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2011/11/16

シリーズ記事 【パリとピカルディー地方の旅行】 目次へ
その18: ピカルディー地方 (2) シャンティイ - 2


前回の日記からシャンティイ城のコンデ美術館に行ったときのことを書いているのですが、特別展をしていました。


シャンティイの磁器



特別展は柿右衛門様式の磁器にハイライトがあてられていました。フランス革命以前のシャンティイでは、柿右衛門風の磁器を作っていたのです。その作品の展示が特別展でした。

特別展の名前は次のとおり:
Singes et Dragons. (猿と竜)
La Chine et le Japon à Chantilly au XVIIIe siècle (18世紀のシャンティイにおける中国と日本)
開催: 2011年9月14日~2012年1月1日

中国と一緒にされていてるのが気に入らないけれど、このコンデ美術館には当時はやったシノワズリーの影響で作られた猿の絵が描かれている優れた作品があるのです。


シャンティイの磁器の歴史

展示会では説明があったでしょうに見落としていたので、シャンティイの磁器の歴史を少し調べてみました。

ルイ14世の時世の終わり頃から、フランスの貴族たちは異国趣味を持つ傾向が強くなった。シャンティイの城主ルイ・アンリ・コンデ公(1692-1740)は中国や日本の陶器もコレクションする。

コンデ公は中国や日本から磁器を輸入するための大きな出費をおさえるために、自らが磁器を生産させることを考える。1730年、彼は磁器工房のために土地を買い、その通りの名は「rue du Japon(日本通り)」と名付けられる。1725年、Cicaire Cirouという名の磁器製造人がシャンティイに招かれ、ソフトペーストの磁器を1735年まで作らせた。18世紀後半にリモージュでカオラン(白色粘土)が発見されるまでは、生産される磁器にはカオランが含まれていなかった。当時の磁器工房は、現在の「4, rue de la Machine」の住所にあった。

ルイ・ジョゼフ・コンデ公(1740年~1818年)は職人に柿右衛門のコレクションを見せ、コピーを作らせた。彼は同時に漆器の工房も作っている。しかし、フランス革命勃発(1789年)により磁器窯は閉鎖されてイギリス人の手に渡った(1792年)。そこでは土でイギリス式パイプが生産されたが、製造は1870年に中止される。

革命勃発後に外国に亡命していたコンデ公が、王政復古の国王となるルイ18世を伴ってフランスに戻ったのは1814年。彼の孫アンギャン公は、すでにナポレオン1世によって処刑されていた(1804年)。

革命後も細々と生産されていたシャンティイの磁器(Porcelaine de Chantilly)は1870年に姿を消す。


特別展では柿右衛門様式の食器がたくさん並んでいました。



変にフランス風にしないで、柿右衛門の良さがでる作品でした。考えてみると柿右衛門はおしゃれですから、フランス人に好まれるデザインだったろうと思います。

フラッシュをが使えなかったので、写真がボケていて申し訳ない。

Wikipediaには「シャンティイの磁器」の例として大きな画像が入っていました

それよりは小さな画像になりますが、コンデ美術館の所蔵品を見せるサイトにある所蔵品コーナーでは、柿右衛門様式磁器の写真がたくさん入っています。
Collections du Musée Condé: Kakiemon

写真をクリックすると拡大写真が見れます。展示ではガラスケースの中に入れられていたので、こちらの方がよく見えるくらい!


日本が真似された

フランス革命前にフランス国内で柿右衛門様式の磁器を焼けるのは、ここシャンティイだけだったそうです。

「認可されていたから」と言われたのですが、許可を出したのはフランスの王様でしょう? 柿右衛門が認可したわけではないのに、勝手に作ってしまって良いのかな?… 今の時代だったらコピーライトとかなんとか言われるのではないでしょうか?

展示品の中で面白かったのは、本物の柿右衛門とシャンティイで作られたコピー品を並べた陳列。



骨壺と説明がありました。フランスは土葬なので必要なかっただろうと思うのですが、美しい壺なのでコピーを作ったのでしょうね。

これを見たのは1カ月近く前のことなので記憶が定かではないのですが、奥にあるのが本物で、手前のがシャンティイ製だったと思います。

見比べて眺めたのですが、絵付けの位置が少しずれている程度で本当にそっくりでした。この大きさのものを焼くのはとても難しいそうなので成功作品のようです。


ヨーロッパで好まれた柿右衛門様式

この日記を書きながら知ったのですが、柿右衛門様式はシャンティイだけではなく、当時のヨーロッパでは他にも作られていたのでした。

マイセンのが最も有名なのでしょうね。

ネットで販売されているものを「柿右衛門」のキーワードで検索したら、マイセンの商品が幾つも出てきてしまいました。

柿右衛門様式はとても美しいと思います。 色合いや柄が好き。

柿右衛門がシャンティイで作られていたというのも、なぜかシャンティイ城に惹かれる理由の一つかもしれない。この城の城主だったコンデ公は、柿右衛門や漆器の工房を作らせたほかにも、なぜか日本に関わりがあります。

私にとっては日本のものと思える小豆(あずき)や米を使ったフランス料理には、コンデ公の名前を使ったものがあるのです。それから、シャンティイ市は白鷺上がある姫路市は姉妹都市。不思議なご縁です...。

コンデ公が始めたシャンティイの磁器生産は途絶えてしまいましたが、今では窯が復興して柿右衛門様式の食器も作っています。コンデ美術館のブティックでも売っているし、シャンティイの町なかにも扱っている店があります。

でも、歴史ある磁器窯の流れから外れてしまっている。
続いていれば良かったのに…。

今年の初めには佐賀県の唐津に行ったのですが、ここも博物館で見た江戸時代に作られていた古唐津の方が気に入りました。どこが違うのか分からないのですが、美しい…。

シャンティイ城に行ったときのお話しは、もう1つ書きます:
子どもたちを自然に親しませるシャンティイ城のイベント

ブログ内の関連記事:
パリ国際空港から近いシャンティイ城 2011/11/15
★ このシリーズ記事の目次: パリとピカルディー地方の旅行
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ

情報リンク
☆ プレスリリース: Singes et Dragons. La Chine et le Japon à Chantilly au XVIIIe siècle
Singes et Dragons. La Chine et le Japon à Chantilly au XVIIIe siècle
おもしろ日本美術: 江戸のはじめのジャポニズム「Kakiemon」
18th Century Porcelain
ヨーロッパの柿右衛門
酒井田柿右衛門
Histoire de Chantilly en dates
Porcelaine de Chantilly


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コメント
この記事へのコメント
ほぉ~!
柿右衛門がシャンティーイ城にもあったとは知りませんでした。
しかも作っていたなんてビックリです。
さすが柿右衛門、ヨーロッパで大人気ですね。
ヨーロッパには無い構図だし、絵柄は今でも変わらず人気ですよね。
いつか、私も佐賀県の柿右衛門を訪ねてみたいです~。

2011/11/18 | URL | pepe犬  [ 編集 ]
Re: ほぉ~!
v-22 pepe犬さんへ

pepe犬さんがご存じなかったとはちょっと寂しいですが、シャンティーイの磁器は生産量も少なかったでしょうから、ほとんど知られていないのでしょうね。コンデ博物館でも、普段は目立つようには展示していなかったように思います。こんなに所蔵していたと知っておどろきました。

時代も国も越えて評価される作品って良いですね...。
2011/11/19 | URL | Otium  [ 編集 ]
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