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2015/06/14
ヴェズレー村(Vézelay)にあるサント・マリー・マドレーヌ大聖堂(Basilique Sainte-Marie-Madeleine)が大好き。ブルゴーニュ地方にあるサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の大事な起点なので、私も巡礼に行くような気分でよく通っています。

12世紀に建てられた美しいバシリカは、ロマネスク建築の至宝と呼ばれます。世界遺産にも登録されているため、観光客が多いのが難点。午前10時になると団体を乗せたバスが次々に到着してくるので、その前か、夕方みんなが帰った時間に行くことにしています。

ヴェズレーに行くことにした先日も、朝6時前に起きだして、午前10時少し前に到着。聖堂で静寂を味わいながらロマネスク建築と彫刻の美しさに浸ろうという魂胆でした。

ところが、車を止めてみると...。


大聖堂は修復工事中だった



大工事ですね。建造物を修復するときに一番お金がかかるのは足場を組むことだ、と言っていたフランス人がいたのを思い出しました。確かに、これは費用がかかりそう。この状態が続くと、その期間の足場のレンタル料がかさむのだとのこと。

この大聖堂の老朽化は問題になっていて、石が崩れ落ちないように応急処置をしている箇所があるのも気になっていたので、修復が始まったのは良かった。でも、はるばる見学に来た私としては、残念...。

外側だけの工事なら問題はありません。私が好きなのは大聖堂の内部なのですから。

でも、中に入ったらギャフン。祭壇の後ろにある聖職者の座席を取り外そうとしているらしくて、ハンマーの音が響き渡っているのでした。教会の中は音響が良いので、工事の音も響き渡るのだ、と気がついた次第!

入れなかったのは祭壇から先で、下の図で右側にある灰色の部分でした。



内陣、その後ろの周歩廊には入れないし、おまけにマグダラのマリアの聖遺物を祭ったクリプト(地下聖堂)にも入れない。

ハンマーの音がうるさいので、いつものように柱にある彫刻を眺めて歩く気にもならない...。

ざっと見学してから外に出ました。午前中からすでに暑さがあったので、大聖堂前にあるカフェのテラスでシャブリを食前酒代わりに飲む。10時を過ぎると、続々と団体が大聖堂前に姿を現しました。

ずいぶん前に、ブルゴーニュ南部でロマネスク教会を案内してもらったドイツ人も団体さんを連れて坂を登ってきました。世の中は狭いですね。彼はロマネスク教会の専門家なので驚くには値しないか...。お仕事中なので、軽くご挨拶。


村全体を整備するプロジェクト?!

村のツーリストオフィスでは、6月15日からクリプトに入れるようになると書いてあったのですが、何事も期限を守らないフランスのことなので、どうなるのかな?...

どんな修復工事をしていたのか調べてみました。

工事は1月に始まっていたらしい。この4月までは内陣部分には足場ができて完全に隠されていたようでした。2月14日から3月1日までは、夜に3Dのアートグラフィック映像で大聖堂の様子を見せていたとのこと。


www.lyonne.fr - Des images inédites dans la basilique de Vézelay


クリプトの壁画を修復して色が出てきたらしいので、それを見るのは楽しみですね。


Vézelay : Les travaux pour devenir Grand Site se poursuivent

このバシリカ式教会堂は、19世紀に多くの歴史的建造物を修復して名を残したヴィオレ=ル=デュク(Eugène Viollet-le-Duc)が行った工事によって救われています。1840年のこと。その後は全く修復がなされていなくて、ようやく修復に着手することになったのだそうです。

喜ばしいことなのだけれど、それを言い出したのはサルコジ前大統領だったそうなので、嫌な予感...。サルコジ氏が大統領だった2010年9月にヴェズレーを訪れて、大聖堂と村を美しくするようにと動いたらしい。でも、文化などには造詣はなくて、お金儲けと派手なことをするのが好きな人なのです。あの美しい聖堂を変に現代風にしたりしないで欲しはないけどな...。

フランスには美しくなっている小さな村はたくさんあるのに、ここは世界的に有名な観光地であるにも関わらず、道路も大聖堂前の広場も味気なさすぎるな、とは私も来るたびに思っていたのです。

工事費の推定は4,500万~6,000万ユーロで、少なくとも10年はかかるだろうというプロジェクトだそうです。周辺住民の中にも、村を清潔にして観光客たちを受け入れるというプロジェクトによってコンクリート化されてしまうのではないか、などと反対もあるらしい。

ヴェズレーは古びた小さな村なのですが、路地を歩いたり、丘の上からの眺めを楽しんだりと、今のままでも魅力があるのですけれどね...。今までにたくさん通っておいて良かった。もっとも、何事も期限は守らないフランスのことなので、10年なんていったら、村の改修工事は永遠に続くか、途中で放棄される可能性が十分ある。

ヴェズレーの村を訪れる観光客と巡礼者は、毎年100万人もいるという有名な観光地。それをもっと増やしたいらしい。そのテコにするのは、ヴェズレー村を「Grand Site(グラン・シット)」に入れるということなのですって。

どんな分野でも全国的な認証マークを作って知名度をあげる、というのがフランスは好きなのですよね。

フランス国内にある景観や自然や文化が優れている地域の政府認定「Grand Site de France」は、2000年に17カ所からスタートして、現在ではフランス国内の41カ所が選ばれているのだそう。そこを訪れる観光客は年間に3,200万人。

ブルゴーニュ地方でグラン・シットになっているのは、 Bibracte au Mont Beuvray(ブーヴレ山のビブラクト)とSolutré(ソリュートレ)だけで、それにヴェズレーも加えたいということらしい。

「グラン・シット」はそれほど有名ではないと思います。観光スポットが色々あるブルゴーニュ地方で何処かを観光しようとしたとき、グラン・シットに入っているからとか、ガリア時代の遺跡を復元しようとしているビブラクトとか、故ミッテラン大統領が崖を毎年登ることで有名になったソリュートレとかを選ぶかな?...

ヴェズレーは世界遺産になっているのですから、それだけで観光客を呼ぶには十分ではないですか?...

でも、ヴェズレー周辺の村々が供給した800万ユーロに加えて必要な工事費は、このグラン・シットの予算から出るらしい。


夏至にできる光の道は見ることができた

この聖堂は、夏至(6月21日)の正午に、祭壇に続く中央の通路に「光の道」ができるように設計されています。

それを初めて見に行ったときの日記:
夏至日にヴェズレーの大聖堂にできる光の道を見る 2013/06/22

去年は夏至の1週間前に行ってみて、光の道を見れました。今年は10日前に行くことになったのですが、道の真ん中ではないにしても、窓から入る光が点々とできるのが見えるだろうと期待していました。

どっちみち、これが建てられた時代にはグリニッジ標準時とかサマータイムとかがなかったので、正午ということになるわけです。今は午後2時が太陽時間の正午になる。

少し中央からはずれていましたが、光の道ができていました♪



2015年6月11日、午後2時に撮影しています。太陽時間では正午にあたりますね。その1時間後くらいにもう1度入ってみたのですが、今度は右にずれていました。

ということは、夏至の10日前なら、午後2時半というのが最適なのかな?... あるいは、夏至でないと真ん中にはできないのか?... 科学的な計算はできないので分かりません。

でも、見れたので満足♪ 太陽が出なかったら、これはできないわけですから。

地元で見学ツアーを提供しているところのサイト(Maison du Visiteur)を見たら、夏至の光の道を見る見学ツアーは6月12日から27日に行われていました。ということは、その時期ならOKということでしょうね。冬至のときに柱頭彫刻に日が当たるのを見るツアーは、12月22日と23日、それから12月28日から1月3日(1月1日は除く)となっていました。冬至のときには行ったことがないのでメモ。


今の時期は、観光客も増えていることに気がつきました。フランスの学校は夏休みの前に学年が終わるので、6月には遠足が多いのです。

カトリック系の学校の生徒たちと思われる団体がたくさんいました。修道僧たちが案内したり、お話しをしたりしていました。





Vézelay - Un rayon de sa lumière



ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路に関する日記

外部リンク:
☆ Wikipedia: サント=マドレーヌ大聖堂 (ヴェズレー)
Vézelay : Où en est le projet de Grand Site ? ニュース 2015/01/03/01
Vézelay : Les travaux pour devenir Grand Site se poursuivent ニュース 2015/01/06
La restauration du chœur et de la crypte de la basilique de Vézelay débutera en septembre ニュース 2014/07/08
Vers la bétonisation de la colline de Vézelay ? 2013/05/22
Basilique de Vézelay
Réseau des Grands Sites de France
☆ Wikipédia: Réseau des Grands Sites de France
☆ Wikipédia: Label Grand Site de France


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カテゴリー: 建築物 | Comment (6) | Top
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コメント
この記事へのコメント
1840年以降はそのまま、と言うことは200年近く手つかずだったということになるのですね。いくら堅牢な石造りの聖堂でも、メンテナンスを必要とする部分も多いのではないでしょうか。 何百年も時代を経れば、壁の色も変わったり、新たに塗り重ねられたりで本来の姿も失われてしまいます。
修復に伴ってかつての壁画の色が蘇ったことは思いがけない吉報ですね!
サンティアゴ・デ・コンポステーラの起点に相応しい、素晴らしい聖堂の写真や動画に見入ってしまいました(*^^)v

夏至の日に出現するという「光の道」
どんなにすばらしいかと想像するだけで胸が痛くなりそうです。 
ケルトのストーンサークルなどでも、同じように光の道を意識した作りになっているところを見ても、キリスト教以前から脈々と伝わってきた、光や太陽への志向が見えるような気がします。 ドイツに発祥したクリスマスツリーも、森の民ゲルマンの樹木信仰にキリストの復活が重ねられたものでした。ゆるぎないもののように思えるキリスト教にも、土着の宗教と融合して成熟してきた歴史があることを再確認した思いがします。
美しい村、美しい聖堂が観光客を呼び込むための、あざとい改修がなされないよう、祈らずにはいられませんね。
2015/06/19 | URL | aosta  [ 編集 ]
Re:
v-22 aostaさんへ

>1840年以降はそのまま、と言うことは200年近く手つかずだったということになるのですね。
⇒ 大工事のニュースを読んだら、みながそう言っているので、そんなに長いこと修理をしていなかったのかと驚きました。ひところ、ヴェズレーの村長が、修復費用を国が出してくれなかったら、老朽化した大聖堂に人が入るのは危険だから立ち入り禁止にする、と脅していたのを思いだします。その後閉鎖になってもいないので、ある程度は修復したのだろうと思っていました。

>素晴らしい聖堂の写真や動画に見入ってしまいました
⇒ 一番最後に入れた動画ですよね? カトリックのテレビチャンネルKtoの映像ではないかと思います。普通の観光ガイドではないのでナレーションも美しい。

巡礼者が聖堂に入ったところの拝廊のティンパヌムで大きく手を広げているキリストを映しだしながら、「お入りなさい。私は扉です。あなたが生きることで疲れた重荷を置きなさい。私のところからお通りなさい。そして、あなたは生きるでしょう」などと言っている。この大きすぎるほどに見えたキリストの姿は、そういう風に見るべきだったのか...、疲れてたどり着いた巡礼者はどんなに感激しただろうか、と思いました。

このティンパヌムの下の両扉は、昔は開いていて、ティンパヌムを額縁のようにして聖堂の内部が見えるので、本当に美しい場所でした。いつからだったか、片方だけ開ける、時々開けるという時期を経て、ついには全く扉が開かなくなりました。扉を開けるとティンパヌムの重みが支えられないと判断されたのでしょう。両側にある小さな入口からしか入れなくなったのですが、今度の修復でそこが直ることを期待しています。

>夏至の日に出現するという「光の道」
どんなにすばらしいかと想像するだけで胸が痛くなりそうです。

⇒ 空が陰っていた後に光が差し込んでくる瞬間が素晴らしいです。いつもそうなのかは知りませんが、私が見たのは、聖堂の入り口のところにまず光が1つ落ちてきて、ポンポンポンと光が落ちながら祭壇まで続く光の道ができて行ったのです。巡礼者が見たら、奇跡を見たように感動しただろうと思いました。

>キリスト教以前から脈々と伝わってきた、光や太陽への志向が見えるような気がします。
⇒ そうですね。人間は太陽のおかげで生きている、というのを昔の方が実感していたからでしょうけれど、今のような技術もない時代にそれができたのは凄いと思います。

>美しい村、美しい聖堂が観光客を呼び込むための、あざとい改修がなされないよう、祈らずにはいられませんね。
⇒ フランスは日本とは違って古いものは残す文化があるので楽観はしているのですが、最近はアメリカ志向の人が増えてきたし、国も派手な現代アートの奨励に力を入れているので不安ではあります。

少し前のヴェルサイユ宮殿の修復で派手なことをやった建築家が担当していて、青いステンドグラスを入れるなどという話しが出ています。昔のステンドグラスの色は深みがあって美しいですが、今はあの色が出せないので、やめて欲しいと私は思います。ステンドグラスを入れるのはゴシック様式の内陣部分だけのことで、まさか光の道をつくるロマネスク様式の部分に入れるなどという大それたことはしないだろうとは思うのですが...。来月にはヴェズレーに住んでいる人たちと会う機会があるので、話しを聞きたいと思っています。
2015/06/19 | URL | Otium  [ 編集 ]
青いステンドグラスと言えば、やはりシャルトルなのでしょうね。
マリア様の青。シャルトル・ブルー。
第二次世界大戦中は、取り外して保護されたと読みました。混乱のさなか、あんな高いところにある、あんな大きなものを「はずして」「保護した」ことに感動すら覚えてしまいます。
シャルトルは、フランスで一番訪ねてみたい所ですが、まだ行ったことがないんです。本当にほんとうに憧れています。

シャルトルと言うと思い出すのが作家の須賀敦子さんです。
1954年、留学中の彼女は信仰を確かめるためにシャルル・ペギーが提唱した30キロの巡礼の道をシャルトルまで歩きました。そのことを書いた文章がずっと心に残っています。

ランブイエまで汽車で行って、後は徒歩。
「キリスト教徒でありながら社会主義者であろうとした」シャルル・ペギイについてなど、学生たちはあたえられたテーマについて議論しながら歩く。
行進2日目の午後「3時をすこし過ぎたころ、小さな叫び声につづいて、シャルトル、カテドラル、という声があがり、もういちど拍手がおこった。ずっとむこうの、なだらかな地平線に、針の先のような尖塔のてっぺんが、まず1本、それから2本、見えはじめた。大聖堂だ。シャルトルの聖母をたたえる讃歌がわきおこる。アヴェ・アヴェ・アヴェ・マリアというルフ
ランで終る、マリア讃歌の替え歌だ」。

わずかな起伏があるだけで、ほとんど水平に広がる大地。視界のかなたに幻のように垂直に立ちあがってくる教会の尖塔。
何回読み返しても、どきどきしてしまいます。
当時3万人もの学生が参加したというこの巡礼の旅。いまだったらどのくらいの若者が参加するのでしょう。

2015/06/22 | URL | aosta  [ 編集 ]
Re:
v-22 aostaさんへ

>青いステンドグラスと言えば、やはりシャルトルなのでしょうね。
⇒ 「シャルトルのブルー」という言葉がありましたっけね。私はシャルトルには何回も言っていないので、ステンドグラスの青の美しさに心を奪われるときにシャルトルを思いだしていませんでした。私にとってのシャルトルの思い出は、始めて留学したときの仲間が白百合学園の学生で、シャルトルに行くというのに誘われて参加したら、目的地はむしろ修道院(シャルトル聖パウロ修道女会?)で、私たちを迎えてくださったシスターの優しさに感動したのが鮮烈な記憶になっています。

>第二次世界大戦中は、取り外して保護されたと読みました。
⇒ わぁ、そうだったのですか…。

そんなことができるのかと調べてみました。1936年に市民のステンドグラス保存会も作られ、専門家の指導で3,000㎡のステンドグラスを取り外す予行練習をして問題を研究したりしていました。戦争勃発の1939年に取り外しの作業を行ったときには、350人が参加して、たった1時間で作業を終えてしまったのだそう。地下聖堂に保管したほか、大切なステンドグラスはペリゴール地方の石切り場の洞窟まで運んだというから、すごい!

1944~45年の冬の大雪のとき、聖堂の中に雪が積もった写真:
http://www.archives28.fr/article.php?laref=163&titre=vues-interieures-de-la-cathedrale-sous-la-neige

工事の写真:
http://www.ressources-centre-vitrail.org/wp-content/uploads/2015/02/DEPOSE-VITRAUX-CHARTRES-A4-BD.pdf

信仰心があって努力するのが普通なのに、フランス革命では、聖職者を追い出しただけではなくて、宗教建築物を無残に破壊しているので、あれはブルジョワ革命としか言いようのない狂気の沙汰だと思って、革命に対する憎らしさが増します。

須賀敦子さんの書物は読んでいませんが、シャルトル大聖堂の尖塔が麦畑の向うに見えてくるのが感動的だという表現は昔から記憶しているので、それが出てくる書物なのかなと思いました。フランス国内を車で旅行するようになると、別にシャルトルでもなくても、地平線のかなたに教会の尖塔が現れるという感動的なシーンはフランスでは何処にでもあるのに、なぜシャルトルだけ? と不思議に思ってしまうのが本音です。シャルトルの大聖堂は巡礼地だから、思いが違うのでしょうね。

ランブイエからシャルトルまで歩くというのは、余りにも楽すぎるのではないかと思ってしまうのですけれど…。ブルゴーニュで数日間の徒歩旅行をしたときには、観光をしながら気楽に歩いていても、1日に25キロは歩けてしまうと計算しましたので。でも、心を同じくする仲間と、目的地に行く意義について語り合いながら歩いたら感慨が違うのでしょうね…。

>当時3万人もの学生が参加したというこの巡礼の旅。いまだったらどのくらいの若者が参加するのでしょう。
⇒ 私がサンティアゴ・デ・コンポステーラまで、ブルゴーニュから車でバスク地方を経由して行った夏には、若いキリスト教徒の人たちの大集合がある年だったせいもあるでしょうが、車窓からは歩いている人がたくさん見えるので驚きました。歩く人たちのための道もできていましたが、スペインの灼熱の太陽。たった1日歩くだけでも過酷だろうと思いますが、スペインに入ってからたどりつくまでは、車でもかなりの日数をかけました。ランブイエからシャルトルまでなんて、ここは温暖な気候で、平坦な地方なので、比較になりませんよ…。でも、高いところに登れば美しい風景を眺めて喜べるけれど、平原を歩くと景色の変化がないだけに、長時間歩くのは辛いかも知れないですね…。

ランブイエからシャルトルまでのコース地図:
http://goo.gl/maps/6nsxH

私がフランスで付き合っている人たちの中でも、サンティアゴ・デ・コンポステーラまで徒歩で巡礼旅行をしたという人が何人もいます。もっとも、毎年1~2週間くらいの休暇で歩き、翌年には前回の到達点から歩き始めて、何年もかかって行程をクリアするという現代風のやり方ですが。
2015/06/23 | URL | Otium  [ 編集 ]
Otiumさん

複数のリンクをありがとうございました。
フランス語がわからないことがとても残念ですが、画像は楽しむことができました。
ランブイエからシャルトルまでのコース地図は日本語なんですね。徒歩でかかる時間が表記されていて、わかりやすいです(*^^)v

須賀敦子さんの処女作「ヴェネツィアの宿」(1993)のなかにある「大聖堂へ」というエッセイが、今回私が引用したものです。
歩き疲れてへとへとになってシャルトルにたどりついたものの、すでにミサは始まっており、超満員の状態で中に入ることが叶わなかった、とあります。

「やっとシャルトルまで来たというのに、大聖堂にいれてもらえないとは、いったいどういうことなのだろう。天上の音楽のように美しいといわれる、あのステンド・グラスが矢車草やケシの色に染まるのも見られないのか。陽がとっくに沈んだあとで、たとえ中に入れたとしても、ガラスの色など見えないことに気がつかないほど、私たちは落胆していた。」

熱心なカトリックであった須賀さんが、物見遊山の気分でステンド・グラスを見たいと考えていたわけではないことは確かですが、聖母マリアの青と讃えられるステンド・グラスを仰ぎ見るということが当時の彼女にとって大きな意味があったのかもしれません。

>シャルトルの大聖堂は巡礼地だから、思いが違うのでしょうね。


歩くことで見えてくる景色というのはあるのだと思います。視点の違いといってしまえば確かにその通りなのでしょうが、歩くという行為は、時に人を深い思索へと誘うものです。

「あの比類のないカテドラルぜんたいが、しずかに地平線に浮かぶのが見えたときは、思わず顔がほてった。両手のくぼみに泉の水を運ぶようにして、パリから、プロヴァンスの町々から、ノルマンディーから、そしてヴェトナムから日本から、みんなが運んできた、ばらばらな希望を、遅い午後の陽にかがやくカテドラルがひとつに受け止めていた。ペギィも、そしてもっとむかしの巡礼たちも、こうして一歩、一歩、シャルトルに近づいていったのだろう。心からの願いをこめて、あるいはただ、みんなが行くからいっしょに行こうといって。」

2015/06/23 | URL | aosta  [ 編集 ]
Re:
v-22 aostaさんへ

>ランブイエからシャルトルまでのコース地図は日本語なんですね。
⇒ スミマセン。この行程は、私が日本語Googleマップで作成させてリンクを作ったものを入れました。ですので、普通にこれを徒歩でするコースが紹介されているわけではありません。

>歩き疲れてへとへとになってシャルトルにたどりついたものの、すでにミサは始まっており、超満員の状態で中に入ることが叶わなかった、とあります。
⇒ 何か特別なミサが行われるときだったのでしょうね。せっかくたどり着いたのに、入れないということもあるとは想像していませんでした。小さな教会の葬儀などだと入れないということもあるのですが、あの程度の規模だと、誰でも入れるようになっていると思っていました。

>熱心なカトリックであった須賀さんが、物見遊山の気分でステンド・グラスを見たいと考えていたわけではないことは確かですが
⇒ 私が教会の中のステンドグラスや彫刻を鑑賞したいと思うときには、遠慮してミサをしていないときにするのですが、信者の方だと、ミサの最中に眺めたいと思われるのかな...。思えば、知人の葬儀ミサに参加したとき、司祭さんがおっしゃっていることについていけないときや、教会でのコンサートの間に座ったままで教会建築や彫像などの鑑賞をしていると、普通に見学しているときとは違って感慨を与えるというのを何回も経験しています。

読んでいない本の抜粋を紹介してくださって、どうもありがとうございます♪
2015/06/24 | URL | Otium  [ 編集 ]
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