| Login |
2014/09/30
先月に書いた日記で、フランスの戦後には農業の近代化が進み、昔ながらの小規模農家が消滅していったというドキュメンタリーについて書きました。

フランスの戦後の農業史を見せるドキュメンタリー番組 2014/08/08

そこに入れた映像で、牛や馬で畑を耕していた時代からトラクターが登場して近代化していく様子を見ることができました。私が知らない時代のフランスの農業者たちの姿...。

そういう農民たちはフランスの農業近代化の中で消えていったという内容だったのですが、そんな農業をつい最近まで続けていたポールさんを紹介するドキュメンタリー番組の映像に出会いました。

過去2回の日記で、日本では「限界集落」という名のレッテルがあることに抵抗を感じると書いた続きとして、元気な高齢者もおり、自分が好きなように生きるのは良いではないかと言いたくなって、このドキュメンタリーをご紹介したくなりました。


ドキュメンタリー映画 『Paul dans sa vie』

2005年に地方テレビ局が制作した番組で、52分の2回の放送されたものでした。その翌年には映画化され、入場者数は10万とか。

動画 (テレビ番組の予告):
bande-annonce : Paul dans sa vie


Paul Bedel(ポール・ブデル) という名の男性が、現代でも存続していたか驚くような昔ながらの農業をしていました。75歳になろうとするとき、ついに引退する決心をし、農業をやめる日までの1年間を取材したドキュメンタリーです。

ポールさんが住むのは、ノルマンディー地方のラ・アーグ岬にあるAudervilleという、人口300人たらずの村。

Le port de Goury Auderville の位置

のどかな田園風景が映し出されるのですが、道路の交通量は異常に多く、畑の向こうに不気味な工場地帯が見える場面もあるのに驚かされます。

実は、ポールさんの農場がある村から10Kmくらいのところには、核燃料を再処理するラ・アーグ再処理工場があるのでした。世界中の軽水炉から出される使用済み核燃料の約半分を受け入れているという大規模な施設。日本からも使用済みの核燃料が送り込まれています。

昔は農業をする人ばかりが住んでいたポールさんの村では、1960年代に再処理工場ができてから人々は再処理工場で働くようになりした。ところがポールさんは、父親から農業を受け継ぎ、昔ながらの農業をずっと続けていたのです。

本当は農業をしたくはなかったのに、父親の意志を継ぐことの使命には抵抗できなかったようす。自然には逆らえないと考える人のようです。飼っている牛にしても、子牛たちは母親の性格を継いで生命を続けていく、とポールさんは観察しています。


ドキュメンタリーの題名は『Paul dans sa vie』。
なんと訳せば良いのでしょう?

英語にするなら、「Paul in his life」と、そのまま置き換えることができます。日本語情報では、仮題として『ポールの人生』となっていました。そうなのですけれど、タイトルの原題には、ポールさんは自ら選んだ人生を生きている、というニュアンスが込められているのが出ていない...。

この題名は、ノルマンディー出身の監督Rémi Maugerが、子どものときから知っていたポールさんにドキュメンタリーを作りたいと言ったときに答えられた言葉からきていると思います。
  • 君は僕のことを皆と同じようにフォークロリックだと思っているのだろうけど、(僕は民族伝承の世界にいるのではなくて)自分の生活の中で生きているんだよ。
この「自分の生活の中で生きている(Je suis dans ma vie)」が、題名の『Paul dans sa vie』になったのだろうと思います。


我が道を歩むポールさんの人生

75歳になろうとしている独身のポールさんは、同じく独身の2人の妹と一緒に、ノルマンディー地方にある親から引き継いだ農家で暮らしています。


季節に合わせて農作業をしながら生活していると、知らないうちに時が流れていった、という生活。何時に何をして、何時には何をするという奴隷のような生活はしていないのだ、とポールさんは言います。

映し出されたポールさんの農業は、50年前のフランスではこんなだったのだろうと思わせます。

少しずつ、色々な農産物を作っているポールさんですが、メインの仕事は、少しばかりの乳牛を放牧して育てて乳搾りをすること。映像に映っている牧場にいる牛を数えたところ、4頭のようでした。

今では減ってしまった、ノルマンディー原産のノルマンド種の牛が可愛くて、美しい! しかも、ポールさんの家族は牛を搾乳機にとりつけることもなく、牧場にいる牛を手で乳搾りをし、今ではアンティークにもなっているミルク缶を荷馬車に積んで家まで運んでいます。




牛を牧場に連れて行くポールさんは、掛け声をかけて導いていて、牛をひっぱたいたりはしていませんでした。牛がポールさんの後をおって歩いていくこともある。

去年に行った牛の競売市場では、やたらに牛を棒でぶっているのがショックだったのですが、あれは、やはり、牛の飼い方を知らないからだったのではないかな?...

 
サン・クリストフ・アン・ブリヨネ村の牛市を見学 2013/10/13


ポールさんたちが絞った牛のミルクは、樽に入れて攪拌し、ヘラで叩いて成形してバターにし、近所の人たちに売っています。こういうバターは美味しいだろうな...。

家には野菜畑もあるし、食べ物になるウサギなども飼っているし、庭では色々な種類のトリたちが放し飼いにされています。貧しいだろうけれど、美味しいものを食べているように見えます。なにしろ、最近のフランスでもてはやされているオーガニック100%ですから!

自給自足に近い生活。昔のフランスの農業者たちは、自給自足をしていて、余分にできたものを売って現金収入を少し得るという生活だったと聞きましたが、ポールさんの生活は、まさしく、それ!

貧しいことを愚痴るわけではない。そういうものだ、という風に生きています。そんな風だから、良いお顔をしていらっしゃいます。


草をカマで刈っているのに驚きました。 現代ではトラクターで刈って、機械で干し草の束を作りますから。

大きな鎌で草を刈る作業については、以前にブログで書いていて、大変な技術がいるというのを知っていました。
19世紀の刃物製造所を見学 2011/10/05



ポールさんが刈った草を小さく束ねているのを見て、友達のお父さんが亡くなった事故を思い出しました。

今はトラクターで草を刈って、機械で大きなロールにするのですが、それを納屋に収める作業をしていて、過って下敷きになってしまったのです。大きなロールは1トン以上もあるのだそう。怪我は全くしていなかったのに、その翌日には息を引き取ってしまったのでした。現代の農業は無理があるから、危険が大きいのだろうな...。



ミレーの「種まく人」を思い出させる種まきもしています。

ミレー「種まく人」


そんな原始的な農業をポールさんはしているのですが、いちおうトラクターも持っています。ドキュメンタリーでは、メーカーの名前と何年製であるかも説明しているのですが、トラクターがフランスに登場した20世紀半ばのモデルで、博物館入りの価値があるほど旧式のものばかり!

最新型に買い替えるような収入はなかったのでしょうね。そういう農機具は全て自分で手入れし、修理もしてしまう。

昔の農業者たちは、これだけの仕事ができる技術があったのだと感心します。口の悪い友人が、今の農業者から最新式の高性能トラクターを取り上げたら、農業なんてできない、と言っていた意味が分かりました。


海に近い場所に住んでいるポールさんの生活には、うらやましくなる場面も登場します。

陸釣りの達人のポールさんは、原動機付き自転車で海岸に行き、カニ、オマール海老、貝などを採って食べているのです。

高級食材のオマール海老!

4キロ近くある大きなオマール海老を捕ったときの記念の飾り物も見せています。

それに「P.B」と書いてあるので、彼の名前(Paul Bedel)のイニシャルかと聞かれると、いや、「pauvre bête(可愛そうな動物)」の略だ、などと答えるポールさん。

彼にはユーモアがあります。

オマール海老を捕まえた後にタマキビ科の小さな貝をとると、これは妹たちに食べさせて、自分はさっきとったオマール海老を食べるのだ、なんて言っている!

なかなか美食家のよう。妹さんがオマールを茹でるときには、水に塩を入れたかと確認したり、ミルクの味が季節によって異なるから、バターの味も変わるなどと話しています。牛のミルクの味が良いときと悪いときがあるのは、波しぶきの霧雨が吹いてくる方向によるのではないか、などとも分析しています。

ポールさんは、兄弟が持ってきてくれる新聞を1日遅れで読みます。また、父親の死によって農業を継いでから、その日の天気や農作業を日誌を几帳面に毎日つけています。

信仰心も強くて、教会の奉仕者の役割も勤めています。妹の方は、庭で育てた花を教会の祭壇に飾っています。 足が地面にしっかりと根を張っている生活に見えました。


それでもポールさんは、風習に従ってただ従順に生きているという愚かな人ではありません。

テレビでパリで開催されている農業国際見本市を見ながら食事をしていて、農産物に付加価値を付けるべきだなどという話しの後にヘーゼルナッツの味がするバターが登場すると、みんなヘーゼルナッツの味か、なんて笑ったりしている。

ポールさんは機知がある発言もしています。
  • 農民にとって悪い天気というのは存在しない。悪い天気は存在するけれど、それは長く続くという期間に対して言うのだ。
  • ビオ(有機農業)というのは、でっちあげで作った言葉だ。僕はありのままの農業者で、何も加えていない。
  • 僕にふりかかったことは、生きている人間にのみにおこることだ。。
  • 卵を手に入れるためには、畑を耕し、小麦を収穫して鶏に食べさせなければならない。


ドキュメンタリーPaul dans sa vieの映像

地元ノルマンディーの地方テレビ局で放映されたドキュメンタリーがYouTubeに入っていましたので挿入します。全編の1時間40分という長さですが、よろしかったらご覧ください:


Paul dans sa Vie


ポールさんが農業をやめるまでの1年は、冬から始まっていました。 日常生活を映し出しながら、若者が時々やってきてポールさんから話しを聞くという構成です。

時おり農業をやめる辛さをポールさんは垣間みさせていましたが、ついに辛い場面。ポールさんは、手放す牛たちが連れて行かれるときのための縄を作ります。牛たちはトラックで連れて行かれますが、その時を迎えた彼の姿は映し出されてはいません。その後に春が訪れ、ポールさんの家の屋根に牛をデザインした風見鶏が取り付けられた、というところで終わっています。


その後のポールさん

映画化されてからは多くの人がポールさんを知り、ファンも現れました。3年の間に、彼の小さな農家を訪れた人は7,000人、手紙は3,000通来たのだそう。

本来の人間は、こういう風に自然体で生きるべきなのだろうと思わせるポールさん。こんな生き方をしたいと思った人が多かったそうです。

でも、これが幸せな人生なのだと言い切ることは私にはできません。自然のままに、時間が流れるままに生きた彼の人生は、簡単に何か言うことはできないほど重いものを感じます。

こんな風に素朴で人間らしい生き方をしたいと思っても、現代人がポールさんがこなしていた過酷な労働を真似するのは容易なことではありません。

人生はこんなものだという一種の諦めのような境地、あるいは悟りの境地が必要だと思う...。個人主義のフランスなのに、ポールさんと、その妹たちが独身で、3人で寄り添って生きてきたということにも、彼らの極端に貧しい生活を感じさせられます。

どういう人生が幸せなのかは分からない。でも、こんな風に自然と向き合って生きられたら... と思います。




ドキュメンタリー映画の成功の後には、彼の生き方を描いた書籍も出版されていました。3万部が売れたという 「父親の足跡を歩むポール(2012年)」、そしてペーパーバック版も出た「消滅する農民の遺言書(2009年)」。日本語の翻訳は出ていないので、題名は私が適当に訳してみたものです。

子ども向けの本まで発行されていますね。 「ポールのトラクター(2008年)」という題名。副題でポール・ブデルさんのお話しだと分かります。




ところで、フランスでは、農業をしていた人が引退して体を動かさなくなると長生きできないと言われます。ドキュメンタリーの中でも、ポールさんが働いているときに通りかかった犬を散歩させている高齢の女性が、「これから、どうするの? 引退したらその年のうちに死ぬわよ」などとポールさんに言っています。

ポールさんは、「そんな暇はないよ」と答えていました。

牛がいなくなったら、浜辺に材木を拾いに行くのだから。柵を作ろうってわけじゃないんだ。安上がりの棺桶を作るんだよ。

寂しい話しをしても、すぐに気を取り戻すポールさん。その後は、オマール海老が待っているから会いにいかなきゃ、と話題を変えていました。


ドキュメンタリー映画で有名人になったポールさんは、農業をやめた後は忙しい生活に入ったようです。以前には足も踏み入れなかった近所にある核燃料再処理工場も見学したし、大統領に招待されて革命記念日には大統領官邸のガーデンパーティーにも出席したし、講演をしたり、書籍のサイン会に出たりと、多忙な生活。 

でも、今のポールさんはもう80歳を越している。調べてみたら、この夏にポールさんと会ったら素晴らしい人なので大好きになり、来年にまた会おうと約束したのだ、とフォーラムに書き込んでいる人がいましたので、まだお元気で健在のようです。


つい最近のフランスでは、「Ferme des Mille Vaches」という名の工場ファーム(ferme-usine)が操業を開始したというニュースがありました。千頭の乳牛を牛舎に閉じ込めて育てるという巨大施設。家畜虐待、農業者数を減少させる、大気汚染も懸念されるという理由で反対運動は続いていますが、どうなるのか?...



まだポールさんのように自然に逆らわず昔ながらの農業を行う人が少しは残っているかも知れないけれど、フランスもグローバリゼーションの波に呑まれて変わっていくのでしょうね...。

私の近所にも、ポールさんほどではないにしても、貧しい農業をしていたり、薪をくべるコンロで調理する生活をしていたり、自家用車がないので原付で100キロ先の町まで行ってしまったりする高齢の一人暮らしの男性たちがいたのですが、一人ひとり消えていきました...。

 シリーズ記事: 戦後のフランスにおける農業と農村




ブログ内リンク:
★ 目次: 文学者・哲学者、映画・テレビ番組
「限界集落」という言葉が気に入らない 2014/09/25
ノルマンディーの牛が見たい 2009/11/28
★ 目次: 乳製品(チーズ、バター、生クリーム)に関して書いた日記
★ 目次: ロブスター(オマール、ラングスト)について書いた記事
お婆さんは尊厳死を選んだ... 2011/11/27
★ 目次: フランスに結婚に関する風習、夫婦・家族関係、生き方

外部リンク:
Paul dans sa vie
☆ AlloCiné:
Paul dans sa vie - film 2005
Paul Bedel, un paysan normand ancré dans le patrimoine
Paul dans sa vie  un paysan pur et dur confronté à une caméra amie
Paul dans sa vie : la ruralité en documentaire
Paul Bedel dans sa vie de paysan (Film documentaire complet)
☆ Wikipédia:
Paul dans sa vie
Paul dans sa vie - 仮題:ポールの人生 (2005)
“Paul dans les pas du père” sous la plume de Catherine
☆ Facebook:
Paul Bedel
La « ferme des mille vaches »  retour sur trois ans de conflits
L'exploitation de la ferme des mille vaches a commencé


にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
にほんブログ村


カテゴリー: フランス人 | Comment (4) | Top
この記事のURL | Rédiger
コメント
この記事へのコメント
お久しぶりです!
パソコンをたちあげない生活になって、いわゆるネットサーフィンのようなことをしなくなり、いろんな人のブログを読む機会がぐんと減ってしまいました。
手元のスマホで天気をチェックしたり、料理のレシピを見たり、手近な情報に接してるうちにネットとのつきあいもお腹いっぱいになり、それ以上やらないというか…。知らず知らず、スマホに生活を変えられてる気がします。だって、雑誌なんかほんとに買わなくなってるし。

それはさておき、限界集落からの一連の投稿、読みました。

実際日本の田舎に住んでいて、現実を目の当たりにしていると、今の現状では都市部に吸収されていくのもやむなし、という感じです。

若い世代が住まないのは、まずは仕事がないからです。住んでいても、住めなくなる。雇用問題で、何人もの友達家族が都市部に引っ越すのを見送りました。それと、教育問題。田舎で頑張って子供を学校に通わせるのは、お金がかかるのです。たとえば、遠い学校に車で送迎するガソリン代だって、毎日となると結構な金額になります(ちなみにここは、小学校はスクールバスがありますが、中学校はありません)。そして、教育の機会の選択肢が少ない。お金もかかって、その質も量も選べない。子供だけ都市部に住まわせて中学や高校に通わせる家庭もありますが、それもそうできるだけの収入のある仕事を田舎で持てた人ができることで。それもなければ家族一緒に都市で生活したほうがいいわけです。
学校はどんどん統廃合されていますから、いまある学校も、いつまであるかわからない。そもそも生まれる子どもが驚くほど減っていってるので、統廃合も仕方ないのです。

現状では、子どもを持つ世帯で辺鄙な田舎に住むのは、強い言葉で言うと子どもの選択肢を犠牲にしないとできない。だから、わざわざ住まない…という感じでしょうか。

なんか、スマホだと、見えるコメント欄も小さくて全体が見えにくいし、入力もパソコンほどスムーズでないので、書いてる途中にくじけそうになります。そして微妙にニュアンスを訂正したくなったりしても、またそれが面倒。パソコンも触らないでいるうちにだんだん不具合が出始めて…というか、すでにかなり古いので当たり前なんですけど。

なんか、書きかけ感で不燃焼ですが、途中でも久しぶりのコメント、送信したいと思います。
2014/10/05 | URL | すぎちゃん  [ 編集 ]
Re: お久しぶりです!
v-22 すぎちゃんへ

パソコンを開くと際限なくネットサーフィンをしてしまうので、いっそのことパソコンをやめてしまった方が賢明だと思っています。私はパソコン大好き人間なので、パソコンに向かっていると、色々と設定を変えたくなって、壊しては直しの繰り返しになってしまうので最悪なのです!

小さな画面で苦労してコメントを書いてくださったことに感謝します!

このブログはスマホのことを全く意識していないで作っているのでゴメンナサイ! 私がiPhoneで自分のブログを見るときには、PC画面に切り替えてみているので(画面右上にある「PC」ボタン)、スマホ用のテンプレートを書き変える努力をしていません。

パソコンの調子をおかしくしてしまったときに何時間も奮闘しているときには、私は意外に根気があるのだな、と我ながら感心するのですが、スマホでこんな内容のあるコメントは書けないです。ありがとうございました!

>若い世代が住まないのは、まずは仕事がないからです。
⇒ 田舎に仕事がないことにかけては、フランスの方が上を行っていると思うし、あっても条件の悪い仕事なので、田舎には貧しい暮らしをしている人たちが多いです。それでも、都会で貧しい暮らしをしているのとは違う。彼らは、都会に住むよりはずっと良い生活をしていると鼻高々です。どこに日本との認識の違いがあるのかと考えてしまいます…。

>遠い学校に車で送迎するガソリン代だって、毎日となると結構な金額になります
⇒ 日本の田舎に住む若いお母さんと話しをしたとき、何が大変かと言えば子どもの送り迎えなのだと話し、その言い方に熱がこもっているので、キョトンとしたことがありました。自分の子どもが可愛くないの? と思ってしまったのですけど、すぎちゃんもおっしゃるので、大きな問題なのだろうと認識した次第です。

フランス人たちは何にでも文句を言う傾向があるのに、給食がない村の小さな学校に子どもを通わせている親たちは、1日に3回の送迎をやっているのに、不平を聞いたことがなかったのです。

スクールバスだとあちこち回って時間がかかるので幼い子どもがかわいそうだ、と思ってやっているから良いのかな…。それに、何処に行くにも自家用車で行くしか手段がないのに慣れているから、子どもの送迎程度のガソリン代は気にならないのか?…

日本で市町村合併をしたとき、今まであった学校を廃校にしてしまったので、学校が遠くなってしまったのは残念に思いました。

フランスについて調べてみたら、自宅から小学校(義務教育ではないけれど無料の幼稚園付きが普通)までの距離は5キロ以内の家庭が8割にもなっているので驚きました。こんな集落が分散している国でありえないと疑ったのだけれど、社会保障の家族手当部門組織がやった調査(2006年)なので、いい加減な数字ではないようです。

http://www.wmaker.net/aubureau/docs/Isabelle/exi_ti1.pdf

小学校までの間は、半分の親が送り迎えしているそうですが、ちょこっと行ける距離だから気にならないのかな…。それに、車で送り迎えする人たちの2割は、両親のどちらかが通勤するついでにできているとのこと。日本だと、母親だけの役割になってしまっているのではないでしょうか?

>現状では、子どもを持つ世帯で辺鄙な田舎に住むのは、強い言葉で言うと子どもの選択肢を犠牲にしないとできない。だから、わざわざ住まない…という感じでしょうか。
⇒ 子どものためには田舎に住むのは良くないという意味ですか? とすると、フランス人の考え方と正反対ですね。

都市と田舎の人口移動を予測するフランスのアンケート調査(2001年)があったのですが、近い将来に都会から田舎に移り住む計画がある人は27%いたのに対して、農村から町へ引っ越す予定がある人は7%しかいませんでした。しかも、都市脱出組の多くは、子どもがいる若い夫婦なのです。

ちなみに、都会を出ようと計画している人たちの理由は、① 生活環境が良い、② 子育てに適している、③ 一軒家を購入できる、④ 家族生活が充実する、でした。

この人口移動のパーセンテージを全人口に当てはめたら、フランスの農村人口が都市人口を上回ってしまうので、仕事が見つからないで引っ越し計画を止める人も多いだろうと結論していましたけど。現在のフランスでは、4分の3が都市住民。もっとも、人口が2,000人あったら「都市」と呼んでしまう国ですけど。

>実際日本の田舎に住んでいて、現実を目の当たりにしていると、今の現状では都市部に吸収されていくのもやむなし、という感じです。
⇒ そうですか…。

市町村合併で役場も学校も閉鎖してしまったのは、意図的に農村を都市に吸収する政治的な拍車をかけた、と私は感じました…。

長距離移動の旅行をして疲れていたので、お返事が遅くなってしまったことをお許しください。コメントをいただくのもお久しぶりですが、すぎちゃんが住んでいらっしゃる美しい田舎も目に浮かんで懐かしいです。
2014/10/09 | URL | Otium  [ 編集 ]
御無沙汰しております。
先日は真摯なコメントをありがとうございました。
こちらのブログ記事を拝見し、「昔ながらの農業」について書くつもりだったのですが、お二人のやりとりに反応してしまいました。
私も田舎での子育てを経験しました。小・中は徒歩圏内にありましたが高校からは親が送り迎えをします。バスや電車といった公共の交通手段がないのです。いえ、バスに限ってはないこともないのですが、一日に数本、バス代ときたら目玉が飛び出るほど高い。ガソリン代の方がまだしも安く上がりますし、小回りがききます。実は我が家の場合、中学校は電車で1時間ほどの松本まで通わせていました。小学校でのいじめが原因で長男が登校拒否。同じ顔触れでそのまま中学校生活を送らせるにはためらいがありました。最寄りのJR駅まで車で20分(信号がほとんどないので時間はかかりませんが、距離的にはかなりあります)。給食のない学校だったので、お弁当を作って始発の電車に乗せるために毎朝4時起きでした。電車通学自体はバスよりはるかにお金はかかりません。こう書くといかにも大変だったように聞こえるかもしれませんが、毎日車の中で交わす会話は大きな楽しみでした。面と向かっては話せないようなことも、車の中でしたら大丈夫。中学.高校合わせての子供たちの送り迎えは足かけ8年になりましたが私には一番幸せな思い出です。
私の場合、時間に拘束される仕事をしていなかったから可能だったことなのですが。

田舎暮らしに憧れて八ヶ岳山麓に移住してくる方は年を追うごとに増えています。行政ではおいしい話しかしませんが、仕事がないという点ではすぎちゃんさんと同様です。自然農法に憧れてやってくる方も多いです。でも実際に生活してみると、にわか仕立ての農家では食べていくことができません。働きに出ようにも、仕事は限られています。選択肢がないという点では大人も子供も一緒です。都会の価値観を持ち込んでもそっぽを向かれるだけ。こうした場所で生活していくためには、自分で楽しみを見つけ出すことのできる人でないと難しいと思います。それでも移住者が多いということはこの地に魅力があるからでしょう。先ほど行政は美味しい話しかしない、と書きましたが、義務教育期間中の子供や65歳以上の高齢者の医療費は無料、子供の学校への送り迎えが必要な家庭には、子供一人につき年間で補助金を出す。医療機関の充実など、評価すべき努力をしていることは確かです。その結果かどうかわかりませんが、近年は子育て世代の移住が多いようです。会社に勤めるというより、家具や陶器、楽器など物づくりを生業とする人が大半ということも特徴的かもしれません。また自宅はクマが出るほど山奥でも(実際、毎年目撃情報が出ます)市街地まで車で20分から30分、東京まで3時間弱というアクセスの良さは、いわゆる「限界集落」とは大きく違うところかもしれませんね。
さて、遅ればせながらこれから限界集落について書かれた記事を拝見しに参ります。

2014/11/13 | URL | aosta  [ 編集 ]
Re:
v-22 aostaさんへ

すぎちゃんはスマホでは長くも、続きも書けなかったと思うので、aostaさんから詳しく教えていただいて感謝です。

>バスに限ってはないこともないのですが、一日に数本、バス代ときたら目玉が飛び出るほど高い。
⇒ バス代が高いというのはたまりませんね。フランスでは、高校に入った子が寄宿舎生活になったという話しをよく聞きますので(昔よりはずっと減ったそうですが)、日本でも寄宿舎に入るというチョイスがあるのかな?… という疑問を持っていました。年配の人たちは、一生の友達は寄宿舎時代にできたという話しをするので羨ましく思っていました。

フランスの田舎のバスといったら、スクールバスの代わりにしているのだろうと思う時間に走っています。従って、町に買い物に行きたいときに利用するには不便すぎる! 本来はスクールバスだけれど、お金を払えば一般の人も乗れる、というシステムもあるのだと聞きました。

>小学校でのいじめが原因で長男が登校拒否。同じ顔触れでそのまま中学校生活を送らせるにはためらいがありました。
⇒ いじめの問題の話しを聞くと、頑張れなどと励まさずに、学校を変えてあげて欲しいと思っていました。そうしてあげたのですね。

>毎日車の中で交わす会話は大きな楽しみでした。面と向かっては話せないようなことも、車の中でしたら大丈夫。
⇒ それを考えたことがなかったのですが、車の中で一緒に過ごす空間と時間は得難いものでしょうね。普通なら言わないようなことも、前の景色を見ながら、ポツリと打ちあけたりするだろうと想像しました。教会にある懺悔室も、相手の顔が見えないために打ちあけ話しがしやすいのではないかと思って、誰もいないときに入って、ひざまずいてみる実験を不謹慎にもしたことがあります。一緒にいた友達が邪魔をして、面白がって僧侶役をやってくれてしまったのですが、向こう側が見えるようで見えない柵の作り、でも話しはしっかり聞こえるという構造に感心しました。

そうか… 通学の送り迎えというのも良いな… と思ったのですが、通学するときに他の兄弟も車に乗っていたら、ただの通学時間になりそう。また、5分や10分で到着してしまったら意味がない、などと考えました。

>行政ではおいしい話しかしませんが、仕事がないという点ではすぎちゃんさんと同様です。
⇒ 色々な特典を与えるということは、そのくらいしないと来ない、ということでもあるのでしょうね。

>こうした場所で生活していくためには、自分で楽しみを見つけ出すことのできる人でないと難しいと思います。
⇒ これが日本人は苦手というのも農村が過疎化する原因にもなっているのでしょうね…。

>会社に勤めるというより、家具や陶器、楽器など物づくりを生業とする人が大半ということも特徴的かもしれません。
⇒ そうですね、そういう仕事をする人たちには理想的な場所でしょうね。九州で陶芸の町に行ったとき、陶芸家の家に趣があるのに驚きました。ああいう環境だったら、良い作品ができるだろうな… と思って。

>市街地まで車で20分から30分、東京まで3時間弱というアクセスの良さは、いわゆる「限界集落」とは大きく違うところかもしれませんね。
⇒ それほど便利なところで熊が出るほどの環境だったら理想的ですね~。実際に熊と遭遇したら、そんな呑気なことは言っていられないでしょうけど。
2014/11/14 | URL | Otium  [ 編集 ]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する