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2014/06/18
世界遺産にも登録されている美しいヴェズレーVézelay)村に、住む人たちが作っている村愛好会のようなものがあって、そのイベントに参加しました。

普通では入れない場所を見学したり、講演を聞いたりというものだったのですが、移動時の合間を見て、大好きなサント・マドレーヌ大聖堂も見学。


サント・マドレーヌ大聖堂にできる光の道

6月半ばに行くのですから、どうしても「光の道」を見たかったのです。夏至日はもうすぐやってくる時期。この日の正午に、窓から差し込む光で聖堂に「光の道」ができるのですが、日にちが多少違っていたって、時間がずれれば中央の通りに光がさしこむはず。

お天気が良かったので、みごとに光の道ができていました。


Basilique Sainte-Marie-Madeleine de Vézelay

この写真は、6月14日、午後2時23分に撮影しています。夏時間は無視して、太陽の時計からいけば、12時半ころということになります。 夏至日のちょうど1週間前だったのですが、もうほとんど中央に光が差し込んでいますね。

時間があるたびに教会の中に入ってみたのですが、素晴らしい瞬間を見ました。

教会の中に光が差し込んでいないときがあったので、太陽が雲に隠れているのだろうと思いました。すると、光がさしてきた! ...

祭壇の方から順に光の輪が広がっていったのです。パラパラパラ... と、祭壇からこちらに光の道ができてくる。

奇跡がおこったように感動的でした!

昨年には、この光の道が見たくてヴェズレーに1週間滞在しました。おろかにも、光の道は夏至日にしかできないと思っていたので、毎日見に行くのを怠っていました。しかも、太陽の光線がさしてくるときに光が落ちてくる瞬間があるとは知らなかった。

滞在中に1回でもこの瞬間を見ていたら、朝から晩まで教会に座って待つ時間の余裕があったのに...。

昨年のヴェズレー滞在について書いた日記:
★ シリーズ記事目次: ヴェズレー8日間滞在記 2013/06/21

このときに友人たちと滞在した貸別荘は、その経営を担当していた持ち主の奥さんが亡くなったそうで、売りにでていました。40万ユーロで売りにでて、今では28万ユーロに下がっているとのこと(4,000万円くらい)。庭は広いけれど、一軒家として住むには小さすぎる、非常に質素な家なのですけど...。

やはり観光地プライスでしょうね。村には昔だから建てられた立派な石造りの家がたくさんあります。ああいうところだと、青天井の価格ですか...。地元の人の話しだと、昔は美しいヴェズレー村だからというのはなくて、とても安く家を買えたのだそう。

もう貸別荘ではなくなっていたので、去年に利用しておいたのは幸運だったと思いました。


子どもたちが何かしている

祭壇の前に、シスターと子どもたちがいます。



ミサの時に使う木の椅子に子どもたちが座ったりしているので、不思議...。

シスターが祭壇の前に張ってある立ち入り禁止の綱をはずして、子どもたちを中に招き入れます。男の子たちは左側、女の子たちは右側へ、とシスターが指示しています。

子どもたちが祭壇の部分に入って行くので、私もついて行ってしまうかのように、おどけて足踏みをしました。

付き添いで来ていたお母さんらしき人が、「お気持ち、わかります。わかりますよ~♪」と言って、私に笑顔を向けてきました。



翌日が子どもたちのコミュニオンなので、その予行練習をしているのだそうです。

「この辺りに住んでいる子どもたちですか?」、と私。
「もちろんです」

「こんな美しい教会でコミュニオンができるなんて、なんて幸運な子どもたちなのでしょう...」
「本当ですよね~」と、お母さんもとても嬉しそう。

どこの教区に属していてもコミュニオンができます。でも、例えば私の村の子どもたちの場合、美しくもない教会で、近所のオバサンたちが音程外れで讃美歌を歌ってくれる儀式とは格段の差がある... と思ってしまう。


コミュニオン

子どもたちが本当のキリスト教徒になったことを認める儀式がコミュニオン。

そのときの写真が友人の家にはたいてい飾ってあるので、どんなものなのかは想像できます。



フランスでは、catéchisme (日本ではカテキズムというようです)を終えた12歳くらいの子どもたちがする儀式がコミュニオン。

「communion(コミュニオン)」と呼ばれるのですが、それがどんなものなのかを調べてみたら、もっと幼いときにするコミュニオンの風習がある国もあり、12歳でするのは「communion solennelle(コミュニオン・ソラネル)」と呼ぶようでした。profession de foi、grande communionとも呼ばれるらしい。

つまり、もの心がついて、本当にキリスト教徒となる決心をする儀式。

日本でいえば、七五三みたいなものでしょうか。私も子どものときに祝ってもらった写真があるのですが、ただ年齢になるとする儀式くらいにしか思っていません。

コミュニオンの儀式には参列したことがないので、Wikipediaに入っていた公開写真を入れてみます。

Jour de communion solennelle pour un groupe d'enfants (1969) 
une communion solennelle en France en 1969

1969年に撮影したものなのだそう。この時代に子どもだったフランス人はほとんど全員がコミュニオンを経験していたでしょうが、今ではどのくらい行われているのかな?...


コミュニオンの予行練習

明日まではヴェズレーにいられなかったのが残念。子どもたちが白い衣装を着ての儀式は、さぞ美しいでしょうから...。



少数派の男の子たちはやんちゃで、おふざけをしたりしていましたが、女の子たちは真面目にやっています。

祭壇の上ですることの説明が終わると、子どもたちは歩き出しました。



このサント・マドレーヌ大聖堂は、サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路の出発点。それで、子どもたちは木の棒を持って、巡礼者になったように教会の中を回るというシナリオなのでしょうね。




夕方のミサに参列

ヴェズレーの役場でお酒などをふるまわれて、私が参加した集まりは終了。そのあと、急いで教会に戻りました。vêpresと呼ばれる夕方のミサがあるはずなのです。

始まっていました♪ 美しい祈りの声が聖堂に響いています。

とりあえず、この日にミサに立ち会えたことを記録しようと思って、柱の陰でカメラを構えました。 ミサのお邪魔をしてはいけないのが決まりですが、フラッシュはたかないし、シャッター音も切っているので。

すると、向こうの方で、怖い顔をしながら手を振って、「写真はダメ」の合図をしてきた女性が見えました。

みんな立ち上がってミサに傾倒しているのに、彼女はなぜか椅子に座って聖書を開いていました。ミサを聞いているにしても、それを無視して聖書を読んでいたにしても、遠くの柱の陰にいた私がカメラを構えたのがなぜ見えたのだろう?...

けしからぬ観光客が写真を撮るのを監視する係の人が信者の中にいるのでしょうか?...

意地悪な視線に傷ついてしまいました。その前に出会った敬虔な信者らしきお母様は、私がコミュニオンに感激して、おどけたりしていた私に優しい言葉をかけてくれていたのに...。

フランスで出会うクリスチャンには2通りあると思っています。本当に心の底から優しい人たち。それから、信仰心なんかない方が優しい心を保てると思ってしまうような意地悪をする人たち...。

後からやってきた仲間に、写真をとろうとしたら注意されてしまったと小声で言ったら、「気にすることない」と一言。もっと祭壇に近寄って、誰からも見えない柱の陰から写真を撮るように導いてくれました。

ミサをあげている修道士たちが、振り返って「写真を撮ってはダメ」と言ったりするはずは絶対にないと思う。彼らは、そんな人がいるかどうかなんて全く無視して、無心でミサをあげているはずですから。



写真を1枚撮り終えてから、席に座って、美しい祈りの言葉を聞くことにしました。

傷つけられたのなんか、すぐに忘れました。宗教心があるなしに関わらず、聞こえてくるフランス語の所々の意味が分かる程度なのに、本当に美しい音の響きなので陶酔してしまうのです。 涙があふれてくる...。

感動的に美しいミサがあります。お香の香りが感情を高めるのだろうか?... ヨーロッパの他の国に行ったときも、格別に美しい聖堂のミサに参列したときは、いつも泣いていたように思う...。

途中で、左右に分かれた参列者の中央を進み、祭壇に最も近い位置まで行って写真を撮っている人がいました。隣りにいた人が注意していましたが、全く無視。確かにね。ここまでやる人がいたら、観光客がミサの写真をとるのに神経質になっても無理ないな...。


ミサは終わりを告げるでもなく終了し、祭壇にいた修道士たちは静かに引き上げていきました。

そのあと、誰もいなくなるサント・マドレーヌ大聖堂。この静寂も大好きです。



ブログ内リンク:
教会のミサから出てきた友人に、「神様~!」と言われてしまった  2010/04/04
フランスには宗教戦争があったことを思い出す 2014/03/22
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
★ 目次: サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路に関する日記

外部リンク:
☆ アンティークアナスタシア: 初聖体
コミュニオンとは?
☆ Wikipédia: Communion solennelle
カテキズム
知らないうちに洗礼ってひどくない?カトリック離れが進むフランス


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2014/06/14
天然記念物のような野生の蘭「サボ・ド・ヴェニュスSabot de Vénus)」がヨーロッパにあります。フランスでは山岳地帯にあるようなのですが、ここブルゴーニュの平野部にある森の中にもこの花が咲く地域があります。

その場所を教えてもらったのは、もう10年余り前。毎年見に行こうと思いながら行きそこねることがあり、気がつけば、もう何年も見ていませんでした。花が咲く時期は短いので、うまくぶつからないと探し出せないのです。今年こそ~!

今年は春の訪れが早かったので、植物も早く開花するかと思って、5月上旬に探しに行ってみました。


1回目に見に行ったときは間違えた...

車を止める場所はしっかり覚えている。そこから少し坂道を上がるのですが、どこから森の中に入っていくかがうろ覚え。

森の中は似通っていて、間違えやすいのですよね。ここではないかと思って入って行くと、蘭と思われる葉が伸びていました。

 

たくさん生えている。今年はすごいのではないか、と大喜び。

花はまだない。近くには、もう開花時期が終わったはずのスズランがたくさん咲いていたので、それを摘んで帰りました。

でも、これはサボ・ド・ヴェニュスの葉ではないのです。いつも間違えてしまう!


iPhoneに場所を登録

よく場所を間違えるのですが、今回はiPhoneに入れている便利なアプリで場所を記録しておくことにしました。

こんなアプリです ↓

 かならず帰る

GPSで現在位置が出るので、それを登録しておくというシステムです。本来は災害時に、歩いて自宅に帰るために使うコンパスになるというアプリなのですが、方向音痴の私には非常に便利。駐車場に車を止めたときに場所を登録しておいたりもしています。

災害時用なので、3G回線が使えなくても、コンパスとGPSで帰りたい方向が分かるので、森の中でも威力を発揮します。

Google Play の Android アプリでも「かならず帰る」があるようです。

でも、なんとなく見た植物はサボ・ド・ヴェニュスではなかったのではないかという疑いを持ちました。あたり一面に葉が伸びていて、あんなにたくさんはなかったはずなのです。

写真アルバムを眺めてみたら、間違えたときの記録として、私が5月に見た葉は違うのだと確認。

それでめげてしまって、再び探しに行く気がしないでいました。

6月になって、もう花は終わってしまっただろうと思う日曜日。サボ・ド・ヴェニュスがどのくらい生えているかの調査をする、というニュースが聞こえてきました。ということは、まだ咲いているということ?

思い立ったが吉日。散歩の人が多い日曜日などには行きたくなかったのですが、でかけることにしました。人が多いと言ったって、せいぜい数人に出会う程度でしょうから。


2度目に行ったら見つけた♪

前回の場所は把握していたので、そこからもう少し坂を上がったところを探すことにしました。

急にやってきた真夏のように暑い日でした。しばらく寒さが続いていたせいもあって、暑さは耐え難い。ほんの少し山道を歩いただけなのに、汗だくだく...。

ない。全く、ない...。

しばらく来ないでいるうちに、誰か悪意がある人が持ち帰ってしまってしまったのかもしれない。絶滅の危機にある植物なのです。

仕方ないので、駐車した場所の方に戻り始めました。

森の中でカメラを持った人たちがいるのが見えました。撮影しているようなので、そこにサボ・ド・ヴェニュスがあるということではないですか?!

日曜日に探しに行くというのも悪くないと思いました。他の人が見つけたのが目印になりますから。

道から森に降りていって挨拶すると、100キロくらい離れた町からやって来た人たちでした。このあたりにある、ということだけ教えてもらっていたので、この日は5時間もかけて探し出したのだそう。

やはり、花の時期は過ぎていました。

 

ところが、1株だけ、満開という状態のランもありました♪ 木陰なので、開花が遅れていたのでしょう。

 

みごと、みごと!
これが見たかったのです!



 

あったのは数株。以前に見たときもそのくらいの数だったので、無事に生き延びていてくれたようです。


◆ ヴィーナスに例えるか、マリア様に例えるか?

サボ・ド・ヴェニュス(sabot-de-Vénus)とは、「ヴィーナスの木靴」の意味。

花弁の膨らんだ部分が、足をすっぽりと包む靴に見えますね。

sabot de la Viergesoulier de Notre-Dameとも呼ばれるそうです。
いずれも聖母マリアの靴に例えた呼び名。

サボ・ド・ヴェニュスの茎の高さは60cmくらいにもなります。野生の蘭としては飛びぬけて大きくて立派なので、連想するのは愛と美の女神とか、聖母マリアとかになるのでしょうね。



動画の方が花の様子が分かりやすいので入れておきます。


Les Sabots de Vénus, l'Orchidée !



追記

コメントで、サボ・ド・ヴェニュスは日本でも絶滅の危機にあるアツモリソウ(敦盛草)に似ていると教えていただいたので、その花の画像を探してみました。



葉も花の形もよく似ていますが、かなり雰囲気が違う花に見えました。

サボ・ド・ヴェニュスの学名はCypripedium calceolusで、アツモリソウの方はCypripedium macranthos。

それでも、Wikipediaのフランス語のページの説明では、このアツモリソウを「sabot de Vénus à grandes fleurs(大きな花のサボ・ド・ヴェニュス)」とも呼ぶと書いてあったので、よく似た野生植物なのでしょうね。

サボ・ド・ヴェニュスはヨーロッパにある野生植物で、アツモリソウの方はシベリア、中国、韓国、日本、台湾などに自生するようです。



今年の天候は異常

春先にやたらに温かくて、外で食事ができてしまうほど気温があがったのですが、その後には冷え込みがきました。雨もちっとも降らない。

庭の草花を見ていても、咲きだし方がメチャメチャ。早く咲きだす花もあるし、いつもと同じのもある。雨が降らないから育ちそこなったのがあれば、いっこうに平気そうなのもある。野生のリンドウの花は、この天候が気に入ったらしくて、庭の中はリンドウの林のようになってしまいました。いつもそんな風にたくさん生える勿忘草は貧弱だったな...。

サボ・ド・ヴェニュスを見に行った日に夏の暑さになり、すぐにまた涼しくなるだろうと思ったら、あれから1週間、まだ夏日が続いています。庭の日向においた温度計は、最高の目盛の50度でストップという状態の日も何回かありました。

真夏の暑さになると、雷雨がつきもの。ブルゴーニュでも被害が出たところがあったようです。

びっくりしたのは、ブドウ畑で作業していた5人が感電したというニュース。1人は重症なのだそう。最近のブドウ畑では、新たに支柱を立てるときには、金属製の杭を立てないといけないという決まりができていました。従来のように木の杭だと、害虫が発生するから、徐々に木の杭をなくしていくということになったようです。

ブドウ畑に金属製の杭がたくさん立っていたら、感電事故がおきても当然ではないですか? 木の杭を禁止するときに、それを考えなかったのだろうか? 昔の人の方が賢いと思ってしまう...。

ブログ内リンク:
野生のラン「ビーナスの木靴」を見に行く 2008/05/20
野生のラン、サボ・ド・ベニュスを見に行く 2007/05/24
★ 目次: フランスの田園に咲く野生のラン
★ 目次: 森に咲く春を告げる花々
★ 目次: 今年のミレジムは? (ブルゴーニュ・ワイン)
★ 目次: ブドウ畑の作業、ワイン醸造法など

外部リンク:
☆ Wikipédia: Sabot de Vénus
☆ Fleurs des Hautes-Alpes: Sabot de Vénus


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カテゴリー: 植物 | Comment (8) | Top
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2014/06/07
ソーリュー町(Saulieu)にある、フランソワ・ポンポン博物館(Musée François-Pompon)に行きました。

Basilique Saint-Andocheという名のロマネスク教会の隣にあった司祭館をミュージアムにしています。17世紀に建てられた司祭館。建物が美しいので気になっていましたが、閉まっていることが多くて、オープンしている時にぶつかったことはなかったような...。


ポンポンという名の彫刻家

博物館の名前になっているのは、この町で生まれた彫刻家フランソワ・ポンポンFrançois Pompon: 1855~1933年)。あだ名かと思ってしまう面白い名前。

彼の作品には動物が多いです。というか、ほとんどが動物ではないでしょうか?

例えばこちらの作品。パリのオルセー美術館に所蔵されている「白熊」です。



ポンポンと名前が面白いだけではなくて、彫刻も何となくユーモラス...。

好きなタイプの彫刻ではないので、博物館に入ったのは初めてではないかと思う。それに、有名になった芸術家の作品というのは、余り故郷には残ってはいないものですから、期待もしないで行ってみたのでした。

でも、ポンポンの彫刻だけではなくて、他にも色々な展示がありました。


3つ星シェフのレックス

展示物の中で面白いと思ったのは、こちら ↓



ひと昔前のフランスでは有名だったという、ソレックスSolex)と呼ばれる電動機付自転車です。名前は知っていたのだけれど、間近に見るのはめったにありません。

展示されていたのは、正式の名前では「ヴェロ・ソレックス(VéloSoleX)」のようです。 ソレックス(Solex)とは、こういう原チャリのことかと思っていたのですが、フランスの機械製造企業の名前でした。


ソーリュ―町の名前を有名にした、もう一人の人物にちなんだものを展示する部屋があり、そこに置かれていました。

この町にあるミシュラン3つ星レストランのシェフだった、ベルナール・ロワゾ―Bernard Loiseau: 1951~2003年)。

ソーリュ―町は、高速道路がない時代にパリから車でコート・ダジュールの海岸までヴァカンスを過ごしに行こうとすると、1泊目に泊まるのにちょうど良い位置にあります。それで、ホテル・レストランが何軒もある宿場町のように発展した町なのですが、その中で有名なレストランは、ベルナール・ロワゾ―のホテル・レストラン「ラ・コート・ドール(La Côte d'Or)」。

あれから、もう10年もたちますか。彼の突然の自殺。その原因は、彼が3つ星を失いそうだと気に病んだからと言われたので、大きなニュースになりました。

そのせいもあるのではないかとも思ってしまう...。彼のアシスタントだった人が料理するようになりましたが、今でもミシュランの3つ星を失わずに顕在です。

フランスで高く評価されるレストランは、レストランの名前よりはシェフの名前で呼ばれます。ベルナール・ロワゾ―の後を継いだ現在のシェフの名前を憶えておかなければと思って調べたら、Patrick Bertron(パトリック・ベルトロン)でした。ついでに、ホテル・レストランの名前は、ロワゾー氏の死後、「Relais Bernard Loiseau(ルレ・ベルナール・ロワゾー)」 にされていたことも知りました。

ロワゾ―氏の未亡人は、ご主人以上に経営能力がある方なのかもしれない。最近はボーヌ市やディジョン市にビストロ風レストランを開店しました。 でも、支店レストランの名前には「ロワゾー」がついています。亡霊を背負って公認シェフを勤めるのは楽しくないだろうと思ってしまうけど、人生で大きなチャンスが与えられるのは悪くはない...。

日本企業で上の地位にまでのぼりつめた女性の友人は、男性の何倍も努力したのは当然だけれど、能力を発揮できる機会を与えられる幸運がなかったら、全く日の目をみなかっただろうと言っていたので。


展示されていたソレックスには、金色でベルナール・ロワゾ―のイニシャルが入っていました。彼はこれに乗ったりしていたのだろうか?...

ヴェロ・ソレックスの動画がありました。


DESIGN : le Vélosolex

ブログ内リンク:
レストランに絶対的なランク付けができるのか? 2008/03/12
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事
★ 目次: 乗り物に関して書いた記事(自動車、自転車、船など)

外部リンク:
☆ Wikipédia: VéloSoleX
ソレックスに乗って
☆ Wikipedia: ソレックス
ソレックスとは
☆ Wikipédia: Musée François-Pompon
☆ Wikipedia: フランソワ・ポンポン
Il y a 10 ans disparaissait Bernard Loiseau, étoile de Saulieu et de la Bourgogne
☆ Wikipedia: ベルナール・ロワゾー
☆ HOTEL - RESTAURANT LA COTE D'OR: une maison mythique


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2014/06/04
食品を展示するイベントに行きました。広すぎず、狭すぎるということなく、ちょうど良い規模の見本市です。

どこのブースでも、おしげなく試食や試飲をさせてくれます。日本だと普通ですが、フランスではかなり珍しいのです。


スペインといえば、パエーリャなのだけど...

毎年ゲストの参加があるのですが、今年はスペインでした。



ガンガン音を出すだけで、なんだか下手なフラメンコを踊っている...。

一緒に行った仲間は、出展している人たちと際限もなくおしゃべりしている。それで私は会場を回って、どこで昼食をとろうかと眺めました。もうお昼近かったので。

興味をひかれたのは、もちろんスペインのレストラン。会場の片隅では大きな鍋でパエリアを作っていました。でも、遠くから見ただけでも、なんだか変。色がやたらに鮮やかなのです。

近づいてみる。

遠くからよく見えたのは、着色料で色づけしたようなグリーンピースだったのでした。

パエーリャにグリーンピースなんかは入れないものではないですか?...

これまた色鮮やかな黄色い米。

それにグリーンピースがのっていて、その下に、魚介類が「ありそう」という感じ。

写真を撮っておけば良かったな...。
こんなパエーリャなんて見たことがない!

それで19ユーロというのは高すぎますよ~。

みんなに「パエーリャを食べるのは止めようよ」と言わなきゃと思って、みんなを探す。

出会った一人に「グリーンピースが入っている」と言うと、「入れることもあるよ」との返事。でも、グリーンピースと米以外には、ほとんど何もなさそうなのだと説得にかかる。

すると、もう一人が現れました。

「パエーリャ見た?」と言う口調から、もうそこで食べるのは止める決心をしているのが分かりました。

「あのグリーンピースったら!...」と言って笑う。やっぱりショックだったんだ。

ということで、全員一致で、スペインのブースでは食べないことにしました。


食べて、飲んで...

あちこちのレストランで物色しているのも面倒。それで、この農家が作る加工食品は美味しいと分かっているところで食事することにしました。

鴨を飼育している農家ですので、すべて鴨肉。フォアグラ、リエット、フォアグラ入りパテ、マグレのスモーク。それにサラダ、オニオン・ジャムが添えられていました。

 

シャンパン農家のブースからシャンパンを1本買ってきて、それで食事。

一皿料理だったので、私には十分すぎるほどのボリューム。

でも、これを食べ終わってまたブース回りを始めました。知り合いのワイン農家のところで試飲していると、まだお腹がすいていた友達は、隣りで売っていたエスカルゴを買って食べていました。

 

試飲のために出してくれているワインで食べているわけなので、ちょっと厚かましくないの?... と思ったものの、私もエスカルゴを少し試食させてもらいました。

食べたり、飲んだりしていると疲れる。

気分転換にアトラクションの方を見学することにしました。


昔の小学校の再現コーナー

会場の一角で、昔の小学校を再現しているところがありました。

 

赤いシャツを来た女の子が被っているのは、昔の学校で先生に叱られた子がかぶる帽子です。

この帽子が何であるかについて書いたことがありました:
昔のフランス: 劣等生には「ロバの耳」の罰則 2008/05/07


フランス人って、昔の学校が好きなのだと思う。かなりの人気で、みなさん、お習字の練習なんかをしていました。私もちょっと書いてみる。

ペンって、書きにくいのですよね。指はインキで染まってしまいました。

中年世代の人は、子どもの頃は、こういうペンで文字を書かされたと言っていました。日本では、インキなんか使って文字を書くのは戦前までだったのではないですか? 私の時代はエンピツでした。

昔の子どもたちが書いたノートを眺めてみる。

 

きれいに書いていますね。

むかしフランスに留学したとき、下宿先で親しくなった13歳の女の子が、私がフランス語を勉強する教材として、こんな風な文字で書いたノートを作って帰国した私に送ってくれたのを思い出しました。 一生懸命、時間をかけて作ってくれたのが分かる、可愛いノートが2冊か3冊。クリスマスプレゼントだったような...。

書いてあったのは、謎々や笑い話が多かったように思います。こんな風に、印刷物を切り抜いて張ったりもしていました。私が楽しんで勉強できるようにと、カラーの絵とか写真だったな...。

あのノートはどこに行ったかな? 記念にとっておこうと思っていたのに...。


こういう飲んだり食べたりのイベントは、疲れます! 今年はスペインのガンガン音楽を聞かされたので、よけいに疲れたように思います。毎年は行きたくないな...。

帰り着いたのは午後8時ころ。せっかく皆で集まったのだから、一緒に夕食をしようよということになるかと思ったのです、少し食前酒を飲んだだけでお別れをしました。全員クタクタだったのです!

以前にこの見本市に行ったときのことも書いていました:
★ シリーズ記事目次: グルメ食品見本市のアトラクション 2007/05/24

ブログ内リンク:
★ 目次: フランスで食べる鳥肉と卵(鶏、鴨、ウズラ、鳩、卵など)


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