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2013/08/30
友達仲間での夏のビックニュースは、来年から農業に転向する人がいたことでした。

50代後半の男性なのですが早めに年金生活に入れるらしく、来年の夏になる前に故郷のブルゴーニュに戻って父親の農業を本格的に手伝うのだそう。仕事を引退したら住むようにと家も買っていたのですが、まさか農業を始めるとは思っていなかった。

すでに農業研修を終えて、農業者資格試験にもパスしたとのこと。「君はペイザン(百姓)になるの?」とからかう人がいたら、「僕はずっとペイザンだったよ」と返事していました。確かに、穀物栽培農家なので、夏には3人の兄弟たちは総出で収穫を手伝っていたので、全く知らない世界に飛び込んだわけではない。

彼のお父さんは、今まで以上に頑固になって手に負えなくなったと聞いていたのですが、いよいよ農業は無理になったらしい。力仕事ができないというよりは、数字がからむ仕事が無理になったようです。それで、彼は特に、雇人には任せられない経理などの事務をする責任者になるようです。

それほど大きな土地を持っている農家ではありません。せいぜい、200ヘクタールくらいしかないのではないかな。

彼の農場の近くに穀物栽培農家の実家がある別の友達の場合は、1人いる男の子が農業を継いでいます。かなりの大規模農家のよう。最近、父親が財産わけのために、他の2人の女の子が共同経営者のような形で農業収入を与えるようにしました。私の友達は医者なのですが、入るようになった農業収入は本業の2倍近い収入になると話していました。フランスの農業者の所得格差は、企業の社長と平社員の差よりも大きいと言われています。本当に、収入が多い農家があるのだな... と思うエピソードでした。

3人の子どもたちに公平に財産を分けようとしたお父さん、何か予感を感じていたのかと思ってしまう事件が起こりました。

干し草を納屋に積んでいたとき足を踏み外して、大きな干し草に押しつぶされて急死してしまったのです。

大きな干し草は1トンくらいあるのだそうですから無理もない。 病院に運ばれたときには外傷もなくて、意識もはっきりしていたのに、翌日にはあっさりと息を引き取ってしまいました。

農業は、一国あるじの良い仕事だと思うのですが、危険も伴っているのですよね...。 でも、長く生きれば良いというものではないのだから、誰にへつらうこともない人生を過ごせた友達のお父さんは幸せだったと思う。

でも、昔は人が動かせる大きさの四角い干し草を作っていたのに、今は機械で1トンもある巨大なロール状の干し草を作ってしまうからいけないのだ、などとも思ってしまったのですが...。

話しを戻して、農業者の資格を得た彼の場合。

広大な農場でもなくて、子どもたちの中に後継者がいなかったら、土地を売ってしまったら子どもたちの老後が少し潤うと思う。農業国フランスは生産過剰なくらいなのですから、これ以上農地を広げなくても良いと思うのだけれど、畑にあった木々まで切って、どんどん農地を広げています。農地を売ろうと思ったら、いくらでも買い手がいるはず。

でも、農業者としてのメンタリティーがあって、農業者になる彼の家族は、土地は絶対に手放したくないのだろうと思いました。

ともかく、彼は兄弟の中で自分が農業を継がなければならなかったという悲壮感は全くなく、農業を仕事にできるのが幸せそのもののようでした。先日、近くで農業祭が行われるので行くと言い出したので、友人仲間も行くことにしました。


小さな町の農業祭

田舎のあちこちで開かれる小さな農業イベントなので期待はしていませんでした。 でも、行ってみると、農業高校の敷地を使っていたので広い会場になっていました。

開催された町の人口は5,000人くらいで、まわりは過疎地で農業なんか珍しくない環境にあるのに、近郊の人たちは皆来たのではないかと思ってしまうほど人が集まっているので驚きました。

入場無料だったせいもあったのでしょうけれど、フランス人は農業に関心が強いのだと思ってしまう例。



顔を突っ込んで記念写真をとるためのパネル。「ファームへようこそ」と書いてあります。

110という数字が気になりませんか?

「110 Bourgogne」と書かれた看板をブルゴーニュの穀倉地帯でよく見かけるのですが、これを見ると、どうも110番を連想してしまう私。でも、こちらはブルゴーニュの穀物関係の組合かなにかの名前なのです。このパネルも、この組織が立てたらしい。


昔の農業を懐かしむコーナー

会場に入ったら、馬の蹄の音が聞こえてきました。作業馬が馬車をひいています。



フランスには色々な種類の作業馬がいますが、どれも美しいと思う。けなげに働いているのが感動的...。

馬車に乗りたいと思ったのですが、子どもたちと、子ども連れの大人しか乗っていないように見えたので諦めました。

昔の農業の様子を見せるアトラクションも幾つかありました。

高校の畑らしいところでは、昔のトラクターを使って穀物を収穫するデモンストレーション。



今と違って、この時代のトラクターでは行ったり来たりで大変だったろうな...。


巨大なトラクター

この日の会場には、数えきれないくらいのたくさんの最新型トラクターが展示されていました。



中でも一番大きそうに見えたトラクターから、男の子が降りてくる。乗ってみてしまって良いらしい。

ということで、私も次に乗りました。梯子のような階段を数段登って、でんと運転席に座ってみる。



いろんなボタンがあります。前だけではなくて、横にも、訳が分からないボタンがたくさん並んでいる!



口の悪い友達が、「今の農業者からトラクターをとりあげたら、彼らは作物なんか作れない」と言っていたのですが、こんなマシーンを操縦できる技術は大変だと思いますよ~。

素晴らしい乗り心地です。こんなのだったら、まる1日乗っていても楽しそう。冷暖房完備だし、音楽もガンガンかけられるし、もちろんトラクターが外に出す音なんて自分は聞こえないのだから。工場で働くより、ずっと労働条件が良いだろうな...。



ここには誰も説明する人がいなかったので、後で会ったトラクターを売っている人に聞いてみました。こんな大型トラクターの値段は、400,000ユーロは下らないだろうとのこと。

「すごい! お家が買えちゃう値段じゃない?!」と私が言ったら、「この辺にある家なら、お城だって買えてしまう値段だよ」と言われました。

円に換算すると、5,000万円か...。フランスの農家では、こんな大きなトラクターを1台持っているなんてものではなくて、何台も置いてあるのです。みんなが、農業者に嫉妬心を抱いてしまうのも無理がないと思う...。


私はトラクターが好きなので、もう少し小さなタイプのにも乗ってみました。安いタイプだと、操縦席のボタンも少なくて、運転は簡単そう。

乗ってみても動かせるわけではないのですが、 フロントガラス越しに見える人間たちが小さく見えるので、優越感を味わえる♪

それにしても、フランスの穀倉地帯で使うトラクターって、すごい大きさ...。



400ヘクタールも耕したりするときには、このくらい翼を広げないと、往復するだけでも大変なのだろうけど...。

気になったトラクターがありました。 車体が傾いているのです。 どうして?...



傾斜地で、斜面に合わせて車体を傾けて地面との高さを同じにして、穀物を収穫できるタイプなのだそうです。なるほどね...。


家畜コーナー

もちろん、家畜もたくさん集まっていました。



以前から気になっていた羊の品種が陳列されていました。牛の品種で知っている「シャロレー」という名のヒツジ(Mouton Charollais)。かなり大きめな感じがしました。



シャロレー種のヒツジが気になったときに書いた日記:
ブルゴーニュにあるシャロル町を散歩 2010/08/01

ヒツジたちの横で、羊追い専門の犬の子どもが売りにでていました。連れて帰りたくなるほど可愛い!



子どもたちのためには、トラクターの玩具などのほか、子どもサイズの作業着も売られていました。

 

左側にある牛の絵がついたTシャツには、「プチ・ペイザン(小さな百姓)」なんて書いてあります。

フランスの子どもたちは早く大人になりたがるので、こんなツナギなんかを着るのが大好きなのだそう。  玩具の方もそうだけれど、こちらの作業着の方も、かなりのお値段でした。

毎年パリで開かれる農業祭は、一般の人たちも楽しめるアトラクションの要素が強くて、日本では想像できないくらい盛大なイベントです。今回行ったのは田舎のイベントなので大したことがなかったのですが、それでも見学を楽しんで帰ってきました。

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2013/08/28
ブルゴーニュのディジョン市を少し離れてブドウ畑が広がる地域に、目立つ城があります。



ワインの銘柄としても知られるフィサン村とジュブレ・シャンベルタン町の中間に位置するブロション村。城の名前はChâteau de Brochonブロション城)。夏の間だけ城の見学ができるので行ってみました。

立派な城なのですが、ディジョン都市圏の南部の子どもたちが入学する公立高校として使われています。

といっても、5ヘクタールの敷地には、近代的な、つまり大きなコンクリート造りの味気ない普通の校舎が建っていて、城の建物は高校の付属の建物という感じ。でも、寄宿舎としても城は使われています。

夏にだけ見学できるというのは、学校が休みなので、観光客が入っても大丈夫ということなのでした。

フランスには城はごまんとあります。見学する価値がある城だけでも5万はあると言われていて、どうということのない城を入れたら幾つになるか分りません。

個人が住んでいる城、シャトーホテル、博物館の城などもありますが、大きすぎる城は使い道に困るので、福祉施設としてもよく使われています。老人ホーム、障害者センター、林間学校の施設など...。

でも、城が学校になっているのは珍しい。私立の場合はありえるパターンですが、公立の学校がお城なんていうのは数えるほどしかないのではないでしょうか。


ブロション城の見学

19世紀末に建てられた城です。地元の人たちは「パティスリーの城」と呼ぶのだそう。本当に、デコレーションケーキみたいな城です。



外見だけが立派なネオ・ゴシック様式の、張りぼてみたいな城なのだろうとたかをくくっていたのですが、内部も立派。期待以上に充実した見学ができました。ガイドしてくれた女性もも楽しい人でしたので。



19世紀の城を案内するから、19世紀の服装をしています、と自己紹介。かなりの美人。本職は俳優さんではないかと思うくらい、メリハリがあって、台詞たっぷりのガイドでした。

もっとも、歴史には造形が深いわけではないので、ちょっとおかしな説明もありました。 この城を建てた人が、ナポレオン3世と王政を心から支持していたと繰り返していたのですが、それはありえないので、ナポレオン3世だけだと思う...。

でも、中世の城の見学とちがって、たった百年前くらいのこととなるとエピソードもたくさん残っているので、聞いていて面白かったです。

入口がある城の正面です ↓



ブルゴーニュに欠けているタイプの城を建てたいということで、城巡りで有名なロワール河流域地方にある城を真似たのだそう。こちらの側面はアゼ・ル・リドー城風、ここはシュノンソー城風と、ロワールの有名な城の名前が飛び出していました。

ブルゴーニュの城は重厚さがある石灰石で建てられていることが多いので、ロワール河流域の城が使っている軟らかくて白い石(tuffeau)を使った城は珍しいです。それもケーキみたいな城、と茶化される理由なのでした。

1895年に建築を始めてから、建物の骨格は3年で完成してしまったのだそう。工事終了は1955年。なぜそんなに短期間に建築されてしまったかには理由がありました。

当時は、フランスのブドウ畑がフィロキセラによって壊滅状態になっていたので、仕事を失った労働者を築城のために入手するのは簡単だったからでした。


Liegeardステファン・リエジャール

ブロション城は、フランスの作家・詩人であるStéphen Liégeard(1830~1925年)が建設しました。

それで、この城がある高校の名前もLycée Stéphen-Liégeard。

ディジョンにある両親が所有していた非常に美しい館Hôtel Aubriotで生まれています。

彼はブロション城をゆだねるべき子どもたちに先立たれてしまったので、それでは困ると遠縁の後継者を探し出したのですが、その人は自分の城があるからいらないと断ってしまった。

それで、城は学校教育をつかさどる機関に寄贈されたのでした。

私は19世紀の城は好きではありませんが、この城だったらいただきますけど~!  庭園も、当時はさぞ美しかったでしょうし。


ステファン・リエジャールに関する愉快な逸話を、以前から聞いていました。

1894年、彼は『Les Grands cœurs』でアカデミー・フランセーズ賞を獲得。

アカデミー・フランセーズから賞をもらった文学者は、名誉あるアカデミー・フランセーズの会員になることが多いのです。それで、彼も会員になることを期待したらしい。

アカデミー・フランセーズ会員たちに、シャンベルタンという超高級ワインを1ケース(12本入り)ずつ送った。

おいそれとは飲めない特級ランクの赤ワインです。彼の城がある地域で最高ワインといったら、これでしょうね。

私が聞いていた話しでは、ステファン・リエジャールがシャンベルタンのブドウ畑を所有しているからという話しだったのですが、ガイドさんは彼はブドウ畑を持っていなかったと言っていました。

ともかく、「よろしく」というか、賄賂というかのジェスチャー。

でも、人柄が良い人だったそうなので、自然な気持ちで自分の土地の特産品をプレゼントしていたのかもしれません。

ところが、1891年に立候補したときはピエール・ロティが選ばれ、1901年の立候補でもエドモン・ロスタンに負けています。

何年たっても、彼はアカデミー・フランセーズ会員にしてもらえない。

ある日、なぜ会員にしてくれないのかと聞いてみたら、あなたが会員になったら、もうシャンベルタンをプレゼントがもらえなくなってしまうから、と返事されたのだそう!

結局、彼は死ぬまでアカデミー・フランセーズの会員になれませんでした。バカバカしくなって、途中でシャんベルタンのプレゼントを止めてしまったのかどうかは知りません。


ステファン・リエジャールが知れれているのは、もう1つのことからかも知れません。

フランス南部にコート・ダジュールがありますが、この名を付けたのは彼でした。1871年に出版された彼の作品『La Côte d’Azur(ラ・コート・ダジュール)』 からです。

彼が住んでいたのはコート・ドール(黄金の丘)、それで地中海に面した地域には「コード・ダジュール(紺碧の丘)」という名を与えたのでした。 黄金はブドウ畑の秋の色。紺碧は地中海の色。コート・ダジュールという名は、そう苦労せずに見つけたかもしれない...。

日本ではコート・ダジュールという名の方が有名なので、ワイン産地のコード・ドールの名は後からできた名前かと思われるかもしれませんが、逆です!

フランス革命の後、ほとんどの県の名前はそこを流れている河川の名前を使った味気ない命名にされています。黄金の丘(コート・ドール)県などという美しい名前を持つ県は例外的にしか存在しません。

見学したブロション城の外壁にも、「Côte d’Azur」の文字が刻まれていました。



これがあるのは、北側にある城主夫人の寝室の窓の下だったと思います。

ガイドさんは、城の中でご主人の寝室は南側で、奥様の寝室を北側に作っていたことを気にしていました。夫人にそんな冷遇をしたのは、彼らが政略結婚だった証拠だ、と。さらに、夫妻の寝室は廊下を通らないと通えないことも挙げていました。でも、夫婦なのですから、お互いの部屋を行ったり来たりするのに人目をはばかる必要はなかったと思う。

そもそも、昔から、こういう屋敷を持っている人は、夏は城で過ごし、寒い冬は街中にある館で過ごすのが普通でした。調べてみたら、彼らは妻が1875年に相続した館をカンヌに持っていて、冬はそこで過ごしていました。 つまり、城が建築される前から、南仏のカンヌで冬を過ごしていたわけです。

だとすると、夏の暑さをしのげる北側に夫人の部屋を作ったのは、むしろ思いやりではありませんか?

実際、見学した日はブルゴーニュ独特の暑い日で、夫人の寝室はひんやりしていて良かったのですが、主人の寝室はムンムンしていました。見学した人たちも、おどろおどろしいムッシューの寝室より、天使がまどろんでいる天井画があるマダムの寝室の方が好きだと言っていました。


贅を尽くしたブロション城

細部にわたって、こだわりが見えました。

ドアに付けられていたノッカーの1つ ↓


Heurtoir

この人間の部分が動かせるようになっていて、後ろのブドウの葉の彫刻がある部分を叩いてノックの音を出すわけです。ドア・ノッカーは少し前の時代まで使われていたのでよく見るのですが、こんなに立派なのは珍しい。

玄関を入ると、立派な階段がある大きな広間。



城主はライオンがお気に入りで、あちこちにありました。

この反対側には女性の裸体像。



ところが、この像は城の調理人に余りにもよく似ていると騒がれ、恥ずかしくなった彼女は、城が完成すると同時に辞職したのだそう。

さすがワインの産地だけに、ワインをテーマにした天井画で飾られた部屋もありました。

ブドウを収穫する天使たち ↓



イタリアを思わせる美しい絵でした。

職員会議があったところなので、ちらかっていますが... と、通された部屋 ↓



生徒たちの寄宿舎として使っている部屋もあります。ただし、城に入舎できるのは女生徒に限り、男生徒の方は近代的な建物の寄宿舎なのだそう。男の子たちだと、悪さをして城を痛めてしまう危険が高いからではないでしょうかね。

城を寄宿舎として使うといっても、つまらない部屋を解放しているのだろうと思ったのですが、そうではなかった。城主夫妻の2つの寝室を見学しました。

城主のご主人の方の寝室だった部屋 ↓



ムッシューの部屋は、使っている木材も大理石も贅をつくしていました。

城が寄宿舎と聞いて羨ましく思ったのですが、見学した2部屋はそれぞれ6人でシェアーしていました。大きな部屋なのでゆったりはしていますが、プライバシーはないですね。周りとはそぐわない、質素な机とシングルベッドとロッカーで寄宿生のためのセット。

高校のサイトに寄宿舎紹介ページがあったので覗いてみたら、食事つきの年間費用は1,460.17ユーロ(20万円弱)と書いてありました。これが高いのか安いのか、私にはわかりません。フランスのことなので、貧しい家庭の子どもには補助もあるでしょう。

フランスで寄宿舎の見学をしたのは初めてでした。自己主張が強いフランス人が、よく6人で共同生活できるなと感心したのですが、フランスの学校の寄宿舎は皆そんなのだそうです。 まさしく寝起きを共にし、同じ釜のメシを食べるので、生涯つき合う親友ができるので楽しいのだそう。

羨ましいな。しかも、お城で生活していた思い出話しをするなんて...。

城の庭園は5ヘクタール。大きな樹木もある公園という感じで、あちこちの木陰に生徒たちがくつろげるテーブルやイスが置いてありました。塀の向こうを覗くとブドウ畑、

なんと恵まれた高校生活! 私なんか、東京だったので、ずっとコンクリートの小さな校庭ばかりでした...。

ところで、生産力再建大臣のArnaud Montebourg(アルノー・モントブール)は、このブロション城で寄宿舎生活をしていたのだそう。

見るからにルゴーニュの人という人の好さそうな顔をしている男性なのですが、いつもブレス地方(ブルゴーニュ地方ですが、上質の若鶏の産地として知られる地域)の人と言われています。なぜディジョン市の学校に入ったのか気になったのでWkipediaで確認してみたら、彼の選挙区がブレスなのであって、生まれたのはフィサン村でした。

前回の日記「今年のブドウ畑は哀れな姿なので胸が傷んだ」で、この日の私の足取りを書いたのですが、期せずして私はモントブール氏にまつわるところを歩いてしまったわけだったのでした。それは気にしないことにする!


私は古い建築物が好きで、フランス革命以降の建築物には価値を与えないのですが、ブロション城には嫌悪感は全く感じないで見学を楽しみました。


Château Stéphen Liégeard par TV-NET

ブログ内リンク:
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ
プレ・フィロキセラのブドウ畑 2011/07/31

外部リンク:
☆ Wikipédia: Stéphen Liégeard
☆ Wikipedia: コート・ダジュール
☆ 高校のサイト:  Lycée Stephen Liégeard (城に関するページあり)


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カテゴリー: 建築物 | Comment (0) | Top
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2013/08/27
お天気が良いので、昼食の後の腹ごなしに、ブドウ畑を見に行くことにしました。

まず、美しいロマネスク教会(10世紀の建築)があるフィサン村へ。



教会の裏手にまわると、mûre(ミュール、日本語でブラックベリー)がたくさんなっていました。まだ、食べるには早すぎるますが。

向こうに見えるのはフィサン村のブドウ畑。緑が美しい...。

ところが、ブドウの木に近づいてみたら、びっくり!


どうしちゃったの~?!



もう8月末というのに、ちらほら色づいている程度なのです。 まだ小さい粒も多い。 先月もブドウの実が小さいのには気がついていたのですが、暑い日もかなりあったので、遅れを取り戻したと思っていたのだけれど..。

中には、完全にダメになっている粒もある。春のサクランボが店頭に並ぶ時期、今年のサクランボは実が熟す前に腐ってしまった、と言っているサクランボ栽培農家があったので、それを思い出しました。



ディジョンからボーヌに向かって見えてくるブドウ畑は、ブルゴーニュAOCワインの中では下のランク、つまり「ブルゴーニュ」とだけ言われるワインができます。もう少し車を進めて、高級ワインの産地まで行ってみたら、違うかもしれない。


寂しいお城...

ジュブレ・シャンベルタン町まで行って、ついでに中国人に売られた城がどうなったかを見ることにしました。

ジュブレ・シャンベルタン城は、相変わらず門がとざされていて、見学はできないと書いてある。しかも、この古城を修復を始めた様子は全くないので、がっかりしました。

フランスの文化財に、中国人が大金をかけて修復はしないだろうとは踏んでいたのですが、城の前にあるブドウ畑を見てびっくり!


Château de Gevrey-Chambertin

このあたりは高級ワインの産地なので、どこもブドウ畑の手入れは良いのです。でも、ここはツルが伸びていて、美味しいワインを作るという意志はないみたいに見える。

裏側に隠れている区画は城に属している畑だとは知っているので、ここに写っている区画もそうだと思います。ニュースでは、城を買った中国人は地元の優秀な人にワイン醸造を任せたので、今までより良いワインができるはずだと報道していたので、違うかもしれない。

でも、ブドウ栽培で生計をたてている農家は、こんな風に放置はしませんよ。ここは、やはり中国人が城と一緒に買った畑なのだろうと思ってしまう...。


高級ワインができる畑でも、事情は同じ

ブドウに元気ないのが余りにも気になったので、ジュブレ・シャンベルタンの中でも1級と特級がつくられる畑まで足をのばしてみました。

でも、やっぱり同じようにブドウの実は育っていない...。






いやあ、哀れ...。眺めているのも辛いので、ここでブドウ畑のドライブは止めました。ボーヌに近いポマールなどの畑では、雹で壊滅状態にされた区画もあったと聞いていたので。

これじゃ、今年のブルゴーニュワインは酷いのではないか、という気を高めてしまいました。今年の収穫は遅くなり、9月末から10月に入ってからの様子。あと1ヵ月はあるのだけれど、それっぽっちでブドウの実が見事に育つとは思えない...。


同じ時期、同じコート・ドールの地域で、2006年のブドウ畑はこんなだった

普通の年、8月のブドウ畑はこんなではないと思ったものの、確信が持てないので、過去に撮影した写真を探してみました。

2006年にブログを書いていました:


ブルゴーニュのブドウ畑が美しい季節! 2006/08/26

これは、ラドワ・セリニー村にあるワイン農家に行くために、ディジョンからボーヌの方向に向かって、クロー・ド・ヴージョ、ロマネ・コンティを通った日に撮影した日の写真です。撮影は2006年8月25日で、今回より2日遅いだけ。

この日に撮った他の写真も眺めてみました。

やはり、私の記憶には間違いがなかった。少し育ちそこなったブドウが少しある程度なのです。今年のは、育ちそこなったものばかりではないですか?

ジュブレ・シャンベルタンあたりのブドウ畑で撮影した写真 ↓



このブルゴーニュ赤ワインになるピノ・ノワール種のブドウは、実がぎっしりとしていて小粒なのですが、ちゃんと膨らんでいますよね。

下は、2006年の同じ日に撮影したロマネ・コンティのブドウ畑 ↓



2006年のワインはどうだったかな? 2009年は喜ぶワインが多い、2007年と2011年のブルゴーニュワインは出来が悪いというのは、忘れないようにしているのですが、それ以外のミレジムは悪くはなかったと思う。


3で終わる年のワインは出来が悪い?

今年の春は、異常に寒くて、雨ばかり降っていました。それが突然、猛烈な暑さになったので、2003年と同じように猛暑になるかと思いました。それで、友人たちと、近年で年号が3で終わる年は猛暑なんだろうと言い合ったのですが、今年の暑さはすぐに去りました。

でも、3で終わる近年は、異常だとは言える。どんなワインができてしまうか、全く分らない年。

今年の夏は雨が少なかったから、ブドウの実が膨らまなかったと言っている友人がいたのですが、そうでしょうかね。適当に雨は降りました。夏って、こんな天気が典型だったなと昔が懐かしくなるくらい、暑かった日の夕方には夕立が降ったのです。

ブルゴーニュでは、雷が鳴ると、空にいる神様がワイン樽を転がす音にたとえます。もうすぐブドウの収穫で、その準備のために神様が樽を洗って準備している、というイメージ。

ここのところ、その音がよく聞こえるのですが、ブドウ収穫の準備をするには早すぎますよ~!

やっぱり、今年はおかしい。こういう年でも、うまく良いミレジムですと宣伝するのだろうけれど。

猛暑だった2003年のときは、急に猛暑の中でブドウ収穫をしなければならなかったので、摘んだそばからブドウが加熱されてしまうので、ワイン農家はそれぞれに苦労していました。機械で収穫するところでは、サーチライトをつけて夜中に収穫。手摘みの農家では、大量に冷却材を入手して、トラクターに積んだブドウを冷やした、等などの苦労話し。

でも、ブドウ収穫が予定より早くなってしまったので、確保していた季節労働者がみんな夏のヴァカンス旅行に出かけてしまったので人手がなかったという話しもありました。もう、いい加減に収穫してしまったのだろうと思うところがかなりあったのです。

だから、2003年のワインは当たり外れが多いというのが地元では常識なのですが、日本では、2003年のワインはすごい当たり年のビンテージだと情報が流れていたのですよね...。 だから、今年も、かってなかったほどじっくりと育てたブドウからできた特別のワインとかなんとか、宣伝するのだろうと思う。

2013年のワインは、猛暑の年のような危機的状況にはならないだろうけれど、できるだけ避けたい、とこの日に思いました。


ブドウ畑の散歩はやめて、ジュブレ・シャルタンの隣村にある城を見学することにしました。ちょっと変わった城なのです。それを次回に書きます。

公立高校の敷地内にある城を見学  2013/08/28




ブログ内リンク:
ブラックベリーがいっぱいの散歩道 2010/09/30
コート・ド・ボーヌのブドウの実が成長していないのに驚く 2013/07/16
★ 目次: 今年のミレジムは? (ブルゴーニュ・ワイン)
★ 目次: ロマネ・コンティのブドウ畑ウオッチング
★ 目次: ワインなどアルコール飲料に関するテーマ

ショック! ジュブレ・シャンベルタン城が中国人に売られてしまった 2012/08/23
ジュヴレ・シャンベルタン城はどうなった? 2012/10/04


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フランスのお酒 (ワインなど)



2013/08/26
お気に入りにしているレストランに予約を入れるとき、天気が良さそうなので使ったことがないテラス席を確保してくれるように頼みました。でも、外だと日差しが強すぎないか不安まので聞いてみました。

テラス席を用意しておくけれど、室内の方が良かったら、そちらに席をとってくださいという返事。小さなレストランなので、その場で決めるなんて丈夫なのかな、と疑いながら電話を切りました。

行きつけの店に行くのは好き。到着すると、スタッフの人たちが握手の手を差し伸べて、ちょっとおしゃべりしたりするのが楽しいからです。

席はどこでも選べると言われた意味が、レストランに行ったらすぐにわかりました。みんなテラス席に座っていて、建物の中のテーブルには誰もいなかったのです。

外でも暑くないので、私たちもテラス席に座りました。


ヴァカンスの後は仕事に身が入らない?

イタリアのチーズとハムを使った前菜。イチジクを入れているのが味を引き立てていました。


Mozzarella di Bufala, roquette, speck et figues fraîches

このレストランは、前の週だったら予約がとれなかったところでした。2週間の休みがあけて、数日たったところだったのです。リフレッシュできたのか、お給仕の人たちは健康そのものの感じ。

でも、変なのです...。

調理場から皿を運んできたとき、どこの席に運ぶか分らなくてウロウロしたりしている。 それが何回か繰り返される。こんなことは、今まで来たときには1度もなかったのに。

向こうのテーブルに料理を運ぶために通り過ぎたウエーターさんが、また料理を持ったまま戻ってきました。どうしたのかと思ったら、食べ終わったお皿を下げていないことに気がついたのだそう。

私たちのテーブルは食べ終わった前菜が下げられていたので、ここに運んできた料理を置いて良いですよ、と言ってあげました。調理場まで戻っていたら、料理が冷めてしますから。

一緒に食事していた人は、「ヴァカンスは疲れますからね~」なんて声をかけていました。フランス人同士だと、お互いに体験しているから気持ちが通じるのでしょう。

ウエーターさんは、照れ笑いをしながら「ありがとうございます」と言って、皿を私たちのテーブルにおき、急いでお皿を下げにいきました。

スタッフの人たちが、いつもの調子で働けるようになるには、まだ1週間くらいかかるのではないかな?...

この日記に入れることにした2つの料理名をタイプするために、写真に撮ったメニューを読んだら、スペルミスが4つもありました。

私が書いているブログを見るフランスの友人が、「何を書いているのかはわからないけれど、フランス語の綴りに間違いがあったよ~」と教えてくれるので、少し気にしています。私がタイプミスしたときもあるのですが、インターネットに書いてあることをコピー・アンド・ペーストしただけのことも多いのです。「フランス人が書いた文章を、外国人の私が訂正できるわけがないでしょう?!」と言い訳しても、「でも、間違っているから良くない」と主張されるので困る,,,。

メニューに書かれていた文字には、私でさえも気がつく文法ミスも複数あったということは、やっぱりレストランのスタッフの皆さんはお疲れだったのだろうな...。

そう受け取ってしまうと、美味しくいただいた料理なのだけど、シェフが入手した材料で作る創作料理の日替わりランチは、いつもほどには腕が冴えていなかったかなとも思えてくる...。


桃のクランブルで使っていたサリエットとは?

最近のフランスで、やたらに出会う機会が多くなったデザートはクランブル。イギリスの料理なのだそう。イギリス料理をこてんぱしに貶すフランスで、クランブルがなぜ好かれるのか、分からない!

この日に私が選んだデザートは、ペッシュ・ド・ヴィーニュ呼ばれる種類の桃を使ったクランブルでした。


Crumble de pêches de vigne à la sarriette

前菜にもデザートにものっていた、この小さな葉が気になりました。

デザートの名前にsarietteとあったのですが、正しい綴りはsarrietteだろうと思うので直しました。Sarriette communeという多年草の種類があり(画像が入ったページ)、同じ葉なので、sarrietteで間違いないはず。 sarietteという単語は存在しない。

「ア・ラ・サリエット」と書いてあるので、このデザートに風味を付けるのに使ったハーブの名前らしいのですが、聞いたことがなかった単語。

sarrietteを仏和辞書でひいたら、シソ科トウバナ属のハーブで、セイバリーと訳してありました。別の辞書ではキダチハッカ。 Wikipediaではセイボリー

セイバリー セバリー セボリー セイボリー キダチハッカをキーワードにして、楽天市場で検索

日本市場で売られるときも、「セイボリー」と「セボリー」の表記が大半を占めていました。「セボリー」が最も多いような。

「セイバリー」で検索すると、無関係な商品しか出てきません。辞書よりも、市場で使われている単語の方を信頼します。

検索したら、エルブ・ド・プロヴァンス(プロヴァンスの草の意味)がヒットしてくる。色々なハーブを調合したもので、フランスでごく普通に使うハーブなのですが、このハーブにセボリーが入っているのだそう。

なあんだ、味を知らなかったハーブではないわけだ。

ともかく、フランス語でsarriette(サリエット)と呼ぶハーブは、英語ではsavoryで、日本語ではセボリーと覚えることにしました。このくらい書いたら、私の鈍い頭も覚えたのではないかな...。


セボリーには意外な効果があった

気になったことを説明しているネットショップがありました。リンクが消えてしまう可能性があるので、セボリーを説明している文章の一部をいただきます。
セボリーは地中海沿岸を中心として約14種類の品種がありますが、一年で枯れてしまう一年草の「サマーセボリー」と、毎年育つ常緑低木の「ウインターセボリー」の2種がハーブとしてよく利用されています。

サマー種・ウインター種ともにスパイスのような辛みと芳香があります。古くから消化器系に効果があるとして使われてきました。

ヨーロッパでは「豆のハーブ」として有名で、豆料理に使うと腸内ガス発生を抑制するといわれています。効能としては消化・整腸作用・消毒作用があるといわれています。


一年草と多年草があるのですね。


また、フランスでは、豆料理を食べるとオナラをすると言われるのですが、このハーブにはガス抑制効果があるのだそう。知らなかった!

豆料理の代表でもあるフランス西部の郷土料理「カスレ」などは、食べたがらないフランス人も多いです。地元の人たちは平気で食べるのでしょうが。

カスレがどんな料理かは、右からリンクしたページで、どの地方の郷土料理なのかを示す地図まで入れて詳しく説明しています。

カスレは庶民的な料理なのですが、上手に作ったのは非常に美味しいので、私は好きです。

ただし、フランス人がオナラが出るという豆は、カスレに使うような白インゲン豆のことで、グリーンピース(petit pois)やサヤインゲン(haricots vert)などはオナラと結びつけません。

フランス人がオナラがでるという豆の代表は、煮込み料理に使うharicot(インゲン豆)とかflageolet(デボ豆、小粒の白インゲン豆)。 lentille(レンズマメ)も入ると思います。

日本では、豆料理を食べるとオナラが出るとは言わないですよね?

フランスで豆料理を食べた後に気をつけてみたら、確かにそうかな... という程度。フランス人は肉食人種なので、腸の作りが豆料理には向いていないのではないかと思いました。

日本では、むしろサツマイモですよね? フランスでもサツマイモに見える芋(patate douce)を売っているのですが、日本のサツマイモのようにホクホクではないので、違うものに感じます。これを食べさせたらフランス人がどう反応するかは観察していません。

フランス人のフォーラムを覗いてみたら、豆のほかには、玉ねぎ、キャベツをあげている人が多かったです。やはり、日本人のお腹とは違うのでは?...


クランブルって、どうやって作るの?

この日のデザートでは、もう1つ気になることがあります。
crumbleクランブル)とは何なのか?

むしろ、こちらが気になったので日記を書き始めたのに脱線してしまいました。

英語で動詞のcrumbleの意味は、〈パンなどを〉くずにする、粉にする、砕く。

サクサクしているビスケットが入っているのがクランブルの特徴。ビスケットを砕いてのせているのだろうかと気になっていたので、レシピを探してみました。

クランブルのレシピを検索
☆ レシピ: 基本のクランブル生地

バター、砂糖、薄力粉を混ぜるたものをのせるて焼くデザートなのであって、砕いたビスケットを使っているのではないのでした。

しかも、非常に簡単にできる!

フランスでポピュラーなタルトは、生地を作る手間をかけるか、市販の良い生地を買わないとできません。でも、例えばリンゴのクランブルは、リンゴさえあれば、いつもストックがある材料でできてしまうのでした。

フランスでクランブルに人気が出たのは、簡単に作れてしまうデザートだからなのだ、と思いました。

リンゴのクランブルのレシピを見せるフランスの動画があったので入れます。

Le crumble aux pommes


このレシピの材料は次の通り:

砂糖 150グラム
 - 望ましいのは、sucre roux ou de la cassonade (未精製のかんしょ糖のように褐色の砂糖)
小麦粉 150グラム
アーモンドパウダー 100グラム
バター 150グラム
りんご 6個

アーモンドパウダーを入れるのが気に入りました。私がリンゴのタルトを作るときにも、必ずアーモンドスライスをのせて焼くのです。

もちろん、アーモンドを使わないクランブルのレシピもあります:
ボケたリンゴも美味しく☆アップルクランブル


美味しかったワイン

この日飲んだ白ワインが美味しかった。昼食なので軽いワインを選んだのですが、香りがよく、ほどよくコクがあったのが気に入りました。

ラベルを写真に撮ったのですが、ピンボケなのでメモに使えませんでした。 いつか行ってみるときのために、名前を書き残しておきます。

ドメーヌ名: Domaine Chantal Lescure
ワイン: Côte de Beaune Blanc, la Grande Châtelaine 2010年

ブログ内リンク:
★ 目次: ペッシュ・ド・ヴィーニュ(ブドウ畑の桃)
リンゴのタルトは、ありふれたデザートなのだけれど・・・ 2008/10/22
プロヴァンス料理: スープ・オ・ピストゥー 2008/08/0 アリコ・ココ豆
★ 目次: レシピ、調理法、テーブルウエアについて書いた記事
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
☆ Wikipedia: Crumble


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2013/08/25
日本で働いていたときには、ブルゴーニュ地方の行政中心地ディジョンにフランスのお母さんとも呼べる人が住んでいたので、年に2度ほど通っていました。行くたびにディジョンの町は何の変化もしなかったのですが、ここのところどんどん変わってきています。

いつから変わってきたかというと、市長が交代した2001年から。道路を石畳みにしたり、歩行者天国のスペースを増やしたり、街角の小さな公園をきれいにしたり、エコロジーを進めたり...。前と市の予算がそう違うはずもないのに、よくこんなに工事をするお金が出るなと驚きます。

パリ市も同じ。社会党の市長が誕生すると、町は活気づいて、美しくなります。それにしては、昨年の大統領選では社会党政権が誕生したのだけれど、何も良くなったように見えないので腹立たしくなる...。


宮殿をバックにして立つフィリップ善良公のいる公園

そういう美化のための工事をしているところの中に、気になっている小さな公園がありました。昔のブルゴーニュ宮殿の建物を背景にしたSquare des Ducs

そこにブルゴーニュ公国のPhilippe le Bon(フィリップ善良公)の銅像が宮殿をバックにして立っていたのですが、公園の地面を石畳にする工事をしている間、反対側の変な場所に移されてしまいました。

先日通りかかってみると、銅像がない! 博物館にでも入れられてしまったのだろうか?...

美しい旧市街にある中世の館Maison Millièreの屋根の上にフクロウの飾り物があったのに、それが無くなってから何年もたつので、もうフクロウは帰ってこないのだろうと諦めかけていたところです。

Dijon, 21
屋根の上にいた動物たち 2009/11/27

この公園からもフィリップ善良公がいなくなるのは寂しい。 館の方は個人の持ち物なので、お金がなくて修理できないかもしれないけれど、公園の方は市の予算でできるのにな...。


ところが、その数時間後、また公園の前を通りかかったら、 トラックが入り込んでいました。



あら、銅像を元の場所に設置するらしい。



石像をきれいにするために姿を消していたのですね。設置するまで眺めました。銅像は黒ずんでいたのに、すっかり美しい石の色を取り戻しています。



記念写真を撮るのだから、銅像の横に座っている女性がどいてくれないかと待っていたのですが、くつろいでしまっている。みんなが銅像を眺めたり、カメラを向けたりしているのに、恥ずかしがらずにカメラに収まる場所に座っている神経って、理解できない...。


アクロバットまで見てしまった

銅像の前から立ち去ろうとしたら、宮殿の屋根から紐につかまって降りてくるらしい人がいるのを発見!



雨樋の役割を果たすガーゴイルに足なんかかけてしまって大丈夫なの? と心配してしまいました。でも、スルスルと下まで降りてきました。私は高い所に登ったとき、手すりに寄りかかるのも怖くてできないくらいなので、こういう芸当はできないな...。

ディジョンの町では、クリスマスの夜にサンタクロースが宮殿の屋根に登って挨拶するという風習があるのですが、まさかその練習ではないですよね? おそらく、屋根の修理か点検をしていた人なのだろうと思う。


ミルティーユのシーズンだった

ディジョンの朝市では、ボージュ山脈にある酪農家が、乳製品のほかに、myrtille(ミルティーユ)を売っているのが目にとまりました。



今ごろがシーズンなのですね。私の庭にある哀れなミルティーユの木は、今年は実が1つもならなかったのですけど。

買ったミルティーユはタルトに変身しました。



昨年のアルプス地方に旅行したときに山の上にあるレストランで食べたタルトのようには感激するほどの味ではなかった...。美味しいのですが、実がまろやかすぎる味で面白みがなかったのです。

レシピが違ったのかもしれません。でも、山の上で食べたのは野生のミルティーユで、私が買ったのは農家が栽培したミルティーユだったのではないかという気がしました。実がとても大きかったので。

昨年にアルプス地方を旅行したときに、フランスで「ミルティーユ」と呼ばれる果実が何なのか調べて書いていました。忘れているので読み直してみる。野生のはビルベリーで、私が買ったのはブルーベリーなのではないかという気がします。

農家の人に聞いてみれば良かった...。でも、粒は野生にしては大きかった。それに、酪農の仕事をそっちのけにして、山に入ってミルティーユを摘むということもできないのではないかな?...

ブログ内リンク:
ブルーベリー、ビルベリー、ミルティーユ: 違いは? 2012/10/24
野生のミルティーユ(ビルベリー) 2012/10/22
クイズ: アルプスの山小屋にあったもの。これは何でしょう? 2012/10/16
★ 目次: ブルゴーニュの古都ディジョンの観光スポットや特産品など


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カテゴリー: 時の話題 | Comment (2) | Top
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2013/08/23
子どもの頃に行った田舎で食べたキュウリが忘れられません。

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親戚のおばさんが家庭菜園でとっきた大きなキュウリが、今でも目に浮かびます。

縦に2つに切って、種を除いてできた溝に味噌を塗って出してくれたので、それをかじりました。

とりたてのキュウリは夏の太陽で温まっていて、キュウリはこんなに美味しいのかと驚いたのでした。


なぜキュウリを嫌うフランス人が多いのか?

フランス人は食べ物の好き嫌いが激しいと感じます。子どものときから「嫌い」と言うと容認してもらっているのではないかな?... 日本でフランス人学校の幼稚園部でアルバイトをしたときには、給食の時間は壮絶なものがありました。

お給仕をしてあげると、「せんせ~! それ、入れないでくださ~い!」と必死に叫んでくるのです。こちらはフランス語の勉強で来ているわけなので、色々と言葉を発してくれるのは可愛い。でも、何でも皿にとって、後で残してくれたら楽なのに... と思ったものでした。

フランスでも、大人になると好き嫌いは減るようなのですが、それでも料理を出すと、「それは申し訳ないけど食べない」と言う人は多いです。フランス人が嫌う野菜のトップはキュウリ、次にホウレンソウではないかな。 海から遠いブルゴーニュでは、魚介類は絶対に食べないという人もかなりいます。

キュウリを嫌いで、絶対に食べない人になぜかと聞いたら、消化できないので、食べた後に不快感があるのだと返事されました。

私はフランスでキュウリを買って料理することがありますが、別にお腹をこわしたりはしません。それで、どうしてこんなにキュウリを嫌いと言うフランス人が多いのか不思議でした。

でも、先日、その理由が分かった気がしました。友達の家で出されたキュウリが酷かったのです!

その前に私が人参のスティックに塩をつけて食べる日本料理(?)を食前酒のときに出したので、それを真似てみたのかも知れません。

彼女が作ったキュウリは、スティックというには太いけれど、短く切ってあるので、つまみになります。それに塩を振って、バジルを刻んだものをのせて...。見た目はまあまあ。

でも、食べてみたら仰天しました。野菜のスティックを作るときは冷水に浸してパリっとさせますよね? それをしていない。日本のキュウリはパリっとさせなくても食べられるけれど、フランスのは致命的なのではないかと思いました。

パリっとしていないのは良いとしても、キュウリの苦いこと、にがいこと! 耐え切れない苦さでした。こんなのを食べたら、キュウリ大嫌いになっても全く不思議はない、と納得した次第です。


フランスのキュウリは美味しそうに見えない

フランスで売られているキュウリは大きいです。 イボイボもなくて、つるっとしている。



左側のが普通サイズ。この時は、右に写っているミニ・キュウリと書いたものがあったので、そちらを買いました。こういう小さいキュウリを売っているのは、とても珍しいのです。


そもそも、フランスの野菜には大きなものが多すぎると思う。

ナスも大きいですね。日本のように小さなのは売っていない。

でも、大きいナスは日本でも見たことがあるので、そうは気にはなりません。

フランスの巨大茄子を買う気にはならないのは、皮が固そうに見えるからです。


大きさに仰天するのはズッキーニ。
ズッキーニが大きすぎることは何回かブログに書いていました。

家庭菜園で育った巨大なズッキーニをいただきました 2010/08/05   フランスの野菜は大きすぎる・・・ 2007/08/14

重さを測ってみたら3キロあったときもありました。家庭菜園でズッキーニが大きくなりすぎてしまったのだろうと思うかもしれませんが、八百屋さんでも巨大なものを売っています。

キュウリはズッキーニほど大きくはしていないのですが、それでも日本のほっそりしたキュウリに慣れている私には大きすぎる。


Cornichon
(コルニション)と呼ぶピクルス用のキュウリの方が、日本で食べるキュウリに近いかもしれない。

お酢につけてピクルスにするものを、そのまま食べて良いのか不安。

でも、サラダにして食べてみたら、普通のキュウリより美味しいと思いました。フランス人に話したときも、コルニションの方が美味しいという人もあった。


友達の家で食べたキュウリは、そのまま切って出してきたから不味かったのだと思います。考えれば、フランスのキュウリを使うときには、私はかなり気をつけていました。

ヘタの部分を落として、その切ったものでキュウリの切り口をこすって灰汁を出す。薄切りにして塩もみしない場合は、まな板の上にのせて塩をかけて、ゴロゴロとさせる。

キュウリが消化できないと言っている人たちがいるので、そういうことでもしないと食べられないのではないかと思っているからです。
 
思い出せば、私が調理したキュウリは、食べて美味しいと言う人がいました。

フランス人だってキュウリのあく抜きをするのだ、と知ったことがありました。別荘でバーベキューをするときに、1人がキュウリのサラダを作っているのを見たときのことです。

このとき教えてもらったキュウリのサラダは気に入ったので、時々作っています。


キュウリの生クリームサラダ

友人が作ったのは、とても簡単にできてしまうレシピでした。
  1. キュウリを薄くスライスして、サラダボールに入れ、それに塩を振りかけて少しもむ。
  2. ほんの少し放置してからキュウリを手で絞り、汁を捨てる。
  3. そこに生クリームをコショウを入れてかき混ぜるとできあがり。
最後にはオリーブオイルも入れていたかもしれない。記憶があいまいなので、インターネットでレシピを調べてみました。「(Salade de) concombres à la crème (fraîche)」と呼んでいる人が多いようでした。

動画もあったので入れてみますが、この人は塩でもんでアクだしはしていません。



ネット上で評判の良いレシピを眺めてみたら、少しバリエーションがありました。 塩でもんで水分を抜くかどうかは、半々の感じ。

材料の基本は次のもの:
  • きゅうり (フランスサイズのもので、2人に1本)
  • 生クリーム (キュウリから水分が出るので、固まっているものが良い)
  • 塩、こしょう
その他、レシピによって次のものを入れていました。

みじん切りにしたハーブを入れるレシピでは、次のいづれかを追加していました:
  • チャイブ
  • ミント
  • ミント、生姜
  • バジル
調味料として、生クリームと塩コショウの他に、次のようなものを少し加えているレシピもありました:
  • オリーブオイル
  • レモン汁
  • オリーブオイル、ヨーグルト、フレッシュチーズ、レモン汁、オリーブオイル
  • ビネガー

上に写真を入れた小さなキュウリで作った私のサラダです。



キュウリを塩でもんで絞ったあと、生クリーム、オリーブオイル、ミント、胡椒を入れて作りました。レシピを見ると、そのままでは作りたくなくなるヘソ曲がり人間なので、皿に盛ってから松の実を少しのせてみました。

こんな料理の写真を撮る必要はないのですが、しばらく忘れていた食器を使ったので、それを写真にとっておきたかったのです。いつ割ってしまうか分らないので!

日本製かと思われるかも知れませんが、フランスのシャンティイ美術館の売店で買ったものです。
シャンティイと柿右衛門の関係 2011/11/16

このキュウリの生クリームサラダを作った反省:
  • キュウリを日本のスライサーで切ったので、薄くなりすぎてしまった。
  • 松の実は、もう少し香ばしく炒るべきだった。
  • 生クリームを入れ過ぎたので、汁が多くなりすぎた。
  • オリーブオイルは入れない方が、さっぱりしていて良かった。


キュウリとミントとフレッシュチーズのスープ

レシピを探していたら、これなんか暑いときには嬉しいだろうな、というレシピがありました。キュウリをミキサーにかけてジュースにしてしまうというもの。飾りつけもきれい。

材料はサラダとほとんど同じなのですが、生クリームの代わりにフロマージュ・ブランを使っています。さっぱりと仕上げているのでしょうね。

Soupe de concombre à la menthe et au fromage blanc


材料は以下の通りでした。 胡椒の代わりにエスプレットを使うのも気に入りました。

日本で買うとやたらに高いスパイスのようですが、フランスでは粉にしたものは買うのをためらうほど高価ではないので持っているのですが、何に使って良いか分らないので賞味期限が切れそうなのです。

もしも、まだ暑すぎる日があったら作ってみたいな...。

ブログ内リンク:
フランスでは、なぜホウレン草を嫌う人が多いのか? 2011/03/04
★ 目次: レシピ、調理法、テーブルウエアについて書いた記事
★ 目次: 夏の野菜 ズッキーニについて書いた日記
暑いときは、さっぱりしたフロマージュ・ブランが嬉しい 2006/07/22
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
図録▽子どもの食べ物・料理の好き嫌い


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2013/08/22
今年は変な天候の年です。夏がなかなかやって来なくて、寒いので、このまま夏の暑さはなしに冬に突入するのかと思った夏の始まり...。おかげで、シーズンになっても野生キノコが出てきませんでした。


春にいただいたキノコ

それでも春には、近所の人がとったキノコのおすそ分けを持ってきてくれたので、こんなに寒くても自然界は正常なのかと期待をいだきました。


2013年5月9日撮影

Mousseron(ムスロン、ムースロン)と呼ぶキノコです。

正式な名前は、Tricholome de la Saint-Georges(聖ゲオルギウスのキシメジ科きのこ)。Mousseron de la Saint-Georgesとも呼ばれます。

日本での名前はユキワリなのだそう。

フランスでは市販されていないキノコなのですが、日本には輸入されているようなので驚きました:
ムスロンを楽天市場で検索 

私は生えているところを見たことがないのですが、このおすそ分けをくれた人は大好物のキノコなのだそうで、毎年探しに行っているようです。

寒くて、キノコなんか生えていなそうに思っていた春なので、おすそ分けをいただいたのは嬉しかったです。

このキノコが生えたということは、他の野生キノコも寒さにめげずに生えてくるかと思ったのですが、その後はさっぱり...。

キノコ狩りする近所の人たちに聞いても、今年は何も見つからないと言っていました。


フランス産ジロールが出回るようになった

夏はGirolle(ジロール、アンズタケ)というキノコのシーズンなのですが、八百屋さんになかなか出てこない。もっとも、東欧から輸入したものは並んでいたので、遅れたのはフランス産。

チェルノブイリ原発事故の影響が残っている東欧のキノコは買ってはいけない、と友人に言われています。森の枯木を掃除してくれるキノコは、放射能もよく吸収するからです。 それを抜きにしても、遠くから運ばれた野生キノコは元気がなくて、食指が伸びません。

8月になってから、いつも大量にフランス産の野生キノコを売る八百屋さんにジロールが並ぶようになりました。


2013年8月16日撮影

木箱を丸ごと買うと3キロなのだそう。それでは多すぎるので、2キロ買いました。2キロ買えば25ユーロ(約3,500円)と、少し割引価格。写真アルバムを見たら、3年前の9月にも同じ値段で売っていました。今年は天候が悪かったのでキノコが育たなかったとしても、値上がりはしていないようす。

2キロのキノコは、こんなに買ってしまって、どうする? と思うボリュームでした。でも、シーズンにしか食べられないキノコなので、うんざりするくらい食べておきたい。

店のご主人が言うには、良心的に売っているので、土が付いた足の部分は捨てているし、乾燥しているままなので、とても軽いのだそう。普通の店では、キノコに水を振りかけて目方を増やしているとのこと。なるほど...。湿ったキノコだと、新鮮でおいしそうに見えてしまうのですけどね...。

日本でのジロールは、フランス料理店などで使うキノコなのでしょうか?

画像を頂戴したジロールはフランス産のフレッシュとして売っているのですが、500グラムで4,078円。2キロも買ったら16,000円余りになってしまう!

冷凍されたジロールなら半額近くなるようですが、それでも高価なので、日本では少量を料理の付け合せとして添える程度にしか使われないのではないかな?...

ジロールを楽天市場で検索


今年の収穫は、例年より1ヵ月くらい遅い

今年の異常気象で、野生キノコが出回るのは遅かったはず。写真を撮影した日にちを調べてみたら、1ヵ月遅いと計算しました。

春先にもらったムスロンは、1ヵ月遅れでした:
今年初めての野生キノコ: ムスロン 2008/04/15

ジロールの方も、森に見つけたり、店頭に並ぶのは7月から:
ジロールのシーズン 2007/07/15

ワインになるブドウの収穫も、今年は近年に比較すると1ヵ月近く遅れるようです。

穀物の収穫や干し草づくりも、ピークは遅れていたようと感じました。トラクターが行きかって煩かったのですが、ようやく静かになりました。

ブルゴーニュでは、8月中旬になると夏は終わりだと感じる年が多いのですが、今年は、まだ夏という感じ。 からりとした晴天の日が多くて、本当に気持ちが良い。夏が来るのが1ヵ月遅れたなら、秋がくるのもずれ込むと嬉しいな...。

それでも、秋は早足でやって来ているとも感じるこの頃。庭のアカシアの葉が、ハラハラと舞いながら落ちてくるようになりました。 異常気象のせいなのか、今頃になって花をつけたりしている枝もあるにに...。

ブログ内リンク:
★ 目次: フランスで食べるキノコ
★ 目次: 今年のミレジムは? (ブルゴーニュ・ワイン)


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2013/08/21
前回の日記「ルネサンス音楽の野外コンサート」に書いたコンサートのあとは、食事会に参加することにしていました。

ルネサンス音楽を演奏した人たちが、教会前につくられた食事会場まで歩きながらの演奏をしてくれました。彼らは食事が終わったら教会の中でまたコンサートをするのですから、お疲れさま~!



食事が用意されている教会前では、まず食前酒がふるまわれました。甘いお酒。グレープフルーツをベースにして作ったアペリティフらしい。

実は、この日のイベントに参加したのは、教会の中で行われるコンサートを聞きたいからでした。でも、時間を間違えてしまっていて、午後7時からというのは野外コンサートが始まる時間。本番のコンサートは9時からなのでした。

となると、帰宅する時間が遅くなり過ぎてしまう。同じグループの演奏を野外で聞いたのだから、また聞く必要はない。それに、音響効果が素晴らしい教会というわけでもなかったのは、リハーサルの見学で確認していました。

それで、食事を終えたら演奏会はパスして帰ることにしました。

食事会に申し込んだのは、演奏会が始まるのを待つ間にちょうど良いからと思ったからでした。演奏会に行かないなら、こんなところで食べる必要はなかった...。

道路にしつらえた食事会場ですから、席がこみあっていて楽しそうでもない...。それに、 食事は弁当スタイルでした。それを食券と交換に受け取らなければならないのですが、受け渡し場には長い行列ができています。

天気予報よりも天気も良い日だったので、こんな食事会には参加しないで、ピクニックを用意して来れば良かったと後悔しました。それが一番だというのは以前にも肝に銘じていたに...:
田舎のコンサートの前には、ピクニックが最適 2008/07/11


オーガナイズが悪い食事会

先に席を確保しようということになって、開いている席に行くと、同伴者たちが来るからだめと断られる。隣の列にいったら、イベントをオーガナイズした人たちの席だ、と胸に付けたバッチを見せられました。

結局、座っているのはイベントをオーガナイズした人たちばかりなんじゃないの? 誰もいないテーブルは3列残っていましたが、イスがない。立って食べろというの?!

食事会の参加は電話で予約して、当日に食券を買っていたのです。その分の席を作るのが当然ではないですか? フランス人ってオーガナイズが下手だから嫌いなんだよな...。

席が足りないので、弁当を受け取ってから、教会の裏側で食べている人たちがいました。小さな村なので、そこはもう草原なのです。私たちも、そうすることに決定。

イスのないテーブルに荷物を置いて、荷物番をする人と、弁当を取りに行く人に分かれる。

私は荷物番。すると、トラックがやってきて、教会前に停まりました。さっき野外コンサートの会場で使っていたイスを、こちらに運び込んで使うらしい。

だから、イスがないテーブルがあったのでした。レンタルしたイスを有効に2度使うなんて賢いと感心します。でも、係りの人が「イスは後で来ます」と言うか、それを知らせるメモをテーブルに置くかしたって良かったではないですか?

ボランティアの人たちがやっているイベントだと分かっているので、文句を言う人は誰もいませんでした。でも、テーブルに座れないとオロオロしていたのは私たちだけではなかったのです。やっぱり、フランス人のオーガナイズはいい加減ですよ!

イスが来たので、駐車していた車のそばで食べるというアイディアは中止。また席がなくなる心配があるので、早々にイスを確保しました。

ワインは飲み放題だったようなのですが、一口飲んだら不味い!

この日の参加費は、修道院の見学、野外コンサートがあって、食事代として15ユーロ。大した食べ物はでないだろうと覚悟していたので、せめてもと、アイスボックスに白ワインを入れて持参していました。ついでに、プラスチックのコップは味気ないので、用意していたグラスも出す。

ワインが美味しいと、食事が楽しくなる♪


フランスの使い捨て弁当箱

この日の食べ物は、これでした。



最近のフランスでは、大勢で食事するイベントで、こんな使い捨ての弁当箱がよく使われるようになりました。その前は紙皿だったのですけど。でも、この形式だと、これに透明の蓋が付いているので用意した弁当を重ねておけるし、後は捨てるので、イベントをオーガナイズする人には非常に重宝。

この存在に気がついたのは比較的最近なのですが、ずっと前からフランスに存在していたのかな?... 皿を使ってビュッフェスタイルにすると、食べきれないのにたくさん取ってしまう人もいるでしょうから、これは効率が良いはず。

でも、この白い弁当箱は、なんとも味気ないではないですか? 全部まずそうに見える。

でも、フランス人は、外観よりも、皿の上の乗っているものの味の方を重視する傾向にあるので、気にしないのかもしれない。

この日も、けっこう美味しかったのです。 食べるために生きているような人が多いブルゴーニュ地方だから、料理の味には注意するのかもしれない。

ブルゴーニュでは、病院の食事でも、老人ホームの食事でも、かなり美味しいものが出ます。出されたものが不味いと、後々まで言い伝えられるので、料理にはこだわるのだと思います。

ブルゴーニュのお年寄りたちの食べっぷりを観察したときの日記:
フランス人って、どうしてこんなに食べられるのだろう?... 【2】 2006/05/28


弁当箱の中身

食事会の参加を募る通知では、ブルゴーニュ料理と歌っていました。

なので、前菜は予想通り、ブルゴーニュの郷土料理のジャンボン・ペルシエ。 それでは物足りないかと、ハムもついていました。

ジャンボン・ぺルシエは、正確にいえばブルゴーニュの州都ディジョンが本場:
今年の復活祭で目についたもの: ジャンボン・ペルシエ 2010/04/03

メイン料理はブルゴーニュとは関係なし。

分厚い2枚のハムの上に乗っているのは鶏肉の皮にカレーの風味をつけたもの。その下に、食べきれないほどたっぷりのジャガイモのサラダ。このジャガイモの味付けがとても良かくて美味しかったです。

先日のピクニックで鶏肉の唐揚げをつくろうかと思った私なのですが(結果的には中止)、フランス料理でも冷たくても美味しく食べられる鶏肉料理があるのだな、と感心。カレー味はフランス料理ではないようにも思うけれど。でも、冷たい鶏肉を食べるにはスパイスをきかせるのがコツかな?...

鶏のから揚げを作るには、ブロイラー鶏に限るの? 2013/08/12


この日の弁当メニューの続きです。

チーズは、地元のAOC/AOP エポワス

気がつけば、ここからエポワス村(Époisses)に行くには10キロくらいと近かったのでした。

エポワスは値段が高い高級チーズです。

この手の安い食事ではカマンベールなんかが出るのが普通なので、ブルゴーニュが誇るチーズのエポワスをオーガナイザーが選んだことを評価。

でも、エポワス村にあるメーカーの直売店では、大きさや重さが規格に合わなかったものを安売りしているので、それを利用したのではないかな...。


デザートは、ブルゴーニュ名物のカシスが入ったケーキ。

ボランティアの人たちが分担してケーキを作ったらしくて、人によって見た目が違いました。私のが一番よくできていた。

このカシスのケーキは、レシピをもらいたくなるほどの出来でした。少し前にカシスをたくさん収穫して、全部シャーベットにしたのですが、上手にできなかったので後悔していたのです。


ケーキが人によって少し違っていること、エポワスが出たことから、ひょっとして、この料理は仕出し屋には頼まず、イベントを企画した村人たちが作ったのかなと思いました。

食券には、老人ホームの住所と、そこを本部にする協会の名前のスタンプが押されていました。

協会というのはNPOのことなのですが、フランスではボランティアが発起人であれば、同好会のようなサークルでもAssociationと呼ぶ非営利目的の組織を作れてしまうのです。

今回のイベントは、3つの協会がオーガナイズしていたのですが、食事関係は老人ホームのサークルが担当していたのかもしれない。食事会で収益が出れば、老人ホームで遠足に行けたりするでしょうから、はりきって作ったかもしれない。


フランスで弁当ボックスを作っているメーカーは1つなのだろうか?

この味気ない白い使い捨てプレートが出てくる食事には何回か出会っていました。どこでも同じようなプレートが出てきたような気がします。それで、過去にブログで使った写真を検索してみました。

何回か写真をとっていたと思うのですが、ブログに入れていたのはこの写真。

食事
フランスは革命記念日 2010/07/14

仕切りの形からいって、今回のと全く同じではないですか?!

フランスって、商品のバラエティーに乏しいのですよね。軽食ボックスや食器が同じなのはどうでも良いけれど、同じ生地の服を着ている人に出会ったときには穴に入りたくなりました。

フランスで、1回だけ、これは良いなと思ったプレートがありました。紙皿の形なのですが、木目調で、皿が微妙に歪んているのが感じ良い。


たった5ユーロのランチ♪ 2007/07/20

この皿は木目に見えるのですが、汚れもしみこまなくて便利。普通に売られている味気ないピクニック用の使い捨て皿に比べて、美味しそうに見えると思いました。この皿がすっかり気に入ったので、持ち帰りました。ただし、このとき出会っただけで、その後は2度と見ていません。


日本の使い捨て弁当箱は素晴らしい

この前に日本に帰ったときに行った法事では、箱に入った料理を持ち帰らされました。特に田舎の法事って、とてもかさばるお土産をもらうので困ります。大きな缶詰のフルーツなんて、重いので入れて欲しくないのですけど...。車で来ない人もいることは気にしないのかな?...

ところが、このときの弁当の容器が素晴らしいので仰天してしまいました。

箱を開けると、フランスのと同じように料理が区分けされて入っているのですが、それが本物の瀬戸物の食器のように見えるのです。小さな皿が可愛いので、食べ終わったときに取り外そうとしたら、全部の皿はくっついていて、1枚でできていたのだと分かりました。

こんな感じのものです ↓

私の弁当箱に入っていた食べ物は、美味しくはありませんでした。半分くらいは捨ててしまったのです。でも、容器はすごい!

私のプレートでは、汁が下にたまるように、おろし金のような水切りの底になっている皿もありました。余りにも良くできていると感心したので、フランス人に自慢したくなり、洗ってフランスに持ってきてしまいました。でも1箱だけなので、もったいなくて使えない。

どこかで売っているでしょうから何箱も買って持ってきたかったのですが、小鉢が多い日本料理用なので使い道はないかな、と思って探しませんでした。

やはり、ちゃんと売っていますね:
仕出し用の使い捨て弁当箱を楽天市場で検索


日本料理ブームで、どんどん日本的な見た目も楽しい料理を作るようになったフランス。軽食用のボックスも、もっと味気なくないものを作るようになるのかな?...

でも、今回のように安いのが絶対条件になる食事会でないときは、フランスでも、もう少ししゃれた弁当箱がありそうに思えます。画像を検索してみました。

☆ Google: 使い捨て弁当箱の画像検索結果

こんなのもフランスにあるのだと知った、しゃれた使い捨て弁当箱の画像が入っていたサイトへのリンクを入れます。

☆ メーカー例: Plateaux repas jetables (3ページあり)
☆ メーカー例: Plateau repas (カテゴリーをクリック)
☆ 仕出し屋例: Les plateaux repas

私がよく出会う味気ない弁当プレートより良いものがフランスにもありますね。思い出せば、仕出し屋さんの料理を出したパーティーでは、使い捨てなのだろうけど、洗ってとっておきたいような素敵な容器を見ていました。 でも、なぜか、みんなガラスのように見える透明の容器だった。

お皿で食べているような気分にさせる使い捨て容器もあります。でも、日本のように皿に模様まで入っているのはないように見えました。フランスで贅沢なタイプは、一緒に出すにしても皿が別々になっているようです。


日本の場合、ふたを開けると味気ない料理が入っていても、ふたを開ける前に目にする箱には模様があって、豪華風になっていたりするから面白い。

開けると、なあ~んだ、になる弁当箱には日本でよく出会っていました。
日本は、徹底的に上げ底文化の国なんだ、と思う瞬間...。

フランスの場合は、たいていは透明の蓋で、せいぜい箱がカートンボックスで優しさを表現しているくらいに見えました。


日本の弁当文化って、すごい!

弁当箱が気になったのは、つい最近は、ピクニックで食べる料理を重箱に入れて持っていった話しを書いたからでした:
ブルゴーニュのお城でキャンドル・ピクニック 2013/08/11

フランスで日本式の弁当が流行っている書いたのは2年近く前:
フランスがBentoブームって本当? 2011/11/19

フランスのサイトには、日本式の弁当の作り方を教室などというのも紹介されていたので、少し覗いてみました。

日本の弁当は残り物を主に使う。う~ん、これは日本人の知恵ですね。 私も子どものころを思い出すと、母親が前日の料理の見た目を変えたものを弁当にしていました。

フランス人も残り物を食べます。特に、大勢の人を呼んでパーティーをしたときには、食べ物が足りないという心配から、おびただしい量の残り物がでます。

でも、彼らは何も工夫しないみたい。せめて小さなサイズの鍋に移し替えるくらいしないと、いかにも残り物を食べているみたいで楽しくないと私は思います。でも、立ち寄った家で「食べていらっしゃいな」と言われてご馳走になったとき、大きな鍋の底に残っている料理を出されたことが何度もありました。

私がフランスで作る料理の中で最も得意なのは、残り物を変身させたものです。テーブルにおいて取り分けてもらうほどの分量がないときは、少しずつ小皿にわけて出します。ローストした肉は、薄くスライスして、日本風のタレを添えたりすると、同じものを食べているとは感じないほど大変身する。

料理が得意な人が作ったものは、どう変身させても美味しい。 つまり、私が残り物担当をやるときは、見た目を変えるだけで料理ができてしまうので気に入っています。 私が残り物だけで料理するときは、「Tout doit disparaître メニュー」と呼んでいます。これは、フランスの店先でバーゲンセールをしているときに書いてある言葉。「全部なくならなければならない」という意味です。

フランス人は、謙遜したら相手をバカにしているみたいになってしまうので、ごく親しい人にしかそんな表現をしません。問題なく言えるのは、「私の創作料理♪」。

冷蔵庫に入っている色々なものを綺麗に盛り付けると、いっぱしのご馳走風になってしまう。これは、色々なものを少しずつ食べたいという私だから気に入っている料理かな...。フランス人は、ど~んと料理が出ないと満足しないのですが、私がやると、日本料理風なのが楽しいので満足してくれるようです。

結局、日本人は、食べ物の見た目を非常に重視するのだと思う。私の盛り付けを 褒めてくれるフランス人たちには、「日本人は目で食べる」と説明しています。

上に入れた白いボックスの食事は食欲を減退させる外観だと私は思う。でも、食べてみると、けっこう食べられるのです。それに、ボリュームもたっぷり。

それに比べると、日本で短い時間で食事をするときに出される仕出し屋さんの弁当は、本当に、信じられないほど、こんなものを食べるのかと驚くほど不味いことが多いです。社会の上層階級の人たちの場合は、料亭が作った美味しい弁当が出されているでしょうから、そういうのは間違っていると言われそうですけど...。


無料コンサートだけ聞かせていただいて、教会のコンサートに行かなかったのは申し訳なかったけれど、小さな教会は満席のようでした。

ブログ内リンク:
簡単に食事したいときのお勧め、アシエット・グルマンドという料理 2006/06/30
★ 目次: フランスの日本食ブーム
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
上げ底弁当容器の「上げ具合」を実測


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カテゴリー: 日仏の比較 | Comment (0) | Top
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2013/08/20
前回の日記「破壊への道をたどった修道院を見学」で書き始めたイベントでは、昔の修道院を見学したあと、野外で無料コンサートが開かれることになっていました。


野外コンサートの会場になった庭園

野外コンサートの会場は、村の中にある庭園で行われることになっていました。 中央に白く見えるのは、観客席を作るために設置されたイス。



この庭は「ジャルダン・クールドロワ」という名前だと言われました。それを聞いた私は、全く別のことイメージしてしまいました。

カタカナ表記はできない単語ですが、発音から「Cœur de roi(王様のハート)」と受け取ったのです。Jardin à la françaiseがフランス式庭園ですから、「王様のハート」なんて名前の形式のガーデン(jardin)があってもおかしくないではないですか?

あちこちに門があり、人工的に作られた洞窟もあるし、果樹も植えられていて、少し変わった庭園です。こういうのが「王様の心臓」と呼ばれる形式の庭園なの?...

こういう遊び心を満喫させる庭園にある「ファブリック」という言葉も覚えたので、それの一種かと思いました。
ラ・モット・ティイー城のファブリック 2012/10/30

でも、完全なる私の誤解!

この庭園の名前はJardin Cœurderoyと綴るのでした。Cœurderoyというのは人の名前で、その人の館につくられた庭園なので、そういう名前になっていたのでした。この館と庭園がつくられたのは17世紀後半。

その館は、道路の向こう側にありました。庭園の門の1つのようなところが館に続く道で、トンネルが道路の向こう側にある館に通じていました。館は個人の住宅になっているので、トンネルの突き当りには鍵がかかっている門があるのが見えました。トンネルなんかに入る気にはならないので、突き当りまで行ったら何が見えるのかは突き止めませんでした。

それにしても、どうということのない小さな村なのに、大きな修道院や、こんな庭園があるのは羨ましい。村で何かイベントをしようとしたら、会場には困らないではないですか。


リハーサル

コンサートが始まるまで時間があるので、庭園の芝生で寝っころがっていたりしたのですが、少し村の中をウロウロとしてみました。

村の教会に近づくと音楽が聞こえます。夕方に野外コンサート(無料)、夜には教会の中でコンサート(有料)がある予定になっていました。演奏者たちがリハーサルをしているのだろうな...。

音楽が漏れ聞こえた教会の入口のドアには鍵がかかっていないので、中に入ってみました。 思ったとおり、リハーサル中。しばし演奏を聞かせてもらいました。本番ほどには力を入れていないのでしょうが、観客がいないところで演奏を聞くのは好きなのです。フランスではよく出会う機会。

祭壇のところで演奏していたのですが、彼らは歩き出しました。どうやら演奏会では歩く場面があるので、歩調を練習しているらしい。 「これでは演奏が終わらないうちに行きついてしまう」などと言っています。



バイオリンくらいなら持ちながら演奏できるでしょうけれど、右手の男性が持っているような大型の弦楽器(楽器が見慣れているものとは違うので、これはヴィオラ・ダ・ガンバなのか分らない...)を肩からたすき掛けにして演奏するのを見たのは初めてのような...。

昔の音楽は心地良い。ブルゴーニュの美しい村で中世祭りが行われたときのコンサートを思い出しました。中世の衣装を着た人たちが教会で演奏してくれて、とても良いコンサートだったのです。

そのことを書いた日記:
小さな教会の楽しいコンサート 2006/09/30

音楽は衣装によるものではないけれど、あれは楽しかったな...。今回のコンサートをする人たちは、あんな服装はしないでしょうから、ちょっと物足りない。


ルネサンス音楽の野外コンサート

イベントがあった村は人口250人くらいなのですが、そう不便でもない場所にあるせいか、イベントには大勢の人が来ていました。

早めに会場に行って、最前列を確保。近くに座っていた人に挨拶をしている人の言葉が聞こえてきました。今回は予想以上の参加者があったのだそう。

定刻の午後7時になっても、コンサートが始まる気配はない。ガヤガヤとおしゃべりをする人たちの声が聞こえていたのですが、誰かが「シーッ」と言う。教会の方向から、演奏者たちが歩いてきたようなのです。

楽器を演奏する人たちが庭園に入る門を通って、少し高台になっている道に入ってきました。



ケープをまとって、ルネサンス音楽を演奏する雰囲気を出しているではありませんか。ありがとう♪

最前列のイスを確保していたのですが、演奏者が並ぶところまではかなりの距離があります。そこで、たった5人が弦楽器を演奏してくれたって、ろくに聞こえないのではないかと思っていました。

ところが、驚くほどよく聞こえる! 音量が足りないなどということは全く感じませんでした。石垣が音響効果を出しているのかな?...

イス席は数が足りなくて、地面に座っている人たちもたくさんいました。



とても楽しいコンサートでした。演奏者たちは全員、歌も歌うのです。それが、とても美しい...。

このグループが演奏している動画は、次のページに幾つか入っていました:
☆ Vimeo: Les Sonadori

聞いている人たちも、すっかり満足している様子。1曲終わるごとに拍手がわきます。

この野外コンサートは無料。午後9時から、彼らの正式のコンサートが教会で開かれることになっていました。ここでいつまでも演奏していたら疲れてしまうでしょうに...。いくらみんなが喜んでいるといっても、アンコールが出るのだろうかと気になってしまいました。

無料コンサートなので、ほんの少し演奏を聞かせてくれるのかと思ったら、かなり長く続きました。1時間近くたったとき、楽団の1人が、ひょうきんに言いました。

これから、みなさんにはお食事を召し上がっていただきますから、私たちの後について来てくださいね♪

演奏者たちは庭園の門から出て、食事会場ができている教会前まで歩きながら演奏を続けました。



楽しい♪ こういう演出は大好きです!

みんながいなくなった庭園では、トラックが来てイスを片付けていました。夜になる前に仕事を終えたいから?...


この後は、教会前に設置されたテーブルで簡単な食事をすることになっていました。
ところが...

続き: 見た目がなんとも味気ない、フランスの使い捨て弁当箱

情報リンク:
Les Jardins Coeurderoy
☆ Wikipédia: Les jardins et l'hôtel Cœurderoy


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2013/08/19
ブルゴーニュのコート・ドール県にあるMoutiers-Saint-Jean(ムーティエ・サン・ジャン)という村のイベントに参加しました。

この村に残る修道院の見学、ルネッサンス音楽のコンサート、食事会というメニュー。


ムーティエ・サン・ジャン修道院

ベネディクト会の修道院で、Abbaye Saint-Jean-de-RéomeないしAbbaye de Moutiers-Saint-Jeanと呼ばれます。 記述によっては、Palais abbatial de Moutiers Saint Jean、Abbaye Royale de Moutiers Saint Jeanなどともなっていました。



ここはブルゴーニュで最も古くつくられた修道院だと言われます。Saint Jean de Réomeという名の聖人が450年に創設。ただし、その当時のものはほとんど残っておらず、今見える建物は12世紀から18世紀かけて建築されています。 立派になったのは17世紀。

地元ブルゴーニュでも全く有名ではない修道院なのですが、最近になって見学できるようになりました。



かなり大きな建物が残っているのですが、昔は庭園もあって、もっと広大。18世紀に描かれた修道院の姿は、こちらに入っていました


ほとんど何もなくなっている修道院だった

ごたぶんにもれず、この修道院もフランス革命で破壊されました。建築に使っている石も盗まれたりしましたが、国家に没収されて売りにだされました。農場と、複数の家族の住居として使われたそうです。

現在この修道院を所有している人は8人か9人とのこと。人数がはっきりしていない! そのうちの2人が、修道院の価値を高めるため見学できるようにしたのでした。

ある程度は修復しているのでしょうが、もう手がつけられないのではないかと思うほど老朽化していました。

ちょっとドアから除いてみると、暖炉もある立派な部屋がこんな物置小屋になっていたり...。



修道院の入口に立って、私たちを案内してくれるオーナーの1人からお話しを聞きました。

修道院ですから、もちろん教会があったわけなのですが、それが現在では農家の納屋として使われていました。 教会があったと説明されなければ何でもなく見えてしまう建物。



建物の床を掘れば、おそらくクリプトは見つかるでしょうが、そんな工事をする資金がない。

「どなたかボランティアでやってくれる若者はいませんか?」などと言っていました。

この日はイベントの日だったので見学者は多いので、見学グループを分かれて、私たちは50人くらいました。でも、手をあげる人はいない。そもそも「若者」が必要と言われたのですが、ほとんどは老齢年金で生活しているような人たちだったのです。

私が修道院で最も好きなのは美しい回廊(Cloître)なのですが、ここのは1面だけで外部廊下のようになっているところが回廊だったのかな、と思う程度。


立派な修道院だったはず

城でも同じですが、建物に入ったときにある階段のできによって、どのくらい豪勢な建物であるかが分かります。ここも立派な階段でした。


Escalier d'honneur

階段の横の隙間には、暖炉に使う薪などが積み重ねられていて、いかにいい加減に使われているのかが分かります。

鉄の手すりは見事に残っていました。でも、これも破壊されています。丸い輪の部分には、おそらくテラコッタに金を施したものがはめこまれていたはずとのこと。



保存状態の良い部屋も幾つか見学しました。

下は、司教が滞在するために居心地を良くした部屋。



左側のドアから入ると、井戸。井戸の部屋の右にあるドアの向こうは、chaise percéeと呼ばれる椅子型便器。 これがサニタリーの役割を果たす。


20世紀初頭の破壊

むかし、この修道院を城代わりにして住んでいた人がいました。

その時代に住みやすくした部屋も見学しました。でも、修道僧が住んでいた部屋なので小さくて、普通の家の部屋みたい。その雰囲気を出すために安物の家具などを置いているので、どうということがありません。もっとも、これだけ広い建物ですから、小さな部屋の方が暖めやすくて居心地が良かったかもしれないですが。 室内の温度を高めるために、天井も低くしていましたので。

お金に苦労していたのでしょう。建物の中で剥せるものは何でも売ってしまっていました。

2階には修道院独特の広い廊下があり、床は見事なモザイク模様になっています。このモザイクも半分の長さの部分を売ってしまったそうです。



大きな部屋の壁面に張られた彫刻をほどこした木材の壁板を見事にはがされてしまった部屋などは、見るのも哀れ...。建築家が、それをやると修道院を売却するときに非常に安い値段になってしまうから止めた方が良いとアドバイスしたそうですが、それも聞かなかった。

売られた先はアメリカです。戦前のフランスでは文化財が海外に出ることに規制がなかったのか、修道院の建材がアメリカに売られました。中には、完全にバラバラにされて、アメリカで組み立てられた大きな修道院さえあるのだそう。

ムーティエ・サン・ジャン修道院が、日本の国宝に相当する歴史的建造物に指定されたのは1925年。まさか、指定された後にはやれなかったと思いますが。

修道院の入口にあった彫刻は、ニューヨークにあるクロイスターズ美術館The Cloisters)にあります。これが売却されたのは1920年でした。

Portale dall'abbazia di moutier-saint-jean vicino digione, 1250 circa 

アメリカに渡ったフランスの修道院の話しは聞いていたのですが、ここらへんにありましたか。 この美術館にはコレクションが多いので、Wikipediaの記述にはムーティエ・サン・ジャン修道院のものがここにあるなどというのは書かれていませんでした。

フランス革命時代の破壊で頭はすべて削りとられているようですが、修道院に残っていれば良かったのに...。 こういうのがないと、ロマネスク建築時代の名残りが見えません。

ただし、ここにあった柱頭彫刻の一部はルーヴル美術館で見られるそうです。

フランス革命が城や宗教建築物を破壊しただけでも残念なのに、アメリカに売られてしまったというのはショック...。

アメリカ人がよほど高く買ってくれるからフランス人たちは売ったのかと思っていたのですが、二束三文で売られたと言われました。運送費が膨大にかかるので、高い値段だったらアメリカ人が買うはずがないから、とのこと。調べたら、当時のことが分かるでしょうけれど探究はしません。

バブル景気の頃、歴史的建造物に指定されているフランスの城を買った日本人が、売れるものはみんな売ってしまったということで大きなスキャンダルになったのですが、昔はフランス人だって同じことをしていたじゃないか、とも思ってしまう。時代が変わっていたので、日本人の方は逮捕されて刑務所に入れられました。日本でもスキャンダルをおこしていた大金持ちの家系なので優秀な弁護士も雇えたでしょうから、まもなく釈放されていますが。

日本人がおこしたスキャンダルについて書いた日記:
売りに出されたブルゴーニュの観光名所: ラ・ロシュポ城  2012/08/24


天井や壁に直接彫刻を施してあるために取り外せなかった部分は残っていました。豪華な修道院だったのを偲ぶことができます。

18世紀のスタッコ(化粧しっくい)です。


Décors de stucs du XVIIIe

この彫刻も、掃除する前は埃にまみれて模様はよく見えない状態だったそうです。

ここを住いとして近代化するときには、かなりいい加減に工事していたようです。

見学者たちが「あぁ~」と驚きの声をあげた部分 ↓



左側に大きなパイプが通っているのです。ガイドしていた人が、苦笑いをして言いました。
「醜いのは分かるのですが、これを取り外すと、僕たちはお風呂に入れなくなってしまうので...」

給油と排水の管のようです。

全体として、建物はしっかりたっているし、床も天井もしっかりしている。つまりは、内部を修復すれば良いのでしょうが、広すぎる!

共同所有者がいるという建物は、マンションでも色々とトラブルがあって大変なのに、こんな大きな修道院などだったら、さぞかし大変だろうな、と想像します。修復するには膨大なお金がかかりますから、そんな費用を出したくないという人も多いだろうし。

修道院を見学できるようにした2人のオーナーのお名前を見ると、貴族だと分かる姓。 こんな問題ばかりかかえそうな建物は、私なら所有したくないですけど...。

ガイドしてくれた人が現在のオーナーの数を正確に言えなかったのは、オーナーの責任を果たさない人もいるからなのではないかな?...


修道院の横には公営老人ホームがありました。修道院時代の病院だったところ。薬の壺のコレクションがありました。


Apothicairerie des anciens hospices


イベントの日に行ってしまったので、見学者が多すぎました。少人数で見学したら、もっと昔の修道院にひたることができたかもしれない。

でも、ほとんど何も残っていないという感じだったので、また行ってみる気にはなりません。

見学の後はルネサンス音楽のコンサートがありました。

続きへ:
ルネサンス音楽の野外コンサート

ブログ内リンク:
ラテン語の知識はフランスで役に立つ 2009/08/26
★ 目次: フランス人の古民家を修復する情熱
★ 目次: 宗教建築物に関する記事

外部リンク:
☆ Wikipédia: Abbaye Saint-Jean-de-Réome (Abbaye de Moutiers-Saint-Jean)
☆ オフィシャルサイト: Palais Abbatial de Moutiers
☆ Demeure Historique: Palais abbatial de Moutiers Saint Jean


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