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2013/06/30

シリーズ記事目次 【ヴェズレー8日間滞在記】 目次へ
その10


前回の日記「ガロ・ローマ時代の遺跡を見学」で紹介した遺跡を見に行ったのは、ブルゴーニュ地方ヨーヌ県にあるサン・モレ(Saint-Moré)という村でした。

この村には、遺跡があることよりも有名な人がいたのだ、と教えられました。
Père Leleu(ルルー爺さん)という愛称で親しまれた人。

サン・モレ村の説明パネルにも、その人の写真が入っていました。



岸壁にある洞窟に27年間住んだという変人。当時は相当に話題になり、今でもヨーヌ県の有名人として語り継がれているのだそう。

それだけ聞いたので、インターネットでルルー爺さんのことを調べてみたら、かなり出てきました。


モルヴァンの断崖にある洞窟に住んだルルー爺さん(Père Leleu)

ルルー爺さんは、1836年にパリで生まれたと推定されています。比較的豊かな家に生まれ、高校までの教育を受けたのですが、刑務所に入るなど、波乱万丈な人生を送っています。

50歳のときにアンシー・シュール・キュール村(Arcy-sur-Cure)にたどり着き、Ocre(オーカー)の採掘所で土方として働くようになります。

ところがすぐに、オーカーの採掘事業はすたれ、彼は失業者となってしまいます。家賃も払えなくなった彼は、近くのサン・モレ村の断崖に立つ洞窟を住処とし、古代遺跡を発掘する司祭の手伝いを始めます。

断崖にある住処の前でポーズをとっている絵葉書

http://www.cheny.net/plus/st_more_11.html
☆ ルルー爺さんの絵葉書コレクション: Le Père Leleu No.1  No.2

さらに、キュール川に臨んである幾つもの洞窟を案内したり、自分の住処を見せながら彼の人生を語ったりするようになります。絵葉書の販売もする。ついでに、洞窟内で見つけた原始時代の遺物も売ったりする。

結び目をつけた綱を使って崖の階段を登るなどというのはアトラクションともなり、遠くからも彼の隠者のような生活を見学に来る人たちが多くいたのだそう。

サン・モレ村に近いアンシー・シュール・キュール村には、名の知られた洞窟があります。先史時代の絵画が残っているそうで、有名なラスコーの洞窟は今日では一般の人は入れないだけに、ここは貴重な存在なのだそう。今回の旅行で近くまで行きながら洞窟を見学しなかったのを後悔しています。

洞窟に住むというと、酷い生活環境と思ってしまうでしょうが、いちがいにそうとは言えません。洞窟の中は温度が安定しているので、夏は涼しく、冬は暖かいのです。

城巡りで有名なロワール河流域地方では、たやすく彫れる岩なために洞窟の家が川沿いに残っています。現代では、もの好きな人でしょうが、そこにある洞窟の住居を見事に改修して贅沢な住居にしているのです。

でも、ルルー爺さんの洞窟は、ロープで登るような断崖にありました。ホームレスになったから住むようになったという経緯なのかもしれませんが、彼は人里離れた生活が気に入ったのではないかという気もします。

こういう世捨て人のような生活はロマンチックなので人気を集めます。

始めは冷たかった村人たちにも受け入れられ、安泰な生活をしたようです。でも、偏屈な人ではあったのでしょう。お爺さんは、感じの良い人が訪れると、冷えたビールやレモネードをふるまう。でも、感じの悪いお金持ちが来ると、瓶に入れてある生きた毒蛇を見せたりしたのだそう。


ミステリアスな最後

ルルー爺さんを伝説的な人物にしたのは、彼の死に方にもありました。

当時の地元新聞にあった報道を要約すると、こんな感じ:

1913年1月30日の朝、村の食料品店の主人がルルー爺さんの家を訪れると、お爺さんの犬4頭がけたたましく吠えた。お爺さんが出てこないので変に思って洞窟に入ってみると、お爺さんが血だらけになって死んでいるのを発見した。最も可愛がっていた雌犬は、お爺さんの足元にうずくまっていた。後頭部に穴が開いており、脚にも深い傷があった。

村の食料品店は、お爺さんが洞窟で売る飲み物や新聞を提供していたので配達に行ったようです。

ルルー爺さんは享年77歳。

警察は、爺さんが崖の上で小用を足そうとして誤って落ちて大怪我をしたためだ、と発表しました。でも、大けがをした人が断崖をよじ登って洞窟に戻ってから死んだ、というのは奇妙な話し...。

すぐに殺人だと噂がたち、様々な憶測や、つじつまの合わない話しも出ています。伝説となるに相応しい人なので、文学作品にもインスピレーションを与えたりようですが、今日にいたるまでルルー爺さんの死に関する真相は解明されていません。


ルルー(Leleu)という名前

Père Leleuという名前を聞いたときは、あだ名だと思いました。Leleuという名前に、親しみをこめてPère(父さん、じいちゃん)と付けているわけなのですが、 Leleuはオオカミを連想させます。穴ぐらに住んでいた髭もじゃの男性を「オオカミ爺さん」と呼ぶのはごく自然ではないですか?

Leleuを耳で聞くと、Le(定冠詞)とleuに聞こえます。leuはラテン語で狼の意味があるlupusから来ていて、それがフランスでは11世紀に「leu」ないし「lou」になり、さらに現在の単語では「loup(ルー)」という綴りになったのだそう。

「leu」という言葉を知っているのは、「A la queue leu leu(一列に並んで)」という表現があるからです。

これを題名にした歌があって(「La queuleuleu」が正式な題名かもしれない)、大勢で食事した後のダンスタイムで定番の1つになっている曲になっています。

この演奏が始まると、皆が前にいる人の肩に手をかけて並んで歩きだします。すごくバカバカしいダンスなのだけれど、踊りを知らない人も参加できるので、底抜けに楽しい曲。



なぜ一列に並んで行進するのが「A la queue leu leu」なのかと言うと、オオカミは群れをなして移動する習性があるのにちなんでいるのです。「gueue」とは尻尾のこと。オオカミの尻尾の後ろにまたオオカミが並んで歩いている、というイメージでしょうか?

古いことわざに、「C'est à la queue d'un leu qu'on trouve un autre leu.(1匹の狼の尻尾にもう1匹の狼を見つける)」というのがあるのだそう。

でも、ルルー爺さんの「Leleu」というのは本名だったのだそうです。ファーストネームを付けるとPierre-François Leleu。

内部リンク:
【フランスの洞窟】
ラスコー洞窟が見えるすごい映像を発見♪ 2010/09/27
ラ・モット・ティイー城のファブリック 2012/10/30

【トルコの洞窟生活】
カッパドキアにある洞窟教会 2012/03/04
カッパドキアに地下都市があった 2012/03/05
カッパドキアにある洞窟の町 2012/03/06

★ 目次: フランスに結婚に関する風習、夫婦・家族関係、生き方
もしも無人島に住むとしたら、何を持っていく? 2014/12/23

外部リンク:
Le père Leleu fait son nid à Saint-Moré
La « gloire » du père Leleu brisée par une fin tragique
Le Père Leleu
Les grottes de Saint Moré à Saint-Moré
La mort du père Leleu reste un mystère
Grottes d'Arcy-sur-Cure
☆ Wikipédia: Habitat troglodytique
Bézu et la Classe - La queuleuleu


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コメント
この記事へのコメント
岩窟狼♪
>☆ ルルー爺さんの絵葉書コレクション

いいですね~~
これを簡素といわずして
なにを簡素というか というくらい
素敵

気になったのが 「爺さん」という 呼称
彼なら そう言われたときに
「吾は汝の爺ではない」 と 言ったかも。。。

フランスでは 他人を爺さんと呼ぶ基準が
あるのかしら、、、

日本などの アルタイ語族は
家族の中の最年少者を基準にして
家族を呼ぶという説がありますけど、、、
ルルーさんには 家族がいないのだ♪

岩窟生活は 憧れるのですが
日本では 大変でしょうね、、
まず 湿気対策 
これだけ湿度の高い地方だと
結露して カビでもはえたら ちょっと怖い
入り口だけだと換気など望めないですよね。

それと 防犯対策
ルルーさんは お金持ちではないようですのに
わざわざ 崖を上ってまで
殺しに来られたら たまりませんね。

それとも 誰かに恨みでもかわれて
いたのかしら??
2016/09/09 | URL | たかゆき  [ 編集 ]
Re: 岩窟狼♪
v-22 たかゆきさんへ

お気に召していただけましたか♪

>気になったのが 「爺さん」という 呼称 彼なら そう言われたときに 「吾は汝の爺ではない」 と 言ったかも。。。

フランスでは普通はママとかパパとかと同様に、身内でないと言わないのですが、こういう呼び方はあると思います。年配の男性にPèreを付けた呼び名にするのは時々あるように思います。

バルザックの『Le Père Goriot』もPèreが付いているし、と思ったのですが、この小説を読んだ人に聞いてみたら、彼の二人の娘が実際には主人公で、ゴリオ爺さんは彼女たちの父親だからそうなっているのですって。

名前の前に何か付けないと収まりがつかない、というのもあるのではないかと感じます。ブルゴーニュの方言では、ファーストネームに定冠詞を付けるというのがあります。例えば、ダニエルという名前の友達の噂話をするとき、友人たちはよく「ラ・ダニエル」と言っています。若い人たちはもう言わないかもしれないですが。

バルザックの小説『Le Père Goriot』の日本語の題名が『ゴリオ爺さん』となっているので、ここでは「爺さん」にしていました。Pèreは父親ですよね。でも、ひげ面を見ると、やはり「爺さん」の方がぴったりするように思いました。でも、フランス革命期の新聞「Le Père Duchesne」は「デュシェーヌ親父」が日本では定訳になっていました。「父さん」とすると変だけど、「オヤジ」なら合うかな。でも、フランス語のイメージからすると、両方とも合わない感じがする。

司祭さんは「Père」と呼ぶし、それを付けると尊敬されているみたいで、悪い気分にはならないのではないかと想像します。「おじいちゃん」を意味するPépèreやPapiで呼ばれたら怒っただろうと思う。

>岩窟生活は 憧れるのですが 日本では 大変でしょうね、、まず 湿気対策

そうか~、それがあった!

フランスでも雨が続くと、締め切ったままの教会や城の中などはかなり湿っぽくなって、カビも生えてきます。モロッコの屋敷を利用したホテルでさえも、雨が続いていた後だったらしく閉めっぽくてたまらないので、翌日には部屋を変えてもらいました。でも洞窟住居を見学したときにはカラっとしているのが意外に感じたように思うのです。建物よりずっと厚い石で覆われているので、湿気が入らないのだとか聞いたような気がするのですが、忘れた。

でも、調べてみたら、日本や東南アジアでは湿気が多すぎて洞窟では暮らせないと、『平安貴族のシルクロード』や『証言記録生還: 玉砕の島ペリリュー戦記』やの中に記述がありました。

口の悪いフランス人から「その時代の日本人たちは洞窟に住んでいた」などと揶揄われるので、「日本では大昔だって洞窟なんかには住まなかった!」と言おうかと思ったのですが、帝釈峡遺跡群のような例外はあるのでした。条件が良い場所を選んでいたのでしょうけれど。

>誰かに恨みでもかわれて いたのかしら??

こういう生活をしていたら、恨まれるようなこともしていただろうし、簡単に殺せるとも思われるだろうな...。
2016/09/09 | URL | Otium  [ 編集 ]
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