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2008/09/09

シリーズ記事 【スイス旅行記】 目次へ
その4


ヴァカンスのシーズンが終わる8月末はホームパーティーづくしでした。

その少し前だと、親しい友達を集めてホームパーティーをしようと思っても、みんながヴァカンス旅行にでかけていて留守。となると、みんなが旅行から帰ってきていて、しかも未だ夏休みシーズンは終わっていないという8月の終わりの時期が選ばれるわけです。

それぞれがヴァカンス旅行の話しをします。
「そこ、行ったことがある♪」となると、話しも楽しくなります。


また行こう! と思っていても・・・

そんな話しをしていたとき、ふと、また行こうと思っていたのに実現していなかったところが多々あるのに気がつきました。

また来たいと思っても、次に旅行するときには、やはり一度も行ったことがないところを選んでしまうからでしょうね。それから、どこだったか忘れてしまう小さな村もある。

というわけで、今回のスイス旅行で「また来たい!」と思った小さな村をメモしておきます。

この風景が見えた村です ↓

スイスで見つけた小さな村からの眺めです


グリンデルヴァルトは変わった?

初めてヨーロッパを訪問したのは、15日間ヨーロッパ駆け足旅行ツアーでした。どうしてそんなに主要観光地巡りができてしまったのかと思うほど、おもだったところを観光してしまいました。

その中で、印象に残っていたのは、スイスではグリンデルヴァルト

先月、久し振りにスイスに行ったので、グリンデルヴァルトのあたりで宿泊したいと思いました。

インターラーケンから車を進めてグリンデルヴァルトに到着してみると、私の記憶に残っていたグリンデルヴァルトとは全く違うので愕然としました! むかし私が行ったときには、こんな人ごみの観光地ではなかったのです・・・。それに、少し前までは見えていた雪山が、眼前に迫る山々の影になっているので全く見えない!

一緒に旅行していたフランス人たちは、こんな人ばかりの観光地は嫌いだと不満をもらしています。

でも、たぶんスイスの中でも美しい風景が広がっている地域のはずなのです。ちょっと離れたら、アルプスの少女ハイジの世界が広がっているはず・・・。

「こんなところからは早く退散しようよ」と言う友人たちを尻目に、私はツーリストオフィスで穴場を教えてもらおうと思いました。

グリンデルヴァルトには日本のツーリストオフィスもできていました。向かう途中の車の中で読んだフランス語のガイドブックに、驚くべきこととして記載されていたのですが、こんなに立派な建物だとは思っていませんでした。

でも、穴場を教えてもらうのは日本人観光客向けの案内所は不適当だろうと思って、普通のツーリストオフィスの方に入りました。


グリンデルヴァルトのツーリストオフィスで

ちょっと順番を待つ必要があるみたい。

フランス語で長々と親切にホテル探しを手伝っている人ではなくて、なんだか分からないドイツ語をしゃべっている人の方に並びました。

ようやく順番が来たので、まず「フランス語を話しますか?」と切り出しました。ここはドイツ語圏なのです。

NOの返事が返ってきたので驚きました。フランス語はスイスの公用語のひとつなので、こういう場でそれを話さない人が働いているとは想像もしていなかったのです。

隣の人はフランス語を話せるから、と言います。でも、さっきから延々と観光客の応対をしているのですから、その後に並びたくはない。私は順番を待っても良いのですが、一緒に旅行していたフランス人たちが待ちきれないだろうと思うと、列を変える気にはなりませんでした。

英語は話すとのことなので、英語に切り替えました。彼女はネイティブのように流暢に話します。下手な外国語同士で話すとどうしようもなくなるのですが、片方が流暢に話してくれるなら会話が成り立ちます。

英語でインフォメーションをもらうことにしました。、

こういう人ばかりの観光地には泊まりたくない、ユングフラウヨッホの雪山が見えるところにあるホテルに泊まりたいのだ、と説明しました。

「ここは人が多すぎる?」なんて反応します。ここが人ゴミだらけの観光地でなかったら、どこを観光地化されてしまった名所と言いますか?!・・・


穴場を教えてくれた!

こんな観光地のツーリストオフィスの応対は冷たいだろうと覚悟していたのに、とても親切な女性でした。幾つかのホテルに電話して、空き部屋があるかとか料金とかを確認してくれます。

でも、雪山を見たいなら、高山から離れるか、電車に乗っていかないとだめとのこと。一緒に旅行していたフランス人たちが、車を駐車場に残して電車でホテルに行くなどということを承諾するはずはありません・・・。電車を待つ間も人ゴミの中で不愉快な思いをさせるはずですから。

この辺りで宿泊するのはやめにして湖のほとりで宿をとることにするから、その前に車で行けて美しい風景が見える場所はないだろうか、と条件を変更してみました。

ようやく、この村に行けば、ユングフラウヨッホの雪山が見えるという村を教えてくれました。数軒しかない小さな村で、きっと私の気に入るだろうとのこと。

車でも行けて、雪山が見えるのは、ここだけたと言います。話しているうちに思いだしたのでしょうか?・・・ ホテルが1軒だけあるからと電話してくれたのですが、誰もでてこない。

話しているうちに、ツーリストオフィスの女性には熱が入ってきました。きっと気に入るから、行ってみるだけでも価値がある、と強調するようになりました。

そういうところがあるなら、始めから言ってくれれば良かったのに!・・・ でも、普通の観光客に薦めるような村ではなかったのでしょうね。

車で30分くらいで行けるとのことだったので、ともかく行ってみることにしました。もう午後5時くらいになっていたのに、ホテルが決まっていないのは不安ではあったのですが!


宝石のような小さな村♪

もと来た道をたどって、その途中にある小さな道に入りました。

行き止まりにある村のはず。それで、その村にしか行くしかない道なのに、トンネルが長々と続いていました。

期待していた通りの村でした!

ツーリストオフィスの人は「数軒あるだけ」と言っていたのですが、十数軒はあったのではないかな?

でも、ひなびた小さな山村。

こういうところに泊まりたかった! 車を下りて、まっさきにホテルに向かいました。もしかしたらサニタリーは共有ではないかと思う質素なホテル。でも、そんなのはどうでも良い!

雪山が見えるテラスにカフェがありました。ホテルの人らしい人に声をかけると・・・

今夜は満員、との返事。
がっかり・・・。

宿泊代は安そうなホテルなので、山歩きをする人たちが長期滞在をしているのではないかな?・・・

仕方なしに、村を散歩しました。

どこからも美しい山々が見えます。山の中の、忘れ去れれたように静かな村。こういうところに泊まりたかった・・・。

こういうところに別荘を持つのも良いな・・・ とも思いました

野宿したい気分になったのですが、一人で旅行しているわけではないので勝手にはできません。

夕方だったので、そうのんびりもしていられない・・・。宿はまだ決まっていないのですから。

村の散歩を終えてから、ホテルのカフェでビールを飲みました。

なごりを惜しんで眺めた景色 ↓



第2候補にしていた湖畔の村まで下りて、その夜はガイドブックに出ていたホテルに泊まりました。


いつか、ちゃんとホテルの部屋を予約して、あの村にまた行ってみたい・・・。

そう思っていたのですが、ホテルの名前をひかえていませんでした。と言うか、ツーリストオフィスの人が小さな紙にホテルの電話番号をメモしたものをくれていたのに、無くしてしまった・・・。いい加減な私・・・。

村の名前はIsenfluhだったと思うのですが、確かではありません。でも、自分のためにここに書き残しておきます。


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2008/09/05

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その3


子どもの頃に持っていた性格とか好みとかは、大人になっても引き継いでいるものではないでしょうか?

あるいは、何かのきっかけで好きになったことが、大人になってまでも引き継がれるものなのか?・・・ だとすると、親が子どもにしてあげるということは非常に大きい。でも、子どもが影響を受けるのは親からだけではない、というわけですから救われる・・・。

私の記憶に残っているのは、幼稚園に通う少し前くらいからです。つまり、赤ん坊のときの記憶は何もないような気がする。幼いときの記憶を思い出すと面白いと感じます。その頃の自分は子どもなはずなのに、今の自分と大して変りがない。つまり、自分が子どもらしい姿だったという記憶にはなっていません。


愛読書は『アルプスの少女ハイジ』

子どもの頃、何回も読んで暗記してしまった本でした。当時の私は東京しか知らなくて、この物語に出てくる田舎は全く想像もできないものでした。

そのストーリーの中にあるもので、今でもはっきりと覚えている光景の一つに、ハイジがアルプスのお祖父さんの家で藁のベッドに寝て感激したという一場面があります。

フランスに来たら、牧畜が盛んな国ですから、干し草はよく見かけます。それを見るたびに、その上で寝てみたいと思ってしまっていました・・・。

先月スイスに行ったとき、干し草ベッドの民宿に泊まってみたいと思ったのでした。スイスでは、そういう民宿が流行っているのです。干し草ベッド民宿ネットワークもあります。


スイスで流行っている干し草ベッド民宿

前回の日記で書いたモラの城塞都市を訪問した後、干し草ベッド民宿に行きました。

あいにく、干し草ベッドのある納屋の宿泊施設は子どもたちの団体が占領していたので、干し草の上に寝ることはできませんでした。

でも、寝袋がちらかっている納屋の見学だけはさせてもらいました ↓

干し草ベッドがある納屋

木枠を作って、その中に藁を敷いたスタイルです。

写真右手の、少し階段を上がった部分には、もっと広い寝室になっています。全部で30人が寝られるとのこと。一人一人のベッドではなくて、箱状にしたところに藁を敷きつめて、そこに寝るというスタイル。

干し草ベッドは満員だったので、私たちは同じ形式だけれどマットレスを並べた納屋を改造した建物に泊まりました。スイスに行く前には、フランスのお城に寝袋で泊まるというのをしていたので(少し前に書いた日記「寝袋を持って城に泊まりに行く (2)」での泊まり方と同じ形式)、寝袋は持っていたのでした。

とても質素な宿泊施設。でも、そういうのも楽しいです♪

干し草ベッドとマットレスのベッドが満杯になったら、44人。それなのに、トイレは2つだけ。フランスでは絶対に許可されないと思うのです。昔はフランスにも質素な宿があったのですが、最近はどんどん豪華になってきています。

そもそも、干し草がたくさん入っている納屋に悪戯ざかりの子どもたちの団体が泊まったら危険がいっぱいではないですか?・・・

気になったので農家のご主人に「規制は厳しくないですか?」と聞いてみたら、「厳しいので困る」との返事。もっと規制がゆるい州もあるので運が悪いとのこと。「どこが厳しいの~?!」と思ってしまったのですが、そう言ったら悪いので遠慮しました。

上の写真を張りながら見たら、ちゃんと禁煙マークは付いていますね。それと、消化器もある。規制に合わせたと言っても、その程度ではないのかな?・・・ ともかく、危険というのは絶対に避けられないものなのですから、やたらに規制を厳しくするのは面白くないと思う。

スイスは良いな、と思ったのでした。EUに入っていないので、自分たち独自の判断で法律を決められるますから。

ところで、農家の建物は軒が広くて、スイスらしい伝統的建築でした。ベルンのお金持ちが建てた別荘だったと聞いて納得。なかなか豪華な建物だったのです。引っ越して来た時には、寝室には召使を呼ぶ装置が残っていたとのこと。

宿泊施設は別棟の納屋2棟を使っていたので、家の中を見せてもらえなかったのは残念ではありました・・・。


ワラを詰めたベッド

フランス人たちからは、「なぜ干し草ベッドで寝たいの?」などとからかわれてしまいました。

フランスでは「藁の上に寝る」というのは、「一文無しになった」という表現なのだそうです!

昔は、ベッドのマットレスに藁を詰めていたのだそうです。そう言われた後、スイスの各地の民家を移転したテーマパークに行ったとき、そういうベッドを見ることができました。

藁がはみ出しているのが見えますか?

テーマパークは、Ballenbergというところにあった「Musée de l'habitat rural」。

とても広いパークでした。見学にはまる1日かかりましたので!

スイスという国は、隣接している国(ドイツ、フランス、イタリアなど)の影響が強く残っている地域に分かれているので、ここを見学しただけでスイス一周した気分を味わえて良かったです。

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2008/09/03

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その2


フランス語ではモラ(Morat)、ドイツ語ではムルテン(Murten)と呼ばれる町に行きました。


城塞都市

フランスの南部にはカルカソンヌという要塞都市の姿を見事に残す町があるのですが(世界遺産にも指定されていますね)、そのミニュチア版のようでした。

戦いが絶えなかったヨーロッパの中世には、町の回りを要塞がとりまいていました。日本ではそういうことはしなかったですよね? それで、要塞都市というのは、とても興味深く思ってしまいます。

夜には門を閉めてしまって、兵士が敵が来ないかを見張っている・・・。その見張りが歩く廊下のようなものがモラには残っていました。

入場料を取られるわけでもなく、そこを歩いてみました。その外廊下のような道に屋根を付けたのはブルゴーニュ公国が占領したときにしたのだそうです。雨からも日照りからも守られるので、見張りするにも働きやすい・・・。

昔の町をめぐっていた要塞
chemin de ronde couvert, Morat

前の日記に書いたブルゴーニュ公国のシャルル豪胆公にまつわる土地です。ここでの戦いで負けたことが、ブルゴーニュ公国の衰退を招いたという、ブルゴーニュ人にとっては楽しくない町ではあるのですが、美しい町でした・・・。


町を訪れた日に泊まったのは、その小さな要塞都市を遠くに眺められる農家民宿。
その庭からの眺めです ↓



よく見えない?・・・
モラでのシャルル豪胆公の戦いを描いた絵がありますので、そちらをご覧いただけますか?
Le panorama de la bataille de Morat

すごい絵です。19世紀末に描かれた絵画ですが、原画は10m X 100mなのだそうです。サイトは素晴らしく良くできていて、色々な方法で絵画の細部をみることができます。


ところで、モラに行った日に農家に宿泊したのには、一つの理由がありました。「これをしてみたい!」という長年の夢をかなえたかったのです。でも、またもや機会を逃してしまいました・・・。

- 続く -


管理人のメモ:

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