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2008/01/21

シリーズ記事 【不思議なクラムシ―の町(目次
その4

前回の日記(クイズ: この人は誰でしょう?)の解答です。

ブルゴーニュ地方のクラムシー町にあった彫像をお見せし、その人の職業を当てていただくクイズを出させていただきました。



コメントを下さった方々、コメントは残さなかったけれど考えてくださった方々、どうもありがとうございます!

難しいというお声が入ってきたので、もう少しヒントを増やさないといけない、と思ったところで、みごとな解答が出ました。

トラ猫さんのお答: 山で伐採した木を筏にして、川でパリまで運ぶ仕事
トラさんのお答:  筏師

このお二人で完璧な解答になります!
すごいです。おみごと~!!!


◆パリの発展を支えたクラムシーの筏(いかだ)師たち

彫像の下には、こう書いてありました:
AUX FLOTTEURS DE CLAMECY
(クラムシーの筏(いかだ)師に捧げる)

クラムシーはモルヴァンの山地が終わって、平野部になったところに位置します。そういう土地柄から、パリに木材を届けるという筏(いかだ)師という職業が生まれたようです。

筏(いかだ)流しは、16世紀から400年近くの間、この地方の大切な産業だったようです。

パリでは近郊の森の木材は伐採していて、材木が不足して来たのが原因でした。実際には、パリの周辺には森がたくさんあります。でも、そこは貴族たちの狩猟の森として利用する王家が所有する森だったので、勝手に材木を切り出して売るわけにはいかない。

それで、モルヴァンの森がパリに材木を供給するようになった、という経緯があったそうです。


◆筏(いかだ)流しのシステム

モルヴァンの山で切り出した材木がクラムシー町などに集まり、筏(いかだ)を組んで川をくだる。ヨンヌ川からセーヌ河に入り、パリまで木材を運搬できる。

それをしていたのが、この銅像にあった筏(いかだ)師の仕事だったのです。

* 筏は、幅4.5m、長さ75mの大きさに組まれた。それで200ステール(つまり、直径200mの立方体)。最盛期には、200ステールの大きさの筏が3,500もパリに送られた(合計70万ステール)。

クラムシーを出る筏には、前に筏師、そして後にもう一人でかじをとります。後部は子どもが多かったそうです。

セーヌ河にまで行けばパリへの流れに乗ることができるので、子どもの方はそこで家に帰ります。

パリまで材木を運び終えた筏師は、そこから歩いて帰路につきました。その旅には10~15日かかったそうです。

こうした筏流しはクラムシーを中心に周辺で行われ、それらの地域がもたらす材木は、当時のパリで消費される木材の9割を占めていたのだそうです。

いかだ流しには危険がありました。木材の筏流しを容易にするために、ニヴェルネ運河が作られたのだそうです。でも、60年もかけた大工事が完成したのは1843年完成。この頃には、木材に代わって石炭が燃料として使われるようになっていました!

それでも、鉄道が発達するまでは、ニヴェルネ運河は重要な水路として活躍したそうです。今は運河下りの旅を楽しめる観光資源として利用されています。

ちなみに、クラムシーを出発した最後の筏は1923年でした。

Les ports de Clamecy au secours de Paris !
Les Flotteurs de Clamecy



◆なぜパリに材木を運ぶの?

調べてみたら、「筏(いかだ)師」の仕事は日本各地にもあったようです。考えてみたら、日本のような山国、木造建築の国では、当然のことでした。

でも、パリでは木材で家を建築しません。柱などに使うことがあったにしても、そんなにたくさんは必要ないではないですか?

ブルゴーニュからパリに送られた材木は、燃料用の薪だったのだそうです。

考えてみれば、この当時、パリでも暖房は暖炉だったはず。パンを焼くにも薪がいりました。薪の火力で動く工場もあったのでしょうね。


◆筏(いかだ)師魂?

川を筏で下るには危険が伴ったことは想像できます。筏(いかだ)師たちは気性が荒かったようで、喧嘩もするし、暴動もおこすし、ストライキなどもしたという記録がありました。

そんな筏師たちには、楽しみもあったようです。

筏流しのシーズンが終わったとき、腕を競って楽しむ水上槍競技(joute nautique)のトーナメントを行ったのです。ただし、始まったのは19世紀に入ってから。それまでは、そんな余裕はなかったのでしょうか?・・・

クラムシーには水上槍競技の保存会があって、毎年7月14日に試合が行われるそうです。

各チームには、船の後ろの舳先に大きな竿を持って裸足で立った人が一人います。相手を水に落とした方が勝ち、というゲーム。

その様子を見せる写真はこちら:
Joutes nautiques

2枚目の写真がクラムシー式ゲームのトーナメント。
白いシャツとパンタロン姿で、チームは赤と青で色分けされています。つまり、フランスの国旗の色?
3枚目の写真はパリ式のゲームの練習風景。


フランスの水上ゲームは、地方によってよってルールが多少違うようです。
★ Wikipédia: Joute nautique


クラムシーの水上槍競技の写真を見て、面白いな、と思いました。日本にも筏師がいて、やはり川の上で腕を競う伝統があったようなのですから。

木場の角乗(東京都指定無形民俗文化財)



Des Racines et Des Ailes : En terre de Bourgogne - Côté Nature


追記(2015年)
クラムシーからパリまでの筏流しを再現したイベント:
Événement 2015 Un Train de Bois pour Paris

イベント予告ビデオ:


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コメント
この記事へのコメント
Re:フランスの筏(いかだ)師(01/21)
筏師!しかも「いかだ」って漢字でこう書くんですね。。なるほど、手にしている棒もこれで納得がいきます。

私の「橋かけ」ってのは確かにこれできたらスーパーおじいさん、銅像決定ですね(笑)

日本にもある職業ということで、こんなことも想像してたんですよ↓

http://www.gekkanbijutsu.co.jp/shop/goods/02070225.htm

ふんどし一丁でお客さん運ぶやつです。フランスにはありえないと思い書くのやめときました…^^;
2008/01/22 | URL | chiaki@静岡  [ 編集 ]
【Re】chiaki@静岡さんへ / フランスの筏(いかだ)師
>「いかだ」って漢字でこう書くんですね。



⇒ ワープロで打つと「筏」を出してくれますが、書いてあったら読めないです・・・。どうしてこんな漢字を書くのか調べてみたら、理由は分かりませんでしたが、漢字テストなどではよく使われるもののようでした。



>私の「橋かけ」ってのは確かにこれできたらスーパーおじいさん、銅像決定ですね(笑)

>日本にもある職業ということで、こんなことも想像してたんですよ

>ふんどし一丁でお客さん運ぶやつです。フランスにはありえないと思い書くのやめときました…^^;



⇒ 私もなかったと思うのですけど・・・。少し前にフランスの河川のことを調べていたとき、「昔は橋がなかった」のような記述があったのですが、どうしていたのかしら? また疑問が湧いてしまいました!

2008/01/23 | URL | ブルゴニッシモ  [ 編集 ]
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