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2012/03/25
3月初旬のことです。友人の家でご馳走になった昼食の後、季節外れにお天気が良いので庭に出ました。みんなでピンポン大会。

後ろ髪が気になる

友人の娘さん一家も泊りがけで来ていました。子どもって、ちょっと見ないうちに大きくなるんですね...。

可愛いでしょう?

フランスでは、20世紀前半くらいまで、男の子が小さいうちはスカートをはかせて女装させてしまう風習があったのですが(たぶん、女の子のほうが丈夫に育つからという迷信だろうと思う)、この子などは女の子の服装をさせても似合うだろうな...。
 
男の子が女の子の服装をする例:

映画監督ジャン・ルノワールが6歳のとき、
印象画家だった父親が描いた作品↓




この子と初対面したとき、フランスの風習に従ってキスの挨拶をしようとしたら断わられたのを思い出しました。「ママが知らない人とキスをしてはいけないと言っていたから」と言われたのです。2度目に会ったときからは、自然にキスの挨拶をしてくれるようになりました。

ママの方に、その思い出話しをしたら、フランスの親は子どもが大人に会ったときにキスの挨拶をさせる躾が嫌いなので、子どもたちには無理にさせないようにしていた、とのこと。

確かにね...。「挨拶しなさい!」と強制している親にすがりついて、はにかんでいる子どもなどを見ると気の毒に思っていたのです。彼女は保母の資格を持っている人なので、考えるところがあるらしい。

この子にカメラを向けていたのは、後ろ姿を撮りたいと思っていたからでした。



このカールが... 面白かったからです。天然パーマだからできる髪型であって、日本の子どもはできないだろうな...。

つまらないことに興味を持ってしまう私。ママに、これは、この子がそうしたいと言ってしているのか、ママのアイディアなのかと聞いてしまいました。

ママがやりたいからやったとのこと。髪を切るとき、後ろのところだけ残していると、こうなるのだそう。男の子の方も「嫌だ」とは言わないから、そうなっているのでしょうけれど...。


その数日後...


お年寄りの噂をしていたら...

カメラのケースを置き忘れてきてしまったので、数日後、お昼近くの時間、友人が届けてくれました。

ブルゴーニュの風習に従って、お茶ならぬ食前酒を飲みながら、共通の知り合いについての噂話し。

老人ホームに入ったお爺さんが、抜け出して、2キロ先の自宅に戻ってしまった、というところから始まりました。田舎のこと。誰もいないはずの家の窓が開いていたので、近所の人が気がついて通報し、お爺さんは老人ホームに連れ戻されました。

その当時は、ヘルパーを雇って自宅で暮らせるのに、可哀そう... という話しだったのですが、お爺さんの痴呆はかなり進行してしまって、今は病院に入っているのだそう。

お年寄りは環境の変化に耐えられないものな...、と、私。老人ホームに入って半年で死んでしまった人の話しなどを持ち出しました。「たいてい、1年くらいで死んでしまう」と、友人が言います。

はたと気がつく! 友人のご主人の父親は1年前くらい前から老人ホームに入っていたのでした。
 
彼女の義理の父親について書いた日記:
夕食会 (4) 「ぺペール」と呼ばれているお爺さん 2010/10/29

慌てて、「老人ホームも楽しめる人がいる」と私。友人も、義父は性格が良いので、老人ホームの生活を楽しんでいる、と言いました。

植物人間のようになったら生きていたくないよな... という話しをしました。それから、友人は、昼食の支度をしなければ、と言って帰っていきました。


その少しあと... 電話のベルがなりました。

家に帰った友人から。噂していた夫の父親が亡くなったという知らせが留守電に入っていた、と言います。

お昼ご飯に食堂に来ないので見に行ったら、息をひきとっていたとのこと。つまり、私たちが噂話しをしていた時間?...

少し前から体力が衰えていたそう。もう90を超える高齢でしたから、眠るように往生できたのは幸せだったと思います。

経済的に苦しかった時代、子どもたちを必死に育てたお爺さん。その報いで安らかな死を与えられたのだろうな...。


教会の葬儀ミサ

親族の挨拶のトップバッターは、後ろ髪の男の子のママでした。血のつながりは全くない彼女なのですが、そんなことには拘らないところが仲の良い親族を思わせます。

次々に子どもや孫たちが祭壇にあがって、お爺さんへの思いを語ります。こういうときに聞くフランス語は、本当に美しいと思う...。

棺への挨拶では、司祭さんは「好きなようにやってください」と言いました。普通は、聖水を棒(名前があると思うのだけど、私は知りません)で受けて、十字を切るのですが、「棺に手をあてるのでも良いし...」と司祭さんは言っていました。

私はいつも、聖水をかけるマネゴトをしてから合掌するのですが、好きなようにやって良いと言われたので合掌だけしました。

涙がこぼれる...。
孫たちのスピーチにもあったように、本当に愛らしいお爺ちゃんだったのです...。

墓地の埋葬に立ち会うのはパスしました。本当は葬儀に行くのも嫌いなのです。めったに会うことがない人だと、亡くなったという実感を味わわせられなかったら、また会えると思いながら生きられるから...。

親族たちが戻ったら、お爺さんのお家で昼食がふるまわれることになっていました。お婆さんには先立たれていたので、晩年のお爺さんが一人で住んでいた家。みんなが集まるからと言って、前日から部屋を整えた様子もなく自然体。壁にはキリスト教にまつわる絵画で埋められた、思い出がたくさんつまっているのだろうと感じられる古びた家でした。

親族の人たちが、遠くから葬儀に来てくれたと感謝してキスの挨拶してきます。教会の中、霊柩車を送るときなどに挨拶した人もいるわけなのですが、ちゃんと誰とはまだ挨拶していないかを把握しているのですよね。日本だと、誰ともなくお辞儀すればすむのに、フランスって大変だな...、よく覚えているな... と感心する瞬間。

私たち友人関係は、食前酒だけで退散することにしました。思い出のお家で時を過ごすのは親族だけにしてあげたかったから。

町のレストランで昼食をしたあと、ミサが行われた教会に戻ってみました。歴史的建造物(日本でいえば国宝のようなもの)にも指定されている美しい教会です。

ミサの間に眺めていたものを写真に収めました。

じっと眺めていたのは、こちらのステンドグラス ↓



他のステンドグラスは戦争で破壊されているのに、ここだけは残っていたのだと眺めていたのですが、近くで見たら、やはり近年に入れられたものだった...。

聖ペトロを祭る教会だったので、柱に鍵が刻みこまれていました。こちらは本物だろうと思います。



それにしても、こういう美しい教会が公営施設で、そこでお葬式があげられるのは羨ましい...。

日本の友人が言っていたことを思い出します。母親が急死した夜、どこで調べたのか葬儀のお誘い電話が鳴り響いたのだそう。さらに、高いお金がかかる戒名なら成仏できて、安いのだと死後の安泰はないと脅されて、パニック状態の彼女はお金がないのに無理させられたとのこと。そういうのって、おかしい...。

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