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2017/09/03
フランスで夏の観光シーズンには、各地で「光と音の祭典」が開かれます。もうシーズンは過ぎてしまったので来年の話題にすべきだと思ったのですが、そうすると、また時季外れの時にしか思い出さないのが常なので書いておきます。


ソン・エ・リュミエール光と音の祭典

フランス語で「Son et lumièreソン・エ・リュミエール)」と呼ばれるイベント。son(音)とlumière(光)が織りなすショー。

歴史的建造物や遺跡をライトアップして行うので、日没後に行われます。夏のフランスでは暗くなるのが午後11時頃なので、日帰り旅行では行きにくいイベントです。

ただライトアップするだけではなくて、その土地に関連した歴史を見せるストーリーになっていてナレーションが語られますが、大勢の人が出演して歴史絵巻を繰り広げるというパターンが一般的なスペクタクルになっています。

夏に旅行したときは、歴史的建造物が残る有名な観光地では、必ず光と音の祭典が開催されているのに出くわす感じがします。その土地の歴史を感じることもできるので、見つけた時にはできるだけ行くことにしています。


ソン・エ・リュミエールは、英語圏でもフランス語のままで呼ばれるとのことですが、直訳で「sound-and-light show」とも呼ばれるようです。

英語圏でもフランス語の綴りのままで言われるということは、フランス発祥のコンセプト?

調べてみたら、「ソン・エ・リュミエール」と呼ぶイベントが初めて開催されたのは、ロワールの古城めぐりで名高い地域にあるシャンボール城で、そこで1952年に行われたイベントに由来するようでした。


Château de Chambord


もっとも、建造物をライトアップするのはその前から行われていて、特に1937年のパリ万国博覧会では大々的に行われていました。

現在では花火を打ち上げたりもして華やかなアトラクションなのですが、そういうコンセプトは、もっと遡ることもできます。

例えば、オーストリア継承戦争終結のために開かれたアーヘンの和議を祝うために1749年に開かれた祝典。ルイ14世はイタリアから優れた花火師を呼び寄せ、音楽の演奏もさせる盛大なイベントをしていました。

ヘンデルは、ロンドンで行われた祝典のために組曲を作曲しています。


ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル『王宮の花火の音楽』


現代のソン・エ・リュミエールでは、広い場所で歴史絵巻を繰り広げるので、出演者がたくさん必要。それで、地域に住むボランティアの人たちが協力するイベントとなっていることが多いと感じています。


ピュイ・ドュ・フーのCinéscénieシネセニー

フランスで最高のテーマパークだと思う Puy du Fou」で書いたテーマパークPuy du Fou(ピュイ・ドュ・フー)には、世界最大規模と言われる光と音の祭典があります。このテーマパークについては、前回の日記で紹介しているので省略。


La Cinéscénie - Puy du Fou 2016

このスペクタクルに使われる敷地面積は23ヘクタール。東京ドームの約5倍。

観客席は1,400席あるのですが、大変な人気があり、バスで来るツアーもあるので、夏のイベントには春くらいには予約しておかないと席は確保できません。

ピュイ・ドュ・フーのテーマパークでボランティア活動をしている人は約3,800人いて、そのうち2,400人はこのスペクタクルを演じるボランティア。ボランティアになりたいと申し出る人は毎年500人くらいるそうですが、ウェイティングリストで順番待ちとなり、今年は150人しか受け入れてもらえないのだそう。


サン・ファルジョー城のスペクタクル

フランスでは、シネセニーのスペクタクルに次ぐ規模を誇る、という光と音の祭典がブルゴーニュ地方にあります。

規模が少し小さいだけに臨場感があるので、スペクタクルとしては、私はこちらの方が好き。舞台となる場所の前にある芝生に座ってしまえば、馬が走るときに埃をかぶってしまうかというほどに近いのです。

ここで舞台として使われるのは、ルネサンス様式の城、Château de Saint-Fargeau。

この城については、すでにブログで書いていました:
サン・ファルジョー城  2009/09/02 

三・ファルジョー城の建築が始まったのは980年なので、夜の光と音の祭典スペクタクルでは千年の城の歴史を見せます。毎年少しはストーリーを変えるようですが、たいていは同じ。何度も行っているのですが、繰り返し見ても飽きません。

私が一番好きな場面は、中世の田舎の生活を見せるシーン。ブリューゲルの絵画を彷彿とさせるのです。

Le combat de Carnaval et de Carême Pieter Brueghel l'Ancien
謝肉祭と四旬節の喧嘩、ピーテル・ブリューゲル

人がたくさんいるのは同じですが、この絵とは違うな。家畜の群れを追う人たちとか、川で洗濯している人たちとがいて、本当に美しい田園風景なのです。

スペクタクルの最後には、第二次大戦が終わってフランスがドイツから解放される場面が必ず出て来るのですが、これは私は好きではありません。でも、当時のジープのコレクションを持っているから作っているシーンのようです。

今年の開催は、7月8日(土)から8月19日(土)でした。ブルゴーニュに引っ越してきて、このイベントには行ったことがない友人夫婦と一緒に行こうと話していたのに、いつの間にかシーズンは終わってしまった...。


スペクタクルの舞台裏を見せているニュースの動画です:


Page été : dix siècles d'histoire avec le spectacle de Saint Fargeau

こちらのスペクタクルで出演するボランティアは700人くらいなのかな。この城の広報担当者にお話しを聞いたことがあります。ボランティアの人たちは、衣装作りをしたり、演劇の練習をしたりで、1年を通して準備しているのだそう。でも、無償で働くのに引き換えに、その人たちが結婚披露宴などをするときには城を使わせてもらったりするなどの配慮があるので、ボランティアになるのも楽しそうでした。

この城の現在のオーナーはギヨー兄弟。当時、レジャー指導員をしていて、お金持ちではなかったと聞きました。フランスでは、歴史的建造物を修復維持してくれることを条件に、持ち主がかなり安い値段で譲ることがあるのです。

兄弟がサン・ファルジョー城を買ったのは1979年でしたが、幾らで城を買ったかというのは卒倒するほどお安いお値段でした。話しを聞いた当時、ブルゴーニュの何でもない民家よりも安いお値段だ、と思った記憶があります。

廃墟同然だった城の修復費をねん出するために始めたのが、この光と音の祭典。城は地域に住む人たちにとっても大切な財産なので、ボランティアで手伝う人たちがいたわけです。城を手に入れた兄弟は、人望があって、人を動かす才能があったのだろうと思います。

城が現在の所有者になってから、40年以上たっているわけですね。見事に修復されて、観光スポットになっています。

サン・ファルジョー城を買った兄弟は古城がお好きなようです。上に入れた動画に登場しているミッシェル・ギヨーさんは、新しい企画も考え出して成功しています。現代技術は使わずに、中世の方法で城を建築してしまうというアイディア。

その城に行ったときに書いた日記:
建築中の中世の城を見学: ブルゴーニュのゲドゥロン城 2009/09/05

Guédelon
Château de Guédelon


古城が好きなギヨー兄弟とは対照的なスキャンダルがありました。

バブルの時期、日本人はヨーロッパの城を買いあさったのですが、フランスの城を買った富豪のお嬢様が、城を解体して売りさばいたのです。修復すると約束して買ったのだし、国から国宝級に指定されている建築物を修復しないで所持していたら、手放して売却しなければいけないという法律がフランスにはあるのですが、やっちゃった!

それを少し書いた日記:
売りに出てたブルゴーニュの観光名所: ラ・ロシュポ城 2012/08/24

歴史的建造物を解体して売れば、買ったときの値段なんかは軽く取り返せてしまうのです。もちろん法律違反なので、それをやった日本人は投獄されましたが、お金持ちなので上手く立ち回ったらしく、すぐに出てきました。その後、彼女が何をしているのかは知りません。



ブログ内リンク:
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ

外部リンク:
☆ 英和辞典 Weblio辞書: son et lumièreの意味
☆ 英辞郎: sound-and-lights...の意味・用例
Premiers son et lumière (1952-1961) (論文PDF)
☆ 金沢21世紀美術館: ソンエリュミエール − 物質・移動・時間、そして叡智 (PDF)
フランス各地で行われる夏のライトアップ フランス観光 公式サイト
☆ Georges Delerue: Son et lumière
« Chambord, rêve de lumières ». Créateur du premier son et lumière au monde en 1952, le domaine national de Chambord présente son nouveau spectacle nocturne
L'invention du son et lumière
☆ Wikipedia: パリ万国博覧会 (1937年) » Exposition universelle de 1937
フランスで熱い歴史スペクタクル
La Cinéscénie:  Spectacle Nocturne Puy du Fou
Chateau de Saint Fargeau - Spectacle


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2017/08/30
毎年この時期になると、おびただしいほどのツバメがいるのが目につきます。大空を飛び回っているのを見ると羨ましくなりますが、あれは飛行を楽しんでいるわけではなくて、飛んでいる虫を食べるために旋回しているのでしょうね。

大旅行に出発する準備のために、電線に並んで点呼をとっているかのようなツバメたち。その数が日増しに増えてきています。ら飛び立って行くと、空が埋まってしまうほどの大群になってきました。

ツバメは小さいので良いですが、これがカラスなどだったら、ヒッチコックの映画『』のような光景になって怖いだろうな...。

巣から落とされた鷲と、孤独な少年の友情を描いた映画」を書いていたら、フランスで「rapace(ラパス)」という魅力的な名前で呼ばれるけれど、日本語では「猛禽類」という味気ない呼び方をする大きな鳥たちが飛び交うのを見るイベントを見たことがあったのを思い出しました。


テーマパークは原則として嫌い

テーマパークを私は好きではありません。東京で買い物しらディズニーランドのペア券をもらったことがあったのですが、子どもがいる知人に差し上げてしまったほど。つまり、ただでも行きたくない!

子どもの時には親に連れて行ってもらっていましたが、楽しんだという思い出は残っていません。子どもの時には親がすることに抵抗できないので行っていました。大人になってから思うには、父が勤めていた会社の福祉とか何とかで、招待券が出ていたのだろうと想像します。

フランスでは、友人が娘さんを連れて行くのに付き合って行ったことがあり、こういう所には二度と行かないぞ(!)と思いました。

その時のことを書いたブログ:


拷問を受けた気分になった日のこと 2005/08/19

写真アルバムで確認したら、その1カ月後に別のテーマパークに行っていたのでした。

でも、ジェットコースターなどに乗って酷い目にあったアミューズメントパークとは違って、こちらはフランスの歴史を再現するアトラクションを見せている所なのです。

歴史的建造物を見るのが好きな私。ここは色々な時代のフランスを再現しているテーマパークなので気に入りました。


ピュイ・ドュ・フーPuy du Fou

何もなかったところに作ったテーマパークなので、現代に作った建物ばかりなのですが、よくできています。「中世の村」などという一角は、知らなかったら本物かと思ってしまうほどの出来ばえでした。

Le Secret de la Lance
Le Secret de la Lance

Les Vikings


動画で見た方が雰囲気が分かるので、オフィシャルサイトのを入れます。


Le Grand Parc du Puy du Fou 2017

昔のフランスを味わいたかったら良くできているテーマパークだと思うのですが、日本ではほとんど知られてはいないのではないでしょうか? でも、フランスでは、パリのディズニーランドに次いで入場者数が多いテーマパークだそうです。

行政が始めた観光開発としては成功例だと思います。ここはフランス革命に反対してために、完全に破壊されてしたった地方なのです。ヴァンデの反乱の舞台。

歴史では、フランス革命は虐げられた農民が起こしたと言われていましたが、今では修正されて、あれは台頭したブルジョワ階級が起こした革命とされています。

それを強く感じたのは、このヴァンデ地方でした。貴族と農民が一緒になって、革命に抵抗運動をしたのです。革命軍には勝てず、悲惨な歴史を残しました。

フランス革命では、貴族や聖職者から財産を没収しました。貴族を抹殺しようという意図は分からなくもありませんが、信仰心があつかったはずの当時、宗教建築を破壊したというのは狂気の沙汰としか思えません。

ヴァンデ地方の宗教建築は見事に破壊されていした。今でも宗教心があついというのは、フランスでは余り感じることがない例外的な地域。

ともかく、観光客を呼び寄せる歴史的建造物が残っていないので、テーマパークを作ったわけですが、それが成功しました。

アイディアを持ったのは地元政治家で貴族のフィリップ・ド・ヴィリエ氏。最近はテレビで見かけることもないので、どうしていらっしゃるのかは知りません。

現在のピュイ・ドュ・フーは、NPOに運営を任せているようです。

楽しめるテーマパークです。レストランも、昔のフランスを味わえる趣向になっています。




ピュイ・ドュ・フー(Puy du Fou)は、日没後に行われる光と音の祭典「Cinéscénie」からスタートしました。1978年だったそうです。

それが大成功したので、昼間も楽しめるテーマパークができました(1989年)。それができたばかりの頃、近くを旅行したので行ってみて気に入りました。予算もなかったせいだと思いますが、質素なテーマパークの感じがしたのですが、ヴァンデ戦争の様子を再現した洞窟などは感動的でした。

テーマパークは事業の成功で得た収益で充実されていると聞いたので、それから何年かして、夜のスペクタクルも見て、パークも しっかり見ようということで二度目の訪問。見違えるようにテーマパークは見事になっていました。

一緒に行ったブルゴーニュの仲間と、近くに住んでいたら年間フリーパスを買うのにね、と話しました。でも、ブルゴーニュからは非常に遠いのです。二度目に行ったときは、遠くまで行ったのを利用して地域を観光する旅行だったので、8日間をかけました。

また行きたくなったけれど、フランスの東から西の果てまでは、おいそれとは行けません。近所の人たちがバスで行く団体旅行を企画して、夜にはバスで走り続けるという1泊2日の旅行をしていたけれど、無茶だと思いました。

毎年のようにアトラクションを増やしているのですが、現在のプログラムはこちら。大小60くらいのアトラクションがあるそうです。

今ではフリーパスの設定はなくなっているみたい。二度目に行ったときには2日間のチケットを買ったと思います。料金はこちら。そう安くはない...。


一番気に入ったのは、猛禽類の鳥たちのショー

本格的にピュイ・ドュ・フーで遊んだなか、最も気に入ったのは、猛禽類が登場する「Le Bal des Oiseaux Fantômes」というものでした。「亡霊鳥たちの舞踏会」という感じの命名かな。

気に入ったので、2度見てしまいました。


Le Bal des Oiseaux Fantômes - Puy du Fou


テーマパークが好きではないのに加えて、動物園も大嫌いな私です。動物たちが可愛そうではないかと思ってしまうから。テレビでイルカのショーなどが出てくると、動物虐待だと言いたくなる。

でも、ここでは猛禽類の大きな鳥たちが飛び交っていて、見ている人間だって危険を冒しているから対等という感じがあるので、違和感がなかったのでした。

語り手がいてストーリーになっているのですが、最後にたくさんの鳥たちが出て来るときには圧巻のシーンになります。


長い動画(27分)は、こちら:


Le Bal des Oiseaux Fantômes, Puy du Fou


このパークには鷹飼育のアカデミーがあって、ヨーロッパの品種を保護したり、鷹狩りの方法などを教えているようです。


le travail en coulisse du bal des oiseaux fantômes du Puy du Fou (Académie de Fauconnerie )


左手をあげる?

前回の日記を書いた後で、ピュイ・ドュ・フーのアトラクションの動画を見たくなったのは、鷹匠がグローブをはめた手をかざすのはどちらの手なのか確認したかったからです。

私が巣から落ちたカササギ兄弟が挨拶に来ないと話して、こうやって手を差し伸べていたら飛んできてとまるかな、とジェスチャーをやったら、「かざすのは左手だ」と言われてしまったのです。

なぜ左手?

調べてみたら、日本の鷹匠でも同様でした。右手は杖を持ったりするために空けておかなければならないからのよう。

友人は、どうして左手をかかげると知っていたのだろう? 私が注意散漫なだけなのだろうけど...。

ふと、また気になる。

学校で先生が何か言ったとき、片手をあげて「は~い」とやっていましたよね。あれは、どちらの手をあげるのが普通でしたっけ?

画像検索すれば出て来るので検索してみました。日本では、明治時代に右手をあげろという方針があったらしい。ヨーロッパ諸国では、どちらでも良いという感じがしました。




このテーマパークに観光客が多く訪れるのは、夜に行われる「Cinéscénie(シネセニー)」に絶大な人気があるからではないかと思います。

Son et lumière(光と音の祭典)は、夏の観光シーズンにフランスを旅していたら、何処かで必ずぶつかるはずのアトラクションですが、このピュイ・ドュ・フーのは世界最大規模と言われています。

フランスでは珍しくないアトラクションなわけですが、いつから始まったのだろうかと書きながら気になってきたので、調べてみたことを次回に書きます。

続きへ:
ソン・エ・リュミエールと呼ぶスペクタクル



ブログ内リンク:
フランス革命がもたらしたもの・・・ 2008/02/03
★ 目次: 右と左の違いが気になる
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化

外部リンク:
Puy du Fou (オフィシャルサイト)
Puy du Fou - YouTube(オフィシャル動画)
Puy du Fou / la Cinéscénie, nouvelle version 2017
フランス中世の大テーマパーク「ピュイ・デュ・フー(Puy-du-Fou)
☆ Wikipédia: Puy du Fou
☆ Wikipedia: Rapace » 猛禽類
最後の鷹匠3
☆ 日本鷹匠協会: 道具について
教室での挙手は右手?それとも左手?
挙手の研究、誰かやりませんか。


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2015/11/08
久しぶりに行ったパリでは、浦島太郎になった気分を味わいました。以前にはこんなのは見かけなかったと思うものに幾つも出会ったのです。久しぶりと言っても、10年とか、5年ぶりというほどではなかったのですけれど。

到着した日に色々と見てしまったので驚いたのかも知れない...。

先日の日記「 パリで見た奇妙な光景: 自転車タクシーなど」に書いた乗り物をたくさん見たことに加えて、もう1つ、やたらに目につくものがありました。

2015年秋 パリ首都圏旅行シリーズ
その12 
目次


パリに行くときには、これを持っていかないといけないの?

あっちでも、こっちでも、こういう光景を見かけました。



こういうのはテレビか何かで見たことがあったので、何をしていらっしゃるかは分かりました。でも、私が実際に使っている人たちを見たのは、この日が生まれて初めてだったのす!

観光客らしい人たちは全員持っていらしたのではないか、と思ってしまったほど!

一見してツーリストだと分かるスタイルをしていらっしゃいますね。駆け出しのスリにさえ狙われてしまうよ~ と心配したのですけれど、気になったのは持っていらっしゃるものでした。



目立ってしまった理由は、幾つかあると思います。

まず、これを見慣れていない私のような人間には、こういう棒を持っている人は奇妙に見えるので眺めてしまう。

それから、写真を撮るのに時間がかかっているので、目撃される時間が長いので気がつく確率が高くなる。

徹底的に奇妙に見えたのは、これ:
普通は景色が良いところで写真を撮るものなのだけれど、周りにはなんにもないところにも立っている!

でも、考えてみれば、背景は必要ないのですよね。というか、こんな近距離で撮影したら背景はほとんど入らないでしょうから、どこでも写真を撮っちゃう。


こういう棒を何と呼ぶのか知らなかったのでフランス人に聞いたら、「セルフィー」だと教えてくれました。

キーワードが分かれば調べられる♪

selfyかと思ったのですが、フランス語は英語から来た「selfie」でした。日本語では「自分撮り」と呼べば良いらしい。

英語でもフランス語でも、ソーシャルネットワーク(FacebookやTwitterなど)にのせるために自分を撮影するのがselfieの定義になっていたのですが、日本では公開目的ではなくて自分用に撮っても「自分撮り」というようでした。

こういう棒は、セルカ棒、自撮り棒、自撮りスティック、セルフィーなどと呼ばれるようです。フランス語でも色々な呼び名がありましたが、perche de selfieが一般的なようでした。


ただの棒ではなくて、色々なタイプがあった

私のiPhoneのカメラでも、自分を被写体にできる機能が付いています。写真を撮ろうとしたときに余計なところに触ってしまうと、こちらが鏡のように映ってしまうのであせる。こんな機能は止めて欲しいと思っていました。

あれでも自分の顔が撮影できるのでしょうけれど、腕を伸ばした長さしか距離を撮ることができない。それでセルカ棒だと、もっと遠い距離から撮影できるので便利なのだろうと思ったのでした。

棒の長さはどのくらいなのだろうと調べてみたら、あれ、あれ...。ただの棒というだけでもないようなのでした。

となると、興味を持ってしまう。王様のアイディアという八重洲口にあった店が好きだった父親ゆずりなのかな...。アイディア商品は好きなのです。

ざっと情報を拾ってみました。だんだん進化してらしい順番に並べてみます。

スマホのセルフタイマー機能を使う
 スマホにタイマーをセットするだけなので簡単
 自分でタイミングを選べない
Bluetoothを使う(専用アプリが必要な場合あり)
 リモコンやボタンでスイッチを入れるのでタイミングが選べる
 場所によっては電波障害がある
 電波法などの法律により規制される場合がある
イヤホンジャックを使う
セルフ棒から出ているコードをスマホのイヤホンジャックに付けてつなぐ
 タイミングが選べる
 操作が簡単
超音波通信技術ウルトラソニックを使う
 タイミングが選べる
 電波法にはひっかからない


どうやってカメラのシャッターを切るかが問題なのと、持ち運びに便利というのが追及されているようす。でも、それだけではない。棒の長さには限度があるので、近くても近づいているわけなので、広角レンズ付きのセルフ棒もあるのだそう。

でも、色々なのが出すぎていますね。もしも自分で買うとしたら、面倒くさくて選ぶ気なんかしないと思う。


どんなのを皆さんは選んでいらっしゃるの?

楽天市場で「セルカ棒」のランキングを見る

いま楽天市場で売り上げ第1位になっていたのは、これでした ↓

高いのから安いのまで色々ありましたが、人気はお手軽価格。それと、持ち運ぶのに便利な小型がポイントのようです。


アマゾンの「自撮り棒」 売れ筋ランキング


アマゾンが薦めていたのは超音波リモコンでした。

サンコー 超音波リモコンシャッター付き自分撮りスティック ブラック ULTSNSLF7
価格: ¥ 2,502


Bluetoothより良いということなのでしょうね。超音波がどうやって発生するのかに興味は持ったのですが、調べるのは止めました。どうせ、こういう道具を私が買うことは間違ってもないからです。

写真には人間を入れないのが私は好き。それで、被写体に人間がいるときは、じっと立ち去ってくれるのを待ちます。まして、自分なんかに入ってもらいたくない!


時代を現しているの?

少し前までのフランスでは、写真を撮っているのが目立ちすぎるのは日本人と決まっていました。でも、デジカメが普及してからは、日本人はカメラを必ず持っていると茶化していたフランス人たちも、やたらに写真を撮るようになりました。

それに、パリで見かける東洋系といっても、最近は中国人観光客がおびただしいほど来ているので、日本人は全く目立たなくなってしまった。

それで、こういう風に自分で自分の写真を撮っているのは何処の国の人が多いのか、というのは全く分かりませんでした。おそらく、自撮りは世界中で流行っているのでしょうね。

パリの街角で自撮りをしている人たちが大勢いるのを見て、パリという特別なところに来た記念写真を撮りたいのだろうなと思いました。ジェノバに帰ったマルコ・ポーロは、アジアで見てきたことを話しても信じてもらえなくて、気が狂っているとさえ扱われたという話しを思い出したのです。

「パリに来ているのよ~♪」とFacebookか何かに入れるとしたら、やはり、そこでニコリとしている写真を入れなければならないのかもしれない。

でも、自撮りは景色があまり入らないので、パリに来ているという証拠写真のようになるのだろうか? パリに来なくたって、トリック写真を作って入れたって良いのだし...。

それにしても、自撮り。何か世の中の風潮を示唆する現象なのかな?...

流行っているのだと思って見れば何でもないけれど、浦島太郎がカメラを見慣れていた時代の人だったとしても、自撮りをしている人たちを見たら、やっぱり、どうしちゃったのかと驚くと思うけどな...。


  

内部リンク:
高精度のトリック写真を作れる無料アプリPhotoFunia(PCでオンライン加工も可能) 2013/02/14
パリの公園でつくったお友達 2005/06/29
日本人は必ずカメラを首から下げている?・・・ 2005/03/25
フランス人は簡単には微笑まない 【その1】 2005/05/17

外部リンク:
☆ NAVER まとめ: 自分撮り
SNSに自撮り写真をアップし続ける人の心理
病気のサインかも?20代女子が「自撮り(セルフィー)」にハマるわけ
SNSに「自撮り」を大量投稿する男性はヤバイかもしれない?


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2015/10/13
昼食が済んでから、歩いていけるところにラ・ヴィレット公園があるので行ってみることにしました。腹ごなしの散歩をしようと思ったのも理由でしたが、まだ行ったことがない公園だったので、近くにいることを利用しようと思ったのです。
2015年秋 パリ首都圏旅行シリーズ
その4 
目次


パリ19区

ラ・ヴィレット公園に行ったことがなかったのは滅多に行かない地域だからです。

パリは1区から20区まであって、中心部から渦巻きを描くように区を表す数字が大きくなります。観光するのは、区の数字が小さなところばかり。公園があるのは19区です。

下は、住民の年間賃金収入の中央値を色分けで示した地図。色が濃い方が裕福なので、私が行った19区は貧しい地域ですね...。西と東にある緑色のところは、大きな森を表しています。中央をうねっているのは、ブルゴーニュ地方の水源から流れてきたセーヌ河。

Revenus à Paris et Petite Couronne.JPG

区の数字がよく見えない? 地図をクリックすると、Wikipediaのページでもっと大きな地図が開きます。

なぜ貧富の差がこんなに出るかというと、昔パリに工場があった頃、煙突の煙が流れる方には貧しい人たちが住み、そうでない方向にはお金もちが住んだから、という説明を聞いたことがあります。

こういう地図は、いちおう頭に入れておく必要があります。というのも、フランスでは都市問題というのがあって、町の郊外には所得が低い人たちが住む地域は治安が悪いという問題があるからです。地方としの郊外問題などというのは大したことはありませんが、パリ首都圏のような人口密集地帯だと、治安が悪いというのがかなり強烈なので注意しないといけないのです。

改めて地図を眺めたのですが、19区というのは治安が悪い地域の玄関先みたいなところだったのか...。

19区の先にあるのが、セーヌ・サン・ドニ県。県番号が93。93というのが悪いイメージになってしまっているので、「neuf cube」と言い方ができました。普通に93(quatre-vingt-treize)と言うのを避けて、9・3(neuf-trois)と言われたりしていたのだけれど、ついに「9の3乗」と呼ぶわけ。しゃれた思いつきだと思いました。


Parc de la Villetteラ・ヴィレット公園

行ってみると、まず広々とした運河があるので驚きました。



パリ市内というのに長閑...。


Le canal de l'Ourcq

もう寒くても不思議はない9月末なのに、夏のような日差し日曜日。ピクニックをしたり、日向ぼっこをしている人たちがたくさんいました。



いいな... 東京都内に、こんな風に寝っ転がったり、友達と集まってピクニックをしたりして寛げる場所ってあるのだろうか?...

ラ・ヴィレット公園の広さは55ヘクタール。前回の日記で書いたチュイルリー公園は25.5ヘクタールだったので、その2倍を少し超える広さですね。

敷地内には文化施設などの建物がありますので、緑地部分は33ヘクタールなのだそう。パリ市内では最も広いグリーン・スペースだと書いてありました。

でも、変ではないですか? パリには、もっとずっと広いブローニュの森(846 ha、16区)とヴァンセンヌの森(995 ha、12区)がありますよ。あれはespace vert(グリーン・スペース)には入れないの?

... と思ったら、Wikipediaには「intra-murosのパリで」、と書いてありました。つまり、この2つの森は、要塞で囲まれていたパリ本来の場所からはみ出しているので入れないらしい。確かに、この2つの森は、本来は他所に属すべき場所だったのに、パリ市が取ってしまったという感じに見えますね...。ついでに、パリ市は、ブルゴーニュ地方にあるセーヌ河の水源がある小さな場所もパリ市にしています。首都だと、したいことができる?


ラ・ヴィレットのシンボル?

この公園には、シテ科学産業博物館(Cité des sciences et de l'industrie)があることで知られています。フランスの子どもたちなら、学校の授業で1度は行くところではないでしょうか?

その近くにある「La Géode(ラ・ジェオード)」と呼ぶオムニマックスシアターが公園のトレードマークになっているらしい。12.1ch 音響システムを備えているのですって。そう言われても、私にはピンと来ませんが。


La Géode

外側がデコボコがある鏡のようになっていて、景色が映っているのが面白かった。自分も映るのだろうかと近づいてみました。


昔は屠畜場だった場所

どの町でも見かける朝市の建物のようなのが建っていました。昔は市場だったけれど、今は文化施設として使っているそうです。


La Grande halle de La Villette, qui abritait les abattoirs.

ここはナポレオン3世によって造られ(1867年)、1974年まではabattoir(屠畜場)として使われていたのだそう。

1900年ころのラ・ヴィレット屠畜場の姿 ↓

Abattoirs de la Villette - Vue générale
Les abattoirs de la Villette vers 1900

こういう風に、街中においておくわけにいかなくなってスペースが空いたとき、パリは市民が生活を楽しめる空間にすると感じます。

例えば、昔の倉庫として使われていた広い地域もベルシー村になって、低い建物を並べて、都会の喧騒から逃れられる区域にしていたした。

ベルシー村(Bercy village)について軽く売れた日記:
気に入ったパリの縁日博物館 (Musée des Arts forains) 2010/12/18


ラ・ヴィレット公園を散歩して寛ぎながら、東京都は築地の市場が移転するのだから、パリのように都民のためになるスペースにするという風には考えないのだな... と思ってしまいました。よりにもよって、賭博場なんかを造るというのだから、余りにも発想が違いすぎる...。


今年オープンしたパリの新しいコンサートホール: Philharmonie de Paris

この公園に行ってみようと思ったのは、新しくできたパリのコンサートホールを見てみたかったからです。もちろん、パリに行くことにしたときにはコンサートがないかと探したのですが、何もなかったのです。

建物は近代的な、最近は良く見るタイプ。お世辞で言えば斬新な、という感じの建物...。



屋根の部分が、光線の当たり方など変に見えました(失礼!)。



模様なのか、ペンキが剥げたのか?...

ところが、調べてみたら、屋根瓦の代わりに鳥をイメージした断片を作って、それを組み合わせるという、かなり手間をかけたあげくに出来上がっていたのでした。

鳥には見えなかったけどな...。でも、それを作っている作業を見たら、鳥と言えなくもないと思いました。

その作業を見せる動画:
YouTube: Le chantier de la Philharmonie de Paris : les « oiseaux »


新しくできたコンサートホールは音響効果が素晴らしいのだと評判になっていました。建物の中には入れましたが、ホールは覗けなかったので、動画を探してみました。


Philharmonie de Paris


Philharmonie de Paris

建物の外観は現代建築そのもので私の趣味ではなかったのですが、ホールの中の近代的なつくりは、現代建築が嫌いな私でも良いのではないかと感じました。なんだか凝っているので、音響効果も良さそうに感じてしまう...。

いつかコンサートがあるときに行ってみたいな。

次回は、パリの公園の続きを書きます:
パリはエコロジー志向

外部リンク:
☆ Wikipedia: ラ・ヴィレット公園
☆ Wikipedia: Abattoirs de la Villette
☆ Wikipedia: Grande halle de la Villette
Les anciens abattoirs de la Villette
☆ Wikipedia: Philharmonie de Paris
Philharmonie de Paris La prouesse de la nouvelle salle, c’est l’acoustique

ブログ内リンク:
★ 目次: クラシック音楽


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2015/06/24
フランスで観光していると、建物に色々なプレートが付いています。道路の名前、番地というのは分かりやすい。それ以外に、文章が書かれていて、何か意味ありげなものもあります。

それから、観光地だと、建物の名前やまつわる歴史について説明しているプレートがあることが多い。ガイドブックを見ていなくても、何だったかが分かるので便利。市町村が観光客のためにプレートを付けているので、統一されています。親切なところだと、フランス語と英語で書かれています。

それとは別に、形やデザインなどが統一されていないで、短い文章が書いてあるプレートもあります。


著名人や歴史にまつりがある建物であることをプレート

前回の日記(「お向かいさんより、うちの方が良い」というプレート)の続きで、こんな変なプレートもあると写真をお見せしようと思ったのですが、書き出しながら情報を調べていたら、そんなのもあるの? と驚くプレートが出てきました。それで、変なプレートのことを書く前に、まともなプレートをご紹介しておくことにしました。そうでないと、何が面白いのか、何が変なのか、お分かりいただけないかもしれないので。

フランスの建物には、芸術家、作家、政治家、歴史に貢献した人など、つまりは著名な人たちが、その建物で生まれたとか、住んだとか、死んだとか、何をしたかとかが書いてあるプレートがあります。その建物で、歴史に残る出来事があった、というのもたまにあります。

たいていは四角くて、簡略な文章が書いてあります。
こんな風なプレート ↓



ここでピエール=ポール・プリュードンが1758年4月4日に生まれ、1823年2月16日にパリで死亡した、と書いてあります。

ストリートビューでは、こちらを開くと、左隣の家にプレートがあるのが見えます。

たいていは、名前の後に、職業や功績が書いてあるのですが、このプレートには名前だけしかないですね。

ピエール=ポール・プリュードン(Pierre-Paul Prud'hon)は、画家であると説明する必要もないほど有名でしょうか?

彼はクリュニー(ブルゴーニュ地方)生まれ。この家がある通りは、もちろんプリュードン通りです。

これにあるように、プレートの文章は「Ici(ここ)」で始まることが多いように思います。


こういうプレートのことを、フランス語では「plaque commémorative(記念プレート)」と呼びます。何かがあったことを示す記念のプレートというわけですね。

日本語では何と呼ぶのでしたっけ? 日本では余り見かけないではないので、言葉が必要になったことがない!

フランス語を直訳して「記念プレート」として書こうと思ったのですが、適切でない気がします。Wikipediaでは「銘板(めいばん)」として項目を設けていました。でも、フランス語よりも使われる範囲が広いので、イコールでは結べないように思いました。

イギリスの場合は、日本でも「ブルー・プラーク(Blue plaque)」という言葉が広く使われているようでした。これと同じ機能を持つプレートなのですが、フランスでは色々なのがあるので色や形で呼ぶわけにはいかない...。

適当な言葉が見つからないので「記念碑プレート」としておきます。モニュメント銘板、記念碑銘板も考えたのですが、どうも「めいばん」という言葉が私には馴染みがないので使いたくない...。

「めいばん」と言われたら、私は音楽で使われる「名盤」を思い浮かべてしまいます。例えば、「私が泊まったホテルには、ビゼーのメイバンがあった」と言ったら、彼の不滅の名盤とされたレコードが置いてあったと思ってしまうではないですか?


記念碑プレートは、あちこちに付いている

フランスには昔からある家がたくさんあるので、有名人にゆかりがあることを書いたプレートを付けた家をあちこちで見かけます。

観光客への配慮からくるのか、その町や村の誇りの現れなのか?... はたまた、昔のことを忘れたくないというメンタリティーがフランス人にはあるのか?...

思えば、フランスの友人が故郷だった地域を旅行していると、「この家は、私が小学生のときに住んでいた家なのよ」などと案内してくれることがよくあります。あまりにそれをやられると、せっかくなのだから観光スポットに連れて行ってくれた方が嬉しいのに... と思ってしまう。

そんなことが日本であったのは、「子どものときに住んでいた家が建て替えられて、今は県知事の家になっている」と案内された1回だけでした。日本人は、そのくらいの豪邸でないと、わざわざ連れて行かないと思うけれどな...。


現像代を心配しないで良いデジカメを使うようになってからは、知っている人の名前がある記念碑プレートに出会うと必ず撮影しているように思います。

最近は、場所を記録するためにGPS付きのデジカメで撮るように心がけるようになりました。でも、デジカメで写真を撮っているときに、ここだけはとスマートフォンを取り出して写真をとるのを忘れてしまいがちだし、GPSの調整が悪くて間違った場所が写真に記録されてしまうこともありますが...。

例えば、こんな写真をデジカメで撮っていました。



右に通りの名前があって、上の数字は番地。矢印を付けたのが記念碑プレートです。

ピカソはこの建物に1936~55年まで住んで、ここにあるアトリエで1937年に『ゲルニカ』を描いた、と書いてあったので写真を撮ったのでした。

バルザックにもゆかりがある、というのは無視。

どんなところだったかな、と後で思えば、写真には住所も記録しているので検索できます。
この場所のストリートビュー

そこではプレートが見えないので、プレートが画像を探すと、こちら


古い建物が多い町だと、こういうプレートがやたらにたくさん付いています。

パリの中心地は、さすがに著名人が多く住んでいたし、歴史に残る出来事も多かったので、古い建物で何もプレートが付いていない方が例外的なのではないかと思ってしまうほど多いような気さえしてしまいます。何もプレートがない建物に住んでいると、ステータスが低いように思ってしまうかもしれない...。

知っている人の名前があれば、ああ、あの人はここで生まれたのか、ここで亡くなったか... などと感慨深く思います。好きな、あるいは研究している著名人にまつわる家を探して訪れる人たちもいるでしょうね。著名人の生家をリストアップしたフランスのサイトまでありました。

でも、全く知られていないような人のための記念碑プレートもたくさんあるのです。

歴史に名を残した人はたくさんいるのだし、これからも有名人は出てくるのが当然。それほどの業績を残さなかった人についても記念碑プレートを付けていたら、壁はそればかりになってしまうではないかと思ってしまう...。

下は、エミール・ゾラの娘のDenise Aubertが夫と共に1908~1914年までこの町に住んだ、というプレート。「この町」と書いているということは、この家に住んだわけではないわけ? どうでも良いことが気になってしまう...。




下のように、農村にある、何でもなさそうな民家にも記念碑プレートが付いていることがあります。



これは、いまだに逸話が語り継がれているディジョンの名物市長だったキール氏が生まれた家。日本でもキール酒のおかげで彼の名が知れているようです。


思いがけないところで記念碑プレートを見たりもするので、フランスで観光しているときには、建物に付いているプレートを読む癖がついています。

ところが、変なプレートもあるのです。

前回の続きで、こんなプレートが付いている家がありました、とお見せしようと思った写真は、これでした。



書いてあるのは、次の内容:
ここでは、1583年4月17日に、おそらく何もおこらなかった

こういうのをご覧になったら、どう思われますか?

この写真だけ入れるのも不親切なので調べてみたら、色々と知らなかったことや、もっと面白いプレートも出てきたので、別のページにして続けます。

続き:
★ 家屋についている記念碑プレートの謎を解く

シリーズ記事: 家の記念碑プレート


内部リンク:
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って
★ 目次: ブルゴーニュの古都ディジョンの観光スポットや特産品など

外部リンク:
L’atelier de Picasso rue des Grands Augustins
Guide National des Maisons Natales


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2015/06/18
フランスの観光スポットとしては、見事な庭園や野菜畑に対して「Jardin remarquable」というラベルがあります。

Logo des jardins remarquables文化省が2004年に作った認証ラベル。

2015年1月現在で、全国にある396カ所の庭園が選ばれているのだそう。

例えばヴェルサイユ市に何があるかというと、ヴェルサイユ宮殿の庭園と、少し離れたところにあるPotager du roi(王様の野菜畑)が入っていますね。もちろん見学したことはあって、観光スポットとして推薦するに相応しいと思います。それから、市内にある市民農園もラベルをもらっているのですって(こちら)。

「みごと」と言っても、ちょっと差がありすぎる... というのが私の感想。

私は造園法とか植物の品種に興味があるわけではないので、このラベルが付いているからといって見学してみようと思うことは余りありません。行ってみて、どうってことないよ、これで入場料を取るの?、と思うときもあるし...。


少し前、文学と歴史の勉強会のようなサークルが企画したお出かけでは、ここなら入場料を払って見学する価値があるな、と思う庭園に出会いました。

城の保存活動をしているボランティア団体の人たちに城を案内してもらってから、その近くにある見事な庭園を2カ所見学するというスケジュールになっていました。

庭園見学で行ったのは人口が300人もない小さな村なのに、「Jardin remarquable」に入っている庭園が2つあるとのこと。1つが道路を挟んで2つに分かれているので、地元の人たちは3カ所あると言っていました。

そのうちの2カ所の庭園を見学したのですが、始めに行った民家のお庭がとても気に入ったのです。


◆ 見事な庭園を見学

Jardin de Silièreという名の庭園。普通の家のお庭なのですが、お城にありそうなほど見事に手入れされているフランス式庭園なので驚きました。

ここに住んでいるご主人が私たちを案内してくださいました。



周りにある森が背景になっているのが気に入りました。京都などにある日本の庭園も、裏山をバックに使って自然な感じをだしているのを思い出させました。

館が建てられたのは1659年。かの有名なアンドレ・ル・ノートル(André Le Nôtre: 1613年~1700年)がヴェルサイユ宮殿の庭を設計する直前の時期。ご主人は、この庭はル・ノートルが設計したと思っていらっしゃるのでした。

あり得ないこともないと思いますが、すでに名声を博していたル・ノートルが、こんな田舎にあるお屋敷の庭園を設計するという仕事をしたかな?...

でも、ご主人はそう信じているらしくて、ここの庭園がル・ノートルのフランス式庭園の特徴を持っているという例を見せながら話してくれました。



フランス式庭園は、自然に逆らっていて、人工的すぎると思うので私は好きではない。でも、フランス式庭園というのは庭を歩く楽しみのためにできているのではなくて、城の2階の広間から見るようにできているのだそうです。そう言われれば納得。少し高い位置から、眺めるための遠近法が活かされた庭園なのですね。

ここのお家は2階から眺めるという風には見えませんでしたが、遠景の部分が坂を登るという風になっているので遠近感が出るようになっていました。

フランス式庭園は、フランス各地にあります。ここでは普通のお屋敷の庭だというのを考えないと、別にどうということはない...。
コンパクトな規模で、まわりの自然に溶け込んでいるのが美しいと思いました。こんなお庭がある家に住んでいたら、庭園の中を散歩するのは楽しいだろうな...。なにも、ル・ノートルを持ち出さなくても美しい庭園ですよ...。

家の前から庭園を歩く道が続いているのですが、登りつめてから振り返ると、こういう眺めになっていました。




左に見えているのが、この庭園を持つお家の建物。庭はすごく立派なのに、家の方はどうということもないのが面白い。

庭園を歩いていると、景観に邪魔なものが何もないのも幸運でしたね。田舎にいると、向うに高速道路ができてしまったり、電気の高圧線がそびえてしまっていたりすることが多々あるので。


一番気に入ったのはロマンチックな散歩道

下の図面は、19世紀半ばに描かれたこの家の庭園の図面。フランス式庭園の周りに散歩道を作るにあたって描いたもののようです。


Jardin de Silière

私が気に入ったのは、中央に作られたフランス式庭園より、こちらの森に沿った散歩道でした。図面の下に描かれている小道を歩きました。

この土地は湧き水も豊富なのだそうで、散歩道の横にはきれいな水の小川が流れていました。

水分が多い緑というのは、日本を思い出させます。



一面に咲いているのはラムソンという名の自然に生える草。花が咲く前の葉は食用になるので、朝市などでは束にして売っていることがあるのですが、このくらいたくさん生えていたら商売ができてしまうではないですか?

フランス語の名前はail des ours。直訳すると「熊たちのニンニク」。まさにニンニクの匂いがするので、散歩道には相応しくないかも知れませんが、自然に生えたのを放置したのだと思います。

この植物については過去にも書いていました:
レストランで出されたラムソンという山菜 2010/05/21


わざわざ道を少しくねらせていて、滝などもできている。



歩きながら、日本にいるような気分になってきました。案内してくれたこの屋敷の持ち主は「イギリス式庭園」と呼んでいるので、私には日本的に感じると話しました。でも、日本式庭園に興味を持って調べた様子はない。フランス人にとっての日本式庭園というのは、まず第一に龍安寺にあるような枯山水なのですよね。

幾何学模様のフランス式庭園でなければ、みんなイギリス式庭園と呼んでいる感じがします。などと言う私も、イギリス式庭園と日本式庭園の違いは全く分かっていません。



水が段々畑のように作らせた石の上から滝になって落ちてくる。日本では、自然にできたこういう滝がありますよね?

やっぱり、私には日本的な風景に見えるのだけれどな...。


地元のツーリストオフィスが作った、この庭園を紹介する動画がありました。フランス式庭園の部分しか見せていない!


Jardin de Silière à Cohons

フランス人は、フランス式の庭園の方に価値を認めるのでしょうね...。そもそも、彼らは家の普通の庭でも、芝生で広々させておくのが好きだと感じます。特に田舎の人にはその傾向が強い。木を植えるのさえ、落ち葉で汚くなるから嫌いだと言う人もいる。

フランス式庭園が誕生してから200年以上の歴史があるので、そういうのが最も美しいという感覚が育ったのか、あるいは、もともとフランス人は自然を不自然にしてしまうのが性にあっているのか?...


変な村の名前

この庭園がある村の名前はCohonsですが、「コンス」と発音するのだそうです。これを書きながらGoogleやワードでCohonsを発音させたら、やはり「コン」とか「コーン」とか言っていました。

「コン」では困るのですよ。フランス語では、馬鹿を意味する言葉として「con」が使われているのですから。

で、コンス村の住民はどう呼ぶのですか? と、私が質問しました。

フランスの行政区分(地方、県、市町村)には全て、そこに住んでいる人の呼び名(gentilé)があります。パリに住む人をパリジャン/パリジェンヌと言うように、たいていは語尾を変化させて作られています。でも、中にはかなりかけ離れた呼び名もある。例えば、Besançon(ブザンソン市)の住民はBisontin(ビゾンタン)。

日本は余り使わないですよね。江戸っ子とか、道産子などしか思い浮かびません。使わなければならないなら、〇〇県人と言うしかないので面白味がありません。

コンス村の住民は何と呼ばれるのか?

外国人なのに良い質問をしたと、フランス人たちも興味を持った様子。ひょっとして、conard(connard)かな、と思ってしまうわけなのです。これは、バカ、間抜けの意味がある俗語!

ブルゴーニュ地方にはPoil(ポワル村)があるのですが、村の住民はPictiens(ピクシアン)かPoilu(ポワリュ)と呼ばれるのだそう。「私はパワル村に住んでいます」とフランス語で言うと、「私は裸で生活しています」に聞こえたりする変な名前の村なのですが、「ポワリュ」と言うと、もっと笑ってしまう。第一次世界大戦のときの兵隊さんを呼ぶ愛称でもありますが、「毛深い」という意味があるのです。

「みなさんがご想像なさった呼び名ではありません」と、まず答えられました。

コンス村の住民は、Cohonssois(コンソワ)と呼ぶのですって。
な~んだ、つまらない!

ブログ内リンク:
★ 目次: 珍しい植物の食材 (野菜、穀物、ハーブ、山菜など)
★ シリーズ記事目次: フランスの市町村について
ヴェルサイユ宮殿: 噴水と音楽のショー  2008/09/25

外部リンク:
Comité des Parcs et Jardins de France
☆ フランス文化省: Label Jardin remarquable
☆ Wikipédia: Jardin remarquable
habitants.fr - Le nom des habitants des communes de France
往還する日本庭園の文化史
イギリス式、日本式ガーデニングの違い
英国式庭園と日本庭園の違い


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2014/09/05
ブルゴーニュ地方の行政中心地であるディジョン(Dijon)の町に行きました。

フクロウか、ミミズクか?

先日の日記で、ディジョン名物のフクロウのことを書いたので、それを見てみることにしました。
ディジョン名物はフクロウだと思っていたら、ミミズクだった? 2014/08/18

まずは、ノートルダム教会の外壁に彫られているフクロウくん。

 

願い事をしながら左手で触ると、それがかなうという幸運のフクロウです。

これが、実はフクロウではなくて、ミミズクだ、という新聞記事があったのです。ミミズクだというのは、耳があるからというのが理由。確かに、右のところに耳のような穴が見えます。ミミズクの耳のようにたっている毛とも違うと思うのだけれど...。

ディジョンの中心地に行ったときは、必ずこのフクロウのお腹を撫でることにしているので、 わざわざ見に行ったというわけではありませんでした。

見たいと思ったのは、その近くにある建物の屋根に飾られたフクロウと猫の置物です。

 

修復がいっこうに進まないので、この観光スポットはただの屋根になってしまうのかと思っていただけに、昔の姿を取り戻してくれたのは嬉しい。


ここから近いところに、ディジョン市の朝市会場があります。


鴨か、鳩か?

夏には出展者も休暇をとっている人が多いのですが、もうヴァカンスシーズンは終わったようす。しかも、出展数が最も多い金曜日のマルシェだったので、朝市会場は大変なにぎわいでした。

ディジョンの朝市は、出展者が300近くあるらしいです。 こんなに見事なマルシェというのは、フランス広しといえど、トップクラスだろうな、と改めて思いました。

見かけたことがなかったコルシカの食品を売っている人がいました。ハム・ソーセージ、チーズを売っています。コルシカ島を旅行したときに、ハム・ソーセージが非常に美味しかったのを思い出しました。

さっそく、試食を勧めてきます。



肩ロースから作った「コッパ(Coppa)」を味見することにしました。
濃厚な味で美味しい♪

本物のコルシカのハムだとおっしゃる。コルシカ島では、放し飼いで育てた豚でハム・ソーセージを作るのです。つい最近、コルシカのシャキュトリーがAOC/AOP(原産地呼称統制)を獲得したのを思い出しました。

コッパを少し買うことにして切ってもらうと、生ハムの方も美味しいと言って試食を勧めてくる。こちらも悪くない。それでは少しもらおうとすると、ナイフで分厚く切ってくれそうになったので、ストップをかけました。

「ところで、お幾らなのですか?」

商売上手の男性が気前よく試食させてくれていたので、値段を確認するのを忘れていたのです。

すると、ハムたちで隠れていた値段を書いた札を取り出して見せてくれました。

ぎょ~、めちゃめちゃに高いですよ~!

1キロの値段が、コッパは70ユーロ近く、生ハムの方は90ユーロ近いのでした。

でも、買うと言ってしまったのだから、仕方ない。生ハムは5センチくらいの厚さに切ってもらうことにしました。

スライスしていないハムなら、切り口にオリーブオイルを塗って保存すれば、1年でも持つからとか言います。 でもね、何もここで1年分の食料を調達する必要はないのです。


お勘定する段になったら、さらに恐怖が走る!

頼みもしないのに、即座に値引きしてくれたました。ということは、ぼっているのを意識していたということではないですか?! 

ユーロだと2桁の数字ですが、日本円にしたら10,000円を越してしまう金額。珍しいからちょっと買いたいと思った衝動買いにしては高すぎる...。 覚悟を決めて行った買い物だって、貧しい私は安い食材と言われる豚に対してそんなには出さないですよ...。

そんなに大した量ではなかったのです。小さな塊が2つ。フランス人が10人くらい集まる食事会で食前酒のおつまみとして出したら、即座になくなってしまう量だと思う。


コルシカの食品の直売はブルゴーニュでは珍しいために人気を呼んでいたらしく、試食をしている間にも買っていく人たちがいました。

包みを受け取った男性が冗談を言っていました。

「美味しくなかったら、ここに爆弾をしかけるよ。爆弾を仕掛けるのはコルシカ人だけじゃないんだから」

フランスでニュースを見ていると、コルシカ島の物騒な事件がよく出てくるのです。

そんなコルシカ島の特殊性について書いた日記:
フランスで人気のナンバープレートとは? 2014/04/12


どちらの鳥かを考えるのは止めよう

やられたな...。

朝市には時々遠くから食品を持ってきて、いかにも美味しそうに売っているのにつられて買うことがあるのですが、たいてい凄く高い。遠くから来るのだから費用がかかって当然なのだけれど...。

そういう遠方から来た人は、次に朝市に行ったときにはいなくなっています。つまり、フランス中の朝市に1回ずつ出店して、珍しがられるから高くても売れるという商売ではないかな?...

この日は、イタリア系の店で生ハムなどを買おうと思っていたのに、それは中止。本場イタリアのように、透き通るように薄くスライスしてくれる店なので気に入っている店なのですが。

コルシカ島を旅行したときには、もちろんハム・ソーセージを買い、本土産のより高いとは感じていました。でも、ここまで高価ではなかったと思う...。

フランスのネットショップが幾らで売っているか少し検索してみたら、やはり私が払ったのは倍くらいの感じでした。

言葉たくみに愛想よく売っていたので買ってしまった私は、鴨だった?

でも、こういう場合、つまり、お人よしで騙されてしまう人のことを、フランス語では「鳩」と言うのだな...。フクロウかミミズクかなんて気にしていた私は、鴨ならぬ鳩になってしまった?...

幸運のフクロウをミミズクだったと疑ってしまうと、罰があたって、運もどこかに行ってしまうのだろうか?...

 シリーズ記事: ディジョンの観光


ブログ内リンク:
★ 目次: ブルゴーニュの古都ディジョンの観光スポットや特産品など
★ 目次: フランスで食べる郷土料理、地方特産食品、外国料理
★ 目次: ハム・ソーセージ類、豚について
★ 目次: フランスで食べる鳥肉と卵(鶏、鴨、ウズラ、鳩、卵など)

外部リンク:
☆ 辻調おいしいネット: 麗しの島コルシカから
Charcuterie de Corse AOC
La charcuterie corse décroche enfin l'appellation d'origine contrôlée
鳩(はと)は鴨(かも)


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2013/10/13

旅行記 目次 【ブドウ収穫シーズン、シャロレー牛産地】 目次へ
その3


少し前に、シャロレー牛の産地について興味を持ってブログに書きながら、この白い牛の取引がなされる大きな市について思い出しました。

シャロレー牛の産地にあるシャロレー地域とブリヨネ地域 2013/09/09

先日、その家畜市が開かれる村の近くまで行く機会があったので、市に行くことにしました。


中世から開かれている大規模な家畜市

ブルゴーニュ地方のブリヨネ地域にあるサン・クリストフ・アン・ブリヨネSaint-Christophe-en-Brionnais)という名の村で、毎週水曜日に行われる家畜市です。 扱うのは、この地域が本場の肉牛として高い評価があるシャロレー牛。

この村には立ち寄ることがあったものの、市がたつ日に行ったのは10年以上前でした。

その頃にもガイドさんが市を案内してくれていたのですが、今でも続いていました。市場の片隅にガイドツアーの受付けができています。



見学料は、たった2ユーロとのこと♪ 300円くらい。何も見るものがないような小さなミュージアムでも5ユーロはとるし、見どころがあるところだと、すごく高いのです。このくらいで色々なところが見学できたらな... などと思ってしまいました。

以前にも見学ツアーに参加したことはあるのですが、何を話してもらったか全く覚えていない。それで、迷うことなく参加することにしました。

20分か30分おきにツアーが始まるとのこと。この500年余りの歴史をシャロレー牛の市の伝統を伝えたい地元の人たちが、ほとんどボランティアでガイドしているのだろうと思います。 


牛市の見学ツアー

ちょうど始まったばかりのツアーにジョイントしました。



パネルの前で、この牛市の歴史について説明を聞きました。

市ができたのは1488年。19世紀には、ここで買われた牛をパリに運ぶには、歩いて行ったのだそう。30日かかったと言われて、ここからそのくらい歩いたらパリに行けてしまうの?... と不思議な気がしました。

すかさず、「その旅の間、牛たちの食べ物はどうしていたのですか?」 という質問が出ました。

なるほど...。ホテルに泊まるわけにもいかないでしょうからね...。

道端の草を食べながら旅をしたので問題ありません、との答え。まだ、のどかな時代だったのでしょうね。今でも、パリに近づかなければ可能だろうとも思うけど。

市場の敷地面積は大きくなり続けました。放牧のシーズンに月1回行われていた家畜市は、20世紀後半には週1回、木曜日の朝に開かれるようになりました。

最近は流通システムが変化して、大手バイヤーは市を通さずに直接買い付けをするようになったので、21世紀になると取引が減少し、この伝統的な牛市は消滅の危機を迎えます。

そこで、伝統的な取引がなされる野外会場のほかに、屋外の近代的な設備を整えた屋内競売場を建設して牛市の活気を取り戻したのだそう。

ところで、ガイドさんの説明で疑問が1つ消えました。ここで市がたつ日は木曜日だったのに、いつの間にか水曜日となっていたのには理由があったのでした。

労働時間が週35時間に短縮されたのが原因でした。ここで木曜日に牛が売られると、食肉に加工するときには週末になってしまう。それで、2005年から市を1日早めたのでした。なるほど...。毎日の労働時間を少し長くして、金曜日は午後からお休みにしている人も多いし。

伝統的な野外の競売場の取引は、水曜日の午後なのだそう。見学が始まったときにはそれが始まっていなかったので、最近できた屋内取引場を見学することになりました。 2009年に完成したので、以前に来たときにはなかった施設。それを見学したいと思っていました。

屋内取引会場に誘導される牛たち、買ってもらえなかったために戻って来た牛たちがいるスペースを上から眺めます。



いつも牧場でノホホンと草をはんでいるシャロレー牛を見慣れている私には、ちょっとショッキングな光景...。 こんなところに押し込められて可愛そう。

でも、屋内取引場に出されるためにここに集まっている牛たちは、買われて他の牧場で暮らすだけなのだから、屠畜場に直行することになる野外取引場の牛たちよりは恵まれている...。

取引場に誘導するのは若者たちでした。市がたつ日に働きに来るアルバイトなのだそう。といっても、誰でも牛を扱えるわけではないので、たいていは牛飼育農家の人たちのようです。

白いはずの牛が、ほとんど茶色なのが気になりました。 牧場にいる牛たちは、もっときれいです。まさか、質の悪い牛たちを集めたわけではないでしょうに。どうしたの?...



ガイドさんに質問してみる。ここまでトラックで運ばれてくるときに、狭いところに押し込められてしまうので、糞などで汚くなってしまっているのだ、と説明されました。

フランスにいると、家畜の品評会を見る機会が多いのですが、人前に出される家畜は美しいです。あれは、ブラッシをかけてもらったり、毛並を整えたりして美しくなっているのだ、と改めてわかりました。

家畜市に来るプロのバイヤーは、汚れなんかには左右されないで品定めができるので、そのままの姿なのでしょうね。

このスペースで、ガイドさんが長々と競売のシステムについて説明してくれるので堪らなかった。牛たちが鳴いているのですが、牧場にいるときに聞く鳴き声とは全く違うのです! 体が汚れているのも、彼らの居心地を悪くしているのでは?...  コンテストに出る美しい牛たちは、牧場にいるのと同じようにリラックスしていますから。


雄牛と呼んだって、オスではない

疑問に思っていたこと1つを学びました。

本物の牛肉はオスの肉という観念があるのですが、実際には、オスの牛はほとんど市場に出ない。

つまり、「bœuf(雄牛)」と呼ばれていても、オスの牛ではないことが多いのだそう。メスの方(vache)は、子どもを産んで、さらに育てをするために必要なので生き残れるけれど、オスの方は子牛(veau)で食材にされてしまう、ということ?...

肉屋に出される去勢された若い雄牛はchâtronと呼ぶのだと学びました。シャロレー牛の産地で育ったと言う人が、子どものころに聞いていた言葉だと懐かしがっていたので、業界の人たちが使う単語なのだろうと思います。あるいは、この地域で使う言葉なのかもしれない。

競売に出されている牛の呼び名の一覧:




近代的な屋内競売場

これを作ったためにサン・クリストフの牛市が再び活気づいた、というご自慢の屋内競売場に入ることになりました。牛の鳴き声を聞き、窓から競売場を覗いたりしながら長々と説明を聞いていたので、競売場の中には入れてもらえないのかと思っていたので喜びました。

中に入ると、一般の人たちが立って見学できるスペースもできていました。



Marché au cadranと呼ぶのだそう。 フランスには十数カ所しかなく、その中でもここは大きな規模を誇っているとのこと。cadranという単語は、日時計をcadran solaireと呼ぶので知っていました。こういうものにも使う単語なのですね。

電光掲示板(そう呼んで良いのかな?)で売られる牛の情報が映し出されるシステム。表示されているデータの見方は、ここに入る前に説明してもらっていました。



この351キロ平均の牛のロットの場合、1キロあたり2.56ユーロということになります。その下にあるのは、以前の通貨単位だったフランによる表示。

ここではユーロで取引されるのですが、伝統的な方式の野外競売場では、いまだにフランで取引されていて、買い手が支払いをするときにユーロに換算するのだそうです。フランからユーロに切り替わってから10年もたっているのだから、若い人には不便なのではないかな?...


写真を並べても雰囲気が見えないので、このサン・クリストフの競売場を見せる動画を入れます。




バイヤーの人たちは、牛が登場する土俵(?)を眺めているわけなのですが、こんなことろから見ただけでプロは判断できるのですね。しかも、事前に牛たちを見て品定めするのは許されていないシステムなのに、落札は一瞬のうちに終わってしまいます。

さっさと商売を成り立たせるという趣向? 昔は、バイヤーの人たちは牛を飼っている人たちと話しをしたり、牧場まで見に行ったりしただろうと思うのだけれど。

バイヤーの人たちは声をあげてはいません。テーブルの下にボタンが隠されていて(黄色の矢印を入れた)、それを押して落札しているのでした。



セリをアナウンスする人にはフランスでも独特のしゃべり方があって、お経を読んでいるように聞こえてしまう。それに、さっきまで聞いていた牛たちの鳴き声が混ざってくる。なんだか身につまされる。でも、食肉を扱う人たちは、そんなセンチメンタルな気持ちを持っていたらやっていられないのだろうな...。


そんなに詳しく説明してくれなくても...

この新システムの良さは、牛を売った人がその場で支払いを受け取れることにあるそうです。伝統的なやり方だと、支払いをしてもらうまでに長く待たされることがあったとのこと。その間にバイヤーが倒産すれば、売り手は泣き寝入り。

最後に入ったのは、牛を売った人たちがお金を受け取るカウンターがある広い部屋でした。そこには、見学者のためでしょうが、シャロレー牛についての詳しい情報を示す張り紙がたくさん貼られていました。

例えば、牛1頭から、どのくらいの牛肉ができるかを見せるパネル「家畜からステーキまで」。



740キロの牛から、食肉として売れる部分は269キロ。その54%(145キロ)は、さっと焼くステーキなどで食べられる上質の部分。46%(124キロ)は、煮込み料理などに使われるランクの低い肉。

豚肉は捨てる部分がないと言われて、フランスでは部分によって色々に使われるのですが、牛はロスが大きいのですね。となると、豚肉より高くても仕方ないかな...。

お勉強になりますが、生きた牛を見た後でこういう話しをされると...。

フランスの哲学者メルロ・ポンティは、人間は3歳くらいから自己と他者の区別ができるようになると言っていたのですが、私はこの年になっても区別ができないのです! 怪我したと言って傷口を見せられると、私の体中には猛烈な痛みが走ってしまう。想像上の痛さにすぎないわけなので、一瞬に痛みは消えるわけなのですが、頭に刻み込まれた傷口を思い出すと、また痛みを感じる...。

日本では、「いただきます」というのは「命いただきます」というのが意味だ、と教育するのが流行っています。私は好きではないのですけど...。 命をいただいて申し訳ないというなら、野菜だって食べられませんよ~! 「いのち、いただきます」と感謝したって、許されることではないと思う。

日本は、誤れば許される文化だと感じます。不祥事をしたとき、深く頭を下げたり、さらに土下座するジェスチャーをすれば、許される。謝らないと許されない。こうしたことには理由があると弁明したら、かえって顰蹙をかう。でも、何にも反省していないとしても、土下座することはできますよ...。

これは、フランス文化に触れる前から、日本で疑問に思っていたことでした。表面上、形式上だけでも、誤ることに意味があるの?...  日本のテレビで「申し訳ありませんでした」と頭を下げている企業家などを見ると、かえって偽善家に見えてしまうことが私は多いのですけど。


昔とは雰囲気が違う?

デジカメの撮影時間で計算したら、見学ツアーは1時間というところでした。

屋根だけある伝統的な取引場では、午後から始まる競売のために、そろそろ牛たちが集まってきています。こちらは、すぐに食肉として加工されてしまう牛たちの競売...。



牛を連れてきた人たちが牛を叩いているのがショックで、その先を見る気にはならなくなっていました。

この牛市に来る人たちの典型的な服装は、丈の長い黒いうわっぱり、長靴、木の棒です。ベレー帽もシンボルですが、最近は少なくなった。

その棒で、やたらに牛を叩いているのが気になって仕方ない。 ガイドさんに聞くと、牛は大きな体なので、棒で叩かれたくらいではどうということはないのだと返事されました。

でも、力いっぱいひっぱたいている人もいましたよ~。ずいぶん前に来たときには、そんなに叩いているとは感じていなかったのです。 昔は牛をうまく誘導するテクニックがあったのに、最近の牛飼いの人たちは力任せに叩くことしかできなくなったのではないか、と思ってしまいました。

ヒツジを追う専門の犬がいるのですが、彼らは本当に賢くて、群れの周りを走り回って、行くべき方向に向かわせるのです。テクニックがあれば、叩かなくたって牛を誘導できるはずなのですよ...。

この牛市の1990年代の姿を見せる映像があったので眺めてみました。私が昔に行ったときは、こんな感じだったという雰囲気があります。



やはり、棒でお尻をつっついたりして、うまく誘導しています。力任せにバシバシなんて叩いていない。伝統は必死に守らないと消えていく?...


やっぱり、ここはブルゴーニュ

私がガイドしてしゃべりまくったわけではないのに、喉が渇いた! 幸い、野外市場の外れにワインの立ち飲みコーナーがありました。

ここはブルゴーニュ地方とはいえ、ワインは生産されていない地域。でも、ワイン産地からは遠くはないので、美味しいマコネの白ワインがありました。しかも、やたらに安い。隣にあった自家製ソーセージが美味しそうなので買うことにして、味見をさせてもらっていたら、また喉が渇く。それで、グラスワインを2杯飲みました。

お昼の時間が近づいていたのでレストランに行き、その後には市場に戻っては来ないことにしました。

シャロレー牛のメッカに行くのだから、お昼は絶対に牛肉を食べようと思っていました。ところが、売りに出されている牛たちが牧場にいるときとは全く違うのを眺めたら、なんだか食欲がでてこない...。

それなのに、この日の昼食ではやっぱり牛肉を食べてしまった私...。

行ったレストランでは、希少価値があるという雄牛を食べさせてくれたのです。雄牛は本当に美味しいのか? それを次回に書きます:
雄牛だけを飼育する農家が経営するレストランで昼食




ブログ内リンク:
★ 目次: シャロレー種の牛について書いた記事

外部リンク:
Le Cadran Brionnais
Le marché aux bestiaux de Saint Christophe en Brionnais
L'histoire de la race charolaise
La production des chatrons charolais au pâturage
☆ Généalogie et Histoire - Familles Bourbonnaises: le Châtron


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2013/09/23
お天気が良いのに誘われて朝早く出発して、この日の目的地に行く前にSemur-en-Auxoisスミュール・アン・ノーソワ)という町に立ち寄ってみました。

ブルゴーニュにある美しい町といったら、トップ10に入るだろうと思う。中世の要塞都市の姿が見事に残っている町なのです。



町は丘の上にあり、切り立った岸壁の下にはアルマンソン川(Armançon)が天然の堀の役割を果たしていました。入れた写真は対岸にある駐車場からの眺め。川は見えないのですが、ここから町の全景を眺めるのが好き。

町の名前にある「スミュール」というのは、昔の城塞を意味する単語。スミュール・アン・ノーソワとは、オーソワ地域にあるスミュールとなります。

そのことについては、以前にも書いていました:
フランスの最も美しい村: スミュール・アン・ブリオネ 2008/04/29

久しく行っていないと思ったので立ち寄ったのですが、写真アルバムを見たら、この春にも行っていた...。


教会ではミサが始まるところだった

教会の前に人だかりがあったのは、ミサが始まるところだったからかも知れない。ミサが始まる前に、さっと教会を覗くことにしました。

子どもを連れた人たちがたくさんいます。泣いている小さな子もいる。教会に連れて来られたって、小さな子には楽しくないでしょうね...。

こういうミサに来る人たちの中には、クリスチャンの典型的と思ってしまう親子連れがいます。



特徴の1つは、子どもの数が多いこと。5人が典型的だと感じています。

それから、彼らの服装には特徴がある。どことなく、ひと昔前のファッション。男の子は、半ズボンをはかずに、膝まであるものに限る。女の子は、セーターなどを羽織って、いかにも躾が行き届いた子どもたちという姿。

つつましい家族に見えますが、子どもを5人も育てられるということは貧しくはないだろうと思います。乗用車も、7人家族で乗れるように大型車が必要なのですから。

そんなことを確認していて感心している場合ではない。ミサが始まったので、お邪魔しないように教会を出ました。




町を散歩

このスミュールの町は人口5,000人に満たない町なのですが、賑わいがある。商店もかなりある。やはり観光地だと活気があるのかな?...

昔は、この町にあるヨーロッパで一番小さいというオペラ座の音楽祭によく来ていました。パリのオペラ座をごく小さく、質素にしたという典型的なオペラ座なのです。

東欧から演奏家を招いて、町の住民がボランティアで家に泊めてあげるというシステム。そんなに演奏が上手なわけではないのですが、モーツアルトのオペラなどは、アットホームな雰囲気で楽しめるので好きでした。でも、その音楽祭はしなくなってから久しくなっています。

あのオペラ座はどうなっているのかと見に行ったら、建物の前にコンサートのお知らせもないので、もう全く使わなくなったのかもしれない。もったいないこと...。

町を歩いていたら、日本人観光客を数人見かけました。バスが到着していたのかもしれない。

ちょっと変わった2人がいました。ベンチの上に果物を並べて記念撮影していたのです。フランス人が見たら、何をやっているのだろうと驚くと思いますが、私は彼女たちの意図が分かりました。

町でオーガニック野菜などを売る小さな市が開かれていたのです。そこで買い物をして、ベンチで食べるということにしたのではないかな。



この道は往復したのですが、戻ってきたときにもベンチで食べていて、「おいしい」などという声が聞こえてきました。フランスの食事はボリュームがあるのに、昼食前の時間に食欲があるのは奇妙。でも、フランスに来てから野菜不足でたまらないので、食べたくなったのだろうと思いました。


とんでもない希少価値がある売家

中世の町や村はどこでもそうだったように、この町に入るところにも、通行を遮断する門があります。今は通り抜けの道になっていますが、昔は頑丈な門で閉められるようになっていて、門番が通行人の制限をしていたはず。

その門のある通りでワインを売る店のショーウインドーに、売家の広告が貼ってありました。



赤く線が入っているところが売りに出している家の部分らしい。 15世紀に建てられた建物です。昔の関所みたいな建物を所有するなんて楽しいではないですか? それを、この値段で売ってしまうの?! ...

門の中から出て、実物の建物を眺めてみました。



門を通って町の中に入ると、こういう広場になっています。



この町で最も美しいのは、この門のあたりなのです。それを売るというのに驚きました。 ミュージアムにするとか、ホテルかB&B民宿にしたら商売になる場所です。

ただし、内部は大工事をしないと住めないようでした。正直に、内部の写真も張ってありました。



売値が高くないのに驚いたのでした。69,800ユーロで、値段交渉に応じますと書いてある。でも、交渉して800万円で買えたとしても、工事費はその2倍や3倍くらいはかかるでしょうね。歴史的建造物なので、所有者は修復する義務があって、それがべらぼうに高いという可能性も多いにある。修復しないでいると、所有者は別の人にバトンタッチすることを法律で強要されるので、それで売りに出されたのかもしれない。

やはり高い買い物かな...。

買うつもりは全くないけれど、どんな売家なのかインターネットで探してみました。張り紙には5フロワーあるというだけで、面積は書いてありませんでした。もしも、門の奥行の全部を占めた奥行になっていたら、かなりの広さのはず。それを確かめたかったのです。

張り紙にあった写真を使った不動産は見つけ出したのですが、販売物件の情報ページは出てこない。もう買い手が見つかったのでしょうね。めったにない掘り出し物だし、歴史的建造物を修復することに情熱を燃やす人はフランスには大勢いるのですから。

ブログ内リンク:
★ 目次: フランス人の古民家を修復する情熱

外部リンク:
Office de tourisme de Semur en Auxois
La grande histoire de Semur-en-Auxois
Porte Sauvigny à Semur-en-Auxois


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2013/06/25

シリーズ記事目次 【ヴェズレー8日間滞在記】 目次へ
その4


ヴェズレー村(Vézelay)に到着して丘の頂上に向かう道に車を入れたら、いつになく道路が賑わっている。何がおこっているのか、すぐに分かりました。結婚式です。

セント・マリー・マドレーヌ大聖堂(Basilique Sainte-Marie-Madeleine)であげられるミサに集まった人たちだったのですが、かなりの上層階級らしいことが集まった人たちの服装から推察されました。世界遺産にも登録されている美しいロマネスク様式の教会で式をあげるなんて羨ましい限り。

でも、集まっている人たちが、普通のフランスで見かける結婚式の服装と余りにも違うので、大聖堂前の広場で車を降りてから写真を撮ってみました。



目立つのは、女性たちの帽子!

突拍子もない帽子をかぶるのはイギリス王室の滑稽なファッションだ、とフランス人たちは茶化すのですが、フランス人たちだってやるではないですか?!

こんな派手な人たちが集まる結婚式のミサはどんな風なのか聖堂に入って見学したかったのですが、到着したところだったのでその時間はありませんでした。


ヴェズレーの大聖堂で行われるミサ

クリスチャンではないのですが、せっかくヴェズレーに滞在するので、ある日の夕方、ミサに参加してみました。



普通に見るミサと全く違う!

ヴェズレー村にある男性の修道院の人たちと、女性の修道院の人たちが合同でミサをあげているのでした。男女で分れていて、向かって左側に男性、右側に女性たちが座っていました。

あれ、あれ、昨日の夜、パイプオルガンで「エリーゼのために」なんかを弾いていたチョンマゲのような髪型の男性は僧侶だったのだ...。

そのとき、ドアを閉め始めていた男性が、一番最後に閉める扉を教えてくれながら、ゆっくり聖堂で過ごすようにと言ってくれたのですが、その人も僧侶だった。



ミサの始まりにある沈黙の祈りをささげている場面なのですが、地べたに正座できないからでしょうか、風呂のイスのような形のものを使っているのが気になりました。

イスの足の間に自分の足を入れると、ほぼ正座の形になる。

日本でも正座ができない人が増えたので、専用のイスがあったけれど、もう少し便利そうな形があったのでは?...



さすが日本の道具は工夫に富んでいます。でも、僧侶たちが使っていた木の簡素なイスも魅力的。大聖堂横にある修道院運営のブティックではこのイスを売っていましたが、面白いと思ったもの全てを買っていたらきりがないので、買うのは止めました。

イスなんかを気にしたのはミサの始まりのときだけ。後は、どっぷりミサの雰囲気にひたりました。

普通のミサは司祭さんなどが長々とお話しするのですが、ヴェズレーの大聖堂のミサでは、ほとんど歌ってばかりいるので素晴らしい。時々、楽器の演奏もあります。



マイクを使っていたのですが、音の調節は良く、聖堂の中に自然に音が溶け込んでいました。まるでコンサートを聞いているよう。しかも、周りを見回すと美しい彫刻...。

私が参列したミサに参列していたのは30人くらいでした。

ここはサンティアゴ・デ・コンポステーラへ巡礼路の出発点です。いかにも巡礼者と分かる人たちがたくさんいる村で見かけるのですが、もちろんミサにも参列するのでしょうね。まわりにいた人たちは敬虔な信者であることを感じる熱意を感じました。

ミサが終わるとき、まわりの人たちと抱き合って挨拶したり、握手したり。それは知っていたのでやったのですが、祭壇のある内陣にいた修道僧たちがこちらに歩いてきて、一人ひとりに挨拶を始めたので驚きました。

手を差し伸べるので、握手するのかと思って片手を出したのですが、互いに両手を握り合うのでした。そのとき、次のように言うものらしい。

- (Je vous donne) la paix de dieu.
神の平和(をあなたに与えます)。

シスターたちは優しい笑顔を向けて私の両手を握ってくれました。何だか心が安らいで、嬉しくて、涙が浮かぶほど感動してしまう...。


1日に何度もミサが行われる

ミサが行われる時間が書かれていました。



月曜日はなぜか夕方のミサしかないのですが、その他の日は、朝、昼、晩とあります。

祭壇に近いところに座っていたときは写真撮影を遠慮していたので、その他の日は遠くから見させてもらいました。







祭壇の横に行って、聖体を配る場面を観察しました。この儀式でも、普通のミサとは違うのが気になったのです。



フランスで「hostie(聖体)」と呼ばれる、海老せんのような形をした食べ物が配られます。昔は聖職者から直接口に入れてもらっていたのが、最近は自分の手で受けてから口に入れるようになったのだと聞いていました。

これをもらうのは信者であることが条件なのだと言われていたので、私が大聖堂のミサに参列してみたときには出て行くのを遠慮していました。

聖体が配られるのは普通のミサと同じ。でも、ここでは「キリストの血」と言ってミサをあげる人が飲む聖杯を4つ用意していたのが変わっていました。参列していた僧侶たちの何人かがそれを飲んだのですが、その後、聖杯を持って参列者にも飲ませていたのでした。

さすが、子どもにはすすめていませんでした。中に入っているのは白ワインのはずですから。

もう1つ、普通の教会と異なっていることがありました。ミサが終わったとき、献金のカゴが回ってこなかったのです。


参加者が多いのは、昼と晩のミサ。朝7時からのミサのときに行ってみたら、参列している信者は2人かいませんでした。



普通の教会のミサだったら、司祭さんはお説教する張合いがなくて困るでしょうが、ここでは修道院の人たちが自分たちのためにミサをしているので構わないのでしょうね。

ヴェズレーに住んでいると、修道院の人たちとも顔見知りになってしまうようです。私がたった1週間滞在しただけでも、顔を覚えてしまう人たちが何人もいましたので。

ヴェズレーの大聖堂は、修道院の人たちが管理しているのです。早朝の掃除機を使ったお掃除、開聞のドアの開け閉め、観光客を案内するガイド、大聖堂横のブティックでも働いているので、話しをすることもありました。

満ち足りた表情をしていて、とても優しい人たちでした。強い信仰心がなければできない生活だけれど、いいな... と思いました。しかも、何度見ても飽きない、こんな美しい聖堂が生活の場だなんて羨ましい。

ブログ内リンク:
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路に関する日記
★ 目次: フランスに結婚に関する風習、夫婦・家族関係

外部リンク:
Sainte Marie-Madeleine La basilique de Vézelay


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2013/06/23

シリーズ記事目次 【ヴェズレー8日間滞在記】 目次へ
その2


「フランスの最も美しい村」協会に入っているヴェズレー村(Vézelay)は、スペインの聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の起点。小高い丘の上に大聖堂を頂いくヴェズレーの丘は、フランスでは「Colline éternelle永遠の丘)」と呼ばれています。

遠くからやってきた巡礼者たちは、丘が見えると喜んだのでしょうね。

丘の麓まで来ても、そこから大聖堂のある頂上まで登るのは結構大変なのですけど。この度の旅行では、丘のほぼ頂上にある家に滞在したので、下まで歩いて降りて行くのは良いにしても、帰りのことを考えると、できるだけ丘の中腹くらいまでの散歩にとどめるようにしていました!

ヴェズレー村は、「ヴェズレーの大聖堂と丘(Basilique et colline de Vézelay)」という名でユネスコの世界遺産に登録されています。

アヴァロンの町からヴェズレーに入って見えてくるのは、この姿。 丘の頂上に大聖堂の尖塔が見えます。



もう少し近づくと、聖マリー・マドレーヌ大聖堂がくっきりと見えてきます。



ヴェズレー村はかなり広いのでした。丘の上にある観光スポットの大聖堂をいただく丘がヴェズレー村かと思っていたのですが、周辺にある幾つもの集落がヴェズレー村となっていました。

ヴェズレー村の人口は500人近く。でも、観光客相手の店のオーナーは周辺に住んでいる人たちが多い。村にあるレストランの人の話しだと、丘の上に住んでいる実際の住人は、修道院に住む人たちを入れても100人くらいではないかと言っていました。男性の修道院と、女性の修道院があって、住民に数えられた人たちは30人くらいを占めるのではないかな?...



丘の手前がヒナゲシの花で真っ赤になっている風景もありました。栽培しているのではないかと思ってしまう量ですが、ヒナゲシは雑草のはずなのです。 これも気に入った風景。天気が悪くて、ヒナゲシの赤い鮮やかさは欠けていましたが。


ヴェズレーの丘にはロマン・ローラン(Romain Rolland)が晩年を過ごした家(1937~1944年)がMusée Zervosとしてミュージアムになっているのですが、ここにはギリシャ出身の美術評論家・文筆家のクリスチャン・ゼルヴォス(Christian Zervos)のコレクションが展示されています。そのゼルヴォスが住んでいたのは(1930~1970年)、ヴェズレーの丘を望むLa Goulotteという名の集落でした。

その家の前からの眺めです。
ここもヴェズレー村なのですが、見事にヴェズレーの丘に並ぶ家並みが見えました。




遠くから眺める

今回はヴェズレーに7泊したので、あちこちから丘を眺めてみました。大聖堂が大好きなのですが、丘そのものも好き。「永遠の丘」と呼ぶのに相応しい姿なのです。

ヴェズレーからどこかに行くときによく通ったのはサン・ペール村(Saint-Père)。有名シェフが経営するホテル・レストランL'Espéranceがあることで知られている村です。Saint-Père-sous-Vézelayという村(ヴェズレーの下にあるサン・ペールの意味)というのが村の名前だと思っていたのですが、それは以前の呼び名なのだそう。

シェフは以前は3つ星だったのですが、今は2つ星。私は、レストランに1回行って食事したことがあるただけ。ホテルの客室からは木立に隠れてしまって見えないのではないかと、いつも前を通る度に気になっていました。 ヴェズレーの目と鼻の先に高額を払って泊まりながら、永遠の丘が見えなかったら残念ではないですか?

川辺に出てみたら、永遠の丘が見えました。


Saint-Père

でも、家並みは木立に隠れてしまって大聖堂があるのが確認できる程度。 この見え方はつまらない...。


ヴェズレーの永遠の丘は、かなり離れても見えました。



永遠の丘が見えるようにイスを並べていたカップル。休暇中でしょうね。


最も気に入った場所

素晴らしい眺めを見つけました。ヴェズレー村から車で5分くらいで行けてしまえるところにあるAsquins村の外れです。

Asquins

ヴェズレーの丘には霧がかかって、雲海に大聖堂だけが浮かぶ丘というのがイメージなので、それが見たくて、朝6時頃からドライブしたのでした。

夏なので霧は少ない。この日起きたときには、窓から雲海が見えたので絶交のチャンスと思って出かけることにしたのですが、コーヒーなんか飲んでいるうちに消えていってしまったようなのでした。

それでも少し、丘に霧が流れてきたので満足♪

ところでAsquins村。普通はアスカンと発音するのだと思うのですが、この村に住んでいるお爺さんと知り合いになったのですが、「アーカン」と言っていました。地元の人はそう発音するのかな?

牧場には牛がいて、ブドウ畑も広がっているという絶景地。

こんなところにブドウ畑があるのに驚いたのですが、日本にもアスカン村のワインが輸出されていると知って2度びっくり。

ヴェズレーの周辺では昔からワインが醸造されていたのですが、しばらく途絶えて、最近になって復活したのです。

昔はワインの醸造が盛んだったのだろうと思います。昔にヴェズレーの丘で大火事があったときには、放水する水が足りないのでワインを撒いて火を食い止めたという有名な話もあります。

「ヴェズレー」の名を付けられるのは白ワインだけなのだ、と今回教えられました。赤の方は、ただの「ブルゴーニュ」としか呼べないのだそう。

ヴェズレーの白ワインは何度か飲みましたが、ちょっと癖があって、私は苦手なのですが、その癖が好きな人がいるのかもしれない。

ともかく、ブドウ畑と牧場が広がっている風景は大好き。この地点でヴェズレーの丘を眺めて1時間くらい過ごしてしまいました。


大きな地図で見る


追記
他にも別の角度から見たヴェズレーの丘の写真を入れた日記をに入れました:
ブルゴーニュ地方にあるヴァ―バンのゆかりの地を巡る 2013/06/27
ピクニックに最適な場所は川のほとり 2013/07/01

ブログ内リンク:
★ 目次: サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路に関する日記
★ 目次: フランスの美しい村々について書いた記事
★ 目次: ワインなどアルコール飲料に関するテーマ

外部リンク:
☆ UNESCO: Basilique et colline de Vézelay


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2013/06/07
テレビチャンネルFrance 2の1年に一回の企画で、好きな村の人気投票をする番組「Le village préféré des français(フランス人がお気に入りの村)」が話題を呼んでいました。

2013年の人気投票結果発表前の映像:


2013年の投票結果を発表する番組を見ました。今回の2013年だけだと思って見始めたのですが、前回の2012年のものも続いて放映したので、かなり長い時間眺めてしまうことになりました。

前年に始まった企画なのですが、今年は知名度があがったのか、人口が日本の半分のフランスなのに、500万人近くの人々が投票結果を発表する番組を見たのだそう。 翌日にあった友達との会話でも話題になりましたから、視聴率が20%というのも本当だろうと思います。


地方ごとに1つ選んだ村の中で人気投票をする

http://www.france2.fr/emissions/le-village-prefere-des-francais/accueil
Voter pour élire votre village préféré | Un village Français | France2

フランスの住所を見ても、町だか村だかはわかりません。市町村は35,000余りあるのですが、人口が2,000人を超えていると町(ville)となり、それ以下だと農村(village)と区分されます。 その基準でも、約32,000の農村があります。

フランスでは昔のままの姿を残しているところが多く、「美しい村」と呼べるところは1,000くらいはあると思います。どの村が好きですか? と聞いたら収拾がつかない。それで、テレビ局側では、あらかじめ、地方ごとに1つの村を選んで、候補になった村の選択肢の中から好きな村をインターネットで投票させていました。

つまり、フランス本土の22の地方(コルシカ島を含む)にある、22の村が候補。つまり、一番好きな村を選ぶというだけではなくて、地方大会というので人気を呼んだのではないかと思います。

行ったことがない美しい村が紹介されることを期待したのですが、番組に出てくるのは知っているところばかり。それも、そのはず、なのでした。「フランスの最も美しい村Les plus beaux villages de France)」という非営利目的協会に加盟している村が選考された村の大半を占めていたのでした。

http://www.les-plus-beaux-villages-de-france.org/fr
Les plus beaux villages de France - Site officiel

この協会に入っているのは、現在157村。 加盟村が全くない地方は、本土には2つあります。 そういう地方があっても問題なし。テレビ局が人気がでそうな村を選んで入れていました。

「フランスの最も美しい村」というのは、この協会がそういう名前だからであって、最も美しい村に与えられるという称号というわけではありません。加盟するためには会費を払う必要があるので、最も美しい村と呼ぶのに相応しくたって入会しない村もあります。例えば、世界的に有名な世界遺産のモン・サン=ミシェルはLe Mont-Saint-Michelという名の村なのですが(人口は50人足らず!)、最も美しい村には入っていません。

ただし、最も美しいかどうかは別にして、フランスの最も美しい村協会に加盟している村が美しいことは確か。昨年も、今年も、フランス人の好きな村の人気投票で上位5位に入ったのは全て協会の加盟村でした。


人気投票第1位の村は、日本では無名では?

この番組の名前は「Le village préféré des français」。ちょっと奇妙なのです。「フランス人がお気に入りの村」とか「フランス人が好む村」と訳せば違和感がありません。でも、フランス語の番組タイトルになっている「村」には定冠詞がついているので、1つの村を選ぶコンテストらしい。

上位に入るような村は甲乙は付けられないと思うのですけど...。ミシュランがレストランに星の数(実際はマカロン)でランク付けしているのが正確ではないと批判されてから久しいのですけど、テレビ局はあえて、どの村が一番人気があるかを決めてしまっている。

2013年の人気投票で最高得点を獲得したのは、アルザス地方のEguisheim(エキザイム)村でした。



同じ県内にある村ならRiquewihr(リクヴィール)の方が私は好きだな、と思ったのですが、こちらは前年に選ばれていたので(第6位)、今年は候補に入っていなかったのでした。

2012年の優勝村は、ミディー・ピレネー地方のSaint-Cirq-Lapopie(サン・シール・ラポピー)村。川沿いの断崖にそびえる小さな村。フランスで「美しい村」と呼ばれる典型のタイプだと思います。




2013年 フランス人が好きな村の人気投票結果
順位村名地方名
1Eguisheim Alsace
2Locronan Bretagne
3Sainte-Suzanne Pays de la Loire
4Pérouges Rhône-Alpes
5Conques Midi-Pyrénées
6Veules-les-RosesHaute-Normandie 
7Talmont-sur-Gironde Potou-Charentes
8Flavigny-sur-Ozerain Bourgogne
9Turenne Limousin
10Moustiers-Sainte-Marie  Provence-Alpes-Côte d'Azur
11Blesle Auvergne
12Parfondeval Picardie
13WissantNord-Pas de Calais
14EspeletteAquitaine
15Pesmes Franche-Comté
16Villefranche-de-Conflen Languedoc-Roussillon
17CorbaraCorse
18Lavardin Centre
19Saint-Amand-sur-FionChampagne-Ardenne
20La PerrièreBasse-Normandie
21Saint-Quirin Lorraine
22MaincyIle de France
フランスの最も美しい村(Les plus beaux villages de France)協会加盟村


人気村になった影響

順位を見ると、私には腑に落ちないところもある。アンケート調査も同じだけれど、完璧に正確な結果などは出ないのですよね。

人気投票をした人の数は、今年は昨年の倍もあり、約15万人が参加したのだそう。でも、そのくらいのサンプル数では不十分です。村ぐるみ、地方ぐるみで熱心に投票したところが高得点をあげただろうと思います。 第一、インターネットで投票したら、ちょっと細工すれば、一人が何度でも投票できてしまうのだし...。

人口が多いところは当然有利なはず。でも、人口が集中しているパリ首都圏が有利ということにはならないのが面白い。首都圏住民は、故郷、あるいは別荘を持っている地方の方に思い入れがあるのではないかという気もします。去年も今年も、パリがあるイル・ド・フランス地方の村は最下位になっています。

観光化している村も有利でしょうね。それだけ知名度があるわけですから。

ある程度はフランス人の好みを反映はしていることはありうる、とは思います。 フランス人が好きなのは、海辺や川辺の村、日常生活から離れた雰囲気を味わえる郷土色が強い村を好んでいる、という感じがしました。

フランスの最も美しい村協会は、村に歴史的建造物があることなど、美しさが選考基準になっています。でも、フランス人たちが好きな村を選ぶときには、当然別のファクターも入る。つまり、行ったときに良い思い出をつくれるような感じの良い雰囲気がある村か、美味しい食べ物があるかは重要なポイント! 番組でも、その点を強調していました。

この人気投票で優勝すると、観光客の数が激増するという効果があるそうです。昨年に優勝したサン・シール・ポピー村(人口223人)では、番組の放映によって60万人の観光客があったとか、87%も観光客が増えた、という報告がありました。

フランスの最も美しい村協会でも、PR効果によって観光客が増えるというのをメリットとして加盟村を募っていますが、観光客が倍増するほどのPR効果はありません。やはり、テレビの影響というのは大きいのでしょうね。

2013年に優勝したエキザイム村 では、観光客の急増に備えて駐車スペースを増やす、などと村長さんが張り切っていました。




番組を批判した村長もいた

急激に、しかも一時的に、小さな村の観光客が増えるのは、好ましいとだけは言ってもいられないのではないでしょうか?...

美しい村として知られているコンク村(Conques)の村長は、この番組を「bidon」と批判したことが話題になっていました。

テレビ局が、村には何の相談もなしに、人気投票の候補村にしたので取材チームが行くから、という簡単な手紙をいきなり送ってきたのだそう。

コンク村は、私がいるブルゴーニュからは遠いので、3回くらいしか行ったことがありません。でも、この村の魅力は抜きんでています。特に、観光客がいない冬に行ったときの印象は感動的でした。この村は、今さらテレビでPRしてもらう必要はない村であることは確か!

コンク(人口300人弱)は世界的に有名な美しい村なので、夏は観光客で飽和状態。年間に200件くらいの取材に対応しなければならないので、住民の生活を守るための役場の仕事に支障を与えてしまっているのだそう。もともとサンティアゴ・デ・コンポステラ巡礼路の要地(そのために世界遺産にも指定されている)という、山間の静かな村なのが魅力なのに、番組で有名になって物見遊山的にセカセカと訪れる観光客が多くなってしまうと、村の魅力を味わうためにやって来てくれた観光客たちが嫌気をさして来なくなってしまう、と村長は番組には好意的ではありません。

もしもテレビ局が村長に候補にする村を相談していたら、同じ地域にあって、多くの人に知ってもらう価値がある村として、BelcastelやSaint-Cyprien-sur-Dourdouなどを紹介しただろう、と言っていました。

上に動画を入れた今年度の優勝村エキザイムの村長は、「フランス人が好む村 2013年」と書かれたプレートを嬉しげに磨いていました。でも、コンクの村長は、投票結果が出る前に、もしも1位の栄誉をもらっても、「ありがとう」とは言うけれど、番組の進行役のジャーナリストと一緒にプレートを取り付けるセレモニーなどはしない、と発言したのがニュースで流れて話題になっていました。

もちろんコンク村で観光客目当ての店を開いている人たちからは、村長が飛んでもないことを言ったと批判があがったようす。でも、コンク村では質の高いツーリズムをしてもらいたいから、マス・ツーリズムのツーリストに押しかけてもらいたくないという村長の発言は、かえって村を知らなかった人たちに行きたい気持ちにさせたのではないでしょうか?

コンクの村をご存じない方のために、別のテレビ番組の動画を入れておきます。




今年優勝したエキザイム。村としては大きな規模だし(人口1,662)、観光客でなりたっている店も多そうだし、ワインの産地でもあるし、アルザスは商売上手な地方なので、フランス人に最も好かれる村になったことによる経済効果はあるかもしれない。

コンクの村長は、この番組のスタイルは好きではなく、人気投票なんて、でっち上げだと貶していたのですが、これには私も全面的に賛成。お祭り騒ぎを盛りたてるバカバカしい番組だったのです。番組を進行するジャーナリストStéphane Bernの語り口が余りにも軽薄なので、見ている途中でテレビのスイッチを何度も切りたくなりました。でも、空からの撮影は興味深かったし、フランスで人気があるバカバカしいテレビ番組とはこんなものなのかと見るのも勉強になると思って、頑張って最後まで見ました。

コンクの村長がどんな人なのかは知らないので、何とも判断できません。でも、彼がマスコミが嫌いなわけではなくて、村の魅力を掘り下げるような番組、例えば「Des racines et des ailes」のようなテレビ番組の取材に来ると言うなら赤いカーペットを敷いてお迎えする気持ちになる、と言っているのには好感を持ちました。日本にもこんな番組があったら... と思うほどテーマを掘り下げた、格調高いルポルタージュ番組なのです。

ワイワイ騒いで人気投票をして大衆の興味をそそるような番組は、全国的には知られていなくて、観光でしか村おこしをできないような美しい村、あるいは観光客の受け入れ態勢がある規模の村を紹介するべきだと思う...。


同じような人気投票番組が他にもあった

ところで、同じテレビ局、同じ司会、同じシステムで家を選ぶ、「La maison préférée des français」という番組もあったのを知りました。

http://www.france2.fr/emissions/la-maison-preferee-des-francais/?page=accueil 
La maison préférée des français | France2

こちらは2011年からしているらしい。2013年の投票結果は3月の番組で行われていて、視聴者数は300万だったとのこと。村の人気投票は500万だったので、村の方が関心度が高かったことになりますね。

この2つの番組の人気に気を良くして、同テレビ局は庭園の人気投票番組「Le Jardin préféré des Français」も作ったそうです。

http://www.france2.fr/emissions/le-jardin-prefere-des-francais/accueil 
Voter pour élire votre jardin préféré | Jardin préféré des français | France2

家、村、庭園... その後には何がある?

当然村に対して町のコンクールがあっても良いのだけれど、大都市の人気投票はアンケート会社BVAが「Les grandes villes préférées des Français」として発表しているので、同じようなのをテレビ局が作れるのかな?

ただし、アンケート調査の方は10の大都市でしか順位を決めていないので、ブルゴーニュ地方なんかにはそんな大きな都市はありません。各地方に1つで、22の都市でやったら番組ができるかもしれない。




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★ 目次: フランスの美しい村々について書いた記事
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2013/04/09
フランス政府が公認しているホテルには、星の数を示すプレートが掲げられています。

ブルーのプレートだったのが、気がついたら赤くなっていました。



それまでホテルに掲げられていたのは、青い8角形のプレートでした。



8角形のブルーのプレートに、ホテル(HOTEL)という文字が大きくみえます。さらに「TOURISME」の文字。フランス語が分からない外国人観光客でも、これを見ればツーリストが泊まれるホテルだと分かります。

フランスに旅行された方にも馴染みのあるものだったのではないでしょうか?

新しいプレートでは「H」の文字しか見えません。フランスのホテルの名前には「Hôtel」と付いていない場合もあるのですから、これだと不親切なのではないかと思ってしまいます。

新しいデザインのプレートは国際化に合わせて看板を変えたという説明があったのですが、世界のホテルの看板って、こういうデザインなのでしょうか?

税金の無駄遣いにシビア―なフランス人のこと。職安のような組織ANPEがロゴを変えたときには、そのロゴを作るためにどれだけお金がかかったかというのが大きな批判として持ち上がったのですが、ホテルのプレート変更では何も言われなかったほうな気がします。


いつから赤いプレートを見るようになったかなと思って調べてみたら、新しいプレートは2009年の法律で決められたようです。2012年7月からは、昔の青いプレートは無効になったのだそう。

プレートはブルーから赤くなったと思っていたのですが、5つ星ホテルだけは下地が金色になっていました。



現代的で、しゃれたデザインなのでしょうけれど、良き時代のフランスがなくなったみたいで、私には味気なく感じます...。

以前のプレートでは、政府が認可しているということが大きく書かれていました。新しいプレートでは、それは小さく書いてあり、下には図柄と「france」という文字が見えます。

このロゴは、Atout Franceという組織のロゴでした:
☆ フランス観光開発機構: アトゥー・フランス Atout France

Atoutとは、トランプの切り札の意味もある単語です。外国人観光客も多いフランスで、なぜフランス人にしか分らない単語を使うの?...


新しい看板になったのと同時に、星の数による等級づけの基準も変わっていました。

以前にあった「星なし」ホテルはなくなったそうです。

日本からの団体旅行でよく利用する「4つ星デラックス(4 étoiles luxe)」というのもなくなりました。その代わりに、それまではフランスにはなかった5つ星ホテルができて、特にデラックスな5つ星ホテルには「Palace」というランクを付けています。

そのため、今のフランスの公認ホテルのランク付けは6種類。ランク付けを取得してからの有効期限が5年間なのは以前と変わらず。


ホテルがランク付けされているのは分かりやすくて良いですが、それで全てが評価できるとは感じません。ランク付けが自分の好みとは無関係なのですから。

特に、こんなにお金を払って、こんな部屋をくれるの?! と怒る機会が多いのは、フランスでは例外的な大都市のパリ。土地代も高いせいか、かなり高い料金を払っても、酷いと憤慨するようなホテルが数多くあります。

パリでホテルを経営している知人がいるのですが、そのホテルは2つ星。シンプルな部屋ですが、隅々まで清潔だし、寝室は広い。

聞いてみたことがありました。
どうして3つ星にならないの?

3つ星をとれるけれど、そうすると支払う税金が高くなる。従って、部屋代を上げなければならない。安くて快適だからと利用する常連さんと口コミでお客さんがいるので、3つ星にする必要性は全くないとのこと。

確かに、このホテルはいつも満杯。賢い経営方針だと思いました。

外部リンク:
Les étoiles françaises… des repères désormais adaptés aux pratiques internationales
Réforme du classement hôtelier : le nouveau panonceau hôtel
☆ Wikipédia: Classification des hôtels de tourisme en France
La comparaison entre l’ancien et le nouveau classement
Wikipédia: Palace (hôtel)
☆ Wikipédia: Atout France
☆ フランス観光開発機構: フランス観光開発機構(アトゥー・フランス Atout France)
☆ フランス観光開発機構: ホテルの等級


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2012/12/06

シリーズ記事 【シャンパーニュからピカルディーへの旅行】 目次へ
その5


ピカルディー地方にあるクレピー・アン・ヴァロワ町(Crépy-en-Valois)のことをほんの少し書こうと思ったのですが、見たものを幾つか書いておくことにしました。

というのも、この町に関する観光情報がインターネットでは殆ど出てこなかったからです。立派な昔の建造物があって、かなり魅力的な町なのに...。


入れないレストランだった...

クレピー町では、レストランを探しながら町を観光し、夕食の時間になったら見つけたレストランに入る、ということにしました。

ある程度の規模の町なので、気をそそられるレストランがあると思ったのに見つからない。

すると、良い匂いが漂ってきました♪!

しめしめ、と美味しそうな匂いがくる方向を見ると...
かなり立派で大きな老人ホームの施設がありました。



食べさせてくれないかな?... なんて思ってしまう。


サーチライトに照らされた美しい教会の廃墟

先の老人ホームに入居している人たちが散歩で来られそうなところに、美しい教会の廃墟がありました。


Collégiale Saint-Thomas(聖トマ参事会教会)

光の当て方も良いな...。

昔から廃墟は好きなのです。絵画に大して興味がなかったころの私のお気に入りはクロード・ロラン(Claude Gellée, dit le Lorrain)。たぶん、彼が描く廃墟が気に入っていたのだろうと思う。


身につまされる姿...

この廃墟のすぐ横に、ぎくっとさせられる戦没者慰霊碑がありました。

 
Monument aux morts de Crépy en Valois

献花がしてあります。少し前に何かの戦争にまつわる記念日があったっけ?

それにしても、悲嘆にくれる女性の姿が生々しい...。

調べてみたら、アルベール・バルトロメ(Albert Bartholomé: 1848~1928年)という画家・彫刻家の作品でした。

日本では画家としての方が知られているように感じました。



戦没者慰霊碑はどの市町村にもあるのですが、フランスの軍力の勇ましさを見せるものが多いのです。フランスのシンボルである雄鶏とか、勇ましい兵士とか...。こういう像の方が好きだな...。

詩人ジェラール・ド・ネルヴァルが残した最後の言葉を思い出してしまいました...。

Ne m'attends pas ce soir, car la nuit sera noire et blanche.
- Gérard de Nerval



オルレアン館

レストランがありそうな道を歩いていると、観光プレートを掲げた建物がありました。


Maison dite ancien hôtel d'Orléans ou maison Jeanne-d'Arc, 17 rue Jeanne-d'Arc

大きな文字が見えるのは、1階部分を使っている店の名前。この建物の鮮明な画像はこちらをご覧ください

ジャンヌ・ダルクが自由の身を味わった最後の夜を過ごしたオルレアン館、と地元で言われている15世紀の建物なのだそうです。その後、彼女はコンピエーニュ(Compiègne)で捕虜とされてしまいます。

今回の私の旅行ではランス市で昼食をとったのですが、ジャンヌ・ダルクはシャルル7世をランスの大聖堂で正式な戴冠式をさせていました。

そして、私は彼女が自由の身を最後に味わったとされるクレピー・アン・ヴァロワ町で夕食。

妙なご縁...。ランス大聖堂では、ジャンヌ・ダルクの像も眺めて写真を撮ったりしていたのでした。

地理に弱いので、この3地点をマップで確認。


大きな地図で見る


街角の聖ドニ像

今思えば、なんだか明るくないことばかりに出会ったクレピー・アン・ヴァロワ。おまけに目ぼしいレストランは見つからず、トリュフの香りだけが嬉しかったピザを食べる羽目になりました。

それでも町の佇まいが気にいったので、翌朝も散策に行きました。

これまた殆ど廃墟になっている昔の修道院Abbaye Saint-Arnoulでは、クリスマスのアンティーク市が開かれていたので入れたために見学。

下の写真は、町を歩いていたとき家の壁にあった彫刻です。前日も目にとまっていたのですが、夜なので色がよく見えなかった。



家の壁に聖人が飾ってあることは多いのですが、施されている彩色が美しいので目を引きました。

聖人を現わすにはシンボルがあるのですが、これは誰だか見分けやすい。フランスではSaint Denisサン・ドニ)と呼ばれる聖人の像。正式には「パリの」と付けてSaint Denis de Paris。

首を切られて殉教した聖人で、自分の首を持って平然と歩いていったということから、この姿がシンボルになっていると聞いています。

ブログ内リンク:
★ 目次: 教会など宗教建築物に関する記事
★ 目次: 戦争に触れて書いた日記
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って

情報リンク:
☆ Wikipedia : パリのディオニュシウス
Crépy-en-Valois, cité médiévale
☆ Wikipédia: Crépy-en-Valois
Crépy en Valois, Jeanne d'Arc
☆ Web Gallery of Art: CLAUDE LORRAIN


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2012/10/20

シリーズ記事 【山小屋に滞在したサヴォワ地方の旅行記】 目次へ
その9


オート・サヴォワ県に行ったので、ブルゴーニュに帰る途中でアヌシーAnnecy)に立ち寄ってみることにしました。

2回や3回はアヌシーを観光したことがあるのですが、どんなところだったか記憶が余り残っていなかったからです。

アヌシーという町の名前を覚えたのは、若き日のジャン=ジャック・ルソーがヴァランス夫人と出合った町、ということだったと思います。

お昼を食べる時間になっていたので、とりあえず湖のほとりに行ってレストランを探したのですが、気に入ったところが見つかりません。

どうしちゃったのだろう? と思うくらい観光客が多い。やたらに観光地化しているのが気に入らない。

気がつけば、日曜日。しかもお天気が良いので、みんな出てきてしまったのかも知れません。となれば、旧市街に行った方が雰囲気が良いのではないかと結論。

アヌシーは大きな町なので、間違えて新市街に行かないように気をつける。



記憶に残っているアヌシーは、こんな風に水があって、向こうに山が見える、という町でした。

わぁ、美しい~♪

でも、こちらも湖と同じか、それ以上に凄い人出なので、圧倒される。ちょうど朝市が終わった時間で、片づけが始まっていたので、よけいにゴチャゴチャ。

ここでいいや、という感じで選んだレストランに行ったら、川に臨んだ2階の席に案内されて、しかも料理もとても美味しかったので、ご機嫌はいっぺんに良くなりました。

レストランの窓からの眺めです ↓




眠り猫



観光客が多いからこそ、こういう人がいる。ストリートオルガンが聞こえてくるのは心地良いので、嫌いな音楽をガンガンやられるよりは、ずっと良い。

でも、気になったのは、猫を連れて来ていることでした。



ものすごく大きな猫ちゃん。

のんきに眠りこけていたのですが、町中なんかに連れてこられて可哀そう。逃げないように、首輪には綱もつけられていたのです。

猫に挨拶するために、演奏していた男性とおしゃべりしました。もちろん、小銭をカゴに入れてから。

奥さんが猫の贅沢な宿を経営しているのだそうで、スマートフォンに入れた画像を見せてくれました。お金持ちが夏や冬に休暇を過ごす地方なので、そういう商売が成り立つのでしょうね。

男性が話すフランス語の訛りから、イギリス人ではないかな、という気がしました。


飛びぬけて美しい町だけれど、観光地すぎる!



この次は観光客がいないシーズンに来て、ゆっくり観光しよう、と思って町を後にしました。

でも、帰ってきてからアヌシーに親戚があって、頻繁に行くという友達と話していたら、アヌシーはオールシーズン、おびただしい人がいるのですって。また行きたい、という気分が薄れてしまいました…。

今までアヌシーを訪れながら、それほど観光していなかったように思っていたのですが、前に来たときにも観光客の多さに圧倒されてしまったからかもしれない...。


今回のアヌシーでは、良いレストランで食事できたので満足。
その話しを次回に書きます。

- アヌシーの続きへ -


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情報リンク:
ベニスにもたとえられた自然あふれる南仏の古都 水の都アヌシー、サヴォワの宝石


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