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2015/09/28
2015年秋 パリ首都圏旅行シリーズ
その1  
目次

月が地球に最も近くなるので大きく見えるスーパームーンが見えるときに皆既月食がおこる、と聞いていました。

夜11時には街灯が消える田舎にいるときだったら月が良く見えるでしょうに、その日はパリ首都圏に旅行中。町の明かりのせいで、せっかくの月はよく見えないかもしれない...。

ホテルは人口5万人くらいの、フランスにしては大きな町。でも、広い森もあるので、パリ市内よりは月が見えるでしょう。ざっと調べてみたところ、月食が見えるのは2015年9月28日の午前2時から3時らしいと突き止めました。

お天気は良さそうでした。何年も前には、皆既日食を見ようと、友人たちと庭のテーブルでシャンパンを飲みながら待っていたのですが、こういうときに限って天気予報が当たる! 太陽が欠け始めたと喜んだとき、大雨が降ってきたのでした。カメラに凝っている友達は、何処なら見れるというのを調べたらしく、北フランスに旅行に出かけていました。そんとき撮った写真を1枚もらってびっくり。黒い空に金色の輪ができていたのでした。

あんな風に見えるのかな? 見れなくて元もという気持ちでしたが、多少は期待していました。


2015年9月28日の夜

レストランでの夕食を済ませてホテルに戻ると、月はかなり上に上がってしまっている。部屋は5階にあったので、目の前には月を大きく見せるようなものが何もない。月は白く輝いていましたが、スーパームーンという割には大きくは見えませんでした。

1カ月前に見た大きな月を期待していたので、少しがっかり。

でも、携帯電話にアラームを午前2時にセットして寝ました。

教会の鐘の音がなって目が覚める。もっと静かな音を選んでおけば良かったと反省するほど熟睡していたのですが、仕方ないので起きて窓を開けました。

月はいつになく輝いていました。しばらく眺めていましたが、いっこうに月が欠けていく感じがありません!

午前2時23分に撮影 ↓



夜風が寒いのに窓を開け放ったまま辛抱強く待ちましたが、1時間たっても全く変化は見えない...。

退屈しのぎにラジオをかけてみると、今日は素晴らしい月食が見えるはずだと言っている。「午前4時間から始まります♪」と聞こえてきました。午前2時から3時というのは、グリニッジ天文台の時間だったのかな?...

ともかく、まだ1時間待たなければならないらしい。今度はアラームをかけずに寝て待つことにしました。翌日に支障があってはこまるので、起きられなかったら諦めようと思って。

でも、変な時間に起きてしまったので、少しも眠くならないのでした。

午前3時半ころ、窓の外を覗いてみました。すると、もう月が欠け始めているではないですか!



眺めていると、月がどんどん欠けていくのが分かるので面白い。大きな望遠鏡を持ってくれば良かった...。

月食も日食も、1度も見たことがなかったのです。これは、寝ないで見る価値があった!


午前3時43分撮影 ↓



午前3時55分撮影 ↓


ラジオで言っていた時間には、もう月が欠けるのは終わりに近づいている感じになりました。

写真を並べていますが、実際に見たのとは少し違う光の具合ですね。


午前3時59分撮影 ↓


いよいよ月は見えなくなる、と思ったら、月が濃いオレンジ色に浮かび上がりだしました。


午前4時9分撮影 ↓


写真を撮りまくっていたのですが、ここで止めました。どうせ望遠レンズなどないデジカメで撮影しても、ろくな写真はとれないはず。カメラはしまって、肉眼で月を眺めることにしました。

月はオレンジ色になってきて、それはそれは幻想的だったのです!

真っ暗になって月が見えないのだろうと想像していたのですが、色が変わるだけで、やはり月があるのは見えるのですね。

その後、また月がもとの姿まで戻るのを待つと睡眠時間がなくなってしまうので、寝ることにしました。


皆既月食のときの月は、赤く染まるのだそうです。私は濃いオレンジ色に見えたのですが、フランスではlune de sang(血の月)と呼んでいました。英語でも同じようにblood moon。日本では「赤銅(しゃくどう)色」と呼ぶようです。以前にも気になってブログで書いていましたが、西洋文化では簡単に赤を血に例える傾向がありますね...。


今回の皆既月食は、日本では昼間の時間だったので見られなかったそうですね。次の皆既月食が見られるのは2018年1月31日なのだそう。

スーパームーンのときに皆既月食があるのは非常に珍しいのだそう。前回は1982年で、この次は2033年に現れると推測されているとのことです。そんな先のことは分からないし、雨が降れば見れないわけなので、撮った写真の質は悪いのですが、記念とするためにブログに入れておきました。

ブログ内リンク:
★ 目次: 空や天気に関する記事(虹、太陽、月、空、雪など)
★ 目次: 色について書いた記事

外部リンク
☆ Wikipedia: 月食 = Éclipse lunaire
Éclipse de lune du 28 septembre où, quand et comment l’observer ou la photographier
皆既月食中の月の色について


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カテゴリー: 四季、自然 | Comment (2) | Top
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2015/09/27
この9月、パリに少し滞在しました。観光的なことは何もしなかったという、私にしては珍しい旅行でした。

何も特別なことはしないと、つまらないところが色々見えて、あれは何だったのだろうと調べていると、知らなかったことが次々と出てくるので面白かったです。それで長々と書いたので、目次を作っておきます。

[続きを読む  Lire la suite...]


2015/09/25
9月の3番目の週末に行われる文化遺産の日(Journées du patrimoine)で、以前から見学したいと思っていた城が特別公開されたので行ってみました。

この文化イベントは無料で見学できるというコンセプトで1984年に始まったのですが、最近は有料のところもあるようになってきました。この城では5ユーロの入場料を取っていました。

18世紀に建築された立派な城。資産家が別荘として手に入れたのではないかと思います。オーナーの家族らしき人の案内で幾つかの部屋を見学したのですが、ダイニングルームに気になるものがありました。

赤い矢印を入れたオブジェです。



個人のお家なので、室内の様子をお見せするのは遠慮します。暖炉の上には天井まで届く陶器で作られたストーブが付いていました。19世紀にベルギーから取り寄せたとのこと。この部屋は床から天井までの高さが5メートルあるため、暖炉の煙はよく上がるのだそう。

従って、薪が早く燃える。絶えず火を燃していようとしたら、15分ごとに薪をくべなければならない。召使がいた昔でないと生活できませんね。暖炉だけで暖房していた時代は、各部屋に暖炉があったのですから。


暖炉ではなくて、その横に置かれている道具が何であるかをクイズにします。

上の部分の4つの角に穴が開いているのがヒントになるかな?...



蓋があったのに割れてしまっているとのことでした。蓋がなくなっていると、使うには不便かもしれないですね。

上から覗きこむと、こうなっていました。



同じシステムで使う小さなものは見たことがあるのですが、こんなに立派な形のは珍しいのではないかと思います。呼び名が分かっているので画像検索してみたのですが、小さな形のものしか出てきませんでした。

いつものようにコメントで解答をお寄せくださいますか? この道具の用途と、どのようにして使ったのかをお答えください。面白いのは、どうやって使ったかの方です。

旅行に出かけます。コメントをいただいても公開できるのは数日後になると思いますので、よろしくお願いします。


【追記 2015-10-05】

お答えをよせてくださった皆さま、コメントは入れなかったけれど考えてくださった方々、どうもありがとうございます!

早々と大正解を出してくださった方もありましたが、コメントを開封せずに書き込んでいただくのを楽しんでしまいましたが、ようやくコメント全てを公開しました。

これが答えです、というのには説明が必要なので、それを書きました
クイズの答え: 変わった昔の暖房器具 2015/10/05

1. クイズ: 城のダイニングルームにあったものは何でしょう?
2. 答え: 変わった昔の暖房器具 2015/10/05
3. クイズ: 熾火を使う暖房器具に穴があるのは、なぜ? 2015/10/06

解答を書きながら、このシステムについて新たな疑問がわいてきたので、またクイズにさせていただいています。


追記(2016年11月):

別の城を見学したとき、階段に何気なく置かれていたものが、これと同じようなものだったので写真を入れます。

クイズにしたものは蓋がなくなってしまっていたのですが、こちらにはあります。デザインはほんの少し異なりますね。



ブログ内リンク:
★ 目次: クイズを出した記事一覧
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事
★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ

外部リンク
☆ Wikipédia: Journées européennes du patrimoine
☆ Wikipédia: Poêle de masse


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カテゴリー: クイズ | Comment (20) | Top
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2015/09/23
9月の3番目の週末は「Journées du patrimoine」と呼ばれる文化遺産の日とされていて、フランス全土で歴史的に価値がある建築物や伝統的な文化を見学することが奨励されています。狙いどころは、普段は一般公開されていない施設。

今年も何カ所か見学することにしたのですが、ついでに普段飲むワインが底をついてきていたのでワイン農家で買い付けもすることにました。もうブドウの収穫も終わっているはずなので、忙しい時期にお邪魔することにもならないでしょうから。


ボージョレーのワイン農家

誰かしらいるだろうと思って電話もせずに行ったのですが、昔から知っているお父さんの姿が庭に見えたので喜びました。

まだ庭には収穫のときの道具などが置かれたままになっていました。ワインの収穫を始めたのは8月24日だったのだそう。



ここは、ボージョレーワインの中でも最高級のクリュだけを作っているワイン農家です。産地の名を付けられるクリュは10あります。

ボージョレーワインのランク付けについて書いた日記:
ボージョレーに行った週末 2005/06/06



お天気が良いと、向うにモンブランが見えるそうなのですが、この日は雲が多くてダメ。

カメラが壊れてしまって、携帯電話で写真を撮ると、山の写真などはうまく映らないのだとおしゃる。ひょっとしてフィルム式カメラを使う人ではないかと思ったので、フィルム式のカメラは望遠の部品もあう素晴らしいのを持っているのであげるけど、と提案してみる。でも、デジカメを使うのですって。あのカメラ、誰かにあげたいと思っているのだけれど、欲しいという人がいない...。

さっそくお家に入って、おしゃべり。昼前だったので、ワインを飲むなら白だと思ったらしくて、サヴォワの白ワイン2本をテーブルに置かれました。

そんなの飲みたくない。「あの~、あなたが作っているワインの方が良いのだけど...」と言ってみる。

「このサヴォワは毎年買っていて、とても美味しいのだけど...」と答えられたのですが、ボージョレーの赤ワインを所望しました。

2009年のワインを出してきました。そして、今年は当たり年だった2009年と同じくらい良いワインができると思っているのだと言います。

ガメ種のブドウを使うボージョレーワインは、今年の猛暑で打撃を受けたと聞いていたのですが、そうではないらしい。

ここでは1ヘクタールあたり50ヘクトリットルまでと制限されているのだそうですが、今年は45ヘクトリットルできたので悪くないとのこと。ただし、近くの仲間には、半分の25ヘクトリットルしか収穫できなかったワイン農家もあったそうです。何が違うか聞くと、砂が多い土壌の畑ではブドウが干しブドウのようになってしまったということでした。

お父さんと顔も気質も似た息子さんにワイン造りは任せて老齢年金生活をしているのですが、まだワイン造りの仕事は手伝っているはず。でも、よく旅行するようになったのだそう。

ゆっくりしている時間はないので、ワインの買い付け。

新酒を飲んでみるかと誘われたので、喜んで味見させていただくことにしました。

最近式のステンレスのタンクで温度調節しながらブドウを熟成されるワイン農家が多いのに、ここは昔ながらの原始的なタンクを使っていました。

そこからワインを取り出してくれました。



タンニンが多くて、甘味もあって、これは凄いワインになるのではないかと素人の私でも分かるワインでした。濃度も高くて、とてもしっかりとしたワインだと感じました。




マコネのワイン農家

翌日は、マコネの白ワインを買うつもりのワイン農家を訪問。若夫婦2人でやっているので、こちらは留守の可能性があるために電話で予約を入れていました。

でも、家に行ってみると誰もいない! 携帯電話してみると、帰宅の途中で、あと15分くらいで到着するからと言われました。今どこにいるという町から車で来るとしたら、30分はかかるはず。

それで、村を散歩することにしました。

素敵なお家を発見。といっても、気に入ったのは鎧戸でした。




木の鎧戸にトランプのハートマークなどで明り取りをしているのはよくあるのですが、ここはブドウの産地ということなのでしょうね。ブドウの房の切り込みがしてあるのでした。ブルゴーニュの赤ワインを思わせる色も気に入りました。

 


ワイン農家の夫妻が戻ってくるだろうという時間に家に引き返しました。

お得意さんが友達を呼んでワインの試飲会をしたいと言うので、泊りがけで行っていたのだそう。さっそくワインの試飲開始。といっても、2カ月くらい前にも来ていたので、ワインが美味しいかを確かめるために試飲するわけではなくて、飲むという感じ。

試飲会に持っていった残りのおつまみをたくさんテーブルに並べてくれました。でも、この後に食事にするつもりだったので、そんなに食べていられない。

発酵途中のワインを見せてもらいました。



もう発酵はほぼ終わった状態なのだそう。少し前まではブクブクと泡がたっていたのでしょうね。日本の酒蔵で日本酒の発酵を見せてもらったことがあるのですが、同じ感じだなと思いました。

ワイン農家のご主人は、今年は良いワインになるだろうと言っていました。糖度も高いのだそう。近所のワイン農家がずっと糖度の記録をしているのだそうで、そのデータを見ると、かってないほどの糖度を記録したとのこと。AOCの規定で糖度の上限があるので、それをクリアーしないといけないのだと話していました。

糖度が足りない年だと、たぶん内緒で砂糖を加えてしまうことがあると聞いていましたが、今年はその必要は全くないですね。雨が少なかったから、ブドウの木が病気になるのを恐れて薬を撒くことも最低限に留めたでしょうから、やっぱり今年のブドウは健康的で良いワインになるのだろうと思います。

1990年代は、5で割れる年が良いミレジムと思っていたのですが、今年も2015年で5で割れる年でしたね。

飲めるようになる来年が楽しみ♪


【楽天市場】人気の銘醸ワインが勢揃い!ブルゴーニュ特集

 

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★ 目次: 今年のミレジムは? (ブルゴーニュ・ワイン)
★ 目次: ブドウ畑の作業、ワイン醸造法など
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2015/09/22
前回の日記「クイズ: この人たちは何を食べているのでしょう?」で放屁合戦と呼ばれる絵巻物のことを書いたのですが、オナラを面白おかしく捉える文化は平安時代からあったのだそうです。

平賀源内も『放屁論』なるものを書いていたのでした。本編は1774年、後編は1777年。

放屁は絵に描かれただけではなく、江戸時代には、音の高さや長さ、強さを変えながら放屁する「曲屁(きょうべ)」と呼ばれる見世物も流行ったようです。

この芸なら、フランスにも「Le Pétomaneル・ペトマーヌ)」と呼ばれたJoseph Pujol(1857年~1945年)がいました。腹部の筋肉に加える力を調整することにより、意のままに放屁しているかのように見せる芸だそう。

昔のことなので無声の映像しかないようですが、レコードの録音はこちら


LE PETOMANE DU MOULIN ROUGE


何を食べていたのか?

前回の記事では、「屁合戦絵巻(へがっせんえまき)」にある登場人物たちは何を食べているのか教えてくださいというのをクイズにしていました。クイズにしながら私自身は全く解答を用意していません。「

フランスでオナラが出る食べ物といったら、第一に豆。それから、玉ねぎ、ピーナッツ、キャベツなどとなるのですが、日本では芋でしょうね。

お答えをコメントにいただいて、やはり芋を食べたのだろうと思いました。コメントでは、こんにゃく芋、里芋の2種類をいただきました。どちらなのか迷います。

絵巻物の画像では、食べている画面が2回出てきます。戦いを始める前と、一休みした場面。



こうやって運んでいたものを手に入れたようで、それを大鍋に入れて加熱して食べている場面が出てきます。

私はオナラが出る食べ物といったらサツマイモを連想したのですが、それとは全く形が違う...。



鍋に入っているものも、お椀に入っているものも、カゴに入れて運んでいたときと同じように横に線が入っているのが見えます。




つまり、芋だとしたら、皮をむかないで食べているということ? 箸では皮がむきにくいのではないかと思うのです。あるいは、熱々だとツルリと皮が取れる?

これを書きながら絵巻物を再び眺めたら、2番目に食べるときには全く違う食べ方をしているのに気がつきました。



2回目の食事では、ナイフを使って皮をむいているのです。

1番目に食べたときより時間がたっているわけで、鍋から出したものを椀に入れないで、冷めた芋を食べているという場面でしょうか? みな皮をむいているだけで、誰も食べてはいないのではありますが、この後には食べたのだろうと想像します。


コンニャク芋説

これはコンニャク芋だとするコメントでは、「こんにゃくの歴史」の情報リンクをいただきました。ここに入っている桶に入った芋の絵がそっくりに見えます。コンニャクに加工しなくても、灰汁を混ぜてエグみを取り除けば食べられていたのだそうです。

でも、コンニャク芋と聞いた私は、カゴに入れて運ばれていたものは、コンニャクに加工されているものだろうと思いました。丸いコンニャクは、絵巻物に描かれているものとそっくりなのです!


煮込んだときに出汁がしみこみやすいように切れ目を入れていたのだろうと思いました。でも、2番目の食事の場面でナイフを使って皮をむいているのですから、加工したコンニャクでないことは明らかですね...。

とすると、窯に入れていたのは、芋を灰汁で煮ていた場面ということになりますか。

芋が汁に浸っていないくらいにたくさん入れていますが、鍋をかき回している人がいるのでエグイは抜けるでしょうね。

でも、疑問が残ります。

こんにゃく芋を描くのに横線を入れるだろうか?...
こんにゃく芋の画像をGoogleで検索


サトイモ説

里芋の中でも親芋であれば大きさも絵巻の物とあっていること、横に線が入っていることによって見た目も似ている、というご推察のコメントでした。

私も、この横線が非常に気になったのです。



気が付けば、縞模様があるのは里芋の特徴ですね!

コメントでは、親芋ならば絵巻物のように丸い形をしていると教えていただきました。こちらの画像を見ると、本当にそう!

ただし、親芋の写真を見ると、絵巻物のように丸い形をしているのですが、柄はカタツムリのように渦巻きの線でした(画像へのリンク)。でも、昔の品種だと、こういう形をしていたのかも知れないという気もします。あるいは、立体感などは気にしないで、描いていたのかもしれない。


江戸時代の芋は、どんなだった?

絵だと想像するしかない。それで、文章で書かれた情報を探してみました。

この絵巻物は、菱川師信の古図(1680年)を増補して1846年に制作されたものなのだそう。ということで、江戸時代の料理を紹介するサイトに入っている芋に関する記事を読んでみました:

飢饉を救った「薩摩芋(さつまいも)」 江戸っ子のおやつに焼き芋が大ブーム
「蒟蒻」(こんにゃく)は江戸時代、“お腹の砂下ろし”と尊ばれた健康食材
昔はイモといえば「里芋」、薬としても重用された注目の滋養食

3番目に入れた里芋に関する記事で、おならが登場しています! 女性には大好物だが、おならには苦労したとのこと。あれ、あれ、サトイモですか?...

そこで、「屁 里芋 江戸時代」で検索してみると、ゾロゾロと出てきました。

花咲男の話(続)」では、金平という男が里芋をたくさん食べて屁を連発するという話しを紹介しています。

続続・〈屁〉が文化となる一瞬の歴史の光芒」では、恋川春町の『芋太郎屁日記咄(1779年)』を紹介しており、里芋ばかりを食べて成人し、曲屁をする芋太郎の話市が出てきています。

娯楽になり芸になる〈屁〉」では、坂本正夫「放屁の民俗」が紹介されています。明治、大正時代、さらに昭和二十年代頃までの日常食はガス(屁)の源泉となるカライモ(甘藷)やタイモ(里芋)、ジャガイモ、トウキビ(トウモロコシ)などの澱粉質の摂取量が極端に多かったので、その頃の人々は今日の我々よりはるかに放屁活動が活発であったといわれているのだそう。

屁の名人のタイプ」の記事では、明治時代に開かれた放屁大会での一等賞の商品が、草鞋十足、酒一升、里芋五升だったという記述があります。里芋が商品なのですね。ということは、これをもっと食べるようにというジョークでしょう。

「里芋」をキーワードにしたからこれだけ出てきたわけなのですが、「こんにゃく芋」ではこれに対抗するような記事が出てこなかったのでした。

答えを用意していなくてクイズにしてみたので、私自身では判断できません。さらなるコメントを期待します。

このシリーズブログ内リンク
フランス人にとっての日本人のイメージ 2015/09/16
  ⇒ クイズ: この人たちは何を食べているのでしょう? 2015/09/17
  ⇒ 絵巻物に描かれていた人たちが食べていたものの推察 2015/09/22

外部リンク:
中国食文化の研究 -コンニャクの歴史-
「清良記」にみる江戸時代のサトイモ



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2015/09/17
前回に書いた「フランス人にとっての日本人のイメージ」でフランスの新聞ル・モンドの記事を紹介のですが、そこで日本の笑いの文化には有名なLa Bataille des petsがある、と書いてあるので、どういう作品なのか気になりました。

だって、オナラ合戦とでも訳せそうな言葉なのですから!

調べてみたら、屁合戦絵巻(へがっせんえまき)のことだろうと分かり、Wikipediaには実物を見ているほど鮮明な絵巻物の画像が入ってスクロールして見ることができました。江戸末期の作品なのだそう。

絵巻物を拡大してからスクロールして見ることができるのですが、日本の絵巻物なので、右から眺めていくのですね。

すご~い!

これはフランス人受けするぞ~、と思いました。

フランスではゲップを人前でするのは下品だとして嫌われるのですが(イスラム系ではご馳走になったときのお礼になるそう)、オナラに関してはおおらかなのです。オナラをするという意味を持つ動詞「péter」は、爆発する、威勢よく音楽を鳴らしているとかいうときにも使います。

トイレに、こんな本を置いている友人がいます。


L'Art de péter, essai de Pierre-Thomas-Nicolas Hurtaut, 1776.

『放屁術』とでも訳す題名の本です。その人に放屁合戦の絵を見せてみることにしました。間違いなく面白がるでしょうから。


何を食べているの?

ダイジェスト版を見せると予想どおり面白がったので、Wikipediaの絵巻物の画面を見てもらいました。すると、戦いを始める前に彼らが大鍋で食べているのは何か? と聞いてきたのです。



「日本人だって、戦いの前にはご馳走を食べるのだ」と答えました。

北フランスで見たバイユーのタペストリーには、ノルマンディ公がイギリスを征服するまでの歴史を描いた絵巻物のような作品を思い出したからです。戦闘を始める前に、フランスの軍地では家畜を担いできたりしてご馳走を食べている場面が面白くて印象に残っていたからです。

やっと見ることができた「バイユーのタペストリー」 2009/11/06

でも、何を食べているのかと友達は聞き返していました。何を食べたって良いではないですか? 

Cassoulet「カスレみたいな料理が日本にもあるのではないの?」と言われて、やっと気がついた鈍い私。

そうか、オナラをたくさん出す食べ物を食べていたはずだ、というわけなのですね。

カスレ(Cassoulet)という郷土料理は、白インゲンマメがたくさん入っていて、豆の中でもガスが最もでやすいとフランスでは言われているのです。

そのせいか、地元の人たちはたくさん食べるのでしょうけれど、離れた地域では嫌う人たちもいます。

カスレというのは、こういう料理です ↓


France: Cassoulet, a specialty originally from Languedoc - Michelin Voyage


カスレに代わる日本料理ね...。考えてみたら、サツマイモが頭に浮かびました。

絵巻物をよく見ると、中間あたりで、また第2次戦に向けて準備という感じで、また同じものが並べられて登場しています。



この後に合戦が再会しているので、これはガスをためるためにしているというのは確かなようです。

何を食べているのでしょう?

鍋の部分を拡大してみると、横に線が入っている饅頭のように見えるのですけれど、そういう食べ物があるのでしょうか?



絵巻物の画像を始めから見直してみると、何やら相談していた後に、道で出会った人が担いでいるのが鍋に入っているのと同じものなのでした。



右手の武士らしき人が、「おい、ちょっとそれをよこせよ」と言っているように見える。

もしもカゴに何かを入れて背負っていたのが芋なら、鍋に入れる前に皮をむいて切って入れるのであって、カゴに入れて担いでいるのが輪切り状態というのは不自然だと思います。


このお話し、どういう戦いだったのか分かりません。最後に文字が書いてあるけれど、私には読めないし...。

La Bataille des petsというフランス語訳も出来過ぎていると思いました。江戸時代にフランス語で言葉遊びしたはずがないのは明らかです。でも、オナラ(pets)は「ぺ」で、平和の「paix」と殆ど同じに発音するので、フランス人がやる駄洒落でもよく入れ替えて使っているのです。

この絵巻物の場合は、「平和合戦」にも聞こえてしまう。やたらにピリピリしているこの頃の日本。江戸時代のおおらかな文化を取り戻してくれたらな...。

それはともかく、絵巻物に登場する人たちが何を食べているのか気になります。ご存じの方があったら、コメントで教えてくださいますか?

追記

コメントをいただいて、候補が2つに絞れたので、調べたことを書きました:
絵巻物に描かれていた人たちが食べていたものの推察

このシリーズ(ブログ内リンク)
フランス人にとっての日本人のイメージ 2015/09/16
  ⇒ クイズ: この人たちは何を食べているのでしょう? 2015/09/17
  ⇒ 絵巻物に描かれていた人たちが食べていたものの推察 2015/09/22

ブログ内リンク
★ 目次: クイズを出した記事一覧
デザートを食べて、クランブルとサリエットが何なのか気になった 2013/08/26 腸内ガス発生を抑制するセボリー
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
おならで敵を蹴散らす! 日本の昔の絵巻物『屁合戦絵巻』が世界で拡散中!! 海外の声「さすが日本」「日本人よ、どこへ行く?」 ロケットニュース24 2013年8月2日
Une bataille de pets au Japon en 1600
☆ Wikipédia: Gaz intestinal
春画で話題の江戸時代より平安のエロのほうが過激


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2015/09/16
ブログに拍手をいただくと、他の方も閲覧されるかもしれないと思って、その記事が古くなって内容を更新する必要があるかどうかを確認することにしています。たまにしか拍手は入ってこないので、そんなこともできる次第。今日の拍手をいただいた古い記事を開いてみたら、語源に関していれた情報リンクが1つ切れている。それで、代わりに入れられる情報を探しました。

検索キーワードでヒットしただけで、探していたのとは全く関係ないフランスの新聞記事が出てきました。ところが、それに興味をそそられたので、記事の更新はそっちのけで、それに関する情報探しに方向転換しました。


笑いの日本美術史展

日本人と笑いについての分析に関する記事でした。Le Mondeという格調の高い新聞で、記事を書いたのは日本特派員のフィリップ・ポンス氏。私なんかとは比較できないくらい日本のことを知っている方なので、彼が日本について書いているときは読む気になります。

パリ日本文化会館(Maison de la culture du Japon)が、2012年に開いた特別展「Warai. L'humour dans l'art japonais de la préhistoire au XIXe siècle(笑いの日本美術史 縄文から19世紀まで)」を紹介する記事でした。

新聞記事は文字だけだったので、先に展示会の情報を探したのですが、まず目が釘付けになったのは、これでした。



埴輪は死者と一緒に葬るものでしょう? それなのに、どうして笑顔でいるのですか?!


どういうのが日本人に対するステレオタイプのイメージなのか?

ル・モンド紙の記事では、フランス人にとっての日本人に対するステレオタイプのイメージはこういうものだけれど、と切り出して、そうではなくて日本には笑いの文化があると論証しています。

フランス人が日本人と聞くと、まず、よく笑う陽気な(rieur)国民ではない、というイメージが浮かぶのだそう。

日本人に対してフランス人が与えるステレオタイプとして、こんな単語を挙げていました。
  • zen: 禅
  • sérieux: 真面目(サラリーマンは会社に忠実である)
  • conformiste: (体制)順応主義者
  • coincé: (対人関係などで)気詰まり、気後れ

ともかく、日本人には笑顔のイメージではない。さらに、日本人の微笑み(sourire)は、当惑や悲しみを隠しているようで、西洋人には謎めいている。

そう言われれば、そう思うだろうな... と思えます。特に、フランス人が出会う日本人は、ビジネスマンで、彼らがフランス人のように冗談を飛ばして円滑にしながら仕事しているとは思えません。

フランスで通訳をしている日本人女性が、商談の通訳では不快に感じることがよくあるのだと話していました。お金があることを笠に着て、信じられないほど横柄な態度をするのだそう。「私は日本人として恥ずかしいので帰らせていただきます」とタンカを切って仕事を放棄したこともあるのだと言っていました。

私は、通訳は魂を悪魔にあずけるような仕事だと思っているので、自分の口から出したくない言葉でも訳さなければならない責任があると思っていました。でも、その後に、本当に「帰らせていただきます」と言ったのは、こういう人たちだったのだろうなと思う日本人たちに出会って、彼女には職業意識がないと責めるのは間違っていたと思ったのでした。日本では、お金を払う人が威張っていられるのが最大の問題なのだろうと思います。

ポンス氏は、そういうところには触れていません。フランス人が日本人に抱くステレオタイプのイメージは間違っているとして、日本人は笑うのが好きなのだと切り替えています。

日本人はよく笑う。大災害にあった時、3.11の津波や、それに続いておこった原発事故の後だって。

そう言われると悲しくなってしまいますけど、日本人には、泣いて他人を責めたり、怒ったりはしない美徳があると思う。自分のことは自分を受け止めて、せめて笑ってみせるという文化は、どのくらいの範囲の国に広がっているのでしょうか? 日本だけではないかという気がします。

だいたいにおいて、外国の人たちは怒りをぶつけると感じます。アフリカや東欧からやって来る難民の人たちは、受け入れが悪いと言って怒っています。でも、ここのところ連日ニュースで出てくる難民たちはなんだか変。彼らは体格も良くて、生活に困窮して逃げてきたような人たちには見えないのです...。

今夜のニュースでは、障害がある子どもを殺した罪で裁判にかけられていた母親が、無罪釈放ではなくて、5年間の執行猶予になった、と不満をカメラに向かって不満をぶちまいていました。世の中は間違っている! と息巻いている。障害がある子どもの面倒を見るのは辛かったでしょうけれど、人を殺してしまったのですよ。刑務所に入らなくても良い判決が出ただけでも満足すべきではないですか?... 事件を追っていないので何も知りませんが、この女性は殺すほどの惨状ではなかったのに子どもを殺害したのではないか、と思ってしまいました。

脱線しました。


日本人の笑いの文化

ル・モンド紙の記事では、日本には笑いの文化があると例を挙げていました。

お笑いタレントがいて、北野武(ビートたけしですが、フランスでは本名が使われているようです)を挙げています。「おバカタレント(idiot de service)」というのがある。それから、吉本興業には「お笑い帝国」のあだ名がある。さらに、落語、漫才がある。

笑いは日本の日常生活に溶け込んでいるのだとして、本題のパリで行われた展示会の紹介に話しを移しています。

天照大神に糞にまつわる話しがあったなんて、私は知らなかった...。天岩戸といわれる高千穂には行って感激していていたのですけれど...。

鳥獣戯画、これは確かに世界に誇る傑作ですね。

江戸時代に笑いは爆発的な人気になったとしています。東海道中膝栗毛、川柳、狂歌、春画、笑い絵など...。そこに宗教とエロティズムが絡んでいるところに特徴がある。白隠和尚、英一蝶、一休さん...。

なるほど、挙げていただくと、日本の笑いの文化には奥深いものと再認識します。

パリの展示会のタイトルになった「Warai」という言葉に説明がありました。意味深い言葉で、rire(笑い)からsourire(微笑み)への曲用、開花も意味する。そうですか...。

日本人は笑い。自分自身を嘲弄もする。戯言の中にカタルシスの強さも見つけ出す。記事の最後に挙げられていたのは、井上靖のフランス語で出版された『Les 7 roses de Tokyo(2011年)』でした。

この記事の中に、「かの有名なLa Bataille des pets」というのが出ていました。オナラ合戦? 私は知りませんでした。

日本語にすると「放屁合戦」という絵巻物で、これが痛烈に愉快なのでした!

この絵巻物をフランス人に見せたら、答えが思いつかないことを聞かれた場面がありました。その中に出てくる人たちが何を食べているのかという問題です。それをクイズにしてしまおうと思いますので、どうかよろしくお願いします。

クイズ: この人たちは何を食べているのでしょう?

このシリーズ(ブログ内リンク)
★ フランス人にとっての日本人のイメージ 2015/09/16
  ⇒ クイズ: この人たちは何を食べているのでしょう? 2015/09/17
  ⇒ 絵巻物に描かれていた人たちが食べていたものの推察 2015/09/22

外部リンク:
☆ Le Monde: Drôle comme un Japonais (2012/11/01)
☆ パリ日本文化会館:  笑いの日本美術史 縄文から19世紀まで
  ⇒  WARAI - L’humour dans l’art japonais de la préhistoire au XIXe siècle 
     ⇒ 仏語パンフレットのダウンロード
« WARAI » Ça rit, sourit et … pète dans l’art japonais
日本古美術の「笑」がパリで一堂に会すユニークな展覧会「笑いの日本美術史 縄文から19 世紀まで」展
WARAI 笑いの日本美術史〜縄文から19世紀まで
笑う埴輪 本庄市
☆ Wikipedia: 埴輪
フランス人がzenというときの意味
昔は世界的学者が絶賛! 今は世界第2位のマンガ消費国! なぜフランスはずっと「日本びいき」なのか? COURRiER Japon

ブログ内リンク:
★ 目次: フランス人のジョークについて書いた記事


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カテゴリー: 日本 | Comment (5) | Top
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2015/09/14
20歳を祝う誕生パーティーに行ったことを書いたのですが(目次)、会場は村の公民館でした。

小さな村なので、すぐに見つかりました。村を抜けて橋を渡ると公共施設だろうと思う建物が見えました。でも、少し変わった建物。



建物の左手にはサッカー場があります。写真の中心に写っているのは、川を渡る橋の欄干の石です。村の中心から離れているので、周りは田園。こういうところにある公民館なら、ご近所にはばかることなく大騒ぎできるから良いでしょうね。

昔には無くてはならない存在だった建物をリフォームした公民館でした。

この建物は、以前には何のために使われていたでしょうか? というのを久しぶりのクイズにしてみます。


↓ こちらの方向から見て、あれをリフォームしたのだろう、と私は想像したのですが、当たっていました。



フランスでこういう建物をご覧になった方なら、ああ、あれだ、とすぐにお分かりになるはず。ご覧になったことがないと、何だか想像できないかもしれない...。自然に恵まれた日本には無かった公共施設ではないかという気もするのです。

19世紀に建てられた建築物だと思います。それをリフォームして村の施設にし、郷土資産を保存したのは良いアイディアだと思います。もう必要はない建物だからと放置していたら崩壊してしまうし、修復して保存するだけだとお金がかかるだけですから。それに、もっと古くて美しい建物だったら、リフォームしてしまうのは惜しいですし。


建物の中に入ると、あのために使われていた建物だ、とほぼ確信できます。


Salle polyvalente

かなり大きな建物。村の中には幾つかあるのが普通だったのですが、この村では中心から離れた場所にしか作ることができなかったから大きいのかな?...


Camille Pissaro et sa femme Julie Vellay en 1877 à Pontoise
Camille Pissaro et sa femme
Julie Vellay en 1877
印象派の画家のカミーユ・ピサロ(Camille Pissarro 1830~1903年)が結婚したJulie Vellayは、この村の出身なのだそう。

彼らはパリで知り合い、ポントワーズに新居を構えたらしいので、ピサロはこの村に来たことはなかったのかも知れません。でも、この村で生まれたジュリーの方は、この建物に足を運んでいたのかも知れませんね。

彼女はブルゴーニュのワイン農家の娘だった、と記述されていました。

ここは、今ではブドウ畑などはない地域なのですが、19世紀後半におきたフィロキセラ禍でワイン産地が縮小される前にはワインを作っていた地域だったのでしょうね。

ジュリーはピサロの親の家に家政婦として入っていた関係で2人は知り合っています。ワイン農家といっても、今のように豊かではなかった時代なので、出稼ぎに行く必要があったのでしょうね。彼らが結婚したとき、ピサロの父親は身分違いの結婚だとして怒ってしまい、生活費の援助を断ち切ったようです。


200人くらいしか住民がいない村なのに、立派な公民館です。

奥にはステージもできている。もともとは、ドアから入って階段で下に降りる作りだったのを利用したのかもしれない。

10年くらい前に、村人たちが運動を起こして公民館として利用できるようにリフォームしたのだそう。村人たちが、それぞれにできる工事を手掛けたので、予算がない小さな村なのに立派な施設にリフォームすることができたようです。もっとも、こういう何処の村にもある施設を保存しようということで県が予算を出しているので、それも利用しただろうとは思います。

石壁をきれいにするのは、普通の人でもできたでしょうね。幸いにも、この村の住民の中には、タイルを張るのを仕事としている人がいたので、ボランティアで床に四角いタイルを敷き詰めたそうです。この誕生パーティーでは、その人が世話役だったので、タイルのことはオーバーに褒めました!

写真ではよく見えないのですが、床の中央の部分は青いタイルを使って、青い四角いスペースになっています。これが工事を手掛けた人が工夫した点で、クイズのヒントにもなっています。

ホールの部分として使った建物には、建物を継ぎ足して、広い調理場、エントランスホール、トイレなどができていました。繰り返すけれど、小さな村にしては立派な施設です。村人の話しによると、百人くらいで食事会がしたいときには狭すぎるのが欠点なのだそうですけど。

とても清潔で、温かみのある公民館。私はすっかり気に入りました。

ちなみに、この日の公民館貸出し料は130ユーロ(約18,000円)だったそうです。ただし、終わってから掃除をしない場合は、その半額くらいを上乗せする必要があるとのこと。


この建物が昔は何に使われていたかをご想像してくださったら、コメントを入れてくださいますか?

ここに行ったときのことを書いた記事:
★ シリーズ記事目次: 古酒を飲む誕生パーティーに行った日のこと

ブログ内リンク
★ 目次: クイズを出した記事一覧
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ

外部リンク
The young Julie Vellay In 1860


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2015/09/11
前回に書いた誕生パーティーでは、20歳の誕生日のために彼女が生まれた年のワインをワインセラーに入れて保管されていました。

生まれた年のワインを飲むために開かれた誕生パーティー 2015/09/09

パーティー会場として村の公民館を借りているので、キッッチンスペースは広い。

赤ワイン(右)は会場の片隅に置かれていて、白ワインの方は大きな冷蔵庫に入っていした。

下は、大きなシャブリのボトル。



シャンパンでは大きなボトルを見かけるのは珍しくはないのですが、ワインボトルではマグナム(Magnumと呼ぶ大きさのボトルくらいです。

こんなに大きなワインボトルにはめったにお目にかからないので、このボトルの名前はなんだったけ? と、近くに座っていた人たちの間で話題になりました。

上に入れシャブリの2本は、小さなボトルはレオボアム(普通のボトルの6本分)で、大きな方はマチュザレム(8本分)かな?... 空になってから、ボトルに水を入れて何リットル入るか調べれば答えが出るのですけど!

そもそも、シャンパンのボトルの呼び名とワインボトルの呼び名が同じなのだろうか? という疑問もわいてきました。

それで、私がiPhoneを取り出してインターネットで情報で調べたら、生産地によって種類が多かったり、少し名前が違っていたりするのだと知りました。


改めてパソコンで整理した表を作っておきます。でも、情報によって少し違ったりしているので、どれが正しいのか分からない。でも、書き出してしまったので載せておきます。

地域によって特殊なサイズのワインがあるのでで、比較はシャンパン、ブルゴーニュワイン、ボルドーワインだけにとどめました。

下の表は次の2つの情報を基にして作りました:
Le site pour tout savoir sur les tailles de bouteilles de vin
☆ Wikipédia: Bouteille de vin

ボトルシャンパンブルゴーニュワインボルドーワイン
1/8Huitième
0.094 L  3/4杯
1/4Quart
0.2 L  1.5杯
Piccolo
0.2 L
Piccolo
0.2 L  1.5杯
1/3Chopine
0.25 L  2杯
Chopine
0.25 L
Chopine
0.25 L  2杯
1/2FilletteDemie
0.375 L  3杯
DemiFillette
0.375 L
Fillette
0.375 L  3杯
2/3Pôt
0.5 L  4杯
4/5Medium
0.6 L  5杯
1Champenoise
BouteilleFrontignan
0.75 L  6杯
高さ: 30cm 直径: 8.7cm
Bouteille
0.75 L
Bordelaise
0.75L  6杯
高さ: 28.8cm 直径: 8.2cm
2Magnum
1.5 L  12杯
高さ: 37cm 直径: 11.4cm
Magnum
1.5 L
Magnum
1.5 L  12杯
高さ: 38cm 直径: 11.9cm
Marie-Jeanne
2.55 L  18杯
高さ: 42.5cm 直径: 12.1cm
4Jéroboam
3 L  24杯
高さ: 46.9cm 直径: 13.4cm
Jéroboam
3 L
Double-Magnum
3 L  24杯
高さ: 47cm 直径: 13.2cm
6Réhoboam
4.5 L  36杯
高さ: 56cm 直径: 15cm
Réhoboam
4.5 L
Réhoboam
4.5 L  36杯
Jéroboam
5 L
高さ: 59.1cm 直径: 16.3cm
8本Mathusalem
6 L  48杯
高さ: 57.8cm 直径: 17.4cm
Mathusalem
6 L
Impériale
5.25 L
高さ: 60.4cm 直径: 16.9cm
12Salmanazar
9 L  72杯
高さ: 64.5cm 直径: 19.3cm
Salmanazar
9 L
Salmanazar
9 L
高さ: 64.8cm 直径: 19cm
16Balthazar
12 L   96杯
高さ: 69.8cm 直径: 21.5cm
Balthazar
12 L
Balthazar (注)
12 L
高さ: 69.8cm 直径: 21.5cm
20本Nabuchodonosor
15 L  120杯
高さ:  75.7cm  直径: 22.4cm
Nabuchodonosor
15 L
Nabuchodonosor
15 L
高さ: 75.9cm 直径: 22.2cm
24Salomon
18 L  144杯
高さ: 77.4cm   直径: 24cm
Salomon
18 L
Melchior
18 L
高さ: 77.9cm 直径: 23.7cm
35Souverain
26.25 L  210杯
高さ: 102cm  直径: 30cm
36Primat
27 L  216杯
高さ:  102.6cm  直径: 30.2cm
40Melchisedec
30 L  240杯
高さ:  110cm  直径: 32.8cm
124Adélaïde
93 L
200Sublime
150 L
注: 異なった情報がある。

シャンパンはお祝いの酒であるせいでしょうが、特大ボトルがたくさんあります。情報ではの「クープ(coup)」と呼ぶ種類のシャンパングラスで何杯になるかを出していました。これも、パーティーのときに乾杯するので何杯分になるかが重要なのでしょうね。

でも、シャンパングラスの大きさはまちまちなので、何杯分になるかと言うのはいい加減ではないかという気もするのですけれど...。

シャンパングラスを楽天市場で検索

普通にフランスで使うシャンパングラスは「フルート(flûte)」なので、なぜクープを基準にしたのかよく分からない。同じ分量が入るのでしょうか?

調べてみたら、フルートは12.5 cl入るように作られる、という記述がありました。この表でも、その分量で計算していますね。つまり、クープでもフルートでも大きさは同じなのが標準ということでしょうか?

シャンパングラスについては過去に書いていました:
シャンパンには不思議がいっぱい: コルク、グラス 2006/08/09


ボルドーワインも、グラスに注いだら何杯になるかが示されていました。並べてみると、シャンパンと同じ分量(12.5 cl)で計算しています。ワイングラスの方がずっと大きいわけですが、並々とは注がないので、そんな感じかな、と実験してみて思いました。

ブルゴーニュワインに関しては、グラスで何杯になるかは書かれていませんでした。ブルゴーニュ地方では、そんなケチなことは言わずに、飲みたいだけ飲みますよ~!


ボトルの大きさによる呼び方に関しては、シャンパンとブルゴーニュワインのボトルの呼び方はほとんど同じでした。ボルドーワインはかなり違っているのだと知りました。

特に、「Jéroboam(ジェロボアム)」と呼ぶボトルは、シャンパンとブルゴーニュワインでは4リットルなのに、ボルドーワインではもっと大きなボトルを指すのでした。それが何リットルかというのは情報によって異なっているので詮索はしないことにします。

Mathusalem(マチュザレム)」というのは私でも知っている名前なのですが、ボルドーでは「Impériale(アンペリアル)」と呼ぶのだそう。同じフランスワインなのですから、統一すれば良いのに...。


私はブルゴーニュでのボトルの呼び方に慣れているわけですが、普通サイズ(0.75リットル)以下のボトルの呼び名については聞きなれないものがありました。そもそも、レストランでハーフボトルを注文することがある程度で、小さなボトルには縁がない。

Piccolo(ピッコロ)」というイタリア語のような呼び名も聞いたことがありませんでした。 そもそも、そんな小さいのが出てくるのは飛行機の中だけではないですか? 思い出せば、ブルゴーニュの病院に入院していたときに、リクエストすると食事のときにはこういう小さなボトルのワインがもらえました。でも、勝手に小さなボトルにしているだけなのですから、「ワイン1本」としか言っていなかったと思います。


ブルゴーニュワインのボトルの名称で、普通ではブルゴーニュで使わない呼び名がありました。でも、行政区分ではブルゴーニュ地方からは外れるところにも産地が広がっているボージョレーがあるんでした。ボージョレー地域はリヨン市に近いので、そちらの呼び名を入れているのでしょうね。

ハーフボトルの「Fillette(フィエット)」と「Chopine(ショピンヌ) 」は、ボージョレーで使われる呼び名なのだろうと思いました。

でも、リヨンでよく使われるChopineのボトルは、私が調べた情報とは容量が異なるのだけどな...。

ワイン関連用語: ショピンヌ chopine 2006/03/25


ボルドーでは、0.5リットルのボトルを「Pôt(ポ)」と呼ぶようです。 ブルゴーニュでも、ひところはこのサイズのボトルを作ったのが話題になったのですが、成功しなかったようで、あっさりと消えてしまいました。ハーフボトルでは少なすぎる、普通サイズのボトルだと多すぎるというので、レストランで売れるのではないかという狙いだったのですけど。


なお、シャンパンのボトルでは巨大なものもあるのですが、普通は30リットル入りの「Melchisedec(メルキゼデック)」までしか作らないようです。メーカーを訪問したときには、こういう大きなボトルを買った人には、専用の荷車を貸し出すと言っていました。

メルキゼデックがどのくらい大きいボトルなのかが分かる動画:
Melchisedech Sabré Plus Grand Champagne du Monde 30 Litres - YouTube

動画では、サブレという方法でボトルを空けようとしていますが、失敗。これにはコツがあるのですが、それを知らない様子。でも、このぐらい瓶が厚いと難しいかもしれませんね。


   

ブログ内リンク:
シャンパン祭り: 5. シャンパン会社の見学 2005/08/12 ボトルサイズ
★ 目次: ワインのグッズや道具などについて書いた記事
★ 目次: ワインなどアルコール飲料に関するテーマ

外部リンク:
☆ Wikipedia: ワインボトル ⇒ Bouteille de vin
☆ iDealwine: Les formats de bouteilles et les étiquettes
☆ シャンパーニュ事務局(日本): シャンパーニュボトル
☆ Wikipédia: Anciennes unités de mesure françaises


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フランスのお酒 (ワインなど)



2015/09/09
1年遅れで開かれたMちゃんの二十歳の誕生パーティー。

招待客は30人くらいと、フランスにしては小規模なオーガナイズでした。フランスの若い子たちは仲間だけで騒わぐパーティーを開きますから、彼女もすでに二十歳の誕生パーティーは済ませていたはず。この日は、パパの仲間の方が多いという集まりになっていました。

Mちゃんのパパがフランスに一時帰国したという挨拶に来たときからして、誕生パーティーをいつにしたら出席できるかと打診されていました。

会場に行って古酒のコレクションが並んでいるのを見て、パパがMちゃんの生まれた年のワインだと言って家のセラーで保管していたワインを見せてもらっていたのを思い出しました。

そうか~、パパが娘の二十歳の誕生パーティーをやりたかったのは、彼女が生まれたときに仕入れたワインを飲むイベントをするためだったのだ...。

そのワインを見せてもらったときのことを、ブログで書いていたのも思い出しました:

シャブリ
「こわれもの注意」のシールを張ると、かえって壊される? 2009/05/13


Mちゃんが生まれたのは1994年。つまり21年前のワイン。

もう飲み頃は過ぎているでしょうから、飲ませてもらうのが嬉しいわけではありませんでした。でも、この日出てきたのは、Mちゃんが生まれた年のワインを中心にして、古いワインばかり。無難に飲み頃のワインは用意されていなかったので、古酒ばかり飲む食事会になりました。

次の日記の続きとして書いています:
1年遅れで開かれた二十歳の誕生パーティー 2015/09/08


白ワインはシャブリ

白ワインは、大きなボトルが2本用意されていました。それと一緒に並ぶMちゃんを、みんながカメラを構えて記念撮影。



シャブリでした。左の大きなボトルがMちゃんが生まれた1994年、右側のボトルは1998年のものでした。

シャブリにはランクがありますが、この2本は1級でも特級ランクでもなく、最低ランクのプチシャブリでもなく、「シャブリ」と呼ぶランクのワインでした。

大きなボトルは熟成がゆっくり進むので、長期保存には適しています。でも、特級ランクでもないワインが20年もたって飲めるのかな?... マデリゼしていたら誰も飲まないでしょうから、こんな大きなボトルのワインを捨てるのはもったいないではないですか?...

Mちゃんのパパの親友が、コルクを抜いてお給仕を始めました。男性たちは遠慮なく、「飲めるはずないよ~」とヤジを飛ばしたりもしていたのですけど。



意外にも、飲み頃は過ぎているとはいえ、飲みたくないと思わせるような欠点は全くありませんでした。

21年前のシャブリは、驚くほど濃い黄色になっていました。ジュラのワインに「ヴァン・ジョーヌ」というのがありますが、それと同じような黄色。



まあ、飲めますです。もっと早く飲めば良かったのに、とは思いますが、飲めます...。不快感は全くありませんでした。


赤ワイン

会場の片隅に置かれていた赤ワインのボトルです ↓



メイン料理には、シャブリと同じように巨大なボトルの南仏のワイン、コート・デュ・ローヌが出されました。もちろん、Mちゃんが生まれた年のワイン。

ワインの産地ブルゴーニュでも、安い赤ワインとなると出てくるのがコート・デュ・ローヌ(Côtes du Rhône)。「CDRワイン」と呼んで茶化している人たちがいました。

チーズになったら、私のまわりにいる人たちの間で「ブルゴーニュワインでなければ」という声があがり、Mちゃんが生まれた年のミレジムを持つ赤ワインの中から、まずモレ・サンドニが出てきました。



コルクを抜いた人が、「この色だったら飲めないよ~!」と断言する。ブルゴーニュワインの古酒はオレンジがかった色になるのですが、極端すぎるオレンジ色だったのです。

でも、コルクの匂いを嗅いでから試飲した人が「大丈夫」と言う。それで、周辺にいた人たちのグラスに注ぎわけられました。



う~ん、21年たったワインは、飲みごろは過ぎていると感じましたが、飲める...。飲めます、という以上の感動は全くありませんでしたけど...。


20年前ですから、まだ伝統的にワインを作っていた時代。何でもないワインでも、10年くらいたつととても美味しくなるのを昔は経験していました。長期保存できる醸造法をしていたのですよね。

早く飲めるワインにするのが主流になった今では、よほどワインを上手に選ばないと、20年後などには飲めない状態になるでしょうね。

保存環境も良かったでしょうね。パパが古酒を保存していたのは、築200年以上の石造りの家にある、ブルゴーニュ独特の地階にあるワインセラー。この家は、昔は駅馬車の宿になっていたくらいですから、ワインセラーも立派でした。

収入が少ないお家なので、ワインコレクションは実に憐れでしたが、セラーの部分的な写真をブログに入れていました:
これは何でしょう?クイズ: ワインセラーにあったもの 2006/08/07


二十歳の誕生パーティーの目的は、何だったのかな?...

メイン料理も終わったころ、ふと気がつきました。パパは、Mちゃんが20歳になったときに「このワインは、君が生まれた年に作られたんだよ」と言いたくて保存していたのではないの?

遠くの席で若者たちと一緒にいたMちゃんは、自分の生まれた年のワインを飲むのを楽しんでいたのだろうか? 若者たちがワインを楽しんで歓声をあげてはいなかったのです。パパが席をたって、Mちゃんにワインをお給仕するという姿もありませんでした。

結局のところ、パパが娘の生まれた年のワインをセラーに寝かせておいたのは、パパが自分の友人たちと味わうのを楽しみにしていただけなのか、と思ってしまいました。

でも、大きなボトルを出してきたときには、Mちゃんはボトルと一緒に写真撮影をするフラッシュを浴びていたので、それで嬉しかったかもしれない。

私は親が誕生パーティーを開いてくれたのは10歳のときだけでしたから、羨ましく思いました。元旦が誕生日なので、そんな日に友達を呼んで誕生日を祝うのは不自然な雰囲気を感じたので、またやって欲しいとは思いませんでした。クリスマスケーキの売れ残りか何かを出していたのではないかな?...


ブログのタイトルから、20年前のワインはどうなのかという報告を期待して読み進めてくださった方には申し訳ありません! 私にとってのワインは、おいしいか、まずいか、なんでもないかの3種類しかないのです。味がどうだったか、などと書く技量は持っておりません...。


ところで、シャンパンでは大きなボトルによく出会うのですが、ワインではマグナム程度までなので、この時に出された大きなボトルには希少価値がありました。

それで、出されたボトルの名前は何だったのかを調べてみました:
ワインボトルの大きさによる名称 2015/09/11



 【楽天市場】人気の銘醸ワインが勢揃い!ブルゴーニュ特集

ブログ内リンク:
★ 目次: ワインなどアルコール飲料に関するテーマ

【マデリゼしたワイン、古酒について】
とっておきのワインを捨てるときは断腸の思い! 2006/07/07
何事もスローモーションの友人夫婦 2010/10/12
大金持ちが修復した城を見学 2013/09/18
熟成したワインを味わえる魔法の鍵: クレ・デュ・ヴァン  2006/02/14


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