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2017/07/13
お天気が良い日が続くと、フランスのお年寄りは「支払いをすることになる」とよく言います。良いことがあれば、その後には悪いことが来る。このツケは払うことになる、という意味だろうと思う。

今年もそうかもしれない。6月後半に真夏のような暑い日が続いていたのですが、7月に入ってからは、晴天のときもある、という程度で、だいたいにおいて冷たい雨が降っていて、寒い!


雨に降られたヴィッド・グルニエ

夏になったら、ヴィッド・グルニエ(Vide grenier)があちこちで開かれます。物置として使っていることが多いのがグルニエ(屋根裏部屋)。それを空にする、というような意味で、住民の人たちがいらないものを売るというイベントです。

Carte postale ancienne (circa 1910) - Amiens, le Marché à Rèderies
Carte postale ancienne - Réderie à Amiens dans les années 1910

フランスで最も早く登場したヴィッド・グルニエは、北フランスのアミアンで1909年に開かれたものだと書いてありました。

私が田舎でよく開かれるようになったなと感じたのは、10年前くらい前のことでした。一時的な流行かと思ったのですが、相変わらず盛んにおこなわれています。これをやらない村は無いのではないかと思ってしまうほど。

行こうとよく誘われるのですが、私は余り好きではないのです。そもそも、売っているのはガラクタばかり。タダでくれると言われたって断りたくなるものに値段を付けているのですから、眺めていてもちっとも楽しくない。

おそらく、マンション住まいの人たちが多い大きな町だったら、家の中のガラクタを処分しようという気持ちが強いので、けっこう良いものも出ているのではないかとは思います。でも、田舎の場合、家は広いので、ちょっとしたものは処分する必要がないのですよね。ほんとうに、こんなものをよく売る、と言いたくなるものが陳列されています。たまには、掘り出し物を見つけている人たちもいますけれど。

ヴィッド・グルニエに行きたくないと断っているわけにもいかないので、出かけてみました。結局のところ、友人たちが出かけるのは、何か見つけたいというよりは、仲間と会っておしゃべりする機会になるかららしい。

人口は400人にも満たない村なのですが、毎年かなりたくさんの出展者があるヴィッド・グルニエなのです。

朝に天気が良かったので行く気になったわけなのですが、現地に到着したら、みるみるうちに天気が悪くなって、寒くなってきました。

村の中の道路を歩いて出展者が並べているものを見て回ってから、飲み物や軽食を出す場所に落ち着きました。雨が降って来そうなので、屋根がある部分のテーブルに陣取る。



シャンパンを飲みました。暑いときならシャンパンは嬉しいのですが、凍えそうなときに飲むのは嬉しくない...。

昼ご飯前にお酒を飲んでいると酔いが回ってしまうので、おつまみを調達することにしました。

夏に人の家に招待されるとバーベキューが多いので、バーベキューはもううんざり、という人がいました。それで、おつまみはフライドポテトをどっさり。

仲間は10人くらいいて、おしゃべりは尽きない。2時間以上シャンパンを飲んでいました。フランス人は割り勘にはしないので、男性たちが順番にボトルを買ってくる。結局、1人あたりボトル1本くらい飲んだのではないかな。

私はどんどん寒くなってきました。厚手のコットンでできた夏用のハーフコートを着て行ったのですが、真冬のコートにしておけばよかった。

寒い、寒いと言うので、友達が自分のウールのジャケットを脱いで貸してくれました。それを脱いだ彼女は半そでのTシャツ姿。それでは風邪をひいてしまうからと、私のコットンのコートを代わりに渡そうとしたのですが、酔っぱらっているから暑いのだ、と言うので、お言葉に甘えて着させていただきました。

さすがに、引き揚げるときには返しましたけれど、

駐車場に向かって歩き出したのですが、路上の会場は哀れ。雨に濡れてしまうので、ビニールシートをかぶせている。もう午後は中止でしょうね。




インゲン豆とチョリゾのバスク風煮込み

こういう友人たちとの外出のとき、気のきいたレストランがあれば皆で食事できて楽しいのですが、田舎にはそんなものはない。

それで、私にジャケットを貸してくれた友達があり合わせ料理を作るからということになって、お家にお邪魔しました。

前菜の後に食べるために作ってくれたのは、白インゲンとチョリゾーを使ったバスクの料理でした。写真は撮らなかったので、似た料理のレシピにリンクさせてもらいます。


Haricots blancs à la basque


辛い料理が私は苦手なのでたくさんは食べられなかったものの、かなり上手にできていました。この友達は、いつも味付けが上手だと思う。少し前には、やはり急に皆で食事をしようということになって、冷凍していた牛肉の挽肉でボロネーゼ・ソースのパスタを作ってくれたのですが、こんなに美味しいボロネーゼは食べたことがないと思ってしまいました。

この日は料理を準備しているときにキッチンを見たら、大きな豆の缶詰が2個あったので、なあんだ缶詰かと思ったのですが、その豆が柔らかくて美味しかった。

スペインで買えるインゲン豆の缶詰の中で、このメーカーのが最も美味しいのだとスペイン人から教えてもらったのだそう。ご主人の故郷がバスク地方なので、行くと買ってくるのだそう。

日本では何でも売っているので、探してみようかと思って、缶詰の写真を撮らせてもらうことにしました。もうキッチンの横にある納屋のゴミ箱に捨ててしまっていたのですが、拾い出してくれました。



JAEというメーカーで、サイトにある商品はこちらでした:
Alubia blanca pocha

Pochaと呼ぶ種類の白インゲン豆らしい。


クレマン・ド・ブルゴーニュ

イベント会場でシャンパンを飲んでいたので、食事のときもクレマン・ド・ブルゴーニュと呼ぶスパークリングワインにしました。

クレマンは、シャンパーニュ地方に繋がるブルゴーニュ北部でも作られていますが、私が好きなのは、マコネという白ワインが生産されるブルゴーニュ南部で作っているクレマン。南部では気候が温暖なためにブドウが完熟するせいか、酸っぱくなくて飲み心地が良いのです。

手間をかけて作る発泡酒なのに、クレマンはシャンパンのようなステータスはないので、シャンパンに比べるとかなり安く売られています。

でも、変なシャンパンよりクレマン・ド・ブルゴーニュの方が美味しかったりすることも多いのです。専門家の目隠しテストでも、シャンパンよりクレマンの方が高く評価されてしまうことは珍しくありません。

この日にイベント会場で飲んだシャンパンは質の良いものではなかったので、友達の家で飲んだクレマンの方が遥かに美味しいと思いました。少し前にマコネの地方に一緒に旅行したとき、お気に入りのワイン農家で仕入れたクレマンだったのでした。




ヴィット・グルニエの続き

イベント会場でシャンパンを飲み始めたのが午前11時頃。それから友人の家で飲み続けながら昼食をとったので、したたか飲んでしまった。

それで、少し酔っぱらっていた友達が、「タッパーウェア、いらない?」と聞いて、戸棚から出してきました。小さな容器2個が便利そうなので、それをもらおうとしたら、他のも全部持って行くようにと言う。

気がついたのですが、フランス人向けのタッパーはサイズが大きい! 日本で見かけるものの2倍や3倍の大きさがあるのではないかな。保存用のタッパーは、どれも40センチは長さがあります。

それを幾つも出してきました。「使わないから、あげる」と言う。なんでそんなに持っているのかと驚いたら、以前に伯母さんがタッパーの販売パーティーをしていて、その縁でたくさん買ってしまったのだそう。

それで、たくさんいただくことにしました。しばらく使っていなかったので埃だらけ。食器洗い機に入れれば洗えてしまうからと思ったのですが、容器は大きなものばかりなので、1回分では収まりきれなさそう。

傍で見ていたご主人が「恥ずかしい」を連発する。プレゼントするなら、ちゃんと洗ってからにしろよ、という訳。でも、洗ったのをもらったって、家に持ち帰ったらまた洗うから同じことだ、と私は言いました。

ヴィッド・グルニエでは何も買わなかった私ですが、車のトランクにはたくさん収穫物が入ってしまった。しかも、タダ♪ こういうのをガラクタ市で売っていて、1個500円とかだったら、買ってしまうのだけれど、そういう欲しくなるものというのは売っていないのですよ~。

フランスのタッパーのサイトに入っている商品カタログ


城の堀にいた白鳥一家

食事の後、近所を散歩しました。

村の中心にある城の堀に白鳥がいました。



母親と子どもたちが餌を探している様子。『みにくいアヒルの子』のお話しがありますが、白鳥が子どもの時には本当に灰色なんだと眺めました。



少し離れたところには、父親らしき大きな白鳥がいました。



雄と雌で、こんなに大きさが違うものかと驚きます。スマートフォンで写真を撮ったのでピンボケなのが残念。雄の白鳥は本当に見事な姿だったのです。

ヴィッド・グルニエで出会ったお爺さん。知り合いのブースの後ろにある椅子に座っていたのですが、こう言っていました。

「アルツハイマーなので、頭の訓練のために通りかかる人がハトかキジかを見分けているんだ」

何のことかと思ったら、カップルの女性の方が美しかったら鳩で、その逆だったら雉なのだそう。そんな冗談を言っているくらいだったら、頭はまだもうろくしていませんよ!

人間以外の動物は、たいてい雄の方が派手で、色も鮮やかなのですよね。キジの雄は派手なのは知っていますが、鳩は雌の方が美しかったでしたっけ?

調べてしまいました:
☆ 日本鳩対策センター: 鳩のオスとメスの見分け方

特にメスの方が美しいというわけではなくて、普通はオスの方が目立って美しいのに、鳩には余り差がない、ということのようでした。メスの方が美しいという鳥はいないのかな...。


老人ホーム

白鳥を見た後は、さらに歩いて、Kermesseをしている老人ホームまで行きました。ケルメスというのは学校などでよくやっている慈善バザーのこと。何か売って、その収益で何かしているのだろうと思います。

イベントをやっているなら村営の老人ホームを見学できるわけなので、行ってみたのでした。

田舎らしく広々とした敷地。平屋建ての家がつながっている、というスタイルでした。

ホールに入っていったら、椅子に座っていた年配のマダムが挨拶してきました。嬉しそうな顔で「お元気?」と言ってくるので、知っている人だったかな... と思いながら挨拶を返す。人と話したいから私に声をかけてきた様子なのでした。

少しおしゃべりしました。県庁所在地の大きな町に住んでいたのだそうで、ここに来たのは4年前。家族が住んでいる村だったから来たのかと思ったら、親戚は全部、彼女が住んでいた町にいるのだそう。としたら、100キロも離れた村の老人ホームに入ったのだろう?

ここに来る前にはどうしていたのかと聞くと、Chartreuseにいたとのこと。ブルゴーニュ公国時代の修道院なのですが、今では精神病院として使われているのです。「ああ、美しい所ですね」と言うと、やはり頷いている。でも、広い庭園を散歩したとき、緑が多いし、昔の見事な彫刻もあるし、私はこういうところで生活したいと思ってしまうほど環境が素晴らしいと思ったのでした。

17世紀後半の修道院は、こんな風でした。



後で友人に、マダムが精神を患っているようには見えなかったけれど、というと、うつ病のような病気でも入院するのだそう。

「田舎の方が住みやすいでしょう?」というとマダムは頷いていたので、まんざら不孝ではなさそうでした。でも、私たちに話しかけてきたということは、やはり寂しいのだろうな...。


もう夕方の5時を回っていたので、イベント会場は片づけ始めていました。飲み物や食べ物を出す場所にも、何も残っていない。来る途中で出会った人が、美味しいケーキを売っていると言って買ったものを見せてくれていたのですが、もう売り切れでした。

とはいえ、村に住む人が調理場の奥からシャンパンを探し出して出してくれました。私は寒いから飲みたくないと断ったので、ちょうど良かったみたい。半分くらいしかシャンパンが残っていないボトルだったのです。

ブログ内リンク:
最近のフランスはガラクタ市で村おこし? 2006/07/12
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事
お城だけれど、普通の老人ホーム 2006/09/03

外部リンク:
☆ Wikipedia: Vide-greniers Garage sale
チョリソとインゲン豆の煮込み:スペイン料理簡単レシピ集


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2016/09/07
朝焼けが見事だった日曜日、朝焼けだと雨になるというのが本当かどうかを一日中観察してみようと思ったのですが、この朝焼けの後、すぐに曇り空になってしまいました。


朝焼けが見えると雨になる? 2016/09/05

撮影した空の写真をパソコンに取り込んで眺めていると電話がなって、「みんな集まっているから出ておいでよ」と言われました。この日は、ガラクタ市とグルメ市が一緒になったイベントがあったのです。

今にも雨が降りそうな天気になったので外出したくないのだけど、断れない雰囲気。

「早く来ないと、飲み物も食べ物もなくなくなっちゃうよ」と言う。周りからは賑やかな声がしているので、友人たちは「できあがっている」らしい。

フランスではいつもタケノコ生活。何枚も重ねて、暑かったら脱ぐ、寒かったら全部着ているという手段です。半袖のTシャツに、長袖のコットンのセーター、それにコットンのコートを着ていく。

こんな雨が降りそうなときには人が来ないでしょうから、イベント会場で食事を提供する役割をしている人たちを応援もしないといけないとも思って出かけたのですが、さにあらず。たくさんの人が集まっていました。ブルゴーニュの人たち、飲んで食べられるイベントには集まるのですよね。


飲み物と食べ物があるイベントは賑わう

電話してきた友人たちを探したら、ワイン農家のところにあるベンチに座っていました。

ボトル売りの値段で冷たく冷えたシャブリのワインが買えるので便利な場所とのこと。他のところで売っている食べ物を持って来てお裾分けしてくれる人たちが次々に登場。




電話で「パンがない」と言われていたので、台所にあったパンと、日本の100円ショップで買ったよく切れるピクニック用のナイフと、グリッシーニを持って行っていました。

みんなは朝からだいぶ飲んでいたようで、そこ抜けに陽気。シャブリは昔に比べると値上がりしすぎている、シャブリをボトル1本 11ユーロで売るなんて高すぎる、などと文句まで付けている。

ワインを売っていたマダムは愛想良くお相手していました。次から次へとボトルを買って飲んでいるのだから、悪い冗談も耐えなきゃならない?


昼時、つまり食前酒タイムなので、みんなはグルメ市の会場に集まっていて、ガラクタ市の方では閑古鳥が鳴いていました。



最近の田舎では、どこでもやっているガレージセール。フランスでは、屋根裏部屋を空っぽにする市という言葉で呼ばれています。タダでくれると言われたって断りたいようなものを持ち出してきて売っています。


色々なものをつまみながらシャブリを飲んでいたので、お昼はいらなかったのだけれど、みんなと一緒に仮設レストランで食事をすることにしました。

村のボランティアたちが用意した食事。



食前酒付きで8ユーロのランチ。日本では1,000円くらいで食事を済ませてしまうというのは珍しくはないけれど、フランスでは格別に安いという感覚です。

でも、食前酒は甘ったるしくて美味しくないので、みんな飲まないでいました。ここでまた、別注文のクレマン・ド・ブルゴーニュ(発泡酒)やワインを飲む。


午後の2時を過ぎると雨がぱらつきだしたので、ガラクタ市の店を張っていた人たちは片付け始めていました。

やっぱり、朝焼けのときには天気が崩れるのだな...。

おしゃべりは楽しかったけれど、疲れてきたし、家でしなければならないこともあるので、午後5時ころに私は引き上げました。みんなはまだ飲み続けている。

家に帰ってからはアイスクリームづくり。朝市で酪農家が直売している殺菌していない生乳は日持ちしないので、買った2リットルを早く加工しなければならないのです。

この日に作る予定だったアイスクリームができあがって冷凍庫に入れてホッとしていると、イベント帰りの友人たちがやって来ました。

ちょっと挨拶するだけで長居はしないと断っていたのだけれど、飲み始めると長くなるはず。台所にあるものでオツマミを作る。飲み過ぎている人たちには食べさせないといけないと思うので。

いつも思います。フランス人って、飲んで、食べて、おしゃべりをしているだけで、12時間くらいは簡単に過ごしてしまう...。

みんなが引き上げるのを見送るために庭に出た真夜中ころ、外は土砂降りに近いような雨でした。

ブログ内リンク:
最近のフランスはガラクタ市で村おこし? 2006/07/12
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事
★ 目次: ピクニック、飲食店での軽食


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2016/07/15
7月14日はフランスの革命記念日で祭日です。私がいる村では、その前夜にイベントをするというので誘われました。食事会があって、その後に花火大会があるという段取り。

ここのところ、イベントに入ったり、友人たちが家に来て食事したり、友人たちの家での食事会に招待されたりと、連日何かしらあったので、あまり行きたくはなかったのですした。

こういう食事会に気が向かないというのは、どうせつまらないものしか食べられないし、つきもののダンスパーティーの音楽がガンガンなって耐え難いこと。

午後には大雨が降ったので、花火大会は中止になるのではないかと思いました。それに、さむ~い!

友人たちと家で食前酒を飲んでいて、疲れてきた。私は「行かない」と宣言したのだけれど、やはり行くことにしました。

村の有志たちが用意した今年の食事は、そう悪くはなかった。ともかく、飲み物代を除いて一人8ユーロなので文句はなし。花火装置は雨でも大丈夫なようにしていたので、花火大会はするとのこと。


◆ 小さな村の花火大会

夜10時を回って暗くなってきたら、花火大会が始まるというお知らせが聞こえてきました。

毎年の慣例で、子どもたちは役場でlampion(紙ちょうちん)をもらいます。伝統的なことらしいのですが、どこの村でもやることではないのだそう。

いつも、この提灯をもらいたいな、と思っていたのです。

役場の前を通りかかると、提灯を配っているのは村会議員になっている親しい友達。じゃあ、子どもたちと一緒に並んでしまったら、もらえるのではないか?

順番がきたら、あっさりくれるかと思ったら、もったいぶって「特別に」なんて言われましたが、もらっちゃった♪ 友達に携帯電話で記念撮影をしてもらいました。



こんなバカなことをするのは、今年が初めてで最後だろうな、と思うと、何となく感傷的な気分になりました。

おふざけで大人のくせに提灯をもらったけど、そばにいる子どもにあげると友人たちは思っていたようです。でも、もらっちゃったのだから、あげません。役場の中を覗いたら、提灯は有り余っているほど置いてあったし。

もらったのは正解♪ 今年は花火大会の場所が変わって、村外れまで15分くらい歩く川のほとりになっていたのです。舗装もしていない道に入ると街灯なんかない! これがなかったら、歩きにくかったですよ~! 提灯の火が消えたら帰りはどうするのかと思いましたが、中には細い蝋燭が立っていて、ずっと燃えていました。


フランスの花火は、日本に比べると質素なものです。友人たちに、日本の花火大会では何万発あげるとか言うのだと自慢。でも、フランスでは打ち上げる花火の数なんかは言わないので、ピンとこない様子。でも、凄いのだろうなというのは分かるらしい。

フランスは安全基準が厳しくて、打ち上げられる花火はかなり制限されているので、それもあって中国や日本に比べると哀れだというのは分かっているようでした。

小さな村がする花火大会なんて、あっという間に終わります。打ち上げが始まって、華々しいのがあがると、これがフィナーレーかな... なんて、周りから聞こえてくるので面白い。

最後に華々しくあげる花火を「bouquet final(最後の花束)」と呼ぶのですが、日本では何と言うのでしょうか?

今年のは、かなり華やかな花火でした。夜空に高く打ちあがっている花火もたくさんありました。何しろ、見ている人は百人くらいという程度なのですから、それから考えたら豪華。

やはり花火は好き。どんなに小規模でも感激します。

帰り道、住民一人どのくらいの予算を村役場は使っているのだろうと聞いてみたら、計算してくれた人がいて、一人40ユーロかなと言っていました。一人5,000円? すごいな...。

周辺にある50~250人の人口しかない小さな村が共同で花火大会をしたら、もっと大規模なのができるはずなのですが、やらないのですよね...。市町村合併なんて、もってのほか?


フランス国歌が飛び出した

今年は、扇型の花火が三色旗になっていました。その時、フランス国歌を歌いだした子どもたちがいたので驚きました。

前大統領が、学校で国歌を教えるということにしたのですが、本当に教えることになっていたのだろうか? 教師が実施するかどうかは決められるし、フランス国歌は残酷性もあるので、反対する教師は多かったと聞いていたのだけれど。

でも、少し前にあったサッカーの欧州選手権はフランスが開催地になっていて、意外にもフランスは準決勝まで進んで盛り上がっていたので、その影響なのだろうと思いました。

それにしても、フランス革命の時にできたフランス国歌「ラ・マルセイエーズ(La Marseillaise)」の歌詞は、敵を殺すという飛んでもない内容なのです。私も子どものときには、国歌の意味は分からなくて歌っていたので、フランスの子どもたちも、ただ勇ましい歌というだけで歌っているのだろうと思いますけど。

フランス国歌の歌詞を変えようという運動もあるのですが、いまだに残っています。

特に、人種差別だという非難があって議論になっているのは、このフレーズです:

Qu’un sang impur abreuve nos sillons
不純な血が私たちの畑の畝溝を潤しますように

まず、「不純な血」あるいは「不浄の血」を持った人とは誰なのか?

色々な解釈がありますが、普通に聞いたら、フランス人万歳の歌なのですから、異邦人のこと、つまり生粋のフランス人の血を持っていない人だと思ってしまうではないですか? ヨーロッパ系の移民は、同じ白人だからと、それほど気にしないでしょうが、フランスが植民地を持ったことによる因果でたくさんフランスにいるイスラム系やアフリカ系の人たちには嬉しくない表現だと思います。

しかも、その血を流して畑の肥やしにしようということなのか、とも勘ぐってしまうではないですか?



フランス国歌の歌詞は、想像を絶するほど攻撃的内容です。外国から来た国賓を迎えたときに演奏しているのを見ると、笑いたくなってしまうほど。

三色旗の花火があがったときに歌っていたのは男の子たちでした。こういう勇ましい歌が好きなのかも知れない。フランス奥地には肌の色が違うイスラム系やアフリカ系の人なんていませんから、何も考えないで歌っていたのでしょう。

勇気ある大統領がフランスに現れたら、まず国歌を平和的な歌詞にするだろうな、と、子どもたちが歌っているのを聞きながら思いました...。


革命記念日に行われるシャンゼリゼ大通りのパレード

花火大会を見た翌日が革命記念日でした。

テレビをつけたら、シャンゼリゼ大通りで行われる軍事パレードが出てきました。

今年、話題になっていたのはニュージーランドのマオリチーム。


VIDEO. Des guerriers maoris défilent lors du 14-Juillet

日本も2年前にパレードに参加していましたが、今年はなかった? 戦国時代の衣装などで出たら称賛を浴びたと思いますが、単に自衛隊の制服だったので全く話題にはならなかったです。

François Hollandeシャンゼリゼ大通りのパレードの画面でオランド大統領が出てきたら、一緒に見ていた友達が「愚かな国には愚かな指導者がいる」とか言って、大統領は無能だと罵倒の言葉を浴びせている。

「こんな軍事パレードをするような国は、ヨーロッパ大陸ではロシアの他にはフランスしかない」とも言って、プリプリ。

さらに、オランド大統領の頭を見ろと言う。

彼のお抱え理髪師は月に9,895ユーロ(約120万円)という高額報酬をもらっていることを、不正の告発を得意とする新聞カナール・アンシェネ紙から前日に暴露されたところなのだ、と教えてくれました。

理髪師は海外にも同行するし、24時間体制の勤務らしいので、残業手当などがフランスでは高いのでそうなってしまっているのかもしれませんが、変な話し。オランド大統領の報酬は、わが国の安倍首相(191.000ユーロ) より少し低くて、年収179,000ユーロなので、月収にしたら14,917ユーロなのです。


それはともかく、革命記念日の軍事パレードは長年続いている年中行事だから止められないのでしょうけど、確かにこれも、おかしなフランスの姿...。

パリ同時多発テロ事件の後、すぐに報復のために空爆をしたオランド大統領。こんな軍事パレードなんかやっていたら、テロの標的にされるぞ... と思ったけれど、厳戒態勢だったでしょうから無事に済んでいました。

テロがあるので、人が集まる場所は危ない。でも、危険はどこにできあるのだから、避けるわけにはいかない。

少し前にパリで行われたサッカー欧州選手権で、スペイン対イタリア戦に行った友人たちがいました。会社が確保したプレミアム席というのに陣取れるというので嬉々としてして出かけた2人。メモしておくと、こういう貸し切り席は一人15,000ユーロもするのだそう。お酒は何でも飲み放題で、ちゃんとした豪華な食事も出るので、サッカーはそっちのけの感じで楽しんだ様子。

危ないのではないの? と思っていたのですが、彼らは何事もなく帰ってきていました。ただし、会場に入る前の検査はすごかったとのこと。


革命記念日の事件

Vue de la promenade des Anglais, lieu de l'attaque.革命記念日の翌朝起きたら、ニースはトラックが暴走して80人だかの死者を出したという話題ばかりになっていました。

ニース市で開かれた革命記念日の花火大会が終わった後に残っていた人たちが犠牲になっていたのでした。

少し前には南仏は乾燥していて危険だからと、革命記念日につきものの花火大会を中止するところが多かったのですが、ニースではやっていたのでした。


オランド大統領は昨年11月のパリ同時多発テロから発令していた非常事態宣言を解除すると聞いた翌日だったわけですが、また延期にしたようです。

でも、トラック暴走は厳戒態勢中に起きたのだし、ニースはお金持ちが多く住んでいるせいでフランスの中では最も警備体制がすごい町だったのですけどね。

テロと言われるけれど、本当にそうなのだろうか? ニースは移民を排斥する極右政党を支持する人が多いことで知られています。そんなところに住んでいたら、イスラム系の人には不満が高まっていて、個人的なうっぷん晴らしもしそうに思うのですけど...。

でも、フランスの国力を誇示する革命記念日というイベントのときだったこと、世界的に知名度が高いニースということを考えると、テロの対象としては条件がそろっていたとは思います。


またフランスで世界を震撼される事件がおきてしまったわけです。「これだけ頻繁に大きなテロがおきているのだから、普通なら内務大臣は辞任すべきなのに居座っている、と怒っている友人がいました。

死ぬ覚悟でいる人がすることほど怖いものはありません。防ぎようがないですよ。「日本人には指一本触れさせません」と言ったって、バングラデシュでは7人の犠牲者が出たし、シリアで拘束されている日本人ジャーナリストがどうなっているのか分からないし。

政治家には、敵を生み出して、外国を兆発をするやり方だけはして欲しくないと思います...。

こういう話題を出した場合、「亡くなった方々のご冥福をお祈りします」と締めくくるべきなのでしょうけれど、そういう白々しいことを私は言えません。言葉なんかでは言い尽くせない問題だと思うので...。

ブログ内リンク:
★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ » 都市と農村
★ 目次: 戦争、革命、テロ、デモ

外部リンク:
花火打上数ランキング
☆ Wikipedia: Attentat du 14 juillet 2016 à Nice
Vendée : pourquoi tant de haine ? Ou du boycott d’une cérémonie mémorielle


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2015/10/29
今回のパリ旅行は目的があって行ったので、それ以外はどうでも良いことばかりしてきたような気がします。たまには、普段はやらないことをするのも経験にはなるので、無駄にはならないとは思うのですが。

せっかくパリに滞在するのだから、と時間を惜しんだら行かなかったようなイベントにも行ってしまいました!

泊まったホテルの近くにあったツーリストオフィスに行って、滞在中に何か面白いイベントをしていないかと聞いたら教えてくれたところに行ったのです。

なんと、軍隊の基地に一般の人たちが入れるという公開日のイベント。歩いてすぐのところでなかったら、間違っても行かなかっただろうと思います。

2015年秋 パリ首都圏旅行シリーズ
その7  
目次

私が宿泊したのは、パリ市に隣接するヴァンセンヌ (Vincennes)だったのですが、ほんの少し先にある軍隊の敷地はパリ市だったのでした。

ここのところパリの公園について書いていたのですが、ヴァンゼンヌ市に所属した方が自然なヴァンセンヌの森はパリ市の所有になっているのです。

ホテルを出て道路を渡ればヴァンセンヌ城、そこからは城の庭園やヴァンゼンヌの森に続くという緑いっぱいの空間。でも、統計は市町村の区画で出すので、ヴァンゼンヌ市はパリに次いで人口密度が高いのだそう。確かに、人はいっぱい道路を歩いていました。でも、ちょっと雑踏を離れれば広人しているので、この街には裕福な人たちが住んでいるというのは納得できました。

一般公開のイベントは、Quartier Carnotというところでしていると教えてもらいました。
この地域の航空写真

手前にあるのがヴァンセンヌの城で、その向うの森の中にあるのが軍隊の敷地です。


何事もなく敷地内に入った

朝食を済ませてから、散歩がてらという感じで公園のようなところを通って歩きました。

イベントはまだ始まっていませんでした。軍隊の敷地の門のところで待ちながら、張ってあるイベントのポスターを眺める。

ふと、その下に目がいったら、危険マークがあるではありませんか!

ハッと気がつく。私が行こうとしているのは軍隊が持っている区画なわけで、そういうところって、危険がいっぱいのはずなのでよね~。思い出せば、今年の1月にはパリですごいテロがあった...。



書きながら調べてみたら、危険マークは黄色から始まっていて、こういう風に赤い色になっているのは、どす黒い赤色の一歩手前で、テロに対する超危険度を示すシグナルなのでした。

外国人の私が入ろうとしたら、なんだかんだ調べられるのかな?... そうなったら、「イベントなんか見なくても良いので帰ります」と言うことにしよう、という台詞まで考えた私。

とはいえ、のんきに門が開くのを待ちました。

オープンという時間は過ぎています。軍隊って、規律正しいところなのではないですか? そんなだからフランスは、フランス革命以降はまともに戦争に勝ったことがないのだ... なんて思ってしまう。

ようやく開門。緊張した雰囲気はなくて、入るにあたっての身分証明書を見せるチェックも、空港なんかよりも簡単なのでした。

ちらちと身分証明書を見せただけで、普段は立ち入り禁止の区域に入ることができました。

入り口のところでは、馬の蹄鉄を作るのか、修理するのか、どちらか分からないけれど、そんなことを見せている鍛冶屋さんグループがいました。

普通のイベントと、何の変りもないな...。


Ateliers de traditions : maréchaux-ferrants

売店や、仮設レストランもできていました。繰り返して言うけれど、普通のイベントと何も変わらない!

売店では、軍隊グッズが売られていました。好きな人もいるのでしょうね。

下は、フランスのトランプの一種のタロ(Tarot)というゲームで使うカード。軍隊関係の絵が入っているのが面白い。こんなの、他で見たことがありませんでした。



占いのタロットと同じ大きさのカードだと思うのですが、こちらは占いとは無関係で、切り札が21枚とジョーカーが入ったトランプのようにゲームをします。タロのやり方を教えてもらったのだけれど、久しく遊んでいませんでした...。

この日にイベントに行ったのは、みごとに調教された馬が見たかったからです。馬場では、イベントとは無関係そうでしたが、馬を走らせている人がいました。



それにしても、立派な建物だし、敷地はかなり広そうです。

馬小屋も覗いてみました。




2コマだけ見学

イベントに行ったときは、軍隊の敷地内に入れて、何か見るものがあるという程度しか知らなかったのですが、ブログに書きながら調べてみたら、フランス共和国親衛隊(Garde républicaine)の一般公開日のイベントなのでした。

見学しているうちに、見せ物が始まる時間になりました。

朝一番でするイベントの2つを見ることにしていました。
  1. Aubade de la fanfare de cavalerie
  2. Grenadiers de l’Empereur et batterie napoléonienne
日常生活には無関係の単語が並んでいますが、1番目のは馬に乗った人たちがファンファーレの音楽を奏でるオーバード(朝の表敬音楽)で、2番目のはナポレオンの軍隊の大砲を撃ったりするはず。

ここでも、予定時刻を過ぎても始まらなかったのですが、やっと、出演者たちが集まってきました。



飾り立ててしまっていて面白い。でも、上着の裾をはしょっているところなど、動きやすい服装にしている努力は見えますね。

馬の姿が見えません。まさか、このタテガミというか、ポニーテールとうかの飾りを付けているから馬というわけではないでしょう? cavalerie(騎兵隊)というからには、馬に乗った人でなければならないはずなのだけどな...。

もっと古い時代、ナポレオン時代の軍服姿の人たちも会場にやってきました。



ここに至って、馬は登場しないらしい、と確認しました。なあんだ、がっかり。フランスの場合、軍隊は規律正しくやっています、というのはアピールしないでも良いのでしょうかね?...



昔の人たちは、こんな派手な格好で出陣したのかと感心...。でも、今の時代の味気ない軍服と違って、「お国のために戦うのだ」という意識を持たせることができる舞台装置だったのでしょうね。

彼らはヴァンセーヌ城をバックにした広場に移動して、音楽を演奏を始めました。なかなか悪くない演奏。

ナレーターが説明してくれます。昔の戦争では、音楽隊が軍隊の先頭に立って元気づけの演奏をした。だから、敵から撃たれる確率が高いのも音楽隊。片手を失っても演奏できる曲などというのもご披露されて、二人でコンビを組んで太鼓を打ったりしていました。



玩具のような大砲は飾りなのだろうと思っていました。でも、銃は撃つし、大砲も発射していました。すごい音がする!


Grenadiers de l’Empereur et batterie napoléonienne


軍人になりたい人を募るPR活動?

私が行った今年9月末のイベントをYouTubeに入れている人もいました。これで何をしたのか、ハイライトが全て見れますね。


Portes ouvertes de la Garde Républicaine - 27 septembre 2015 HD


こんな風にやられると、戦争の血なまぐささは全く感じなくて、遊園地でするような、お楽しみのアトラクション。

こうやって軍隊をアピールして、軍人になる人を増やそうという魂胆なのかもしれない。フランスは徴兵制度を止めたので軍人は足りないはず。

さらに、昔は軍人になると非常に待遇が良かったのだそうですが、最近はそうでもないそうなので、集めるのは難しいだろうな...。

軍人の待遇が良かった昔は、危険な戦争に行くと、1年働いたのが数年分に換算されて、早期に年金生活ができたようです。私の近所に軍人だったお爺さんがいるのですが、彼は35歳で老齢年金を受給できる労働期間をクリアーして、それからずっと働かないで趣味にふけている年金生活。そういう好待遇は、今のフランスではもうありえないのだとか...。

軍隊に入る若者を増やそうという狙いもあるイベントなのかもしれない。たまたま珍しいイベントにぶつかったと思って行ったのですが、調べてみたら、こういう一般公開日は年に何回もしていたのでした。


馬に乗った音楽演奏、王朝時代の衣装も

なんの断りもなく馬は出てきてくれなかったので、もし見れたらどんな感じだったのだろうかと思ってインターネットで動画を探してみました。


Fanfare de Cavalerie de la Garde Republicaine


私が見たのは、最も古い衣装でナポレオン時代のユニフォームだったのですが、イベントではもっと古い衣装でもするのでした。


La Maison du Roy

これはシャルル7世が作った軍隊のMaison du Royと呼ばれるもので、共和国親衛隊はルイ15世時代の衣装をモデルにしているのだそう。

どうせ見るなら、フランス革命前の衣装を見たかったな...。そう思って日程表を見たら、私があと1時間半くらい待っていれば登場していたようなのでした。

赤い衣装が華やかですね。フランス軍は、第一次世界大戦まで赤い色が入った軍服を着ていたのですが、目立ちすぎて殺されてしまうというので地味な色にしたのですよね。当時は、他の国々ではみな地味な色の軍服にしていたのに、フランスは遅れてしまったらしい。

赤いのはきれいで良いですけど、戦地に行ったら目立ちすぎるだろうな...。

王朝時代の姿で馬に乗るところが見たかったな... と思って動画を探したら、ありました。


Maison du Roy de la Garde Républicaine

ちらりと見たときには、フランス大統領官邸の前に立つ衛兵がこんな服装だったら、バッキンガム宮殿や。バチカンのスイス衛兵のように観光客の人気者になるのにと思いました。でも、よく見ると衣装は少し安っぽいですね...。

エリゼ宮ではどういう衛兵交代をしているのか見てみました。


Relève de la Garde Républicaine devant l'Elysée

バッキンガム宮殿前などは衛兵交代の時間になると、観光客がたくさん集まるのですけれど、こちらはチラホラいる感じですね。

イギリスの衛兵は近衛兵と呼ぶのですって。女王が統治している国からであって、フランスの場合は大統領だから親衛隊と呼ぶわけですか。

日本でも、皇居の前では衛兵交代をしているのだろうか? 画像を探して眺めてみました(こちら)。警察官のようなユニフォームで味気ないのですね。どうせなら、平安時代の「舎人(とねり)」とか何かの服装にしたら美しいでしょうに...。日本には素晴らしい民族衣装があるのに、皇室関係者は結婚式のときくらいにしか着てくれないのですよね。


フランス共和国親衛隊って、なに?

イベントをしていたのは、共和国親衛隊(Garde républicaine)に所属する人たち。ユニフォーム姿は誇らしげに見えました。こういう服装で戦争に行くことはないでしょうから、彼らは軍隊に入っていても戦争に行かなければならないということはないでしょうから、良いポジションですね。お仕事としては、乗馬や音楽の練習をしたりするわけでしょう?

7月14日の革命記念日に、パリのシャンゼリゼ大通りで軍隊のパレードがあるのですが、そういうときに出てくる人たちなのだなと思いました。

☆ Wikipedia: Garde républicaine » フランス共和国親衛隊

フランス共和国親衛隊の役割は、Wikipediaではこんな風に説明していました:

要人警護や国賓等に対する栄誉礼の実施のほか、大統領府や立法府の警備、フランス銀行が発行する貨幣の輸送護衛や主要なマラソン、自転車レースの先導も任務である。

共和国親衛隊は国家憲兵隊(Gendarmerie nationale)に属しているのだそう。こちらは地方警察官のことなので、お馴染みの軍人さんです。警察官としては、大きな町にはポリス(Police)と呼ばれる人たちがいますが、それ以外の地域にいる警察官は「Gendarme」と呼ぶ人たち。

Gendarmeを仏和辞典でひいたら、こう書いてありました:
(警察権を有し治安任務に当たる)憲兵

「憲兵」と言われると、怖い人たちに思えてくる...。ご近所の知り合いを思い浮かべると、みんな良い人たちなのですけど。

共和国親衛隊(Garde républicaine)は華やかな任務なので、かなりのエリートでないと入れないのではないでしょうか?

でも、パレードなどで派手な舞台に立つ「missions d’honneur」と呼ぶ 役割を負っている人は、共和国親衛隊の中で20%に過ぎないのだそう。

こういうのを見て、カッコいいな~などと憧れて軍隊に入ると、鉄砲を持って戦場に行かされたりして?...

日本の自衛隊も一般の人たち向けにイベントをしているのだろうと思って探してみました。ものすごく規律正しい動きをしているので恐い。見つかった動画のリンクを張るのは止めておきます。

共和国親衛隊のイベントはリラックスしていて、それなりに楽しかったです。一度見ればたくさんなので、また見たいとは思わないけれど。

ブログ内リンク:
★ 目次: 戦争に触れて書いた日記

外部リンク:
☆ Wikipédia: Plan Vigipirate
Portes-ouvertes-a-la-Garde-republicaine
Portes ouvertes de la Garde Républicaine, les 26 et 27 septembre 2015, Paris (75)
Les journées portes ouvertes 2015, des régiments et unités de l’armée de terre 
☆ Wikipedia: Garde républicaine » フランス共和国親衛隊
☆ オフィシャルサイト: Garde républicaine
Grande Guerre; pourquoi l'uniforme français ne pouvait-il être que bleu clair
☆ ニコニコ大百科:  衛兵とは
イギリス王室の「近衛兵」がなにかと話題と笑いを振りまいている
☆ 京都市観光協会: 葵祭 行列の説明
Découvrez le palais de l'Élysée, fief du président de la République
平成26(2014)年11月14日 自衛隊音楽まつり(日本武道館)


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2015/10/02
しばらく会っていなかった友達にパリで会うことができました。一緒に夕食をとりながら、この前に会ったのはいつだっけ、と言われました。そういうことは覚えない私なのですが、このときは「2011年の春」と即座に答えることができました。

彼がブルゴーニュで講演した時に会ったのが最後だったのです。その日の講演テーマとは全く関係がないのに、会場から「日本は地震が多い国なのに、なぜ原発を持っているのでしょうか?」という質問が出たのです。

3.11から1カ月もたっていない時期。テレビでは毎日、福島原発事故の深刻さに関する特別番組が流れていました。科学技術が進んでいる日本で原発事故を収拾できないとしたら、同じく原発大国のフランスも危険がいっぱいなのだと思い知らされて国中が震撼していたのです。

「原発を推進する人たちがいるからです」と、彼は答えていました。日本に関することは専門分野でもないのに、どうして見抜けたのだろうと不思議だったので、このときのやり取りは記憶に残っていました。

食事も終わりのころ、翌日の日曜日に、環境保護の趣旨を持っ小さなNPOが100くらい結集するイベントを応援しに行くのだと話し、良かったら来ないかと誘ってきました。フランスにはエコロジーの政党もあるのですが、内部の権力争いがあって纏まらない。それで、こういう風にNPOが力を合わせて行動をおこすのは好ましいことなのだ、と話します。

そういうイベントには興味はないのですが、彼はスピーチをするそうなので、それを聞きに行くことにしました。

2015年秋 パリ首都圏旅行シリーズ
その2  
目次

共和国広場の日曜日

日曜日の午前中、会場だと教えられたPlace de la République(共和国広場)に行ってみました。地下鉄の駅から地上に出ると、もうイベント会場。

想像していた以上に大規模な集まり。パリ市内にある広場の中で最も大きな広場の1つで、3.4ヘクタールもあるのだそう。それが埋め尽くされていました。

イベント終了後の主催者発表によれば、この週末2日間の開催では、14のテーマでブースが設けられ、400の組織が参加し、参加者は11万人を超えたとのこと。



ここはバスティーユ広場と共に、デモ隊が結集するのにもよく使われる広場です。何しろ、名前が共和国広場なのですから!

それを示すように、広場にはフランスを象徴するMarianne(マリアンヌ) の彫像があります。彼女は自由の象徴するフリジア帽をかぶっており、右手は平和を意味するオリーブの枝をかかげています。像の台座には、自由・平等・博愛を象徴する像が刻み込まれています。



環境保護を訴える過激さは全くなくて、和気藹々とした雰囲気でした。フランス人なら「bon enfant」と表現するでしょうね。集まっている人たちも、多すぎず、少なすぎずという適当な人数。

様々な視点から今の世の中を良くしようと運動しているNPO組織が出展していました。

エコロジー、オーガニック農業、遺伝子組み換え反対、食べ物を廃棄する無駄の廃止、エコ住宅の普及、車による排気ガスを少なくするために自動車を走らせない日を作る運動、都市の緑化促進、原発反対、難民や移民者の救済などの組織がブースを構えていました。企業独占に反対する意味からでしょうが、オープンソースのLinuxやFirefoxのブースまである。


タンデム自転車によるフランス1周ツアー

趣旨もよく分からないで来てしまった私のような人間には、誰が中心になっているのか把握できない...。ボランティアたちが自費でイベントをやっているので、会場案内掲示板などがあるわけもないのでした。

イベント主催のポスターを見つけました。



イベントの主催をしたのは、2013年にBayonne(バイヨンヌ市)で創設されたAlternatibaという組織。こういう集まりをVillage des alternatives(オータナティブ・ヴィレッジ)と呼んで、各地で開催しているようです。

この日の開催の象徴として、4カ月前にタンデム自転車でバイヨンヌを出発し、隣接する5カ国も経由しながらフランス1周ツアーをし、5,637Kmを走行してパリに到着したのだそう。

タンデムは仲間と力を合わせることの象徴。でも、そんなに自転車で長距離を走るのは大変だろうと思ったら、交代しながらのツアーだったのでした。3人乗りタンデム2台と4人乗りタンデム1台を、1万人の人たちが参加して走らせながら、前日の土曜日に会場までやって来たのだそう。


Alternatiba: 5 600 km à vélo pour sensibiliser aux enjeux climatiques


Le #TourAlternatiba arrive à Paris


廃棄処分の食材で作った5,000人分のスープを無料提供

その日の朝に見たテレビでは、イベントのハイライトとして、無料で5,000人の食事を用意していると言っていました。食べ物の無駄を無くそうという主張で、市場には出さない状態の野菜を味わってもらおうと回収したのだそう。

見たことがないほど大きな鍋でスープを作る作業が行われていました。




手前に写っているのは、切ったナスを入れたビニール袋です。販売する時期を過ぎてしまったことを思わせるような種が見えました。

食べ物の無駄を無くそうという趣旨ですから、そこで不味いスープを出したら目的は達成できない。案外おいしいのではないかなとも思って味見してみたい気もする。フランス人は味にうるさいですから。でも、パリの人たちは粗食に慣れているので、うるさいことは言わずに食べるだろうな...。

やはりレストランで朝食をとることにして、会場を離れました。

しばらく食べていなかった北京ダックを、パリに来たのを利用して食べたいと思ったからです。これが大好きなのですが、フランスでは鴨肉が普通に売られているのに、北京ダックはパリ首都圏でしかお目にかかれないのです。

行ったことがない店を選びました。北京料理専門で、北京ダックはいつでも食べられるという中華料理店。でも、出来上がってから日がたっていたのかパサパサしていて、それほど美味しくはなかった。知っている店にすれば良かった...。あるいは、廃棄物スープを試食してみた方が面白かったはず...。


昼食後、近くの公園を散歩してから、再び共和国広場に戻りました。昼食の前に、広場の何処にいるのか分からなかった友達に電話で連絡をとると、彼が話すのは夕方らしいと言われたので。

仮設レストランは大盛況だったようです。大きな鍋は洗われていたし、テーブルにはまだ多くの人たちが残っていました。




盛り上がってきた夕方の共和国広場

午前中とはうって変わって、午後にはごったがえすほどの人たちが来ていました。

人が集まるときにはディスコ音楽をやらなければいけないという鉄則がフランスにはあるのか、何カ所かで音楽が演奏されています。大きなステージでは、ガンガンにボリュームを上げて歌っている人たちがいる。ま~、賑やかなことったら!

でも、この無料コンサートというのも、イベントの人集めをする目玉の1つだったようです。


夕方になると、広場にあるフランスの象徴マリアンヌの彫像の横にしつらえた大きなステージの前で、ブラジルのパーカッションというのかな、笛と太鼓のリズミカルなダンスが始まりました。底抜けに明るい♪

そこにはプラカードを掲げている人がいました。これが主催者のスローガンのようです。



金儲け主義の社会のシステムを変えよう。でも、自然環境は変えない、という主張のようです。つまりは、地球温暖化に反対するのが大きな主張のようですね。私は地球温暖化と聞くと、そのためには原発が必要だという主張に利用されていると感じるので、余り好きではないのですけど...。

この夕方に、一気に連帯感を持とうというのがプログラムだったようです。いつ尽きるともなく続いていたブラジル音楽の後、このイベントをオーガナイズした組織Alternatibaのメンバーがステージに登りました。



メンバーは若い人たちばかり。指示しているジャーナリストや学者さんたちはそうではありませんでしたけど。彼らは熱っぽく、地球の環境を守ろうと訴えています。聞いている人たちも声援を送って、熱気が盛り上がりました。

彼らの主張はユートピア的で、実現の可能性はゼロに等しいと思いました。でも、生きやすい社会を作ろうという主張は感動的ではありました。

こういう集会に参加したことはなかった私なのですが、主張できる場を確保できる国は正常ではないかと思いました。日本で、資金がない市民団体が何か訴えをおこしたいと思ったとき、こんな風に町の一等地を与えてもらえるのでしょうか? 日本では、国会議事堂前でデモするのは禁止、歩行者天国でデモするのも禁止なのだそう...。世の中には色々な考えを持った人たちがいる。それぞれが主張できる場を持てるのは自然な姿です。

ところで、このイベント行ったのは、友達が何か話すのを聞くのが目的でした。オーガナイズが悪いので、ご本人も、何時にどこで話すのかが分かっていなかったのですが、彼のスピーチは聞くことができました。

彼が主張していたこと:
私たちを統治している政府には思想がない。だから、私たちが団結して行動をおこし、社会を良い方向にもっていく必要がある。みんな、幸せに生きようではないか。

こんな風に社会を良くしていこうとする運動があるのは良いですね。エコロジー派というとヒステリックとさえも感じてしまっていた私だったのですが、この日に集まっていた人たちには和気藹々とした楽しい雰囲気があったので気に入りました。結局、大きな組織だと内部での足の引っ張り合いがあっておかしくなるけれど、市民の手作りの活動だと皆で仲良くやろうということになるのかも知れない...。

こういうパリにあるシンボル的な広場を、マイナーなNPO組織の人たちが主張をする場として提供するというのは、さすがフランスだなとも思いました。パリはエコロジーを積極的に進めている都市なので、許可をもらうのは難しくはなかっただろうとは思いましたけれど。

それにしても、ここはパリですね。フランスでも田舎にいると、こういう風にフランスは自由・平等・博愛の国だという熱気を感じさせる場面にはほとんど出会いません。私としては、かなり興味深い1日を過ごすことができました。



写真を何枚か入れただけでは、イベントの様子が見えないので、YouTubeに入っていた会場の様子を見せる動画を入れておきます。自転車ツアーの到着があるので、前日の土曜日に撮影したものようです。


Paris 'Alternatiba' Protest Festival 26 27 Sept 2015


主催者Alternatibaも、たくさんの動画をインターネットで公開していました。

パリでのイベント開催前のPR動画:

Alternatiba Paris - une aventure


今回のパリでのイベントの様子:

Alternatiba réussit son Paris pour le climat !


「バンザイ」と叫ぶのが人気を呼んでいるパロディー・ニュース番組Grolandでも、Alternatibaの活動には好意的に紹介していたのでした。


Banzai pour le climat

パリ首都圏旅行の続き:
パリの公園: (1) チュイルリー公園

ブログ外の情報リンク:
Wikipédia: Alternatiba, Village des alternatives
オフィシャルサイト: Alternatiba
Le Parisien: Alternatiba: 5 600 km à vélo pour sensibiliser aux enjeux climatiques
Le Monde: Après 5 637 km à vélo, les militants d’Alternatiba sont arrivés à Paris
フランス共和国の象徴的広場 Place de la République (2011年情報)
新装レピュブリック広場 Place de la République (2014年情報)
☆  Wikipédia: Place de la République (Paris)


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2015/04/04
明日の日曜日は復活祭。この時期には、お店などでは別れの挨拶が「良い復活祭を」であることが多いのです。クリスチャンでない私には何も特別なことはしない週末なのに... と思ってしまうのですけれど、単なる習慣的な挨拶なのでしょうね...。

復活祭と言われれば、春の訪れという気分にはなります。でも、毎年変わる祭日なので、年によっては、ちっとも春ではない! と思ってしまうときもあります。

今年も、まだ寒いです。ここのところ、ずっと、雨か、曇天...。春の花々は咲き出しているので、いちおう春だとは感じるのですが。


復活祭がいつなのか、思い出してみる。

3月21日(春分の日)の後にくる 満月の日の後の日曜日。
従って、3月22日から4月25日の間に復活祭がある。


今日は、釣りを趣味にしている人たちが、釣りの解禁日のお祝いにバーベキューをするというので出かけました。

「行く」と言ってしまったものの、朝起きるとやはり天気が悪いので、そんなときにバーベキューというのは気が向かなくなったのではありますが...。


車に乗せてくれた人が、元気づけに、シューベルトの「鱒」を流してくれました。

バーベキューをするのは、川にかかった橋のところ。石の橋の欄干が、立食パーティー(?)のテーブル代わりになるのだそう。



釣り人たちは、もっと早くから集まっていた様子。橋のほとりでは焚き火ができていました。


1日4匹まで釣ってOK

少し前に川には魚をたくさん放流したと聞いていたのですが、それほどは釣れてはいないようです。

もっとも、1人あたり1日4匹までしか釣ってはいけないという決まりがあるとのこと。さっさと4匹釣ってしまったら、1日のリクリエーションが終わってしまうので、なかなか釣れないのも楽しいのかもしれない。

せっかく解禁前に魚を放っても、それほど釣りクラブのメンバーの数は多くないので、みんなが1日4匹までしか釣らなかったら、魚たちは遠くに泳いでいなくなってしまうのではないか?... などと、ケチなことを思ってしまった私。

大きな魚を釣ったと言う人が獲物を見せてくれました。マスです。



釣った魚が大きいと、養殖所で買って放った鱒だろうと笑っていました。ということは、稚魚ではなくて、もう食べられるくらいの魚を放流したということ?

養殖所は賢くて、釣りサークルの人たちが毎年買うように、子どもは生まない魚を売るのですって。なるほど...。そういえば、家庭菜園で使う野菜の種や苗も、翌年のための種はとれない品種なのだと聞いていました。せちがらい世の中ですね...。

見張りが回ってくるので、規則違反をしたのが見つかると罰金を取られるらしい。釣りをするには許可証を買う必要があるし、釣れる場所にも制限があるのだそう。

そういえば、40ヘクタールくらいあるに庭に川が流れている家を持っている人は、釣りクラブに釣りの許可を売っていると話していました。

私有地でない場合には、国に収入が入るようです。


「ペッシュ」で思い出すこと

「釣り」はフランス語で「 pêche(ペッシュ」。

http://www.cartedepeche.fr/34-pourquoi-une-carte-de-peche-.htm
Pourquoi une carte de pêche ? - Cartedepeche.fr - Fédération Nationale de la Pêche en France

こういう釣りの許可カードは、「Carte de pêche(キャルト・ド・ペッシュ)」と呼ばれます。

地元のカフェなどでも販売しているようです。あるとき、小さな村にあるカフェとパン屋を兼ねている店に電話があって、それがあるかと聞かれたという友達が話したことがありました。カフェのマダムは、「今日はないけれど、明日ならある」と返事したのだそう。

翌日やって来た人に出したら、「違う」と言われてしまった。

店のマダムは「Tarte aux pêches(タルト・オ・ペッシュ)」があるかと聞かれたのだと勘違いしたのでした。

「pêche(ペッシュ)」には「桃」の意味もあるのです。

それで、桃のタルトが欲しいと言われたのだと思って、わざわざそれを作って待っていたのだそう。

洋梨のタルトはフランスではよく見かけますが、ピーチをのせるのは珍しいかもしれない。その日、桃のタルトは誰も買ってくれなかったので、店の夫妻が食べた、というオチの笑い話でした。

フランス人でも聞き違いをするのだと分かった、この話し、私はいたく気に入りました。というのも、私はペッシュを聞き違えて大笑いされたことがあるのです。

骨折して入った整形外科からリハビリセンターに移ったときのこと。

個室で寝たっきりだった時期から、病院にいる色々な人たちと出会うようになりました。朝の挨拶で、みんなが私に「ペッシュを持っているか?」と聞いてくる。例外ないほど、聞いてきました。

そのたびに「持っていない」と、肩をすくめて答えていた私...。

変な人たち。リハビリを受けていると、そんなに桃が食べたくなるものなのだろうか?!...

それで、見舞いに来てくれた友達に、桃をたくさん持って来てくれるように頼みました。

あのとき、どうして桃が欲しいのか聞いてくれて良かった! そうでなければ、私は大恥をかいてしまうところでしたから。

「pêche(ペッシュ)」には、スラングで「元気」の意味もあったのでした。桃は、健康そうな頬のイメージだからなのか、理由は知りません。

つまり、リハビリセンターの人たちは、毎朝の挨拶として、「元気がある?」の意味で、ペッシュを持っているかと聞いていたのだそうです。

そう言われて、「持ってるわよ~♪」と答えて桃をプレゼントしたら、キョトンとされたかもしれないけれど、私にはジョークのセンスがあると株をあげたかもしれないな...。もっとも、ハハハと笑われたら、その意味が分からなかったので、やはり馬鹿を演じたはず。

ともかく、フランス人たちはフランス語はデカルトの言語なくらい理知的な言語だと言うけれど、ちっとも明確ではない、と私は思うようになりました。


橋のたもとでのバーベキューはサンドイッチだった

おしゃべりしながら食前酒として白ワインを飲んでいるうちにお腹がすいてきた。そう思ったのは私だけではなかったらしくて、午前11時ころから早めのお昼になりました。

簡単にしつらえた焚き火に網を乗せて肉を焼く。釣った魚が出るかと思っていたのだけれど、何種類かのお肉とソーセージとパンだけの昼食になりました。

簡単なバーベキューだと聞いていたので、野菜の用意はないだろうと思った私は少し持っていったのですが、誰も手を出さない。フランス人って肉食なんだな...。

みんなは、パンにマスタードをこってりぬって、焼きたての肉やソーセージをはさんでサンドイッチにして食べていました。そうか...。そうすると、お皿もいらないわけだ... と感心。

簡単な食事だけれど、意外においしくいただきました。

ワインを飲みながら食事をしていたときはコートを脱ぎたくなるほど体が温まったのですが、だんだん寒くなってくる。

4匹の魚を釣り終わった人たちは帰っていきましたが、その他の人たちは釣りの続きを始める。私は骨の髄まで冷えてきたので、風邪をひかないように引きあげました。

明日の復活祭から、お天気が良くなるとの天気予報。
早く青空が見たいな...。

ブログ内リンク:
★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記
★ 目次: ペッシュ・ド・ヴィーニュ(ブドウ畑の桃)
★ 目次: フランス人のジョークについて書いた記事

外部リンク:
☆ Wiktionnaire: avoir la pêche


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2014/08/06
フランスには小さな村がたくさんあります。教会があって、その周りに家々があり、それが村の単位として残っている、と言う感じ。

例えば、こちらは過去に使った写真ですが、世界遺産に登録されている美しいヴェズレー村(ブルゴーニュ地方)。



ヴェズレー村にあるサント・マドレーヌ大聖堂は、スペインの聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラに巡礼するときの重要な拠点だったので、村は栄えました。18世紀末の人口は1,300人があったのですが、現在のヴェズレー村の人口はその3分の1くらいになっています。

人口が300人以上になると、商店もあったりして、ある程度の規模の村という感じになる、と言えるかな...。


市町村選挙が行われたのは3月だった

フランスで市町村選挙があってから、もう4カ月もたっていました...。

 

ついこの間と思っていたのだけれど...。

そんなことを思ってしまうのは、新しく議員になった友人たちは張り切っていて、寄ると触ると村の政治の話しばかりをするからです。早くほとぼりが冷めてくれないかと思っていたのですが、いっこうに熱は冷めていない...。

頻繁に会う友達の中に新たに村議会議員になった人が2名います。時々会う程度の友人も入れたら、数名。ご近所で付き合っている人たちの中で村議会議員になっている人の数を数えたら、10本の指では数えられないのは確実。そういう知り合いが多いというわけではなくて、議員さんをやっている人の率が高いというだけのことです!

フランスの市町村は36,000以上あって、そのうち2万近くは人口が500人に満たない村です。日本だったら超限界集落と言われてしまいそうな規模の村にもれっきとした村議会があるわけですから、田舎では村議会議員になっている人が多いということになります。

市町村議会の定員は人口によって決まっています。ただし、人口が100人から499人までの村の場合は村議会議員の数は11人。人口が100人に満たない村となると少なくなりますが、それでも7人いるのです。

ちなみに、知人が以前から議員さんをやっている村の人口は50人。それでも、議員さんは7名いるって、ちょっと変ではないですか? もっとも、人口が10人前後なんていう村に議員さんが7名というよりはマシかもしれない。

50人が住む村では、今年の村長はオランダ人になったとのこと。なんだか今年は、知り合い関係では村議会議員になった外国人が多かったな、と感じました(EU圏の人たちですが)。

小さな村の場合、村長と副村長は必要経費として報酬のようなものが出ます。ご本人がいらないと言えば、無償になるそうですが、たいてい少しはもらっているもよう。それ以外の議員さんたちは全くのボランティアでやっているわけです。

頻繁に会う村議会議員になった友人2名は自腹で活動しているわけですから、そんなに熱心に頑張らなくても良いのに... と思ってしまいます。でも、やはり、やりたいから立候補したわけなので、当選すると張り切るようです。

議員さんが複数いる席になると、その話しばかりになるのがたまらない。人口300人足らずの村では、予算もないので大したことはできないのです。話しを聞いていると、高校の生徒会の世界ではないかと思ってしまう...。でも、前の議員さんたちがやっていた汚職のような行為の告発(知り合いに仕事を回していたとか、おかしな支払いをしていたというような話し)に出てくる税金の無駄遣いの金額は膨大なので、生徒会と言ってはいけないのだろうな...。

小さな村で村議会議員になった友人たちは、今までより良い村にしようとアイディアを練っています。まず彼らがやるのは、花咲かせ運動、と感じました。村の予算と道路整備員を使ってあちこちに花壇を作っているのですが、住民が自分たちで水やりをするくらいに盛り上がらないと、花は枯れてしまうのではないかと思ってしまうけど...。

その他にやるのは、イベント。集会所の役割を離していた農村のカフェは次々に消滅してきたので、何か祭りごとをしないと住民たちが顔を合わせる機会がないので。

少し前の日曜日、近くの3つの村のイベントを梯子しました。まず、村議会議員になった友人が仮設カフェを作った蚤の市に応援に行きました。でも、小さな村で出てくるのは本当にガラクタ...。お付き合いでスパークリングワインを飲みましたが、それも美味しくない。

というわけで、別の村に向かいました。


小さな村のグルメ食品展

ガラクタ市をやっていた村に行った後、人口200人余りの村でしているイベントに行ってみました。

フランス人たち、食べ物のイベントは好きなのですね。川沿いの空間につくられた会場には、たくさんの人たちが集まっていました。最も賑わっていたのは、やはり仮設カフェ。

 

気に入ったのは、最近農業を始めたというお爺さんのブース。ほんの少ししか収穫物はないけれど、あるものを少しずつ売っているという感じでした。

 

皮をむいたら食べるところがないじゃないか、と思うエシャロットなども売っている。レタスを、1つ幾らではなくて、キロ単位で値段を付けているのなんか、初めて見ました。

でも、おいしそうに見えたので、少し野菜を買うことにする。お話しを始めたら、鉢に入れられた変わった植物を売っているのが目に飛び込んできました。

それが何なのかは、次の日記で書きました:
これはハマベンケイソウ?

ブログ内リンク:
フランスの市町村クイズ(3): 超過疎村 2008/11/23
★ シリーズ記事目次: フランスの市町村について 2008/11/19
★ 目次: フランスの美しい村々について書いた記事
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ » 都市と農村
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事

外部リンク:
☆ 在日フランス大使館: フランスの選挙制度
☆ Wikipédia: Élection municipale ou communale


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2014/06/04
食品を展示するイベントに行きました。広すぎず、狭すぎるということなく、ちょうど良い規模の見本市です。

どこのブースでも、おしげなく試食や試飲をさせてくれます。日本だと普通ですが、フランスではかなり珍しいのです。


スペインといえば、パエーリャなのだけど...

毎年ゲストの参加があるのですが、今年はスペインでした。



ガンガン音を出すだけで、なんだか下手なフラメンコを踊っている...。

一緒に行った仲間は、出展している人たちと際限もなくおしゃべりしている。それで私は会場を回って、どこで昼食をとろうかと眺めました。もうお昼近かったので。

興味をひかれたのは、もちろんスペインのレストラン。会場の片隅では大きな鍋でパエリアを作っていました。でも、遠くから見ただけでも、なんだか変。色がやたらに鮮やかなのです。

近づいてみる。

遠くからよく見えたのは、着色料で色づけしたようなグリーンピースだったのでした。

パエーリャにグリーンピースなんかは入れないものではないですか?...

これまた色鮮やかな黄色い米。

それにグリーンピースがのっていて、その下に、魚介類が「ありそう」という感じ。

写真を撮っておけば良かったな...。
こんなパエーリャなんて見たことがない!

それで19ユーロというのは高すぎますよ~。

みんなに「パエーリャを食べるのは止めようよ」と言わなきゃと思って、みんなを探す。

出会った一人に「グリーンピースが入っている」と言うと、「入れることもあるよ」との返事。でも、グリーンピースと米以外には、ほとんど何もなさそうなのだと説得にかかる。

すると、もう一人が現れました。

「パエーリャ見た?」と言う口調から、もうそこで食べるのは止める決心をしているのが分かりました。

「あのグリーンピースったら!...」と言って笑う。やっぱりショックだったんだ。

ということで、全員一致で、スペインのブースでは食べないことにしました。


食べて、飲んで...

あちこちのレストランで物色しているのも面倒。それで、この農家が作る加工食品は美味しいと分かっているところで食事することにしました。

鴨を飼育している農家ですので、すべて鴨肉。フォアグラ、リエット、フォアグラ入りパテ、マグレのスモーク。それにサラダ、オニオン・ジャムが添えられていました。

 

シャンパン農家のブースからシャンパンを1本買ってきて、それで食事。

一皿料理だったので、私には十分すぎるほどのボリューム。

でも、これを食べ終わってまたブース回りを始めました。知り合いのワイン農家のところで試飲していると、まだお腹がすいていた友達は、隣りで売っていたエスカルゴを買って食べていました。

 

試飲のために出してくれているワインで食べているわけなので、ちょっと厚かましくないの?... と思ったものの、私もエスカルゴを少し試食させてもらいました。

食べたり、飲んだりしていると疲れる。

気分転換にアトラクションの方を見学することにしました。


昔の小学校の再現コーナー

会場の一角で、昔の小学校を再現しているところがありました。

 

赤いシャツを来た女の子が被っているのは、昔の学校で先生に叱られた子がかぶる帽子です。

この帽子が何であるかについて書いたことがありました:
昔のフランス: 劣等生には「ロバの耳」の罰則 2008/05/07


フランス人って、昔の学校が好きなのだと思う。かなりの人気で、みなさん、お習字の練習なんかをしていました。私もちょっと書いてみる。

ペンって、書きにくいのですよね。指はインキで染まってしまいました。

中年世代の人は、子どもの頃は、こういうペンで文字を書かされたと言っていました。日本では、インキなんか使って文字を書くのは戦前までだったのではないですか? 私の時代はエンピツでした。

昔の子どもたちが書いたノートを眺めてみる。

 

きれいに書いていますね。

むかしフランスに留学したとき、下宿先で親しくなった13歳の女の子が、私がフランス語を勉強する教材として、こんな風な文字で書いたノートを作って帰国した私に送ってくれたのを思い出しました。 一生懸命、時間をかけて作ってくれたのが分かる、可愛いノートが2冊か3冊。クリスマスプレゼントだったような...。

書いてあったのは、謎々や笑い話が多かったように思います。こんな風に、印刷物を切り抜いて張ったりもしていました。私が楽しんで勉強できるようにと、カラーの絵とか写真だったな...。

あのノートはどこに行ったかな? 記念にとっておこうと思っていたのに...。


こういう飲んだり食べたりのイベントは、疲れます! 今年はスペインのガンガン音楽を聞かされたので、よけいに疲れたように思います。毎年は行きたくないな...。

帰り着いたのは午後8時ころ。せっかく皆で集まったのだから、一緒に夕食をしようよということになるかと思ったのです、少し食前酒を飲んだだけでお別れをしました。全員クタクタだったのです!

以前にこの見本市に行ったときのことも書いていました:
★ シリーズ記事目次: グルメ食品見本市のアトラクション 2007/05/24

ブログ内リンク:
★ 目次: フランスで食べる鳥肉と卵(鶏、鴨、ウズラ、鳩、卵など)


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2014/05/28
今日は中世祭りがあるから行こうではないかという誘いがあったので、中世の景観が残るSemur-en-Auxoisスミュール・アン・ノーソワ) という町に行くことになりました。

丘の上につくられた城塞都市の姿が残っているので、ブルゴーニュの中でも珍しい景観を誇っています。この町については、すでに下の写真を入れて書いているので省略。


美しい中世の町で見つけた希少物件の売家  2013/09/23


中世祭り

昔の景観が残っている町ではよく中世祭りが行われます。道路に藁をまけば、中世の雰囲気をだせる! でも、石畳にワラをまくとツルツルすべって危ない、と今回気がつきました。 普通は、少し水を撒いたりして、滑らないようにするのではないかな?...

 

祭り会場になった地域の入り口のあたりに貸衣装屋さんが入っていて、祭りに来た人たちが変装するので雰囲気が出ます。

みんなの姿を見たら、私も中世風に変装できる小道具を持っていたのを思い出しました。着てくれば良かった...。

中世に関連したものを売る店もたくさん出ていました。業者さんは、フランス全土で開かれる中世祭りに行けば、それで商売がなりたつくらい中世祭りは多いのかな?...

アトラクションも盛りだくさん。



中世のメロディーを現代風にアレンジした演奏が目立ちました。

 

私は本物の中世音楽が好き。ガンガンやられるのを頭が痛くなってしまう。遠くから聞こえてくる分には、祭りらしくて楽しいのですけど...。


人だかりがあったので何かと思ったら、生きた蛇を持っている親子がいたのでした。

 

色々なものを売っているし、この町の近くでもワインを作っているので、ワインの生産者が出展しているかと思ったら、全くない。食前酒代わりに飲ませてもらおうと思ったのだけど。

町にはカフェもあるし、飲み物や軽食を出す店もでているので、ワインをタダで飲ませてしまう出展は認めなかったのかな? あるいは、こんな祭りではワインを買う人がほとんどいないから来ないのか?... でも、ここはブルゴーニュなんですけどね...。


◆ 「イポクラ」という中世のワイン

出店が売っているのは、ブルゴーニュではない不味そうなワインばかり。
Hypocras-label 
それと、中世の飲み物といったら、これに限る! という「hypocrasイポクラ)」という甘いワインはたくさんありました。

よく出会う飲み物ではないので、それを飲もうかと思ったのですけど、以前に飲んだときに美味しいとは思わないのでパス。

それにしても、このワインはどういうものなのだろう?

辞書には、こう書いてありました。

肉桂、丁子入りの香りが強い甘味ワイン。
中世で珍重された強壮飲料。

あれ、あれ...。
これは蜂蜜が入っているのが特徴だと聞いていたのだけど...。


Wikipediaに書いてあることは全部を信じられないという問題がありますが、そこに書いてあることをメモしてみます。

中世ヨーロッパで飲まれていて、初めはclaret、 pimentなどと呼ばれていた。

clairetと呼ぶワインは、ほんの少し前に知ったところでした。Château Pontus de Tyardという城のイベントに行ったら、色々なブドウの品種を植えた畑をつくるようになって、そこで収穫されたブドウを混ぜて昔風のワインを作っていたのですが、それを「クラレ」と呼んでいたのです。

試飲しましたが、何かを混ぜてカクテルにしないと飲めないような、とてもきついワインでした。と言いながら、飲んでいると慣れてくるので、おしゃべりを続けていたら、グラス1杯飲み干しました。喉が渇いていたせいもあります!

作っているボランティアの人たちを励ますために1本買ってきましたが、開けてみる気にならない...。


中世の製造Wikipediaの記述に戻ります。

Hypocrasは、古代ギリシャの医者Hippocrate(ヒポクラテス)が発明した飲み物だから付いた名前だと言われている。

Hypocrasという言葉が現れたのは14世紀。

このワインは、蜂蜜で非常に甘くなっている。

3リットルのワインに、蜂蜜を200グラムも入れて作るのだそう。それに香辛料を混ぜる。肉桂と丁子は必ず入る。

これを濾過すると、何年も保存できるのだそうです。


Gueuxと呼ばれる人たち

お昼になったので何か食べようということになりました。

フランスのイベントで一番困るのは食事の問題。フランスの友達は、こういうときでも、ちゃんとテーブルに座って食べたがるのですが、そういう人たちが多いから席はたりない。

バーベキューをしている人たちがいる。しかも、塔の横にある、見晴の良い一等地。

わぁ、ここで食べよう~!♪ と思ったら、イベントをオーガナイズしている人たちが食事する場所なのでした。

 

イベントでは住民たちがボランティアで働いているのですが、こういう特権があるから協力するのが楽しくてやっているのだろうと思います。

こちらは食べる場所を探してウロウロしているのに!... でも、ひがむのは止めよう。「Gueuxの居酒屋」と呼ばれるアトラクションでもあるのですから。

フランスで行われる中世祭りにつきものとしては、イポクラという蜂蜜ワインというのの他に、gueux(グー)というのもあります。昔のフランス語で、物乞い、浮浪者の意味があります。

フランス人たち、グーが特別に好きなのかな? ボロをまとって、泥を塗ったような顔にしていて、気が狂ったように演じている人たちが、このイベントでもたくさんいました。 中世の衣装にしようとするとき、これが最もお金をかけないでできるコスチュームだからなのかな?...




ゴロワのビール

上の写真をグーの例として入れながら、書いてある文字が気になったので調べてみました。

Cervoise(セルヴォワーズ)というのは、古代フランスでゴール人が発明したビールのことなのでした。 大麦などを使って作られ、ミントのようなハーブで香りづけすることが多いようです。

ワインが貴重品だった中世には、ミサではワインが使われ、庶民はビールを飲んでいたのでしょう。 セルヴォワーズはワインに似た風味になっているようです。

ややっこしいことに、ビール、ワイン、レモンのリキュールで作るカクテルも「セルヴォワーズ」と呼ばれるのだそう。このイベントで売っていたのは、昔風に作ったビールだっただろうと思いますが。

フランスではその名を付けたビールが存在しているのですが、日本のサイトで検索したら、ビール用のグラスが出てきました。

ふと気がついたのですが、日本でビール用のグラスといっただジョッキですよね?

フランスのカフェでビールを注文すると、このセルヴォワール・グラスのように、厚めのガラスでできた背の高いグラスが多いです。

ビールがジョッキに入って出てきたことが、フランスであったかな?...

フランス人に聞いたら、昔はビール・ジョッキもよく使われていたのだそう。思い出せば、私が日本でフランス語を勉強していたときには、教材の中に、カフェに入った客が「bock(ボック)を1杯ください」と注文している場面がありました。

ボックとはビールジョッキのことだろうと思っていたのですが、これを書きながら辞書で引いたら、分量について記載されていました。

ボック: カフェーで注文できる生ビールの最低量で、demiより少なく、脚付きのグラスに入ってくる。

あれ、あれ...。ボックは脚付きのグラスですか~?

続きがあった。古語として、(約4分の1リットルの)ビールジョッキ、となっていました。はあ、私は古い言葉を学んでしまっていたわけだ...。

つまり、分量がポイントの表現なのですね。 でも...  フランスのアマゾンで売られている商品の画像を検索してみたら...

「Bocks à bière(ビールジョッキ)」を検索
「Verres à bière(ビールグラス)」を検索

フランスで売られているBockというビールジョッキは、4分の1リットルというのにはこだわっていない感じがしたのですけど...。

bock(ボック)を画像検索したらビールそのものが出てきたので混乱してしまったのですが、この言葉には「ボックビール」の意味もあって、ドイツの濃厚で香りの強い黒ビールとありました。なるほど...。


中世祭りは飽きてきてしまったかな?...

簡単にピザを食べて、祭りを後にすることにしました。 人が多いのに圧倒されて疲れてきてしまったからです。

町を出ようとしたら、向こうから歩いてきた家族がみごとい変装していたので写真を撮らせてもらいました。

 

「おみごと」と言ったら、「サンドイッチなんかかじっているのは絵にならないわ」と照れていました。座って食べられるレストランが不足しているのだから、サンドイッチの方が賢いですよ~。


町の門を出ていくと、こちらに向かってくる人たちがゾロゾロ。すごい人気のイベントのようです。

私が中世祭りにであったのは、パリに近いところにある世界遺産にも登録されている美しい町プロヴァン (Provins) でした。写真アルバムを見ると、ちょうど10年前のこと。

この頃からフランスは中世祭りのブームになったと感じていたのですが、ここスミュール・アン・オーソワの中世祭りは今年が15回目の開催なのだそう。

プロヴァンの中世祭りは初めての出会いだったので感激したのですが、その後は何回も行ったので、そろそろ私は飽きてきたかもしれない。ともかく、今回の中世祭りは、音楽がすさまじくて疲れました。

数年前にこの町を通りかかった夕方には、丘の下を流れている川の畔にテントが張られていて、とても雰囲気の良い中世祭りだと思ったのですが、今年のは丘の上でしかアトラクションが行われていないようでした。


YouTubeに入っている動画で確認してみようと思ったら、2009年のときのものが出てきました。


Fêtes médiévales du Roi Chaussé de Semur-en-Auxois

このときのコーディネートの方が中世祭りらしくて好きだな...。馬がたくさん登場しているのが良いです。今回も3頭の馬が建物の日陰で休んでいるところは見たのですが、動画のような騎馬戦を見せるようなデモンストレーションはなかったはず...。

少し前の市町村選挙で、この町の町長が代わって、中世祭りも予算を4分の1減らしたそうなので、その影響なのかな?... この美しい町では、Les fêtes de la Bagueというイベントが行われるので、その映像をイメージとして加えたのではないかという気もするのですが分かりません。

美しいスミュール・アン・ノーソワの町には、ヨーロッパで最も小さいという愛らしいオペラハウスがあって、そこで毎年音楽祭が開かれていたので通っていました。

ほとんどボランティアで東欧から来た人たちが、町の住民の家にホームステイさせてもらって上演するというコンセプト。従ってハイレベルの音楽祭ではないのですが、舞台が身近に感じられるので、モーツアルトのオペラなどは、昔はこういうのだったのだろうなと思って感動ものでした...。でも、町の経費節減で中止になってから久しくなっています。復活する予定は全くなさそう。

イベントを開催するからには大勢の人に来てもらわないといけない。それで、今回行った中世祭りも、中世音楽をロックミュージックにアレンジして演奏していたのでしょう。私はクラシック音楽が好きなので、そういうのは残念だと思ってしまうのですけど、過半数の人の好みに合わせると、そうなってしまうのだろうな...。

ブログ内リンク:
中世祭りに行く 2008/07/02
小さな教会の楽しいコンサート 2006/09/30
フランス人は仮装するのがお好き? 2005/09/29
★ 目次: ワインなどアルコール飲料に関するテーマ

外部リンク:
ビールの歴史
☆ Wikipédia: Hypocras
☆ Wikipédia: Cervoise
Boissons de Bretagne : la cervoise


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2013/08/30
友達仲間での夏のビックニュースは、来年から農業に転向する人がいたことでした。

50代後半の男性なのですが早めに年金生活に入れるらしく、来年の夏になる前に故郷のブルゴーニュに戻って父親の農業を本格的に手伝うのだそう。仕事を引退したら住むようにと家も買っていたのですが、まさか農業を始めるとは思っていなかった。

すでに農業研修を終えて、農業者資格試験にもパスしたとのこと。「君はペイザン(百姓)になるの?」とからかう人がいたら、「僕はずっとペイザンだったよ」と返事していました。確かに、穀物栽培農家なので、夏には3人の兄弟たちは総出で収穫を手伝っていたので、全く知らない世界に飛び込んだわけではない。

彼のお父さんは、今まで以上に頑固になって手に負えなくなったと聞いていたのですが、いよいよ農業は無理になったらしい。力仕事ができないというよりは、数字がからむ仕事が無理になったようです。それで、彼は特に、雇人には任せられない経理などの事務をする責任者になるようです。

それほど大きな土地を持っている農家ではありません。せいぜい、200ヘクタールくらいしかないのではないかな。

彼の農場の近くに穀物栽培農家の実家がある別の友達の場合は、1人いる男の子が農業を継いでいます。かなりの大規模農家のよう。最近、父親が財産わけのために、他の2人の女の子が共同経営者のような形で農業収入を与えるようにしました。私の友達は医者なのですが、入るようになった農業収入は本業の2倍近い収入になると話していました。フランスの農業者の所得格差は、企業の社長と平社員の差よりも大きいと言われています。本当に、収入が多い農家があるのだな... と思うエピソードでした。

3人の子どもたちに公平に財産を分けようとしたお父さん、何か予感を感じていたのかと思ってしまう事件が起こりました。

干し草を納屋に積んでいたとき足を踏み外して、大きな干し草に押しつぶされて急死してしまったのです。

大きな干し草は1トンくらいあるのだそうですから無理もない。 病院に運ばれたときには外傷もなくて、意識もはっきりしていたのに、翌日にはあっさりと息を引き取ってしまいました。

農業は、一国あるじの良い仕事だと思うのですが、危険も伴っているのですよね...。 でも、長く生きれば良いというものではないのだから、誰にへつらうこともない人生を過ごせた友達のお父さんは幸せだったと思う。

でも、昔は人が動かせる大きさの四角い干し草を作っていたのに、今は機械で1トンもある巨大なロール状の干し草を作ってしまうからいけないのだ、などとも思ってしまったのですが...。

話しを戻して、農業者の資格を得た彼の場合。

広大な農場でもなくて、子どもたちの中に後継者がいなかったら、土地を売ってしまったら子どもたちの老後が少し潤うと思う。農業国フランスは生産過剰なくらいなのですから、これ以上農地を広げなくても良いと思うのだけれど、畑にあった木々まで切って、どんどん農地を広げています。農地を売ろうと思ったら、いくらでも買い手がいるはず。

でも、農業者としてのメンタリティーがあって、農業者になる彼の家族は、土地は絶対に手放したくないのだろうと思いました。

ともかく、彼は兄弟の中で自分が農業を継がなければならなかったという悲壮感は全くなく、農業を仕事にできるのが幸せそのもののようでした。先日、近くで農業祭が行われるので行くと言い出したので、友人仲間も行くことにしました。


小さな町の農業祭

田舎のあちこちで開かれる小さな農業イベントなので期待はしていませんでした。 でも、行ってみると、農業高校の敷地を使っていたので広い会場になっていました。

開催された町の人口は5,000人くらいで、まわりは過疎地で農業なんか珍しくない環境にあるのに、近郊の人たちは皆来たのではないかと思ってしまうほど人が集まっているので驚きました。

入場無料だったせいもあったのでしょうけれど、フランス人は農業に関心が強いのだと思ってしまう例。



顔を突っ込んで記念写真をとるためのパネル。「ファームへようこそ」と書いてあります。

110という数字が気になりませんか?

「110 Bourgogne」と書かれた看板をブルゴーニュの穀倉地帯でよく見かけるのですが、これを見ると、どうも110番を連想してしまう私。でも、こちらはブルゴーニュの穀物関係の組合かなにかの名前なのです。このパネルも、この組織が立てたらしい。


昔の農業を懐かしむコーナー

会場に入ったら、馬の蹄の音が聞こえてきました。作業馬が馬車をひいています。



フランスには色々な種類の作業馬がいますが、どれも美しいと思う。けなげに働いているのが感動的...。

馬車に乗りたいと思ったのですが、子どもたちと、子ども連れの大人しか乗っていないように見えたので諦めました。

昔の農業の様子を見せるアトラクションも幾つかありました。

高校の畑らしいところでは、昔のトラクターを使って穀物を収穫するデモンストレーション。



今と違って、この時代のトラクターでは行ったり来たりで大変だったろうな...。


巨大なトラクター

この日の会場には、数えきれないくらいのたくさんの最新型トラクターが展示されていました。



中でも一番大きそうに見えたトラクターから、男の子が降りてくる。乗ってみてしまって良いらしい。

ということで、私も次に乗りました。梯子のような階段を数段登って、でんと運転席に座ってみる。



いろんなボタンがあります。前だけではなくて、横にも、訳が分からないボタンがたくさん並んでいる!



口の悪い友達が、「今の農業者からトラクターをとりあげたら、彼らは作物なんか作れない」と言っていたのですが、こんなマシーンを操縦できる技術は大変だと思いますよ~。

素晴らしい乗り心地です。こんなのだったら、まる1日乗っていても楽しそう。冷暖房完備だし、音楽もガンガンかけられるし、もちろんトラクターが外に出す音なんて自分は聞こえないのだから。工場で働くより、ずっと労働条件が良いだろうな...。



ここには誰も説明する人がいなかったので、後で会ったトラクターを売っている人に聞いてみました。こんな大型トラクターの値段は、400,000ユーロは下らないだろうとのこと。

「すごい! お家が買えちゃう値段じゃない?!」と私が言ったら、「この辺にある家なら、お城だって買えてしまう値段だよ」と言われました。

円に換算すると、5,000万円か...。フランスの農家では、こんな大きなトラクターを1台持っているなんてものではなくて、何台も置いてあるのです。みんなが、農業者に嫉妬心を抱いてしまうのも無理がないと思う...。


私はトラクターが好きなので、もう少し小さなタイプのにも乗ってみました。安いタイプだと、操縦席のボタンも少なくて、運転は簡単そう。

乗ってみても動かせるわけではないのですが、 フロントガラス越しに見える人間たちが小さく見えるので、優越感を味わえる♪

それにしても、フランスの穀倉地帯で使うトラクターって、すごい大きさ...。



400ヘクタールも耕したりするときには、このくらい翼を広げないと、往復するだけでも大変なのだろうけど...。

気になったトラクターがありました。 車体が傾いているのです。 どうして?...



傾斜地で、斜面に合わせて車体を傾けて地面との高さを同じにして、穀物を収穫できるタイプなのだそうです。なるほどね...。


家畜コーナー

もちろん、家畜もたくさん集まっていました。



以前から気になっていた羊の品種が陳列されていました。牛の品種で知っている「シャロレー」という名のヒツジ(Mouton Charollais)。かなり大きめな感じがしました。



シャロレー種のヒツジが気になったときに書いた日記:
ブルゴーニュにあるシャロル町を散歩 2010/08/01

ヒツジたちの横で、羊追い専門の犬の子どもが売りにでていました。連れて帰りたくなるほど可愛い!



子どもたちのためには、トラクターの玩具などのほか、子どもサイズの作業着も売られていました。

 

左側にある牛の絵がついたTシャツには、「プチ・ペイザン(小さな百姓)」なんて書いてあります。

フランスの子どもたちは早く大人になりたがるので、こんなツナギなんかを着るのが大好きなのだそう。  玩具の方もそうだけれど、こちらの作業着の方も、かなりのお値段でした。

毎年パリで開かれる農業祭は、一般の人たちも楽しめるアトラクションの要素が強くて、日本では想像できないくらい盛大なイベントです。今回行ったのは田舎のイベントなので大したことがなかったのですが、それでも見学を楽しんで帰ってきました。

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2013/07/06

シリーズ記事目次 【ヴェズレー8日間滞在記】 目次へ
その15


6月下旬のフランスには、幾つかの祭りがあります。

まず、夏至。今年は6月21日でした。それにちなんだサン・ジャンの火祭り(Feux de la Saint-Jean)があります。

サン・ジャンとは、キリストを洗礼した聖ヨハネ(フランス語ではJean le Baptiste)のこと。その聖人の祭日は6月24日なのですが、夏至に近いころサン・ジャンの火祭りが行われます。

ヴェズレーに行くときに期待したものの1つに、サン・ジャンの火祭りを見ることがありました。

ずっと前から夢に描いていたサン・ジャンの火祭りの風景がありました。丘陵が多いブルゴーニュ南部で育った友人が、子どもの頃の祭りを描写していた風景です。

夜になると、小高い丘の上で大きな火を燃やす。暗闇に火が燃え上がるとき、あちこちの丘の上でも大きな火を燃やしているのが見えるので、とても幻想的なのだそう。そして、火が燃えつきると、若者たちは、まだ消し炭が残っている火の上を渡る。

地方によって祭りの風習は多少違うようですが、高い所で火を燃すのがサン・ジャンのポイントなのだ、と友人は言っていました。

でも、フランスには平野しかないところも多い。あったとしても、田園のただなかだと現代では祭りなんかやりにくい。それで私が火祭りを見たことがあるのは、いつも平地でした。


ヴェズレー村には、本当の住民がほとんどいない?

このたび滞在したヴェズレー村は、集落が続く坂を上がっていくと行き当たるサント・マドレーヌ大聖堂の向こうに広大な公園があります。地球は丸いと実感することができる、素晴らしい見晴らし。

ここで聖ヨハネの火祭りをするのだと確信していました。世界遺産にも登録されている有名観光地ですから観光客も来る。となったら、見たこともないほど盛大なのをやるはずではないですか?

まして、サント・マドレーヌ大聖堂には夏至の日に聖堂の中心に光の環が点在する道ができるくらいなのですから、サン・ジャンの祭りと結びつけて当然。

村にはイベントの張り紙が出ていました。
夏至の当日、6月21日に行うとのこと。

期待は大きく膨らみました。すごい火祭りなのではないか?...

会場はPlace Borotという名の広場だと書いてある。

火を燃すのだから丘の上の広場が会場だとは思うのだけれど、念のために聞いてみる。

すると、集落がある丘の中腹、つまり役場があるところの近くの小さな広場のことらしい。嘘~!

当日、会場となる広場に行ってみると、祭りをしていました。



祭りには仮設レストランがつきものなので、ここで食べるつもりだったのですが、美味しそうにも見えないバーベキューくらいしかないみたい。

第一、ショックを受けたのは火を燃す装置が小さいこと。



これでは、ただの焚火ですよ。あるいは、子ども時代の林間学校で私も体験があるキャンプファイヤー。

生バンドはいました。下手な音楽を演奏しているけれど...。この日は、最近できた祭りですが、公共の場で音楽を演奏してしまって良いという音楽の日(Fête de la musique)でもありました。ヴェズレーの村では、そちらをメインにして、ちょっと火を燃してみた、というところなのでしょう。

村に住んでいる人に聞いたら、昔はヴェズレーでも丘の上で火祭りをしていたのだそうですけど...。

有名な観光村なので、本当の住民は少ないのではないでしょうか? お店を経営している人たちの多くは村の外に住んでいるようですし。つまり、こういうところだと村祭りには盛り上がりがない。

余りにもつまらない祭りなので、私たちはレストランに食事に行きました。


小さな村で行われたサン・ジャン火祭り

ヴェズレーから戻った日の夜は、サン・ジャンの火祭りに誘われていました。旅の疲れがあるので行かないつもりだったのですが、ヴェズレーの祭りが余りにも期待外れだったので、その穴埋めに行ってみることにしました。

家で簡単に夕食を済ませて会場に行くと、燃やす木が組み立てられていました。かなりの大きさ。このくらい木を組み立てていないとね...。



村の有志たちが毎年いろいろな形にするのですが、今年は音楽をテーマにしたようです。グランドピアノに大きなギターが立てかけられています。ご丁寧に楽譜なんかも作っている。

農家が祭りに協力していて、大きな納屋が食事会場になっていました。村のおもだった人たちは全員来ているのではないかと思うほどの賑わい。生バンドの演奏もディスコのように賑やかに演奏しています。みんな食事を終えたころで、これからダンスタイムが始まるよう。



友人たちを見つけて一緒の席を確保し、シャンパンを飲み始めました。

やがて、あたりは暗くなって、火がともされます。



せっかく組み立てたのに...、とは思うけど、燃える火を見るのは楽しい。



友人たちは、近所のお医者さんとおしゃべりをしていました。患者さんに痛烈に意地悪なことを言うし、医者としての能力もないので、行く人はほとんどいないのではないか、と悪評が高い人。

私も好感は持てないので、会話には加わらない。外国人というのは、こういう場合便利です。話していることが全く分らないふりができるので♪

でも、何を話しているのかが聞こえてきました。

お医者さんは、この火祭りのイベントでの安全対策が不十分だ、と文句を言っているのでした。明日、県庁に手紙を書いて報告する、なんて言っている。

なるほどね...。こういう人がいるから、フランスの伝統的な祭りはどんどん消えて行くのだ...。日本では、伝統的な祭りがたくさん残っていますよ...。危険を承知でやるのも伝統ではないですか?

憎らしくなりました。祭りを楽しまずに火に背をむけてシャンパンを飲みながら祭りの批判をしているのなら、さっさとお家に帰れば良いではないですか?

私は知らん顔してカメラのシャッターを切り続けました。露出を変えたり、シャッター速度を代えたり、フィルターをかけたりして実験。

でも、火をカメラに捉えるのって難しいものですね。肉眼で見ている炎の繊細な形状は全然とれない...。



火はすごい勢いです。危ないと言っているから観察したのですが、子どもたちだって、ちゃんと火の粉が飛んでこないところで見ています。

時々、傍で消防用のホースを持って待機していた人が水をかけていました。 でも、お医者さんはそれでは不十分で、消防車が待機していなければいけないとか、立ち入り禁止区域の範囲が狭すぎる、とか言っていたようです。

私は燃え上がる火に見惚れていました。本当に美しい。三島由紀夫の『金閣寺』を思い出してしまう...。

セッティングは、周りの部分は燃えやすいモミの木をつかい、中の方は古民家の梁などを使っているのだそう。かなり長いこと燃え続けていました。

夜もふけて寒くなってきたので、下火になってきた火に近づいて暖をとるのも嬉しい。



お医者さんは、まだ文句を言い続けていました。私が写真を撮り続けているので、「ちょうど良い証拠写真になる」なんて勝手なことを言っている。

写真なんかあげないですよ~。欲しいと直接言われたら、「撮影した写真は日本で売っているので、コピーライトがある写真を差し上げることはできません」と断ろう、などと考える。何か言われると「ノー」と答えるのが苦手な人間なので、言い訳まで考えたのでした。

ようやく、お医者さんは腰をあげて帰って行きました。本当に県庁に密告するつもりなのだろうか?

後で聞いたら、郡単位で一般医は彼しかいないので、そういう人は郡の消防署の責任医師になっているはず。だから、彼はイベントの安全性に口をはさむ権利があるのだそう。それなら、けが人が出たときのために往診箱を持ってきているべきだと思うけれど、何も彼は持ってきていませんでした。

彼の通報のおかげで火祭りができなくなったら、村人たちから総スカンをくうと思う。でも、もともと誰も行かなくて、1日に2人か患者が来なかったなどと聞いているので、本人は皆がどう思うかなんて気にしないだろうと思う。



火はかなり下火になってきたので、私たちも引き上げました。ダンスをする人たちは夜通し踊るのかな?...


大々的なサン・ジャンの火祭りもある

フランスのどこかでは、丘の上でサン・ジャンの火祭りをしているところがあるはずだと思って探してみたら、色々な動画が出てきました。

びっくりするほど大規模な祭りの動画がありました。スペインとの国境に近いピレネー山脈で行われる「Flamme du Canigou(カタルーニャ語で「カニグーの炎」の意味」と呼ばれるサン・ジャンの火祭りのようです。

火を絶やさずに燃やしているところから火をとって、それをPic du Canigou(カニグー山) という高い山に積んだ薪に火をつけるという祭り。世界大戦の後、フランス各地でサン・ジャンの火祭りが衰退していたので、20世紀半ばに復活させたのだそう。



フランスで伝統的な祭りが残っている地域は、国境のあたりだ、といつも感じます。

もう少しサン・ジャンの火祭り色々を見せる動画を拾ってみます。

こちらも国境近くにあるアルザス地方。木組みの色々を見せています:
☆ 動画: Les feux de la St Jean dans la vallée de St Amarin

コルシカ島のもありました。完全に宗教と結びついていた祭りになっています:
☆ 動画: Les feux de la Saint Jean

有名なシャンソンでテーマにされたサン・ジャン祭り:
☆ 動画: Mon amant de Saint Jean

ジュルジュ・サンド(George Sand: 1804~1876年)の小説『Les maîtres sonneurs(笛師の群れ)』にある18世紀のサン・ジャンを再現した映画の場面。火の回りで踊っています。これが伝統的な形だと聞いていました:
☆ 動画: Les feux de st jean

ブログ内リンク:
夏至の時期のフランスの祭り: 音楽の祭日、サン・ジャンの火 2008/06/21
夏至日にヴェズレーの大聖堂にできる光の道を見る 2013/06/22
★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記
★ 目次: ロウソク、キャンドルスタンド、暖炉、燃える火

外部リンク:
☆ Wikipedia: 聖ヨハネの日
☆ Wikipédia: Fête de la Saint-Jean
Les feux de la Saint-Jean
FESTIVAL-Flamme du Canigou
サン・ジャンの私の恋人


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2013/05/21

シリーズ記事目次 【ブドウ畑散歩とディジョン市のイベント】 目次へ
ディジョン市のイベント: その2


前々から見たいと思っていたものを、ディジョンの町のイベントで見ることができました。

Course de garçons de caféと呼ぶもの。プレートに飲み物をのせたウエーターたちが走って早さを競います。英語にするとWaiters' race。


「Garçon(ギャルソン)」とは男の子の意味ですが、カフェでお給仕する人に対しても用いられる単語です。

私が昔にフランス語を勉強したころには、「Garçon ! Un café, s'il vous plaît !」という文章が教科書にのっていました。

今では消えているのではないでしょうか?

カフェで「ギャルソン、コーヒー1杯お願いします」とウエーターさんに呼びかけるという便利な表現。でも、ギャルソンと呼ぶのは失礼にあたるから、このフレーズは言わない方が良いと教えてもらったのを覚えています。

確かに、気をつけてみると、フランス人たちは「ギャルソン」と呼びつけてはいませんね。でも、カフェ、バー、ブラスリーで働く給仕人に対する職業の名前としての「garçons de café」は残っているようです。

昔は男性の仕事だったから「カフェのギャルソン(男の子)」で良かったのでしょうが、今では女性も働いています。彼女たちのことは、ウェーター(serveur)の女性系でserveuse(ウェイトレス)という職業名しかないらしい。


カフェのギャルソン・レース

20世紀初頭にパリ、ロンドン、ベルリンなどで行われた記録が残っているそうですが、いちおう起源はフランスだとするのが通説のようです。

ディジョンでは、2005年にレースが行われたのを最後に途絶えていたのだそう。それを、このたびの大通りを歩行者天国にしたのを祝うイベントで再開されました。

普通の競技では、ウエーターが一斉にスタートして速さを競うのですが、この日はストップウオッチで正確にカウントするためか、順番に出発していました。



カフェで実際に働いている人たちだけが参加できたもよう。

でも、見ていると、うまい、下手が歴然としているので面白い。指でプレートを支えている彼が優勝するのではないかと見ていたのですが...。

女性の参加者たちも多かったです。



小さな町のことなので、知り合いが出場しているというのもたくさんあったようで、応援が飛びます。

中でも声援が多かったのは、最高年齢のギャルソンのつわもの。



傍で見ていた人が、彼は79歳なのだと教えてくれました。

名誉出場者だからハンディキャップをつけてもらったのでしょう。他の人の比べると、グラスはプレートにのっていませんでした。



レースは歩行者天国になった大通りで行われました。なので、意外にみんな早く戻ってくる。

この79歳の男性は、若い頃を思い出すために出場したのだそう。昔のコースは4キロあったので、今回のはお笑い程度の軽いレースだ、と取材で語っていたとのこと。

レースの最後の頃から雨が降り出してきてしまいました。それで、誰が優勝したかは見ずに、表彰台だけを眺めました。





このギャルソンのレースを見たいと思ったのは、パリにある博物館で、これをゲームにしたものを見てからのことでした。

そのことを書いた日記:
気に入ったパリの縁日博物館 (Musée des Arts forains) 2010/12/18

インターネットに入っている動画を入れておきます。



カフェの多いパリのこと。競争は厳しいらしくて、走っています。ディジョンのはリラックスしていて、はや足で歩いているだけだったのですけど。


市役所の中庭にできた仮設カフェ

ブルゴーニュ公国時代の宮殿は、今では市役所と美術館として使われています。

美術館の入口があるのはCour de Barと呼ばれる中庭。そこにカフェを作るという計画があるのですが、このイベントでは1日だけオープンするカフェが作られました。


Bar éphémère de la cour, Cour de Bar

ブルゴーニュは陽気。知らない人たちともおしゃべりしたりして、楽しい1日を過ごしました。

情報リンク:
☆ Wikipédia: Course de garçons de café
La course des garçons de café remise au goût du jour
DIJON : Retour gagnant pour la course des garçons de café
Les métiers de la salle: garçon de café/serveuse
Garçon, un café à un euro s'il vous plaît!
La cour de Bar du Palais Ducal de Dijon, victime d’Yves Lion

内部リンク:
★ シリーズ記事目次: フランスのカフェの特徴 2006/08/12


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2013/05/20

シリーズ記事目次 【ブドウ畑散歩とディジョン市のイベント】 目次へ
ディジョン市のイベント: その1


学生時代、そして都内のフランス企業に就職してからも、毎年フランスに行って、親代わりの人が住んでいたディジョンで休暇を過ごしていました。

「Capitale des ducs de Bourgogne(ブルゴーニュ公たちの首都)」と呼ばれるディジョン(Dijon)の町。何年たっても何も変わらない古都だったのですが、社会党の市長になってからの数年で、見違えるほど変化してきました。

歩行者天国が多くなったこと、市電が走るようになったこと、など。ディジョンはブルジョワ的な街で、夜8時ともなると静まり返ってしまったのに、最近は若者の姿が目立つようになり、活気づいてきました。


大通りに設置された3つの彫刻

旧市街を突き抜ける目抜き通りです。大きな通りが歩行者天国になったのは、なんだか奇妙な感じがしますが、楽しい。



写真は小さくて見えないと思いますが、右手にあるのは観光スポットにもなっているであろうマスタードの老舗マイユ(Maille)。その左にある通りの2軒目にあるのがマクドナルド。

昔は、この店ができるのが静かな街の大ニュースだったのを懐かしく思い出されます。大通りにある有名なケーキ屋さんだったのがマクドナルドになってしまうんだって、というもの。まさか~! という反応だったのですが、マクドナルドになってしまいました。景観保護地域ですから、トレードマークのMの文字は非常に控えめにしてくれましたが。

このマスタードの店は、昔のマスタードの壺が並んでいて、店構えでも美しい写真になったのですが、最近は現代風のショーウインドーになってしまったのが残念。


LV 38 - DIJON - Coin du Miroir 
1910年当時のディジョン
大通りには市電が通っていた
この通りは、ブルゴーニュを統治していたコンデ公(Prince de Condé)の名をとって「コンデ通り(rue Condé)」と呼ばれていました。

中世のごちゃごちゃになっていたところを大通りにしたのがコンデ公なので。

でも、フランス革命の後にはは平凡に「自由通り(Rue de la Liberté)」という名になっています。

自由通りというのは、フランスの殆どの町にもあるのではないかな?...

この自由通り、私が初めていった時にはバスや車が走っていたのですが、バスとタクシーだけしか入れなくなったのを経て、ついに歩行者天国になりました。

それを記念する祭りが、この週末に開かれました。

上にいれたパノラマ写真の左に写っている円柱は、歩行者天国になったと同時にできたモニュメント。白いけど、幹のようなものになっていました。立っているだけではなくて、回転するのでした。

こういう芸術作品の良さは理解できない私...。

そこから進んでいくと、また、この日にお披露目をしたモニュメントがありました。



こちらは、木の葉が人の頭の形になっています。

みんな幹に触っていました。ディジョンには撫でると願いがかなうフクロウの彫刻があるので、それの影響かもしれない。ニュースでは、フクロウとともにディジョンの名物になるのではないかと言っていました。

美しい旧市街なのですから、何も現代美術の作品を飾る必要はなかった、と私は思うけど...。


このまま先に進むと、ブルゴーニュ公国時代の宮殿に行きつきます。今は市役所と美術館として使われている見事な建物。

Lallemand-Place Royale de Dijon en 1781 mg 1778
Jean-Baptiste Lallemand, La place Royale en 1781


でも、もう1つモニュメントができたと聞いたので、そちらに行ってみました。



Porte Guillaume(ギヨーム門)をくぐった先に目的のモニュメントはあります。

ディジョンの自由通りは、パリで例えればシャンゼリゼのようなものなのですが、この門はパリの凱旋門の真似したとは思わないでくださいね。こちらの方が古いですので。町が要塞で囲まれていた中世の出入り口だった門の跡地に建てられたもので、建築は18世紀。ちなみに、パリの凱旋門ができたのはそのあと、19世紀前半です。

こちらも昔は「コンデ門(Porte de Condé)」と呼ばれていたのですが、なぜギヨームなのだろう? 書きながら調べてみたら、この近くにあるAbbaye Saint-Bénigne(サン・ベニーニュ修道院)の聖職者だったGuillaume de Volpianoにちなんでいたのでした。聖人にも列せられている人で、その祭日は偶然にも私の誕生日と同じ日。

少し雑然とした一角だったのですが、ここも歩行者天国の美しい広場になっていました。

このたび設置されたのが、蛙の泉。下に蛙が3匹いて、それを3人の子どもが肩を寄せ合って眺めている、という彫刻。


Fontaine aux grenouilles

アール・ヌーヴォーの彫刻家Max Blondat(1872~1925年)の作品。この像はもともとここにあったのに、地下に駐車場をつくったときに取り外されていたそう。馴染みの泉がなくなったのを惜しむディジョンっ子たちの声で、またもとの場所に戻されたようです。


歩行者天国オープンのアトラクション

市長のテープカットなどのオープニングセレモニーは、旧市街の各所で行われました。大勢の人たちが集まったので、会場をあちこちにしたのは良かったと思う。日本人の感覚ではディジョンは小さな町ですが、周辺を集めれば人口25万人くらいになる、ブルゴーニュでは最大規模の都市ですから。

出し物の中で、私が気に入ったのは、これ。



フラミンゴみたいなのが大通りから、この旧ブルゴーニュ宮殿前の広場まで歩いていました。

先頭を務めるのは、オートバイを改造したように見える奇怪な乗り物。



よくできていて、花火のような装置で煙や火を出したりもしていました。

広場から出ていくとき、さっきまでカッコよくポーズをとっていた人は、やわら下にもぐり込んで、ねじ回しを出して調整を始めました。

細い道に入るために翼をたたむ必要があったのか? アクシデントで翼の1つが落ちてしまったのか?... 日本でのことだったら前者だと思うけれど、フランスのことなので後者が理由だろうと思いました。



1年前の冬にディジョンで行われたサン・ヴァンサン・トゥルナントの祭りでのアトラクションに比べると、ずいぶん節約したな、と思ってしまう。でも、あのときは市のお金を使い過ぎたという市長への批判があったそうなので、今回は控えめにしたのでしょう。

昨年見たイベントについて:
ワイン祭りでのディジョン市のアトラクション 2012/02/02


もう1つ楽しいアトラクションがあったので、その話しを次回に書きます:
カフェのギャルソン・レース

外部リンク:
☆ フランス政府観光局: ディジョン
ふくろうが案内するディジョンの町 Dijon
Office de Tourisme de Dijon
☆ Mascottes Automobile: MAX BLONDAT
☆ Infos Dijon: DIJON : La rue de la Liberté, propriété des piétons
☆ France 3 Bourgogne: Dijon retrouve sa Liberté, deux jours de fête au programme

ブログ内リンク:
★ 目次: ブルゴーニュの歴史
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って


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2012/11/21
町を歩いていたら、クリスマスのショーウィンドーが目にとまりました。



こちらは宗教関係の書籍などを売っている店。

そういうのは良いのですけど、キリスト教を商売が利用しているのは好きじゃない...。




最近の私が人に会うと、「クリスマスは日本で過ごすの」と言われてしまいます。

信仰心のあるフランス人は少ないのですけれど、やはりクリスマスは日本のお正月のような伝統で、どうやって過ごすかは大切なのでしょうね。大勢が集まる家では、もう献立を考えているのかもしれない。

フランスのクリスマスは、家族で集まって祝う行事。

クリスマスを一人で過ごすなどと分かると、友人たちは放っておかない!
「うちにいらっしゃい」と誘います。

それを嘆く友人がいます。家族がいない1人暮らし。「ひとりでいるのが好きなんだから」と言っても、断る理由として受け取ってくれない。

食事に誘ってくれるのは嬉しいけれど、家族が集まった席というのは面白くない、というのです。

そうですよね。誰々ちゃんがどうなった、とかいう話題ばかりが出る。その誰々って、だれなの? と、いちいち聞くわけにもいかないですから。

でも、この人も、毎年、結局は断りきれなくて、どこかのクリスマスパーティーに行っている感じがします。


この時期、ぴりっと張りつめた寒さを感じると、なんとなく厳かな気分になります。

でも、南半球は夏でしょう?
暑いときのクリスマスなんて、雰囲気がでないのではないかな?...


ブログ内リンク:
★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記


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2012/10/01

シリーズ記事 【ブドウ畑の中にある城で開かれた書籍展とブドウ収穫】 目次へ
その2


「Livres en vignes」と名付けられたイベントに行きました。「ブドウ畑にある本」とでも訳せば良いでしょうか?

会場はクロ・ド・ヴージョと呼ばれるブドウ畑の中にある城だから、そういう名にしたのでしょう。魅力的な命名だったと思います。




イベントは今年で5回目の開催なのだそう。

前回に行った友人がすっかり気に入ってしまっていました。有名な作家も大勢来て書籍を販売しているし、美しい城の見学もできるし、ワインの試飲もある。城の窓からはブドウ畑が見え、ちょうどブドウ収穫の真っ最中だったのだそう。

それで誘われて行くことにしたのでした。

街中で行われる息苦しい会場と違って良いですね。



午前中、早くから行ったので、作家の人たちが集まってきたという時刻。まだ一般の人たちの姿はまばらで、ゆっくりと美しい部屋を幾つも見学することもできました。


Château du Clos de Vougeotシャトー・ドュ・クロ・ド・ヴージョ

12世紀初頭、この地にシトー会修道士たちによって修道院がたてられ、ブドウ栽培及びワインの醸造が始められました。現在の館の形になったのは16世紀。

この城はブルゴーニュ地方の観光写真でもよく使われますし、入場料さえ払えば簡単に入れるので、訪れる観光客も多いのだろうと思います。

実をいって、クロ・ド・ヴージョ城に行くのはそう好きではありませんでした。

建物は見事で美しいです。それに、むかし使われていた巨大なブドウ圧縮機や樽などが陳列されていて、「ブルゴーニュに来た~♪」という感覚を覚えられるので観光地としてはとても良いところではあります。



でも、気に入らない。何回でも行ってみようという気にはならない。ブルゴーニュの観光スポットでありながら、ここではワインの試飲がないのが物足りないからです。

クロ・ド・ヴージョ城は「利き酒騎士団(Confrérie des Chevaliers du Tastevin)」の本部となっており、騎士団が認めた優れたワインのボトルが陳列されている酒蔵も鉄格子越しに見ることができます。

ワイン博物館だし、ブドウ畑の中にあり、入場料をとって見学させるのだから、アトラクションとしてワインの試飲くらいさせたって良いではないですか?

ブティックでは、なかなか魅力的なワイングッズを売っているのですが、ワインは売っていたかな?…


クロ・ド・ヴージョ城で良い思いでとして残っているのは、昔にコンサートに行ったときのこと。中庭で演奏を演奏を聞いたのです。美しい夏の夜でした。

今回書籍展のイベントも良いものでした。入場無料だったのですが、いつもにない魅力がありました。

まず、普通の観光では入れない部屋が展示室やセミナー室として使われていたために、あちこち歩き回れたこと。

それから、試飲もあったのです♪

― クロ・ド・ヴージョの続きへ ―


ブログ内リンク:
★ 目次: ワインなどアルコール飲料に関するテーマ
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ

情報リンク:
☆ オフィシャルサイト : Château du clos de Vougeot
Livres en vignes


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