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2016/07/31
先日ドライブしていたら、こんな名前の道路がありました。



ロベスピエール通り。この名前の道路は少ないらしいので記念撮影しておきました。


パリには、「ロベスピエール通り」も「ロベスピエール広場」もない

町や村にある主要道路には、歴史上に名を残した人の名前が付いていることが多いように感じます。ところが、世界中に知れ渡っているロベスピエールの名前が付いた通りや広場は、首都パリに1つもないのだそうです。

それで、パリのどこかに「ロベスピエール通り」を作って、フランス革命をたたどる観光コースをつくろうと働きかけている政治家たちがいるそうです。時々話しがもちあがるらしいのですが、先月、また「ロベスピエール通り」作らないことに決めたというニュースが流れていました。

そのニュースを聞いてからすぐ後に、ブルゴーニュの小さな村にロベスピエール通りがあったので目にとまったのでした。首都パリにはないというだけで、地方には何カ所かあるようです。

パリで地下鉄に乗ったとき「Robespierre」という名前の駅があったのを思い出しました。調べてみたら、ここはパリ市に隣接するMontreuil(モントルイユ)市にある駅なのでした。1936年、共産党の市長だった時期に命名されたのだそう。


マクシミリアン・ロベスピエール(Maximilien de Robespierre 1758~1794年)は、フランス革命期に恐怖政治を行った中心人物です。

テロが多発している最近のフランス。テロリズムの語源と言われるTerreur(恐怖政治)の中心人物を今さら通りの名前にはしない方が無難だと思うのですけどね...。「ロベスピエール通り」を作ろうと働きかけているのは左派の政治家たちのようです。

冷血な顔だちをイメージしていたのですが、画像を探したら、穏やかな笑顔を浮かべているものさえあったのでした(左)。もっとも、さも意地悪そうなお顔のもありました(右)。


Portrait de Maximilien de Robespierre,
peint par Adélaïde Labille-Guiard en 1791

画家に肖像画を描かせるなら、私だって実際より良い風貌にしてくれるように頼みます。

政治家は好感が持てるようなイメージ写真を使うし、逆に、犯罪者の写真をニュースで使うときには、いかにも犯罪者らしい写真を選んで使うのだそう。


フランスのスローガン: Liberté, Égalité, Fraternité

フランス政府のロゴにも書かれているし、役場の正面などにもよく刻まれている文字です。

Le logotype du gouvernement français, adopté en 1999.

このスローガンを初めに使ったのはロベスピエールなのだそうです。となれば、「Rue Robespierre(ロベスピエール通り)」が首都パリに1つくらいあっても不思議はないではない気がしてきます。

「Liberté, Égalité, Fraternité」は、日本語では「自由、平等、友愛」あるいは「自由、平等、博愛」と訳すのが普通のようです。

立派に見えるフランスのスローガンですけれど、フランス革命期の標語なのですから、世界平和や人類愛を求めて作られたとは思えません。先日の日記「田舎の革命記念日」にも、革命期の歌を使っているフランス国歌には人種差別と受け取れるような文句が入っていることを書きましたが、このスローガンも同じ発想だろうと思います。

「fraternité」は日本では「友愛」ないし「博愛」と訳されているのですが、フランス革命でのスローガンの意味を組むなら「同胞愛」ではないでしょうか? つまり、革命派が権利を勝ち取り、邪魔者は消すためのスローガンだったはずなのです。

実際、恐怖政治でのスローガンでは続きがあって、「あるいは... 死」と最後に付いています。

Liberte egalite fraternite ou la Mort
« Liberté, Égalité, Fraternité ou la Mort ». Exemple de devise sous la Terreur.


フランスの住所となっている道路や広場の名前

フランスの住所は、通りや広場の何番地かという形式になっています。道路には通りや広場の名前を書いたプレートが付いているおり、通りのどちら側かによって番地は奇数と偶数によって分かれています。ですので、行きたい場所を探すには便利。

もっとも、広場から道路が放射線状に道路が延びているところでは、道路を間違えたことに気づいて正しい道路に行こうとすると、非常に遠いところまで行ってしまっていた、ということにもなりうるのですが。

歴史上に名を残した道路名が多いと感じていたのですが、どんな名前を付けるかには歴史がありました。

中世のフランスでは、通りや広場の名前は目印になるものを名前に入れていました。「教会広場」、「朝市広場」、「肉屋通り」など。

ようやく1600年になってから、シュリー公爵マクシミリアン・ド・ベチューヌMaximilien de Béthune / duc de Sully)の考えによって、場所とは関係ない名前の住所も登場するようになったのだそう。

フランス革命期には、旧体制を現しているような町の名前を変えたりしましたが、道路や広場も「平等通り」、「国家広場」などという名前にしたりしています。第一帝政期になると、「教会通り」とか、聖人の名前を付けた道路名に戻す。

普仏戦争があった19世紀末には、アルザスとロレーヌ地方がドイツに占領されたことに抵抗する市町村が、アルザス、メス、アルザス=ロレーヌなどという名前を道路に付けた。

20世紀になると、主に男性の有名人の名前、地方や国の名前、動植物など自然にちなんだ名前を付けるのが流行る。

現在のところ、住所名で最も多いのは、Rue de l'Église(教会通り)で、7,965カ所。次にPlace de l'Église(教会広場)、Grande Rue(大通り)、Rue du Moulin(水車/風車通り)、Place de la Mairie(役場広場)と並んでいました。

つまらない名前ばかりですね。

教会や役場を示しているのは、小さな町村などでは中心地にあることが多いので、地名で出して来ているのは便利。でも、どこにでもあるように感じる「Grande Rue(大きな道)」というのは、余りにも工夫がないので見かけると笑いたくなってしまう...。



これはWikipediaに入っていた画像ですが、下に昔の名前らしい「憲法典通り」とあります。フランス革命期に付けられた名前を「大通り」に変えたのでしょうね。


フランスの広場や道路名で、誰の名前が最も使われているのか?

フランス全土にロベスピエール通りが幾つあるのか調べても出てこなかったのですが、住所に人名が付いている場合のランキングがありました(200位までのランキング・グラフはこちら)。

※ 統計の対象としているのは、通り(rue)、広場(place)、大通り(boulevard)、路地(venelle)。

全体として言えるのは、ド・ゴール将軍がだんとつで第1位であること。フランス全土に、彼の名前を付けた通りや広場は3,903カ所。ただし、そのうち1.056は広場の名前なので、道路名としてはパスツールが第1位。

トップ6に入っていた人物名を並べてみます。




シャルル・ド・ゴールCharles de Gaulle
1890~1970年

政治家。第18代大統領
第二次世界大戦でのレジスタンス活動家、フランス解放に寄与した。

※ ちなみに、パリの国際空港の名前にもなっています。
3,903カ所
Portrait de 1942.



ルイ・パスツールLouis Pasteur
1822~95年

生化学者、細菌学者
ワクチンの予防接種を開発した。
3,354カ所
Louis Pasteur



ヴィクトール・ユーゴーVictor Hugo
1802~85年

詩人、小説家、政治家

※ 日本では『レ・ミゼラブル』の著者として知られていますが、ベートーベンは『エリーゼのために』を作曲した音楽家というのと同じかもしれない。フランス人にとっては偉大な人物のようです。
2,555カ所



ジャン・ジョレスJean Jaurès
1859~1914年

政治家、社会主義者
第一次世界大戦に反対するが、狂信的な国家主義者に暗殺された。
2,370カ所
Jean Jaurès



ジャン・ムーランJean Moulin
1899~1943年

政治家
第二次世界大戦中のレジスタンス運動の指導者。
2,215カ所



レオン・ガンベタLéon Gambetta
1838~82年

政治家
共和主義の立場から第二帝政政府を激しく攻撃して異彩を放った。第三共和制では政治的なキーパーソンとなる。
1,501カ所
Léon Gambetta



第4位から6位までの人物は、余りにもあちこちの町で道路の名前として見かけるので、誰なのだ? と思いながら覚えた名前でした。

トップ200の中で、13のカテゴリーに分けていましたが、最も数が多い人物は文学者(70人)、2番目は政治家(38人)、3番目は科学者(22人)、4番目は音楽家(16人)、5番目は軍人・戦争関係(14人)。画家は6番目でした(13人)。

音楽家としては、第1位はシンガーソングライターのジョルジュ・ブラッサンス(Georges Brassens)で、全国に919カ所ある。フランスが世界に誇る作曲家のベルリオーズ、ドビッシー、ラヴェルを凌いでいました。

画家のトップはセザンヌで、676カ所。第2位はルノワール。

セザンヌの名前をかかげているのは、やはりプロヴァンス地方。有名人の故郷では好んで地域からの出身者の名前を付けるので、地方によって命名の傾向が現れています。

日本で人物の名前を付けた住所や道路名は殆どないような気がするのですが、どうなのでしょう? 昔からの藩主の名前ではないという例としては、豊田市くらいしか私には思い浮かびません。

ブログ内リンク:
★ 目次: 戦争、革命、テロ、デモ

外部リンク:
☆ フランス観光開発機構: フランスの住所表記
☆ Wikipedia: マクシミリアン・ロベスピエール
☆ 世界史講義録: フランス革命4: ジャコバン派独裁
Une rue Robespierre à Paris ? Simple prétexte à un débat idéologique au coeur de la gauche  20-06-2016
☆ 語源由来辞典: テロ
☆ Wikipedia: 自由、平等、友愛 » Liberté, Égalité, Fraternité
Ça veut dire quoi Liberté, Egalité, Fraternité ? 
☆ フランス政府: Liberté, Egalité, Fraternité
Ces 20personnalités sont les stars des rues françaises
Quelle personnalité a le plus de rues à son nom dans votre département
☆ Wikipédia: Odonymie en France


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2016/07/27
前回の日記「道端にある十字架を探す」の続きです。

ブルゴーニュ地方に残る十字架を探しているのですが、私が最も気に入ったのは橋のたもとにあった十字架でした。



石を積んでつくった古い橋。欄干もなくて細いので危なっかしいのですが、渡れました。すぐ近くに近代的な大きな橋が出来ています。

「ローマ人の橋」と呼ばれるのですが、そんなに古い時代に作られたわけではないそうです。せいぜい16世紀か18世紀の建築と見られています。

十字架の彫刻はかなり良い保存状態でした。



こういう風に彫刻がある十字架は2面のつくりになっていることが多いです。

磔にされているキリスト、そして反対側には聖母マリア。




右手にブドウの房を持っている

冠を被った聖母マリアが美しいと思いました。



右手に持っているのはブドウの房だと言われています。

ブルゴーニュ地方では、ブドウやエスカルゴのモチーフが教会の彫刻に施されているのはよく見かけます。

従って、聖母マリアがブドウを持っているというのもあるわけです。ブルゴーニュはワインの産地なので、そうするのが好きなのだろうと思っていました。

下は、ブルゴーニュワイン・ビジネスの中心地であるボーヌの市章です。

Blason de Beaune


ボーヌ市には第二次世界大戦期にドイツの占領下にあった町を開放した人々をたたえる聖母マリアの大きな銅像があります。


Une messe à la Montagne de Beaune avec la Vierge Marie

第二次世界大戦で国土の半分がドイツに占領されたフランス。解放されたことを聖母マリアに感謝する銅像を立てたところが数カ所はあり、「Vierge de la Libération(国土解放の聖母マリア)」と呼ばれています。

Wikipediaに入っている画像を見たら、こういう銅像の聖母マリアにブドウを持たせるということではなかったようです。ボーヌの記念碑が立派なブドウの枝を持っているというのは、ここがワインの産地だったからではないでしょうか?


下は、同じくブルゴーニュ地方のコート・ドール県にあるオーソンヌ町のノートルダム教会(Église Notre-Dame)にある美しい聖母マリア像。15世紀の作品で、右手にブドウの房を持っています。

 

ブドウを持った聖母マリアは「Vierge au raisin」と呼ばれていました。それが分かれば画像検索できます


La Vierge aux raisins, Pierre Mignard (パリ ルーブル美術館)


気にしたことがなかったのですが、聖母マリアの親子の図にブドウが登場している場面はかなりあるのですね。イエスがブドウを持っている場合もありました。

ブルゴーニュでは、ブドウを持っていない聖母マリアの銅像に、ブドウ収穫の時期には本物のブドウを持たせてしまう風習がある村もあります。これはブログで書いていました。


9月はブドウ収穫の月! 2006/09/09

でも、聖母子像にブドウがあるのは、ワインの地だからというわけでもないようなのでした。ブドウは生命と復活のシンボル、聖体のシンボルという説明がありました。考えてみれば、ミサでは司祭さんがワインを飲むし、ワインとキリスト教は切っても切れない関係にあるわけなのですね。

日本語情報では、ブドウは受難の象徴とありました。そう書いてあっただけなので、なぜなのかは分からなかった...。


左手には棒を持っている?

仲間たちと十字架を探したわけですが、私は写真撮影とその整理などの役割。十字架の歴史を調べたりするのは別の人たちがするのですが、見ていると気になってしまう。

聖母マリアは幼子を抱いている場合が多いのに、橋のたもとにあった十字架の女性像は赤ちゃんを抱いていないのです。これは聖母マリアなのだろうか?

左手には棒のようなものを持っているように見えます。



逆の側から撮影した写真でも、長い年月がたつうちに赤ちゃんの部分がなくなってしまったようには見えません。指の形も棒を持つ感じです。



としたら、持っている棒のようなものは何なのでしょう?


棒を持っている女性の聖人の画像を探したら、マグダラのマリアの像も出てきました。

左に入れるのは、先ほどのオーソンヌ町のノートルダム教会にある彫像で、マグダラのマリアであろうと書いてありました。右に同じ構図のマグダラのマリアのイコンを並べてみます。


Notre-Dame d'Auxonne
Maria Magdalene icon


両方とも壺を持っていますが、この壺がポイントで、イエスの遺体に塗るために香油を持って墓を訪れたという聖書の記述に由来しているのだそう。


聖母マリアが持つ王杖

マリア像の画像検索してみると、棒を持っているものもかなり出てきたのでした。この棒には何か意味があって、名前もあるのではないか?

ようやく、この棒のようなものが何であるかを説明しているサイトにぶつかりました。マリア像から無くなって右手だけになっていたところに棒を再び持たせる修復をした教会のページです。


Un sceptre pour Notre Dame

これはフランス語では「sceptre(王杖)」と呼ぶのでした。

もともとは、羊飼いが羊たちに対して権力を見せるために持っていた棒。時代を経て、国王の権力のシンボルとなった。そしてマリアもイエスの母親として女王という意味で持たせるアトリビュートとされる。

ところで、マリアが持つ王杖の先には、ユリの花、フランス王家のシンボルとなっている百合の花(Fleur de lys)、アヤメの実などの形が付いているものもありました。

アヤメの実というのが不思議なのですが、こういう形です。
Vierge.cathedrale.Paris


ユリの花とアヤメの花というのが気になったのは、以前にブログで書いたりもしているほど気になっていたからです。


フランス王家の紋章はユリの花 2012/06/11

ともかく、アヤメの花が付いた王杖を持ったマリアの杖の持ち方は、橋のたもとの彫刻と同じ。つまり、下から支えているだけなのです。

マリアが持つ杖がフランスでは王位を示す杖なのに、日本語では「錫杖(しゃくじょう)」と呼んでいるようです。仏像の持ち物に似ているからでしょう。

棒を持ったマリアの画像を探していたら、埼玉県幸手市にあるマリア地蔵が出てきました。隠れキリシタンの信仰の対象だったとみられているとのこと。なんだか不思議なお地蔵さん。


それに、みんな赤ちゃんを抱いているのに、あの橋のたもとの十字架ではなぜ赤ちゃんがいなかったのか気になる...。でも、十字架の裏面にあったのだから、やはり聖母マリア像だと思うことにします。

ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
赤ちゃんは、どちら側に抱くのが自然? 2010/06/24

外部リンク:
Vierge à la grappe
☆ Wikipédia: Sceptre
☆ Wikisource: Dictionnaire raisonné de l’architecture française du XIe au XVIe siècle-Vierge (sainte)
Iconographie de la Vierge
Représentation artistique de la Vierge Marie
☆ Wikipedia: マリア像


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2016/07/24
宗教建築物の小さな郷土遺産を探すという計画があって、友人たちと道端などにある十字架をリストアップすることになりました。広い範囲でするときりがないので、テーマを持たせた道筋の100キロくらいの距離に限定。

カルヴェールとクロワ

北仏のブルターニュ地方には、calvaire(カルヴェール)と呼ばれる、驚くほど見事な十字架があります。キリストの十字架像を中心とした群像。主に教会の敷地にあるのですが、どうしてこんなに立派なものを作ったのかと思ってしまう。

ブルターニュ地方にある立派なカルヴェールの中で、最も古い建築だと言われるのは、こちら ↓


Calvaire et chapelle de Tronoën (Finistère)

チャペルと呼ばれる小さな教会に、立派なカルヴェールが付属しています。建築されたのは15世紀半ばとのこと。ブルターニュ地方は花崗岩の石材で雨風にも負けずに残るので屋外建築物を造るのに適しているのでしょうが、この地方のケルト文化が影響しているのかもしれません。

我がブルゴーニュ地方には、こんなに立派なカルヴェールはありません。道端や墓地などに普通にあるのは、croix(クロワ)と呼ばれる十字架です。

でも、探してみたら、素朴だけれど美しいものもあったのでした。


4本の菩提樹に囲まれた十字架

パリからやって来る友人たちのためにピクニックの昼食を用意して、私たち先発隊はピクニックの場所を探しました。

ここしかないと決めたのは、十字架が立っている木陰にあったピクニック用のテーブルとイスがある場所。



十字架そのものはシンプルで美しいわけではないのですが、菩提樹に4方を囲まれているのが気に入りました。昔に十字架を立てるときには、こうやって木で囲ったそうなのですが、今では4本とも残っているのは少ないのです。

教会はエルサレムの方向、つまり東側に祭壇を設置するという原則があります。十字架も何か決まりがあるのかと思って、方向を調べてみました。でも、この日いくつもの十字架で測定したところ、方向の法則などはないように思いました。



この写真で見えるでしょう? 十字架の台座がずれてしまっているのです。日本だったら地震かと思うところですが、ここでそういうことがあったはずはないのですよね...。

それにしても危なっかしい。こんな石材が倒れたら危険ではないですか?


修道院の十字架

見事な彫刻だと思ったのは、やはり立派な修道院の中に立っていた十字架でした。



12世紀初頭に建てられた修道院の入り口の広場にあります。この十字架が巡礼者を迎えていたのでしょうか。

でも、痛みが激しくて彫刻が良く見えない...。キリストは片足を失ってしまっています。よくあるタイプで、この十字架も裏側にはマリア像が彫られていましたが、これもよく見えない。

世界遺産に登録されている修道院なのだから修復して欲しいな...。そうしたら、さぞかし美しい姿が現れるだろうと思うのですけれど。


棺を置く台がある十字架

墓地の中にあった十字架です。



たまに見かけるのですが、墓地に埋める前に棺を置く台があります。ベンチではありません!

tables des morts(死者のテーブル)、pierre des mort(死者の石)などと呼ばれます。十字架なしに大きな石が地面に置いていたり、教会の壁の横にベンチのようなものがあったら、それが棺を置く台だとは分からないですね。

こういう台を使う風習は19世紀に消えたのだそう。

十字架の前に新しそうな石碑があるのが気になったのですが、書かれている文字を読むと、この教会の司祭さんの墓碑でした。こんな良い場所に建てられたということは、村人たちから好かれていた司祭さんなのだろうと思いました。


牧場に立っていた十字架

十字架は道の交差点などに立っていることが多いのですが、どうしてここに? というのもありました。誰も通りかかりそうもない牧場の前。



しかも、彫刻が見事です。このくらいになるとカルヴェールと呼ぶ人もいました。16世紀の建造物なのだそう。



キリストの両脇に聖人の像があります。始めはキリストの像だけあって、後でどこかにあった2つの彫像を添えたのではないかなという気もしました。台座のようなものが見えるので。

キリストの上には「INRI」の文字が刻まれていました。

Iesus Nazarenus Rex Iudaeorumの略で、「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」という意味。

イエスが十字架に架けられた時、ヘブライ語、ギリシア語、ラテン語での三つで罪状書きが併記されていた。このうちラテン語表記が「Iesvs Nazarenvs Rex Ieudaeorvm」で、その頭文字を示したものが「INRI」。


個人が立てた十字架



こちらは19世紀後半という新しい十字架。

台座のところに亡くなった女性の名前があり、彼女にために祈って欲しいと書いてありました。つまり、墓地にあるような十字架。ここに持ってきたのか、家の前に建てたかったのか?...


井戸の十字架

十字架は道端や墓地で見かけることが多いのですが、これは面白い場所に立っていました。



後ろの建物は井戸なのです。村の大切な井戸。それで感謝の意味で、あるいは水が途絶えないようにという祈りから十字架を立てたのかな?...


大きな手のマリア様

こちらは村の中心にある泉のところにあった十字架。



6体の彫刻があります。キリストと聖母マリアは分かる。1人はSainte Anne(マリアの母のアンナ)なのだそう。

石が侵食されていないので、そんなに古くはないのでしょうね。でも、幼子キリストを抱いたマリア様をよく見ると...



手が大きすぎるではないですか?!


この日眺めた十字架の中で、最も気に入ったのは古い橋のたもとにあった十字架でした。マリア様が素晴らしい。それについては、次回に写真をお見せします。

続き:
古い橋のたもとにあった十字架の彫刻

ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化

外部リンク:
☆ Wikipédia: Calvaire (édifice)
カルヴェール ブルターニュ地方の石造美術


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2016/07/16
先日、生産者直売価格で買うためにチーズ工房に行ったら、ブティックで売っている地元ブルゴーニュのワインの中に目を引かれたラベルがありました。


Montre Cul(モントル・キュ)という名のブルゴーニュワイン



どうしてこんな名前になっているのかを調べるために写真をとったのですが、ピントが合っていない!

日本でも売っていたので、画像をお借りします。



先日書いた「食前酒キール誕生の歴史」で、キール市長が「cul」という下品な言葉を使っていたことを書いたすぐ後だったので面白いと思ったのです。

フランス語でculとは、俗語で「お尻」のこと。「ケツ」と訳した方がぴったりすると思います。外国人女性がそう言ったら飛び上がられてしまう可能性があるので、教科書にあるようにfessesと言うべきでしょうけれど、発するのは避ける言葉だと思っています。

このワインには、それに「montrer(見せる)」の二人称命令形か三人称の形と思える単語が付いています。さらに、それが何であるかを見せる絵まで付いている!

飛んでもない名前のワインではないですか?
なぜこんな名前になっているのか調べてみました。

ディジョン市の西部にあるワイン生産地なのだそう。標高257~307メートルの土地で、勾配は13%ある。そういう傾斜地のブドウ畑で働く女性はこの絵のようになってしまう、ということなのでした。

この地域のリュー・ディ(区画の通称)がMontreculなのだそう。

AOC/AOPブルゴーニュとして販売できる地域になっており、それに付けることができる名称は、Montrecul、Montre-cul、Montre cul、en Montre-culがあるようです。

どんな場所なのか、写真を眺めました。この程度の勾配なら、他にもいくらでもありそうに見えるのですけど...。

https://climatsdebourgogne.wordpress.com/2015/05/28/montrecul/
Montrecul – Les Climats de Bourgogne en images


全部で16ヘクタールと狭い地域とのこと。今では赤ワインになるプノ・ノワール種のブドウしか栽培されていないようですが、昔は白ワインも生産していて、ムルソーに匹敵するくらい優れていると言われていたのだそう。

ムルソーはブルゴーニュ白ワインの中でトップクラスなのです。それなのに、この地域で白ワインになるブドウ品種を栽培するのを止めてしまったのかは分かりませんでした。


お尻を見せるという名前の銘柄でワインを作っているドメーヌは他にもあるので、どんなデザインのラベルにしているのか調べてみました。

「モントル キュ」を楽天市場で検索


下のは同じ発想のものですね ↓


それではハシタナイというわけでしょうか? ニワトリの絵にしているのもありました ↓




他にも変な名前のブルゴーニュワインはある

飛んでもないと思うのは、
シャブリの一級ランクにある「L’Homme mortロム・モール)」 。

そのまま読めば、死んだ人間。ボトルに手を伸ばすにも抵抗があるではないですか?!

こちらもブドウ畑の区画がある地域の通称から付いた名前でした。この地域にはガロ・ローマ時代の遺跡があって、骸骨が入ったメロヴィング朝の石棺が幾つか発掘したので場所の名前になったのだそう。

地域の名前が先にできていて、それではワインは売れないから別の地域名にしようということにはならなかったのでしょうね。


もう1つ、あれ? と思ったブルゴーニュワインは、ボーヌの「Clos des Mouchesクロ・デ・ムーシュ)」。


mouches(ムーシュ)と言われれば、蠅のことだと思ってしまいます。clos(クロ)というのは、塀で囲まれたブドウ畑。つまり、ハエがたかったブドウ畑ということ?!

ところが、昔はミツバチのことを「蜜にたかるハエ(ムーシュ)」という言い方をしていたようなのです。ですから、これは「蜜蜂の畑」と読み取るべきなのでした。

この2つのワインについては、すでにブログで書いていました:
ブルゴーニュならでは? 面白い自転車を発見♪ 2014/09/01


もっと変なことがラベルに書いてあるワインもある

モントル・キュの言われを調べていたら、もっと飛んでもない文字や絵が描かれているラベルのワインがあることを知りました。余り度がすぎると、ラベルで勝負している質の悪いワインに見えてしまいませんか?

そういうワインのラベルを紹介している情報がありました。


Top 20 des étiquettes de vin les plus marrantes, l’humour millesimé

Les dix vins les plus méchants de France

フランスのワインを並べているようなのですが、こんな名前でワインを市場に出すとは信じられないようなのも入っています。

... と思ったら、大ヒットもあった。


究極の命名は「Vin de Merde」?

ワインがひどく不味いとき、「こんなのはvin de merdeだ!」と怒ったりするときにも使われる言葉。それがワインの名前になっていました。

Merdeとは糞のこと。とても下品な言葉なのですが、フランス人は悔しがるときに、女性でも「くそ~!」と平気で言います。試験を受けに行く人などに「グッド・ラック」と言葉をかけてあげるときにも、縁起担ぎらしくて「メルド」と相手に言ってあげたりもします。発音するのは止めて、Mだけ言ったりもしますが。

不味いという定評があるラングドックのワインは、安く売っているのですが、外国には安いワインがあるので競争に勝てない。売りさばくのにも苦労していると聞きます。それなら、逆手にして「Le Vin de Merde」と命名してしまうという発想だったのだそうです。アイディアを思いついたのはレストラン経営者でした。

飛んでもない命名なのでニュースで騒がれ、売り出したときに用意していたボトル5,000本は数日で無くなり、追加で7,500本作ったとのこと。一時的な流行ではなくて、今でも市場に出ています。

飲んでみると、そう悪いワインではないということでも人気があるらしい。


Le "Vin de Merde" du Languedoc

実は、最近、このワインの産地に近いところに行っていた友達が帰ってきて、Le Vin de Merdeをお土産に買ってプレゼントにしようと思ったのに店では品切れだった、と言われたのです。フランス人はジョークが好きなので、こんなワインを面白がって買う人も多いのだろうと思います。

プレゼントをもらった人が包装をといて取り出すと、ラベルに「Le vin de Merde」と書いてある。もらった人は「Merde !(なんてこった!)」と叫ぶ、という筋書きかな?...



ブログ内リンク:
★ 目次: 珍しいアルコール飲料
★ 目次: フランスのワイン産地、アペラシオン、セパージュ
★ 目次: ワインなどアルコール飲料に関するテーマ

外部リンク:
Dijon a aussi son vin !
☆ Les Climats de Bourgogne en images: Montre-Cul
☆ Wikipédia: Bourgogne montrecul
Etiquettes de vin un peu osées : la Société des Alcools du Québec préfère l’éthique à la quéquette
☆ BIVB: Bourgogne Montrecul ブルゴーニュ・モントルキュル
Vin et cul : une réalité à regarder en face
Un vin de merde qui a du succès !


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フランスのお酒 (ワインなど)



2016/07/15
7月14日はフランスの革命記念日で祭日です。私がいる村では、その前夜にイベントをするというので誘われました。食事会があって、その後に花火大会があるという段取り。

ここのところ、イベントに入ったり、友人たちが家に来て食事したり、友人たちの家での食事会に招待されたりと、連日何かしらあったので、あまり行きたくはなかったのですした。

こういう食事会に気が向かないというのは、どうせつまらないものしか食べられないし、つきもののダンスパーティーの音楽がガンガンなって耐え難いこと。

午後には大雨が降ったので、花火大会は中止になるのではないかと思いました。それに、さむ~い!

友人たちと家で食前酒を飲んでいて、疲れてきた。私は「行かない」と宣言したのだけれど、やはり行くことにしました。

村の有志たちが用意した今年の食事は、そう悪くはなかった。ともかく、飲み物代を除いて一人8ユーロなので文句はなし。花火装置は雨でも大丈夫なようにしていたので、花火大会はするとのこと。


◆ 小さな村の花火大会

夜10時を回って暗くなってきたら、花火大会が始まるというお知らせが聞こえてきました。

毎年の慣例で、子どもたちは役場でlampion(紙ちょうちん)をもらいます。伝統的なことらしいのですが、どこの村でもやることではないのだそう。

いつも、この提灯をもらいたいな、と思っていたのです。

役場の前を通りかかると、提灯を配っているのは村会議員になっている親しい友達。じゃあ、子どもたちと一緒に並んでしまったら、もらえるのではないか?

順番がきたら、あっさりくれるかと思ったら、もったいぶって「特別に」なんて言われましたが、もらっちゃった♪ 友達に携帯電話で記念撮影をしてもらいました。



こんなバカなことをするのは、今年が初めてで最後だろうな、と思うと、何となく感傷的な気分になりました。

おふざけで大人のくせに提灯をもらったけど、そばにいる子どもにあげると友人たちは思っていたようです。でも、もらっちゃったのだから、あげません。役場の中を覗いたら、提灯は有り余っているほど置いてあったし。

もらったのは正解♪ 今年は花火大会の場所が変わって、村外れまで15分くらい歩く川のほとりになっていたのです。舗装もしていない道に入ると街灯なんかない! これがなかったら、歩きにくかったですよ~! 提灯の火が消えたら帰りはどうするのかと思いましたが、中には細い蝋燭が立っていて、ずっと燃えていました。


フランスの花火は、日本に比べると質素なものです。友人たちに、日本の花火大会では何万発あげるとか言うのだと自慢。でも、フランスでは打ち上げる花火の数なんかは言わないので、ピンとこない様子。でも、凄いのだろうなというのは分かるらしい。

フランスは安全基準が厳しくて、打ち上げられる花火はかなり制限されているので、それもあって中国や日本に比べると哀れだというのは分かっているようでした。

小さな村がする花火大会なんて、あっという間に終わります。打ち上げが始まって、華々しいのがあがると、これがフィナーレーかな... なんて、周りから聞こえてくるので面白い。

最後に華々しくあげる花火を「bouquet final(最後の花束)」と呼ぶのですが、日本では何と言うのでしょうか?

今年のは、かなり華やかな花火でした。夜空に高く打ちあがっている花火もたくさんありました。何しろ、見ている人は百人くらいという程度なのですから、それから考えたら豪華。

やはり花火は好き。どんなに小規模でも感激します。

帰り道、住民一人どのくらいの予算を村役場は使っているのだろうと聞いてみたら、計算してくれた人がいて、一人40ユーロかなと言っていました。一人5,000円? すごいな...。

周辺にある50~250人の人口しかない小さな村が共同で花火大会をしたら、もっと大規模なのができるはずなのですが、やらないのですよね...。市町村合併なんて、もってのほか?


フランス国歌が飛び出した

今年は、扇型の花火が三色旗になっていました。その時、フランス国歌を歌いだした子どもたちがいたので驚きました。

前大統領が、学校で国歌を教えるということにしたのですが、本当に教えることになっていたのだろうか? 教師が実施するかどうかは決められるし、フランス国歌は残酷性もあるので、反対する教師は多かったと聞いていたのだけれど。

でも、少し前にあったサッカーの欧州選手権はフランスが開催地になっていて、意外にもフランスは準決勝まで進んで盛り上がっていたので、その影響なのだろうと思いました。

それにしても、フランス革命の時にできたフランス国歌「ラ・マルセイエーズ(La Marseillaise)」の歌詞は、敵を殺すという飛んでもない内容なのです。私も子どものときには、国歌の意味は分からなくて歌っていたので、フランスの子どもたちも、ただ勇ましい歌というだけで歌っているのだろうと思いますけど。

フランス国歌の歌詞を変えようという運動もあるのですが、いまだに残っています。

特に、人種差別だという非難があって議論になっているのは、このフレーズです:

Qu’un sang impur abreuve nos sillons
不純な血が私たちの畑の畝溝を潤しますように

まず、「不純な血」あるいは「不浄の血」を持った人とは誰なのか?

色々な解釈がありますが、普通に聞いたら、フランス人万歳の歌なのですから、異邦人のこと、つまり生粋のフランス人の血を持っていない人だと思ってしまうではないですか? ヨーロッパ系の移民は、同じ白人だからと、それほど気にしないでしょうが、フランスが植民地を持ったことによる因果でたくさんフランスにいるイスラム系やアフリカ系の人たちには嬉しくない表現だと思います。

しかも、その血を流して畑の肥やしにしようということなのか、とも勘ぐってしまうではないですか?



フランス国歌の歌詞は、想像を絶するほど攻撃的内容です。外国から来た国賓を迎えたときに演奏しているのを見ると、笑いたくなってしまうほど。

三色旗の花火があがったときに歌っていたのは男の子たちでした。こういう勇ましい歌が好きなのかも知れない。フランス奥地には肌の色が違うイスラム系やアフリカ系の人なんていませんから、何も考えないで歌っていたのでしょう。

勇気ある大統領がフランスに現れたら、まず国歌を平和的な歌詞にするだろうな、と、子どもたちが歌っているのを聞きながら思いました...。


革命記念日に行われるシャンゼリゼ大通りのパレード

花火大会を見た翌日が革命記念日でした。

テレビをつけたら、シャンゼリゼ大通りで行われる軍事パレードが出てきました。

今年、話題になっていたのはニュージーランドのマオリチーム。


VIDEO. Des guerriers maoris défilent lors du 14-Juillet

日本も2年前にパレードに参加していましたが、今年はなかった? 戦国時代の衣装などで出たら称賛を浴びたと思いますが、単に自衛隊の制服だったので全く話題にはならなかったです。

François Hollandeシャンゼリゼ大通りのパレードの画面でオランド大統領が出てきたら、一緒に見ていた友達が「愚かな国には愚かな指導者がいる」とか言って、大統領は無能だと罵倒の言葉を浴びせている。

「こんな軍事パレードをするような国は、ヨーロッパ大陸ではロシアの他にはフランスしかない」とも言って、プリプリ。

さらに、オランド大統領の頭を見ろと言う。

彼のお抱え理髪師は月に9,895ユーロ(約120万円)という高額報酬をもらっていることを、不正の告発を得意とする新聞カナール・アンシェネ紙から前日に暴露されたところなのだ、と教えてくれました。

理髪師は海外にも同行するし、24時間体制の勤務らしいので、残業手当などがフランスでは高いのでそうなってしまっているのかもしれませんが、変な話し。オランド大統領の報酬は、わが国の安倍首相(191.000ユーロ) より少し低くて、年収179,000ユーロなので、月収にしたら14,917ユーロなのです。


それはともかく、革命記念日の軍事パレードは長年続いている年中行事だから止められないのでしょうけど、確かにこれも、おかしなフランスの姿...。

パリ同時多発テロ事件の後、すぐに報復のために空爆をしたオランド大統領。こんな軍事パレードなんかやっていたら、テロの標的にされるぞ... と思ったけれど、厳戒態勢だったでしょうから無事に済んでいました。

テロがあるので、人が集まる場所は危ない。でも、危険はどこにできあるのだから、避けるわけにはいかない。

少し前にパリで行われたサッカー欧州選手権で、スペイン対イタリア戦に行った友人たちがいました。会社が確保したプレミアム席というのに陣取れるというので嬉々としてして出かけた2人。メモしておくと、こういう貸し切り席は一人15,000ユーロもするのだそう。お酒は何でも飲み放題で、ちゃんとした豪華な食事も出るので、サッカーはそっちのけの感じで楽しんだ様子。

危ないのではないの? と思っていたのですが、彼らは何事もなく帰ってきていました。ただし、会場に入る前の検査はすごかったとのこと。


革命記念日の事件

Vue de la promenade des Anglais, lieu de l'attaque.革命記念日の翌朝起きたら、ニースはトラックが暴走して80人だかの死者を出したという話題ばかりになっていました。

ニース市で開かれた革命記念日の花火大会が終わった後に残っていた人たちが犠牲になっていたのでした。

少し前には南仏は乾燥していて危険だからと、革命記念日につきものの花火大会を中止するところが多かったのですが、ニースではやっていたのでした。


オランド大統領は昨年11月のパリ同時多発テロから発令していた非常事態宣言を解除すると聞いた翌日だったわけですが、また延期にしたようです。

でも、トラック暴走は厳戒態勢中に起きたのだし、ニースはお金持ちが多く住んでいるせいでフランスの中では最も警備体制がすごい町だったのですけどね。

テロと言われるけれど、本当にそうなのだろうか? ニースは移民を排斥する極右政党を支持する人が多いことで知られています。そんなところに住んでいたら、イスラム系の人には不満が高まっていて、個人的なうっぷん晴らしもしそうに思うのですけど...。

でも、フランスの国力を誇示する革命記念日というイベントのときだったこと、世界的に知名度が高いニースということを考えると、テロの対象としては条件がそろっていたとは思います。


またフランスで世界を震撼される事件がおきてしまったわけです。「これだけ頻繁に大きなテロがおきているのだから、普通なら内務大臣は辞任すべきなのに居座っている、と怒っている友人がいました。

死ぬ覚悟でいる人がすることほど怖いものはありません。防ぎようがないですよ。「日本人には指一本触れさせません」と言ったって、バングラデシュでは7人の犠牲者が出たし、シリアで拘束されている日本人ジャーナリストがどうなっているのか分からないし。

政治家には、敵を生み出して、外国を兆発をするやり方だけはして欲しくないと思います...。

こういう話題を出した場合、「亡くなった方々のご冥福をお祈りします」と締めくくるべきなのでしょうけれど、そういう白々しいことを私は言えません。言葉なんかでは言い尽くせない問題だと思うので...。

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外部リンク:
花火打上数ランキング
☆ Wikipedia: Attentat du 14 juillet 2016 à Nice
Vendée : pourquoi tant de haine ? Ou du boycott d’une cérémonie mémorielle


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2016/07/12
ここのところ、カシスから作るリキュール「クレーム・ド・カシス」について書いてきたのですが、私がいる家の庭にもカシスが実ってきています。かなり黒い色になってきたので、今日、明日のうちに収穫しなければ...。




クレーム・ド・カシスを作る家もある

ブルゴーニュの食前酒キールを作るにはクレーム・ド・カシスが必要です。でも、アルコール飲料なので大量に消費するとお金がかかる。それで、庭がある田舎ではカシスを植えておいて、自分でリキュール作っているお年寄りもいます。

クレーム・ド・カシスは、蒸留酒にカシスの実を入れて作るのですが、カシスを瓶に入れて日向に置いておくと発酵するのだ、という男性がいました。

それを撮影したのが、下の写真。



美味しいリキュールが出来上がるとも思えなかったのですけど...。この家が作ったリキュールは飲んではみなかったように思うのですけれど、他で飲んだ自家製のクレーム・ド・カシスは、はっきり言って美味しくなかったです。

やはり、メーカーには秘伝があって、それが美味しいかどうか、甘すぎないかなど、色々な違いがあります。

 ☆ クレーム・ド・カシスを楽天市場で検索


ノワール・ド・ブルゴーニュ種のカシス

評判の良いクレーム・ド・カシスを買いに行く」に書いた農家のクレーム・ド・カシスは、カシスの風味が見事に出ていたのですが、それはノワール・ド・ブルゴーニュ種のカシスから作っているからなのだろうと思いました。

*カシス・リキュール(1000ml)
価格:4685円(税込、送料別)



私の庭にあるカシスも、ノワール・ド・ブルゴーニュ種なのです。

それなら、一度くらいは自家製を作って実験してみても良いかなと思って、フランスの情報でレシピを探してみました。カシスはたくさんなるし、自家製でもらった蒸留酒はたくさんあるので、失敗して捨てることになっても惜しげはないし。


クレーム・ド・カシスの作り方

フランス情報を調べたのですが、こちらのレシピが写真入りで分かりやすかったです:

レシピ
☆ cuisine-facile.com: Crème de cassis

材料:
  • カシス 700 g
  • 特徴がでないフルーツから作ったスピリッツ 600 m
  • カシスの葉 2枚(なくても良い)
  • グラニュー糖 500 g
  • 水 300 ml


作り方:
  1. 瓶にカシスの葉とカシスを入れ、オードヴィを入れる(カシスがすっかり浸っていること)。

  2. 蓋をして日陰で3カ月寝かせる(寒いところや冷蔵庫に入れてはいけない)。

  3. 3カ月してアルコール飲料が赤くなってらかし、ザルでカシスを取り除く。実からはエキスが出ているので、実を絞る必要はない。

  4. 鍋に砂糖500グラムと水300 mlを入れ、110℃の強火で約10分間煮る。それを100℃以下になるように5~10分おく。

  5. シロップにカシスの液を静かに加える。それをカシス液を入れていた容器に戻す。またシロップが入っていた鍋に液体を入れる。これを数回繰り返してシロップとカシス液がよく混ざるようにする。

  6. 最後にスプーンでかき混ぜるが、やりすぎると砂糖が固まってしまうので注意する。

  7. 出来上がったクレーム・ド・カシスをボトルに移して保管する。

※ 同じ作り方作った香りの強いフルーツ(フランボワーズ、野イチゴ)は良いクレームになる。
※ イチゴを使うときは、大きさによって2つないし4つに切ってから漬け込む。


レシピ  Crème de cassis de Dijon
  • カシスの葉 6枚
  • カシス 1キロ
  • 90度のアルコール リキュールグラスに1杯
  • 13度のワイン 1リットル(タンニンが多く、こくのあるワイン)
  • グラニュー糖 800グラム

レシピ  Crème de cassis
  • カシス 2キロ
  • 60度のアルコール
  • 砂糖 1キロ
  • 水 50cl


レシピ  La vrai crème de Cassis Maison
  • 完熟のカシス 1.5キロ
  • 赤ワイン ボトル2本
  • 粉砂糖 2キロ


漬け込むカシスですが、そのまま入れる、果皮あ破れないように少しだけ潰して入れる、ジュースにしてから入れる、という方法がありました。種がアルコール飲料と触れると苦くなるので避けるということだけでは共通しているようです。

レシピ は同じサイトに入っていたのですが、Crème de cassis de Dijonの方は「ディジョンの」と付いています。でも、特にブルゴーニュのレシピを紹介しているサイトではないので、ディジョンのクレーム・ド・カシスはワインを使うということになるのかどうかは分かりません。IGクレーム・ド・カシス・ド・ディジョンには製造法の規定があるのですが、ワインを使うとは書いてないし...。


追記:

コメントでご指摘をいただきました。ここではフランスのサイトにあったレシピをご紹介したのですが、日本で自家製のアルコール飲料を作ると、色々と法律があるようですのでお注意ください!

家で酒を作るのは,酒税法違反なので違法。梅酒や甘酒は例外だが,ワインやビールは不可能


クレーム・ド・カシスについて書いた今回の連続記事

 ★ 評判の良いクレーム・ド・カシスを買いに行く 2016/06/21
 ★ 食前酒キール誕生の歴史 2016/07/05
 ★ ディジョンのカシス vs ブルゴーニュのカシス 2016/07/09
 ★ 自家製のクレーム・ド・カシスを作るレシピ 2016/07/12




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★ 目次: レシピ、調理法、テーブルウエアについて書いた記事
★ 目次: ブルゴーニュの古都ディジョンの観光スポットや特産品など
  ⇒ キール、カシス
★ 目次: フランスで食べる郷土料理、地方特産食品、外国料理
★ 目次: 蒸留酒をつくるアランビック見学
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ


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フランスのお酒 (ワインなど)



2016/07/09
前回の日記「食前酒キール誕生の歴史」に書いたように、食前酒のキールを作るために必要なリキュールの「クレーム・ド・カシス」とディジョン市は切っても切れない関係にあります。


◆ 「クレーム・ド・カシス・ド・ディジョンクレーム・ド・カシス・ド・ブルゴーニュ

「クレーム・ド・カシス」という名が付いたリキュールの中でも、「ディジョン(Dijon)」の文字が入った「クレーム・ド・カシス・ド・ディジョン(crème de cassis de Dijon) 」が本物なのだ、と私は思っていました。

例えば、大量生産されている中では一番美味しいと感じるガブリエル ブティエの商品も、その名称で売られています。

ところが、「評判の良いクレーム・ド・カシスを買いに行く」で書いたジョワネさんのクレーム・ド・カシスを買って帰って、さっそくキールを作ったときに気がつきました。

ボトルに「Crème de Cassis de Bourgogne(クレーム・ド・カシス・ド・ブルゴーニュ)」と書いてあるのです。


これは日本で同じものを販売している楽天市場の画像をお借りして入れたのですが、ジャン・バティスト・ジョアネ社のホームページでも同じラベルでした。

あれ、あれ...。「クレーム・ド・カシス・ド・ブルゴーニュ」という名前を見たことがなかったように思ったのですが、調べてみたら... 他にもあるのでした...。


私が買ったジャン・バティスト・ジョアネさんのクレーム・ド・カシスは、カシスの風味が見事にでていて気にいったのですが、ひょっとして邪道のを買ってしまったのだろうか?...

気になったので、「クレーム・ド・カシス・ド・ブルゴーニュ」とは何なのかを調べてみました。


IGとIGP

「カシス・ド・ブルゴーニュ」という名称は、2015年1月に政府が与える食品の品質保証として認定を受けていたのでした。

地理的表示の保証なのですが、それが何であるかで、また混乱させられました。

品質保証の名称に関するフランスの情報では、IG(Indication géographique)を獲得したと書いてあったり、IGP(Indication géographique protégée)を獲得したと書いてあったりするのです。

Logo IGPIGPはEUが1992年に定めた食品品質保証で、AOC/AOP(原産地統制呼称)の次にステータスがあるマーク(右のロゴ)として目にしています。

保護地理的表示。英語ならPGI(Protected Geographical Indication)。

☆ コトバンク: IGP(アイジーピー)


IGP「P(保護された)」が付かない「IG」というのは見たことがありませんでした。

Pがあったり、なかったりって、どういうことなの?...

結局、IGPは農産物やワインにしか与えないマークなので、クレーム・ド・カシスのようなリキュールやスピリッツには「IG」が与えられる、ということのようです。

でもIGはIGPと同じ基準の品質保証なので、IGPと書いていていることがあるようです。

それで1つの問題は解決したことにして、「クレーム・ド・カシス・ド・ブルゴーニュ」と「クレーム・ド・カシス・ド・ディジョン」がどう違うのかを探すことにしました。

ところが、「クレーム・ド・カシス・ド・ディジョン(Crème de Cassis de Dijon」の方も、2013年にIGを獲得していたのでした。

紛らわしすぎるではないですか?!


「クレーム・ド・カシス・ド・ディジョン」として売れるのは4社だけ?

報道を幾つか読んで、裏が見えてきました。ブルゴーニュでクレーム・ド・カシスを作っている業界が2分しているのです。

前回の日記「食前酒キール誕生の歴史」に書いたように、クレーム・ド・カシスを考案したのはLejay-Lagoute社(ルジェ・ラグート社)で、1841年のことでした。

それが大成功したために同じようなリキュールを作る会社が増え、1860年にはコート・ドール県内の29社がカシスでリキュールを作っていたそう。それに伴って、さらに19世紀末にブドウ畑に壊滅的な被害を与えたフィロキセラ禍によって、ブルゴーニュ地方にあったブドウ畑をカシス(くろすぐり)に切り替えるのも盛んになったようです。

カシスの生産者組合の歴史を追ってみます。

1912年、コート・ドール県カシス生産者組合連合 Union des Syndicats de producteurs de cassis de la Côte d'Orが誕生。この組織には、ディジョン市から西に30キロほどの所にあるソンベルノン村(Sombernon)周辺地域から、ワイン産地で言えばコート・ド・ボーヌ地域までの組合が入っていて、その数は約50。

1955年、カシス・ド・ディジョンの業界委員会 Comité Interprofessionnel du Cassis de Dijonが誕生し、県内での果実栽培やクレーム・ド・カシスの普及に努める。

1997年、伝統的にカシスの品種であるカシス・ド・ブルゴーニュ種を守る業界組合 Syndicat Interprofessionnel de Défense du Cassis en Bourgogneが創設される。

カシス・ド・ブルゴーニュ種のカシスにこだわる運動が「クレーム・ド・カシス・ド・ブルオーニュ」という名でリキュールを生産しているようです。


ノワール・ド・ブルゴーニュ種にこだわるのがカシス・ド・ブルゴーニュ

カシスは昔からブルゴーニュ地方で生産されていた歴史があるとして、ジョアネさんたちは抵抗して生産者組合を作っていて、それで「クレーム・ド・カシス・ド・ブルゴーニュ」という名称でIGを獲得したということのようです。もともとはAOC/AOPの獲得を狙っていたようです。

ところで、「カシス・ド・ブルゴーニュ」と「カシス・ド・ディジョン」の違いはどこにあるのか?

政府の品質保証を受けたからには、産地の規制だけではなくて、どういう基準で生産するのかが公開されていました。専門家ではないので規制の違いによって生み出すであろう味などは分かりませんが、最大の違いは何から作るかにあるようです。


IG カシス・ド・ブルゴーニュ
  • カシスの品種としてはノワール・ド・ブルゴーニュ(Noir de Bourgogne)だとするわることに意気込みがあるようす。この品種と、受粉用としてRoyal de Naplesという品種を主要品種としている。
  • 3つの品種(Blackdown、Andega、Andorine)を使うことも認めているが、割合は主要品種の量の30%を上限。
  • ブルゴーニュ地方のコート・ドール県とソーヌ・エ・ロワール県の市町村をカシスの生産地とリキュールの醸造地と限定。


IG カシス・ド・ディジョン
  • カシスの2つの主要品種の使用度は25%以上とすること、と穏やか。
  • 漬け込み作業ではフランボワーズ(ラズベリー)ないしグロゼイユ(フサスグリ)を少量(カシスの実1トンあたり50Kg以下)、カシスの芽をごく少量(1トンあたり2Kg以下)を混ぜることも認めている。
  • 醸造地を、コート・ドール県のディジョン市に限定。

IGクレーム・ド・カシス・ド・ディジョンを獲得したのは、ディジョン市の大手メーカーたちが作っている団体。生産量も、外国に輸出されるのも大手メーカーが主力となっているようです。

クレーム・ド・カシス・ド・ディジョンは、カシスの品種にはあまりこだわらず、ディジョン市内で生産しているということで正統派のリキュールなのだとしているようです。

フランスの市町村の区分は細かいので、都市といえば農業ができるような農村地帯はほとんど入っていません。ディジョン市内に工場があるのは疑わしいと思ったのですが、次の4社が醸造所をディジョン市内に持っているのでした。
  • Lejay-Lagoute(ルジェ・ラグート)
  • Briottet(ブリオッテ)
  • Boudier(ガブリエル・ブディエ)
  • L'Héritier-Guyot(レリティエ・ギュイヨ)

つまり、「クレーム・ド・カシス・ド・ディジョン」という名称のリキュールは、これらの会社が独占しているということ?

農産物はテロワールに左右されますから、どこで生産されたかというのは大きな意味を持つと思う。品種、生産方法が限定されていたり、伝統を守っているかも大事。でも、工場がどこにあるかということに価値があるのでしょうか?...

例えば、日本でカシスの生産量が大きいのは青森県なのだそうで、国内生産の7割を占めているとのこと。リキュールは生産していないようなのですが、それを輸入してディジョン市内で生産したとして、青森で作るのより美味しいのができるということもないと思うのですけどね...。

日本からカシスを輸入するのは難しいでしょうけれど、物価が安い東欧から輸入しているということはないかとも勘ぐります。輸入するには果実を冷凍してしまうかもしれないのだから、大きな問題だと思うけれど...。


ともかく、クレーム・ド・カシスの生産において、大手企業の存在は大きいようです。

クレーム・ド・カシス・ド・ディジョンは年間1,200万本が生産されていて(2012年)、そのうち400万本が外国に輸出されている。これは、ブルゴーニュ地方全体のクレーム・ド・カシスの生産量の85%を占めているのだそうです。


大きな違いはカシスの品種の違いにあるようなのでした。レリティエ・ギュイヨ社では、2種類のクレーム・ド・カシスを販売しています。


右の方は、「クレーム・ド・カシス・ド・ディジョン」の文字は小さくて、ノワール・ド・ブルゴーニュ種という文字を大きくしています。2種類に分けているというのは良心的だと思います。


◆ 「カシス・ド・ディジョンならディジョン産なのか?

政府から品質保証のアペラシオンとして認証されたら、その規定を守らない場合には同じ名前を使えないはず。それなのに、ディジョンではないところで醸造しているのではないかと思われる「クレーム・ド・カシス・ド・ディジョン」も販売されていました。

例えば、下はアルザス地方にあるの会社が作っている「クレーム・ド・カシス・ド・ディジョン」。ディジョンに醸造所を持っているのかな?... 



私は、ディジョンだから最高のクレーム・ド・カシスができるとは思っていなにので気にしませんが。


「カシス・ド・ディジョン」グループが、ディジョン以外で製造するメーカーが名称を使うことに反対運動をしているのかどうかは知りませんが、「カシス・ド・ブルゴーニュ」グループには圧力をかけているようです。「ブルゴーニュ」などという名前で広めたら、クレーム・ド・カシスの伝統を乱すとして裁判にかけているとか...。カシスの品種の名前に「ブルゴーニュ」の文字が入っているのだから良いではないか、とも思ってしまうのですが...。


ノワール・ド・ブルゴーニュ

評判の良いクレーム・ド・カシスを買いに行く」で書いたジョワネさんのクレーム・ド・カシスは、カシスの風味が濃厚で、普通に市販されているのとは全然違うので驚きました。色々なクレーム・ド・カシスを飲んでいるので、違いはIGだのなんだと言われなくても違いは明瞭に分かるのです。

この農家が持っている畑に植えられているカシスの品種は、やはりノワール・ド・ブルゴーニュ(Noir de Bourgogne)だと言われました。応対してくださったマダムは、これに決まっているという感じでおっしゃっていました。これが本物のクレーム・ド・カシスにするカシスの品種なのです。

私の庭に植えているのも、この品種 ↓

 

これ以外の品種のカシスはどうなのかは知りませんが、ともかく濃厚なカシスです。もちろん、そのままで果物として食べることなどできないし、ブルゴーニュ名物のカシスのシャーベットを作るにも、かなりレシピには苦労します。

石灰岩の水はけの良い土地に合うのでしょうね。私のカシスは、何にもしなくても毎年元気に実をつけます。

ただし、ノワール・ド・ブルゴーニュは生産性は低い品種なのだそうです。その年の天候によりますが、生産量は1ヘクタールあたり3トンで、これはBlackdown種のカシスに比べれば半分に過ぎないのだそう。

そのために、ブルゴーニュ地方でのカシス生産ではノワール・ド・ブルゴーニュ種のカシスの栽培が減少したので、地元の農業会議所なども運動を起こして、この品種の復活に努力したのだそうです。

今では、ブルゴーニュ地方で生産されているカシスの畑の中で、ノワール・ド・ブルゴーニュ種の栽培は75%を占め、この品種のフランス国内生産量の3分の2を占めているそうです。

今年の悪天候のお陰で、ブルゴーニュ地方ではブドウと同様にカシスの栽培も打撃を受けているというニュースが流れていました。


Cassis : après les gelées du printemps, la récolte 2016 s'annonce en baisse  07 juillet 2016

今年は少し遅れてカシスの収穫時期になったのだそう。

ここに登場しているのはカシス・ド・ブルゴーニュ種のカシスを50ヘクタールの農地で栽培している農家ですが、例年の70~75%少ない生産量になると話しています。いつもなら1ヘクタールあたり2トンのカシスを収穫できるのに、今年はたった500キロ。

ブルゴーニュ地方にはカシス畑が700ヘクタールあり、国内生産の2割を占めていると報道していました。


世界的に有名になると、何が本物か、誰がその知名度を利用できる権利があるかで問題がおきます。

シャンパン業界は、シャンパーニュ地方で生産した発泡性ワインでないと名前を使えないとしているのは、少しヒステリックではないかとも感じてしまうのですが、仕方ないでしょうね。

ディジョンでは、「ディジョンのマスタード」の問題もあって、これは過去に書いていました:
ディジョン・マスタードとは? 2013/07/30

ノルマンディー地方のチーズ「カマンベール」は完全に大手企業に飲まれてしまったというのを書きました:
★ シリーズ日記: カマンベールチーズは複雑!  2010/07/25

AOC/AOPカマンベール・ド・ノルマンディーを作っている大手メーカーの中で、スーパーでも簡単に買えるのでお気に入りにしていると書いていたメーカーが、つい最近、大手食品グループに買収されてしまったので追記を入れました:
カマンベールといえば、グランドルジュ(Graindorge) 2010/07/25


大企業が市場を独占していく時代、ブルゴーニュの名産カシスの戦争はどうなるのでしょうね?...


ところで私の庭にあるのはノワール・ド・ブルゴーニュ種のカシス。雹が降ることはなかったので、いつもの年と同じように実がなっています。

クレーム・ド・カシスを作ったらどうなるかと思ってレシピを探したので、次回にご紹介します。

クレーム・ド・カシスについて書いた今回の連続記事

 ★ 評判の良いクレーム・ド・カシスを買いに行く 2016/06/21
 ★ 食前酒キール誕生の歴史 2016/07/05
 ★ ディジョンのカシス vs ブルゴーニュのカシス 2016/07/09
 ★ 自家製のクレーム・ド・カシスを作るレシピ 2016/07/12





ブログ内リンク:
ブルゴーニュ白ワイン「アリゴテ」と食前酒キールの関係 2009/03/03
★ 目次: ブルゴーニュの古都ディジョンの観光スポットや特産品など ⇒ キール、カシス
★ 目次: フランスで食べる郷土料理、地方特産食品、外国料理
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ
★ 目次: 今年のミレジムは? (ブルゴーニュ・ワイン)

外部リンク:
☆ INAO: Cassis de Bourgogne | Cassis de Dijon
☆ コート・ドール県農業会議所: IGP «Cassis de Bourgogne»  | IGP "Cassis de Dijon"
La crème de cassis de Bourgogne : IGP
Pourquoi une guerre du cassis en Bourgogne ? 22/11/2013
Côte d'Or  Cassis  la guerre continue 07/02/2015

☆ Wikipedia: Appellation d'origine contrôlée(AOC) = アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ
☆ Wikipedia: Appellation d'origine protégée(AOP) = 保護原産地呼称
☆ Wikipédia: Indication géographique protégée
☆ コトバンク: IGP(アイジーピー)
☆ Wikipédia: Institut national de l'origine et de la qualité(INAO)  = 原産地呼称委員会
☆ Wikipedia: Indication géographique(IG) =  地理的表示
☆ Wikipedia: Institut national de la propriété industrielle(INPI) = 産業財産庁
Carole Delga lance les Indications Géographiques «IG» pour les produits manufacturés et ressources naturelles 03/06/2015

Cassissier Noir de Bourgogne
☆ Chambre d'Agriculture de Côte d'Or: Cassis  | La filière cassis en Bourgogne
一般社団法人 日本カシス協会


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フランスのお酒 (ワインなど)


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2016/07/05
食前酒として飲むカクテルの中で、フランスで最も飲まれているのは、パスティスなどの名前で知られるアニス酒なのだそうです。.

それに続いて飲まれているのは、キール(Kir)とのこと。

パスティスはアニス酒に冷水を加えるだけ、キールはカシスのリキュールに白ワインを入れるだけでと簡単に作れる食前酒なので、飲む人は多いかも知れない。

キールはブルゴーニュ地方の食前酒なので地元では飲む機会が多いのですが、全国的にそんなに飲まれているのかな?... という気はします。

前々から気になっていて、ブログにもチラホラと書いていたキール酒について調べてみました。


カシスにこだわるディジョン市

カシスをアルコール飲料に浸して作ったリキュールを「クレーム・ド・カシス(crème de cassis)」と呼びます。これを作るために最も良い品種は「ノワール・ド・ブルゴーニュ(Noir de Bourgogne)」で、こちらにもブルゴーニュの文字が入っています。

カシス(クロスグリ)は、ブルーニュ地方の州都ともいえるディジョン市のシンボルの1つになっています。

食前酒 キール
カシスの実

ディジョンらしいデザート 2008/03/31
ディジョンの市電も
カシスの色を採用

ディジョンのトラムはカシス色 2012/09/07


カシスのリキュールを使う食前酒のキールは、ディジョンの市長を長年務めたキールさんの名前。ですから、カシスとディジョンは切っても切れない関係にあります。


La crème de cassis, délice de Bourgogne

ブドウの栽培に適しているブルゴーニュでは、カシスが育ちやすいのではないかと感じます。私の庭にあるノワール・ド・ブルゴーニュ種のカシスも、秋に膝の高さに切るという手入れだけで元気に育っていますので。


本物のキール酒とは?

フランスのどこでも、カフェで食前酒を飲もうと思ったときにキールを注文すれば出てくるのかもしれません。でも、「キール」と言って出されても、美味しいかどうかは、かなり差があります!

最悪なのは、クレーム・ド・カシスの代わりにカシスのシロップを使ったもの。リキュールはアルコール度が強いので、シロップを使うとアルコールに弱い方には好ましいのかもしれませんけど、安いシロップを使ってケチったと私は思ってしまう...。

パリのカフェでキールを注文したら、ピンク色で、キールとは呼べないと思うシロモノが出てきて飲まずにカフェを出たことがありました。それ以来、パリでキールを注文するのは止めました。

ブルゴーニュの食前酒とはいえ、こだわりがあって美味しいキールを出すカフェが見つかるのはディジョンだと思っています。なんでもない食前酒なのですが、2つの材料の選び方でかなり味が変わってしまうのです。


ブルゴーニュの白ワインはシャルドネ種のブドウで作るのが多いのですが、食前酒のキールを作るにはアリゴテ種を使うのが原則になっています。

クレーム・ド・カシス
アリゴテ
 (ブルゴーニュ白ワイン)
=キール


正式のキールは、クレーム・ド・カシスを3分の1、アリゴテを3分の2という調合になっています。「1対2」と言っても良いと思うのですけど、フランスでは「3分の...」という言い方をします。どうせ目分量でするわけですから、微妙な配合の違いはどうでも良いのだろうとも思う。

でも、最近はアルコール度が強いものをフランス人は飲まなくなってきているので、カシスの分量は5分の1というフランス人も多いようです。

使うワインはアリゴテと限定するのは、これはシャルドネ種の白ワインのようにまろやかではないので、甘口のリキュールとブレンドするのには適しているからです。でも、最近のワイン醸造者は、アリゴテが飲みやすいようなワインにしてしまってきているので、キールを作るのに適した超辛口のアリゴテを探すのには苦労するようになってしまいました。


食前酒キールとして名前を残したディジョン市長

Wikipediaの日本ページでは、食前酒のキールはディジョンの市長だったフェリックス・キールが考案したと書かれていましたが、それは間違い。この飲み物を広めた彼の名前が食前酒に使われたというだけです。

キールという食前酒の歴史についてメモしてますが、その前にキール氏を紹介しておきます。

お名前はFélix Kir(フェリックス・キール 1876~1968年)。ブルゴーニュ地方で教会の司祭から司教座聖堂参事会員(chanoine)にまでなった聖職者なので、地元ではChanoine Kir(シャノワンヌ・キール)と呼ばれています。

キール氏は1945年にディジョンの市長になり、それから再選を重ねて亡くなるまでの20年余りをディジョン市長を務めました。

オート・コート・ド・ニュイにあるドメーヌのサイトに、ドメーヌを訪れたキール氏の写真が入っています。ベンチには食前酒キールを作るために必要がボトル2本とグラスが見えますね。食前酒をつくるために必要なワインを買い付けに来たときの撮影のようです。


Le Domaine Bonnardot

市長とはいえ、soutane(スータン)という聖職者の服を着ていたキールさん。彼については、地元では数々の逸話が語り継がれています。

例えば、議会で共産党の議員から「あなたは神様と言いますが、私は一度も見たことはありません」と言われたキールさんの返事はふるっていました。

Et mon cul, tu l’as pas vu et pourtant il existe !
それで、俺のケツはどうだ。お前は見たことがない。それでも存在しているのだ!

友達とその話題が出たとき、私は言いました。
彼は聖職者だから、奥さんはよく見ていると言い返すわけにもいかないしね。

すると友人は、言いました。
僕だったら、「じゃあ、見せてください」と言い返したけどね。彼はスータンをまくって見せただろう。キールはそういうこともやってしまう人だったから。

独断でディジョンの町に人造湖(これもキール湖と呼ばれる)も作ってしまったような人。湖のオープンは1964年。まだ、都市住民に自然を与えようなどという機運はおきていなかった時代ですから、かなり先駆的な発想でした。もちろん、議会で「賛成の方は手をあげてください」と彼が採決をとろうとしたら、誰も手をあげない。彼は自分で挙手をして、「はい、じゃあ決まりました」と言って計画を進めたのだそう。

川をせき止めて人造湖を作ったのですが、その時に立ち退きになった家の娘だったという人に会ったことがあります。家に交渉に来ていて、ともかく臭くてたまらなかったのだけを覚えていると笑っていました。当時はドライクリーニングがなくてスータンはめったに洗濯できなかったのかな?...

彼は工業化するのは良くないとも考えた人なので、おかげでディジョンには大きな産業などは起きなくて、のどかな地方都市になっています。

キール氏が亡くなったのは1968年4月25日。つまり、フランス人の生き方を大きく変えた五月革命(Mai 68)の直前に亡くなっています。彼はこう社会運動なんかを見るに耐えられなかったからその前に死んだのだろう、とディジョン子たちは冗談を言います。

ともかく、ディジョンっ子にとっては、今でも忘れられない豪快な人だったようです。

コート・ドール県の県議会議員でもあり、国民議会の最長老議員でもあったキール氏。姉妹都市関係を結ぶのが好きで、ディジョンの姉妹都市は20くらいあります。

つまりキール氏は、県内はもとより、パリジャンにも、外国人にも、カシスと白ワインの食前酒を広める機会が多かったわけなのでした。



キール酒を広めたのがキール氏であることは、誰もが認めることです。

ところで、Kir(キール)という単語は、1960年ころから辞書に見られるようになり、プチ・ラルースに入ったのは1976年とのこと。

現在では、白ワインとカシスのカクテルがキールというのは拡大されて、色々なバリエーションができています。

フランスの記事には、日本でも人気があるのだと書いてありました。柑橘類のジュース、冷茶、炭酸水とのカクテルがあり、ミルクとのブレンドもあると書いてありました。炭酸水は想像がつきますが、ミルクとカシスのカクテルなんて存在するの?...


クレーム・ド・カシスの誕生

食前酒のキールに必要なのはクレーム・ド・カシス(crème de cassis)。

このの前身とも言えるカシスのラタフィアは、アンシャンレジームには飲まれていたのに、18世紀に禁止されたという記述がありました。ルイ15世は1746年に狩猟のときに立ち寄ったオーベルジュで気に入っていた、という記述があるそうですが、その後になぜ宮廷で禁止されたたのかは分からない...。

ともかく、ブルゴーニュでは、ボーヌ周辺のブドウ畑の外れにカシスが植えられていたようです。

1841年、ディジョン市のリキュールを作っているAuguste-Denis LAGOUTEが、カシスをアルコールの中に漬けたリキュールを考案しました。アルコール度は15度で、1リットルあたり400グラムの糖分が入っているものだったようです。

現在の社名はLejay-Lagouteとなっています。



それが大成功したために同じものを作る会社が増え、1860年にはコート・ドール県内の29社がカシスでリキュールを作っていたそうです。

県内でのカシス(クロスグリ)の生産も奨励される。当初、カシスはブドウ畑の中や、ブドウ畑の縁に植えられます。1868年からはフィロキセラ禍がブドウ畑に壊滅的被害を与えたので、ブドウは引き抜かれ、代わりにカシスの木が植えられた畑も多かったとのこと。




なお、「クレーム・ド・カシス(crème de cassis)」とは、カシスのクレームなわけですが、クレーム(crème)という言葉はクリームの意味でも使われるのでややっこしい、

シロップ状のリキュールを「クレーム」と呼ぶのだそうで、この意味でクレームという単語が文献に初めて現れたのは1760年となっていました。


食前酒キールの誕生

キール市長にちなんで「キール」という名前が付けられる以前は、白ワインとカシスという感じで「blanc cassis(ブラン・カシス)」、あるいは縮めて「blanc-cass(ブラン・カス)」と呼ばれてました。

「rince-cochon」という呼び名もあった、と書いてありました。直訳で「豚洗い」にはならないスラングですね。口の中をサッパリとさせる飲むもののことを指すそうです。

でも、ディジョン出身でキール大好きの友達に聞いたら、「ランス・コション」なんて呼び名は絶対にしないと返事されました。キールが定着する前に、安いお酒で作っていた時代の言葉なのかもしれません。

白ワインにアリゴテを使わないカクテルは、地元の人は「ブラン・カシス」と呼んで、キールとは区別します。


クレーム・ド・カシスに白ワインを入れたカクテルを誰が考え出したのかには色々な説がありますが、有力とされている説は、ディジョンのカフェでお給仕をしていた人が1904年に始めたというもの。

そのお給仕の人とは、誰か? ボシュエ通りのカフェで働いていたFraivreという名の男性のギャルソンが考えだしたという説、あるいはモンシャペ通りのカフェで働く女性が間違えて作ったという説がありました。

下は、ディジョンのモンシャペ通りにあるカフェで、ここで誕生したというお話しの方。

http://s-www.bienpublic.com/images/CF763E3F-8150-4B9B-8D25-A8FC0303F315/COM_01/photo-1395675383.jpg
Dijon : le blanc cassis ou l’histoire de la serveuse maladroite

ギャルソンが間違えてやってしまった。食前酒は白ワインのストレートか、クレーム・ド・カシスのストレートの注文だったのに、カシスが入っているのに忙しくて気が付かなくて、白ワインを加えてしまった。そうしたら、お客さんに気に入られたというストーリー。間違いから生まれたレシピというのは、フランス料理でよくありますね。

間違いをしてしまったのは、カフェの近くに住む政治家Henri Barabantが、カフェ一緒にいる人達にお酒をおごったときのこと。1904~08年にディジョンの市長でもあった政治家で、彼はレセプションでシャンパンを出すのを節約するために、その代わりとして白ワインとクレーム・ド・カシスのカクテルを出し、それがディジョン市役所の伝統として残ったというストーリー。

キール氏(ディジョン市長在任: 1945~68年)は、この伝統を続けたに過ぎない? もしかしたら、Barabant(ブラバン)と呼ばれていた食前酒になっていたのかもしれなかった?...


キール戦争?

1952年、キール市長はクレーム・ド・カシスを誕生させたリキュールメーカーのLejay-Lagoute社のRoger Damidot氏に、「キール」という名で商品化する権利を与えました。

その4カ月後、同社は「Kir(キール)」と、白ワインの代わりにスパークリングワインのクレマン・ド・ブルゴニュをつかう「Kir royal(キール・ロワイヤル)」を地元ディジョンで商標登録します。

当時は商標とか独占権などというのには神経質ではなかったはず。キール市長が許可を与えたというのも、「キールという名前を使って良いよ」という軽い気持ちでした承諾だったのではないでしょうか。

1955年には、キール市長はHéritier-Guyot社に対して、キールという名前を使う独占権を与えたつもりはないのだから、自分の名前を使っても良いのだ、と言う手紙を出しています。


Héritier-Guyot社は「Kir premier」、「Super kir」、「Hyper kir」と名づけた商品を作ったので、キールの商標登録をしていたLejay-Lagoute社から告訴を受けます。1980年から12年間も、この2つの会社で裁判が続いたのでした。

ついに1992年、「キール」はLejay-Lagouteが所有権を持つ名称だとする判決が下りました。

それまでに告訴は19回あり、裁判費用は800万フラン(2億円くらい?)かかったということ。そこまでしてカシスの名にこだわりますか...。

つまり、今日ではKir® が存在しているわけです。

でも、その名前で商品を販売する権利が制限されているということ。作ったカクテルをキールと呼ぶことには拘束はありません。

でも、この話しを初めて聞いたとき、日本には「キール」という名前のお酒を売っているけどな... と思ったのでした。探してみたら、当時のコマーシャルフィルムが出てきました。


Suntory Kir Royal CM

今は販売されてはいないのではないかと思います。

最近ですが、『À qui profite le Kir® ?(キール®は誰に利益をもたらすか)』と題した探偵小説を出した作家がありました。

本が店頭に並ぶとすぐ、Kir®の権利を持つLejay-Lagoute社から出版した本を回収せよという通知が出版社に来たのだそう。

調べてみたら、この本は販売されているのですが、®は削除されていますね。


クレーム・ド・カシス・ド・ディジョン

ディジョン控訴院は1923年に「クレーム・ド・カシス・ド・ディジョン(crème de cassis de Dijon) 」という原産地名を特定しましたが、欧州連合がその製造法を規定したのはずっと後で、1989年。

クレーム・ド・カシスは小規模生産のものが私は好きなのですが、大量生産しているメーカーの中で地元の人たちに定評があるのは下のガブリエル ブティエの商品です。



ディジョンの町の土産物店ではよく売っているのですが、日本ではほとんど見かけませんね。
クレーム・ド・カシスを楽天市場で検索

このリキュールには「クレーム・ド・カシス・ド・ディジョン」と名前が付いています。この名称に私は馴染みがあるのですが、前回の日記「評判の良いクレーム・ド・カシスを買いに行く」に書いたドメーヌで買ったリキュールのボトルには「クレーム・ド・カシス・ド・ブルゴーニュ」と書いてありました。

ディジョンのと、ブルゴーニュとので、どう違うの?...

それを調べてみたので次に書きますが、キールの名前で戦いああったように、クレーム・ド・カシスにもカシス戦争のようなものがあったのでした!

続き:
ディジョンのカシス vs ブルゴーニュのカシス

クレーム・ド・カシスについて書いた今回の連続記事

 ★ 評判の良いクレーム・ド・カシスを買いに行く 2016/06/21
 ★ 食前酒キール誕生の歴史 2016/07/05
 ★ ディジョンのカシス vs ブルゴーニュのカシス 2016/07/09
 ★ 自家製のクレーム・ド・カシスを作るレシピ 2016/07/12




Le chanoine Kir - Visites privées




ブログ内リンク:
ブルゴーニュ白ワイン「アリゴテ」と食前酒キールの関係 2009/03/03
★ 目次: ブルゴーニュの古都ディジョンの観光スポットや特産品など
★ 目次: フランスで食べる郷土料理、地方特産食品、外国料理
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
☆ Wikipedia: クレーム・ド・カシス = Crème de cassis
Dijon : le blanc cassis ou l’histoire de la serveuse maladroite
Garçon! Un Kir! Sa véritable histoire
Bourgogne : crême de cassis, kir, spécialités
Quelle est la véritable histoire du kir ?
Dijon et ses maires inoubliables : Kir, l’élu culte !
Lejay Lagoute - Créateur de la Crème de Cassis en 1841
Gabriel Boudier, since 1874  /  ガブリエルブディエ
☆ Cassissium: L'épopée de la Crème de Cassis
☆ Cassissium: Utilisation de la crème de cassis
Petite histoire de la crème de cassis de Dijon
☆ Dijon en 1900: La Crème de Cassis de Dijon
Quand une marque interdit la sortie d’un roman
☆ YouTube: EPICERIE FINE - LE CASSIS DE BOURGOGNE


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