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2014/08/10
前回の日記「フランスの戦後の農業史を見せるドキュメンタリー番組」に入れた動画を見ながら、気になったシャンソンがありました。

戦後の近代化が進んだフランスで、農村から都市への人口が流れ出した場面のバックに流れていた曲です。

農業が近代化・大規模化したために農村の経済が急変して、農村では生き残れなくなった若者たちがパリに出て行った姿を映した暗い場面に、ぴったりと合ったノスタルジックなメロディー...。

シャンソンには詳しくない私でも知っている曲。
題名を思い出せないので歌詞の一部で検索すると、出てきました。


La montagne / ふるさとの山

私が好きなシャンソン歌手ジャン・フェラJean Ferrat: 1930~2010年)の代表的なヒット曲の1つで、「La Montagne(ラ・モンターニュ)」 と題された曲でした。

この曲がリリースされたのは1964年。その翌年に彼がミュージックホールで歌ったときの記録映像も出てきました。



ずっと後の録画のようですが、YouTubeで再生回数が100万を軽く超していたのは、こちら:
La montagne - Jean Ferrat


日本でも歌われているシャンソンなのかと調べてみたら、古賀力訳詞「ふるさとの山」という題名で、色々な歌手が歌っている動画が出てきました。


ふるさとの山/LA MONTAGNE 奥田晶子

日本でもヒットした曲のようです。ジャン・フェラの曲としては、この曲が最も有名であるという記述もありました。

でも、フランス語と日本語では歌詞の内容が違いすぎる!...
どうしてなのかを考えてみたくなりました。


詩を訳すのは非常に難しいのだけれど...

フランス人が言ったことを私が日本人に訳すと、やたらに長くなります。「ひとこと言っただけなのに、なんでそんなに長々と訳しているの?」と言われたことが何度もありました。

でも、言い訳をします。文化が異なる国同士だと、対応する単語がない場合もある。単純に置き換えられる日本語があっても、日本には存在しないもののことだったら、それが何であるかを説明する必要がある。裏の意味で言っている場合には、そのことも加えないと意味が伝わらない...。

話しながら訳すのだったら、原文の10倍もしゃべっていると文句を言われる程度で済みますが、詩を訳すとなったらそうはいきません。まして、それが歌われるのだとしたら、メロディーの雰囲気にも合わせた言葉を選ばなければならない。

歌詞の翻訳は大変な作業だろうと思います。

明治時代にはフランス文学を翻訳した優れた文学者たちが日本にいました。日本語として美しい言葉。単なる翻訳者ではなくて、作品を作りなおしてしまうほどの能力がある文学者と呼ぶべきでしょう。


このシャンソンの題名は、フランス語では「La Montagne(ラ・モンターニュ)」です。これをそのまま 「山(やま)」としたら、短すぎてしまりがない。歌の内容を汲んで「ふるさとの山」としたのはお見事だと思いました。

この曲の中には、山岳地帯で生きた老人のしぐさ、農村の生活、食べ物、都会がどんなところなのかなど、フランス人でないと分からないような単語や表現がゴロゴロ入っています。ですので、訳された古賀力さんは、日本人にも伝わるイメージの世界に描き直す必要があると考えられたのだろうと思います。

でも、ここまで変えてしまう理由があったのだろうか、と思ってしまう箇所があるので、どうにも気になりました...。


歌詞の違いを比較

どこがどう違うと私に見えたのか、結論から始めます。私にはフランス語の詩を読み取ることは難しすぎるとお断りしておかなければなりませんが、私なりに受け取ったフランス語の詩と、日本語の歌詞(古賀力訳詩)との違いを表にしてみます。

イメージ日本語訳フランス語
故郷を
捨てる理由
都会への憧れ生活費を稼ぐ手段
都会生活への妄想
山の生活の
魅力と欠点
美しい山、森
土のにおい
のどかな陽だまり
うまい水、せせらぎ
花が咲き乱れている
小鳥、こだま
豊かな自然
ぶどう栽培
素朴な人、老人
放置されたブドウ畑
美しい山、森
老人たち(エレガントではないが、美味しい食べ物を味わっている。辛い仕事も耐えて、気高く生きる。不味いワインを飲んでいても長寿)

僅かばかりの家畜を飼育し、良い年もあれば、悪い年もある農業を営む
バカンスがない
娯楽がない
放棄されたブドウ畑
都会生活の
魅力と欠点

モダンなカフェテリア
ジャズに酔いしれる

モダンなアパートに住む
気楽なサラリーマン生活

美味しい食べ物
安物だがモダンな家具
映画館

低所得者用の福祉的集合住宅に住む
警官か役人になり、年金生活を始められるのを楽しみに待つ生活
不味い食べ物

原詩では山の生活と都会生活には長所と欠点が描きだされているのですが、日本語の歌詞では山の生活も、都会の生活も良いことづくめになっていました。

原詩では、都会に憧れて故郷を捨てるのだけれど、都会で待っているのはしがないサラリーマン生活。山の生活には魅力があるという風になっています。ところが、訳詞の方では、都会生活は魅力的だけれど、山の生活にも良いところがあるのだ、と訴えている...。

この曲を作詞・作曲したジャン・フェラは1930年生まれ。ユダヤ人家庭に生まれ、父親はナチスに連行され、強制収容所で亡くなっています。共産主義作家のアラゴンに傾倒し、政治の批判もし、弱者に暖かい目を向ける人間愛に満ちたシンガーソングライターでした。

この曲は、故郷を捨てなければならなかった若者への共感を歌っているように私には思えました。3回繰り返されるリフレーンにそれを強く感じるのですが、その部分は日本語では消えてしまっています。日本では、主張があるシャンソンはヒットしないという配慮からなのでしょうか?


フランス語と日本語の歌詞の比較


歌詞を比較してみます。赤くしたのは、仏語と日本語に対応した文章がない部分です。
La Montagne
作詞・作曲: Jean Ferrat
ふるさとの
訳詞: 古賀力
Ils quittent un à un le pays
Pour s'en aller gagner leur vie
Loin de la terre où ils sont nés
青く澄んだ山に 囲まれたふるさと
その土地を捨てて
Depuis longtemps ils en rêvaient
De la ville et de ses secrets
Du formica et du
ciné
長いこと夢みてた 都会の暮らしに
彼らは出て行く
Les vieux ça n'était pas original
Quand ils s'essuyaient machinal
D'un revers de manche les lèvres
Mais ils savaient tous à propos
Tuer la caille ou le perdreau
Et manger la tomme de chèvre
 
 素朴な土のにおい のどかな陽だまり
うまい水があるのに
モダンなカフェテリアや
 都会の秘密に
彼らは魅かれるのだろう
Pourtant que la montagne est belle今も山は美しい
Comment peut-on s'imaginer
En voyant un vol d'hirondelles
Que l'automne vient d'arriver ?
 
 春は花が咲き乱れ
空に小鳥さえずる
ふるさとの山は
Avec leurs mains dessus leurs têtes
Ils avaient monté des murettes
Jusqu'au sommet de la colline
Qu'importent les jours les années
Ils avaient tous l'âme bien née
Noueuse comme un pied de vigne
 
 豊かな自然の 潤いを与えて
山は長い月日
ぶどうの根のように 節くれた素朴な
人を育ててきた

Les vignes elles courent dans la forêt
今はもうぶどうのつるも森の中に
伸びっぱなしのまま
Le vin ne sera plus tiré
C'était une horrible piquette
Mais il faisait des centenaires
A ne plus que savoir en faire
S'il ne vous tournait pas la tête
昔からぶどう作りで 生きてきた老人を
嘆かせるのだろう
Pourtant que la montagne est belle今も山は美しい
Comment peut-on s'imaginer
En voyant un vol d'hirondelles
Que l'automne vient d'arriver ?
 
 夏は谷間を流れる
せせらぎの響きが
こだまする山は
Deux chèvres et puis quelques moutons
Une année bonne et l'autre non
Et sans vacances et sans sorties
Les filles veulent aller au bal
Il n'y a rien de plus normal
Que de vouloir vivre sa vie
 
 国を捨てた若者は 都会の片すみで
何をしてるのか
Leur vie ils seront flics ou fonctionnaires
De quoi attendre sans s'en faire
Que l'heure de la retraite sonne
ある物は会社勤め 何の気がねもなく
のベルを待つ
Il faut savoir ce que l'on aime
Et rentrer dans son H.L.M.
Manger du poulet aux hormones
自分の好みもよく知り
モダンなアパートの
部屋にくつろいで
ジャズに酔いしれたり うまい料理
生きがいを見つけるのだろう
Pourtant que la montagne est belle今も山は美しい
Comment peut-on s'imaginer
En voyant un vol d'hirondelles
Que l'automne vient d'arriver ?
燕の群れを眺め
もうそこに秋が来たのを
告げる山は



フランス語の原詩と日本語への訳詞の違いで、特に気になったところを書いてみます。

なぜ人々は故郷を捨てたのか?

の部分の冒頭。訳詞では都会に憧れて農村を捨てたようになっていますが、原詩では、2行目に「Pour s'en aller gagner leur vie」とあり、「生計を立てるため」 に出て行った、とはっきり歌っています。ここで聞く人の心をとらえ、胸が痛むストーリーが語られるのです。

この曲が発表されたのは1964年。前回の日記で書いたように、戦後のフランスでは農業の近代化と大規模化が進み、その流れに乗れなかった農村住民が都会に働きに出なければならなくなった時代です。

この歌は「モンターニュ(山)」となっていますが、農村を指したいなら「カンパーニュ(田園)」としても良かったはず。でも、政府の方針に従って大規模経営農業を推進することが困難だったのは、広大な農地を切り開けなかい山岳部です。ジャン・フェラは、そんな山間部の人々が都会に働きにでなければならなかった状況をとりあげた、と私には感じられます。

もちろん、都会に出れば生活が豊かになると期待して故郷を捨てたわけです。でも、原詩が描いている都会生活は、日本語の訳詞が描いているようなユートピアの世界ではありません。

魅力的に感じさせる「都会の秘密」とは何だったかを、原詩ではフォルミカ(formica)と映画館としています。

映画を見にに行けるのは当時の農村の若者には魅力だったでしょう。でも、フォルミカを持ちだしている!

フォルミカ(フォーマイカ)とは、強化合成樹脂で表面仕上げした家具の商標です。

今でもダイニングルームに置いている家庭を見かけますが、立派なお屋敷には合わない安っぽい家具です。もっとも、昔懐かしいという価値が最近では出ているのか、下に入れたのはそれを探す情報ページにあったフォルミカの例。

http://www.decoloisirs.com/ou-trouver-des-meubles-en-formica/ 
Où trouver des meubles en formica ? | Deco Loisirs

田舎にある農家では、親子代々で使う、ぶつかったら打撲傷をおこしてしまうような頑丈な家具。フォルミカは軽くて動かしやすいし、珍しいがられたのだろうとも想像できます。 今ならイケアの家具というところでしょうか。イケアにもファンがいるので、フォルミカに人気があったのかもしれない...。

でも、それに憧れて都会に出るでしょうか? フォルミカを「都会の秘密」などとしているのは、都会で待っているのは、こんなチャチな家具という皮肉だろうと思いました。

憧れて行った都会の生活がいかに味気ないものであるかは、歌の最後の部分でははっきりと出てきます。日本語訳ではみごとに消えているのですが!


◆ 故郷とはどんなところ?

の部分では、フランス人でないと分からない農村の魅力が語られているので、日本人が理解できるためには大幅に引き合いに出しているものを変える必要があったと思います。

日本らしくて面白いなと思ったのは、山の魅力として美味しい水を引き合いに出していること。日本人にとって、山といったら、何よりもそれなのでしょうね。

原詩では、農村だからこそ食べられる美味しい食べ物を出してきています。

ウズラ、ヤマウズラ、トム・ド・シェーブルと呼ぶ山岳地方で作るヤギのチーズが並べられています。

年寄りたちは服で口を拭ったりする(下品な)癖があるけど、そういう美味しい食材を堪能するすべを知っている賢さがあった、と敬意を払っています。

日本人は、美味しいものは都会で食べられるという認識をもっているので、それに反することを書いたこの部分は消されたのかもしれません。

フランスが貧しかった時代を生きた人たちの話しを聞いていると、田舎の生活は貧しかったけれど、今よりも美味しいものを食べていた、と口を揃えて言います。農家でなくても野菜畑を作っていたし、自然が破壊されていない時代なので森や田園では、いくらでも自然の食べ物が収穫できたので。

ただし、山岳部でつくるワインはまずかった。でも、そんな安酒を飲んでいても、長寿の年寄りがウジャウジャいたよ、と歌っています。

美味しいものを食べられるのは農村か都会は、歌の最後で大きな違いとなって出てきます! 


都会に行く動機

訳詞ではのところで、モダンなカフェテリアに憧れたとしていますが、原詩ではの部分で故郷を捨てる理由が出てきます。

原詩では、田舎暮らしは2頭のヤギと数頭のヒツジを飼育するだけの貧しい農家の生活として描かれています。年によって、良いときもあるし、悪いときもある。(農業をしていると)バカンス旅行はできないし、田舎にはお出かけする機会がない。 女の子たちはダンスをしに行きたがるのだけれど(ディスコのようなものを言っているのでしょうね)。

フランスでは戦後にバカンスをとる習慣ができ、この歌が発表された時代のフランスの法廷年次休暇は最低3週間(現在は5週間)。長期休暇で旅行に出るのが定着していましたが、当時の貧しい農家は旅行などは楽しんでいられませんでした。サラリーマンになったら人並みにバカンスを楽しめると憧れたのは理解できます。

でも、そんな事情は日本人には通じないので、無視してしまって良いと思う。
日本は未だにサラリーマンでも長期休暇などは楽しんでいないので、農業をする人が彼らを羨ましがることはないわけですから。


都会で待っている生活は?

のところで、徹底的に原詩と訳詞の差が出てきました。

歌いやすい歌詞にする必要があるとしても、ここまで変えてしまって良いの? と思ってしまう...。ここでも、農村から都市に出ていく人たちの気持ちが日仏では違うのだろうと思いました。

訳詞では、ノンキなサラリーマンになって都会生活をするのは悪くないから、故郷を捨てたのも当然だろうと言っているように見えます。

でも、原詩に描かれた都会生活では、哀れなサラリーマン生活なのです。

田舎から出ていってありつける職業と言ったら、警察管か公務員と言っています。民間企業に就職するのとは違って安泰な仕事ですが、老齢年金をもらって毎日がバカンスの生活になるのを待つだけの味気ない仕事、というわけです。

フランスは福祉国家なので、みんな年金生活に入れる時期が来るのを励みにして働くわけですが、日本だと通じないでしょうね。だから、訳詞では職業を特定しないのも、定年を待つ代わりに終業ベルを待つことにした方が自然だっただろうとも思います。

でも、驚いてしまうのは、その次に描かれている、故郷を捨てた人たちが送っている都会生活の姿!
日本語訳:
  モダンなアパートの
  部屋にくつろいで
  ジャズに酔いしれたり うまい料理に
  生きがいを見つけるのだろう

原詩の方は、これとは正反対なのです!

まず、住むところはHLM低家賃住宅)となっています。

Tour d'Île-de-France - Planoise  

HLM(Habitation à loyer modéré)とは、戦後の住宅政策で進められた低所得者のための集合住宅で、自治体が人口に応じた数の建物を作ることが義務づけられている福祉住宅です。

フランス人にとってのHLM(低家賃住宅)は、日本の公団より遥かにイメージが悪いです。つまり、家賃が非常に安いのは良いけれど、こういうところでは生活したくない、と誰もが思う殺伐とした環境なのです。パリ郊外にあるHLMだと、 移民家族などの貧しい人が多く住むために犯罪が多く、近づくのも怖いようなところもあります。 それが社会問題になっているので、最近は東京なら高級マンションだなと思うようなHLMもできてきてはいますが。

追記 2015年2月】

悪口を言われる方が多いHLMですが、最近のフランスでは環境を良くしようとする努力が目立ってきています。でも、このシャンソンが出た60年代半ばであったことを考えておかなければならないと思います。

戦後はフランスでも経済が成長し、オイルショックが起こるまでは「栄光の30年(Trente Glorieuses: 1945~75年)」と呼ばれる時期がありました。ジャン・フェラの歌が流行した60年代は、良かれと思って安易に行ってしまったために後になってから反省させられる庶民のためのリゾート開発や質の悪いHLMが作られた時期でもありました。

フランス国立視聴覚研究所(INA)のサイトに、60年代のHLMがいかにお粗末であったかを見せる映像が入っていたので入れておきます。


INA: 30 ans HLM

テレビ局Antenne 2が1985年に放映したテレビニュースです。今から20年前の放送なのですが、フランス人の4人に1人がHLMに住んでいると言っています。

HLMができてから30年。戦後の住宅不足を解消するために何でも良いから福祉住宅を建設したため、酷い住宅環境のHLMだったという例を見せています。高速道路が交差する場所なんかに建ててしまった、と言っているのですけど、東京には、そういうマンションがたくさんありますけどね...。

ともかく、1985年の段階で、そういう質の悪い集合住宅を壊したり改良したりしていたのですね。

リヨン市郊外にあるBron ParillyのHLMがでてきたので、Bron ParillyとHLMをキーワードにして検索してみたら、こんな動画も出てきました、

こちらは1960年の映像で、Bron ParillyにあるHLMのモデルルームを紹介しています。


INA: Visite d'un appartement témoin HLM à Bron Parilly

今のフランスの住宅からは想像できないほど安っぽい内装なのですが、行政がこういう機能的で住みやすい福祉目的の集合住宅を都市部にたくさん作っている、と褒めている感じのナレーション。ジャン・フェラのシャンソンはこういうのを舞台にしていたのだろうな...。


のところで都会への憧れの1つに、フォルミカという安家具を出してきていましたが、HLMは正にそれがぴったりと合う住まいなのです。最後の方でHLMを出してきたということは、フォルミカは皮肉で挙げていたのではないでしょうか?

田舎で広々とした空間で生活していたのに、都会ではHLMにしか住めないという惨めさ...。 それを「モダンなアパートの部屋でくつろぐ」にしてしまうのには無理がありすぎると思います。

原詩には全く登場しない「ジャズに酔いしれたり」なんてのも入っていますけれど、これはどうでも良い。

仰天したのは、いきがいになるほど「うまい料理」を食べているというところです!

原詩では、「poulet aux hormones」を食べるとなっています。料理の名前風にしているので「ホルモン風味鶏肉」というところですが、この当時、ホルモン剤で成長させた鶏肉を食べていたと発覚して問題になったことからのことのようです。この歌で使われた「poulet aux hormones」が余りにも有名になったので、今でもそれを酷い食べ物の例として挙げらるフランス人がいるのですが、フランスでもEU圏内でも禁止になっているそうです。日本では禁止になっていないようですけど。

ともかく、田舎にいたときは、庭先で元気に走り回っている美味しい鶏肉を食べていたのに、都会では、食材としては最も安く手に入る部類のブロイラーでお腹を満たさなければならない、というわけ。 「うまい」料理なんかではないのは明らかです。

そういう都会生活を、訳詞では「自分の好みもよく知り... 生きがいを見つけるのだろう」としています。なんだか、都会に出なかった人の嫉妬のようにさえ感じてしまう...。原詩では、そういう生活を好きで選んだのは本人なのだから、と突き放しています。

日本で流行ったシャンソンには、パリを称える曲が多かったような気がします。ジャン・フェラのイメージでパリの生活を貶したらシャンソン・ファンに嫌われる、という配慮が訳詞者にあったのかな?...


リフレーンで繰り返されるメッセージ

原詩では「山は美しい」と始まる部分(Pourtant que la montagne est belle)が同じ文章のリフレーンで繰り返されています。訳詞では、それが出てくるたびに内容を変えていました。故郷の魅力を現すための工夫だったとして評価はできます。そこまで掘り下げないと、日本人には田舎の魅力が伝わらないのかとも思ってしまいますが...。

この歌を作詞・作曲したジャン・フェラは、社会の弱者を支持する主張がある人です。従って、3回繰り返したリフレーンには、それが込められていたはず。 このリフレーンは心に訴えかけてくる大切な部分だ、と私は感じるのです。
Comment peut-on s'imaginer
En voyant un vol d'hirondelles
Que l'automne vient d'arriver ?


訳詞の方も、最後のリフレーンだけは、原詩に近いうフレーズを入れています:
     燕の群れを眺め もうそこに秋が来たのを 告げる山は

でも、これを読んで奇妙に思われませんか?

厳しい冬がある山に住む人たちは、燕が飛んでいるのを見て春がやって来たことを知って喜びます。平野部のブルゴーニュでさえも、春になると、近所の人たちが「ツバメを見たよ~♪」と言ってきます。

なぜ、秋と燕を結び付ける必要があるのでしょう?

秋が近づくと、雀たちは飛び立つ準備なのか、電線に点呼をとっているかのように並んでいるのを見ます。最近の私も、電線にたくさん並んでいるのを見るようになって、もう秋も近いか... と寂しくなっています。フランスでは、11月になったら雨が多くて暗い季節になります。

※ ツバメが電線にとまっている写真を入れた日記を書きました:
  ★
8月になったばかりなのに、もうツバメが旅立ってしまうの?...
    2014/08/11


秋の訪れは、バカンスシーズンが終わる時期でもあるし、夏には夜の10時ころまで明るかったのに、どんどん夕暮れも早くなっていきます。フランスでの秋は嬉しいというものではなく、むしろ寂しいイメージがあるように感じます。

日本では、「実りの秋」 とも言われますね。でも、フランスでは穀物の収穫はとっくに終わってしまっていて、秋の収穫のイメージがあるのは、ワインにするブドウの収穫くらいしかありません。

日本では、紅葉が美しい行楽シーズンでもあるので、秋に対するイメージは明るいのだろうと思えます。また、日本で燕が飛び立つのは10月とありましたので、フランスよりも遅い。

日本語の歌詞を聞いても、日本人は何の違和感も感じないかもしれませんね。 原詩では「複数の燕の飛行」を見ると... なのですが、訳詞では「燕の群れ」なので、電線にたくさんとまっている姿のイメージにもなる。

すんなりと日本人に受け入れられる文章にするためだったのでしょうが、リフレーンに入っている「Comment peut-on s'imaginer」の部分を、訳詞では無くしてしまっているのが気になります。ここが、この歌の最も大事なメッセージだと私には思えるので。

この消された1行は、それに続く「複数の燕が飛んでいるのを見て...」で言っていることが不可能だ、としているのです。
※ s'imaginer que + ind.: ・・・を理解する、に考えが及ぶ / 勝手に・・・だと思いこむ

Il n'arrive pas à s'imaginer que les circonstances ont changé. :
彼には、情勢が変わってしまっていることが分からないのだ。

Ils s'imaginent qu'ils sont les plus forts.
彼らは、いちばん強いのはじぶんたちだと決め込んでいる。


意味を直訳したら、こんな感じになりませんか?
- (複数の)燕が飛んでいるのを見て、どうして秋が来たところだと思い浮かべることができるだろうか? 

付け加えれば... そんな想像なんか、できるはずがないよ!
 
燕が飛んでいるのを見た人が思うのは、春が来た♪ のはずなのです。念のためにフランス人に聞いてみたら、やはり、燕を見たら春が来たと喜ぶのが自然で、ここの部分はアイロニーだと言われました。

春は、貧困から逃れる生活を夢見て都会に出ていくイメージ。ところが憧れてやってきた都会では、じっと寒さに耐える冬が近づいた時期の秋になってしまっていた。再び春がめぐってくるのは、老齢年金をもらえる年齢になって故郷に帰れること?...

燕を見たら春が来たと思うものなのだから、実は秋の訪れを告げていたなんて、思いつくはずはないじゃないか?! そう言っているように私には思えます。

原詩では、故郷を捨てて都会で侘しい生活をすることになった人たちのことを、自業自得だのようにも突き放している部分もありました。でも、リフレーンで、そんなことになるなんて予想なんかできないよね~、と彼らに共感を寄せている。それを繰り返すので、こちらも侘しい気持ちにさせられるから、この曲が美しいのだ、と私は思ったのですけど、違うでしょうか?


別のバージョンを探してみました

もっと原詩に近い日本語の訳詞もあるのではないかと思って探してみたら、もう1つのバージョンで歌っている動画を見つけました。 古賀力訳詩が「ふるさとの山」と題していたのに対して、こちらは「ふる里の山」となっていました。


ふるさとの山 【ふる里の山】(訳詞改訂) LA MONTAGNE (ジャン・フェラ & JEAN FERRAT) シャンソン / Sima

都会生活は侘しいと強調して歌っているので、こちらの方が歌の主張したかったことを伝えていると思いました。 その代わりに、都会への憧れが強調されていますね。

やはり、なぜか、冒頭にある「彼らはお金を稼ぐために故郷を出て行った」という部分が消えています。今日のフランスでも、農村には仕事がないため、それが農村脱出する人たちの最大の理由になっているのですけれど...。


私はフランス語の詩を訳す能力はないので、全訳を試みることなどはできませんでした。このシャンソンのフランス語版を訳されたサイトをリンクさせていただきます。
La montagne  ふるさとの山
注釈も入れてくださったKaguyaさん、どうもありがとうございます!

ふるさとの山La montagne



フランスと日本では事情が異なる

原文から離れた日本語にしてしまっていても、ノスタルジックな雰囲気は残しているので、両方とも聞くには美しい曲だとは思います。 昔に私がこのシャンソンを日本聞いてメロディーを覚えた頃には、歌詞の意味はおろか、裏の意味までは分かっていなかったはずですが、それでも美しいと思わせる曲なのでした。

日本語の訳詞では、都会への憧れを強く描いているのが興味深いと思いました。日本で農村を離れる人たちの場合には、そうなのでしょうね...。 フランス人が故郷を捨てた人たちを気の毒だと思うのと同じ強さで、日本人は故郷を捨てるのは当然だと感じている、ということでしょうか?...

この曲が発表された当時のフランスには、農村は変貌して仕事がなくなった時代ですから、仕方なくパリに出て行った人たちも多かったはずです。

私の友人関係でも、この時代に片田舎からパリに働きに出た女性がいます。唇にキスをされたら子どもができてしまうと信じていたので、大勢の人が歩いているパリの道路で男性を見ると怖かった、などという話しをしていました。花の都パリの生活が楽しかったなどという話しは全く聞いていません。ともかく、年頃になったら貧しい家庭を出て働く必要があった人なのでした。

そもそも、フランスの農民たちは都会に働きに出たがらなかったため、フランスはイギリスよりも百年も産業革命が遅れてしまった国です。戦後のフランスの若い世代は、大都会なら生活も豊かになるだろうという期待もあったでしょうが(それに踊らされていたかもしれない)、侘しい都会生活を余議なくされた...。

とはいえ、この時代はフランスでも高度成長期でした。反体制派のジャン・フェラが書いた歌詞は、都会に出てしまった不幸な人たちへのオマージュだと私は感じました。彼は、そういう弱者への思いで曲を作った人でしたから。


老人が登場しますが、山村は荒廃して、残っているのは老人だけだと言いたいわけではなくて、昔は、山村でもそれなりに人間らしく生きられたのに... と言っているようにも受け取れます。山の生活を老人の姿で現しているのですが、それを語るときには全て過去形を使っていますので。前回の日記に入れた動画でフランスの戦後の農村崩壊を見たところなので、特にそう感じました。

ジャン・フェラが歌っている場面で、笑顔を見せているのは、山に生きた老人のことを歌っている部分です。 彼らは、気骨に、誇らしげに、こんなに良い生活をしていたのだよ~、という表情を見せています。

この歌を聞いた当時の若者、故郷を捨ててパリに出た人たちの中には、自分だって、できることなら田舎でずっと暮らしたかったと思って涙した人も多かったのではでしょうか?...


日本の場合は、故郷を捨てて都会に出た人たちの間では、成功した確率が高いからかもしれない。たとえ、しがないサラリーマン生活をしても、農村のしがらみを離れて気楽な生活ができ、空間はなくても物を所有することに価値があると考え、田舎より良い生活ができたと喜んでいる感じもします。 そういう人たちに、この日本語になったシャンソンは故郷も良いのだよ、と訴えている...。

ずいぶん前のことですが、広島で地元の人と話していたとき、東京の人が「さぁ~」と連発するのが気に入らないと言われたことがありました。私は東京育ちで、「あのさ~、それでさ~」とやってしまうのでギグリとしました。確かに美しくない方言だけれど、口癖なのだから仕方ないのだと答えました。すると、それが不快に感じるのは、東京に行った友達が帰省すると「さぁ~」を連発するのが生意気に聞こえるからなのだ、と言われました。日本の場合、都会に出た人は鼻高々になるものなのでしょうか?

フランスだって、都会に出て成功した人たちもいるわけですが、経済的に余裕が持てたら、まず田舎に別荘を持ちます。その土地に溶け込みたかったら、祖父母はその地方に住んでいたのだとかなんとか言い訳をして、本当は田舎にルーツがあることを強調します。だから、日本の歌詞のように、山の生活は良いのだよ~ と、色々な言葉を並べて訴える必要はないわけです。そこのところに、日本とフランスの大きな違いがあると感じました。


ジャン・フェラの「ふるさとの山」を生んだ村

ジャン・フェラがこの曲を作曲したのは、アントレーグ・シュール・ヴォラーヌ村(Antraigues-sur-Volane)を訪れたときのインスピレーションからのようです。彼は人気歌手になりながら早々と舞台生活をやめ、その2年後の1974年からこの村に住むようになりました。

有名な観光地アルプス山脈からは外れたところにある、地味な、山間の村...。



何処にあるのかと調べたら、アルデシュ県(Ardèche)にある人口500人くらいの村でした。

アルデシュ?...

「La montagne(ふるさとの山)」がリリースされたのは1964年。それから間もなくすると、フランスでは学生運動から発展して5月革命が起こっています(1968年)。

騒動がおさまってから、自分の無力さを味わった若者たちの中には、山奥に移住して、ヒツジを飼ってチーズを作るというような牧歌的な生活を始める人が多く出ました。「68年世代」と呼ばれる人たちです。そして、彼らが最も多く向かったのはアルデシュ県だったのでした。

新たに開墾する土地の余裕がある山岳部だったのが理由だと聞いていたのですが、ジャン・フェラの歌の影響もあったのかな?...  あるいは、自然の中で人間らしい生活をしたいと思ったら、こんな山間のひっそりとした土地に引きつけられるものなのか?...


この村で行われたジャン・フェラの葬儀では、参列者たちは、この「La montagne」を合唱して別れを惜しんだそうです...。


Hommage à Jean Ferrat, en chantant en choeur "La Montagne"


ところで、昨年にブログにした「Le village préféré des français(フランス人がお気に入りの村)」というテレビ番組は今年も行われ、この7月1日に優勝村が決まっていました。ジャン・フェラが亡くなるまで住んだ村としても知られているアントレーグ・シュール・ヴォラーヌ村は、第5位を獲得したとのこと。


Antraigues-sur-Volane - Département Ardèche - Le Village Préféré des Français

追記 1:
これを書いた後、カラオケが好きな友人に会ったので、この「La Montagne」を知っているかと尋ねてみました。ジャン・フェラは好きな歌手で、その歌も知っていると返事♪

さっそく歌いだしてくれたのですが、歌詞はうろ覚え。覚えているフレーズは、都会生活の切なさを歌う部分でした。都会への憧れが安物家具のフォルミカというところで笑うので、やはりこれはジョークなのだろうと思いました。

日本語訳では、都会生活は素晴らしくて、それに憧れて若者が故郷を捨てたとなっているのだけれど、どうなのかと聞いてきました。その場にいた他の人たちも含めて、これは農村に仕事がなくなった時代に都会に出なければならなかっ人々の悲哀を歌ったものだと即答されました。フランス人たちは、そう受け取るのだろうと確認した次第です。

ツバメと「秋がきたところ」というリフレーンの解釈に関しては意見が一致しなかったので、やはり私には疑問として残っています。


追記 2:

ジャン・フェラが「ふるさとの山」を作ったのがアントレーグ・シュール・ヴォラーヌ村のカフェだったとしても、少し観光地化しているらしいこの村の雰囲気が、どうも私には歌の中で語られている老人が住んでいる舞台には思えませんでした。5月革命の後に理想郷を求めて若者が就農した舞台にも見えない...。

アルデッシュ高原で、昔ながらの姿で農業を営む高齢の男性の生活ぶりを見せるドキュメンタリーの動画があったので入れておきます。ジャン・フェラが歌っていたのは、こういう老人の姿だったろうと思ったからです。ニュースを見ると、2013年に亡くなっていました...。


Pierre paysan solitaire des Boutières
LE MONDE RURAL, échos sonores sur les chemins du Mézenc

 シリーズ記事: 戦後のフランスにおける農業と農村




ブログ内リンク:
サン・ジャン・カップ・フェラには、名前に魅かれて行った 2012/01/15
★ 目次: フランスで耳にする歌 (シャンソン、童謡など)

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外部リンク:
☆ Paris: Mythe ou Réalité: Jean Ferrat - La Montagne
☆ Libre Savoir: La Montagne de Jean Ferrat
☆ Le Figaro: La Montagne de Jean Ferrat
HISTOIRE DES ARTS 4°
☆ Wikipédia: Jean Ferrat
Jean Ferrat (ジャン・フェラ)
ジャン・フェラの死を知る
☆ Wikipédia: Antraigues-sur-Volane
フランスの団地
限界集落の真実 「過疎の村は消えない!」
Pierre des Boutières, figure du Mézenc, s’est éteint
Le Pierre des Boutières- Le plus célèbre des Paysans inconnus


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コメント
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2014/08/10 | | -  [ 編集 ]
音楽について
私は、クラシック音楽が大好きですが、
バーンスタインがあるインタビューで答えた一言
「芸術には、痛みがなければならない」
佐渡裕さん(バーンスタインの愛弟子!)
「靴の先に、石ころがあるようなもの」という表現を
音楽に対してされることがありました。
ヨーロッパの音楽はどこか体制への批判があって、
それが魅力になっている気がします♪
私は、シャンソンよりボサノバの方が好きです。
2014/08/10 | URL | フランス大好き  [ 編集 ]
Re: 音楽について
v-22 フランス大好きさんへ

>「芸術には、痛みがなければならない」
⇒ モーツアルトもそうですが、ロマン派の音楽が美しいのは、その当時の音楽家は苦しんだからだ、とも私は思っています。そんなことを思うから、佐村河内守のような人が現れるのですけど...。

>私は、シャンソンよりボサノバの方が好きです。
⇒ 私もクラッシック音楽が好きで、シャンソンで好きと言えるのは、主張があるジャン・フェラだけです。友達の中にジョルジュ・ブラッサンスの歌詞が良いと言って、ギターを弾いて歌う人がいるのですが、内容が私には軽すぎる...。

ボサノバですか。私は何処かで聞こえてきてしまったときくらいしか聞かないので、良さは全く分かっていません。
2014/08/11 | URL | Otium  [ 編集 ]
Pourtant que... の訳について
Pourtant que la montagne est belle. のque は、感嘆文を作るqueでは無く、言わば’何でもないque'だと思います。
 つまり、La montagne est pourtant belle.という文で、pourtantを文頭に持ってくると、Pourtant est la montagne belle.だったか、Pourtant est-t-elle bell la montagne.か、この辺のところは少々いい加減なのですが、いずれにしろ、倒置が起こるのです。そのときに、倒置をしたくなければqueを付けてその後に平叙文を続けるという事が行われるようです。
 この場合もそれに当てはまるとおもいますので、単に、「それでも山は美しい」といった所だと思います。
2015/02/14 | URL | 江副文臣  [ 編集 ]
Re: Pourtant que... の訳について
v-22 江副文臣さんへ

ご指摘、どうもありがとうございます♪ 「Pourtant que la montagne est belle」と歌われているのを聞くと、しみじみとした感情がこもっているし、Pourtantの後にかなり間をおいているので、queは感嘆だと思ってしまっておりました。

Peut-être、Sans doute、Aussiの後では倒置するかqueを入れますが、Pourtantもそうでしたっけ? 文法を勉強したのは昔なので忘れています。今は文法書が手元にないし、文法に詳しいフランス人を捕まえて聞ける環境にいるので確認できません…。

そうだったかな… という気もしてきたのですが、「Pourtant que…」で始まる文章が他に思い浮かばず、queなしの文章ばかりが浮かんできます。

インターネットに載っている例文を引けば、
Il y a un problème, pourtant il est facile à résoudre.
Il n'a pas compris ce qu'on lui disait, pourtant il est intelligent.

少なくとも、pourtantの後で倒置にしたり、queを入れたりしなければならないという規則はないように思ったのですが、どうでしょうか?

このシャンソンの英語訳を探してみたら、「Yet, how beautiful the mountain is」あるいは「However, the mountain is beautiful」で、どちらが正しいのか分かりませんでした。

ジャン・フェラ自身はドイツ語で歌っているので、それが正しい訳なのだろうと思って探してみると、この部分は「Obwohl! Wie schön sind doch die Berge」となっていました。ドイツ語は真面目に勉強しなかったので分からないのですが、「Wie」という部分で感嘆文にしているのではないかと思うのですが…。

でも、この部分を感嘆文にしなくても良いフレーズなので、おっしゃるように「何でもないque」なのだろうという気もします。曖昧にしておけば読まれる方にご迷惑をかけないわけなので、このフレーズの部分に訳文を入れないように書き換えました。どうもありがとうございます。
2015/02/16 | URL | Otium  [ 編集 ]
Pourtant que...の訳について(続)
私のコメントについて詳しく調べて下さり有難うございます。
確かにpourtantでは、倒置と結びつけるのは無理かもしれません。ただ、感嘆文なら、感嘆符が付いても良さそうなものですし、英訳にも感嘆文としない訳もある事から見て、queが虚辞的な、つまり意味のない連結詞として使われているという解釈は、ある程度当っているのではないかと思います。
 ドイツ語の訳は、かなり奇抜な訳です。Obwohlのすぐあとに感嘆符が来るというのもびっくりしますが、その意図を汲んで訳してみますと、「それにもかかわらずだっ!何と美しいのだろう、山々は」とでもなるでしょうか。
 die Bergeは、der Bergの複数形で、ドイツ語訳ではどういう訳か、山が複数になっています。
2015/02/18 | URL | 江副文臣  [ 編集 ]
Re: Pourtant que...の訳について(続)
v-22 江副文臣さんへ

こういう文法の問題は私にはお手上げ。それでも気になるので、正しいフランス語を教える能力があるフランス人の友達にメールで質問してしまいました。

返ってきた返事をお伝えします。

シャンソンは口語で語られる音楽なのだから、歌い手のトーンやイントネーションが重要だ。ここにある「pourtant」は、2つのことを対比させるために入れている。つまり、醜い都会と、美しい山。それを強調するために「que」が入れて、感嘆と愛惜の感情を現している。

前回のコメントにお返事を書いてから、たとえpourtantの後にはqueを入れなければいけないという文法があったとしても、ここのqueは感嘆文だろうという気持ちを強めていました。

というのも、このシャンソンを話題にしているサイトでは、題名の代わりに「Que la montagne est belle」としていることが非常に多くあるのです。「La montagne」という題名では短すぎて、何の歌だか分からないからだろうと思います。この記事に入れたジャン・フェラが歌っている動画はINAのサイトに入っているものですが、その記事のタイトルも「Jean Ferrat "Que la montagne est belle"」となっていました。つまり、Pourtantがなくてもqueで始める文章にしている...。

>感嘆文なら、感嘆符が付いても良さそうなものですし、

これについても、友人の返事がありました。この歌詞では、リフレーンの最後の?マークを除いて、句読点を全く入れていないことに気がついたそうです。たぶん、書いた人の好みなのだろうと。

考えてみると、「Que la montagne est belle」が感嘆文だとしても、ここで「!」を入れたら、しみじみした思いが出なくなってしまうと思われませんか? それから、カンマやピリオドは入れない文章にしているので、Pourtantの後にもカンマ入れなかった、とも考えられます。

私がいま手元にない辞書から書き抜いてくれたので入れておきます:

«La phrase exclamative (ou interjective) est, pour son contenu, analogue à la phrase énonciatrice : elle apporte une information. Mais elle y ajoute une connotation affective. Elle n’est pas objective, neutre, car elle inclut les sentiments du locuteur, manifestés avec une force particulière. Elle est beaucoup plus fréquente dans l’oral que dans l’écrit. Elle peut exprimer la surprise, la tristesse, la joie.»
(Grevisse, Le Bon usage).

>ドイツ語訳ではどういう訳か、山が複数になっています

⇒ 「La Montagne」は「山というもの」という風に概念化している定冠詞のはずですが、ドイツ語では複数にしないとそれにならないのかな、と思いました。

友人からは、メールの最後で、シャンソンのフランス語というのは、お手本にできるような正しいフランス語ではないのだから、と「!」を3つ並べられてしまいました。無意味なことは考えるなという感じでしょうかね...(笑)。

フランス人の中で正しいフランス語を使える人は、せいぜい10%くらいしかいないだろう思います。まして、話すときに全くミスをしない人は限りなくゼロに近いはず。流行歌が文法的に正しくて堅苦しいフランス語だったら、聞いていて楽しくないかもしれないですね。

江副文臣さんのご熱心さで、メリメのディクテのお話しを思い出しました。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Dict%C3%A9e_de_M%C3%A9rim%C3%A9e

私も日本でフランス語を勉強していたときには文法も真面目に学んでいたのに、フランスに住むようになったら「その場を切り抜ければ良いや」という感じでフランス語を使ってしまうので、全く(!)上達していません。初心に返って勉強しなきゃ… という思いをおこさせていただきました。ありがとうございます♪
2015/02/19 | URL | Otium  [ 編集 ]
Pourtant que...の訳について(所どころ横道にそれます)。
色々と興味深い話題を提供下さり、有難うございます。La montagneだけでは分からないというのはうなづけます。因みにネットでLa montagneとだけ入力して検索をすると、旅行案内のようなものがいっぱい出てきます(笑)。
pourtant を入れて対比させているのは、人々と自然で、自然の象徴として「山」があるという構図になっていると思います。
ドイツ語版の訳については、これが訳詞であると後になって気付き、それならば韻を踏んでいる筈だと思って調べてみますと、確かにBergeとSchwalben(少し苦しいですが)、Schlussとmussという具合に韻を踏んでいました。
日本語全訳に2つのリンクが張ってありましたが、Kaguyaさんの訳が飛びぬけて素晴らしく、教えられる事が多くありました。それを踏まえて2つの英訳を比べて見ますと、「Yet, how beautiful the mountain is」の方、つまり、感嘆文として訳した英訳の方が、原詩への理解が深いように思えました。それにしても、H.L.M.の訳がcouncil flatとは恐れ入りました、この人は多分イギリス人なのでしょう(脱線)。
ドイツ語版にも別の訳があり、こちらは、逐語訳になっていましたが、Aber, der Berg ist schönとなっていました。尤も、こちらの方は、良くは分からないのですが、文字面に沿って置き換えた印象で、原詩への理解がどの位行き届いているかは疑問に思いました。
結局、英語版やドイツ語版の感嘆文にしない方の訳を以て「この訳が目に入らぬか~」と主張することは出来なかった訳です。そうだからと言って、朝倉ノニさんの「けれど山はなんて美しいんだ」が良いかというと、全面的には賛成出来ず、「それでも山は美しい」で感嘆の気持ちも入っていると思って下さいというのも苦しい感じです。Kaguyaさんの訳は「それでもやっぱり山は美しいと」なっていました。「やっぱり」などというのは普通思い浮ばない言葉ですが、原詩の構図を的確に捉えた妙案かも知れません。
2015/02/27 | URL | 江副文臣  [ 編集 ]
Re: Pourtant que...の訳について(所どころ横道にそれます)。
v-22 江副文臣さんへ

いつも疑問が無限に出てきてしまう私。何度もコメントをくださり、どうもありがとうございます♪

考えてみると、「pourtant」というのは意味が深くて良い単語ですね。英語で「yet」としてしまうと味気なく感じてしまいます…。

>日本語全訳に2つのリンクが張ってありましたが、Kaguyaさんの訳が飛びぬけて素晴らしく、教えられる事が多くありました。

⇒ 私もKaguyaさんが歌の意味をしっかりと捉えられようと努力なさったことに脱帽しました。リンクを入れる許可をいただくお願いをする連絡をしたときにも、感謝の気持ちをお伝えしていました。

「それでもやっぱり山は美しい」という訳は、気持ちが入っていて良いと思いました。そもそも、「なんと」という言い方は余り日本語的ではないように感じますし。外国語が入ってくる明治時代の前には、こういう感嘆詞を使っていたのかな… と疑問がわきました。

>H.L.M.の訳がcouncil flatとは恐れ入りました、この人は多分イギリス人なのでしょう(脱線)。

⇒ councilと聞いたら「協議会」のような意味を思い浮かべたのですが、「council flat」で画像検索してみるとHLMのようなのがたくさん出てきました。英和辞典を引いたら「公営アパート」の訳語が入っている。なるほど…。

ついでにドイツ語訳の歌詞ではHLMはどう訳されているのかと眺めたら、Häuserblocksになっていました。

http://www.deutsche-chanson-texte.de/index.php/La_montagne_(Die_Bergwelt)_-_Jean_Ferrat

Wikipediaのドイツ語ページにある「Sozialer Wohnungsbau」からのフランス語ページへのリンクはHLMになっていました。英語へのリンクは、不完全な記述という注意書きがあって、「Subsidized housing」。HLMの英訳を「council flat」としたら足りないのではないかなとは思いましたが、これも適訳ではないような…。でも、私が使うことはないはずの単語なので、調べるのは放棄しました。

歌詞の訳を作るのは、メロディーに合った長さにすることも必要だし、聞いてイメージがわかなければ意味がないので、本当に難しいでしょうね…。

HLMの訳語を調べながら、「ふるさとの山」が出た60年代のHLMを見せる映像があったのを思い出したので、記事に書き足しました。
2015/02/28 | URL | Otium  [ 編集 ]
La Montagne
たまたま、Jean Ferrat のシャンソンをよく歌っている奥田真裕美さんという方を知り、La Montagne の訳詞があまりにひどいので、原詞に近い形で歌っていただきたいと、つたない訳ですが先日、お会いして、お渡ししたところです。
いつか、お墓参りに行きたいと言われたので、場所を探してみようと、きょう、ちょっとネットでも見たら、このブログにゆきあたり、大いに賛同した次第です。古賀さんの訳はあまりにもひどいと思いますので、今後、奥田さんが、新しい歌詞で歌ってくださることを願っているところですが、私の訳もまだまだ、こなれていないところがあり、ご意見などいただけたらうれしいです。私は専門は地理学、環境科学ですが、1976年から1年、フランスで研究中、この歌を聴き、以来、もっとも好きなシャンソンになりました。それだけに、まったく意味がちがう古賀さんの歌詞で歌われるのはいやなのです。


ひとりひとり彼らは ふるさとを出ていく 生きていくために
長いことみんな都会を夢見てた その魔力、モダンなビルや映画を
村の年寄りは 汚い袖口で 平気で口をぬぐう田舎者だけど
でも彼らは 生きるすべを知っていた
鳥を絞めることも、山羊のチーズを作って食べることも
けれど 山はうつくしい
都会にいたらどうして つばめが去っていくのを見て 
秋のおとづれに 気づけるだろうか?

石を頭にのせ 丘の上まで積みあげた ブドウ畑の石垣を
来る日も来る日も何年も
無垢な心で、 ブドウの木の根のように 節くれだって、
ブドウの木?
そいつは森にはびこって もう摘まれることもない
昔から ひどいワインしかできなかったけど
でもそれしか知らず 何百年も 彼らはつくってきたのさ
けれど 山はうつくしい
都会にいたらどうして つばめが去っていくのを見て 
秋のおとづれに 気づけるだろうか?

2頭の山羊と何頭かの羊 ある年は良くてもほかの年はダメ
遊びに出かけることも ヴァカンスもない
若い子たちは 踊りに出かけたがる
ただ当たり前の人生を 生きたがってるだけさ
彼らの人生?
みんな警官か役人になって、何をすることもなく
文句も言えずに 停年を待っているだけさ
何か趣味でももちたいけれど
毎日 安アパートに帰り
脂ぎった安いチキンを ほうばるだけさ
けれど 山はうつくしい
都会にいたらどうして つばめが去っていくのを見て 
秋のおとづれに 気づけるだろうか?
2016/12/02 | URL | 小野 有五  [ 編集 ]
Re: La Montagne
v-22 小野有五さんへ

かなり思い入れをして書いた記事を、共感していただける方に読んでいただいたと知って、とても嬉しいです!

>古賀さんの訳はあまりにもひどいと思います

誤訳というレベルではないですよね。流行歌としてヒットさせるために、高度成長まっしぐらの時代の日本人を喜ばれる内容にしたのだろうと思うのですが、こんな風に作者のメッセージを180度方向転換させてしまうことが許されるのだろうか、と首を傾げます。でも、ジャン・フェラは人格者だと思っていますので、たとえ日本の歌詞はこうなっていると知らされていたとしても、微笑んでいただろうと想像します。

翻訳を拝見しました。歌詞の内容を見事に伝えていると思いました。特に、リフレーンの訳が素晴らしいです! この部分はonとvolを使っているので私には意味を特定できなかったのですが(フランス人にもはっきりとは捉えられないと言われた)、彼が言いたかったことを表現した訳だと思いました。この9月初めにも、ツバメが出発前の点呼をとるように集まって飛び交っているのを眺めながら、ジャン・フェラはこのことを歌っていたのだな、と思っていたのです。こう訳していただくと、田舎から都会に次々と飛び立っていく若者たちをツバメに例えていたのか… と、思えてきました。

翻訳されたものを教えてくださったので、何か言わないと失礼かもしれない。。。

モダンなビル:
formicaなので「モダンな家具」でしょうかね?

鳥を絞めることも:
caille やperdreauを射止めて食べるのか… とヨダレが出るのですが(2つとも私の好物なので)、鳥の名前は日本人には無意味ですから「鳥」で良いのでしょうね。「山鳥」としたら良いのかな…。貧しいから雀をとって食べるのかと誤解されないために。そんなことはないか?(笑)

詩を訳すのは難しいのに、よくなさった♪ と感動するのですが、この歌がよほどお好きだからなのでしょうね。私も大好きなので、訳してくださったことがとても嬉しいです。

歌うときにはメロディーに合わせるように言葉を調整する必要があるのでしょうが、奥田真祐美さんがこの内容で歌ってくださることを期待します! 日本も最近は農村に移住したい、戻りたいという人が増えているので、今なら受けるかもしれないですよ~♪
2016/12/02 | URL | Otium  [ 編集 ]
ジャン・フェラの歌、初めて聴きました。日本語の歌も、なにげに聴いたことがありました。日本も、中学卒業後、集団就職で都市部などに行ったのですから、どこも同じような状況だったのですよね。出稼ぎで有名なのは、オーベルニュ地方の方でしょうか・・。

シャンソンの日本語バージョンは、字あまりソングのような曲が多く、聴きたくない場合が多いです。歌詞も、とってつけたような感じですし・・。あ、ミスターサマータイムは、日本語でも大好きな曲です。
シャンソンは、早口言葉のようなメロディーが多い印象なので、日本語には合わないんでしょうか・・ね。

ジャン・フェラが歌うラ・モンターニュは、意味が分からなくても耳障りの良い歌・・ですね。フランス語がとても美しく聞こえます! 
この曲の日本語の歌は、訳詞が素晴らしくても聴きたくないな〜と思うほど、ジャン・フェラは素晴らしいです。

今回びっくりしたのは、HLMです。若い頃から持っている1970年発行の新仏和中辞典に、HLMの掲載はありません(白水社)。

ミッシェル・ポルナレフの曲に、♪ホリデイという大ヒット曲があるのですが(邦題・愛の休日)、歌詞は有名なジャンルー・ジャバディで、HLMが出てきます。

♫H L M〜と、とても響きがいいのです。1972年当時の訳は、『近代的な建物』でしたので、都会の高層ビルをイメージしていたワケです。
今回訳詞を調べましたら、『公団住宅』というのがありました。Otiumさんの記事を読んで、ヘェ〜そうだったんだ!!と、イメージがガラリと変わってしまいました。
2016/12/03 | URL | フォルナリーナ  [ 編集 ]
ジャン・フェラさん、晩年はアルデシュに住み、病院で亡くなったんですね。偶然でした。他の曲も聴いてみましたが、ラ・モンターニュが好きでした。

今回のような日本語訳の字あまりソング??は、苦手です。吉田拓郎さんなどの字余りは、好きですけれど・・。

ポルナレフが言ってましたが、ロックは英語じゃないと・・って。フランス語の歌は少々うるさくて(汗)、重く感じ、疲れる時があります。あ、重い詩なのかな??
最近、日本では、重い女・・なんていう言葉が流行って??いますけれど。(笑)
2016/12/03 | URL | フォルナリーナ  [ 編集 ]
Re:
v-22 フォルナリーナさんへ

>シャンソンの日本語バージョンは、字あまりソングのような曲が多く、聴きたくない場合が多いです。

私もほとんど聞いたことがないです。日本ではフランス=パリ=花の都なので、無理にそうしているのが鼻につくし。

>出稼ぎで有名なのは、オーベルニュ地方の方でしょうか・・。

そうかもしれないですね。あの時代は何処でも貧しい田舎の地域は人たちはパリに出ましたけど。

>1970年発行の新仏和中辞典に、HLMの掲載はありません(白水社)。

あら、まあ。和仏辞典には奇妙に入っていないよく使う単語があるみたいです。

>ミッシェル・ポルナレフの曲に、♪ホリデイという大ヒット曲

歌詞を見たら、教会とHLMが上空から見えたと言っていましたね。天国と地獄?

>他の曲も聴いてみましたが、ラ・モンターニュが好きでした。

ジャン・フェラは好きな曲が色々あるのですが、私が嫌いなタイプもあるのです。「ラ・モンターニュ」が好きだと友人に言ったら、ここにも画像を入れたアルバムのCDをプレゼントしてくれたのですが、この曲しか聞く気になりませんでした。

この曲など、ゾクゾクするほど好き♪
https://youtu.be/qbphJHiAfdU

>日本では、重い女・・なんていう言葉が流行って??いますけれど。(笑)

流行に疎いので知りませんでした。どんなのか読んだら、本当に疲れそうなタイプ!(笑)
2016/12/03 | URL | Otium  [ 編集 ]
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