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2014/06/18
世界遺産にも登録されている美しいヴェズレーVézelay)村に、住む人たちが作っている村愛好会のようなものがあって、そのイベントに参加しました。

普通では入れない場所を見学したり、講演を聞いたりというものだったのですが、移動時の合間を見て、大好きなサント・マドレーヌ大聖堂も見学。


サント・マドレーヌ大聖堂にできる光の道

6月半ばに行くのですから、どうしても「光の道」を見たかったのです。夏至日はもうすぐやってくる時期。この日の正午に、窓から差し込む光で聖堂に「光の道」ができるのですが、日にちが多少違っていたって、時間がずれれば中央の通りに光がさしこむはず。

お天気が良かったので、みごとに光の道ができていました。


Basilique Sainte-Marie-Madeleine de Vézelay

この写真は、6月14日、午後2時23分に撮影しています。夏時間は無視して、太陽の時計からいけば、12時半ころということになります。 夏至日のちょうど1週間前だったのですが、もうほとんど中央に光が差し込んでいますね。

時間があるたびに教会の中に入ってみたのですが、素晴らしい瞬間を見ました。

教会の中に光が差し込んでいないときがあったので、太陽が雲に隠れているのだろうと思いました。すると、光がさしてきた! ...

祭壇の方から順に光の輪が広がっていったのです。パラパラパラ... と、祭壇からこちらに光の道ができてくる。

奇跡がおこったように感動的でした!

昨年には、この光の道が見たくてヴェズレーに1週間滞在しました。おろかにも、光の道は夏至日にしかできないと思っていたので、毎日見に行くのを怠っていました。しかも、太陽の光線がさしてくるときに光が落ちてくる瞬間があるとは知らなかった。

滞在中に1回でもこの瞬間を見ていたら、朝から晩まで教会に座って待つ時間の余裕があったのに...。

昨年のヴェズレー滞在について書いた日記:
★ シリーズ記事目次: ヴェズレー8日間滞在記 2013/06/21

このときに友人たちと滞在した貸別荘は、その経営を担当していた持ち主の奥さんが亡くなったそうで、売りにでていました。40万ユーロで売りにでて、今では28万ユーロに下がっているとのこと(4,000万円くらい)。庭は広いけれど、一軒家として住むには小さすぎる、非常に質素な家なのですけど...。

やはり観光地プライスでしょうね。村には昔だから建てられた立派な石造りの家がたくさんあります。ああいうところだと、青天井の価格ですか...。地元の人の話しだと、昔は美しいヴェズレー村だからというのはなくて、とても安く家を買えたのだそう。

もう貸別荘ではなくなっていたので、去年に利用しておいたのは幸運だったと思いました。


子どもたちが何かしている

祭壇の前に、シスターと子どもたちがいます。



ミサの時に使う木の椅子に子どもたちが座ったりしているので、不思議...。

シスターが祭壇の前に張ってある立ち入り禁止の綱をはずして、子どもたちを中に招き入れます。男の子たちは左側、女の子たちは右側へ、とシスターが指示しています。

子どもたちが祭壇の部分に入って行くので、私もついて行ってしまうかのように、おどけて足踏みをしました。

付き添いで来ていたお母さんらしき人が、「お気持ち、わかります。わかりますよ~♪」と言って、私に笑顔を向けてきました。



翌日が子どもたちのコミュニオンなので、その予行練習をしているのだそうです。

「この辺りに住んでいる子どもたちですか?」、と私。
「もちろんです」

「こんな美しい教会でコミュニオンができるなんて、なんて幸運な子どもたちなのでしょう...」
「本当ですよね~」と、お母さんもとても嬉しそう。

どこの教区に属していてもコミュニオンができます。でも、例えば私の村の子どもたちの場合、美しくもない教会で、近所のオバサンたちが音程外れで讃美歌を歌ってくれる儀式とは格段の差がある... と思ってしまう。


コミュニオン

子どもたちが本当のキリスト教徒になったことを認める儀式がコミュニオン。

そのときの写真が友人の家にはたいてい飾ってあるので、どんなものなのかは想像できます。



フランスでは、catéchisme (日本ではカテキズムというようです)を終えた12歳くらいの子どもたちがする儀式がコミュニオン。

「communion(コミュニオン)」と呼ばれるのですが、それがどんなものなのかを調べてみたら、もっと幼いときにするコミュニオンの風習がある国もあり、12歳でするのは「communion solennelle(コミュニオン・ソラネル)」と呼ぶようでした。profession de foi、grande communionとも呼ばれるらしい。

つまり、もの心がついて、本当にキリスト教徒となる決心をする儀式。

日本でいえば、七五三みたいなものでしょうか。私も子どものときに祝ってもらった写真があるのですが、ただ年齢になるとする儀式くらいにしか思っていません。

コミュニオンの儀式には参列したことがないので、Wikipediaに入っていた公開写真を入れてみます。

Jour de communion solennelle pour un groupe d'enfants (1969) 
une communion solennelle en France en 1969

1969年に撮影したものなのだそう。この時代に子どもだったフランス人はほとんど全員がコミュニオンを経験していたでしょうが、今ではどのくらい行われているのかな?...


コミュニオンの予行練習

明日まではヴェズレーにいられなかったのが残念。子どもたちが白い衣装を着ての儀式は、さぞ美しいでしょうから...。



少数派の男の子たちはやんちゃで、おふざけをしたりしていましたが、女の子たちは真面目にやっています。

祭壇の上ですることの説明が終わると、子どもたちは歩き出しました。



このサント・マドレーヌ大聖堂は、サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路の出発点。それで、子どもたちは木の棒を持って、巡礼者になったように教会の中を回るというシナリオなのでしょうね。




夕方のミサに参列

ヴェズレーの役場でお酒などをふるまわれて、私が参加した集まりは終了。そのあと、急いで教会に戻りました。vêpresと呼ばれる夕方のミサがあるはずなのです。

始まっていました♪ 美しい祈りの声が聖堂に響いています。

とりあえず、この日にミサに立ち会えたことを記録しようと思って、柱の陰でカメラを構えました。 ミサのお邪魔をしてはいけないのが決まりですが、フラッシュはたかないし、シャッター音も切っているので。

すると、向こうの方で、怖い顔をしながら手を振って、「写真はダメ」の合図をしてきた女性が見えました。

みんな立ち上がってミサに傾倒しているのに、彼女はなぜか椅子に座って聖書を開いていました。ミサを聞いているにしても、それを無視して聖書を読んでいたにしても、遠くの柱の陰にいた私がカメラを構えたのがなぜ見えたのだろう?...

けしからぬ観光客が写真を撮るのを監視する係の人が信者の中にいるのでしょうか?...

意地悪な視線に傷ついてしまいました。その前に出会った敬虔な信者らしきお母様は、私がコミュニオンに感激して、おどけたりしていた私に優しい言葉をかけてくれていたのに...。

フランスで出会うクリスチャンには2通りあると思っています。本当に心の底から優しい人たち。それから、信仰心なんかない方が優しい心を保てると思ってしまうような意地悪をする人たち...。

後からやってきた仲間に、写真をとろうとしたら注意されてしまったと小声で言ったら、「気にすることない」と一言。もっと祭壇に近寄って、誰からも見えない柱の陰から写真を撮るように導いてくれました。

ミサをあげている修道士たちが、振り返って「写真を撮ってはダメ」と言ったりするはずは絶対にないと思う。彼らは、そんな人がいるかどうかなんて全く無視して、無心でミサをあげているはずですから。



写真を1枚撮り終えてから、席に座って、美しい祈りの言葉を聞くことにしました。

傷つけられたのなんか、すぐに忘れました。宗教心があるなしに関わらず、聞こえてくるフランス語の所々の意味が分かる程度なのに、本当に美しい音の響きなので陶酔してしまうのです。 涙があふれてくる...。

感動的に美しいミサがあります。お香の香りが感情を高めるのだろうか?... ヨーロッパの他の国に行ったときも、格別に美しい聖堂のミサに参列したときは、いつも泣いていたように思う...。

途中で、左右に分かれた参列者の中央を進み、祭壇に最も近い位置まで行って写真を撮っている人がいました。隣りにいた人が注意していましたが、全く無視。確かにね。ここまでやる人がいたら、観光客がミサの写真をとるのに神経質になっても無理ないな...。


ミサは終わりを告げるでもなく終了し、祭壇にいた修道士たちは静かに引き上げていきました。

そのあと、誰もいなくなるサント・マドレーヌ大聖堂。この静寂も大好きです。



ブログ内リンク:
教会のミサから出てきた友人に、「神様~!」と言われてしまった  2010/04/04
フランスには宗教戦争があったことを思い出す 2014/03/22
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
★ 目次: サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路に関する日記

外部リンク:
☆ アンティークアナスタシア: 初聖体
コミュニオンとは?
☆ Wikipédia: Communion solennelle
カテキズム
知らないうちに洗礼ってひどくない?カトリック離れが進むフランス


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コメント
この記事へのコメント
カトリックでは生まれた子供にまず幼児洗礼を受けさせます。
でもこの洗礼は本人の意志ではないので、子供が成長して自ら信仰告白をすることで、正式にクリスチャンとして認められるコミュニオンは、洗礼式にも増して大切な行事です。
日本語では「堅信式」と訳されます」。
成人してから信者になったひとも堅信を行います。
幼児洗礼を認めていないプロテスタントの場合は、一部の宗派を除いて堅信式はないようです。
また後ほどゆっくりとお邪魔いたしますね。
取り急ぎ。
2014/06/18 | URL | aosta  [ 編集 ]
Re:
v-22 aostaさんへ

>日本語では「堅信式」と訳されます

⇒ コミュニオンを日本語にしたら何が適切なのだろうかと気になっていたのですが、「堅信式」というのは気に入りました。

子どもが生まれたときにする洗礼は親の意思ですが、その子がコミュニオンの儀式をすることになったときの親の嬉しさは格別なのだろうと、私が子どもたちについて祭壇に上がろうというおどけたジェスチャーをしたのに優しい笑顔でおしゃべりをしてくれた女性からも感じました。

>洗礼は本人の意志ではないので、子供が成長して自ら信仰告白をすることで、正式にクリスチャンとして認められるコミュニオンは、洗礼式にも増して大切な行事です。

⇒ フランス人が居間に飾っている家族の写真を見ても、コミュニオンが大きな意味を持っているのを感じます。考えてみると、洗礼のときの写真が飾ってあるのは見たことがないような気がします。教会にある石の洗礼盤には、素晴らしく美しいのがたくさんあるのですけど...。

>成人してから信者になったひとも堅信を行います。

⇒ このとき一緒にいた仲間から、コミュニオンは子どもしかできないのだと茶化されて、日本社会には受け入れられないと悟ってフランスに戻った藤田嗣治がクリスチャンになったときには、何の儀式があったのだろうかと疑問がわいていました。フランス語では何か特別な言葉があるのだろうと思いますが、「堅信」という言葉で統括できますね。
2014/06/18 | URL | Otium  [ 編集 ]
差し上げたコメントを読み返していて、ちょっと気になることが・・・
堅信にしては写真の子どもたちが幼いような。どう見ても小学生のように見えます。
日本では13歳から15歳のお子さんの場合が多いのですが、フランスのほうが早いのかもしれませんが・・・・
ふと私の頭をよぎったのは「初聖体」のことです。
幼児洗礼を受けた子供さんが与る秘跡の順序として堅信の前の式です。
幼児洗礼を受けた子供さんでも、キリストの体である聖体をいただくためには一定期間待たなければなりません。「聖体」の意味を理解する年齢になって初めて聖体拝領が許される、というわけで、家族にとっては大きなお祝いのときでもあります。
堅信式の場合は、司教がミサをつかさどります。
司教区を順番に回って堅信式を行いますので、日は決まっていません。

もしかしたら私の早とちりで堅信式と決めつけてしまったかもしれませんね。
すみませんm(__)m
2014/06/19 | URL | aosta  [ 編集 ]
Re:
v-22 aostaさんへ

>堅信にしては写真の子どもたちが幼いような。どう見ても小学生のように見えます。日本では13歳から15歳のお子さんの場合が多いのですが、フランスのほうが早いのかもしれませんが・・・・

⇒ フランスではコミュニオンは12歳くらいのときと決まっているので、何の疑問も抱かずに、彼らはそのくらいの年齢の子どもたちだろうと思って見ていました。幼すぎますか?... 私は子どもを見ても年齢が分からないのですが、フランス人は子どものうちはとてもきゃしゃな体つきをしていると感じています。

いずれにしても、日本の方が遅いのですね。フランスの場合は、たいてい10歳から12歳くらいの子どもたちがコミュニオンをすると聞いています。

私が疑問に思ったのは、ヴェズレー村には住んでいない子どももいたのではないかということでした。とすると、近くの村々にある教会では信者さんが減ってしまうのではないか? ヴェズレー村の人口は450人足らずで、毎年2人くらいしか生まれていないようなのです。このときは10人くらいの子どもたちがいたので、そんなに信者の子どもがいるかな? と思ったのでした。
2014/06/20 | URL | Otium  [ 編集 ]
素敵!
光の道…とても素敵ですね~。
この瞬間に出会えると何もかもに感謝せずにいられなくなります。神様の存在を身近にさえ感じます。
ヴェズレーにはリヨン滞在中に1度だけ出かけましたが、Otiumさんのように1週間滞在してみたいものです。
私はキリスト教徒ではないのですが、ミサをみるのが大好きです。何を言っているのかサッパリわからないのですが、美しい音と教会での響きがとても心地よいです。

2014/06/25 | URL | pepe犬  [ 編集 ]
Re: 素敵!
v-22 pepe犬さんへ

旅行していたのでお返事が遅れてしまい、ごめんなさい。

ヴェズレーに滞在する最大のメリットは、観光客がほとんどいない時間に聖堂に入れることだと思います。pepe犬さんがヴェズレーにいらしたときは、泊まらなかったけれど、頑張って朝早くからいらしたのでしたよね。

pepe犬さんもミサがお好きでしたか。フランス語は日本で勉強していたときに想像していたように美しく響く言葉ではないと思っているのですが、葬式のミサで親族代表が死者に語りかけるスピーチはいつも美しいと感じます。この日のミサでは、最後に長老らしき僧侶が立ち上がって話しを始めたので喜んだのですが、英語か何かの訛りがあるフランス語だったので、少しギャフンとしました。
2014/06/30 | URL | Otium  [ 編集 ]
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