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2015/09/08
10年くらい前から親しくしているMちゃんの、20歳の誕生パーティーに招待されました。

開いたのは定年退職してからアフリカに移住している彼女のパパ。彼が持っていた家は空にして売りにだしているので、フランスに一時帰国しても、親戚や友人の家に泊めてもらうしかない。それで、パーティー会場は村の公民館を借りて行われました。

ここが公民館なのだろうなと思って到着したのは、この建物。



こういう再利用の施設は見たことがなかったので、久しぶりに「これはなんでしょう?」のクイズにしようかと思っています。


Mちゃんのパパ

Mちゃんの両親は離婚しています。彼女のパパが私の近所に住んでいたので知り合いました。フランスでは、両親が離婚した場合でも、子どもは両方の親の家を行ったり来たりできる権利が与えられているので、彼女もよく泊まりに来ていたのです。

なんとなく、この父と子は不自然な感じが私にはありました。

初めて娘を紹介したパパは、私に「彼女を認知したのだ」という言い方をしていたのが気に入らない。それでは、本当の親子なのだろうかと疑ってしまうではないですか? そもそも、このパパの子にしては、Mちゃんは可愛い顔だちをしすぎていたのです!

パパには幼馴染で兄弟のようにして育った友人夫婦がいます。ずっと疑問に思っていたことを彼らに聞いてみたら、本当の子だと言うので、そうなのだろうと思った次第。

Mちゃんは、パパがとても好きらしくて慕っています。母親の方にも会ったことがありますが、少し暗すぎる女性だと感じました。

高齢で娘を持ったパパは1人暮らしで、女の子の扱いなんかは上手ではない。彼女が滞在しに来ると、パパはテーマパークなんかには連れていきますが、あとは自分の友達の家に連れていくだけ。フランスは躾が厳しいので、大人たちの食事会に連れていってもらった子どもは口をきいてはいけないので退屈してしまうはず。見ていて気の毒になります。

でも、パパのところに来た幼いMちゃんは、お母さん係りをするかのように台所の仕事していました。彼女にとっては、それが嬉しかったのかもしれない。友人仲間は、メイドさん代わりに使っているみたいに見えると悪口を言っていました。でも、Mちゃんも、年頃になったら、そんなけなげな努力はしなくなったように見えました。


Mちゃんは、もう二十歳になったのですね...。まだ学生ですが、ハンサムで気立ての良いボーイフレンドと生活しています。

この誕生日のとき、実際には、彼女は21歳になっていました。

去年にアフリカから帰国して娘の二十歳のパーティーをしようとしたのですが、現地で病気になってしまい、フランスの海外県であるレユニオン島に飛行機で緊急輸送されて、9カ月入院していたのでした。

国が遠く離れたところに海外領土を持っているのは悪くないな、と思った出来事でした。アフリカの中でも貧しい国と言われる彼の移住先で治療していたら命は助からなかったと思う。私たち友人仲間では、もうダメだろうと話していたのですが、かなり元気そうな姿でフランスに帰国してきました。心臓停止を2度もしたとのことだったので、少し精神異常になっているかとも噂していたのですが、その兆候も全くなし。

レユニオンへの飛行機の輸送代も、9カ月の入院費も、全てフランス人としての健康保険でカバーされたとのことでした。

もっとも、入院中の食事代だけは事故負担なのだそうで、その費用をカバーする共済保険をずっと支払ってきていたのに、アフリカに行ってから契約を更新しそこなっていたのでパーになっていた。それで、9カ月の食事代として、6,000ユーロを請求されているのだ、とぼやいていました。1日22ユーロ(約3,000円)か...。

でも、日本人が9カ月も入院したとしたら、そんな負担では済まないと思うけれどな...。


パパが危篤状態のとき、私たち友人仲間でカンパして、Mちゃんをレユニオンに行かせてあげようという話しも持ち上がっていたのですが、瀕死の状態のときに行っても悲しむだけだということで中止になりました。

そのうち、電話で話せるまでに回復しました。レユニオンは遠いですがフランスなので、電話かけ放題プランで加入している人には電話代はタダなのです。

結局、友人仲間でカンパしてお見舞いのプレゼントを贈ることになりました。彼らと家族のように親しくしている友人代表が選んだのは、iPad。そんなのは使えない人なので、プレゼントはお見舞いとしての全く価値がなかったようです。

それで、今回のMちゃんの誕生パーティーでは、友人仲間でお金を出し合ってプレゼントを買おうという提案は却下。それぞれが封筒にお金を入れて渡すことになりました。友達に相談したら、1人50ユーロが適当とのこと。

フランスではお金をあげるということはしないので、日本ののし袋のようなものは存在しません。でも、やはりお金をあげるときは封筒に入れて渡すので、「enveloppe(封筒、包み金、わいろ)」という呼び方をしますね。

特にプレゼントの金額が大きくなるときは、その方が良いと思います。そもそも、プレゼントなんて、本当に喜ぶようなものはめったにもらえません。フランスでプレゼントの習慣があるクリスマスでは、その翌日からインターネットでプレゼントを売りに出せるサイトに人気があります。

モンブランを望む貸別荘に70人くらいを招待して開かれた50歳の誕生パーティーのときも、招待客は食べ物の差し入れをした以外は、お金を渡すという形式でした。友人代表が飾りを付けた投票箱のような段ボールを用意していて、それぞれが好きなだけのお金を入れた封筒を入れるという形式でした。

山小屋で開かれたバースデーバーティー 2012/10/18

代表者が本人が欲しいものを聞いて、プレゼントを用意するということもしますが、知らない人たちが集まるときにはそれができません。


美味しい食べ物が出た

出席者は招待していると際限がないので、30人に抑えたのだそう。

彼女は本当の二十歳の誕生日は、すでに友達仲間で済ませていたでしょうね。今回は、パパの関係者が3分の2を占めているように見えました。

実は、Mちゃんの誕生パーティーに招待されたのは嬉しいけれど、おいしくないものを食べさせられるのではないかと思って気が重い感じで出かけていました。

前回に彼女のパパが開いた食事会が、それほど美味しくなかったという記憶が消えていなかったからです:
森の狩猟小屋でイノシシを食べた日のこと  2012/01/22

でも、今回はかなり張り切ってオーガナイズした様子。近郊にあるうちで一番美味しいパン屋さんに注文して、おつまみやお菓子を作らせていました。その他の食べ物は、料理上手なパパと、彼の友達が担当していました。

招待客を少なくしてくれたおかげで、食事はかなり良いものでした。

おつまみタイムに並んだものです ↓



この立ったままでする食前酒タイムが延々と続いた後は、着席。

前菜に続くメイン料理は、パパの友達でバーベキューが得意な人が作った、外で焼いていた豚肉の腿肉が焼きあがったというので見にいきました。



見事な焼き加減だと、みんなが絶賛していました。

昼から始まったパーティーでしたが、チーズの後にデザートが出てきたのは午後5時過ぎでした。



おしゃべりは続いていましたが、そろそろ帰宅する人たちが出てきた午後9時ころ、私はおいとましました。残っていた友人たちは、昼食の残り物などを食べて真夜中までいたのだそう。


ところで、会場に到着してから、Mちゃんの案内で公民館の施設見学したのですが、「見て、見て♪」と言って導いたのは、会場の片隅にあったワインのボトル。



そうか~。パパは、Mちゃんが生まれた年のワインを何本も買って地下のセラーに保存していたのを思い出しました。娘の二十歳の誕生パーティーをやりたかったのは、このワインたちのためだったのだ!

ここに並んでいるのは赤ワイン。白ワインは公民館の大きな冷蔵庫に保管されていました。

20年前、正確に言うと21年前のワインを飲んだ話しは、続きで書きます:
生まれた年のワインを飲むために開かれた誕生パーティー 2015/09/09

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