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2011/07/25

ブルゴーニュワイン買い付け旅行】 その1


夏にはヴァカンス旅行する人が多いのですが、私はブルゴーニュに留まるのを原則にしています。一年で一番良い季節なのですから離れるのがもったいない、というのが理由。ところが、今年は南に旅行すれば良かったと後悔するほど寒い夏になりました…。

それでも、ちょこちょこと旅行はします。それから、ホームパーティーのお誘いも多いので、かなり忙しい時期です。こういう時期に仕事を抱えてしまっていると疎外感を味わって辛いのですが、今年は人並みに夏休みを楽しんでいます。


ワイン買い付け旅行

友人たちとワインを買いに行こうということになってから、少し日がたっていました。お天気が悪すぎるとか、家の工事に来る業者が約束の日に来なかったという人があったりで、旅行は延期していたのですが、ようやく決行。

ブルゴーニュのワインを買うのは日帰りでできるのですが、せっかくなので1泊旅行。少しは観光するほか、ついでに美味しい食べ物も仕入れたり、レストランの食事も楽しむことにしました。ワイン農家でしこたま試飲するのですから、レストランでは軽く飲めば良いと思うのだけれど、食いしん坊が集まると食事とワインにも凝ってしまうので食事時間がかなり長くなってしまいます。

というわけで、観光の方はちょっとオソマツな旅行になりました。予定していたワイン醸造農家も削って、買い付けに寄ったのは3軒だけ(プラス、お城の観光にワイン試飲付きだったのが1カ所)。

まるまる2日あったのですから、もっとたくさん行けたのはずなのに! でも、こういう機会に希少価値があるわけではない環境に住んでいるので、大した問題ではありません。ゆったり旅行するのがなにより!

「ここのチーズを買いたい」という農家と、「ここで食事したい」というレストランの近くにミュージアムがあったので、そこに行くかどうかが行きの車の中で検討されました。

検討なんて大袈裟ですが、私が反対していたからです。


始めのストップはカフェ

お昼近くなったので、カフェに入って食前酒として白ワインを飲むことになりました。ミュージアムは目と鼻の先。予約を入れたレストランに行かなければならないので、ミュージアムはパス、という感じになりました。

見つけたカフェは、昔風の、どうということのないカフェでした。ワイン産地ではないに、昔の風習が残っている田舎らしく、入ってくる男性たちは皆ワインを飲んでいたのが面白かったです。

カフェのご主人は耳が遠いのか、フランス語が流暢ではないのか、会話が通じませんでした。こういう判断は外国人の私にはできませんが(私の下手なフランス語が通じないという可能性があるので)、フランス人の友人たちが会話が通じていないのだから、カフェのご主人の落ち度なのだろうと思います。

カフェの壁面は、かなり上手な絵で埋められていたのですが、それはご主人の奥様が書いたのだそうです。

棚に飾ってあったブロシェ(パイク)という川魚の頭が見事に大きいので写真を撮ろうとしていたら、奥様が登場。一緒に写真におさめました。



絵を描けるだけではなくて、かなりの美人。幸せなご主人だったのですね…。
でも、私が興味を持ったのは大きな魚のお頭でありました。


行きたくなかったミュージアムに入る

ミュージアムは第2次世界大戦期の歴史を見せるものでした。2年近く前にノルマンディー地方を旅行したとき、見学するといえば戦争関係という地域に滞在してしまったので、まだ記憶が抜けていない今はそういうところに行きたくないと思ったのでした。

でも、みんなが行きたがっているので反対するのも悪いので見学することにしました。どうせ小さなミュージアムなので、そんなに時間がかかるはずもないのだし。

Centre d'interprétation de la ligne de démarcationという名前の情報センター。第2次世界大戦中、ドイツ軍がフランスに攻め込んで、フランスはドイツに占領された部分と占領されなかった部分に2分されました。その境界線になった運河の畔に、最近ミュージアムができたのです。



平和に見える運河です。 この向こう側に見えるのが非占領地区。話しを聞かなかったら、ここで様々なドラマがおきたとは想像できません。

*境界線がどういう風にできていたかは、Wikipediaのこのページに入っているフランス地図をご覧ください。北の赤い部分が占領地区で、南の青い部分が占領されなかった地域です。

境界線と、それがあった当時の生活についての資料を集めたミュージアムは、フランスではここにしかないとう貴重な資料センターなのだそうです。センターがあるのはGénelard村で、場所はこちら

フランス人たちは興味しんしんで見ていました。小さいスペースだし、予算も大してなかったらしいし、資料ばかりで地味ではありましたが、教育的価値があるようにうまく陳列されていたと私も思いました。

運河で2分されて行き来が自由でなくなってしまった当時の生活も興味深かったです。教会が占領地区で、それに付属するお墓が解放地区などいうのには笑ってしまいました。嘘の葬儀ミサをあげて、棺を墓地に運んだりもしたそうです。パン屋さんが占領地区にあるので、危険がない子どもたちがパンを買いに行く許可をもらっていた。夜にはボートで向こう岸に渡った、等など...。

私たちが食前酒の白ワインを飲んだカフェも、そのままの姿で写真に写っていました。

天井まで届くゼラニウムが珍しかったので写真をとったので、店構えをよく覚えていたのです。



運河の向こう側(つまり非占領地区)に渡りたい人を助ける人たちがいて(教会の司祭など)、この占領地区にあるカフェにそういう人たちが集まって脱出作戦を図ったのだそうです。ドイツ軍は警備の巡回をしていましたが、夜だと小舟に乗って逃れたりできたのだそうです。

私たちは、期せずして歴史的な役割を果たしたカフェで白ワインを2杯飲んだことを知って感無量。なんの変哲もなさそうに見えた田舎のカフェだったのですが、何だか不思議な雰囲気を感じたのでした...。

友人の一人が、くいいるように地図を身ながら、「お父さんが最後の手紙をよこしたのはこの町だ」と指さしました。死者が大量に出たことで有名な、北フランスのドイツ国境に近い町。負けるのが分かっていながら兵士たちを送り込んだと批判されたのだそうです。

その友人が親の話しをするのは聞いたことがなかったように思います。赤ん坊のときにお父さんが戦士してしまっていたのですね...。

ビデオを見ると40分くらいかかると言われていたのですが、余りにも小さくて見づらいテレビなので、これは省略。

予定していた時間にレストランに行けそうなので、途中で立派なお城の外観だけ眺める余裕もありました。

次の日記では、ボージョレーのワイン農家に行った話しを書きます。

― 続く -


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ミュージアムについての情報リンク(仏語):
Centre d'interprétation de la ligne de démarcation


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