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2014/01/04
ブログでアンケートができるというツールを見つけたので、かねがね聞いてみたいと思っていたテーマの質問を入れてみます。

私のブログはアクセス数が少ないので、集計結果で判断できるほどの解答は集まらないでしょうが、1つ2つでも入れてくださる方があったら感謝します。私が気になって仕方ないことを、他の方は全く気にならないのか知りたいのです。

どうして、こんな質問を並べたくなったのかは下に書くことにします。それを読まずに投票してくださった方が、正確な反応を知ることができるはずなので。

選んだ答えにクリックを入れて「投票する」ボタンを押すと、集計結果のグラフも出ます。コメントを入れることもできます。「投票する」ボタンだけクリックすれば、投票結果を見ることができます。

よろしくお願いします!

質問1


質問2


質問3


質問の意味が通じたでしょうか? 私が日本でテレビを見るときには、知らない土地を紹介する番組が好きです。日本のことでも、外国のことでも。日本は視聴者数が多いせいもあるのでしょうが、フランスよりお金を惜しまずに番組を作っていて、どこにでも取材に行ってしまうのですごい。

でも...


どうして、あんなに食べる姿を映し出すの?

旅の楽しみは、その土地ならではの食べ物にもあります。それを見せるのは良いのですが、訪問したタレントさんなどが出てきた料理を食べるのです。

どんな食材なのかの紹介は非常に少なくて、どうやって作ったのかも見せない。つまり、タレントさんが食べるのをジーっと眺めることになります。日本の板前さんは、調理場を見せたがらないのでしょうか?

フランスではどんな風かという例として、私が好きな「Les escapades de Petitrenaud」という番組の動画を入れます。プティルノー(Petitrenaudと)いう料理評論家が各地を訪れて、その土地で食材や料理を作っている人たちを紹介するシリーズです。

ブルターニュ地方のカルナック編を入れてみますね。


La Calypso Restaurant à Carnac par Les Escapades de Petitrenaud

番組進行役のプティルノーは、絶対に自分が食べるところを見せません。その土地の人たちが集まって食事会などをするケースもあるのですが、その仲間たちは食べていても、プティルノーは食べない。せいぜい、例外的に、ちょっとつまみ食いをする場面がある程度です。

こういう風な番組を日本で作ったら、食べますよね。もう、やたらに食べる。

これは料理評論家の番組だから、当然食べ物が出てくるのですが、普通の地方を紹介するルポルタージュでは食べ物が日本ほどに出てくるかな?... あまりテレビは見ないので思い浮かびません。


もう1つ、私が好きなルポルタージュ番組を入れてみます。1時間半もある動画なので、早送りで食べ物が出てくる画面を探してみました。


Des Racines & Des Ailes - Spécial Pays-Basque ( 17/10/2012 )

スペイン国境にあるバスク地方を紹介しています。地元の食材や料理も少し出てくるのですが、食べている光景はチラリという程度。取材している人の声が聞こえるのでその場にいるのは分るのですが、試食したりはしていません。

同じ番組で、食べ物をテーマにしたときの放送もありました:
Des goûts et des saveurs sur le plateau de l'Aubrac

食べ物ばかりが出てくるとはいえ、食べている場面は少なく、食材を作っている人や料理をしている人にハイライトが当てられています。番組製作者サイドの人が視聴者をさしおいて食べていたら、フランスの視聴者は許さないのではないかな?...

フランス人は、自分だけ食べている姿を見せつけるのは避けようとする傾向があるのかも知れません。私がフランスの食品関係の組織で仕事を始めたとき、フランス人の上司が私に大事なことと言って指示したのは、マスコミが来たときには、食べている姿を撮影させてはならない、ということでした。許されるのは、水がテーブルに置いてある程度。

テレビドラマや映画で食べる場面が出てくるのは気にならないのです。でも、日本のテレビで、あんなにタレントさんたちが食べている姿を出さなくても良いではないかと気になりだしたときは、ほとんどアレルギー状態になりました。

テレビをつけた途端に、食べている人の姿が目に飛び込んでくるのですから、相当な頻度だと思います。「わぁ~、また食べてる~!」と飛び上がるほど気になって、テレビのスイッチを切ったりしていました。

食べる姿を見せられても我慢できるのですが、さらに追い打ちで不快になることをされるのです。


どういう風に美味しいかを表現しない

食べたあと、ほとんど100%の確率で、「おいしい」とか「うめ~」という言葉が続きます。しかも、「きゃ~」とかなんとか騒ぐこともあって、もう不愉快さは頂点に達してしまう...。

どうせ美味しいと分かっているものを出しているのですから、それしか言えないなら食べてみせる必要はないではないですか? たまには、「これは好きじゃないです」みたいなことを言ってもらいたい。

いつもいつも「おいしい」とか「うまい」という言葉しか聞かないと、うんざりしてきます。

もともと、日本語では「おいしい」に相当する単語のバリエーションがないのですよね。

 
Le Repas Gastronomique des Francais

数年前、フランス人たちが食事をするときにどんな言葉を使って「美味しい」と表現しているかを2週間かけて観察したことがありました。ブログで長々した記事にしたのですが、ブログ荒らしをされたときにカットしてしまっていました。書いたことはとってあるので、このときメモした単語を拾い出してみます。

美味しそう: appétissant | alléchante | miam-miam | On va se régaler.

軽く「ボン」と言うにも色々:
bon | très bon | bien bon | trop bon | drôlement bon

ボンは最低ランクの「美味しい」で、どのくらい美味しいかのランク付けは次のようになっている、と辞書にありました:
bon < délicieux < exquis

デリシューは非常によく使いますね。さらに、色々な形容詞を使い分けています。

goûteux | savoureux | succulent | onctueux | fin | raffiné | friand | délicat | excellent | épatant | fameux | formidable | génial | merveilleux | super | fabuleux | extra | extraordinaire | top | divin | morceau de roi | régal | festin | magique

まろやか、カリカリ感が良い、舌の上でとろけるよう、良い香りがする、などのように、特定の食べ物にしか使えない表現を挙げたらきりがありません。

ただ「美味しい」という言葉に置き換えられるような表現だけでも30を超えますね。フランス人2人を相手にして食事したときにカウントしたら、8種類の形容詞を使っていた、と書いていました。

さらに、美味しくないとき、ワインに対する表現はもっとバラエティーがあるのですが、その調査はしていませんでした。

このくらい単語を並べて褒めてくれるのですから、フランス人に腕をふるって料理を出すときには張合いがあります。

フランスから持ってきたものを日本の友人たちに出すと、「美味しい」としか言ってくれないのでもの足りません。さらに、その次に他の人がインスタント食品みたいなものを出したときにも、全く同じトーンで「美味しいわね~♪」とやられると、ギャフンとしてしまいます。

もう、苦労して運んできたりはしないぞ、と思ってしまう。でも、日本人はその場が楽しければ「美味しい」となるのだろうなと思います。良いことではあります。フランス人は、美味しくないときははっきり顔に出しますから、厳しい世界です。


語彙が少ないのを反省...

日本の番組の中にも、アレルギーを感じないものがあります。

何という番組だったかな?... 世界各地を訪問するのですが、訪問した人の姿は見えなくて、その人になり代わったナレーションが入ります。ナレーターは男性も女性もいますが、ほのぼのとした語り口が好き。

通訳なんかを通すと、会話はぎこちなくなるのですよね。この番組は、現地の人か、そこの言葉が自然に話せる人が訪問して会話をしていて、後でそれを訳してナレーションにしているのだろうと思います。従って、会話はごく自然。 訪問している人の姿がないから、当然、食べる場面がない! これは貴重な番組ですよ~。

もう1つ、食べる場面を出すなら、こういう風にやってもらいたいと思うのは、TBSの番組「吉田類の酒場放浪記」。

この番組をご覧になった方は気づかれるでしょうか? 吉田類が何かを口に入れたときには、第一声で「おいしい」とか「うまい」とかの言葉を発することがないのです。そんなに何本も番組を見たわけではないので断定はできませんが、絶対にない、と言い切りたくなるくらい。

まず、満足そうな表情をする。それから、どんな味かを言葉で色々に表現します。後から「おいしい」という言葉が出てくることもあるけれど、かなり稀です。

反省しました。「美味しい」という言葉が気になりだしてから、ブログで食べ物のことを書くときに「美味しい」という文字を使うのは止めようと自分に言い聞かせているのですが、それ以外の言葉が浮かんでこないので「美味しい」といつも書いてしまっています。フランス人が「美味しい」と言いたいときにどんな単語を使うかなんかに注意したりしていないで、自分が日本語の勉強をすれば良いのだな...。


ところで、「日本に住み日本を愛する外国人たちが嘆く「日本が最悪にイケてない10のこと」」という記事があったのですが、その10番目にはテレビに登場する食べる場面をあげていました。


【追記】
さっそくアンケートに答えを入れてくださった方々がありました。なるほど~。とても興味深いです。どうもありがとうございます!


 シリーズ記事: ご馳走料理 vs 日常の食事



追記(2016年4月):
興味深いことを言っていらっしゃる記事に出会いました。


「昔の野菜はよかった」は誤った努力の元凶 – Food Watch Japan

日本では、さほど美味しくないと思っても「おいしい」と言うのが普通ですか...。確かに「まずい」と言えば失礼になりますが、黙っていれば良いのであって、「おいしい」とまで言う必要はないと思うのですけど、私がへそ曲がり?... でも、フランスではそれが普通です。だから、出したものを「おいしい」と言ってくれたときには、そのまま受け取って嬉しくなるのです。

料理が美味しいかどうかは好みによりますが、料理の材料として使う農産物は、美味しい場合と、美味しくないのがはっきりしている、と私は思うのですけど...。

ブロイラーで育った鶏の肉と、自然に外を走り回って育った鶏の肉では歴然とした違いが出ます。野菜やフルーツにしても、ハウスものと、路地ものでは、一口食べただけでわかります。

食材に味がなくなっているというのを扱ったフランスのテレビ番組で、パリの中央市場でスペインから輸入した輸送途中で赤くなるトマトを売っている業者の人は、自分の扱っているトマトは美味しくないので、自分は食べない、と素直に話していたのを思い出しました。

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コメント
この記事へのコメント
私の意見
こんにちは。
アレルギーになる気持ち、わかります。
確かに多いと思う。
ただ、「グルメレポート」として、食べ物の紹介をするジャンルのようなものができている感があります。それをレポートする人のことを「グルメレポーター」とも言います。それを得意とするタレントさんも多くいます。

あまりにもその手の情報がテレビの中にあふれているので、いやでもなじんでいます。好ましいとは思わないけど、いちいち目くじらを立てていたらやってられないので、感覚をマヒさせて流している、、、という感じでしょうか。

「おいしそうだ」と感じさせる「装置」として、いわゆる「グルメレポーター」というものが視聴者にとって有効だと、番組を作る側は考えているのだと思います。そしてそれは、ある程度いまの日本では正解なのだろうと思います。

これはつきつめると深い問題なのかも。「これはこうだから、こうだ」と背景を想像して自分で判断を下すことを、だんだんしなくなっているのではないかな、、、。誰かが「こうだ」ということを、そのまま受け入れる人が増えてるんじゃないかな。
ニュースや情報番組に、やたらと「コメンテーター」という人が出てくるのも、そのせいなんだろうと思ってます。紹介した事を受けて、その人の立場でコメントする。何人かコメンテーターがいれば、いろんな意見が出てきて、自分で考えなくてもなんとなく充足してしまう。

「グルメレポート」も、調理場や畑を見て想像するよりも、その過程を飛ばして、実際食べてる人のコメントで満足する、、、そういうことなのかな〜?

「第三者がそう言っている」という説得にもみんな弱いし、、、。もともとの国民性もあるのかな??


ところで、いまスマートフォンで見てますが、投票ボタンを押すと、画面が真っ白になって反応しなくなって投票できませんでした。なんでかな??





2014/01/06 | URL | すぎちゃん  [ 編集 ]
Re: 私の意見
v-22 すぎちゃんへ

スマートフォンで投票ができないとのこと、申し訳ありません。調べてみたら、このQuickVote miniというシステムはJavaScriptを使っているので、それに対応していないと機能しないようでした。私がiPhoneで実験したら問題なかったのですが、アンドロイドだとだめという報告がありました。めげずにコメントを入れてくださって、どうもありがとうございます。

>いちいち目くじらを立てていたらやってられないので、感覚をマヒさせて流している、、、という感じでしょうか。
⇒ 私も慣れてきた感じはします。それと、いくらか「美味しい」とだけ言っているわけでもなくなったような。「グルメレポーター」というジャンルがあるのだとしたら、それなりにレポートする能力が要求されるでしょうね。

>「これはこうだから、こうだ」と背景を想像して自分で判断を下すことを、だんだんしなくなっているのではないかな、、、。
⇒ ちょっと怖いですね。昔はアメリカのテレビドラマで、見ている人たちが笑う声を入れるのが流行っていて、あれは嫌いだったな...。つい、つられて笑ったりしてしまう自分に嫌悪感を感じた。

コメンテーターもありましたね。何人もタレントを並べてコメントするのも、日本の独特の番組づくりなので気になっていました。

グルメレポーターという項目がWikipediaにできていたので、そこに並んでいる人名や番組名で動画を探して少し見てみました。上手に味を表現している人もいましたが、やっぱり違和感があるな...。

例えば、見ていられないなと思ったのは、こういうの:
http://youtu.be/5OZU4ovAcvI

作ってくれた人を隣りにはべらせて、自分だけ食べるというのも、私ならできないな...。

書きながら、日本人は体験というのが好きだから、食べたり、鍬を持ったりさせなければいけないのかな、という気もしてきました。色々と、どうしてこうなるのだろうと考えているのです。
2014/01/06 | URL | Otium  [ 編集 ]
友人に「○○(初めて行くレストラン)にご飯食べに行かない?」と聞くと、「美味しいなら行く」と返事をしてくる人がいます。今まで一緒にご飯を食べて好みがそんなに似ているわけでもないのに、誰が美味しいと言ったら行くんだろう?といつも思います。
そしてそれはテレビでグルメリポーターが美味しいと言っていたり、雑誌で美味しいと紹介されていたらOKなのです。
つまり自分の頭では考えられず、好奇心もないわけです。
そういう人結構まわりにいますね。でもまあ、食事をしながらの会話は楽しめるので、ま、いいか、と思っています(笑)。

2014/01/06 | URL | かてきん  [ 編集 ]
Re:
v-22 かてきんさんへ

>「美味しいなら行く」と返事をしてくる人がいます。
⇒ 実は、私もそう言ってしまう傾向にあります(笑)。でも、「美味しい」と日本語で言うと、漠然とし過ぎているのですよね。フランスで友人とレストランに行くことになったときに何を食べたいか聞かれると、特に食べたい食材や料理がないときには、答える形容詞が決まってきました。

・fine: 胃にもたれない繊細な料理で、つまりはcuisine traditionnelle(伝統料理)は避けたいという意思表示。

・créative: どうせなので、自分では作れないシェフの創作料理を食べたい。

でも、考えてみると、日本ではそういう言い方をしていません。ただ「美味しいところに行きたい」と言ってしまっている。見た目も美しくて舌鼓を打つような日本料理を味わいたいと思うけれど、高くて行けないのが分かっているので「繊細な料理が良い」なんて言えないというのもある。せいぜい、居酒屋、中華料理、イタリアンとかジャンルを狭めるくらいかな…。

幸いにも、私の東京の友人には食通が多いので、よくぞ見つけたと感心するところに連れて行ってくれます。正直言って、「どうしてこういうところで食事する人たちがいるの?」と不思議に思ってしまうところで食べさせられてしまうことも多いけれど。

>誰が美味しいと言ったら行くんだろう?といつも思います。それはテレビでグルメリポーターが美味しいと言っていたり、雑誌で美味しいと紹介されていたらOKなのです。
⇒ そうでしょうね。騒がれると、行列までしてしまう。デパートの地下でも、私には不味そうに見えるものの前に長い行列ができているのを見て、???と思うこともしばしば。そもそも、宣伝に力を入れているところがマスコミで騒がれるだろうと疑ってしまうので、そういう評価は信じない傾向が私にはあります。地方から東京にやってきた友人が、築地で評判の寿司屋に行って、長い時間待たされて食べたけれど、大したことはないのに値段だけやたらに高かったのでがっかりしたと言ったとき、「そういう所に行くからいけないのだ」などと返事してしまいました。

>つまり自分の頭では考えられず、好奇心もないわけです。そういう人結構まわりにいますね。でもまあ、食事をしながらの会話は楽しめるので、ま、いいか、と思っています(笑)。
⇒ 日本人は気難しくなくて、それは美点だとも思います。雰囲気が楽しめれば美味しいと感じるらしい。ネットで日本のレストラン探しをするとき、選択項目に「デートに向いている」なんていうのがあるのは面白いと思います。それから、日本は、圧倒的に女性の方が味覚を見分ける能力を持っているのも特徴の一つだと感じています。
2014/01/07 | URL | Otium  [ 編集 ]
食事
『孤独のグルメ』 『深夜食堂』

ぼくの好きな テレビ番組です。

『孤独のグルメ』は
松重豊さん演じる雑貨輸入商が とある町の
とある食堂に ぶらりと入り
ひたすら食べて 最後に「旨かった」で 終わり。
すべて 実在するお店です。

あるシリーズで
店の主人が従業員を叱る様子が気に入らないという話があり
放映された後 その店は大変だったようです。
こんな感じだったような。。。
http://ameblo.jp/oharan/entry-10026295450.html

『深夜食堂』は
小林薫さん演じるマスターが営む食堂を訪れた 
さまざまな客の人生が
それぞれの思い出の料理を通して 語られるという話。

ふたつとも 日本では かなりのファンがいるようです
が、、、
フランスでは このような番組は
全然受けないでしょうね。。。

『吉田類の酒場放浪記』
ぼくも 拝見してます。
お客さんの様子や お店の雰囲気を眺めるのが
好きです。

日本の旅番組でも 食事をしている場面は
必ずありますが
リポーターの方が食事をしている様子を
拝見しても まったく違和感を覚えず
一緒に食事をしている気持ちになれる
タイプです♪

逆に
料理番組で 調理の様子や食材を紹介されても
ぼくが作ることはないので
ぜんぜん 興味をもちません。
2015/10/09 | URL | たかゆき  [ 編集 ]
Re: 食事
v-22 たかゆきさんへ

>『孤独のグルメ』 『深夜食堂』 ぼくの好きな テレビ番組です。
⇒ 全く見たことがない番組でした。もともと、根気がないので、昔からテレビや漫画は苦手なのですけど。食べるところを見せる色々な番組があるのですね。

それにしても、B級グルメという言葉でも感じましたが、最近の日本では、言葉を聞くと美味しくなさそうに感じないものに人気があるような...。わびくし食べることに快感を覚えるという流行りなのかな?...

>フランスでは このような番組は 全然受けないでしょうね。。。
⇒ 番組を見ていないので何とも言えませんが、フランスでは作っている人のストーリーを語らせる方が多いような気がしますね。

フランスでも、ひとり住まいで年配の男性は、店の人とおしゃべりできるアットホームなところで食事するのが好きですね。マダムがお友達のようにハグの挨拶なんかして、何かと優しい言葉をかけてくれる店。そういう店が閉店になると残念がています。つまり、働き方が変わって今では希少価値があるからでしょうね。

フランスで面白いと思うのは、戦時中を扱った映画などで、必ずといって良いほど、美味しい食べ物に出会って大喜びしている場面が出てくること。日本ほどには食糧難にならなかったからよくあったエピソードなのかもしれませんが、出てくると、まただ~! と笑ってしまいます。

>リポーターの方が食事をしている様子を 拝見しても まったく違和感を覚えず一緒に食事をしている気持ちになれる タイプです♪
⇒ なんと羨ましいこと! 私はヘソ曲がりなのだろうな...。でも、いま、私のアンケート調査結果を見たら、たかよしさんタイプは1%ですよ~!
2015/10/09 | URL | Otium  [ 編集 ]
嫌食♪
ぼくは 子供の頃から 食事が嫌いなのだ♪

「三度のメシより 好き」という言葉があるけど、、
子供の頃は???
三度のメシより 嫌い の間違いだろうと
ずっと思っていました。

>B級グルメという言葉でも感じましたが、

日本人は好きですね。。。こういう表現
三ツ星の木賃宿とか、、
下町のナポレオンとか、、(焼酎の銘柄です)

>マダムがお友達のようにハグの挨拶なんかして、何かと優しい言葉をかけてくれる店。

うっぅうん〜〜〜
他人とは 一定の距離と置いてないと落ち着かない
ぼくは、、、ハグなんかされたら、、
きっと 卒倒してしまうかも。。。

>なんと羨ましいこと! 私はヘソ曲がりなのだろうな...。でも、いま、私のアンケート調査結果を見たら、たかよしさんタイプは1%ですよ~!

人混みと行列が苦手な ぼくには、、
とても 素敵な環境です♪
2015/10/10 | URL | たかゆき  [ 編集 ]
Re: 嫌食♪
v-22 たかゆきさんへ

>ぼくは 子供の頃から 食事が嫌いなのだ♪
⇒ そうなのですか。美味しいものを食べるときもそうなのかな?...

フランスでも、食事を楽しまない子どもたちがいますね。テーブルにじっと座らされられるのが嫌なのかもしれない。お客さんが同席していると、子どもは黙っていなければいけないというのが躾なのも食事を楽しまない原因なのかもしれないと観察しています。

>三度のメシより 好き
⇒ こういう表現があったのを思い出しました。三度のご飯といったら、美味しくないのもありますから、それを引き合いに出すのはな... と思ってしまいます。お腹がたまれば何を食べても良い人が思いついた表現なのかな?...

>下町のナポレオン
⇒ B級グルメと並べていらっしゃることから、これはブランデーのナポレオンに引っかけているのだと気がつきました。

>ぼくは、、、ハグなんかされたら、、 きっと 卒倒してしまうかも。。。
⇒ それはお気の毒。フランスでは女性がどんな挨拶をするかを決める権利(?)を持っているので、男性の場合は拒否するのが難しいと思いますよ。

フランス人の挨拶の仕方については面白いです。都会の人はハグが好きで、田舎ではいくら親しくなっても握手しかしない人たちがいます。昔は、今ほどには抱き合った挨拶はしなかったそうです。今の若者は、初対面でもやることが多い。結局、人間関係が薄い環境では、ハグをして安心したいという欲求が強くなるのだろうと私は推察しています。

>人混みと行列が苦手な ぼくには、、 とても 素敵な環境です♪
⇒ 私も多数派には入らない方が好きです。
2015/10/10 | URL | Otium  [ 編集 ]
三度三度
>そうなのですか。美味しいものを食べるときもそうなのかな?...

美味しい酒と 肴には 目がありません♪
食べるのが楽しいと心底思えるようになったのは
お酒を飲めるようになってから なのだ♪

ぼくが 生きているのは 酒と肴と煙草を
味わうためです。

人には それぞれ 個性や個人差があります。
食べたいモノや 食べたい時間も
ヒトそれぞれかと。。。

たとえば 学校給食
決められた時間に 決められた餌を
クラスで一緒に摂取する、、
「ぼくは 家畜ではない」と いつも思っていました。

家庭での躾も きつかったですが
いまは このざまです。

ちなみに
徴兵制と義務教育は表裏一体と
ぼくは認識しています。
http://news.livedoor.com/article/detail/9107947/

これだけ 通信環境が整備されているのですから
そろそろ 軍隊式教育は廃止して
家庭や 好きな場所で学べる制度ができても
よいのではないでしょうか。
(日教組の方々や 使い捨ての企業戦士を
必要とする 企業は困るでしょうけど)

日本の徴兵制復活を懸念する方々は
まず 日本の義務教育制度を否定すべきでしょう。

もひとつ おまけに
「一億総活躍社会」、、
戦時中の
「一億火の玉」を 連想させますね♪

ぼくは
彼らの望む「活躍」なんか 絶対にしません。
2015/10/11 | URL | たかゆき  [ 編集 ]
Re: 三度三度
v-22 たかゆきさんへ

>食べるのが楽しいと心底思えるようになったのは お酒を飲めるようになってから なのだ♪
⇒ それを聞いて安心しました♪

ブルゴーニュの友達で、こういう風に言う人がいます:
ワインは食事しなくても飲めるけど、ワインがないと食事はできない。

>学校給食 決められた時間に 決められた餌をクラスで一緒に摂取する、、 「ぼくは 家畜ではない」と いつも思っていました。
⇒ そう給食も数えたら、「三度のメシ」なんて絶対に言いたくありません! あれは酷かった...。酷いにも程があるほど、酷かった!

フランスで、「La mangeoire」という名前を付けたレストランの看板をたまに見かけます。口語では食事処になるらしいので冗談なのかもしれないけれど、家畜のえさ場なんていうところで食事したくないよと思いますが、食べに行く人もいるみたい。

>徴兵制と義務教育は表裏一体と ぼくは認識しています。
⇒ リンクしてくださった記事はとても興味深かったです。なんでこんなことをするのかと憤りを感じていたのですが、確かに軍隊式でしたね。

学校の朝礼では、「気分が悪くなった」と言って保健室で寝て待つという手段を見つけていました。小学校低学年のときに仮病を使ってみたら、「顔が青いから早く寝なさい」と驚いて言われたので味をしめたのでした。私は色白なので、元気でも青白く見えるらしい。そのうち、立っていたくなったら卒倒するという技術も身につけたので、未だに簡単に卒倒してしまうので不便です。後遺症の方は、倒れたい意志は全くないのにフラフラと倒れてしまうのでタチが悪いです!

>一億総活躍社会
⇒ 私も気になったので、どこでボーダーラインを引いて1億人にするのか数日前に計算してみたところでした。成人になったら、ヨボヨボの高齢者になっても働けという枠だとすると1億人になるか... と結論。
2015/10/11 | URL | Otium  [ 編集 ]
軍属
>ワインがないと食事はできない。

仰せのとおり♪


>酷いにも程があるほど、酷かった!

だよね♪

>学校の朝礼では、

朝礼の 校長先生のお話しは好きでした。
直立不動で 何時間でも聴いていられる自信が、、、
もっと長く話してほしいと思ってました。
担任は いまいちでしたけど
校長先生には 恵まれてましたね。

ある意味 ぼくは ベクトルが変わりさえすれば
とても よい兵士になれる資質があるのかもしれません。

>どこでボーダーラインを引いて1億人にするのか

ぼくは 国民全て と認識しました。

一億火の玉 の一億と 同じように、、
彼らにとって 国民の命など
一銭五厘の価値もないと思っているのでは?

空襲や 原爆で 日本国民は容赦なく
火の玉に されてしまいましたもの。
2015/10/12 | URL | たかゆき  [ 編集 ]
Re: 軍属
v-22 たかゆきさんへ

>校長先生には 恵まれてましたね。
⇒ そうだろうと思います。そういう良い影響を与えてくれる先生たちにたくさん出会いたかった!

愚にもつかない話しをされるのはたまりませんが、上手に話されて洗脳されるのはもっと避けたい。今の日本の政治は、最悪の状態にはなっていないのかもしれないな...。

>ぼくは 国民全て と認識しました。
⇒ そうなのでしょうね。結婚したら子どもを産んで国家に貢献して欲しいなんて言っているのですから。
2015/10/12 | URL | Otium  [ 編集 ]
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