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2013/08/18
ブルゴーニュがフランスではなかった時代、ブルゴーニュ公国(Duché de Bourgogne)がありました。9世紀にできたのですが、1363年から1477年が最も隆盛を誇った時代で、公国はÉtat bourguignonと呼ばれます。

ブルゴーニュ公国は、ベルギーやオランダまで領土を広げたのですが、1477年にシャルル勇胆公が戦死すると、世継ぎの男子がいないことを利用したフランス国王によって、ブルゴーニュをフランスに併合されてしまいました。

ブルゴーニュ公たちにまつわる場所を巡る観光コース「Route des Ducs de Bourgogne」というのがあって、リストアップされている観光地は全て見学したのに、なぜか1つ残っていた城がありました。

その城に行ってきました。ニュイ城Château de Nuits)です。

今まで行かなかったのは、小さな城でもあるので見学の価値はないと思っていたからです。ところが、こういう城の見学が好きだな~ と感激するほど気に入りました。

ブルゴーニュ公がいなくなってから建てられた城なのですが、ブルゴーニュ公は狩猟の場としてニュイ村がお気に入りだったようで、よく訪れていたそうです。


ニュイ城Château de Nuits



ニュイ(夜の意味)は城がある村の名前なのですが、 名前が短すぎて特定できない。ブルゴーニュにはワインで有名なニュイ・サン・ジョルジュもあるし。それで、Château de Nuits-sur-Armançon(アルマンソン川が流れているニュイ村)とも呼んでいるようです。

ニュイ城はルネサンス様式の城と言われ、歴史的建造物にも指定されています。1560年にFrançois de Chenu(ニュイの男爵)が築城しました。この時代は宗教戦争があったので、要塞としての要素もある城でした。

1689年からフランス革命までは、Clugny家の所有。 他の城と同じようにフランス革命で国の所有物として没収されたのですが、売りにだされた城は1806年にMarquise de la Guicheという侯爵夫人によって買われ、住みやすい住居として改修されています。

侯爵夫人の死後、ニュイ城はBerthon家の手に渡り、現在に至っています。新しいオーナーになってから 150年くらいたっているそうですが、その間には戦争中にドイツ軍の宿泊所として使われたりしたとのこと。

中世の城の雰囲気がある1階から、19世紀の快適な住まいの部分もあって、城の魅力を満喫できる建物でした。つまり、こんなお城に住みたいな、と思わせるタイプ。

でも、現在のオーナーはここに住んでいません。何ともったいないこと...。この城の相続者は5人と言っていたかな。フランスの法律で、こういう歴史的建造物は相続者が全員一致しないと売却できないのだそうです。

この城の見学が気に入ったのは、城で生活していた様子を再現しているからでした。見学者も私たち以外にはいなかったので、まるで自分の家を歩いているよう...。

城のフロアーは3階になっていて、それぞれが雰囲気がことなっていました。


16世紀から17世紀の生活を見せる1階部分

堅固な石を積み重ねた中世の城が好きなので、ここのフロアーが最も気に入りました。

大きな暖炉がある、広い台所です。



この暖炉の右手には、井戸と流しがある。城に立てこもることもあるわけですから、水の確保は大事なのですよね。でも、城の中に井戸があるのはめったに見ません。



このフロアーも19世紀以降も使われていたわけなので、洗濯関係の小道具も置かれていました。



下はアイロン。アイロンを温めるための専用のコンロ。コンロの手前にあるのは丸い炭のようなもの。小粒で便利なので、かなり最近まで使われていたようです。



ありました。ラトリンヌと呼ばれる昔のトイレ。



大昔は、ここからポットントイレだったわけですが、覗いてみたら、ちゃんと瀬戸物の便器が入っていました。

ラトリンヌは好きなので(??)、幾つも日記を書いています:
★ 目次: サニタリーに関して(トイレ、浴室、洗濯、衛生)


2階は、豪華な18世紀から19世紀の生活を見せる

中世の城は好きなのですが、窓が小さくて住むには快適ではありません。上のフロアーに登ると、豪華なシャトーライフの空間になっていました。

長い歴史を経て、よくぞこんな完璧な姿で残ったと感心する立派な暖炉が幾つもありました。



ここはダイニングルーム。広い部屋の反対側には大きな食器棚やテーブルが置かれていました。



この家にあったものなのか、晩餐会のメニューが展示されていました。昔のフランスの食事ってすごいのですよね。

色々な料理が並んでいます。大きなメニューを読みました。ポタージュから始まって、オードブル、ルルヴェ。それからやっと前菜のアントレ。それからメイン料理。後はチーズとデザートでしょうね。それぞれの料理は幾つか並んでいて、まるでレストランみたい。

もちろん寝室もあります。見学した時期には、昔のコスチュームを作っているデザイナーの作品も並んでいました。




ドイツ軍占領時代

フランスの城でよくあったように、ここもナチスに占領されていた時代に陣営として使われて、色々に破壊されたようです。その時代の名残りもありました。



これは2階部分にある狩猟の衣装や動物の剥製が展示されていた部屋。ふと次の部屋に続くドアにドイツ語が見えました。Waffenkammerとは武器庫のことだそうです。

1階の中世風のところには、ドイツ軍が監獄として使っていた部屋も残されていました。





3階はベルエポックの時代

子ども部屋が再現されていました。



3階部分は、いってみれば屋根裏部屋なので、見学はそれほど面白くない。



ピアノの上にあったものに目がとまりました。



五線紙を作る道具。ものさしで5本の線を引くのかと思っていたのですが、こんな道具でいっぺんに均等な5本の線を描いてしまっていたのですね。


紛らわしい名前...

城のあちこちで、この城を所有していたクリュニー家の紋章をみました。

ブルゴーニュにはクリュニーという町があって、そこにローマにサン・ピエトロ大聖堂ができるまではヨーロッパで最も大きかったクリュニー修道院があることで有名です。

ガイドの人からクリュニーという名前を聞いたとき、そこと同じなのかと驚いたのですが、綴りが多少違いました。クリュニー修道院の方はCluny。城主だった人の名前はClugny。

でも、紋章が鍵で、なんだか似すぎているのです...。

クリュニー市
Cluny
Blason ville Cluny
クリュニー修道院
Abbaye de Cluny
クリュニー家
Clugny


フランス人も「あのクリュニー」と聞き直していましたから、綴りを言われないと区別できないみたいです。何か関係があるのかどうかは、ガイドさんからは聞けませんでした。

ブログ内リンク:
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ
ニュイ・サン・ジョルジュという町の名前 2013/04/26
★ 目次: 昔の共同洗濯場と洗濯機
★ 目次: フランス人の古民家を修復する情熱

外部リンク:
☆ オフィシャルサイト: Château de Nuits
Route des Ducs de Bourgogne
☆ Wikipédia: Maison de Clugny


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