| Login |
2010/09/30

楽しかった農村散歩 その2目次


前回に日記から、とても気持ち良く歩ける散策道のことを書きだしたのですが、この道が気に入ったのにはもう一つの理由がありました。他にも、もう一つ理由があったのですが、それはまた別の日記で書きます。

2つ目の理由は、mûreという果実(日本語でブラックベリー)が道に沿って、たくさんなっていたことです。



この道はサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路

お水代わりにもなるし、元気づけにもなるし、ブラックベリーがたくさんあるのは巡礼者にはとても便利だったと思います。

ブラックベリーは黒くなって、実を引っ張ったらすぐに外れるのが食べごろなのですが、赤い実の方が多くて、少し早すぎるという時期でした。

ちなみに、上の写真を撮影したのは9月10日。



フランスでも、ブラックベリーが育ちやすい土壌とそうでないところがあるのでしょうけれど、ブルゴーニュの友人たちは「昔はどこにでもいっぱいあった」と言っています。

「昔は」というのは、なくなってしまった土地もあるからです。どこかというと、農業の大規模経営で穀倉地帯となったところなど。

昔は農家がたくさんあって、各農家が持っている土地は今よりずっと狭かったのでした。それで、農地の境には灌木や石を積んだ垣根のようなものができていました。野生のブラックベリーは、そういう垣根の木に寄り添って生えています。

広大な穀物畑などになると、トラクターを使うのに不便な垣根なんかなくなってしまうのです。私が散歩を楽しんだような土のままの細道は最近のフランスでは少なくなっています...。


ブラックベリーだらけ!

散歩したところは、昔の農地の境だった石垣がたくさん残っていて、ブラックベリーはどうしようもないほどたくさんありました。

長い散歩している間中、どこもブラックベリーだらけ! 前からあるところにはいっぱいあると思っていましたが、こんなにあるのは珍しいのではないかな?…

お世話になっていた奥さんにジャムを作るかと聞くと、「大変だから作らない」との返事。

お仕事が忙しいから仕方ないのでしょうけれど、なんともったいこと! お家を出て3分も歩かないうちにブラックベリーの生垣になっている小道に入るのです。

ブラックベリーを摘んで、たくさんジャムを作りたいといったら空き瓶を出してきてくれました。ジャムを作らない人なので、空き瓶はたくさん持っているのは当然?

さて、行くぞ~とばかりに出発!



収穫したブラックベリー↓



お世話になったお家にもあげたいのでたくさん作ろうと思ったのですが、2回の散歩で収穫したブラックベリーでできあがったジャムは6瓶だけ。

雨あがりの草むらに入って足をびしょ濡れにしたり、トゲにさされたりして、やっぱりブラックベリーのジャムづくりは大変でありました!

それに、時期が少し早すぎた。熟した実だけ選んで摘むのに手間がかかる!

ところで、フランス語でブラックベリーはミュールと言うのですが、「熟した」という形容詞と同じ発音です。フランス語だと「ミュールはミュールじゃなかった」と駄洒落が言えるのですけど!


ブラックベリーを花瓶に活けてみた

緑の実、赤い実、黒い実があるのが、きれい。花瓶に活けてみたいと思いました。

でも、ブラックベリーは灌木だし、トゲがあるしで、枝を切りとりにくい。翌日の散歩では園芸用の鋏をかりて、ブラックベリー狩りに出なおしました。

私の部屋にあった容器に活けてみたブラックベリーです↓



↑トゲがあるので、枝を曲げてもしっかり固定してくれました。変に空間が開いてしまったけれど、その部分には葉がなかった...<言い訳!>。



ご近所の人も含めて、みんなから「ブラックベリーを花瓶に活けるなんて考えたこともなかった」と感心されました。フランス人たちは「花瓶に入れるのはお花」と考えるのでしょうね。

でも、日本の活け花だと、こういうことをしませんか?

枝は洗ったので、つまんで食べたりもできるのも楽しい活け花♪ 数日たっても葉は枯れないので、ブラックベリーは活け花の素材になると思いました。

褒められたのに気を良くして、母屋の方にも活け花も作ってあげました。

何よりも、ジャムづくりよりずっと簡単なのが良いです♪

よく野生の小さな花は活け花にしていたのですが、恐ろしく手間がかかるのです。だって、枯れた花や葉を除かないといけないので。

ブラックベリーの場合は、道端で枝ぶりの良いのを選んで切ってくるだけで、花瓶に入れればそのまま活け花になってしまう!


マルメロで代用してみる

旅行から帰ったら、家の近くにはブラックベリーが生えていないのを残念に思ってしまいました。

それで、庭に食べきれないほどたわわになっているクワンという果実(西洋カリンと言っていたのですが、日本語ではマルメロと呼ぶらしい)を花瓶に活けてみました。




お花が好きな木です。リンゴなどよりも大きくて美しい花が咲くのです。でも、花の時期が終わると無視していました。

これでゼリーをつくるのを得意としている友達もいるのですが、皮が固いので、加工してジャムや、もっと煮込んでゼリーに固めるのはかなり大変みたいです。



どうせ翌日には葉がすぐに枯れると思ったので、マルメロの枝はいい加減に花瓶に突っ込んだだけ。ただし実がかなり重いので、花瓶がひっくりかえらないように短くして、左右前後の釣り合いをとることだけには気を使いました。

あれから1週間余り。水をちゃんと吸い上げているのか、葉はしおれないで、花瓶に入れた日と全く同じの状態でいます。

こんなものでも飾りになってしまうのだ...。雨が降って暗い日などには、マルメロの黄色い実が部屋を明るくしてくれます。

花屋さんで売っている花よりも自然に咲いている花を飾るのが好きなのですが、秋の野原や森にはほとんど野生の花がなくなってしまいます。果物を活けるのも悪くないな~ と気がついた年になりました。

このときのお散歩の話しは続きます


にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ


カテゴリー: 植物 | Comment (6) | Top
この記事のURL | Rédiger
2010/09/29

楽しかった農村散歩 その1目次


少し前に旅行したとき、滞在した家からすぐのところに整備された散策道路があったので歩いてみたら、とても楽しい散歩になりました。



森と牧場のあって牧歌的なところです。少し勾配はあるのですが、息切れはしない程度になだらか。

こんなに歩くのが心地良い道って珍しいのではないかな?…

ときどき、なんだか分からないけれど不思議なものを感じるところに出会うことはないですか? 九州の高千穂に行ったときはあちこちで感じました。それから、別に有名でも何でもないところに行ったときも、同じように「ここは、なんだか違うぞ」という感覚を覚えた鎮守の森がありました。
★ 後者の方のことを書いた日記:

  日本滞在記 : 神秘的な空気を感じた里 2007/11/08


どこか普通とは違う散歩道。
そう思って歩いていると、
マークがついている木がありました。



聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラに行くための巡礼道であることを示すマークです。
なるほど... この静かな道は巡礼路でしたか!

ここはクリュニー修道院に近いので、巡礼者も多かったのだろうなと思ったのですが、考えてみれば、クリュニー修道院はこの巡礼路の重要な起点にはなっていないのですよね。主要の巡礼路に交わるために無数あったはずの巡礼路の一つのようでした。


ブルゴーニュの巡礼路は、なぜヴェズレーが起点になっているの?

クリュニー修道院は、ローマにサン・ピエトロ大聖堂が建立されるまでは、ヨーロッパで最も大きな教会でした。クリュニー修道院が建設されたのは909年か910年。

*去年から今年にかけてはクリュニー修道院設立1100年を祝っていて、祭りの色々な催し物が開かれているので時々イベントに行っています。2年続けて祝っているのは建立された年がはっきり分からないのが理由。先日は最大のイベントがあって、その最後に「この次は100年後にお会いしましょう」などと言われてしまいました!

ふと気になってしまいました。なぜ、巡礼路の重要起点はクリュニーではなくてヴェズレーだったのか?

クリュニー修道院が栄えたのは、927年から1156年。

いっぽう、サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼道の起点になっているヴェズレーのサント=マドレーヌ大聖堂は9世紀後半に建てられて、クリュニー修道院から1162年に分離しています。

サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼道の重要な拠点がクリュニーではなくてヴェズレーだったのは、巡礼路が作られた時代には、ヴェズレーの方が重要な教会になっていたからなのでしょうか?

サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼道の記録で一番古いのは10世紀半ば。最盛期は12世紀だったようです。そうだとしたら、起点はクリュニーでも良かったのではないですか?

サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼はクリュニー派よりは、ヴェズレー(シトー会)の方があっていたからなのかな?… それとも、ヴェズレーの教会は巡礼路の起点になったから繁栄したのか?...

ともかく、サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼のためのフランス語サイトにあった詳細地図が見つかり、クリュニー(Cluny)から主要起点のル・ピュイ=アン=ヴレ(Le Puy-en-Velay)に着く道があることが分かりました。私が出会ったのは、このコースの中だったようです。


以前に見ていたサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼道

ときどきサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼道だったと分かる道路を見ます。

下は、ブルゴーニュの出発点だったヴェズレーの丘の麓にあった道です。巡礼道だったことを示すホタテ貝が道の所々に埋め込まれていました。



でも、こういうアスファルトの道だと、昔の巡礼たちが歩いた姿を想像することができません。

何年か前に訪れた小さなチャペルの近くに、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼道の昔の道が残っているのを見たことがありました。この日に散歩したのは、それと同じような雰囲気でした。


★ この道を見て書いた日記:
 ヴェズレーからサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路 2007/10/05

土の上を歩くのは、アスファルトの上を歩くようには疲れません。散歩をするのは、やはり土の道を歩くのが一番ですね。

こういう道なら、歩くのが楽しいだろうな… と思ったのですが、とても険しい場所にだって道は通っているのですよね。スペインを旅行したときは、サンティアゴ・デ・コンポステーラでイベントがあった時期で大勢の人が歩いていたのですが、よくこんなカンカン照りのところを歩けるものだ… と、こちらは車の中から感心して見てしまいました。

このときのお散歩の話しは続きます


ブログ内の関連記事:
目次: サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路について書いた日記
目次: 旅行したときに書いたシリーズ日記のピックアップ



にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

2010/09/28
先週の初めから郵便局で売られた10ユーロの記念コインがあり、早々に駆け付けた友人が私の分も買ってきてくれました。

収集癖は全くない私なのですが、今度のはちょっと変わっていたのです。

ゲットしたコイン↓



コインの裏側にブルゴーニュのマークが入っています。


地方色をだした26種類のフランス10ユーロコイン

フランス造幣局の初めての試みで、地方(22)と海外県(4)のマークが入った合計26種類の銀貨が作られたそうです。

発売数400万個。でも、郵便局ではその郵便局がある地方のコインを売るので、例えばプロヴァンスに思い入れがあるからそれを欲しいと思ったら、そこまで行かないと買えないわけです。

記念コインの写真を一覧にして紹介しているサイトがありました。こちらです

各地方が持っている紋章も並べているので、コインに入っている模様がそれからとっているのだというのもお分かりになると思います。

パリはÎle de Franceが地方名です。フランス王家の百合の花マーク3つがデザインされていて、すっきりしていてきれい。でも、もうかなりのプレミアムを付けて売買されているとか。

ページの一番下にある「Affiches」のところは、各地方別につくった販売宣伝ポスターでしょうか。それぞれの地方の特徴を出したスローガンが書いてあります。例えばブルゴーニュのは、「人はワインセラーに入れないであろうユーロ」なんて書いてあります!


普通のコインには10ユーロはありません。この記念コインは普通に使えるそうですが、出回るでしょうかね?

ユーロになってから(導入2001年)、紙幣やコインは限りなくつまらないデザインになっています。それまでのフランス・フランは芸術家などの絵がもあって、かなりしゃれたのもあったのですけれど...。

この記念コインもユーロのコイン風に現代的でつまらないのですが、でも裏側に地方のマークを入れたのは楽しいです。


☆ ユーロの画像も入っているWikipediaのページ: ユーロ

☆ フランス・フランの写真が見れるサイト(フランス革命期から消滅まで):
 Le franc français de la révolution française à sa disparition

にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

2010/09/27
ラスコー洞窟は一般の人は入れません。観光客が吐く二酸化炭素により壁画が急速に劣化したため、1963年かに一般公開をしなくなっています。

近くまで旅行したときは、入れないのがとても残念でした。でも、貴重な壁画が残る洞窟を一般公開しないというのは良いことだと思います。エジプトで美しい壁画の数々を見たときは、こんなに観光客が入っていたら21世紀の終わりを待たずに壁画がおかしくなってしまうのではないかと心配してしましたから。

☆ Wikipedia: ラスコー洞窟


私のフランスの知人の中には「入ったことがある」と言う人が二人います(そういうことができるお偉い方々)。「どうでしたか?」と聞いても、「ものすごい」程度の返事しかもらえませんでした。

有名な洞窟ですから写真は見ていますが、薄らぼけた壁画がチラホラある程度ではないかと思っていました。エジプトの壁画も、よく見る写真は修正しているのだろうと思っていたのですが、昨日描いたように鮮明なので驚きましたが…。


ラスコーの洞窟を見学できるビデオ

テレビの特集番組でもなければ、どんな洞窟か見ることはできない、と思っていたのですが、インターネットでかなりよく見えてしまうのを発見しました。

これは、すごい! 一般公開していないから、インターネットでお見せするというのは、本当に親切! やはり、フランスは文化を守る国なんだな… と思ってしまいました。

☆ ラスコー洞窟オフィシャルサイト: Lascaux

  • 「visite de la grotte(洞窟見学)」と書いてあるところをクリックすると映像が始まります。
  • 映像に邪魔そうに浮かんでくる文字をクリックすると、そこで映像が止まり、カーソルで自由に場所を動かせるようになります。
  • もとに戻りたいと思ったら、パソコンの戻るボタンを押します。
  • フランス語がお分かりになる方は、もっと色々できて、部分ごとの詳しい解説もあります。

すごいですね。こんなに鮮明に残っていて、しかも、こんなに美しく描かれているとは思ってもいませんでした!


犬も歩けば棒にあたる?

突然ラスコー洞窟のサイトがあるだろうかと思い立ったのは、ちょっとしたニュースがあったからでした。この9月にはラスコー洞窟発見70周年の記念行事があったらしく、洞窟に入った大統領のスキャンダルがあったのでした。

何もやってもヘマをするサルコジ大統領なので、この時のスキャンダルもかなりバカバカしいことでした:
  • 20分くらいしか人間が洞窟の中に留まってはいけないことになっているのに、1時間くらい中にいたのはケシカラン。
  • しかも、入るときには帽子をかぶらなきゃいけないことになっているのに、大統領はそんなものはかぶりたくないと拒否した。世界遺産を破壊する気か?!
  • 洞窟から出てきた大統領が、知ったかぶりをしてネアンデルタール人を持ち出した発言をしたのは滑稽である(ラスコー洞窟に壁画を書いたのはクロマニヨン人とされている)。

そんなのはどうでも良いのですが、今年に入ってから2回ブルゴーニュにある洞窟を見学して洞窟に興味を持ったてきたところだったのです。思い立って検索してみたらラスコー洞窟を見ることができて感激しました!

にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ


2010/09/26
9月の3番目の週末は「Journées européennes du Patrimoine」。

日本の「文化の日」のようなものなのですが、普段は一般人が入れないのに見学させてくれるところもあるので良いイベントだと思います。たいていは無料で見学できます!

2010年に見学したところについて書いた日記を一覧にしておきます。


[続きを読む  Lire la suite...]


2010/09/25

文化遺産公開日に行ったオーセールの町 その3


この前にオーセールの町に行ったときには、橋の上にあった銅像を見て、Paul Bertとはどなたなのかと思いました。

地方だとよけいに地元出身の有名人を称えるのでしょうね。オーセールの町にも、歴史に名を残した人たちがいます。レチフ・ド・ラ・ブルトンヌは知っていますが、それ以外は知らなかった人ばかり...。

今度はまた別の人が気になりました。


町のあちこちにいたお婆さん

前回の日記で書いたクリプトを見学した修道院の教会部分に、こんなお婆さんが立っていました。


Abbaye de Saint-Germain

「こんなお婆さん」と言っても、よく見えない?
観光スポットにもなっている時計台がある通りにも、同じ人が立っていました。



あれ、あれ、あちこちにいらっしゃるの?!
と思ったら、お土産屋さんでもミニチュア版を売っていました!


20世紀の女流詩人 マリー・ノエル

なんだかホノボノするお婆さん像。オーセールの町で生まれたマリー・ノエル(Marie Noël、1883~1967年)という女性なのでした。皆から愛された20世紀の女流詩人だそうです。

本名はMarie Rouget(マリー・ルージェ)。20歳のクリスマスのとき、恋人に去られ、さらにクリスマスの夜には3人の弟の中で一番年下の弟が亡くなるという苦痛を味わったそうです。それにちなんで「ノエル(フランス語でクリスマスの意味)」という名前をペンネームにしたとのこと。彼女は生涯を独身で通しました。

マリーとノエル(クリスマス)を並べた名前は、一度聞いたら覚えてしまいます。余りにも良い名前ではありませんか? マリーとはマリア様のことなのです。

*彼女が苗字にしたノエルは、苗字にもファーストネームにもある名前です。ファーストネームでは二つ並べる名前になっている場合も多いので、マリー・ノエルと聞いたら、それだけでファーストネームなのかとも思ってしまう。フランス人の苗字のランキングでは、ノエルは現在64位に位置していました。そんなことは、どうでも良いのですが!

彼女は敬虔なクリスチャンで、詩には心温まるものがあり、フランス人なら子どものときに覚える歌にもなっているそうです。

日本では無名の詩人かなと思ったのですが(単に、私が知らないからという偏見からですが!)、ちゃんと翻訳がでていました。
マリー・ノエル詩集 (双書・20世紀の詩人 20)


生前のマリー・ノエル

下のサイトにマリー・ノエルが76歳のときのインタビュー(1959年)が入っています。公の場に身を出すのを嫌った彼女の貴重な映像だそうです。
☆ ビデオ: Marie Noël

銅像に似ている♪ なんて思ってしまったのは不謹慎ですね! でも私には、少女がそのままお婆さんになったような純粋な人には見えました。

オーセール大聖堂のミサに毎日通っていたという場面から始まります。今の時代では、毎日ミサがあるということはないのでしょうか?...

その後、彼女の家での伝記作家のインタビューが始まります。そこは「Maison du diable(悪魔の家)」と呼ばれていたそうです。文化遺産公開日にはこの家も見学できることになっていたようですが、行けなくて残念でありました…。

彼女は名声を嫌って公の場出ることを拒んだので、もう亡くなった詩人ということにもされてしまったようです。ビデオでは、彼女と深い関係にある女の子が、彼女の詩を扱った学校の先生に「まだ死んでいません!」と泣きながら訴えたけれど、叱られたというエピソードが語られています。

ビデオの最後では、女優さんがマリー・ノエルの詩を朗読しています。

こんなに美しいフランス語の響きは、フランスにいても、めったに耳にすることはありません。しいて言うと、お葬式のミサで、残された家族がするスピーチのトーンに似ていると思いました。言葉を荒げて話すのばかり聞こえてくるなか、このスピーチを聞くとフランス語って美しいな... と思うのです。

葬式のミサを思い出したのも当然。この彼女の詩はクリスマスのときに弟を失った悲しみを語っているのです。

にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ


情報リンク:

[続きを読む  Lire la suite...]


カテゴリー: 文学、映画 | Comment (4) | Top
この記事のURL | Rédiger
2010/09/24

文化遺産公開日に行ったオーセールの町 その2


文化遺産公開日なので、色々と普段は入れないところを見学しようということで出かけたのに、昼食が長引いたこともあって、目的地にしたオーセールの町に到着したときには午後3時を回っていました。

それで、まともに見学できたのは2カ所だけ。それでも、行った価値があるものを見れたので満足でした。


サンジェルマン大修道院のクリプト

9~18世紀にかけて建立されたというサンジェルマン大修道院(Abbaye Saint-Germain d'Auxerre)。立派な修道院ですが、私たちのお目当ては初期につくられたクリプト。

圧巻でした! 古い教会にあるクリプト(地下聖堂)はよく見学するのですが、こんなに広くて雰囲気があるところは他に見たことがあったかな?…

後の時代に塗られた漆喰をはがして出てきた壁画は、修復は全くしていないそうなのに、かなりの保存状態でした。

一般には公開されていないと思って行ったのですが、最近は見学できるようになったそうです。でも、ガイドさんによれば、ラスコーの壁画のように、いつ一般公開を止めるかわからないとのこと。

写真撮影は禁止だったので、画像が見えるサイトへのリンクを入れておきます。
L'abbaye de Saint-Germain

博物館としても利用されているので、そちらも見学しました。見学は全て無料でした。でも、いつでも無料なのかも知れません。最近のフランスでは、パリ市長が市営博物館を無料にしたのをまねて、各地で公営博物館を入場無料にしたところが多いのです。


県庁として使われている司教宮を見学

司教の宮殿だった建物が県庁として使われています。オーセールの町に行くと、ヨンヌ河のほとりから、サンテティエンヌ大聖堂(Cathédrale Saint Etienne Auxerre) 11~16世紀に建設)をバックにして司教宮(Palais épiscopal)を眺めることができるのですが、よく見えません。



県庁に行く用事があれば入れるでしょうが、この中にある県知事さんの部屋の方は、何か特別なことでもなければ入れない場所でした。

宮殿の敷地に入って、中庭から見た眺めです。



下の階はロマネスク様式の柱がならぶ回廊がありますが、ここが県知事の執務室。その上の階にはバルコニーがあって、パラソルなどが見えたのですが、県知事の官舎として使われているそうです。

このロマネスク様式の回廊が気に入りました。


Galerie romane

回廊の長さは20メートルとガイドさんが言っていたかな?… これが県知事の執務室の窓になっているわけです。



こういうお部屋で仕事したいな…。
とはいえ、ご趣味なのかも知れませんが、お机の方はオソマツに見えました。



ともかく、ヨンヌ県庁は素晴らしい環境の職場。庭のテラスや県知事さんの部屋の窓からは大きな川を挟んで田園風景も見えるし、お散歩するのに適したフランス式庭園も小さいながらありました。

でも、ここに拠点をおいていたオーセールの司教さんは「大聖堂の裏側にあるのが気に入らない」のを理由に別の場所に引っ越したので、19世紀に歴史的建造物の保存運動がおこるまでの間は放置状態になっていたなのだそうです。

フランスにある立派な歴史的建造物は行政が使っていることが多いです。なので、県知事さんのオフィスはどこも立派なのでしょうけれど、ここは気に入りました。

にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ


2010/09/23

シリーズ記事 【文化遺産公開日のヴィジット 2010年(目次
その1(ブルゴーニュ地方 オーセール市)


「芸術の秋」などという言葉がありましたね。

フランスには歴史的建造物などの郷土資産に多くの人が興味を持つように、文化省が1984年につくったイベントがあります。今ではヨーロッパ諸国に広がったので、「Journées européennes du Patrimoine」という名称になっています。
そのオフィシャルサイトは、こちら

このイベントに日本語の定訳があるのでしょうか? 「文化遺産公開日」というのが多いように感じました。

patrimoineという単語がクセモノで、何と訳したら良いのかいつも迷います。

ユネスコの「世界遺産」は、フランス語では「Patrimoine mondial」。「世界資産」と言われたら、歴史が残した「ああいうものだな」と思い浮かびますが、「世界」がなかったら、お金も含めた遺産を連想してしまいませんか?

「世界遺産」から言葉を作るなら、この歴史的建造物公開日は「ヨーロッパ遺産公開日」になってしまって、なんだか変。とすると、「文化」を付けるのは自然な訳ですよね。でも、だったら、ユネスコのも「世界文化遺産」を定訳にした方が良かったのではないかと思ったり…。


話しを戻して、文化遺産公開日。一般の人々が普段は入れないところを見学することもできます。

普通でも入れるところもオープンしていたりもしるので紛らわしい。イベントができた始めのころは、無料で入場するのが原則だったと思うのですが、最近は有料のところが多くなっている感じもします。

個人のお家などは、よく開放するなと感心します。空き巣を職業とする人が現場の下見できてしまったりもできるわけですから!

行政が所有している歴史的建造物は多いのですが、そういうところは当然ながら無料で見学できるはず。パリなどでは、大統領の執務室などに人気があるようです。見学する価値はあるけれど、順番待ちの行列も大変なのだそう。

今年は、友人に誘われてブルゴーニュ地方のオーセール市に行くことにしました。


オーセールはサッカーとシャブリの町

オーセールはヨンヌ県の県庁所在地です。ヨンヌとは、この県に流れている河の名前。ブルゴーニュに水源があるセーヌ河と合流してセール河となります。

でも、合流するときの水量は、ヨンヌの方がセーヌより多いのだそう。普通なら水量が多い方の河川の名前が残るので、パリを流れるセーヌ河は、本当ならヨンヌ河と呼ばれていたはずなのだそうです。

オーセールは、サッカーファンの方はチームの名「A.J.Auxerre)」の町としてご存じかも知れません。ワイン好きの方には、シャブリから近い町と言うと良いかも知れませんね。

人口4万人ほどの田舎町オーセールがフランスを制覇したサッカーの試合を見に行ったとき、試合が始まるときの両チーム顔合わせで、相手チームにシャブリのボトルをプレゼントしていました。オーセールがホームグランドに他チームを迎えたときには、それをする風習があるのだと言われました。でも名物監督ギー・ルーは引退したので、今でもその風習が続いているかどうか分かりません。

オーセール・チームは華々しく王座についたのですが、その後は選手が引っこ抜かれたこともあって、今はパッとしません。でも、町には熱狂的なサッカーファンが多いのでしょうね。

夕方、見学が終わってから入ったカフェはテレビだらけでした。



中にいても、外のテラスにいてもサッカーを観戦できるようになっていました。トイレがある2階に行ったら個室があったのですが、そこにも大きなテレビがある!

テラスで喉をうるおすことにしたのですが、お給仕の人に「白のグラスワインは何がありますか?」と聞くと、「シャブリ」と一言。「そりゃ、そうだ」と、私たちは笑ってシャブリを注文しました。

シャブリは生産量が多いので変なのに当たる確率も高いのですが、さすが地元のこだわりがあるらしくて、満足できるシャブリが出てきました。お給仕の人はボトルをもってきてグラスに注いで、「これは美味しいのだ」と自慢げでした。グラス1杯、3.20ユーロ。

サッカーの試合がある時間だったようで、テラスでも実況中継が聞こえてきます。テレビは店内にあるのによく聞こえるな、と思ったら、ちゃんと外に大きなスピーカーが設置されていたのでした!


オーセールの町を流れるヨンヌ川です。


この眺めを見ると、オーセールはリヨンに似ているかな、と思うことがあります。

リヨンにはボージョレーがあって、オーセールにはシャブリがある。

でも、リヨンは3つの河が流れていると言われますが(ローヌ河、ソーヌ河、ボージョレーのこと)、「オーセールにはシャブリが流れている」というのは聞いたことがありません。


オーセールは観光客が行くことは余りない町だと思うのですが、かなりの数の文化遺産が残っています。

ところが私たち。途中で通った町を見学したりしたので、オーセールに到着したのは午後もかなり回ってからになりました。

そもそも、見学するのが目的で遠出したのですから、お昼なんか簡単に済ませれば良いのに、そうは問屋がおろさないブルゴーニュっ子たち。昼食で3時間くらい食われてしまいました。

オーセール市がリストアップしていた公開プログラムには色々なところがあったのですが、何しろ時間がない! ここだけは見たいと思っていたところを訪問しました。

続く


にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ

2010/09/22

ブドウ収穫のシーズン! その2


ブルゴーニュのお隣にあるシャンパーニュ地方でつくられるシャンパン、ブルゴーニュ地方でつくられるスパークリングワインであるクレマン・ド・ブルゴーニュの収穫が始まった、というニュースからブドウ収穫のシーズンが幕あきします。

毎年シャンパーニュ地方でブドウ収穫のアルバイトをしている友人は、「今年は全然行く気がしない」とぼやいていました。

普通のブドウ収穫アルバイトは、SMIC(全産業一律スライド制最低賃金)を基準にした賃金をもらうのですが、友人の場合は友人チームを作って、チームが収穫したブドウの重さで賃金をもらうシステムなのだそう。なので、すごい勢いでブドウの房を摘み取っていくそうで、1日一人1トンくらい収穫してしまうとのこと。

ところが、今年はブドウの実のなり方が悪いので、労力ばかり使うことになるので不利だというわけでした。

ちなみに、今年2010年のSMICの金額は時給8.86ユーロ(千円強)。どんなに楽な仕事でも、この金額は支払わないといけないことになっています。日本には最低賃金の規定って、とても低いのですよね。
厚生労働省:地域別最低賃金の全国一覧

ワイン農家の人たちはブドウ収穫者を得るのが大変なのだと言うのですが、「大変な労力なのにSMICしか払わないのがいけないのだ」と言う人もいます。

友人がブドウ収穫を始めたのは先週の水曜日。寒くて、雨が降って、お気の毒でした。週末からお天気がよくなり、まさにブドウ収穫シーズンともいえる秋晴れになったので、良かったなと思っています。

ブドウ収穫は大変な重労働だそうです。天気が悪いと、襟もとから雨が入ってきてびしょ濡れ状態になるし、長靴も重くなる。カンカン照りの天気だと、これまた大変…。


ブドウの葉は見たくもない?!

今年の6月末、お天気が良いからバーベキューをしようというお誘いがありました。急に思い立ったことなので、私はチーズを持って行くと申し出ました。

冷蔵庫をあけたら、8人くらいで食べるのに十分なチーズがない! それで、飾りで膨らませることにしました。

6月27日のこと

クルミをむいてそえ、庭のブドウの木の葉がきれいだったので飾る。ついでに、赤く色づいたフサスグリの実も添える。

我ながら美しいチーズ・プレートになったと喜んで持って行ったのですが、それを見ると「ブドウの葉!」と文句をつける人がいました。

彼の奥さんがブドウ畑の仕事を手伝っていて、日焼けがひどい状態なんだそう。大変な労働だったので、ブドウの葉なんか見たくもない! という感じだったのでしょうね。ゴメンなさい!


ブドウ収穫を体験してみたいけれど…

一度くらいブドウ収穫の体験をしてみたいと思うのですが、やったことがありません。

私が報酬をもらえるほどの働きができるはずはない。知り合いのワイン農家に頼んで、無報酬で「お手伝いさせていただく」という程度で良いのですが、そうはできないのですよ!

何年も前のこと。ブドウの収穫が真っ盛りのころにワイン農家に行ったら、ヘリコプターの音がうるさい。何事かと聞いてみたら、なんとブドウ畑の航空写真をとっているのだと言われて仰天しました。

ワイン農家が申告したブドウ収穫アルバイトの数と、写真に写った働いている人の数が合っているかをチェックしているのだそう。つまり、税金の支払い漏れがないかのチェック。

というのも、フランスは税金や社会保険料が高い。申告せずに働けば、雇う方も働く方も得なのですが、そうはさせないのが行政。

日本では、「闇で働く」なんて言い方はめったなことではしないですよね。フランスは厳しいです。日曜大工が得意な近所の人にお礼をして工事をしてもらうなどというのも、闇で働いたことになって通報されたりします。
 
ヘリコプターで写真をとられてしまうなら、体験なんていってブドウ収穫を手伝わせてもらいたいなどとお願いできません。人数が合わなかったら、お役所からナンクセをつけられて迷惑をかけてしまいますから!

ブドウ収穫を手伝う友人は「昔は良かった」と言っていました。2週間くらい知り合いの農家を手伝うだけだから、もらった報酬から税金を払わなくて大丈夫だったそうです。

ワイン農家はブドウ収穫者にたらふく食べさせて、家にごろ寝させて、トラクターで畑に連れて行くなどということをしていましたが、今はそんなことできません。

食事を出してもらったり、農家に泊めてもらったりするのも賃金として扱われる。トラクターなんかに乗せたら危険なのでマイクロバスを借りなきゃならない。家に宿泊させるなら、農家側では何人に1つという風にトイレを作ったりもしなきゃならないという規制もある。

それでワイン農家側でもとてもお金がかかるので、ブドウ収穫者にはせっせと働いてもらわなきゃ損する。それで、ひどい農家では畑の監督官みたいな人を用意して、ちょっとでも休んでいると「さっさと働け!」と後ろから追いたてるのだそう。ついでに、食べさせるものもケチる農家もあるとのこと。


ブドウ収穫期に訪れた農家の想い出

昔のブルゴーニュではブドウ収穫はお祭り騒ぎのようで楽しかったのに、その伝統はだんだん薄れてきたそうです。

下の写真は、知り合いのワイン農家に行ったとき、ブドウ収穫の季節労働者と一緒に夕食を食べていきなさいと誘われたときのものです。

2007年9月7日に撮影

ボリュームがあって、でも消化が良さそうなお料理の数々でした。

この農家も、あの後、勾配の厳しい畑を除いてトラクターで収穫するようになりました。この夕食をいただいたときも、トラクターを導入し始めていて、季節労働者の数が少ないからお食事仲間にさせてもらったのでした。

数十人が一緒に食事できそうな広い大きな食堂で、2列くらいのテーブルで食事。使わないテーブルがあるわけなので、なんだか寂しいな… と思ったのを覚えています。

このときのころはブログでも書いていましたが、夕食の写真は入れていませんでした:
ブドウ収穫時に訪れたワイン農家 2007/09/10

このお家では、ブドウ収穫者たちに人気があるお料理係だったお婆さんが亡くなってしまいました。息子さんたちのお嫁さんが、数は少なくなったとはいえ数人はいるはずのブドウ収穫の季節労働者に食事を用意するとも思えないので、どうしているのかな?…

むかし東京で働いていて、休暇のたびにブルゴーニュに行ったころは、フランスって何も変わらない国だな… と思ったものですが、ここ10年くらいは変化が激しいと感じます。

美味しいものを作っていた人たちは次々と去っていくし、町のお店はコロコロと経営者が代わる。農村のカフェは消えていく。これもグローバリゼーションなんでしょうか?…




追記: 2010/10/07

[続きを読む  Lire la suite...]


2010/09/21

ブドウ収穫のシーズン! その1


ワインの産地ブルゴーニュ地方では、9月下旬はブドウ収穫のシーズンということになっています。ところが、2003年の猛暑で異常に速い収穫があってからここ数年は、9月初旬に収穫をすることが多かったように思います。

今年は普通の時期になりました。


今年は変なお天気の年だった

冬には恐ろしく寒かったのですが、本格的な夏になる前、6月下旬にはかなりの暑さになりました。今年は猛暑になるのかと思ったら、そうではなかった。真夏には寒い天気が多くて、雨もよく降りました。

ブドウ収穫がいつ頃というのが分かってきたころ、あと40日くらい晴天が続かないとブドウの実が成熟しない、というニュースがありました。そんな条件を満たすような天気もなかったようなのに、ブドウ収穫の時期になりました。

2010年は、「今年のワインはすごいだろうな…」と期待するような天気の年ではなかったですね…。

追記(2010年9月22日):
ブルゴーニュでブドウの収穫が本格的になってきた今、素晴らしいお天気♪ パリの気温は、8月の最高気温を上回った、とのニュースがありました。
でも、また明日からは天気が崩れると、天気予報では言っています...。


コート・ド・ニュイのブドウ畑

数日前、ワインを予約しておいた農家からボトル詰めができたからと連絡がありました。

1週間後にはブドウ収穫を始めて忙しくなるそうなので、その前に引き取りに行くことにしました。生産量が少ない畑のブドウから作るワインなので、お得意さんの予約だけで完売になってしまうというワインなのです。

行ったついでにブドウ畑で車を降りて眺めてみると、みごとに紅葉しているところがありました。



ワインには余り適していない天候の年だと思っていたのですが、とても元気そう♪
ブドウの房は健康そうに見えました。


ブドウの房がなっているあたりに葉がない

紅葉したブドウ畑は、ブドウ収穫が済んでしまった畑で見ることも多いです。やはり、紅葉が美しいと眺めるときには、実もある方が嬉しいわけですが、今年は理想的な紅葉を見ることができました。

きれいに紅葉しているな… と眺めていたら、ふと気がつきました。
ブドウの房がよく見えるのです。房のまわりの葉を切り取って手入れしたとしか思えない。

ブドウ畑を立ち去ろうとしたときに、それに気がつきました。ブドウの木の下の方には果実の房しか見えないという畑もあったのですが、とった写真の中でもそれを少し現しているのがあったので入れておきます。



絵になるような紅葉だなと喜んでいたのですが、写真写りが良いのでした。木の上の方は葉が茂っていますが、下の方は葉が少なくてブドウの房がよく見えるのです。

最後の仕上げで太陽が必要と言われた年なので、陽の光がよく当たるように葉を落としたのかな?…

気になったので、ワインを買いにいった農家で聞いてみました。昔ながらに自分のやり方でワインを作っている農家です。ご主人が答えました。
「ブドウ栽培者は、次々と新しい方法を考えるのですよ」

つまり、最近の流行りらしくて、今年は太陽が足りなかったからというのではないようです。
「次々と」というのは当たっていると思います。昔はブドウ畑の除草をしたのに、今は雑草があった方が良いというのが広まってきて、中にはわざわざ畑を肥やす雑草の種をまく農家もあります。馬で畑を耕すなどというのもある。

ご主人の口ぶりから、ブドウの房がまる見えになるほど葉を落とすことはしないと推察しましたが、さらに聞いてみました。

効果があるかも知れないけれど、強い日差しになったらブドウの実が焼けてしまうので、かえって危険だと考えているそうです。


シャブリのブドウ畑は紅葉とは関係なしだった

上の写真をとってから2日後にシャブリに行ったので、ブドウ畑を眺めてみました。

同じブルゴーニュ地方とはいえ、紅葉していたコート・ド・ニュイのブドウ畑からシャブリまでは北西に150キロくらいの距離があります。

紅葉とはまだ縁がない、青々としたブドウの葉でした。



どうせ写真をとるならと、グラン・クリュ(特級ランク)に指定されている畑です。

9月19日撮影。ブドウの収穫はまだ始まっていなくて、畑は静かでした。

外部リンク「ワインの基礎知識」へ

ブルゴーニュ地方のワイン地図

【楽天市場】 円高還元セール!ワインや洋酒がお買得!

続く


にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へにほんブログ村にほんブログ村 トラコミュ フランスのお酒 (ワインなど)へ
フランスのお酒 (ワインなど)