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2011/10/25

ディジョン市美術館 その1


ブルゴーニュ地方の行政中心地ディジョンには、ブルゴーニュ公国時代の宮殿の一部を使った美術館があり、地方都市としてはトップクラスの所蔵作品を誇っています。

その中でも目玉となっている展示物は、ブルゴーニュ公の立派な棺ではないでしょうか?


2人のブルゴーニュ公の棺



フランス王家より豊かだったとも言われるブルゴーニュ公国時代の遺品は、スイスなどに没収されていてブルゴーニュ地方には余り残っていないので、当時の贅沢さを知ることができる貴重な遺産となっています。

ブルゴーニュ公国が隆盛を誇った時代には以下のあだ名で呼ばれる4人のブルゴーニュ公がいるのですが、ここにある棺はフィリップ豪胆公(写真)と公妃マルグリットと一緒のジャン無怖公(写真)だけ。

フィリップ豪胆公(Philippe le Hardi 1342-1404年)
ジャン無怖公(Jean sans Peur 1371-1419年)
フィリップ善良公(Philippe le Bon 1396-1467年)
シャルル突進公(Charles le Téméraire 1433-1477年)

シャルル勇胆公の墓は、ベルギーの古都ブルージュにある教会の中に、彼が溺愛した一人娘マリー・ド・ブルゴーニュ(ブルゴーニュ公国最後の後継者だったけれど若死にした絶世の美女)と並んで立派な墓(写真)が残っています。

不思議なことに、上にあげた4人のブルゴーニュ公の中で最も人々に愛されていたフィリップ善良公の墓は存在しません。

現在ディジョン美術館にあるブルゴーニュ公の棺は、ディジョンの町はずれにあるシャンモル修道院(Chartreuse de la Sainte-Trinité de Champmol)にフランス革命まで安置されていました。フィリップ善良公もそこに遺体を安置されて、息子のシャルル勇胆公には立派な棺を作る指名があったはず。

でも、戦争で忙しくて時間がなかったのか、父親と仲が悪かったから無視したのか、ついにフィリップ善良公の棺はつくられませんでした。


ディジョンにあるブルゴーニュ公の棺は、今だけ貴重な姿が見える

この日記の一番初めにいれた写真は数年前に撮影したものです。今ディジョンの美術館に行っても、この部屋は閉鎖されていて入れません。

しばらく前から部屋は修復中で、棺の彫刻は修復されるためにアメリカに行ったと聞きました。

フィリップ豪胆公の棺の方は、棺の下にある見事な彫像(泣いている聖職者たち)が帰ってきて展示されているらしいと聞いたので見に行ってみました。

10年1日のごときで何も変化しなかった古都ディジョンは、社会党の市長になってから見違えるほど活気づきました。市営美術館も入場無料になったので、棺を見に行くだけでも気楽に立ち寄れるのでした。

棺の下に並んで、ブルゴーニュ公の死を悲しんでいる僧侶たちの行列はバラバラにされていました。今までは気が付かなかった些細な点までよく見えます。



左側に写っている鼻をつまんだ人が妙に気になったのですが、涙をこらえるために鼻をつまむというのがあるのかな?…



記憶に残っていたのは、僧侶たちが頭巾で顔を隠している姿だったのですが、こうやって偉そうにしている人たちもいたのに気がつきました。

普通なら見えない後ろ姿を見るのも興味深かったです。 棺の下に並んでしまったら見えないはずの部分まで彫刻がほどこされているものが大半でした。



修復が終われば、もとのように棺を並べた姿になるので、バラバラになった僧侶の像を見れるのは今だけなのだそうです。


まだアメリカにいるブルゴーニュ公

ジャン無怖公の棺を飾る泣く僧侶たちは、現在アメリカ各地で展示されているそうです。

予定表を見たら、2012年の4月中旬まで入っている。ディジョンに帰ってきてから組み立てられるとすると、もとの姿を見れるようになるのはまだずっと先ですね。

展示室が再び公開されるときには、棺を上から見ることができるようになるそうです。昔は中二階のようなスペースがあって、棺に横たわるブルゴーニュ公の姿を上から眺めおろして良く見えたのですが、いつの頃からかそこに上がるのは禁止になっていました。

ジャン無怖公の僧侶たちの彫像も取り外して解体されたらしく、次のサイトで実によく眺めることができます。
The Mourners Tomb Sculptures from the Court of Burgundy

実物を見るより良いかもしれない。マウスで僧侶たちの像をクルクル回してみることまでできるのです!

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★ カテゴリー: ブルゴーニュの歴史

情報リンク
ディジョン美術館オフィシャルサイト: Musée des Beaux-Arts de Dijon
La chartreuse de Champmol, « Saint-Denis des ducs de Bourgogne » (XIV°-XV° siècles)
☆ Wikipedia: シャンモル修道院
☆ フランス政府観光局: ディジョン


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コメント
この記事へのコメント
謎解き
Otiumさん、この写真を見てようやく謎が解けました。
96年にロマネコンティの畑を見にブルゴーニュを旅した時の写真で
なんの写真かわからないものがありました。
「誰かのお墓みたいだけど」と家内も言っていたのですが、
ようやく判明しました。
今昔の写真を全部スキャナーで読み取ってデジタル化しているのです。
ありがとうございました。
2011/11/05 | URL | 豊栄のぼる  [ 編集 ]
Re: 謎解き
v-22 豊栄のぼるさんへ

お役にたてて嬉しいです♪ 私も一部はデジタル化したのですが、面倒なので大半はそのままになっています。デジカメは撮影時間まで記録されているので、前の写真との時間差がどのくらいあるかなどから撮影場所を推測する手も使えるのですが、それがなかった頃の写真はお手上げです。全部整理してデータをアルバムに入れられたらすっきりなさるでしょうね...。
2011/11/05 | URL | Otium  [ 編集 ]
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