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2010/04/30

シリーズ記事 【なぜパリっ子は嫌われるのか?】 目次へ
その1


この冬、パリの街を歩いていたら、目に止まったものがありました。

雑誌などを売っている店の前にあった広告

目にとまったのは、左側にある宣伝です。少し前、テレビでこの週刊誌のことを話しているのをチラリと見ていました。


タイトルがふるっている!

週刊誌の表紙になっていたのは、特集記事「Pourquoi les Français détestent les Parisiensなぜフランス人はパリっ子が嫌いなのか)」。

「パリっ子はなぜ嫌われるのか」ではなくて、「フランス人」といっているのが面白いではないですか?

それと、やんわりと「aimer(好きである)」という動詞を使って「好きではない」とはせずに、「déterter(嫌う、耐えられない、憎む)」と強い言葉を使ってしまっているのも気になります。

地方の特集記事があったときには、その地方で大きな宣伝が出ます。だから、パリに出てきてから、テレビでちらりと見た記事を思い出したわけです。

宣伝につられて週刊誌を買ってしまいました!


首都の住民は嫌われる?

フランスにいると、パリ住民が嫌われているというのは色々な場面で感じます。

地方に住む人たちがパリっ子を悪く言うのは当然かも知れませんが、パリに住んでいる友人たちも言いますね。パリはストレスでイライラした人が多いので、感じ悪い人に出会う確立が非常に高いのです。

大都市パリと、それ以外の地域で国が違うくらいに違います。パリに住む人々と、それ以外の地域に住む人々に二分してしまっても仕方がないかもしれません。ほんとうに人種が違うみたいに見えます。

そもそもフランス語には、首都以外の地域をひっくるめて指す単語「province(プロヴァンス)*」があります。だから、首都以外に住んでいる人たちは provinciaux と言えてしまえます。単数形はprovincial。

* 南仏のプロヴァンス(Provence)とは綴りが違います。


日本では東京都と、その他地域で2分するということは余りしないのではないでしょうか? 分けるときは、いつも都市と農村なのような気がします。provinciauxを「地方住民、地方出身者」と訳すと(辞書にそう書いてあるので)、どこかの地方の住民を指すように聞こえてしまいそうな気がします。

provincialは、田舎もの、ダサイ、おのぼりさん、とかいう感じかな...。

日本でも、京都と○○という分け方があったような気もしてきますが、思い出しません...。


パリっ子のイメージ

フランスの田舎にいると、頻繁にパリっ子の悪口を耳にするのですが、そういうのを知らない方だと想像がつかないかも知れません。それで、フランス人が抱いているパリっ子のイメージを見せるようなビデオがないかと検索してみたら、こんなのが出てきました。

ツーリストが「エッフェル塔はどこですか?」と聞いています。あっ、訳すことなかった!
 ↓

Le Parisien - Touristes

最後に出てくるのは「ル・パリジャン」という新聞紙。テレビのPRスポットで「パリっ子って、こんな人たち」シリーズのような感じのユーモアPRとして流したもののようです。その名前のとおりパリ首都圏の新聞だったのですが、今では全国紙になっています。

パリ住民独特の悪い面を色々見せているのですが、パリっ子だったら自分が貶されたとは思わずに笑うでしょうね。

言葉が分からなくても笑えるビデオですので、他のも入れておきます。

フランス広しと言えど、パリでしか見られない光景です!
 ↓

LE PARISIEN - Voiture


レストランを出ていくビジネスマンに、電話して欲しいと名刺を渡していますが…。
 ↓

Ad Le Parisien - Parisian VIP


パリって、汚いのだものな…。
 ↓

Le Parisien Newspaper (French)

このコイン・トイレは、最近のパリのは無料になっているのに気がつきました(全部そうなのかわかりませんが)。そうなる前の撮影でしょうね。ケチなパリっ子。


ここまでは前置きで、フランス人が抱くパリっ子のイメージについてのお話しは続きます。

続き:
なぜパリっ子は嫌われるのか? (2)

内部リンク:
小京都に対応する「プチ・パリ」という表現がないのは、なぜ? 2012/11/02
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ » 都市と農村

外部リンク:
☆ Slate.fr: Où vivent les provinciaux de Paris [CARTE]


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カテゴリー: パリは外国 | Comment (4) | Top
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2010/04/28
飲んだシャンパン シャンパンの産地ランス

今回は昼食を食べるためだけに立ち寄ったのですが、そのときのことや、それから考えたことについて幾つか記事を書いたので一覧にしておきます。

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2010/04/27

シリーズ記事【シャンパーニュ地方旅行記(目次】 その9
余談


前々回の日記(フランスの町を観光するときには旧市街を探すのだけれど…)にランスの街並みは戦争の爪痕が見えると書いたのですが、ふと、シャンパンメーカーには「ヴーヴ」とついたものがあることを思い出しました。

ヴーヴveuve)」というフランス語は未亡人を指します。なぜ、そんなものを付けているのか不思議に思われませんか?

「ヴーヴ」と名がつくシャンパンで一番有名なのは、ヴーヴ・クリコですよね。

この有名ブランド「ヴーヴ・クリコ」は除いて、ヴーヴという単語が入っているシャンパンを検索してみると、こちらが出てきます。日本へは輸出していないような小さな会社を入れたら、もっとたくさんあるように感じるのですが。


むかし、シャンパンに「ヴーヴ」と付いているのは、シャンパンが作られるシャンパーニュ地方は戦争で未亡人が多くできたからだ、と教えられたことがありました。それで、ランスの街が戦争で破壊されたらしい家が多いのを見て、なるほど… と思ったのでした。

でも、そんな世界大戦の頃以前からシャンパンは作られていたはずで、しかも、戦死して跡を継ぐ妻が、社名を変えるなんていることがあるのだろうか?… そもそも、戦争って、いつの戦争?


ヴーヴ・クリコとは?

とりあえず、ヴーヴ・クリコの歴史を調べてみました。

Barbe Nicole Clicquot(旧姓 Ponsardin、1777年-1866年)

クリコ未亡人の写真とともに彼女の功績を紹介しているショップ


【マダム・クリコの魂】ヴーヴ・クリコ・ポンサルダン

クリコ未亡人はかなり気丈な人だったらしいですね。シャンパン会社の経営者になった初めての女性で、当時としては先駆的ビジネスウーマンだったようです。

ところで、シャンパン製造テクニックの柱になっているものには2つあります。第一は、ボトルの中で二次発酵をさせることですが、これはドン・ペリニョンが発見したもの。もう一つの澱抜き(ルミュアージュ)はクリコ未亡人が考え出したものなのだそうです(1816年)。


ルミュアージュ

ルミュアージュ(remuage)というのは、こういう作業です↓


Champagne Veuve Clicquot Ponsardin : Remuage


この作業によってボトルの口のところにオリがにたまっていくので、最後にこれを抜き、コルクを打ち込んで仕上げます。




下は、シャンパーニュ地方のワイン醸造高校のセラー。生徒さんたちのボトルの扱いは、上のベテラン風の方とは違いますね...。


Champagnisation : remuage des bouteilles


どうしてこんなことをするのを思いついたのでしょうね? クリコ未亡人は単にシャンパン会社の経営者として成功しただけではなく、シャンパンの発展に大いに寄与した女性ということになります。

となると、シャンパンメーカーの名前に「ヴーヴ(未亡人)」とつくものがあるのは、このクリコ未亡人にあやかろうというのが強かったように思えてきました。でも、実際に未亡人にならなければ名乗れないので、やはりシャンパーニュ地方には戦争未亡人が多かったのかな?…


最後に、ヴーヴ・クリコ社の様子を見せる映像があったので入れておきます。


Les Champagnes de la Maison Veuve Clicquot Ponsardin - Millésima


お昼を食べるために立ち寄っただけのランスの街のことから始まって長々と書いてしまいましたが、シャンパーニュのお話しはこの辺でやめて、次回からは別の話題を書くことにします。


追記:(2016年1月)

偶然シャンパンの醸造に関する映像に行き当たりました。1964年の記録映像で、セラーの中でルミュアージュをしているところが暴騰に出てきているのですが、上に入れたやり方とかなり違うのです! 酒蔵に響く音も全く異なっています。

ただボトルを少し回転させているだけではなくて、オリをボトルの口に強引に落とそうとしているかのようにボトルを振っているのです。醸造法の発展によって、今のように静かにやった方が良いということになったのか、今はオリが余りでないように液体を処理してからボトル詰めしているからなのか?...


INA: Les chefs de cave

ブログ内リンク:
シャンパンの口抜き作業 (1) Dégorgement à la glace 2013/04/10
 ⇒ シャンパンの口抜き (2) Dégorgement à la vole 2013/04/12
★ 目次: シャンパンとスパークリングワインに関する記事
★ 目次: ブドウ畑の作業、ワイン醸造法など
★ 目次: ワインなどアルコール飲料に関するテーマ
★ 目次: 旅行したときに書いたシリーズ日記のピックアップ


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2010/04/26

シリーズ記事【シャンパーニュ地方旅行記(目次】 その8
ランスの街


先日ランスのビストロで食事したとき(ケッパーをあしらったエイヒレ料理)、シャンパンの産地ランスなので、やはりシャンパンで食事することにしました。

どうせなら地元でしか手に入らないようなものを選びたいのですが、ソムリエさんはいそうにないので、冒険するのは断念しました。


シャンパン選び

シャンパンの産地もブルゴーニュよりの地域だと、知名度が低くて、安くておいしいのがたくさんあって嬉しいのですが、さすがシャンパンのメッカであるランスでは、よく聞く名前がワインリストに並んでいます。

シャンパンにも色々あって、口当たりがひどく悪いのもあります。

そんな名ばかりのシャンパンなら、安いクレマンの方がずっと美味しいのがある、と思うこともあります。

特にブルゴーニュでは、上質のスパークリングワイン「クレマン・ド・ブルゴーニュ」が生産されているのです。製造法もシャンパンと同じ。ただ、シャンパーニュ地方で作られていないからシャンパンとは呼べないだけ、という感じの上出来のクレマンもあります。

販売店でも、すごい呼び込みをしていますね↓
 
 
 

金賞を獲得したクレマン・ド・ブルゴーニュ一覧


有名ブランドのシャンパンは飲む機会が多いので、このメーカーのは嫌いと決めているのが数社あります。好きなブランドもあるけれど、めちゃ高い。ビストロで軽い食事をするのですから、高価なシャンパンは避けたい…。

ふと、数か月前に旅行したノルマンディー地方のレストランで出会ったシャンパンを思い出しました。
★その時の日記: 気に入ったシーフード・レストラン

あのとき以来、このメーカーのシャンパンには出会っていませんでした。
ワインリストを見ると、ある♪ しかも、一番安いシャンパンの部類♪

それなら迷うことはありません! ティエノーにしました。

喜んでウエーターさんに注文すると、そのシャンパンは「pas mal(パ・マル)」とおっしゃる。

この言い方に、ちょっと不安を覚えました。彼がソムリエではないとしても、どこのシャンパンが良いとか、悪いとかは知っているはず。「悪くないですよ」というのは「良い」ということだけれど、100%満足していたら、そういう言い方はしませんよね?


ティエノーのシャンパンは、やっぱり美味しい♪

飲んだシャンパン

ノルマンディーで飲んだのは偶然おいしかったのかも知れないと心配したのですが、やはり美味しかったです。欠点が全くなくて、飲みやすい。お気に入りのシャンペンにしようかと思いました。どこでも置いてあるとは思えないですが。

ティエノー社はシャンパンの種類を幾つか作っていますが、出てきたのはノルマンディーで飲んだのと同じものでした。
 
 


私が飲んだのは左にリンクを入れたシャンパン。日本の売値は6,825円。ビストロでは43ユーロ(6,000円弱)でした。ほとんど差がありませんね。

でも、フランスのレストランでワインを注文すると、たいてい生産者価格の3倍くらいになっているので、どうなのだろう? いつか買うときのために少し売値を検索してみたら、28ユーロと出てきました。あのビストロは良心的プライスだったのだ…。


ところで、楽天市場でティエノーのシャンパンを検索すると、ぞろりとジョセフ・ペリエのシャンパンが出てきてしまいました。変だと思ったら、このティエノー社の経営者アラン・ティエノー氏は英国王室御用達というジョセフ・ペリエの共同経営者になっているのでした。

ティエノー社が気になったので調べてみました。ランスやエペルネーの有名ブランドとなっているシャンパンメーカーではセラー観光ができるのですが、ここはそのようなものはないようでした。

☆ ティエノー社のサイト: Thiénot
☆ ティエノー社の情報: Champagne Alain Thiénot

- 続く -



ブログ内の関連記事:
目次: ワインなどアルコール飲料に関するテーマ


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2010/04/22

シリーズ記事【シャンパーニュ地方旅行記(目次】 その7
ランスの街


旧市街が好き

フランスを旅しているときに町に入ったら、観光スポットがある場所に行こうとするわけですが、どの方向に行けば良いかは比較的簡単に分かります。

歴史的建造物が残されている地域を示す道路標識があるのです。フランス語では、「Vieille ville(オールドタウン)」、「Centre historique(歴史的中心地)」などと書いてあります。

よく保存されている地域だと、昔にタイムスリップした気分になります。時代劇のロケをするときには、たいして手を加えなくても撮影できてしまうような姿。

Dijon
ディジョンの旧市街
フランスにある旧市街の中で、3番目に広い面積を誇る(パリ市、ボルドー市に次ぐ)


そういう旧市街がない、あるいは残っていない町もあるわけですが、観光地となっている街なら「必ずあるはずだ」と探します。それが広い面積だったり、本当に小さな一角だったりする、という差はありますが。

これはフランスに限らず、ヨーロッパの他の国々を旅行するときも同じで「旧市街」に対応する言葉が書いてある標識を目印にします。

いつだったか、「旧市街」という言葉を使ったら、日本人には通じないから別の単語を使った方が良いと言われたことがありました。なるほど、日本国内を旅行するときには、「旧市街はこちら」という標識は見たことがないような気もします。

旧市街を観光するときには、古い建物を眺めながら散歩するだけで観光になります。つまり、支出ゼロ。教会はたいていあるわけですが、入場料を取るのは本当に例外に過ぎませんので。建物などを眺めながら歩くだけという観光は、美しい村に行ったときもよくします。

ところが、先日行ったランスは、旧市街らしみものが見つかりませんでした。以前に行ったときに博物館など目ぼしい観光スポットは全て見学しているし、このときはお昼を食べに立ち寄っただけだったのでした。

それで、旧市街をちょっとお散歩しようと思ったわけなのですが、昔にタイムスリップする気分が生まれません。


なんだか変…

通りからランス市役所が見える眺めの写真を撮りました。

ランス市役所を望む通り

写真だと全然分かりませんね。私が変だと思った例にしたかったのは、赤い矢印を入れた建物です。右手の一番手前にある建物もそうですが、フランスの旧市街などでは見かけないような現代風の建物なのです。

フランスは景観保護が厳しい国ですが、歴史的建造物がある旧市街などは特に厳しいのが普通です。建物の改造して景観を乱すようなことは許可が出ないし、ましてやコンクリート造りの建物などは建てることはできないはずです。

既存の建物でも、屋根裏を改造して部屋にするので天窓を開けたいのに許可がおりない、という具合。パリのマレー地区に住んでいる友人も、窓枠は白でなければいけないのだと言っていました。

歴史的建造物が近くにある建物も規制を受けるので、国宝級の建物がご近所にあると家の改築も容易にできないので迷惑を被ってしまう、ということにもなります。

それでランスの古い街のあたりでは、観光スポットとなっている美しい建物のすぐ近くに近代的な建物が同居している光景がとても奇妙に見えたのでした。かの有名なノートルダム大聖堂の目の前にまで、コンクリート造りの美しくない建物(市営メディアライブラリーだったかな?)がデ~ンと建っている!


戦争の爪痕

ランスの街は、お気の毒なことに、かなり戦争で破壊されているのですよね。それで、前回の日記ではベルギーのイーペルの街の話しを前置きにしたのでした。
町が戦争で破壊されたら再建するヨーロッパ文化: イーペル市(ベルギー)

イーペルの方は、壊滅的に破壊されたのをみごとに昔の姿にしていました。ランスは、そこまですることはなかったとしても、もう少しなんとかならなかったのでしょうか?…

上に入れた私の写真ですが、偶然にもWikipediaに同じ道から撮影したと思われる写真が入っていました

こちらは、市役所を主体にしたアングルで撮影しています。つまり、周りの美しくない建物はほとんど見えない角度になっています。私の方は、建物のコントラストが面白いと思って撮影したので、こんな写真になりました。

普通、フランスで写真を撮ろうとすると、どこにカメラを向けても美しいアングルになってしまうのに...。ランスで写真をとるときには、日本で写真を撮るときと同じだな~ と、おもしろく思いました。

日本のガイドブックなどには美しい写真がでているのですが、うまい角度からとっているのですよね。同じものを目の前にして写真を撮ろうとすると、自動販売機や醜い看板などをどうやって入れないようにするか苦労してしまいます。フランス人が写真を撮ろうとしているのを見ていると面白いですよ。どうやったら電線が入らない角度になるかと探して苦労しています!

戦争で破壊されてしまった後、なぜか元の姿には戻そうとはしなかったランスの街…。歴史を探ったら、何か理由がでてくるのだろうと思います。


ところが、ランスは見どころ満載の街なのです!

ランスは世界遺産に指定されている街です。
*指定されているのは、この4つの建物

さすがに古い歴史を誇る町なので、ランスには見て感激するものがたくさんあります。
☆ ツーリストオフィスのサイト: ランスのイメージ(パノラマ写真、ビデオ)
*リンクしたページの最後にあるのは、テレビ番組「Des Racines et des Ailes」のランス特集。素晴らしい番組なので、これでランス特集が見れるかと大喜びしたのですが、途中でぷっつり切れてしまっていました。

その他にも、ランスに行ったときには、シャンパン会社を訪問して巨大なセラーを見学するのも楽しいし、藤田嗣治が壁画を描いたチャペルもあります。

Chapelle Foujita
Chapelle Notre-Dame-de-la-Paix (Chapelle Foujita)
今は撮影禁止になったようです。


 藤田嗣治「異邦人」の生涯


日本国内を観光するときに似ている

ランスは、わざわざ行って観光する価値が十分ある街なのです。しかも観光スポットが変化に富んでいるのも魅力です。古代ローマに占領されていた時代の遺跡から、中世、シャガール、フジタ。さらにシャンパン産地のお楽しみもある。

でも、街をブラブラ散策するのには適していない...。こういう街って、フランスでは珍しいのではないでしょうか? 変なことろで感心してしまいました。

戦争で破壊されてから昔の姿を失った町は幾つもあるのでしょうけれど、それほど歴史的に価値がある建物がなかった町の場合にはそれが目立たないだけなのだろうとは思います。

今回は、旅行の途中でお昼を食べにランスに立ち寄っただけだったのがいけなかったのだのでしょう。以前に行ったときには、余りにも充実した観光をしていたので、旧市街らしき地域がない町だというのは印象に残らなかったのか? あるいは、そう思っても忘れたのか?…

ランスの観光をするには、行くべきところを見学すべきなのだな、と思いました。ちょっと立ち寄って散歩したくらいでは良さが分からない。

京都を観光するときに似ているかな、と思いました。つまり、京都に立ち寄って、行き当たりばったりで行きついた繁華街をウロウロしただけだったら、ただの大都会に見えるだけではないでしょうか?




- 続く -


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2010/04/20

シリーズ記事【シャンパーニュ地方旅行記(目次】 その6
余談


フランスで生活していて驚くことの一つに、古い建物を修復する情熱というのがあります。

すごいのですよ~。歴史的に価値があるお城などに財産をつぎ込んで修復・保存するというのは理解できるのですが、ただの民家でも、壁しかなくなった建物でも、元の状態に戻そうとする。

お金があれば業者にやらせれば良いわけですが、そうでない場合には休日や長期休暇を犠牲にして、せっせと自分ができる工事をしています。そんなことをしていたら、何十年続くのかも分からない。

フランスの古民家は、たいていは石を積み上げた家屋なので、ノミで石壁に穴をあけたり、削ったりという原始的な作業になるので大変です。電気も水道もない廃屋を、現代のフランスの標準レベルの快適さがある家(セントラルヒーティングで、バス・トイレも幾つもあるなど)にするには時間もお金もかかります。壊してしまって、新しい家を建てた方が安上がりなのは自明。

でも、フランス人たちは財産を投じて昔の姿にする! 日本だったらニュースになるところでしょうが、そんな話しは掃いて捨てるほどあるフランスなので、よほど大がかりな修復工事でなければニュースなどにはなりません。

この情熱って、どこからくるのだろう?…

普通の人だけではなくて、行政も、町ぐるみでも、古い建物を保存しようとします。フランスも戦争で破壊された北の地方に行くと、一見ふつうに見える教会などが、実は壁だけしか残っていなかったのを修復して元の姿にしていたのだ、と分かることがよくあります。


戦争で完全に破壊されたのに、元の姿を取り戻した町: ベルギーのイーペル

昔の姿にしよう、という度合いがすごい例を見て驚いたことがありました。

ベルギー西部のイーペルに行ったときのことです。
*地元で使われているオランダ語でIeper(イーペル)。フランス語でYpres(イープル)。ドイツ語だとYpern。

イーペルには美しい旧市街があります。ここは見事に戦争で破壊されたのを復興したのだと聞いて眺めると、石が少しきれいすぎるかな… と思う程度。

猫好き友達が、この町で3年に1度行われる猫祭りに行こうという友人たちに誘われていったのでした。Kattenstoet(キャット・パレード)、フランス語ではCortège des chatsと呼ばれます。3年毎に5月の第2日曜日に開かれる、おもちゃの猫と魔女による多彩なパレード。

Cortège des chats

良い席を確保しようと朝早く行ったら、日本人の団体さんの姿ばかりが見えました。どうやら前泊なさっていたご様子。

「ベルギー 猫祭り」をキーワードにして検索すると、たくさんの報告が出てきますので、どんなイベントなのかは省略させていただきます。

お土産好きの日本人がたくさんいるのですから、こういうところで猫グッズを売ったら商売になると思うのに、町が作っているらしいシンボルの黒猫ちゃんくらいしかありませんでした。猫ちゃんグッズって、色々あるのに...。

お土産屋さんに入ったとき、たくさん目に飛び込んでいるのは、戦争グッズ。

このイーペルの町では、第一次世界大戦のときに初めての毒ガスが使われた場所でもあったので(マスタードガズ、町の名前からイペリットとも呼ばれる)、大量の死者がでました。この町で戦死した人の数は忘れてしまいましたが、30万人? 遺族の人たちがたくさん訪れるのでしょうね。

それで、戦争関係のお土産物が並んでいたらしい…。

☆ Wikipedia: イーペル

第一次世界大戦が終わったとき、つまり1919年のイーペルの街並みの写真を見ると、いかに廃墟と化していたかが分かります。

Wikipediaの画像

それがみごとに昔の姿になっていたのでした。みごとです!


犠牲者のことは、忘れない...

イーペルの町に早く到着して、その晩に泊る宿を見つけたあと、猫パレードを待つまでの時間があったので少し散歩しました。町はずれに、戦死者の大きなモニュメント(Mémorial de la Porte de Menin)がありました。

内側にも外側にも、壁には恐ろしいほどたくさんの名前が刻まれていました。

Mémorial de la Porte de Menin

そんなのを見てしまったので、賑やかに始まった猫祭りも、なんだかセンチメンタルな気分で見学しました。

楽しいはずの猫に扮装した人のパレードなのですが、その背景になっている建物が戦争で破壊されたときのことを思い浮かべてしまったのです。たくさんの霊が空気に漂っているみたいで、そんな人たちを差し置いてお祭り騒ぎをしていて良いの?… という気分。

祭りの最後は、中世の風習に従ったもの。ぺエロが高い塔の上から猫をたくさん投げるという儀式(投げたのは縫いぐるみです!)に、みなが「こちらに投げろ」と呼びかけて盛り上がっていました。

その後、三々五々に散っていく人々の後ろで、こんなものが目に入りました。

市役所の壁に置かれていたお花です。

慰霊碑

一緒にいたフランスの友人たちが、写真の左に写っているプレートを読みます。

慰霊碑なのでした。写真は小さくしてしまったので見えないと思いますが、「イーペル地方を防衛するために命を落としたフランス人兵士に感謝する」と書かれてあります。

「フランスでもそうだから、ベルギーもそうなのだろう」と説明してくれた友人の言葉によれば、何か祭りをするときには、こんな風に、まず戦争慰霊碑に献花をするのだそうです。

今の町の繁栄は、あなた達のおかげだ、という感謝の証でしょうか? 祭りを見ていたとき、この町が戦火に燃えていた光景を思い浮かべてしまったのですが、そう考えるのは私だけではないのでしょうね…。

少し前からランス市に行ったときのことを書いているのですが、通りかかりに大きな戦死者墓地を見たりもしたので、イーペルに行ったときのことを思い出してしまいました。ランスの話しの続きを書く前に、その前置きとしてイーペル市のことを書いておきたくなりました。
★ 書きかけシリーズ: シャンパーニュ地方 ランスの街

日本では戦争のことを語る親戚の人などがいないので(語りたくないのかも知れない)、ヨーロッパでそれに触れるとズシンとしたものを感じてしまいます。半年ほど前には、ノルマンディー上陸作戦の地にも滞在してしまったし…。
★ 過去の日記: ノルマンディー旅行


参考:
第一次世界大戦 (別宮暖朗さんのサイト): 第1次イープルの戦い / 第2次イープルの戦い

ブログ内の関連記事:
★ 目次: 戦争に触れて書いた日記
★ 目次: フランス人の古民家を修復する情熱



- 続く -


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2010/04/19

シリーズ記事【シャンパーニュ地方旅行記(目次】 その5
ランスの街


旅行していると、ふと気になることがでてきたりします。


ランス市の不思議

シャンパンの産地として有名なランス市(Reims)は、フランスの歴史の中で重要な位置を占めていた町です。

フランスがローマ支配下となっていたガリアの時代から重要な都市だったのですが、その後、ランスは国王の戴冠式が行われる大聖堂がある町となりました。

戴冠式の衣装
戴冠式の衣装
ランスの博物館(Palais du tau)



5世紀末、メロヴィング朝フランク王国のクロヴィス1世が、ランスで戴冠式を行ったというのが事のおこり。

ここで聖別された戴冠式を行ってしまえば正式なフランス国王になれる、というのは、ジャンヌ・ダルクがシャルル7世を戴冠させたときのお話しにも登場していますね。

ランスの大聖堂
ノートルダム大聖堂の前にあるジャンヌ・ダルク像(ランス市)


フランスに国王はいなくなった今日でも、ランスの町は「Cité des sacres戴冠式の都市)」という華々しい愛称で呼ばれています。

今日でも、ランスは大きな町です。フランスの行政区分には地域圏(州のようなもの)があるのですが、ランス市は属しているシャンパーニュ・アルデンヌ地域圏(Champagne-Ardenne)の中で最大の人口を誇っています。

それなのに、ランス市は県庁所在地にはなっていません。
ましてや、シャンパーニュ・アルデンヌ地域圏の行政中心地でもありません。

シャンパーニュ・アルデンヌ地域圏の行政中心地も、ランス市があるマルヌ県の県庁所在地も、シャロン・アン・シャンパーニュ市(Châlons-en-Champagne)となっています。

でも、シャロン・アン・シャンパーニュ市は人口5万人にも満たない町なのです。いくら人口が少ないフランスとはいえ、それでは小さすぎます! ランス市の人口と比べたら、4分の1に過ぎません。

普通だったら、歴史的にも重要な都市であり、今でも繁栄しているランス市が、少なくとも県庁所在地になっていて当然なのですが、そうではない!

なぜ、そうではないかというと、はっきりした歴史的な理由があるのです。

ランス市には、歴代の国王たちの戴冠式が行われたノートルダム大聖堂があります。キリスト教と貴族階級を目の敵にしたフランス革命が成功した後には、戴冠式の町などをおとしめたいのは当然なのでした!


県庁所在地も不思議…

ランス市の栄光の場を奪って(というよりは、便宜的に行政中心地とされた)シャロン・アン・シャンパーニュ市の名前は、10年くらい前に改名されてできたものです。

その前は、シャロン・アン・マルヌというのが町の名前でした。マルヌというのは川の名前。でも、シャンパンをイメージする「シャンパーニュ」にした方が耳障りが良いではありませんか。



イメージを良くするために地名を変えたいというのは、どこでも考えることです。でも、そう簡単には実現しません。

もちろん反対する人がいて当然。それから、地名を変えたら、それに関係する道路標識や何かを全部作り替えなければならないので、お金がかかりすぎる。

普通、地名を変えたいと主張しても、おいそれと認められません。

このシャロンの場合、改名しなければならないような重大な理由があったわけでもないのに、どうして改名できてしまったのか不思議です…。


地名を変えるのは難しい

ブルゴーニュ地方の中を例にとれば、地名を変えたいと動いているところには、こんなのがあります。

まず、「ソーヌ・レ・ロワール県(Saône et Loire)」を「南ブルゴーニュ県(Bourgogne du Sud)」にして欲しい、というもの。

*ソーヌとロワールは県内を流れている河川の名前で、それを「エ(and)」でつないでいる県名です。ナポレオン時代に県区分ができたのですが、それまで国王が統治していた地方色を消すために、県名はそこに流れている河川の名前から作った例が多いです。

ロワール河はフランスで一番長い河川なので、あちこちを流れています。ロワールと聞けば、あの城巡りで有名なロワール地方を思い浮かべてしまわれるので、「ソーヌ・エ・ロワール県」と聞いてもブルゴーニュにあるとはイメージされにくい。それで「南のブルゴーニュ(Bourgogne du Sud)」という県名にして欲しいという動きがあるのです。

「ブルゴーニュ」という言葉は、世界的にワインの産地として知られていて、美食の地だという定評もあるので魅力があります。それを県名に入れたい。さらに、「南」というのはアトラクティブです。

日本に例えれば中国地方くらいの大きさがあるブルゴーニュ地方の中で、ソーヌ・エ・ロワール県は温暖な地域です。同じ地方の中でも、寒い地域と比べれば、春が来るのは2週間や3週間は早いです。北の方の暗い地方と比べれば、住民のメンタリティーもかなり違います。

また、ソーヌ・エ・ロワール県内から南仏プロヴァンス文化の影響が出始めているのですから(プロヴァンス地方独特の屋根瓦など)、いい加減な主張ではありません。

でも、許可されない!

正式名称はどうであれ、勝手に名乗るのは自由なので、ソーヌ・エ・ロワール県の観光PRでは「南ブルゴーニュ」で押し通してしまっています


このソーヌ・エ・ロワール県内で地名をかえて欲しいと主張している町には、モンソー・レ・ミーヌ(Montceau-les-mines)もあります。

「ミーヌ」というのは炭鉱のこと。昔は石炭の炭鉱があったので地名となったのですが、「炭鉱の町」と聞いたら、休暇をここで過ごそうなどと思う人はいないではないですか? 炭鉱には暗いイメージがありますから、不利な地名です。それほど昔から炭鉱があったわけではないのですから、炭鉱が無くなったら、その文字を取り去っても自然です。

こちらはモンソー・レ・ミーヌのツーリストオフィスのサイト。「レ・ミーヌ」の文字は小さくしていますね。市役所のサイトでは、もっと小さくなっています

モンソー・レ・ミーヌは「Montceau-en-Bourgogne(モンソー・アン・ブルゴーニュ)」などのような名前に変えたいと動いているらしいですが、町の改名は実現していません。

それを思うと、シャロン・アン・シャンパーニュ市がシャロン・シュール・マルヌから改名を成し遂げることができたのか不思議です。マルヌ(これも河川の名前)は別に悪くはないのですから。単純に、政治力でしょうか?…

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2010/04/14

シリーズ記事【シャンパーニュ地方旅行記(目次】 その4
ランスの街


ランスの街かどで、満開の桜の花を見ました。

日本の桜

博物館の庭です。以前に行ったとき、この博物館のガイドさんが「これは日本の桜ですよ」と言って、「故郷がなつかしいでしょう」と、ひと枝折って私にくださった思い出があります。

船に乗って遥々フランスに来なければならなかった時代ではないのですから、桜の花を見て涙するほどの感激はなかったのですが、ガイドさんの優しい心づかいが嬉しかったです。

桜の花を見て、前回ランスに行ったのも同じ季節だったのに気がつきました。


ビスキュイ・ローズ・ド・ランスという、ランスの名物お菓子

桜のピンク色といえば、ランスには有名なお菓子があります。

Biscuits roses de Reims(ビスキュイ・ローズ・ド・ランス)というもの。

淡いピンク色のお菓子です。


フォシェの「ビスキュイ・ローズ」を検索


これを何と説明したら良いのでしょう?

「ビスキュイ」というのはビスケットとかクッキーのことなのですが、固めのメレンゲのようなお菓子と表現した方が近いような…。

ランスはシャンパンの街。シャンパンと一緒に食べると相性が良いというのがビスキュイ・ローズ・ド・ランス。

でも、食前酒でシャンパンを飲むとき、これを食べているとお腹の中で膨らんでくるみたいに感じるので、その後の食事が進まなくなるので困るのですけど…。

ランスに行ったときにしか買えないということはありません。大きなスーパーでも売っているのではなかったかな? 紅茶やコーヒー豆を売っているしゃれた店にもよく置いてあります。おやつのときに、紅茶と一緒に食べるのにも良いかも知れないですね。

この有名なビスキュイを作っているFossier社では、色々なバリエーションも作っていますが、最も有名なのは、次の動画に出てくる形です。


Le Biscuit Rose


下はランスの街にあったケーキ屋さんのショーウインドーなのですが、黄色い矢印を入れたケーキがそれを使っているように見えます。

ケーキ

この写真を撮ったのは、さすがランスの街らしい立派なケーキ屋さんだな、と思ったからでした。ランス市はシャンパン産業で潤っているので、お金持ちが多い町と言われているのです。

お金持ちが多い町は、ケーキ屋さんやお肉屋さんなどの食料品店を見ると、それが如実に分かって面白いです。

パリにはトップレベルの食材を扱う店があるのは、もちろんのこと。ブルゴーニュ地方でも、ワイン産業で潤っているボーヌやシャブリの町では美味しい食材が並んでいますね。お金持ちが老後を過ごす理想の地と言われるイタリア国境に近いマントンでも、それを感じました。

▶ 続き: シャンパーニュ・アルデーヌ地方の不思議






ブログ内リンク:
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★ 目次: フランスで食べる郷土料理、地方特産食品、外国料理

外部リンク:
Biscuit rose de Reims ;ビスキュイ・ローズ・ドゥ・ランスの起源は?


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フランスのお酒 (ワインなど)



2010/04/13

シリーズ記事【シャンパーニュ地方旅行記(目次】 その3
ランスの街


いつの頃だったか、ストラスブールに行ってタクシーに乗ったら、運転手さんが怒りを発散させていました。

町に地下鉄が通ることになってしまった、と言うのです。戦後、あんなものは交通の妨げになるからと、各地で路面電車をやめたのに、今頃つくるなんて時代錯誤だ! と息まいていました。

確かにね… ストラスブールって変わったことをするのだな、と思ったものです。

フランスにおける路面電車の歴史Wikipedia情報):

・1837年、フランスに初めの路面電車が開通(ロワール県)。
・20世紀になると飛躍的に普及。
・自動車の普及により、1935年ころから衰退。バスに場所を譲る。
・オイルショック(1973年)後、政府によって新しい路面列車の姿が検討される。
・1985年、ナント市に初めての新型路面列車が登場。
・ストラスブールに開通したのは1994年。

*Wikipediaは、知らないことを調べると「なるほど~!」と感心するのですが、知っていることを調べると「うそ~!」というのが多々あるのですけど...。

ストラスブールで路面電車ができるという話しを聞いたときには、こうなるとは想像もしていませんでした。最近のフランスでは、あちこちの町で路面電車が復活してきています! 市長さんたちは、我が町にも路面電車をつくらないと! と励んでいるようにも見えてしまいます。


パリの路面電車

パリ

路面電車は場所をかなりとってしまいますが、良いのでしょうかね? それでなくても最近の都市は、車が走れる面積がどんどん狭くなっています。バス専用路線、それから自転車専用路線と貸自転車置き場。

パリなどでは、渋滞、それから車が駐車スペースを探して走り回るので、排気ガスが増えたという人もいます。それに、電線は醜いからと地下に埋めるフランスなのに、パリの路面電車の写真を眺めてみたら、電線だらけの景色ですよ~。

都市には車で入りにくいようにする方針なのでしょうね。でも、大都市パリはマイカーなしでも暮らせますが、地方都市では自家用車でないと通勤できない人がたくさんいます。日本のように公共交通機関を充実させないと片手落ちだと思いますが、過疎地ばかりのフランスでは無理でしょうね。

また何年かして路面電車ブームが去って、取り壊しになったら税金がもったいないではないですか?…

でも、不況のいま、公共工事があると経済を活性化させるので良いのかも知れない。

先日、友人から「日本は公共工事を盛んにして経済を活性化するという得意芸を持っているんだって?」と聞かれました。新聞にそう書いてあったのだそう。どこの国でもするものだと思っていたのですけれど...。


ディジョンにも路面電車

我がブルゴーニュ地方の最大都市ディジョンでも、路面電車をつくることになりました。郊外から始めていますが、市の中心部で工事が始まったら混乱して大変でしょうね。

「地下鉄をつくれば良いのに」とフランスの友人に言ったら、「そんなことするお金があるはずないじゃないか」と片付けられてしまいました。それはそうだ!

ところで、ディジョンの路面電車の車体はワインカラー、としゃれています。ワインの産地ですものね。

正式に言うと、フランス語では lie de vin(リー・ド・ヴァン)という色です。樽に入れて赤ワインをつくるときに底に残るオリの色。紫がかった赤色です。
#AC1E44

ブルゴーニュにいるとよく耳にするリー・ド・ヴァンという色の名前、ワインがお好きな方には興味がある色かも知れないですね。カラーコードは、#AC1E44 だそうです。

☆ ディジョンの路面電車のPRサイト: Le Tram - Grand Dijon

このディジョンのサイトでは #931b5c を背景色に使っていました。
#931b5c

ほとんど同じ色に見えますけれど、私には #AC1E44 の方が深みがあって本物に見えます。

追記:(2012年9月)
ワインカラーだとばかり思っていたのですが、工事が進行するにつれて、ディジョン市の路面電車の色はカシスの色をデザインとして採用したのだと知りました。

カシスの色を調べてみたら、2種類あって次のコードが出てきました。
#2C030B#3A020D

カシス(クロスグリ)の実の皮はこんな風に黒に近い色なのですが、果実の皮の中は路面電車カラーにしたように赤味がかっているのですけど、紛らわしいですね...。

ついでに、上にリンクしたディジョンの路面電車の広報サイトで使われている色をチェックしてみたら、サイトの基調として使われている色は「#931b5c」ではなくて「#c6157f」でした。ブログに書いたときに色をキャッチするのを間違えたのか、途中でカシスらしい色ということで変えたのか?...

ちなみに、「#c6157f」は次の色です。
#c6157f

この色だとカシスの色と離れるように思うのですが、決まった色があるわけではないのですから気にしない。ともかく、ディジョンの住民にとって、カシスは町のシンボルなのですから、カシス色と呼ぶのが嬉しいのでしょう。


ランスにも路面電車

先日シャンパンの街として名高いランスに行ったとき、ここは工事の真っただ中でした。

ランス市の路面電車

奥に見えるのが、有名なランスのノートルダム大聖堂。歴代の王様の戴冠式が行われた場所です。

ところで、ランス市の工事では、線路のところに石畳を敷き始めている場所がありました。上に入れたパリの路面電車のは、芝生になっている場所で撮影したものです。この2通りがあるのだそうですが、どちらの方がきれいなのでしょうね?

- 続く -


ブログ内リンク:
ディジョンのトラムはカシス色 2012/09/07
ディジョンらしいデザート 2008/03/31
★ 目次: 色について書いた記事


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2010/04/12

シリーズ記事【シャンパーニュ地方旅行記(目次】 その2
ランスの街


前回の日記で書いたビストロで席をもらって…
さて、何を食べる?

店の前で牡蠣をむいていた人は、2段構えの立派なシーフードの盛り合わせを作っているのだと言っていました。この店の名物料理なのか、シーフードを注文している人たちが目立ちました。

でも、もう4月。シーフードには少し飽きてしまっていました。でも、シーフードに人気があるということは、魚料理もおいしいのではないか、と踏みました。ここはランスの街。海に近いわけではないのですが、シャンパンには魚介類が合うので、食べる人が多いはず。

イタリアは魚介類の調理がおいしいので、行ったときには肉料理はほとんど食べないで魚介類ばかり食べているのですが、フランスはその逆。かなりおいしそうなレストランでないと魚料理を注文する気にはならないのです。アルデンテのイタリアと違って、フランスでは魚に火を通しすぎしまう傾向にあるのです。


エイヒレにしよう♪

メニューを見ていると、Aile de raie(エイヒレ)の文字が飛び込んできました。これにしよう、と即座に決断。理由があるのです。

アンコウ鍋のことを書いた先日の日記に入れてくださったSauleさんのコメントにエイヒレのお話があったのです

日本ではなかなか生が手に入らないのだとのこと。何でも売っていると思っていた
楽天市場でエイを検索したら、本当に加工食品しか出てこないです。なぜなのだろう?...

Sauleさんへのお返事で、今度はエイヒレを気をつけて味わってみます、と書いた以上、食べねばならぬ!

エイヒレ料理
Aile de raie aux câpres et beurre noisette, pommes vapeur

身が厚くて、裏表あるので、かなりのボリュームがありました。いかにもビストロらしい素朴な料理。でも、ソースが軽くて心地良いので平らげてしまいました。

実は、その翌日、かなりランクの高いレストランで食事したのですが、そこにもエイヒレ料理がありました。今まで魚を注文することは少なかったので気がつかなかったのですが、フランスではエイヒレがそんなにポピュラーなのでしょうか? それとも、偶然?

こちらの料理名には惹かれました。質の高い料理を出すレストランだと、料理の名前を見ただけでおいしそうに見えるように書かれているのです。でも、2日続けてエイヒレを食べ比べるのは避けたかったので、別の料理を食べました。

ちなみに、そのエイヒレ料理はこんな名前になっていました:
Pressé d'Aile de Raie comme une Grenobloise, Artichaut Poivrade

釣り逃がした魚は大きく見える。グルノーブル風というのはどんなのだろうかと検索してみたら、フランスのサイトでグルメレストランのランチメニューに出る料理の写真に「Aile de Raie à la grenobloise」というのがありました。
Déjeuner chez Taillevent

私がビストロで食べたエイヒレ料理のソースとそっくりに見えます。私の15ユーロの料理は、これの3倍はある大きさでしたけど。

それにしても、パリで有名なタイユヴァンで食べられるランチメニューの料理という写真、全く美味しそうに見えません。味は良いのでしょうが、もうひと見た目で工夫して欲しい。お安いランチメニューといっても70ユーロ。それでこういう料理がでてきたら、私はかなりがっかりしますけど…。

写真の撮り方もいけないのだろうなと思って、お店のサイトを覗いてみました。で~んと「日本語」の文字があるのでびっくり!

やはりお店ではプロに写真をとらせているでしょうから、料理は美味しそうに見えますが、やはり好きなタイプではないです。今はランチメニューは80ユーロなのですって。地方では美味しい料理をリーズナプルプライスで食べられるので、パリに行ったときに高い料理を食べる気にはならないです。


ケッパー

ビストロで出されたエイヒレ料理では、ケッパーが味を引き立てていました。「グルノーブル風」というのも、ケッパーを使った魚料理のようです。

ケッパーは、フランス語ではcâpre(カープル)なのですが、日本ではケーパー、ケッパー、ケイパー、と色々に表記されているようです


ファミリアチャルロのケーパー酢漬け

スモークサーモンに付け合わせるので知っている程度だったのですが、このケッパーの実が何なのか知らない。この際、調べてみたら、フウチョウソウ科の半蔓性の低木に咲く花のツボミなのだそうです。


つぼみをピクルスに!【シーズン限定10%OFF!】
■タネ■FRANCHI社のハーブケッパー(ケイパー)


お花がなかなかきれい。

イタリア旅行したときに、ケッパーの瓶詰めを見つけて、喜んで買ったことがありました。地中海沿岸地方では野生の灌木のようです。いつか見てみたいな…。


追記:

エイヒレはカスベだった!

Sauleさんがコメントで、生のエイヒレは「カスベ」という名で売っていると教えてくださいました。

エイヒレは日本では加工したものばかり売っているで売っているらしいので奇妙だと思っていたのですが、カスベを楽天市場で検索してみると、生のエイヒレが出てきました。

北海道では「かすべ」という名になっている魚で、よく食べられているようです。日本近海に生息するガンギエイなのだそうで、軟骨のあるヒレが最高の味覚とされているとのこと。

フランスからの輸入品も見つかりました ↓

不定貫商品エイのフィレーCAS冷凍天然物
フランスブルターニュ産



- 続く -


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