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2017/04/27
サラマンダーと呼ぶ伝説の動物がいます。
イモリかトカゲかという薄気味悪い姿。大きく描けばドラゴンにも見える。


14世紀に描かれたサラマンダー 『Bestiaire(動物寓意譚)』より



日本ではサンショウウオとも呼ばれるそうです。

でも、山椒魚は、ヨーロッパ大陸に生息しているファイアサラマンダー(Salamandra salamandra)とは異なる動物でした。


フランス語ではsalamandre(サラマンドル)で、聞いたことがある動物の名前なのですが、本当にフランスに生息しているのだとは思っていなかった。

分布図からして、奇妙な姿に見えてしまう...。



実際のサラマンダーはもっと薄気味悪いのですが、地図をクリックすると画像が入ったWikipediaのページが開きます。


火の精とされるサラマンダー

地、水、風、火を自然の力として四大精霊あるいは四大元素とすると、サラマンダーは火の精とされていました。

不思議な動物のようなのです。危険が迫ればサマンダリン (Samandarin)という毒を出すことができる。それから、 野原が火事になったときには湿った地面に潜り、粘液で火傷を防ぐことができるようで、火が収まった時には地面から這い出てくるのを人間が見ると驚くらしい。


François Ier vers 1530 par Jean Clouetサラマンダーと言えば、フランソワ1世

この動物を知ったのは、16世紀全般のフランスを統治したフランソワ1世(François Ier de France 在位 1515年~47年)のエンブレムだからです。

彼の治世には美術や文芸が発展し、フランス・ルネサンス期を代表する国王とみなされています。

レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519年)は、1516年にフランソワ1世に招かれ、アンボワーズ城近くのクルーの館が邸宅として与えられて晩年を過ごしました。

歴代の国王の中で、フランス人には人気がある王様なのだと聞いたことがあります。


このフランソワ1世の紋章がサラマンダーなのです。

CoA François Ier de Valois Salamandre galerie françois premier chateau fontainebleau


サラマンダーは、古代ヨーロッパでは火の中で生きることができる生物だと考えられていたそうです。体温があまりに冷たいために火を寄せ付けず、火を消し去ってしまう。

そのサラマンダーをエンブレムにしているフランソワ1世の金言は、ラテン語でNutrisco et extinguo

フランス語にすると、こうなるのだそう:
Je nourris (le bon feu) et j'éteins le mauvais.

私は(良き火を)養い、悪を消す。

王様のモットーとしては正義の味方のようで良いですね。


フランソワ1世のサラマンダーは、どっちを向いている?

例によって、私はつまらないことが気になりました。

サラマンダーが振り返っているような姿なのは、自分の体に水なり粘液なりをかけているという姿なのでしょうか? それは調べないことにしたのですが、振り返っている方向が気になりました。

フランソワ1世が生きていた時代にまつわる城などにはサラマンダーの彫刻がたくさんあるのですが、だいたいにおいてサラマンダーの頭は左側にあり、右の方を振り返っています。

ロワール川の城めぐりで有名な地方に、彼の城だった美しいアゼ=ル=リドー城(Château d'Azay-le-Rideau 建築 1518年~)がありますが、そこの壁にもサラマンダーの彫刻が残っています。

Nutrisco et extinguo Salamandre de François I
La salamandre de François Ier et sa devise : « Nutrisco et extinguo » (Château d'Azay-le-Rideau)


同じ地域にあるシャンボール城(Château de Chambord)にも、天井には頭文字のFと、サラマンダーの彫刻がたくさん施されています。

Salamandre de François Ier

このシャンボール城の格天井にある彫刻をもっと多く写している画像がこちらにあるのですが、みな同じ方向に頭を向けています。つまり、向かって右側。


探してみたら、左側に顔を向けているサラマンダーがないわけではありませんでした。

下はパリ市に近いところにある教会Église Saint-Georges de Belloy-en-Franceの壁面にあるサラマンダーの彫刻。

Belloy-en-France (95), église Saint-Georges, portail occidental, écoinçon de droite - salamandre
Belloy-en-France (95), église Saint-Georges, portail occidental, écoinçon de droite - salamandre


これは西側にある扉口で、半円形のティンパヌムの右側にある三角小間の部分にサラマンダーの彫刻があります。


左側の部分にもサラマンダーがいて、対になっていたのだとしたら自然な構図。左側の部分の画像はこちらなのですが、彫刻が消えてしまっていて見えない...。たぶん「F」なのではないかと想像するのですけれど。


先ほどのフランソワ1世のラテン語の金言を入れた画像があるので眺めてみたら、こちらは逆の方向を見ていました。でも、フランソワ1世が亡くなってから出版された本のようなので、これは例外には数えられないかな...。


Paolo Giovio, Dialogo dell'imprese militari e amorose (1556)



ディジョンのサラマンダーは何をしようとしているのか?

サラマンダーはどちらを向くものなのかと気になったのは、ブルゴーニュ地方のディジョン市にある古い教会の外壁に彫られているサラマンダーは、向かって左側に顔を向けているからです。



この教会が建てられた頃のブルゴーニュはフランス王国にはなっていなかったので、これはフランソワ1世とは無関係なはず。

でも、この小さなサラマンダーが悪さをすると言い伝えられているので、首をどちらに向いているかが私は気になるのです。

ディジョンの観光スポットの中心地域にありながら、存在を知っている人が少ないこのサラマンダーについて続きで書きます。

ブログ内リンク:
★ 目次: 右と左の違いが気になる

外部リンク:
【Wikipedia】
☆ ファイアサラマンダー > 人間との関係
四大精霊 | サラマンダー (妖精) 
Salamandre (animal légendaire) | Category:Salamanders in art

☆ BnF: La tempérante salamandre aux origines de la devise de François Ier
La marque de la Salamandre à la bibliothèque de droit d’Aix
☆ Wikipedia: category / Portail occidental de l'église Saint-Georges de Belloy-en-France
ルネサンスのセレブたち: トカゲと公爵
Top 10 des personnages français historiques préférés des Français


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2017/04/24
大統領選挙が4月23日(日)に行われ、その日の夜8時からテレビでは結果の発表を始めました。

2017年大統領選挙の第1回投票結果

過半数の獲得者はいなかったので、5月7日(日)に決選投票が行われることになりました。上位の2人となった中道・無所属(En Marche !)のエマニュエル・マクロン氏と、極右政党の国民戦線(FN)の党首マリー・ル・ペン氏のいずれかが大統領になります。

いつ順番が入れ替わってもおかしくない接戦となった上位4位の候補者の名前は、全部「ン」で終わっています。
  1. マルロン (Macron)
  2. ル・ペン (Le Pen)
  3. フィヨン (Fillon)
  4. メランション (Mélenchon)
3人は「on」で終わっているれど、ル・ペンは「en」で終わっているので、フランス人の感覚では同列にはできないらしいのですけれど。

なんだが、「ン...」と首を傾げてしまう投票結果。

フランスの2大政党だった共和党(右派)と社会党(左派)は、いずれも決戦投票に候補者を出すことができなかったのです。これは、第五共和政の歴史上初めてのことなのだそう。

上位4人の得票率は19~24%という接戦だったのですが、その後とは大きな差が開いていました。社会党からの候補者だったアモン氏は、6%で第5位という惨敗。5年の任期を終える大統領のオランド氏は社会党らしからぬ政治をしたし、余りにも無能だったので、昔からいた社会党支持者たちは政党そのものに愛想をつかしてしまったようです。


第1回投票で、誰に投票した人が最も多かったかを県別に示した地図がありました。

Emmanuel Macron par Claude Truong-Ngoc avril 2015.jpgEmmanuel Macron
(EM)
24,01 %
Le Pen, Marine-9586 (cropped).jpgMarine Le Pen
(FN)
21,30 %
François Fillon 2010.jpgFrançois Fillon
(LR)
20,01 %
Jean-Luc Mélenchon 2017.jpgJean-Luc Mélenchon
(FI)
19,58 %
☆ 日本語バージョン:【図解】仏大統領選、県別の首位候補者 (AFP)


得票のパーセンテージではマクロン氏(黄色)がトップだったのですが、色分けした地図を眺めると、ル・ペン氏(灰色)の方が多そうに見えてしまいませんか?


誰に投票したかが見えるフランスの制度

大統領選挙になる度に、面白いと思うことがあります。上に入れた地図は県単位で分析したものですが、コミューン(市町村)ごとに、どの候補者に何人が投票したかを公表する政府のサイトがあるのです。

フランスには人口が50人にも満たないような村がたくさんあります。投票者が10人以下だったら、ほとんど名前を明かしてしまうような感じになってしまうではないですか?

人口が非常に少ない村として、マジャストルという山の中にある過疎村の場合を見てみます。
この村の今回の投票結果は、こちら

僻地では極右政党の支持者が多いのが普通なのですが、この村こは急進的な考え方をする人が多いらしい。メランションに投票した人が最も多くて、5人。フィヨンに4人、マクロンに3人と続いています。極右のル・ペンに投票した人が、たった1人いました。村の住民だったら、極右政党に投票したのはアイツだろう、なんて分かってしまうのでは?...


フランスはどうなるのか...

大統領選挙で盛り上がっているフランス。国のトップを国民が選べるのは羨ましい気がします。世論調査が出す政治家の支持率などはいくらでも数字を操作できるでしょうが、国民投票数を大幅にごまかすのはかなり難しいはずなので。

決選となれば誰でも慎重になって極右政権に投票する人は少ないでしょうから、中道派のマクロン氏が圧勝するだろうとみられています。私は二人とも好きではないのですが、やはり極右政党が大統領になるのだけは裂けてもらいたい...。

もっとも、たとえル・ペン氏が大統領になったとしても、どこかの国のように「お国のために命を捧げるのが美徳だ」などとまでは言い出さないはずです。国民の権利をはく奪し、国の在り方を180度も変えてしまうようなことを言いだしたら、フランス人たちは黙っていないでしょうから。

決選投票に残った2人のいずれにも私は好感を感じません...。

世界中が狂っているのだとしたら、余りにも酷い状態にならないように祈るしかないのかな?... ともかく、フランスでは政治に関して、あ~だ、こ~だ、と国民が自由に批判したり、不正を行う政治家を断罪したりできる余地が残っているのだから、まだ救われるレベルなのかもしれない...。

外部リンク:
フランス大統領選、マクロンとルペンの決選投票へ 2017/04/24
フランス大統領選の第1回投票は、政界に激震をもたらした  2017/04/25
Présidentielle 2017  où les candidats du premier tour ont-ils fait leurs meilleurs scores
Wikipedia: 2017年フランス大統領選挙 » Élection présidentielle française de 2017
Election présidentielle 2017
Top 10 des communes les moins peuplées de France, celles où on connait tout le monde
マクロン夫妻の“やってはいけなかった”こと


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カテゴリー: 時の話題 | Comment (2) | Top
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2017/04/23
今年は、例年より3週間くらい春の花が咲くのが早い年になりました。近所の人がツバメを見たと教えてくれたの4月3日。


フランスでは、5月1日にスズランを売る習慣があります。その頃、もう春だな... と感じる時期でもあるのです。



スズランの産地では、その時期に花が咲くように調整します。寒い年だと花を咲かせるために暖房するのですけれど、今年は逆。スズランを寒い部屋に入れて成長をストップさせているというニュースがありました。


昨年は6月になってもまだ寒かったので、今年は良い年と思ったのですが、そうではなかった...。

4月中旬を過ぎたら氷点下が3日続き、庭で芽を伸ばしていた木々や、花を付けていた木が寒さでやられてしまいました。



左手に写っているのはライラックで、無事。みじめなのは、たくさん房を付けていた藤です。何とか持ちこたえて欲しいと思ったのだけれど、紫色が見えていた花も全て枯れてしまいました。お化けみたいで哀れ...。

同じ場所でも温度が違ったりするのか、全く平気な植物と、黒く焼けてしまった木々とに分かれました。クルミ、イチョウ、アカシアも全滅みたい。でも、植物は年がたてば生き返ってくるはず...。


ブドウ畑では被害対策

寒波はブドウ畑も直撃しました。新芽を出てきた時期に霜にやられるのが怖いのですよね。コート・ドール県の北の方をドライブしていたら、ブドウ畑の回りに干し草が置かれていて、そこから煙が立ち上っていました。夜の間に干し草を燃して畑を温めていたらしい。

ストーブのようなものを畑にたくさん置いたところもありました。夜の畑に火が燃えているのは美しくはありますけれど、寒くて見に行く気にはならなかった...。


ブルゴーニュ地方のワイン産地の中心地ボーヌ市に近いサン・ロマンのブドウ畑を見せる4月20日のニュースです。


Gel dans les vignes : des braseros pour sauver les bourgeons



シャブリの産地はブルゴーニュの北にあって寒いので、気温が下がると火を炊いたり、水を散水したりする装置が整っているのですが、それでも今年は3日間の寒さでブドウ畑の2割は被害を受けたとのこと。


Le gel, ennemi des vignerons


4月20日の寒さでは、シャンパーニュ地方、ブルゴーニュ地方、ヴァレ・ド・ラ・ロワール地方の他、南仏のラングドック・ルシヨン地方でも霜の被害があったそうです。


フランスでは、5月中旬までは氷点下になる日の恐れがあると言われています。でも、6月になってからでも霜の被害があった年もありました。今年は早々と暖かくなってしまって、植物たちがそれに合わせて成長してしまったからいけなかったのでしょうね。

来週になるまでは、まだ朝晩の冷え込みは厳しいようです。とはいえ、青空が広がっている日が多いので、春は満喫できます。小鳥たちも賑やかにさえずっているし、霜で黒くなってしまった以外の木々は美しい新緑。

ブログ内リンク:
もうシャブリのブドウ畑には霜はおりない? 2013/06/02
★ 目次: 今年のミレジムは? (ブルゴーニュ・ワイン)
★ 目次: ブドウ畑の作業、ワイン醸造法など
本格的な春になることを告げる「氷の聖人たち」 2015/05/15
★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記

外部リンク:
Le Monde: Coup de froid sur les vignes françaises 20.04.2017
Vins de France: Le gel frappe durement plusieurs vignobles en France 20/04/2017
ladepeche.fr: Les gels printaniers tombent sur vignobles et arbres fruitiers 20/04/2017


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2017/04/18
フランスの友人から初めてプレゼントされた本は、フランスの美食の歴史について書いたものだったのを思い出しました。フランス語が片言しかできなかった私でも楽しめるようにと、写真がたくさん入った本でした。

親しくなった人たちが食べ物の話しばかりするので、食いしんぼう病とかいう病気があるのではないかと思いました。私が初めに出会ったフランスはブルゴーニュ。後になって分かったのですが、フランスの中でも美食へのこだわりが強い地方なのでした。

ブルゴーニュほどではないにしても、本当にフランス人は食べ物に興味が強いらしい。今回のシリーズを書きながら調べていると、読み切れないほどたくさんの情報が出てきました。

書いた記事に関係する情報へのリンクは付けておきましたが、シリーズ記事の最後に全体に関係する情報リンクを書き出しておきます。

シリーズ記事 【フランスの食事の歴史】目次へ
その12



博物館の特別展

中世のガストロノミー
 Gastronomie médiévale


バーチャル・ヴィジット:
☆ BnF: Gastronomie médiévale - Expositions virtuelles

資料:
LA TABLE AU MOYEN-ÂGE



Tour Jean sans Peurの展示会

La cuisine au Moyen Âge à la tour Jean sans Peur
La Cuisine au Moyen Âge - exposition (PDF)



ルネサンス期の饗宴をテーマにした展示会(ブロワ城 2012年)
 Festins de la Renaissance

Festins de la Renaissance - exposition sur la table au XVIe à Blois
Les Festins de la Renaissance, objets et peintures au château de Blois
Festins de la Renaissance
Festins de la Renaissance - DMA Galerie
Blois Exposition « Festins de la Renaissance »


展示会のカタログ:



Les festins à la Renaissance : luxe, ordre et volupté



Exposition les Festins de la Renaissance au Château de Blois



BLOIS - Festins de la Renaissance Parts 1 and 2



ルネサンス期のご馳走と農民の食事について:

 

Festins et cuisine de la Renaissance



テーブルアート


Les arts de la table, l'excellence française !


Arts de la table : L’art de dresser la table
Histoire des arts de la table
L’art de la table du Moyen Age à nos jours

Objets ménagers(Le couteau, La cuillère, Le service, Le couvert, La fourchette, La serviette) » Compléments
La Serviette De Table : Histoire D'une Invention
L'assiette : Histoire D'une Invention
Boire et Manger, quelle histoire!: Les couverts

☆ Le couteau au restaurant : parcours d’un combattant: (1/2) » (2/2)
Histoire, formes et usages du couteau
☆ Petite Histoire de la Coutellerie: (1) » (2)
☆ Couteaux Laguiole: Connaître l’histoire de la fourchette de table

Pourquoi une fourchette a quatre dents ?
Pourquoi les fourchettes à poisson n'ont-elles que trois dents ?


中世の食文化

Boire et Manger, quelle histoire!/ Le Repas médiéval: 1ère partie » 2ème partie » 3ème partie
☆ Wikipedia: Cuisine médiévale » 中世料理
Se nourrir au Moyen-Âge
A la table du Moyen Âge
Cuisine médiévale histoire de repas de menus au moyen âge
仏文化省サイト: La peinture médiévale dans le Midi de la France » Les repas
Deroulement du banquet au Moyen Age - La Cour des Saveurs
Comment dresser la table d'un repas, banquet, festin avec recettes de cuisine moyen age medieval
☆ Histoire médiévale: Banquet


16世紀~フランス革命前

WODKA: À Table ! (16~19世紀の食事風景の絵画)
Au XVIIe siècle - Cuisine française
Cuisine française: Au XVIIe siècle
Le souper aux XVIIe et XVIIIe siècles s'expose aux Arts Décoratifs de Bordeaux
Château de Versailles:Les tables royales
Centre de recherche du château de Versailles: Voyages du roi au château de Choisy (1753)
Un festin de roi

L'étiquette sous le règne du roi Louis XIV
Frace pittoresque: Repas sous le règne de Louis XIV.
Francetv Éducation: Le repas du roi Louis XIV
Versailles Le chef Jean-François Piège ressuscite le repas royal de Louis XIV


その他

Une histoire des plaisirs du lit et de la table. Entretien avec Jean-Louis Flandrin
Internaut: Histoire de l'Alimentation
Wikipedia: Portail Cuisine française | Histoire de la cuisine française


日本語情報

幻想万象資料館:: 中世ヨーロッパの食卓 | フォーク | スプーン | ナイフ
食事作法の変遷 : 中世からルネサンスへ
フランス料理の発展と「臣民意識」や「市民意識」への影響




シリーズ記事【フランスの食事の歴史】目次

ブログ内リンク:
★ 目次:レシピ、調理法、テーブルウエアについて書いた記事
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ



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2017/04/17

シリーズ記事 【フランスの食事の歴史】目次へ
その11


フランスの食事の歴史を調べていたら、食卓でのマナーが出てきたので、このシリーズ記事とは関係がないけれどメモしておきます。

だいたいは何となく覚えたものでしたが、そんなことを言うのかな...、というのもありました。


1.招待した家の奥さんが場所を示す前にテーブルに座ってはいけない。

これはそうだな、と自然に覚えました。大勢のときなどは、席を決めている場合もあります。隣に座りたくない人を割り当てられたときは気に入りませんが、我慢するしかない!

レストランでも同じですよね。勝手に座ってはいけない。でも、私はトイレのドアのすぐそばというのは絶対に座りたくない。ここは嫌だと言うと、たいていは別の席にしてくれますが、中には頑固に席を変えてくれないお給仕の人もいます。そういうときは、さっさと店から出てしまうことにしました。席だけの問題ではなくて、食事を楽しめない店だろうと思うので。
2.全員にお給仕が終わってから食べ始める。

これは大事なマナーだろうと感じています。特に、食事を作ってくれた人が席につくのを待たずに食べ始めてしまうのは、非常に礼儀知らずになる。

でも、日本の男性たちは、料理を出されると、奥さんのことなどは気にせずに食べ始める人がいると感じます。自分がそれをやられると、非常に腹がたつ.!
3.口に食べ物がいっぱい入っている状態ではしゃべらない。

お行儀の悪い典型でしょうね。これは子どものときに厳しく躾けられているのだろうと感じます。
4.テーブルに肘をつかない。

食事が延々と、何時間も続iいて、おしゃべりしているときは、ついやりたくなってしまいますけれど...。

手をテーブルの上に置いておかなければいけない、というのもあると思います。食事を待つ間に、お行儀よく膝の上に手を置いておくというのは避けるべきことのようなのです。なぜなのかな?...


追記:

食卓で肘をついてはいけないというのは、フランス人たちは子ども時代にしつこく教育されるのだそう。とはいえ、それをやっている大人たちもいるのですけど!

友達が言うには、肘をついていると退屈しているようで、そのうち寝てしまうのではないかと思わせ、つまり他の人たちに失礼でお行儀が悪いからだと思っていたとのこと。

でも、それが理由かなという情報がありました。

中世からの伝統という説です。

このシリーズで書いてきましたが、中世のテーブルは足組に板を乗せて設置し、そこに大勢が座りました。そういう席で肘をついていると隣の人の邪魔になる。しかも、板を乗せただけのテーブルで肘をつくと、テーブルがひっくり返ってしまいかねない、というもの。

もう1つの説も中世からの伝統で、この時代は簡単に人を殺してしまったからというもの。

肘をついて手を隠していると、テーブルの下に武器を隠していて、気に入らない相手を傷つけてしまうので、そういうことはしていないことを示す。でも、中世には各自が持ち寄った短刀をナイフにして食事していたのですよね。殺し合いをするには、手をテーブルの上にのせていたってできるではないですか?...

私は1番目の説がもっともらしく感じました。中世の伝統と言っても、「 昔のフランスには、ダイニングルームがなかった」に書いたように、テーブルとイスを置いたダイニングルームが普及したのは19世紀なのですから、つい最近まで食卓で肘をつかれるとこまる生活をしていたわけですから。
5.飲物が欲しい場合は、自分ではお給仕せずに、欲しいと言う。

欲しいとは言えないですよ~! でも、自分でお酌するというのはできない。人にお酌して、ついてに自分のもという手があるのですが、女性の場合はそれができないのですよね。お酒のお給仕をするのは男性の役割ですので。

食事の招待者がお酌をしてくれるのを待つわけですが、大勢で食事するときには男性の誰かが給仕係をかって出ます。だから、男性の場合には自分のグラスが空になる可能性は少ない。

ノンベイの女性友達が、グラスが空になったとき、グラスをひっくり返して、わぁ~、と声をあげ、「ああ、グラスが空で良かった!」なんて言う方法を考えついていました。
6.食べ終わったら、カトラリーは皿に上に置く。

日本のマナーでは、フォークとナイフを揃えておくように、というのではないでしたっけ? フランス人たちを見ていると、置き方は気にはしていない感じがします。
7.ワインを飲む前には、グラスを汚さないためにナプキンで口を拭う。

ナプキンはそのために必要なのですか? 飲み続けていたら、飲むたびに口を拭うなんてやっていられないと思うけれど...。
8.パンはナイフで切らずに手でちぎる。

これは自然に覚えました。パンはちぎって食べるべきなのですよね。
9.パンで皿を拭わず、皿に残ったソースはそのままにしておく。

やってはいけないそうなのですが、それをするフランス人は多いです。私が料理を出した時には、ソースをきれいにパンで拭ってくれると、それだけ美味しいというジェスチャーなので嬉しいですけれど。それに、きれいに拭ってくれると、次の料理を出すときに皿を代えなくても良いので便利でもあります!

友達仲間で食事をするときには良いとしても、お上品に食事をするときにはすべきではない、というのは覚えておかないといけない...。
10.フォークは口に近づけるものであって、口をフォークに近づけてはいけない。

そうか...。意識していなかったな...。
11.皿は動かしてはいけない。スープ皿を傾けてもいけない。

お通しで出てくる小さな皿は、傾けて汁をすくおうとすることもあるけどな....。

でも、これはフランス人には基本らしい。日本に行くことになった友達が、日本でのマナーを勉強したらしくて、日本ではお椀を持ち上げたりして良いのですってね、と聞かれました。汁ものやご飯などは、お椀を持ち上げないと食べられないですが、フランス人には珍しい作法だと感じるらしいです。


マナーと言っても、大したものは並んでいないと思いました。食事は、気取らずに、楽しく、味わって食べるのが一番だと思います。


続く

シリーズ記事【フランスの食事の歴史】目次


ブログ内リンク:
フランスのレストランでのマナー 2008/04/12
フランス人から顰蹙をかうマナー違反 2009/03/05
フランス貴族は気取らない 2005/07/13
フランス貴族の見分け方 2007/09/25
スープの季節 (1) 日本の西洋料理を見て不思議に思ったこと 2007/12/12
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
Pourquoi ne doit-on pas mettre les coudes sur la table


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2017/04/16
旅行したとき目的地に到着したお祝いに飲むため、あるいはピクニックをするために、冷たく冷えた白ワインを持って行くことがあります。

シャンパンを持って行くなら問題はなし。でも、ワインだと、あれ! コルク栓抜きの道具を持ってきたっけ? と慌てることがあります。誰かしら持っているので、持って行ったワインが飲めなかったことはありませんが。

今回のシリーズで書きながら色々と情報を眺めていたら、コルク栓抜きは、誰が、いつ発明されたか、というのがでてきたのでメモしておきます。

シリーズ記事 【フランスの食事の歴史】目次へ
その10


ワインオープナー

「コルク栓抜き」と書いたのですが、日本ではどう言うのが一般的なのでしょうか?

フランス語だと、tire-bouchonで、つまり栓を引っこ抜くという意味。日本語に「栓抜き」というのがありますが、あれはビールのキャップなどを抜く道具ですよね。

Wikipediaでは、仏語のtire-bouchonからリンクされていたのは「コルクスクリュー」でした。

でも、スクリュー式でないものもあるではないですか? 


どういう名称で売っているかを調べたら、
ワインオープナー」という呼び名が気に入りました。




ワインオープナーが発明されたのは、いつ?

登場したのは17世紀、おそらく1630年頃だろうとのことでした。tire-bouchonという用語が文献に現れたのは1718年らしい。

正式に特許として認められたのは、1795年で、取得したのはSamuel Henshall。

ワインのコルク抜きという道具を発案したのはイギリス人なのだそうです。

ワインをボトル詰めするようになったら、しっかりと打ち込まれているコルクを抜く道具も必要になったわけなのですね。

それで、初めて登場したワインオープナーはどういうものだったか知りたくなりました。

まさか、こんな道具ではないですよね?!


Rob Higgs


初めて登場したコルク抜きは、スクリュー式の道具だったようです。

ピストルに弾を埋め込む装置にそんなのがあって、そこから発想を得たようなのです。

道具の名前から調べたら、こんなシステムらしい。


コルク抜きをフランス人が発明したのではないのはフランス人たちには面白くないようですが、彼らは木のワイン樽を考え出したのは自分たちの祖先のゴロワ(ガリア人)だったというのを誇りにしています。つまり、古代ローマ人でさえも思いつかなかったというわけ。



ワインオープナーには色々な形がある

ワインオープナーには色々な形があって面白いので、コレクションしている人たちもいますね。


Collectionneur de Tire-bouchons ( Collector of corkscrews )


よく見るタイプなのですが、下のような形のオープナーは「シャルル・ド・ゴール」と呼ぶタイプなのだそうです。


Tire Bouchon "Charles De Gaulle" Argenté


頭のある人体に見える。2つの取っ手は両腕を挙げたような形になり、ド・ゴールがそういうポーズで演説をしたから似ている、ということなのだそうです。そういう風に演説している姿は、こちらとかこちら

ド・ゴール将軍は、オーバーな演説口調をする人で、そうやって手をあげている姿が浮かぶので納得できました。


道具がなくても、ワインのコルクを抜くことができる

コルク抜きの道具がないと、ワインボトルが開けられないと思われませんか?

始めに登場したワインオープナーの画像がないかと探していたら、それは見つからなかったのですが、コルク抜きがなくてもワインは開けられるという情報がたくさん出てきました。

コルクに釘を入れてペンチで引っ張るとか、ボトルの底を割ってしまうなどというのまであったのですが、定番らしき方法がありました。

本当なのかなと疑いたくなるのですが、この方法を紹介している動画が幾つもあったので、知る人ぞ知るのテクニックのようです。

下の動画は、アル中のホームレスか誰かにワインをプレゼントした、という悪戯なのでしょうか?


Ouvrir une bouteille de vin sans tire bouchon

どこの国のことなのか分かりません。フランス語のコメントで、自分のお爺さんは1930年代にこの方法でワインを開けていたよ、と書いている人がいました。


道具として使うのは、靴です!

もっと真面目にテクニックを紹介しているのは、こちら。


Comment ouvrir une bouteille sans tir bouchon

始めに靴底でボトルを叩いていますが、それは余り効果がないという説明。ボトルに靴を履かせてしまって、横にした状態にして壁で叩くという方法です。コルクが飛び出してきたら、手で抜きます。


靴の踵が良いクッションになるようです、

ボトルをそのまま木の幹にぶつけているのがありましたが、木の皮は痛んでしまったし、叩く回数も多くないとコルクが飛び出してこないようです。


Comment ouvrir une bouteille de vin sans tire-bouchon


コルクに鍵を差し込んで、それを靴底で叩いて、それから鍵をスクリューオープナーのようにして引っこ抜くという方法もありましたが、これは力がいりそう!


INCROYABLE !! ouvrir une bouteille sans tire bouchon A VOIR !!!


ワインボトルは静かにしておいたものを飲みたいですが、ワインオープナーがなくて困ったときのために覚えておくと、役にたつことがあるかもしれない!

ワインオープナーがいつできたかより、こちらの方を面白がってしまいました。


続く

シリーズ記事【フランスの食事の歴史】目次




ブログ内リンク:
★ 目次: ワイングッズ、ワインのボトル、グラス、コルクなど
★ 目次: ワインなどアルコール飲料に関するテーマ

外部リンク:
Le Tire-bouchon : Histoire D'une Invention
Petite histoire du tire-bouchon
La mystérieuse beauté des tire-bouchons anciens
Origines du tire-bouchon
Le tire-bouchon, toute une histoire du sérieux à l’insolite !
Who Made That Corkscrew
☆ Tire-bourre
☆ Musée Gourmandise: Tirebouchons
Musée du tire-bouchon à Ménerbes
Musée du Tire-Bouchon
☆ Dico du Vin: Tire-bouchon
Connaissez-vous la véritable origine du tire-bouchon ?
ヴィンテージ・コルクスクリュー


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フランスのお酒 (ワインなど)



2017/04/14

シリーズ記事 【フランスの食事の歴史】目次へ
その9


18世紀には調理法も洗練されてきましたが、今日の私たちがフランス料理と考えるものは、19世紀になってから整えられたもののようです。

19世紀にフランス料理は大きく姿を変えたと言われます。ロシア式サービス(Service à la russe)というものが入ったのです。

ナポレオンが失墜してから(在位: 1804~14年、1815年)、ロシア人たちがパリに大勢入ってきた影響で、ロシアで行われていた食事のサービス方法がフランスで取り入れられたようです。ロシア大使として1808年から1812年まで パリにいたアレクサンドル・クラーキンがもたらしたという説が有力ですが、正確なところは分からないようです。

それまでの中世から続くフランスで行われていた方法は、フランス式サービス(Service à la française)と呼ばれます。

何が違うのか?

フランス式
サービスは何回かに分けて出てくるが、食べきれないほど色々な料理を並べて、食客は好きなものを食べる。

ロシア式
肉などは調理場で切り、食べきれる分量の料理を別々に出すので、冷めない料理を食べられる。
ロースト料理に重点をおく。

つまり、フランス式サービスは、今でいうところのセルフサービスとか、ビュッフェスタイルのような感じがあります。食べきれないほど出すので残り物がたくさん出るわけで、それは貧しい人たちや召使いに与えていた。ロシア式では、おすそ分けは残らないでしょうね。

結局のところ、ブルジョワ革命の後にはケチになったとも言えるのでは?... 革命の後は、貴族に雇われていた料理人が職を求めたのでレストランがで発展しています。ロシア式はレストランでするには便利なので気に入られたのだろうと思います。


火を使う台所は火事の危険がある

フランスで古城の見学をすると、たいてい最後に調理場の見学があります。そこで料理を振る舞ってくれるわけでもないのに、フランス人たちは嬉しそうにガイドさんについて歩いて行きます。台所では火を使うので、大切なものがある部屋からは離れているのです。

中世には、火事を恐れて、台所は別棟だったりもしたようです。


Histoire de Renaud de Montauban 

これでは料理が冷めてしまいますよね。雨が降っていたらどうするのだろう?

近世になれば、建物の中で台所から移動して料理を運べるのが普通になります。それでも遠いので、食事をする部屋には料理を温めなおしたりする装置もありました。もちろん、ワインやグラスを氷で冷やすということもしていました。


中世の宴会では、3回から5回に分けて料理が出ることが多かったようです。そのたびに料理を1品出すのではなく、複数の料理が出されました。これがフランス式サービス。

始めには、果物や季節の食べ物。次はポタージュと呼ぶ液体状のソース。次は「rôt」と呼ばれるメインディッシュで、ジビエ、家禽類、魚などのロースト。料理と料理の間にはentremet(アントルメ)も出されましたが、これは見せるための派手なものが多かったようで、これが出るときには音楽や曲芸などのアトラクションがありました。その後は、甘い菓子やケーキや果物などのデザート。

この後に、長引く宴会では酒が振る舞われたそうです。さらに親しい人たちは、宴会を開いた主のプライベートの部屋に入って、食後の消化をよくするためにワインやドライフルーツなど振る舞われることもありました。これを「boute-hors」と呼んだそうです。

中世には、宗教上の拘束もあり(肉を食べない日があったり、美食や酒にうつつを抜かしてはいけないなど)、食事は楽しむというよりも体力を養うために食べると考えられていたようです。ルネサンス期になると、食事を楽しもうとする傾向が現れてきました。


16世紀の祝宴

ルネサンス期のご馳走をテーマにした展示会があり、そのときの館長さんが展示物を見せながら16世紀の食事について語っています。


Les festins à la Renaissance : luxe, ordre et volupté



17世紀の祝宴

フランス式サービスというのは、テーブルが埋まってしまうほど料理を並べるのですね。



これは、ルイ13世が1633年にフォンテーヌブロー城で開いた祝宴の版画(こちら)を絵画にしたもので、描かれているのはルイ14世のように見えるものの、食卓は同じです。

宴会は盛大だったはずなのに、1列に14人しか座っていないので、絵のためにテーブルの長さをカットしてしまったようです。

お皿がこんなに並んでしまうと、現在にイメージするような気取ったフランス料理には見えませんね...。


中央にいる棒を持った人は、滞りがなくサービスが出来ているかを監督している給仕長でしょうね。

給仕長として歴史に名を残している人に、フランソワ・ヴァテル(François Vatel 1631~71年)がいます。シャンティイー城でルイ14世を招待した大切な宴会を指揮していたのですが、届いた魚介類の量が少ないのを苦にして自殺してしまったという人。皮肉なことに、彼が死んだあとに魚介類がたくさん届いたのですけれど、電話もない時代だと、そうなってしまうのだろうな...。

ヴァテルが働いた城を見せる番組がYouTubeに入っていたので入れます。フランスの城の台所がいかに立派であるかが見えるので。日本で城の見学をするときには、台所の見学はハイライトになっていないように思うのですが...。


Vatel, l'excellence à la vie à la mort - Reportage - Visites privées


18世紀の食事のメニュー

18世紀には、斬新的なレシピも生まれ、フランスの美食文化は高いレベルに達しました。

ルイ15世の夕食のメニューです(1751年)。


クリックすると、大きな画像を入れているサイトが開きます。

ずらりと料理の名前が並んでいます。この中から好きなものを選ぶというレストランではないのですから、全部が食卓に出てきたのだろうと思います。大きく5回のサービスに分かれていますが、これだけたくさんの料理を各自の前に並べることは無理でしょうから、離れたところに気に入った料理があったら歩いていったのでしょうか?

1750年にルイ15世のために開かれた宴会では、午前9時に始まって、午後8時に終わったと書いてありました。これは、ブルゴーニュにいると驚きはしません。朝からは食べ始めないですが、昼ごはんに招待されて、真夜中過ぎまでテーブルについたままだったということは珍しくありませんので。

でも、その時に出されたのは、各自11皿を並べるサービスが6回あったとのこと。ということは66種類の料理が出たということ? 日本料理は一口しかのっていない皿をたくさん出しますから、皿の数では驚かないけれど、そんなのではないでしょうから、やはりスゴイ!


ロシア式サービスの到来


L'avènement du service à la russe - Visites privées

始めのところで、フランス式サービスだと全員に料理が出されるまで食べられないので、料理が冷たくなってしまうと言っていました。

でも、中世の宴会でもそうだったのですが、肉を切る係りの給仕が高い地位にあります。でも、肉を目の前で儀式のように切るのは主賓格のためだけで、その他の食客たちには既に調理場で切った肉が出て来たのだ、と専門家の方がおっしゃっていたのですけれど...。


現在のメニュー

フランスの3つ星レストランで食事をしたときに出されたものを並べてみます。




現在のフランス料理のコース料理といったら、次のようになるのではないかと思います。
  • お通し(何品か)
  • 前菜
  • メイン料理: 肉か魚、あるいは両方。魚の後にお口直しのアルコール飲料入りシャーベットなどが出てから肉料理になることがよくあります。
  • チーズ(普通は食べ放題なので、ここまででまだお腹がすいていたらチーズをたくさん食べる)
  • デザート
  • コーヒーとお菓子

もちろん、もっと皿の数が多いコース料理もありますが、18世紀までの料理のメニューを眺めた後では、大したことがなかったな... と思ってしまう。これがロシア式サービスなわけでした。


続く

シリーズ記事【フランスの食事の歴史】目次


ブログ内リンク:
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ
ホイップクリームは、フランス語ではクレーム・シャンティイ 2012/06/06

外部リンク:
☆ 紀元前から現代までのメニュー色々: Menus d'hier
L'histoire des menus

中世:
Exemple type de menu repas médiéval avec recettes et boissons de cuisine médiévale du moyen age
Banquet

16~19世紀の食事風景の絵画:
WODKA. À Table !

17世紀:
Cuisine française: Au XVIIe siècle
Le Festin des chevaliers du Saint-Esprit, 1633-1634

17~18世紀:
Le souper aux XVIIe et XVIIIe siècles s'expose aux Arts Décoratifs de Bordeaux
☆ Interdisciplin'art: Menu d'un livre de cuisine au XVIIIe siècle
La gastronomie, un nouvel art de vivre du XVIIIème siècle en Lorraine

ヴェルサイユ宮殿:
Château de Versailles: Les tables royales
Francetv Éducation: Le repas du roi Louis XIV
Versailles Le chef Jean-François Piège ressuscite le repas royal de Louis XIV
France pittoresque: Repas sous le règne de Louis XIV
☆ Wikipedia: Étiquette à la cour de France: L'étiquette sous le règne du roi Louis XIV
Voyages du roi au château de Choisy (1753)
Un festin de roi

Wikipédia: Service (cuisine) / Service à la française / Service à la russe
メートル・ド・セルヴィスの会: サービスの歴史と給仕方法
日本エスコフィエ協会: 料理が語る歴史のひとこま



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2017/04/12
むかし、フランスに行くたびに泊めてもらっている友人を日本に招待したとき、私の小さなアパートに滞在してもらいました。

茶の間にしている畳の部屋で食事をして、それを片づけて、夜は彼女の布団を敷いて寝てもらいました。フランスでは来客用のベッドルームがあることが普通なのに、私のアパートは狭いので申し訳ないと謝ったら、とても合理的な部屋の使い方だと褒めてくれたのでした。まんざらお世辞で言っているわけでもないらしくて、部屋をダイニングと寝室に使ってしまうということに感心していたようなのです。

ずっと後になって、フランスだって、昔は、寝室で食事をすることが多かったのだ、と知りました。

ただし、何事も文句を言うのがフランス人。私のアパートの茶の間は6畳間と狭いし、天井は低いのが問題だったようです。泊めた彼女は、布団に入ったときに食べ物の臭いがこもっているのは難点だ、と文句はつけていたのです。

その後に自分で実験してみたら、鍋物などをした後の部屋は耐え難いほど臭いのでした。私たち日本人は意識しない傾向にあるのでしょうが、醤油や魚を使った日本料理は、たまらなく嫌な臭いがするのです。これについては、いつか書きたいと思っています。

シリーズ記事 【フランスの食事の歴史】目次へ
その8


フランスの家庭で、ダイニングルームがあるのが普通になったのは19世紀になってからだそうです。庶民はもちろん、貴族や裕福な階層が住む広い城や館でも、寝室や居間のような部屋に食卓が整えられて食事をしていました。


テーブルは食事の度に設える

昔のフランスには、ダイニングルームというものが存在していませんでした。

食事の時には、組み立て式のテーブルを設えました。足組をセットして、そこに板を乗せてテーブルにし、その上にテーブルクロスをかけて食卓にしていたわけです。

中世についてはすでに書いています:
★ 中世の食事 (2) 宴会でのテーブルの配置


いかにも設えたテーブルだと分かる絵があったので入れます。15世紀後半の作品です。


Syphax recevant Scipion l'Africain et Hasdrubal à sa table, vers 1485-1490

宴会のときには、人数に合わせて大きな部屋に場所を設えますので便利ではあります。

現代のフランスでも、田舎に住む人が100人も招待するようなホームパーティーを開くときには、公民館からテーブルを借りてくるのですが、足組を立てて、そこに板をのせてテーブルにするという形式があります。




寝室で食事する

普段は、寝室で食事することも多かったようです。暖炉があって、広間のようには大きくないので、寝室は暖かいから、ということも大きな理由だったでしょう。

17世紀、18世紀になっても、城主様の寝室が食堂になることも多かったようです。城を見学すると、ガイドさんがよく「dresser la table(食卓を整える)」というのは、そこから来ている表現なのだと説明します。

今では食卓に食器などを並べて食事の支度をすることを意味する表現なのですが、もともとは本当にテーブルを設置したわけなのです。城の見学をするのが趣味の私は何度も聞いているので珍しくもないのですが、フランス人たちは「なるほど...」と感心して聞いています。


ルイ14世在位: 1643~1715年の場合

ヴェルサイユ宮殿で暮らしたルイ14世は、規則正しい生活をして、それを儀式のように公開していました。食事に関しては、朝食は寝室でとり、昼食と夕食は別々の部屋を使う、という具合。

下の絵画は、ルイ14世がモリエールを朝食の席に招いたという逸話(1670年)を題材にしたものです。

Molière et le roi attablé. Le roi parle aux courtisans, Molière regarde le roi.
Louis XIV et Molière déjeunant à Versailles, par Ingres. Esquisse pour le tableau le Déjeuner de Molière, qui fut détruit en 1871 au palais des Tuileries. (Bibliothèque-musée de la Comédie-Française, Paris.)

右側に、緑色の天蓋があるベッドが見えます。

新古典主義の画家ドミニク・アングルが1857年に描いた作品なので、当時の様子を伝えているだけですが、寝室での食事はこんな感じだったはずです。

城の寝室は、私が友人を寝かせた6畳間の何倍もの広さがありますし、天井も高いですから、寝ていて食べ物の臭いがするということはなかっただろうと思います。

ルイ14世が1人でする食事は「Petit Couvert(プティ・クーベール)」。公開して見せる食事は「Grand Couvert(グラン・クーベール)」と呼ばれ、妻や子どもたちと共に食事をしました。

大勢の人がいるグラン・クーベールの様子を描いた絵があります(1710年):
Le souper au Grand Couvert.


午後10時、Grand Couvertで行われるsouperと呼ばれるヴェルサイユ宮殿での夕食は、時代によって、国王か王妃の控えの間(antichambre)をダイニングルームとしていました。部屋は決めていたわけですが、食事の時にはテーブルを設置していたのでした。国王は立派な椅子に座りますが、その他の人は折り畳み式の椅子に座り、通りかかった人たちは立ったままで見学します。

ヴェルサイユ宮殿にある王妃の控えの間の様子を見せる動画があったので入れます。始めに出てくる棒は、長さが1メートル30センチある給仕長の指揮棒です。


Versailles, l'autre visite : #02 - LE SCEPTRE DU GOÛT


フランス革命で断頭台の露と消えたルイ16世は、ルイ14世のように儀式張って派手なことをするのは嫌う人でした。「Grand Couvert」で食事するのは、祭日と日曜日だけとされていたそうです。


ダイニングルームが初めて作られたのは18世紀

このシリーズでも何回も画像を使いましたが、ヴェルサイユ宮殿につくるダイニングルームの壁に飾るために描かれた絵があります。

Le Déjeuner d'huîtres, Jean-François de Troy (1735)

Le Déjeuner de jambon(1735年), Nicolas Lancret

18世紀前半に描かれた絵画です。部屋が幾つあるのか分からないほど広いヴェルサイユ宮殿。食事をするためにしか使わないテーブルとイスを設置した部屋を作っても良いのに、この時代まで食事のためにテーブルを設えていたというのは不思議な気がします。


◆ 卓袱台(ちゃぶだい)の発想?

食事のときにテーブルを作る「dresser la table」という言い方は、日本で言う「膳立て」と同じ感じでしょうか?

日本にも、ちゃぶ台がありました。

Setsuko Hara in Meshi.jpg
映画『めし』(昭和26年)

折り畳み式ですよね? とすると、便利。

ちゃぶ台が庶民の家庭で使われていたのは、いつまでだったのか?

1887年(明治20年)ごろより使用されるようになり、1920年代後半に全国的な普及したが、1960年(昭和35年)ごろより椅子式のダイニングテーブルが普及し始めて、ちゃぶ台を使う家庭は減少していった、という記述がありました。

ちゃぶ台というのは、こんなに小さくて、きゃしゃなものでしたっけ? だから、「ちゃぶ台をひっくり返す」などという言い方ができたのでしょうけれど。


ちゃぶ台に似ていると思わせる絵画がありました。オランダの画家が18世紀半ばに描いた作品です。


Couple dînant devant la cheminée, 1650, Quiringh van Brekelenkam

寒いから暖炉の前で食事している庶民の生活を描いているようです。

文化の違いというのはあるけれど、共通した発想に行きあたると面白いと思います。


テーブルとイスが必要な食事の文化は不便

現代のフランスでは、食事をする場所が少なくとも2カ所ある家庭が普通だと感じます。家族だけの簡単に食事ができるテーブルは台所にあります。それから、家族でもちゃんと食事するとき、来客があったときに食事するための大きなテーブルがあるダイニングルーム。

フランスの家庭を見ていると、大勢で食事をするときには、大きなテーブルと人数分の椅子が必要なのは不便だと思います。

日本だと、座布団をたくさん持っていて、テーブルが小さければ座布団をぎっちり並べたりできますが、テーブルだと、足が邪魔で椅子をぎっちり並べることができなかったりもするのです。

10人以上が座って食事できる大きなテーブルを置いておけば良いわけですが、夫婦二人だけで住んでいると、いつもはその隅っこで食べるというのも楽しくありません。

フランスの家庭の多くは、必要なときには引き延ばすことができるテーブルを使っていることが多いと感じます。

下は、朝市で売っていた伸縮性のテーブルです。真ん中にある2本の足は、広げたときに下せるようになっています。


伸長式ダイニングテーブル 2013/01/02



続く

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★ 目次: ホームパーティー いろいろ
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
Comment dresser la table d'un repas, banquet, festin avec recettes de cuisine moyen age medieval
☆ Wikipedia: Renaud de Montauban » ルノー・ド・モントーバン
☆ Château de Versailles: Les tables royales
Versailles - Extraits - Extrait la cérémonie du grand couvert
Petite histoire de la table à manger
☆ Wikipedia: Salle à manger » 食堂
☆ Wikipedia: ちゃぶ台




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2017/04/10
フランスにいて、どうしてこれがないと食事できないのかな、と思うことがあります。


Serviette de table pliée artistiquement

人を招待したときにはナプキンを出して恰好をつけるというのではなくて、家庭での食事でもナプキンはなければならないものになっているのです。手で食べる料理には必要ですが、そうでなかったらいらないのではないか、と私は思ってしまうのですけど...。

シリーズ記事 【フランスの食事の歴史】目次へ
その7



古代ローマのナプキン

古代ローマ時代でも、mappa と呼ぶナプキンが使われていたのだそうです。

ただし、テーブルに置かれるのではなくて、各人が自前のものを持って行くものでした。白い布というシンブルなもので、時には金糸で縁取りがある程度。顔を拭いたりもしていたらしい。

としたら、日本人の感覚ではハンカチみたいなものではないですか?

フランス人にとってのハンカチは、ちょっと違うので、食事の席で出してきて使うわけにはいきません。

フランス語でハンカチはmouchoirで、命名からして鼻をかむときに使うのが大きな目的のようなのです。後は涙を拭く? 私はハンカチで鼻をかんだりすることがないので、ハンカチは清潔なものだと思っているのですけれど、フランス人に貸してあげるなどとは言わないようにしています。

ともかく、西洋ではナプキンとハンカチは別ものらしい!

古代ローマ時代には使われていた小さなナプキンは、中世には消えました。


中世

テーブルには大きなテーブルクロスがかけられるので、その端で手や口を拭い、ナイフも同様に拭っていたそうです。

当時のテーブルは、食事の時に脚台に板を乗せて作られ、2つ折りにしたテーブルクロス(doublierと呼ぶ)をかけました。このダブルクロス(doublier)は、そのうちテーブルの淵に長い布を置くことによってとって変えられます(longuièreと呼ぶ)。


La Dernière Cène, de Dirk Bouts, panneau appartenant au retable du Saint Sacrement (1468)
ディルク・ボウツ『最後の晩餐』



13世紀には、中世のテーブルナプキンと呼べるものが登場します(touailleと呼ぶ)。これは4メートルの長さがあるものを2つ折りにして縫い合わせたものを棒に付けたもので、壁に布巾(torchon)のようにかけておいて使いました。

それって、トイレにある手拭きにあるシステム? 当時の食卓にはフォークはなく、手づかみで食べていたので、手拭きは必要でした。touailleという言葉は、ナプキンというか手ぬぐいという感じで17世紀くらいまで使われたとのこと。貧しい家庭では、そういうものを手ぬぐいとして使っていたのでしょうね。

もっとも、宴会では「中世の食事 (3) 食べる道具としては、ナイフとパンがあれば十分」に書いたように、手を洗わせてくれるサービスもありました。




16世紀ルネサンス期

今日のテーブルナプキンが登場する。四角か長方形で、かなり大きいナプキンでした(長さ1メートルのものもあった)。

大きなナプキンが必要だったのは、当時に流行したコルレット(Collerette)と呼ぶギャザーがついたレースなどの飾り襟を保護するためでした。形が似ていることから果物のイチゴを意味するfraise(フレーズ)とも呼ばれた襟です。

マルグリット・ド・ヴァロワ
William I, Prince of Orange by Adriaen Thomasz. Key Rijksmuseum Amsterdam SK-A-3148.jpg
ウィレム1世 (オラニエ公) 
マリー・ド・メディシス
MargaretevonValois.jpg
マルグリット・ド・ヴァロワ
アンリ3世 (フランス王)

フランソワ・ダランソン
  

こういう突拍子もない(と、私には思える!)襟が、ルネサンス期、16世紀半ばから17世紀前半に王侯貴族や富裕な市民の間で流行しました。

日本にポルトガル人たちが来たときも、これが流行していた時期でしたね。学校の教科書でにあった南蛮貿易の挿絵を見て、不釣り合いに大きな襟に目が行ってしまったのを思い出します。

この時代には、裕福さを誇示するために大きな襟を付けることを競い合っていました。取り外しはできるのに、食事のときも付けたまま。

この服装がフランスでフォークを使うことを定着したさせたのですが、フォークで食べ物を口に持っていくだけでは、手間をかけてつくるレースの貴重品であるご自慢の襟を汚してしまうこともあります。

そこで、大きなナプキン(風呂敷のような感じでしょうか?)を首の回りに巻くようになりました。つまり、それまでは、赤ちゃんのよだれかけのようにナプキンを首の回りに巻くなどということはしていなかったのです。それ以前は、ナプキンは肩にかけるか、左腕に付けていたのだそう。

もちろん、こんな襟をカバーできるように上手くナプキンを撒くのは一人ではできないので、隣に座った人同士が首の後ろでナプキンを結ぶのを手伝うという礼儀作法までできたのでした。

そこから、今日でも使われている「joindre les deux bouts」という表現ができたのだそう。文字通りにいえば「両端を結ぶ」という意味なのですが、「帳じりを合わせる」とか「なんとかやり繰りする」という意味で使われるのです。たいていは否定文で使われて、今月はお金のやりくりがつかない、などという時に使われます。

つまり、こんな大きな襟をしているから、ナプキンでうまく隠して、それが落ちてこないようにしっかり結ぶのは大変だった、ということでしょうか。

ともかく、フランス人たちが嫌っていたフォークを使い、ナプキンもして、お上品に食べるようになったのは、こんな不便なファッションのおかげだったようです。

コルレットの流行は1630年代で下火になり、それ以降は控えめな襟になりました。

この時代、ダマスク風麻布のナプキンも普及しました。行儀作法として、グラスに口を付ける前にはナプキンで口や手を拭います。

ナプキンにはバラの香りを付けたり、鳥、動物、果物などの形に折ってテーブルに置くことも行われるようになりました。


ルイ14世の時代

ルイ14世(在位 在位: 1643~1715年)の食卓では、一人ひとりにフォークやスプーンが置かれるようになりました。とはいえ、王様は彼はフォークを使いたがらず、相変わらず手で食べていたそうです。

料理の間には濡れたナプキンが出されたと書いてあったのですが、それがどんなものだったのかは突き止めることができませんでした。


18世紀

ナプキンで覆わなければならないような大きな襟はなくなっていますが、18世紀に描かれた食事の絵画を眺めると、相変わらず大きなナプキンを使っていたのではないかと思わせます。大きな風呂敷のサイズくらい?

18世紀半ばの作品で、狩猟のときに野外で食事をとっている風景です。

Déjeuner de jambon - Nicolas Lancret - musée Condé
Le Déjeuner de jambon(1735年), Nicolas Lancret, Musée Condé

今でも、フランスの奥深くの田舎に行ったら、首にナプキンを挟んで食事するお爺さんがいそうな気がしますけど...。

18世紀、食卓は豪華になり、食器も凝ったものになってきます。カトラリーも現在と同じようになり、ナプキンは、食事の最初から最後まで使われるようになりました。

ナプキンはテーブルアートで重要な位置を占めるようになり、刺繍を施したり姓名の頭文字を入れたりする豪華なナプキンや、奇をてらった折り方も登場します。


19世紀

ナプキンは小さくなり、ナプキンリングも登場しました。

Napkin ring


20世紀以降

ナプキンは、どんどん小さくなります。

花嫁道具として、テーブルクロスやナプキンに姓名の頭文字を刺繍したりもする風習ができました。




今日では、大勢で集まるホームパーティーでは使い捨ての紙ナプキンを使うことも多いですね。


続き:
★ 昔のフランスには、ダイニングルームがなかった

シリーズ記事【フランスの食事の歴史】目次

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★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
La Serviette De Table : Histoire D'une Invention
☆ Wikipedia: ナプキン » 仏語 Serviette de table » 伊語 Tovagliolo
Etiquette and Napkin History
ナプキン(napkin)
Histoire de l’art de la table  la serviette de l’Antiquité à aujourd’hui
Si vous mangez avec une fourchette et que vous n’arrivez pas à « joindre les deux bouts », c’est parce qu’il y a eu la Saint-Barthélémy !
L’origine de ces fameuses expressions : « Joindre les deux bouts »
☆ Wikipedia: Collerette (costume) | Fraise (costume) » 襞襟(ひだえり)
☆ Wikipedia: おしぼり
☆ Wikipedia: ハンカチ » Mouchoir


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2017/04/08
食卓で使うナイフの先はなぜ丸くなっているのか、というフランスの記事がありました。
あれ、あれ。ナイフの先は尖っていなかったでしたっけ?...

  

フランス製のナイフを並べてみたのですが、右端のは折り畳み式のアウトドア用ナイフ。確かに、それに比べると、テーブルナイフの先は丸くなっていますね。

納得したところで続きを読みました。

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その6



テーブルナイフの先を丸くしたのはリシュリュー枢機卿

フランスでナイフの先が丸くなったのは、1610年の5月13日だった、なんていうことまで書いてあるのでした。

ルイ13世の宰相を務めたリシュリュー枢機卿(1585~1642年)が、食卓で使うナイフの先を丸くすることを思いついたのだそう。

Armand Jean du Plessis de Richelieu
Cardinal de Richelieu

なぜ、そんなことを考えたのか、想像がつきますか?

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