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2013/12/25
半年前に生まれた赤ちゃんがいる家庭に忘年会で集まった日本の友人たち。てんでに赤ちゃんを抱きあげますが、驚いた赤ちゃんは泣きだします。

その中の1人が言いました。

ー こんなことくらいで泣いちゃだめよ。あなたの人生には、もっと大変な苦難が待ち受けているのだから。

冗談を連発する友人ですが、言い当てている!

今生まれてくる日本の子どもたち、そしてその子孫たちには、どんな未来がまっているのだろう? 私たち大人は、彼らが何百年にもわたって背負わなけれならない重荷をしょわせて立ち去ろうとしています...。



少し前に出会った動画を入れます。

1939年、フランスの軍隊のクリスマス風景を見せる報道映像です。

フランスでは絶大な人気があった歌手・俳優のティノ・ロッシ(Tino Rossi: 1907~1983年)が歌うクリスマスソングが流れてきます。

真夜中のクリスマスミサに参列した兵士たち。

クリスマスプレゼントをもらったり、ご馳走を用意して食べたり、食い入るような目で慰問に来た女性歌手を見つめたりしているうちに、現実から逃避した彼らの表情はなごんでいきます。



※ フランスで最も有名なクリスマスソングはティノ・ロッシの「Petit Papa Noël(1946年)」なのですが、この映像に合わせて、1939年11月に彼が出したアルバムから「Minuit, chrétiens(さやかに星はきらめき)」と「Trois anges sont venus(三人の天使は夜来る)」を入れていました。
最後に登場しているのは
ジョセフィン・ベーカー(Joséphine Baker)。

1939年9月3日、アメリカに圧力をかけられたフランスはイギリスとともにドイツに戦線布告しますが、映像は「Drôle de guerre(まやかし戦争)」と呼ばれた時期。ドイツ軍と国境でのにらみ合いをしていただけ。でも、翌5月10日、ドイツはフランスに全面攻撃をかけてきました。

普通の心を持っていたら、誰だって戦争なんかしたくないと思うはずです。それなのに、戦争は絶えず行われてきました...。



久しぶりに日本に帰ったときに、どことなく異様な空気が漂っているので、日本は戦争を始めるのだろうと強く感じたことがありました。

意見が出れば反対する人が必ずいるフランスとは違って、日本人は一丸になりやすいと感じたのです。誰が変な方向に舵を取ったら、簡単に突進してしまう国民なのではないか?... 次に帰国したときに遭遇したのは、地下鉄サリン事件でした。

戦争を経験したことがある父に話したら、「あのときは、もっと、ずっと暗かったよ」と言われて、安心してしまったノンキな私...。

しばらく忘れてしまっていたのですが、最近、またその思いが首をもたげてきました。景気回復を図る政治家が行える最も効果的な手段は、戦争をおこすことですから。


ジャーナリスト辺見庸の言葉:

ー ファシズムっていうのは必ずしも強権的に「上から」だけくるものではなくて、動態としてはマスメディアに煽られて下からもわき上かってくる。政治権力とメディア、人心が相乗して、居丈高になっていく。個人、弱者、少数者、異議申し立て者を押しのけて、「国家」や「ニッポン」という幻想がとめどなく膨張してゆく。


- かつて吉田茂首相は朝鮮戦争が勃発したとき、「天祐」と言いました。天の助けだ、と大喜びしたのです。とんでもない暴言なんだけれども、日本にはそれを恥じいり吉田茂を糾弾する世論はなかった。戦後間もない時期、貧困の淵にあった日本には朝鮮戦争反対の本格的運動はなく、戦争特需で儲けることができる、ビジネスチャンスだと、あの大きな戦争をとらえたのです。


ヒットラーはクーデターで政権にのぼったわけではなくて、国民投票で選ばれていました。第一次世界大戦で負けて窮地に陥っていたドイツ。国民の思いを1つにまとめるには、みんなに共通の敵を与えることが必要です。それがユダヤ人。

日本でも、2つのお膳立てが整ってきているように思えてなりません。救いは、経済不況がまだそれほど深刻にはなっていないこと。でも、不況も原発処理も解決できるという楽観を持たされると、パンドラの箱をプレゼントされたみたいで怖いですが...。



フランスの戦時中の映像を見て物思いにふけっていたら、私の疑問に答えるかような記事のコピーを送ってきてくれた友人がいました。

その新聞記事の内容をインターネットに載せていらっしゃる方もありました:
辺見庸ロング・インタビュー「国策を問う ――沖縄と東北の40年」(沖縄タイムス 2012年5月10日、同11日)を読む

ブログ内リンク:
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2013/12/24
シャンパーニュ地方にあるマルヌ県がシャンパン業界を握っているのは、動かしがたい事実だと思います。マルヌ県にはランスやエペルネーが入っていて、ともすればそこだけがシャンパンの産地かと消費者だった思いがちですから。

オーブ県で栽培されていたガメ種のブドウはシャンパンを作るのは相応しくないので、株を引っこ抜いて植え替えることになったことを前回の日記「ガメ種のブドウでは美味しいシャンパンを作れない?」に書きました。確かに、AOCワインの品質を守るためには厳しい規制が必要です。

でもね... と、思ってしまうことがあるのです。


シャンパンのロゼ

昨年の夏に知り合ったオーブ県でシャンパンをつくっている農家に買い付けに行ったとき、ロゼワインの試飲を薦めてきました。
Rose champagne infinite bubbles
ロゼのシャンパンには希少価値があるので薦めてくれたのでしょうけれど、実は、私は余り好きではないのでした。

ロゼのシャンパンを口に入れたときには、なんだか美味しくない。抵抗を感じる不快さがあると感じていたのです。まろやかさに欠ける、という感覚かな?...

乾杯で1杯飲むのなら良いけれど、ロゼを何杯も飲む気にはならない。 ましてや、食事をしながら飲むには抵抗があります。

ピンク色の泡は美しいのですけれどね...。

ところが、このとき飲んだロゼは、驚くほど口当たりが良いので驚きました。有名ブランドの高いロゼワインも飲んだことがありますが、こんなに美味しかったことはなかったように思います。

喜んでしまった私は、ご主人に言いました。

私はロゼが好きではなかったけれど、これは美味しいので好き。こんなロゼワインだったら、頻繁に飲みたくなる。

「そうでしょう? 美味しいでしょう?」と、ご主人は当然といわんばかりに満足そうな顔をしました。

自分のロゼはほかとは違うから、と言います。 「ほかとは違う」という意味を聞かされたときには、私は冗談を言っているのだと思いました!


シャンパンのロゼのほとんどは、白ワインと赤ワインのブレンド

試飲したシャンパンのロゼは、ピノ・ノワール種のブドウ100%で作ったものでした。

シャンパンのロゼのほとんどは、赤と白を混ぜてロゼワインを作っているので、そこのロゼには希少価値があるのだと言います。

白と赤を混ぜてロゼを作る?!
嘘でしょう?!
その場に居合わせた私たち、全員が仰天してしまいました。

フランスのAOCワインでは、そんなことをしてロゼワインを作れません。赤ワインを醸造するとき、色ができらない状態でブドウを引き上げてピンク色のロゼワインができあがるのですから。

数年前だったか、EU域内で赤ワインと白ワインをブレンドしてロゼワインを作れるように、規制緩和をしようとしたことがありました。記憶が定かではありませんが、EUの品質保証付きのワインに関してだと思います。

友人仲間では、そんなへんてこりんなロゼワインが出てきたら世も末だ、と呆れていました。ブルゴーニュでは、同じ品種のブドウからワインを作るときだって、違う畑でできたブドウをミックスして使うのさえ嫌うのです。そんないい加減なワインを作りたい国もあるだろうから、ひょっとしたら許可されてしまうかと思っていたのですが、さすがに、EUは赤と白のブレンドは許可しなかったようです。

でも、AOCシャンパンでは、赤と白をブレンドしてロゼワインをつくることが許されているのですって!

このたびオーブ県のシャンパンの歴史を調べていて、あの時ご主人が言っていたことは本当だろうかという気になってきたので調べてみました。

だって、オーブ県はガメ種のブドウを作っているからシャンパン産地にはなれないと厳しいことを言い、マルヌ県と同じ品種のブドウに植え替えたら仲間に入れてあげないと言ったシャンパン業界ですよ。それなのに、「赤+ 白 = ピンク色」でロゼワインを作っても良いことになっているなんて、いい加減すぎるではないですか?!  ガメ種のブドウでシャンパンを作るのより、はるかにショッキングです。

シャンパンを醸造するプロがおっしゃるのだから信じないわけにいきませんが、半信半疑でした。彼が「ほとんどのロゼが...」とか「トップクラスのシャンパンとして有名なブランドだって」いう部分は、オーバーなのだろうと思っていました。


日本で市販されているロゼで検証してみたら、見えてきた...

ワインを売るときにはセパージュを情報として提供するので、ブドウの品種を見たら判別はずだ、と思いつきました。

有名ブランドの高価なシャンパンだったら、ロゼはロゼとして初めから作っているだろうと思ったので、価格の高い方から見ていきました。

幾つか見て行くうち、ご主人が言っていたことは本当だったのだと分かりました。

高いシャンパンだからといって、ロゼワインからロゼシャンパンを作っているわけでは全くない。あのドンペリでさえ、赤と白の品種をミックスしているので驚きました。

ロゼ・シャンパンを眺めるのはお預けにして、情報を眺めると、赤ワイン品種だけで作られるのは、ロゼのシャンパンの中では数パーセントを占めるに過ぎないと分かりました。ほとんど市場には出ていないのではないか?...

どんな割合で赤と白をブレンドするかには法則はないようだし、赤ワイン品種100%で作ったロゼ・シャンパンは全く出てこない。商品を眺めていないで情報を先に探そうとしたら、私が探しているようなロゼは全体の数パーセントを占めるにすぎないのだと分かりました。

探すのはバカバカしいからやめようと思ったとき、やっと出始めてきました。つまり、高い価格帯のシャンパンを離れ始めたときです。

使っているブドウの品種を書いていたショップのロゼを並べてみます。 こんな一覧を作るなんて、よほどバカな暇人みたいですが、眺めてみると見えてきますよ~。誰がピノ・ノワール100%でロゼを作っているか!

なお、画像を拝借できる楽天市場を利用。品切れになったらリンクが切れてしまうので、取りたい情報は右に書きました。

はっきりしないものはフランスのオフィシャルサイトを覗いたのですが、非常に情報を得にくいので参りました。まず、18才以下かどうかを聞いてくるので、「はい」と答えないと先に進めない。身分証明書を提出するわけではないので、子どもだって「はい」と答えられるのだから、全く無意味だと思うのだけれど! 法律でそうなっているのかと思ったら、小さな製造元にはそんなトップページはないので、義務付けられているというわけではないようです。

サイトが開いたと思うと、大手ブランドは特にお金をかけた凝ったつくりにしているので、まだるっこしいこと極まりありません! それで、ほとんどはフランスサイトを確認しないで、日本のショップが書いていることを載せます。

印を入れたのは有名なシャンパンメーカーがあるマルヌ県
印は、シャンパン産地から外されそうになったオーブ県(コート・デ・バール)地区
太字で入れたアルファベットはメーカー名で、印は売上ベスト10に入っている会社(2011年)


シャンパン ロゼブドウの品種、価格

Louis Roederer

ピノ・ノワール70%
シャルドネ 30%

価格:55,000円 (税込、送料別)

Dom Perignon / LVMH 

ピノ・ノワール
シャルドネ
※フランス情報を見ても配分は分らない。

価格:43,050円 (税込、送料込)

Pommery 

シャルドネ 60%
ピノ・ノワール 40%

価格:35,600円 (税込、送料別)

Veuve Cliquot Ponsardin 

ピノ・ノワール
シャルドネ

価格:33,600円 (税込、送料別)

Jacques Selosse

シャルドネ 93%
ピノ・ノワール 7%

価格:34,884円 (税込、送料別)

※今年の春に興味を持った生産者です。白ワイン用シャルドネ種が殆どで、赤ワイン用ブドウは異常に少ない。やはり、独創性を求めている人なのですね。
存在を知ったときに書いた日記:
シャンパンの口抜き (2) Degorgement a la volee

De Venoge

ピノ・ノワール 60%
シャルドネ 40%

価格:22,037円 (税込、送料別)
 コート・デ・バール地区
Nicolas Feuillatte 
※ 本社はエペルネーに近い町にあるが(マルヌ)県)、シャンパーニュ地方にある84の農協[5,000人のブドウ栽培者)のグループなので広い地域をカバーしている。

ピノ・ノワール 100%

価格:21,000円 (税込、送料込)


Lanson 

シャルドネ
ピノ・ノワール

価格:12,946円 (税込、送料別)

Laurent-Perrier 

ピノ・ノワール 100%

価格:8,904円 (税込、送料別)

Perrier-Jouet 

ピノ・ノワール 50%
ピノ・ムニエ 25%
シャルドネ 25%

価格:8,087円 (税込、送料別)
コート・デ・バール地区
Nathalie Falmet

ピノ・ノワール
ピノ・ムニエ
※ブレンドだが、両方とも赤ワイン品種

価格:7,980円 (税込、送料別)


Taittinger 

シャルドネ 30%
ピノ・ノワール
ピノ・ムニエ

価格:6,909円 (税込、送料別)
コート・デ・ブラン地区
Larmandier-Bernier
※小規模生産(生産者元詰)

ピノ・ノワール 100%
※生産者のページでは、セニエ法で、これが本当のロゼだと書いている。

価格:6,804円 (税込、送料別)

Moet & Chandon / LVMH 

ピノ・ノワール 50~60%
ピノ・ムニエ 20~30%
シャルドネ10~20%

価格:6,699円 (税込、送料別)

Louis de Sacy
※小規模生産(生産者元詰)

ピノ・ノワール 90%
ピノ・ムニエ 10%
※ブレンドだが、両方とも赤ワイン品種

価格:6,279円 (税込、送料別)

Bollinger

ピノ・ノワール 62%
シャルドネ 24%
ピノ・ムニエ 14%

価格:6,121円 (税込、送料別)
コート・デ・バール地区
Drappier

ピノ・ノワール 100%

価格:5,880円 (税込、送料別)

GH Mumm 

ピノ・ノワール 60%
シヤルドネ 22%
ピノ・ムニエ 18%

価格:5,544円 (税込、送料別)

Piper Heidsieck 

ピノ・ノワール
ピノ・ムニエ
シヤルドネ

価格:5,896円 (税込、送料別)

Baron Dauvergne

ピノ・ノワール 80%
シャルドネ 20%

価格:5,378円 (税込、送料別)
コート・デ・バール地区
Jean Laurent

ピノ・ノワール 100%

価格:4,494円 (税込、送料別)

Beaumont des Crayeres

ピノ・ノワール 60%
シャルドネ 30%
ピノ・ムニエ 10%

価格:4,284円 (税込、送料別)

Jean Vesselle
※小規模経営

ピノ・ノワール 100%

価格:4,200円 (税込、送料別)


Henin Delouvin
※小規模生産(生産者元詰)

ピノ・ノワール 100%
※グラン・クリュ・アイの平均樹齢75年のピノ・ノワール60%、マルイユ・シュール・アイ産のピノ・ノワール40%、アイ産グラン・クリュのピノ・ノワールを15%アサンブラージュ

※ Guide Hachette des Vins 2013


価格:4,179円 (税込、送料別)
コート・デ・バール地区
Drappier


ピノ・ノワール 100%

価格:3,979円 (税込、送料別)
コート・デ・バール地区
Piollot Pere et Fils


ピノ・ノワール 100%

価格:3,129円 (税込、送料別)

Paul Goerg

シャルドネ 85%
ピノ・ノワール 15%

価格:2,998円 (税込、送料別)

Mansard

シャルドネ 30%
ピノ・ノワール 35%
ピノ・ムニエ 35%

価格:2,814円 (税込、送料別)
 エーヌ県
Gratiot Gerard

ピノ・ムニエ 60%
ピノ・ノワール 5%
シャルドネ 35%

価格:2,400円 (税込、送料別)


やはり、圧倒的に赤と白のミックスのロゼが多いと思いました。

表に入れるべきサンプルが抜けている可能性は大です。赤と白のミックスは、特に有名なブランドを選ぶようにしました。私が飲んで気に入ったピノ・ノワール100%を探すのが目的だったので、全体としては少ないのにリストアップでは多く入っています。

赤ワインの品種だけで作っているところには、次の特徴があると思いました。しっかりとピックアップしているわけではないので断定はできませんが、遠からずではないでしょうか?

赤ワイン品種だけでシャンパンのロゼを作っているのは誰か
  1. 有名ブランド(売上高が大きな会社には印を入れた)では殆ど作らない。
  2. マイナーなシャンパンの産地コート・デーバール地区(オーブ県)の生産者(印を入れた)が多い。
  3. メジャーなシャンパン産地(マルヌ県中心)で作っている例外では、小規模生産・家族経営が目立つ。
  4. 価格的には、中間あたりに多い。
このシリーズ記事では、シャンパンの産地から追い出されそうになったし、シャンパン産地(4地区)でも外されてしまうことが多いコート・デ・バール地区(オーブ県)のシャンパンを追っています。それで、赤ワイン品種だけで作っているのはこの地域が圧倒的に多いのは興味深かく思いました。

ランスやエペルネーがある地域にも赤ワイン100%があったので調べてみると、小規模生産者が醸造に深く係っている会社。「生産者元詰」というのは、ショップが使っていた「Vignerons indépendants de France」の日本語訳をいただきました。真心をこめて手作り醸造だと感じる小規模生産者が加入している団体で、私が知らないワインを選ぶときには信頼している指標です。

ピノ・ノワール100%が希少価値だとして紹介しているショップは、シャンパンに詳しいのでしょうね。ブドウ品種が何であるかなんて、全く無視しているショップは多かったのです。

オーブ県のワイナリーがピノ・ノワール種だけでロゼを作っているケースが多いのは、どう解釈したら良いのでしょう?

マルヌ県から貶されるように、この地域はほとんどブルゴーニュの伝統がある地域で、全然違うワインをブレンドするのには抵抗があるからだろうと思うのは、私がブルゴーニュの感覚に染まっているからかもしれない。

オーブ県で生産しているのはほとんどピノ・ノワール種なので、混ぜるシャルドネがないから? マルヌ県でもピノ・ノワール種が多いのですが、大手のメーカーはあちこちのブドウ畑から仕入れているので、シャルドネも簡単に手に入るはずです。その点、オーブ県は経営規模が小さいので、よその畑のブドウを買うわけにいかない。

ピノ・ノワール100%でロゼ・シャンパンを作るのは非常に難しいそうなので、オーブ県や小規模生産者は自分たちは上質のシャンパンを作れると見せたいから頑張っているのではないか、と私は思うけれど...。


アサンブラージュとマセラシオン

シャンパンのロゼを作るには、次の2つの方法がありました。

製法仏語での呼び方
アサンブラージュ法
白ワインと赤ワインを混ぜてから醗酵させてピンク色にする。安上がりな製法なのに上質のシャンパンができると言われるが、それに反対する者もいる。赤ワインの質が良いことが出来を決める。
シャンパーニュ地方の伝統的な製法なので「クラシック」と呼ばれる。
classique
assemblage
マセラシオン法セニエ法):
破砕・圧搾の過程で赤ワイン種のブドウの果皮ごと漬け込んでロゼ色の色素を抽出し(8~12時間)、アルコール発酵させる。質の高いものができるが、色の固定が難しいのでテクニックが要求される。
生産量の5%を占めるにすぎない。
expression
macération
saignée

白のシャンパーニュでも、品種が違うものをミックスしたものが圧倒的に多いので(赤ワイン品種も使う)、シャンパーニュではアサンブラージュのテクニックがあることを誇りにしているようです。

ロゼを作るのに白ワイン品種を入れた方が好きな人もあるでしょうし、出来が良いか悪いかは大きな違いを出すはずです。私が白と赤をミックスしてピンク色にするのは気持ち悪いと思うのは偏見だ、と言われても反論はできません。

ミックスとかブレンドなんて言わないで、日本の業界が使う「アサンブラージュ(調合)」という言葉を使ったら、イメージが良いのでしょうね。フランス語では、寄せ集め、組合せという意味で、自動車工場の部品組み立てにも使われる用語ですから、それでステータスを高くしているとは感じませんけど...。

マセラシオン(macération)は調理法で肉を赤ワインに漬けこんで味をしみこませるときに使う単語なので、イメージがわきます。日本の業界でも使っている「セニエ(saignée)」の方は、怪我をして血がたれているときに使う単語。瀉血(しゃけつ)とも訳す。生々しいですね...。

マセラシオンは赤ワインからロゼワインを作るような製法なわけで、ピノ・ノワール種100%で作るところが多かったのですが、ピノ・ノワールとムニエをミックスして作っているところもありました。

ミックスが許されているわけですから、マセラシオンでできたワインに白ワインを混ぜて薄めても許されるのではないかという気もしています。もしもそうだとすると、原料として赤ワイン品種と白ワイン品種が並んでいたらマセラシオンでピンク色を出したのではない、と決めつけることはできなくなります。


フランスではロゼのシャンパンの人気が上昇。日本でもシャンパンブーム?

ロゼのシャンパンの歴史は古く、ヴーヴ・クリコ夫人(Barbe-Nicole Clicquot)は、すでに1804年につくっていたのだとのこと。

最近のフランスでは、ロゼのシャンパンの人気が目に見えてあがってきています。ひと昔前には、シャンパンのロゼを出してくる友人は、やたらにもったいぶって出してきたように思います。

今でも、その傾向がありますね。なにしろ、普通の透明なシャンパンよりお高いですから。フランスのワイン情報サイトによれば、ロゼは普通のシャンパンより15%高いとのこと。そのおかげで、シャンパンの販売量では7%にすぎないロゼ・シャンパンは、売上高では9%を占めるのだそう。

ところで、日本で市販されているシャンパンのロゼを拾い出したらきりがなく出てきたし、ロゼ・シャンパンの数パーセントしか占めない希少価値がある赤ワインだけで作ったロゼもかなり出てきたので不思議に思いました。

実は、 シャンパンの輸出国として日本は5番目に多く、ロゼ・シャンパンでは3番目にランクされているのだそうです。

2011年の日本へのシャンパン輸出量は7,900万本だったとのこと。不況や様々な問題にもかかわらず、日本ではシャンパンブームになっているようで、10年ほど前に比べると日本向け輸出量は3割アップなのだそうです。

どなたが飲んでいらっしゃるのでしょうね。私が日本にいるときには、めったにシャンパンを出してくれる機会はないのですけど...。

日本への輸出量が増えていると書いていた記事では、日本では近々、シャンパンを買う支出が社会保険の対象になるのではないか、などと言っていました。これは、フランス人たちがワインを買いつけに行ったときなどによく言う冗談。副作用がある薬なんか飲むより、お酒を飲んだ方が健康を保てる、というわけです。

 シリーズ記事: 百年前、なぜシャンパンの産地で暴動がおきたの? 【目次


外部リンク
Saignée (vinification) vin rosé, Champagne rosé
Le champagne rosé Comment est-il élaboré
Comment choisir son champagne rosé ?
Champagne au Japon - La voie de l'excellence
Champagne (le Champagne 2013-2014)
Classement des 10 Champagne les plus vendus en 2011 (Magazine The Drinks Business)
☆ メゾン・デュ・ヴァン: ロゼワインの造り方

ブログ内リンク
★ 目次: シャンパンとスパークリングワイン
★ 目次: シャンパンやクレマン独特の製造法や事情に関して
★ 目次: ワインなどアルコール飲料に関するテーマ
★ 目次: 色について書いた記事


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2013/12/21
百年前にシャンパーニュ地方のオーブ県でおこったブドウ栽培者の暴動について少し調べてみようと思って書き始めただけなのに、いつまでたっても書き続けてしまっています。

1911 autodafé de feuilles d'impots


Champagne ! : Histoire inattendue
シャンパンには謎が多いので、調べ始めると次々と新たな謎が浮上してきてしまうのです。

暴動から百年ということでオーブ県の各地でイベントが行われたのですが、そのときに講演をした人の中に歴史家がいたので調べてみたら、『シャンパーニュ! 意外な歴史』と題された本を出版していました。

地理的な問題や歴史に関する著作があるブルゴーニュ大学教授なので、シャンパン/シャンパーニュの問題は大きな研究テーマになるくらい奥深いものがあるのだろうと思います。

私の浅い探究は、いいかげんに終わりにしなければならないので、先を急ぎます。 


ガメ種のブドウがいけなかった

害虫フィロキセラがフランスのブドウ畑に壊滅的な被害を与えたあと、シャンパンの産地でもブドウを植えかえました。マルヌ県ではピノ種とシャルドネ種のブドウを植えていましたが、オーブ県で植えられたのは育てやすいガメ種(Gamay)でした。

オーブ県では誰か、ワイン産業を立ち直らせるにガメを植えることを思いついた人がいたのかもしれません。それで県内のワイン産業が成功をおさめていたら、その人はオーブのブドウ栽培者たちを救った英雄になれるところでした。でも、そのアイディアは、結局はブドウ栽培者たちをを苦しめることになってしまった...。

1911年にブドウ栽培者たちは暴動をおこしてから16年後、ようやくオーブ県は正式にシャンパン産地として認めてもうことができました。 現在では、この地域の畑はコート・デ・バール地区となっています。

晴れて収穫したブドウからシャンパンを作って売ることもできるようになったのですが、厳しい条件を言い渡されます。

シャンパン用のワインにするなら、ガメ種のブドウは徐々にやめて、マルヌ県と同じようにピノを植えること!

害虫フィロキセラにやられたブドウを植え直して(シャンパーニュ地方に害が出たのは1890年頃)、ようやく新しい株からブドウが収穫できるようになったのに、また植え替えをしなければならないことになったのです。

15年の期限でガメ種がすっかりなくなるようにとのことでしたが、それは1960年まで、とことに延期されています。

前回の日記「シャンパンにできるブドウの品種は7種類」に、シャンパンを作れると認可されているブドウの品種を書きました。現在のオーブ県は、ランス周辺地域と同じように、ピノ・ノワール種が圧倒的に多く植えられています。忠実に言われたことを守ったのですね...。

ただし、植え替えには苦難を伴ったようです。フィノキセラから立ち直りそうになったときの不作が続いた時代、もう失うものは何もないという覚悟で貧しさの中から暴動をおこしたのですから、ブドウの苗を買う資金にも困っただろうと想像します。

1960年頃まで、次々とブドウ栽培をやめる人が出たのだそうです。それはそうですよ。めげますよ...。ようやくブドウの実がつき、生活を支えられるという希望が見えてきたとき、株を引き抜けと言われたわけですから。余りにも辛かっただろうと思う...。

1970年代になって、ようやくブドウ畑が増えてきました。でも、 暴動がおきた当時のオーブ県内のブドウ畑は2万ヘクタールもあったのに、現在では8,000ヘクタールに減っています。

それでも、今のオーブ県にとって、ワイン産業は大きな位置を占めています。頑張った甲斐があったというわけです。


ガメは高貴なブドウの品種ではない?

ガメ種という、私にはなじみのあるブドウの品種が出てきました。 それがシャンパンになっていた時期があったとは想像もしていなかった...。

Gamay

ガメ種はのブドウは、ボージョレーワインになる品種として知られています。 ブルゴーニュ南部でも多く栽培されているし、安いブルゴーニュワインにはピノ・ノワールとガメをブレンドしたものがあります。

つまり、ガメ種は高貴なワインになる品種のイメージはないのです。

ボージョレーが売上を測るために「ボージョレー・ヌーボー」を売り出したのは、素晴らしいアイディアだったと思います。ワインを余り知らない日本人から、「フランスワイン、知っている」と言われるとき、たいていシャブリとボージョレー・ヌーヴォーをあげてきます。

ボージョレーが偉大なワインだと思っているような言い方をされると、キョトンとしてしまいます。でも、それほど成功できているのだ、とも感心しますが。

ガメ種のワインと、気取ったシャンパンの組み合わせというのは、私は違和感を感じました。ガメでは許可できないと言われたのは無理なかった、と思いました。

でも、そうなんだろうか? ガメでシャンパンを作るとおいしくないのかどうか、私には分りません。従って、ガメ種を栽培しているからシャンパンの産地に入れないと言うのが、あてつけなのか、本当にシャンパンの味を下げてしまうから言っていたのかも判断しかねます。

YouTubeに入っていたオーブ県の人がブドウ栽培者の暴動について語りながら、こう言っている場面がありました。

「もしも、あの時、ガメでも良いことになっていたら、ガメで、こんなにおいしいシャンパンができますよ、と言えたのに...」


高貴なブドウの品種でなくても、美味しいワインはつくれる

ガメがダメと聞いて、ガメで驚くほど美味しいワインをつくっている農家があったのを思いだしました。もう何年も買いに行っていなかった...。
 
ブルゴーニュ南部、マコネ―と呼ばれるワイン産地の農家です。 もちろん無農薬。小さな区画も、別々の樽に入れて醸造するという、すごいこだわり。

【ポイントセール】【10倍】【6本〜送料無料】マコン クリュジーユ レ ジュヌヴリエール ブラン... 
始めての出会いは、忘れもしない、シャルドネー村に行ったときのことでした。

右に入れた美しいラベルの白ワインです。
ラベルを変えないでくれたのですね。懐かしいな...。

ここのワインは買いたいと思ってドメーヌに行ったのですが、色々と試飲した中で、ガメの赤ワインが美味しいのには特に驚きました。

次に行ったときには、3つ星レストランで評価して入れてくれるようになったと聞きました。

そういうところで入れたがるワインですね。「これが本当にガメ?!」と驚かせるのには、もってこいの興味深いワインですから。

遠くから来た招待客に飲ませて、この辺りでも凄いワインができるのですよと言える絶好のワインですから、幾ら高くても注文する人がいると思う。

それからお値段がどんどん高くなっていると感じたので、しばらく買いに行っていませんでした。

初めてドメーヌを訪問したときの写真が出てきました。何年前だったかな。デジカメ前なので、撮影した年が分かりません。

 

兄弟で小さなドメールを経営していますが、お相手をしてくれたのは、まだ結婚していない若者時代の彼。今では、自分でボトル詰めするなんてことはしていないでしょうね。

ワインの味を上手に表現できない私なので、このドメーヌのガメの赤ワインの素晴らしさを書いていらっしゃるブログをリンクさせていただきます:
☆ Macon-Cruzille "Beaumont"2005 Guillot-Broux 

ギヨ・ブルーというドメーヌなのですが、今みたら日本にずい分入っているみたいです。ずっと前に探したときは2種類くらいしかなかったと思うのですが。

どんなドメーヌなのかを紹介していたショップのリンクを入れます。しばらく行っていないけれど、相変わらず頑張っているらしいのが嬉しいので。

ドメーヌ設立以前から有機栽培の歴史をもつ生産者ドメーヌ ギヨ・ブルー ブルゴーニュ・ルージュ [2011]

マコン・クリュジーユ・“レ・ジュヌヴリエール”[2008]年・ドメーヌ・ギヨ・ブルー元詰・オーク樽・限定品

どうしちゃったの? 安すぎるくらいの値段で売っています。 ブルゴーニュの高級ワイン産地と同じくらい高い、と記憶しているのだけれど...。1年前から予約して、やっと1ケースわけてもらえるようなワインが高いだけだったのかな...。あるいは、3つ星レストランなどに売れるようになったので、おごり高ぶって値上げするだろう、と私が勝手に想像しただけだったかもしれない。

ビオのマークを付けるようになったのですね。私が行っていたころは、有機栽培だけれどABマークをレッテルにはつけないのだと言っていたのだけれど。

去年、ギヨ・ブルーをお気に入りにしている友達が買い付けに行くからと誘われたのに行かなかったのは残念。この次誘われたら行こうっと。  

リンクを入れておきます。日本で買うときは試飲して飲めるわけではないので、飲んだことがあるワインを探したくなる私なので、見つけたときにはメモすることにしたのでした。

ギヨ・ブルーのワインを楽天市場で検索

このドメーヌを思い出したのは、ガメの赤ワインのことだけではなくて、ロゼが今まで飲んだロゼの中で最高だと思うほど素晴らしくて、そのくせ驚異的に安かったからでもありました。ロゼは日本に入っていないみたいなので残念。もう作っていないのかとドメーヌのサイトを見たら、ロゼはセニエ方式で作っていると説明して売っていました。


ガメ種のワインはピノ・ノワールより下がるというのは偏見だ、と思った出会いでした。

オーブ県のブドウ栽培者たちが作っているガメ種のブドウではシャンパンの仲間に入れないというのは、その真偽は別にしても、彼らを排斥する効果はあったでしょうね。 オーブ県はシャンパーニュ地方ではなくてブルゴーニュ地方だ、などというのより、説得力がありますから。

でも、私はブルゴーニュにいるからピノ・ノワールとシャルドネを上にランクするだけのこと。シャンパンできると認められているブドウの品種は、この2つのほかに5種類あります。私は知らない品種ばかりですが、別に高貴なワインになるというイメージは全くないありません。だから、なぜガメだけ落とされたのか分からない...。というか、やっぱりマルヌの嫌がらせではないかと思ってしまう。

それに、ここまで書きながら思い出しました。この夏、シャンパンを作っている農家に行ったとき、シャンパンの規制はそんなに大らかなのかと驚くことを聞いて仰天していた私なのです。
 
つづく...

 シリーズ記事: 百年前、なぜシャンパンの産地で暴動がおきたの? 【目次


内部リンク:
★ シリーズ記事目次: プレ・フィロキセラのブドウ畑 2011/07/31
おいしいと感じるワインは、いつも飲んでいる味のとき? 2009/12/18

【ボージョレーワインについて】
ボージョレー・ヌーヴォーのアイディアはすごい! 2005/06/07
ワインの醸造法は進歩したと言えるのだろうか?... 2013/07/24
葡萄ジャムからワインを作るなどという醸造法があったの?! 2011/07/28 ガメは暑さに弱いことについて

外部リンク:
A.O.C. Champagne : Définition et loi


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フランスのお酒 (ワインなど)



2013/12/20
先日から、2011年、シャンパーニュ・アルデンヌ地域圏のオーブ県が、シャンパンの産地から外されてしまったことによって、ブドウ栽培者たちが暴動をおこした背景を探っています。目次はこちら

大規模なデモもおこなわれて大事件となりましたが、それに先立って南仏でおきたブドウ栽培者の暴動のように死者を出すほどにはなりませんでした。バール・シュール・オーブ町にいたガストン・シェックと言う人が、冷静かつ理性的に指揮をした功績が大きいと言われています。彼は「政治はあと、まずパンを手に入れよう」と、いきまくデモ隊をなだめたそうです。

その運動の甲斐があって、オーブ県のブドウ畑はシャンパンの4つの産地の1つ、コート・デ・バール区画としてシャンパンの生産地となりました。

オーブ県はブルゴーニュ地方に隣接していて、土壌もシャンパンのメッカのランスやエペルネー近郊とは異なっているという背景はすでに見てきました。でも、フランス革命前はブルゴーニュ地方だった地域がオーブ県に入っていると持ち出したって、今は同じ行政地域に入っているのだから追い出しにくいですよね? オーブ県を排斥したがっていた人たちにとって、最も強力な言い分は、今日書こうとしていることだったのではないかと思えます。

当時のオーブ県は、ランスやエペルネーのあるマルヌ県とは違う品種のブドウを栽培していたのでした。 その経緯は後で書くことにして、まず現在の品種を見てみます。


シャンパンをつくれるブドウは7品種

シャンパンは1936年にAOC(原産地統制呼称)を獲得しています。生産地や製法などが厳格に定められていますが、次の7種類のブドウの品種から作られたワインであることも条件になっています。

まず、シャンパンになるブドウ畑の大半を占めるのは次の3種類。
品種(セパージュ)品種面積地区
pinot noir
ピノ・ノワール
赤ブドウ38%モンターニュ・ド・ランス地区、コート・デ・バール地区では、この品種が圧倒的に多い
meunier
ムニエ
赤ブドウ32%ヴァレ・ド・ラ・マルヌ地区の土壌に合っている
chardonnay
シャルドネ
白ブドウ30%コート・デ・ブラン地区で気に入られている

この3種類のブドウの写真はこちらで並べて見ることができます。

なぜ「コート・デ・ブラン(白い丘陵)」と呼ばれるのだろうと思ったら、白ワインになるブドウが多い地域だからなのでしょうね。

暴動がおきたオーブ県のブドウ畑はコート・デ・バール地区で、ここではピノ・ノワール種が多いことをマーク。

この3つのほかに4種類が認められています。これはブドウ畑の0.3%にもならないので、上の畑面積比では無視されていました。
  • pinot blanc (ピノ・ブラン): 白ブドウ品種
  • pinot gris (ピノ・グリ): ピンクがかった灰色から青みがかった灰色まである
  • arbane (アルバンヌ): 白ブドウ品種
  • petit meslier (ピノ・メリエ): 白ブドウ品種
並べてみて気がついたのは、シャンパンになるブドウの畑の7割が赤ワイン用の品種であること。マイナーな品種が白ワインになる品種ということは、シャンパンは赤ワインと同じ品種が良いのですか。

始めの2つ(シャルドネピノ・ノワール)が、シャンパン用ブドウとして高く評価されている品種です。ブルゴーニュの上質ワインでは、白ワインはシャルドネ、赤ワインはピノ・ノワールが使われているので、私には親しみがある品種です。

3番目のムニエ(ピノ・ムニエとも呼ぶ)という品種(右の写真)には馴染みがないのですが、シャンパーニュで多く栽培されている品種なのだそう。

歴史的には、シャンパーニュ地方で栽培されていた主要品種は次の2つとのこと。
  • gouais: 赤ワイン用の品種。「山のワイン」と呼ばれる地域で圧倒的だった。
  • fromenteau: 白ワイン用の品種。「川のワイン」の地域で圧倒的だった。
この「山のワイン(Vins de la Montagne)」、「川のワイン(Vins de la Rivière)」という聞きなれない分類は、先日の日記「シャンパンの産地、オーブ県のワイン醸造者暴動(1911年)」に書き出したシャンパンの歴史で、9世紀に登場していました。

フランスで栽培されているブドウ品種をリストアップして検索できるサイトが見つかったのですが、そんなにたくさんあるのなら、もう名前を覚えるのは諦めよう、という気になります!

シャンパーニュ地方で使われる品種の説明を日本語で見るなら、こちらの説明が親切:
オブリ兄弟によるシャンパーニュ用ブドウ品種8種の解説

ここでまた、今回探っている問題とは関係がないことへの疑問が浮上してきました。

シャンパンにできるブドウの品種を並べてみて気がついたのですが、7割が赤ワイン用の品種であるのでした。

ということは、シャンパンは赤ワイン用の品種が向いているということですか? 消えゆく運命にあるようなマイナーな品種は、ほとんどが白ワイン用の品種です。

普通に醸造すれば赤ワインになる品種で、透明なシャンパンができるというのは奇妙ではないですか?!


赤ワインになるはずのブドウから透明のシャンパンができる不思議

私がシャンパンに期待するのは、喉ごしが良くてスイスイ飲めるタイプなので、シャルドネーで作ったシャンパンが気に入っています。私好みのタイプは「Blanc de blancs(白の白、という意味)」と呼ばれるものなのだ、とマークしています。

でも、そう簡単には出会えないのでしたが、シャンパーニュ地方で栽培されるブドウの品種は赤ワイン種が過半数を占めると知ったら納得できました。

赤から白ができるという不思議については、今まで考えてみたことがなかったように思います。とはいえ、シャンパンのワイナリーに行ったときに、「これはピノ・ノワール100%のシャンパンです」と言われると、頭の隅にハテナマークができていたようには思いますが...。

果皮が赤というか、黒というか、の色をしたブドウが、赤ワインになるのは、全く不思議はありませんよね。でも、果皮の色素(アントシアニン)は、常温では果汁に溶けださず、醗酵過程で出てくるエチルアルコールによって溶けだしてくるのだそうです。それで、赤ワインを作るときは、ブドウが醗酵してから皮と種を取り除きます。

醗酵途中、まだアルコール濃度が低い段階でブドウをとりだすと、ロゼワインになります。これは知っていました。

思えば、赤ワイン用のブドウといっても、皮が濃い色をしているだけで、中まで赤いわけではありません。皮から中身まで赤いブドウもありますが、ピノ・ノワールの果肉は、白とはいえないとしても、薄い緑色というところでしょうか。

そうなると、赤ワイン用のブドウから透明なシャンパンを作ることもできるかな、とは思えてきます。

そう単純ではなかった。赤ワイン用のブドウからシャンパンを作るには工夫があるのでした。果皮から出てくる色素や渋みを出さないように絞るのだそうです。それで、シャンパーニュ地方で使われるpressoir(圧搾機)は普通のとは違う、と書いてありました。

確かに...、そう言われれば、そうだった!


ブドウの圧縮機が違う

ブドウの収穫期に行ったシャンパンを作っている農家で、ブドウの圧縮作業を見学したことがあります。


シャンパンのブドウ圧縮作業見学 2007/09/03

タライみたいに横広の圧縮機が珍しいと驚きました。ずいぶん前から使っているという木を組み合わせた桶の圧搾機でしたが、圧力をかけるのは電動。それを作動してから止めるタイミングを、責任者が真剣にコントロールしていたのを思い出します。

自分でブログに書いたことを忘れているので、このときの訪問について何を書いていたのか読み直してみました。

実が全部はつぶれていない状態で圧縮をやめて、また再開した、と書いてありました。あれは、一番搾り、二番絞りなんていう別々のものを作っていたのだろうか? でも、特に書いていないので、そんな風に徐々に圧搾していくやり方だったのではないかという気もします。でも、分らない。あぁ、すぐに忘れるのだから、ブログでしっかり記録しておけば良いのに...。

ともかく、こういう浅い桶の形がシャンパーニュ地方独特の形だったのですね。

ブルゴーニュにいると、ブドウの圧搾機はワイン産地のシンボルとして、道路脇にもよく置いてあってあります。余りにも見慣れています。そういうのをブログにしたことがありませんでしたが、たまたま写真を入れていたときの日記から写真を取り拾っておきます。

人間が5人、人形が3体
ブルゴーニュのワイン祭り:
サンヴァンサン・トゥルナント (3)

2009/01/29

クイズ: これは何でしょう?
(ホテルレストランの木)

2013/03/27

こういうのが、ブルゴーニュのどこにでも転がっているブドウ圧搾機。でも、もっと古い時代のものだと、シャンパーニュ地方のように浅い形をしている物が多いようにも思えました。

例えば、ブルゴーニュの観光写真によく登場し、ワイン博物館にもなっているクロー・ド・ヴジョー城に展示してある12世紀のブドウ圧搾機は、こんな形をしています。

Clos Vougeot
Pressoir du Château du Clos de Vougeot (XIIe siècle)

ブルゴーニュの古い圧搾機の写真がWikipediaに並んでいました(こちら)。 私に馴染みのある樽の深さがある圧搾機は、機能性を重視してきた19世紀以降の形ではないかとも思えてくる。ひょっとして、シャンパーニュ地方では、そういう浅型がシャンパンを作るのに適しているとして保存したのかな?...


また話しが脱線してしまった! オーブ県が20世紀初頭にシャンパンの産地から外されそうになった理由を探っているのです。

オーブ県を仲間外れにしようとした主張の中には、昔はシャンパーニュ地方ではなかったから、というのもありました。でも、当時のオーブ県で栽培されていたブドウの品種がシャンパンには相応しくないというのが最大の切り札になっただろう、と私はみています。それで、ブドウの品種について書き始めたのでした。

当時のオーブ県で栽培されていたブドウの品種は、現在のAOCシャンパンで許可されている品種の中には入っていませんでした。それについて次に書きます。

 シリーズ記事: 百年前、なぜシャンパンの産地で暴動がおきたの? 【目次


外部リンク
Champagne (les cépages oubliés) arbane, petit meslier, pinot blanc, pinot gris
【フランスのブドウ品種オンライン辞書】
Guide des cépages - Le Figaro Vin
Catalogue des cépages inscrits en France

内部リンク:
シャンパン祭りで醸造所を見学 2006/08/01 ピノ・ブランについて


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フランスのお酒 (ワインなど)



2013/12/19
間違ったフランス語をしゃべると、いちいち直してくれる友達がいます。間違っていると分かるということは、つまりは私が言いたいことの意味はとれている、ということではないですか? 私にとってフランス語は外国語なのだから、見逃してくれたって良いではないか、と思ってしまう...。

言葉を直したりしていると、親の役割を演じている気分になるらい。私の服装がおかしいときとか、フランス式挨拶をするのを忘れたときとか、色々なことを注意してくれます。

言われたことの1つに、「Wikipediaはデタラメばかり書いてあるのだから、読んじゃだめ」というのがありました。書いてあったことが腑に落ちなかったので説明を求めたときに言われました。

確かに、たまたま私が知っていること、特にフランスの特殊なことに関する日本語ページなどは、ほとんど間違いばかりという気がしないでもありません。でも、知らないことを調べるには、Wikipediaは便利なのですよね。写真もたくさん入っているし、辞書には出ていない新語の外国語訳を探すのにも極めて便利。

知らないことを調べたときには、なるほど~ と感心してしまいます。でも、誰でも書き込みができるわけだから、間違っている可能性はあるのは事実。知らないことに関しては、本当かウソかさえ判断できないので、危険ではあります。

前回の日記「シャンパンが作られるシャンパーニュ地方の境界線を何処でひく? (2)」に書いたWikipediaの記述が、間違っていないのか、少し調べてみることにしました。

少し感情的になっていると感じたのですが、言っていることは間違ってはいないと思いました。調べていたら、知らなかったことも学べたので感謝です。


シャンパーニュの語源

少し前から、シャンパーニュ・アルデンヌ地方の南にあるオーブ県が、シャンパンの産地として外されたことから暴動がおきたということの背景を探っています。Wikipediaの記述だと、オーブ県はシャンパーニュ地方らしくないので、シャンパンの産地になっているのはおかしいと言っていたのです。

歴史的にシャンパーニュ地方でなかった地域がオーブ県にあったことは、すでに確認しました。では、地形は?

フランス語では、飲み物のシャンパンと、行政区分であるシャンパーニュ地方に対して、Champagneという単語が使われます。飲み物は男性名詞、地方名は女性名詞という違いがありますけれど。

辞書には、この2つのほかに、もう1つ項目がありました。地理用語としての「シャンパーニュ(女性名詞)」で、「解放耕地、白亜質平野、石灰質平野」と訳されています。

champagneの語源は、後期ラテン語のcampania(田舎、野原)でした。田園や田舎を指すcampagne(カンパーニュ)と同じ仲間だとは知らなかった。

山岳部も田舎としてのカンパーニュだけれど、フランス人にカンパーニュといったら田園風景をイメージすると感じています。大きく2つに分ければ都市部とカンパーニュでしょうが、観光地の分類などでは、都市、海浜部、カンパーニュ、山岳部という分け方をしています。つまり、ここでのカンパーニュは「田園」とか「平野」としか訳しようがないでしょうね。「田舎」とは置き換えられない。

フランス国土は、平野部が3分の2にもなっています。日本は逆で、平野部の面積は3割しかない。それで日本人にとっての田舎といえば、背景に山がある風景になりませんか?

「里山」という言葉のフランス語訳を知りません。たとえ定番の訳語があるとしても、それがどんな意味を持っているかを長々と説明しないと、フランス人には通じないと思います。ちなみにWikipediaで「里山」を出してみると(また、やっちゃった!)、外国語としては英語にだけリンクがあって、開いてみると、タイトルは「Satoyama」となっていました。

ともかく、フランス人は、山と平地をごっちゃにはしない傾向にあるように思います。少しでも小高い山や森があると、平野に与えられる「シャンパーニュ」には相応しくないらしい。


視界が広がった平野部のブドウ畑でないと、良いシャンパンができないの?

オーブ県は、平野ではなかったっけ? アルバムに入っている写真を探して眺めてました。年は違うけれど、9月に撮影した2枚で比較してみます。

まず、シャンパン産地の代表とされるマルヌ県のブドウ畑 (ランス市近郊)のブドウ畑。



平坦で殺風景なブドウ畑だな、と思ったのを思い出しました。 こんなところが高級ランクになっていると驚いて、少し前の日記「シャンパンが、余りにもステータスが高いのがいけなかった?」に入れた、特級ランクのシャンパンになるという標識の写真をとったように思います。

あれから二度とマルヌ県のブドウ畑に立ち寄ってみていないのは、あのとき見たブドウ畑が全然美しくないと思ったからだろうと思います。あのだだっ広さに驚いた記憶がよみがえってきました。あれがシャンパーニュと呼ぶ平野の姿でしたか。

次は、オーブ県のブドウ畑 (バール・シュール・セーヌ町近郊)の写真です。


この時見たブドウ畑はブログにしていました:
収穫を待つシャンパーニュのブドウ畑 2013/09/20

本当だ~、マルヌ県とは全然違う!


オーブ県がブルゴーニュと似ているとしたら...

ソムリエコンクールでワインの名を当てるのがありますが、同じ銘柄だって畑によって全く違うし、同じ畑でも年によって違うのだから、あれは銘柄の特徴がよく出ているワインを選んで使っているのではないかと思っていました。でも、景色を見せて、これはどこの畑でしょうとやったら、正解を出すのは難しくないかもしれない。

でも、地域の可能性を広げたら、何処かを当てるのは難しいだろうな。2枚目のコート・デ・バールの風景なんか、ブルゴーニュのオート・コート・ド・ボーヌとかオート・コート・ド・ニュイのあたりと似ています。そうか~、Wikipediaの書き込みにあったように、ブルゴーニュに似ているか...。


下は、ニュイ・サン・ジョルジュから山の方にあがったところに開けていたオート・コート・ド・ニュイのブドウ畑です。


この写真を使った日記:
夕方になって、やっとブドウ収穫に出会う♪ 2012/10/07

こちらの方は、もっと森が多いですね。それに、ブドウの木を高く育てているので、やはり何処の畑かは見分けられそう。

それにしても、ブルゴーニュに似ていて何が悪い! 良いワインができる土地では、良いシャンパンはできないと言いたいの?!


平野で農業をする方が豊かになれる

Wikipediaの書き込みでは、オーブ県のブドウ栽培農家は小規模生産なので貧しくて、シャンパンの中心的な存在のマルヌ県の方は大規模経営なので雰囲気が違うと指摘していました。

それも、確かにそうだと賛成します。

ブドウ栽培者の暴動がおきた当時に生まれた歌がありました。『Hymne des vignerons champenois de l'Aube(オーブ県のシャンパーニュ・ブドウ栽培者賛歌)』という題名。

フランス革命のときに今のフランス国歌『ラ・マルセイエーズ』が歌われたように、彼らがデモ行進をするときに歌ったのでしょうね。威勢の良い歌詞です。「マルヌ県の百万長者たちに追い出されたオーブ県のヴィニュロン(ブドウ栽培者)よ、立ち上がれ」、なんて言っています。

彼ら自身も、自分たちが貧しいことを自覚していたのです。今でこそ、オーブ県のシャンパン製造農家は小規模生産でも豊かそうに見えるのですが、ほんの少し前には貧しかったのだろうな、と思うものがブドウ畑に残っています。

例えば、昔の農作業で使っていた畑の中の小屋。オーブ県のシャンパン祭りに行ったときに出会いました。ここで雨宿りをしたり、暖をとったり、農作業が忙しいときには寝泊まりもしていたのだろうと思います。



この写真を入れて小屋について書いた日記:
昔のブドウ畑にあった「カドル」と呼ばれる小屋 2006/08/24

こういう小屋は、車で畑に行けなかった時代には必需品でしょうから、どこにでもあったのだろうと思います。ブルゴーニュ地方の上質ワインを生産する地域でも少しは残っていますが、もっと居心地が良さそうな小屋です。

それから、オーブ県のシャンパン醸造農家で、昔ながらの木組みの装置でブドウを圧縮しているのも見学していました。



この写真を入れた日記:
シャンパンのブドウ圧縮作業見学 2007/09/03

エコロジーが重視されるようになった最近でこそ、ブルゴーニュの高級ワインの生産地では作業馬で畑を耕させていたりしますが、こんな圧縮機を使っているところがまだ残っているのだろうか?...  足でブドウを踏んで圧縮するという農家も、ブルゴーニュの高級ワイン産地でも見ていますが、ああいうのは高い値段で売れるワインだからできることだと思っています。

色々思い出してみると、オーブ県のブドウ畑では、昔と呼べる時代が、それほど昔ではない時代まで続いていたように感じました。普通なら、もうとっくの昔になくなってしまったようなものが残っているのです。

たとえば、こんな雹対策装置。もう使ってはいないだろうと思いますが。



これについて書いた日記:
フランスのブドウ畑で見た奇怪な装置 2007/09/08

オーブ県で撮影した写真を眺めていたら、Wikipediaの書き込みにあったように、やはり森や生垣が迫った地域だなと思いました。

ところで、シャンパーニュには平野という意味があると知って、理解できたことが別の分野にもありました。


コニャックでも、良いブドウは平野で育つとされていた

コニャックに「フィーヌ・シャンパーニュfine Champagne)」というのがあります。

「フィーヌ」というのは「繊細な」という意味なので、高級イメージを与えるのですが、なぜコニャックなのにシャンパーニュという言葉を使うのだろうと不思議ではないですか?

シャンパーニュと聞いたら、日本語ではシャンパンを想像しますから。

コニャックのメーカーで働いていたときに教えてもらったでしょうに、すっかり忘れていました。

実は、これはシャンペンのシャンパーニュ地方とは無関係で、シャンパーニュの語源と同じに平野を意味するのでした。

ちなみに、コニャックは、次の5つのクリュに分れていました:
  1. Grande Champagne
  2. Petite Champagne
  3. Borderies
  4. Fins bois
  5. Bons bois
  6. Bois ordinaires
文字の意味から読んでしまうと、すごい差別をした命名ですね...。

champagne(シャンパーニュ)というのが平野部で、それに偉大なのと小さいのがある。それから、bois(ボワ)というのは森で、繊細なの、良いの、普通なのと3種類ある。

その中間にあるBorderieも地形から来ているのだろうと想像すると、小作地(家屋と家畜が付属していた分益小作地)で、森よりはマシなブドウ畑というところなのでしょうね。

フィーヌ・シャンパーニュというのは、1番目のグランド・シャンパーニュの畑のブドウを半分以上に、2番目のプティット・シャンパーニュのブドウを使った場合に与えられる名称でした。

コニャックで撮影した写真を探してみました。コニャックを買いに行った農家の家の前に広がっていたブドウ畑です。
 


本当に、まったいら! でも、向こうの方に森が見えます。こういうところがBorderieかな?... 覚えているのは、この畑を持っている農家の庭に大きなバナナの木があって、ちゃんと実がなるのだと言われたことくらい。

ともかく、ブドウを栽培するには平野部が良い、なんて想像もしていませんでした。ブルゴーニュでは、朝日を浴びる勾配がある丘のブドウから良いワインができるとされていますから。

それにしても、コニャック地方のブドウ栽培者たちは、そんなあからさまな名前で畑のランク付けをされて怒らなかったのだろうか?... Bois ordinaires(並以下の森)なんてのは、酷いですよ。本当に森の中でブドウを育てているわけではないでしょうし。

オーブ県のブドウ栽培者たちは、県内で作るシャンパンをBasse Champagne(低シャンパン)あるいはChampagne deuxième zone(第2ゾーン・シャンパン)と明記しなければいけないという規定ができてしまったので、その不名誉をとりさげるように戦ったのでした。

でも、コニャックの場合は、ボトルのラベルに「ふつ~うのコニャック」なんて書くような規定はできていないのではないかと思います。

そういえば、ブルゴーニュワインでも、下のランクのアペラシオンにBourgogne Grand Ordinaireなんていうのがあったっけ。

いくら「grand(偉大な)」と付けたって、やっぱり「ordinaire(普通、並以下)」なわけなので、名前を聞いたら飲む気になりませんけど...。

シャブリでは、「プチ・シャブリ(小さな)シャブリ」という呼び方を別の表現にするという運動があったけど、どうなったかな?...

まだ「プチ・シャブリ」として売られているので、改名には成功していないようでした。

ところで、この「プチ・シャブリ」と言うアペラシオンは、シャブリの4つランク付けの中で最下位のワインなのですが、これは平野部のブドウ畑だと与えられる名称のようです。

シャンパーニュ(シャンパン)はシャンパーニュ(平野)なのだから、平野で栽培するのが本当のシャンパンなのだ、という言い分はよく理解できません...。

シャンパンの産地から外されたことによっておきたオーブ県のブドウ栽培者の暴動について書いているのですが、地理的、歴史的に問題があったという以外の理由もありました。

それは何でしょう?クイズにしたら答えが出るでしょうか? 私は全く考えてもみなかったことだったのですが。

これはオーブ県のワインがシャンパンにできないという主張として筋が通っていると思いました。でも、そこでまた謎が生まれてきてしまった...。

まだ、このシリーズ日記を続けなければなりません。


【追記】

 

カシオEX-word 電子辞書
フランス語モデル XD-N7200
もっぱら電子辞書とパソコンに入れた仏仏大辞典しか使わなくなっているのですが、さきほど電子辞書のボタン操作を間違えて、いつもは使わない小さな仏和辞典の画面を出してしまいました。

ペーパー版は持ち運べるくらい小さな辞書なのに、ずばりのことが書いてあるので驚きました。

私がシャンパーニュとコニャックを比較していたのが分かって返事してくれたのかと、一瞬思ってしまいました。第一、そのときchampagneをひいていなかったのですから、履歴から戻って出してきたらしいのです。薄気味悪いな...。

地理用語としてのシャンパーニュのところに、こう書いてあったのです:

シャンパーニュ地方・シャラント地方などに見られる白亜質の土壌の平野

コニャック市はシャラント県にあるのです。だから、お酒でもシャンパーニュという言葉を使うわけですか。

それにしても、地理用語としての「シャンパーニュ」は解放耕地とか平野を意味するから、オーブ県はシャンパーニュ地方らしくない、と言われたのが気になってなりません。

ワインにするブドウを栽培するには、穀物畑ができるような平原は避けると思うし、平地で栽培したらワインの質が悪くなる、というのは常識ではないかと思うのです。

インターネットだけでもあり余るほど情報があるので全部読む気にはならないのですが、シャンパン生産者組織のサイトでこの点を確認していなかったのに気がついたので該当ページを探してみました。

シャンパーニュの土壌の3番目の特徴を書いたページに、丘陵地にブドウが植えられている、とデカデカと書いてある! ブドウ畑にはつきものの単語、coteau(小さな丘)を使っています。

起伏あるので水はけは良いし、傾斜があるから太陽の恵みを平地より受けるし、大半のブドウ畑は南、南東、東に向いているのでなおさらだ、とPR。

ダメ押しでしょうか? 17世紀には、シャンパンは「vin des coteaux(丘陵地のワイン)と呼ばれていました、と書いてある!

シャンパーニュ地方のブドウ畑のこう配は平均12度で、場所によっては59度などというところもあるのだそう。でも、12度というのは、やはり、なだらかかな...。平らでないと言われたオーブ県のブドウ畑(全体の23%を占める)が入って、それだけなのだから。

 シリーズ記事: 百年前、なぜシャンパンの産地で暴動がおきたの? 【目次


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★ 目次: シャンパンとスパークリングワインに関する記事


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フランスのお酒 (ワインなど)



2013/12/18
20世紀初頭、今ではシャンパンの産地となっているオーブ県が、シャンパンの産地から外されそうになった歴史を追っています。前回の日記では、シャンパンの産地とされている地域は、今の行政区分のシャンパーニュ・アルデンヌ地域圏に入っていないところもあることを見ました。

シャンパンを作れるのはシャンパーニュ地方だといいますから、これらの地域は、昔はシャンパーニュ州と呼ばれるところに入っているのだろうと思っていました。ナポレオンは中央政権を強化するために、勝手に線をひいて県の区画をしたのですから、昔はシャンパーニュ地方だったのに今は違う、というのはありえます。 でも、そうでもなかったのでした。


シャンパーニュ地方の区分現在と昔

現在のフランスの行政区分では、県を集めた地域圏(région)という単位が作られています。日本でいえば、関東地方、東北地方などが、それぞれ正式な行政単位として存在している、という感じ。

「州」と呼んでしまった方が分かりやすいかも知れません。でも、アメリカのように州として独立した権限を持っているわけではないので、地域圏と呼びます。

地域圏は、フランス本土に22つ、海外領土に5つあります。

シャンパーニュ地域圏というのは無くて、シャンパーニュ・アルデンヌ地域圏(Champagne-Ardenne)があります。

私がいるブルゴーニュ地方はシャンパーニュ地方と隣接しています。今はブルゴーニュだけれど、昔はシャンパーニュだった、あるいは、その逆というのがあるのは知っていました。地理に詳しい友人がいて、観光していると説明してくれるのです。昔はどちらの国だったかというのは、その地域の建築物などを理解する上で知っておかなければならないことなので。

少し前の日記から、20世紀初めに、シャンパーニュ・アルデンヌ地域圏のオーブ県が、シャンパンの産地から外されてしまったことがあった理由を探るためにシャンパーニュ地方がどこで境界線があるのかをみています。

昔の州と現在の県を重ねて示した地図もあったのですが、ゴチャゴチャしていて見えにくい。それで、昔と今のの形を比較してみました。同じ形ではなかったのが分かりました。

現在の
シャンパーニュ・アルデンヌ地域圏
Champagne-Ardenne
Champagne-Ardenne region locator map
フランス革命直前の
シャンパーニュ州
La Champagne à la veille de la Révolution
Champagne province


昔のシャンパーニュ地方には入っていなかったシャンパンの産地

オーブ県をのけものにしたいマルヌ県には、オーブ県はシャンパーニュではないとする言い分がありました。

オーブ県のブドウ栽培地域の中にある大きな町(人口が少ないフランスなので小さな町ですけど)としては、バール・シュール・オーブとバール・シュール・セーヌがあります。前者はオーブ川が流れているバール町、後者はセーヌ河が流れているバール町です。

問題なのはバール・シュール・セーヌ町(Bar-sur-Seine)。ここは、革命前にはブルゴーニュ州だったのです。 ブルゴーニュだったところが入っているオーブ県をシャンパーニュ地方として認めるわけにはいかない、というのは口実になります。

このバール・シュール・セーヌ町で撮影した写真を入れてみます。



オーブ県の県庁所在地のトロワにもこういう木組みの家がたくさんあるので、同じ文化圏だと感じてしまいます。でも、ここはブルゴーニュだったのですね。

トロワ市の方は、歴史的にも昔のシャンパーニュ州として名を残しています。しかも、できすぎたことに、トロワの中心地はシャンパンのコルクの形をしています!

 

普通のコルクと違うのは頭の部分。ボトルに差し込む前は真っ直ぐですが、飲むときに抜いたコルクはこんな風になる。頭の部分はセーヌ河と運河でできているので、ツーリスト向けの地図として旧市街をコルク形にしてみたわけではありません。 Googleマップでみると、こちら (印を入れたのはカテドラルで、コルクの頭部分の中心にあります)。

トロワの旧市街がシャンパンのコルクの形だから、ここをシャンパン産地のお仲間として認めてあげてください、と私が言っても仕方ないけど....。


ブルゴーニュに似ているから気に入らないの?!

マルヌ県とオーブ県が仲たがいをしたのは百年も前のことなのですが、まだ根に持っている人たちがいるのでしょうか?

Wikipediaのバール・シュール・セーヌ町に関する記述では、この町がシャンパンの産地なのには問題があるという項目があり、かなり辛辣にオーブ県を貶していました。

Wikipediaは誰でも書き込めるシステムですから、そのうち書き換えられるのではないかと思うので、要点をメモしてしまいます。なぜそんなにカッカして書いたのかは知らないですけど、面白かったのです。

マルヌとオーブでは地質が全く違うという主張です。それはありうるので、良しとしましょう。でも、かなり毒気をおびています。
シャンパーニュ北部は大経営経営なのに対して、オーブの農家はブルゴーニュ地方と同じように小規模農家が多い。彼らは田舎根性まるだしで、バルザックの小説『農民(Les Paysans 1944年)』に描かれた、したたかな農民像のようだ。要求が強くて、あさましく小さな畑を広げようとし、生垣や森で農地を囲う。この地域を移動してみると、景色がシャンパーニュ北部(つまりマルヌ県)とは全く違うのが分かる。

そもそも、シャンパーニュ(Champagne)という言葉には、白亜質平野、解放耕地の意味があって、それは正にマルヌ県の姿である。開けた土地でなく、生垣が多いオーブ県は、そういう開けた土地ではないから、シャンパーニュに入るのはおかしい。
Wikipediaの書き込みは、バール・シュール・セーヌ町はアンシャンレジーム期にはブルゴーニュ州だったのだ、と結ばれていました。


オーブ県はシャンパーニュ地方らしくないと言うけれど、シャンパーニュ州の州都は、現在のオーブ県の県庁所在地になっているトロワだったのだけどな...。

地質が違うのに同じ呼称にしてしまうのは不味いかもしれない。でも、地域が広くて生産量が多かったら、それだけ知名度があがるということにもなるのです。ブルゴーニュの白ワインであるシャブリが世界的な知名度があるのは、それが原因だと思う。

でも、もしもシャンパンの生産量が非常に少なかったら、ロマネ・コンティのように、どんな値段でも付けられるステータスがある飲み物になったのかもしれない。


◆ 遡ってもシャンパーニュではなかった

ブルゴーニュ公国がベルギーやオランダまで領土にしていた中世には、その中間にあるシャンパーニュはブルゴーニュ公国だったのではないかと思いました。でも、現在の地方分割ができる前、つまりフランス革命直前の地図で確認したら、シャンパーニュは、ごく一部を除いてフランス王国に入っていたのでした。

しかも、15世紀のブルゴーニュ公国最後の時期でさえも、問題にされたバール・シュール・セーヌはブルゴーニュに入っていた...。 さらに、もっと前だと、バール・シュール・オーブ町の方も、シャンパーニュとは領主様が同じではなかった。

15世紀のフランス
Karte Haus Burgund 4 FR
L'État bourguignon, sous Charles le Téméraire
1030年のフランス
Map France 1030-fr

正確にいうと、シャンパーニュ・アルデンヌ地域圏に入っているバール・シュール・オーブは、1435年から1790年までブルゴーニュ州に属していました。

オーブ県がままっこいじめにされるのも無理ないかな...。

今のオーブ県内には裕福層なシャンパン農家がありますが、相変わらず小規模生産が多いのは確か。少なくとも、エペルネーの大規模メーカーが並ぶシャンパンの産地とは、ずいぶん雰囲気が違っています。私は逆にそれが好きで、シャンパンを買いに行くと親しみやすい人たちが多いと感じています。

オーブ県では毎年シャンパン祭りを村の持ち回りでやっていているのですが、それがなかなかアットホームで楽しいので好きです。自分たちはシャンプノワ(シャンパーニュ地方の住民のこと)だという思い入れが強いから、住民たちがボランティアで祭りを盛り上げているのだと思う。

シャンパンには気取ったイメージがあったので、オーブ県でのシャンパン祭りに初めて行ったときには、どうして? と思ってしまったのですが、歴史を知ったら、彼らのシャンパン産地への思い入れが強いからなのだ、と理解できました。


◆ 過去も現在もシャンパーニュ地方ではないのに、シャンパンの産地

前々回の日記に入れた年表で示したように、1908年のデクレで、オーブ県はシャンパンの産地から外されてしまいました。それに怒ってオーブ県のブドウ栽培者たちがデモをしたりしたわけなのですが、彼らが怒ったのには一理ありました。

このデクレでは、エーヌ県のブドウ畑はシャンパン産地とされていたのですが、ここは歴史的にも、現在の行政区分でも、シャンパーニュとは言えないのです。しかも、マルヌ県の人たちだって、害虫フィロキセラの被害が初めてエール県に出たときには、エーヌ県の連中はそこがシャンパーニュ地方だと認めなかったじゃないか、と付け加える。

http://www.culture.gouv.fr/Wave/image/joconde/0416/m079489_005895_p.jpgオーブの人たちは、エール県のワインなんて、ソワソン豆の絞りかすみたいな味がする、と貶したのだそう。

笑ってしまいました。

エール県のソワソン郡がシャンパンの産地として認められていたのですが、ソワソン町の特産品にソワソン豆(haricot de Soissons)と呼ばれる大粒のインゲン豆があるのです。

ソワソン町に行ったとき、教会の横に小さな畑ができていて、そこにソワソン名物の豆が植えられていました。

そこで私は名前を覚えたのですが、フランス人ならソワソンといえばインゲン豆を思い浮かべるくらい有名なのだそうです。

Wikipediaからソワソン豆の絵を拝借しながら文章の方にも目をやったら、面白いことが書いてありました。

LeBerryais Haricots planche 04ソワソン豆は中世からソワソンで栽培されるようになったのですが、ブドウ畑で育てたのだそう。

エール県の県庁所在地のラン(Laon)や、ランスの周辺のブドウ畑では、ブドウの木とソワソン豆を交互に植えていたとのこと。

いま流行りの、農薬を使わないで害虫を駆除するテクニックを思わせました。でも、ブドウ栽培では食べていけないから副業にしていたのかもしれませんね。

20世紀初頭に暴動がおきた当時、マルヌ県でもシャンパンをつくるのは大手に独占されていて、ブドウ栽培者たちは原料を供給するだけだったそうなのです。シャンパンというのは製造が特殊なので、ワインのように手塩にかければ上質の発泡酒がつくれるというわけではないから、農家には参入しにくかったのでしょうね。

20世紀初頭でも、エール県やランスのあたりのブドウ畑にはソワソン豆が植えられていたかどうかまで調べませんでしたが、もしも当時に豆がブドウ畑に植えられていたとしたら、ワインに豆の味が混ざっているという言い方はしゃれています。 ブルゴーニュでは、「牛がブドウを食べるようになったら、ミルクを飲んであげるよ」なんて冗談を言う人がいますから!

ともかく、エール県とマルヌ県は、そんな昔からインゲン豆のご縁があったのですから、ソワソン豆の味がするシャンパンを一緒に作るお仲間ということでシャンパーニュ地方に入ったんだ、とオーブ県の人たちが笑って見逃してあげても良いではないですか?


上下関係をイメージされる言葉

1911年にシャンパンの生産地でブドウ栽培者の暴動がおこってから少しして、シャンパン産地にオーブ県を含めなかったデクレは訂正したのですが、ちょっとやり方がまずかったと思います。あるいは、マルヌ県側には悪意が通る力があったのか? ...

オーブ県のブドウ栽培農家は、はばかることなくシャンパンの原料としてマルヌ県に売れるようにはなりました。でも、自分でシャンパンを醸造したときには、ラベルにBasse ChampagneChampagne deuxième zoneかを表記することが義務付けられたのです。



英語でいうなら、シャンパンにlowとかsecond zoneとかを付けるわけですから、マルヌ県のシャンパンが本物で、オーブのシャンパンはそれに劣るというイメージしか与えません。

それではオーブ県の人たちが納得しないのも無理はないです。

ノルマンディー地方も、Basse-Normandie地域圏とHaute-Normandie地域圏ができています。haute(高)に対してbasse(低)がついてしまっているので、低いノルマンディーを与えられてしまった地方は名前を変えて欲しいと運動しています。

日本にも中国地方が山陽と山陰に分かれていますが、山陰地方の人たちは不快に思ってはいないのだろうか?... 私が山陰地方の出身者だったら不愉快ですけど。

ともかく、暴動から十数年たってから、オーブ県のワインの名誉は脱会されました。でも、オーブ県が正式にシャンパンの産地になるためには、マルヌ県から押し付けられたことがありました。自分たちと同じようにしないなら、シャンパンの産地には入れないというわけです。

そこへ話しを移そうと思ったのですが、オーブ県の悪口をいうWikipediaの書き込みの真偽を調べてみたら、面白いことを発見したので、次回には寄り道をしてそれを書きます。

 シリーズ記事: 百年前、なぜシャンパンの産地で暴動がおきたの? 【目次


外部リンク
☆ Wikipédia: Champagne (province)
☆ Wikipédia:
Anciennes provinces de France »  フランスの州 (フランス革命以前)
☆ Bar-sur-Seine観光案内所:
Le Champagne et son histoire
☆ Wikipédia: Bar-sur-Seine » Particularités du milieu viticole
フランスにおけるレジオナリスムの成立過程

内部リンク
★ 目次: フランスのワイン産地、アペラシオン、セパージュ
★ 目次: シャンパンとスパークリングワイン
プイィ・フュメはブルゴーニュのワインだけれど、ロワールのワイン 2012/10/03

【オーブ県のシャンパン祭り】
シリーズ日記目次:
シャンパン祭り 2005年
シリーズ日記目次: シャンパン祭りとシャンパーニュ地方の夏の旅行(2006年)


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フランスのお酒 (ワインなど)



2013/12/17
フランスの行政区分はどうなっているの? と聞かれることがあるのですが、「ゴチャゴチャになっている」としか答えられません。どういう風にややっこしくなっているのか箇条書きにしただけ書き出しても、それで今日の日記は終わってしまうので省略。

Frontiere francaise 985 1947 small現在の行政区分のあちこちに二重構造があって複雑になっているだけではなくて、昔の地域区分も分っていないと理解できないことが多いので困ります。

でも、それは日本でも同じでしょうね。

例えば、信濃=長野とも言えないのだろうなと思いながらWikipediaを見たら、信濃国には、長野県のほかに岐阜県中津川市の一部も含まれると書いてありました。

さらに信州を調べたら、「日本の令制国の一つ、信濃国の別称。現在の長野県」と書いてある。中津川はどうしてくれるの?! 実際には、もっと複雑な歴史と背景があるようですね(信濃の由来)。

角度を変えて、特産物サイトで信州蕎麦の説明をみたら、長野県のソバだと書いてある。

名産・特産の「信州そば」と表示できる基準も見つかりました(こちら)。

でも、他の地域、さらには外国産そば粉を使うのは当然許されているはず。

さらに、長野県以外のところで製造しても、信州蕎麦だと名乗ることが可能ではないでしょうか?

長野県信州そば協同組合のサイトがあったのですが、目くじらをたてて「本物の信州蕎麦はこれです」というアピールはしていません。それどころか、信州ソバとは何かの規定さえ見つけることができませんでした。


フランスの特産物に関する規定

フランスの場合はAOC(原産地呼称統制)という食品の品質保証があり、それで定められた特産品に関しては曖昧さは許されません。

第一に、生産地域が限定されています。前々回の日記「シャンパンの産地、オーブ県のワイン醸造者暴動(1911年)」から始まって、その出来事の背景を探っているのですが、ここでも地域区分の問題がからんでいました。

調べていたら、シャンパンに関する意外なことを学びました。今日は、そのうちの1つ、シャンパンの産地とされているシャンパーニュ地方とは、どの地域を指すのかの問題を扱います。

シャンパンには、厳しく産地や製造法を規定するAOC(原産地呼称統制)の規定があります。これをクリアーしていないのに「シャンパン(フランス語ではシャンパーニュ)」として市場に出せば、違法行為になって罰せられます。

シャンパンの大前提は、AOCに定められた地域で栽培されたブドウを使って、そこで製造した発泡酒であること。よその地域でもシャンパンと同じ製法で発泡酒がつくられていますが、それはシャンパンとは呼べません。

Logo AOP 2008フランスが食品の原産地を規定して、食品の品質保障をするシステムを作ったのは良いことだと思います。AOCはEU圏内に拡大して、今ではAOP(Appellation d'origine protégée)という呼称になってきていますけれど。

何処の国にも悪意のある人はいるもので、フランスでも偽造食品が明るみに出て問題になります。でもAOC/AOPがあるので、少なくとも高品質の食材についてはブレーキをかけることができています。抜き打ち検査もありますから。


シャンパンはシャンパーニュ地方の発泡ワイン、と言われるけれど...

シャンパンには良いイメージがあるために、スパークリングをシャンパンと呼んでしまう人たちが世界中にいるので、シャンパン関係者たちは名称保護のために戦っているように見えます。


シャンパーニュ日本事務局の公式サイト

画面キャッチをいただきながら気がつきました。シャンパーニュと書いていますね。シャンパンはフランス語でシャンパーニュなのですけれど、シャンパーニュ地方以外で作ったスパークリングワインを、「シャンパン」と呼ぶのなら構わないのでしょうか? そんなことないと思うけどな...。

このサイトフランス本部のサイトには、シャンパーニュという名を利用した世界の商品の写真が入っていました(こちら)。

イヴ・サンローランが「シャンパーニュ」という名の香水を作ってしまったことがあったのですね。1993年のことだったそうです。


Rare Flacon DE Parfum "Champagne" Yves Saint Laurent EAU DE Toilette 50 ML | eBay

サンローンは裁判に負けて、「イヴレス」という名の香水にしたのだそう。

シャンパンを意味する「Champagne(シャンパーニュ)」がだめならとイヴレスにしたのが面白い。Ivresse(酔い、酩酊)とは直接的すぎて美しいくないなと思ったら、命名はもうひとひねりしていて、フランス語の香水名はYvresseと綴るのでした。Yves Saint Laurentにひっかけたのでしょうね。

ボトルも、シャンパンをイメージしていたときの方がしゃれていたと思いました。香水瓶にはコレクターがいますから、こういう商品は価値があるのではないでしょうか? でも、日本では中古を安く売っていました(見た時点で売り切れ)。

ebayで売りに出されているサンローランのChampagneを検索してみると、こちら


でも、私が問題にしたいのは別のことにあります。

シャンパーニュ地方の発泡ワインとおっしゃいますけど、シャンパン(フランス語では、男性形でシャンパーニュ)の産地としてのシャンパーニュ地方(女性形名詞)は、現在の行政区分とは一致していないのですけど...。

20世紀初頭、オーブ県がシャンパンの生産地域から外されてしまったために暴動がおきたわけですが、オーブ県はシャンパーニュ・アルデンヌ地域圏に入っている県です。それなのに、なぜ、はずされそうになったの? 暴動事件の舞台になったレストランで食事をしたときから気になってはいたのですが、この際、調べてみました。

シャンパンの産地としてのシャンパーニュ地方を示す境界線はどこに引くのかを調べていたら、意外なことが見えてきました。シャンパンの産地として「シャンパーニュ地方」と呼ぶ地域は、実は非常にあいまいなのでした。

仲間外れにされたのは気の毒だと同情したオーブ県なのですが、この地域がフランス革命の前に存在していたシャンパーニュ州に属していた、とも言い切れないのでした。

まず、フランス革命の後にできた行政区分からシャンパンの産地を見ていきます。


シャンパンの原料にできるブドウ畑

1927年に法律で定められたAOC Champagne(AOCシャンパン)のブドウ畑は、約34,000ヘクタール。シャンパンをつくることができるブドウ畑は、次の4地区に分類されています:
  • Montagne de Reims (モンターニュ・ド・ランス)
  • Vallée de la Marne (ヴァレ・ド・ラ・マルヌ)
  • Côte des Blancs (コート・デ・ブラン)
  • Côte des Bar (コート・デ・バール)
4番目のコート・デ・バール地区(紫色)が暴動がおきたオーブ県です。この4地区を入れたシャンパン産地の地図を見ると、オーブ県の産地は他の地域からかなり南に孤立しているのが分かります。

 
Les 4 grandes régions de Champagne (4地区ごとに詳細な地図も入っています)

シャンパンの産地として有名なのは、ランス市(Reims)とエペルネー市(Épernay)。ランスをいただく黄緑色の地区、そしてエペルネー市があるオレンジ色の地区。それから、黄色の地区。もっと離れて、飛び地地帯みたいに1911年にブドウ栽培者たちが暴動をおこしたコート・デ・オーブ地区(紫色)があります。

前々回の日記で冒頭に書いたレストランがあったのは、コート・デ・バール地区に入っているバール・シュール・オーブ町(Bar-sur-Aube)で、上に入れた地図にも町の名前が書きこまれています。

シャンパーニュ地方ワイン生産同業委員会のサイトの中には、観光の観点からシャンパンの産地を5つに分類した地域区分も紹介していました(こちら)。シャンパーニュ・アルデンヌ地域圏の観光局サイトを見ると、観光コースは5つあると切り出しながら、6つのルートを紹介していました(こちら)。

フランス人は、自分たちはcartésien(デカルト主義者)だから理路整然とした思考をしているのだと言います。でも、そんな理性なんかない私は頭が混乱するばかり...。というわけで、シャンパンの産地は5つか6つかに分けて考えた方が把握しやすいのかもしれないけれど、それは無視することにしました。

20世紀初めに仲間外れにされたコート・デ・バール地区は、現在のシャンパーニュのブドウ畑面積では4分の1を占めるという広さ。でも、いわゆる有名なシャンパンの産地からは外される傾向にあります。
 
Wikipediaの日本語ページにあるシャンパーニュ地方の紹介でも、優れたシャンパンができるのは3つの地域だとして地区名があげられていて、コート・デ・バールは名さえ記載されていませんでした。大統領官邸ご用達なんていうシャンペンだってコート・デ・バール地区にはあるのに、可愛そう...。

ともかく、ランスやエペルネーがあるマルヌ県にとっては、シャンパンという栄誉ある飲み物はマルヌ県が独占できるものなのであって、離れたところにあるオーブ県なんかはよそ者だから入れてやらない、というわけだったのでしょう。

1911年にシャンパーニュ地方のブドウ栽培者たちがおこした暴動では、オーブ県よりも先にマルヌ県で暴動がおきており、そのときの攻撃相手は、オーブ県から安くワインを仕入れていたマルヌ県内のワイン仲買人たちでした。彼らは「étranger(よそ者、外国の)」のワインを買い付けている、と言って非難されたのです。

でも... なのです!


行政区分による地域分類

シャンパンの産地を、現在の行政区分から分類してみました。
地域圏名県名割合ブドウ栽培地区名
Champagne-Ardenne

シャンパーニュ・アルデンヌ
Marne
マルヌ県
※県庁所在地:
Chalons-en-Champagne
※地域住民名:
Marnais
66%Montagne de Reims

Vallée de la Marne

Côte des blancs
Aube
オーブ県
県庁所在地:
Troyes
※地域住民名:
Aubois
23%Côte des Bar
Haute-Marne
オート・マルヌ県
※県庁所在地:
Chaumont
※地域住民名:
Haut-Marnais
Côte des Bar
Ardennes  
Picardie

ピカルディー
Aisne
エーヌ県
※県庁所在地:
Laon
※地域住民名:
Axonais
10%Vallée de la Marne
Oise  
Somme  
Ile-de-France

イル・ド・フランス
Seine-et-Marne
セーヌ・エ・マルヌ県
※県庁所在地:
Melun
※地域住民名:
Seine-et-Marnais
Vallée de la Marne
Yvelines  
Essonne  
Hauts-de-Seine  
Val-de-Marne  
Val-d'Oise  
Seine-Saint-Denis  
Paris  
 ※ 取り消し線を付けた県はシャンパンの産地となっていないことを示す。 

この表を作って気がつきました。ランスやエペルネーのあるマルヌ県と全く無関係の地域は、オーブ県のコート・デ・バール地区だけだったのです!


流れている河川が違っていた

フランスの県名は紛らわしいので嫌い。そこを流れている河川の名前から付けていることが多いので、シャンパン産地の中にも、セーヌ河に流れ込む川の名前である「マルヌ(Marne)」という文字が入った県が3つあります。

マルヌ県は、有名なランスやエペルネーがあるので、どんな地区名をつけてもシャンパンの産地。それ以外の県は3つ残るわけですが、そのうちの2つ(つまり、オーブ県以外)は「Vallée de la Marne (マルヌ川流域地方)」という地区名になっていて、マルヌ県(Marne)と間違えてしまうような名前になっています。

オーブ県には、不幸なことにセーヌ河に流れ込むオーブ川(Aube)が流れていた...。この地域はVignoble de l'Aube(オーブ川のブドウ畑)と呼ばれることもありますが、正式な地区の名前はCôte des Bar(コート・デ・バール)。ここには、ある程度の規模の町としては、川の名前がついてBar-sur-AubeとBar-sur-Seineがあります。

Seine bassin versant 

ランス市(Reims)など有名なシャンパンの産地にはマルヌ川(Marne)が流れていて、トロワ市(Troyes)を県庁所在地とするオーブ県にはオーブ川(Aube)とセーヌ河(Seine)が流れていたのでした。

シャンパーニュ・アルデンヌ地域圏のアルデンヌ県から流れ出るバール川というのもあるのですから、ややっこしい。ちなみに、アルデンヌ県ではシャンパンは製造していないし、あの辺では普通のワインも作っていないのではないかもしれません。


ともかく、行政区分で産地を分類しなおしてみたら、シャンパンといえばシャンパーニュ地方で生産されていると思っていたのに、イル・ド・フランス地域圏でもシャンパンが生産されているというのには驚きました。 ここにはパリ市が入っていて、人口が多く、首都圏と呼べる地域ですから。

でも、シャンパンの産地としてのシャンパーニュ地方とは、今の行政区分のシャンパーニュ・アルデンヌ地方(地域圏)を指すのではなくて、フランス革命前に存在していたシャンパーニュ州なのだろう、と思いますよね?

でも、そうではなかった!

また前置きが長くなってしまったので、続きの本題は次回に書きます。

 シリーズ記事: 百年前、なぜシャンパンの産地で暴動がおきたの? 【目次




内部リンク
シャンパーニュ・アルデンヌ地方の不思議 2010/04/19

外部リンク
Les 4 grandes régions de Champagne
☆ Wikipédia:
Vignoble de Champagne
シャンパーニュ地方のワイン地図 
シャンパーニュ地方ワイン生産同業委員会
Comité interprofessionnel du vin de Champagne
ワインの名前をめぐって No.6  香水「シャンパーニュ」について


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フランスのお酒 (ワインなど)



2013/12/15
良い家系で生まれたかで人生が左右されるように、ワインにもそれがある。

ランスに行ったときに立ち寄ったマルヌ県のブドウ畑です。



これが、恵まれた家系で生まれた子たち。Moët & Chandon(日本ではモエ・エ・シャンドンと表記するらしい)の畑で、グラン・クリュ(特級酒)と書いてあります。

この銘柄がついたシャンパンを売っているところを探したのですが、なぜかモエ・エ・シャンドンのサイトにも入っていませんでした。画像検索すると、キャップばかりでてきてしまう。でも、ボトルは存在していました


シャンパンは特別な存在すぎた?

前回の日記「シャンパンの産地、オーブ県のワイン醸造者暴動(1911年)」で、有名なランスやエペルネーから離れた場所に位置するオーブ県で栽培されるブドウ畑がシャンパン生産地から外されそうになったことを書きました。

ランスの町は歴代のフランス国王の戴冠式が行われた町。つまり、ランス大聖堂で、シャンパーニュのワインで祝福されて始めて国王になった。他のワインは絶対に持てない名誉とステータスがあります。

 

お祝い事があればシャンパンを抜く。それが世界に広がっています。

オーブ県のブドウ栽培農家の人たちが20世紀の初めに頑張ってシャンパンの産地となったのは、地域経済を発展させる上で大きな貢献をしたと思います。シャンパンのステータスは高いので、スパークリングワインとして売るより、ずっと高く売れますから。

ここで問題になるのは、「シャンパン」と呼べるスパークリングワインを作れる地域の境界線をどこに引くか。

考えてみると、シャンパンの生産地はかなり広い面積に広がっているのに、AOC(原産地呼称統制)としては1つの呼び名しかない。だから、生産地域に入れないとか、入る権利があるとかで仲たがいをすることになったのだろうと思いました。

例えば、ブルゴーニュワインの場合は、ブドウ畑はほとんどがローヌ・アルプ地域圏に入っているボージョレーも仲間に入れてしまっています。ボルドーに比較したら、ブルゴーニュワインの産地面積は遥かに小さいのですが、南北に長く広がっています。北から南までで360キロくらい。シャンパン産地と同じくらいの距離になるのは、ボージョレーの産地をなくしたくらいになるはずです。

ところが、ブルゴーニュ・ワインにはAOCが84もあって、それぞれに特徴があると認識されるので問題がなかったのではないでしょうか?

オーブ県でブドウ栽培者が蜂起した甲斐があって、1927年に、オーブ県で栽培されるブドウで作った発泡酒もシャンパンと呼ばれることが正式に決まりました。それでも、オーブ県内でつくられるシャンパンは、ランスやエペルネーのあたりで作られるシャンパンより下にランクされる傾向はあると思います。まず、たいていは価格を低く設定されて売っていますから。

でも、ランスやエペルネーの大手メーカーでも、オーブ県で栽培されたブドウを買ってシャンパンを作ったりしているのですけど...。

ところで、フランスでは、シャンパンか、それ以外の発泡酒かは区別しますが、日本では余り区別しないのではないでしょうか? シャンパンはスパークリングワインの代名詞になっている感じがします。まして、ワイン通でなければ、シャンパンの産地の地理的なことは意識しないのでは?

日本で市販されている発泡酒の価格を眺めてみました。


 シャンパンの価格は?

シャンパンを楽天市場で検索
最も高かったシャンパン
最も安かったシャンパン

「シャンパン」をキーワードにして検索してみると、シャンパンではないスパークリングワインもかなり入ってきてしまいました。「シャンパンみたいに美味しい発泡酒」というのでも、キーワードは「シャンパン」にしても良いからかもしれません。気にしない人はシャンパンだと思って買ってしまうから、それは効果がある宣伝方法。

日本で売られているシャンパンは4,000円くらいかなと思っていたのですが、けっこう安いのもあるのですね。でも、最低価格あたりのアイテムは、コート・デ・バール地区産のものが多いように見えました。 やっぱりね...。


コート・ド・バール地区のシャンパンメーカーは小規模なところが多いのですが、定評がある大手メーカーはドラピエです。

ドラピエ社のシャンパンを楽天市場で検索

ランスやエペルネーあたりの大手メーカーにひけをとらない、美味しいシャンパンを作っています。価格と質のバランスからいったら、こちらの方がリーズナブルだと感じます。

私は買い付けしているワイナリーではないのですが、オーブ県のシャンパン祭りで見学したことがありました。

ブログにも書いていたのですが、見学は楽しかったのに大したことはメモしていませんでした:
シャンパン祭り: 5. シャンパン会社の見学 2005/08/12

立派なメーカーなのですが、案内してくださったオーナーは気さくで、好感を持てる人でした。

やはり、オーブのシャンパンメーカーの雰囲気は、ランスやエペルネーのあとりとはずい分違うように感じます。オーブのシャンパン産地は、どこかブルゴーニュの雰囲気と似ているのです。小さなワイナリーが多くて、気取っていないという点で。

私が行ったときに案内してくださったと思う男性がドラピエ家の歴史について語っているビデオがありました。現在の経営者のお父さんなのでした。


Champagne Drappier, une histoire de famille

ドラピエは1808年から存在していたのですが、終戦後まもなく、彼が立て直しをしたのです。当時のシャンパーニュのブドウ栽培者は自分ではシャンパンを醸造せず、ランスやエペルネーの大手メーカーにブドウを売っていました。彼、このあたりで初めて、自分でシャンパンの醸造を始めたのでした。

1950年につくったシャンパンは、たった1,000本。ここでは語っていませんが、ドラピエは大統領官邸(エリゼ宮)のご用達シャンパンでもあるのですが、当時はボトルを仕入れる資金にも苦労していたようです。

ところで、ドラピエ(Drappier)というのは変な名前。ラシャ製造業者という意味なのです。実際、ご先祖様がその仕事をしていたのでした。


 クレマン・ド・ブルゴーニュの価格は?

シャンパンと同じ製法で作っても、AOCシャンパンとして認められていない地方だと「シャンパン」とは呼べません。シャンパンの次に定評があるのは、AOCを持ったクレマンCrémant)。

ブルゴーニュ地方でも、シャンパーニュ地方に隣接するあたりでは、寒くて美味しいワインができないせいもあって、シャンパーニュと同じ製法でスパークリングワインを作っているワイン農家が多いです。 「クレマン・ド・ブルゴニュ(Crémant de Bourgogne)」という名で売られます。

彼らがシャンパンとして売れないのは不幸だと思う。去年のサン・ヴァンサン・トゥルナントというブルゴーニュ最大のワイン祭りでは、そういう地域の人たちがクレマンをテーマにして祭りを受け持ったのですが、それほど人気がでなかったようでした。ブルゴーニュといえばワインですから、よけいにハンディーを持ってしまう。可愛そう...。

でも、本当にクレマンはシャンパンより安く売られているだろうか?

クレマン・ド・ブルゴーニュを楽天市場で検索
最高価格
最低価格

クレマン・ド・ブルゴーニュの最低価格 を探してみたら、シャンパン並みに高価がものがあるので驚いてしまいました。でも、よく見ると、1ダースとか半ダースの売値だったのでした。

シャンパンと呼べないスパークリングワインでも、かなり質の良いものがあります。シャンパンとスパークリングワインで目隠しコンクールをすると、たいていシャンパンを追い抜いて選ばれるクレマンがあると言われます。実際、シャンパンとは名ばかりで、ひどくまずいのもあるのは事実。

クレマンよりシャンパンの方がステータスが高いのはどうしようもありません。日本ではワイン通でもないと気にしないかも知れませんが、フランスではシビアです。お祝いの席でクレマンを出すと、シャンパンを買えなかったから出したみたいに思われてしまうので、避ける傾向にあります。実際には、安物のシャンパンより、ずっとおいしかったりするのに...。


ともかく、日本でも、シャンパンの中ではオーブ県のものは安いらしいというのを確認しました。

次に、シャンパンの産地がどうなっているのかを調べてまとめてみます。シャンパン(フランス語ではシャンパーニュ)は、シャンパーニュ地方で生産された発泡酒という大前提があるのですが、そのシャンパーニュ地方という区切りが、実は少し曖昧なのです。

続き: シャンパンが作られるシャンパーニュ地方の境界線を何処でひく? (1)

 シリーズ記事: 百年前、なぜシャンパンの産地で暴動がおきたの? 【目次




内部リンク
シャンパーニュ、シャンパン、シャンペン・・・ どう違うの? 2005/08/13


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2013/12/14
前回の日記で、フランスには「セリエcellier)」と呼ばれる食料・ワインの貯蔵倉について書いたのですが、それで思い出したものがありました。レストランになっていたセリエです。

そのセリエにまつわる歴史について調べていたら、きりがないほど広がってきてしまいました。時代的背景もあるし、地理的なものもあるので複雑...。でも、面白い発見もあったので、把握したことをメモしておきます。


シャンパーニュ地方にあるクレルヴォー修道院のセリエ 

思い出したセリエは、シャンパーニュ地方のBar-sur-Aube(バール・シュール・オーブ市)にあります。それをつかったレストランの名前も、Cellier Aux Moines(僧侶たちのセリエ)。

みごとなゴシック様式の貯蔵倉で、12世紀の建造物でした。



あまりにも立派なセリエなのですが、ここはシトー会の重要拠点であったクレルヴォー修道院(Abbaye de Clairvaux)が建てたものなのでした。この修道院は、カトリックの歴史では重要人物となっているクレルヴォーのベルナルドゥスBernard de Clairvaux)によって、1115年に建立されました。

人里離れた場所にある修道院は、生産したものを売るために大きな町に拠点を持つ必要がありました。シャンパーニュ地方には12世紀から、ヨーロッパ中の物産が集まるシャンパーニュ太市と呼ばれる4つの市があり、その1つがクレルヴォー修道院から15キロほどと近い場所にあるバール・シュール・オーブの市でした。

そこでクレルヴォー修道院は、この町にある教会のそばに「小さなクレルヴォー(Petit Clairvaux)」と呼ぶ地区を整備したのでした。レストランとなったセリエは、そこにあります。

14世紀から15世紀にかけてあった百年戦争のときには、クレルヴォー修道院の僧侶たちはそこに避難して、écorcheurs(百年戦争期に各地を荒らし回った盗賊団)から逃れることもできたそうです。


シャンパーニュ地方オーブ県のブドウ栽培者がおこした暴動 

上に入れたレストランの写真で、天井のアーチに文字が書き込まれているのに気づかれたでしょうか?



この地域のブドウ栽培者たちがおこした暴動のなごりだったのです。

1911年、シャンパンの生産地では「Révolte des vignerons(ブドウ栽培者の暴動)」と呼ばれる騒ぎがありました。そのときのデモ参加者たちが集会に使ったセリエだったのです。熱気が漂うなか、彼らは思いを書き込んだのでしょう。

レストランの壁には、暴動のときの写真が何枚か飾ってありました。



これはレストランになったセリエのものかな?... ワインの樽がたくさんおいてあるのが見えます。


なぜオーブ県で、ワイン醸造者たちが暴動をおこしたのか

現在のシャンパン産地の地図を見ると、生産地域が大きく2つの地域からなっているのが分かります。北にあるのは、シャンパンのメッカともいえるランスやエペルネーがある地域。そこから飛んで北の方、ブルゴーニュ地方と接するところにオーブ県の生産地域があります。

シャンパーニュ地方のワイン地図とシャンパンの種類

事件は、その飛び火したみたいにできているオーブのブドウではシャンパンではないことになりそうになったときにおきました。レストランとなったセリエがあるのはオーブ県にあるバール・シュール・オーブ町で、現在のシャンパン生産地ではコート・デ・バール(Côte des Bar)と呼ばれる地域の中心地の1つとなっています。


1911 en Champagne :
Chronique d'une révolution
19世紀末から、フランスの農産物は本物と偽物を区別しようという動きがでてきました。その動きの中で、オーブ地域でとれるブドウでつくったものはシャンパンとは呼べないという法律ができてしまいました(1908年)。

害虫フィロキセラがフランス中のブドウ畑に壊滅的な被害をもたらしたあと、ブドウの木を植え直して、これから昔のようにブドウの生産ができると明るい見通しができていた時期。それなのに、この地域のブドウではシャンパンを作ることはまかりならぬ、というおふれがでてしまったわけです。
 
オーブのブドウ栽培者たちは、その法律を
撤回するように要求して反乱をおこしたのでした。
 
当時のオーブ県のブドウ栽培者は、かなり貧困だったようです。まだ機械化されていない時代なので農作業は過酷でしたが、ブドウ栽培だけでは生計がなりたたないほど畑の面積が小さな農家ばかりだったのです。シャンパンのメッカであるランスやエペルネーのあるマルヌ県では高い評価があるシャンパンを作って潤っていましたが、オーブ県では原料のワインをマルヌ県のネゴシアン(ワインを買ってブレンドする仲買人)に供給するだけなので収益性は低い。

彼らは生活に困窮していたので、もう何も失うものはない、という覚悟があったから立ち上がったと言います。デモのときにシンボルとして手に持ったのは、fousseux (binetteのこと)というブドウ畑を耕す尖がった小さな鍬(くわ)でした。

それでも、暴動がおきた当時、オーブ地域には20,000ヘクタールのブドウ畑があったそうです。現在のAOCシャンパンの品質保証を持つブドウ畑の面積は34,000ヘクタールですから、除外できないくらいに広い面積ではありませんか。

1911年のことなので暴動がおきた当時の映像は見つからなかったのですが、事件を伝える写真や新聞を見せながら、どのような暴動だったかを見せるビデオは幾つか見つかりました。事件から100年たった年には、この暴動を思い出す様々なイベントが地元ではおこなわれていたようです。


La révolte des vignerons en 1911 : les dates clés


新聞の代わりをした絵葉書

調べてみると、当時の写真が色々と出てきました。
Discours de Cheq 9 avril 1911
Gaston Cheq haranguant la foule
Place de l'Hôtel de ville, Troyes
1911/04/09
Bataillon de fer 9 avril 1911
Le « bataillon de fer » de Bergères et sa cantinière

上に入れたのは、Wikipediaの該当ページに入っていて、コピーライトがない画像です。

オーブのワイン醸造者がおこした暴動事件に関する絵葉書は、380種類も見つかっているのだそう。反乱に批判的なものはごく少なかったようです。

絵葉書コレクターが語っていることで、1つ学びました。

テレビニュースなどを見ることなどできなかった時代には、色々な出来事を報道する絵葉書がたくさんできていたのだそうです。新聞や雑誌の代わりに出来事を知らせる手段になるので、人々がニュースを伝えるために買って知人に送ったのでした。

もう新聞があった時代のはずですが、今でもフランス人は日本人ほどには新聞をとっていません。20世紀初めならなおさらで、絵葉書ニュースに人気があったのかもしれない。

この夏に、20世紀初めに洞窟に住んでいた変わったお爺さんの話しを書いたのですが(こちら)、このときに調べていたら、やたらに当時の絵葉書がたくさん出てきたので、奇妙に思っていた私なのです。絵葉書を作って売る商売が存在していたのでしょうね。そうでなければ、ロープをつたって登るようなところまで行って撮影するはずがない。

日本でも、テレビや雑誌の代わりになる絵葉書が作られたのでしょうか? ちらりと探してみたら紹介しているサイトが出てきたりはしましたが、昔の絵葉書を売っているのを私は日本で出会ったことがないように思います。

フランスの古い絵葉書の多さはすごいです。観光地でも何でもない市町村の絵葉書もたくさんあります。コレクターのほかにも、自分が住んでいる古い家や、住んでいる地域が昔はどうだったか知りたい人が買うので、需要があるようです。

ノミの市などでたくさん古い絵葉書を売っているだけではなくて、インターネットでも検索して購入できるサイトが幾つもあります。かなり高価なものもあるので、古い絵葉書をフランス人は好きなようです。


レストランに飾ってあった絵葉書で気に入ったのは、こちら:



デモをしながらボトルで杯をあげているのが面白い。左上にあるのは、デモをする人たちが首から下げていた丸い紙に書かれていたスローガン。自分たちは過去も現在も未来もシャンパーニュ人だ、と強調しています。痛ましいではないですか?!


シャンパンの歴史

ブドウ栽培者の暴動を追っていたらゴチャゴチャしてきたので、シャンパーニュの歴史を表にして整理してみました。

1~4世紀:シャンパーニュ地方でブドウが生産されるようになる。
496年:クロヴィスがシャンパーニュ地方のランス(マルヌ県)で国王の戴冠式を行い、その後の歴代フランス国王はランスで戴冠式をおこなった。そのため、シャンパーニュのワインは「王様のワイン」というステータスを持つことになる。
9世紀:シャンパーニュ地方で生産されるワインは、vins de la Montagne(山のワイン)、vins de la Rivière(川のワイン)と呼ばれる。
15世紀:百年戦争で荒廃したブドウ畑が復興する。
17世紀:シャンパーニュ地方には伝統的に「Tocane d’Aÿ」と呼ばれる発泡性ワインがあったが、実際に成功をおさめるようになったのは1675年ころ。Aÿはマルヌ県エペルネー郡にある。
17世紀末、Hautvillers(マルヌ県エペルネー郡)の修道院で僧侶ドン・ペリニョン(Dom Pérignon)は、シャンパンの製造法を完成させる。
シャンパーニュ地方で生産されるワインは、vins de Champagne(シャンパーニュのワイン)と呼ばれるようになる。
17世紀末から発泡酒シャンパンが貴族たちの間でもてはやされる。
19世紀初頭:シャンパンは世界的に有名になる。
1887年シャンパン大手メーカーは、シャンパーニュ地方で生産されたワインだけに対してChampagne(仏語でシャンパンのこと)という言葉を使えることを裁判で勝ち取る。ここでいうシャンパーニュ地方とは、アンシャンレジーム下での州を指す。

この年を最後に赤シャンパンは禁止となる。
1890年頃:害虫フィロキセラの被害がシャンパーニュ地方のブドウ畑におよぶ。
1905年:シャンパーニュの生産者たちは、シャンパーニュ地方で収穫したブドウ使って、同地域で醸造したものだけをシャンパンと呼ぶように、農業省に要求する。
1907年:南仏のラングドック地方でブドウ栽培者が暴動をおこす(Révolte des vignerons du Languedoc)。生産過剰や輸入ワインの増加により、地域のワインを売りさばけなくなったことが原因。
1908年シャンパンの生産地を規制するデクレがでる(Décret du 17 décembre 1908)。マルヌ県(Châlons-en-Champagne郡、Reims郡、 Épernay郡の全域。およびVitry-le-François郡の一部)およびエーヌ県(Château-Thierry郡とSoissons郡の一部)を生産地とする(15,000ヘクタール)。

シャンパーニュ・アルデンヌ地方のオーブ県は、歴史的にも経済的にもシャンパン産地に含まれるとして申請していたが認められず、オーブ地区で生産されるブドウで作ったものはシャンパンではないとされた。
時代的背景:20世紀初頭の時代的背景:
フランスは、普仏戦争の敗北からナショナリズムが高揚した第3共和制(1870~1940年)にあった。
ドレフェス事件(1894年)、政教分離(1905年)などがあり、社会の中で人々の対立が生まれ時代である。社会主義や労働者運動が盛んになり、組合が発展している。
第1次世界大戦(1914~1918年)が勃発する前の不穏な時期であるが、19世紀末から戦争勃発まではベルエポックと呼ばれて都市の消費文化が栄えた時代である。しかし、資本主義が横臥をふるった時代で、国の富みの7割が、人口2.5%の富裕者の手に握られていた。

暴動がおきる直前のシャンパーニュ地方:
マルヌ県: 1907年から1910年にかけて天候に恵まれずにブドウ収穫量が少なかった。ワイン仲買業者は買値を高くするかわりに、1908年の規制でシャンパンの産地には入っていないオーブ県などからワインの買い付けをした。マルヌ県のブドウ栽培者は不正業者が「よそ者のワイン」を仕入れると表現して怒る。

オーブ県: 1910年のオーブ県内ワイン生産量は3,073ヘクトリットル(前年は55,997hℓ)と少なく、それでなくても貧しいブドウ栽培者たちを窮地におとしめた。
1911年Révolte des vignerons de la Champagne(シャンパーニュ地方のブドウ栽培者暴動)がおこる。

マルヌ県のブドウ栽培者暴動
4月11日、元老院は不正行為の抑圧をするために、ただちに法律案を出すように政府に要請する発案を可決した。そこでは、フランスを分裂させてしまう原産地に対する規制を維持していなかった。これはブドウ栽培者の怒りをかう。同日の夜、マルヌ県のDamery、Dizy、Ayでは、オーブ県からワインを買いつけている、あるいはそう疑われる仲買業者のセラーや建物が荒らされた。翌日から暴動はマルヌ県内でエスカレートする。大きな破壊行為になったが、奇跡的に死者や重症の怪我人は出ていない。

オーブ県のブドウ栽培者暴動: 
1月、ブドウ栽培者組合を組織し、政府から調査委員会をつくることの認可を獲得する。
2月、1908年のデクレは税制法によって補われて徹底される。Gaston Checqの指揮のもと、「Ligue de défense des vignerons de l'Aube(オーブ県ブドウ栽培者擁護団」が創設される。
3月、ブドウ畑の審査委員会が視察してオーブ県を擁護する結論を出したが、政府は無効とする。 閣僚評議会議長がシャンパンの生産地限定ができたことに肯定的な発言したことがオーブのブドウ栽培者の怒りをかる。
デモ、税金不払い運動がおこり、議員が辞職したために県庁所在地のトロワ市も含めた県内の125の市町村議会が閉鎖されてしまう。
4月、バール・シュール・オーブ市とトロワ市で鍬を手にした大規模なデモ行進が行われる。バール県の県庁所在地トロワでのデモでは、市町村から集まった2万人近い人々が参加。 
6月、マルヌとオーブの対立を鎮めるデクレがでる(Décret du 7 juin 1911)。1908年のデクレには含まれなかったオーブ県、オート・マルヌ県にある市町村も含まれたが、オーブのブドウ栽培者には罠もあった。晴れてマルヌ県のネゴシアンにワインを売れるようになり、ネゴシアンはシャンパンの名「Champagne」として売ることができる。しかし、オーブのブドウ栽培者が自分でシャンパンをつくると、ラベルにはBasse ChampagneないしChampagne deuxième zoneと、ランクさがったシャンパンであることを明記しなければならないのだ。

オーブ県の不名誉を撤回する見直しは1913年にしか行われておらず、さらに戦争が始まって中断する。
1914~
1918年
第一次世界大戦
終戦後、オーブ地区をシャンパンの産地として認める動きが復活する。
1927年シャンパンを生産できる市町村が規定される。オーブ県および1908年で除外されていた地域も、条件付きでシャンパンの産地として正式に認められる。伝統的な製法でつくること、原産地、アペラシオン、ブドウの品種が条件。
シャンパンを生産できるブドウ畑の面積は35,280ヘクタールとなり、1911年の暴動に決着がついた。
1935年:農林省管轄の組織としてINAOが設立され、AOC(Appellation d’Origine Contrôlée、原産地呼称統制)の認定・運用にあたるようになる。ワインの原産地や製造過程を規定する法律であるが、後に様々な農産物に品質保証のAOCが与えられるようになる。
1936年シャンパンはAOCを獲得する。



結局、王様のワイン、シャンパンの産地として発展したマルヌ県が、その名誉を独占してシャンパンの産地を自分のところだけにしようとしたのに対して、オーブ県が割り込めるかどうかという内部分裂だったように見えました。


オーブの英雄ガストン・シェック

20世紀のフランスでは、ワイン醸造者たちがおこした「Révolte(レヴォルト)」と呼ばれる暴動が2回おこっています。

※ révolteには、反乱、反逆、暴動、一揆、憤慨の意味があります。この類いの単語は色々ありますが、révolteは規模の大小に関係なく使われる言葉だそうです。でも、レボルーション(革命)を連想させるので物騒な単語に聞こえます。

もう1つのワイン醸造者の抵抗運動としては、蜂起の理由はシャンパーニュ地方とは全くことなりますが、少し前に南仏のランドックで起こっています(1907年)。そのときには死者も出たりしたので、それに比べればシャンパーニュの暴動は穏やかなものだったと言われています。

オーブ地区のワイン醸造者の暴動を指揮したGaston Cheq(ガストン・シェック)が、理性的で、穏やかにオーブで生産されるワインをシャンパンと認めよという要求を当局に説得できるようにデモを導いたとして評価されています。

Bataillon de fer 9 avril 1911 
Le bataillon de fer de Bergères et sa cantinière

ガストン・シェックはワイン醸造に関係していた人ではなく、保険業を営む社会党員でした。バール・シュール・オーブで生まれ、その町で亡くなった人。町には彼の銅像やプレートが掲げられており、地域を救った英雄とされているようです。


  
シャンパンの歴史について書かれた書籍もありましたが、読まないで書いていることをお知らせしておきます。しっかり把握なさりたい方は、専門家が書いたものを参考になさってくださいね。

シャンパン歴史物語 ―その栄光と受難『』には、このオーブ県の暴動についても書かれているそうです。

でも、インターネットで調べただけでも、読み切れないほどたくさん出てきてしまった...。

オーブのブドウ栽培者がおこした暴動をおっていたら、この出来事の背景には深いものがありました。シャンパンというのはミステリアスなところがあるのですが、このオーブ県の存在もそう。

オーブ県はシャンパンを買うためによく行く地域です。ブルゴーニュ地方り隣接しているので行きやすいこと、マルヌ県のより安く美味しいシャンパンがあるのが理由。安くて、かなり質の高いシャンパンがあるので、お気に入りを作ってしまいました。

でも、調べていたら、知らなかったことが色々でてきました。オーブ県に買い付けに行ったとき応対してくれるワイナリーの人たちが、マルヌ県のランスやエペルネーのあたりと違って親しみが持てると感じていたのですが、その理由も見えてきました。

オーブがマルヌに排斥されそうになった理由は、ただ地理的なことだけでもなかったのでした。1927年にマルヌ県と同様にシャンパンを作る権利を得たのですが、その道のりは長かったのでした。

 シリーズ記事: 百年前、なぜシャンパンの産地で暴動がおきたの? 【目次


外部リンク
【1911年のブドウ栽培者の暴動】
La Champagne viticole, banc d’essai de la délimitation (1903-1927)
Histoire du Champagne  XXe siècle  Révolution vigneronne
Folklore de Champagne N°67: 1911 La révolte dans le Barséquanais – une grande année dans le vignoble aubois
☆ INA動画:
"Evénement du Siècle" : La Révolte des vignerons AUBOIS en 1911
☆ INA動画:
La Révolte des Vignerons
☆ YouTube:
Terres de l'Aube -- Les 100 ans de la révolte des vignerons 
☆ Wikipédia:
Révolte des vignerons de la Champagne en 1911
Révolte des vignerons 1911
☆ Troyes:
La révolte des vignerons 
☆ Wikipédia:
Gaston Cheq
絵葉書検索: Cartes postales des Archives de l'Aube  「revolte 1911」と入れれば出てくる
Hymne des vignerons champenois de l'Aube 

【その他】
Les grandes dates de l'histoire du vignoble et de l'appellation Champagne
☆ Wikipédia:
Révolte des vignerons du Languedoc en 1907

【バール・シュール・オーブ市のセリエ関係】
☆ Abbaye de clairvaux:
Présence dans la côte des bar
聖ベルナールとクレルヴォー修道院

内部リンク
クイズの答え (1): 見上げていたものは何か?2010/02/11 18世紀のシャンパン


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フランスのお酒 (ワインなど)



2013/12/12
食料を貯蔵する倉や部屋について長々と書いてきたので(シリーズ日記目次)、最後に、このシリーズで扱わなかった単語も含めて、貯蔵庫にはどんな単語が使われているかを一覧にしてみました。

辞書に書いてあることのほか、私が把握していることも付け加えているので間違いがあるかもしれません。ご了承ください。


食料貯蔵庫に関するフランス語ピックアップ

Wikipedia(フランス語)に写真が入っていることが多いので、該当ページがあるものには単語のところでリンクを入れました。

単語使われ方関連して書いた記事
食料などの貯蔵庫
grenier穀物、塩、秣(まぐさ)などを貯蔵する倉
※grenier à blé、grenier à sel
※別の意味: 屋根裏部屋、農作物の主要生産地
※民家のgrenier(屋根裏部屋)は寝室として使われたり、物置として使われていることが多い。ガレージセールはvide grenierと呼ばれる。
昔のフランスにあった穀物倉って、どんな建物?

charpente/小屋組について:
屋根裏部屋の木組みを何と呼ぶ?
comble[建築]屋根裏、屋根組み
※複数で屋根裏部屋
siloサイロ
※本来の特徴: 地下の貯蔵庫
※地中に野菜を埋めて保存するときにも用いる。
サイロって、なに?
grange納屋穀物倉
※農家の納屋に使われる場合が多い。
 
hangar agricole納屋物置
※農家が近代的で簡素な建物を指す場合が多い。昔はgrangeと呼ばれていた納屋。
 
magasin食料や商品の倉庫、倉
※別の意味: 商店
 
entrepôt倉庫、貨物/商品の集散地 
stockage(商品、資材などの)ストック。
(原料、燃料などの)貯蔵所、保管場所。
※色々なものをストックするスペースだが、entrepôtよりも使用分野が広い。物体でないもの(燃焼など)を貯蔵する場所、コンピュータの記憶装置関係にも使われる。
Stockage des pommes de terre: ジャガイモ貯蔵庫
Stockage des déchets radioactifs: 放射性廃棄物貯蔵施設
Stockage d'information:  電子媒体
 
おもにワイン貯蔵庫の意味で使われるセラー
cellierワインや食料などの貯蔵室/倉
※本来の特徴: 1階にある。
※celierの語源はラテン語のCellarium。これから英語のセラー(cellar)が派生している。
※最近流行のエコロジー重視の住宅街では、温度の低い場所にある貯蔵庫としてcellierを使っている。
フランス語にはセリエと呼ばれる貯蔵倉もあった
cave地下のワイン貯蔵庫。ワインセラーと特定するならcave à vin(ワインセラー)。
※別の意味: 地下室(倉)、物置、地下酒場
※cave coopérative(ワイン農協)
※caveau: 小さな地下の穴倉として、ワインセラーの意味でも使われる。別に、地下埋葬室(所)、地下酒場の意味もある。
 
chai(樽詰めワイン)醸造室、酒倉
※一部ないし全部が地下である点でcellierとは異なる。
※maître de chai (ワイン醸造責任者)
※ブルゴーニュではワインセラーはcaveと呼んで、chaiという呼び方はしない。
 
おもに部屋
fruitier
fruiterie
リンゴや洋梨を貯蔵する部屋・貯蔵所
※別の意味: 果物(野菜)商、果物屋、果樹園
※ スイスおよびスイス寄りのフランスの地域では、チーズ製造者をfruitierと呼ぶ。
食べ物にこだわるフランスならではの伝統?
chambre果物として食べるブドウを貯蔵する部屋
※一般的な意味: 寝室、会議所、議院
※chambre froide [食料]冷蔵室
フルーツとして食べるブドウも長期保存できる方法があった
buanderie洗濯場洗濯室
※英語でLaundry room
※古い家の洗濯室を物置として使っているケースもある。その使い方からすると、ガレージにも物置スペースを持たせていることもある。
 

思いつく単語を書き出しましたが、まだ他にもあるだろうな...。


 シリーズ記事: この建物は、鳩小屋? 穀物倉? 【目次


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