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2008/04/30

シリーズ記事 【ロマネスク教会のヴィジット】 目次へ
その3  ロマネスク教会 (2)


前回の日記でご紹介したスミュール・アン・ブリオネ村には、美しいロマネスク様式の教会があります。

サンティレール教会


Eglise Saint-Hilaire

12世紀から13世紀にかけて建設された教会です。

教会内部は、クリュニー会の教会堂の特徴を良くあらわしたつくりになっているそうです。今回参加したヴィジットでは、建築のどこを持ってクリュニー傘下の教会かを判断する方法も教えていただいたのですが、長くなるので省略します。

ここは何度も訪れている教会なのですが、全く気付かないでいたことも教えてもらったので、とても興味深い見学になりました。

扉の上にあるティンパヌム(仏語ではタンパン)があって、その説明も面白かったので次回にメモするつもりですが、今日は別のお話しを書きとめておきます。


巻き貝状の天井桟敷

下の写真は、教会の西側にある入り口です。

写真1:


この教会の入り口に立ったとき、ティンパヌムしか気にしていなかったのですが、もう一つおもしろいものがあることを教えてもらいました。

この入口から入って、扉を振り返ったところが、下の写真です。

ここが注目する部分!

写真2:


写真の下に明るく見えるのが入口の扉部分です。
その上にある巻き貝のようなところがあります。

これをフランス語では「tribune en encorbellement」と呼ぶそうですが、ここでは「天井桟敷」という言葉を使うことにします。

外の光とのコントラストが強すぎる日だったので、きれいに写真がとれていません。ウィキペディアに良い写真がありました。こちらをご覧ください。

この巻き貝のように見えるところは、石なのにきれいだな・・・ としか思っていませんでした。


天井桟敷は何に使っていたのか?

手すりがあるので、人が入る場所であることは確か。普通はパイプオルガンがあります。でも、ない。

パイプオルガンがないから、きれいな石積みを見せたのだろうか?・・・

あるいは、聖歌隊が陣取るのかな、とも思ったのですが(ヴェルサイユ宮殿のチャペルはそうなっていたので)、そうではない。


案内してくださったロマネスク教会の研究者の説明は、以外なものでした。

ここは、死者のためのミサをあげるための祭壇だったそうです。

本山のクリュニー修道院にも、同じような祭壇があったと推測されているそうです。この修道院はフランス革命のときに酷く破壊されてしまったので、今ではごく一部の建物しか残っていません。

フランスにある多くの教会は、フランス革命期のときの傷跡を残しています。
そのことを書いた過去の日記: 



天井桟敷に通じる通路はない!

ところが、そこに通じる通路がありません。2階のアーチがある所を歩いて行けそうに見えるのですが(歩ける教会もあったと思う)、この教会の場合は通路になっていないとのこと。

どうしたのか?・・・

ドイツの学者が発表した仮設を答えとして教えてもらいました。今では、信ぴょう性があるとして認められた定説になっているそうです。


入れないところでミサをあげるはずはないですよね。昔はちゃんとは入れたのに、今はその通路がなくなってしまっているだけなのだそうです。

亡くなった僧侶の命日にミサをあげるわけなのですが、死者は増えるので、頻繁にミサをしなければならなくなって大変。

それで、クリュニー修道院は、日本でいえばお彼岸のような死者の日を定めて、まとめて死者のミサをするということを考案したのだそうです。

* 現代のフランスでは、11月1日のトゥーサンという祭日(諸聖人の日)の頃にはお墓参りをする風習があります。トゥーサンの翌日が「死者の日」となっているからなのですが、それを定めたのがクリュニー修道院の院長Odilon。11世紀初頭のことでした。


ともかく、教会の入り口の上にあった死者のためのミサを行う桟敷(というか、祭壇)は使わなくて良くなった。それで、通路はなくした。

・・・というのが仮説です。

そうだとしても、昔は、あの高いところにある天井桟敷でミサをあげていたとしたら、ちゃんとした通路がないのに、どうやって入ったのでしょう?

ヒントは、教会の入口の写真(写真1)にありました。

ご覧になって、ドイツの学者が見つけた答えを思いつかれますか?

私がどんな答えを聞いたのか?・・・フランス革命がもたらしたもの・・・


どうやって天井桟敷に行ったのか?

写真1をよくご覧になると、教会の外側にある入口の上に四角い枠が見えます。

ドイツ人の学者の説は、そこが昔は入口になっていたというものです。

確かに入口をふさいだように見えます。左右には、横木を支えられるようなでっぱりもあるので、そこにこ足場を築いていたことも可能でしょう。

それにしても、外から高いところに入るというような不自然なことをなぜしたのでしょう?・・・


教会の見学の後に会った村役場の人は、学説については知らなかったのですが、別の可能性を示していました。

教会内部にある階段から入って、四つん這いになって進めば、天井桟敷に行けないことはないのだそうです。

教会の外に階段をつくって上がったというのも奇妙な話しですが、僧侶が四つん這いになって行く、という話しも不自然ではあります...。???...

旅行記の続きへ: ティンパヌムの彫刻を読む 2008-05-02


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