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2015/07/15
7月14日はフランスの祭日。「14 Juillet (7月14日)」というだけの味気ない名前の祭日。

バスティーユを襲撃した1789年7月14日を記念する祭日なので、「革命記念日」と呼びたいですが、日本ではルネ・クレール監督の映画『14 juillet』が「巴里祭」と訳されてたので、日本でも「パリ祭」というイベントがあったりするのが不思議...。

肥沃な国土に恵まれたフランスの繁栄の斜陽は、ブルジョワ革命に過ぎなかったフランス革命から始まったと私は思うのですが、現在のフランスはフランス革命によって築かれたとしているようです。

7月14日の祭日は、フランスの中で最も大きく祝われている日という感じがします。クリスマスは家族で祝うし、大みそかから新年は友達で祝う、という傾向があるので内々のお祝い。パリのような大きな町では、新年を祝って花火をあげたりしますが、田舎では何もないです。

7月14日はフランス共和国の祝いとして、行政機関も力を入れます。パリだけではなくて、田舎でも、小さな村にいたっても、イベントが開かれます。

小さな村でどんな風に行われるかというと、こういうのが標準的な式次第ではないかと思います:
  • 戦争の記念日のときと同じように、戦争慰霊碑に集まって参拝。村長が国のメッセ―ジを読むなどのスピーチをする。それから、慰霊碑に書かれている村の戦死者の名前を読み上げ、そのたびに列席している人たちが「フランスのために死んだ」と繰り返す。
  • 役場で、食前酒がふるまわれる
  • 有志の人たちがオーガナイズした食事会がある(希望者は有料で参加)
  • 役場で子どもたちに提灯が配られ、行進する。日本的に考えると、戦死者たちへの鎮魂なのかな?... と思うのですが、これが何のために行われるのは突き止めていません。
  • 花火大会(有志の人たちが、村はずれの安全そうな場所に設置)
  • 食事会の続きとして、ダンスパーティーになる
過去を振り返り、戦争で命を失った人たちのことを忘れないというのは感動的。でも、それはそれとして、彼らのおかげで今の生活があると楽しんでしまうフランス人たち?...

食事会

日本では経験したことがないイベントなので、始めのうちは珍しくて面白いので行っていました。でも、だんだん私はマンネリ化してくる...。いつも同じなのですもの!

参加費は安いですが、バーベキューを食べるのは、うんざり。夏には友人たちが食事会を頻繁に開いて、そのときの料理といったら、大勢でお腹いっぱい食べるのに便利なバーベキューが多いのです。

ダンスパーティーが好きではない。もう少し前には、アコーデオンの、いわゆるシャンソンという感じの音楽も多かったように思うのですが、最近はディスコミュージック。老いも若きも、フランス人たちは好きらしい。私のように踊らない人たちもいるので、おしゃべりを楽しみたいのですが、耳をつんざくほどのボリュームにしているので、そばにいる人とも会話もできないのです。

というわけで、今年も誘われたのだけれど、7月14日の行事には参加しませんでした。花火大会の方は、自宅の2階の窓から鑑賞しました。


パリの革命記念日

7月14日の夜、パリで行われたイベントのテレビ中継を見ました。

シャンゼリゼ大通りで行われる軍隊パレードは見ていません。

パレードの様子を見せる番組は2時間近いものなのに、国防省がYouTubeに入れていますね。なるほど、こういうのはPRする必要があるのだ...。
Défilé du 14 juillet 2015 : L'intégrale

今どき、共産主義国でもない先進国が、こんなパレードをしているのはフランス以外にはないのではないでしょうか? こんなところで国の予算を使うなんて、とバカバカしくなります。でも、フランス革命後からずっと続いているイベントだそうなので、止めるわけにはいかないのでしょうね...。


このほか、どんなイベントがあったのかは情報サイトにリンクして省略:
パリ祭2015年7月14日革命記念日の過ごし方・花火・パレード情報


私テレビで見たのは、夜のイベントの生中継でした。さすが首都パリ。田舎で見ているのと規模は比較にもなりません。

エッフェル塔をバックにした仮設ステージが作られて、コンサートが始まっていました。クラシック音楽なのが嬉しい。無料の野外コンサートはつい最近に始まって、今年は3回目の開催だったそうです。

クラシック音楽といっても、一般受けする明るくて華やかな曲目を選んでいましたが、演奏者と歌手は総勢200人を超えているので、まあ、お見事なこと~!

フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』も演奏されましたが、ベルリオーズが編曲したオーケストレーション。勇ましくて、美しい演奏でした。フランス国歌は革命のときにできたので、「敵を殺せ~!」という飛んでもない歌詞。でも、音楽の美しさに、そんなことは忘れてしまいます。

国歌は威勢が良くあって欲しいです。日本の国歌は、「お国のために命を捨てます」と悲壮な気分にさせる曲だと思います...。


仮設ステージは、照明が色々に変わって、派手なオペラ座という雰囲気で、華やか...。


Le concert de Paris - O Fortuna (Carmina Burana - Carl Orff)

エッフェル塔前のシャン・デ・マルス広場に集まった人たちは50万人と言っていました。そんなにクラッシック音楽が好きな人たちがフランスにいるはずがないと不思議に思いました。いくら巨大な舞台装置と言っても、遠く離れていたら何も見えないはず。それなら、自宅でテレビ中継を見た方が良いではないですか?

でも、コンサートに続いて行われる花火大会があるのでした。たぶん、みんなは、そのために集まったのだろうと思います。

コンサートの終わりに演奏された国歌の部分から、花火大会までの動画です:


Feu d'artifice 14 juillet paris 2015 !


花火大会の始まりでは、しっかりと2024の文字を出して、オリンピックにパリが立候補していることをアピール。世界の大都市は、どうしてオリンピックをやりたいのだろう?...

猛暑と騒がれているこの頃。パリも夕焼けが美しい日でした。

2024年のオリンピック主催地に立候補するパリは、風刺がきいたニュースでは、こんな大気汚染が酷い街では何も見えないなどと茶化されているのですが、この日の映像に移っていたパリは素晴らしく美しかったです。もともと、パリは夜景が一番美しいと思っている私ですけれど、中継では空から見た映像もあるので、パリの風景も満喫できました。


フランスの花火の安全規制は、日本より遥かに厳しいのだそうです。パリと東京の姉妹都市イベントで、日本側が素晴らしい花火を用意して持ってきたら、ほとんどが規制にひっかかって使えなかったと聞いています。

フランスの花火を見ると、日本の方が遥かに素晴らしいテクニックがあるよ~ と思ってしまう。でも、フランスの観光地で行われる花火大会では、城などの歴史的建造物をバックにして花火を打ち上げるので、それなりに美しいのですよね。

この7月14日のパリの花火は、エッフェル塔の中からも花火を打ち上げてしまうというものだったので、日本では見たことがないタイプの演出でした。普通は下から花火を打ち上げるのに、上から落ちてくるというのが面白い。

こんな風に打ち上げたら、パリ市内では、遠くからでも眺められたでしょうね。


テレビで視聴した人は1,000万人とか。不況にあえぐ最近のフランス。でも、行政が、こんな風に高らかに国歌を歌ったりする派手なコンサートと花火のイベントを開くのは、庶民の気分が明るくなって良いなと思いました。日本の行政は、そんなことはしてくれないので...。


放送したチャンネル(France 2)のサイトには、この時の番組が入っていて、3時間近い番組が見れます。ただし、放映から1週間したら消されてしまうようです:
☆ France 2: Le concert de Paris - Mardi 14 Juillet

こちらは、消されないのかもしれない:
Le concert de Paris du 14-07-2015 à 2056 en replay

テレビでは番組の途中から見たので見損なっていたのですが、始めの20分くらいはイベントの準備段階を見せていました。


思い出せば、今年の始めにはパリでシャルリー・エブド襲撃事件がおきて世界を震撼させていました。パリのシンボルのエッフェル塔の前に50万人も集まってしまうイベントはテロに狙われる対象だったでしょうに、何も起きないで終わって良かった...。

とはいえ、荒れ狂っている人たちもいた模様。7月13日と14日で、腹いせに燃やされた車はフランス国内で700台を超え、逮捕された人は600人ほどいたのだそうです。昨年に比べると、燃された車の数は23%増加とのこと。新年に車を燃す風習(?!)がフランスにあるのは知っていたけれど、革命記念日にもやるとは知らなかった!

問題が山積みのフランス。そんな話題で友人たちがカッカとして議論しているとき、「フランスは、まだマシよ」と言ってしまいます。日本では政権のすることに反発する人たちがデモを起こしても、報道だにされませんから。安全保障関連法案も可決されてしまったのですね...。

ブログ内リンク:
★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記
フランスの正月: 1. 車を燃して新年を迎える 2006/01/02
フランスのサッカー選手は、なぜ国歌を歌わないのか? 2005/02/23
★ 目次: 戦争に触れて書いた日記

外部リンク:
Linternaute: Pourquoi le 14 juillet est-il fête nationale
Soirées des 13 et 14 juillet 603 gardes à vue et 721 voitures brûlées
C'est reparti comme en 14.
「強制しない」と首相が約束した国旗国歌法。それがつくった今の社会
6万人! 国会前デモの熱気を伝えないNHK、日テレ、フジはどこの国の報道機関なのか


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2014/04/20
いつもように朝市に行って1週間分の食料を仕入れていたら、お勘定をすませて別れを告げるとき、ことごとく「Joyeuses Pâques !(良い復活祭を!)」と笑顔で挨拶されるのが妙に気になりました。

相手は食べ物を売る人たち。つまり、現代のフランス人にとって、復活祭はご馳走を食べる日ということなのかな?...

そう思ったので、私も伝統的なフランスの復活祭のご馳走である子羊を食べることにしました。

復活祭の当日、子羊の料理を始めようとしていたら、近所の人がやってきました。川で釣ったばかりのマスを持ってきてくれたのです。ご親切に内臓は取り除かれていました。



こういう場合にする礼儀として、食前酒をふるまう。ちょっとしたオツマミも作って出す。

それにしても、この日に朝から釣りに行って、お昼前にお裾分けを呑気に持ってきてくれるということは、復活祭のご馳走を食べる日というわけではない、ということ?

おしゃべりをしながら、気になっていたことを聞いてみました。


今年は教会の鐘が鳴っていた...

数年前、復活祭の前の2日間は教会の鐘が鳴らないことに気がつきました。
そのときのことを書いた日記:
復活祭の前日、教会の鐘が鳴らないのに気が付く 2009/04/12

聖なる木曜日(最後の晩餐の日)のミサの後、フランスの教会にある鐘はローマに行ってしまうので、キリストが復活する日曜日までの間は鐘を鳴らさない風習があるのです。

それを知ってから、本当に教会の鐘が鳴らないのかを確認しようと思ったのですが、毎年忘れていました。

確かめなきゃと思いたってのは、昨夜。つまり、復活祭の前日の夜。

ひっそりしていた土曜日だと思ったのですが、教会の鐘というのは、聞こえないはずはない距離にいても、意識しないと聞こえないことが多いのです。

それで、1時間近く、部屋の中をウロウロしたり、窓ガラスに耳をつけたりして教会の鐘がなるかどうかを確かめした。窓ガラスをあけておけばよく聞こえますが、寒いのでそんなことはできなかったのです。

なんとなく鐘の鳴り方、あるいは鐘の打つ回数が、いつもとは違うとは感じたのですが、鳴っていたことは確か。それでは伝統に外れるではないですか?!

でも、思えば、私が復活祭の直前には鐘が鳴らないと確認したのは、敬虔なクリスチャンが村長だった時代でした。村長になった人は、何かしら村に功績を残すことになっているそうで、その人の場合は、村の教会に暖房装置を付けたので、敬虔なクリスチャンなのだろうと思っただけなのですが。

紐をひっぱって鐘を鳴らす係の人がいた時代とは違って、今は電動時計で鐘の鳴り方を操作しています。復活祭の前の2日間だけは鐘を鳴らさないようにするなどというのは、村長さんが機械を操作しに行っていたからではないかと思いました。

マスを持ってきてくれた人は村で生まれ育った人なので、教会の鐘について聞いてみたいと思いました。でも、彼は鐘が鳴ったかどうかなんかは気にしていなかった様子。

でも、復活祭の前にする伝統として、面白い話しをしてくれました。


復活祭の前、教会の鐘がならない時期に子どもたちがしたこと

懐かしいな... という感じで話してくれました。

復活祭の前に教会の鐘がローマに行ってしまっている間に、子供たちがすることがあったのだそうです。

教会の鐘は、朝、昼、夜と1日3回のアンジェラスの鐘を鳴らすのですが、復活祭直前にはそれがない。そこで、本来なら聞こえるはずの鐘の音の代わりに、子供たちが音を出して家々を回るのだそうです。 鐘がならないのは3日間とのこと。そのお役目が終わると、まわった家々の人が卵とかお小遣いなどをプレゼントしてもらえる、という風習。

「アンジェラスの鐘ですよ~」という感じのことを言いながら村を回り、bruyanteというものをカラカラと鳴らしたのだそう。

節をつけてフレーズを言っていました。もう聞くことがない伝統なので、録音しておけば良かったな...。でも、この次に会ったときに、録音したから言ってと頼んだら、またやってくれると思う。

こんなフレーズだったと思います。

V'la c'est l'angélus qui sonne! V'la c'est l'angélus qui sonne!

アンジェラスにアクセントを置いていて、qui以下の部分が少し早口で、語尾が下がってポツリと音が消えます。日本の冬の伝統にあった「カチカチ、火のよ~じん!」という単調な言葉の響きによく似ていると思いました。


フランスにあった習慣なら、インターネットで調べたら出てくると思ったので探してみました。

失われた伝統を復活している地方があるようです。 まさに、こんな感じだったのだろうという動画が見つかりました。


Les crécelles de la semaine sainte à Ansart (Tintigny)

この動画は、ベルギーのフランス語圏の町のものです。お昼のアンジェラスの鐘のときのですね。「正午ですよ~。ポンナペティ~(美味しい食事を)!」と繰り返しながら歩いています。

マスを持ってきてくれた友人は、彼も一緒に行った、あの人も行った... と近所の人たちの名をあげたので、これをやるのは男の子たちだったように思いました。インターネットで調べたところ、主に「enfants de chœur」と呼ばれる、ミサのお手伝いをする子どもたちがしたと書いてありました。今では、そういう役割を持つ子どもたちは少ないと思いますが、信心深かった昔はどの村にもいたようです。

アンジェラスの鐘が鳴る時間にご近所回りしなければいけないわけですが、15分くらい遅れるのは大丈夫なんだ、なんてことまで覚えてしました。

もらい物をするには、お年寄りの家を狙ったと言います。

分かりますね...。普段は気にも止めない鐘の音でも、鳴らないと気がつくと、ひどく物足りないのです。それが気になってしまうと、耐えがたいくらいの沈黙だと感じてしまう。そんなときに、可愛い子どもたちが音を出しながらやってきてくれたら、私が一人住まいのお婆さんなんかだったら、プレゼントをはずんでしまいますよ~!

でも、時計が普及していない時代には、子どもたちが変わりに時を告げてくれるのは役にたったようす。教会の鐘が鳴らない間に子どもたちは時を告げる係を演じて、復活祭の前日にご褒美としてイースターの卵をもらって復活祭のお祝いにしたようです。

友人も語っていましたが、戦利品(?)は共同の籠に入れて、みんなで公平に分配したのだそう。


最近のフランスでは、この消えた風習を復活させているところもあるそうです。

下の動画は、そんなことをしたアルザスの村を紹介しているニュース。朝早く起きなければなりませんが、「みんなを起こしてしまうのは楽しい」なんて子どもたちは言っています。

プレゼントをもらえる楽しみがあるに加えて、いたずらっ子の気持ちもくすぐる楽しみもあるでしょうね~。


Les crécelles, une (bruyante) tradition de Pâques

この風習の話しが出たとき、自分の子ども時代にはそんな風習がなかったという人もいました。インターネット情報を見ても、フランスの北東部で風習を復活させる動きが見えました。

始めの動画(ベルギーの町)では、友人が語っていたのと同じように見えて、自然にやっているように見えました。ルクセンブルクでは、Klibberenという名でラチェットを鳴らす風習が今日でも残っているようです。

ふと不思議に思ったことがあります。

カトリックでは、カーニバルの時期に、子どもたちが仮装して家々を回ってお菓子などをもらう風習があります。復活祭の直前にもやったら、頻繁すぎてしまいはしないのでしょうか?

フランスでも、ラチェットを子どもたちが鳴らす風習がない地方もありそうなのは、そのどちらかにしているのではないかと思ったのですが、どうなのかな?... スペインでは、クリスマスよりは、エピファニー(公現祭)のときが子どもたちがプレゼントをもらう風習になっていると聞いたので、そんな風にどちらかになるのではないかな、と思ったのですけれど。


ラチェット

子どもたちが鳴らすのは「bruyante(うるさい、という意味)」だと言っていたのですが、私がcrécelle(クレセル)という名で知っている道具だろうと思いました。 インターネットで確認すると、それに間違いありませんでした。

日本でもラチェットと呼ばれて、体鳴楽器と説明されていました。

実は、私も、アンティークショップだったか蚤の市だったかで見つけた持っているのです。 買ったのかと思ったのは勘違いで、買い物をしたときにオマケでいただいたのでした。



裏に「1879」という数字が書き込まれています。それが製造の年なのかな?... 数十年前には復活祭の前の聖週間に欠かせない道具だとしたら、こんなものがアンティークショップにあったのも納得できます。

かなり良い状態のもので、棒の部分を持って振り回すと遠くまで聞こえる音が出ます。写真の右側に映っているところがギザギザの歯車のようになっていて、そこにぶつかった木の部分が音を出すという単純な仕組みなのですが。

フランスでは中世からあったそうで、らい病患者が道を歩くときに、周りの人たちが感染しないように逃げるようにという警告にも使っていたと聞いていました。大きな音を出すので、ばか騒ぎするときに鳴らすのが楽しいのだとも...。

Wikipedia情報では、ケベックでは、畑で働いている人に、奥さんが「ご飯ですよ~!」という知らせとして使っていたとか。


子どもたちが聖週間に鳴らすラチェットには、いろいろな形があったようです。昔は、家で作ることも多かったのだそう。



棒を持ってグルグル回すタイプと、取っ手を回すタイプとがありました。

復活祭のラチェットとして、こんな立派なのもWikipediaの画像として入っていました。


Crécelle de Pâques

今でも売っていました。昔のに比べると味気ないですが。

Crécelle en bois


日本では楽器として知られている?

ラチェットは、「おもちゃの交響曲」にも登場しています。



私が持っているものは、音が出る部分の長さが24センチでした。かなり大きな音が出るので、幼児がこんなものを振り回して遊んだら、うるさくてたまらないと思いますよ...。

ラチェットは、日本では子どもの玩具にはなっていないのではないでしょうか?

でも、キーワードを少し変えて検索してみると、日本で手に入れるのは難しくなさそうです:
サウンドキング ラチェットを楽天市場で検索

でも、演奏用の楽器として売られているように見えました。

「おもちゃの交響曲」以外にもこれを必要とする楽曲があるのだろうかと不思議になったのですが、Wikipediaの「ラチェット (楽器)」を見たら、使用例が幾つも並をんでいました。

チャイコフスキーのバレエ『くるみ割り人形』では、夜中に人形が動き出すときの音になっているのだそう。そう言われれば、ラチェットをゆっくり回せばそんな音がでそう...。

ブログ内リンク:
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記

外部リンク:
Crécelles à manivelles
Les crécelles de Pâques...
Traditions à Rarécourt: autour de Pâques
La fête de Pâques - Kientzheim en Alsace
☆ 動画: Le retour des crécelles à Kientzheim
Le Grand Voyage pascal des cloches
Comment les Luxembourgeois célèbrent Pâques
Au son des crécelles, les enfants de choeur parcouraient les rues du village
おもちゃの交響曲
☆ Wikipédia: Servant d'autel - enfants de chœur


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2014/03/24
先日の日記「モンベリアール町に残っているフランス最古のテンプル」に書いたサン・マルタン教会の内部を見学できなかったので、インターネットで画像を探してみました。

すると、たくさん出てきたのは、クリスマスのイルミネーションの写真。



モンベリアールに関する観光情報には、クリスマスマーケットは有名なのだと書いてありました。確かに賑わっているようで、モンベリアールに関する動画では、クリスマスのイルミネーションのものが最も多くでてきました。 


モンベリアールには、クリスマスシーズンに来るべきだった?

フランスで行われるクリスマスマーケットといったら、アルザス地方のものが有名で、そこが本場だと私は思っていました。ただし、最近のフランスでは、大きな町ならどこでもクリスマスマーケットをやるようになってきました。それで、モンベリアールでクリスマスマーケットと聞いて、そういう風にやりだした町の1つなのだろうと思ってしまったのです。

モンベリアール伯領は、ドイツのヴュルテンベルク家に支配されていた時代があって(15~18世紀)、それで町の人は全てプロテスタントだった。そういう歴史を知ると、ここで行われるクリスマスマーケットは本格的なのだろうと想像できます。

なにしろ、クリスマスマーケットの歴史は14世紀にドイツで生まれ、16世紀に宗教改革者マルティン・ルターが浸透させたのだそうですから。

ちなみに、フランスの3大クリスマスマーケットとは、アルザス地方にあるストラスブール市(Strasbourg)とコルマール市(Colmar)、そしてフランシュ・コンテ地方のモンベリアール市(Montbéliard) なのだそう。

クリスマスマーケットという商売っ気を感じるイベントは好きではありませんが、クリスマスシーズンにアルザスを旅行したときには気に入りました。クリスマスマーケットだけではなくて、色々なアトラクションもあるので、暗くなってからも観光を続けられるからです。

真冬に旅行したいときには、何処に行くか迷うのです。午後5時ともなれば真っ暗になってしまって、観光はできなくなる。ところが、レストランに入って夕食がとれるのは、せいぜい7時ころ。その2時間を何をして時間つぶすかというのが頭を痛めるところなのです。

南仏には冬でも太陽があるので魅力なのですが、夏の間には観光客がごった返すような観光地でさえ、冬にはゴーストタウンのようになってしまって、開いているホテルがないという問題があります。

ストラスブールのクリスマスマーケットは巨大になりすぎてしまっていて、つまらないものしか売っていないし、本来の伝統が見えないので魅力を感じませんでした。コルマールも大きな町なので、小さなアルザスの村々のような魅力はありませんでしたが、ストラスブールよりはずっとアットホームな雰囲気があって気に入りました。

モンベリアールも賑やかで楽しそうです。クリスマスマーケットの時期には40万人も訪れるのだそう。アドベントの1カ月間に40万ということは、1日に1万人強ですか。プロテスタント教会や市役所がある広い広場を使うようなので、ごった返してしまうということはないのでしょう。

ちなみに、アルザス地方でのクリスマスマーケットの訪問者は推定260万人で、そのうち170人万人はストラスブールだそうです。

ブルゴーニュからは、アルザスに行くより、モンベリアールの方がずっと近い。いつか機会があったら行ってみたいと思いました。


Lumières de Noël - Montbéliard - 2011

 シリーズ記事: フランシュ・コンテ旅行記 (2014年3月)  目次




ブログ内リンク:
★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記

外部リンク:
☆ YouTube:
Lumières et Marché de Noël à Montbéliard 2010
☆ Wikipédia:
Marché de Noël de Montbéliard
Les visiteurs des marchés de Noël en Alsace


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2014/01/02
今年の干支(えと)は馬なのですって。漢字にすると、年。
これで「うまどし」と読んでしまうのですか~...。

動物のウシと同じじゃないかと思ってよく見ると、牛はだから、ちょっと違う。

気がつけば、正午とか、午前・午後の「午」だった...。

うし年は年と書く。

こういうのって、使わないと忘れてしまう。
それでおさらい。

十二支(じゅうにし)は、子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥 。

China 24 cardinal directions

漢字は苦手です...。 気をとりなおして、馬の写真を探しました。




神妙な顔をしてご挨拶しています。

ずんぐりしていると貶さないでください。作業馬だと思います。絶滅の危機にあった品種を救おうとする人たちが、フランスにはたくさんいるのです。

でも、後ろにいる子がこちらを無視しているのはマズイ...。




これで、ふたり揃ってご挨拶。

2014年が良い年になりますように!


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2013/05/01
今日、5月1日はメーデーの休日。フランス語ではFête du Travailという祭日。これは労働祭という感じの言葉なので、考えてみるとひっかかってしまう...。労働の祭りと言いながら、働かない日なのですから!

それから、1年の幸せをもたらすスズランを大事な人に贈る日。

その他にも、フランスには5月1日の風習があるのですが、すでに書いているので省略。


ガレージセール

昼食を済ませてから、近所の村が主催したガレージセールに行きました。

いつもながら、こんなガラクタ、タダでくれると言われても断るな... と思いながら眺める。掘り出し物を見つけた人の話しも聞くのですが、朝一番で行くべきなのですよね。

知り合いが店を開いていたりするので、いちおう興味あるような顔で眺める。でも惹かれるものは何もない陳列品を眺めながら、行きあう知り合いたちに挨拶する、という図式になりました。こういうイベント、しばらく会わなかった人に会う、という意味では意義があります。

ご近所の知り合いのみなさん、みんな来ちゃっている!

田舎だと、何もアクティビティーがないから来るのだろうな...。あるいは、本気でガラクタを見るのが好きなのだろうか?...

久しぶり~、と抱きついてくる友人に挨拶。お昼を食べそこなったのだ、とぼやいています。

この会場に午前11時に立ち寄ったらバーベキューの準備をしていたので、みんなでそこで食べることにして、他のところに食前酒を飲みに行ったのだそう。

午後2時になってから戻ってきたら、もう何も食べるものがない。そんなのって、ないよ~! と言うけど、2時というのは遅すぎると思うけどな...。

この村に住む人たちがやっているイベントなのですが、今年は村に別荘を持っているオランダ人夫妻が食事を作る係りになったのだそう。フランス人たちがたくさん食べるというのは知らなかったのかな?...

彼らは、仲間の家に集まって食べることにして立ち去っていきました。近くにレストランなんかないし、それぞれ自宅で食べるのはつまらないかららしい。

食事をする会場はもう片付けられていました。会場を横切るときに通り抜けたら、カウンターのところにサンドイッチがたくさん残っています。バーベキューは少なめに用意して、サンドイッチをたくさん作ったのかな?...

フランスで村人たちがイベントをするときには、一緒に食事をするのを一番の楽しみにしています。観光客が大勢くる大きなイベントならサンドイッチもありえますが、知っている人ばかりが来る村のイベントでサンドイッチが用意されているのを見たのは初めではないかと思う。

オランダでは、こういう集まりにサンドイッチを出すのかな?...

記念写真を撮りたかったけれど、遠慮しました。ハムがちょっと挟まっているだけで、パン屋さんで売っているのより不味そうなサンドイッチだったので。


森の中をドライブ

ガレージセールは小規模だったので、みんなに挨拶し終えたら、することがなくなりました。

それで、5月1日だから森にスズランを探しに行こう、ということになりました。森に咲くスズランは、花屋さんに売っているのとは違って、素晴らしく強い香りなのです。

でも、今にも雨が降り出しそうな空模様。

森でドライブして、道端にスズランが咲いていたら摘むことを私が提案。何も、森を歩き回らなくたって花は摘めるはずなのです。

実は、今年は寒いので森のスズランには花がついていない、とニュースでさんざん言っていたので心配ではありませした。

でも、少し車を走らせたら、道端にスズランの葉が見えるので停車。



写真では見えないと思いますが、蕾をつけたスズランもあります。いつか調べたいと思うのですが、スズランには花をつけない株があるのではないでしょうか?

一帯にスズラン畑ができているので歩き回りました。

雨が降り出しましたが、かまわずに摘み続ける! 私はフード付きのコートを着ていたし。

花が開いていたのは、たった1つ。でも、まだツボミも出ていない可能性も大だと思っていたので満足♪ 花瓶に挿して家の中においておけば、すぐに開花するのです。

同じところを歩いていてもつまらない。別のところでもスズランを探してみることにしました。

車に乗って走っていたら、鹿が見えました。



こういう場合、カメラをゴソゴソ取り出している間に走り去られてしまうのですが、しばしポーズをとってくれました。

Red Deers on a path in a forest of Haute-Normandieフランスでは、bicheと呼ぶメス鹿です。

Chevreuilと呼ぶシカは、かなり頻繁に見かけます。この日も、すでに見ていました。

左に入れたWikipediaの写真に写っているような、biche(ビッシュ)と、そのオスのcerf(セール)は、めったに出会うことがありません。

それで喜んで写真を撮ったのですが、慌てていたのでピンボケ写真になってしまった...。

メス鹿たちはいつまでもとどまってはいないで、やはり木立の中に消えていきました。


しばらく行くと、この時期に咲いているのではないかな、と思っていた花を発見。

叫び声をあげたら、運転している人から叱られました!

でも、車をとめてくれたので、崖によじ登り、花を愛でる。



Anémone pulsatilleという珍しい植物なのです。日本語名はセイヨウオキナグサ(西洋翁草)。

雨に打たれて花がうつむいてしまっていますが、鮮やかな青紫色で、こんな華やかな花が道端に咲いているのを見ると何度見ても見惚れます。

これを見つけただけで満足だったのですが、ランも花をつけているのを発見。



こちらも固い蕾でしたが、もう少ししたら、野原にはランの花がいっぱいさくのだろうと嬉しくなりました。


昼食を食べ損なったグループに合流

ガレージセールの会場で昼食を食べそこなった友人たちは、家で食事をしているから寄るように言っていました。

摘んだスズランのおすそ分けをするために立ち寄ってみると、まだチーズを食べているところでした。

スズランは女性たちだけにプレゼント。

とても嬉しそうでした。野原で摘んだ小さな花束なんかにキスのお礼をしてもらってしまうと照れてしまう...。

5月1日にスズランをもらうのって、そんなに嬉しいのかな? 私が習慣にしたのは、森にスズランを摘みに行くことであって、人からもらったら幸運のご利益がないみたいに感じているのですが。

テーブルについて赤ワインをふるまわれ、デザートは一緒にいただきました。

それから、延々とおしゃべりしながら、コーヒー、食後酒。

ザーザーと雨が降り、雷までなりました。

スズランの花を摘みながら雨に濡れたので、足が冷たい。だんだん、それが耐え難くなってきました。ちらりと時計を見ると、もう7時を回っている。

3週間の休暇に入ったところだと、いたくご機嫌な人がいました。彼らは午前11時からずっと飲み続けているのだから、そちらもご機嫌の理由でしょうが。

今の時期、フランスのサラリーマンは消化しきれなかった有給休暇を取りきるのです。セクレタリーから休暇が3週間残っていると言われて、初めて気がついたのだそう。私が彼の立場にいたって驚いただろうと思う。だって、年中お家にいるのですから。

彼は管理職で、残業や出張をする機会が多いために、その振替休日が多いのです。 1年の休暇の日数は8週間、と言っていたっけ。今年度残ってしまった3週間というのは、それには含まれていないのかな?...

いたくご機嫌なので、自分の家でシャンパンを飲もうと言い出しました。そうなると、夕食を食べて行くように勧められるのは明らか。森で雨に濡れてしまったので、熱いお風呂に入って温まりたい。悪いけど、お断りして家に帰りました。


今年の5月1日のスズランは、これっぽっちだけれど...

家に帰ってからは、まずスズランのお世話。

小さな花瓶に2つしかできなかったけれど、やはり5月1日に摘んだスズランなので嬉しいです。




この日学んだこと:

友人が子どもの頃のことを語っていました(計算すると45年くらい前の話し)。

子どもたちは、森でスズランを摘んで花束をつくり、5月1日に近所を回ってお小遣い稼ぎをしていたのだそうです。特に、自分では森に行けない高齢者家庭がねらい目。

今では、スズランの花束を売る人を見かけるのは朝市の広場くらい。それを子どもがやっているの出会ったことはありますが、家に花束を持って来る子どもはいません。

カーニバルでは、変装した近所の子どもたちが来るのはありますが、それもずい分減った感じはします。

友達いわく。

スズランが1年の幸福をもたらす、と本気で信じる人はほとんどいなくなった。不景気なので、そんなものにお金を出さない。カーニバルの風習もすたれてきて、変装もしないでお小遣いをせびりに来るなんて邪道だ。

中年のフランス人たちから昔の話しを聞くのが興味深くて好きなのですが、フランスの家庭が10人くらい子どもがいるのが普通だった時代には、ろくに子どもたちがかなり働いていたのだな、と感じます。

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2013/01/01

毎年この時期になると、いつも同じことを思ってしまいます。日本語で言う年頭の挨拶は、なんだか変。というより、気に入らない…。


新年は、おめでたい?

「新年(明けまして)おめでとうございます」とか、「お慶び申し上げます」とか…。漢字で短くしても、賀、頌、寿の文字が入ってくる...。

どうして「おめでとう」と言わなければ新年の挨拶にならないのだろう?

一昨年の除夜の鐘をつくのを見ていたら、鐘を鳴らす紐に体を奪われてしまって、ずっこけてしまった人の映像がありました。「2012年は、ずっこけの年」なんて言う人があったけれど(映像はこちら)、12月になって私もずっこけました!

日本、大丈夫なの?… 本気で心配になります。
そんな年の幕あけなのに、「新年が明けてめでたい」なんて思う気にはなりません。

新年がおめでたいのは、生きて新年を迎えたことを喜ぶ、という挨拶なのだろうと思います。自分でそれを喜ぶのは勝手ですが、人にも押し付けてしまって良いものだろうか?

年賀状を出す相手には、もう年賀状しかやりとりしていない人もいるわけです。もしかしたら、そんなノンキな挨拶をしては悪い状況だってありうるではないですか?

年賀状を出した後に喪中のお知らせが届くとあせってしまいます。でも、不幸があった人には、よけいに新年が良い年になるように祈ってあげたいではないですか?…

「おめでたい」というニュアンスを持たない新年の挨拶には、どんなものがあるかと調べてみました。震災があった翌年の年賀状を書くにあたっては、これを気にする人が多かったらしくて、アドバイスをしているサイトが幾つもありました。

今年になったって、それを気にする人は多いと思います。相手がまだ仮設住宅に入っていたり、放射能の心配しなければならない事情を考えたら、「おめでとうございます」なんてはばかりたくなって悩むはずです。

こんな挨拶にすれば良いというのには、「(謹んで)新年のご挨拶を申し上げます」というのがありました。なるほどね…。でも、その後に何か心温まることを書かないと変でしょうね。

その点、フランス語で新年の挨拶をするときには、全く気がねは必要ないのです。だって、新年が相手にとって良い年になるように祈るだけなのですから。

「Happy New Year」よりも短く、「Bonne Année(良い年を)」でOK。さらに、あなたが幸せになるように、健康に恵まれるように、など等と付け加えて愛情表現をします。それを並べるのが面倒だったら、まとめて「Meilleurs voeux」と言ってしまえば良い。

そういうのに慣れると、新年がおめでたいかどうかは別にして、相手に良い年を祈りたくなるのですが、これが問題。年賀状では「今年も良い年になりますように」と書けるのですが、これは気に入らない。だって、それは昨年が良い年だったことを前提にして、「も」と言っているわけではないですか?

だからといって、「今年は良い年になりますように」と書いたら、「今年こそは」の意味になってしまって角がたつ。「2013年が良い年になりますように」と書くと良いのかな?...

でも、この表現も気に入らないのです。「Happy New Year」も「Bonne Année」も、相手にとって良い年であるように祈ってあげる挨拶だと思うのです。でも日本語でいうと、自分のことについても祈っているようで勝手な言い方だと思ってしまう。

「みなさま(あなた)のご多幸をお祈りします」という表現の方が好きだな...。

でも、お正月に出合った日本人には「おめでとうございます」しか言えないではないですか? さっき見つけた「新年のご挨拶を申し上げます」も、会話では使えません。

面と向かっている人に、あなたにとって良い年になりますようにとか、健康に恵まれるようにとか、付け加えたら不自然ではないですか?

フランス人だと、仕事がうまくいくように、とか、何でも言い添えるのですけど。

なぜか、日本でも、暮れの間は「良い年をお迎えください」と言えるのですよね。それで、暮れのうちに挨拶してしまう方が好きです。


「今年もよろしく」にも引っかかる

日本人は相手の気持ちを思う民族なのだけれど、変に押し付けがましいときもあるので奇妙に思います。

年賀状の定番文章に「昨年はお世話になり、どうもありがとうございました」があります。フランス人は、よほど何かでお世話になっていなければそんなことは書かないはず。日本の挨拶でそれが言えてしまえるのは便利だとは思います。色々あったけれど、ひっくるめてお礼が言えてしまうわけですから便利。

でも、それに続けて、「今年もどうぞよろしくお願い申し上げます」と書いてあるのにひっかります。考えようによっては、厚かましくないですか?

この「どうぞよろしく」という挨拶言葉が何なのか、よく分かりません。

ひっかかったのは、日本語を勉強し始めたフランス人から、初対面の人が「よろしく」と言うのはどういう意味なのか、と聞かれたときでした。

日本人が「はじめまして、どうぞよろしく」というのは、フランス語では「Enchanté !(アンシャンテ)」、お偉い人とお近づきになれたのなら「Très honoré !(トレゾノレ)」と言うのも良いのだと習います。ちょっと儀式ばった言葉なので、よく出くわす挨拶だとは感じませんが。

日本語が多少わかれば、「はじめまして」はフランス語のアンシャンテに対応するとわかるはず。でも、フランス語の挨拶のように、知り合えて嬉しいというニュアンスはないので、ちょっと奇妙なのではないでしょうか?

とすると、「どうぞよろしく」というのは何なのか気になるでしょうね。

フランス人に「よろしく」とは何なのか聞かれて困った私。「私のことを感じ良い人だと思ってください」とか、「困ったときには助けてください」とかいう気持ちをこめて言うのだと答えました。

ハハハ、と彼女は大笑いました。確かにね。初対面の人を相手にして、それは厚かましいですよ~!

年賀状で「昨年はお世話になりました」と低姿勢で言って、その後で、今年も同様にやってください、と言ってしまえるなんて、すごいではないですか?! 日本人の付き合いって、相手に甘える関係にあるのだろうな…。思えば、私も「よろしく」をよく使っているような気がします。

フランス人は個人主義で、自分のことしか考えないと言われるけれど、日本人以上に相手に対する気遣いがあると感じることがよくあります。

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外部リンク:
賀詞の選び方
一般年賀状の文例
それで大丈夫?年賀状の賀詞(決まり文句)
震災を考慮し、年賀状で悩んでいる方へ
震災を受け2012年の年賀状から年始状のススメ
Exemples de textes de vœux
SMS Bonne année 2013



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2012/12/04

シリーズ記事 【シャンパーニュからピカルディーへの旅行】 目次へ
その3


フランスを観光していると、必然的に教会を見学するし、歩いていても宗教的な彫刻がある。そういう中でクリスマスの雰囲気が出ているのは、ごく自然に感じます。

東京にいるときのクリスマスは余り好きではありません。ジングルベルが聞こえてきて、クリスマスツリーがあって、光がチラチラして…、なんだか白々しくなる…。




La Belle nuit de Noël
フランスで最もポピュラーなクリスマスソングって何だろう?

ティノ・ロッシ(Tino Rossi)が歌った「プチ・パパ・ノエル(Petit Papa Noël)」ではないかな?…

パパ・ノエルとは、フランスではサンタクロースを指します。




大きな町はクリスマスが盛り上がる

クリスマスの雰囲気づくりをしてくれるのは大きな町ですね。小さな村などだと予算がないので、ちょっと哀れ。いやぁ、日本でクリスマスの雰囲気を作るのは、キリスト教関係者を除けば、商業活動をしている人たちだけかな?…

ランスの町には、子どもたちのためにアイススケート場ができていて、おなじみの電車が走るコーナーもありました。



「おなじみの」と書いたのは、我がブルゴーニュのディジョンでも全く同じようなのを見ていたから。

かなり大きなクリスマスマーケットもできていました。



色々なものを売っていましたが、野良猫を助ける地元NPO(L'école du Chat de Reims)の小屋で、猫の柄がある工芸品を少し買いました。「ありがとうございます」なんて、普通では聞けないような嬉しそうな声で言ってくれるので、追加の買い物もしてしまった...。

さすがシャンパンの地方。シャンパン・コーナーもできていました。みなさん盛り上がっていて、カメラを向けたらポーズをとってくれたので入れておきますね。




田舎だと、こんな家に出会う

他の町でもクリスマスマーケットを見たりして、もうすぐクリスマスなんだ… と思った私。

田舎を車で走っていたら、ぎょっとする家がありました。

お家の庭の中央に門があって、その左右にクリスマスの飾りができています。

下は正面の左手。



地面に白いシートを張って雪風に見せています。雪だるま、ペンギン、三輪車の乗って遊んでいる子どもたち、という演出。

飾りのために三輪車を買ったわけではないと思うので、この家には子どもがいるのでしょうか?

右に目を移すと、こんな具合。



ものすご~い!

白クマ、小人、ペンギン、サンタクロース、おびただしい数のぬいぐるみが飾ってありました。もちろん、夜には光を放つらしき装置もたくさん。

まだ飾りつけは完了していないようで、遠くの方でマダムがこちらに背を向けて何やらやっていました。

目があったら「わぁ~、素敵ですね~♪」と話しかけようと思っていたのですが(というか、そう言わなきゃいけないぞ、と自分に言い聞かせながら眺めた)、黙々と作業していらっしゃいました...。


こういう大々的な、センスが良いとはお世辞にも言えないような飾りつけを庭にする人が時々いるのです。

何考えているか、私には理解できない…。

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クリスマスの飾りつけも度が過ぎると... 2008/12/23
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2012/11/01
少し前から、菊の鉢植えを売っているのが目立ちます。

花屋さんは菊だらけ!



実は、墓参りのための花を売っているのです。

それを知らない日本人観光客がこれを見たら、フランス人はよほど菊の花が好きなのだ、と思ってしまうかもしれない。

11月1日はToussaint諸聖人の日)という祭日で、この前後に墓参りする習慣がフランスにはあります。

実際には、その翌日の11月2日が死者の日なので、その日に墓参りするのが本当。でも、諸聖人の日が休日なのに対して、死者の日は休みではないため、11月1日の祭日に墓参りをする人が多いです。

なぜ菊の花かといえば、寒い時期なので、墓地に置ける花としたら菊しかないから、という単純な理由。


フランスの墓地は色どり華やか

南仏でもない限り、冬に突入する日と言いたくなる諸聖人の日。霜が降りるような日が来たら、墓地に置いた菊の鉢植えなどは、ひと晩で真っ黒になってしまいます。

冬に友人の墓に行ったら、哀れに黒くなった生花ばかり。それで、近くの花屋さんに行って造花の鉢植えを買いに行きました。

さすが墓地に隣接したところにあったパリの花屋さん。

造花独特の厭らしさはない、よくできた造花の置物がたくさんありました。

寂しげな感じがないのが気に入り、ピンクのバラの花にしました。

カゴの部分も含めて、非常に重いので、風で倒されてしまうこともないようです。

右に入れた写真は、造花を置いてから1年たっていったときに撮った写真です。

買ったときと変わらないくらいに、私の造花はきれいな状態でした。

風雨で花が変色していないのにも驚きました。小さな白い花の部分は、少し飛んでしまっていましたが。

1年ぶりに行って、ご主人がそのままにしてくれたの見て、ホッとしました。

「私が死んだら、お墓に造花の花なんか絶対に置かないでね!」と言いそうなマダムだったので、造花なんか置いたら悪かったのではないかと気にしていたのです。

でも、黒くなった花ばかりの彼女のお墓は、あまりにも寂しげだったのだもの...。

彼女は猫が好きだったので、エジプトの墓に置く猫の像を置きたかったのですが、そんなのは売っていなかった...。

フランスではとても素敵な墓に飾り物を売っています。

天使の像などには、家に飾りたくなってしまうほど素敵なのもある!

日本でお墓参りするとき用に買って持ち帰りたいと思うけれど、余りにも重いので思いとどまっています。

墓地用造花をキーワードにして、フランスのサイトで検索


フランス人は、どのくらい墓参りをするのか?

今年は菊の花が大量に売られているのを見て、フランス人は誰でも菊の花を持って墓参りをするのだろうかと気になってしまいました。

それをテーマにしたアンケート調査結果があったので、ざっと眺めてみました。

40歳以上のフランス人の51%は、毎年この時期に墓参りをするのだそう。別の時期に行く人もいるのですが、全く墓参りをしないのは34%(うち2%は近親者に死者がいないため)。

51%というのは多いのか、少ないのか?...

フランス人の宗教離れもあって、諸聖人の日に墓参りをするという習慣も薄れてきてはいるそうです。

平均すると、フランス人は3カ月に1回墓参りをしている、となっていました。

トゥーサンで墓参りした人は、平均28ユーロの花代(植木ないし切り花)を消費している。そのうち20ユーロは菊の花代とみられる。

ただし、これは花代の年間消費額の3分の1に過ぎない。

トゥーサン以外にも、墓参りの日を決めている人たちもいる:
命日(20%)、誕生日(17%)、復活祭の時期にあるラモーの日曜日(7%)、父の日ないし母の日(3%)


これをメモしている途中で近所の人が来ておしゃべりをしたので、墓参りをするか聞いてみました。

ノンの返事!

なぜ? と食い下がってみる。

つまらないことを質問して申し訳ない! でも相手は、外国人の私が何にでも興味を持って聞くのに慣れていて、いつも取り合ってくれる人なので平気。でも、質問を口にした瞬間に、去年に非常によく面倒をみていた父親が亡くなっている人なのを思い出したので、悪い質問をしたと反省...。

でも、答えてくれました。

諸聖人の日なんて、商売がでっちあげた行事だから気に入らない。お墓参りは別の時期にしている、との返事でした。

私も同感。クリスマスとか、バレンタインデーとか、この日には何をするというのは、私も嫌いです。


アンケート調査結果のメモを続けます。

40歳以上のフランス人は、年間に平均3回か4回墓参りをする(トゥーサンを含む)。

墓の維持をする人は、年間に花代として84ユーロを使う。女性(87ユーロ)の方が男性(79ユーロ)より多く費用をかける。

最も多く使うのは60~69歳層で、平均支出額は102ユーロ。この世代は近しい人が死亡する確率が高く、死亡から数年は多くの花を飾るため。

死亡に伴う支出(葬儀、墓石購入など)とは異なって、花代は所得とは関係なしに消費される。


パリでも?

墓参りは、田舎の方が盛んだろうと思います。田舎に住むお年寄りなら、諸聖人の日の前後には100%がお墓参りに行くのではないかと感じていますので。

大都会の特性で人間関係が機密なパリですが、やはり諸聖人の日を前後とする時期には墓参りの人は非常に多いようです。パリ市のサイトでは、数十万人というが来るこの時期には、墓参りがしやすいように便宜を図っていると書いてありました。

断っておくと、フランスの墓地は、少しは例外もあるのかもしれませんが、公営施設なのです。

葬儀がビジネスになってしまう日本はおかしいと思う...。東日本大震災のニュースを追っていたときも、焼却場の予約が満杯になったために順番待ちになった家族が、1日につき幾らという遺体保管料を払うというニュースを聞いて仰天しました。1週間も10日も待たされた家族は、百数十万円の請求書を見て唖然としたのだそう。それでなくても動転している人たちに過酷すぎるではないですか?!

自治体は何もしなかったの?! パリでも、2003年の猛暑のときには高齢者が大量に死亡して、バカンスシーズンなので遠くに旅行していた家族が近親者が死亡したことを知らなかったという異常事態が発生したのですが、パリ市は家族が現れるまで、あの手この手で対策を施していました。

フランス人は、税金や社会保険に支払いが高すぎると不満をもらします。でも、税金がどう使われているかは見えるのです。私だって東京都住民として、給料からたくさんピンはねされたけど、東京都に住んでいるから恩恵を受けていると感じたことはありません。日本も行政が努力してくれていると感じるのは、地方に行ったときだけ。


墓地を見る趣味はないのですが、パリの墓地は有名人の墓も多いので観光スポットになっています。

特に、ペール・ラシェーズ墓地(Cimetière du Père-Lachaise)。パリ市の墓地は色々ありますが、ここは歴史的価値があって別格だと思います。

パリ市が投稿した、ペール・ラシェーズ愛好家を見せる動画:

Rencontre avec les amoureux du Père Lachaise

特定の知名人の墓を見たい人のためには、サイトまであり、場所を検索したり、墓石の写真が見れたりします。
Cimetière du Pere Lachaise




内部リンク:
★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記
★ 目次: 教会など宗教建築物に関する記事

外部リンク:
☆ CREDOC :
À la Toussaint, 51% des Français de plus de 40 ans se rendent au cimetière
La Toussaint dans les cimetières parisiens


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2011/07/15
昨日の日記(今年の革命記念日 (1) メシュイとサヴィニー・レ・ボーヌ)の続きです。

小さな村で開かれた食事会。

ヒツジの丸焼き料理も出て食事会が盛り上がってきたとき、一人の女性がベンチにのぼって、シャンパングラスをスプーンで叩きだしました。

「聞いてくださいな~!」というサインだとは分かります。

村の誰かがスピーチを始めるのかと思ったら...


ラテン系って、おおらかでいいな~

住民の誰かの家の親戚という関係で滞在しているメキシコ人家族のお母さんでした。

フランスで休暇を過ごしているのが嬉しいというスピーチを始めました。フランス語は片言なので言葉につまる。

そうしたら、テーブルの向かい側に座っていたお嬢さんらしき若い女性が同じくベンチにのぼり、通訳を始めました。うっとりするくらい魅力的な、ラテン系の典型のお嬢さん...。

自然にほとばしる感動をベンチの上にのぼって発散させてしまう。その大らかさには驚きました。羨ましい。

お母さんは「今年のフランスはメキシコの年だったのです」と言う。そう言われて思い出せば、なんだか裏がありそうな拉致事件があって、フランス大統領は見せしめのためにメキシコ年を中止していたのでした。こんな関係のない人たちを政治的な理由でがっかりさせてしまったのは可愛そう...。

「この歌、ご存知ですか?」とお母さんは歌いだしました。みんな、それに合わせて歌う。

スピーチが終わると、「メキシコ、万歳!」などという人がありました。拍手。それから、ブルゴーニュの人たちが陽気になると歌うバン・ブルギニョンも飛び出しました。


チーズを食べ終わったとき、息抜きに外に出てみました。

まだメシュイを食べ続けている人たちがいたらしく、ヒツジの丸焼きコーナーでは肉を切り取る作業が続いていました。

他には、延々と続く食事から抜け出してきた子どもたちの姿。

食事の後は、庭で昔からあった素朴な田舎のゲームが行われることになっていたのですが、子どもたちが始めていたようです。

そんなのを見ながら腹ごなしをしようと思っていたのに、メキシコ家族のお父さんがイギリス人たちと話している会話グループの中に入ってしまいました。

お父さんはエンジニアで、日本で技術研修を2カ月受けながら滞在したのだそう。それで、イギリス人たちはそっちのけで、私に日本に滞在したときのことについて話し始めました。

もちろんスペイン語。なんとなく理解できる単語もあるのでフンフンと聞いていても、何が言いたいのかはよく分からない。メキシコ家族を受け入れているらしいフランス人女性が通訳を始めてくれました。

日本で疑問に思ったことを次々に質問してきました。私にどんどんスペイン語で話しかけてきてしまうので、彼女は通訳せざるをえない。どういう人なのか知りませんが、スペイン語も英語も素晴らしく流暢。

何を話したかを書くと長くなってしまうので省略。でも、定年になってから、お金はないけど世界中を旅しているというお父さんには人生哲学があって、とても興味深い会話になりました。

それにしても、このメキシコ人家族の人たちの大らかさには驚きました。言葉ができなくても溶け込める外向性がある。こういうことができる日本人というのは少ないだろうな…。少なくとも、私にはできない!


コスモポリタンの村

この日に集まった人たちの中には外国人がたくさんいて、色々な言葉が飛び出していました。でも、フランス語、英語、スペイン語が飛び交って、頭がパンパンになりました! 下手なフランス語を理解するのも私には難しいので、余計に疲れる。

おまけに、会話の相手が誰であるかというのを理解するのも大変。誰々の親戚の、とか友達の、とか、やたらに人間関係が複雑なのです!

「コスモポリタン」、とフランス人たちが言っていました。「何語を話しているか分からなくなった~!」などと言っているのを聞いて、混乱しているのは私だけではないと分かって安心。

数えてみると…
アメリカ人、メキシコ人、イギリス人、スコットランド人、オランダ人…。日本に住んでいて帰省しいた子どもたちは私に日本語で挨拶してきました。他にも、日本企業に勤めている子どもがいる人もいたし、日本を旅行した人たちもいたので、日本のことについて話題になりました。

スコットランドの男性はキルトのスカートを着て参加していました。「来年は民族衣装を着て参加するようにしようよ♪」、と私は提案。オランダ人は「木靴をはいてくるね」とすぐに反応してくれたのですが、フランス人の方は「民族衣装なんか持っていない…」と返事。

この村にはお年寄りが多いので、何かしら持っているのではないかと思ったのですが、一部の地域(私の観察ではアルザス、ブルターニュ、プロヴァンス、バスク)を除くと、フランスってほんとうに伝統的な文化にこだわりを持っていないのです。日本人だったら、誰でも着物の一枚くらいは持っていると思うのだけれど…。

ともかく、いっぱい色々な人たちとおしゃべりできて、楽しい一日になりました。

ここは、日本だったら「限界集落」という暗いレッテルを貼り付けられてしまいそうな僻地の村。でも、元気いっぱいなのが嬉しい。明るいから人が集まってくるのだと思う。言ってはいけないのだと思うのですが、日本は高齢者が多い村になってしまうと困るシステムになっているのが問題だと思うのですが…。

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2011/07/14
日本では「パリ祭」などと呼ばれているフランスの祭日は革命記念日で、フランスでは単純に「7月14日」と呼ばれます。

フランスは独裁政権国家でもないのにパリのシャンゼリゼ大通りで軍隊や戦車がパレードするなどは止めて欲しいと思ってしまうイベントもありますが(今年は政治家の賛否両論発言が話題になりました)、田舎では花火大会や食事会などのような平和的なイベントが行われます。

花火を見た後、役場の庭に作られたお酒を飲むスタンドで出会った友達に食事会に誘われました。翌日の昼に開かれるのですが、まだ入り込む余地があるのだそう。すでに何回か行ったことがあり、美味しい食事が出るという印象を残していました。

こういう大勢が集まるときの食事会の定番はバーベキューで、この時期には食べる機会が多すぎるので飽き飽きしている料理です。いちおう何を食べるのかと聞いてみたら、メシュイだとおっしゃる。それを先に言ってくれれば、迷わず即座に返事しますよ~!


メシュイ

フランスとは関係の深い北アフリカの料理。ヒツジの丸焼きです。上手にできるのは北アフリカ出身の人たちと決まっています。フランス人ならメシュイ(méchoui)が何なのか誰でも知っているでしょうが、めったに食べる機会がないのです。

食事会には少し早目に行って、メシュイを焼いているところを見ることにしました。スライドショーを入れておきます。



もと肉屋さんだった人がメシュイを作っていました。
メシュイは仔羊を使うのが本式ですが、かなり大きな仔羊!

大変な手間がかかる料理です。内臓を取り出して脚を開かせ、特別なソースを使って焼きます(写真には入れなかったのですが、ニンジンの輪切りも見えました)。

フランス人が作っていたメシュイですが、なかなか美味しそうと期待を膨らませなした♪


食前酒のシャンパンですっかり良い気分になる

この村の人口は50人くらい。でも、夏休みなので、やって来ている親戚や別荘に住む人たちで賑やかになっていました。食事会は110席用意したとのこと。満席でした。

食事を食べるのは昔の納屋を改造したらしい石づくりの公民館で、その前には食前酒をサービスするテーブルができていました。

みんなに飲み物のグラスを持ったところで村長さんの挨拶。
「簡単にご挨拶します」

政治家がしゃべりだすと止まらなくて、しびれを切らすというのは日本でも同じではないですか? でも、この村長さんのスピーチは本当に簡単なものだったので感謝しました。

「今年も大勢の人たちに参加していただいて嬉しいです。役場からシャンパンを出させていただきました」と言ったあとは、このイベントに手を貸してオーガナイズした人たちを名指しして皆からの拍手をあびさせただけ。

この村は本当に住民たちの仲が良くて、イベントもいつも楽しいのですが、でしゃばらない村長さんも雰囲気づくりに一役かっているのだろうな、と思いました。

かなりのシャンパン・ボトルが用意されていたらしく、飲み終わることにはボトルを持った人が注ぎ指してくれました。

したがって、みんなほろよい気分。それで熱のこもったおしゃべりが弾み、時間がかなりたっているのは意識しなかったほど。


大満足の食事♪

まだ皆が席につくまえの会場の写真をとっていました。



ショーケースに入っているのは出番を待つ前菜の数々。肉屋さんから買ったお惣菜も多少はあったでしょうが、ほとんどは住民たちの手作りだったと思います。

どれも、これも、おいしい。ふんだんに振舞われたシャンパンと前菜だけで立派な食事会になってしまう内容でした。

その後がメイン料理のメシュイ。切り分けられた肉が皿にもられて運ばれます。



焼き具合も完璧。焼いている場面を見たときは焦げているように見えたのですが、中は焼きすぎてはおらず、生焼けではなく、という出来でした。


ちなみに、食事会の参加費は一人16ユーロでした(1,800円くらい)。食事のときのワイン代は別払いですが、これだけの料理が食べ放題という食事代としては格別に安いです。あれだけたくさん飲んだシャンパンは振舞っていただいただけだったわけだし...。

お金をかけなくても美味しい料理ができるのですよね。シャンパンも安く仕入れたから飲み放題にできたのだと思いますが、ワインの選択も良かった。


ワインのチョイスも良かった

メシュイなので冷えたロゼ・ワインをとってくると言って席を立った友人。

戻って来たときにはサヴィニー・レ・ボーヌの赤ワインのボトルを持ってきました。

ロゼより少し高かったけれど、迷わずこれにしたとのこと。ミレジムも2005年という当たり年なのに、これが15ユーロ(1,800円くらい)というのはほとんど生産者価格で、安い! と思ったとのこと。

他の人たちも、このワインをとっている人が多かったです。みんな、分かっているのだ~!

ブルゴーニュワインには無縁な方のために説明を加えさせてください:
サヴィニー・レ・ボーヌは名前を聞いただけで仰天するほどの高級銘柄ではないのですが、「高価なワインは出せない」というイベントでは、こんな高品質のワインを用意していたの?! と驚く銘柄なのです。高価だけれど素晴らしいのもあるのは別にして、掘り出し物があると私がマークしているブルゴーニュワインです。

祭りのオーガナイザーに安くて美味しい食材を仕入れられる達人がいると良いですね。参加費を16ユーロでおさめたのも見事だし、シャンパンと赤ワインのチョイスに脱帽しました。

こんな風に公民館で大勢で食事するのをオーガナイズするときは、料金が安いことが鉄則。でも、安ければ良いというわけでもないですよね。信じられないことに、ブルゴーニュでありながら、アルザスの安くて不味いワインしか用意されていない食事会もよくあります。ワイン生産地から少し離れた場所では、よくそうなる...。

アルザスのワインにも素晴らしくおいしいのもあるのです。でも、ワイン通であるか、地元のワインなら「安くて、おいしい」のが見つけられるはずなのだけど、オーガナイザーの中にそれができる人がいないと、「安いだけ」のワインが選ばれてしまう…。




お話しが長くなってしまったので、続きは別の日記にします。

この村の雰囲気はとても好きなのです。町でも村でも同じですが、全体的に楽しい雰囲気のところと、ギスギスしてしまっているところがあるのですよね。

一人ひとり別々に見れば何も変わりはないのだけれど、全体の雰囲気で染まってしまうものなのではないかな?...

外国を旅行している日本人の団体を見ていても同じように感じています。添乗員さんが陽気だと、みんな陽気に旅を楽しんでいる。逆に、ネクラのリーダーさんが引率していると、なんだか暗くなって、つまらないことにも不満を出している。もちろん、例外もありますが!

今年の革命記念日で行った食事会は、なにがどう作用しているのか、とても村人たちが仲が良いのです。小さな村なので大したことはしていないのだけれど、イベントに参加するのが楽しい村の一つに数えています。

この日の食事会には、外国人や、村に別荘を持っている都市住民たちがたくさんいたのですが、フランスでありがちな亀裂がなくて、「よそもの」も自然に溶け込んで楽しんでいました。その話しを次に書きます。

- 続く -


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2011/05/08
村のイベントでパエーリャを作るからいらっしゃい、と誘われました。

余り気が進まなかったのですが、料理を作ることになっているスペイン系夫妻ははりきっているので、行かないのも悪いかなと思ってお誘いに応じました。

食事だけに参加するつもりだったのですが、一緒に行くことにした友人が「食べに行くだけでは悪いじゃないか」と言うので、しかたない! 昼前から始まるイベントから参加することにしました。


第二次世界大戦の終戦記念日

5月8日は「Fête de la Victoire(勝利の祭り)」、つまり1945年の第二次世界大戦が終了したことを祝う日なのです。

第一次世界大戦のお祝いなら抵抗がないのですが、第二次世界大戦では日本はフランスの敵国だったのですから気が進まないではないですか?!

この日、フランスのどこの市町村でも行われるはずのイベントは、戦争慰霊碑の参拝から始まります。

役場から、みんなでぞろぞろと歩いて行きます。行きつくのは戦争慰霊碑。



退役軍人のおじいさんが、勲章を胸にたくさんつけ、凛々しく国旗をかかげていました。

村長さんが花をささげ、慰霊碑に書いてある名前を呼び上げます。名前が呼びあげられるたびに、みんなが「Mort pour la France(フランスのために死す)」と返していました。

慰霊碑には第一次と第二次世界大戦の犠牲者の名が刻んであったのですが、両方とも名前を呼びあげていました。小さな村なので犠牲者数は少ないから全ての名前を呼び上げられるわけで、たくさん名前が書いてある大きな町ではそれをやっていられないだろうな… などと思いながら聞いていました。第一次世界大戦では、フランスは大量の死者を出したのです。

それから、村長さんのスピーチ。マイクもないのでよく聞こえませんでしたが、「ナチ」、「野蛮な行為」、「平和」などという言葉が耳につきました。日本軍の話しは出なかったので、ほっ。もっとも、気にしたのは私くらいで、参加している人たちは私が敵だった国の人間だなんて意識した人はいなかったと思います。

フランスはドイツの降参で戦争をやめたので、5月8日が終戦記念日となっています。日本もドイツと一緒に敗戦を宣言してたら、原爆が落とされることはなかったのだろうな…。

こちらのビデオはパリに近い町(人口2万人)で行われたセレモニーの様子。さすが式典は立派で、慰霊碑の前でレジスタンスの歌「Le Chant des Partisans」が流れています。

今では英雄にされているレジスタンス運動の人たちですが、戦争中にはテロリストとフランス人たちに呼ばれていたそうです。テロリストというのは、世界を牛耳っている側から見た破壊的行為をする危険分子なわけなのですよね…。そう思うと、完全にフランス語になった「神風」が、自爆テロを意味するのにも抵抗を感じなくなりました。


セレモニーの後は普通のお祭り

また役場にぞろぞろと歩いて帰り、そこでシャンパンやワインがふるまわれました。

パエーリャを準備している友人夫妻を探すと、自営消防団の建物の中で見つかりました。



4人で持って運ぶ大きな鍋と、小さな鍋の2つで料理されています。10ユーロ(1,200円くらい)払って食事をするのは60人とのこと。村の4分の1くらいに相当しますから、かなりの参加率ですね。

もう昼なのに、あと1時間くらいかかるとのこと。でも、ここでもシャンパンが容易されていて、見学に来た人たちと飲んだり、おしゃべりしたりしているうちに時間がたちました。

会場に運ばれたパエーリャです。



お酒係りはたくさんいるのに、お料理を配る係りは2人しかいない。もたもたやっていると冷めてしまうので、写真を撮ったあと、私も手伝いました。お玉が重いので腕が痛くなりました!

前菜はなしで、いきなりメイン料理だったのですが、お腹がいっぱい。その後は、チーズとデザート。

お酒もしたたか入っているので、みんなで大騒ぎ。食事の後は、こういうイベントでは必ずあるダンスタイム。夏のように暑い日だったので、はだしになって踊っている女性たちもいました。

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2010/12/10

シリーズ記事 【パリ滞在記 2010年冬(目次
その1


寒い時期に旅行するときには、大都会が便利。雨が降ったり、寒すぎたりしても、博物館などに入っていられますから! それに冬のフランスはコンサートの季節♪

それで、11月の末はパリに少し滞在することにしました。

凱旋門の近くにあるコンサートホールに行ったら、開演まで少し時間がある。それで、シャンゼリゼ大通りを少し眺めることにしました。

ほんの少し前、クリスマス・イルミネーションが始まったと聞いていたからです。


シャンゼリゼ大通りのクリスマス・イルミネーション



さすがフランス人はセンスが良いのだな… と思う照明。

だいぶ前、クリスマスのイルミネーションを買って、3年くらいは喜んで飾っていたのですが、飽きてきました。そもそも、飾るのは良いけれど、片付けるのが面倒くさい。

電球が切れたのがでてくる。からんだモールは、切ってしまったりもする。美しくないな… と思うと、よけに取り出してきて飾る気にはなりません。

そんなとき、シャンゼリゼのイルミネーションを見たら、それが白一色で美しい。

そうか… 私は子どもでもないのに、面白がって色々な色のランプがつくからバカバカしい飾りになっているのだ…、と悟りました。


今年のシャンゼリゼのイルミネーションは、淡いブルーで統一されていました。



降ってくるような青い光が動くのが気に入りました。
もっとアップしてみると…



矢印を入れたところにチューブがあって、その中を光が流れるように動いていたのです。でも、この写真だと何も見えないですね。やはり、動画でないと分からない。

探してみたら、パリ市役所が提供したビデオがありました。

11月22日の点灯セレモニーのものですが、チューブの中で青い光が動くのもご覧いただけるはずです。ちなみに、ピノキオみたいなお顔の方がパリ市長さん。

Mélanie Laurent allume les Champs Elysées



エッフェル塔のイルミネーション

書きながら思い出したのですが、エッフェル塔のイルミネーションを見るのを忘れていました。それで、ビデオを検索。これもパリ市役所が提供したものです。

La Tour Eiffel fait la fête tous les soirs


輪郭しかなくて、余りきれいには見えない…。節電対策のせいなのかな?… これは見損なっても惜しいとは思いません。

何年か前は、淡いオレンジ色のレースのように見えるエッフェル塔が、惚れぼれするくらい美しいと思ったのだけれど…。

ついでに、2009年の大みそかのエッフェル塔での新年イベントを見せるビデオへのリンクも入れておきます。20分の完全版だそうです。
Tour Eiffel 2009 : le spectacle du 31 décembre (intégralité)
今年の照明と似ていたのですね…。

私が気に入ったエッフェル塔のイルミネーションはいつだったのか思い出してみたのですが、たぶん21に突入するときのものだったと思います。
Paris/an 2000 Tour EIFFEL / Champs Elysées

パリ滞在記は続きます






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2010/11/01
フランスのカレンダーには、11月1日は「Toussaint(トゥーサン)」と記されています。

トゥーサンはカトリックの祭日。日本語では、「諸聖人の日」あるいは「万聖節」とされるようです。でも、「ハロウィンの翌日です」と説明した方が、誰にでもピンと来るのではないでしょうか?

ハロウィンは、イギリスやアメリカで盛んな祭りだと思います。フランスでも数年前には、商売に利用するためにハロウィンを流行らせようとした傾向が目についたのですが、定着はしなかったように感じています。


今年の11月1日は温暖だった

日本では、11月3日(文化の日)には晴天になる確率が高いと言われていますよね? フランスでは、この諸聖人の日には天気が悪いのが普通になっています。暗くて、寒くて、どうしようもないほど陰気な日。このトゥーサンがくると、もう冬なんだと自覚します。

今年はどうしたわけか、まあまあの日になりました。南仏では大雨で大変らしいですが、こちらは太陽まで時々あらわれて、庭に出るくらいならコートを着ないで散歩できてしまうほどでした。

そういえば、今年は枯葉がまだ木についているままだな… と感じていました。でも、去年の写真を見ると、今年と同じように黄葉のまっさかりという感じでした。私の記憶なんて、いい加減なものですね。トゥーサンは天気が悪いという印象が強いので、もう枯葉はほとんど落ちてしまっているイメージを持っていたのだと思います。

それでも、今年の同じ景色は、まだ黄葉していない葉もあって、やはり本格的な寒さは来ていないようです。

毎年トゥーサンの日に同じ場所の写真をとってコレクションしておくと便利だと思いついたので、さっそく撮影しました。

私の書斎からの眺め


トゥーサンの翌日はお墓参りの日

少し前、フランスでは石油の製油所がストをしていて、ガソリン不足が大きな問題になりました。トゥーサンのヴァカンスのときにガソリンがないのではないか、という不安からです。

みんなが老齢年金制度の改革に反対してデモをしているのに、ヴァカンスどころではないでしょう?、なぜ寒い時期にヴァカンス旅行するの? と思ったのですが、気がつけば、この時期には旅行する人がとても多いのでした。

トゥーサンの翌日、11月2日は「死者の日」なので、お墓参りをする習慣があるのでした。つまり、フランス人たちはこの週末の連休に里帰り旅行をする。

ところで、「死者の日」というキリスト教の祭日は、ブルゴーニュ地方にあるクリュニー修道院のアイディアで作られました(11世紀)。

クリュニー修道院は、ローマにサン・ピエトロ大聖堂ができるまではヨーロッパで一番大きなキリスト教の建造物で、大変な勢力を持っていました。クリュニー修道院創設1100年なので、クリュニーの町ではキリスト教からも離れて昨年から色々な行事をしています。創設年がはっきりしないので、去年と今年が1100年祭とされています。

修道会では亡くなった僧侶たちの命日にそれぞれミサをあげていたのですが、この世を去った僧侶の数は増えていくばかりなので、頻繁に命日のミサができてしまう。それで、全部まとまめて1日でやってしまおう、と考えられたのは当然!

それがカトリック全体の風習となって、さらに一般の人々にも普及した、という経緯だそうです。今ではクリスチャンでなくても、死者の日のある時期にお墓参りする風習になっています。

今の時期、墓地に飾って寒さに耐えられるのは菊の鉢植えくらいなので、それが大量に売られます。お花屋さんにはずらりと菊の鉢植えが並んでいて、安いのもあるので欲しいなという気になります。菊には日本のイメージがあるし。

始めのころは気にしないで菊の鉢植えを買って飾っていたのですが、気がついてみると、なんだか抵抗を感じるようになって買わなくなっていました。



去年の11月始めに旅行したときの日記に入れた菊の写真です。

それでなくても雨が多いと言われる北フランスを旅行していたのですが、気が滅入ってしまうような雨の日が多かったな...。


お墓参りをこの時期にするのは...

友人から、「日本にもお墓参りする日のようなものがあるの?」と聞かれました。
「8月中旬にお盆があって、フランスと同じように帰省ラッシュになる」
「旅行するのが楽しい夏にお墓参りするのは良いな~」、と言われました。

ほんと、フランスではなんでこんな嫌な季節にお墓参りの風習があるのでしょう?! それでなくても暗い天気になる切り替え期で気が滅入ってしまう時期なのに! この週末には夏時間から冬時間になったので、夕方は5時半ころには真っ暗になるようになりました。

そう鬱症の傾向がある友人などは、11月には毎年ウツ状態になっているので、会うのが怖いです...。

でも、11月1日が諸聖人を思い出す日だから、クリュニー修道院はその翌日を「死者の日」とすることにしたはず。お墓参りを教会が奨励するために祭日を定めたのなら、もっと良いシーズンを選んでいたのではないかな?…

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2010/07/14
インターネットのホームページはフランスのGoogleにしているのですが、Googleの文字がよく変わります。

今日、7月14日は、フランスでは革命記念日なので、その画像になりました。
明日になったら消えるはずなので、入れておきます。

2010年7月14日に出たロゴ

もちろん、日本のGoogleは、そんな画像は出しません。

たまには何にも連想できない絵が出てくるときもあります。そういうときは、この画像をクリックすると、それをキーワードにした検索画面が出てくるので、何の意味があるのかが分かります。


ともかく、今年も革命記念日がやってきました。夏至のときも、もうそんな時期になったのかと驚いたのですが、この祭日が来たときも、もうそんな時期なのかと驚きました。


友人たちに誘われて、小さな村の祭りに行ってきました。

以前は珍しくて行くのが好きだったのですが、最近はあまり気が進まないのですが、でも、お付き合い。食事会があるので、大勢で行った方が楽しいから誘ってくるわけなので、「私は行きたくない」などとは返事しにくいのです。


革命記念日のイベントの飾りはトリコロールカラー

革命記念日と言っても、祭日の名前は単純に「7月14日(Quatorze juillet)」です。とは言っても、やはり革命記念日。なので、フランス風に演出されます。

大きなテーブルは白い紙のテーブルクロスで覆われていて、こんなのが所々に飾ってありました。

テーブルの飾り

ただ青と白と赤の紙ナプキンを置いて、画鋲でとめただけなのですが、何となくしゃれていませんか?

飾りのモールも三色旗。飲み物カウンターには大きな国旗がテーブルクロス代わりに使われていました。

食事会

日本の建国記念日では、村人たちが集まって、日の丸のイメージばかりで装飾した食卓をつくらないのではないでしょうかね?… そもそも、日本の市町村が、村祭りとして建国記念日をするというのも想像できません。


フランス式お弁当

食事を予約して集まった人は150人くらい。ボランティアのオーガナイザーが限界とした人数ぎりぎりだったようです。

こういう村のイベントではバーベキューが多いのですが、ボックスに入った料理でした。

食事

サラダ3種類、ハム・ソーセージ、メインの豚と牛肉、チーズ、デザート。

ちょっと、正直言えば「かなり」味気ないボックスですが、味は悪くなかったです。こういうとき、食べるために生きているようなフランス人にまずいものを出したら大変な騒ぎになるでしょうから、主催者はかなり気を使ったと思います。

ところで、この日本のお弁当か、ファーストフードを想起させるボックス。以前はフランスでほとんど見なかったように思うのですが、こういう安い会費の食事会ではボックスが目につくようになってきた感じがしています。

日本のお弁当は、恐ろしくまずいのもありますが、容器には凝っているという違いがあります...。


伝統が残っていると言えるのかな?…

おきまりの子どもたちによる提灯行列があって、その後に村の有志たちによるファンファーレの演奏がありました。

ファンファーレの見学

ラッパの音は狂っていて、とんでもない演奏でしたが、お愛嬌。集まっているのは家族か友達だけなのですから、上手でなくても拍手喝さいなのです。

友人たちは、この村の人たちはファンファーレを伝統として残していて立派だと褒めていました。

日本の農村にはもっとたくさん伝統の祭りが残っているし、こういうときだったら浴衣を着て出かける人も多いのだけれどな…。でも、そう言っては角がたつので、黙っている!

フランスの伝統は見事に消えているのです。祭りに民族衣装がたくさん登場するのは、国境地域。アルザス、ブルターニュ、バスク、プロヴァンスでしょうね。こういう地方で何かお祭りがあるのを見に行くのは大好きです。


あれ~!

そして、夜が更けてくると、これまた革命記念日のお決まりの花火。

会場は、食事会場から歩いて行ける場所にある牧場でした。みんなゾロゾロとそちらに移動。

花火

花火が大きな音をたてて打ちあがり始めると、遠くで白いものがたくさん動き出しました。白いシャロレー種の牛たちらしい。

慌てて走り出しています!
花火大会をする場所にしたのに、牛たちを避難させていなかったの?!…

少しすると、牛たちは2カ所にかたまって動かなくなりました。写真で黄色い矢印を入れたところに一群れ。もっと遠くにも、もう一群れ。

牛たちも花火を楽しんだのでしょうか? あるいは、遠くで見えなかったけれど、火に近づかないようにロープで縄をはっていたのかな?…


人口250人くらいの小さな村ですから予算はないのは当然なので、花火は短い間しか続きませんでした。でも、長引かせようと少しづつ打ちあげるよりは、ここのようにパンパンと連発してあげる方がずっと良いです。

花火の後は、これまたお決まりの、ダンスパーティ。食事会場に入っていた生バンドが、一段とボリュームを上げていました。

私は踊らないので引き揚げました。踊らない友人たちもいるわけですが、音楽の音が大きすぎて、おしゃべりすることは不可能だからです。


革命記念日は村々が別々に祝う

帰り道、夜空に花火があがっているのが見えました。どこかの村の花火大会は少し長引いていたらしい。

田舎で開かれる革命記念日の花火大会を見ると、いつも思ってしまうのです。近くの村々が一緒に花火をあげたら、立派になるのに…。

でも、村人がほとんど集まってしまうような食事会をするのに、村々が集まってやってしまったら収集がつかないし、イベントが大きくなりすぎたら楽しくない。花火大会だけは別に村々が共同でやる、ということも可能でしょうが、花火大会がない食事会に人が集まらないというデメリットがあるはず。

打ちあげる花火の数は少なくても、「おらが村の祭り」というのを彼らは楽しむのでしょうね。そもそも、日本の花火大会のような立派なものは見たことがない人たちばかりだろうし。

それにしても、フランスの市町村合併は絶対に進まないだろうな、と感じてしまいます。

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★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ » 都市と農村
見た目がなんとも味気ない、フランスの使い捨て弁当箱 2013/08/21


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2010/03/17
フランスの祭りには、毎年日にちが変わるために、ややっこしいのがあります。

キリストが復活した日とされる復活祭。3月21日(春分の日)の後、満月の日の後の日曜日が復活祭にされているそうです。キリストが生まれたのはクリスマスで変わらないのですから、復活した日も毎年同じ日にしておけば良いのに…。


今年の復活祭は4月4日(日)

復活祭がいつになるかによって決まるキリスト教上の祭日が幾つかあります。それはクリスチャンでなければ関係ないので良いのですが、復活祭がいつになるかは把握しておく必要があります。

復活祭は春らしい陽気になる目安にされるんので、冬の間休んでいたところが復活祭からオープン、などとなるからです。

今年の復活祭は4月4日(日)となっていました。

復活祭の前、つまりキリストが十字架にかかって苦しんでいた時期が四旬節。その時期に突入する前が、今のうちに楽しんでおこうという祭りで、カーニバル(謝肉祭)。

だから、カーニバルも毎年日にちが変わるわけだし、町がカーニバルのイベントをするのは適当に時期を決めるので、いつが本当のカーニバルの時期なのかが分かりません。つまり、カーニバルがあっても、その日がカーニバルをすべき日だとは限らない。


田舎町のカーニバル

というわけで、今ごろがカーニバルのシーズンか… と思いながら、小さな町のカーニバルのイベントを見ました。

カーニバルの行列

太鼓を鳴らす人たちが先頭になって町をパレード。

日本のお祭りでもそうですが、太鼓の音が鳴り渡るのって、なんだか好き。

パレードが広場に到着すると、自転車の曲乗りなど、ちょっとしたアトラクションがありました。

こちらは、口に油を含んで火をつけていた人↓

広場

写真の左手にあるお人形に注目。これが燃されてカーニバルのお祭りが終わるという筋書きです。

この人形は、民族衣装を売っていた店にも飾ってありました。
こんな顔をしています↓

カーニバルにつきものの人形

この人形を何と呼ぶかは、地方、地域によって違うのだそうです。
ともかく、この人形を燃やすことは「カーニバルを燃やす」と言えば良いのだそう。

この人形が燃やされると、寒かった冬が終わる、という気分になります。


気に入った帽子

カーニバルは、仮装がつきもの。

手づくりの帽子を売っていました。

帽子

後ろに見えているのは、中世の女性がかぶっていたターバンのような帽子。

赤い帽子は、中世のブルゴーニュ公国時代の統治者たちがかぶっていた帽子を真似たもの。だから男性用なのですけれど、これが一番気に入ったので買ってしまいました。

最近は中世祭りが流行っているので、またかぶる機会もあるだろうし。
そう思ったのですけれど、夏のイベントでこれをかぶったら暑すぎるだろうな...。この日は寒かったので、この帽子が重宝しました。

シルクのビロードに金糸で刺繍がほどこされています。織物の産地リヨンで仕入れたのだそう。

ちなみに、70ユーロでした。素人でも作れそうなターバン型の帽子は40ユーロだったので、私の赤い帽子は割安だったと思います。そもそも、使っている布地の量からして多いのだもの。なんて、さもしい発想!

帽子を見て、すぐにブルゴーニュ公の帽子と思ったのですが、肖像画を見たら、ちょっと違っていますね...。
ブルゴーニュ公国

ブログ内リンク:
シャプロンとは、どんな帽子? 2015/02/22
★ 目次: ブルゴーニュの歴史


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