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2011/12/28

シリーズ記事 【イタリア経由 クロアチアへの旅】 目次へ
その24
イタリア: (12-5)  サルッツォと、その周辺地域
― ピエモンテ州


前回の日記で書いたスタファルダ修道院に行ったときには、まず昼食にしました。

サルッツォの町で知り合った女性が、結婚記念日の食事をしたと言っていたレストランです。地元の人が記念日に行くとしたら、美味しい料理を食べられるところのはずではないですか?

行ってみると、店に一歩踏み込んだだけで、おいしそうだなという予感を感じさせるお店でした。可能性としてはあった、やたらに高いレストランでもないのでほっとしました。

お料理も、おいしかったです。



フランスでは、休みの日にご馳走を食べようということになったときには田舎にあるレストランに行く傾向が強いのですが、そういうときに好まれるようなレストランだなと思いました。

前日の夕飯をするために選んだレストランは失敗だったな、と思っていた後の食事だったので喜びました。

でも...
とても美味しいのだけれど、そんなに感激するほどではない。

というか...
私が思っているイタリア料理と違う...。

その前の晩は、泊まったホテルで食事をしていました。洗練された料理を出す意気込みを感じさせるレストラン。おいしくはあったのですが、もう1度行きたいと思わせるほどではありませんでした...。

この修道院のすぐ近くにあったレストランでも、ホテルで食事したときと同じ感覚を味わいました。


ピエモンテの郷土料理って...

ピエモンテと呼ばれる地方に入ってから、4回目の食事でした。そのくらいで何かを判断できないわけですが、この地方の料理は、こういう感じなのだろうな... と食事をしながら思いました。

正直いってしまうと、こういう料理は好きではない...。ピエモンテの料理は素晴らしいと思っていらっしゃる方が読んでしまっていたら、ごめんなさい!!

私が思っているイタリア料理は、オリーブオイルやハーブがきいていて、フランスの伝統的な料理のように胃にずっしりくることはない、というものです。

でも、なんだか、ピエモンテの料理は、おもい。

それを一番はっきりと感じたのは、パスタでした。

さらっと食べられるような軽さがないのです。麺が太かったりして、ずっしりしている。どうして、こういう風に作ってしまうの? と、不満を覚えてしまうほど...。



量も多いのです。ずっしりしたパスタだから、お皿にのせてくれただけで十分なのですが、お代わりの分も置いていってくれました。

イタリアのフルコースでのパスタは、前菜とメインの間の料理ですよね。このボリュームが出てきてしまったら、どうするの?!...

ピエモンテは、カテゴリーに分ければ山岳地方ですか? フランスでも、寒い地方では胃にずっしりくるのが郷土料理になっているので、ここはそういう感じなのかな?...


スローフードの発祥地はピエモンテだった

スタファルダ修道院を後にしてから、もっとフランスに近づこうという方向に向かうと、道路標識に「Bra」の文字が見えました。スローフード発祥の地、「ブラ(Bra)」でしょうね。この町はピエモンテにあると聞いたし。

へぇ、こういう地方にあったのですか...。

スローフード運動について初めて知った時、どうして、こんな食欲をわかせない名前をつけたのだろうかと思いました。イタリア語は耳に響く音が美しい言葉なのです。聞いただけで、おいしそう~♪ とヨダレが出そうな名前を付けられたはずではないですか?!

それが原因というわけでもないでしょうが、スローフードはフランスでは全く無視されています。「スローフード」という言葉を知っているフランス人は、ごく限られると思う。

もともとフランスでは、たとえ酷い食事を食べる日常生活をしていても、「自分は食べ物にこだわりがある」と自負している人が大半を占めるからだとも思います。スローフードという運動には新鮮味がない、というところでしょうか?  フランスで熱心なのは、子どもたちの味覚教育です。

ともかく、私はピエモンテの料理は好きではない、という印象ができてしまいました。ついでに、スローフードという美味しくなさそうな言葉とイメージが重なってしまいました...。

今まで気にしたことがなかったように思うのですが、イタリアでも地方によって食文化がかなり違うのでしょうね。イタリアは、つい最近まで国が分かれていたくらいなのだから、それがとても強いのかもしれない。

それに、イタリアに行くと、肉料理を食べることは少なくて、ブルゴーニュには余りない魚介類を好んで食べています。そういうところからも、イタリア料理は胃の負担が少なくて良い、という自分勝手な先入観ができてしまっていたのだろうとも思います。

イタリアはたくさん旅行しているけれど、イタリア料理のことは何も分かっていないのだな... と、ピエモンテで思いました。


今回のイタリア旅行で感激した料理も...

9月中旬にした旅行のことをシリーズで書いているのですが、感激した料理について書いた日記をピックアップしてみます。

気に入ったレストランは「Ittiturismo」だった  2011/10/15
ラッキーの後には不運が待っている!  2011/10/18
地元で食べるサンダニエーレの生ハムは最高!  2011/10/20
ヴェロネーゼが壁画を描いたヴィラ・バルバロ  2011/12/17

今までのイタリア旅行で、美味しかった、フランスでは絶対に食べられない! と感激した料理も思い出してみると、大半は魚介類とパスタの料理でした。

今回の旅行で感激した料理の全ては書いていないのですが、生ハムのおいしさに目覚めた旅行になっていたように思います。あの、透き通るように薄く切る生ハムがたまらない!

情報リンク
イタリアに"イタリア料理はない"?!

ブログ内の関連記事:
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目次: 旅行したときに書いたシリーズ日記のピックアップ


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2011/12/26

シリーズ記事 【イタリア経由 クロアチアへの旅】 目次へ
その23
イタリア: (12-4)  サルッツォと、その周辺地域
― ピエモンテ州


サルッツォの町を後にしてから、移動の道にあるというのが大きな理由でしたが、こういう所に行くのは少し物好きかなという見学をしました。


イタリアにあるシトー会修道院を訪れる

スタファルダ(Staffarda)にある修道院。イタリア語でAbbazia di Santa Maria di Staffarda、フランス語でAbbaye Sainte-Marie de Staffardaです。



この修道院になぜ行ってみたかというと、我がブルゴーニュで生まれたシトー会の修道院だからです。

ブルゴーニュにいるので、「シトー(Cîteaux)」という名に親しみを持っているのです。

シトー会(シトー派)はベネディクト会から派生した宗派で、1098年に設立されたシトー修道院(Abbaye de Cîteaux)がブルゴーニュにあります。

このシトーにある修道院自体は、はるばる遠くから行って見学する価値があるほどには建物が残っていないのですが、今でも美味しいブルゴーニュのチーズ「シトー」を作っています。

シトー・チーズは、ブルゴーニュにいても何処でも買えるというほどの生産はしていないので、日本では余り馴染みがないでしょうね。ルブロッションに似たチーズですが、シトーの方が美味しいです(私の好みではありますが!)。

追記: シトー修道院には久しく行っていないのですが、建立900年を祝って15世紀の建物の1つが見事に修復されたようです。
今日の修道院とチーズづくりを見せるビデオがありました:
L'Abbaye de Citeaux réputée pour ses fromages

思い出せば、1998年には大きな話題になっていました。その年スペインでシトー派修道院を見学したら、売店にいたお坊さんが900年祭のことはほとんど情報がないと言うので、気の毒になった友人がディジョンに戻ってから、シトー修道院に行ってプログラムやポスターなどをたくさん入手して送ってあげていました。

シトー会の修道院は、まず、華美な装飾を避けているところに特徴があります。従って、見学するときには、彫刻などの内装を眺めるという楽しみはないのですが、美しいところもあります。

例えば、ユネスコの世界遺産ともなっているフォントネーのシトー会修道院(Abbaye de Fontenay)。こちらもブルゴーニュにあり、非常に美しいです。
そこで開かれたコンサートについて日記を書いています。
フォントネー修道院のコンサート (1)  2008/07/12


◆ スタファルダ修道院(Abbazia di Santa Maria di Staffarda)

シトー会はヨーロッパ各地に1,800ほどの修道院が建てられるほど勢力を持ったのですが、このスタファルダ修道院はイタリアで初めて建てられたシトー会修道院のようです。

建築が始まったのは12世紀半ば。1690年におこったスタファルダの戦いでは戦場となり、かなりのダメージを受けたそうです(特に回廊と食堂の部分)。



現在ではシトー会から離れて普通の教会になっているようです。装飾は控えめですが、フランスで見慣れたシトー会の修道院より明るい。



建物自体はシトー派を思わせるのですが、こんな風な金を使った祭壇があるのは、少し釣り合わないように私には見えました。



これは回廊なのですが、赤いレンガが明るい雰囲気を出してしまっています。

フランスでも石が切り出せない地方はありますから、シトー会の修道院と行ってもレンガを使ったところがあるかも知れない。でも、思い出しません...。



こういう角度では美しく見えました。

でも、正直言って、わざわざ立ち寄るほどの修道院でもなかった...。イタリアには歴史的建造物が余りにも多く存在するので、こういう建物までは修復・維持の手がおよばないという感じもしました。

イタリアにあるシトー会修道院を見学した、という価値はありました。でも、イタリアにももっと美しいシトー会修道院があるのではないかな?...


ところで、実を言えば、スタファルダの修道院に行くことにしたのは、すぐ近くに美味しいレストランがあると聞いたからでもありました。

お昼をそこで食べて、修道院をちょっと見学しよう、というコースだったのです。

ー 続く -


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目次: 教会など宗教建築物に関する記事ピックアップ
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目次: 旅行したときに書いたシリーズ日記のピックアップ

情報リンク
シトー派 スタファルダ修道院/ L'abbazia di Staffarda
Les Cisterciens ⇒ Staffarda
Abbazia di Santa Maria di Staffarda
Abbaye de Cîteaux
世界の建築ギャラリー: フォントネーのシトー会修道院
Wikipedia: フォントネー修道院
大分トラピスト修道院: シトー修道院創立900年 1098年~1998年


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2011/12/25

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その22
イタリア: (12-3)  サルッツォと、その周辺地域
― ピエモンテ州


サルッツォの町を後にしてから、南へ5キロも行かないところにある城に行ってみました。



Castello della Manta(マンタ城)です。建てられたのは13世紀初頭。15世紀になってから侯爵家の人々によって美しい装飾にしたようです。

惚れ惚れする壁画に出会いました。



Maestro del Castello della Mantaと呼ばれる無名の壁画師たちが描いたそうですが、ゴシック時代の雰囲気があって実に見事でした。



入場券と一緒に撮影料を払うと写真をとっても良いというシステムでした。たくさん写真を撮ったのですが、ビデオの方が様子がよく見えるでしょうね。


Castello della Manta


若返りの泉

いつまで見ていても飽きない壁画の中で、妙に目にとまったのがこちら。



老人が入ると若返るという伝説の泉です。

絵画で扱われることもあるテーマ「若返りの泉」は、フランス語ではFontaine de jouvenceあるいはbain de jouvenceと呼ぶと学びました。

情報リンク
☆ 壁画の画像: Notice et photographies de toutes les peintures
☆ Fondo Ambiente Italiano : Castello della Manta
☆ Wikipedia: 若返りの泉

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2011/12/23

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その21
イタリア: (12-2)  サルッツォと、その周辺地域
― ピエモンテ州


サルッツォが気に入って延泊したくなったのには、幾つか理由がありました。

(1) ホテルとして使われている昔の修道院に泊まれたこと
  これについては前回の日記で書きました。サン・ジョヴァンニ教会に隣接する修道院だったのです。

(2) 親切なイタリア人たちとおしゃべりできたこと。観光客がそれほどいなくて、イタリアらしさを感じることができたこと
  クロアチアからヴェニスのあたりまで、まだ観光シーズンだったせいもあって、観光客だらけだったのです。しかも、聞こえてくるのはドイツ語と英語ばかりなので、少しうんざりしていました。

(3) 見学する価値のある歴史的建造物がたくさんあったこと
  これはイタリアでは全く珍しくないのですが、見るものが何もないところだってあるので、やはり嬉しい。


カーザ・カヴァッサ(Casa Cavassa)

ホテルのそのすぐ目と鼻の先には、市立博物館となっているカーザ・カヴァッサ(Casa Cavassa)がありました。

宿泊して夜が明けると、まずそこを見学することにしました。

 
Casa Cavassa

16世紀の建物だそうです。予想していた以上に素晴らしい建物でした。




サルッツォ侯国

サルッツォ(Saluzzo)は、フランス人にはSaluces(サリュス)と言った方がどこのことかピンと来るらしいです。サルッツォ侯国( Marchesato di Saluzzo)という領土があって、歴史を知っているフランス人なら「Marquisat de Saluces(サルッツォ侯国)」の名を知っているのだそうです。

私は、フランス語風にサリューゾ、サリュスと言われたって、全く何も浮かんでこない町でした。

ツーリストオフィスの人が笑いながら言っていたことが気になりました。サルッツォは、イタリア人たちにもよく知られていなくて、イタリアなんだか、フランスなんだか分かってもらえていないのだ、とのこと。

確かにフランス国境に近いものな、とだけ思ったのですが、書きながら調べてみたら、ここはフランス領だった時代もあったのですね。

Wikipediaにはサルッツォ侯国についての記載があったのですが、それ以上のことは検索しても出てきませんでした。イタリアの歴史に興味を持っている人がサイトを作っていないかと期待したですけれど...。

それでもツーリストオフィスでは、サルッツォに興味を持ってくれる日本人がいるのだと言って、この本を見せてくれました。

 
北イタリア・ピエモンテの小さな町々 列車による挑戦の旅


サルッツォの街

ガイドブックにはアンティークショップがたくさんあるので、それを覗くのも楽しい、と書いてあったのですが、今は2軒(だったかな?)しか残っていないそうす。探してはみたのですが、道を間違えたのか、閉まっていたのか、見つけることができませんでした。

それでも、歴史があった街。観光するところには事欠きませんでした。

サルッツォの風景を見せるスライドショーがありました。



ブルゴーニュの特徴を見せる屋根瓦があったのも映っています。その理由も聞いたのですが、記憶が曖昧なので書くのはやめておきます。

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2011/12/22

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その20
イタリア: (12-1)  サルッツォと、その周辺地域
― ピエモンテ州


今回の旅行では所々にホテルの予約を入れておいて、後はフレキシブルにその場で宿を選ぶという形でした。ヴェネツィア近郊での滞在が終わると、フランスの方向に移動を開始。その途中、旅行12日目は、何となく選んだサルッツォSaluzzo)という街に泊まることになりました。

街に入ったときは、それほど良い印象を得なかったのですが、昔を感じさせる美しい地域は丘の上にありました。

丘の頂にあるホテルから出て散歩したときの写真 ↓



こういう旧市街の面影があるところに身をおくのが無性に好きなのです!

下は、サルッツォの街並みの姿 ↓



実は、旅行したときはお天気がそれほどでもなかったのか、街の後ろにこんな山があるとは想像もできませんでした。私が旅行したのは9月中旬だったので、こんな雪山にはなっていなかったはず。

観光写真にあるような美しい姿は見られなかったのですが、この街はすっかり気に入りました。1泊だけするつもりだったのに2泊してしまったのです。


修道院だった建物のホテルが気に入った

サルッツォについては、ガイドブックの簡単な説明しか持ち合わせていなかったので、ツーリストオフィスでホテルを紹介してもらうことにしました。

このくらいフランスに近づくと、フランス語が通じるようです。そこまで親切にしていただいたら気が引ける、というくらい懇切丁寧に説明していただいて、ホテルを選びました。

建物が古そうだというのに惹かれたホテルに予約を入れてもらうと、住民でないと車は入れない道を進める通行証を作ってくれました。イタリアの古い町では、このシステムは非常に多いのです。街に宿泊することにすると、車の旅は便利になります。

ツーリストオフィスでもらった地図と、道案内の標識を頼って、細い道を登っていきました。どこにホテルがあるのかの感覚は全くなし。

どうということのない建物が予約を入れたホテルらしい。夜も近づいているので、我慢しようと思いました。

ところが、レセプションに入ってみると、様子が普通のホテルとは違います。修道院だった建物ではないかという気がしてきました。

聞いてみると、やっぱり、そう。ツーリストオフィスでは、ホテルは「教会にくっついている」と言われたのです。初めから「ホテルになった修道院だ」と言ってくれたら、他のホテルなどには目もくれずに選んでいたのに!

部屋を選ばせてくれるというので、2種類を見せてもらいました。修道院なら、料金が高くても良い部屋をとってしまおうと思ったのです。

高い方の部屋は、広いけれど、街の眺めが見えるだけの部屋。安い方は、回廊に面していて、いかにも修道院に泊まっているというのを感じさせる部屋。迷わず後者を選びました。

もう1泊したいと思ったのは、朝起きたときのことです。幸い、満室ではなかったので喜びました。

ホテルとなった修道院は、ただの修道院ではないのです。

この街の観光スポットに、サン・ジョヴァンニ教会があります。

 
Chiesa di San Giovanni

この教会の祭壇に向かって左手のドアから外に出ると、そこは修道院の中庭。それがホテルになっているのです。

 

この回廊は喫茶にもなっているようです。

みごとな壁画も、あちこちに残っています。

 

見学もできてしまう古い建築物がホテルになっているところに泊まるのが好き。まるで自分の家のようにウロウロできるから♪

建物は市が所有していて、ホテルの経営は民間に任せているのだそうです。つい最近ホテルとなったようでした。

もう1泊したいという気持ちにさせたのは、みんなが寝静まっている夜、ベランダに出てサン・ジョヴァンニ教会の鐘楼を眺めていたときでした。回廊の上がベランダになっていて、教会が望めたのです。



寝てしまうのが惜しい気分。修道僧の生活は羨ましいです。こんな静かな世界にひたることができたのですから。


イタリア版パラドール?

ホテルの名前はSan Giovanni Resort 。サン・ジョヴァンニが修道院の名前なので、それは良いのですが、なぜ「リゾート」などという、つまらないホテルを連想させてしまうような文字を付けたのだろう?...

昔の面影を最大限残していて、シンプルな内装。調度品などは少し現代風のシンプルさでしたが、きらびやかにしないところが修道院時代の雰囲気を残しているので、とても気に入りました。
 
ホテルが修道院だと分かったとき、真っ先に思い浮かべたのはスペインの国営ホテル「パラドール」でした。歴史的建築物を保存する良い方法だと思います。大きすぎる史跡が多すぎるフランスだってやったら良いのにと思うのですが、やらない。

サルッツォのサン・ジョヴァンニ・リゾートも、パラドールのコンセプトに近いものを考えて経営しているのではないかと思いました。変にホテル風にはしないで、昔の雰囲気を最大限に味わえるようにしてあるのです。

スペインではパラドールに泊まり歩きました。中でも感激したのは、アルハンブラ宮殿の敷地内にあるパラドール。こちらも15世紀の修道院の建物を利用していました。

アルハンブラ宮殿のパラドールは1年以上前から予約しないと部屋が取れないと聞いています。

来年にはスペイン系の家族と一緒にパラドール巡りをしようということになっているので、ディスカウント料金で予約することもできるBooking.comで空席をチェックしてみました。
アルハンブラ宮殿のパラドール「Parador de Granada」の空室をチェック

あてずっぽうに1月15日という日にちを入れてみたら、なんと半額になっている部屋まであるではないですか!  
な~あんだ。ずっと、アルハンブラ宮殿のパラドールに泊まれたのは、稀にみる運の良さだと思っていたのに...。

サン・ジョヴァンニ・リゾートも入っていました:
Hotel San Giovanni Resort
写真がたくさん入っているので、私が気に入ったホテルの様子がご覧いただけます。


サルッツォに滞在したときには、街の中だけを散歩して過ごしました。旅行に出てから2週間たつところだったので、少しのんびり骨休みができたのは良かったと思います。
次回は、見学したところを幾つか紹介します。

― 続く -




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2011/12/14

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その18
イタリア: (10-2) トレヴィーゾ
― ヴェネト州


美味しいカプチーノを飲んだことを前回の日記で書いたのですが、そのカフェがあったトレヴィーゾ(Treviso)の街はとても魅力的に見えました。


泊まるなら美味しいレストランがある街が良い

何でもなさそうな小さな広場にあったカフェのテラスは賑わっていました。道路の向かい側にあるアイスクリームを店頭で売っている店がカフェのよう。朝っぱらなのに、テラスではアイスクリームを食べている人たちもいました。それもまた美味しそう!

イタリアでは朝からアイスクリームを食べるのでしょうかね? 地元の人たちが食べにくるジェラートはさぞおいしいのだろうと思えたので、私も食べてみたかったけれど、街の散策を終えてから戻って来ることにしました。でも、街を囲む要塞の跡を見るために遠回りしてしまったので、結局、カフェには戻らないで街を後にしました。いまだに食べたかった... と悔やまれます!

カフェにいるイタリア人たちは、かなり豊かな人たちに見えました。ミラノで見かける雰囲気と似ている。

少し歩き始めたら、この街は経済的に潤っているのだろうな、という印象が強くなりました。

パン屋さんのショーウインドーにも、美味しそうなパンが並んでいました。



イタリアを旅行しているとき、レストランで美味しいと喜ぶパンに出会える確率はフランスよりずっと少ないと感じています。パスタが美味しい国なので、パンはどうでも良いのですが。


なぜかルイ・ヴィトンだらけ

また歩いていると、また気になるものがありました。

ルイ・ヴィトンのバッグを持っている人がやたらに多いのです。

オートバイに乗ったサイケ調(これは、もう死語かな?)の男の子まで持っている。

なんなんだろう?...
どうしちゃったの?...

フランスではめったに見ないので、見かけると気になるのです。

ママさんたちのお散歩だと思うのですが、左側の人がルイ・ヴィトンのバッグを持っています。



こんなに見かけるのは、日本でしか経験したことがありませんでした...。

ずいぶん前、東京で、地下鉄に乗ってから駅の改札口を通るまでの間に、幾つのルイ・ヴィトンを見るかと数えたことがありました。こんなにたくさん持っている人がいるのだ、と改めて感心したのですが、その時以来の驚きです。

ふと、このトレヴィーゾの街には有名ブランドの工場があったような気がしてきました。そうならば、街にいる人たちも豊かそうで、ファッションに気を使っているのも理解できる。


でも、イタリアなのだから、ブランドの拠点になっているとしたら、グッチあたりのはずではないですか?

それなのに、なぜルイ・ヴィトンなんか持つの?! ブランドものには疎い私ですが、ルイ・ヴィトンとグッチのバックの見分けくらいはできるのです。

その疑問は放置していたままだったのですが、これを書きながら調べてみました。Wikipediaによれば、トレヴィーゾにはアパレル会社のベネトンと、電機メーカーのデロンギの本社が置かれているのだそう。

ベネトンとルイ・ヴィトンには何か関係があるのかな?...
どうでも良いことが気になってしまう私...。

ともかく、トレヴィーゾはブルジョワの街で、こういうところには美味しい食べ物があるはずだ、と推測しました。フランスでもそうなので、イタリアもそうなのだろうと思うわけですが。

それで、ヴェネツィアに電車で通えだけが取り柄の街なんかに3泊もしないで、この街に泊まればよかったと思ったのです。夜に美味しい食事ができるのは楽しいではないですか?


おまけに、観光が楽しい街でもある

トレヴィーゾの街には河川があるので、大きな町にしては息ができるので魅力でした。しかも、歴史的建造物もたくさん残っていて、散策も楽しめました。



こういう街、つまり見どころがたくさんあって、食べ物が美味しいところに宿泊するのが、私の旅のプランとしては理想的なのです。住むのにも心地よい街だろうとも思いました。活気があって明るいのも気に入った理由の一つでした。

トレヴィーゾの観光が、いかに充実したものになるかを書くのは省略させていただきます。

このイタリア旅行シリーズで度々リンクさせていただいているブログ「イタリア・絵に描ける珠玉の町・村・そしてもろもろ!」には、トレヴィーゾについても非常に詳しく紹介されているので、そちらをご覧いただいた方が良いと思うので。

トゥレヴィーゾ・Treviso ・ その1

この街の魅力について書いたら、このくらいの量になるでしょうね。私はそんなにじっくりと観光したわけではありませんでした。また近くに行ったら立ち寄りたい街のリストに入れたいと思います。


この街の魅力は、フランス南西部にあるSaintes(サント)という街に行ったときの感覚と似ていたのでリンクを入れておこうと探してみたら、そのときのことは食べたものの話ししか日記にしていませんでした。
「ガンゲット」と呼ばれるレストラン 2005/09/07




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2011/12/11

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その16
イタリア: (9-2) ヴェネツィア
― ヴェネト州


ヴェネツィアも今回が初めてだったら、精力的に歩き回ったはず。でも9月中旬の旅行では人の多さに圧倒されてしまって、ちょっと立ち寄っただけなのだから、という気分になってしまいました。後になったら、おいそれとは行けないところにあるのだから、もっと違うことをすべきだったと反省しました。

前回の日記で書いた美術館を見たあと、そこから遠くないところにあるレストランに行きました。

10年ほど前、ヴェネチアに長く滞在したとき、気に入ってしまって毎日のように通ったレストランです。なにしろ、おいしいのに安かった。店には観光客が全くいなくて、地元の人たちばかりが来ていました。ヴェネツィアは観光地で住みにくそうだけれど、ちょっと観光スポットから離れると庶民の生活があるのだな、と気に入ったのでした。


お気に入りレストラン

店内はゴチャゴチャしていて、自分でお酌するワインも昔のままでした。

 

とはいえ、昔は籐で編んだカゴだったのではないかな?...

なんだか、違う...。



こんな、どさ~っとした盛り付けではなかったはずのです。魚をシンプルにやいてオリーブオイルがきいていて、それが美味しかったという記憶があったのです。

この後にとったパスタも、感激するほどではない。
なんだか変...

でも、途中で挨拶に来たご主人の感じの良さは、昔の記憶どおりではありました。



ふと気がつくと、食事をしているのはフランス人がほとんど。見えることろでイタリア人だと分かるのは1組だけ。

ここも観光地のレストランになってしまったのだ...。
観光客がたくさんいる海辺のテラスでも、同じような料理を食べたと思う...。

いつだったか、フランスの料理探訪テレビ番組で、ヴェネツィアの庶民的なレストランが紹介されたことがありました。ここに似ていると思ったのですが、本当にここだったのかもしれない。そうでなければ、こんなにフランス人ばかりというはずがないではないですか?

この番組はとても感じの良い料理評論家が選んだレストランを紹介するもので、とても人気があります。でも、これで紹介されてしまうと、穴場的レストランは急に人気が出てしまって問題がおこるとも感じています。

ブルゴーニュでカエル料理を出すとても気に入っていたレストランがあったのですが、この番組で紹介されてからは料理の味が目に見えて落ちてしまったので、2回か3回は行って確認したあと、全く行かなくなりました。

このヴェネツィアのレストランも、2度と行かないと思う。普通に美味しくはありましたが、わざわざ行って、ここで食べたい! という風には思わなくなったので。


もったいなかったな...

昼食の後は、人が少なさそうな対岸まで行こうと思って、ヴァポレットと呼ばれる水上バスに乗りました。

船の上は風があって涼しい。
ついでのことに、終点のムラノまで行ってしまうことにしました。
これが大失敗。

その前には、ムラノのガラス工場に行きませんか、と水上タクシーに誘われて行ったことがありました。何も買わなくて良いと言われたので乗ったのです。冬で観光客が少なかったので、無料サービスらしい。

半信半疑だったのですが、タクシーの運転手さんはお客を運ぶだけで報酬をもらえる仕組みになっているらしくて、本当にその通り。店をさっと見学して、何も買わずに出て、街並みを見学するのを楽しんだのでした。

今回気がつきました。水上タクシーは早かった! オンボロのヴァポレットは、あちこちに進みながら時間をかけて目的地に行きます。

海の上は気持ちよいのだけれど、工場や工事現場ばかりで、眺めが全く美しくない。絵のように美しいヴェネツィアまで来て、なんでこんな景色を眺めるんだ!...

目的地に到着したら、もうすぐに戻ることしか考えませんでした。日が沈みそうだったのです。ヴェネツィアの街が夕日に燃えるのを見たではないですか?



帰りの船の中では、ひたすら夕日が沈みきってしまわないことを祈りました。



夕食を食べたから宿に戻ろうかと思ったのですが、人ごみに疲れてしまったので(船の中まで混んでいた!)、少し散歩してから帰りの電車に乗ることにしました。

何回かヴェネツィアに来ているけれど、こんなに無駄な時間の過ごし方をしたのは初めて。つまりは、あのヴァポレットの旅が時間のロスだった。時間がかかり過ぎると気がついたら、途中で降りてUターンすればよかったのに。愚かな私...。

ヴェネツィアまで電車で行ける場所にあるホテルに3泊したのですが、結局、他の日は別の方向に行くことにしました。

やはり、ヴェネツィアは静かな冬に行きたい...。
でも、夏に立ち寄って、短い観光を楽しんだこともあったのだけれどな...。

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フランスの料理批評家 2008/03/14

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2011/10/20

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その13
イタリア : (8-1)  サン・ダニエーレ・デル・フリウーリ
― フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州


前日の夜、海水浴客が大勢来ているせいか大変な人手でホテルとレストランを確保するのに苦労して不機嫌になっていた私たち(そのことを書いた日記)。この日の夜は海を離れて山の方に行ったらすいていて快適な夜を過ごせるはずだ、ということで意見が一致しました。8日目の夜の宿探しです。

どこに行くかの当てもないので、生ハムの産地として有名なサンダニエーレ町に行こうということになりました。つまらない町かもしれないけれど、本場で生ハムを食べて、ついでに生ハムを買えば満足できるだろうという計画。


魅力あるサンダニエーレの町

生ハムは「サンダニエーレ」と呼んでいますが、町の正式な名前はSan Daniele del Friuli。「サン・ダニエーレ・デル・フリウーリ」あるいは「サン・ダニエレ・デル・フリウリ」とカタカナ表記されるようです。

ハムの産地なので、山の中なのだろうと想定していました。ただ泊まるだけなので、つまらないところでも我慢しようね、ということだったのですが、これが素晴らしい町だったでした。

フランス人と旅行しているときに行き場所に迷うと食べ物で有名なところに行ってみることが多いように思います。スペインを旅行したときも、 パタネグラの産地まで、山の中を延々と進んでいったことがありました。でも、そこはサンダニエーレのように観光という意味で満足できるところではありませんでした。

サンダニエーレは、旅の途中で1泊するのには理想的な町でした。つまり、見学するところがあって、静かで、美味しいものが食べられる、という3拍子。

しかも、到着してすぐに見つけたドゥオーモの近くにあるホテルで簡単に部屋を確保できました。とは言っても、少し時間はかかりました。

ホテルのレセプションの女性が電話で話していて、それがなかなか終わらなかったのです。イタリア人がおしゃべりしているのを眺めるのは楽しいのですが(ジャスチャーもあるので)、ちょっと長すぎる! 部屋がないなら他のところを探したいので受話器を離れてひと言でも応対してくれると嬉しかったのですが、延々とおしゃべりを続けていました。

でも、空き室がなかったら、何とか言うのではないかと思ったし、ホテルの前には「満室」の表示もないので辛抱強く待つ!

イタリア語で話しているのでちっとも理解できませんが、大勢で行くレストランのメニューを決めているように感じました。料理の名前が色々でてくるので。

生ハムを入れたスパゲッティーらしい料理名が出てきました。へえ、そんなのがあるの? その夜レストランに行ったらあったので、迷わずそれを注文しました。生ハムを堪能した話しは次回にして、今日は見学したところのお話しを書きます。


夕食まで少し時間があるので、町の中心にあるドゥオーモに入ってみました。外見は大したことはなかったのですが、中はご立派! サンダニエーレはそんなに栄えた町だったのでしょうか?



何も見学するところがない町は、いくら快適なホテルでも私は満足できません。それで、すっかりサンダニエーレが気に入りました。

それに観光客がほとんどいなくて、イタリアにいる~♪ という雰囲気にひたれたのが嬉しかったのです。ここまでの旅行ではドイツ語ばかり聞こえてきていて、どこを旅行しているのか分からなくなると思ったこともありました。

旅をしていて、その国の人たちを観察するのは興味深いです。イタリア人は特に、眺めていて面白い国民だと思います。ジェスチャーがすごいし、すごく気取っている男性もいる。どういう風に料理を食べるのなんかを見るのも面白い。

日本で仕事をしたフランス人の社長さんが言っていたことを思い出します。

いつも忙しい出張で外国に行くので、ほとんど観光していない。でも、少し時間があいたときにはホテルのロビーに座っているのだそう。そこにやって来る人たちを見ていると、どういう国なのか見えてくるのだそうです。そうかもしれないな… と思います。真似したことはありませんが。


度胆を抜かれたサンタントーニオ・アバーテ教会

翌朝は出発してヴェネチアに向かいます。そこではホテルを3泊予約してあるので安心。

サンダニエーレの町を出る前に、前夜に目ぼしをつけておいた店で生ハムを買うことにしていました。店が開くまでは少し時間があるので、町を少し散歩しました。

小さな教会らしき建物の前に、見事な壁画らしいものを写した余り質の良くない写真が貼ってありました。どこかでやっている催し物のPRかなと思いながら中に入ってみると、それはこの教会の壁画の写真だったのでした!



この Chiesa di Sant'Antonio Abate は、この辺りで観光するなら必見! というほど有名ではない教会のはず。それなのに、こんなに見事に残されている壁画があるなんて!

イタリアって、そういう国なのですよね。こういう驚きを何回したことか?… イタリアには何度も行っているので、もう主だったところは全部見てしまったと思っていても、いくらでも見るべきところに行き当たります。

ふらっと歩いていたときに出会う感激は大きいです。

1枚だけ壁画のアップを入れておきます。



左隅の男性はサン・セヴァスチャンのはず(日本語では聖セバスティアヌス?)。

絵画に描かれる聖人にはそれぞれ象徴があるので見分けられるのですが、教えてもらってもすぐに忘れてしまう。でも、矢を打たれた姿をしているサン・セヴァスチャンだけはすぐに覚えてしまったのです。別にセヴァスチャンという名の友達がいたわけでもないのに、なぜなのかな?…

たくさんの矢を無残に射られたセヴァスチャンの絵が多いのに、この絵の矢は1本だけ。なにか恍惚としているようにも見える美しい絵でした。

この教会の壁画は、次のサイトに入っているリンクでパノラマ写真を堪能することができます:
☆ Museo del Territorio: Chiesa di Sant'Antonio Abate


次回はサンダニエーレの生ハムについて書きます。地元で食べると、どうしてこんなに美味しいのだろうと思ってしまいました。それもこの町での滞在を喜んだ理由の一つとなりました。

― サンダニエーレの続きへ ―


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【イタリア在住者のブログ「イタリア・絵に描ける珠玉の町・村・そしてもろもろ!」】
生ハムの サン・ダニエレ・デル・フリウリ・と、おまけ


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2011/10/19

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その12
イタリア : (7-2) アクイレイア― フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州


今回の旅行で最も感激した訪問地の一つはアクイレイアでした。前回の日記の続きで、アクイレイアのバジリカを見学したときのことをメモします。


総大司教座のあるBasilica di Santa Maria Assunta

アクイレイアのバジリカは「総大司教座聖堂」とも呼ばれるので、大変な権威があった聖堂なのですね。

最も古い遺跡は4世紀とも言われますが、現在見られる聖堂はロマネスク様式と、修復されたときのゴシック様式になっています。

入ると驚くほど広い大聖堂で、祭壇にある壁画、床を覆うモザイクの見事さに圧倒されます。




見事なモザイク

モザイクが発見されたのは1909年だそうです。これだけ広大なモザイクが出てきたら大変な驚きだったでしょうね…。

出来る限りモザイクのあらゆる部分を写真に収めようと写真を撮りまくったのですが、気に入ったモチーフをお見せします。



大きなブドウの房を持った人がいます。ブドウの収穫風景? ワインは大切だものな… などと思ってしまうのですが、キリスト教でワインは神の血と表現されるから描かれているのでしょうね。

キリストの血としてのワイン。日ごろ不思議に思っているのは、「これはキリストの血である」と言って司祭さんが飲むのは白ワインなこと。血なら赤ワインにすべきだと思うのですが、いつの頃からかフランスでは白ワインになったらしい。

確かに、お昼前のミサでワインを飲むとき(司祭さんしか飲まないのも不公平だと思うけど)、食前酒のように白ワインを飲みたくなる、と私も同感します。そんなことは理由ではないのでしょうけれど! でも、ワイン産地のブルゴーニュではワインの銘柄まで指定していた司祭さんもあったのですから、白ワインを飲みたいということになったとしても不思議はない気がします。


聖堂の床にあるモザイクだけでもわざわざ見に行く価値があると思ったのですが、博物館のようになっている部分(ここはクリプトだったと思う)にあるモザイクはもっとすごかったです。

床の周りを歩けるようにガラスで覆った道ができていました。ガラスはもっと上も下も磨いておいて欲しかったですが、文句は言えない…。



雄鶏と一緒にいるのは亀なのだそう。始めに見たときはカエルかと思いました。写真では甲羅がついているのがよく見えますね。

もっとたくさんモザイクが見える動画を入れておきます。




クリプト(地下礼拝堂)の壁画

初期の教会が土台になっていた部分であるクリプト(地下礼拝堂)は2つ見学でき、それぞれに特徴があるというのも凄い。

壁面をすっかり覆う壁画があるクリプトの方には圧倒されました。壁画は12世紀に描かれたものなのだそう。



こんなに美しいクリプトを今までに見たことがあったかな?... しばらく居座って、色々な角度から写真をとりました。

でも、狭いクリプトなので全体の様子がでません。こちらも動画を入れます。




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☆ Wikipedia: Basilique patriarcale d'Aquilée

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アクイレイア・グラード 2007/03/ 27
アクイレイア・ローマに次いで栄え、そして衰退の町 2006/05/27


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2011/10/19

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その11
イタリア : (7-1) アクイレイア― フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州


ヴェネチアの近くにホテルを確保していて、そこに行く前の一泊をどこにするかと迷いました。

候補にしたのは海沿いのグラードか、遺跡のあるアクイレイア。結局、イタリア人のアドバイスに従って前者にしたのでした(そのことを書いた日記)。

グラード(B)とアクイレイア(A)の位置:

大きな地図で見る

アクイレイアで泊まれば良かった... と今だに悔やんでいます。でもこの町にあるホテルに空室がなかったかも知れないのだから諦める!

何も予備知識がなかったら、こんなところで文化が栄えたことがあったとは想像しないような平凡な平地。そんなところにアクイレイアはありました。


鐘楼に登ったときに撮影した写真


アクイレイアは古代ローマ時代から中世初期まで栄えた都市だった

アクイレイア(Aquileia)は、古代ローマの都市として発達し、中世初期まではイタリア北東部の中心都市だったのでした。

アクイレイアはローマ帝政初期には大司教座も置かれ、ローマ帝国第四の豊かな商業都市であったが、5世紀にフン族のアッティラにより都市は破壊された。遺跡の多くは未発掘のまま地下に眠っている。

総主教聖堂バジリカの床下から発見された床一面を覆う4世紀のモザイクは壮観そのもので、アクイレイアが東方・中央ヨーロッパへの中継地として、キリスト教伝導という宗教的にも重要な役割を担っていたことがわかる。

イタリア政府観光局より


栄華をほこっていた時代の姿を見ると、こんなに賑わっていたのかと驚きます。今は静かな田舎町に見えましたので。


ニュルンベルク年代記(1493年)』に描かれていたアクイレイアの姿

「アクイレイアの遺跡地域と総大司教座聖堂のバシリカ」として世界遺産に指定されています。確かに、ここは保護して、さらに発掘することを応援するに値にします!


バジリカを見学し始めたらミサが始まった

ここら辺が見どころなのだろうと駐車場に車を止めると、バジリカと鐘楼が見えました。



でも、この姿を見ただけではバジリカの中にこんなに凄いものが残っているとは想像できませんした。

バジリカに入って、床のモザイクの素晴らしさに圧倒されていたら、ミサが始まるからと追い出されてしまいました。

信者であればどんな教会でするミサにも価値があるのでしょうが、こんな素晴らしいところでミサに参加できるクリスチャンは幸せだと思ってしまいます。

ミサの準備が始まっていました。ミサの七つ道具(?)も見事。



お邪魔をしないように外に出て、横にある鐘楼を登ってから、また聖堂に戻って見学を続けることにしました。

鐘楼の階段を上るのは非常にハードでした。高いところからの景色が見えるくらいで、屋上にある鐘を除けば何も見るべきものはなかったので、わざわざ登ることもなかった…。地上に降りてきたときには足がワナワナと震えていました!


古代遺跡も見学

まだミサは終わらない様子。それで、少し聖堂の周りを散歩し始めたのですが、遺跡がある散歩道の入口らしきものが見えました。「らしき」というのは書いてあったイタリア語を勝手に読み取ったからです。

少し入ってみると、遺跡のかけらのようなのがゴロゴロと道端に置いてある。これは見学しなければ! というわけで歩き出しました。



価値があるものは博物館に入れて、それでも残ってしまったものを散歩道に放置しておくのかな?… フランスだったら博物館に入れてしまうだろうなと思うような立派なものも転がっていました。

散歩道の行き止まりのところは、海に通じる小川の港だったようで、建物の礎石が残っていました。

散歩道をまた戻って、今度は古代ローマ遺跡の発掘現場に行ってみました。鐘楼に登ったときに見えていたからです。

アクイレイアの観光スポットとしてはフォロロマーノもあるのですが、これは町を出るときに遠くから眺めるだけで終わりにしました。

散歩をしていたらミサも終わってくれたので、またバジリカに戻りました。



Aquileia e l'antica cucina Romana clip from sg on Vimeo






― アクイレイアの続きへ ―


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AQUILEIA
☆ Wikipedia: アクイレイア

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アクイレイア・グラード 2007/03/ 27
アクイレイア・ローマに次いで栄え、そして衰退の町 2006/05/27
アクイレイア その2 ・ アルティーノ 2006/06/03

イタリアの世界遺産一覧


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2011/10/18

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その10
イタリア : (6) レストラン ― フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州


前回の日記に書いたドゥイーノ城の見学を終わるとお昼の時間になっていました。海に沿った道を車で走りながら目ぼしいレストランを探していたのですが、いつの間にか方向を間違えたらしい。

それに気がついたのは、すでに見学していたミラマーレ城はこちらという標識が見えたからです。ヴェネチアの方向に走らなければいけないのに、これでは逆方向です!

海に沿って断崖になっている道なので、おいそれとUターンすることもできない。仕方なしに走っていたらレストランを示すマークが見えました。

STOP、STOP! レストランの駐車スペースに入りました。


イタリアに行ったら、こういうところで食事したいと思う

レストランは海を臨む断崖の上に立っていて、気持ちがよさそうなテラスまであります。ラッキー♪ 道に迷って時間を失ったことなんかふっとんでしまいました。

イタリアの海沿いに行ったときには、こういう風に海を見下ろす場所にあるレストランで食事するのが最高だと思っているのです。

食事をしながら眺めた景色です↓



お料理もおいしい♪

メイン料理は魚、海老、イカを焼いた盛り合わせにしたのですが、イタリアの調理法はアルデンテの具合が素晴らしい、と絶賛する例。胃にもたれない、こういう料理が大好きです。



眺めが気持ち良いのもあって、今回のイタリア滞在では一番堪能できたレストランになりました。

お給仕の女性がとても感じが良いのも、食事を楽しめた理由の一つでした。彼女はフランス語を話すのです。「少しだけ話します」と言っていたけれど、ちゃんと冗談も通じるくらいにご立派でした。

今回の旅行で行ったイタリアの東の外れからクロアチアにかけては、イタリア人たちは例外なくと言えるほどドイツ語で話しかけてくる。私たちは参っていました。

フランス寄りのイタリアだと、かなりフランス語が通じるので、互いにフランス語とイタリア語をチャンポンにして話しても会話になるのです。そうでなければ、英語になるのですが、ここら辺は事情が違うらしい。

オーストリアがすぐ近くだし、オーストリアの領土だったこともある地域なせいでしょうね。オーストリア人の観光客が非常に多いように感じました。それとドイツだって遠くない。だから、観光客を相手にする人たちはドイツ語を学ぶのだろうな?...


人それぞれに好みがあるのだから…

久しぶりにフランス語を流暢に話すイタリア人に出会えて感激した私たち。かなり行き当たりばったりの旅行だったので、その日の夜はどこの町に泊まったら良いかとウエートレスさんにアドバイスを求めてみました。

その日の夜は、海沿いにあるGrado(グラード)か、古代遺跡があるAquileia(アクイレイア)にしようと思っていると告げます。

お給仕の女性の答えはこうでした。
- グラードは海水浴場があって、良いところですよ。
- アクイレイアには、なんにも無いですよ。

車の中でフランスのガイドブックを読んでいた私には、アクイレイアが非常に魅力的に見えていました。古代遺跡があるし、世界遺産に指定されているくらいなのだから、「なんにもない」ということはないと思うのだけれど…。

私たちは海水浴をする予定は全くありませんでした。でも、フランス人たちって、フランス語を話す人に出会うと、その人に手放しで好感を持って、その人の言うことを全面的に信じてしまう傾向が強いらしい。

グラードに行ってホテルを探すことになりました。それによって、今回の旅行で最大の難儀に遭遇することになったのです!

人の言うことをそのまま受け取ってはいけない!


グラードの港で信じられない苦労をする

グラードの旧市街には古い建築物もあって魅力的そうに見えました。でも、夕方になっているのだから、まずホテルを確保しなければならない! ところが、行くところ、行くところ、ホテルは満室の返事しか返ってきません。

港に望んだあたりは人で溢れかえっていました。9月上旬の旅行だったのですが真夏のように暑い。それで海水浴の人たちが大勢いるようです。しかも、気がつけば週末でした!

海を臨む部屋に泊まりたいと思っていたのですが、それは無理だろうと諦めて、何でも良いから部屋を確保しようとしました。ようやく「海側でない部屋なら空きがある」というホテルを見つけたのですが、車を止めるスペースが見つからない! 運転している人だけ駐車場探しをさせるのも悪いので、一緒にグルグルと町中を回って、発車しそうな車を探す。

クタクタになりました。

でも、この町にはレストランが異常なほど多いことをマークしていました。街中に泊まるメリットです。レストランがよりどりみどりというのは嬉しいではないですか?

イタリアは食事の時間が遅いので、少し街を散策しながらレストランの品定めをしました。8時過ぎになってから、候補にしたレストランに入ったのですが、予約がないなら席がないと冷たく言わました。

おいしそうに見えるところはどこも満員。少しランクを落としても、やはり満員。これだけレストランがたくさんあるのに、どうなっているの?!... しかも、満杯のお客さんで忙しいらしく、レストランの前に立っていても完全に無視される!

食べないで寝てしまおうかとも思ったのですが、それも寂しい。「こんなところで食事したくないよな~」というレストランで席を確保しました。今回の旅行でした食事の中で最悪の料理を食べました。スパゲッティーは、私だってこんなのより美味しいのができる… と思ってしまったレベル。


グラードの唯一の良い思い出は朝食

ホテルの港が見えるテラスでとった朝食は、今回の旅行では最高だったと軍配をあげます。



コーヒーもおいしいし、ビュッフェの料理も豊富で、どれもおいしい。

いくらか気をとりなおしました。でも、グラードの街への恨みは消えない。見るべきところが幾つもあるようでしたが、私たちは観光する気になりません。

朝食が済むと、ただちに出発。

車を走らせていると、アクイレイアの方向を示す道路標識が見えてきました。「なんにもない」と前日に昼食をとったレストランで言われていたのですが、通りかかったので寄ってみることにしました。

いや~、すごい! ここを逃したらバカだと断言できるほど素晴らしいところだったのです。ホテルも見えたので、ここに泊まりたかったな… と思ってしまいました。

こんなに見事なモザイクや遺跡が残っているのに、「アクイレイアには何にもないですよ」などと言い切ってしまう感覚って、何なのでしょう?! でも、歴史には全く興味がなくて、海がないところの価値はゼロだと感じる人はいるのでしょうね…。

次回は、そのアクイレイアに行ったときのことを書きます。


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【イタリア在住者のブログ「イタリア・絵に描ける珠玉の町・村・そしてもろもろ!」】
グラード ・Grado・歴史持つ干潟の島


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2011/10/16

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その9
イタリア : (5)  ドゥイーノ城 ― フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州


トリエステ市の方向に向かう途中でミラマーレ城(Castello di Miramare)の見学をすることにして車を走らせていたとき、目的地に近くなったころにチラホラと見える城がありました。

私の趣味に合った古城に見える。ミラマーレ城は19世紀の建築というので興味がなかったので、そちらのお城の観光をしたくなりました。

「Castello di Duino」と書いてある。「行ってみたい~」と言ったのですが、予定変更は認められませんでした。ガイドブックにも書いてないので大したお城ではないだろうというのが反対意見の理由。

地図で確認してみたら、この2つの城の間は14キロくらいだったのですね。


大きな地図で見る  (A) Castello di Duino   (B) Castello di Miramare

なぜか惹かれた城のシルエット。このドゥイーノ城に行けなかったのがとても残念に思いました。

クロアチアの滞在を終えてイタリアに戻ったときに同じコースをたどったため、またドゥイーノ城を示す道路標識が見える。

それで、今度はこの城に行ってみることになりました。旅行7日目のことです。


ドゥイーノ城 (Castello di Duino)

お城と呼ぶのにふさわしい風格を備えた城でした。



素晴らしい立地にあるお城です。海に突き出した土地に立っているこの城からの眺めは、実に美しいものでした…。海から城を眺めた写真はこちら

「ミラマーレ城よりは、こちらの方がずっと見学する価値がある」と、行く気にはならないでいた旅行仲間も同感していました。

ドゥイーノ城からの眺めです。



右手に写っている岩山には、もっと古い城の廃墟があります。

今年から見学できる、というようなことがイタリア語で書いてあったのですが、この日はクローズしていると言われました。どこから行けば良いのかと聞いた切符売り場の人はイタリア語しか話さないので、なぜ行かせてくれないのかまでは聞けませんでした...。

城の廃墟が好きなうえに、こんな岩山にどうやって行くのかにも興味があったので、とても残念...。

城の内部では楽器のコレクションが見事でした。素晴らしい海の景観とお城の見学だけでも満足できたのですが、庭園にbunkerがあるとのことなので、行ってみました。第二次世界大戦中にドイツ軍がつくったコンクリートの防護陣地です。

bunkerというものはフランスを旅行していると時々出会うのですが、日本語の訳語は「トーチカ」のようです。日本にも残っているのかもしれませんが、私は日本では見たことがありません。

一昨年ノルマンディー上陸作戦の舞台になった地域を旅行したときに嫌というほどトーチカを見ていたのですが、ここのは凄かった! よくぞこれだけ岩の中を掘ったと驚く規模なのです。

深さ18メートル、面積は400平方メートル。



洞窟の中にはナチスの遺品も展示されていました。




この城の長い歴史について書くのは省略させていただきます。下に入れる動画と情報リンクをご覧ください。



始めに登場してインタビューを受けているのは地元の歴史研究家、後半は城主のPrincess della Torre e Tasso。


ブログ内の関連記事:
青空を求めて岬に向かう 2009/11/09
*ノルマンディーで見たトーチカ

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ドゥイーノ城に関する情報リンク
☆ 城のサイト: Castello di Miramare - Museo Storico

【イタリア在住者のブログ「イタリア・絵に描ける珠玉の町・村・そしてもろもろ!」】
ドゥイーノのお城・トリエステの海に臨み (2011/07/20)
トリエステの海に臨み・ドゥイーノの城 2 (2011/07/21)
リルケの小道・ドゥイーノ・DUINO (2006/04/03)


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2011/10/15

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その8
イタリア : (3)  気に入ったレストラン ― フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州


ミラマーレ城を見学した話しを書いたのですが(このページから)、お城に着いたのはお昼少し前でした。観光地として有名な城らしいので、城の中にレストランがあることを期待しました。

駐車場の係りの人に聞いてみると、カフェはあるけれど、レストランはないとの返事。仕方ない。来てしまったのだからと見学したのでした。

城の観光が終わるとレストラン探し。といっても、目的地のクロアチア方向に車を走らせながら、レストランがあったら食事しようと決めただけですが。

大きな町は避けて、どうせなら海辺で食事したい。ところが、海岸線を走れど、走れど、ここで食べたいというレストランに行きあたりません。

このまま行ったらスロヴェニアに入っちゃうぞ~ というところで、おいしそうな漁港に差しかかりました。おいしいレストランがありそうな予感がした、という意味です。


小さな漁港で昼食

船が泊まっている小さな港のほとりに何軒かレストランがあるようです。

しゃれた風のレストランの前に立ったら、ミシュランご推薦のシールが入口に張ってありました。メニューを見ると、なかなかアトラクティブ。

何年か前からミシュランは、星を与えるほどではないけれどリーズナブルプライスで美味しいレストランを推薦するようになったのですが、イタリアのレストランでも同じことをしているようなのです。

ミシュランが勝手にするランク付けというのは好きではなかったのですが、推薦レストランで食事したら驚くほど美味しいのでごひいきになりました。いつのことだったかなと調べてみたら、2007年にイタリアのMonte Argentarioに滞在した旅行のときに立ち寄った街(どこだったかは忘れた!)でのことでした。


ミシュランのシールが貼ってあるレストランは、ボリュームより洗練さで勝負しているのを評価した選択肢らしいと感じています。大食漢でない私にはぴったり。

今日はびっくりするくらい美味しい料理を食べるぞ~、と張り切る私。

ところがレストランの中に入ってみると、ここでは食べたくない気分になりました。この暑さなのに、海に臨むテラスに面したところがふさがっていて風通しが悪いのです。

なぜ、せっかくの港町の空気を入れないの?! 海沿いで食事しようと思ったのに、それはないぞ~!

迷わずそこは出て、すぐ近くの庶民的なレストランに行きました。


どこか普通と違うレストランだった

こちらは屋上のテラスで食事するようになっていて、まるで船の上で食事する感じになっていました。



お隣のように洗練された料理は出ないだろうけれど、昼はこういうところで食べたいです。

魚介類の料理しかありませんでした。でも、港町で食事するのですから、それが一番。

イタリアを旅行したときには、レストランにいる人たちが何を食べているかに注目する傾向にあります。イカのから揚げを食べている人が多い。ここのご自慢料理なのだろう、と判断。

かなりのボリュームなので、イカばかり食べるのはどうかと思って、盛り合わせのから揚げを注文しました。



理想的なから揚げです。全く脂っぽくない!

フランス人を食事に招待したとき、天ぷらをつくることがあるのですが、日本でつくるようにカラっと揚がらないので参っています。オリーブオイルをつかったら良いのだろうと思うのですが、フランスで買うオリーブオイルは高価なので、天ぷら油の代わりなんかには使えないのです…。

ワインはボトル詰めではなくてピッチャーに入ったもの。それをコップで飲むのも田舎風で楽しい。

ちなみに、その前にとった前菜は、こちらでした↓



こちらもすごいボリュームですが、美味しかった…。素朴な料理だけれど、魚介類が新鮮でとてもおいしい。

それに、このレストランは非常に安かったのも魅力♪


Ittiturismo って何なのだろう?

店の中に書いてある張り紙などに「cooperativa」という文字が見えるので、漁師の共同組合なのだろうと想像しました(フランス語のcoopérativesに相当するのだろうと想像)。

このリラックスしたレストランの雰囲気は、漁業組合が経営しているのに間違いないと思えてくる。

イタリアには、農家の人たちが観光客にサービスを提供する(民宿、レストランなど)「アグリツーリズモ」という活動があるので(フランスではアグリツーリスム)、それの漁師版なのではないかと思いました。

レストランの名前についている「Ittiturismo」はキーワードのはず。「turismo」はツーリズムだとして、その前についている「itti」とはなに? それに似た「ittico」が「魚の」だとすると、漁ツーリズム?...

食事を終えてから港を少し散歩したら、レストランで見たのと同じロゴと名前がついた船がありました。つまり、自分でとった魚介類をストランで食べさせているレストランなのではないかな?…

これを書きながらフランス語の情報を探したら、イタリアには漁業関係者のツーリズムとしてPescaturismoIttiturismoがあるのが分かりました。

調べるついでに、どこにあったレストランなのかも探してみました。写真に写っていたランチョンマットにレストランの名前らしきものが書いてありましたので。

 

実は、クロアチアからイタリアに戻ったとき、またここで食事しようと思ったのですが街の名前を思い出さなかったので気になっていたのです。

ランチョンマットに書いてあった文字を頼りに検索してみたら、レストランをつきとめることができました(ITTITURISMO LA TERRAZZA)。 場所は、こちら。本当にイタリアからスロヴェニアに入る国境に近かったのだ…。

イタリアで食事するとき、こういう素朴な料理が大好きです。洗練されたイタリア料理と並べても、甲乙をつけにくいくらいに好き。「洗練された」という点のレベルが低いなら、迷わず素朴なイタリア料理に軍配をあげます。


ブログ内の関連記事:
ミシュランのガイドブックは悪くない、と思ったのはイタリアだった 2008/03/13
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情報リンク
【Ittiturismoについて】
le pesca tourisme (PDF)
PêcheTourisme & Ittiturismo

【レストランがあった町について】
ムッジャ ・ Muggia ・ トリエステ湾の、小さな港町

Agriturismo.it


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2011/10/15

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その7
イタリア : (2-2) ミラマーレ城 ― フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州


前回の日記ではミラマーレ城の暗い歴史を書いたのですが、お城を見学していた私には全く予備知識がありませんでした。

こういう内装は全く私の趣味ではないな… などと無関心に眺めていたのです。それでも、すっかり気に入ってしまった部屋がありました。


あなた様はマキシミリアンでは?



私たち観光客は綱の向こうには入ってはいけないのですが、ソファで寝そべっている方がいたのです。

観光客がたくさんいたのですが(特にオーストリア人たち!)、そんなのにはお構いなしにクークーと寝ていらっしゃいました。



19世紀に城主だったマキシミリアンが生き返った姿、という曰くのある名物猫なのでしょうか?…

博物館のようなところで、こんな猫が部屋の中にいるというのをご覧になったことがありますか? 私には初めてでした。

各国語で「猫」という言葉が飛び交い、観光客たちの注目を集めていました。もしも意図的に猫を配置していたのだとしたら大成功です!

でも、猫殿がソファで爪とぎでも始めたら被害になると思うけど…。

フランスで観光しているときだったら、切符売り場の人に「なにか理由があって猫がいるのでしょうか?」と聞いてしまったかもしれない。でも、言葉ができないので黙っていました。

それに、係りの人が気がつかないでそうなっていたのだとしたら、私が変な質問をしたために猫を追い出してしまって可哀そうですから!

ともかく、この猫ちゃんにはマキシミリアンという名前をつけました。




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Castello di Miramare - Museo Storico


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2011/10/14

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その5
イタリア: (1) ベルガモ  ― ロンバルディア州


イタリアとの国境にある海抜2,000mのモン・スニ峠の夜は寒いだろうと覚悟して、冬のコートを持っていたのが重宝しました。

せっかく山の上に来たのに、霧だか雲だかで視界が遮られているのが残念。ホテルの経営者夫妻は申し訳なさそうな顔。

いえ、いえ、これは貴方がたの責任ではありません!

マダムは、雲はよくイタリアの方向から流れてきて暗雲が立ち込めるのだと話しました。すぐそこにある国境の向こうはイタリアのロンバルディア地方(だったかな?)なので、流れてくる雲のことをロンバルディアっ子みたいな呼び方をしているのだそう。

「雲があがってくると、またイタリア人たちがスパゲッティーをゆで始めた、と言うんですよ」、とマダム。

へぇ、ここの人たちはそういう表現をするのですか?! と面白がったら、それはマダムが言っているだけの表現なのだそう。


イタリアに入ると…

イタリアに行くと、いつも感じることがあります。フランスなりスイスなりからイタリアに入ると、素晴らしい晴天なのです。

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」というのがありますが、まさにその感覚。どうしてこうも違うものかと驚くほど太陽が違う。イタリアって祝福された国なのでしょうかね?…

分厚いコートはイタリアに入ったとたんに脱ぎ捨てます。
そして、やたらに陽気になる♪

モン・スニ峠の寒さほどではないにしても、この夏からずっとブルゴーニュでもうんざりするくらい寒かったのです。イタリアの強い日差しが嬉しい♪  青空が嬉しい♪

このときハンドルを握っていた友人も、すっかり上機嫌になりました。フランスで運転するときは、歩行者を見れば「車道は車が走るためにあるのに、なんで道路を歩いているのだ」とか、邪魔な車には「運転免許を取り上げるべきだ」とかブーブー言うくせに。

街を横断するときも、道路を横断する人に「どうぞ、どうぞ」と道を譲っている。「マーマをひいちゃったら、今夜は誰がパースタを作るの~?!」と、イタリア訛り風のフランス語を繰り返して面白がっている!

「イタリア人はスピード制限なんか気にしないだ」と知ったかぶりの顔で言って、ありったけのスピードを出して喜んでいます。私は怖くなりました。ひと昔前まではフランスでも高速道路で時速160Kmだすことが多かったのですが、取り締まりが厳しくなった最近は130Kmで走るのにすっかり慣れてしまっていたのでした。

「イタリアも、最近はスピード違反の規制が厳しくなったと聞いたよ~」、と言っても無視されました。レーダー探知機があるという標識(Ccontrollo elettronico della velocità)は時々あるのですが、それらしき探知機は全く見えません。フランスのとは違って、ちょっと目には見えない形なのではないかな?...

「これがイタリア式運転♪」などとやって喜んでいる。前だけ見て走れば良いのであって、後ろは気にしない。STOPの標識があっても、そこで止まると後ろから来る車に衝突されるから止まらない。曲がるときもウインカーを出さない(観察していたら、本当にそうでした)。などなど...。怖い、怖い!


ベルガモで昼食することに

でも、イタリア北部の高速道路は交通量が多いですね。

フランスだって、パリ近郊は混雑していますが、すぐに抜け出てスイスイ走れるようになります。ドイツをドライブしたときにも思いました。スピード制限がなくても、これだけ路面が悪くて車が多かったらすっ飛ばせません!

結局、フランスは異常に人口密度が低いのかな~?…

それにしても渋滞が激しすぎると思っていたら、事故でした。それも大きな事故らしい。

ベルガモのところで高速道路をおりなければならないらしい。それなら、ベルガモの旧市街は美しいので行ってしまおう、ということになりました。ちょうど昼食の時間でしたので。 


イベントがあったらしい

イタリアが大好きなのです。滞在期間を合計したら、1年は超過するはず。ベルガモもたっぷり堪能する滞在をしたことがあるので、今回は観光抜きで昼食だけというのは残念ではありません。

ヨーロッパ諸国は旧市街の保存に熱心です。たった3時間くらいいただけでも、美しい街並みを散策しながら歴史の重みを感じることができます。

イタリアの街って歴史的建造物がぎっしり詰まっていて美しいな… と思いながら歩いて、お気に入りのカフェで食前酒。

美しい広場を眺めるテラスでカンパリ・オレンジを注文。前に来たときと同じように、おいしいオリーブなどのオツマミがついてきて、本当のカンパリ・オレンジって、こういうのだよな… と思うのを飲みました。

イタリアといっても晴天ばかりとは限らないのは当然。ベルガモでは曇り空でした。

入ったカフェがあるのは、素晴らしい歴史的建造物が集中している広場(ヴェッキア広場という名前?) 。

今回は様子が一変していました。



地面は芝生風になっていて、植物がたくさん植えられていました。よく見ると、植木鉢に入れたものをうまく並べているだけ。

寝っころがれるようなフワフワの大きなクッションも置いてある。

写真の右上に入れたのは、広場にあったパンフレットのタイトル文字です。イタリア語とフランス語は似ているので、なんとなく「広場における花と草」と読み取れるので嬉しい。

いや、何語も分からなくても想像できるタイトルじゃないの? ごもっともです!

パリ市も、町に田舎の雰囲気を出そうと努力していますが。街のあちこちに市民農園や子供たちが世話できる野菜畑などを作ったり、夏にはセーヌ河畔を浜辺風にしたり。都市にも田舎を! という政策はあちこちで流行っているのでしょうか?

こういうイベントは、殺伐とした東京こそやって欲しいな...。

このイベントの関係なのでしょう。そこから出た通りの商店には、どこも同じカゴが置かれていました。



しゃれているな~。イタリアって、フランスよりセンスが良いぞ~。

久しぶりに来たせいもあって、すっかりイタリア万歳になってしまった私でありました…。


ベルガモで確認したイタリア風の共同洗濯場 

ベルガモに立ち寄ったのは、モン・スニ峠で見たニガヨモギが、イタリアの山の中の村で昔は洗濯で使われていたのではないかと感激した日(そのことを書いた日記)の翌日でした。

そのきっかけとなったイタリア在住者のブログにあったイタリア式共同洗濯場は私には大発見でした。フランスのとは少し違う。だから、イタリアを旅行していたときに昔の共同洗濯場があっても目にとまっていなかったのだろうと気がついたのでした。

イタリア式と思われる共同洗濯場と思われるものがベルガモの街にあったのです。

 

何がフランスの共同洗濯場と違うかというと、洗濯をする人が個別に洗濯できるように区切りがしてあるのです。



私が見たフランスの共同洗濯場はプールのようなところでジャブジャブ洗うわけなのですが、そうすると、皆の洗濯物の汚れを分かち合うことになるので気持ち悪いではないですか?

イタリアのは、ちゃんと個人用に洗い場が分かれているのです。非常に合理的!

イタリアの共同洗濯場も、私が見慣れているフランスのと同じように、初期には仕切りなんかなかったのではないかと思います。 フランスでも、こういう仕切りをつけた共同洗濯場があるのかもしれない。まだであったことがないので、注意してみようと思っています。

それにしても、ベルガモの共同洗濯場。shinkaiさんのブログを読んでいなかったら、気にもとめないで通り過ぎてしまったところだと思います。

たかが洗濯をするだけのものなのに、楕円形の見事が形になっていて、本当に美しい洗濯場でした。

ブログ内の関連記事:
目次: 昔の共同洗濯場と洗濯機
パリのシャンゼリゼが農場になった! 2010/05/23
★ このシリーズ記事の目次: イタリア経由 クロアチアへの旅
目次: 旅行したときに書いたシリーズ日記のピックアップ


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