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2005/02/28
フランスは伝統的に農業国。19世紀初頭には、働いている人の4人に3人は農業に従事していた。それはどうと言うことはない。日本だって、明治時代までは農業が重要な産業だったのだから。

しかし、今日でも農業が大きな位置を占めていることにおいては、フランスと日本は比べ物にならないように思う。

フランス国土の半分強は農地となっているし、農業は経済の中で大きな黒字部門だ。しかし大規模農業経営が進んだために、農業者数は驚くほど少ないのだ。農業に従事している人の数は、運転手を職業にしている人の数と同じくらいに過ぎないと言う。

それなのに、農業者の存在は目だって見える。農業者がデモなどするときには、したい放題のことをしても、なぜか許されてしまっている。最近になって過激な農業組合のトップが刑務所に入れられたのは意外なほどだった。

政府が農業を守ろうとするのは政策だから自然としても、農業者のデモで迷惑をこうむっても世論が大目にみてしまうところが面白い。食いしん坊のフランス人は、おいしい食物を与えてくれるのは農業者がいてくれるからだ、という認識が強いからなのだろうか?

今の時期、フランスは農業国だと強く認識する。テレビでは毎日、パリで行われている農業見本市のことを報道しているからだ。今年は2月26日から3月6日までの開催。

2005年の農業見本市のポスター


パリには色々な見本市があるのだけれど、地味であっても良いような農業見本市が大人気を呼ぶ。大統領選挙がある年などには、特に報道がエスカレートする。候補者は農業を大切にしていることをアピールする必要があるのだろう。毎日、今日は誰々が見本市を訪れました、という報道がある。

フランスは人口密度が低いので、人ごみにもまれるということをめったに経験しない。しかし、この農業見本市は息が詰まってしまうほどの盛況だ。パリに田舎がつくられてしまうという見本市。家畜や農産物が展示されるというだけではなく、色々なアトラクションもあるので、一般の人も楽しめるイベントなのである。

農業見本市の会場


仕事で知り合ったフランス人農業ジャーナリストは、「農業省がやっていることで一番誉められるのは、この農業見本市だ。本当によくできていて美しい」、などと皮肉な賞賛を私にしてみせた。農政には批判があるけれど・・・、という意味だ。

パリの農業見本市は、農業関係者のためだけに開催されるのではない。農業を一般の人々にアピールするという点でも効果のあるイベントだ。食べ物がどんな風につくられているのかを知らせることによって、フランスの食文化が守られるのにも貢献していると思う。

外部リンク:
パリ農業国際見本市のオフィシャル・サイト  (仏語)


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2005/02/27
私が住んでいる地方では この週末に狩猟は禁止になります。その前に食べておこう・・・というわけで、ジビエ料理がおいしいレストランに行きました。

ジビエ(gibier)とは、狩猟で射止めた獲物の肉を指します。だから野鳥を食べるときには、飛び散った鉄砲玉が入っているかを確かめながら食べる必要があります。

私のお気に入りのレストランは、狩猟が盛んな森に近い小さな町にあります。3軒のレストランがあるのですが、私がジビエを食べに行くのは一番庶民的なところ。カフェの裏にレストランが隠れている、という店構えです。

トップクラスのレストランなら別ですが、ジビエを食べるのは田舎の家庭料理を出してくれるところが好きなのです。

レストランの壁には獲物でつくった飾りがある
このレストランのインテリアはハンティング・ムードでいっぱい。壁は鹿やイノシシなどの剥製で覆われています。見れば、シャンデリアも鹿の角でできていました。

狩猟をしたら森の動物たちが可愛そうだと思うけれど、ジビエは食べてしまう。こういう剥製も好きではないけれど、我慢する・・・。

考えてみると、このレストランには、狩猟シーズン以外はほとんど来たことがないような気がします。だから食べに来たのも一年ぶり。一年がたつのって早いな~、と感心しました。

この日に私がとったのは、18ユーロ(約2,500円)の定食メニュー。

イノシシのテリーヌ

前菜に選んだイノシシのテリーヌ。ハシバミの実や「死者のトランペット」と呼ばれる森のキノコが入っています。野菜の付け合せのほかに、干しブドウと玉ネギの炒めたものがついていて、これがテリーヌによく合いました。

この店のテリーヌはとてもおいしいのです! 「おいしい」という言葉は、いかにもありふれているので、別の表現をしたいのですが見つからない。フランス語なら、「おいしい」という表現の仕方は幾つも知っているのに・・・。

この冬、ハンティングをする人たちから色々なジビエをご馳走になりました。それも、もう終わり・・・。朝起きたときに見た外の寒暖計はマイナス11度にもなっていましたが、春も近いのだという気分になっています。

内部リンク:
★ 目次: ジビエ(料理、野生動物)に関して書いた日記


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2005/02/24
フランスは全国的に雪。パリは交通渋滞で大変そうですが、田舎には美しい雪景色が広がっています・・・

冬になると、ルネさんが亡くなったと言われたときのことを思い出す。色々な話しは聞いていたけれど、会ったことがあるのかも覚えていないお爺さんである。それなのに、私は身内を失ったようなショックを受けた。

「老人ホームに移れて良かった」と皆が喜んでいたのに、半年もたたないで他界してしまったのだ。

小さな村で独り暮らしをしていたルネさん。「男やもめにウジがわく」という表現はフランスにはないが、まさにそんな生活をしていた人である。

毎日カフェに入り浸って安物のワインを飲んでいるとか、電気代を払うのを忘れて電気をとめられたとか、家には暖房もないとか、冬になると鼻水をたらしていて見るに耐えないとか、そんな話を聞いていた。生活費に困っているわけでもないのに、ほとんど浮浪者のような生活をしていたらしい。

寒くなる前に村長が説得して、ルネさんはやっと老人ホームに入ることを承諾した。

フランスは福祉が発達しているので、老人ホームと言えば公営なのが普通で、費用は老齢年金で支払えるくらいの金額に設定されている。しかも地域の老人の数によって施設が設置される。老人ホームに入りたいと思えば、誰でも簡単に入れる国なのだ。それでも高齢者たちは、自分の家に残りたがる。

何年も前から、ルネさんの生活ぶりを心配した人たちが、老人ホームに入るようにと説得していた。ようやく村長が説得したのだと、お手柄話しのように語られた。

家を引き払うときに村長たちが行くと、家の中はひどく汚れていて、台所にはパンが山済みになっていたと言う。ルネお爺さんが通っていたカフェではパンも売っていて、マダムに「食べなきゃダメよ」と言われるのでパンを買っていたのだけれど、結局、家ではろくに食事していなかったのだ。

老人ホームに入ったときは、誰もが「これでルネもまともな生活ができる」と思って喜んだ。「それが彼にとって良いことなのかしら?・・・」と言ったのは、私だけだったのではなかっただろうか?

老人ホームに行ったら、アルコール中毒なんて一番先になくすようにされたに違いない。いくら健康に良いからと言っても、生きがいにしていたワインを取り上げるのは酷ではないか? あと何年生きられるのか分からないお年よりなのに・・・。それに、田舎の家で気ままに暮らしていたのに、ホームの共同生活を押し付けられるのは苦痛に違いない。保護された生活をして何年か寿命が延びたとしても、それを「幸せ」と言えるのだろうか?...

あっさりと亡くなってしまったルネお爺さん。老人ホーム入りを喜んでいた人たちも、唖然としたようだ。お爺さんは何が原因で亡くなったのかは分からない。窮屈な思いまでして、ただ生きていても仕方ない・・・、と気力を失ってしまったのかも知れない。人生の最後は、自分がしたいようにさせてあげれば良かったのに... と私は思ってしまう。

ブログ内リンク:
★ 目次: フランスに結婚に関する風習、夫婦・家族関係、生き方


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2005/02/23
もう何年も前のこと。テレビでサッカー国際試合にチャンネルを合わせたら、試合が始まるところだった。

国歌が流れてくる。フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」には、「これから勝つぞ~!」という威勢の良さがある。それに対して、日本の国歌は暗い。試合前に日本選手が国歌を歌うときには、意気消沈してしまうのではないだろうか?... などと思った。


■サッカー選手たちは国歌斉唱をしていない!

ところが、フランス国歌に合わせて口を動かしている選手はチラホラ程度しかいない。歌っている選手たちも、歌詞などの勢いには全く乗らないで、淡々と口を動かしているだけである。あんな闘志をもり立てるような国歌を歌ったら元気がでるのに、なぜ彼らは元気いっぱい歌わないのだろうかと不思議に思った。

一緒にテレビを見ていた友達に聞いてみると、「国歌の歌詞なんか知らないからだよ」と笑った。

そうなのだろうか?... 試合に出るたびに隣にいる選手が歌っているのを聞いたら、覚えてしまいそうな気がする。私だって、ブルゴーニュ・チームが出るサッカーの優勝決定戦に行ったときには、近くにいた熱心なファンが歌っているのを聞いるうちに、幾つもの応援歌を覚えてしまったのだから。しかし歌っているように見えた選手も、はっきりとした歌詞にはなっていなかったのかも知れない。

それにしても、国歌を歌う機会が多い選手たちなのだから、誰かチームの人が国歌を教えても良いではないか? そう考えるのは、仕事熱心な日本人が考えることなのだろうか?...


■残忍な革命歌が国歌として残っている!

フランス国歌は、フランス革命期に定められた国歌である。「祖国を守るために敵を殺せ!」という、極端に挑戦的な歌詞がついている。余りにも直接的なので、笑ってしまいたくなるほど残酷なのである!

☆ Wikipedia: 「ラ・マルセイエーズ」の歌詞

フランス代表のスポーツ選手を見ると、いつも純粋なフランス人の顔は少ない。敵の「けがれた血」を地面に流せ!などという歌詞は人種差別を連想させるから、黒人や旧植民地系の人たちには面白くないだろうと思ってしまう。

それで、純粋フランス人でないサッカーの選手たちも国歌に反抗心を抱いて歌わないのではないか? しかし疑問をぶつけた友人は、単純に国歌の歌詞なんて知らないから歌わないだけなのだと繰り返した。

これほど残忍な歌詞を未だに残している国が、フランスのほかにあるのだろうか? メロディーとしては優れていると思う。しかし歌詞が残忍すぎることには、フランス国内でも大きな反対がある。平和的な歌詞がつくられたりもしたが、まだ昔のまま。せいぜい、オフィシャルな場での演奏ではテンポを落とすようにされただけだ。


■フランス国歌を小学校で教えるという法案が通った

今週の初め、フランス国歌を小学校で教えることになった、というニュースの話題になっていた。そのように教育基本方針を改正(?)するという法案が通過したのだ。

学校で国歌を教えなくなってから久しいので、歌詞を知らないフランス人は多いのだそうだ。確かに、街角インタビューで国歌を歌わせると、まともに歌える人がいない。出だしの部分さえ、おぼつかない。私が国歌を歌えるのは、小学校のときに教えられたからなのだろう、と気がつく。

テレビでは、数年前にパリで行われたサッカーのフランス-アルジェリア友好試合の映像が流された。試合前にフランス国歌が流れたとき、観客席の若者たちから激しいブーイングがあり、シラク大統領はムーっとした表情で立ち去ろうとしている。

フランスの旧植民地から血を流して独立したアルジェリアには、強い反フランス感情がある。こんな挑発的な国歌を聞かされたら、反発してしまうのも無理はないと私は思う。

このブーイング事件があってから間もなく、公共の場でラ・マルセイエーズを冒涜したときには7,500ユーロ(約100万円!)が課せられるという法律がつくられた。この通称Perben法(2003年)で守られるようになった国歌を小学校で教えることは自然なことだ、というのが、このたび認められた改正案の根拠のひとつであった。


■あの残忍な革命歌を子どもたちに歌わせるの?!

幼い子どもたちが、声をはりあげてフランス国歌を斉唱するのを想像すると、ぞっとしてしまう。学校で国歌を教えることを強要する前に、歌詞を直すことを先にすれば良かったのに、と思った人が多かったのではないだろうか。

この教育基本法改正は、来月中旬に上院で検討されることになっているが、今回の決定を動かせるとも思えない。教師をしている友人は、いづれにしても小学校の先生たちは、「時間がない」などの理由をつけて、国歌を教えなくても済ませるのだと言う。非行少年たちには喜ばれてしまうような歌詞だから、自分が小学校の先生だったら教える気はないと笑っていた。

政治問題には余り興味がないのだが、前回の大統領選挙で社会党が大敗してから、フランスはジワジワと右寄りの方向に進んでいると感じる。そのことについては、また別の日に書こうと思う。


追記 (2015年):

私が気になったサッカー選手が国歌を歌わないというのは、2013年に問題になっていたようです。けしからんという人たちがいて、論争になったらしい。カリム・ベンゼマという選手は「国歌を歌わないことのどこに問題があるのだ」と言ったので、極右政党から攻撃されたようです。

欧州サッカー連盟(UEFA)会長のミシェル・プラティニは、国歌が流れても歌わなかった選手たちをかばって、こう発言したのだそう。

私がサッカー選手だった時代には、自分も国歌は歌わなかったし、他の選手たちも誰も歌わなかった。ラグビー選手たちは歌っていた。フランス国歌は戦争の歌だ。私はサッカーをしているのだから歌いたくはなかった。歌詞はサッカー選手には少し粗暴すぎる。国歌を歌わないからといって、心底フランス人ではないということにはならない。

下のニュースでは、この問題を取り上げています。1993年のサッカーの試合を見せているのですが、プラティニが言っていたように、ほとんど誰も口を動かしていません!


VIDEO. Quand Blanc, Deschamps et Desailly ne chantaient pas La Marseillaise


外部リンク:
Michel Platini défend les joueurs qui ne chantent pas La Marseillaise
Benzema : pourquoi ne chante-t-il pas la Marseillaise ?
Platini, Blanc, Cantona et les autres ne chantaient pas non plus la Marseillaise


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2005/02/22

シリーズ記事目次 【フランスは住みやすい国か? パリは花の都か?】 目次へ
その2


フランスは「お客様は神様の国」ではない」と題した2月18日に日記に、色々なコメントをいただきました。

パリのお店で不愉快な応対を受けた経験があるのは私だけでない、と知ってほっとしました!

正直言って、そうだと思っていました。パリに住んでいるフランス人の友達でも、毎日のように不愉快な思いをすることがあると嘆いているのですから!

日本人はフランス人のように押し出しが強くないので、不愉快な店員にも耐えてしまっているだけなのだと思う。そもそも、初対面の人に議論をふっかけたり、文句を言わないとマトモに応対してもらえないような空気は日本にはないのですから!

それからコメントから、日本の定員さんが笑顔をひきつられてられるような思いをしても頑張っている、と同情する気持ちも見えました。日本人って、ほんとうに優しい! フランス人に聞かせてあげたい !!! 「日本人サラリーマンは、同僚に迷惑をかけて申し訳ないから年休を取らない」と言ったときに、天使の声を聞いたように感心されたときと同じ反応が返ってくると思います。

外国にいると、なんだか必要以上に祖国を誇りに思ってしまうのです。日本のことをけなされると、やけになって日本を弁解したくなる。右翼的になったとは思いたくないのですが!


■言いたいことが言えるフランスでも、ストレスを感じる人が多い

お客さんにも威張った態度をしてしまうフランスの店員さんたち。そんなことが許されるフランスでは、働いている人のストレスが少ないと思われるのではないでしょうか? でも、そんなフランス人たちにもストレスはかなりあるのだそうです。

でも注釈が必要だと思います。フランスには、ストレスを病気としてみなして病欠できるシステムがあるので統計に現れてくるのです。頑張って働いている人が多い日本で、同じようにストレスがたまって元気がなくなったくらいでドクター・ストップがかけられるようになったら、みんな会社に行かないで家でゴロゴロしながら静養してしまって、経済がストップしてしまうのではないでしょうか?!・・・


■特にストレスがすごいのはパリ!

フランス語で多少のタンカがきれたり、先に冗談を言って相手の気持ちをなごませることができるようになった今は少しは事情が違うのですが、むかしはパリに上京するのがとても怖かったです。パリっ子たちは、ノホホンと暮らせる田舎では想像もできないくらいイライラしているのですから。

もともと農業国のフランスでは、「田舎に住みたい」というのが普通の人の意見です。でも大都会パリには仕事がある。それで、仕方なくパリに住んでいるから、かなりのストレスが溜まるらしい。

愛想が悪ければ、相手もニコニコはしてはくれない。ご機嫌が悪くて意地悪をすれば、仕返しで意地悪をされる。それで余計にイライラして、たまたま出会った人にも八つ当たりしたくなる。すると、その人も八つ当たりしてくる・・・。その相乗作用がパリにはあるように感じます。

都会より田舎の方がおっとりしている人が多いのは、日本でも同じこと。仕事の関係で農村に行くのですが、「どうしてこんなに清々しい、優しい心を持っているのだろう?」と感心してしまう人たちにたくさん出会います。

それでも東京に住む人たちは、パリよりも条件が悪い生活をしているのに、「あんなにはイライラしていないぞ~!」と思っていました。ところが、最近はパリなみにトゲトゲしてきた、と感じることがあるので驚いています。1


■日本人は耐えているのだろうか?・・・

本当を言えば、日本では皆ニコニコしているし、多少のことはお互いに我慢しあっているので、ストレスは少ないのではないかと思っています。フランスでは、なまじっか言いたいことを言えてしまうので、人にストレスを与えてしまうのではないかという気がします。

日本は、パリのようになって欲しくないな~。

・・・と言っても、我慢を重ねていれば、いつかは堪忍袋の緒が切れてしまう。そんなプッツンの仕方は、毎日うっぷん晴らしをしているのよりも大きな事態を招くので危険。日本人の良さを残しながら、益々高まってくるストレスをのりきれる方法はないでしょうか?・・・

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追記:
ブログ「鯖田鮫蔵の日仏英米メディア彷徨」に、とても面白い記事を見つけました。
「理想のパリと現実のパリの落差を前にふさぎこんでしまう日本人留学生たち(パリ症候群)」と題したページで、リベラシオンの記事を訳していらっしゃいます。
日本人留学生たちにパリ症候群があるという話しは聞いていたのですが、記事を読むと、本当に大変そう~・・・と思ってしまいます。



管理人のメモ

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2005/02/21
日本に帰ったときに、農村開発をしている人や農業関係者が集まる夕食会に参加したことがある。ある国会議員さんのスピーチがとても受けていた。

「近い将来、日本の農産物の優秀さは海外に認められて、輸出できるようになります」と言うのだ。「夢ではありませんよ!」と付け加える。よほど勇気を与える発言だったらしく、「そうですか?!」という喜びの反応が続いた。

私は、「どうして、それが嬉しいの?...」と思ってしまった。その議員さんは私の近くで食事をなさったので、「おいしい農産物は、輸出なんかしないで、国内で消費して欲しいと思いますが...」などと言ってしまった。変人の意見と思われたのか、直接の返事は何もなかった。

でも、そうだと思う。おいしいものは地元で販売され、余ったら少し遠くまで行くというのがなかったら、その土地に住んでいる喜びはないか? まして、食料自給率が足りない日本なのに、国産の良いものを海外に出すなんて・・・。

この前に帰国したときには岡山まで講演旅行をしたのだが、そのときに聞いた話し。マスカットの収穫期になると、テレビなどのニュースでは「マスカットが東京に出荷されるようになりました」といつも報道されるのだそうだ。「それは変だ!」という人がいた。東京に出荷されることよりも、地元の人が喜ぶ姿を報道すべきだと言う。嬉しかった。


■安くておいしいブルゴーニュ・ワインはブルゴーニュで消費されていたのだが...

私が住んでいるブルゴーニュ地方は高級ワインの産地として有名だ。しかし地元にいると、安くておいしいワインが手に入る。ワイン通の人たちは、店などではワインを買わずに、農家に直接買いに行く。直売価格だから安い。試飲がつきものだから、気に入ったワインが買える。おいしいのに安いワインを作っている農家は、お得意さんの個人客に販売するだけで生産物がさばけてしまう。

フランス国内でも、少しブルゴーニュを離れると、そんなお買い得のワインが手に入らないらしい。遠くに住んでいるフランス人の友人たちは、「この間はブルゴーニュ・ワインを飲んでおいしかった!」などと、さも特別なことをしたように私に話すのだから。

ブルゴーニュの友人たちは、良いブルゴーニュ・ワインは地元の人たちが堪能できる特権を握っていると思っている。私も、長いこと、ブルゴーニュの掘り出し物のワインは日本には行かない、と思っていた。

十数年前、ボーヌというブルゴーニュ・ワインのメッカの町で食事していたときのこと。後ろのテーブルで話している声とが耳に入ってきた。
「○○年のワインは出来が悪くて在庫が残ってしまったので、日本に輸出するんだ」

「それはないでしょう?!」と、振り返ってしまった。しかし相手も後ろ向きだったので、私がにらみつけたのは見えなかった。

しかし、そんな風だったのは十年前くらいまでだったと思う。最近では、友人たちが発見したというワイン醸造農家に行くと、日本に輸出していると言われることがあるのだ。特に、「少し値段は高いけれど、確かにおいしい!」と思うワインは日本に輸出されていると感じる。


■幻のミネラル・ウォーター「シャテルドン」も日本で販売されていた!

楽天のブログを始めてから、「これは日本で売っていないだろう」というクイズよろしく、楽天市場を調べてしまう癖ができた。

しかし何でも売っている!

「ええ?! これも日本で買えてしまうの?!」と仰天したのは、シャテルドン。



ルイ14世に「健康に良いから」と主治医が飲むようにと勧めたミネラル・ウォーターだ。生産量が非常に少ないから、産地のフランスでも全く流通していない。高級なレストランでも、めったにおいていない飲料水である。「確実にシャテルドンがあるはずだ」と確信できるのは3つ星レベルだろう。

宣伝などする必要もないから全くしていない。よほどのグルメでない限り、存在することさえ知られていない幻のミネラル・ウォーターである。

こだわりのグルメである私の友達は、シャテルドンを買いたいと長年探したあげく、やっと高級食料品店に注文して取り寄せてもらうことができるようになったと自慢している。

この「水のロールスロイス」というミネラル・ウォーターが気になったので、フランス中部にあるシャテルドン村まで行ってしまったことがある。

工場には看板も立っていない。作業場に入って写真をとらせてもらったのだが、写真は公表しては申し訳ないと思ってしまうような家内工業的な作業場だった。

この工場を見て、確かに流通できない量しか採取できない水だと思った。値段がメチャメチャに高いのも納得できる。

しかし、この村があるあたりでは、シャテルドンは普通のミネラル・ウォーターのようにスーパーで売っているし、カフェでも飲むことができた。毎年大きな車でやってきて、買い付けをしていくパリの人もいると聞いた。

地元では普通の生産物。それが生産地の特権だと思う。

生産地を離れれば容易にありつけないシャテルドンが、楽天市場で売られていたのだ! 本当に驚いてしまった。

フランス人が聞いたら、「輸出なんかしないで欲しい!」と抗議するかも知れない。少なくともシャテルドンを買っている友人には話すのをやめよう。インターネットのクリックひとつで注文できると知ったら、ショックを受けてしまうに違いないから!

本当に「日本はすごい!」と驚いてしまった。日本のおいしい物は日本人のために確保しておいて、外国の良いものも日本に入ったら理想ではないかな?・・・

楽天市場で「シャテルドン」を売っているネットショップを探す

シャテルドン村  シャテルドンの村




ブログ内リンク:
★ 目次: 飲料水について書いた記事


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2005/02/20
フランス映画を見ていると、しゃれた表現だと感心する台詞がある。最近気に入ったのは、これ。

映画の題名は『お先にどうぞ・・・』。パリのブラスリーが舞台のコミカルな映画。

自殺をしようとした男性を助けたブラスリーの給仕長アントワーヌは、男を社会復帰させるためにソムリエとしては働かせる。しかし彼は、ワインのことなどは何も知らなかった!

apres-vous
フランス映画 『お先にどうぞ・・・ (Après vous...)』 (2003年)


「ソムリエなんかできない」と怖気づく男に、アントワーヌは「簡単につとまるよ」と励ます。

そして、お勧めのワインを聞かれたら、こう答えれば良いだけだ、と教えた。

Un petit bourgogne fameux et pas cher はいかがですか?」

この言葉、実にアトラクティブなのである! 手っ取り早く食事をしたいときに入る「ブラスリー」というタイプのレストランでこう言われたら、迷わずに注文したくなる!


短い言葉だが、客の心をつかむ要素を網羅しているのだ。

petit(プティ): 小さな
だから、安いだろうと想定させる効果がある。しかも、「サンパティック(感じがよいという意味)」なワインだと思わせる。

Bourgogne(ブルゴーニュ): ブルゴーニュワイン
ボルドーと並んで有名なブルゴーニュだから魅力的だ。地元ブルゴーニュには安くて美味しいブルゴーニュワインがあるのだが、パリなどでは「ブルゴーニュは高い」というイメージがつきまとっている。実際に、パリでブルゴーニュは高い値段で売られている。しかし「プチ」と形容詞が付いているのだから安いのだろう、と安心して聞ける。

fameux(ファムー): 素晴らしい、評判になっていてる、有名だ
それなら「プチ」でも良いワインなのだろう、ソムリエが見つけた掘り出し物のワインなのだろう、と思わせる。

そして、「et(エ)」、つまり「そして」の後に、ダメ押しである。

pas cher(パ・シェール): 高くはない = 安い
ここで客は、それにしようと思うはずだ!


殺し文句を教えてもらったソムリエ。ウェーターたちが忙しく働いているのに隅に隠れていたが、勇気を出してテーブルに近づき、お客の相手をする。

やはり、料理に合ったお勧めワインを聞かれた。

それで「プティ・ブルゴーニュ・ファムー・エ・パシェール」と言ってみる。お客は気を引かれた様子。だが、それが何のワインなのかと聞かれてしまう。

それはそうでしょう。「プチ・シャブリ」と言えば銘柄になるけれど、「プチ・ブルゴーニュ」では何なのか分からない。せめて生産地域くらい言う必要があるのだが、ソムリエはそんなことは知らない。

それで、また「プティ・ブルゴーニュ・ファムー・エ・パシェール」と遠慮がちに繰り返してしまう!

テレビで見た映画である。途中から見たし、最後まで見る時間もなかった。でも「プティ・ブルゴーニュ・ファムー・エ・パシェール」は気に言ってしまった。ここブルゴーニュでは、そんなワインを毎日飲む機会があるのだから!





映画情報: ☆ お先にどうぞ (2003)

映画のPRビデオもあったが、私が気に入った場面は出てこなかった:



ブログ内リンク:
★ 目次: 文学者・哲学者、映画・テレビ番組
★ 目次: フランス人のジョークについて書いた記事

外部リンク:
☆ YouTube: Après vous... (2003) - Movie


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2005/02/19
フランス人たちが集まって食事するときには食べ物の話しばかりしているのに、なぜか昨日の夕食会では食べ物以外の話しが余り出ない。そう思っていたら、いつの間にかパンの話しになった。何処のパン屋がまずいとか、おいしいとか...。

「まずい」と槍玉にあげられたパン屋は、夫婦がひどいケチで、一番安い小麦粉をつかっているからパンがまずいのだと言う。余ったバゲットを冷凍して、翌日にはそれを売ってしまうなど、いかにケチであるかが語られる。

すると一人が、「どんなにケチかを証明することがある、話してあげる」と、もったいぶって言い出す。「ほかの人には言ってはいけないよ」などとも付け加える。

そのパン屋とある程度親しい人だから、何か知っているのだろう。みんな「何だろう?」という顔。あんまりもったいぶった顔をしているので、「聞いてしまって良いのかしら?」という困った表情でもある。

「実は、あの家では...」、と秘密の暴露が始まる。

「風呂に入るとき、同じお湯を夫婦で使っているんだ。つまり、旦那さんが入ったあと、お湯を抜かないで、奥さんが入いるんだ!」

そう言いながら顔をしかめている。ケチのあまり、こんな汚いことまでしてしまっている! という表情。

ヌヌ~?! 日本人なら、誰でも私のようにあわててしまうと思う。

集まった人たちの中には、私から日本のお風呂の入り方を聞いたことがある人がいるかも知れない。「日本の家庭では、みんなそうしているらしい」などと言われたらどうしよう? それが「汚いことではない」ことを、どう説明したら良いのか?・・・ 私は先走って心配した。

幸い、誰も反応しなかった。「本当にケチだ」と思ったのか、「どうということはないじゃないか」と思ったのか分からない。


■日本のお風呂は、確かに独特!

ここまで書いて、日本に遊びに来たフランスの友だちを、温泉に連れて行ったときのことを思い出した。

お世話になっている人なので、東北旅行に連れていってあげた。泊まった旅館で温泉の体験をさせるのもアトラクションのひとつと考えていた。みんなでお風呂に入ったことはないし、年配の女性なので、気に入ってもらえるだろうかと不安ではあったけれど。

さて脱衣室で服を脱ぐと、彼女が「バスタオルがない!」と騒ぎ出す。

うかつにも、バスタオルの用意がある旅館かどうかを心配していなかった。言われてみれば、旅館でくれたタオルは小さくて薄っぺらい。こんなものでは体を隠せない。

「日本では、これでお風呂に入るのだ」と言っても納得してくれないので、「売店に行ってバスタオルを買ってきてあげる」と言った。「そこまでしなくても良い」と言うかと思ったら、「そうしてちょうだい」と返事される。

面倒だと思ったけれど、服を着て、売店に走る。バスタオルと呼べるものは売っていなかったけれど、マンガが書いてある大きめのタオルがあったので買う。

脱衣室に戻ったら・・・、私の友だちは泣いていた! ひとりぼっちで、裸で立たされていたのだから無理はない、と、また遅ればせながら気が付く。

その先には、裸の人たちがいるところに出陣しなければならない。「お風呂に入るのやめようか?」と言ってみたが、涙をふきながら「でも、行ってみる」と答える。

その結果。彼女は、一回目のショックのあとは、温泉がすっかり気に入ってしまった。


■結論

フランス人にとっては、共同風呂というのはとんでもないことなのだけれど、味わってみると誰でも好きになってしまうようだ。日本で通訳をしていたときも、温泉に入れて満足しなかったお客さんは一人もいなかった。

パン屋がケチだと言った人も、日本に来てお風呂に入ったら、ケチの証拠としてあげるような話しではない、と思うようになると思う。

でも考えてみれば、日本を知らないフランス人にとって、お風呂を共有するというのは想像もできないことだ。

そもそも、体はバスタブの中で洗うしかない仕組みになっている。誰かが入った後に別の人が入るという光景を想像すると、やはり「気持ち悪~い!」と思ってしまうのは無理ない。別の人が体を洗った後の水に我慢して入るのか、あるいは、始めに入った人は体を洗わないか、そのどちらかしかないのだから!

昨日の食卓で、日本の風呂の話しが出たなら、「日本の風呂場というのはフランスと違うのだ」ということから話しを始めれば良かったのだ...、と気が付いた。

ブログ内リンク:
★ 目次: サニタリーに関して (トイレ、浴室、洗濯、衛生)
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ


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2005/02/18

シリーズ記事目次 【フランスは住みやすい国か? パリは花の都か?】 目次へ
その1


■どっちがお客?

日本から来た友だちと、パリの衣料品店に買い物に行ったときのこと。店員にサイズか何かを聞くと、こう言われた。

「あなたはフランス語が話せるから良いけれど、あなたの友だちは何が欲しいのか分からないから困る」

店の奥の方にいた友だちをチラリと見ながら、その店員さんはイライラした表情で言う。私に文句を言う口調なのだ。

店員がお客さんの買い物に手助けできないのは、私の友だちに対して「申し訳ない」と思うべきであって、自分がイライラする必要はないではないか。そもそも私の友だちは、店員を煩わせたりするような質問をしたりしていたわけではないのだ。

この間のバーゲンセールの時期に見たテレビ・ニュースでは、店員がインタビューを受けていた。アウトレットの店だった。

「お客さんがたくさん来るので大変だ」とぼやいている。

バーゲンのときには仕事が大変になるのは分かるけど、日本だったらカメラに向かって愚痴るのは差し控えるはずだ。店の名前まで出ているのだから。日本人の店員なら、「お客様にたくさん来ていただいて嬉しいです」と、本心から言ったりもするのではないか。


■最たるものはルイ・ヴィトン商法!

さすが高級品を扱っている店には、「プロ!」と感心する優れものの店員もいる。それでも驚いたのは、パリのルイ・ヴィトンの店。この威張った商法! まるで物乞いに行ったような気分にさせられる店!・・・

日本で働いていたとき、長期休暇をとってフランスに行くので、迷惑をかける同僚に「フランスで何か欲しいものがあったら買ってくるから」と言うと、ルイ・ヴィトンのバックを頼まれた。品物は決まっていたので、簡単に買い物できると思って店に行った。

ところが日本人が長い行列を作っている。品物を手にとって見るのではなくて、カウンターではカタログを見せて注文を受けている。

行列に並んだが、いっこうに順番が来ない。まわりでは何人もの店員がウロウロしている。私はせっかく休暇を過ごしているのだから、こんなところで貴重な時間をとられたくない。通りかかった一人の店員をつかまえて文句を言いたくなった。まだフランス語がろくに話せないときだったので、簡潔なことしか口走れない。

「あなたたち、売る気があるの? ないの?!」

驚いた顔をされて、「フランス語が話せるなら、あっちの列に並びなさい」と言う。日本人の列に並んでいた私がバカだったとも言いたげな顔。なるほど数人しかならんでいない列があった。私はさっさと買い物をすませて、行列をつくっている日本女性たちを尻目に店を出た。

昔の話しなので、ルイ・ヴィトンでは未だそんな商売をやっているのか分からない。ともかく、このとき以来、私は意地でもルイ・ヴィトンをボイコットしている。日本人がみんな買うのをやめたら、こんなメーカーは倒産してしまうと思う。


■喧嘩腰にもなってしまう店員

ルイ・ヴィトンほどでないにしても、お客様より店員の方がいばっている店に時々ぶつかる。この間行ったダマールの店もそうだった。着ていると、カイロを入れているみたいにあったかい下着をつくっているメーカーだ。他に並ぶものはないので独占市場らしく、店に行くとお年寄りがたくさんいる。

かなりの年齢の人だと、価格がフランとユーロで表記されているのを見ても混乱してしまっている。店員の手助けが必要なのだが、面倒をろくに見てもらっていないので気の毒になってしまう。訳がわからないことを聞くお年寄りを相手にしてのだから、店員はストレスがたまるらしくてトゲトゲしている。

私は日本の母に送るための衣料を買うために店に行った。ある金額以上の買い物をするとプレゼントをくれるときだったので、一緒にいたフランス人の友だちに半分わけで、プレゼントを2つもらうことにする。

お勘定を払うカウンターは混雑していた。前にいた女性が何かクレームをつけていたので、よけい時間がかかる。私はあきらめてボーと待っていたのだが、付き合わされた友だちの方はイライラしてきていた。

気が付くと、クレームをつけていたお客さんが怒り出している。友だちは、「こんな店ではもう買い物をしないことですよ! 私だって、もう二度と来ないから!」と口をはさむ。言われた人も、「もうコリゴリ! 義母に頼まれたから仕方なしに来たのだけれど・・・」と返事する。

店員はせせら笑った。「そう言う人たちも、また来るんですよ!」

憎らしいお客さんもたくさんいるだろう。それをじっと堪えていたら胃が痛くなる。腹いせのひとつも言えるなんて、良い国ではないか。働く身になったら良い国だけれど、買い物をしてあげている消費者の立場から見ればふに落ちない国だと思う。

やっと買い物をすませて店を出た友だちは、まだブーブー言っている。店員は安い給料で働かされているからイライラしているんだ、経営者が悪い、という結論。


■フランス人には辛いニコニコ応対

いつかテレビで、パリのディズニーランドで働く人たちがデモをしているのを見たのを思い出した。ファーストフード店の店員も同じことを言っていた。あんな風にアメリカ式にニコニコとお客さんの応対をさせられるのは、人間性を無視した働かせ方だという主張。

日本にはファーストフード店がたくさんあるけれど、マニュアルどおりに「いらっしゃいませ~♪」なんてロボットのようにやるのを辛いと思う店員は少ないのではないだろうか?・・・

いつかパリの空港にあるJALのVIPラウンジで、日本式に応対しているフランス人女性を見た。ソファに座っている私に飲み物を出すのに、床に跪いてしているのだ。日本のバーなどでホステスさんがするやり方。

年配の人だったので、スチュワーデスを隠退した人だろうと思った。涙がでるくらい身につまされた。JALの責任者に「ああいうことをさせたらかわいそうだ」と、言ってあげたくなるほどのショック! その後は見かけていないので、もうやめたのだと思う。

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★ シリーズ記事目次: フランス人は簡単には微笑まない  2005/05/16


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カテゴリー: フランス人 | Comment (5) | Top
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2005/02/16
日本料理をつくってフランス人に食べされるのにはスリルがあります。

まずいと食べてくれない。食べて病気になるわけでもないのに、がんことして食べない!

親しい人なら、あからさまに「まずくて食べられない」と言う。「ゴムみたい」、「味がない」、「お腹にたまる」というのが、私の料理によく聞く批判。それほど親しくない人だと少しは食べてくれるけれど、おいしくないと思っていることは伝わってくる。せっかく苦労して作ったのだから、お世辞くらい言ってくれたって良いのに、何も言わない。残ったものを見るのは惨め...。

私の苦労を考えてくれる思いやりがある人だと「おいしい」とまで言ってくれるけれど、他の人は何も言わないのだから、なんだかしらけた雰囲気が生じてしまう...。

その代わり、おいしいと、日本では考えられないくらい誉めちげってくれる。食事会が終わってお別れするときには、いつもの挨拶以上に抱きしめて、「一生忘れない思い出になった」などと感謝の言葉を重ねてくれる。日本料理をつくってくれたお礼にと、3つ星レストランに招待してくれたことさえありました!

フランス式のオーバーな誉め方をされると、「また日本料理に挑戦しよう!」という勇気が湧いてきます。フランス人には料理が上手な人が多いのは、こんなシビアな世界に住んでいるからだと思います。

パリなら何でも食材が集まるのでしょうが、地方に住んでいる私の場合は足りない材料で日本料理をつくるのですから、私の料理には当たり外れがあります。

そんな私の場合、一番成功率が高いのは、余っている材料を使ってつくる日本料理、ないし中華料理!


■あり余る食品を使う必要が生じる

食事会などを催したときには、足りなくなるのを恐れて、誰でもかなりの量の料理をつくってしまいます。お客さんが帰った翌日からは、残り物を食べる日が続きます。

そこで威力を発するのが、私のエキゾチックな料理法! 日本式スープとか、中華式炒め物などは、どんな材料できます。

同じものを毎日食べるより、目先が変わった方が嬉しい。ご馳走として作ったのなら評価が厳しくなるけれど、こんな場合は形が違ったものに生まれ変わるだけで満足してもらえる可能性が高くなる。失敗しても、どうせ残りものが材料だったのだからと、厳しい目を向けられなくても済む。

残りものを利用すると言っても、ご馳走として用意したものの残りですから、材料としては良いものが転がっているわけです。特に食道楽の家の場合は、世界最高級といわれるブレス産の若鶏のローストチキンとか、ロースとビーフとか、フォアグラをつくったのこりのラードとか、残飯整理の料理をするのにも張り合いがでます。

それから田舎だと、大量に食料が手に入ってしまって持て余すことがあります。ヒツジを飼っている家から、丸ごと買ってしまう。知り合いの農家から、牛とか豚の丸ごとを何軒かで買って分けるとか、カモを何匹かまとめて買う。それから、ハンティングで射止めたイノシシや鹿などのおすそわけも巨大な食料。それを目先の違った料理にするのが、私の出番。


■豚肉の生姜焼きに挑戦

2月12日の日記で書いた豚肉を大量に獲得してしまった友だちの家で、日本の豚肉料理をつくってあげました。ロース肉を暖炉の火で焼くというバーベキュー。マスタードを肉に塗って焼いて食べるのはもうやったとのことなので、生姜焼きにすることを提案しました。

一番初めにフランス人に生姜を出したときにはニヤニヤされたので、「何なのだろう?」と思いました。フランスでは、ショウガは精力をつけると思われているそうなのです。そう言われてみれば、生姜を食べると体がポカポカしてくる・・・。でも日本では、そんなマムシ酒を飲ませるみたいなイメージは生姜には全くないですよね? せいぜい風邪をひいたときの元気づけ効果くらいだと思う。

そんなわけで、生姜を私が料理に使うと、特に男性たちには喜ばれます。ニヤニヤされるのは不愉快ですが! でも生姜の味は、フランス人には評判が良いようです。フランスではめったに使いませんが、中国人がいるおかげか、わりあい簡単に手に入ります。繊維が多いのが難点ですが、生姜焼きでは問題はありません。

厚さ3センチくらいに切ったロース肉に、すった生姜と醤油を混ぜた汁を染み込ませるのですが、暖炉の火にかけた網で焼くので焦げる心配がある。そこで、汁を白ワインで薄めてみました。日本酒は貴重なので提供せず、冷蔵庫に入っていた飲みかけのワインを使いました。肉が柔らかくなるはずなので、ワインを入れたのは悪いはずはない、という予想のものの初めてした冒険。それに、彼らに馴染みがない生姜も醤油もワインで薄まるはず。

豚肉は牛肉のバーベキューと違って、よく火を通さなければなりません。分厚い肉なので、焦げ目がついたらアルミホイルに包んで焼こうと思っていたのですが、ワインがきいたのか、最後まで焦げ付くことがありませんでした。生姜と醤油の香りがほんのり漂ってきます。きれいな焦げ目がついた状態で中まで火がとおりました。

大成功! みんな喜んで食べてくれました。

豚肉の賞品を射止めた人は、「こんなおいしい肉は食べたことがない。やっぱり肉屋なんかで買うのと違って、丹精こめて育てた豚の肉は違う!」なんて、喜んでいました。賞品になった豚は、田舎に住む人が個人で飼っていた豚を提供したものだったのです。

私の料理法も良かったのに... と思ったのですが、喜んでもらえて良かった。コチコチのバーベキューにしてしまったら、「せっかくの豚肉を...」と文句を言われてしまったところだったでしょうから!

見事に焼き目がついた豚肉の写真をとらなかったのが残念。代わりに、使った網をご紹介します。

050216


フランスでも余り見かけない道具なのですが、暖炉でバーベキューをするにはとても便利で、火からどのくらい遠ざけるかを調節できます。

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