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2013/11/30
前回の日記「食べ物にこだわるフランスならではの伝統?」で、フランスでおこなわれる果物を何ヵ月も保存する棚について書きました。

ご紹介したのはリンゴや梨を並べて長期保存するために使われた棚で、右の写真のようになっています。

何でもない棚に見えますが、棚板は果物を置く穴があるか、スノコ状に細木を渡してあります。

それを書きながら、パリから35Kmくらいのところにあるブルトイユ城(Château de Breteuil) を見学したときには、もっと珍しい果物保存棚を見ていたことを思い出しました。


ワインではなくて、果物として食べるブドウを貯蔵する棚

リンゴや梨を貯蔵する棚とは違って、ひな壇のような形になっている果物保存棚でした。 これは、ワインにするのではなくて、果物として食べるブドウを保存する棚なのでした。



大きな特徴は、ブドウひと房ごとに花瓶のようなものが付いています。

この棚の説明パネル ↓



リンゴや梨は並べておけば良いのですが、こちらは手がこんでいます。

ブドウを保存するには、枝がついた房をとり、その枝を小さな花瓶のような容器に入れて水を吸わせるという方法をとるのです。瓶の中には、雨水、木炭、ひと摘まみの塩を入れた、と説明されています。

リンゴや梨は、じょうずに保存すれば、収穫後から何ヵ月もたっても食べられるというのは想像できるのですが、ブドウも長期保存できるというのは驚きです。

水を吸わせるのは必要でしょうね。ブドウをただ置いておいたら、干しブドウになってしまうでしょうから!

園芸サイトに入っていた写真 ↓

http://www.rustica.fr/articles-jardin/fruits-et-verger/stocker-fruits-tout-l-hiver,2052.html 
Stocker les fruits tout l’hiver


19世紀に発明されたブドウ貯蔵法

果物を保存する棚はフランス語でfruitierと呼ぶので、その単語から何か情報が出てくるのではないかと調べてみたら、Wikipediaで私がブルトイユ城で見たブドウ貯蔵法が紹介されているので驚きました。

フルーツとして食べるブドウのchasselas de Thomeryという品種についてのページに入っていました。

Chasselas doréこれは、パリ首都圏にあるThomery(トムリー)という町の名が付いた品種。

ここは昔からブドウの産地だったのですが、1730年近くにあるフォンテーヌブロー城のブドウ棚からブドウを移植します。それで、このブドウは「Chasselas doré de Fontainebleau (フォンテーヌブローの黄金のシャスラ)」という名もついていました。

シャスラはワインにもされている品種なのですが、この土地では上質のワインを作れるブドウが育たないので、果実として食べるブドウにされました。さらに、壁につたわせて育てると栽培法も開発されていきます。

収穫したブドウは、シダの葉をしいた棚の上に並べて保存しましたが、せいぜい1ヵ月くらいしかもちません。

19世紀半ば、ブドウを数カ月も新鮮な状態で保管する方法が考えだされ、この地のブドウは脚光を浴び、地元の経済をうるおしました。

それが、 ブドウのrafle(花梗: かこう)に水を吸わせて貯蔵するという方法。

1860年5月にパリで園芸展が行われたときには、この方法で前年の9月に収穫したブドウを保存していたものが新鮮だと驚かせました。

この貯蔵法は、rafles fraîches、rafles vertesと呼ばれていました。

ブドウの貯蔵装置を説明する図です。

Chasselas de Thomery Sarment fiole 
Conservation des raisins à rafle fraîche dans des fioles contenant de l'eau (Rose Charmeux (1863), fig.37, p.80)

※ この図は、ネットで全文が読めるRose Charmeux著『Culture du chasselas a Thomery(1863年)』 に入っています。

手間は非常にかかるでしょうけれど、時期外れのブドウはとても高い値段で売れたので良かったのでしょう。


トムリー町のブドウ貯蔵室

トムリーのシャスラは超高級品としてもてはやされました。ヨーロッパ諸国はもとより、ロシアにまで輸出されていたのだそう。

トムリーの家々では、屋根裏部屋や地下セラーでブドウ貯蔵をしました。通風や光があり、温度は10度くらいが良いなど、環境を整える必要があったようです。花瓶の素材も、始めは亜鉛、炻器(せっき)になり、1865年からは45度傾いた木の棚を使うなど改良がくわえられました。1877年に特許を取得。

この貯蔵方法は他でも使われるようになり、1970年代まで行われたようです。

時代の変化には勝てず、今ではトムリーのブドウ栽培も姿を消してきているようです。貯蔵棚も多くが姿を消してしまったのですが、トムリー町では「Chambre à raisins」と呼ばれる昔のブドウ貯蔵室をガイド付きで見学できるのだそうです。

こういう部屋を見学できるようです ↓

http://fr.topic-topos.com/chambre-a-raisin-thomery 
Chambre à raisin, Thomery

今でも昔の貯蔵室を使ている人もいるそうで、友人の家で見たという報告がありました(こちらのブログ)。1月中旬のことですが、ブドウは甘くておいしかったとのこと。

http://malou77.over-blog.com/article-5306801.html 
Chambre à raisin - Passion Broderie

使われていた昔のガラス瓶は、アンティークとして価値がありそうに見えました(瓶のアップの写真が入ったページ)。

瓶の画像を探していたら、南仏のシャトーホテルでインテリアとしてブドウ保存棚を使っている写真がでてきました。ホテル経営者が骨董品蒐集の趣味があるとのことなので、コレクションのようです。でも、なかなかお見事(こちらのページ)。 ブドウを貯蔵するためのものだったと知らなかったら、化学の実験用の瓶が並んでいるのかと思ってしまう。


20世紀初頭の姿

ありし日のトムリーの様子を見せる動画がありました。1928年の映像なので音声は出ないのですが、ブドウ畑の手入れ、ブドウを貯蔵する場面、カゴ詰め作業を見ることができます。


La production du raisin de table : chasselas de plein air (1928年)

カゴの立派さから見て、相当な高級品だったのだろうと想像がつきます。それにしても、昔のフランス人はよく働いたのですね...。


実験してみようかな...

といっても、ブドウを保存してみようと思ったのではありません。リンゴの保存だって、やってみる気にならなかった私ですから、こちらはもっとむずかしそう。

水に石炭を入れた瓶で保管するという方法なわけですが、これは水が腐らないためでしょう?

としたら、花を花瓶に活けたときにもしたら効果があるかもしれない。

切り花を買ったとき、花瓶の水に加えるようにという小袋を付けてくれたりするのですが、そういうのと同じ原理なのではないかな?...

瓶に入れる水には木炭が必要なのですが、フランスではバーベキュー用として常にストックがあるのですから、材料には事欠きません。


追記

ブドウを保存する風習が南仏にあるとして、ブドウ貯蔵棚の写真を入れたブログが偶然出てきました:
La Saint Blaise à Valbonne

この地方では、ブドウの貯蔵室のことをChambre d'Amourと呼ぶのだそう。「愛を交わす寝室」と受け取ってしまいそうな命名ですが、保存している間には傷んだ実がないか、水がなくなっていないかなどをチェックする必要があり、つまりは愛を傾けないとできないからなのだとのことでした。

プロヴァンスのクリスマスではデザートを13種類食べる風習があり、時期外れのブドウもそれに加わったということでした。ブログは2月3日の祭りのときのもので、貯蔵しているブドウはきれいなものでした。

貯蔵室にchambreという単語を使うのはトムリーと同じで、やはり水の中には木炭を入れていました。



前回の日記「食べ物にこだわるフランスならではの伝統?」で詳しく書いたように、果物を貯蔵室に入れて、何ヵ月も後まで新鮮なものを食べるという方法が考えだされていたわけですが、私は日本でも同じ方法で行われていたのだろうかということにも興味がありました。

探してみたら日本独特の貯蔵方法もあったのですが、面白いことを発見しました。それを続きで書きました:
フランスの果実長期保存へのこだわりが、近代的な存技術を生んだ?

 シリーズ記事: フランスの伝統的な果物貯蔵方法 【目次





外部リンク:
☆ Wikipédia: Chasselas de Thomery
☆ Mairie de thomery:  Lieux à visiter » Une chambre à raisin
ブルトイユ城
☆ YouTube: Le château de breteuil
☆ YouTube: Château de Breteuil - Alain l'enchanteur


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2013/11/29
前回の日記で クイズを出しました。


クイズ: これは何でしょう? - 城の部屋 2013/11/21

これが何なのかを考えてくださった皆さま、どうもありがとうございました!

今まで色々なクイズを出してきましたが、どうして分ってしまうのかと思うことも多かったのに、今回のは意外にも難しかったようです。食べ物関係を連想してくださって、近いところまで行っていたのですが...。

ずばり正解のコメントをくださった方はなかったのですが、これが何だったのかを発表します。

なあんだ~ となるかもしれません。そんなものを保存するために、こんな広い部屋を割り当てていたのでした。でも、今のように便利でない昔の生活では良いシステムだったのだろうと思います。


クイズの答えは、フルイティエでした

ここはブルゴーニュ地方にあるビュッシー・ラビュタン城で、丸い塔の中にある部屋です。台所から奥に入っていくとある、という位置。

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2013/11/21
なんだか好きなものがあります。

少し前にビュッシー・ラビュタン城に行ったとき、友人を待ちながら時間をつぶす必要があったので、何回も見たことがある展示室をじっくり眺めました。



これをご覧になって、何なのかお分かりになるでしょうか?

人間が考えることは同じはずなので、日本にもあるのではないかと思うのですが、画像を検索しても似ているものは見つかりませんでした。

少しアップすると、こうなっています。



もっとアップにすると、特徴が丸見えになってしまうので、ここまで。

いつものようにコメントで答えをくださいますか?

城を観光したときに時々出会うのですが、城だからあるというものではありません。

簡単すぎるクイズになってしまっただろうと思うのですが...。日本にも存在しているのか教えてくださったら嬉しいです。

先に答えを入れるページを書き始めていたら、同類で少し違う形の棚があることに気がつきました。そちらの方は、日本には存在しなかっただろうと思います。


追記 (2013/11/26)】

クイズにするには簡単すぎてしまったかと懸念していたのですが、意外にも答えが出てきません。コメントをくださった方々は、かなり近いところまでいっているのですが...。

ヒントとして、棚に近づいて撮影した写真を入れることにしました。

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2013/11/20
少し前から昔のフランスにあった穀物を貯蔵する建物について書いています。古い建築物を見るのが好きな私なのですが、そういう建築物はほとんど気にしていなかったことに気づいたからです。

どういう建物だったっけ?... と調べてみたら、どんどん知らなかったことが出てくる。それで、はまってしまいました。


まず、言葉に悩んでしまう...

穀物倉」という言い方を使っていましたが、私が出会ったものは「倉」などと呼ぶには抵抗を感じてしまうほど大きな石造建築物なのでした。

穀物を貯蔵するために昔のフランスにあった建造物は、一般的には「grenier(グルニエ)」と呼ばれているのですが、これは「屋根裏部屋」や「穀倉地帯」も意味する単語なので腑に落ちない...。

さらに、穀物をストックしておく場所として、「magasin(マガザン)」を使っているケースもありました。こちらは「店舗」の意味で普通に使われている単語。

小麦を貯蔵する大きな建物を「グルニエ」と呼んで、その中で貯蔵する部分のことを「サイロ」と呼んでいる記述もありました。

となると、疑問が浮上してくる。グルニエをサイロと呼ばないのはなぜなのだろう?

現代的な貯蔵施設をサイロと呼んで、昔のはグルニエとかマガザンと呼ぶのかな...。


現代のサイロは、なんと味気ないこと...

上に入れた写真は15世紀に建てられた穀物を貯蔵する建物でした。参考までに、今のフランスで普通に見かけるサイロの写真も入れておきます。



穀倉地帯には大きなサイロがあちこちにあるのですが、そんなものの写真をとったのは、ここくらいかもしれない。

友人が住む村にあるサイロです。ふざけて、小さな方(左)はロマネスク教会、それでは小麦の生産量には小さすぎるので建てたサイロ(右)はカテドラルと呼んでいたのが面白くて、それで写真を撮ったように思います。


フランスのサイロ

サイロは、フランス語ではsilo。「シロ」と発音しますが、英語と綴りは同じで、日本語のサイロもそこから来ているのだろうと思います。

「silo」という単語が、フランスで初めて文献に現れたのは1823年。スペイン語から入って、「地下の隠し場所」という意味なのだそう。もっとたどれば、ギリシャ語にもラテン語にもある単語なのではありますが。

ともかく、siloという言葉がフランスで使われるようになるまでは、サイロなんて呼ばなかったのでグルニエという言葉が使われたのだろうと分りました。

近代的な施設であるサイロが考案されたのは19世紀でしたが、フランスでサイロが作られるようになったのは、20世紀に入ってからなのでした。

面白いことに、フランスでサイロが作られるようになったのには世界恐慌が関係していました。19世紀半ばから仲買人が穀物相場を牛耳っていたので、不況を利用して価格を引き下げ、穀物生産者を窮地に落ち込めた。それで、政府や農業者たちが農協を作ることを進め、大きなサイロを作って共同で穀物を貯蔵し、自分たちで価格をコントロールできるようにしたのでした。

1932年から1936年にかけて、フランス各地に170のサイロが建てられたのだそう。その後、フランスの農業技術も発達し、穀物生産量も大きく飛躍したのでサイロの数は増加します。サイロを作る技術も発展。


日本のサイロは、フランスでよく見るサイロとは少し違う?

ざっと調べてみたところ、ほとんどの国でサイロはsiloと呼んでいるようでした。

ところが...。

フランスでsiloというと、上に入れたような建物を思い浮かべ、そこには穀物が貯蔵されています。でも、日本のサイロは、ちょっと違うのでは?

サイロというものに米を蓄えているというのは想像がつかないからです。

日本では、北海道でサイロをよく見かけるのですが、あれに穀物が入っているとは思えない。牧場にあるのでは?

☆ Weblio辞書: サイロ

サイロには穀物などを貯蔵する倉庫の意味もあるのですが、日本でサイロといったら、まず酪農関係の言葉で、刈り取った作物を乳酸菌の作用で発酵させたサイレージにするための容器らしい。

とはいえ、日本でも穀物を貯蔵するサイロは存在するらしい。

☆ 日清エンジニアリング: サイロ(silo)とは?

とはいえ、フランスほどには穀物を貯蔵するサイロがたくさんあるわけではないでしょうね。

日本人が「サイロ」と聞いたら、やはり北海道にあるタワーサイロを思い浮かべるのでは? と思ったのですが、最近では使われなくなってきているのだそう。干し草をビニールシートなどで密封してサイレージを作るので、バンカーサイロというのが主流らしい。

フランスでもよく見かけるロール状にしたもので、農家の納屋に大量に積み重ねたりしているのをよく見かけます。それで、北海道にあるようなサイレージのためのタワーサイロを見たことがなかったのかもしれない。


ひと昔前のサイロの取り壊しが進んでいた

フランスのサイロがどんなものなのか調べていたら、検索結果のトップに変なのが見つかりました。マルセイユにある1924年に建てられた穀物サイロがコンサートホールになっていたのです。その名も「Le Silo」! 


Le Silo, la culture sur mer

文化省から、2004年に20世紀の建造物に指定されたのだそう。それで、何とか形を留めた再利用を考えたようです。地中海に面した場所にあるし、サイロらしい姿も残していて、悪くありません。


そんな風に生まれ変わるサイロもあるのですが、最近ではサイロの取り壊しが進んでいました。サイロの火災で大きな被害が出た事故のあと、建物に課せられる規制を厳しくした法律が1998年にできたのでした。



こちらは、パリから100キロくらいのところにあるSoissons(ソワソン市)にあるサイロの取り壊し工事。

ソワソンと言えば、フランスの歴史に登場する地名です。現代フランスの起源となったメロヴィング朝を築いたクロヴィス(Clovis Ier)が、ローマ軍をソワソンの戦い(486年0)で打ち負かし、ロワール川北部を手に入れたのでした。

この戦いの後の出来事は、フランス人なら誰でも学校で習って知っているらしい逸話があります。それを知らないでソワソンの町に行くと、変な彫刻に頭をひねってしまう。
Clovis Ier et le vase de Soissons
Vase de Soissons

«Tu n’auras que ce que le sort t’accordera.»
«Ainsi as-tu fait au vase à Soissons ! »

これは、占領品として略奪した貴重な壺を返せと言ったら割ってしまった兵士を、クロヴィスは1年後にその彼の兵士の姿を見つけ、斧で彼の頭を割って仕返ししたという「Vase de Soissons(ソワソンの壺)」の逸話。

これはフランク族の歴史を書いた本に登場する話しなので、実話なのかどうかは定かではないのですが、ソワソン市にとっては誇りらしい。それにしても、そんな凄まじい話しを教科書なんかに載せる気が知れないのですけど...。


またまた脱線。サイロの話しに戻します。

上に入れた動画に出ているソワソンの住民は、大きな建物がなくなったので見晴らしが良くなったと喜んでいました。サイロに郷愁を覚える人たちがいるのですが、あって美しい建物ではないです。昔の穀物倉を文化財にするのは理解できるけれど、20世紀のサイロを保存しようというのを私は理解できない。マルセイユのコンサートホールなどは、まあ美しく再生したと思うけれど。

フランスでは、古い規格で作られているサイロに対する厳しい規制ができたわけですが、実際には余り進んでいないらしい。私の家の近くにあるサイロも、規格には合っていないのではないかと思う。穀物収穫時期になると、かなり遠くにあるのに雑音のような不快音が聞こえてきます。

サイロはコンクリートでできていることが多いので、老朽化したサイロを壊すには費用がかさみます。それでも、大都市にある古いサイロは取り壊したり、再利用したりという計画が進んでいるようです。サイロをなくして、今はやりの環境に優しい住宅地にするというプロジェクトもありました。


追記 2013/11/24】

覚えたことを忘れないようにという意味でもブログを書いるのですが、フランス人が「silo」と呼ぶものの中には、普通にイメージするサイロとは違うものがあることを教えてもらっていたのでした。

それを書いた日記:
クイズの答え: ニンジンの保存法 2010/02/22

フランス語のsiloの語源は「地下の隠し場所」という意味があるスペイン語だったと今回学んだのですが、こちらは正にそれなのでした!


フランス各地の郷土資産を検索できるサイトには、農家の古そうなサイトも入っていました:

http://fr.topic-topos.com/silo-maule
Silo, Maule

ジャガイモ、テンサイ、ルタバガなど根菜を貯蔵したサイロ(20世紀)です。


 シリーズ記事: この建物は、鳩小屋? 穀物倉? 【目次


外部リンク
Les silos modernes Pour connaître les silos à grain
☆ Wikipedia:
サイロ
☆ Wikipédia:
Stockage des céréales
Les silos modernes
LA REGLEMENTATION APPLICABLE AUX SILOS AU TITRE DES INSTALLATIONS CLASSEES POUR LA PROTECTION DE L'ENVIRONNEMENT
RECONVERSION DU SILO A BLE DE GAP EN BUREAUX
Le Silo : la culture sur mer
Le silo d’Arenc à Marseilles
La sécurité mise en cause au procès du silo de Blaye.
Les silos de Louvres : vers la patrimonialisation
☆ 畜産ZOO鑑: サイレージの作り方といろいろなサイロ
タワーサイロの中身って・・・
☆ Office de Tourisme de Soissons:
La légénde du Vase
L'HISTOIRE DU VASE DE SOISSONS


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2013/11/11
前回の日記「昔のフランスにあった穀物倉って、どんな建物?」で書いたように、昔の穀物倉はどんな建物だったのかを調べていたら、穀物倉の断面図を見せて説明しているサイトを見つけました。

ここまで工夫を凝らして作る必要があったのか、と不思議に思ってしまう建物...。


地下の小麦倉: Les Poires

「レ・ポワール(Les Poires)」と呼ばれる、16世紀に建てられた小麦の貯蔵庫です。フランス北部のベルギーと国境を接するノール・パ・ド・カレ地方のアルドル市(Ardres)にあります。

建物の断面図:


POIRES page 1

地下が穀物を補完する部分(A)で、Bが建物の1階。Cは3フロアーになった屋根裏部分。

このリンク付きでキャプチャした画像が入っているページには説明があるのですが、もう少し大きな画像だけが入っているページは、こちら


機能的な内部構造

さらに、内部を見せる写真を入れたページもありました。石やレンガで立派につくられているのが分かります。

こちらのページでは、地下の部分がどうなっているのか説明していました。 左の絵は、Wikipediaに入っていた図。

 
右の図が入っているページ(Poires page 2 )では、内部を撮影した写真も入っています。

小麦を蓄えるサイロの部分
F: ポワールと呼ぶ、小麦を蓄えるサイロ。
直径5.5m、高さ7m。 3つずつ3列、合計9つのサイロがある。上部には煙突のような通気孔がある。


サイロの下の部分
E:地下道
D:に貯蔵している小麦を取り出すのは、ここから。蓋か何かをしてあるのでしょうが、開けたら、ど~っと小麦が落ちてきて、もう蓋を閉められなくなってしまうのではないかと心配するのですが...。
この部分は、trémieという単語が使われていました。何と訳すのだろう? 訳語としては、ホッパー、通風口、鉱出し口などが並んでいました。取り出し口であり、痛風口の役割もしていたのかもしれない。
C:3つの地下道をつなぐ廊下。にもつながっている。


取り出した小麦を地上に運ぶ道
B:井戸穴(立坑)  
A:地上に通じる階段
から取り出した小麦は、の立坑を使って引き上げるか、Aの階段の斜面を登って運ばれた。


11,000ヘクトリットルの小麦を貯蔵する能力があり、それは500人が1年間食べられる量に相当するとのこと。 この建物の隣には要塞があるので、籠城するときのために大量の小麦を備えていたのだろうと思います。


なぜ「ポワール(Poires)」と呼ばれるのか?

この小麦倉は「Les poires d'Ardres(アルドルのグルニエ)」と呼ばれていました。
poires(ポワール)というのは場所の名前か何かなのだろうと思ったのですが、違っていました。

ここで小麦を貯蔵するサイロの形が、ポワール、つまり洋ナシ(poire)の形に似ているから、そう呼ばれるのだそう。

なあんだ...。
梨に似ているといえば、似ていますけれど...。

日本では、果物の輪郭線を描けば、リンゴもナシも同じになってしまって面白くない。フランス人にとって、梨の形(もちろん西洋ナシ型)は例えに使いたくなるものなのかな?...

19世紀のフランス王だったルイ・フィリップの顔も梨に描かれました。有名なのは、風刺版画家ドーミエが描いた「Gargantua」。ラブレーの『ガルガンチュワ物語』の主人公を使って比喩した絵です。


現存するのは地下の部分

図解してくれるのは嬉しいのですが、実際にどんな建造物なのか見たい...。

インターネットに画像が入っていました:
La façe cachée du patrimoine

このページの中ほどにある「Ardres la souterraine/Les poires, quelle histoire !」という項目。下の写真の次に入っている画像は、カーソルを動かして現存している地下の部分を隅々まで見ることができます。



レンガを積み上げて、すごい建物です。穀物を貯蔵する目的のために、ここまでしなくても良いだろうと思ってしまう...。

こんなに立派な建物ですが、何か構造上の問題があったのかもしれません。17世紀初めには使われなくなってしまったと推定されていました。

1つの欠陥は、このタイプだと貯蔵している小麦の状態を確認できないことらしい。酸素がなくても生きられる嫌気性生物というのが危険だとありました。これは、多くは細菌で、人体に非常に危険な毒素を出すのだそう。1度でもそれがおこっていたとしたら、使うのは止めたでしょうね。

1737年に施設が破壊されたと推定されているとありましたが、地下部分は残ったようです。こんな風な建物は、軍事施設として再利用したくなるのは当然でしょう。小麦の代わりに、大砲の火薬を貯蔵するのに適している、と考えた人もあったようです。

何度か再利用が試みられ、第2次世界大戦のときには、フランスの北半分を占領したドイツ軍はここを貯蔵庫として利用しようとしたそうですが、朽ち果てていったそうです。つい最近になって、地元の住民たちにも忘れられていた建物を発見して修復したのだそう。

今は見学できるとのことですが、階段部分から地下へ11.5メールル降りていかなければならない。それに、当然ながら広大な穴倉のような所に入り込むわけなので、私は怖いな...。


ところで、人口5,000人たらずのアルドルとは、こんな町でした。穀物倉の映像も、ほんの少し入っています。




似たような地下穀物倉はアンワーズにもある

フランスで地下に穀物を貯蔵するという新技術が生まれたのが16世紀? 似たような小麦倉(グルニエ)が、アンボワーズ(Amboise)にもありました。こういうタイプは、フランスには2つしか残っていないようです。

アンボワーズの方は、「Greniers de César(カエサルのグルニエ)」という名がついています。

古城巡りで知られるロワール河流域地方。アンボワーズは、フランソワ1世に招かれたレオナルド・ダ・ヴィンチが晩年を過ごした館がある町です。

アンボワーズの穀物倉は、建物や道路をつくるために石を切り出したためにできていた洞窟を利用したものでした。

この辺りにあるtuffeauと呼ばれる白い石は軟らかいので切り出しやすいし、城もたくさん建てられた地方なので、穴倉ができたところはたくさんあります。洞窟が住居になったりもしています。

掘り出しやすい石だけれど、空気に触れると堅固になるという便利な石材なのだ、と聞きました。 私は観光名所になっているロワール河の古城はコンクリート造りみたいに見えて、余り美しい石ではないと感じるのですけど。

ともかく、石切り場を利用するのなら、地下の小麦貯蔵庫もつくりやすかっただろうと思います。でも、レンガを積み上げていたりもしていました。 湿気から守るために、河でたくさん取れる砂や、レンガで壁を分厚く保護していたとのこと。そうか。地下は涼しくて良さそうと思ったけれど、湿気の問題がありますね。 


A la découverte des Greniers de César (Amboise)

こちらも16世紀、フランソワ1世の時代の建築物。フランス革命がおこるまでは、dîme(十分の一税)や、王家の税金を納めるための穀物を保管したのだそう。

この小麦倉は現在ではデラックス・ホテルHôtel Le Choiseulの所有地になっていて、地下セラーのように立派な貯蔵庫はレセプションルームとして使われていました。カクテルパーティーで250人、着席で150人の収容能力があるホールだと宣伝しています。夏の間は一般の人も見学できるとのことでした。


始めに書いたレ・ポワールと呼ばれる梨型の小麦貯蔵倉の構造を説明しているサイトでは、貯蔵部分を「サイロ」と呼んでいました。それで、サイロとは何かが気になってきたので続きを書きました:
サイロって、なに?

 シリーズ記事: この建物は、鳩小屋? 穀物倉? 【目次


外部リンク
☆ Wikipédia: Stockage des céréales » Les poires d'Ardres et silos d'Amboise
☆ Wikipédia: Ardres
Les structures de conservation des céréales en méditerranée nord-occidentale au premier millénaire avant J.-C.: innovations techniques et rôle économique
Les Greniers de César
☆ Wikipédia: Grange dîmière

内部リンク
カッパドキアに地下都市があった 2012/03/05
「日曜日は田舎で」をするのに適した美しいベーズ村 2010/06/28


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2013/11/05
少し前の日記に右の写真を入れて、この可愛らしい建物は何なのか気になっていると書きました。

ここか、写真をクリックすると、その記事が開きます。

これは穀物倉だったのか?
鳩小屋だったのか?....

とても興味深いことをたくさんコメントで教えていただきました。特に通風の面から、これは鳩小屋だろうと推察してくださったのを読んで、そう思えてきました。

この建物については鳩小屋として写真アルバムに整理したのですが、新たな疑問がわいてきました。

では、穀物倉はどんな建物だったのか?

鳩小屋はなぜか好きなので気をつけて見ているのですが、穀物倉の方はほとんど無視。なので、あちこちで見かけていたとは思うものの、どんな建物だったかは曖昧な記憶しか残っていないのです。


フランスにある昔の穀物倉って、どんな建物だったっけ?

インターネットで穀物倉の画像を探してみることにしました。

ところが、問題が発生。

穀物倉を意味する「grenierグルニエ)」という単語が存在するのですが、色々な意味に使われる単語なので、検索すると関係ないものがたくさん出てきてしまう...。

日常生活で使うグルニエという単語としては、まず「屋根裏部屋」が思い浮かびます。ガレージセールと呼べるガラクタ市も、屋根裏部屋一掃セールのような表現をするので、これにもグルニエと言う言葉が使われています。

何かをストックしておくのがグルニエ。屋根裏部屋を指すのだから、高い所にある貯蔵場所というイメージがあるのかと思うと、そうでもない...。

穀物をストックするグルニエと特定してみても、上手くいかない。「農業大国フランスはヨーロッパの穀倉地帯」という意味で、ここでもグルニエが使われる、などなど...。

おまけに、グルニエというサッカー選手までいたので、彼に関するページがど~っとトップを占めてしまう...。

そうか、そうか! 穀物倉ではなくて、小麦を貯蔵するグルニエとして、「grenier à blé」 で検索することを思いつきました。アルファベットの言葉は不便で、このままキーワードにすると、3つの単語で検索してしまうので、これが1つの言葉であることを示すために"  " でくくって検索。


ガリア時代の小麦倉?

画像検索の結果で、まず目を引いたのは、フランスにあるとしていた、これ。

http://elanbatiancien13.canalblog.com/archives/2013/05/29/27278553.html 
Restauration d'une partie d'un grenier à blé

ローマ帝国がフランスをガリアと呼んだ時代の小麦倉として、それを修復している作業の写真を入れているブログでした。まさか、そんな昔の木造建築が残っているはずはないと思うのですけど...。再現した穀物倉が老朽化してきたから修復していたのではないかな?...

本当に大昔からのが残っていたのかどうかは無視しても、私が疑問を持った建物と形は似ています。

コメントで教えていただいた「ねずみ返し」というのも付いているぞ~ と、嬉しくなる。

ガリア時代のフランスでは木造建築が多かったので、こんなのもあったかな、とは思います。でも、私の記憶に残っている穀物倉というのは、こういう小屋ではなかったのです。

それで、もっと探してみる。


山岳地帯のグルニエ

同じような小屋タイプとして、サヴォワ地方の伝統的なグルニエを紹介するページも見つかりました。

http://www.lesamisdelagrandemaison.com/fra/Patrimoine/Prox-Grenier.html 
Les Amis de la Grande Maison: Greniers

いかにも山岳地帯らしい木造建築。この地方に多いモミの木を使って厚い板でできているとのこと。現代では減ってきているけれど、保存されている小屋を持っている人たちは自慢にしているようです。

穀物類、ハム・ソーセージなどの食料、日曜日にミサに行くときの晴れ着、宝石など、大事なものを入れて、厳重に鍵をかけていたのだそう。つまり、日本のお蔵みたいなものなのでしょう。

サヴォワの小屋は、火事避けとして住居から離れたところに建て、良い木材を使って、ネズミに食われないように壁を2重にしているなど工夫しているようですが、日本のお蔵ほど頑丈ではないですね。

この小屋の写真を見て、この地方で育った3つ星シェフのマルク・ヴェラ(Marc Veyrat)がテレビの料理番組で、子ども時代の思い出を語っていたのを思い出しました。

お蔵に入ると、ハム・ソーセージとかコーヒー豆とかが混じった良い香りがしていて、日曜日の晴れ着が入っていて... と、語っていたのです。こういう木でできたグルニエだったのだ...。

シェフは、懐かしい倉のイメージで何か料理を作って見せていました。豚肉にコーヒー風味をつけるとか、そんな料理だったと思う。

インターネットって、何でも出てきてしまう。こちらの番組のレシピでした:
Côtes de porc au café  ⇒ 番組のビデオ
  1. 豚肉2枚を塩コショウしてから、フライパンにバターを入れて焼き、皿にとりだす(ひっくり返した皿に乗せるのがコツ)。
  2. 焼き汁を加熱してコーヒー豆10粒を入れて、脂をからませる。
  3. そこにチキンコンソメスープ6clを入れて2分間、煮詰める。
  4. コーヒー10clを入れ、スプーン2杯分になるまでじっくり煮詰める。
  5. 砂糖2~3つまみ加える。
  6. フライパンの火を止め、肉にソースをからめる。
私にも簡単にできるレシピだと思いながら眺めたのですが、試してみていませんでした。

この料理専門チャンネル「Gourmet TV」は有名シェフが次々出てきてレシピを見せてくれるので好きだったのですが、資金難で閉鎖されてしまったのが 残念。


脱線はこのくらいにして、グルニエなるものの話しを続けます。

こういう小屋の穀物倉というのを見たことがあったかどうか?...

私の記憶の中にある穀物倉は、町の中にあって、とても大きな建物、というもの。民家にも小さなものがあったでしょうが、今では違う使われ方をしていることもあって、目につかないのだろうと思います。


ベーズ村の小麦の庫

ブルゴーニュ地方のベーズ村(Bèze)にある小麦倉の画像が見つかりました。美しいベーズ村に行ったときのことはブログにも書いていたのですが、ここで小麦倉なんか見ていたかな?...

写真アルバムを見ると、ちゃんと入っていました。



左側の建物がそれです。川沿いに建っている立派な建物。



インターネットで出てきたのと同じ建物。しかも、壁には「Grenier à blé(小麦倉)」と書いてあるのが読めたので、間違いない。

13世紀の建築で、村人たちが収穫した小麦を入れていたのだそう。後に村の修道院が徴税するようになった、と書かれてありました。

説明がなかったら、普通の家だろうと思ってしまう建物。それは良いとしても、川に面したところで小麦を保管しても良いものなのでしょうかね?... 洪水だってあるかもしれないのに...。1階部分に穀物を貯蔵していたとみられている、と書かれていました。

私が見たことがある穀物倉というのは、こんな風に大きな建物だったな... と、記憶がよみがえってきました。


メッス市の小麦倉

ロレーヌ地域圏のモゼル県にある大きな町メッス(Metz)の小麦倉も出てきました。

メッスに行ったときのことを書いたブログでは触れていなかったのですが、この建物の写真もアルバムに入っていました。

「Grenier de Chèvremont 」と呼ばれる穀物倉で、15世紀半ばの建築。



メス市にあった幾つか小麦倉の中でも、ここは見事に保存されているのだそう。現在では建物の一部がミュージアムとして使われていて、内部を見ることができます。

ミュージアムに入りたかったのに、残念ながら夕方になってしまって閉館していたのでした...。

この穀物倉にも入れないのを残念に思ったのでした。仕方がないので、外から眺めて写真を何枚も撮っていました。



通りから建物の一部を見ていたようです。全体としては酷く大きな建物だったのでした(その画像)。

窓が小さいので、住むには不便そうなつくり。なので、穀物を保管していたと言われると、そうかな、と思う。知らなかったら牢獄かと思ってしまう。なんだか暗いイメージなのですもの...。

立派ですけれど、四角くて面白みがない建物。でも、調べてみたら、内部はとても美しいのでした。

Musées de Metz

ぎっしりと石畳でしょうね。あのとき入ってみたかったな...。メッス市は遠いし、観光でよく行く地域でもないので、いつ再び行けるか分らない...。


リヨン市の穀物倉

大きな町には、どこでも立派な穀物倉があったような感じでした。検索を続けていると、大した説明はないにしても、色々な都市に小麦を入れる貯蔵庫の名がありましたので。

大都市リヨン(Lyon)には、「Grenier d'abondance(豊穣のグルニエ)」と呼ぶ穀物倉が現存していました。

http://qse.free.fr/spip.php?article47
Lyon Historique - Le Grenier d'abondance, quai Saint Vincent.

18世紀前半につくられた建物で、当時の人口12万人くらいの胃袋を満たす量、16,000トンの小麦をストックできたのだそう。

リヨン市の穀物倉は、小麦が自由流通できるようになった1763年には無用になったので、倉庫ではない使われ方をするようになった、と書かれていました。ということは、各地に大きな穀物倉があったのは、小麦を統制をするのに必要だったからなのかな?...


塩の貯蔵庫(アヴァロン市)

最近行ったあそこにもあった、と思って探してみたのは、ブルゴーニュ地方にあるアヴァロン(Avallon)という町。

でも、写真アルバムを眺めてみたら、思い出したのは穀物を入れる建物ではなくて、塩を貯蔵する建物ものでした。 この建物は市の持ち物らしく、イベント会場として使われているようです。私が行ったときは工芸品展をしていたので、入ったのでした。



こちらの建物の呼び名も「grenier(グルニエ)」を使っていますが、塩を入れる貯蔵所なので「grenier à sel」と呼ばれていました。

外部の写真は撮っていなかったのですが、インターネットに入っていた画像はこちら。 外観は、どうということはない。入ってみて驚いたのを思い出します。

15世紀の建物。塩税(gabelle)の事務所みたいなものもあったそうなので、なおさら豪華にしたのでしょうか。天井には、フランス王家の紋章である百合の花が描かれていました。

 

「grenier à sel」を仏和大辞典で調べてみたら、説明がついていました。
  • 塩税局。塩の貯蔵倉庫であるばかりではなく、一定地域を管轄し、塩税に関する初審裁判所の機能をもった。
なるほど...。


昔の穀物倉というのは、富の象徴でもあったので立派なものを作ったのかもしれない。穀物倉の建物はあちこちで見たような気がしてきたのですが、内部の見学をまともにしたことがあったかどうか...。いずれにしても、今では穀物がストックされている姿などは見れないので、あまりインパクトがないので覚えていないのかも知れない。

フランスにある昔の穀物倉を探していたら、内部がどのようにできていたかを詳しく説明しているサイトがありました。とても奇妙な作りなのが面白かったので、それをメモしました

 シリーズ記事: この建物は、鳩小屋? 穀物倉? 【目次


内部リンク:
「日曜日は田舎で」をするのに適した美しいベーズ村  2010/06/28
度肝を抜かれたメッスの駅  2012/09/15
美しいアヴァロン市の旧市街で見たストリートアート 2013/04/28
フランス王家の紋章はユリの花 2012/06/11
★ 目次: レシピ、調理法、テーブルウエアについて書いた記事

外部リンク:
☆ Wikipédia: Grenier de Chèvremont
☆ Wikipédia:
Grenier d'abondance
☆ Wikipédia:
Grenier à sel
LA GABELLE (XIVe-XVIIIe siècles)
Sentier des Gabelous
Topic-Topos, le patrimoine des communes de france


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