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2013/11/05
少し前の日記に右の写真を入れて、この可愛らしい建物は何なのか気になっていると書きました。

ここか、写真をクリックすると、その記事が開きます。

これは穀物倉だったのか?
鳩小屋だったのか?....

とても興味深いことをたくさんコメントで教えていただきました。特に通風の面から、これは鳩小屋だろうと推察してくださったのを読んで、そう思えてきました。

この建物については鳩小屋として写真アルバムに整理したのですが、新たな疑問がわいてきました。

では、穀物倉はどんな建物だったのか?

鳩小屋はなぜか好きなので気をつけて見ているのですが、穀物倉の方はほとんど無視。なので、あちこちで見かけていたとは思うものの、どんな建物だったかは曖昧な記憶しか残っていないのです。


フランスにある昔の穀物倉って、どんな建物だったっけ?

インターネットで穀物倉の画像を探してみることにしました。

ところが、問題が発生。

穀物倉を意味する「grenierグルニエ)」という単語が存在するのですが、色々な意味に使われる単語なので、検索すると関係ないものがたくさん出てきてしまう...。

日常生活で使うグルニエという単語としては、まず「屋根裏部屋」が思い浮かびます。ガレージセールと呼べるガラクタ市も、屋根裏部屋一掃セールのような表現をするので、これにもグルニエと言う言葉が使われています。

何かをストックしておくのがグルニエ。屋根裏部屋を指すのだから、高い所にある貯蔵場所というイメージがあるのかと思うと、そうでもない...。

穀物をストックするグルニエと特定してみても、上手くいかない。「農業大国フランスはヨーロッパの穀倉地帯」という意味で、ここでもグルニエが使われる、などなど...。

おまけに、グルニエというサッカー選手までいたので、彼に関するページがど~っとトップを占めてしまう...。

そうか、そうか! 穀物倉ではなくて、小麦を貯蔵するグルニエとして、「grenier à blé」 で検索することを思いつきました。アルファベットの言葉は不便で、このままキーワードにすると、3つの単語で検索してしまうので、これが1つの言葉であることを示すために"  " でくくって検索。


ガリア時代の小麦倉?

画像検索の結果で、まず目を引いたのは、フランスにあるとしていた、これ。

http://elanbatiancien13.canalblog.com/archives/2013/05/29/27278553.html 
Restauration d'une partie d'un grenier à blé

ローマ帝国がフランスをガリアと呼んだ時代の小麦倉として、それを修復している作業の写真を入れているブログでした。まさか、そんな昔の木造建築が残っているはずはないと思うのですけど...。再現した穀物倉が老朽化してきたから修復していたのではないかな?...

本当に大昔からのが残っていたのかどうかは無視しても、私が疑問を持った建物と形は似ています。

コメントで教えていただいた「ねずみ返し」というのも付いているぞ~ と、嬉しくなる。

ガリア時代のフランスでは木造建築が多かったので、こんなのもあったかな、とは思います。でも、私の記憶に残っている穀物倉というのは、こういう小屋ではなかったのです。

それで、もっと探してみる。


山岳地帯のグルニエ

同じような小屋タイプとして、サヴォワ地方の伝統的なグルニエを紹介するページも見つかりました。

http://www.lesamisdelagrandemaison.com/fra/Patrimoine/Prox-Grenier.html 
Les Amis de la Grande Maison: Greniers

いかにも山岳地帯らしい木造建築。この地方に多いモミの木を使って厚い板でできているとのこと。現代では減ってきているけれど、保存されている小屋を持っている人たちは自慢にしているようです。

穀物類、ハム・ソーセージなどの食料、日曜日にミサに行くときの晴れ着、宝石など、大事なものを入れて、厳重に鍵をかけていたのだそう。つまり、日本のお蔵みたいなものなのでしょう。

サヴォワの小屋は、火事避けとして住居から離れたところに建て、良い木材を使って、ネズミに食われないように壁を2重にしているなど工夫しているようですが、日本のお蔵ほど頑丈ではないですね。

この小屋の写真を見て、この地方で育った3つ星シェフのマルク・ヴェラ(Marc Veyrat)がテレビの料理番組で、子ども時代の思い出を語っていたのを思い出しました。

お蔵に入ると、ハム・ソーセージとかコーヒー豆とかが混じった良い香りがしていて、日曜日の晴れ着が入っていて... と、語っていたのです。こういう木でできたグルニエだったのだ...。

シェフは、懐かしい倉のイメージで何か料理を作って見せていました。豚肉にコーヒー風味をつけるとか、そんな料理だったと思う。

インターネットって、何でも出てきてしまう。こちらの番組のレシピでした:
Côtes de porc au café  ⇒ 番組のビデオ
  1. 豚肉2枚を塩コショウしてから、フライパンにバターを入れて焼き、皿にとりだす(ひっくり返した皿に乗せるのがコツ)。
  2. 焼き汁を加熱してコーヒー豆10粒を入れて、脂をからませる。
  3. そこにチキンコンソメスープ6clを入れて2分間、煮詰める。
  4. コーヒー10clを入れ、スプーン2杯分になるまでじっくり煮詰める。
  5. 砂糖2~3つまみ加える。
  6. フライパンの火を止め、肉にソースをからめる。
私にも簡単にできるレシピだと思いながら眺めたのですが、試してみていませんでした。

この料理専門チャンネル「Gourmet TV」は有名シェフが次々出てきてレシピを見せてくれるので好きだったのですが、資金難で閉鎖されてしまったのが 残念。


脱線はこのくらいにして、グルニエなるものの話しを続けます。

こういう小屋の穀物倉というのを見たことがあったかどうか?...

私の記憶の中にある穀物倉は、町の中にあって、とても大きな建物、というもの。民家にも小さなものがあったでしょうが、今では違う使われ方をしていることもあって、目につかないのだろうと思います。


ベーズ村の小麦の庫

ブルゴーニュ地方のベーズ村(Bèze)にある小麦倉の画像が見つかりました。美しいベーズ村に行ったときのことはブログにも書いていたのですが、ここで小麦倉なんか見ていたかな?...

写真アルバムを見ると、ちゃんと入っていました。



左側の建物がそれです。川沿いに建っている立派な建物。



インターネットで出てきたのと同じ建物。しかも、壁には「Grenier à blé(小麦倉)」と書いてあるのが読めたので、間違いない。

13世紀の建築で、村人たちが収穫した小麦を入れていたのだそう。後に村の修道院が徴税するようになった、と書かれてありました。

説明がなかったら、普通の家だろうと思ってしまう建物。それは良いとしても、川に面したところで小麦を保管しても良いものなのでしょうかね?... 洪水だってあるかもしれないのに...。1階部分に穀物を貯蔵していたとみられている、と書かれていました。

私が見たことがある穀物倉というのは、こんな風に大きな建物だったな... と、記憶がよみがえってきました。


メッス市の小麦倉

ロレーヌ地域圏のモゼル県にある大きな町メッス(Metz)の小麦倉も出てきました。

メッスに行ったときのことを書いたブログでは触れていなかったのですが、この建物の写真もアルバムに入っていました。

「Grenier de Chèvremont 」と呼ばれる穀物倉で、15世紀半ばの建築。



メス市にあった幾つか小麦倉の中でも、ここは見事に保存されているのだそう。現在では建物の一部がミュージアムとして使われていて、内部を見ることができます。

ミュージアムに入りたかったのに、残念ながら夕方になってしまって閉館していたのでした...。

この穀物倉にも入れないのを残念に思ったのでした。仕方がないので、外から眺めて写真を何枚も撮っていました。



通りから建物の一部を見ていたようです。全体としては酷く大きな建物だったのでした(その画像)。

窓が小さいので、住むには不便そうなつくり。なので、穀物を保管していたと言われると、そうかな、と思う。知らなかったら牢獄かと思ってしまう。なんだか暗いイメージなのですもの...。

立派ですけれど、四角くて面白みがない建物。でも、調べてみたら、内部はとても美しいのでした。

Musées de Metz

ぎっしりと石畳でしょうね。あのとき入ってみたかったな...。メッス市は遠いし、観光でよく行く地域でもないので、いつ再び行けるか分らない...。


リヨン市の穀物倉

大きな町には、どこでも立派な穀物倉があったような感じでした。検索を続けていると、大した説明はないにしても、色々な都市に小麦を入れる貯蔵庫の名がありましたので。

大都市リヨン(Lyon)には、「Grenier d'abondance(豊穣のグルニエ)」と呼ぶ穀物倉が現存していました。

http://qse.free.fr/spip.php?article47
Lyon Historique - Le Grenier d'abondance, quai Saint Vincent.

18世紀前半につくられた建物で、当時の人口12万人くらいの胃袋を満たす量、16,000トンの小麦をストックできたのだそう。

リヨン市の穀物倉は、小麦が自由流通できるようになった1763年には無用になったので、倉庫ではない使われ方をするようになった、と書かれていました。ということは、各地に大きな穀物倉があったのは、小麦を統制をするのに必要だったからなのかな?...


塩の貯蔵庫(アヴァロン市)

最近行ったあそこにもあった、と思って探してみたのは、ブルゴーニュ地方にあるアヴァロン(Avallon)という町。

でも、写真アルバムを眺めてみたら、思い出したのは穀物を入れる建物ではなくて、塩を貯蔵する建物ものでした。 この建物は市の持ち物らしく、イベント会場として使われているようです。私が行ったときは工芸品展をしていたので、入ったのでした。



こちらの建物の呼び名も「grenier(グルニエ)」を使っていますが、塩を入れる貯蔵所なので「grenier à sel」と呼ばれていました。

外部の写真は撮っていなかったのですが、インターネットに入っていた画像はこちら。 外観は、どうということはない。入ってみて驚いたのを思い出します。

15世紀の建物。塩税(gabelle)の事務所みたいなものもあったそうなので、なおさら豪華にしたのでしょうか。天井には、フランス王家の紋章である百合の花が描かれていました。

 

「grenier à sel」を仏和大辞典で調べてみたら、説明がついていました。
  • 塩税局。塩の貯蔵倉庫であるばかりではなく、一定地域を管轄し、塩税に関する初審裁判所の機能をもった。
なるほど...。


昔の穀物倉というのは、富の象徴でもあったので立派なものを作ったのかもしれない。穀物倉の建物はあちこちで見たような気がしてきたのですが、内部の見学をまともにしたことがあったかどうか...。いずれにしても、今では穀物がストックされている姿などは見れないので、あまりインパクトがないので覚えていないのかも知れない。

フランスにある昔の穀物倉を探していたら、内部がどのようにできていたかを詳しく説明しているサイトがありました。とても奇妙な作りなのが面白かったので、それをメモしました

 シリーズ記事: この建物は、鳩小屋? 穀物倉? 【目次


内部リンク:
「日曜日は田舎で」をするのに適した美しいベーズ村  2010/06/28
度肝を抜かれたメッスの駅  2012/09/15
美しいアヴァロン市の旧市街で見たストリートアート 2013/04/28
フランス王家の紋章はユリの花 2012/06/11
★ 目次: レシピ、調理法、テーブルウエアについて書いた記事

外部リンク:
☆ Wikipédia: Grenier de Chèvremont
☆ Wikipédia:
Grenier d'abondance
☆ Wikipédia:
Grenier à sel
LA GABELLE (XIVe-XVIIIe siècles)
Sentier des Gabelous
Topic-Topos, le patrimoine des communes de france


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カテゴリー: 建築物 | Comment (6) | Top
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コメント
この記事へのコメント
鳩小屋から始まった、シリーズですが思わぬ展開ですね、穀物倉庫はやはり板壁が露出しており、隙間からの通風に期待したデザインですね。鳩小屋の外壁は漆喰塗りで密閉性が高く、屋根も寄せ棟で風向きの影響を受けないように考えられていが、穀物倉庫の屋根は建築地の年間最多風向を考慮して切妻屋根になっているのが特徴的ではないでしょうか。ところで本シリーズを拡張してフランスの「産業遺構シリーズ」になると楽しいですね(決してプレッシャではありませんが・・・)。今回のメッスの穀物倉庫レポートを拝見して期待が(勝手に)出て参りました。
2013/11/08 | URL | をやぢ  [ 編集 ]
アヴァロンとアル・ケ・スナンの王立製塩所は近いのですが「塩の貯蔵庫」と関係あるのでしょうか?
2013/11/08 | URL | をやぢ  [ 編集 ]
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2013/11/08 | | -  [ 編集 ]
Re:
v-22 をやぢさんへ

>鳩小屋の外壁は漆喰塗りで密閉性が高く
⇒ 漆喰が塗ってあるというのをマークしていませんでした。とはいえ、普通は放置していると漆喰が汚くなっているのに、ここのは建物は使っていないように見えるのに、壁がきれいなのも不思議に思ったのだろうという気がしました。

わざわざ鳩小屋に漆喰は塗らないのではないかという気がして、としたら、住居として使ったことがあったのではないかと思いました。ひと昔前にはフランスの石造りの家屋の暖房効果をあげるために漆喰を塗っていたのですが、最近はそれを剥がして石が見えるようにするのが流行っているので、漆喰を塗るのは住むための家というイメージがあったからです。でも、自分で撮影した鳩小屋の写真を眺めてみたら、漆喰が塗ってあるものが幾つもあったのでした。私は古い建築物を見るのが好きなのに、細かなところまで眺めていないのだな… と、改めて思いました。

屋根のつくりにも注目されていたのですね。屋根の寄棟と切妻というのは言葉としては知っていましたが、どう違うのか分からないので調べてみました。ここでまた、以前から疑問に思っていたことが解けた気がします。ブルゴーニュでは切妻屋根が主流なのですが、お隣のフランシュ・コンテ地方に行くと、圧倒的に寄棟屋根が圧倒的に多いのです。雪に強いとか何かの理由があるのではないかと思っていたのですが、風向きを考慮しているというのもあるように思えてきました。

>フランスの「産業遺構シリーズ」になると楽しいですね
⇒ へんてこりんな(?)内部のつくりが説明されている穀物倉があったので、説明を読みながら次の記事を書こうとしているのですが、仏語でも日本語でもピンとこない単語だらけなので難航しております。思えば、西洋美術史の授業には幾つも出会いましたが、建築物について学べる授業というのには出会ったことがありませんでした。ましてや、産業遺構というのはお手上げです。穀物や塩の貯蔵庫などは昔の税制にも関係してくるので、かなり勉強しないと理解できそうもない…。

>アヴァロンとアル・ケ・スナンの王立製塩所は近いのですが「塩の貯蔵庫」と関係あるのでしょうか?
⇒ この2カ所は、私にとっては正反対の方角にあるので、同じ旅行で立ち寄ることは考えてもみない位置にあり、かなり遠いと感じていました。距離を計算したら200キロくらいなので、そんなに遠くはないのだと驚きました。

18世紀の塩税は、フランス国土を6つに分けて制度が異なっていたそうで(地図: http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/ab/Lombards_Library_009.jpg)、アヴァロンがあるブルゴーニュと、アル・ケ・スナン王立製塩所があるフランシュ・コンテは別のカテゴリーだったので、関係はなかったのではないかと思うのですが、分かりません。ブルゴーニュは塩税が高い地域で(おまけに、消費量の割り当てまであった)、フランシュ・コンテの方は安いので、そこらへんで何かあったかもしれないという気はしますが。でも、アル・ケ・スナンはとてつもなく立派な施設ですが、塩水はよそから引いてこなければいけなかったのが理由かどうか、生産量は地域の需要にも追いつかなかったと聞いたことがあるような…。
2013/11/09 | URL | Otium  [ 編集 ]
産業遺構などと言ってプレッシャーをかけてしまったようでしたらご容赦下さい。鳩小屋や塩倉庫も立派な産業遺構だと思います。穀物倉の記事楽しみにしております。アル・ケ・スナンとアヴァロンは関係ないようですね。税制区分の件、了解致しました。
2013/11/10 | URL | をやぢ  [ 編集 ]
Re:
v-22 をやぢさんへ

>プレッシャーをかけてしまったようでしたらご容赦下さい。
⇒ いえ、いえ。励ましていただいたと喜んでおります。

何にでも興味を持つタチで、疑問は次々とわいてきてしまっています。今では、調べようと思えばインターネットである程度のことが分かるので、便利といえば便利ですが、諦めがつかなくて際限がなくなる、という不便も感じています。レオナルド・ダ・ヴィンチも疑問を持つ人だったのだろうと思いますが、彼は何をしてもプロ級にできてしまった...。羨ましい限りです。

やたらに凝ったつくりの穀物倉のことを載せました。すごい文献もインターネットに入っていたのですが、そこまで読んでいられないので、見切り発車...。この図をご覧になって、どう思われるかコメントしてくださったらとても嬉しいです。私には、こんな大工事をするメリットが全く見えないので。
2013/11/10 | URL | Otium  [ 編集 ]
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