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2011/08/23
「洗濯船」と聞いて、何か思い浮かびますか?

フランスが芸術の国として花開いていたころ、画家たちが集まったパリの建物の名前というのが日本で最も知られている洗濯船ではないでしょうか? でも、半世紀前くらいのフランスには洗濯船と呼ばれた洗濯をする場が存在していたのです。


モンマルトルの洗濯船

私が初めて「洗濯船(Bateau-Lavoir)」という名を聞いたのは、パリのモンマルトルにある安アパートの名前でした。

20世紀初頭、ピカソ、モディリアーニなど貧乏な画家たちがアトリエを構え、アポリネールやコクトーも出入りしたという、フランスの芸術が花咲いていた時期の遺産的存在。

彼らのアパートは洗濯船のように質素なアパートだったのだろうと思いました。モンマルトルは丘の上にあるのに「船」とつけられているのは奇妙。でも、当時のセーヌ河には洗濯船なるものがあったのだろうと思いました。

洗濯船がどんなものであるかは調べなかったと思いますが、セーヌ河に洗濯船があったのには違和感がありませんでした。日本でも、江戸時代には河川に風呂屋があり、それがお風呂に入ることを「湯船につかる」という表現の語源だと聞きましたので。

モンマルトルで洗濯船を見に行ったことがあったのですが、今は立派な建物なので当時の雰囲気を味わないのでがっかりしたのを覚えています。




洗濯船とは?

終戦直後くらいまでは、フランスの各地に洗濯船はたくさんあったようです。川辺に船を浮かべて洗濯場を作る商売があったらしい。田舎には小さな共同洗濯場がありましたので、洗濯船があったのは人口の多い町だったのだろうと思います。

田舎の共同洗濯場は郷土資産として美しく修復して残されているものが多いです。川に浮かぶ洗濯船の方は邪魔なので取り去られましたが、最近は復元したところも出てきたようです。

洗濯船が姿を消す時期に、最後の洗濯船を撮影された貴重な映像がありました。


Les derniers bateaux-lavoirs de Laval

お城めぐりで有名なペイ・ド・ラ・ロワール地方にある町ラバルのマイエンヌ川に残っていた洗濯船を、1969年にルポルタージュしています。

当時はもう洗濯機が登場していたので、洗濯する女性たちにアナウンサーが「洗濯機は使わないのですか?」と聞いていますが、特に年配の女性たちからは洗濯船が一番なんだという表情が伝わってきます。

ここを経営している男性は、そろそろ退職して年金生活に入るのだと言っています。 女性たちの井戸端会議のような場として好まれていたでしょうから、洗濯船がなくなるのは寂しいことだったでしょう。


洗濯鍋のシステム

上にリンクした映像では大きな鍋でお湯が沸かされています。お湯を使って洗濯し、川でじゃぶじゃぶ洗えたので、登場したばかりの洗濯機などよりはきれいに洗えたのではないでしょうか?

映像を見たあと、年配のフランス人たちと話していたときに聞いてみました。
「むかし洗濯をするとき、暖炉で燃した薪の灰を使ったんだって? 」

インタビューしたのは(おおげさ!)、田舎で育った50代と60代の人。

50代前半の人が、お婆さんが灰をためて使っていた、と即座に返事してきました。

もう一人は、洗濯ものを草の上に広げておくと漂白効果があった、と言いました。これは、むかしフィリピンで少し生活したときに私も見たシステムです。

二人とも昔の洗濯鍋は非常によくできていたのだ、と口をそろえて言いました。

洗濯をする鍋はただの鍋ではなくて、中央に煙突のようなものがある。それでお湯が煮立つときには水が循環するので、洗濯物がきれいに洗えるのだそうです。

「知らないの?!」と言われましたが、日本でもそのシステムを採用して洗濯していたのかな?...

今の洗濯機でも電気でタンブラーを回すわけですから、同じ原理なわけですね。

結局のところ、昔から人間が思いつくことって同じなんだな...。ポンペイの遺跡を見学したときも、この時代にすでに現代社会と河変わらない発想があったのだとショックを受けました。

現代になって発達したものといったら、コンピュータ、電気、放射能かな?...なければないで何とかなっていたか、ない方が良かったものばかり?...

原発反対をとなえる
小出裕章先生は、電気の発電はお湯を沸かして電気をつくるという単純なものなのだから、なにも原子力などという危険なものを使う必要などないのだ、と主張されていたのを思い出しました。

ところで、フランスの年配の友人たちに昔のことを聞くと、色々教えてくれるので驚きます。私には、子どもたちに「昔はこうだったのよ」と話せることが何もないです。せいぜい、昔は東京のど真ん中でも広い空き地があって遊べた、東京もはずれなら田圃があってカエルも捕まえられた、などと言えるくらい。

なぜなんだろう?...


この日記で書いたことに関する情報リンク:
☆ モンマルトルの紹介サイト: 
Bateau-Lavoir ⇒ 英語ページ
☆ 夏至異聞: 
パリの「洗濯船」
☆ 洗濯船がある風景の絵葉書アルバム: 
Les bateaux lavoirs - 1/2  | 2/2
☆ 洗濯鍋の写真があるページ: 
Le bateau-lavoir Saint-Julien (PDF)

ブログ内の関連記事:
目次: 昔の共同洗濯場と洗濯機
目次: サニタリーに関して (トイレ、浴室、洗濯、衛生)
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って


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カテゴリー: 歴史 | Comment (4) | Top
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コメント
この記事へのコメント
「洗濯船」の貴重な資料面白かったです。
モンマルトルの洗濯船は1970年に焼失したのが惜しまれます。貴重な文化資産だったのに。「洗濯船」についての素朴な疑問は「所詮セーヌの水で洗うのに、なぜわざわざお金を払って洗濯船で洗うのだろうか」ということです。セーヌの岸辺では洗濯が難しかったのでしょうか。田舎の共同洗濯場みたいなものは無かったのでしょうか。当時セーヌには「個室型の銭湯船」もありました。ルノワールやアンリ・ルソーが「洗濯船」を描いています。1910年のパリ大水害ではゴミはすべてセーヌの橋から「水に流した」そうです。日本人の感覚からすれば「セーヌの水で洗濯」は必要悪とはいえ、清潔さはどの程度だったのかと思わずに居れません。フランス人の「おふろ、洗濯」は日本人と比べてどの程度頻度は少ないのでしょうか。
2011/08/26 | URL | ETRETAT  [ 編集 ]
Re: 洗濯船」の貴重な資料面白かったです。
v-22ETRETATさんへ

INA(Institut national de l'audiovisuel)は良いサイトですよね。フランスは良い方向でカルチャーにお金をかけていると感じます。日本でも、こんな映像ライブラリーのサイトを作って欲しいです。

そうそう、モンマルトルの洗濯船は焼失してしまったのでしたっけね。印象派の画家のアトリエは幾つか訪問しただけですが、どこも作品を彷彿とさせる雰囲気が残っているので、モンマルトルのがなくなったのは本当に残念なことです。

>セーヌの岸辺では洗濯が難しかったのでしょうか。
⇒ 川岸が今のように整備されていない時代だったら可能だとは思いますが、水量が多すぎる川は洗濯が難しいのではないかな...。田舎のように清水が流れる共同洗濯場も、パリではかなり早い時期からなくなったのではないかしら。

>日本人の感覚からすれば「セーヌの水で洗濯」は必要悪とはいえ、清潔さはどの程度だったのかと思わずに居れません。
⇒ セーヌ河での洗濯に限らず、昔のパリの衛生事情はかなり悪かったと本で読んだことがあります。洗濯に関しては、お金持ちはセーヌ河などでは洗濯させなかったと思いますが。

>フランス人の「おふろ、洗濯」は日本人と比べてどの程度頻度は少ないのでしょうか。
⇒ フランスでは湯船に入るのは健康に悪いとして避けられた時代さえあるので、いまだにシャワーの方が好きだという人がいるので興味深く思っています。そのくせフランス人を日本の温泉に連れて行くと誰でも喜ぶのですけれど。

洗濯に関しては、フランス人もかなりこだわると感じます。洗濯機の性能も日本のよりずっと良いので好きです。洗濯機が回っている時間は非常に長いですが、水温の調節もできるので、漂白剤を使わなくてもきれいになってしまう。
2011/08/26 | URL | Otium  [ 編集 ]
灰かぶり姫
灰で洗っていたという経験談ははじめてでした。
灰かぶり姫は洗濯女だったのでしょうか。
ブログへのコメントありがとうございます。
フランスは好きなので、ゆっくり読ませていただきます。
2011/09/05 | URL | 夏至異聞  [ 編集 ]
Re: 灰かぶり姫
v-22夏至異聞さんへ

リンクのOKをくださり、どうもありがとうございます♪

>灰で洗っていたという経験談ははじめてでした。
⇒ 洗濯に灰を使っていたというのを知ったのはイタリアについて興味深いブログで知ったので(下のURL)、フランスでも同じだったのかと聞いたのでした。昔のフランスではマルセイユの石鹸が有名だったと聞いたことがあるのですが(今でもそのブランド名の石鹸が売られていますが)、高価だったとも聞いたので私は納得しました。
http://italiashio.exblog.jp/14269006/

>灰かぶり姫は洗濯女だったのでしょうか。
⇒ シンデレラのことですよね。洗濯とは関係ないように思うのですが、どうなのでしょう?... Wikipediaの仏語ページでは、仕事が終わると灰の上に横たわったからついた名前だ、灰は屈辱のシンボルだった、などという説明があったのですが、Wikipedia情報は間違いも多いのでわかりません...。
2011/09/12 | URL | Otium  [ 編集 ]
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