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2014/09/30
先月に書いた日記で、フランスの戦後には農業の近代化が進み、昔ながらの小規模農家が消滅していったというドキュメンタリーについて書きました。

フランスの戦後の農業史を見せるドキュメンタリー番組 2014/08/08

そこに入れた映像で、牛や馬で畑を耕していた時代からトラクターが登場して近代化していく様子を見ることができました。私が知らない時代のフランスの農業者たちの姿...。

そういう農民たちはフランスの農業近代化の中で消えていったという内容だったのですが、そんな農業をつい最近まで続けていたポールさんを紹介するドキュメンタリー番組の映像に出会いました。

過去2回の日記で、日本では「限界集落」という名のレッテルがあることに抵抗を感じると書いた続きとして、元気な高齢者もおり、自分が好きなように生きるのは良いではないかと言いたくなって、このドキュメンタリーをご紹介したくなりました。


ドキュメンタリー映画 『Paul dans sa vie』

2005年に地方テレビ局が制作した番組で、52分の2回の放送されたものでした。その翌年には映画化され、入場者数は10万とか。

動画 (テレビ番組の予告):
bande-annonce : Paul dans sa vie


Paul Bedel(ポール・ブデル) という名の男性が、現代でも存続していたか驚くような昔ながらの農業をしていました。75歳になろうとするとき、ついに引退する決心をし、農業をやめる日までの1年間を取材したドキュメンタリーです。

ポールさんが住むのは、ノルマンディー地方のラ・アーグ岬にあるAudervilleという、人口300人たらずの村。

Le port de Goury Auderville の位置

のどかな田園風景が映し出されるのですが、道路の交通量は異常に多く、畑の向こうに不気味な工場地帯が見える場面もあるのに驚かされます。

実は、ポールさんの農場がある村から10Kmくらいのところには、核燃料を再処理するラ・アーグ再処理工場があるのでした。世界中の軽水炉から出される使用済み核燃料の約半分を受け入れているという大規模な施設。日本からも使用済みの核燃料が送り込まれています。

昔は農業をする人ばかりが住んでいたポールさんの村では、1960年代に再処理工場ができてから人々は再処理工場で働くようになりした。ところがポールさんは、父親から農業を受け継ぎ、昔ながらの農業をずっと続けていたのです。

本当は農業をしたくはなかったのに、父親の意志を継ぐことの使命には抵抗できなかったようす。自然には逆らえないと考える人のようです。飼っている牛にしても、子牛たちは母親の性格を継いで生命を続けていく、とポールさんは観察しています。


ドキュメンタリーの題名は『Paul dans sa vie』。
なんと訳せば良いのでしょう?

英語にするなら、「Paul in his life」と、そのまま置き換えることができます。日本語情報では、仮題として『ポールの人生』となっていました。そうなのですけれど、タイトルの原題には、ポールさんは自ら選んだ人生を生きている、というニュアンスが込められているのが出ていない...。

この題名は、ノルマンディー出身の監督Rémi Maugerが、子どものときから知っていたポールさんにドキュメンタリーを作りたいと言ったときに答えられた言葉からきていると思います。
  • 君は僕のことを皆と同じようにフォークロリックだと思っているのだろうけど、(僕は民族伝承の世界にいるのではなくて)自分の生活の中で生きているんだよ。
この「自分の生活の中で生きている(Je suis dans ma vie)」が、題名の『Paul dans sa vie』になったのだろうと思います。


我が道を歩むポールさんの人生

75歳になろうとしている独身のポールさんは、同じく独身の2人の妹と一緒に、ノルマンディー地方にある親から引き継いだ農家で暮らしています。


季節に合わせて農作業をしながら生活していると、知らないうちに時が流れていった、という生活。何時に何をして、何時には何をするという奴隷のような生活はしていないのだ、とポールさんは言います。

映し出されたポールさんの農業は、50年前のフランスではこんなだったのだろうと思わせます。

少しずつ、色々な農産物を作っているポールさんですが、メインの仕事は、少しばかりの乳牛を放牧して育てて乳搾りをすること。映像に映っている牧場にいる牛を数えたところ、4頭のようでした。

今では減ってしまった、ノルマンディー原産のノルマンド種の牛が可愛くて、美しい! しかも、ポールさんの家族は牛を搾乳機にとりつけることもなく、牧場にいる牛を手で乳搾りをし、今ではアンティークにもなっているミルク缶を荷馬車に積んで家まで運んでいます。




牛を牧場に連れて行くポールさんは、掛け声をかけて導いていて、牛をひっぱたいたりはしていませんでした。牛がポールさんの後をおって歩いていくこともある。

去年に行った牛の競売市場では、やたらに牛を棒でぶっているのがショックだったのですが、あれは、やはり、牛の飼い方を知らないからだったのではないかな?...

 
サン・クリストフ・アン・ブリヨネ村の牛市を見学 2013/10/13


ポールさんたちが絞った牛のミルクは、樽に入れて攪拌し、ヘラで叩いて成形してバターにし、近所の人たちに売っています。こういうバターは美味しいだろうな...。

家には野菜畑もあるし、食べ物になるウサギなども飼っているし、庭では色々な種類のトリたちが放し飼いにされています。貧しいだろうけれど、美味しいものを食べているように見えます。なにしろ、最近のフランスでもてはやされているオーガニック100%ですから!

自給自足に近い生活。昔のフランスの農業者たちは、自給自足をしていて、余分にできたものを売って現金収入を少し得るという生活だったと聞きましたが、ポールさんの生活は、まさしく、それ!

貧しいことを愚痴るわけではない。そういうものだ、という風に生きています。そんな風だから、良いお顔をしていらっしゃいます。


草をカマで刈っているのに驚きました。 現代ではトラクターで刈って、機械で干し草の束を作りますから。

大きな鎌で草を刈る作業については、以前にブログで書いていて、大変な技術がいるというのを知っていました。
19世紀の刃物製造所を見学 2011/10/05



ポールさんが刈った草を小さく束ねているのを見て、友達のお父さんが亡くなった事故を思い出しました。

今はトラクターで草を刈って、機械で大きなロールにするのですが、それを納屋に収める作業をしていて、過って下敷きになってしまったのです。大きなロールは1トン以上もあるのだそう。怪我は全くしていなかったのに、その翌日には息を引き取ってしまったのでした。現代の農業は無理があるから、危険が大きいのだろうな...。



ミレーの「種まく人」を思い出させる種まきもしています。

ミレー「種まく人」


そんな原始的な農業をポールさんはしているのですが、いちおうトラクターも持っています。ドキュメンタリーでは、メーカーの名前と何年製であるかも説明しているのですが、トラクターがフランスに登場した20世紀半ばのモデルで、博物館入りの価値があるほど旧式のものばかり!

最新型に買い替えるような収入はなかったのでしょうね。そういう農機具は全て自分で手入れし、修理もしてしまう。

昔の農業者たちは、これだけの仕事ができる技術があったのだと感心します。口の悪い友人が、今の農業者から最新式の高性能トラクターを取り上げたら、農業なんてできない、と言っていた意味が分かりました。


海に近い場所に住んでいるポールさんの生活には、うらやましくなる場面も登場します。

陸釣りの達人のポールさんは、原動機付き自転車で海岸に行き、カニ、オマール海老、貝などを採って食べているのです。

高級食材のオマール海老!

4キロ近くある大きなオマール海老を捕ったときの記念の飾り物も見せています。

それに「P.B」と書いてあるので、彼の名前(Paul Bedel)のイニシャルかと聞かれると、いや、「pauvre bête(可愛そうな動物)」の略だ、などと答えるポールさん。

彼にはユーモアがあります。

オマール海老を捕まえた後にタマキビ科の小さな貝をとると、これは妹たちに食べさせて、自分はさっきとったオマール海老を食べるのだ、なんて言っている!

なかなか美食家のよう。妹さんがオマールを茹でるときには、水に塩を入れたかと確認したり、ミルクの味が季節によって異なるから、バターの味も変わるなどと話しています。牛のミルクの味が良いときと悪いときがあるのは、波しぶきの霧雨が吹いてくる方向によるのではないか、などとも分析しています。

ポールさんは、兄弟が持ってきてくれる新聞を1日遅れで読みます。また、父親の死によって農業を継いでから、その日の天気や農作業を日誌を几帳面に毎日つけています。

信仰心も強くて、教会の奉仕者の役割も勤めています。妹の方は、庭で育てた花を教会の祭壇に飾っています。 足が地面にしっかりと根を張っている生活に見えました。


それでもポールさんは、風習に従ってただ従順に生きているという愚かな人ではありません。

テレビでパリで開催されている農業国際見本市を見ながら食事をしていて、農産物に付加価値を付けるべきだなどという話しの後にヘーゼルナッツの味がするバターが登場すると、みんなヘーゼルナッツの味か、なんて笑ったりしている。

ポールさんは機知がある発言もしています。
  • 農民にとって悪い天気というのは存在しない。悪い天気は存在するけれど、それは長く続くという期間に対して言うのだ。
  • ビオ(有機農業)というのは、でっちあげで作った言葉だ。僕はありのままの農業者で、何も加えていない。
  • 僕にふりかかったことは、生きている人間にのみにおこることだ。。
  • 卵を手に入れるためには、畑を耕し、小麦を収穫して鶏に食べさせなければならない。


ドキュメンタリーPaul dans sa vieの映像

地元ノルマンディーの地方テレビ局で放映されたドキュメンタリーがYouTubeに入っていましたので挿入します。全編の1時間40分という長さですが、よろしかったらご覧ください:


Paul dans sa Vie


ポールさんが農業をやめるまでの1年は、冬から始まっていました。 日常生活を映し出しながら、若者が時々やってきてポールさんから話しを聞くという構成です。

時おり農業をやめる辛さをポールさんは垣間みさせていましたが、ついに辛い場面。ポールさんは、手放す牛たちが連れて行かれるときのための縄を作ります。牛たちはトラックで連れて行かれますが、その時を迎えた彼の姿は映し出されてはいません。その後に春が訪れ、ポールさんの家の屋根に牛をデザインした風見鶏が取り付けられた、というところで終わっています。


その後のポールさん

映画化されてからは多くの人がポールさんを知り、ファンも現れました。3年の間に、彼の小さな農家を訪れた人は7,000人、手紙は3,000通来たのだそう。

本来の人間は、こういう風に自然体で生きるべきなのだろうと思わせるポールさん。こんな生き方をしたいと思った人が多かったそうです。

でも、これが幸せな人生なのだと言い切ることは私にはできません。自然のままに、時間が流れるままに生きた彼の人生は、簡単に何か言うことはできないほど重いものを感じます。

こんな風に素朴で人間らしい生き方をしたいと思っても、現代人がポールさんがこなしていた過酷な労働を真似するのは容易なことではありません。

人生はこんなものだという一種の諦めのような境地、あるいは悟りの境地が必要だと思う...。個人主義のフランスなのに、ポールさんと、その妹たちが独身で、3人で寄り添って生きてきたということにも、彼らの極端に貧しい生活を感じさせられます。

どういう人生が幸せなのかは分からない。でも、こんな風に自然と向き合って生きられたら... と思います。




ドキュメンタリー映画の成功の後には、彼の生き方を描いた書籍も出版されていました。3万部が売れたという 「父親の足跡を歩むポール(2012年)」、そしてペーパーバック版も出た「消滅する農民の遺言書(2009年)」。日本語の翻訳は出ていないので、題名は私が適当に訳してみたものです。

子ども向けの本まで発行されていますね。 「ポールのトラクター(2008年)」という題名。副題でポール・ブデルさんのお話しだと分かります。




ところで、フランスでは、農業をしていた人が引退して体を動かさなくなると長生きできないと言われます。ドキュメンタリーの中でも、ポールさんが働いているときに通りかかった犬を散歩させている高齢の女性が、「これから、どうするの? 引退したらその年のうちに死ぬわよ」などとポールさんに言っています。

ポールさんは、「そんな暇はないよ」と答えていました。

牛がいなくなったら、浜辺に材木を拾いに行くのだから。柵を作ろうってわけじゃないんだ。安上がりの棺桶を作るんだよ。

寂しい話しをしても、すぐに気を取り戻すポールさん。その後は、オマール海老が待っているから会いにいかなきゃ、と話題を変えていました。


ドキュメンタリー映画で有名人になったポールさんは、農業をやめた後は忙しい生活に入ったようです。以前には足も踏み入れなかった近所にある核燃料再処理工場も見学したし、大統領に招待されて革命記念日には大統領官邸のガーデンパーティーにも出席したし、講演をしたり、書籍のサイン会に出たりと、多忙な生活。 

でも、今のポールさんはもう80歳を越している。調べてみたら、この夏にポールさんと会ったら素晴らしい人なので大好きになり、来年にまた会おうと約束したのだ、とフォーラムに書き込んでいる人がいましたので、まだお元気で健在のようです。


つい最近のフランスでは、「Ferme des Mille Vaches」という名の工場ファーム(ferme-usine)が操業を開始したというニュースがありました。千頭の乳牛を牛舎に閉じ込めて育てるという巨大施設。家畜虐待、農業者数を減少させる、大気汚染も懸念されるという理由で反対運動は続いていますが、どうなるのか?...



まだポールさんのように自然に逆らわず昔ながらの農業を行う人が少しは残っているかも知れないけれど、フランスもグローバリゼーションの波に呑まれて変わっていくのでしょうね...。

私の近所にも、ポールさんほどではないにしても、貧しい農業をしていたり、薪をくべるコンロで調理する生活をしていたり、自家用車がないので原付で100キロ先の町まで行ってしまったりする高齢の一人暮らしの男性たちがいたのですが、一人ひとり消えていきました...。

 シリーズ記事: 戦後のフランスにおける農業と農村




ブログ内リンク:
★ 目次: 文学者・哲学者、映画・テレビ番組
「限界集落」という言葉が気に入らない 2014/09/25
ノルマンディーの牛が見たい 2009/11/28
★ 目次: 乳製品(チーズ、バター、生クリーム)に関して書いた日記
★ 目次: ロブスター(オマール、ラングスト)について書いた記事
お婆さんは尊厳死を選んだ... 2011/11/27
★ 目次: フランスに結婚に関する風習、夫婦・家族関係、生き方

外部リンク:
Paul dans sa vie
☆ AlloCiné:
Paul dans sa vie - film 2005
Paul Bedel, un paysan normand ancré dans le patrimoine
Paul dans sa vie  un paysan pur et dur confronté à une caméra amie
Paul dans sa vie : la ruralité en documentaire
Paul Bedel dans sa vie de paysan (Film documentaire complet)
☆ Wikipédia:
Paul dans sa vie
Paul dans sa vie - 仮題:ポールの人生 (2005)
“Paul dans les pas du père” sous la plume de Catherine
☆ Facebook:
Paul Bedel
La « ferme des mille vaches »  retour sur trois ans de conflits
L'exploitation de la ferme des mille vaches a commencé


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カテゴリー: フランス人 | Comment (4) | Top
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2014/09/27
前回の日記「「限界集落」という言葉が気に入らない」 で、日本独特の表現「限界集落」の一般的な定義は次のようになっていると書きました。

65 歳以上の高齢者が集落人口の半数を超え、冠婚葬祭をはじめ田役、道役などの社会的共同生活の維持が困難な状態に置かれている集落


高齢者が多い集落は消滅する?

日本では、過疎地域などに6万2271の集落が存在し、10年以内に消滅する可能性のある集落が422(0.7%)、10年以降に消滅する可能性のある集落が2219(3.6%)と予測されているのだそう(総務省調査、2006年)。

フランスでは、仕事のために都会に住んで、働かなくても老齢年金で生活でるようになったら田舎に住むというパターンが多いので、当然ながら農村の人口は高齢化しているように感じています。

でも、高齢者が多い村のフランスのお年寄りに、「あなたの村は近いうちに消滅する危険にさらされている」などという失礼なことを言うなんて想像もできません。もしも言ったら、すごい剣幕で怒られて、二度とそこには行けなくなるのではないでしょうか?

日本ではそれを言ってしまうのだから、すごいと思う!

そもそも、高齢者が多い集落 = 集落の消滅 となるのでしょうか? 私が住んでいる村でも、高齢者が次々に亡くなりますが、その人の家は売りにでて、新しい人たちが住み始めます。

子どもがいるような若い家族が引っ越してくるのも目立ちます。働き盛りの人たちが農村に入ってくると、仕事を見つけられるのかなと心配になります。

フランスは工業国ではないので、農村に工場などがある地域はかなり限られます。どの村にも役場はあるけれど、日本の役場のような機能は果たしていないので、人口が300人くらいの規模の村でも、役場に雇われるのは週に3回くらい出勤してパートで働くセクレタリー1人、オフィスの掃除婦、道路の草刈りなどを担当する人が周辺の村と一緒に雇用される程度です。

どうやって生活の糧をえるのかと思ってしまいますが、田舎では生活費がかからないので、共働きが普通のフランスとはいえ、奥さんの方は仕事がなくても生活していけるようですけれど。


フランスの高齢村ランキング

フランスには、人口50人未満の村が1,000近くあります。「限界集落」と呼べるような農村が多いだろうと思って調べたくなりました。フランスで最も高齢者人口が多い市町村のランキングをグラフで分かりやすく見せているサイトを発見♪

☆ L'Internaute: Les villes les plus vieilles de France

2010年の人口データを拾うことができました。

日本の「限界集落」は65歳以上で区切っているのですが、フランスの高齢村ランキングでは75歳以上にボーダーラインを置いています。

また、日本では「集落」を単位にして取り扱っているのですが、フランスのランキングでは「(village)」単位のデータです。農村の中の中心部から外れて存在する集落(hameau)についてのデータは見つかりませんでした。

フランスは市町村でさえ3万6,000以上あるので、集落単位では調べきれないのではないかと思います。 そもそも、行政や福祉は市町村単位で行っているのですから、村に点在している集落を隔離して取り上げる必要もないはずですし。

Mela村 (人口 31人、60歳以上人口 67%


フランスの市町村・高齢者人口ランキング
第1位 Charmes-en-l'Angle村 (Haute-Marne県) 75歳以上人口: 57.14%
http://www.linternaute.com/ville/charmes-en-l-angle/ville-52109/demographie
シャンパーニュ・アルデンヌ地方にある村。県庁所在地から50Kmなので僻地には見えません。

それにしても、45歳未満は1人も住んでいないとは、凄まじいですね~! でも、7人しか住んでいない村で、人口密度は1Km²あたり1人。世帯数は4。75歳以上が4人、45~59歳が3人。  

村には18世紀に建てられた立派な城があります。この村の面積は約7Km²しかないので、城の敷地が村になっているのかも知れない。この村の住民とは、この城に住んでいる一族と庭師だけなのではないかという気もします。

こんな美しい城が放置されるはずはないので、将来、この村に誰も住まなくなるということはありえないと思えます。


第2位 Bois-Sainte-Marie村 (Saône-et-Loire県)  75歳以上人口: 57.07%
http://www.linternaute.com/ville/bois-sainte-marie/ville-71041/demographie
第2位が我がブルゴーニュ地方ににある村だとはショック! でも、なんだか不自然なのです。

総人口199人のうち、75歳以上が113人もいる。60歳以上は村の人口の7割を占めています。ある程度の住民がいる村なのに、それは奇妙...。調べてみたら、120人収容する高齢者用福祉住宅があるので、そこで生活している人たちがいるために高齢人口が多くなっているのではないかと思いました。

村には美しいロマネスク教会があって、そこが音楽フェスティバルのコンサート会場になっているそうなので、限界集落などと暗いレッテルを張るにはふさわしくないと思います。


第3位 Cunel村 (Meuse県) 75歳以上人口: 50%
http://www.linternaute.com/ville/cunel/ville-55140/demographie
人口構成のグラフを見ると、普通に高齢化している村に見えます。でも、住人は14人しかいないので、第1位の村と同様に特殊な例ではないかな?...

第4位は、コルシカ島にある人口7人の村。
第5位は、アルプス地方にある人口2人の村。
 
20位くらいまでを眺めると、コルシカ島と山岳地帯にある村々が目立ちました。

コルシカは、ナポレオンが生まれる少し前まではイタリアだった島。本土とはメンタリティーが違うらしく、住む人がいなくなっても、家を売りに出さないのがコルシカ島の問題なのだと聞いたことがあります。

気候は良いし、観光地ですから別荘やレストランにするために買いたい人はいるけれど、彼らは売らない。手放さなかった時期が長いので、相続人はおびただしい数になっており、誰かが家を売ろうと言い出しても親族で意見が一致するのはほとんど不可能なので、どうしようもなくなっているとのこと。

コルシカ島に滞在して印象的だったことの1つは、海を臨む絶景の一等地に大きな墓ができていることでした。祖先を格別に大切にする風習があるのでしょうね。先祖の家を売却することに抵抗を感じるのは日本に似ているかな?...


典型的な年齢構成の村は?

高齢者率が非常に高い村は特殊すぎるのではないかと思って、ランキングのもう少し下にある市町村を探してみました。こんな山岳地帯だと普通に高齢化した村があるだろうなと思ってピックアップ。

第18位 Rocher村 (Ardèche県) 75歳以上人口: 37.99%
http://www.linternaute.com/ville/rocher/ville-07193/demographie
観光スポットのアルプスから外れた山岳地帯のアルデッ シュにある村です。

先日の日記「ジャン・フェラのシャンソン「ふるさとの山」に見る日仏文化の違い」に書いたシャンソンの舞台になった地方です。歌詞には、山の生活は厳しいけれど、百歳を超える老人なんてウジャウジャいるとあったのです が、空気が良いから長生きするのかもしれません。280人の住民のうち、75歳を超える人は106人を占めていました。

何もない山の中にある村のようで、観光情報は何も出てこない。最寄の大きな町までは60キロですが、山の中だから、車で行くと1 時間 かかるという立地だそうです。

65歳以上の人口でボーダーラインを引く「限界集落」の定義に入ってしまう村ですが、15歳未満人口は11%で、絶滅の危機にある村には見えません。

この村では、人口が、じわじわと増え続けています。
Wikipedia


第90位くらいまでが、75歳以上が30%の市町村となっていました。でも、高齢者人口が多くても、15歳以下の人口が非常に多い村もあって、村の中には年寄りばかりが住んでいるという感じがない村もたくさんあります。

山岳部では、ツーリズムが発達しているところも多くて、そんなに過疎化しているようにも見えないところもあります。村に住んでいるのはお年寄りが多いとしても、そこにあるホテルやレストランのオーナーは、村の外にある便利なところに住んでいるケースも多いはずです。子どもを育てるなら、学校がある市町村の方が便利ですから。


もう少しランキングを下位にして、高齢者の比率が30%の村を見てみました。

第82位 Mela村 (Corse-du-Sud県) 75歳以上人口: 30%
http://www.linternaute.com/ville/mela/ville-2A158/demographie
村の人口は31人。コルシカ島らしい美しい村の写真がでてきましたが、ここは完全に高齢化していますね。子どもも少ない。

戦後の人口減少によって、村の中にあった小学校が閉鎖されてしまったのだそう。でも、イベントをやっているし、文学賞を与えるコンクールもしているので頑張っているようです。


第83位 Souanyas村 (Pyrénées-Orientales県) 75歳以上人口: 30%
http://www.linternaute.com/ville/souanyas/ville-66197/demographie
スペインと国境を接するピレネー山脈がある地方の、人口42人の村。

15~29歳は1人もいないのに、14歳未満は7人いて比率が高いという奇妙な構造...。日本なら限界集落になってしまう構造ですが、若い世代も多いのだから安泰なのではないかと思ってしまいます。

この村でも近年は人口が増加しています。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Souanyas

21世紀になってからのフランスは、むしろ都市から農村への人口流失が加速化しているのが都市問題になっているのですが、その典型でしょうね。


典型的な農村を探してみる

ブルゴーニュ地方にあるコート・ドール県は、県内人口の半分が県庁所在地ディジョンの都市圏に集中していて、北の方に行くと過疎地です。

1970年代末に、文化人類学者がこの村を調査して、『ブルゴーニュの農民: ミノー村の人々』という有名な本の舞台にしたブルゴーニュの村があったのを思い出しました。日本の学者もかなり読んでいるようです。因習や村民たちの間に憎み合いがあって、どうしようも なく遅れている僻地という村の例だったらしい...。


Minot村 (Côte-d'Or県) 75歳以上人口: 9.5%
http://www.linternaute.com/ville/minot/ville-21415/demographie
この村が限界集落と呼ばれるようなタイプかと想像したのですが、全く当てはまらないですね。
現在の人口は207人(世帯数98)。人口密度6人/km²。 75歳以上は21人、60~74歳が48人。

それではと、同じコート・ドール県にある僻地を探してみる。人口が最も少ない村は規模が小さすぎて特殊すぎるように思えたので、人口が少ない村ランキング第2位の人口構成を拾います。

主要道路からかなり 入ったところにあるので、通りかかったこともない村だと思います。もちろん、観光客なんか間違っても行かないような僻地。ですので、高齢者ばかりだろうと思ったのだけれど、全く逆なのでありました!

Chaugey村 (Côte-d'Or県) 75歳以上人口: 1%
http://www.linternaute.com/ville/chaugey/ville-21157/demographie
村の人口 23人、世帯数8。人口密度3人/km²。

村には60歳以上が2人いるだけで、 子どもが3人いる世帯が4軒あるので、やたらに若い世代が多い村になっていました。

若い世代がやたらに多くて奇妙すぎる! この村を知っている人に聞いてみたら、村に住んでいるのは1族だけなので、 子どもたちが多くても全く不思議はないとのこと。

なるほど、住人の数が少ないから高齢者ばかり住んでいるとは言えないわけなのですね。

どういう人が住んでいるのか分からないと特殊事情があって把握できないだろうと思って、あちこちの知っている村の情報を見たのですが、過疎地でも、こんな風にケーキを等分に切ったみたいな人口の構成が普通の形になっているように見えました。

フランス人は子育てには田舎に住むのが一番と考える人が多いのだそうですので、小さな村でも若者をひきつけるのだろうと思いました。


地方都市では、どうなっている?

大都市では若者が多いはず。ブルゴーニュ最大都市のディジョン市は、大学もあるせいもあって、若者が多くなっています。それで、普通の都市として、ソーヌ・絵・ロワール県の県庁所在地の町の人口構成を見てみました。

Mâcon市 (Saône-et-Loire県 県庁所在地) 75歳以上人口: 10%
http://www.linternaute.com/ville/macon/ville-71270/demographie
総人口33,730人。 働き盛りの年齢層が多いのは、大きな町には仕事があるので、若い世代は集まるからでしょうね。

でも、上に入れたMinot村と余り分配の形が変わりませんね。行ったことがある僻地の村々でも、こんな風に丸いケーキを等分に切ったような形が目立ちました。私が住んでいる小さな村でも、高齢者が多いと思っていたのに同じような構成だったのでした。

フランスの小さな村でも高齢者は多いと思っていたのですが、高齢者が大半を占めているというわけでもないみたいですね。 結局、老齢年金生活者は働かないで村にいるから目立つのだろうと思いました。ダンスパーティーがつきものの村の食事会も、高齢者たちがたくさん来ています。若者たちは、もっとモダンなディスコなどに行くのでしょうから。

いずれにしても、人口が極端に少ない村だと、誰が住んでいるかによってしまっている。高齢者が多くても、子どもたちが多い村もあるので、全体像を捉えることができません。

誰かフランスの研究者が分析していないかと探してみたのですが、見つかりませんでした。そもそも、限界集落は消滅するなんて概念がフランスにはないのだから、当然かもしれません。

個々の村のデータを眺めていても意味がないと思い、追求はやめることにしました。

シリーズ記事: 限界集落

   目次:
    1. 
「限界集落」という言葉が気に入らない
    2. フランスの小さな村は高齢化しているわけでもない?



限界集落の定義に、65歳になったら「社会的共同生活の維持が困難」と言い切ってしまうことに抵抗を感じたので、75歳になるまで昔ながらの重労働の農業を続けていたフランスの男性を紹介したドキュメンタリーを紹介しました:
北フランスで昔ながらの農業を続けていたポールさん 2014/09/30

フランスは社会福祉国家なので、腰が曲がってしまったら老齢年金生活に入ろうと決心するのが普通だと思うのですが、日本だったら、もっと先まで頑張るだろうと思います。

ブログ内リンク:
フランスの市町村クイズ(3): 超過疎村 2008/11/23
   « シリーズ記事目次: フランスの市町村について  2008/11/19
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ » 都市と農村

外部リンク:
☆ コトバンク: 限界集落 とは
Les 100 premières villes de France avec le plus de retraités (%)
Les différents classements sur les villes, villages et communes de France
☆ Insee:
La population légale des communes (2006年)
Ces villages de moins de dix habitants
Top 10 des communes les moins peuplées de France


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カテゴリー: 日仏の比較 | Comment (0) | Top
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2014/09/25
日本の出版社で編集長をしている友人に、聞いてみたことがありました。

差別用語

私にはロマンチックなイメージがあって好きな単語が差別用語だと聞いたので、代わりに何と言ったら良いのかを聞いたのです。

そうしたら、「ノマッド」と言えば良い、と答えられました。もう1つ挙げていたのですあ、「ジタン」だったかな?...

フランス語にしただけじゃない! と思いました。書きながら調べたら、片仮名表記は「ノマド」でした。これは昔の話しなので、今なら「ロマ」と言われただろうと思います。

同じ意味を持つ外国語を使えば差別用語でなくなる、というのはフランスでもあります。例えば、黒人のことは「ブラック」と英語で言うべきなのですって。

Les Roulottes, Campement de Bohémiens, Vincent van Gogh, 1888私には幌馬車で移動しながら生活するマンチックなイメージがある言葉。

フランスにいるとよく出会います。

現代ではキャンピングカーなので味気ないのですが、日本で差別用語の「ジ...」はフランスでは使わないので、私にはやはりロマンチックなイメージと結びついているのです。

差別用語にすると、かえって差別する意識を根付かせてしまう場合もあるのではないかという気もします。

普通に使う単語なのに、なぜ差別用語なのかを調べて分かったら、そういう言葉で差別するということ自体が見えて、なんだか差別に加担したような気分になってしまった気分になったこともありました。

編集長の友人に聞いてみました。
何をもって差別用語にするのか?

友人の答えは簡潔でした。

それが差別用語だと反対する単語が差別用語になる。誰も反対する人がいなければ、差別用語にはならない。

なるほどね...。

そういうものなら、これを差別用語にしたら良いのに、と思ってしまうほど嫌いな言葉があります。


限界集落

「限界集落」に対応するフランス語を知りません。そういう風に呼ぶのは日本だけのようです。

限界集落の明確な定義はないそうですが、一般的に言われるのは次のようになっていました。
65 歳以上の高齢者が集落人口の半数を超え、冠婚葬祭をはじめ田役、道役などの社会的共同生活の維持が困難な状態に置かれている集落
(大野晃、2005年)

これに私はひどく抵抗を感じるのです。

第1の理由:
農村で畑仕事をしてきた人たちは、病気持ちでない限り、70歳を過ぎても元気に力仕事をしているだろうと思うのです。それを、65歳過ぎたら何もできない人、あるいは、もうじき死ぬ人のように扱うのは酷くありませんか?  平均寿命だって長くなっているのですから。

ちなみに、フランスで高齢化した市町村というときには、75歳にボーダーラインを引いていました。働けなくて役にたたないと言うためのボーダーラインを引くなら、そのくらいの年齢にしてもらいたい。80歳を過ぎても、こちらがタジタジになってしまうほど元気な人たちはたくさんいますが。

第2の理由:
地域住民の生活が困難な集落だと言ったら、そこに引っ越して住もうかと思った人の足を引っ張ることになるはずです。

村を一度出たけれど、やはり村に戻ろうかと若者が思った場合だって、故郷が限界集落になっているなんて言われたら、Uターンするのに尻込みしてしまうのでは?

それに、限界集落とされている村に魅力を感じても、高齢者が移住するのは遠慮したくなるではないですか? フランスでは、仕事の機会が多い都市に住んでいて、老齢年金生活ができるようになったら田舎に移り住む人が多いです。高齢者は長くは生きられなし、やはり自律できなくなったら都市に引っ越しするケースがありますが、そういう人たちが代わる代わるに入ってくれば、小さな村が消滅することはありません。

第3の理由:
困った集落だという以前に、高齢化した人たちだけでも生活が維持できるように行政が動くべきではないですか?

フランスでは、道路の清掃、共有スペースの植物の手入れ、道路の整備などは自治体がやりますし、高齢者サービスは郡単位、県単位、地方単位で行政が考えます。全員が高齢者の村では、若者がいないのが気分的に寂しいだけで、高齢者しかいない村だから困っているという話しは全く聞きません。

第4の理由:
限界集落の定義では、高齢人口が高い集落には、若者が入り込まないかのように前提しているようなのが気になる。現在は高齢化しているといっても、将来は変わることがあるではないですか?

限界集落の区分では、一番安泰なのは「存続集落」で、55歳未満が人口の半分以上のケースとなっていました(Wikipediaの記述)。住民の年齢をクローズアップした理論なのですから、それは納得。

でも、驚いたのは存続集落の説明! 「跡継ぎが確保されており、共同体の機能を次世代に受け継いでいける状態」、とある。はあ、跡継ぎがない高齢化した集落を問題にしているわけなのですね。つまり、集落が魅力的だからと余所から入ってくる人たちがいるのは問題外にしていらっしゃるわけだ...。 

これで限界集落というのを問題にする焦点が見えた気がしました。つまり、この理論では、集落に住んでいた人たちの「」が存続することに意味があるのであって、集落に人がいなくなって消滅してしまうことを心配しているわけではないのだと発見!

日本の農村というものは、そういうところですか...。東京育ちの私には、住むのは怖い! フランスの農村には、何の抵抗もなく入れましたけど。

第5の理由:
日本では、こういう集落を維持するように住民が努力すべきだと言う外部の人たちがいるのですが(ツーリズム活動やイベントをして人を呼び込めとか、地域の価値を高める特産品を作れとか)、集落は住んでいる人たちのものなのだから、傍から何か言うのは変だと思う。

たとえ集落が消滅することになっても、いま住んでいる人たちには、自分たちが好きなように生きる権利があると思う。収入を増やす必要がないなら、なにも無理して地域活性化のために努力する必要はないと思うのですけど...。

でも、家を守ることがこの世に生を受けた目的だとされるなら、集落を守るために努力しなければいけないということになるのでしょうね。そのために生きなければならないとなると、辛いですね...。


◆ 『幸せに暮らす集落 ― 鹿児島県土喰(つちくれ)集落の人々と共に

「限界集落」という日本独特の表現が気になったのは、友人が最近読んでいるという本の名を知らせてきたからです。

彼女自身、限界集落と呼ばれるような条件の集落に住んでいるのですが、「暮らしてい る人が何か困っている様子や苦しんでいる様子は感じていません」と言っていました。

傍から見るから限界集落といって絶滅する運命にあるように言われるわけで、そんなレッテルを張られることは住んでいる人たちには迷惑なのではないでしょうか?

本の題名から検索してみたら、この本でした。

幸せに暮らす集落―鹿児島県土喰(つちくれ)集落の人々と共に―

アメリカ人ジャーナリストが小さな集落に住みついて、そこの人たちは明るく生きていることを見せる本のようです。

「土喰(つちくれ)」という集落の名前がすごい! でも、鹿児島県にある集落だったら、雪が多くて気候が厳しい地方に比べて住みやすいでしょうから、幸せに生きているのは想像できます。

気になったのは、こういう村に入った人のことを特別扱いすること。それ自体は日本は異常なのを示していると思います。フランスでは、小さな農村に移り住み、廃屋を修復して住むようになったなどという話しはごくありふれていて、美談として取り上げられることはありません。

この土喰集落の人口は27人で、20世帯。そのくらいの規模の村はフランスにはたくさんあるので、どうということはない。なにしろ、フランスの市町村のうち、人口が50人未満は全体の3%近くを占めています。村というのはパリ市などと同列に並ぶ行政区分上の単位のことで、集落は村の中にあるわけですから、20世帯もある集落なんて、フランスの感覚からいったら立派な規模だと思ってしまいます。

でも、山間部に孤立して存在していると推測される土喰集落では、集落の住民が27人もいるのに、平均年齢は80歳近く、高齢化率は84%というから特殊な例ですね。

集落には小組合長というのがあって、著者もその役割をしていたようです。小組合長の役割を担う人の条件は、目がよく見えて耳がはっきり聞こえることだけなのだそうですが、その条件を満たす人は集落に3人しかいないので、1年ごとに交代して勤める、というのもすごい。

日本では、こういうところに移住したら、高齢者たちを助けなければいけないのだろうと想像するから美談になるのも頷けます。

本は手にできないでいるのですが、著者のジェフリー・S・アイリッシュ さんは、集落の人々が最後まで自分らしく生きられることが最も大切なことだとし、村が消滅することも静かに優しくみまもるという姿勢でいるようなので好感を持ちました。

人々が幸せに暮らす土喰集落とはどんなところなのか知りたくなって、映像を探し出しました。


ジェフリー・アイリッシュさん(2013年2月6日放送)

「世の中が大丈夫というのを、ここで感じられる」という言葉に重みがあると思いました。この頃の私は、日本も、フランスも、世界のあちこちも、このままいったら飛んでもないことになるのだろうという気分になっています。

フランスの作家マルグリット・デュラスは、冷戦時代に、「世界が破滅に向かっていると考えると、かえって気が楽になる」と言ったのだそう。そういう諦めに達した安らかさもあるけれど、やは「大丈夫」と感じていたいものです。こういう集落に住んでいたら、、自分と仲間しかいないわけですから、世界が狂っているなんて意識しないで「大丈夫」という境地になるだろうな...。

映し出されているのは美しい農村ですね。登場していらっしゃる集落の方々も、本当に良いお顔をしていらっしゃいます。それに、生活維持が困難な高齢者ばかりだからと、村や家の中がほったらかしにされてはいるようには見えません。

この村で生まれた子どもたちは、どうして出ていってしまったのでしょう?... なんと、もったいないこと...。


限界集落と呼ばれても、実際に消滅するケースは少ない

問題を取り上げて状況を改善するという姿勢には賛成しますが、そこに住む人たちのために、何かもっと前向きな呼び名を付けて欲しかった、と私は思うのですけれど...。

でも、「限界集落」という名のレッテルを張ることに抵抗を感じるのは、私だけではないようです。

総務省、国土交通省、農林水産省の最近の公式文書では、「基礎的条件の厳しい集落」、「維持が困難な集落」といった表現が使われているのだそう。自治体では別の名称も考えているようです。

そもそも、そういう集落に住む高齢の住民たちに、高齢者率が高いから消滅の危機にあるのだと言うのは酷ではありませんか?... 「あなたたちは近い将来死ぬのだから...」と言っているのと同じになってしまうのですから。

逆にして、若年層が少ないことが問題なのだとか、やんわりと表現することもできるのではないかと思うのですが、それでは同じことにはならなくなるのでしょうか?

高齢者が多いからといって、集落が消滅することとイコールではないのだと主張する本も出版されていました。

限界集落の真実―過疎の村は消えるか? (ちくま新書)

「BOOK」データベースより:
高齢化が進み、いずれ消滅に至るとされる「限界集落」。だが危機を煽る報道がなされているのに、実際に消滅したむらはほとんどない。そこには逆に「限界集落」という名付けをしたことによる自己予言成就―ありもしない危機が実際に起きる―という罠すら潜んでいる。カネの次元、ハードをいかに整備するかに問題を矮小化してきた、これまでの過疎対策の責任は重い。ソフトの問題、とりわけ世代間継承や家族の問題を見据え、真に持続可能な豊かな日本の地域社会を構想する。

この本も入手できないので、読んだ方の報告を読みました:
限界集落の真実 「過疎の村は消えない!」


フランスは工業国ではないため、日本以上に農村には仕事がないので都市に住む傾向がありますが、年金生活ができるようになったら農村に移り住む人が多いです。 従って、フランスの小さな村々は、日本なら限界集落と呼ばれてしまうようなところがたくさんあるのではないかと思ってデータを調べてみました。

一概にそうとも言えないような...。過疎地の農村でも、かなり子どもが多いのです。

限界集落の概念では、子育て世代がいるかどうかは無視しているようです。高齢者が多くても、子どもたちが大勢いれば村の将来は変わると思うのですが、日本の若者たちは、全員、村を出ていくものなのでしょうか?...

調べたフランス事情について、次の日記に書いてみます。
フランスの小さな村は高齢化しているわけでもない? 2014/09/27


追記:

『幸せに暮らす集落』という書籍を教えてくれた友人が、この日記を読んでメールを送ってくれたのですが、驚くことを報告してきました。

限界集落と呼ばれるような山の中に住んでいる彼女は、地元の新聞記者にインタビューされたことがあったそうなのです。そのとき言われたのは、それってないだろうと思う発言!

「中山間地を残す意味があるのか?」というニュアンスで、いろいろと聞いてきたのだそうです。それで、合併して大きな市に入った彼女の集落が「お荷物」になっているのだと意識したのだそう。

「限界集落」というレッテルだけでもショックだと私は思っていたのですが、そこで生活している人たちがいる集落をそんな風に捉えるなんて酷いではないですか?! !!!

それを聞いて思い出しました。東京で友人仲間が集まったとき、大手雑誌社で記者をしている人が、限界集落が困窮状態になっていることを記事にするために僻地に取材しに行ったという話しです。

遥々と時間をかけて行ってみたら、事情は全く違っていた。住民たちは助け合って生きていて、暗いイメージは全くない。仕方がないので、限界集落といっても人々は明るく生きている、という内容で彼女は記事を書きました。ところが、その記事は編集長からボツにされたのだそう。

限界集落を未来のない場所とする風潮があった中で、『幸せに暮らす集落』という本が出版されたのは一歩前進だと思いました。

幸せって、なんだろう?...

時代の流れにも身を任せず、我が道を歩いた男性のドキュメンタリー映画についても書きました:
北フランスで昔ながらの農業を続けていたポールさんの生き方

シリーズ記事: 限界集落

   目次:
    1. 「限界集落」という言葉が気に入らない
    2. 
フランスの小さな村は高齢化しているわけでもない?


内部リンク:
ジャン・フェラのシャンソン「ふるさとの山」に見る日仏文化の違い 2014/08/10
北フランスで昔ながらの農業を続けていたポールさんの生き方 2014/09/30
★ 目次: フランスに結婚に関する風習、夫婦・家族関係、生き方

外部リンク:
ジェフリー・S・アイリッシュ  sotokoto interview
幸せってなんなんだろう。滅びゆく集落「土喰集落」と、そこに暮らす一人の外国人。
限界集落論への疑問
☆ Wikipedia: 限界集落
老人は日本の国民か? 武田邦彦 (中部大学)


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カテゴリー: 日本 | Comment (2) | Top
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2014/09/23
ブドウの収穫風景が見たいと思っていた日だったのですが、ちらほらと見える程度。もう収穫のピークは過ぎたかと思っていたら、前回の日記に書いた美しいブドウの木がある畑で見たので、もう満足。

夕方になってきたので、もうコート・ドールのワイン産地から離れようと思ったら、昼過ぎに通ったときにはブドウの収穫をしている人たちがほとんど見えなかったあたりで、働いている人たちの数が増えていることに気がつきました。

雨がやんでしばらくしたから収穫を始めたのでしょうか?

もう見なくて良いやと思っていたのですが、やはり、めったには飲めない高級ワインが作られる畑の収穫も見ておきたいと思って車を止めました。



ここは「クロ・ド・ヴージョ」と呼ばれる畑です。
写真の右端にクロ・ド・ブージョ城(Château du Clos de Vougeot)を入れて撮影しました。



「クロ(clos)」という単語は、ブドウ畑の用語として使うときには、塀で囲まれたブドウ園を指します。

※ 「clos(クロ)」というのは、私の耳には「クロー」と聞こえます。ついでに言えば、「Vougeot(ヴージョ)」も、「ヴジョー」と聞こえるのですが、一般化している日本語表記に合わせることにしました。日本では現地の発音を重視した片仮名表記にしているのが普通で、ブルゴーニュワインの名称でもブルゴーニュ独特の発音の仕方で表記しているものが多いのに(ブルゴーニュでは「x」を発音しないので、Aloxe-cortonは日本でも「アロックス・コルトン」ではなくて「アロース・コルトン」となっています)、なぜ「ヴージョ」になったのか不思議...。


その名の通り、ここは石垣で囲まれているブージョ村にあるクロ。この区画は高台から見下ろす道から眺めることがよくあるし、目印の城もあるので、いくら方向音痴の私でも、ここだけは間違えずに見分けることができます。

ヴージョ村で生産されるワインは、なんと75%がグラン・クリュ(特級ランク)なのだそう。すごい村なのですね。

ここクロ・ド・ヴージョで育つブドウは特級ワインになります。畑の面積は約50ヘクタール。その土地の所有者は80くらいあるそうなので、見たところ誰の畑なのかは分かりません。でも、ブドウ畑の入口に名前が書かれた門がある場合もあります。

ブドウ収穫をしていたドメーヌは、こちらでした。 ここには美しい門を構えているドメーヌもあるのに、ここはちょっと味気ない...。



門から入った所に収穫したブドウを入れるケースを置いて、そこから運び出して、道路に待機させた車に積んでいたので、Louis Jadotのドメーヌの収穫なのだろうと思いました。

曇天なので、収穫したブドウが雨に濡れてしまうのを心配していたのでしょう。積み込む車は、普通に使われる屋根がないトラクターではなくて、バンでした。特級ランクだと、そのくらい気をつかうのだな、と感心。

クロ・ド・ヴージョのブドウ畑の所有者を示した地図が見つかったのですが、文字が小さくてよく見えない。でも、Louis Jadotの文字は読み取れました。63番と書いてあるように見える場所で、かなり広い面積ですね。ドメーヌのサイトで確認したら、畑の面積は2.5ヘクタールなのだそうです。

収穫を見学した畑のブドウがどんなワインになるのか検索してみました。1種類しかないでしょうから、この特級ランクのワインでしょうね。


フランスで買えるネットショップの価格を見たら、日本と変わらない感じでした。高いお酒は、そうなっていることが多いように感じています。


クロ・ヴージョなのか、クロ・ド・ヴージョなのか?

上に入れたワインの名前が「クロ・ヴージョ」となっていることが気になりました。

ここにある城は「クロ・ド・ブージョ城(Château du Clos de Vougeot)」で「クロ」と「ヴージョ」の間に「de(英語でいえばof) が入っています。この城がある畑は「Clos de Vougeot」です。見つけたワインは「クロ・ヴージョ」と「ド」がないので、ワインの銘柄ではそうなるのかと、1つ学んだ気分になりました。

でも、なぜ「ド」が消えたのだろう?
この畑でできるワインのAOCアペラシオンの名称を調べてみました。

どちらでも良いようなのです。Wikipediaのフランス語ページには、アペラシオンは「clos-de-vougeot」ないし「clos-vougeot」と書いてありました。

でも、「の」の文字が入るのか入らないのか、はっきりしておかないと困るではないですか?

ブルゴーニュワイン委員会(BIVB)のサイトを見たら、銘柄名は「Clos de Vougeot」と表記されていました。「de」が入っているのですが、ハイフンがない! つまり、城と同じ書き方なのでした。

オフィシャルな組織がそういっているのだから、これが正式名称なのでしょうね。... と思ったのですが、上にリンクを入れたショップのページを開いて、ボトルの大きな写真でラベルを見たら、しっかり「Clos Vougeot」と、「de」は無しに書いてあるのでした!

でも、日本でも「クロ・ド・ヴージョ」として売っているワインもあり、ラベルにも「Clos de Vougeot」と書いてある。



Figaroのワイン情報サイトを見たら、「Clos-de-Vougeot」と、ハイフン入りになっていました。

 「de」が入るか入らないかでランクが違うというわけでもないようです。結局、それらしければどの名称でも良いということですか?

発音すれば「de(ドゥ)」は聞こえないくらい小さく言いますから、どうでも良い。でもラベルの表記まで違っているというのは問題にならないのでしょうか? 片方を覚えていた人は、そうでないものを見たら偽物かと不安になってしまう危険もあります。

楽天市場で「クロ・ド・ヴージョ」と「クロ・ヴージョ」をキーワードにして検索してみる

ラベルには「クロ・ヴージョ」と書いているのに、「クロ・ド・ヴージョ」という名で売っているショップもありますね。

ハイフンがあるかないかはどうでも良いとしても、「de」を入れるか入れないかには何か謂われがあるのだろうと想像したのですが、少し検索してみたくらいでは何も出てこないので、追跡するのは諦めました!



石垣の向こうで作業しているので、働いている人たちに声をかけられないし、収穫したブドウも間近では見れないのでつまらない。写真だけとって、この日のブドウ畑のドライブは終えることにしました。まだ明るいとはいえ、もう午後5時をまわっていましたので。

 シリーズ記事: コート・ドールのブドウ収穫風景 (2014年)     目次 


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★ 目次: ブドウ畑の作業、ワイン醸造法など
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★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ

外部リンク:
☆ Côte-d'Or Tourisme: Le Clos de Vougeot
☆ フランスワイン事典: クロ・ド・ヴァージョ(Clos de Vougeot)


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2014/09/22
ブドウ収穫の時期にフランスにいるときには、どうしてもブドウ収穫を見ておきたくなります。

最近のブルゴーニュでは、昔のような陽気な雰囲気はなくなったと言われるし、労働者の保護でトラクターに人を乗せて運搬できないために農家が手配したレンタカーのミニバスがブドウ畑に並んでいるので、少し風情がありません。それでも、やはりブドウ収穫は陽気な雰囲気があります。

この日、もう大半の畑ではブドウ収穫が終わっていたようなのですが、ちらほらと収穫の人たちが入っている畑が見えました。もう午後5時近くなっています。今のうちに1つくらい見ておかないと...。この時期にブルゴーニュにはいない年もあるのだから、今年は見ておきたい!


ブドウの収穫を見学

ボーヌ市の近くで、働いている人たちがいる畑が見えました。道路から少し坂をあがったところなのですが、歩いていく。



たいてい、監督みたいに立っているだけなのでおしゃべりをしてくれる人がいます。近づいていって、ブドウの収穫を見るのが好きでたまらないという顔をして、写真をとりたいのだと挨拶。

ブルゴーニュの伝統には、ブドウ収穫は楽しくやらなければならないというのがあるので、働いている人たちに「楽しそうにやれよ~。笑顔を見せて~」なんて声をかけてくれます。

でも、自然に働いている姿で良いのですけど...。



ブドウ畑は、朝日が昇る方向に勾配があるのが良い畑の条件です。この日、ブドウの収穫は勾配の下から登っていきながらブドウを摘んでいくのだと教えてもらいました。

へぇ、坂を上るのは大変じゃない?!

でも、屈んでブドウを摘むとき、頭が勾配の下に向いていたら疲れてたまらないのだと言われました。なるほど...。

それに、ブドウの収穫では一番の重労働が、みんなが収穫したブドウを集めて運ぶ係りの人。この人は坂の下に向けて歩いていくのだそう。重いものを運ぶには坂を下る方が楽。なるほど...。

このときのチームには、ラグビー選手のような体格の良い男性がいました。重い背負子もなんのその。坂の下の集積所までは、ほとんど駆け足。重いものに押されて、知らずと走って坂をくだってしまうからなのかもしれませんが。




ブドウの古木が美しすぎる!

この日、ここに来るまでに、まだ収穫が終わていない畑になっているブドウを見ていました。もともとピノ・ノワールは小さな実なのですけれど、ここの畑のブドウは元気いっぱいに育っていました。もっと、超高級ワインができる畑のブドウより生き生きして見えました。



見事な古木です。

年数のたったブドウの木を「vieille vigne」と呼んで、ワインのラベルにも表記しているのですが、何年たったらそう呼べるのかははっきりしていないようです。ヴィエイユ・ヴィーニュと言われると50年くらいたっているのかと思ってしまうのですが、20年くらいでもそう呼ぶドメーヌがあるのだそう。

8月が寒かった今年なのに、9月の始めにブドウの収穫をしてしまったら早すぎるのではないかと思っていたのですが、もう紅葉も始まっていました。



絵に描いたようなブドウの木たち。作業する人たちの写真をとるのはそっちのけにして、ブドウの木の写真を撮るのに夢中になりました。




オート・コート・ド・ボーヌになる畑?

どのアペラシオンになるのか聞くのを忘れていたので、ブドウを摘んでいた男性に聞いてみました。

ワインについては意識していなかったらしい。そばで働いている人に聞いてくれたら、オート・コート・ド・ボーヌだとのこと。

ブルゴーニュワインで、「オート・コート」と付く名前のアペラシオンになるブドウの畑は、かなり高い場所にあります。「オート」とは「高い」という意味ですので。まっ平らな畑では良いワインはできなくて、ある程度の勾配がある畑が最も良い。でも、そこからさらに上に上ってしまうと、これまたランクの下がる。

私は方向音痴なので、何度行っても覚えないのですが、「オート・コート」というアペラシオンは、もっと高地にあるように感じていました。ブドウ畑が続くところから登っていって、ブドウ畑がなくなって森に入り、そこから開けたところにブドウ畑がある、というのが私の「オート・コート」というワイン生産地のイメージだったのですけど。

高級ワインを作るところでは、ブドウを積み重ねてつぶさないように箱に入れて重ねるのですが、ここではしていない。なので、そんなに高級ワインになるブドウだとは思ってはいませんでした。



でも、ブドウは見事なので、もっと上のランクのワインを作れる畑に見えたのですけど...。

挨拶をしてブドウ畑を離れると、遥か向こうに見えるようになったブドウ畑の中央にみんなが集まってワインを飲んでいました。1日のお仕事の終わりでしょうかね。明日には作業を終えたいと話していました。

健康そうに育っていたブドウ。美味しいワインを作っているはずだと思ったのに、ドメーヌの名前を聞くのを忘れてしまっていました!...

どこの畑だったのかを地図で探してみることにしました。

最近は、旅行したときに、新しい場所に入るたびにiPhoneで1枚か2枚写真をとることにしています。そうすると、GPS情報が入った写真になるので、後で場所を忘れたときに確認できます。間違った情報が入ってしまうこともあるので、複数写真をとった方が良い。

このときも写真を撮っていたのですが、そのGPS情報によると、ここはCorgoloin村となっていました。とすると、オート・コート・ド・ニュイのブドウ畑のはずなのです(地図はこちら)。オート・コート・ド・ボーヌとはほとんど境界線にある場所なので、はっきり分からない。

どっちが正しいのかな?... 季節労働者はドメーヌが持っている色々な畑で収穫するでしょうから、今いる畑がどんなアペラシオンになるのかなんて気にしていない可能性もある。でも、言われたことを信じましょう!

収穫チームの中にはドメーヌの人もいたはずですから、そういう人に聞けば良かった。でも、「オート・コート」の「ボーヌ」か「ニュイ」かはどうでも良い。どこのドメーヌかを聞くべきだった。美しいブドウ畑を見て、すっかり気に入ってしまったので、この畑のブドウで作るワインを飲んでみたかったのです...。


日本でフランスワインを買うとき

日本にいるときにワインを買うときには、「オート・コート」ものにすることがよくあります。やはりブルゴーニュワインを飲みたいけれど、こちらで飲んでいるようなワインは高くて手が出ない。ご馳走を食べるときに出す特別なワインなんていうのは、全く問題外。

1年間も日本に滞在するとなったら、無理をしてブルゴーニュの高いワインを買うでしょうけれど、少しの我慢とあきらめる。それで、ボーヌ市に近いオート・コート・ド・ボーヌか、ニュイ・サンジョルジュ市に近いオート・コート・ド・ボーヌになるわけです。

安いブルゴーニュワインというと「ブルゴーニュ」や「パストゥグラン」があるのですが、そこまでは落としたくないのだな...。フランスにいるときに買うということは皆無ですから。




オート・コート・ド・ボーヌを楽天市場で検索
オート・コート・ド・ニュイを楽天市場で検索


信頼できるような生産者がブドウ栽培からワイン醸造までしているドメーヌのものを選びます。たまに、かなり安くて、それなのにブルゴーニュで飲むのと同じだと喜ぶものに出会えたりします。

これを書きながら、このくらいのお値段だったら良いな、というワインを発見。

つい最近、日本の友達に注文する6本のワインをどれにしたら良いかとアドバイスを求められ、安いのが良いのではないかと思い、どうせ私が飲むわけではないのだからと、ボルドーのワインセットを選んであげたのですが、こんなのを推薦してあげれば良かったな... 。

ブルゴーニュにいるときには、試飲しないでワインを買うなんてことはまずないのですが、日本でワインを買うときには、イチかバチかになります!

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オート・コート・ド・ニュイのブドウ畑を眺める 2013/04/22
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Hautes Côtes AOC Bourgogne /Hautes Cotes de Nuits et Hautes Cotes de Beaune


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2014/09/21
前回の日記(ポマール村で見たもの)で書いたポマールのブドウ畑は、今年の6月末に降った雹で大きな被害が出たと聞いていました。

ポマール村のあたりで車を走らせながら見ていた限りでは、そんなに被害があったようには見えなかったのですが、中にはすさまじく哀れな姿になっているブドウ畑もありました。

被害が見える場所ではうまく車を止められなかったので、雹が降った翌朝に通りかかったブドウ畑と同じところに行ってみることにしました。

6月29日に撮影したブドウ畑です ↓


コート・ド・ボーヌを襲った雹の被害 2014/07/06


ここだったと思う地点で車を降りました。

やはり、哀れな姿になっている...。



ブドウの房は見えなかったのですが、収穫が終わったからというわけではないでしょうね。こんな哀れな葉がついている状態だと、収穫は全くできなかったのではないでしょうか?

でも、しげしげと眺めてみると、けなげにも実を結んでいるのもありました...。



ところで、ここはボーヌの町はずれかと思っていたのですが、GPSで見るとボーヌ市でした。

コート・ドール県にあるアペラシオンの中で、「ボーヌ」は最も広い面積を占めているのだ(652ヘクタール)、と教えてもらったばかりでした。ボーヌというと町を思い浮かべてしまうのですけど、ブドウ畑も広いのですね...。

道路の向かい側も、かわいそうな姿になっていました。



ところが、ここからほんの少し先に行ったところでは、元気なブドウ畑だったのです。

雹というのは、局地的に降るものなのですね。となると、自分の畑にだけ雹が降ったという不運は耐え難いだろうな...。

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2014/09/20
先日の日記で書いたシャト・ド・ポマール:
シャトー・ド・ポマールがアメリカ人の手に渡った 2014/09/15

近くを通ったので立ち寄ってみました。

久しく行っていなかったのですが、入口の場所も変わったようです。



以前は、こんな仰々しい門ではなかったと思うのだけれどな...。

ブログを書きながら、今の見学料は21ユーロだと知っていたので、入る気にはならない。

城の中にはには入ったのですが、ついでにブティックを覗いてみようかという気になりました。


受付けの人にブティックがあるかと聞くと、ないとおっしゃる。ワインの値段表があるので、それで注文してくださいと言われました。

こういうとき、日本人の顔をしていると気が大きくなります。フランス人たちは日本人はお金持ちだと思っているので、全く買う気がなくても、それなりの顔ができますので。最近は、中国人に見られても同じに通用しますね。

ちらっとお値段を見ると、一番高いシャトー・ド・ポマールは70ユーロくらい。

日本でも、そのくらい出せば買えてしまえるのではないでしょうかね?...

シャトー・ド・ポマールを楽天市場で検索

[1996] シャトー・ド・ポマール   750ML

[1996] シャトー・ド・ポマール   750ML
価格:13,824円(税込、送料別)


価格表に、18世紀スタイルのボトルに入っていると書いてありました。この特殊なボトルは昔のブルゴーニュの形だとは知っていましたが、18世紀でしたか...。

1級でも特級でもないランクのワインにしてはお高いですね...。いかにも高級そうなボトルと、モノポールだから売れるお値段では?...

「日本で買っても同じくらいの値段だから、ここでは買わない」と言い訳して出ようと思ったのですが、受付けの人はこちらを全く無視して、やって来た知り合いの人とおしゃべりをしている。それで、軽く挨拶だけして出ました。


城の入口に面した道路の向かい側には、綺麗な庭園ができていました。



入口の門は開いているので、誰でも公園のように入っても良いような感じでした。でも、そんなところでのんびりしたい気分ではないので、門のところに立って眺めただけ。

地元では、シャトー・ド・ポマールの前のオーナーが老朽化していた城を修復して、ツーリズムの原動力になったとか言っていたのを、そんなインパクトはないのでは?... と思っていました。でも、こんな庭園までつくってしまったとしたら、かなり努力したのでしょうね。


シャトー・ド・ポマールのサイトには、この時期はブドウ収穫が行われているので見に来てください、のようなことが書かれてありました。でも、この城のブドウ畑は石垣で囲まれているので、通りかかりに収穫風景が見える道というのはないのではないかと思います。

塀の上にカメラを構えて、シャトーの後ろ姿とブドウ畑を撮影してみました。18世紀に建てられた城だそうですが、憧れるような美しい城というわけでもないですね...。

 


◆ ブドウの絞りカス

城を後にして大きな道路に出たら、ブドウを圧縮した絞りカスが捨てられていました。捨てられているというよりは、ここに集められていると言うべきですね。



まだ湯気がたっているものもあったので、圧縮作業が終わって運ばれてきたものもあるようです。プ^~ンと、酔ってしまいそうな香りが漂っていました。
 
収穫したブドウは、白ワインはすぐに圧縮してジュースをとってから発酵を始めるのに対して、赤ワインの方は発酵が始まってから絞るのだそうです。もう酒蔵の香りが漂っていたし、ここは赤ワインのポマール村なので、集積されていたのは赤ワインを作るために絞ったブドウなのだろうと思います。

ほんの少しはブドウの粒のままのものも置かれていました。ワインにするのに選考漏れしたものでしょうか?



ブドウの房を支える枝の部分を入れてはいけないという表示がありましたが、房の方はOKなのでしょうね。

2カ所に表示が出ていました。蒸留所の看板。その前に絞りカスを置いた人は、どのくらいの量を置いたのか書くようにというポストが付いていました。後で、なにがしかのお礼がワイナリーに出るのでしょうか?

このブドウの絞りカスで「マール(marc)」と呼ばれるブランデーができます。



でも、ここの集積所は少し不潔では? 通りかかったら足で踏んでしまうようなところにまで広がっています。ブドウの絞りカスを洗ってから使うはずはないのですけど、アルコール度が高い酒になるので殺菌されてしまうのでしょうね。

以前、知り合いのワイン農家の人のトラクターにのって捨てに行くのに同行したときは、3方がコンクリートで囲まれていて、まあ清潔そうに見えたのだけどな...。

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Pressurage (vinification)


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フランスのお酒 (ワインなど)



2014/09/19
9月に入ってから雨が全く降らないという天気が続いていました。ところが、ブルゴーニュの高級ワインが生産される地域に行く用事があったので、ついでにブドウの収穫を見ようと思い立って出かけた日は朝から曇天。レストランで昼食をとっている間に雨が降り出しました。

なんと運の悪いこと...。
ずっとブドウ収穫には最適だと思われる、暑くもなく、清々しいお天気だったのに...。

それでも食事が終わることには雨が途絶えてきたので、予定通りブドウ畑がある方向に行ってみることにしました。

ブドウ収穫のまっただ中に行くと、収穫している人たちや、その人を連れて来る乗用車やミニバスのレンタカーだらけなのですが、この日はちらほらブドウ収穫者たちの姿が見える程度。天気が悪くなる前に、高級ワインができるブドウ畑では収穫を終えていて、収穫風景が見えるのは、その後に手をつけるランクの下がる畑かな?...


ロマネ・コンティのブドウ畑へ

この日から天気が崩れるという天気予報だったので、ロマネ・コンティの畑でのブドウ収穫は終わってしまっただろうと思っていました。 でも、来たついでなのに立ち寄ってみました。

ボーヌ・ロマネ村にあるロマネ・コンティの建物の門は閉ざされていて、中にはは閑散としている。もう、とっくに収穫は終わったのだろうな、と思いました。

案の定、畑に到着して道路と隔てる石垣から眺めてみると、ブドウの木にはブドウが付いていない。 もう終わっちゃったか...。



ロマネ・コンティのワインは、1.8ヘクタールという狭い畑で収穫されます。年間生産量は、ワインボトルにして5,000から6,000本なのだそう。

こんな超高級ワインになる畑でブドウを収穫するとなったら、大勢の人たちが来て、あっという間に収穫してしまうでしょう。ですので、今年も行ったからと行って、うまく収穫の時期にぶつかるとは期待していませんでした。天気予報もチェックしているでしょうから、天気が崩れる前に収穫を終えたはずではないですか?

地面に選定に外したブドウの房が落ちていたりすることがあるのに、それも見えない。ということは、1週間前くらいに収穫を終えて、畑はきれいに掃除した後なのだろうと思いました。


今年の収穫は9月19日だった

ロマネ・コンティでは何日にブドウの収穫をしますなどというニュースが出ることはないと思うのですが(そんなことを報道したら観光客が押しかけて邪魔をするでしょうから)、終わった後にはニュースになっていたりします。

この日記を書きながら探してみると、出てきました。今年は9月19日に行われたのだそう。 驚きました。たまたま私が行った日なのです!

http://www.bourgogneaujourdhui.com/fr/actualites/dans-les-rangs-de-la-romanee-conti_288.4.htm
Dans les rangs de la Romanée-Conti 19/09/2014

この記事では、ロマネ・コンティの畑は1.63ヘクタールと書いてありました。その畑でブドウを摘み取る労働者が60人、それを運ぶ人が10人いたのだそう。
普通のブドウ畑で働くチームの人数は、40人か50人前後でしょうから、やはり多めですね。それだけ手間をかけてやっているのでしょう。

この日は午前7時半に収穫が開始されたとのこと。

そんなに大勢いたら、あっという間に終わってしまったのでしょうね。

だから、お昼を食べ終わってから私が行ったのでは、ブドウ収穫には出会わなかったのは無理もない。

ニュースでは、今年のロマネ・コンティは良い出来だとオーナーが語っていたと書かれていました。

でも、私が観察したところ、行った日が収穫したばかりの時だったとしたら、畑には摘み残しなどはほとんど見えませんでした。今年は生産量が少ないので、できる限り摘み取ったのではないでしょうかね? もちろん、ドメーヌに持ち帰ってから選定をしたのでしょうけれど。

やっと残してあった積み残しは、これだけでした。探し回ったわけではなくて、目についたブドウの房というだけではありますが。




2年前に見たときには、さすがにロマネ・コンティはブドウを選別して、気に入らないのは摘まないのだと思ったのでした。あれも、まだ収穫の途中だったのだろうか?...

収穫が終わったロマネ・コンティの畑は少し奇妙だった 2012/10/06


ところで、この日の畑には奇妙なものがあったのを思い出しました。ロマネ・コンティの畑と道路を隔てる石垣に、収穫したブドウを入れるケースが積まれていたのです。 新聞記事に入っているものと同じ色ですね。



もしかしたら、午後にも収穫を続けるところだったのかな?... 畑には石垣があるので、そこから眺めるだけ。ニュースではシンボルになっている十字架のところから収穫を始めたとあるので、もっと奥の方はまだ収穫していなかったのかもしれない。 

昼前から雨が降り出したので、収穫は中断していた可能性もある。とすると、ここで昼食後の昼寝でもしていたら、収穫の人たちがやって来たのかもしれないな...。
 
摘み残しをとるという可能性もありますね。ケースがたくさんありすぎると思うけれど、チームの半数がその役割を担って、1人1つずつ持って畑に入るとしたら、このくらい必要になる?

まだロマネ・コンティの収穫にぶつかったことはないので、惜しい機会を逃してしまったのかな?... だとしたら、残念...。

見たって意味がないのですが、超高級ワインのロマネ・コンティのブドウ収穫ともなると、見るからにベテランという人たちが揃っているのかどうか、1度くらいみてみたいと思っているのです。


高台からヴォーヌ・ロマネの村を眺める

こんなところに盗まれる危険性があるケースを置いているのは不思議だったのですが、どうせ収穫は終わってしまっていたと思っていたので気にしませんでした。

それで、ロマネ・コンティの畑を曲がって上がれる高台に出てみました。ヴォーヌ・ロマネ村(Vosne-Romanée)は8つのグラン・クリュ(特級ランクのワイン)があるけれど、村そのものとしては観光するところもなくて、変哲もない村かな... などと思ってしまう。

観光客が乗ってきていた自動車が3台見えるので、ロマネ・コンティの畑はあそこだと分かります。



写真の中央に見えるのは、2年前に、こんな高級ワインができるところで大々的にブドウを引っこ抜いて新しい苗を植えてしまうのかと驚いた畑。

高級ブルゴーニュワインのブドウ畑で植替え作業が進んでいる? 2012/02/10

丘を降りるときに、そこで車を降りて眺めてみました。



黄色い矢印を入れたのがロマネ・コンティの畑。

そこから約 7メートルの道を挟んだお向かいさんが、グラン・リュ。

そのお隣で苗の植え替えをしたのは、ラ・ターシュではないかと思います。

苗はまだまだ小さい。ブドウを収穫できるようになるのは、まだまだ先でしょうね。

高級ブルゴーニュワインができるブドウ畑にあった空地 2012/02/05
 ⇒ 高級ブルゴーニュワインのブドウ畑で植替え作業が進んでいる? 2012/02/10

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★ 目次: ブドウ畑の作業、ワイン醸造法など
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フランスのお酒 (ワインなど)



2014/09/18
今年は6月に雨が降らなくてカラカラのお天気だったせいか、私のブドウの木はいたって健康。薬もかけていないのに、たくさん実を付けました。

といっても、ワインにするブドウではなくて、フルーツとして食べるブドウです。

こういうブドウはフランスでは「raisin de table」と呼ぶのですが、日本ではなんと呼んで区別するのだろう?  フランスではワイン用のブドウの方が多いから区別するだけで、日本で「ブドウ」と言ったら食べるブドウをイメージするから言葉はいらないのかな?


少しずつ収穫して、洗ってから、カゴにもって、つまんで食べられるようにしてみました。




今年、このブドウの木に実がついたのは5月でしたね。
5月中旬に撮影した写真です ↓


ブドウに実がなった 2014/05/17


ブドウの葉は、いるもなら実がつきだす時期くらいにしか飾りに使えないのに、今年は実がなっている状態でも葉がきれいなので、飾ってみたくなったのです。

以前の日記に入れたブドウの葉をあしらったチーズ皿は、6月末に撮影した写真でした。

6月27日のこと


ブドウの葉をあしらう飾りを気に入った友達が、彼女の家で開いた食事会で真似をして出してきたことがあったのですが、葉がしなりとしてしまっていて、見るも哀れになっていました。私はチーズ皿を出す直前までブドウの蔓は水を張った洗い桶につけておいています。

チーズ皿に飾ったブドウの葉は、食事が終わったら捨ててしまうから良いのですが、もう少し長持ちさせられないだろうか? 花瓶に活ければよいのですが、カゴに飾ってみたい。それで、花屋さんがブーケに使った水を入れる小さなチューブ にブドウを差しておいてみました。

2日か3日は、葉は枯れないでしばらく持つことを発見♪


思い出してみれば、昨年にフランスの伝統的な果物の保存法について調べていたら、ブドウを保存する方法を見つけていました。

フルーツとして食べるブドウも長期保存できる方法があった 2013/11/30

水を入れた瓶にブドウを指しておくと、数カ月間も保存できるのだそう。

食べきれないほどブドウがなったので、やってみようかなと思いましたが、ひな壇のような棚なんかないし、水を絶やさないようにするのも大変なので、やってみようとは思いません。


ともかく、今はブドウ収穫のシーズン。
コート・ドール県内で高級ワインになるブドウ畑での収穫を見たいと思って出かけました。


コート・ドールのブドウ収穫風景 (2014年)
目次:

ロマネ・コンティのブドウ畑では収穫の真っ最中だったのかな?... 2014/09/19
ポマール村で見たもの 2014/09/20
6月末に雹でやられたブドウ畑はどうなった? 2014/09/21
ブドウ収穫風景とブドウ畑の美しい紅葉 2014/09/22
クロ・ド・ヴージョでもワインの収穫風景を見た 2014/09/23


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★ 目次: 今年のミレジムは? (ブルゴーニュ・ワイン)
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☆ Wikipédia: Raisin de table


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カテゴリー: 四季、自然 | Comment (0) | Top
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2014/09/17
この町に行ったら、ここで昼食をしようと決めたお気に入りレストランがあります。コストパフォーマンスの高いランチメニューが魅力。

このレストランを発見したのは2年前だったかな。レストランがオープンしたばかりのころ、この町に住んでいる友達から推薦されたので、試しに行ってみて、すぐに気に入りました。

お安いランチなのに、高級食材も使っていて、素晴らしく美味しい。家庭では絶対に作れないような、シェフの創作料理なのが嬉しい。フランスで安い食事ができるレストランでよくあるボリュームで勝負ではなく、胃にもたれない料理なのも私好み。こういうレストランがこの町にはなかった、と感激しました。

そう思うのは私だけではなくて、行くといつも満席です。ただし、商談に使うような高級レストランではないので、会食でランチに来ているグループはほとんどいないように感じます。

少し前に予約して行ったときも、「いつもの席でよろしいですよね?」とテーブルに案内されました。


何か違うぞ...

このレストランのランチメニューでは、前菜が一番気に入っています。安いランチなのに、オマール海老を使っていたりするので驚かされるのです。

前菜が出てきて、少し驚きました。いつもと違う。かなりボリュームがある一皿で、どうということのない食材を使っているのです。


Stracciatella di Bufala et légumes confits

フランスのナス、つまり、かなり大きなナスを輪切りにして焼いたものに、クリーミーなチーズがのっています。

「Stracciatella di bufala」というのはイタリアのチーズですね。少し南の方にあるフォッジャ県で作られる水牛のミルクから作ったチーズのようです。モッツァレッラに似ているのですけど、ねっとり感があって、とろけるようにクリーミーで美味しい。

でも、ナスが気に入らない。そもそも、フランスのナスの味は日本のように繊細ではないのです。3枚くらいのスライスだけなら」チーズを賞味できただろうけれど、ナスがいっぱいあるので、ナスばかり食べている感じになりました。

このレストランは軽い前菜の料理に凝っているのに、こんなときもあるかな?...


途中から入ってきた人たちの中には、お給仕の人から丁寧に断られている人たちがいました。予約をしていなかったのでしょうね。そういうのを見ていると、優越感にひたって、前菜がいまいちだったのは忘れてしまう。

でも、メイン料理が出てきたときには、またしても、あれ、あれ?...


Paleron de bœuf charolais grillé, gratin dauphinois

シャロレー牛はちょうどよく焼けていて美味しかったです。でも、付け合せがグラタン・ドーフィノワだけなのは寂しい。どうということのない、ありふれたジャガイモのグラタンなのです。

何かグリーンを添えるとか、盛り付けに工夫ができなかった? 見ただけだと、そう美味しそうには見えないではないですか?...


デザートには満足

デザートは期待通り。さっぱりしていて、とても美味でした。


Poires au chardonnay, cake à la noix de pécan

前菜と同じ小さな葉がのっていますが、小さな葉のバジルでしょうね。朝市でたくさん仕入れたのかな?...

シャルドネ種の白ワインで煮た洋梨のようです。白ワインで煮ると、こう美味しくなりますか...。

左に添えられているケーキが素晴らしい味でした。

ペカンの実のケーキと書いてあります。どんな実か思い浮かばないで食べたのですが、その実の味だったのですね。余りにも美味しいので、レシピを探して作りたくなりました。

ペカンというのは、クルミ科の樹木でした。脂肪分の多いナッツが採れることから、「バターの木」とも呼ばれるそうです。その実がnoix de pécanで、日本ではペカンナッツ、ピーカンナッツと呼ばれると書いてありました。

ピーカンといわれると、聞いたことがあるような気がします。でも、どんなナッツだったか思い出さない...。

ピーカンを楽天市場で検索


この形のナッツなら、おつまみのミックスナッツに入っているのを食べていましたね。


そうだったの?....

終わりよければ全て良し。デザートは大切なものだと思います。それまでの料理がいくら美味しくても、デザートがつまらないものだと食事の印象が大きく変わってしまいますので。

というわけで、この日のランチにもすっかり満足。お店を出ようとしたときに、給仕長の役割をしていた男性から挨拶をされたので、食事の間に気になっていたことを聞いてみました。いつも、シェフの奥さんが給仕長のような役割をはたしているのですが、この日には姿が見えなかったので、遅ればせの休暇をとって旅行していらっしゃるのかなと思ったのです。

どうでも良いことでも聞いてみるものですね...。大発見をしました!

お店が繁盛したからでしょうが、別の町にもう1軒レストランを持ったのだそう。マダムはそちらの担当となり、このレストランでは働かないようになったらしい。お店を持つという話しは、このレストランにワインをおさめているワイン農家から聞いていたのです。奥さんはこの町を離れたくないので気乗りしていないと話していたのですけれど、計画が実行されましたか。

ということは、シェフも新しいレストランに移ったのでは?... となると、いつもほどには料理が繊細されてはいなかったことが納得できます。

となると、途端に、今回食べた料理はおいしくなかった、という気さえしてくる...。

このレストランで食べたときのことは、過去にも書いていたので、写真を眺めてみました。

「レマン湖のフェラ」という名の魚  2013/04/21
デザートを食べて、クランブルとサリエットが何なのか気になった 2013/08/26


写真を張り付けるのは簡単なので、今回と、去年にでたランチメニューの3つの皿を並べて比べてみます。

2014年9月2013年4月

やっぱり、料理が違いますよ...。以前のメニューで出された前菜とメイン料理は、私などはどう転んでも作れない料理でした。でも今回のは、できなくはない料理に見えます...。


さらに、少し前に食べた別のレストランのランチメニューは、同じ料金ながらも、ずっと良かったと思ってしまう。

1つ星レストランのお得なランチメニューで出された料理 2014/07/31

この次は、新しく持った近くの町のレストランの方で食事してみたいと思いました。利用客のコメントをみると、みんな褒めちぎっているし、安いランチメニューもあるようなので。


ブログにレストランの場所と名前を入れない理由

レストランでは、シェフが変わると料理は全く変わってしまいます。

腕の良いシェフだと、独立していなくなってしまうことも非常に多いです。ミシュランの星を持てるくらいのレベルだと、レストランの名前よりシェフの名前の方が通用していることが多いので、いなくなったらすぐに分かるので問題なし。でも、それ以下の庶民的なレストランだと、シェフが変わったのかどうかは、しっかり調べても分からないことがあります。

それから、テレビの料理評論家がレストランを紹介する人気番組で有名になったあと、お客さんが増えたせいか料理の味が格段に悪くなったレストランにも遭遇しています。

これは、日本の方が顕著でしょうね。讃岐うどんが余りにも有名になりすぎたために弊害が出た、という記事も読んだことがありました。

レストランと同様、ホテルも、経営者が変わると、全く感じ悪くなってしまったところが何軒もありました。

お気に入りにしていた小さな田舎町のケーキ屋さんも、パティシエが出て行ってしまったあとは、ただのケーキしかなくなってしまいました。パリのお金持ちの友達が来たとき、こんなに美味しいケーキはパリでは買えないといって、わざわざ買って持ち帰ったほどの腕前だったので、近くにそんなケーキ屋さんがあるのはラッキーだと喜んでいたのですけど...。

でも、レストランの味が変わってしまうというのは顕著で、かなり頻繁に起こるように感じます。特に最近は不況なので、経営者が交代したり、つぶれてしまったりの変化が大きいとも感じます。今回遭遇したのは、その逆のケースで珍しいと思いますが、そういうのも存在する...。

私のブログはフランスの観光ガイドをするのを目的にしているわけではないので、レストランで食事したことを書くときには、どこの店なのかなどは書かないことにしています。私が歩いた足取りをインターネットに載せて、不特定多数の人に公開するのは薄気味悪いので避けたい、というのもありますけれど。

なによりも、レストランを推薦してしまうと、味が落ちてしまった後にいらした方には迷惑をかけてしまうではないですか? 遥々と行ったのにがっかりさせてしまったら、申し訳なかったと気が咎めます。

それでも、時々は明らかにレストランの場所を特定できるような書き方をしてしまうことがあります。後で味が落ちたと気がついて、記事を削除したことが何回かありました。

いま現在で、このブログに入っている記事は4,000を越しています。紹介したレストランが変わってしまったと気がついたとき、不適当なことを過去に書いていたかを探すのは面倒すぎる。それに、せっかく書いたのに、事情は変わったと削除するのも少し残念。といって、追記で「ここは美味しくなくなりました」と入れるのは礼儀上避けたいと思っています。そのあと、また良いシェフを採用して、味が良くなる可能性だってあるのですから、そこまではフォローしてはいられません!


ともかく、今回行ったレストランは食事を楽しんだのではありますが、以前には余りにもレベルが高い料理を食べることができたのを思うと、かなりがっかりしました。よく行く町なので、このレストランのランチメニューは重宝していたのです。このレストランを発見する前にお気に入りだったところに戻るかな...。ともかく、1回の食事では判断できないので、また行ってみようとは思います。

ブログ内リンク:
おいしくなさそうに見えてしまうレストラン 2008/03/15
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
☆ レシピ: Cake au miel et aux noix de pécan


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