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2011/11/26
本を回し読みしている友達グループが東京にあります。集まったとき、「あなた、これ読みなさいよ」と本が出てきます。

ところが、「わぁ、私も読みたいな~!」と思っても、いつも本は私の目の前を横切っていくだけ。フランスにいる人なんかに貸したら却ってこないということなのでしょう。

ところが今回は、日本滞在が長いからとか本を手渡されました。
それが、この本↓

何歳まで生きれば“ほどほどに”生きたことになるのか?長寿をもてはやし抗加齢に踊る一方で、日本人は平均で男6.1年、女7.6年間の寝たきり生活を送る。多くの人にとって長生きは苦しい。人の寿命は不公平である。だが「寿命を大切に生きる」ことは単なる長寿とはちがうはずだ。どうすれば満足な死を得られるか。元気なうちにさがしておく「死ぬのにうってつけの時」とは何か。数々の老人の死を看取ってきた現役医師による“死に時”のすすめ。

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むかしから、日本人は長寿、あえて言わせてもらえば、何でも良いから長生きすれば良い、という考えが強いと感じていました。ですので、日本でこんなことを言ったら攻撃されるのではないかなと思う内容の本。でも、読んだ人の感想をみると、賛同している人が多いようですね。

上にリンクした本をクリックすると、この本の目次や感想が読めます。


へそ曲がりも悪くない?

この本は、私が漠然と思っていたことを代弁してくれたという感じで気に入りました。

悲惨な老後の苦しみを味わった人たちの例がたくさん出てくるのですが、少しだけ、私のようにへそ曲がり人間が登場して、それが良いと紹介されているのが嬉しかったです。

例えば、無類の酒好き、医者ぎらいの富士正晴という方。散歩が身体に良いと聞くと、それまでしていた散歩をやめ、滋賀直哉が死の床で点滴を引き抜いたという話などを面白がっていたのだそう。
p.174

私は人から「健康に良いから」と食べ物を勧められると、食欲が減退して、全く食べる気がしなくなるのです。

『徒然草』にある文章も紹介されていました:
命長ければ辱多し。長くとも、四十に足らぬ程にて死なむことめやすかるべけれ。
P.191

私は健康診断を受けないことにしているのですが、思えば40歳くらいから受けていないように思いました。 別に、受けないぞ! と息張ったわけではなくて、もう十分に生きたから無理して長生きしなくてもいいや、という感じでそうなっただけのことですが。

花粉症とか、胃が痛いとかいうのは医者から薬をもらいたくなりますが、健康診断で発覚するような大きな病気にかかったら、それが天命と思いたい。

もっとも、死に時を40歳とした吉田兼好は67歳まで生きたそうです。友達とおしゃべりしていて、「私、長生きしたくないもん」と言うと、「そう言う人に限って長生きするのよ」と薄情なことを言われてしまいます!...


◆ 医学が進歩したことによる弊害

簡単に死ねない時代
 今はちがいます。どんなにつらい長生きでも、延々と生きなければなりません。あるいは死が迫ってきても、なかなかすんなり彼岸へ渡れません。医学が進歩したからです。
P.57


友達に言われて気になっていたことがあったのですが、それがこの本で解明された思いがしました。

曽祖母、祖父母、両親がお家にいて育った人なのですが、お母様が亡くなったとき、ぽつりと言ったのです。
「自然に死ねるのは、お爺さん、お婆さんの時代までだったな...」

長いこと病気の治療をしていた彼女の母親が、いよいよ最後らしい状態になって入院させたとき、お医者さんから聞かれたのだそうです。酸素吸入器だか何かの装置を取り付けて欲しいかどうか。取り付ければ命が伸びるけれど、後になってから、意識もないのに苦しむだけでは可哀そうだと判断しても遅い。それを取り外したら殺すことになるので、医師としては絶対にできない。だから、取り付けるかどうかを決めて欲しいということだったのです。

彼女は家族会議を開き、「お母さんは植物人間になっても長生きするのを喜ぶ人ではなかったから」ということで装置は取り付けないでもらったそうです。でも、そういう判断をするのは本当に辛いと思う...。

それにしても、聞いてくれたお医者さんは親切だったようです。入院すると、あたかも悪魔に命を捧げてしまったかのように、人間の尊厳なんか無視されるようなエピソードが本ではたくさん語られていました。

 これまでの医学は、命を長らえさせることを目的としてきました。病気や怪我で自然な寿命を縮められていたあいだは、それでよかった。しかし、今はその時代を過ぎています。自然な寿命以上に命を長らえさすと、悲惨な長寿になってしまう。
P.191

 安楽死の問題は、近代医療の発展以後に出てきた問題です。
 末期医療でさまざまな治療法が開発され、死にもしない、助かりもしないという状況が出てきて、はじめて安楽死が議論の対象になりました。患者はただ苦しいだけなのだから、楽に死なせてやればという考えが出るのは当然です。
 近代医療の発達する前は、たいていの人が自分の家であまり苦しまずに死んでいました。自然に任せておけば、人間はそれほど苦しまずに死にます。それは動物の死を見ても明らかなことです。
 死が苦しくなるのは、人間があれこれ手を加えるからです。放っておけば、そんなに苦しむ前に力尽きて死にます。
P.145

 今は医療が発達しているので、つい期待してしまうのでしょう。たしかにむかしに比べれば、治る病気は増えました。しかし、こと死に関しては、近代医療とて無力です。治療を受ければ、死を遅らせたり、楽にできるかもしれないと思うのは幻想です。いや、むしろ治療することで、死が苦しくなっているケースのほうが多い。身体は死のうとしているのに、無理やり引き止めるのですから。
P.146

 入院したかぎりは、病院側も治療をせざるを得ないのでしょう。苦しみだけ取って、あとは何もしないでというわがままは通してもらえないのです。良成さんはステロイドや抗生物質を投与され、強心剤の点滴もされて、死ぬに死ねない状態で2週間も過ごしたのでした。
P.159



天命

 私と同じく在宅医療で看取りをしている複数の友人が、口をそろえて言います。
「老人は、乾いて死ぬのがいちばん楽そうやな」
P.146


この年になっても余り人の死に目にはあっていないのですが、一番美しい死に方だと思ったのは田舎に住むお婆さんでした。

90近くなって迎えた彼女は、本当に枯れたような穏やかな姿でした。白装束に足袋。頭には白い三角を載せて、短剣を持たされました。お化けの姿はこれなんだと知って驚いたのと同時に、こんなに美しい姿で死にたいものだと思いました。

その後、田舎のお葬式に行っているのですが、こういう伝統的な姿には出会っていません。最近は進行役の人がいて、どういう風にしろと言ったり、そうする意味を説明してくれたりする。子どもの学芸会でもないのだし、こちらは悲しんでいるのだから、あれは辞めて欲しい...。

市立病院の院長をしていた内科医の丸山氏(62歳)が、自らの胃がんを自分で診断し、手術不能と判断して、そのまま死を待つことにしたというエピソードが語られていました。胃がんの治療をしないと決めた理由について、氏はこう書いていたそうです。

 ある年齢になれば消火器系の悪性腫瘍で、物が食べられなくなり、体も弱って寝たきりとなり死ぬ。という死に方も、悪くないと思っていました。それに比べると、年を取って、もう悲惨な老後、もっと辛い死に方は、経験の浅い私でも沢山見てきましたし、実際にも非常に多いように思います。

色々な死に方はありますが、癌になったら、そのままにしておけば、普通には、一年を待つことは難しく、二年は無理でしょう。そういうこともあって、今後、人によっては、ある年齢以上になった場合、一年位で確実に死ねる癌に因る死を(特に悲惨な何年もかかる死を知っている医師には)歓迎すべきものと感じられることもあるのではないでしょうか?
P.169-171

 がんによる死は、心筋梗塞や脳出血のように突然ではありませんから、人生の整理ができてよいという意見なのでしょう。何よりもよいのは、丸山氏のエッセイにもあるように、確実に死ねるということです。
P.171



病院に行かないという選択

現代の人間は長生きしすぎてしまっているとは感じていました。元気で長生きする人もいるわけですが、平均を出すと、こんなに介護を要する期間ができてしまっているのかと驚く数字がありました。表にしてみます。

男性女性
健康寿命 ①72.3歳77.7歳
平均寿命 ②78.4歳 85.3歳
介護を要する期間 ② - ①6.1年7.8年
P.184の記述から作成

 老いて身体の不都合が出てから、無理やり命を延ばされても、本人も苦しいだけでしょう。そこで私は、ある年齢以上の人には病院に行かないという選択肢を、提案しようと思います。

病院へ行かないことの利点:

① 濃厚医療による不自然な死を避けられること。
② つらい検査や治療を受けなくてすむこと。
③ よけいな病気を見つけられる心配がありません。
④ 時間が無駄になりません。
⑤ お金が無駄になりません。
⑥ 精神的な負担が減ります。
P.185-187



現代のモメント・モリ

 モメント・モリとは、ラテン語の警句で「死を想え」という意味です。現世に浮かれる人間への戒めですが、元来は「今を楽しめ」という意味も込められていたようです。「食べて飲んで、今を楽しめ、いずれは死ぬのだから」というわけです。
P.180>



書き抜きメモ

フランスと日本を行ったり来たりしているので、「あの本に書いてあったこと」というのを簡単に探し出せないので、読書メモをとっています。この日記ではその意味で書いたのですが、他のメモも残しておきます。

アンチエイジング市場は、全米で200億ドル(約2兆3,000万円)
p.48

老人の自殺は独居や夫婦二人だけの世帯より、二世代、三世代同居の世帯に多い。
P.66

グループホーム職員の待遇は、ほかの職業に比べて決してよくはなく、所定賃金月額は平均16,4900円、パートは時給796円(「介護事務所における労働の現状」2004年)
P.79

 国として世界ではじめて安楽死を法制化したのは、オランダです。法の施行は2001年ですが、その20年ほど前から、オランダでは安楽死が社会的に容認されていたといいます。実際、法施行の時点で、安楽死は全死亡者の2.5~3パーセントを占めていました。
 オランダの社会がなぜ安楽死を容認していたかは、諸説があるようです。個人の意思や自己責任を尊重する国民性のためとか、人間の安楽死の前に、ペットの安楽死が広く受け入れられていたとか。
 ベルギーも2002年に安楽死を合法化し、オーストラリアの北部準州、アメリカのオレゴン州などでも、州議会で法案を可決しています。スイスでは、医師による末期患者の自殺ほう助が法的に認められています。
P.131-132

「いっしょにがんばろうて、言うてたやろ」
 彼らは意識のない波子さんを必死で励まします」。しかし、ずっと波子さんの世話をしていたご主人は、静かに言いました。
「もうつらい目は十分やな。がんばらんでいいで」
P.149

 日本の国民医療費が33兆円を超えて、大きな問題になっているのは周知の通りです。中でも終末期といわれる死の直前の医療費が、大きな負担となっています。統計によって異なりますが、終末期医療費が全老人医療費の20パーセントを占めるとか、国民一人が一生に使う医療費の約半分が、死の直前2カ月に使われるという報告があります。
P.161

情報リンク:
フランスにおける尊厳死法制 ―患者の権利及び生の終末に関する2005年法を中心として―
フランスにおける終末期ケアの現状と課題
フランス法における安楽死
【図解】欧州各国における安楽死の法的状況
10分のセカンドオピニオン! 「がんと闘うな」近藤誠医師の放置療法で被害者が続出?

内部リンク:
★ 目次: フランスに結婚に関する風習、夫婦・家族関係、生き方


続き: お婆さんは尊厳死を選んだ... 2011/11/27


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コメント
この記事へのコメント
同感
全く同感です。私も常々、生命維持装置みたいなものは付けないで死なせて欲しいと家内に頼んでいます。私が先に死ねればですが。
2011/12/08 | URL | 豊栄のぼる  [ 編集 ]
Re: 同感
v-22豊栄のぼるさんへ

豊栄のぼるさんも、そうですか。自分の意思は紙にでも書いておくと良いのかな... と思ったりしています。せめもの手段で痛み止めの処置をするくらいしかできなかった時代は良かったのだと気がつきました。愛しい人の命を預かった人が「もう何もしなくて良いです」と言うのは辛いことでしょうから。

あわせて思い出してしまいました。昭和天皇が臨終になったときには、ともかく年が明けるまで生きていてくれないと困るというので延命治療が行われたのだそう。それから、原発事故で被爆した人が、まるでモルモットのように生きながらされてしまったそう。現在の医学を駆使される立場にあったら、恐ろしいほど悲惨な現実があるのだろうなと思いました。
2011/12/08 | URL | Otium  [ 編集 ]
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