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2013/01/30

シリーズ記事目次【2013年1月: 長野旅行記】 目次へ
その6


日本で古民家の修復をしていらっしゃる建築家のブログ「さいふうさいブログ」を読むようになってから、日本の古民家の修復に興味を持つようになりました。

細部にまで気をつかって美しい状態に直していくのを見るのは、とても興味深いです。こんな風になっているのだ... と感心すること、しばしば。

ところが、修復しなければならない状態の古民家というのを、私は日本で見たことがありませんでした。フランスでは、日常茶飯事のように修復現場を見学しているのに...。

でも、ついに、日本でも機会到来!♪


日本の伝統的な家屋は素敵!

先月、長野に行ったとき、古い家を買って引っ越してくるというご夫婦が家を見せてくださいました。

家に入ったとたんに、わぁ~!

フランスで、同じような場面がありました。
古民家に住むことになった友人の家に行ったとき、新築の家に住む友達が 「うわぁ、本当の家だ~!」と、うらやましそうに言ったのです。私も、それと同じ気持ち。

家に入って、まず迎えられたのは、土を叩いてつくった土間でした。



囲炉裏もあって、しかも、吊り下げる道具まで残してくれています。

吊り下げる道具、なんと言いましたっけ? ほら、使ったことがないから、単語を覚えていない。

フランスにも暖炉に下げるのがあって、それはcrémaillèreと言います。Wikipediaに載っているので、そこから日本語をたどろうとしたら、ずばり欲しかった単語が出ていない。

それで辞書をひく。「自在鉤(じざいかぎ)」でしたね。

ついでに、土をたたいて作った土間の方を何というのかも調べる。
「たたき土間」で良いみたいですね。でも、「たたき」は「三和土」と書くのだそう。

土間は、ただ土を叩いて固めれば良いというものではなくて、砂や藁も土に入れて作るようです。豆腐を作るときの苦汁(にがり)を入れるともある。

「三和土」というのは当て字で、3種類の土から作るからだそう。

そういわれれば、あの土のきめ細かさは、ただの地面とは違うとは思っていたのです。

作るのは大変でしょうが、コンクリートなどと違って風情があります。今ではなかなかできない、貴重な床ですね。フランスでいったら、大きな石を敷いた床に相当するかな。

教会によくある石の床なのですが、民家でも昔は使っていたのです。
そういう石の床がある家での工事現場 ↓



右の写真は、16世紀に建てられた廃屋を買ったフランスの友人の家で、右の建物が母屋です。

母屋の1階部分が全て石の床だったのですが、床が歪んでいたので石を全部はずして土台を平らにしたと言っていました。

上に入れた写真の家は四角い石の床が多いので良いのですが、この家の石床は畳の半分くらいの大きさがある長方形の石ばかり。

石の厚みは10センチはあるでしょうから、そんな重い石を外すのなんて大変だったろうと想像します。経費節約のために、大工さんに頼んだのでははく、自分でしたというのですから。

長野でみた美しい土間も大丈夫だろうかと心配になりました。古民家が好きで買った人たちなので、土間も残したいと思うはずだろうけれど、家が歪んでいるので傾きを直すときには、土間をそのまま残すように工事してくれるといいな...。


フランス人は日曜大工が好き

フランスでは、修復しないと住めないような家を買うよりは、新築を購入する方が安上がりだと言われています。

そのまま住めるような古民家もありますが、良い物件は持ち主の関係者の間で取引されてしまうので市場に出にくい。売っていると、やたらに高い場合が多い。

それで、気が遠くなるほどの工事が必要な家を買って修復している人たちがたくさんいます。

業者に修復してもらえば比較的早く住めるようになりますが、それではお金がかかりすぎるので自分でできることはやっている人たちが大勢います。

そういうケースだと、10年くらいかかったら住めるようになるかな... という感じ。住んでいても、古い家だと、ねんじゅう、何かしら工事が必要になる。

フランス人って、意外に辛抱強く、かつ働き者だな、と思わせる側面です。

ヨーロッパ諸国の中では、フランスは最も日曜大工にいそしむ国なのだそうです。

同じように日曜大工が盛んなイギリスでは家の価値を高めるためにやっているのに対して、フランス人は好きだからやってしまっている傾向にあるのだそう。

アンケート調査結果を拾ってみます:
  • フランス人の82%は日常大工をしている。
  • フランス人の49%は、自分の日曜大工の腕前はプロ並みだと思っている。
  • フランス人の61%は、楽しみのために日曜大工をしている(その91%は自分の腕前が確かだと思っている)。
  • フランの家庭では、年に平均7回、日曜大工の店に行っている 。
私の観察でも、そんな感じだろうなと思っています。なにしろ、電気ドリルなんて、持家の家庭なら誰でも持っているように見えますから。


古民家を修復するには、どのくらい費用がかかるのだろう?

ずっと気になっていました。日本の場合、廃屋になったような家を修復するには幾らくらいお金がかかるのだろうか?

今回は良い機会なので、古民家を買った人に聞いてみました。「それが結構かかるのですよ」という口ぶりで、500万円くらいを予算に組んでいる、と話してくれました。

そのくらいでできてしまうの? というのが私の感想。

だって、床が傾いているので、それを真っ直ぐにする工事が必要なのだそうですから。でも、屋根の状態は良いので、その費用はかからないはず。

フランスの古民家を修復する費用は膨大なのです。といって、統計を持っているわけではないので、情報を少し探してみました。

修復する家の状態にもよるけれど、10,000から20,000ユーロと言っているサイトがありました。ただし、屋根を直すならその費用は別にかかるとのこと。
Combien coûte la rénovation d'une maison ancienne ?

日本円にすると、幾ら? 為替は変動しますが、1ユーロ=130円が物価の感覚だと思う。それで計算してみると、屋根は別にして、130万~260万円。そんなものでは修復できないはずだ、と断言したくなるけどな...。

窓枠が痛んでいるので修復することを検討した友人の場合を例に出します。

オーク材のにすると、窓1つに対して15万円。小さな家だけれど、取り替えた方が良い窓は10あるので、150万円。そんなにお金はないので、窓はそのままにし、隙間風が入るドア2つだけを修復したと話していました。

でも、フランスでは、非常にお金がかかるのは屋根を葺き替えることだと聞きます。上に写真を入れた16世紀に建てられた友人の家は、買値は250万円だったのですが、この小さな家の屋根を新しくするために400万円出費したと言っていました。

フランスには民宿連盟ジット・ド・フランス(Gîtes de France)というのがあるのですが、そこでは加盟している民宿がかけた修復費用を発表しています。

それを発表しているのは、この民宿連盟が終戦直後に創設したときから掲げている活動目的の1つが、フランス国内の古民家の修復保存に貢献する、というものだからです。

家ごと貸すタイプの民宿では、平均58,400ユーロ (約760万円)。

1軒あたり5部屋までに制限されているB&B民宿では、平均42,000ユーロ (550万円)。

そのくらいはかけないと、フランスの家は修復できないと感じます。業者に頼むのは電気と配管工事くらいで、あとは自分で工事をしてしまう人も多いから、このくらいで済んでいるとも思う。

いずれにしても、古民家の修復というのは、家の状態、どう修復するか、自分が汗まみれになってやるか否かによるので、一概に幾らくらいかかるとは言えないのだろうな。

私が感じている古民家の修復費用は、屋根もふき直す必要がある廃屋を買ったら、小さな家でも1,000万円以下で収まることはありえない、大きな家なら億単位、というところです。


古民家って、どのくらい古い家のこと?

古民家って、いつの時代より古い建物を指すのだろう?

Wikipediaの日本語ページには「古民家」という項目があって、「通常は戦前以前のもの、特に大正以前のものをさす場合が多い」と書いてありました。

フランスでも古民家に相当するような言葉はあるのですが、こちらの方は定義らしきものを見つけ出すことができませんでした。

統計などで使うなら、戦前かな? 不動産屋とか住んでいる人が「古民家です」と価値をつけるために言うとしたら、20世紀になる前の建物でしょうね。つまり、石を積み上げて家を建てていた時代の家屋。

でも、もっと家屋に価値があるということを強調するなら、フランス革命前に建てられたというのが基準ではないかな?...

その名もずばり、「VMF(Vieilles Maisons Françaises)」という古民家保存を目的とするNPOがあるのですが、ここに入っている古民家は、ほとんど国宝級の立派な家ばかりです。


意外に安い日本の古民家

上に書いた16世紀の古民家の売値は250万円。もう10数年前のことで、フランスの不動産価格がつりあがる前のことでした。でも、友人仲間では、修復費用を考えたら高すぎると言っていました。

なにしろ、建物だけある家。内装は全面的にする必要があるし、電気も水道も下水処理施設も、全部自分でしなければならない。今のフランスではセントラルヒーティングにしないのは考えなれないので、その工事も不可欠です。

でも、その家が気に入って買ってしまったらしい。

日本の田舎にある古民家の値段というのは考えてみたこともなかったのですが、この際、興味を持って調べてみたら、意外に安い物件があるので驚きました。

日本の場合、古い家は取り壊すので、そうしない分だけ安いのだろうという気もしました。

ともかく安いのといったら、こんなのがありました。

田舎暮らしと別荘ライフ・物件検索

見せていただいたのが長野市だったので、それを眺めてみました。気になったのは、「築年不詳」という文字ばかりなこと。建てた時期が全く分からないって、変ではないですか?...  江戸時代などというのは、まずありえないから、それでも良いのかもしれないけれど。

なかなか良さそうという古民家が、320万円というお手軽価格で長野市内の外れにありました。本当の古民家のようですよ。
眺望の良い土地に建つ古民家

フランス人の感覚で「古民家」と言って自慢できる家のレベルを探してみると、そちらもありました。
高遠町の古民家

明治24年建築とあります。惚れ惚れする日本家屋ですが、5,300万円。やっぱりね...。

家を買う計画も、安い家を買うお金もないので、検索はこのくらいにします。


【追記】
この日記を書きながら思い出したことを書きました:
フランス人の、異常なまでの古民家修復熱 2013/02/18


ブログ内リンク:
★ 目次: フランス人の古民家を修復する情熱

外部リンク:
さいふうさいブログ
日本民家再生協会

【たたき土間について】
たたき土間
三和土
☆ 語源由来辞典: 三和土(たたき)


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2013/01/28

シリーズ記事目次【2013年1月: 長野旅行記】 目次へ
その6


先日から長野に行った話しを書いているのですが、その途中で、偶然にも長野出身という人と東京で2回出会っていました。しかも、同じ日のうちに2度!


故郷がある人がうらやましい

1人目に出合った長野県人は、近所のお店の奥さんでした。

出かける前に長野に行くのだと話していたらしくて、「どうでした?」と興味ありげに聞いてきたのでした。子どもの頃は長野で暮らしていたのだそう。

子どもの頃は本当に楽しかった、と懐かしそうに話します。

子ども時代を田舎で過ごしたフランス人からは、そんな風に目を輝かせて話すのによく出合っているのですが、日本ではめったに機会がありません。それで、何がどんな風に楽しかったのか聞かせてもらいました。

温泉町に住んでいたのだそうです。

何が楽しかったって、お祭り。それが、本当に年中あって、大きな祭りのときは準備も長くかかって、ワクワクとさせられる雰囲気だったらしい。

聞いていると、行ったこともない温泉町の姿が見えるような気がしてきました。

美しい木造建築の旅館がたくさんあって、そこの美しい庭に入って遊んでいたのだそう。

夕方になると番頭さんが旅館の前の道に内水をする。そして、観光バスが2台も3台も到着して…。

板前さんは、食べ物の端っこの部分などをくれて、それが美味しかった。お祭りになると、羽振りの良い旅館の人たちが子どもにお金をばらまいた…。

ところが、彼女が育った温泉町は、今では全く昔の風情は全くなくなってしまっているそうです。

まず、大手業者が大きなコンクリートの大きなホテルをつくった。地元の温泉旅館が食われてしまって、美しい温泉場の風景はなくなった。さらに、新幹線が止まらないので客足が途絶え、今ではすっかり寂れた。

親戚はみな長野にいるのだそう。「どうして私は東京なんかに出てきちゃったのかしらね~?」などとおっしゃる。


そんな話しを聞いた夜は、銀座のレストランで友人と夕食をとりました。

ワインバーのようなところで薄暗い。私の横にあるガラスの壁面にチラホラと何かが見えます。

私は無意識に、山の景色を探していました。たった2泊しただけなのに、北アルプスの山並みが頭に染みついてしまったらしい。東京では、窓の外を見れば山が見えるわけではないのに!

我ながら可笑しくなったので友人に話していたら、お給仕の若い男性が「長野のどこにいらしたのですか?」と聞いてきました。彼も長野出身なのだそう。

長野はとても良かった、と話すと、嬉しそうな顔をしました。

長野県の人たちって、東京に出てくる人も多いけれど、とても郷土愛が強いのではないでしょうか?

当然だろうと思うのです。長野県人は故郷を離れても、山並みが浮かんでくるでしょう? 日本の地方を故郷にする人たちは、どこでも思う描く風景があるのだと思いますけど。私はフランスにいるとき、東京の景色を思い浮かべながら懐かしいなんて思うことは全くありません!

そもそも、○○県人会というのがありますが、地方には東京都民会なんていうのがあるのだろうか?...


◆ 長野県歌「信濃の国」

「長野県人はすべて、県歌を歌えるのだ」と言われたことがありました。長野の話しをしてくれた近所の店の奥さんに、その話しをして、本当なのかと聞いてみました。

「そうですよ~。学校で毎日歌わされましたからね~」
そう言って歌いだしました。

店先なので、一節歌ってくれただけ。どんな歌なのか知りたくなったので探してみました。便利な世の中ですね。すぐに出てきました♪



想像していた歌と全く違う。なんだか、戦時中にできた歌のような雰囲気ではないですか?...

明治32年(1899年)から翌年にかけて、長野県師範学校の先生たちが作詞作曲したのだそうです。明治時代の歌、作ったのは先生たちだと聞くと、なんとなく納得。

それにしても、長野の地名もたくさん出てきて、社会科のお勉強みたい。こんな覚えにくい曲を暗記しているって、本当?!...

違う歌を拾い出してしまったのではないかと思って確認したのですが、長野県のサイトで紹介しているのと同じだから、やはり、これらしい。

私なんか、義務教育9年が終わるときでも歌えるようにはならないと思う...。


ブルゴーニュ賛歌

長野の県歌に興味を持ったのは、我がブルゴーニュにも地方歌とでも呼べそうな曲があるからです。

それに、長野とブルゴーニュ、不思議に似ているところがあるのです。

まず、内陸部で、海がない!
もっとも、ブルゴーニュには山らしい山もないのですけど。

でも、長野の人たちのブログを見ていると、寒さが同じくらいではないかと感じます。

ただし、ブルゴーニュでは余り雪は降りません。

つまり、ブルゴーニュは無いものづくし?...

長野にはワインがない、と言いたいところですが、あるのですよね。最近は地球の温暖化のせいか、ワインの生産が本格化してきたみたいです。

ブルゴーニュの歌は、「Joyeux enfants de la Bourgogne(ブルゴーニュの陽気な子どもたち)」と題されています。

20世紀初頭につくられたらしいので、期せずして長野県歌の誕生とほぼ同じ時期ですね。

でも、内容も、雰囲気も、全く違います。ブルゴーニュの方は、底抜けに陽気な歌なのです。故郷のブルゴーニュが大好き! という感情がこめられていて、とても好きな曲です。

家族が集まって歌っている動画がありました。復活祭に家族が集まって歌うのが風習の家らしく、みなさん本格的に合唱しています。



ワインボトルを持ったり、グラスを持ったりしているのは、歌詞に合わせているからです。つまり、この歌は、ワイン大好き人間の歌。ブルゴーニュの民謡は、どれも酔っ払いの歌です!

この曲は、ブルゴーニュの学校で教えるということはないだろうと思います。よそから来た人がいるとき、ブルゴーニュを意識する祭りの場などで、よくこのブルゴーニュ賛歌が飛び出します。

歌詞をちゃんと覚えていなくても合唱できてしまう便利な曲。

次のフレーズが繰り返されます:

Je suis fier d'être bourguignon.
Et suis fier, et je suis fier,
et je suis fier d'être bourguignon.


「私はブルギニョン(ブルゴーニュ人)であることが誇らしい」という意味。

そこだけ、特に「誇らしい」を意味する「fier(フィエール)」という単語を声を張り上げて歌えば、その場が盛り上がる、というわけです。

メロディーだけでも明るくて良い曲だと思います。

クルゾー町の教会が演奏している様子:



ディジョンの町だったと思いますが、カリヨンがある教会で演奏されているのを聞いたことがあります。まだ東京に足止めされているのですが、ブルゴーニュに帰りたくなってしまうな...。


ユーモラスなブルゴーニュのイメージを見せる動画でも、この曲がバックに使われていました。



好きなタイプの絵ではないけれど、ユーモアが面白い。「海も山もないけど、ブルゴーニュへようこそ!」なんて書いてあります。

ブルゴーニュ人は、食べて、飲んで、陽気にはしゃぐというのがイメージ。それがよく出ている。

この絵は絵葉書やランチョンマットになっていて、お土産屋さんなどで売っています。私も何枚か買ってしまっていました。

ところで、ブルゴーニュの特産食品の中で、エスカルゴがたくさん登場しています。日本ではブルゴーニュ=エスカルゴとはならないでしょうけれど、食用になるカタツムリの本物は「ブルゴーニュのエスカルゴ」と呼ばれる品種で、エスカルゴ料理はブルゴーニュの郷土料理なのです。それで私のブログの題も「エスカルゴの国から」にしています。

前回の日記(美しい風景も、自然に与えられてしまうと有難みを感じない?)では、美しい北アルプスを臨む村に住む人から、山が美しくたって、おかずにならない、と言う人がいたことを書きました。ブルゴーニュでは、おかずがなくてもワインを飲んでいれば良い?!

外部リンク:
☆ 長野県公式ホームページ: 県歌「信濃の国」
☆ Wikipédia : Joyeux enfants de la Bourgogne

ブログ内リンク:
★ 目次: フランスで食べる郷土料理、地方特産食品、外国料理
田舎で育った人から昔の話しを聞くのが好き 2012/11/19


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2013/01/27

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その5


前回の日記(日本アルプスを望む美しい村)に書いた役場前広場では、郷土資料館を案内してくださる方の到着を待っていました。

北アルプスの山々が屏風のように広がっているので、いつまで待たされても構わない。

こういう見晴らしの良いところだと、フランスでは中世に城が建てられた城が残っていることが多いです。攻めてくる敵があったときには、遠くにいるうちに見えてしまうので。

ここでも、反射的に、どこかに城の廃墟が残っているのではないかと思ってしまいました。

日本では古城を残していないだけで、やはり、ここにも城はあったようです。役場前広場からもう少し上がったところに、 小松尾城という城があったらしい。


すごい名言?

役場前広場に立って風景に見とれていたら、地元の人に話しかけられました。

どこから来たのかと聞きます。フランスに住んでいるなどと言ったら混乱するので、ただ「東京から来ました」と答えました。

「こんな美しい景色を見て暮らしていらっしゃるのですか? いいですね...」、と言ってみる。

場所は違うのですけれど、北アルプスの風景を望む美しい映像があったので入れてみます。



こんな風景を毎日見ながら暮らしていたら、どんな気持ちだろうか、と思いますよね?

すると、この男性から返ってきた言葉に唖然としてしました。

こう答えられたのです。
「山が美しくたって、おかずにはならないからね」

年配の男性なので、日本人的謙遜かなと思いました。
でも、そうでもないみたい...。

「こんな景色を眺めて食事をしたら、どんなに不味いものを食べてもおいしいじゃないですか~!」、と私。

それでも相手は納得しない様子。

美しい山並みを毎日見ていると、どうということはないと思うようになるのでしょうか?

あるいは、よそから来た人たちから美しい景色だとばかり言われるのにうんざりしている? それで、厳しい気候の中で生活するのは大変なのだ、と反発したくなる?…

でも、その場にいたもう一人の男性は、山の風景は天気によって異なるので面白いのだと教えてくれました。

山は、天気が悪いと遠くに見えて、天気が良いと近くに見える。なるほど、その日は後者の例でした。


山の生活は厳しい...

泊めていただいた家に「姨捨」などという飛んでもない名前がついたお酒の瓶があるので驚いていたら、近くに姨捨山という名の山があるのだと教えられました。

ちょうだいできる画像を探したら、私のような人を意識したらしくて「オバステ」と書いてあるのしか見つからなかったのですが、右に入れました。

でも、私が見た日本酒は「姨捨」と漢字で書いてありました。

怖くなるような名前の日本酒。

そういう厳しさがあった土地なのでしょうね...。

ところで、この姨捨伝説は、フランス人によく知られているので気になっていました。書きながら調べてみたら、やはり映画があったのですね。古い日本映画が好きなフランス人は多いので、そこから広まったのだと思う。

さらに調べてみたら、その姨捨山が楢山節考の舞台とは言えないような...。少なくとも、その土地の人にとっては、結び付けられるのは嬉しくないでしょうね。

でも、長生きしすぎる人に早く旅立ってもらわなければならないような貧しい土地といったら、山岳地帯を思い浮かべます。

「山はおかずにならない」なんておっしゃるから、そんなことを思ってしまったのですよ~!

あちらは、観光客は山が美しいなんてノンキなことを言っていると思われたのでしょうが、こちらにしてみたら、毎日美しい山に見惚れないで暮らしているなんて... と思ってしまいます。

山に憧れる人は多くて、憑かれたように住みついてしまう人たちもたくさんいるのに...。フランスのアルプスでは、ご主人を捨ててシャモニーに近い山の中の村に引っ越してしまって、元気に一人暮らしをしている高齢の女性にも会っていました!


生まれ故郷を捨てるバカ

そうこうしているうちに、郷土資料館を案内してくださる先生が到着しました。私が地元の人とどんな話しをしたか分からないはずなのに、自己紹介した後、こんなことをおっしゃいました。

「こんなところで生まれながら、都会に出てしまう馬鹿がいるのですよね」

バカと言う言葉に力を入れて、2度くり返しました。

「本当に!」と、私は笑顔を見せました。

ご自分に言っているのが分かったからです。この先生は都会に出て働いていて、定年になってから故郷に戻ってきた方だと聞いていましたから。

「でも、いつでも帰ってこれるのだから良いではないですか?」と付け加えました。私が帰ってこれるのは東京しかありません...。


景色じゃ飯は食えねえ、と言う人もあったわけですが、長野県の人たちは故郷に対する思い入れが強いのではないかという気もします。

美しい山々がある郷土。自然の厳しさに耐えている故郷だから、よけいに愛おしくなる?...

この長野旅行シリーズを書きながら、そう思うことに東京で出くわしました。

- 続きへ: 郷土を賛美する歌 - 長野とブルゴーニュの比較 -


外部リンク:
小松尾城(長野市(旧大岡村)、大岡城と天宗寺館(長野市大岡)
☆ 千曲市: 姨捨山
「さらしなの里」に伝わる伝説
La Ballade de Narayama (film, 1983)
☆ Wikipédia: La Ballade de Narayama (film, 1958)

ブログ内リンク:
雲海? 霧の海? 2011/02/04



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2013/01/26

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その4


長野で泊めていただいた家で目が覚めると、素晴らしいお天気。顔も洗わずに外に飛び出しました。


サラサラの雪

庭に積もった雪がキラキラ光っている♪



この家に住むネコちゃんたちの足跡が入っています。

厚く積もっているので、雪でボールを作って投げてみようかと思ったのですが、丸く固まらない。雪がサラサラだからなのでしょうね。

こういう所に住む子たちは、雪だるまを作ったり、雪合戦なんかはできないのでは? でも、雪がこんなに乾燥していないときもあるのでしょうね。私が心配してあげることはないのだけど!

ともかく、スキーをするのに理想的なパウダースノーというのは、こういう雪のことではないでしょうか?


180度に広がる日本アルプスの景色

泊めていただいた家は標高800メートルくらいとのこと。庭からも白い山々が見えたのですが、坂道を歩いて少し高台に出てみました。



右端に小さく見えるのが穂高、と教えてもらっていました。


この日の午後には、車で展望台に出たのですが、まさに180度に広がる山並み!


大岡村アルプス展望公園

登山をする人たちは、こんな絶景を見れるのでしょうが、集落があるようなところから見えてしまうなんて、すごい! ちなみに、ここ旧大岡村の標高は500m~900m。


私が散策した場所から撮影した場面が入っている動画がありました。




長野県広しといえど、これほど見事にアルプスの山並みが見えるところは珍しいのではないでしょうか?  山が近くにあったら視界をふさがれますもの。

展望台から山々が見えるのは普通でしょう。展望台というのは、そういう場所につくるものですから。

でも、この大岡という集落は、どこにいても山並みが素晴らしいのです。集落の中央を貫く県道は「アルプス展望道路」と呼ぶのだそう。車を走らせていると、素晴らしい山並みが見えるので絶叫してしまいました。

役場のオフィス内と、その前にある広場からの眺めもすごい。

ローマのフランス大使館の建物は、おそらく世界各地にあるフランス大使館の中で最も美しいのだと言う人がいました。日本の役場の中で最も美しい景色が見えるところというコンクールをしたら、ここは第1位にはならないとしても、かなり上位に入るのではないでしょうか?

役場の位置を示す地図で眺めてみます(Aのマークを入れた場所)。


大きな地図で見る

目の前に広い谷間があるので、その向こうにある北アルプスが一望に見えてしまうわけですね。


変に観光地化してされていないのが気に入った

日本の観光地は、観光の看板だらけで、お土産屋さんだらけになってしまう傾向にあるを残念に思っています。フランスは観光地になっても、看板の規制が厳しいので、よほどの例外でない限り、見にくい景観にはなりません。

ここは山並みに集落が少し点在しているという風景なので、フランスの景色をほうふつとさせられました。

同じ長野県で、開田高原に行ったときのことを思い出しました。かなり前から「開田高原開発基本条例」なるものを定めて景観保護に努めているところなのです。

でも、この大岡村の場合は、そういう努力をしたから美しい景観が残った、というようにも感じませんでした。おっと、「村」と言ってはいけないのですよね。長野市に合併されていて、村ではなくなっているのですから。

日本で美しさを保とうと思ったら、有名にならないのが唯一の回避方法なのかな?... という気もする。

どんな風にここが紹介されているのか、観光サイトを見てみました:
ながの観光net: 大岡・信州新町・中条

一つ一つクリックして読んだら美しいところだと分かるのかも知れないけれど、見出しを眺めただけでは、どこにでもありそうな所に感じませんか?


日本とフランスで、よく似ているように見えた2つの村

北アルプスを一望する大岡の景色を眺めながら、この秋に行ったフランスのアルプスを望む村を思い出しました。

コルドン村
モンブランを望む美しい村コルドン 2012/10/19

そのモンブランを望む村の観光案内所がつくっているサイト(こちら)では、「le Balcon du Mont-Blanc」、つまり「モンブランのバルコニー(展望台)」として美しい風景を目いっぱいにアピールしています。

長野県の紹介と比較したら、日本では派手な施設とか観光スポットがあるのが人を呼ぶのだろうな、と感じました。私は、そこに住む人々の生活を感じさせる美しい村が好きなのだけれど...。

コルドン村の観光サイトでは、自然の美しさや伝統のほかに、そこで行われている農業、農産物や郷土料理、集落の独特の家構えなどを紹介しています。写真のページには村の景色ばかりが入っていますが、ビデオのページに埋め込まれている動画は、伝統的なパンをつくっているパン屋さん、それから養蜂家の2本。

パン屋さんと養蜂家だけとは、地味といえば地味でしょう? でも、そういうのを村の魅力としてクローズアップするところが日本と違う。

そこに滞在すれば土地に溶け込める、というのを売り物にしていると感じました。そうでないと、美しい山並みがある地方には普通の観光地はたくさんあるのだから競争に勝てない。

コルドン村の集落は絶景に恵まれているだけに、長期滞在のバカンス客が多いように感じました。でも、俗っぽい観光地にはなっていないことをツーリストオフィスのサイトではアピールしているのだと思います。私も、ちょっと通りかかっただけですが、いつか1週間や2週間滞在してみたいな、と思ったほど魅力的に感じた村だったのです。


ところで、素晴らしい眺めが見える大岡の役場前広場で、地元の人と少しおしゃべりしたら、びっくりすることを言われたのでした。

- 続き: 美しい風景も、自然に与えられてしまうと有難みを感じない? -


ブログ内リンク:
★ 目次: フランスの美しい村々について書いた記事

情報(外部リンク):
大岡の棚田(長野県更科郡大岡村)アルプス展望道路
開田高原の景観づくり



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2013/01/25

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その3


戸隠の自然に詳しい方が、戸隠神社に連れていってくださいました。

朝から素晴らしい快晴の日♪


パワースポット?

戸隠神社の奥社まで続く杉並木の参道は、吉永小百合が立ってパワースポットを浴びるという場面があってから爆発的に有名になったのだそう。この画面のことだろうと思います。



パワースポット」という言葉を聞いたことがあったかどうかは分からないのですが、何となくその意味は想像できました。

Wikipediaの記述を信じれば、パワースポットという言葉が使われるようになったのは、1990年代初めだそうです。

power spotなんて和製英語。それでも、なんとなく意味が分かるということは、日本人は自然にそういうものがある、と感じているからでしょうね。

パワースポットをそのままフランス語にしても、フランス人には何のことだかわからないはず。そこに立つと、神秘な力がエネルギーと幸運と癒しを与えられる場所、などと説明する以外に方法はないでしょうね。

それでも、意味が通じるだろうか? でも、何か「パワースポット」というのに対応するフランス語があるような気もする...。

そう思うのは、下の日記に書いた出来事があったから:
フランス人って...: ドルメンの上で演じられた寸劇 2009/09/17

ともかく、「体に良い食べ物」などと言われると、とたんに不味そうに感じてしまう、へそ曲がりな私。何かの宣伝にのるのが嫌いなのです。戸隠の参道も、パワースポットだと聞いていなかったら、もっと神秘的な気持ちで歩けたと思う...。


奥社までの長い道のり

戸隠のパワースポット・ブームは少し下火になったそう。しかも雪が積もっている冬なので、参道はそれほど人がいないのが嬉しかったです。

かろうじて歩けるくらいの踏み鳴らした道ができているだけなので、人とすれ違うときには道を譲らなければなりません。ゾロゾロと人が歩いていたら、ちっとも前に進めなかったでしょうね。



木々の説明などをしてもらいながら歩きました。

ひたすら、歩く。かなり長い道のりです。

車で行けるところまで行って降りてから、奥社まで2キロというところでしょうか。雪道は足元がおぼつかないし、滑るのでかなりゆっくり歩きました。

ようやく、奥社に到着!



奥社は地形的にも雪なだれがおきやすい場所にあるそうで、近年に何度も流されているのだそうです。それでコンクリート製になっていました。

なんとも味気ない奥社...。



長々と歩いてきたのに...。

流されていてはどうしようもないからコンクリート製にしたとしても、もう少し風情があるように見えるつくりにできなかったのだろうか? 建物の表面に木を張るとか、立派な入口になる木の扉をつくるとか...。

お賽銭を入れるためにドアが少し開いていますが、まるでアルミサッシの玄関みたい...。

調べてみたら、コンクリートになったのは1979年の再建のときだったそうです。

オイルショックの時期だったから、こんなになった? ここまで車が入れないから、たいそうな建物を建てることができなかった? 建てた人たちは、これが味気ないとは感じなかった?

なんとも不思議です。


防寒靴って、そんなに効果があるの?

この日、パワースポットの威力よりも驚いたものがありました。

雪道を1時間以上歩くからと、友達が貸してくれたソレルのスノーブーツ。



左が私のブーツ。右は、それを貸してくれた友達のブーツ。

結局、往復2時間くらい歩いたと思います。このブーツを履いていたら、足はポカポカでした。

足が濡れないというだけではなくて、あたたかいのです。すごい防寒ブーツなのですね。

雪道を歩くという機会はめったにないので、買うとは思わないけれど、これだったのだろうというものを記憶しておくために探してみました。


私は足がちっとも寒くないので意識していなかったのですが、ブーツを貸してくれた友達の方はものすごく足が冷たくなってしまったようです。帰り道で急な坂がなくなったとき、彼女は「もう限界!」と言って走り出しました。

ごめん! せっかく、こんな時のためにソレルのブーツを買っていたのに~!

このブーツの欠点は、少し重いこと。それから、やはり雪の上を歩いていると滑ることでした。

北海道に行くときに買った、簡単に取り付けられるカンジキを持ってきたらパーフェクトだったのではないかな?...

普通、山を下りるときは早く歩けるのに、滑りそうなので大変だったのでした。

あのゴム製のカンジキは、どこに行ってしまったのだろう? トルコ旅行のときに思い出したので探してみたのですが、見つかりませんでした。

トルコは暖かいと思って行ったのだけれど、寒かった! 2012/03/09

でも、多少滑るのなんてどうということはないので、足が冷たくならない防寒ブーツがあったのは助かりました。


美しい神社を見て満足

奥社は余りにも味気ない建物だったのですが、降りてきてから立ち寄った中社は神社らしい建物でした。



これの小さいのが奥社にあったら良かったのに...。

この後は、おいしい戸隠蕎麦を食べて、それから温泉にも行って... と、素晴らしく充実した1日のプログラムでした♪




今回は雪が深くて足をのばせなかった鏡池の動画もありました:




緑の季節も、また趣があるでしょうね...。



また行きたいな...。

外部リンク:
☆ オフィシャルサイト: 戸隠神社
戸隠神社の地図
 ☆ 戸隠神社7 〜奥社、九頭龍社 雪崩で倒壊 コンクリ製に
パワースポット戸隠神社
☆ Wikipédia: Togakushi-jinja
☆ JR東日本:大人の休日倶楽部|CM情報:長野県「戸隠篇」
吉永小百合がゆく戸隠古道「JR東日本 旅どきnet」CM動画



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2013/01/23

シリーズ記事目次【2013年1月: 長野旅行記】 目次へ
その2


前回の日記(芦ノ尻道祖神)に書いた道祖神と資料館を見た後、この地区の伝統を見せる博物館(大岡歴史民俗資料館)の見学もしました。

この土地で育った民族学に詳しい方が案内してくださったので、展示物が生き返ったように感じてとても興味深かったです。

村の生活を感じさせる数々の展示物の中で、妙に気になったのが、こちらの雛段飾りでした。



下に棒が付いているので、バリ島の影絵芝居ワヤン・クリを連想しました。

聞いてみると、この棒を持って何かやっていたわけではないとのこと。

近い親族は、この雛段の上段にある普通の雛飾りを贈るのだけれど、それ以外の人たちは倹約するために、こういう平たい人形をプレゼントしたのだそうです。

どこかで見たことがあるような...。

日がたってから、ようやく気がつきました。これは羽子板の押絵と同じではないですか?!

【送料無料】羽子板 初正月 正月飾り ケース飾り

羽子板というのは高価だという感覚が私にはあるのですが、昔はそうではなかったのでしょうね。


押絵雛

この平べったい雛様飾りを何と呼ぶのか聞きそこなってしまったので、調べてみました。

日本国中にあるようですが、私が見たのと同じ長野県にある松本の情報が多く出てきました。「押絵雛」と呼んでいます。

下に棒がついているのが気になったのですが、これは薄べったい人形の背中を支えている棒が下に出ている、というもののようでした。

馬場家住宅 松本押絵雛(長野県松本市)


眺めていると、見慣れている雛人形より、この押絵雛の方が珍しくて価値があるように思えてきます。

人形に仕立てる必要がないからなのか、絵画のように人の動作が自由です。

それに、雛段に飾らないで、掛け軸や壁に人形を配置したら、家の中のスペース稼ぎになるではないですか?

都市住宅に向いていますよ~♪

でも、田舎の昔の家では、ひな壇は場所をとりすぎると問題になるこということはなかったでしょうね...。



数年前、ひな祭りの時期に九州の温泉に入ったら、湯上りの休憩室に雛壇が飾ってあって喜んだことがありました。

私はこんな風に飾ってもらったことがなかったので...。

 
この写真を入れた日記:
日本滞在記 : 温泉 2007/11/14


あと1か月ちょっとで雛祭り。
もうすぐ春なのですね...。



外部リンク:
雛人形の歴史

【押絵雛について】
押絵雛展
松本押絵雛を守り伝える(ベラミ人形店)
松本押絵雛



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2013/01/21

シリーズ記事目次【2013年1月: 長野旅行記】 目次へ
その1


偶然ってあるものなのですね。

少し前に「ブルゴーニュにあるメンヒル 」と題して日記を書いたら、長野にある道祖神のことをコメントで入れていただいて、どんなものか見てみたいな... と思っていたら、本当に見ることができたのです♪

しかも、少し変わった道祖神でした。


芦ノ尻の道祖神



ワラでできた大きな顔。

1998年に長野で開催された冬季オリンピックでは、開会式のパフォーマンスにこの道祖神が登場して有名になったようです。

当時のビデオを見たら、記憶が戻ってきました。



フランスの友達に「長野に行く」と言うと、「冬季オリンピックが開かれたところね」という返事が返ってくるのです。オープニング・セレモニーにインパクトがあったから記憶に残っているのかな?...


気になったのは目と鼻と口の形

お正月の松飾りに使われた注連縄(しめなわ、って、こんな感じを書くのですね)を1月7日に持ち寄り、それで1.5メートルの高さがある石碑を芯にして顔を作るのだそうです。

次の年まで飾っておくので、目鼻が歪んでしまったら整えたりして1年間飾り、新しい年になったら、また作り直す。前の年のを取り外してから出来上がるまで、2時間くらいとのこと。

正月飾りを小正月に燃す伝統が各地にあり、九州でそれを見たことがありました。ここのは1年飾っておいて、それから燃すのですね。

この風習が始まったのは明治の初めとのこと。誰かが、いたずら心でアイディアを思いついたのではないでしょうか? なんとも愛嬌のあるお顔です。



右手にある四角いものは酒樽なのだそう。

眉毛や髭は、正月の飾りものを使ったと分かるのですが、丸い部分が気になりました。

地元の人に聞いてみたら、飾り物に器があるので、それを使っているとのこと。頭の部分は、それをほぐして広げているとの説明。

目や鼻の部分を広げれば帽子の形になるというのは分かるのですが、お正月の飾りに丸い器にしたものがあるというのが、私にはピンときません。

気になったので、「正月 飾り しめ縄」をキーワードにして検索したのですが、それらしき物が出てこない。

それで、キーワードを「しめ縄」から「藁」に代えてみたら、しめ、しめ!、出てきました♪

この道祖神がある集落の農家が、わら細工名人のおじいさんたちに作り方を教えてもらったという報告のブログ。それなら、本物です♪
☆ 農楽里ファーム: わら細工

コヤスというものと、オオヤスというものがあるのだそう。

オオヤスと呼ばれるものの形を見ると、これが道祖神で利用されているように見えました。この形だと、丸くしたまま使ったり、伸ばしたりして道祖神の顔ができますね。

気になってしまったので調べまくったのですが、努力の甲斐がありました♪ 名称が分かったら、あとは調べられます!

正月の飾りとしてお供えを入れる器で、今でも信州では各地で使われているもののようでした。飛騨高山の記録にもあったけれど、今は消滅しているような感じがある。


道祖神たちが見ていた景色

道祖神の裏側に回って、彼らが眺めている景色がどんななのかを見てみました。



山並みは北アルプス?
村人たちは、こんな眺めの良いところに道祖神を並べてあげたのですね...。なんだか、しんみりしてしまいます。


気に入ったので、もう2つ動画を入れておきます。







情報(外部リンク):
芦ノ尻の道祖神祭り ユニークな顔をしたムラの守護神
芦ノ尻の道祖神
☆ 民俗語彙データベース: オヤス
☆ 松本市立博物館 オヤス
オヤス
☆ Wikipédia: Dōsojin
☆ Wikipedia: 左義長



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2013/01/20
長野市の美しい雪景色を堪能する旅行をしました。

長野市は広く、かなり山奥まで入っています。

現地の友人たちのおかげで色々なところに行くことができ、また天候にも恵まれたので美しい北アルプスの風景を満喫しました。

このブログはフランスのことを書くために作っているので、日本国内の旅行については旅行記の目次を作らないことにしていました。

ところが、今回の信州旅行では幾つも記事を書いたので、記事へのリンクを一覧にしておきます。

[続きを読む  Lire la suite...]


2013/01/10
フランス人のために日本料理を作るとき、シイタケをよく使います。フランスでも栽培されているので入手できるのですが、全く普及はしていません。それで、シイタケを使った料理が珍しがられるというメリットがあるのです。

朝市でシイタケを売っている人たちは、日本人の私が買うのをとても喜んでくれます。周りにいる人たちにPRできてしまうサクラみたいなものなのでしょう。

「ほら~、見てくださいな。日本人が買うのだから、私のシイタケは本物なのですよ~」とでも言いたげなようす。

そばにいるフランス人から、「どうやって食べるのですか?」と聞かれることもあります。

シイタケを栽培している人は誰もが「見にいらっしゃい」と言ってくれます。わざわざ行く気もしなかったのですが、ついに機会到来。

大勢の友人たちを招待して日本食を作るので、シイタケは絶対に欲しいと思ったのです。それで栽培しているところに予約して引き取りに行き、ついでに見学もしよう、という段取り。

すぐにブログにしなかったので、もう1年半くらい前のことになるのですが、たくさん写真をとったので入れておきます。


一般公開されていた

見に来るようにというのは好意で言ってくれるのだと思っていたのですが、キノコ栽培というのは珍しいので見学をさせるようになっていたのでした。

見学は無料♪ ブティックで試食をさせてくれて、それから栽培所の中に入って説明を聞きました。






シイタケは、こんな風に育っていた

見たかったのは、いつも買うシイタケをどんな風に育てているのかでした。

あった、あった♪



フランス語でも、シイタケは「シイタケ」と呼びます。綴りは統一されていならしくて、shiitakéshii takéなどと表記されています。

フランス語らしい名前も存在していて、lentin des chênes



健康に良いとか、シイタケの説明はかなり詳しくなされました。フランス人たちには馴染みがないキノコだからでしょう。

シイタケは生でも食べられると言っていたのですが、そうなのですか? 私はシイタケを生で食べたことはありません。でも、確かに、そんなに火を通さなくても大丈夫だとは思っていますが。

追記:
コメントで、「椎茸皮膚炎」というのがあると教えていただきました。酷い湿疹がでるようです。くれぐれも、シイタケは生で食べないようにしましょう!

フランスでも、生シイタケを大量に食べた48時間後に皮膚炎が出た女性のケースを報告しているレポートがありました:
La shiitake dermatitis (dermatose toxique au lentin) est arrivée en France



説明は効果的だったらしくて、見学が終わってブティックに戻ったら、みんなシイタケを買っていました!

やはり、日本の田舎で見た原木しいたけの方が美しいな、と思ったのですが、フランスでは野外なんかでは育たないでしょうね。

シイタケも色々あるので、この際、違いがどうなのか知りたい。

そう思ったのですが、右に入れたショップのページで、国産原木生シイタケ、国産菌床生シイタケ、中国産生シイタケの違いを簡潔に説明してくれていました。


シメジもあった

「これも日本原産のキノコですよ」と言われたのが、こちら ↓



「ブナシメジ」という呼び方をしていました。

シメジだ~♪ でも、フランスのやり方なのか、大きく育ててしまうのでした。



大きいだけではなくて、これをバラバラにして売るのです。

だから、それまで見ていたとしても、シメジだとは思わなかったのではないかな...。

シメジの傘が開いたのを私は日本で見たことがなかったと思う。それで、シメジが大きく育つと風味が落ちるのか、あるいは変わらないのか、私にはわかりません。


これも日本のキノコなのですって



説明していた人が、私の方を見て言いました。

私は日本で、こんな派手な色をした栽培キノコを見たことがないのですが、あるのでしょうか? フランス語の呼び名も聞かなかったので、調べようもありません。


きのこ園

フランス語でキノコを栽培しているところは「champignonnière」とよばれるのですが、日本では何と呼ばれるのでしょう? きのこ園?

この日見学したのは、コンクリートで作った栽培所でした。ロワール河の城めぐりで有名な地方に行くと、岩をくりぬいた中にある見事な栽培所が見学できると言われました。

ところで、日本でホワイト・マッシュルームと呼ばれる白いキノコは、フランスでは「パリのシャンピニョン(champignons de Paris)」と呼ばれます。

パリで栽培されていたからパリのシャンピニョン(茸のこと)と呼ばれるのだそう。

パリ首都圏のイヴリーヌ(Yvelines)県に残る伝統的なキノコ栽培農家は3軒しかなくなっているのだそう。

県内に残るキノコ栽培者の仕事を見せる動画がありました。洞窟の暗闇の中で働くので「夜の庭師」と呼ばれる職業とのこと。


L'Actu - Les dernières champignonnières

 シリーズ記事: フランスのキノコ


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外部リンク:
Les champignonnières
Rue des Lumières carrieres souterraines


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2013/01/06
キノコといえば、トリュフを始めとして野生のものが珍重されるのですが、栽培されていても素晴らしい味なので驚いたキノコがあります。


ピエ・ブルーというキノコムラサキシメジ



名前は「pied bleuピエ・ブルー)」。ピエ(足)とブルー(青)を組み合わせているので覚えやすい名前です。

つまりは足が青いキノコとなるわけですが、青というより紫色をしています。

食感が素晴らしいのです! 身がしまっていて歯ごたえが良いところはマツタケを思わせます。

見ても美味しそうではないでしょうけれど、ほうれん草のバター炒めと一緒にのせた料理の写真を入れておきます。



野生のピエ・ブルーもあるようです。栽培されているのですが、冬の間にしか食べられません。さらに、これを栽培している人は非常に少ないので、めったにお目にかかりません。

このキノコに出合ったのは3年か4年前のことなので、まだ10回も食べていないと思います。去年は食べそこなってしまいました。今年は食べられるかな?...

調べてみたら、日本語ではムラサキシメジと呼ぶようです。それなら日本の方が手に入りやすいのかと思って検索してみたら、栽培者はいるようなのですが市場に出ているのが見つけられませんでした。

その代わり、フランス産のピエ・ブルーはネットショップで扱っていました。


「ピエブルー」を楽天市場で検索

2つ並べてみたのですが、ほとんど同じキノコには見えないのですけど...。

フランスの植物図鑑サイトを眺めてみたら、ピエ・ブルーの色は微妙に色々あるようでした。


紫色のキノコを見たことがあった

ブルゴーニュの中央にあるモルヴァン地域(Morvan)の森で見つけたのです。

モルヴァンは山が多くて、雨も多い地域。それでキノコがよく生えるとして知られています。そこにあるホテル・レストランのシェフが野生のキノコに情熱を持っていて、お得意さんをキノコ狩りに連れていってくれたことがありました。

私はお得意さんではないのですが、初めて行ったときにシェフと話しがはずんで、少し先にキノコ教室をするから参加しないかと誘われたのです。

お料理レッスンまでついて参加費は無料というので、お礼も兼ねて2泊しました。

キノコがどこにあるかもシェフは知っているからでしょう。おもしろいほどよく採れました♪



毒キノコもとってしまって、レストランの庭にある2つのテーブルで、食べられるキノコと食べられないキノコに分類しました。



色々とキノコについて教えてくれたのですが、その中に紫色のキノコがあります。

もう数年前のことなので、この紫色の名前は忘れてしまっています。

感激したキノコ教室だったのですから、ちゃんとブログに書いておけば良かったのに、200枚くらいとってしまった写真を整理できないうちに日がたってしまったので、この日のことは少ししか書いていませんでした。

見た目はどきついのだけれど美味しいのだ、と説明された気がします。 その日の料理に使ってもらって味見したかもしれません。

紫色のキノコをアップにしてみますね。



足が紫とか青いとかいうのではなくて、全体的に鮮やかな紫色でした。野生のムラサキシメジというのでもないだろうな...。


もう1つキノコの見学をしたときのことを書いていなかったのを思い出したので、その話しを次に書きます。

 シリーズ記事: フランスのキノコ


ブログ内リンク:
【シェフとキノコ狩りをしたときのことに触れた過去の日記】
トリュフと卵の関係 2007/10/08
森に生えるキノコが昔のように採れなくなった理由は?  2008/11/03

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情報リンク:
☆ Wikipedia: ムラサキシメジ
Photos : Pied bleu
☆ Mycologie: "Les Bleus"


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