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2011/11/27


今年の秋、少なからず動揺することがありました。知っているお婆さんが自殺したのです。前回の日記で尊厳死のことに触れたので、お婆さんのことを考えてしてしまいました。


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2011/11/26
本を回し読みしている友達グループが東京にあります。集まったとき、「あなた、これ読みなさいよ」と本が出てきます。

ところが、「わぁ、私も読みたいな~!」と思っても、いつも本は私の目の前を横切っていくだけ。フランスにいる人なんかに貸したら却ってこないということなのでしょう。

ところが今回は、日本滞在が長いからとか本を手渡されました。
それが、この本↓

何歳まで生きれば“ほどほどに”生きたことになるのか?長寿をもてはやし抗加齢に踊る一方で、日本人は平均で男6.1年、女7.6年間の寝たきり生活を送る。多くの人にとって長生きは苦しい。人の寿命は不公平である。だが「寿命を大切に生きる」ことは単なる長寿とはちがうはずだ。どうすれば満足な死を得られるか。元気なうちにさがしておく「死ぬのにうってつけの時」とは何か。数々の老人の死を看取ってきた現役医師による“死に時”のすすめ。

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むかしから、日本人は長寿、あえて言わせてもらえば、何でも良いから長生きすれば良い、という考えが強いと感じていました。ですので、日本でこんなことを言ったら攻撃されるのではないかなと思う内容の本。でも、読んだ人の感想をみると、賛同している人が多いようですね。

上にリンクした本をクリックすると、この本の目次や感想が読めます。


へそ曲がりも悪くない?

この本は、私が漠然と思っていたことを代弁してくれたという感じで気に入りました。

悲惨な老後の苦しみを味わった人たちの例がたくさん出てくるのですが、少しだけ、私のようにへそ曲がり人間が登場して、それが良いと紹介されているのが嬉しかったです。

例えば、無類の酒好き、医者ぎらいの富士正晴という方。散歩が身体に良いと聞くと、それまでしていた散歩をやめ、滋賀直哉が死の床で点滴を引き抜いたという話などを面白がっていたのだそう。
p.174

私は人から「健康に良いから」と食べ物を勧められると、食欲が減退して、全く食べる気がしなくなるのです。

『徒然草』にある文章も紹介されていました:
命長ければ辱多し。長くとも、四十に足らぬ程にて死なむことめやすかるべけれ。
P.191

私は健康診断を受けないことにしているのですが、思えば40歳くらいから受けていないように思いました。 別に、受けないぞ! と息張ったわけではなくて、もう十分に生きたから無理して長生きしなくてもいいや、という感じでそうなっただけのことですが。

花粉症とか、胃が痛いとかいうのは医者から薬をもらいたくなりますが、健康診断で発覚するような大きな病気にかかったら、それが天命と思いたい。

もっとも、死に時を40歳とした吉田兼好は67歳まで生きたそうです。友達とおしゃべりしていて、「私、長生きしたくないもん」と言うと、「そう言う人に限って長生きするのよ」と薄情なことを言われてしまいます!...


◆ 医学が進歩したことによる弊害

簡単に死ねない時代
 今はちがいます。どんなにつらい長生きでも、延々と生きなければなりません。あるいは死が迫ってきても、なかなかすんなり彼岸へ渡れません。医学が進歩したからです。
P.57


友達に言われて気になっていたことがあったのですが、それがこの本で解明された思いがしました。

曽祖母、祖父母、両親がお家にいて育った人なのですが、お母様が亡くなったとき、ぽつりと言ったのです。
「自然に死ねるのは、お爺さん、お婆さんの時代までだったな...」

長いこと病気の治療をしていた彼女の母親が、いよいよ最後らしい状態になって入院させたとき、お医者さんから聞かれたのだそうです。酸素吸入器だか何かの装置を取り付けて欲しいかどうか。取り付ければ命が伸びるけれど、後になってから、意識もないのに苦しむだけでは可哀そうだと判断しても遅い。それを取り外したら殺すことになるので、医師としては絶対にできない。だから、取り付けるかどうかを決めて欲しいということだったのです。

彼女は家族会議を開き、「お母さんは植物人間になっても長生きするのを喜ぶ人ではなかったから」ということで装置は取り付けないでもらったそうです。でも、そういう判断をするのは本当に辛いと思う...。

それにしても、聞いてくれたお医者さんは親切だったようです。入院すると、あたかも悪魔に命を捧げてしまったかのように、人間の尊厳なんか無視されるようなエピソードが本ではたくさん語られていました。

 これまでの医学は、命を長らえさせることを目的としてきました。病気や怪我で自然な寿命を縮められていたあいだは、それでよかった。しかし、今はその時代を過ぎています。自然な寿命以上に命を長らえさすと、悲惨な長寿になってしまう。
P.191

 安楽死の問題は、近代医療の発展以後に出てきた問題です。
 末期医療でさまざまな治療法が開発され、死にもしない、助かりもしないという状況が出てきて、はじめて安楽死が議論の対象になりました。患者はただ苦しいだけなのだから、楽に死なせてやればという考えが出るのは当然です。
 近代医療の発達する前は、たいていの人が自分の家であまり苦しまずに死んでいました。自然に任せておけば、人間はそれほど苦しまずに死にます。それは動物の死を見ても明らかなことです。
 死が苦しくなるのは、人間があれこれ手を加えるからです。放っておけば、そんなに苦しむ前に力尽きて死にます。
P.145

 今は医療が発達しているので、つい期待してしまうのでしょう。たしかにむかしに比べれば、治る病気は増えました。しかし、こと死に関しては、近代医療とて無力です。治療を受ければ、死を遅らせたり、楽にできるかもしれないと思うのは幻想です。いや、むしろ治療することで、死が苦しくなっているケースのほうが多い。身体は死のうとしているのに、無理やり引き止めるのですから。
P.146

 入院したかぎりは、病院側も治療をせざるを得ないのでしょう。苦しみだけ取って、あとは何もしないでというわがままは通してもらえないのです。良成さんはステロイドや抗生物質を投与され、強心剤の点滴もされて、死ぬに死ねない状態で2週間も過ごしたのでした。
P.159



天命

 私と同じく在宅医療で看取りをしている複数の友人が、口をそろえて言います。
「老人は、乾いて死ぬのがいちばん楽そうやな」
P.146


この年になっても余り人の死に目にはあっていないのですが、一番美しい死に方だと思ったのは田舎に住むお婆さんでした。

90近くなって迎えた彼女は、本当に枯れたような穏やかな姿でした。白装束に足袋。頭には白い三角を載せて、短剣を持たされました。お化けの姿はこれなんだと知って驚いたのと同時に、こんなに美しい姿で死にたいものだと思いました。

その後、田舎のお葬式に行っているのですが、こういう伝統的な姿には出会っていません。最近は進行役の人がいて、どういう風にしろと言ったり、そうする意味を説明してくれたりする。子どもの学芸会でもないのだし、こちらは悲しんでいるのだから、あれは辞めて欲しい...。

市立病院の院長をしていた内科医の丸山氏(62歳)が、自らの胃がんを自分で診断し、手術不能と判断して、そのまま死を待つことにしたというエピソードが語られていました。胃がんの治療をしないと決めた理由について、氏はこう書いていたそうです。

 ある年齢になれば消火器系の悪性腫瘍で、物が食べられなくなり、体も弱って寝たきりとなり死ぬ。という死に方も、悪くないと思っていました。それに比べると、年を取って、もう悲惨な老後、もっと辛い死に方は、経験の浅い私でも沢山見てきましたし、実際にも非常に多いように思います。

色々な死に方はありますが、癌になったら、そのままにしておけば、普通には、一年を待つことは難しく、二年は無理でしょう。そういうこともあって、今後、人によっては、ある年齢以上になった場合、一年位で確実に死ねる癌に因る死を(特に悲惨な何年もかかる死を知っている医師には)歓迎すべきものと感じられることもあるのではないでしょうか?
P.169-171

 がんによる死は、心筋梗塞や脳出血のように突然ではありませんから、人生の整理ができてよいという意見なのでしょう。何よりもよいのは、丸山氏のエッセイにもあるように、確実に死ねるということです。
P.171



病院に行かないという選択

現代の人間は長生きしすぎてしまっているとは感じていました。元気で長生きする人もいるわけですが、平均を出すと、こんなに介護を要する期間ができてしまっているのかと驚く数字がありました。表にしてみます。

男性女性
健康寿命 ①72.3歳77.7歳
平均寿命 ②78.4歳 85.3歳
介護を要する期間 ② - ①6.1年7.8年
P.184の記述から作成

 老いて身体の不都合が出てから、無理やり命を延ばされても、本人も苦しいだけでしょう。そこで私は、ある年齢以上の人には病院に行かないという選択肢を、提案しようと思います。

病院へ行かないことの利点:

① 濃厚医療による不自然な死を避けられること。
② つらい検査や治療を受けなくてすむこと。
③ よけいな病気を見つけられる心配がありません。
④ 時間が無駄になりません。
⑤ お金が無駄になりません。
⑥ 精神的な負担が減ります。
P.185-187



現代のモメント・モリ

 モメント・モリとは、ラテン語の警句で「死を想え」という意味です。現世に浮かれる人間への戒めですが、元来は「今を楽しめ」という意味も込められていたようです。「食べて飲んで、今を楽しめ、いずれは死ぬのだから」というわけです。
P.180>



書き抜きメモ

フランスと日本を行ったり来たりしているので、「あの本に書いてあったこと」というのを簡単に探し出せないので、読書メモをとっています。この日記ではその意味で書いたのですが、他のメモも残しておきます。

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2011/11/24
前回の日記「パソコンって、どんどん安くなる...」で書いたようにパソコンを新しくしたのでソフトをインストールしました。Vistaのときのように入れられないソフトが続出して困ることはなかったのでほっとしました。

ソフトのインストールしたり更新したりしていたら、「Windows Liveフォトギャラリー」というのに出会いました。写真アルバムのソフトも画質調整のソフトも持っているので必要ないのですが、パノラマ写真を作る機能があるというのに魅かれました。

パノラマ写真を作るのに使っていたのは、ずいぶん前にフランスで買ったデジカメ付いてきたオマケのものです。露出が異なる写真も一発でパノラマ写真にしてくれるのは良いのですが、画質がかなり落ちてしまうのが欠点でした。

さっそく実験。
使ったのは、アルバムをパラパラ見ていて出てきた2枚の写真です。



かなり昔のデジカメ撮影した写真なので、色が青っぽくでお粗末な写真ですが...。

簡単にできますね。ついでに色合いも加工。

できたのはこちら↓


継ぎ目も全く見えないで仕上がりました。

出来上がった写真に撮影日時も入って保存できるのも気に入りました。今まで使っていたソフトでは消えてしまっていたからです。

もう少しずれている写真で実験しなければソフトの性能は評価できないのですが、まずまず満足。

さっそく、このブルゴーニュの風景をデスクトップの写真にしました。日本にいるときにフランスを思い出すのが、こんな田園風景なのです。こういう色合いの写真を背景にすると、デスクトップのアイコンも見やすくて良いのにも気がつきました。


「Windows Live フォト ギャラリー 2011」のダウンロードページ:
フォト ギャラリー: 写真の見栄えをよくする
   ⇒ フォト ギャラリー: パノラマ写真を作成する




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2011/11/23
パソコンを新しくしました。それまで使っていたVistaにしたときは本当に憎らしくて苛々したのですが、今回のWindows 7はかなり気に入りました。

Vistaが欠陥品だというのには慣れてしまっていたので、買い替える必要はなかったのです。それで今回は珍しく3年間も使い続けてしまいました。

ところが、フランスの友達が新しいパソコンを買うのを手伝ってあげていたら、やたらに安いのに私のよりずっとスペックが良いので驚いたのでした。それで、帰国したら新しいPCを買うことにしていたのです。


こんなに安いパソコンを買ったのは初めて

パソコンは私にとっては最大のオモチャなので、いつもノートパソコンの中ではトップレベルの機能があるものを買っています。

今回買ったのは、CPUはi7で、4コア8GBのメモリ。
それなのに、10万円くらいで購入できてしまいました。

昔は40万円近くも払ってパソコンを買っていたのが嘘のよう。それでいて、今度のとは比較にならないほど性能が悪かったのですから。

ちなみに、今回買ったのは下のモデル。いつも使っているメーカーのアウトレットショップで、カスタムモデルを買いました。



パソコンの画像をクリックすると、希望のスペックを組んで値段を計算する画面が出ます。

私はソフトはなしでスペックは最高のモデルにしたのですが、普通に使う人だったら7万円くらいで買えてしまうのですよね。

信じられない...。
どうして、こんなに安くなってしまえるのだろう?...


400万円のパソコンを使っていたころ

思い出せば、私が初めてパソコンらしいパソコンを使ったときのモデル(マッキントッシュの Lisa)は、価格が400万円でした。

これは私が買ったわけではなくて、やたらにお金持ちだった会社のものです。先代の社長がオモチャとして Lisa を買ったそうなのですが、彼が転勤したら誰も使いたがらない。物置に放り込まれていたので、私が引き取ったのでした。

その前に私が使っていたパソコンはクリスマスプレゼントでもらったものなのですが、昔のブラウン管テレビのような形をしていて、中身はMS-DOSだけ。自分でソフトを作らなければ何にもしてくれない、というパソコンでした。

当時でもソフトを売っていたのかな?... パソコンとはそんなものなのだろうと思って、プログラムを作って遊ぶことしかしませんでした。

なので Lisa に出会ったら驚きました。単純な機能なので、マニュアルなんか読まなくても使える。それでも、ワープロだけではなくて、表からグラフまで作るという優れもの! でも、よくダウンするので、英語のマニュアルを読んでリカバリを繰り返したっけ...。

何にもしてくれない私のブラウン管のようなパソコンだって、けっこう高かったのではないかな?...




いつもながらの Microsoft おせっかい機能が憎らしいけど...

新しいパソコン、スイスイ動いて気持ち良いです。それと、キーの間にゴミがたまらないキーボードになっているのも気に入りました。

それに、ガーネットレッドも楽しい。私の誕生石はガーネットなのです。思えば、カラフルなPCを持ったのも初めてです。

とは言っても、すべて自分が好きな設定にしないと気が済まないし、Microsoftのおせっかい機能はやめさせたい。「これで良い」と思えるまで調整するのには、かなり時間がかかりました。

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2011/11/19
インターネットで調べものをしていると、探していたものとは全く関係ないのに興味を引かれて読んでしまうものに出くわします。

今回のはこれでした。


フランスでお弁当が流行っているの?


「美食の国」フランスで「BENTO」がブーム

フランスに弁当文化が入ったというのはどこかで聞いたことがあったのですが、まさかこんな漫画チックなのだとは思っていませんでした。

それで調べてみると(だから、どんどん脱線して、しなければならないことが後回しになる!)…

Mélanie Montagnéという女性だと判明。
彼女のブログもありました:
mademoiselle.m Blog de l'auteur culinaire Mélanie Montagné


これ、フランス人の趣味?

メラニーさん、ものすごくお上手ですけど、少しどぎつくないですか? 蓋をあけてお弁当がこんなだったら、食欲が減退しません?… 運んでいるうちに顔が歪んでしまっていたりしたら怖い。でも、そのままでも怖いのがありますね。

こういうのはパリの、しゃれたことが好きな人たちがステキ♪ と言うのでしょうね。ブルゴーニュの田舎で私が付き合っている友人たちに見せたら、気が狂ったと思われてしまうはず。「食べろ」と言ったら、「いやだ~!」とさえ言うだろうな… 。

フランスのテレビで紹介しているのを見たことがないな… と思ったので調べたら、インターネットの動画に入っていました。

私が見たことがないだけのようです(流行には全くうといのです!)。ついでに英語の動画もたくさん出てきたので、英語圏でも弁当ブームなのかもしれない。


Sujet Bentô sur France 24 : komikku à l'honneur ;) 

ついでに、もう一つフランスのテレビ番組の。こちらは、こういう感じでしゃべるのを見るのは好きではないというタイプ。テレビをつけたときに出てきたら、さっと他のチャンネルに行ってしまうと思う。


RTBF - bento

自分が子どものころを思い出すと、やはりお弁当はカラフルなのが好きで、一口で食べられるおにぎりに海苔、黒胡麻、デンブ(今でもあるのかな?)などをまぶして並べてあるのが気に入っていました。

でも、このメラニーさんの作品に比べたら、何にもしていないに等しかった…。

続いて、日本でもこんなドギツイお弁当が流行っているのか気になりました。

キャラ弁という言葉を覚えたので、それで検索。いやぁ~、あるんですね、日本にも。というか、日本からフランスに行ったわけだ…。

キャラ弁を作るには小道具が必要らしい。
フランスで日本製グッズを売っているということは、日本でも売っているということになるではないですか?

それで検索してみたら、ど~っと出てきました。お弁当グッズカタログまで出来てしまっている!



最近のお母さんは、こういうお弁当を作るのですか?!
大変ですね…。


フランス語で「bento」は何なのか?

もう一つ気になったことがありました。

フランスで流行っているというのは、キャラ弁なのか、伝統的なものも含めた「弁当」なのか? さっきのビデオに出てきた司祭さんのは、日本の普通の弁当に見えました。

そこで、Googleのフランス語版から入って、対象をフランスに限定して「bento」の画像を検索してみました。

検索結果

もう、キャラ弁、メラニーさんがいうところの「キャラベンヌ」ばかりです!

日本の伝統的な弁当は、とても美しいのがあるし、もっと独創的だと思うのだけどな...。

待て、待て、日本も伝統的な弁当も姿を消したのだろうか?

日本語Googleで「弁当」の画像を検索した結果

キャラ弁もありますが、普通のお弁当の写真も半分はあるように見えます。

ということは、フランス人のbenntoが偏っているのだ!

ここまで調べていて分かったのですが、弁当と出会ったフランス人のきっかけは日本のアニメを見て、というのが多いらしい。アニメは全く見ていないのですが、お弁当を食べるシーンなんていうのがあるのでしょうかね。

ともかく、お弁当が気に入る人はアニメファンであることが多いとすると、キャラ弁が気に入るのもわかります。


フランス人も変わってきた…

昔々、ヨーロッパ駆け足旅行(15日間で5カ国まわった!)で、初めていったパリに1泊したのですが、そのときの印象が強烈に残っています。

地味….! ほんとにパリっ子たちは地味な服装をしていました。冬だったので皆コートを着ていたのですが、圧倒的にラクダ色が多い。でも、それがシックというか、そこはかとなく漂ってくるお上品さがあって、そういうのがフランスのファッションなんだな… と思ったものです。

それから、ずっと、この印象は続いていました。日本では今何が流行っているか分かるけれど、フランスは眺めていただけでは全然分からないと思っていました。でも、最近は分かるのですよね。つまり、田舎でも「これが今は流行っているのだろう」というのが目につくようになったのです。

お弁当の話しに戻すと、昔のフランス人って、こういうのは好きではなかったと思うのです。ましてや、大人のお弁当でしょう?!

フランスのレストランで食事するのにはお金がかかるので、お弁当にすると便利なのは分かります。普通にサンドイッチなんか持っていくと、節約しているみたいで惨めったらしいかもしれない。でも、こんなキャラ弁を職場に持っていって、「流行っているからやっているのよ」という顔をしていれば、「あら、素敵ね」になるんだろうな…。


これもグローバリゼーション?

10年くらい前だったら、なるほどと思う記事を日本で読んだことがありました。

飛行機にあずける荷物には盗難が多くて、それは荷物を運ぶ人たちがやっている、というもの。それで、どうすれば良いかという記事でした。こんな風なことが書いてあったのです。

スーツケースにキャラクターなどの飾りをつけてはいけない。キティ―ちゃんとか、そんな可愛いものを付けるのは日本人だけで、日本人ならお金になりそうなものが入っているだろうと思われて、開けられる可能性が高くなる。

だから、そういうことをするのは最も危険なのだと言っていました。荷物に目印をつけるのは便利だけれど、外国人もつけているような物を付けろというアドバイスでした。

なるほどな… と思ったのです。日本人って、大人になっても可愛い飾りを付けるのが好きみたい。携帯電話用の小物もたくさん売っていますよね。

キティ―ちゃんのグッズみたいなものはフランスで売れないよな… と勝手に思っていたのですが、最近はものすごくよく見かけます。

フランスでは日本のアニメファンが多いそうなので、それでメラニーさんのお弁当が評判になるのかもしれない。私は見たことがないけれど、本もたくさん出ているということはファンがいるということでしょう?

フランス人はアメリカ文化を貶していたけれど、最近は好きな人が多くなった感じもします。海苔なんか気持ち悪い! と言われていたのに、最近は「美味しい」と言ってフランス人たちが食べます。何か狂っているのではないかな?…

そのうち、世界はどこも同じようになっていくのだろうな…。


追記(2013年)】

1年後、フランスの店頭に弁当グッズが陳列されているショーウインドーを目撃したので写真を入れておきます。



CasaBentoという文字が見えたので、サイトを探してみました。すごいです。こんなものまで?! と驚くほど、色々な弁当グッズを売っています。サイトには日本語が混じっているのですが、日本人が作った会社なのかどうかは分かりませんでした。

こういうものがあるのを今まで見かけていなかったのは、フランスで日本のグッズを買おうとすることなどなかったからかもしれない...。




ブログ内の関連記事:
このパリジェンヌたち、何と呼ぶファッション?...  2010/12/17
見た目がなんとも味気ない、フランスの使い捨て弁当箱 2013/08/21
ちょっと怖いな... 最近の日本礼賛ブーム  2015/03/01 ゆるキャラブームまで
★ 目次: フランスの日本食ブーム

外部リンク:
フランスのランチ事情が影響!パリでBENTO(弁当)が人気らしい 2014.07.31
パリに日本の「駅弁」が上陸 フランスで大人気!  2016.03.16

情報リンク: キャラ弁の紹介ブログ:
e-お弁当作っちゃいました!
彡長女・次男へ3D虐待弁当&ダンナは倦怠期逆切れギャク弁!★彡
Les « kyaraben », des bentô mignons à croquer


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2011/11/18

シリーズ記事 【パリとピカルディー地方の旅行】 目次へ
その19: ピカルディー地方 (4)


数日間滞在したパリの喧噪に疲れたので、この日はともかく静かなところにある宿に泊まりたくなりました。



このお堀が部屋の窓から見える部屋に泊まりました。

ちゃんと修復していないところも目につくシャトーホテル。でも、立派に修復してしまった城よりは、こういうところの方が昔の生活を感じることができるので好きです。


ガルゴットでは食事しない!

夕食のテーブルはもう残っていないと言われてしまいました。

レセプションにいたホテルのディレクターだろうと思われるお上品なマダムが、「ここのような評判の良いレストランは、予約してもらわないと席がとれない」とおっしゃる。

そんなに評判が良いのですか? 何回か食事したことがあるけれど、感激するほどには美味しくなかったです。シェフが代わったのかな?...

城で行うセミナーに参加する団体が入っているとのことなので、そちらの理由が大きいのではないかと思いました。

それとなく粘ってみましたが、席を作ってくれそうにはない。近くあるレストランの中でどこに行ったら良いか聞いてみました。

「ホテルのすぐ近くにレストランらしきものがあったけれど」
そう言ったら、「あれはクレープ屋ですよ」と、けんもほろろのお返事。
じゃあ、かなりまずいのだ!

近くに良いレストランがあるので、予約の電話を入れてくれると言います。

でも、名前を聞いたことがないレストラン。「おいしいんですか?」と聞いてしまいました。

すると、マダム。
「私はお客様をgargote(ガルゴット)なんかには送り込みませんよ」

笑っちゃいました。ガルゴットとは、安いけれど不味い料理を出すレストランのことで、男の人たちが友達仲間で使うような言葉なのです。

お勧め料理を並べ、今の時期だったらジビエがあるはず、などとマダムはPR。かなり頻繁にいらっしゃるお気に入りレストランらしい。

さて、行ってみて正解でした。ホテルのレストランが満席で良かった♪


ジビエづくしの夕食

このあたりは森が多いので、ジビエ料理をスペシャリティーにしているレストランだと感じました。

それで、選んだのは前菜もメインもジビエの料理になりました。本格的なジビエ料理を食べられるレストランに出会うのは稀なので、ここで食べておきたかったのです。

前菜: ジビエのテリーヌ、玉ねぎのコンフィ添え


La terrine de gibier et son confit d'oignons

お皿の絵もジビエムードですね。


メイン料理: 雌鹿のひれ肉、グラン・ヴヌール・ソース


Les noisettes de biche sauce grand veneur

「グラン・ヴヌール(grand veneur)」というのは、こういうソースだそうです。

ヴヌールとは、猟犬を使って狩猟をおこなう人。狩猟係の意味もある。グラン・ヴヌール・ソースはペッパー風味のブラウンソース、と仏和辞典には出ていました。ヴヌールに「グラン(大きい)」とつくと、王様が狩りをするときに指揮官となる役割を担うお偉い方のことのようです。ジビエ調理法の中でも名誉を与えられたソースなのでしょうね。

ジビエの料理というのは特殊で、下手に調理したら食べない方が良いくらいなのです。このレストランのシェフは得意料理のようでした。

「とてもおいしかった」とシェフに言うと、「ジビエは新鮮な材料を使うのが大事なんです」とおっしゃる。私は一番大事なのはソースだと思うのですけど。

フランス料理の用語に「faisandage(フェゾンダージュ)」というのがあります。射止めた雉(キジ。仏語でフェゾン)を涼しいところに1週間くらい吊るして熟成させる。つまり、少し腐りかけたくらいのが美味しいというもの。でも、このレストランのシェフは、最近の人は濃厚な料理を嫌うので、そういう昔ながらのレシピでは料理を作らないのだそう。そうなんですか...。


チーズ:

ジビエは胃に負担がかかる料理なのですが、がんばってチーズも食べました。




デザート:


Crème brûlée au potiron
一番軽そうに思えたクレーム・ブリュレ。

非常にありふれたデザートなのですが、今がシーズンのカボチャを使っているのが変わっていて美味しかったです。

半分だけになっているのは、食べ始めてから気がついて撮影したので、食べかけの部分をカットしたからです。


楽しいレストラン

気取らないレストランでした。

お給仕の人も感じが良い。
一人だけだったのですが、きびきびとサービスしていました。

隣のテーブルに座っていた女性2人とも会話がはずんで楽しかったです。彼女たちは近くのシャトーホテルに泊まっていたのですが、ホテルの中のレストランがやたらに高いので来たのだそう。

1人はイタリア系なのだそうで、「スパゲッティーに20ユーロも出さない!」といきまいていました。少し前にイタリアに行った私も、フランスのスパゲッティーはイタリアほどおいしくないのに高いな… と感じていたのでした。

彼女たちが泊まっていたのは、庭園は広くて、ホテルとしては豪華ムードいっぱいのところでした。でも、お城そのものは「城」というより御殿という感じで美しくない。

泊まり心地を聞くと「悪くない」との返事なので少し驚きました。古めかしいのは好きではないタイプなのだろうな...。

それにしても、食事代を節約するのに、あんな高そうなホテルに泊まっているのは少し奇妙でした。

なんとなく気になった2人連れ。以前の日記で書いた理由で旅行に出たのではないかな、と勝手に想像しました。そんな年齢の女性たちだったので。
フランスの風習: 独身生活の埋葬儀式 2008/06/04




旅行したときの小さな出来事は忘れてしまうので、ブログに書いておくと便利。今回の帰国旅行は少しやけ気味にもなってせっせと書きました。

やっと終わりました~♪

そうだ、そうだ、イタリア旅行の日記を中途で放棄していたのでした。続きを書かないと。でも、もう忘れてしまっている部分も多いだろうな…。

ブログ内の関連記事:
フザンダージュについて: これは何でしょう?クイズ: ワインセラーにあったもの 2006/08/07
目次: ジビエについて書いた日記

パリ国際空港から近いシャンティイ城 2011/11/15
★ このシリーズ記事の目次: パリとピカルディー地方の旅行
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ

情報リンク
☆ レシピ: Civet de biche façon sauce grand veneur
Grand veneur de France


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2011/11/17

シリーズ記事 【パリとピカルディー地方の旅行】 目次へ
その19: ピカルディー地方 (3) シャンティイ - 3


日曜日だったのでシャンティイ城の中には大勢の見学客がいました。何回見ても素晴らしいと感激する作品があるのですが、人がいないときに見たい。

それに素晴らしいお天気だったので、庭園を散歩することにしました。

フランスの黄葉って、こんなに美しかったかな…。

普通なら11月初めからは冬に突入した感じになるので、この旅行をした10月末の時期も寒くて散歩などできないから黄葉をよく見ていなかったのかもしれない。あるいは、気温の関係で今年の黄葉は格別に色が鮮やかだったのか?...



真っ白ではない白鳥は、まだ子どもなのでしょうね。


ガーデニングを楽しむイベント

城の一角にはコンデ公が作らせた余暇を過ごすための農村「アモー」があります。そこに行く途中でイベントが行われていました。

近郊の農家の人がハチミツを販売していたのでお味見。そこで、森の一角に球根を植えるイベントをしているのだと教えてもらいました。

さっき見た「ガーデニングしなさい」と書かれたポスターの意味が分かりました。



家族連れの人たちが球根を植えています。木立の中に花咲く道を作るという意図のようです。子どもたちに球根を植えさせて喜ばせようとやっているのですが、大人が参加しても良いのだそう。



針金を張った枠は、球根の植える位置を一定にするという手段。なるほどね。そうすると、均等に花が咲くというわけですか。

ガーデニングに参加した人たちには、花が咲くときに見に来るようにと、入場料が半額になる券が配られていました。

すでに、近郊の小学生たちがかなりの部分に球根を植えたそうです。



シャンティイは人口が1万人を少し上回る規模の町です。ブルゴーニュの田舎にいる私としては「大きな町」なのですが、ここは自然に恵まれていて住み心地がよさそう。

城の敷地に入るのには入場料がいりますが、まわりには自然が広がっています。城の保存会のメンバーになる年会費を払えばいつでも無料で城に入れます。

いいな、こういう何回行っても飽きないところが住んでいる地域にあるなんて...。

追記:

翌年の春、植えた花が咲いているかを見に行ったときの日記:
城の庭園に子どもたちが植えた花を見に行く 2012/06/07

ブログ内の関連記事:
パリ国際空港から近いシャンティイ城 2011/11/15
★ このシリーズ記事の目次: パリとピカルディー地方の旅行
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2011/11/16

シリーズ記事 【パリとピカルディー地方の旅行】 目次へ
その18: ピカルディー地方 (2) シャンティイ - 2


前回の日記からシャンティイ城のコンデ美術館に行ったときのことを書いているのですが、特別展をしていました。


シャンティイの磁器



特別展は柿右衛門様式の磁器にハイライトがあてられていました。フランス革命以前のシャンティイでは、柿右衛門風の磁器を作っていたのです。その作品の展示が特別展でした。

特別展の名前は次のとおり:
Singes et Dragons. (猿と竜)
La Chine et le Japon à Chantilly au XVIIIe siècle (18世紀のシャンティイにおける中国と日本)
開催: 2011年9月14日~2012年1月1日

中国と一緒にされていてるのが気に入らないけれど、このコンデ美術館には当時はやったシノワズリーの影響で作られた猿の絵が描かれている優れた作品があるのです。


シャンティイの磁器の歴史

展示会では説明があったでしょうに見落としていたので、シャンティイの磁器の歴史を少し調べてみました。

ルイ14世の時世の終わり頃から、フランスの貴族たちは異国趣味を持つ傾向が強くなった。シャンティイの城主ルイ・アンリ・コンデ公(1692-1740)は中国や日本の陶器もコレクションする。

コンデ公は中国や日本から磁器を輸入するための大きな出費をおさえるために、自らが磁器を生産させることを考える。1730年、彼は磁器工房のために土地を買い、その通りの名は「rue du Japon(日本通り)」と名付けられる。1725年、Cicaire Cirouという名の磁器製造人がシャンティイに招かれ、ソフトペーストの磁器を1735年まで作らせた。18世紀後半にリモージュでカオラン(白色粘土)が発見されるまでは、生産される磁器にはカオランが含まれていなかった。当時の磁器工房は、現在の「4, rue de la Machine」の住所にあった。

ルイ・ジョゼフ・コンデ公(1740年~1818年)は職人に柿右衛門のコレクションを見せ、コピーを作らせた。彼は同時に漆器の工房も作っている。しかし、フランス革命勃発(1789年)により磁器窯は閉鎖されてイギリス人の手に渡った(1792年)。そこでは土でイギリス式パイプが生産されたが、製造は1870年に中止される。

革命勃発後に外国に亡命していたコンデ公が、王政復古の国王となるルイ18世を伴ってフランスに戻ったのは1814年。彼の孫アンギャン公は、すでにナポレオン1世によって処刑されていた(1804年)。

革命後も細々と生産されていたシャンティイの磁器(Porcelaine de Chantilly)は1870年に姿を消す。


特別展では柿右衛門様式の食器がたくさん並んでいました。



変にフランス風にしないで、柿右衛門の良さがでる作品でした。考えてみると柿右衛門はおしゃれですから、フランス人に好まれるデザインだったろうと思います。

フラッシュをが使えなかったので、写真がボケていて申し訳ない。

Wikipediaには「シャンティイの磁器」の例として大きな画像が入っていました

それよりは小さな画像になりますが、コンデ美術館の所蔵品を見せるサイトにある所蔵品コーナーでは、柿右衛門様式磁器の写真がたくさん入っています。
Collections du Musée Condé: Kakiemon

写真をクリックすると拡大写真が見れます。展示ではガラスケースの中に入れられていたので、こちらの方がよく見えるくらい!


日本が真似された

フランス革命前にフランス国内で柿右衛門様式の磁器を焼けるのは、ここシャンティイだけだったそうです。

「認可されていたから」と言われたのですが、許可を出したのはフランスの王様でしょう? 柿右衛門が認可したわけではないのに、勝手に作ってしまって良いのかな?… 今の時代だったらコピーライトとかなんとか言われるのではないでしょうか?

展示品の中で面白かったのは、本物の柿右衛門とシャンティイで作られたコピー品を並べた陳列。



骨壺と説明がありました。フランスは土葬なので必要なかっただろうと思うのですが、美しい壺なのでコピーを作ったのでしょうね。

これを見たのは1カ月近く前のことなので記憶が定かではないのですが、奥にあるのが本物で、手前のがシャンティイ製だったと思います。

見比べて眺めたのですが、絵付けの位置が少しずれている程度で本当にそっくりでした。この大きさのものを焼くのはとても難しいそうなので成功作品のようです。


ヨーロッパで好まれた柿右衛門様式

この日記を書きながら知ったのですが、柿右衛門様式はシャンティイだけではなく、当時のヨーロッパでは他にも作られていたのでした。

マイセンのが最も有名なのでしょうね。

ネットで販売されているものを「柿右衛門」のキーワードで検索したら、マイセンの商品が幾つも出てきてしまいました。

柿右衛門様式はとても美しいと思います。 色合いや柄が好き。

柿右衛門がシャンティイで作られていたというのも、なぜかシャンティイ城に惹かれる理由の一つかもしれない。この城の城主だったコンデ公は、柿右衛門や漆器の工房を作らせたほかにも、なぜか日本に関わりがあります。

私にとっては日本のものと思える小豆(あずき)や米を使ったフランス料理には、コンデ公の名前を使ったものがあるのです。それから、シャンティイ市は白鷺上がある姫路市は姉妹都市。不思議なご縁です...。

コンデ公が始めたシャンティイの磁器生産は途絶えてしまいましたが、今では窯が復興して柿右衛門様式の食器も作っています。コンデ美術館のブティックでも売っているし、シャンティイの町なかにも扱っている店があります。

でも、歴史ある磁器窯の流れから外れてしまっている。
続いていれば良かったのに…。

今年の初めには佐賀県の唐津に行ったのですが、ここも博物館で見た江戸時代に作られていた古唐津の方が気に入りました。どこが違うのか分からないのですが、美しい…。

シャンティイ城に行ったときのお話しは、もう1つ書きます:
子どもたちを自然に親しませるシャンティイ城のイベント

ブログ内の関連記事:
パリ国際空港から近いシャンティイ城 2011/11/15
★ このシリーズ記事の目次: パリとピカルディー地方の旅行
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ

情報リンク
☆ プレスリリース: Singes et Dragons. La Chine et le Japon à Chantilly au XVIIIe siècle
Singes et Dragons. La Chine et le Japon à Chantilly au XVIIIe siècle
おもしろ日本美術: 江戸のはじめのジャポニズム「Kakiemon」
18th Century Porcelain
ヨーロッパの柿右衛門
酒井田柿右衛門
Histoire de Chantilly en dates
Porcelaine de Chantilly


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2011/11/15

シリーズ記事 【パリとピカルディー地方の旅行】 目次へ
その17: ピカルディー地方 (1) シャンティイ - 1


パリの滞在を終えてから、少し息抜きできる田舎に向かいました。

パリの近くというと、本当にどうしようもない地域もあるのですが、好きなのは歴史があるピカルディー地方です。そこにあるシャンティイ城は数えきれないほど行っているのですが、今回もまた立ち寄ってみました。

この城はコンデ美術館となっています。このミュージアムのスタイルは好きです。広すぎず、狭すぎず、所蔵品は充実してるというタイプ。

この美術館については詳しい日本語情報があったので割愛。
☆ MMF: コンデ美術館(シャンティイ城) 

この美術館の面白い点としては、昔のフランスによくあったミュージアムの展示方法もあります。絵画は壁にびっしり展示されていて、最近の博物館では見られない姿が残されているのです。

この城をミュージアムにした城主デュック・ドマール(オマール公)の遺言によって、彼が決めた展示方法を変えてはいけないというのが守られているのだそう。そして、ここにある数々の珠玉の作品は、この美術館を離れてはいけないというのもある。だから、ここでしか見られない門外不出の作品というのも魅力。


ハードスケジュール?

シャンティイ城のことを、日本の友人に話したことがありました。

素晴らしいコレクションを誇るお城の博物館で、パリ国際空港から車で30分くらいのところにあるので、帰国する前に時間が余ったときなどに行ってみると良いのではないか、と言ったのです。

その人は、パリに仕事で来たときに本当に行ってしまいました。パリのホテルでタクシーを呼び、シャンティイ城を見学してから夜のフライトで帰国するというプランを作ったのだそう。

いい加減に言ったことを実行されてしまうと、少し慌てます。夜には飛行機に乗らなければならないときに何かするというのは、時間に追われるのが嫌いな私は避けるのですけど…。

そんなことができるのかとGoogleマップで調べてみました。


大きな地図で見る

A: シャンティイ城
B: シャルル・ド・ゴール国際空港
パリは下の方に位置しています。

パリから空港に行くのが最終目的だとすると、シャンティイ城の見学はかなりの寄り道になってしまう。シャンティイと空港の距離は30キロ弱でしたが、パリから空港に向かう道を通り越して城に行くことになるので、まずいですぞ...。

私はパリを発つ前日にシャンティイ城に近いところで1泊するプランが良いと思って話していたのですが、城があるシャンティイ町にはなぜかまともなホテルがありません。現在、高級ホテルになるらしいのが建設中ですけれど、どんなホテルになるのか?…


シャンティイ城のコンデ博物館

シャンティイ城の書庫です。



眺めたのは中世の挿絵が入っている本。これが大好きなのです!



実に繊細に描かれています。
部分をアップしてみましょう。



文字は私などには全然読めませんが、眺めているだけで美しい…。

こういう絵をフランス語ではenluminureと呼ぶのですが、日本語にすると何なのだろう?…

仏和辞典を引くと、余りピンとするものがでてきません…。
写本装飾術。写本を金銀、彩色、文様などで装飾する術。写本装飾、写本画、装飾文字

別の辞書を見ると:
(とくに中世の写本などの)彩色(術);彩色挿絵,彩色頭文字

辞書には出ていないような単語の外国語訳を探すのに便利な仏語のWikipediaで「Enluminure」を検索すると、そこにリンクされている日本語ページは「ミニアチュール」で、フランス語の「miniature」だと書いてあります。

あれ、あれ~?? それ、違うのじゃないの? 「miniature」といったら細密画でしょう? このコンデ美術館にもminiatureのコーナーがあって、精密な肖像画が描かれているブローチのようなものがたくさん展示されています。

仏語のWikipediaで「miniature」を検索すると、それをいっていますね。このページから日本語にはリンクしていません。

Wikipediaはとても便利なのですが、変なのもある。知らないと「そうなんだ~!」と感激して読むのですが、知っていることだと「うそ~!」になることが多々あります。特に、日本語ページが外国のことを書いてあるものには飛んでもないのが多い。歴史上の余り知られていない人物など、普通に死んだのに自殺したと書かれていたり(これは追及したら、その人の兄弟と入れ違っていた)。

だから「Wikipediaは使ってはいけないよ」と自分に言い聞かせるのですが、でも便利なので、ついつい使ってしまう…。


コンデ博物館では興味深い特別展にぶつかりました。それを次回に書きます。

続きへ:
シャンティイと柿右衛門の関係

ブログ内の関連記事
★ このシリーズ記事の目次: パリ滞在記 2010年冬
目次: 旅行したときに書いたシリーズ日記のピックアップ
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ

情報リンク
Château de Chantilly
Enluminures base de données


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2011/11/14

シリーズ記事 【パリとピカルディー地方の旅行】 目次へ
その16: パリ観光 (16) ムフタール通り界隈 - 4


ガイドさんの案内で余り知られていないパリを見るツアーでは色々なことを学んだのですが、その中にパリのシンボルにもなっている水飲み場がありました。


フォンテーヌ・ヴァラス



これはパリで生まれた「Fontaine Wallaceフォンテーヌ・ヴァラス)」と呼ばれる水飲み場です。その後はフランス各地、さらには外国にまで広まったそうですが、私はパリでしか見たことがないような気がします。

作られた当時は、これに鉄製のコップがついていて水を飲めるようになっていたのですが、衛生上の理由から全部とりはずされたので、今では見ることができません。

これを作らせたのは、イギリス生まれのRichard Wallace卿。裕福なコレクターですが、慈善家でした。

この時代、フランスが敗北した普仏戦争によってパリは荒らされていました。水の供給もままならくなったので、ヴァラスは無料給水所を町のあちこちに作ることを思い出したのです。

人々を救った泉は、彼の名前をとって「ヴァラスのフォンテーヌ」と呼ばれました。



制作はCharles-Auguste Lebourg(1829~1906年) という彫刻家。名前を聞いてもピンとこないのですが、François Rudeの弟子なのだそう。フランソワ・リュード(1784 ~1855年)は、私がいるブルゴーニュ地方の町ディジョン生まれの彫刻家なので、地元では有名な彫刻家なのです。

ヴァラスのフォンテーヌには3タイプあります。

上に入れた写真のタイプは「grand modèle(大型モデル)」と呼ばれます。4人のカリアティード(女像柱)が重いドームを支えている形。これがヴァラス型の第1号だった形で、パリ名物になっています。

詳しく日本語で説明したページがあったので、説明は省略します:
パリを潤すフォンテーヌ・ヴァラス fontaines Wallace


パリは長いこと水不足に悩んだ

江戸は世界でも下水道の整備が早かったと聞いていますが、パリの歴史を調べたら、こんなに水事情が悪かったのかと驚きました。

記録に残る公共の給水所は、パリでは中世になってから登場しています。その後も「徐々に」という程度にしか増えていません。

やっと17世紀末、セーヌ河からポンプで水を吸い上げてフォンテーヌに供給できるようになり、それが第二帝政期まで利用されました。

ブルゴーニュ地方にあるセーヌ河の源泉はきれいな水の小川ですが、パリまではだいぶ距離があります。大河になったセーヌ河の水をパリの人たちは飲んでしまっていたわけですか?!…  まして、セーヌ河では洗濯をしたり、下水を流したりもしていたのではないですか?

それでも、フランス大革命が勃発する直前にパリにあった泉は58カ所だけ。当然ながら水が不足するので、街にあるフォンテーヌはいつでも水が出たわけではなかったそうです。

ナポレオン1世は、パリの水事情を改善するために運河Canal de l'Ourcqを造成して、川の水をひくことにしました。ただし、完成したのはナポレオン1世が没した翌年(1822年)。

それとは別に、ナポレオンは新しいフォンテーヌを15個作っています。そのうちの1つがシャトレーに残っているのだそう。しかし、十分な数とは思えませんよね?

王政復興期に運河のおかげで水をパリに供給できるようになり、家々に水道を引いて水道代を徴収するようになります。とはいえ、貧しい人のためには無料で使える泉が必要というわけで、2,000のフォンテーヌがつくられました。

近代化を推し進めたナポレオン3世による第二帝政期が到来しますが、初期にはパリにある住宅で水道が通ったのは8割にとどまっていたそうです。

もっと遠くからきれいな水を引いてくるようにもなり、19世紀末には各戸への水道が普及していきます。

しかし、この時やってきたのは普仏戦争(1870~71年)。アルザスとロレーヌを失う敗北を味わうことになったこの戦争では、パリがプロシャ軍に包囲されたために、用水路やフォンテーヌも破壊されました。

パリの住民たちが水不足に苦しんでいることに心を痛めたヴァラスは、庶民が使える泉を作ることを思いつきます。1972年からパリの各地にヴァラスのフォンテーヌが設置されるようになりました。

今日のパリにはヴァラスの泉が119残っており、水道からひいている飲み水なのだそうです。

パリ市のサイトによれば、市内の道にあるヴァラスの泉の数は124となっていました(公園や墓地にあるものは除いた数字)。PDFファイル(Liste des adresses où trouver une fontaine sur la voie publique (hors parcs, square et cimetières)  )のデータをコピーしてエクセルに貼り付けて数を数えてみました。大型タイプのフォンテーヌは、そのうち92でした。

パリ市では最近になっても水飲み場を増設しているそうです。どこに水飲み場があるかという地図もPDFファイル(Consultez la carte des fontaines de Paris)になっています。

公園や森の中にある水飲み場(水色)が圧倒的に多いことが分かります。こんなにたくさんあったのかと驚きました。

パリ市は親切に場所を教えてくださっているのですが、これを見て水を飲みに行く人がいるのでしょうか? パリに行ったときには心配で、ホテルの部屋にもミネラルウォーターを持ち込んでいるので、私は道端にある水飲み場を利用する気にはならないのですけれど…。 でも、ホームレスの人たちには貴重な情報かもしれない。

ブログ内の関連記事:
フランソワ・リュードの作品を紹介した日記:
ブルゴーニュのワイン村: フィサン
 >> ナポレオンが好んだフィサンのワイン 2009/03/22

★ このシリーズ記事の目次: パリとピカルディー地方の旅行
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ

情報リンク
【ヴァラスのフォンテーヌについて】
☆ ヴァラスのフォンテーヌ写真アルバム: Fontaines Wallace de France
☆ パリ市サイト: Fontaines à boire
Fontaines Wallace parisiennes
Fontaine Wallace
☆ Wikipedia: Wikipedia: Fontaine Wallace
☆ ヴァラスの泉がある場所を示したWikipediaのリスト(Liste des fontaines Wallace


Charles-Auguste Lebourg
1832年パリ・コレラと「不衛生住宅」-19世紀パリの公衆衛生 (PDF)
江戸水道は世界一


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