い出す 2014/03/22
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
★ 目次: サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路に関する日記

外部リンク:
☆ アンティークアナスタシア: 初聖体
コミュニオンとは?
☆ Wikipédia: Communion solennelle
カテキズム
知らないうちに洗礼ってひどくない?カトリック離れが進むフランス


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2014/06/07
ソーリュー町(Saulieu)にある、フランソワ・ポンポン博物館(Musée François-Pompon)に行きました。

Basilique Saint-Andocheという名のロマネスク教会の隣にあった司祭館をミュージアムにしています。17世紀に建てられた司祭館。建物が美しいので気になっていましたが、閉まっていることが多くて、オープンしている時にぶつかったことはなかったような...。


ポンポンという名の彫刻家

博物館の名前になっているのは、この町で生まれた彫刻家フランソワ・ポンポンFrançois Pompon: 1855~1933年)。あだ名かと思ってしまう面白い名前。

彼の作品には動物が多いです。というか、ほとんどが動物ではないでしょうか?

例えばこちらの作品。パリのオルセー美術館に所蔵されている「白熊」です。



ポンポンと名前が面白いだけではなくて、彫刻も何となくユーモラス...。

好きなタイプの彫刻ではないので、博物館に入ったのは初めてではないかと思う。それに、有名になった芸術家の作品というのは、余り故郷には残ってはいないものですから、期待もしないで行ってみたのでした。

でも、ポンポンの彫刻だけではなくて、他にも色々な展示がありました。


3つ星シェフのレックス

展示物の中で面白いと思ったのは、こちら ↓



ひと昔前のフランスでは有名だったという、ソレックスSolex)と呼ばれる電動機付自転車です。名前は知っていたのだけれど、間近に見るのはめったにありません。

展示されていたのは、正式の名前では「ヴェロ・ソレックス(VéloSoleX)」のようです。 ソレックス(Solex)とは、こういう原チャリのことかと思っていたのですが、フランスの機械製造企業の名前でした。


ソーリュ―町の名前を有名にした、もう一人の人物にちなんだものを展示する部屋があり、そこに置かれていました。

この町にあるミシュラン3つ星レストランのシェフだった、ベルナール・ロワゾ―Bernard Loiseau: 1951~2003年)。

ソーリュ―町は、高速道路がない時代にパリから車でコート・ダジュールの海岸までヴァカンスを過ごしに行こうとすると、1泊目に泊まるのにちょうど良い位置にあります。それで、ホテル・レストランが何軒もある宿場町のように発展した町なのですが、その中で有名なレストランは、ベルナール・ロワゾ―のホテル・レストラン「ラ・コート・ドール(La Côte d'Or)」。

あれから、もう10年もたちますか。彼の突然の自殺。その原因は、彼が3つ星を失いそうだと気に病んだからと言われたので、大きなニュースになりました。

そのせいもあるのではないかとも思ってしまう...。彼のアシスタントだった人が料理するようになりましたが、今でもミシュランの3つ星を失わずに顕在です。

フランスで高く評価されるレストランは、レストランの名前よりはシェフの名前で呼ばれます。ベルナール・ロワゾ―の後を継いだ現在のシェフの名前を憶えておかなければと思って調べたら、Patrick Bertron(パトリック・ベルトロン)でした。ついでに、ホテル・レストランの名前は、ロワゾー氏の死後、「Relais Bernard Loiseau(ルレ・ベルナール・ロワゾー)」 にされていたことも知りました。

ロワゾ―氏の未亡人は、ご主人以上に経営能力がある方なのかもしれない。最近はボーヌ市やディジョン市にビストロ風レストランを開店しました。 でも、支店レストランの名前には「ロワゾー」がついています。亡霊を背負って公認シェフを勤めるのは楽しくないだろうと思ってしまうけど、人生で大きなチャンスが与えられるのは悪くはない...。

日本企業で上の地位にまでのぼりつめた女性の友人は、男性の何倍も努力したのは当然だけれど、能力を発揮できる機会を与えられる幸運がなかったら、全く日の目をみなかっただろうと言っていたので。


展示されていたソレックスには、金色でベルナール・ロワゾ―のイニシャルが入っていました。彼はこれに乗ったりしていたのだろうか?...

ヴェロ・ソレックスの動画がありました。


DESIGN : le Vélosolex

ブログ内リンク:
レストランに絶対的なランク付けができるのか? 2008/03/12
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事
★ 目次: 乗り物に関して書いた記事(自動車、自転車、船など)

外部リンク:
☆ Wikipédia: VéloSoleX
ソレックスに乗って
☆ Wikipedia: ソレックス
ソレックスとは
☆ Wikipédia: Musée François-Pompon
☆ Wikipedia: フランソワ・ポンポン
Il y a 10 ans disparaissait Bernard Loiseau, étoile de Saulieu et de la Bourgogne
☆ Wikipedia: ベルナール・ロワゾー
☆ HOTEL - RESTAURANT LA COTE D'OR: une maison mythique


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2014/04/15
行きつけのカフェに行ったら満員状態でした。テラス席が良いのですが、寒いので全員店内に入ってしまっているからなのだと思う。いちおうテラスにはイスが並んでいるのですが、日陰なので寒そう...。

私はダウンジャケットを着ていたのでテラス席でも良いと思ったのですが、一緒にいた友達は半袖シャツ姿だったのです。まだ、氷点下になる日もあるのだから、そんな姿で外出しないでよ~!

人が多いのは耐え難いということで意見が一致したので、少し離れた場所にあるカフェに入りました。


英語が書いてある...

注文した食前酒を待っている間に、壁に掛けてあるプレートが目に飛び込んできました。



気が利いていて、面白いじゃないですか?♪
英語だけれど、ブドウが描いてあるところを見ると、フランスで作ったものだろうと思います。

店内はテーブルの間隔があるので居心地が良い。初めて入ったけど、このカフェも悪くないと思いました。


さて、飲み終わったのでお勘定を頼むとき、行きつけだった店と同じくらいの料金だと思っていたのに、やたらに高い。ほとんど倍近いのです。正確に書くために、計算に弱いので電卓を取り出す。パチパチではなくて、プッシュ・プッシュ。7割アップというところですね。

同じ町の中にある、ただ普通のカフェで、そんなに差がつけられるの? お給仕の女性は、料金を聞いたら書類で確認していたので、彼女はアルバイトで料金を知らないのではという気もしました。「間違いじゃないの?」と聞いてみたかったけれど、どうせ飲み物代くらいでは破産はしません。それで、黙ってお勘定をしました。

入りそこなった店は満員状態だったのに、こちらのカフェはガラガラでした。地元の人たちは分かっているのだろう、と結論。


勘定をすませて立ち上がったとき、またプレートが目に映る。

さっきは面白いと思ったのだけれど、この店のオーナーの守銭奴根性に見えてしまった!  そもそも、こういうのは余りフランス的ではないブラックユーモアですよ~。

フレーズ自体も、別に独創的なものではないようです。この文章をタイプして画像検索したら、たくさん出てきましたので。あの店には、もう入らないぞ~ ということで、メモ!


ギロチン?...

書きながら、この日行きそこなった方のカフェで、気になるプレートを見ていたことを思い出しました。



気になったのは黄色い矢印を入れたもの。カウンターの上に掲げてあったので、ビールのブランドなのだろうと想像しました。

でも、La Guillotineというのは、フランス語で断頭台(ギロチン)のことなのです。 そんな名前をビールに付けるだろうか?... 気になったのに調べるのを忘れていました。

ベルギーのビールなのですね。フランス革命200年を記念して誕生したのだそうです。フランス語情報を継ぎ合わせてみると、こんな風に説明していました。
- 乾きをカットするというジョーク
- 非常に強いビール(アルコール度 9度)
- オレンジがかった白ビール。

ギロチン台の絵まで入っているビールなど、私はボトルを手に取るだけでも嫌だし、なんだか美味しそうには見えないですけど...。もちろん、売っている方は美味しいのだと言っています。

威勢の良い男の子たちが集まって飲むときには面白いかも知れませんね...。

日本でも市販していました。「La Guillotine」というのは意味を言わなかったらショッキングなイメージを日本人には与えない? でも、断頭台の絵が描いてあるのだからバレると思うけどな...。


guillotine ギロチンをキーワードにして楽天市場で検索


「ラ・ギヨティンヌ」とフランス語の発音のままでお茶を濁さずに、堂々と「ギロチン」という商品名にしているのでした。

どう紹介しているか?

① ギロチンという名前に相応しく、ガツンとくる苦味が特徴です。
なるほどね。お見事な紹介。

② ギロチンの考案者である有名なフランスの医者、ギロチン氏に因んで名づけら れました。
ギロチンは、ギヨタン氏にちなんで付けられた名なので、おかしいと思うけど...。でも、これで宣伝になるのかな?...

③ 名前の由来はギロチンの考案者でもある有名なフランスの医者であったギロチン氏から取っています。処刑台である、『ギロチン』のイメージ通り、血を思わせるような赤褐色をしたトリプルエールタイプのビールです。
「血を思わせるような」とは怖すぎないですか?...

Joseph-Ignace Guillotin血なまぐさいフランス革命のとき、残虐な死刑ではなく人道的な方法として断頭台のみを使うようにと、医師・政治家のジョゼフ・ギヨタン氏が提案したと言われています。つまり、断頭台は中世から存在していたのであって、彼がギロチンを考案したわけではない。

職業名を女性形にして道具の名前にするのはよくあることなので、ギヨタン氏(Guillotin)の名前の最後にeを付けて、断頭台を意味するギヨティーヌ(Guillotine)という単語を作ったのだろうと思います。ご本人は死にいたるまでこの事を嘆いていたそう。なのに日本では、彼の名前がギロチンだったと言われてしまっているのですから、ますますギヨタン氏は可愛そう...。

ビクトール・ユーゴ―の言葉:
世の中には不幸な人たちがいる。コロンブスは自ら発見したものに自分の名前を結びつけることができない。ギヨタンは自らの発明物から自分の名前を切り離すことができない。

ブログ内リンク:
★ 目次: フランス人のジョークについて書いた記事
★ シリーズ記事目次: フランスのカフェの特徴

外部リンク
男女同権のために、職業名の女性形も使用する問題


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