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2013/04/25

シリーズ記事目次 【世界遺産ヴェズレーを中心とした旅行記】 目次へ


4月の初め、お天気が良い祭日があったので、ブルゴーニュ北部にあるアヴァロンという町(Avallon: Wikipediaではアヴァヨンと記載されていた)を中心としたアヴァロネ地域に行くことにしました。

行ってみたら、青空が広がっていても、寒い~! 思い出せば、ここはブルゴーニュ地方の中央にあるモルヴァン(Morvan)という山岳地帯の入口だったのでした。



世界遺産にも登録されている美しい村ヴェズレー(Vézelay)を目的地にしたのですが、ここはもう数えきれないほど訪れているので、観光をもう1つ予定していました。

上に入れた動画で最後の方に登場するChâteau de Chastelluxシャトゥリュ城)です。

その日は見学ができない日のようでした。でも、祭日なのでオープンしているのではないかな?... というわけで、ヴェズレーに到着したときに友人が電話しました。

留守番電話だったので、何もメッセージを残さなかったのですが、少したったら先方から電話してきてくれました。かかってきた電話の番号が分かるので、「何のご用でしょうか?」というもの。

ヴィジットはできるとのこと♪ 友人は、「伯爵から電話をもらっちゃった♪」などと喜んでいる。

ヴェズレーで昼食をとってから、城に向かいました。


シャトゥリュ城の見学

城のある村に近づくと、堂々とした城が見えました。



ここからが、ちょっと大変。
どの道を入ったら城に近づけるのか分からないからです。

グルグル丘の周りを走って、やっと城の入口の門に続く道を発見。

ガイド付きで見学できるので、その時間になるまで待ちました。



庭の中の集合場所で待つこと、しばし。
時間になると、昔は城の使用人が住んでいたと思われる建物から男性が出てきました。

城主のシャトゥリュー伯爵みずから案内してくれるらしい♪

フランスには見学できる城が数えきれないほどあるのですが、やはり住んでいる人の話しを聞きながら見学できるのが最高です。

しかも、ここは1000年も前から現在に至るまで、同じ家系が城を維持しているという、フランスでは珍しい城なのです。 その城主様が案内してくれるのは嬉しいではないですか?

フランスの貴族といっても、いろいろ。ナポレオンが出した貴族の称号なんていい加減だし、アンシャンレジームでも、戦争の功績をたたえるためなどの理由で称号を与えていますから。

シャトゥリュ伯爵は、全く気取らない人でした。案内を始めたのっけから、私たち観光客を笑わせます。

「私はブルゴーニュ人で、フランス人ではありません」と、おっしゃる。
私の友人の中にも、そういう風に言う人たちがいるな...。

ここは、要塞としての立地が良いから選ばれた場所に立つ城なのだそうです。

城の周りを流れるキュール川の向こうはニエーヴル県なのだそう。その県もブルゴーニュ地方なのですが、大昔には敵国だったのですよね。今でもそう思っているらしいのが面白い。

確かに、ニエーヴル県というのは、ブルゴーニュ的な雰囲気が薄いとは私も感じていました。故ミッテラン大統領の根拠地なのですが、昔から左派の支持者が多い、というのもあまり伝統的なブルゴーニュではない。

ともかく、愉快な伯爵でした。ご先祖様の城を守るという仕事を担うようになる前は映画界で仕事をしていて、ハリウッドでまで働いた人なので、そういうキャラクターなのかも知れませんが。


19世紀に建てられた、おぞましい塔?

中世に要塞として城が建てられてから、19世紀に至るまで改造が続けられていました。非常に大きな城なのですが、保存状態はかなり悪いようでした。

伯爵はとてもユーモアがあって、しかも言いたいことを言ってしまうので痛快。

城に近づいて眺めたとき、なんじゃ、これは?! と思った四角い塔がありました。



明らかに19世紀に建てたと思われる、おどろおどろしい塔。これを見て、せっかく見学に来たこの城は、昔の姿を残していないのではないかと、不安を感じてしまいました。



伯爵は、 そんな見学者の気持ちも分るらしい。この塔はヴィオレ・ル・デュクの一派の建築家が、「こんな化け物みたいな塔を建ててしまいました」、と説明。

ヴィオレ・ル・デュクについて書いた過去の記事:
ヴィオレ・ル・デュクが修復したピエールフォン城 2010/05/12

そこに立って反対側に見えた建物の屋根に、雨避けらしいトタンがかぶっていたのも私たちはマークしていたのですが、そちらも、修復費が足りなくてそのままになっていると素直に言います。

「19世紀の建物も歴史的建造物としてリストされるのだから、これも20世紀の文化遺産になるかもしれません」などと冗談をおっしゃる。

千年にわたる長い歴史の中で、最も厳しい目にあったのは、つい最近です、と話す。何年だったか忘れてしまいましたが(1990年代末?)、この伯爵が叔父から城を継いだ年です。

生前に遺産分けの処理をしていたり、一般の人に見学させたりしていたら、遺産相続の額が少なくなったのに、それをしていなかったので、まともに膨大な相続税をしょってしまったのだそう。

城に付属している1,600ヘクタールの森の木を売るお金は、全て城の修復維持に使っているのだそう。こんな大きな城の買い手はいないのだから、不動産としての価値は全くない。税務署に城の価格は幾らかと聞かれたので、正直な気持ちから「ゼロ」と答えたら、「気に入られなかったようです」などとおどけておっしゃる。

城の内部の見学は写真撮影は遠慮したのでありません。

比較的最近に、火災にもあっていたのでした。

消防車がまいた膨大な水で壊れて修復した部屋、天井の健在が良かったので助かった部屋の比較は面白かったです。

正直言って、内部を見学して感激するようなものはほとんどありませんでした。この城の見学は、城の修復保存の役割を担った伯爵の話しを聞くのがおもしろいのであって、普通の学生アルバイトのようなガイドさんから話しを聞いたら、ちっとも面白くなかったと思います。

一族のことを「私たちは」と言うのですが、何百年も前のことをそう表現するのだから、登場する数々のご先祖様の話しは、私には混乱してきました。由緒ある貴族なので、それぞれがフランスの歴史の節目に活躍した人たちと関係していて、その裏話がとても面白かったのですけど。

どんなことを言って私たちを笑わせたのか書くべきなのですが、面白い話しが多すぎました。なにしろ千年にわたる城の歴史を聞いたので、間違ったことを書いてしまいそうなので止めておきます。

見学の最後に出たのは、この中庭。



城に快適性を求めるようになってから、外の通路を作ったという、よくある構造ですが、奥が狭まっていて面白いつくり。

フランスではマンションの大きさを表すのに、Fの後に部屋数を付けて、F4とかF5とかと表現します。この城はF143なのだそう(F134だったかな?)。

毎年、部屋を2つか3つ修復しているのだそう。「どの部屋に住んでいるのですか?」と聞く人があったら、「あそこに食堂があって、あそこに寝室があって、あそこに書斎」などと気さくに答えていました。

これで見学は終わりなので、出口まで送っていく途中、伯爵は完成まじかなアパルトマンをお見せしましょう、と言いました。出口の横の塔の部分に入れてくれました。

城の修復費を得るために民宿を作っているので、そのお披露目をしたいのかと思ったら、伯爵が住むアパルトマンなのだそう。こんなに大きな城を持っていながら、小さなスペースに住むの? と言いたくなりますが、そちらは暖かくて快適に住めるのでしょうね。

もともと、森に囲まれた寒い地域にある城なので、歴代の妻たちは、誰もここには住まないで、自分が所有している城に止まっていたのだそう。

見学したとき、ラジエーターがある部屋があったのですが、それは20世紀初めに作った暖房装置でした。森があるので薪はタダ。それを使って集中暖房する設備だったのですが、薪の係りが4人も必要なので、半年くらいで暖房は止めてしまったと語っていました。

城の観光をよくするので貴族に会う機会が多いのですが、家系が良い人は全く気取らない。

そんな話しは何度も書いていたので少しピックアップしておきます:
フランス貴族の見分け方 2007/09/25
フランス貴族は気取らない 2005/07/13
フランスの古城をプレゼントされるのは不幸? 2009/12/06
「850年前からここにいる」と言ったマダム 2010/02/05


庭園は自由に散歩

城を出てから、広大な庭園の散歩を楽しみました。



こちらは、私がなぜか好きで、ブログでも度々書いている昔の鳩小屋:
★ 目次: 鳩小屋について書いた記事

それから、最近になって気になりだした氷室もありました。



昔の冷蔵庫です。
覗き込んでみたら、底には水はけの部分もあって、今でも使えそうなくらい状態が良いように見えました。

すぐそばに池があって、そこで氷をとって氷室に入れ、藁をかぶせておくと、少しずつ溶けてはいくものの、1年中食べ物を保管できたのだそうです。

それを説明している伯爵の動画があったのですが、お酒によってふざけている様子なので、リンクは入れないでおきます。私だったら、そんな動画は削除してくれるように頼むところですから。

伯爵は、人口200人たらずの村にあるカフェを存続させるため、1日に2回キールを飲みに行っていると書いてある記事もありました。

氷室について書いた過去の記事:
クイズの答え: 城にあったのは氷室 2012/05/03


春が来ていた

森のような庭園には、春の花々が咲き始めていました。



手前に見えるのは「ククー(coucou)」と呼ばれるセイヨウサクラソウ。

相続税も払えなくて気苦労が絶えないであろう城主様ですが、こんな森の散歩もできる城に住むのも悪くないではないですか?

「森のアネモネ(Anémone des bois)」と呼ぶ白い花が、みごとに花畑を作っていました。



この数日前、森で黄水仙を摘んだときには全く見つけられなかった花なのですが、あのときは、たまたま森のアネモネが好まない土だったのかな?...


Quarré les tombes nord eglise sarcophages帰り道ではQuarré-les-Tombes(キャレ・レ・ドンブ村)に立ち寄ってみました。

教会の建物の横に、おびただしい数の石棺があるという奇妙な教会があるからです。

教会の中に入ってみたら、シャトゥリュ伯爵のご先祖様の立派な墓碑がありました。

今までは気にしたことがなかったけれど、このあたりを旅行していると、シャトゥリュ家にまつわるものがたくさんあるのでしょうね。

有名な修道院Abbaye Sainte-Marie de la Pierre-Qui-Vireも、土地はシャトゥリュ家が寄進したのだと知ったところでした。

私たちを案内してくれた伯爵は、最近、シャトゥリュ城愛好会のメンバーたちと一緒に、シャトゥリュ家の千年の歴史調べた書籍を出版したそうです。道理で、案内は詳しかった。

歴史を研究するにしても、自分のルーツを探るというのは面白いだろうな...。

ブログ内リンク:
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ
★ 目次: フランス人の古民家を修復する情熱
★ 目次: 旅行したときに書いたシリーズ日記のピックアップ

外部リンク:
☆ オフィシャルサイト:
Château de Chastellux
Chastellux : une famille, un château à travers mille ans d'histoire
Les vies du comte de Chastellux
Famille de Chastellux
Reportage sur le château de Chastellux
☆ Wikipédia:
Château de Chastellux
☆ Wikipédia:
Liste des seigneurs et comtes de Chastellux
Chastellux-sur-Cure : une souscription est lancée pour un ouvrage sur l’histoire des Chastellux
Monuments historiques : les avantages fiscaux


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