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2013/06/12

シリーズ記事目次 【屋根裏部屋にあった彫刻の解読】 目次へ
その1


友人のお父さんが住んでいた家の屋根裏部屋の壁に、かなり古い時代のものと思われる彫刻があったことを先日書きました。

その日記:
友人が遺産相続した家で見つけた宝物

どこかで拾った石を持ってきて、屋根裏部屋の壁にはめ込む石として利用したのだろうと思いました。家が建築されたのは17世紀。その少し前に、近くにあった城が解体されています。

19世紀までのフランスでは、廃墟や出土した石を利用するというのは普通に行われていました。私が住んでいる家の塀も、メロヴィング朝の石棺が使われている部分がありますから。

屋根裏部屋にあった彫刻は、右に入れたもの。

私が気にすることはないのですが、気になって仕方ない...。

いつの時代の彫刻なのだろう?

Googleには画像検索という機能があるので、私が撮った写真をアップロードして検索にかけたのですが、それらしきものは何もでてきませんでした。

この検索機能は、全く同一とか、色合いがはっきりしているとかでないと、全く作動しないのではないでしょうか?

下の部分に書かれているゴチック文字の文章がヒントになるのでしょうが、私には全く読めません。

それで、上にある彫刻を眺めました。

キリスト教関係の図であることは確かだろうと思います。

もしそうなら、宗教画には決まりがあるので、何の意味があるか分るはず。


四角い箱に入っているのが気になる

中心人物だと思われる人が、4輪の花のような模様がついた四角いものに人が入っています。



バスタブか、棺を思わせるものに入っている人は、誰なのか?
キリストか、聖人だろうと思いますよね?

もしもキリストだとしたら、次のことが考えられます。

・キリストが洗礼を受けている場面
・十字架にかけられて死んでから、棺に入れられた場面
・復活して、棺から立ち上がった場面


手のポーズが気になる



上に書いた可能性を確かめるために、美術作品を見てみました。

洗礼を受けている場面だったら、敬虔な感じで合掌スタイルが多い。復活場面だったら、神として復活した、と誇らしげに手を上にあげていることが多い。

この彫刻では、首をかしげて、手を前で組んでいる。まるで手錠をはめられたよう...。


よく似た構図が見つかった!

キリスト教の知識はないので、そのうち、たまたま教会を見学したときに似たような構図を見ることがあるだろうか... と思っていました。ところが、偶然にも、解明の糸口がすぐに見つかりました。

フランス文化のルーツが分かるので興味深く読んでいるshinkaiさんのブログ「イタリア・絵に描ける珠玉の町・村 ・ そしてもろもろ!」で、今回はフランスの絵画「Les Très Riches Heures du duc de Berry(ベリー公のいとも豪華なる時祷書)」を扱っていたのがきっかけ。

 
Tres Riches Heures of Jean, Duke of Berry
そのブログ:
ベリー公のいとも豪華なる時梼書

実は、私のプロフィール写真に使っているのは、この時梼書にある「1月の饗宴」です。

この時梼書は、ブログでも何回も書いているシャンティイ城の所蔵品。

Enluminure(装飾写本)が大好きなのですが、この作品の美しさは群を抜いています。

シャンティイ城が1度だけした特別展で、この「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」の実物を見る機会があったのですが、羊皮紙に付けられた絵には深みがあって、とてつもなく美しい絵でした...。

206ページもある分厚い書物。どんな絵が入っていたかな... と、Wikipediaに入っている絵を眺めてみたら、友人が相続した家の屋根裏部屋にあった彫刻を思わせる絵があったのでした!

Folio 75r - The Man of Sorrows
Le Christ de pitié, Les Heures de la croix, Les Très Riches Heures du duc de Berry

私が気になったところがピッタリ同じではないですか? 箱のようなものに入っていて、首をかしげていて、手を交差している!

この絵の説明は「Le Christ de pitié」となっていました。

Wikipediaのフランス語ページには、その項目ができていたのですが、他の言語へのリンクが全くない。なので、日本語訳も分らないのですが、「嘆きのキリスト」とでも訳せば良いのでしょうか? ともかく、キリストがさげすまれ、惨めさを味わっている図ということらしい。

キリストの受難を示す「Chemin de croix(十字架の道行き)」の1場面です。これは全部で14場面となっていて(日本のキリスト教では「留」と呼ぶらしい)、教会内部にそれが1つ1つ描かれているのは非常によく見かけます。

キリストが死刑の宣告を受け、十字架を背負わされて、さらに侮辱するためにイバラの冠をかぶせられます。その後にある段階が「Le Christ de pitié」。つまり、十字架に張り付けにされる前、キリストが苦しみを味わっている場面。

でも、上に入れた『ベリー公のいとも豪華なる時梼書』の「Le Christ de pitié」の絵は少し奇妙。キリストの手には杭で打たれた痕があり、血が流れています。十字架から降ろされた後ではないですか?

それでも、美術で表現される「Le Christ de pitié」の特徴は、手が縛られた形になっていることなのだそうです。そのために「Christ aux liens」とも呼ばれるのだそう。

「Le Christ de pitié」の画像を検索してみたら、この屋根裏部屋があった家のあたりが多いので、この場面に違いない、と思ってしまいました。そういう風に勝手に決めたら、この家のある地方に残っている「Le Christ de pitié」の像と同じように、16世紀の彫刻ではないかと思えてくる。


ところで、「Le Christ de pitié」の図は、Christ aux plaiesないしChrist ressuscitéEcce homoの図と混同されることが多いのだそうです。

前者は、傷口があるのが見えるキリストの図、ないしキリストの復活。
後者のエッケホモは、ヨハネの福音書に出てくる言葉で、ピラトが言った「この人を見よ」。

キリストの復活場面では、2人の天使にキリストが支えられているという図になっていました。屋根裏部屋にあった彫刻も、下の方に2つの頭があるのが見えます。1人は衣が広がっていて、上に手を差し伸べていて、いかにも天使風。

十字架から降ろされて棺に入る場面なら、手が縄で縛られたような形になっていなくても良いと思うのですが、同じようなポーズのキリストの死を表現した彫刻もありました。

Donatello, cristo morto 
Donatello - Christ mort, c. 1446-1453 - Basilique Saint-Antoine, Padoue


4つの花弁の飾り

2人の天使に支えられて死ぬ場面を描いたキリストの美術作品を見ていたら、びっくりするものに出会いました。

Andrea del castagno, Christ in the Sepulchre with Two Angels by Andrea del Castagno 01 
Andrea del Castagno - Christ au sépulcre avec deux anges, 1447 - Fresque Florence

下にある、棺らしきもの施されている模様です。屋根裏部屋にあった彫刻では、4つの花弁がある花をモチーフにしていると思ったのですが、このフィレンツェにあるというフレスコ画とそっくりではないですか? しかも、棺らしきものに3つ並んでいるというのも同じ!

ただし、こちらは中央部分の模様の中心が天使かなにかの顔に見えるのですけれど、これについては説明を見つけることはできませんでした。

屋根裏部屋の彫刻は、もっと単純なデザインです。これに関しては、ロマネスク教会の基本的なモチーフを紹介するフランスのサイトに入っていたデザインにそっくりで、そのモチーフをスミレの花(Les violettes)と呼んでいました。同じ記述は他ではみつからなかったので、4つの花弁が本当にスミレなのかどうかは確認できませんでした。


【追記】
ロマネスク様式のヴェズレー大聖堂に、4つの花弁の花がたくさん彫刻されていたのに気がついたので日記に書きました:
ヴェズレー大聖堂: 素晴らしいロマネスクの柱頭彫刻 2013/06/24


上にいる人は誰?

屋根裏部屋にあった彫刻は、ゴルゴダの丘を歩いて苦しんだキリスト、あるいは棺に入った死の場面?... いずれにしても、キリストの受難の1場面なのだろうと思いました。

見学して帰ってきてからツラツラ考えていたときには、これは墓石だったのではないかと思ったのですが、こういう1場面を墓石に使うのは奇妙。教会に14の場面があったうちの1つだったのではないかと思いました。

そういう風に想像したとしても、疑問は残ります。

キリストの上で、丸いものをもっている人は何なのだろう?



いばらの冠をキリストにかぶせようとしている人? あるいは、後光を示すためのもの? 天から現れているように見えるので、キリストを祝福しているように私には見えるのですけれど...。

でも、これ以上探究するのはやめようっと! どうせ、私がもらえる彫刻ではないのだし。

でもね...。初めて見せてもらったときは、キリストの洗礼場面だと私は思ったので、「これを取り外して、お家の暖炉の横に置いたら素敵よ」と友人に言ったのですが、苦しんでいるキリストの姿が茶の間にあるのって、楽しくないかもしれない!...

彼らはクリスチャンでもないのだし。でも、歴史的に価値があるから大切にするでしょう。

思い出せば、友人のお父さんは敬虔なクリスチャンのようでした。お葬式の後にお家にいって食前酒をご馳走になったのですが、家の中には宗教画がいっぱい飾ってあったのです。

でも、この彫刻が見つかった屋根裏部屋がガラクタで埋まってい、大掃除をしてみたら出てきたそう。なので、友人夫妻のお父さんが、これを拝んでいたようには思いません。

こんなものがあると知ったら、もっと大切にしていたでしょうに。宝の持ちぐされって、こういうことを言うのかな?...


パッションの意味

今回、調べながら、もう1つ学びました。

パッション・フルーツの花(フランス語でfleur de la passionと呼ばれる)のパッションというのはキリストの受難を表し、つまり、いばらの冠のことなのだそうです。

華やかな花なので、南国の情熱とかいう意味なのだと思っていました。

パッションというの言葉の意味には、情熱、熱中、道楽、恋情などの意味があるのですが、キリストの「受難」もこの単語なのですよね。

結局のところ、何か/誰かに夢中になるというのことは、苦しみでもあるからなのだろうか?...



追記: 2014年5月

復活の場面?

aostaさんがコメントをくださって、この彫刻を屋根裏部屋で見つけた友人が、それを解体して自分の家に運びこんだと話していたのを思い出しました。家は売りにでているのですが、これを残しておいても不動産価値があがるわけではない。他の兄弟は興味を示さないので、彼らが引き取ることにしたのだそうです。

それで、プロ鑑定士に評価してもらったと言うことでした。どのような意味を持った彫刻だと判定されたのか、今度会ったときに聞いてみようと思いました。

aostaさんは、ピエロ・デラ・フランチェスカの「キリストの復活」を連想されたのだそう。

Piero della Francesca - Resurrection

さらに、キリストの頭上に掲げられている輪のようなものは「受難の終わり」という意味で、冠を被せるというより、外された場面ではないかと続けてくださいました。 なるほど...。そうなると、つじつまが合っていると理解できます。


下にいる人物が決め手?

コメントをいただいて、改めてこの彫刻は何だったのだろうと気になってから数時間たったとき、思いがけず、その友人夫妻が家にやってきたので、すかさず聞いてみました。

鑑定士が注目をしたのは、彫像の下にいる人物でした。それが誰であるかを特定して、これは有名な○○の場面としたのです。さらに、この場面に人気があった16世紀の彫刻だろうという判定結果だったそうです。競売にかけるなら、1万ユーロから始められるとのこと。

その部分を大きくした写真を入れます。言われてみると、その場面に見えてきました。



ついでに、上に入れておいた全体像の写真も大きなものに差し替えました。

この部分がよく見えるようになったら、aostaさんも鑑定士と同じ場面を想像なさるのではないかと思うのですが、どうでしょう?

続きを追記に書くには長くなりすぎるので、あらたな記事にしました:
屋根裏部屋にあった彫刻の解読 - 続き 2014/05/03

その後にも色々と学ぶことがあって、幾つもの日記を書いたので、シリーズ記事の目次にしました。鑑定士が何の場面と判断したのかは最後に入れています:
★ シリーズ記事目次: 屋根裏部屋にあった彫刻の解読

ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って

外部リンク
☆ Wikipédia: Représentation de Jésus-Christ dans l'art chrétien
☆ Wikipédia: Chemin de croix
☆ カトリック金沢教会: 十字架の道行き
☆ Wikipédia: Christ de pitié
☆ Wikipédia: Christ aux plaies
☆ Wikipédia: Le Christ mort soutenu par deux anges
☆ Wikipédia: Ecce homo
Christ dans le sépulcre avec Deux Anges
「見よ、この男だ」
Glossaire 8 : Les frises dans l’art roman (3)


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コメント
この記事へのコメント
こんにちは! 久し振りにお邪魔しましたら、この記事も大変興味深かったのですが、あれこれと読みたくなるのを見つけ、拝見して来ました。

このキリストの手を重ねている姿はこちらでも良く見かけますが、気をつけて名前まで調べた事が無く、単純に処刑後の姿、と思っておりましたが、なかなか複雑なのですね。
それにそうですね、考えて見ると処刑されたのちに、棺か掘られた穴かどちらにせよ、立っている、というのも不思議ですし・・。
石は古い教会にあった物をお家にリサイクルしたのでしょうが、やはり余り人目に立つ場所に置く様な、明るいイメージではないので、屋根裏辺りに嵌め込んだのかもしれませんね。

それにしても、Otiumさんの探究心には脱帽です! これはアメリー・ノートンですか、この方に付いてこんなに深く掘り下げて考える、というのも、まして最初に好感を持っていない人に付いてのあれこれの探究心と、理解しようと努める、というのが凄いなぁ、と思いました。
こういう強い性格で一方通行的な考えをする方にとっては何事も経験で、吸収した物をいつか吐き出すチャンス、を待つ、考える、のではないでしょうか。 
私はまるで彼女を知りませんでしたが、読ませて頂き、逆にOtiumさんの優しさ、親切な気持を思いました、正直な所。

テンプル騎士団の建物なども、やはり廃墟同然になっているのですね。 残念です。 ポルトガルのトマールで見た大きな修道院を思い出しました。 
2013/06/14 | URL | shinkai  [ 編集 ]
Re:
v-22shinkaiさんへ

この度は知りたいと思っていたことのヒントを与えてくださったことに感謝しています。偶然ともいえないような、不思議な気持ちです。次々と疑問が湧く私なのですが、途中で放棄することが多く、調べたことについて忘れないようにメモすることがある程度。美術作品や建築物に関して毎回詳しく書いていらっしゃるshinkaiさんのブログには脱帽しております。

>このキリストの手を重ねている姿はこちらでも良く見かけますが、気をつけて名前まで調べた事が無く、単純に処刑後の姿、と思っておりましたが、なかなか複雑なのですね。
⇒ 不思議だったのは、Wikipediaのフランス語ページにはキリストの受難の各ステップについて詳しい記述があるのに、そのルーツになっているはずのイタリア情報にはリンクしていないことでした。Wikipediaの「Iconografia di Gesù」のページでさえも、仏語ページの記載とは比較にならないくらい短い。キリストの受難に関しては、フランス人の方が思い入れがあるのかな、と思ったり…。

>石は古い教会にあった物をお家にリサイクルしたのでしょうが、やはり余り人目に立つ場所に置く様な、明るいイメージではないので、屋根裏辺りに嵌め込んだのかもしれませんね。
⇒ そういう可能性は大いにあると思ってしまいますよね。友人から古い彫刻を見つけて運んで来ると聞いたときには羨ましく思ったのですが、キリストが苦しんでいる場面だったら、私は家の目立つところには飾りたくないなと思いました。キリストの誕生から復活まで見せる図だったら救われた気になりますが。

>アメリー・ノートン
こういう強い性格で一方通行的な考えをする方にとっては何事も経験で、吸収した物をいつか吐き出すチャンス、を待つ、考える、のではないでしょうか。

⇒ そうなのでしょうね。昔の芸術家は苦しんで作品を生み出していたのに対し(貧しくても生きられた、というのもあると思う)、それに対して現代は苦労しないので、長く後世に残るような作品が生まれないように思っています。アメリー・ノートンは奇抜な発言で、世間受けするような小説が書けるような人なのかもしれないという疑いも持っているのですが、作品を読んでいないので何とも言えません。

>テンプル騎士団の建物なども、やはり廃墟同然になっているのですね。残念です。
⇒ 日本でテンプル騎士団の名前を聞いたときには、遠い昔のお話しと思っていたのに、フランスではかなり頻繁に建築物に出会うので驚きます。それだけ勢力のある存在だった、ということなのだろうと思います。非常に立派なものはちゃんと文化財として保存するけれど、小規模なものは廃墟の道をたどってしまう...。見学したところから遠くないところに、惚れぼれする美しい小さな館があります。オーナーが代わったと聞いて、見学できるようにしてくれるかと期待したのですが、修復を進めていると喜んだのもつかの間、道路から館が見えるところに木をたくさん植えてしまって、垣間見ることもできなくなったのでがっかりしました。
2013/06/14 | URL | Otium  [ 編集 ]
とても興味深い彫刻ですね。
私の直感では、やはり復活のイエスではないかと思います。石棺から立ち上がる姿で描かれるキリストの復活というと、真っ先に思い出されるのは、ピエロ・デラ・フランチェスカの「キリストの復活」です。この絵の中のキリストは「死に勝利した」という意味で旗を掲げています。同じ意味で天に昇るキリストが両手を挙げている絵もあります。キリストの頭上に掲げられている輪のようなものは私にも茨の冠のように見えますが、「受難の終わり」という意味で、冠を被せるというより、外された場面なのかもしれないとも思えます。そして足元の二人。これは天使ではなく復活したキリストに最初に出会ったマグダラのマリアともう一人のマリアのような気がします。二人が捧げ持っているのは、十字架から降ろされ、墓に葬られた際にキリストの体を覆っていた布ではないかしら。天使でしたら羽が描かれているはずですが、画像が小さいせいか、私には羽が特定できません( ;∀;)

ここまで来たことは、先に書きましたようにすべて直感なので、なんの根拠もないのですが、勝手に想像して書かせていただきました。

以下も同様ですので、そのおつもりでお読みくださいね。

中央に天使の顔のようなものが描かれた、4つの花弁がある花のモチーフについて

天使というと、「受胎告知」に描かれているような美しい天使を演奏しますが、天使には階級があって「受胎告知」の天使は大天使ガブリエルです。天使の九階級のうち最上級の天使であるセラフィムは、三対六枚の翼を持ち、2枚の翼で頭を、2枚で体を隠し、残り2枚の翼ではばたくとされています。絵画作品では顔から直接羽が生えているような造形で描かれることが多いので、場合によっては羽が花びらのように見えることもあるかも知れません。
キリスト教では3という数字は三位一体に通じる数であり、天を象徴するもの、そしてキリスト教で最高の徳とされている「信仰・希望・愛」を示す数でもあることから神聖な数字とされているようです。「天」を象徴する3に、地を象徴する「4」を加えた7も完全数といわれています。
仮にこの「花びらの中の顔」がセラフィムをあらわすとして、このモチーフが3つということにもそんな意味があるのかもしれません。
ただ私が解せないのは、スミレ説です。
百合や薔薇の花が、聖母の純潔やキリストの受難を意味する花として描かれていることは知っていますが、スミレについて何か意味があるのか、調べてみたのですが、わかりませんでした。薔薇と受難についての関係は以前の拙ブログをご覧ください → http://folli-2.at.webry.info/201001/article_3.html

Otiumさんのように、緻密に調べての考察でないことはお恥ずかしい限りですが、もしかしたら何かのヒントになるかもしれないと思い、あえて言いたい放題させていただきましたm(__)m
2014/05/01 | URL | aosta  [ 編集 ]
追記です。

セラフィムの翼について

添付されています画像、スミレの花では、とされているモチーフですが、左右二枚の花びらは、翼と見て間違いないように思いますが、いかがでしょう。一方、「3対6枚の翼を持つ」セラフィムの残り4枚の翼はそれぞれ2枚づつにたたまれて上下に1対づつ。かなりデフォルメされていますが、そう考えれば、この4枚の花弁は6枚の翼であると考えることも容易です。
2014/05/02 | URL | aosta  [ 編集 ]
Re:
v-22 aostaさんへ

詳しい解説どうもありがとうございます!!!

大きな発見もあったので、追記にそれを画像入りでメモしようと思ったのですが、奥が深いので調べていると纏まりがつかないので、別の記事にすることにしました。とりあえず、大きな写真を入れたり追記を入れたりしてみました。

鑑定士が何の画面だと言ったかはまだ書いていないのですが、大きな写真をご覧になったら、下にいる人物が別に見えてくるでしょうか? でも、二人いるように見えるので、本当に鑑定が正しいのかな、という気もします。

花のモチーフなどについても鑑定士が何と言ったのかも知りたかったのですが、これを引き取った友人は芸術作品にもキリスト教にも興味がなくて、幾らと査定されるかに興味があったみたい...。会ったときは、十数人で食事をすることになってしまったこともあって、しつこくは聞けませんでした。

それで、aostaさんの解説を理解しようと勉強しているところです。リンクしてくださった記事は読んでいなかったので、こちらもとても興味深くて、卵の意味まで考えてしまっています。

薔薇との関係は全く知らなかったので感激です。調べてみると、あちこちで関係していることに気がつきました。

フランスだけのことなのかも知れませんが、花弁が5つあるということで、スミレも赤い薔薇と同様に扱っているという記述がWikipediaにあるのを見つけました:
http://fr.wikipedia.org/wiki/Rose_(fleur)

とりいそぎ、お礼まで。
2014/05/03 | URL | Otium  [ 編集 ]
Otiumさん
いろいろお調べ頂き、こちらこそありがとうございます。
それにしてもなんというタイミング!こういうことってあるんですね(*^^)v

大きな画像、見せていただきました。
改めて眺めてみると、キリストの下の人物は女性というより男性のように見えますね。その一人は何か丸いもの、もう一人は棒状のものを手にしているようですが、はて何の場面でしょう。キリストの弟子たち?う~ん、謎です。

添付リンクをご覧頂いたとのこと。ありがとうございます。
プラトンとキリスト教絵画との関係も調べていくと奥が深そうです。花弁が5枚ということで、すみれも薔薇と同じように扱われていることは初めて教えていただきました。ありがとうございます。
さて、これからどんなふうに謎が解き明かされるのか、とても楽しみです。
2014/05/04 | URL | aosta  [ 編集 ]
Re:
v-22 aostaさんへ

>改めて眺めてみると、キリストの下の人物は女性というより男性のように見えますね。
⇒ 私にも髪が短い男性に見えます。

>その一人は何か丸いもの、もう一人は棒状のものを手にしているようですが
⇒ まだ調べながら続きを書いているところなのですが、その丸いものと棒状のものが、このシーンで大きな意味を持っているようです。

その話しを書く前に、本題から離れてバラの花について調べてしまっています。

色々教えてくださったので、謎解きの楽しさを味わっております♪
2014/05/05 | URL | Otium  [ 編集 ]
薔薇と卵と貝殻
記事拝見しました♪

薔薇と卵はすんなりきました。

貝殻、、なんでだ、、、
ホタテの貝殻ですよね。
スペインでは巡礼者のための宿の玄関に
ホタテの貝殻のマークを付けてるようですね、、
ホタテの貝殻は巡礼の道しるべにもなってたような、、

次から次に 疑問が湧くのだ♪
2015/09/10 | URL | たかゆき  [ 編集 ]
Re: 薔薇と卵と貝殻
v-22 たかゆきさんへ

>ホタテの貝殻は巡礼の道しるべにもなってたような、、
⇒ ホタテ貝はサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼のシンボルマークというのは把握して、興味を多少持っております。

http://otium.blog96.fc2.com/blog-entry-1130.html

>次から次に 疑問が湧くのだ♪
⇒ 私も同じ。「空はなぜ青いの?」的な疑問が未だに消え失せない私です。キリスト教に関しては分からないことが多すぎる。そもそも、新旧の聖書を熟読しないと分からない。各国語に訳したものには誤訳もあるというので、原語で読まなければならないでしょうから、完全にお手上げ!
2015/09/10 | URL | Otium  [ 編集 ]
聖書
>原語で読まなければならないでしょうから、完全にお手上げ!

新約聖書の原語は ギリシャ語でしたっけ??
ぼくも お手上げです。
それに、、
新約聖書はイエスキリストの死後かなりの
時間が経ってから書かれていますよね。
内容についても どれくらい信用できるのでしょう。。。

イエスキリストの起こした奇跡は ともかく
イスカリオテのユダ、、、
本当に 彼はあんな 酷いことしたのかしら?

以下推測
キリストと死を共にしたのは ユダだけ、、
キリストに殉じたユダを 妬み
腰抜け(失礼)の 使徒たちが 彼を
悪者に仕立てあげてしまったのでは??と
妄想しております。
2015/09/12 | URL | たかゆき  [ 編集 ]
Re: 聖書
v-22 たかゆきさんへ

>新約聖書の原語は ギリシャ語でしたっけ??
⇒ フランスでも日本でも少し前まではミサがラテン語であげられていたそうなので、原点はラテン語と思ったのですが、調べてみたらギリシャ語のようですね。

日本の哲学者が、旧約聖書(だったかな?)には重大な翻訳のミス(?)があるのだと話していました。キリストは人類の神としているけれど、原典では部族の神だとしか書いていないのだとのこと。

>新約聖書はイエスキリストの死後かなりの 時間が経ってから書かれていますよね。 内容についても どれくらい信用できるのでしょう。。。
⇒ 本当の話しも少し入っている、という程度ではないかと私は思ってしまうのですが...。

>イスカリオテのユダ、、、 本当に 彼はあんな 酷いことしたのかしら?
⇒ 気になる存在ですよね。いつも人間は、団結するために共通の敵を作る、という図式ではないかと私は思ってしまいます。ただし、人間の弱さをうまく現しているとは思います。
2015/09/12 | URL | Otium  [ 編集 ]
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