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2007/10/31

シリーズ記事 【サンジェルマン・アンレー、ヴェルサイユ旅行】 目次へ
その4


フランスで生活するのは良いな、と思うことの一つに、クラシック音楽のコンサートが楽しいということがあります。

コンサートに恵まれているというのではありません。有名な演奏家のコンサートに行ける機会は、日本の方がはるかに恵まれていますから!!

私を喜ばせるのは、コンサート会場が変化に富んでいるという点です。

普通の現代的なコンサートホールがあり、野外コンサートもあるというのは日本も同じですが、歴史を感じさせる様々な場所がコンサート会場になるのです。

- 19世紀にフランス各地に立てられたオペラ座

- 教会や修道院

- ローマ時代の劇場

- 昔の建物の中にある装飾の美しい部屋

- 昔そのままの雰囲気を残す野外の一角や広場

これらはフランスには限りませんね。ヨーロッパでは当たり前のこと。でも、日本にはない・・・。

音楽を聞くには雰囲気はいらないのかも知れませんが、やはり美しいところで聞く音楽は格別に嬉しくなります。

というわけで、今回のバロック・コンサートも気に入りました♪


◆Chapelle royale

ヴェルサイユ宮殿の中にある、王様のためのミサを行っていたチャペルで行われたのです。

もう外はすっかり暗くなってから、ヴェルサイユ宮殿の中、しかもチャペルにいるなんて、気分が良いです。

聞いたのは、ブルゴーニュ地方出身の(ディジョンで生まれた)ラモーの曲。

演奏も、とても良かったです。

音楽を見ながら、壁や天井の装飾を眺めました。




ここを見学したときには、いつも2階の部分の入り口のところからだけしかチャペルの中を覗き込めんでいませんでした。

今回のコンサートのときは、オーケストラ席を予約したので、初めて足を踏み入れることになりました。

ところで、チャペルの1階部分には、観光客のための説明パネルがありました。私はそこにも入れるチケットの買い方をしていなかったのか?・・・ インターネットで調べたら、少なくとも最近は、観光客が入れることは確かなようです。


◆ヴェルサイユ宮殿のゲーム

ヴェルサイユ宮殿を見学するときは、なんだか面白い気分になります。

もう10年くらい前になるかも知れませんが、CD2枚からなるビデオゲームがあったのです。

一時は、かなり夢中になってやっていました・・・。かなり難しいのです!

3次元のアニメで、昔の状態の宮殿が舞台になっています。誰が犯人かを捜すようなストーリーなのですが、かなり真面目なゲームで、部屋や作品などについての説明も出てきます。

それで、歴史などについても勉強してしまうというゲームです。当時、フランスではかなり話題になったのでした。

あと一歩というところまで行ったのに、私はゲーム完了になることはできませんでした。

でも、何度も試したおかげで、このドアをあけると、どんな部屋に出るか、などを覚えてしまったのでした。

観光客は入ってはいけない場所なのに、その先に何があるか分かっているというのは、なんだか面白い気分になります。

このチャペルも舞台になっていました。

司祭さんが衣装などをしまう部屋があって(どこにドアがあるかを知っているぞ~!)、そこにある家具の引き出しを明けると、解決を導くヒントが出てきたのでした・・・。

■いつか暇になったときの私のためのメモ:

このゲーム(Versailles - Complot à la cour du Roi Soleil)でゲームを完了するためのヒントを出しているサイト:
microjo
Solution Astuce
Soluce de Versailles Complot à la cour du Roi Soleil



◆チャペルの見学

コンサートが終わってから、チャペルの中を見学しました。
さすが王家のためのチャペル。素晴らしいです!

できるだけゆっくり眺めていたのですが、他の人たちも同じ思いだったらしくて、しばらくたっても、まだ人影はたえません。

そうなったら!

細い階段をあがって、2階に出てみました。ここにも席が作られていたのです。

王朝時代は、聖歌隊などは2階席にいたのだそうです。そういうスペースがあったので、イスに座ってみたりしてしまいました。

黄金のパイプオルガンを身近に眺めました。


★ ヴェルサイユ宮殿のオフィシャルサイト: Château de Versailles
すご~い! このサイトの外国語バージョンは、英語版の他は、日本語版だけです!



■管理人のメモ:

GRANDS MOTETS DE RAMEAU
Le Concert Spirituel
Hervé Niquet, direction
Stéphanie Révidat, Hanna Bayodi, dessus
Mathias Vidal, haute-contre
Marc Mauillon, taille
Stephan MacLeod, basse-taille

-- Chapelle royale

* チャペルは450人が座れる広さがある


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2007/10/26

シリーズ記事 【サンジェルマン・アンレー、ヴェルサイユ旅行】 目次へ
その3


ヴェルサイユ宮殿で、バロック音楽のコンサートが開かれていました。

色々な部屋がコンサート会場になっています。オペラ座で一度コンサートを聞きたいと思っているのですが、そこは使われない様子。木造建築なので、人がたくさん入るのは避けているらしく、めったオペラハウスはにコンサート会場になりません。

ちなみに、ヴェルサイユ宮殿には火災保険はかかっていないのだそうです。

理由はこういうこと。保険をかけたら膨大な金額になるので払えない。たとえ被害にあって保険金が支給されても、失われた物を補充するわけにはいかない。だから火災保険をかける意味はない。

その代わり、宮殿には本格的な消防団が常駐しています。社宅のようなものとはいえ、ヴェルサイユ宮殿に住めるなんて羨ましいではないですか?!

もっとも、そういう人は、ローンを借りるときなどには問題があるのだ、とテレビで発言していました。銀行の書類に、「住所: ヴェルサイユ宮殿」なんて書いたら、ほら吹きだと疑われてしまっても仕方ありません!


◆コンサートの開演を待つ

その日、宮殿に到着したら、私が予約してあったコンサートの開演までにはまだ時間があります。まだ満席になってないコンサートの呼び込みもしていたのですが、興味のない曲なのでパス。

日本でこんな催しをしたら(つまりヴェルサイユ宮殿のようなものが東京近郊にあったら)、すぐに満席になるのではないでしょうか?・・・ だって、ヴェルサイユ宮殿で音楽を聞くなんて、素敵ではないですか?!

夕方です。近くのお気に入りのカフェに入って、ハム・ソーセージの盛り合わせ一皿とグラスワインで簡単に夕食を済ませたました。宮殿の入り口前には簡単に食事できるカフェがたくさんあるのですが、私のお気に入りは裏道のところ。

おいしいと満足した後、庭園を散歩してみることにしました。

建物に沿って歩いていると、別のコンサート会場が明かりに照らされています。窓越しに見た観客は、十数人に見える部屋がありました。

王朝時代の贅沢さではないですか?! 王様たちも、このくらいの人数で音楽を聞くのを楽しんだりしたはずですから!


◆庭園に足を踏み入れたら、びっくり!

下の写真は、今年6月に大修復工事が終わった「鏡の間」から眺める庭園を、逆方向から撮影したものです。



右の方に黄色い矢印を入れた部分、なんだかお分かりになりますか?

その部分をアップにすると、これです ↓



ここで、こんなものを見たのは初めてです。仰天しました。

こういうのが横たわっていたのですから!



芸術作品なのでしょうね・・・。
でも、巨大な白い骸骨です・・・。

宮殿の庭の中でも最も大事な場所に、そういうもの(オブジェと呼ぶべき!)に寝転がっていていただいて良いのでしょうか?・・・



フランスは景観規制が恐ろしく厳しくて、ご近所に歴史的建造物に指定された建物があったら、家の改造は思うようにいかなくなります。

屋根裏部屋に小さな窓を開けたいとか、そんなことまで許してもらえなかったりします。

ここは、そんな歴史的建造物の中でもトップクラスのヴェルサイユ宮殿です。どういう経路で許可されたのでしょうか? 作品を作った人は、館長のお友達?・・・


◆現代芸術は理解できない・・・

ガイコツはとても良くできていました。これだけの大きさに仕上げるのは大変だったろうとも思います。

でも、私はこういうのを見て、すごい芸術作品だ! とは思えない人間なのです・・・。

現代芸術というのは説明が必要だな、と思ったことが何回かありました。

キュレーターの友達の仕事を手伝ったとき、これが芸術作品? と思うものがあったのですが(つまり私だって、できるぞ! という作品)、作家の方は弁舌で、「なるほど、そういう意味があったのですか?!」 と感心させてしまう説明をするのが常でした。

だから、このガイコツにも意味があるはずです。

でもプレートには、作者の名前くらいしかありませんでした。作品の題名もあったかも知れないのですが、記憶に残っていません。

フランスという国は理解に苦しみます。昔のものを保存するのに異常なほど熱心なのに、超現代的な芸術も評価するらしい。

高速道路の道端にも色々な作品ができているのですが、ただ大きなのを作っただけではないかと思える作品がほとんどです(私の趣味での発言)。

バスの運転手さんが説明してくれたことによると、高速道路を建設するときには、建設費からそういう作品を作らせる費用を出させることになっているとのことでした。道路建築費の3%と言っていたかな?・・・ それじゃ多すぎますよね。0.3%だったかな?・・・

このバスの運転手さんは、とても良いことだと言っていました。退屈な高速道路を走るとき、そういうのを見るのは嬉しいらしい。

高速道路は眠りそうになった目を覚ますために、景色から飛びぬけたものを置いておくのは良いとは思います。

でも、ここは、見るものがありすぎて1日では見学しきれないほどのヴェルサイユ宮殿なのです。庭園を一望できる場所に、で~んとガイコツが陣取っているのを見て、喜ぶ人がいるのでしょうか?・・・

このガイコツは長期間に渡って展示されるのでしょうか? 正直言って、私は早く片付けて欲しいと思う人間なのですけれど・・・。

どなたか、これが撤去されているのをご確認なさったとき、コメントで教えてくださいますか?

ヴェルサイユ宮殿のコンサートの話しを書こうと思っていたのに、脱線してしまいました。別の日記にします。

- 続く -


追記: 気になったしまったので調べてみました。

この骸骨のオブジェの名前は「Calamita Cosmica(宇宙の災禍)」
全長24メートル、重さ8トン
特徴: 鳥の口バシのような鼻

イタリアのアーティストGino De Dominicis(1947-1998)の作品。

今年5月にはミラノ大聖堂前広場で寝ていたそうです。ヴェルサイユ宮殿には10月初めのイベント「白い夜」でサーチライトに照らされた模様。なんだか、マクドナルドのように一等地に鎮座するのがお好きなように感じました。

気になってしまったのは私だけではないらしくて、ブログなどに乗せられた写真の一覧がありました: flickr Search

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2007/10/24

シリーズ記事 【サンジェルマン・アンレー、ヴェルサイユ旅行】 目次へ
その2

サン・ジェルマン・アン・レー町に到着したのはお昼時だったので、まずお城の博物館に立ち寄って入場時間を確認しました。

受付けの人はとても親切な応対。お昼を食べてから来ても大丈夫と言い、「ボンナペティ(おいしい食事をするように、という挨拶言葉)」まで言ってくれました。

旅先で感じが良い人に出会うのは嬉しいものです♪

おいしそうに見えたイタリアン・レストランに入ったら、お料理は予想以上のおいしさなので大満足!



手長エビのパスタ
ロブスターに勝るとも劣らない味に仕上がっていました。


ただし、お値段はパリプライス。つまり、かなり高め。このくらいおいしければ文句はありませんが、やはり、この町はパリの延長線にあるのだな、と感じました。

そして、ホテルに入ったら、それを確信しました。
つまり、気を張っていないと生きていけないぞ~、という感慨。


◆いい訳ばかりする4つ星ホテル

ホテルに着いたのは午後3時ころでした。

レセプションホールは異様な雰囲気。



小学校の校庭のように、子どもたちが走り回ったり、大声をあげたりしていたのでした。

フランスの子どもの躾は厳しいので、こういう光景を見たことはありませんでした。

夜も騒がれては困ると思ってレセプションの人に聞くと、「朝の8時からこの状態でして・・・」と、頭を抑えるジェスチャーで返事をするので、同情してあげました。もうそろそろ引き上げるだろうから、夜は静かになるはず、との返事に安心しました。

ともかく騒々しいので、レセプションの人とおしゃべりなどしないで早く部屋に早く引き上げようと思ったら、私の部屋の準備はまだできていないと言う。

「披露宴があった」という理由で、部屋ができていないのを申し訳ないとも思っていない様子。

つまり、結婚披露宴に集まった子どもたちが、ホテルのホールで運動会をしていたのだと分かりました。


ホテルは昔のお城の一部を使った建物なので、前回の日記(パリ近郊旅行 <1>: サン・ジェルマン・アン・レー)でお見せした新しい城から続く公園の隣にあります。それで、迷わず公園を散歩することにしました。

のんびりと散歩してホテルに戻ろうとすると、さっき公園に出たホテルの裏門に鍵がかけられていて入れない。ずっと遠回りして別の門からしかは入れません。

受付けの人に鍵がかかっていたことで文句を言うと、「結婚披露宴があって大勢の人がいるから・・・」との言い訳が返ってきました。

ホテルのレストランに集まった人たちが裏門から出てはいけないという意味なのか(変?・・・)?、あるいは、どさくさにまぎれて裏門から知らない人たちが入って来たらまずいという意味なのか(この方が自然)?・・・

どちらのためだったのか分かりませんが、どうでも良いです。

ともかく、私の部屋は準備ができたというので、ほっとして部屋に入りました。


◆すっかり気に入った部屋だったのだけれど・・・

私の部屋は窓からの光が明るくて、バルコニーもある。浴室にも窓がある。こういう部屋が好きです。

しかも、セーヌ河が見える!♪




◆テントウ虫の大群

バルコニーに通じる2つの窓のところに、何か黒い小さなものが無数にあるのに気がつきました。

ゴミか何かだと思って無視しようとしたのですが、よく見るとテントウ虫の死骸なのでした。さらによく見ると、生きているテントウ虫が窓ガラスにぶつかりながら飛んでいる・・・。

生きている虫は外に出たがっているのだろうと、すべての窓を全開にしました。

さて、どうするか?・・・

テントウ虫の死骸が50匹くらいはある部屋で一晩過ごすには、何とも気持ち悪い。とりあえず、レセプションに電話してみました。

さすが4つ星のホテル。裏門の件でも迷惑をかけたので、グレードアップした別の部屋を与えると言ってきました。

私は、このホテルをインターネットで割引料金を利用して予約していました。こういう利用客はホテルにとって怖いはずなのです。予約したサイトには利用者のコメントを入れることができるのですから、私がクレームを書いたらホテルにとっては大きなマイナスになります。

代わりにくれるという部屋は、広さの面では上のランクでしたが、全く気に入りませんでした。

バルコニーはないし、窓の下はレストランの天井になっているらしくてコンクリート。窓は、セーヌ河がよく見える方向には向いていない。

せっかくだけれど、テントウ虫がいた部屋の方がずっと良いのです。確かに、こちらの方が部屋の料金は高いらしいのですが(ドアのところにある料金表をちゃんとチェックした)。

テントウ虫を処理してくれるだけで良いから、と言いました。

それにしても、テントウ虫の件でもレセプションの応答は言い訳だけで、スミマセンとも言わない。窓の外にテントウ虫が集まる木があって、朝、殺虫剤をまいたからテントウ虫が死んでいる、という説明でした。

でも、私の部屋は準備できていないと、さっき言ったでしょう? 私が公園を散歩している間に部屋を整えたなら、なぜテントウ虫の死骸を掃除機で吸い取らなかったのだろう?・・・ 部屋は使える状態になっていたのに、私を入れなかったのか?・・・

そんなことを詮索しても意味がありません。

日本のように言い訳なんかしないで、「スミマセン。すぐ片付けますから」とだけ言ってくれたら気分が良いのに・・・。


◆メイドさんにしかられてしまった!

部屋に戻って、待つことしばし・・・。ノックが聞こえたのでドアを開けると、掃除機を持った黒人のメイドさんがいました。

部屋に入るなり、メイドさんは怖い顔で私をにらみつけて言いました。

「なんてことを! 小さな虫が入ってくるから、窓を開けてはいけないのに!」

ため息までして呆れたという顔。まるで子どもを叱る態度です。

どうして私が叱られなければならないの?!

レセプションで日本人のお客が2組か3組いたのを目撃していたことを思い出しました。このホテルは日本の旅行代理店と提携しているのではないかな?

つまり、日本人には何を言っても言い返されないということを、このメイドさんは知っているのだ、と判断しました。

日本人をなめて欲しくない。頑張らなきゃいけないぞ~! と発奮しました。

テントウ虫は、私が部屋に入ったときから死んでいた。生きているのは窓ガラスに張り付いているから、窓を開けてあげたのだ、と、やりかえしました。



ブーブー言いながら、掃除機をかけてくれたメイドさんです。

私のせいでテントウ虫が部屋に入ったと言われることもありうるかと思って、テントウ虫の死骸を写真にとったのですが、虫が小さすぎるために写真は失敗!


もう仕事を終えて帰ろうとしていたところに、私のことで引き止めたらしい。それでご機嫌斜めなのでした。このホテルは経営不振で、従業員にちゃんと残業手当を支払わないとかいう事情があったのではないのかな?・・・

全部のテントウ虫は取ってくれないで、「もう時間だから」と引き上げてしまいました。掃除機をおいていってくれたら私がやるからとも言ったのですが、了解してくれませんでした。

4つ星のホテルとは思えない安い料金のホテルだったので(それで予約したわけなのですが)、サービスが悪いのは我慢する気にはなりました。

でも、いちおう、チェックアウトするときに、レセプションの人に報告しました。客を叱り付けるメイドさんがいたら、せっかく良いロケーションのホテルなのに客は遠のきますよ、と。

親切心からそう思ったのです。本当に残念だと思います。ついでに、「弁解ばかりしない方が良い」とも言ってあげたかったのですが、それは止めました。

翌日の朝食代を無料にする、と向こうから言われました。

「それではコーヒーだけ」とご親切を受けたのですが、眺めが素晴らしい部屋での朝食だったので、ついでに朝食をいただいてしまいました。

それにしても、フランスって、自己主張をしなければならないので、疲れる~!


◆テントウ虫と無実の罪の関係

テントウ虫は、フランス語では「coccinelle」なのですが、「bête à bon Dieu(神様の虫)」とも呼ばれています。

部屋にテントウ虫がいるのを片付けて欲しいと言うのに躊躇したのは、それが理由でした。

でも、なぜテントウ虫は「神様の虫」なの?・・・

この日記を書きながら気になったのでインターネットで調べてみたら、すぐに答えが出てきました。

おそらく中世のこと。

無実の罪で死刑になりそうになった男が、断頭台(丸太)に頭をのせようとしたときテントウ虫がいるのに気がつきました。つぶしてしまっては可哀想だと、テントウ虫をそっと断頭台から遠ざけました。

それを見ていた裁判官たちは、そんな優しい心がある人が犯罪を犯すはずはない、と意見が一致。処刑を見ていた人たちも、その無実の男を救うために神が虫を送ったのだ、と思ったのでした。

それで、テントウ虫は「神様の虫」と呼ばれるようになった。


私の場合は、テントウ虫のおかげで、メイドさんから無実の罪を着せられそうになったのでした。
私って、バチ当たりなのかな?・・・


今回の旅行は、実はヴェルサイユ宮殿でコンサートを聞くためのものでした。
その話しを続きで書きます。

- 続く -


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カテゴリー: パリは外国 | Comment (8) | Top
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2007/10/22

シリーズ記事 【サンジェルマン・アンレー、ヴェルサイユ旅行】 目次へ
その1

なんとなく気になっていながら、まだ行ったことがなかった町に行ってきました。

もうフランスの有名な名所はすべて行ってしまったような気がしているのですが、それでも、まだ行っていないところが残っているのです。

今回行ってみたのは、サン・ジェルマン・アン・レー(Saint-Germain-en-Laye)という町。

この町の名前を覚えたのは、パリで地下鉄に乗ろうとするとき、終点の名前で見えていたからだと思います(RER線)。

長ったらしいのですが、なぜか覚えやすい名前・・・。


◆パリ郊外の高級ベッドタウン

パリの西に位置する町で、この地域はお金持ちが住む地域にあります。なるほど、このあたりには広々とした美しい公園があるし、町に入るあたりには立派な邸宅が並んでいました。

パリの西は高級住宅地。反対の東側にある地域は、貧しい人たちが多く、暴力事件などもあって治安が悪い、という構図があると言われています。

なぜパリの西と東に分かれてそうなっているのかというのは、単純な理由があるのだそうです。

工場の煙が行くのはパリの東側。それで、裕福な人たちは西側に住み着いて住宅エリアを形成した。・・・という説明をしてくれたフランス人がありました。

マルセイユでも、同じような説明を聞いたように思います。


◆サン・ジェルマン・アン・レー城

このサン・ジェルマン・アン・レー町には、大きなお城があります。



サン・ジェルマン・アン・レー城

城は国立考古学博物館として使われています。考古学博物館には余り興味がないのですが、お城の中を見たいという気持ちで入ってみました。

出土した破片が並んでいるというのではなくて、見事な出土品ばかり。このくらいのレベルの博物館になると、考古学には興味がなくても面白いです。

見学する価値がありました。私が住んでいる所の近くから出土された立派な保存状態の物もあったので(紀元前1250年)、すごい! と感心。


◆城のテラスが公園

この城のあるあたりは公園になっていて、その外れからはセーヌ河の向こうにパリを遠くに望むことができます。

とても広い公園ですし、高台からの見張らしも良いのです。

すぐ下にはブドウ畑ができていました。



左はテラスの終わりにある石垣。
もっと大きく写真を加工すべきでしたね・・・。
ブドウ畑の向こう、左手に光って見えるのがセーヌ河です。


もう過ぎてしまっていましたが、ブドウの収穫の日が掲示されていました。こんな大きな町に住む人たちも、ブドウの収穫を見る楽しみがあるのですね。思い出せば、パリのモンマルトルにも小さなブドウ畑ができていました。

ここはパリ首都圏ですが、やはり大都会パリとは違う。セーヌ河も緑に囲まれていて美しい。長閑さもある町の雰囲気が気に入りました。

ところが・・・。
やはり、この町はパリの延長線にあるのだ、と思う出来事がありました。

- 続く -



★フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』: サン=ジェルマン=アン=レー

★考古学博物館のサイト: Musée des antiquités nationales - château de Saint-Germain-en-Laye - (musée de la préhistoire)




2007/10/08
ここのところ週末になると旅行ばかりしていたので、朝市に行くのは久しぶりでした。

朝市に足を踏み入れたら、もうすっかり秋なのだな、という思いがしました。

牡蠣の特設売店ができている。それから、毎年シーズンになると採ったトリュフを売るおじさんもいました。


◆初物のトリュフを買う

さっそく、「今年、トリュフはたくさん採れますか?」と、質問。

今年のフランスの夏は異常に雨が多くて寒かったので、こんな年にはトリュフがどうなるのだろうと思ったのです。

かなり採れるけれど、虫食い状態になったのが多いのだとの返事でした。

テーブルの下に置いていた袋を取り出して、虫食い状態のトリュフを見せてくれました。本当に、これでは売りものにならないという酷い状態でした! デジカメを持っていなかったので写真が撮れなかったのが残念・・・。

小さいのを1つ買いました。6ユーロ。トリュフは高級食品の代表のようなものなのですが、考えてみると、そんなに高い食品でもないのです。ほんの少しあるだけで嬉しくなる食品なのですから。

私が買ったトリュフは1個1,000円くらい。例えば4人で食べたら、「わあ、こんなにたくさんのトリュフが食べられる♪」 というくらいの量になります。トリュフがあるのを喜ぶだけだったら、10人分くらいの料理に使うにも足りるのです。

もっとも、トリュフが採れない地域では高い値段で売られているのでしょうけれど。

トリュフとは、こんなキノコ


◆トリュフの扱い方のレッスンを受けた

少し前、キノコ料理で有名なシェフと一緒に森にキノコを探しに行き、調理場でキノ子料理のレッスンを受けるという催しに参加しました。

* そのお話しはブログで紹介したいと思っていますが、写真がたくさんありすぎるので、まだ整理していません。

同じブルゴーニュ地方の中でも、キノコがたくさんとれる山岳地域にあるレストランです。でも、そこではトリュフが採れない。それで、キノコ狩りから帰ったときのシェフの料理教室は、トリュフの食べ方と試食から始まりました。

無料の催しなので、参加しているのはほとんどが地元の常連客たち。トリュフとは縁がない地方だけに、意外にもトリュフを知らない人たちが多いのでした。

フランス人なら誰でもトリュフを食べているというものではないらしいです。というか、ほんの少し料理に乗っていたりするので、本来のトリュフを味わっていないのでしょう。

私が住んでいるところは石灰質の土地なので、トリュフを採れるテクニックがあると(つまりは、訓練された犬を持っていることが条件)、割合かんたんに見つかるらしくて、私が朝市で買ったような値段で手に入るのです。

それで、トリュフについての知識は多くなっていたので、シェフが教えてくれたことの大半はすでに聞いて知っていました。

でも、忘れないためにメモしておきます。


◆トリュフを調理するときの注意

- トリュフに熱を加えてはダメ

フォアグラの中にトリュフを入れていたり、まるごとの鳥肉を料理するときに皮と身の間にトリュフを詰め込んだり、という有名な料理があるのですが、これはトリュフが入っていることを喜ぶだけのこと。加熱したら、トリュフの香りはみんな飛んでしまう。

- トリュフは、何かとの接触によって香りが出る

オムレツに入れるときは、ほんの少しだけ火を通す。肉料理のソースを作って、少し冷めた状態のところに入れる。

何かと接触させるのがポイント、というのは勉強になりました。加熱してしまうと香りが飛んでしまうというのは経験していたので、料理の上からトリュフの薄切りを乗せるのが好きだったのですが、いまいち満足していませんでした。何かに混ぜ込んだ方が香りが強まるのですね・・・。

- 卵と一緒に密封容器に入れる

2日間くらいそうしておくと、卵の皮を通ってトリュフの香りが卵にしみこむ。それの卵でオムレツを作ると、トリュフの香りがするオムレツになる。

これは前に人から聞いていました。それほ卵にトリュフの香りはしみ込まないと思うのですけれど・・・。それでも、トリュフを買うと、いつもそうしています。

この週末に買った朝市で買ったトリュフも、そうしました。




◆トリュフの選び方

買うときには通のふりをして、トリュフの中身が見えるように切らせなさい、とのアドバイスでした。

私が買ったトリュフをご覧ください。それを売っていた人は、そんなことを言わないでも、中身が見える切り込みを入れていました。売り物になるトリュフかどうか、ちゃんとチェックしているのです。

ブルゴーニュのトリュフと言われる種類では、大理石のような模様が入っているのが特徴。熟していないと、それがない。熟していないトリュフはおいておいても熟さない。逆に、熟しすぎているのもダメ。


◆ブレス産のAOCとり肉

私のトリュフを入れた卵は、ブレス産のニワトリの卵です。

ブルゴーニュにはブレスと呼ばれる地域があって、そこで育てられるAOC(原産地呼称統制)付きの若鳥があります。

世界最高と言われるトリ肉。パリなどではかなりの価格になりますが、地元ブルゴーニュでは、普通の放し飼いの鶏肉(フランスでは「農家の鶏肉」と呼ぶ)よりは少し高いという程度で買えます。もちろんブロイラーはボイコットしているので、そちらとは価格の比較になりませんが!

もっとも、ブルゴーニュが地元といっても、生産地にごく近いところか、大きな町の朝市や高級肉屋でないと手に入りません。AOCブレス産若鳥を手に入れたかったら、パリの方が簡単ではないかと思っています。

ブレスの鶏肉は、日本の高級フランス料理店でもメニューにのっていますから、ご存じの方も多いのではないでしょうか。

ブレス産の鶏肉を検索

ちなみに、ブレス産の鶏肉ブランドとして最高とされるのは、クリスマスの時期にだけ売られるシャポンという去勢した雄鶏です↓



普通に食べるブレスの鶏肉は、こちら↓



ブレスAOC鶏肉は厳格な決まりを守って育てられるので(その土地でできたトウモロコシを食べさせること、放し飼いの土地の広さの規制など)、質が高いのは当然でもあるのですが、この地域は、そもそもが土質が他とは全く違うのです。


◆最高級の鶏肉が育つ土地のタマゴ

ブレス地域に住む友達の家に行ったとき、庭で飼っている鶏の卵の湯で卵が余りにもおいしいのでびっくりしたことがありました。別にどうということのない鶏だったはずなのですが、卵の黄味の色が鮮やかで、おいしいことったらありませんでした。

この土地で放し飼いにして育つと、卵までおいしくなるらしい・・・。

それ以来、ブレスで育った鶏の卵にこだわっています。

上に入れたトリュフの写真に写っている卵は、ブレス地方の朝市に行ったときに買ったものでした。

ルーアンと言う町の朝市。こんな昔ながらのがあるのか、と驚くほどの朝市です! 近郊の農家が野菜などを持ってくるだけではないのです。家畜も売られているのです。もちろんブレスのニワトリも。

私が卵を買ったのは、このお爺さんから ↓



ブロイラーの卵を売っている農家もあるのですが、いかにも庭先で鶏を放し飼いで育てている小規模農家の人に見えたので選びました。

ブレスという名産地の名前が持てるだけに、ブロイラーもかなり多いのです! もちろんAOCは付けられませんが、「ブレス」という名前は付けられるので売れるらしい。

お爺さんには、売っているものが、ほんの少ししかありませんでした。2つのカゴに入れたウサギと、カゴに入れた卵だけ? でも、写真を見ると、左側に木の籠があった。何が入っていたのだろう?・・・ ヒヨコかな?・・・

こういうのが、いかにも小規模農家らしくて感動的です!

生粋の昔かたぎの農家の人のようでした。卵を買ったときも、全く無口!

この地域は、ブルゴーニュの中でも昔ながらの田舎が残っているようです。今ではほとんど耳にしないブルゴーニュの訛りがあちこちから聞こえてきます。

フランス語のRは、飲み込んだような音を出すのですが、ブルゴーニュの言葉では、巻き舌で発音するのです。

ルーアンの朝市は大規模です。市が開かれる月曜日には、この田舎町は大変な賑わいになります。こういう朝市は生き残って欲しいな・・・。

ブログ内リンク:
★ 目次: フランスで食べるキノコ
★ 目次: ブレス産の鶏肉

情報リンク:
Poulet de Bresse


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2007/10/05
ブルゴーニュ地方にある観光名所の一つにヴェズレーがあります。

少なからず観光地化されてしまっているので、村自体の美しさは私にとっては魅力が薄れます。でも、この小高い丘の上に集落があるのを遠くから見るときには、いつも一種独特の感慨を覚えます。


◆ヴェズレーの大聖堂

丘の頂上にあるサント=マドレーヌ大聖堂(Basilique Sainte-Marie-Madeleine)は、溜息がでるほどの美しさです。

世界で一番美しい教会だと思っています。もう数え切れないほど行きましたが、何度行っても飽きません。



大聖堂の前に立ち止まって彫刻をめでる必要はありません。本ものの彫刻は内部にあるのですから!

ロマネスク彫刻の傑作の数々。眺めていると時間がたつのも忘れてしまいます。

ここを会場にして行われるコンサートも素晴らしいです。

* ちなにみ、こういう風に塔が左右対称になっていないのは意図的であることはないのだそうです。工事をしていたけれど途中でお金がなくなったとか、戦争が始まったとかで片方の塔しかできなかったというのが多い。あるいは、戦争で破壊されて片方の塔だけ残ったというのもあったような気がします。

La basilique de Vézelay vous accueille


◆突然サンティアゴ・デ・コンポステーラに行くことになった思い出

フランスにはスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまで行く巡礼コースがあるのですが、このヴェズレーから出発するコースがあります。

私にとってヴェズレーは身近な存在なので、サンティアゴ・デ・コンポステーラも身近に感じていました。

そこに行くことになったのは偶然のできごとでした。

何年も前の夏のこと。スペイン国境にある人の別荘を持つ人から泊りにこないかと誘われて、友人たちと行ったときのことでした。

約束の日、別荘に到着したら、肝心の持ち主はまだ到着していない気配。携帯電話などという便利なものがない時代だったので、いつ到着するのか全く分らないのでした・・・!

ボーっと待っているのもつまらないので、スペイン側に入ってみようということになりました。行ったのはサン・セバスチャンという町。レストランで美味しいタパスを食べた私たちは、すっかりスペインが気に入ってしまいました。

食後、広場に座って、さて別荘に戻るか、もう少しスペインにいてみようかと相談。

そのときの私、「サンティアゴ・デ・コンポステーラに行きたいな」と言ったのでした。ここからスペインの北海岸を通って行けば行きつくはずなのです。

いい加減に言ってみただけなのに、友人たちはその提案が気に入ってしまったらしい。

「サンティアゴ・デ・コンポステーラに行こう~!」、ということになってしまいました。

友人が招待してくれた別荘に行ってみたら、近代的な普通のお家だったので、そこに泊めてもらったって余りおもしろくもない、というのもあったようです。

後で知ったのですが、フランス人って、やたらに遠いところに行こう! と思いついたりするのが好きみたいです。

夕飯を食べていて、突然、「エッフェル塔の足に触って帰って来よう」とか、「ジュネーブに行こう」とかいうことになって、夜中に車を飛ばして、目的を果たしたらそのまま帰ってきたという、バカみたいなことをしたのが楽しかったという話しを何回か聞いています。

18世紀の話しでも、貴族が思いつきで北フランスの海岸まで行ってしまったというのもありました。馬車で行くわけですから、もっと無茶な話しです!


◆サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路

というわけで、サンティアゴ・デ・コンポステーラに行ってしまいました。

何日もかかって到着することになったのですが、初めての北スペインの旅行を楽しみました。

巡礼者たちが歩く道も通りしました。その年、何だったかは忘れてしまったのですが、キリスト教の大切な年に当たっていて、巡礼者の数はいつもより多かったらしいです。炎天下を歩いている人たちを無数に目撃しました。

車で行くにも大変な行程なのに、歩いている人たちがたくさんいるのに驚きました。ところどころには巡礼者が歩きやすいような木陰のある道もあったのですが、普通に車が通る道なども歩いているのです。

昔の巡礼というのは長閑な田舎を通ったはずで良かったでしょうに、こんな風に排気ガスを吸いながら歩くなんて・・・ と思ったのでした。

現代は、全行程を徒歩でという人は稀なようですが、それでも全部歩いてしまう巡礼者たちもいるのです。

私たちもブルゴーニュから行ったので、ほとんど巡礼者たちと同じコースを通ったわけですが、大変な距離でした。ずいぶん前のことなので忘れてしまいましたが、この旅行に2週間はかけたと思います。


◆巡礼の道が残っていた!

お話しは、前回の日記(サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路にあったチャペル)に戻ります。

小さなチャペルを案内してくださったマドモアゼルから、帰りがけにチェペルの前にある道を見るようにと勧められました。サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路が、昔の姿で残っているとおっしゃるのです。

ほんとうでした!



写真の左手にあるのは、聖女の名前がついた泉でした。巡礼路の途中には、こういう泉もつくられていたのではないでしょうか?

ヴェズレーを出発してから、まだほど遠くないところの道です。

こんな道を昔の巡礼者たちは歩いたのだろうな・・・ と感慨にひたってしまいました!

でも、スペインに入ったら、土地が乾燥しているので、昔だってこんな木陰を歩くのとは違った過酷な旅だったのでしょうね・・・。


◆なぜホタテ貝?

サンティアゴ・デ・コンポステーラ: 仏語ではSaint-Jacques-de-Compostelle

サンティアゴ: 日本語では聖ヤコブ、仏語ではSaint Jacques(サンジャック)

巡礼者のシンボルはホタテ貝なのですが、ホタテ貝は仏語でCoquille Saint-Jacques(コキーユ・サンジャック)。

サンジャックだからホタテ貝。それを首から吊るしているのを見たときには全く違和感がなかったのですが、なぜホタテ貝なのだろう?・・・

疑問に答えてくれるページがありました:
★国立民族学博物館|開館30周年記念特別展「聖地・巡礼─自分探しの旅へ─」» Q&A  » 帆立貝がシンボルになった理由は?


◆ヴェズレーからサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路

ヴェズレーからサンティアゴ・デ・コンポステーラまで: 1,691Km、徒歩71日間

1日20~30Kmくらいを歩くスケジュールです。それが無理ないペースですね。むかし徒歩旅行をしてみたとき、観光なども少ししながらあるいて、1日25Kmだな、と思ったのを覚えています。

ちなみに、ヴェズレーも、この巡礼路も、世界遺産に指定されています。

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ブログ内の関連記事:
目次: サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路に関する日記

情報リンク
☆ Wikipedia: サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路
☆ Wikipedia: フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路
Les chemins de Saint-Jacques de Compostelle
ヴェズレーからスペインへの巡礼路の地図と距離など:Chemin de Vézelay



2007/10/03
どんなところでも見学してみると、何かしら新しいことを学んだり、感動したりさせられるものです。

今年の歴史的建造物公開日のときには色々のところを見学したのですが、小さなチャペルも印象に残るものでした。

* そのイベントが何であるかは「フランス式「文化の日」」でご紹介しました。


◆普通の家のように見えたチャペル


Chapelle de Sarre

チャペルには見えないでしょう? チャペルと呼ばれる建物は、そう見える姿をしているのが普通なのですが・・・。

建物の右側の部分は、後に建てられたチャペルとは無縁の住居の部分。たぶんチャペルの壁を利用して建てたのでしょうね。それで普通の家のような外観になってしまったらしいです。この住居の方も保存会の方たちが修復したのでした。

一般公開のリストに名前が出ていたこのチャペル行こうとしたのですが通り過ぎてしまいました。その少し先にあったレンガ製作所(こちらも見学リストに出ていた)の、信じられないくらい昔ながらの製造法を見学して感激的してしまい、その帰り道で「もしかしたら、ここがチャペルなのかも知れない」と思って車を止めたのでした。

このチャペルを修復した地元の保存会のマドモアゼル(写真に写っている女性)が応対してくださって、捕まってしまった・・・ という感じでお話しを聞かせていただきました。

歴史的建造物公開の日には色々なところが見学できますから、こんな小さなところを訪れる人はそれほどいなかっただろうと思います。

捕まってしまった、と言ったら申し訳ないのですが、近くの町にあるレストランが気に入って予約してしまっていたので気がせいていたのです。フランスの田舎では、午後2時までにレストランに入らないと食べさせてもらえない、という恐れがあるのですから!


◆素敵なマドモアゼル

小さなチャペルです。内部には何も残っていないので、見学させていただいたって、感激するようなものは何もありません。

でも、案内してくださったマドモアゼルは、このチャペルの保存に情熱を持っているので、お話しはとても楽しいものでした。このチャペルの価値、ほとんど廃墟になっていたチャペルをどうやって修復したか、修復していたら何が出てきたか・・・ など。

マドモアゼルと書くのは、入っていった時にそう呼んでいた女性がいたので、彼女は独身なのだと分かったからです。どのくらいのお年なのかな?・・・

「マドモアゼル」と呼んでいた人が別れの挨拶で、「お元気で。またお会いできるのを楽しみにしていますから・・・」などと大げさなことを言っていたところから、70歳を過ぎているのは確かだと思います。

でも、お元気でした。チャペルを語るときの記憶は完璧!

聞こえてきたことからマドモアゼルだと分っただけなので、私が話しかけるときには「マダム」と呼びました。そうするのが礼儀だと思う。高齢の女性を「マドモアゼル」と呼ぶのには抵抗があります・・・。


◆お賽銭箱?・・・

このチャペルは、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラに通じる巡礼道にあります。歩き疲れた巡礼者が立ち寄ることができるように小さなチャペルができていたのでした。

ここで面白いなと思ったのは、お賽銭箱のようなもの。なぜか、建物の外側にありました。矢印で示した部分です。



拡大すると・・・



郵便受けみたいでしょう?

そこにお金を入れると、建物の壁にできている空洞を通って、内側から取れるようになっていました。



チャペルとして機能していない今でも、こういうのを見ると小銭を入れたくなる人がいるらしくて、コインが入っていました。

見学はもちろん無料でした。

こんな何でもない建物でも郷土遺産として保存する人たちを支援したかったので、チャペルの保存会が作ったエッチングのカードを買いました。

実は、このチャペルに立ち寄ってみて良かったなと思ったのは、道の向こうにあるものを見せてもらったからでした。それは続きで書きます。

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2007/10/01
ブルゴーニュ地方にも山岳地帯があります。もっとも標高500メートルくらいでも「山」と呼んでしまう地方なので、千メートル級の山はありませんが!

先日この地域を旅行したとき、ガリア時代の史跡を案内してくれたガイドさんの言葉が印象に残りました。

ドライブしていたとき、植林されたモミの木がきれいに並んでいる風景が目についたのですが、昔はモミの木なんかなかったのだそうです。

戦後、早く育つモミの木が植えられたそうなのです。日本で杉の木がやたらに植えられてしまったのと同じなのでしょうね。


◆モミの木

クリスマスツリーになるモミの木。フランスでよく知られているクリスマスソングの一つに、「私の美しいモミの木、森の王様・・・」と始まる歌があります。

* どんな曲か思い当たらないかたは、こちらのページをご訪問ください。フランス語の歌詞があるのほか、音符のアイコンやMP3をクリックすると曲を視聴できます。

でもフランスでは、モミの木は安い建築材とみなされているので、「森の王様」と褒めてしまうのは奇妙です・・・。針葉樹なのは良いですが、この暗い緑色をした木は、冬には耐えがたいほど寂しい景色を作りだしてしまう木なのです。

ともかく、フランス人はモミの木を「森の王様」などとは受け取らないように思うので、この歌がどうにも奇妙に感じていました。

これはドイツの曲だと知って(原題は「O Tannenbaum」らしい)、納得できました。

確かに、モミの木はドイツ的に感じます。ドイツはほとんど旅行していないのですが、「黒い森」と呼ばれるところはモミの木の森なのでしょうか?


◆カシの木

フランスで「森の王様」と呼ぶのに相応しいのは、chêne(樫の木)だと思います。

親子代々使う家具、ワインを貯蔵する樽、家の建材などとして、このシェンヌが使われます。

硬くて頑丈な木なので、モミの木とは格が違います。何百年も前に建てられた家のカシの木の柱などは、私などの力では釘を打ち込むこともできないほど固くなっています。

* とは言っても、屋根などを長い期間支える木としては、樫よりはクリの木の方が良いそうで、お城などでは、遠くから取り寄せてもクリの木を使っています。虫がつかないのが長所のようです。
森でみるシェーヌの木は、品格があります。

シェーヌは日本語で何と訳せば良いか考えた時期があるのですが、今は「オーク」を使っています。

日本の樫とは少し違うように思うのです。カシワ餅に使えそうな葉ですし、ドングリもなるのですが。

↓ シェンヌの木です。



地面に落ちていたドングリの形を観察してみたのですが、日本のよりズングリしていませんか?


◆フランスのchêneは、日本語で「カシ」と訳しても良いのか?

フランスから日本に様々な種類のシェンヌを持ちこんで、会場に陳列するイベントのオーガナイズをお手伝いしたときのこと。そのフランスから送られた木々は日本の植物園で保管してもらっていました。

専門家はフランスのchêneを何と呼ぶのか? この機会を利用して教えてもらいたい、と思いました。

私にはパンフレットで木々のことを書く仕事もあったので、植物園に電話して、「カシ」と訳して良いのかどうか聞いてしまいました。

まず、飛んで火に入る夏の虫になりました! オーガナイザー側から連絡したのは私が初めてだったようで、フランス側が早く木を引き取りに来てくれないので困っている、というお小言をもらってしまったのです。

でも、chêneを何と訳すかについて、専門家のコメントをいただくことができたので満足!

chêneは「樫(カシ)」と訳して良いとのことでした。フランス語の専門家から「樫」とは違うと聞いていたのですが、植物の専門家から太鼓判を押されれば安心します♪

そうは教えられたのですが、やはり建築材のためにこの言葉を使うときには「オーク」と訳してしまっている私なのですが・・・。

★ウィキペディア(Wikipedia): カシ

このページにリンクされているオークのページは、フランス語のchêneにリンクされています。

★Wikipédia: Chêne


◆文化が違う国同士では、訳語を決めるのは難しい・・・

日本語で定着している訳語がないときには、何と訳したら良いかと悩みます。私が一番初めに書物で紹介する単語だとすると、それが定着した訳語になってしまうので責任も大きくなりますから。

中国語の知識があった明治時代には、かなり良い訳語がつくられています。いつか中国語を勉強したいと思いながら、今から始めても間に合わない年齢になってしまいました・・・。

この日記の情報リンクを探していたら、こんな本があったのを見つけました ↓

 歴史をかえた誤訳

インターネットで読後感想を調べてみたら、どうやら政治的な場面での訳語の問題が多いような感じがしました。

政治がからんでいると、問題は大きくなるのと同時に、力が強い方が勝手に通訳者の言葉をゆがめることもあるので、どうなのかな?・・・ とは思いますが、読んでみたいと思いました。

この類いの話しで、ずいぶん前に英語の通訳者から聞いた終戦直後のエピソードを思い出しました。

アメリカの軍人に強姦された日本人女性が裁判で訴えたら、却下されたという話しです。

なぜって、彼女が「助けてください!」と叫んだ言葉は、「Will you help me ?」と訳されたから。通りがかりの人に言ったのだったか、Would youだったのか、忘れました。

そんな言い方をする彼女には助けてもらいたい気持ちはなかった、ということだったらしいのです。

でも、こういうのって、誤訳の問題だけではないと思います。

そういう通訳者の不手際がなくても、日本女性は裁判に負けたのではないでしょうか? やはり敗戦国日本では、どんなことをされても泣き寝入りしなければならないような状況があったのではないでしょうか?・・・

* この夏テレビで見た日本の終戦直後のことを報道したドキュメンタリーのことを書きたいと思っていたのですが、後回しになってしまっています。政治的な背景から日本では報道できないであろうレポートは、とても興味深いのです。でも書き止めておかないでいると、みんな忘れてしまう・・・。

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