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2012/11/19
前回の日記(カラオケがフランスに定着してきたのかな?…)で書いた食事会では、デザートを食べ終わったあとにゲーム室に移動。

コーヒーや酒が出されたのですが、ビリヤードを始めた男性たちがいました。

ビリヤードのテーブルは大きいので、自然に眺めてしまう。でも、私は競技のルールを全く知らない。フランスでするビリヤードには2種類あるというのは聞いて知っていたので、この日はフランス式をやっているのだというのは分かりました。

でも、フランス式のビリヤードはテーブルに穴がなくて、そこにボールが入ったらアウトというルールになっていないので、見ていても誰が勝ったのか分からないので全然おもしろくない!

この日は写真を撮らなかったので、アメリカ式だかイギリス式だかでしていたときの写真を入れておきます。



彼らは上手ではないからだろうと思うのですが、いつまでたってもゲームの決着がつかない。私のテーブルでは、ゲームを眺めるのはやめて、おしゃべりを楽しむことにしました。


子ども時代が幸せだった、と話しだした友人たち

「最近の子どもたちは恵まれすぎているから、何にも喜ばない」と言った人があったのをきっかけに、会話がはずみだしました。

みんなが思い出話しを始めます。私以外、全員が、フランスの田舎で育った人たち。彼らが子どもの頃は、小さなことにも大喜びして、本当に幸せを感じながら暮らしたと言います。

発言者A:
「近所の農家に手伝いに行くと、小さな封筒をくれたのよ♪ それが嬉しくてね~。あっちこっちの家に手伝いに行っちゃったわ」

シャンパンを飲みながら、目を輝かせて話していました。小さな封筒というのは、お金が入った袋のことです。


発言者B:
「わたしのお母さんはすごく広い野菜畑を作っていたの。朝に畑に行って、畑でピクニックをして昼ごはん。夕方に家に帰ってくるという生活。私たちも一緒に畑に行くのだけど、荷車にのせてもらうのが楽しかった~♪」

小さいときに父親が亡くなって、母親の腕一つで育った女性です。

母親は仕事につけるような能力がないので、食べ物を自給して10人の子どもを育てのだそう。福祉施設に入らなければいけない子たちを家に預かるという仕事を始めたら、いつも家には20人くらいの子どもがいた、と言っていたっけ。

預かるのは非行少年のような子どもたちだったのだけれど、気丈なお母さんの前ではタジタジ。家を出るときには、みんな「まっすぐになって(と表現していた)」別れていったのだそう。

子どもも甘やかされるようになったけど、こういうお母さんも今はいないだろうな…。


発言者B:
「昔は、お肉を食べられるのは日曜だけだったわ。豚肉とか鶏肉が出るのだけど、美味しかった…。」

へぇ、そうなんですか? 肉を食べられるのは日曜日だけで、後は野菜ばかりを食べていた?

日曜日にご馳走を食べられる(今では何でもない料理なのだけど)というのは、貧しい家では普通のパターンだったようです。Aも、近所で豚や育てている人から安いお金で分けてもらっていたと言いました。鶏は普通に飼えるので問題なし。

肉牛の産地で育ったCは、「僕は牛肉も時々食べていたよ」と言う。

「それに、お爺さんとカエルを釣りによく行った。川で大きな魚も釣った。ミルクやワインも、入れ物を持って買いに行った」

結局のところ、地産地消が徹底していた昔には、地域の産物で食生活が大きく異なったらしい。

穀物畑が広がる地域で育った友人は、チーズは働き手のお父さんだけに与えられる食べ物だったと言ったのを思い出しました。

ブルゴーニュでは、海産物を食べるなんて、日曜日どころか、クリスマスくらいだったようです。腐りかけたものを食べてしまった人も多かったのではないかな。海産物は嫌い、と言って、手も出さない人たちがかなりいますから。

「近所で分けてもらえるものは、安かったのよね。でも、新鮮なので、本当に美味しかった」と、みんなの意見が一致。

昔の田舎では、農家は小規模で色々なものを作ったので、何でも手に入った。昔の食べ物はおいしかった、という話しが、しばらく続きました。今では、ミルクを売ってくれる農家させない、などなど...。

こういう話しを聞いていると、フランス革命のときには農民が食べ物がなくて立ちあがった、などという話しが疑わしくなってくる。友人たちが話す20世紀後半より自然が残っていた時代なのだから、かなり良い食事をしていたのではないかな?…


田舎で育たなくても、楽しい子ども時代の思い出ができるのだろうか?

おしゃべりをしていた友人たちは、かなり貧しい家庭だったらしいのですが、幸せをかみしめながら育ったと話していました。

私は、子どもの頃に「幸せだった」なんて言えないけどな...。

東京生まれの私には、こんな席で話せるような楽しい思い出がありません。そもそも、何をして遊んでいたかさえ記憶にない...。

この夏に帰国したとき、東京のど真ん中にあるお屋敷に住む友人の家に遊びに行ったら、へぇ~、という思い出話しが飛び出してきていました。

女性2名なのですが、子どもの頃、屋根にのぼるのが楽しかったのですって。叱られるけど、やっぱり登ってしまう。

でも、私はのぼれるような屋根がある家に住んだことなかった…。

唯一、小学生のとき、近くに大きなお屋敷があったらしい空き地があって、そこに入るのが冒険で楽しかったのを思いだします。とてつもなく広い庭だったように記憶しているのですが、そういうのって、大人になって行くと、びっくりするほど小さかったりするのですけど。

あんな空き地はもう都内に残っていないでしょうから、今の東京の子どもたちは何をして遊んでいるのだろう?... やっぱり、屋根にのぼって景色を眺めるくらいしかないのだろうか?

思いだせば、子どもの頃の私も、空は、食い入るように見ていたっけ...。特に、悲しいとき。東京で自然を感じられるのは、空くらいしかなかったからなのだろうな...。


フランス人って、思い出話しが好きなのではないか?

フランス人たちは、昔を懐かしむ傾向が強いのではないかな?... 骨董品を家に飾るのが好きだし。

それに、何処かに行くと、昔住んでいた家に連れて行かれる。友達が住んでいた家を見せてくれたって、私にとっては観光にはならないのに。

中年以上のフランス人たちが集まって話していると、「昔は良かった」という話題がよく出てきます。でも、それは田舎で育った人たちかな?…

パリのブルジョワ家庭で育った友人は、子どものときには虐げられていて、ちっとも楽しくなかった、と話していました。

昔のフランスは、躾がとても厳しかったのです。パーティーがあると、親たちが向こうで楽しそうにやっているのに、子どもの方はメイドさんと一緒に台所で食事させらた。夏を別荘で過ごしていたとき、畑でパセリを取ってこいと言われたので、はりきって採ってきたら、「それはニンジンの葉だ」と大笑いされて傷づいた思い出とか…。

結局のところ、貧しいけれど楽しかったと語る友人たちは、田舎の貧しい生活の中で、子どもながらに役割を持っていたので生き生きしていたのではないかな?... 子どもだから勉強だけしていれば良い、という風になると生きがいがない...。

それにしても、日本人と話していると、昔の方が良かったというのは聞いたことがないような気がします。

小さなときに何をして遊んでいたの? と聞くと、田舎で育った人は楽しそうな思い出話しをしてくれます。でも、いまは東京で殺伐とした生活をするようになったのを残念に思っているように見えないのが不思議...。むしろ、便利で、物にあふれた生活ができることが贅沢だと喜んでいるように見える。

日本は経済発展まっしぐらに進んできたので、友人たちが言う「つまらないことにも喜んで幸せだった」というのを感じない時代が、フランスより早く来たのだろうという気もします。

昔話を聞いたことを書いた過去の日記(内部リンク):
手作りブーダンの夕べ 2009/03/25
森に生えるキノコが昔のように採れなくなった理由は? 2008/11/03


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