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2014/03/20
フランシュ・コンテ地方には時々行きますが、まだ観光したことがないモンベリアールMontbéliard)に行ってみました。


モンベリアール城

この町の観光スポットの1つは、お城。


Château de Montbéliard, Château des ducs de Wurtemberg

13世紀の城と言われますが、丸い塔についている四角い大きな建物に面白みがない...。

19世紀になって建物を大きくするために付け足したのかと思ったのですが、そうでもないらしい。18世紀当時のモンベリアール城も、こんな姿だったようです。

88 Württemberg und Mömpelgard Schloss Mömpelgard

下は19世紀半ばの銅版画。この方が、もっと前の姿に見えてしまう...。

Gravure du château de Montbéliard
Gravure représentant le château de Montbéliard(1840年)


塔の角度から城を見て、四角い建物が見えないようにするのが最も美しい角度になりそう。


限定レア美品ピンズ◆モンベリアルお城ピンバッジフランス


観光客は行かない町だったの?

見惚れるほど美しい城だとは思わなかったのですが、城壁から見上げる角度を変えて眺めたり、写真を撮ったりしました。

ベンチのところにたむろしていた男の子たちがいて、私に声をかけてきました。
「立派な城でしょう? 公爵さまが建てたんだよ。もちろん、むかしの公爵だけどね」

こういう場合、どう反応して良いのか分からない。高校生くらいの男の子たちなので、ちょっと怖い気もするので。適当に相槌を打って離れました。

そのあと、銀行のATMでお金をおろそうとしたら、カードが入らない。誰もいないから使おうとしたのですが、それは銀行口座にお金を入れるときに使う機械なのだ、と隣りの機械で操作していた人が教えてくれました。

ちょっと冗談を言っておしゃべり。モンベリアールの観光に来たと言うと、笑顔で答えられました。
「えぇ~、モンベリアールに観光客?!」

そうか...。この町にはほとんど観光客が来ないらしい。城の説明をしてくれたさっきの男の子たちも、観光客が珍しいから声をかけてきたのでしょうね。

気がつけば、町を歩いていても観光客らしき人が見えない。まして、バスで来たような団体さんの姿はない。確かに、観光を終えても、ここに来て良かったと感動するほどのものには出会いませんでした。モンベリアールは歴史が残る町に与えられる「Villes et Pays d'art et d'histoire」となっていて、これに入っている町は魅力的なのが普通なのですけど。

それでも、フランスの普通の町とはどこか違う雰囲気がある町なので、行ってみたのには価値があったと思いました。

クリスマスマーケットはフランスでは有数の大きな規模のが開かれるのだそう。考えてみると、クリスマスマーケットというのはドイツで盛んな風習だものな...。


ドイツだったことがあった町

何も下調べしないで行ってしまったので、この日記を書きながらモンベリアールの歴史を少し調べてみます。

モンベリアールの町は、モンベリアール伯領(Principauté de Montbéliard)が成立した1042年から、フランスに併合された1793年まで、神聖ローマ帝国(Saint-Empire romain germanique)に入っていた。 15世紀、女子相続人のアンリエットは、嫁ぎ先のヴュルテンベルク伯家(ドイツ)に、モンベリアル伯領を始めとするドイツ国境の広い領主権もたらした。

モンベリアール城が「ヴュルテンベルク公たちの城」と呼ばれるのも、それが理由でした。

フランスになってからも県がコロコロ変わったりして、複雑な歴史を持った町でした。ともかく、この町はドイツの影響が強いのだというのを頭に入れておかないと理解できないことがありました。




ジョルジュ・キュヴィエが生まれた町

城の外観もさほど美しくないと思ったのですが、内部の観光も少しがっかり。古い建物を眺めるのが好きなのに、内部はきれいに改造されたミュージアムになっていて、城がどんなだったかがほとんど見れない。あったのは台所だけ。

絵画も地元の画家たちのもので、感動を与える作品がない...。

おまけに、私は動物の剥製が嫌いなのに、それがたくさん陳列してある。

この展示は、モンベリアールで生まれたジョルジュ・キュヴィエにちなんでいたのでしょうか?

キュヴィエ(Georges Cuvier: 1769~1832年)は博物学者・解剖学者・比較解剖学者。

とはいえ、私はこの分野には全く知識がなく、パリの国立自然史博物館(Muséum national d'histoire naturelle)で彼の名前を覚えたのではなかったかという気がします。

でも、彼が唱えた天変地異説(Catastrophisme)は、どこかで聞いています。マンモスがなぜ地球上から消えたかというお話しでしょう? キュヴィエの名前も学校で習っていたのかもしれない。

http://kotobank.jp/word/%E5%A4%A9%E5%A4%89%E5%9C%B0%E7%95%B0%E8%AA%AC


キュヴィエはフランスが誇る学者なのですが、彼が生まれたときにはモンベリアール町はドイツで、町の名前もメンペルガル(Mömpelgard)だった...。

市役所前の広場にはキュヴィエの銅像が建っていました。



彼が生まれた家だと示すプレートを掲げた家もありました。



Maison natale彼が生まれた18世紀後半。

こんな建物だったというのは信じられない気がする...。

Wikipediaに彼の生家を描いた絵がありました(右の絵)。

これだと、感慨にふけれそうですよね。
味気なく改装してしまっているのは残念...。

でも、見比べてみると、現在の建物は昔の姿より1フロワー多いです。屋根裏部屋を大きな窓をつけたフロワーにしたのか、建物そのものを全く新しくしてしまったのか?...

せっかくなのだからキュヴィエについて調べてみれば良いのに、つまらないことを気にしてしまった...。

彼が唱えた天変地異説(Catastrophisme)などは、とても面白そうに見えます。でも、こういう分野は本当に苦手...。

 
化石の記憶―古生物学の歴史をさかのぼる (Natural History)

 シリーズ記事: フランシュ・コンテ旅行記 (2014年3月)  目次


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★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ

外部リンク:
☆ Wikipedia: モンベリアル伯領
☆ Wikipedia: ヴュルテンベルク
パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館
キュビエ
☆ Les Villes et Pays d'art et d'histoire: 地図(フランス全土167の町)


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